闇を統べる者

吉岡我龍

元服 -更なる高みへ-

 あと2か月ほどで今年も終わるという頃、『トリスト』内の少年達がスラヴォフィルに呼び出された。
「お前達は来年元服を迎える。そこで『ビ=ダータ』の王ガビアムが是非我が国でその祝典を挙げたいと申し出てきおってな。」
「祝典ですか。」
クレイスは周りの3人と顔を合わせるも皆はいまいちぴんと来ていないらしい。確かにクレイスなどは王族としてしっかり節目を祝うと共に世間へのお披露目が必要だろう。
だが今の彼は兵卒という扱いで他の3人も身分にはかなりばらつきがある。この中だと正式に呼ばれていいのはヴァッツくらいのはずだ。
「ワシとしてはお前達4人に参加してもらいたいと思っておる。どうじゃ?」
「「「・・・・・」」」
国王自らがそう言ってくると彼らに反対する理由はない。
「わかりました。そういう事なら是非参加させていただきます。」
よくわかっていないヴァッツに代わりクレイスが代表して答えるとスラヴォフィルは喜んで頷いていた。しかし、
「スラヴォフィル様、この祝典とやら、何か裏があるのでは?」
現在宰相補佐であるショウはきな臭さを感じ取ったのかすぐに質問を投げかけた。彼の言葉にクレイスとカズキも少し身構える。
「まぁ裏という程ではないがな。本来お前達の祝典はこの『トリスト』で行うべきなのだ。しかしここの場所は現在も極秘のまま。かといって折角のお披露目の機会を潰してしまうのは勿体ない。
そしてガビアムは粒ぞろいの少年を自国に呼んで盛大に祝う事で『ビ=ダータ』と『トリスト』の関係性を強調し、自国の力も周囲に知らしめたいのじゃ。つまり・・・」
「なるほど。お互いに利点があるからその提案に賛成された訳ですね。」
「そういう事じゃ。」
ガビアムという人物に会った事はないがそれでも『リングストン』から独立した国家を立ち上げたのだ。相当強かな人物なのは間違いないだろう。
「それにその、何じゃ・・・クレイスは久しぶりにキシリングにも会えるじゃろうからな。」
申し訳なさそうにスラヴォフィルが父の名を出してくれた事でクレイスの心は一気に明るくなった。
『トリスト』に来てから何度も会える機会はあったはずだが全て逸していた。思えばもう1年以上会っていない。
「おお!クレイスの父ちゃんか!!とっても元気だったぞ!!会えるの楽しみだな!!」
ヴァッツや他の人間は会えていたのでその様子は聞いていたがいざ会えるとわかれば妙な緊張感が生まれてくる。
(あれから僕は少しは認めてもらえるくらい強くなれただろうか?)
次期国王としての力をつけるために兵卒から修行してきたクレイスは年明けの一大行事に向けて今から胸が躍り出していた。







『七神』の人間が孤島の館に集まる中、今回は珍しくこの男から口を開き始めた。
「聞いてくれよ皆。私が丹精込めて作った黒威の武器が2つも潰されたんだ・・・あの少年はちょっとおかしいよ。」 
耽美な顔立ちのセイドが泣きそうな顔で皆に同情を求めてくる。しかし顔に傷が残るフェレーヴァからすれば別段おかしいとは思わない。
「わしも妙な魔族と結構な魔術を使う少年に出会った。あれが傍にいるとなるとショウに接触するのは難しいぞ。」
アジューズも顔をしかめて腕を回していた。衝突があった時にそれなりの怪我を負ったらしく傷は塞がっていてもまだ本調子ではないらしい。
「ぶわっはっは!どいつもこいつも情けない!どれ、今度はわしが出向いてやろうかの!!」
ダクリバンが酒瓶を片手にいつもの荒々しい様子で皆を睨みつける。だがこの男、いつも口先ばかりで本当に動く事はまず無い。
相変わらずマーレッグとア=レイは不参加を決め込んでいるので長もいる中、ついにフェレーヴァは前から考えていた策を提言してみる。

「なぁ皆。ヴァッツを抹殺するのではなく彼こそこちらの陣営に引き込まないか?」

一瞬静まり返りはするもそれは反論を考えているからであって誰もその意見に賛成しようという気配はない。それでも彼は続ける。
「あの少年は人間なのだ。つまり彼の寿命は100年も無い。これ以上無暗に犠牲を出すより文字通り飼い殺した方が安全だと私は思う。」

「それはガハバの事を思ってか?」

長であるティナマが静かに口を挟んで来た。
「はい。私はこれ以上仲間を失いたくはない。」
「随分弱気じゃねぇか!それほどヴァッツってのを恐れてるのかっ?!」
「ああ。未だに治らない顔の傷が私の本能に訴えてくる。あれは戦うべき相手ではないと。」
ダクリバンの挑発的な発言にも真剣に受け答えするフェレーヴァ。今日はそれだけの覚悟を持ってこの場に現れたのだ。それが少しでも伝わればと彼は祈っていた。
そしてそれが通じたのか一同が口を閉ざす中、

「良かろう。ではわらわが確かめて来ようぞ。」

ティナマが直接動くと発言した事で皆が驚く。彼女は人間の世界を誰よりも憎んでいる為普段からも接触を避け続けていた。
そんな彼女が多数の人間の前に姿を現すという事は即ち大量虐殺をしにいくと言っているようなものだ。
「長が出向かれるとなると少し悪目立ちしそうじゃな・・・」
「じゃあやはりわしが行くしかないかのう!!」
アジューズとダクリバンが彼らなりに止めようとしているらしいが彼女は軽く笑い声を上げると皆の前で静かに宣言する。

「いらぬ気遣いは無用。会って確かめるだけじゃ。フェレーヴァがそこまで恐れる少年、直接この目で見極めてやろう。」

そう言い終えるとティナマは静かに姿を消していった。





 いよいよ父に会える。
思えば自分の不甲斐無さと無力さを恥じてから『トリスト』に来て日々訓練に明け暮れていた。
将来先頭に立って国を支える強い王を目指す為に修行していたクレイス。公にはしていないが魔術もそれなりに使えるようになっていた。
ただ未だに自分の力は満足の行く所まで成長出来ていない。
本当に兵卒として多少動けるようになった程度で『ネ=ウィン』や『リングストン』の軍勢が攻めてきた時に自身が矢面に立ち跳ね除ける事が出来るかと言われれば無理だと即答できる。
(あと2ヶ月しかない。せめてそれまでにもう少し・・・)
スラヴォフィルからの報せを受けて以降、日々の訓練をより真剣にこなすクレイス。久しぶりの再会は期待半分不安半分といったところなのだ。
と、そこに、
「よう王子様。相変わらずへっぴり腰だなぁ?」
ネイヴンに注意を受けてからしばらく近寄ってこなかったオスローが声を掛けてきた。そして以前と変わらず挑発的な物言いだ。
この男はまた上官に叱られたいのか?クレイスは無視してその場を走り去ろうとする。
「待てよ。また稽古をつけてやろうと思ってな?」
しかし彼は絡んでくるのをやめようとしない。これも以前に何度も聞いた口上だ。最初にそう断っておけばどれだけクレイスが怪我をしても言い訳が立つ。彼らしい姑息な方法である。
ただ今の彼は覚悟が違っていた。
クレイスは元服が迫っている。父との再会が迫っているのだ。
「お願いします。」
今日に限ってはこちらも遠慮なく胸を借りようとクレイスは背負い直した大盾と木剣を構えて対峙する。周囲にはカズキの姿もなく自主訓練だった為顔見知りの兵卒もほとんどいない。
「へぇ?それじゃ遠慮なくやらせてもらおうかなっ!!」
憎悪に染まった表情のオスローは訓練を行う者とは思えない程の殺意を乗せて襲ってくる。遠慮していたら前のように一方的に殴られ続けるのだろう。
だからこそ今日はこちらも本気で戦う事を決意したクレイス。ネイヴンも言っていたがオスローは現在成長が止まっている。つまり数ヶ月前に戦ったときとほぼ同じ力量のままなのだ。

ばしんっ!!

以前受けたときは骨から痺れるような感覚だったがあれから成長していたクレイスはその攻撃にあわせて前進しながら受けきると右手の木剣を思いっきり叩きつける。

ばきっ!!

「っ?!このっ!!」
それが彼の体に当たる事はなかったがオスローが慌てて引いた木剣はぎりぎり防御が間に合った形だった。今までと違う動きに異変を感じたのか声に焦りが見え隠れする。
(まだだ!まだまだだ!)
逆に納得のいかなかったクレイスは更なる攻撃を展開していく。部隊長とはいえカズキはおろかガゼルにすら劣るかもしれない程度の相手に苦戦している場合ではないのだ。
父に強くなりましたと報告したい。安心させたい。今後自分のせいで酔狂な虚報などを使わせない為にも。

ばんっ!!がっ!!ばしっ!!かんっかかっ!!

大盾だけでなく木剣でも受け流しながら、そして時には大盾で殴りかかるくらいの距離まで飛び込んでオスローを圧して行く。
クレイスは気にしていないがその容姿は美しく目立つのだ。そしてその少女のような少年が必死で訓練を重ねて強くなる様は『トリスト』内でも見る者を魅了し、やがて皆が彼を応援していく。
訓練場を使う人間がほとんどいなかったはずが、いつの間にか彼らの立会い稽古の噂を聞きつけて人がどんどんと集まってきている。
だが今のクレイスに外野など視界には入らない。今は少しでも強く、父と国の為に強くなりたい。その一心でオスローに木剣と大盾を叩きつけていく。

カズキは以前から見抜いていたが彼には1つ才能があった。それは痛みに耐える強さを持っていることだ。

現在の稽古でも相手の木剣がいくらか体に叩きつけられてはいたが火の付いたクレイスの心はそれらの痛みなどを感じる事はなく、訓練と実践の狭間で強さを求めてただ戦い続けていた。

「そこまでです。」

突然いつもの心地よい声が耳に届くとふんわり彼らの間に降り立ったイルフォシア。
肩で息をしていたもののまだまだ戦えただけにクレイスは少し惜しい気もしていたが、彼女が止めに入ったことでオスローは地面に蹲ると木剣を捨てて四肢を亀のように引っ込めると動かなくなった。
「彼は何度か降参だと言っていましたよ。クレイス様、少し頭を冷やして下さいね。」
そういって彼女はクレイスの手を取って訓練場の外に連れ出す。と同時に周囲からは大きな拍手が沸き起こっていたのを今初めて気が付いたのだった。



「クレイス様。オスローとの立ち合い稽古、お疲れ様でした。」
手を引かれて連れて来られたのは彼女の部屋だ。そのまま小卓のある椅子に座らされるとハイジヴラムに少しだけ席を外すように彼女が命じる。
あまりにも淡々とした様子にもしかして自分はまた何かやらかしてしまったのだろうか?と不安になって考え出したクレイス。
立ち合い稽古としては少しやり過ぎたか?いや、今までは自分が散々打ちのめされていたのだ。これくらいは問題ない・・・はずだ・・・うん。
ただ、自分はどれだけやられても今日のオスローのように完全に戦意を失って武器を放置してしまうような事はなかった。むしろ相手があんな状態になったのを見たのが初めてだ。
(・・・今度からは気を付けよう。)
心の中で1つの反省点を見出したクレイスは静かに座っているといつの間にかイルフォシアが椅子を隣に持ってきて座っていた。更に耳元に顔を近づけてきているではないか。
「今日のクレイス様。僅かですが魔術で体を動かしておられましたよ。」
そっと耳打ちされるとやっとここに連れられてハイジヴラムまで退室させた意味がわかった。自分では全く気が付かなかったので驚いてイルフォシアを見ると思っていた以上に顔が近くて更に驚く。
「そ、それは本当ですか?そ、その、そんなにわかりやすく?」
「いえ。恐らく一部の人間にしかわからないか、妙な動きをしているな~くらいにしか受け取られていないとは思います。ただ攻撃はともかく体捌きが一瞬空を飛んでいるような場面があったので。」
言われてみても全く思い出せないし覚えがない。つまり完全に自覚のないまま自分でそういった動きをしていたという事か。
「・・・ザラール様に叱られそうですね。」
自身の未熟さに苦笑して返すも、イルフォシアはむしろ笑顔で彼に笑いかけてくれる。
「いいじゃないですか。いずれは知れ渡る事になるでしょうし、ああいう魔術の使い方もあるんだと私なんかは感心しましたよ?」
気休めや慰めではなく深く感心しながらそう答える彼女はとても嬉しそうだ。そのせいかクレイスも一瞬で悩みが飛んでしまう。

「ただ、血気盛んなのは結構ですけどやり過ぎないようになさって下さいね。国の戦士同士が遺恨を残すのも問題ですし。あとは開始してから3合目の撃ち合いなんですが・・・」

彼女は『トリスト』国内でも最上位に位置する程の戦士でもある。
それから用意されたお茶が冷たくなるまでイルフォシアによる戦い方の注意点が延々と続いたがクレイスはその美しい声から語られる講義を真剣に聞き入っていた。





 ハルカがヴァッツの従者としてアルヴィーヌと共に『アデルハイド』へとやってきたのには訳がある。

「実はスラヴォフィルに怒られてな・・・クレイスは見違える程立派になってきたのに頼んでいた王女と大将軍が全然成長してないと。」

キシリングは自室に通すと配下には見せられないような表情でこちらに愚痴をこぼしてきた。
詳しくは聞いていないが、どうも2人の間にはそういったやり取りが行われていたらしい。
確かにクレイスは著しい成長を見せているが元が零なのだ。多少力をつけただけでも見違える程と言うのは前提条件に目を瞑っているだけな気もする。
「あの、キシリング様はそれでヴァッツ様やアルヴィーヌ様に何かと用事を頼まれていたのですか?」
時雨も不思議そうに確認しているが彼らに任された仕事がそもそも王女や大将軍が行うようなものではなかった。雑用にも近いそれらをいくらこなしても王女らしさや大将軍らしさが身につくとは思えない。
「うむ。どうも私は子に甘いらしいな・・・それがクレイスの友人となると余計に遠慮してしまう。
しかし年始めには彼も元服を迎えて祝典も開かれるそうじゃないか。それまでの間に少しでも彼らに成長してもらう方法はないかな、と・・・」
それを従者の2人に相談するキシリング。しかもその場には問題の王女や大将軍も一緒に同席しているのだからよほど切羽詰まっているのだろう。
珍しく時雨と目を合わせてお互いが悩む中、埒が明かないのでハルカから切り出した。
「キシリング様、2人の成長って具体的にはどのような形を目指されているのですか?」
「う、うむ・・・そうじゃな。アルヴィーヌ様は妹君のイルフォシア様のようにまずは淑女然と、ヴァッツ君ももう少し威厳というか風格を持ってもらえたらいいんじゃないかと思っている。」
「わかりました。それでは早速やってみましょう。アル、まず座り方はこう!」
すぐに明確な答えが返って来たのでハルカは早速足をぷらぷらとさせていたアルヴィーヌに膝を閉じて背筋を伸ばし、両手を太腿の上に重ねて置くように手取り足取り教え込んだ。
すると覚醒はしていない為顔の辺りには少し野暮ったい感じが残りはしたものの、非常に育ちの良さを感じる雰囲気は生まれてくる。
「お、おお!!」
「ハルカ、これは私らしくないと思う。もうやめていい?」
「駄目!そのままよく聞いて。これから偉い人の前では必ずそうやって座って欲しいの。そうすれば後は何をしてもいいわ。」
ハルカの非常に無責任な発言にキシリングは目をぱちくりとさせていたが時雨は何となく察したのか軽く頷いている。
「え?本当に?」
「もちろんよ。仕事は全部イルがやってくれるしお菓子もお茶もいっぱい食べていいわ。その代わりお偉いさんの前ではこの座り方をする。どう?」
「・・・・・わかった。ハルカがそう言うならやってみる。」
一年近く友人として交流を重ねてきた結果、少しの頼み事ならお互いが快く受けられるだけの関係は築き上げてきたのだ。
「これでひとまず王女らしくはなりました。」
「えぇぇ・・・そ、それだけで大丈夫か?」
流石にキシリングは不安を隠せない様子だったがハルカは『暗闇夜天』の元頭領として、そして厳しい環境で修行してきた実体験からも断言出来ることがあった。

「キシリング様!!まずは小さなことからこつこつと!!ですよ!!」

彼の中には恐らくしっかりとした計画や具体的な修正箇所が見いだせていなかったのだ。だから今までぼんやりとした方法でしか彼らに接することが出来なかった。
なのでハルカはそれを払拭すべく基本中の基本、『形から入る』を実践してみせたのだ。
「はい次!!ヴァッツはいまのキシリング様と同じ座り方をしてみて!」
名前を出された2人が慌てて居住まいを正す。特にキシリングは見本を見せろと言われているようなものだ。しっかりと背筋を伸ばして顎を引き、軽く握った両拳を太腿に置いて丁寧に座るさまを見せた。
するとヴァッツもそれに合わせてしっかりと、それでいて威厳を醸し出すかのような雰囲気を纏い始めたのだから素晴らしい。
「ヴァッツも同じね。今度からお偉いさんの前ではその座り方をしてね。それ以外は自由にしてていいから。」
「うん!!わかった!!」
彼に関しては素直さに合わせて混じりっ気のない純粋さがあるので特に交換条件を持ち出さなくても二つ返事で了承してくれる。
少なくともこれで2人のらしい雰囲気を作り出す事には成功したとハルカは満足げに頷く。
「一気に詰め込んでも仕方ないでしょうし。立ち居振る舞いから始めて、言葉遣いは追々やっていけばいいんじゃないでしょうか?」
「な、なるほど。さ、流石は『暗闇夜天』の頭領だ。」
ハルカの配下に対する厳しさを目の当たりにしたキシリングは気圧されながらも納得していた。といっても王女と大将軍、どちらかといえばどちらも上官だ。
そんな2人にも普段と変わらず接する事が出来る辺りがハルカの長所であり強みなのだろう。

「そうだ。それとは別に1つ任務を頼みたい。『東の大森林』と『アデルハイド』を結ぶ街道を作るので協力してくれないか?」
ひとまず国王の悩みが少しだけ解決に向かうと今度はまた雑用にも近い任務が言い渡された。確かに整地や建築は軍の管轄に入っている為決して的外れな命令ではないのだが。
「うん!いいよ!」
「えー・・・ハルカ。私ちゃんと座ってれば他は何もしなくていいんだよね?」
「そうね。じゃあ私達が仕事している間は傍にいててね。緊急時にだけはヴァッツと一緒に行動してもらわなきゃいけないし。」
ここはハルカの裁量ではどうにもならない。アルヴィーヌも納得はしてくれたので早速彼らは『アデルハイド』の東に向かって城を出るのだった。



半日ほど馬車を急いで走らせただけで『東の大森林』との境目付近に到着した4人。街道の始点辺りには工事を始める為の準備が行われていた。
既に日が暮れていた為作業自体は明日からという事になったのだがその夜の食事時に、
「少しお話があるのですが。」
ずっと黙っていた時雨が隣に座ると声を掛けてきた。恐らく今日の『アデルハイド』城で座り方の指導をした事に対する苦情かと思って少し嫌そうな表情を浮かべる。
「今日の座り方から学んでもらおうという教え方。私には出来ない事でした。ありがとうございます。」
しかし以外にも感謝の言葉から始まったので拍子抜けしたハルカはほっと胸をなでおろした。
6年ほど王女姉妹の御世話役をしていたはずなのにアルヴィーヌがああなのだ。時雨の場合身分をより意識してしまうが故に目上の人間へ何か指導するといった事は出来ない性格なのだろう。
「へぇ?貴方からお礼の言葉を頂けるなんて思ってもみなかったわ。」
こういう話なら大歓迎だ。得意げに返すハルカは気持ちよく食事を続ける。しかしそんな事だけを話す為に普段ヴァッツに付きっきりの時雨が話を持ち掛けた訳ではない。

「ところでキシリング様やスラヴォフィル様が仰る王女らしさ、大将軍らしさとは一体どのような物なのでしょうね?」

こちらが話題の本命なのだろう。焚火に染まった彼女の表情は至極真面目ていかにも彼女らしい悩みと相まって妙にしんみりとした雰囲気を漂わせている。
『暗闇夜天』の頭領として最初に出向いた国が『ネ=ウィン』であったハルカ。それ以前にも前頭領に連れられていくつかの国とは接触していたものの、どれも似たような印象しか持ち合わせていない。

「綺麗な衣装を着てご馳走をいっぱい食べて踏ん反りかえっていれば『らしい』んじゃないの?」

なのでそれを見聞きしたまま思ったままを伝えると時雨は驚きつつも嫌そうな顔をしてこちらを眺めてきた。彼女は本当に忍びらしくないなぁと内心笑いながらそれを見つめ返していたが、
「貴方ならもう答えを出してるんじゃないの?それを誰かに聞いて欲しいんでしょ?言いなさいよ。」
頭領としての実務期間はまだ2年足らずだがそれでも配下とのやり取りや指導はしっかりしてきたつもりだ。こういった場合聞き手は大人しく相手の話に耳を傾けるのが正解なのだとハルカは思う。
ただ、年下の彼女にそれを促されたのが少し気恥ずかしかったのか染まった頬が赤い炎と重なってとても感情が強調されたように映りつつ静かに語り出す。
「・・・私はあのままのお2人が良い、と思います。何も変わって欲しくない。まぁ多少行き過ぎる行動が冷や冷やさせられる場面もありますが、それもまたお2人の長所でもありますし。」
「・・・貴方本当に甘いわね・・・何で忍び装束に身を包んでるの?」
呆れた表情で鋭く返すと今度は少し落ち込んでいく時雨。何ともポンコツだがそれもまた時雨なのだろう。
「ねぇ時雨。私とキシリング様とのやり取り覚えてる?」
「・・・?」
本当はわかっている。ハルカも時雨とは全く同じ意見だったのを。
「私が提案したのは立ち居振る舞いと言葉遣いだけよ?」
「・・・ハルカ・・・」
自分もそこはしっかりと抑えていたのだ。2人には礼儀作法だけで十分だと。中身はあのままじゃないと『らしさ』が失われるのだと。
それを理解した時雨はうるうるとした涙目でこちらに熱い眼差しを送ってくる。酒でも飲んでいるのかと言いたくなるほどの変化をみせるがまぁ彼女も思い悩んでいたのだろう。
しかしその後の行動がよくなかった。感極まった彼女はハルカに抱き着いて来たのでついこちらも感情が昂って顔を真っ赤にしてしまう。
「ちょ、ちょっと!貴女もう少し周りの目を気にしなさい!!」
「・・・これからも一緒にヴァッツ様を支えていきましょう。」
その言葉には別の意味もあったのだが照れが優先していたハルカはそれに気が付ける訳もなく、少し離れた場所に座っていたヴァッツとアルヴィーヌが興味深そうにこちらを眺めていた。





 カズキは訓練もそこそこにリリー姉妹と『トリスト』の城下を散策していた。思えばこの国に来て以来自分の行動範囲はずっと城内だけだった。
「ハイジがイルのとこに戻ってから男手が足りなくて困ってたんだ。今日は一杯買い込むぞ!」
「おー!」
『緑紅』の姉妹は息巻いて城下にある大通りをうきうきとした足取りで歩いて行く。その後を行楽気分でついて行くカズキは微笑ましい2人を見守りながらも考える。
(ここが・・・俺の国・・・なの、か?)
今まで根無し草だった自分が一つの場所に留まるというのは初めての経験だ。ショウに言われはしたものの未だに心が定まらず、何をどうすればいいのかわからなかった彼は再度相談してみると。

「でしたら城下を歩かれてみては?国というのは国民が生活している姿によく現れますから。」

との事だったのでこの国での生活にも慣れていたリリーに頼んで一緒に歩く事から始めてみたのだ。
8歳の時から全国を行脚して武者修行に明け暮れた日々。様々な村や町を見て回った彼だからこそわかる違いはすぐに目に留まった。
「おや、リリーちゃんとルーちゃん。昨日も結構買い込んでいたのに今日も来てくれるなんて、お客さんでも来てるのかい?」
「いいや、今日は頼りになる荷物持ちがいるからさ。貯め込める物を買っておこうって思ったんだ。」
まず小さな城下ながら人の密度と活気が高い事だ。これは皆の生活が希望に満ち溢れているからだろう。『シャリーゼ』はここより広く人の往来も多かったがそういった意味では『トリスト』より断然劣ると言える。
更に商業の種類も豊富だ。精肉やら青果、衣類に武具、雑貨、酒場と学問所等々、これも大都市に通ずるもの全てが揃っていた。
「はいカズキ。これ持って。」
きょろきょろとしていたら大きな米俵を一俵指差されたので彼は無言でこれを担ぎ上げる。
「わー!カズキ君結構力持ちなんだね?」
ルルーが驚いて感心していたが彼は『トリスト』国内でも相当な猛者だ。家宝の二振りを扱う事からも重いものを持つ為の筋肉はかなりついているのだ。
元々姉の方は人目を引く美しさを持っているし言葉使いはともかく愛想は良い。妹も既に姉と同じような可愛さと美しさを併せ持っている上に愛嬌がある。
城内でも王女並みに人気の高いリリーが妹を連れて買い物をするだけだが方々から声を掛けられ、国民達には笑顔が溢れていた。
「国・・・国民か。」
ここは地上から400里ほども離れた上空に位置する場所だ。『ネ=ウィン』の魔術師団ですら攻め入る事は不可能だろう。
更に兵士は精鋭揃い。もし仮に攻め込まれたとしてもそれらを跳ね返す力はいくらでもある。だからだろうか。こんなにも皆が笑っていられるのは。

「どうした?次の買い物が待ってるぞ?」
挨拶もそこそこにリリーが声を掛けると我に返ったカズキは2人の後をついていく。
確かに街全体の雰囲気はとても良い。だがここからショウの言う国を愛する事に繋がるとは考えにくい。まだ何かが足りないのだろうか。そしてそれが手に入れば隊員への考え方も改まるのだろうか?

「おっちゃん。いるか?」

大通りからわき道に少し入って街外れにあった小さな店に入るリリー。ルルーも慣れている感じからするとよく来るのだろう。
「おお!その声はリリーちゃんかい!鎧を壊したのかい?!それともまた拡げるのかい?!」
奥からは随分丸く小さな中年が出てきた。肌は浅黒く両腕も相当な太さがある事から只者ではないと感じる。
「まだ大丈夫だよ!数ヶ月前に調整してもらったばっかりじゃないか!それより今日は知人を連れてきたから紹介しようと思ってね。」
という事は彼女は彼を紹介したかったのか。そんな話は聞いてなかったのでとりあえず簡単に名乗ると、
「おー!君か!最近大抜擢された『剣撃士隊』の隊長ってのは!へぇ~若いのに凄いじゃないか!」
小男はすすを頬にくっつけて汚れた顔に笑顔を浮かべて右手を差し出してきた。カズキも何となくそれに答えて握手を交わす。
「ふむ。こりゃ逸材だね!君相当強いでしょ?!いつのまに『トリスト』はこんな少年を見つけてきたんだい?!」
「見つけてきたっていうかヴァッツ様の友人でもあるんだよ。あと『剣鬼』様の孫っていうのもあるかもな。」
「ははは!肩書きからして凄いじゃないか!!」
リリーが捕捉すると小男は嬉しそうに手を叩いて笑っている。恐らくここは武具屋で彼自身もそれなりに腕に覚えのある戦士なのだろう。
「ここは特殊な武具屋でね。特注で一品物を作ってくれるんだよ。ただしこのおっちゃんが気に入った人間じゃないと断られるんだけどな。」
今日散策した中で一番興味深そうな場所と人物だ。ただ今のカズキには必要がない。またその機会があれば来ようとだけ心に留めておくと3人はその店を後にした。



あれから調味料や雑貨など重くてかさ張る類を買い続けて家に着いた時にはカズキの足しか見えないほどの荷物を持っていた。
「ご苦労さん!!助かったぜ!!」
「お姉ちゃん!そこはありがとうございます。でしょ!!」
お手本としてルルーが非常に可愛らしいお辞儀を披露したので姉はその愛くるしさに頬を緩めている。今日こちらが得たものといえば武具屋くらいだったがそれだけでも十分だ。
「俺の方こそありがとうな。おかげで少しだけ『トリスト』についてわかったよ。」
「そうか?だったらまた買い物に連れていってやるよ。」
今回2人には自身の事を何も話していない。恐らく本当にただ街を見物しただけに見えただろう。
「折角だ。今日は家で食っていけよ。腕を振るうぞ?」
リリーは思っていた以上に持て成そうとしてくれるが今は一人になって考えたい。早くこの前が見えない状態から抜け出したいのだが。
「うん!私も賛成!ハルカちゃんもまだ帰って来そうにないし、何なら今日は泊まっていってもいいよ!」
まるで子犬のような目で見つめてくるルルーに流石に多少心が揺らぐ。
「それじゃ飯だけ貰おうかな。泊まりとなるとまた城に報告しなきゃいけないからそれは勘弁だ。」
それから姉妹が炊事場でぱたぱたと料理を始めたのを遠目で眺めるカズキ。ハルカの話だと彼女達は『リングストン』で何やらあったらしい。
詳しくは聞いていないが現在この『トリスト』で仲睦まじく生活しているのを見るに2人、いや3人の兄妹は幸せなのだろう。



・・・・・幸せって何だ・・・・・?



生まれてから今までずっと剣に明け暮れた毎日。祖父一刀斎からも強くなる事だけを望まれ、一切疑う事無くそれに邁進してきた。
いずれは祖父を超えて『孤高』の肩書きである『剣鬼』を得られれば、とも思ってはいたがそれで自分は幸せを得られるのだろうか?
更なる最終目標に両親の敵討ちというのも眠らせてはいるものの相手の容姿などは祖父も教えてくれなかった。彼はそれを目の当たりにして逃げた事くらいしかカズキも知らない。

いい匂いに気が付けば姉妹がかなり腕を振るってくれたのか食卓の上には大量の料理が並べられていた。
「一杯働いただろう?一杯食っていけ!」
「お姉ちゃん・・・そろそろ本気でそれ直さないとまたハルカちゃん泣いちゃうよ?」
ハルカの奴、この家に住んでいた事は知っていたがそんな猿芝居まで打ってるのか。恐らく嘘泣きの部類なのだろうが2人はその話を持ち出しながらも表情には焦りが見える。どうやら彼女の打ち込んだ楔は相当効いているらしい。
「ま、まぁ少しずつ・・・直していく・・・いくわよ?」
言葉使いだけでなく表情までおかしな事になっていたリリー。それをみてルルーとカズキは心底可笑しくなって大笑いし始めると姉は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。





 『トリスト』との話し合いが纏まると『ビ=ダータ』は早速各国への招待状を送り始める。
今回は彼の国との関係性を周囲に知らしめる事はもちろん、元服の儀を行う場を提供する事で恩を売る形にもなっている。
だがガビアムはあの少年を欲しがっていた。地面をいきなり隆起させる事が出来るあの大将軍を。
その為にはあらゆる手段を尽くしてお近づきになる必要があった。もしかすると今回の祝典はその意味が一番大きいのかもしれない。

「急げよ!今回の祝典は国の威信と命運がかかっていると思え!」

来るべき日の為に迎賓館には大幅な改修工事が入っていた。そして時々国王自らが足を運んで労働者達に檄を飛ばして報奨をちらつかせる。
3人の実業家を受け入れたのも全てこの時の為だったと言っても過言ではない。
あらゆる狙いを内包している今回の祝典、ガビアムはその成功を妄想しながら来るべき日を今か今かと待ちわびていた。







『ビ=ダータ』の年初めに行われる祝典の招待状はここ『リングストン』にも届いていた。
これにはガビアムからの挑戦的な意図が多分に含まれてはいたがネヴラディンとしては渡りに船といっても過言ではない程喜びに浸っていた。
(これでヴァッツという少年に堂々と会いに行けるのだからな。)
ただ、この行動自体は許されるべきではないだろう。自身の用事さえ済ませれば後で必ず報復せねばならないとしっかり心に刻み込む。
現在ラカンが廃人と化している為『リングストン』の国内は非常に不安定な状態だ。といっても彼の代わりはいくらでもいる。
いざとなれば強引にでも首を挿げ替えることは可能なのだが今のラカンにはまだ使える要素が残っていた。

それが異能の力を再度取得しようとする執念だ。

元々彼が自身の力を強化する為に様々な実験を行っていたのは知っている。いや、これは知っていたというべきか。彼よりも前にこの国ではそういった実験が古くから行われてきたのだ。
ただ資料も成功例も極めて少なく1つの工程を復元する作業ですら数年単位が費やされていた。
あまりにも非効率な為公にはしていなかったがそれでも水面下ではこつこつと受け継がれてきて今の形があるのだ。
そして当然ネヴラディンにもその合成異能は施されている。彼自身が戦う事などまず有り得ないがそれでも自分の身くらいは守れないと独裁国家で権力を振るう事は出来ない。

現在のラカンはただの初老でしかない。かつての栄誉は全て失われた。だからこそ再びその栄誉を掴む為なら何でもしてくれるだろう。

祝典へは彼と自身、そしていくらかの側近を連れていく事を決断したネヴラディン。
「そうだ。ガビアムへの土産も忘れずにな。もう1年近く寝かせてあるのだ。あやつも涙を流して喜んでくれるだろう。」
配下に準備を促してから玉座を立つと彼は来るべき年始に向けて最後の調整に取り掛かり出した。



ラカンの部屋と同じく彼の自室にも仕掛けがある。王城の地下深くへと続く深く暗い階段。それを降りていくと極秘の研究室にたどり着くのだ。
ネヴラディンその奥にある一室へと迷わず足を進めると中で様々な異能者達の欠片を自身の体内に埋め込み、そして食すラカンに声を掛ける。
「またここに来ていたのか。」
当然その事は知っていたが、それでも呆れかえる様子をわざと見せつける。こうする事で彼を追い詰めていくのだ。

圧倒的な力を失ったラカン。もうお前が今までの様な強権を振るう事はないのだぞ?と。

「こ、こ、これは大王様!」
白髪の老将軍が焦りつつ跪いて来た。阿るといえばそれまでだがそれにしても遜り過ぎている。以前の大将軍にはある程度心を許していただけにこの変化は多少の情けを感じずにはいられない。
だがその執念。何としてでも再度異能を手に入れようとするその執念だけは高く評価するネヴラディン。
「『トリスト』という国の主要人物が元服するらしく、その式典を『ビ=ダータ』が主催する話は聞いているな?お前にも参列してもらうぞ?」
これは彼なりの追い込みと最後の情けだ。追い詰められた元『緑緋』の大将軍を連れて行けば何かしら謀略を仕掛ける可能性がある。
それこそがラカンという出がらしに残った最後の使い道なのだ。責任は『リングストン』の大将軍である彼の首で何とでもなるだろう。

(せめて最後は大きな戦果を・・・期待しているぞ。)

ラカンが感動の余り地に頭を付けて平伏する姿を眺めつつ、彼はその散り方を期待して胸を膨らませていた。







『ビ=ダータ』からの招待状はここ『ネ=ウィン』にも届いていた。この国も他と同様『ビ=ダータ』を国家として認めてはいなかったが今回の祝典は『トリスト』の大将軍含める4人の元服を祝うものだという。
そしてナルサスには前から狙っているものがあった。イルフォシアだ。
『トリスト』の王女姉妹は基本的に第二王女である彼女が王族としての仕事をしているのは知っている。今回の祝典も必ずイルフォシアが参列するはずだ。
最後に会ったのが戦場でだった。あの時はスラヴォフィルも現れて少し心証を悪くしたかもしれない。ならばこの機会に少しでも距離を縮めておくべきだろうとナルサスは企む。

「・・・父上。此度の祝典、私も是非参加したいのですが。」
『リングストン』からは大王自らと大将軍までもが参列するという情報は届いてきていた。暗殺こそ失敗したもののラカンの様子も気になる所だ。
「よかろう。」
イルフォシアの件はおくびにも出さず普段通りの彼を演じながら静かに提言すると父はすんなりと通してくれた。
「あら?それでしたら是非私も。その新興国とやらがどの程度か興味もありますし。」
センフィスの反逆以降よく皆の前に顔を出すようになった姉も行くと言い出したので父は少し困った表情を浮かべる。
彼女自身が相当な力を持っている事と夫が立て続けに亡くなっている因果関係が未だ解明されていない中、そのような場に出てもし何かあれば『ネ=ウィン』の立場が危うくなるからだろう。
「それでしたら護衛を含めて4将も全て参列させましょう。」
「む?それでは国の護りが疎かになるぞ。」
これに関しては明確に否定してきたがナルサスはしっかりと意見を述べる。
「恐らく周辺国からも上位者が一斉に集うのでしょう。でしたらどの国も侵攻を企てる余裕はありますまい。それよりも我が国の威信を喧伝する為にもこの祝典自体を余す事無く利用すべきかと。」
「ふむ・・・ナレットよ。お前の護衛は全て4将に任せられるのなら参列を許可しよう。」
父は未だにその正体がわからない力を使うなと釘を刺しているのだ。そういった意味でも全4将参列は上手く形に嵌ったと感じる。
「わかりましたわ。」
即答しているものの姉もまた曲者だ。何か起きそうな予感はあるがナルサスからすればイルフォシアとの接触さえ邪魔しなければ後はどうでもよい。
それとは別に個人的な恨みもくすぶっている。黒剣を台無しにしたヴァッツ。あれを元服の日に殺すことが出来ればさぞ愉快だろう。
話では散々聞いていたがあの少年は想像を絶する力を持っているらしい。ならば残された手段は搦め手しかない。
『暗闇夜天』が使い物にならない今、今回は自分の手駒を使って毒を盛る。外側が固ければ内側から崩すのは何事にもおいて常套手段だ。

(元服の儀か。中々楽しくなりそうだな。)

会議を終えたナルサスは退室後すぐにヴァッツへの準備と未来の妻に向けての贈り物を手配するのだった。







その頃隣国である『ボラムス』には珍客が訪れていた。
「どもっす!自分シーヴァルって言います!よろしくお願いしまっす!!」
非常に軽そうな青年を連れてあのナジュナメジナが来城してきたのだ。ガゼルを含めて招かれざる客をどう対応するか思案していたが、
「今日は彼をこの国で使っていただけないかと思って参上いたしました。」
この男は突然やってきたかと思えばまた突拍子もない提案を持ち掛ける。とにかく素性が知れないのでガゼルとしても二つ返事で了承する訳にはいかない。
「理由は?そいつ『ジグラト』の兵士なんだろ?しかも身につけてるのは『ネ=ウィン』の兵装だし。曰く付きはお断りだぜ?」
「理由は簡単。大きな失恋をされたのでその癒しを求めて新天地にやってきたのです。」
「・・・・・」
微妙な理由に皆が一斉に言葉を失う。そんな事で住む場所を変えてたら国がいくらあっても足りないだろう。
「見た所それなりに腕は立つようで。国王、一度彼の実力を試されてみては?」
傍に控えていたワミールがそんな提案をしてきたのでガゼルも腕を組んで少しだけ考える。だがその答えが出る前にファイケルヴィが勝手に木剣を用意してお互いに渡したのだから『やれ』と言う事なのだろう。
仕方なく玉座から立ち上がって二刀を構えるとシーヴァルという青年も少し遠慮しがちにそれを受け取って相対する。
「ぇぇ~・・・いきなり王様と戦うんっすか?この国変わってますね・・・」
「だから面白いのですよ。ここでシーヴァル様の実力をしっかりとお披露目しておけば快く迎え入れて下さるでしょう。」
ナジュナメジナはもうこちらが青年を受け入れる前提で話を進めているので彼も黙っておくわけにはいかない。
ここは山賊時代に培った腕前を披露するとともに傀儡とはいえ『トリスト』の人間達にも自身の強さを示して少しでも扱いの向上を狙うべきだ。

「仕方ねぇ。いくぜ?!」

動きに問題はなかった。ただ実戦から随分離れていた為その隙をシーヴァルは見逃さない。

がんっ!がつっ!!ばきっ!!

二刀をあしらった瞬間彼の蹴りが腹部に入るとガゼルはうつ伏せに倒れ込んだ。そして誰一人王の心配をせず、若き青年の強さに感嘆の声をもらしている。
(ま、まぁいいんだけどな!)
久しぶりに走る痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がるとワミールもファイケルヴィも彼をどこに就かせるかの相談が始まっていた。
「あ、あの!だ、大丈夫っすか?!」
唯一声を掛けてくれたのが新人君だというのだから情けない・・・いや、これはある意味幸運なのかもしれない。
「うむ。心配ご苦労。ところでシーヴァルだったか?その強さ、気に入ったぜ。俺の側近になれ。」
青ざめた顔を上げながらガゼルはすぐに受け入れると同時に職務も与える。いくら傀儡といえどナジュナメジナやその使用人もいる前で『ボラムス』の国王が宣言したのだ。
後から覆すのも難しいだろうし何より『トリスト』に染まっていない人間を傍におけば今回みたいな無茶ぶりを止めてくれるかもしれない。

要は近しい配下が欲しかったのだ。

山賊時代の手下は全て市民として人生を謳歌しているし今更こちらの堅っ苦しい世界に呼ぶつもりもなかった。
失恋をしたと言っていたが彼は腕も立つしそれなりに常識も弁えているとガゼルは見る。
「ね?彼は面白いでしょう?」
ただナジュナメジナの鼻を明かす事だけは出来ず、こちらの反応をとても面白がっていたがこの際目を瞑ろう。
「い、いいんっすかね・・・よ、よろしくお願いします。」
シーヴァル自身も不安が募っているらしいがおずおずと跪いて頭を垂れた事でこの日、『ボラムス』には若い新戦力が加入した。

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