闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -交わった魔族-

 自身の事なのに何一つわからない状態が続いていたクレイス。
目も開けられず声も出ず、四肢に関しては感覚がないので自分がどういった体勢なのかもわからない。
ただ、確かに腹部らしき部分から重い痛みだけは脳に入ってきているようだ。
(・・・これのせいかのかな?まぁ・・・我慢は出来る範囲だし・・・)
深刻には考えていなかったものの、ウンディーネが自身の体に溶け込むように入ってきてからおかしくなった。
そしてそれがずーーーっと続いているのには流石に辟易としてきている。いい加減大きな怪我を負わないようにしたいなぁ・・・と考え続ける中、
《・・・レイス。クレイス!!》
どれくらいの時が経ったのか。自分を呼ぶ声がやっとウンディーネだと分かり始めた頃。
「・・・う、うんでぃね?だよね?これどうなってるの?」
意識の中で始めて言葉だけは発する事に成功したクレイス。
《!!!よかったー!!!》
耳元に彼女泣きそうな、それでいて大喜びしている声が届くと・・・・・
一気に視界が開けて彼女の匂いまでもを感じ取る。体には何やら柔らかいやら冷たいものが巻かれているのか?
あまり慣れない感触だった為それを剥がそうと手をやると、
《あっん?!ちょっと、くすぐったいんだけど?!》
うん?指先には体に巻かれているものと同じような感触が伝わってくる。しかし何だこれは?
体が覚醒したからといって現状がすぐに理解出来ていた訳ではない。クレイスは目を凝らしながら自身の周囲を確認してみると、

半身半魚のウンディーネがほとんど肌着を着けていない体のまま全裸のクレイスに抱きついていた事がやっとわかった。







『トリスト』
名前だけは何度も聞いていたが実際この国に来てからは驚きの連続だった。
まず城が空を飛んでいる事。そこに住む半数以上の人間が空を飛べる事。
『ネ=ウィン』が飛行の術式という魔術を完成させたというのは知っていた。だがここにある術はそれを遥かに凌駕する。
そもそもこんな巨大な城をどうやって飛ばしているのだ?しかも広大な大地ごと。
好奇心も合わさって自身の上司を質問攻めにしたいところだが自分はここに遊びに来たわけではない。
「で、ここには支出の資料があって月単位で纏め上げた物がこちらの棚にある。変動時には情報の共有を忘れないようにな。」
現在宰相と呼ばれる地位に就くザラールから逐一説明を受けていたのだが覚える事が多すぎて凡夫なら頭を爆発させているところだろう。
そもそも初日から全てを叩き込もうとする方法には無理がないだろうか?
「あの、ザラール様。私はこれらを全て1人でこなしていかねばならないということですか?」
ショウも優秀ではあるがこの量をこなすには体が4体くらいはほしいところだ。
もしくは過剰に期待されすぎているのかとも感じて質問してみたのだが、
「うむ?そんな訳がないだろう。ただお前は私の補佐だ。何かあった時全てを把握しておかねばなるまい?」
「は、はぁ・・・・・は?」
何やら補佐という言葉の意味を互いが取り違えているように感じたショウは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
仕事に追われていた周囲の文官達も何事かとこちらに視線を集めてくるが、
「お前はアンに相当叩き込まれてきたのであろう?ならばこの国でもその力を十分に揮って貰わねばな。」
色々と気になる点はあったがまず最初に口を挟むべきは、

「ザラール様。崩御されたとはいえ他国の女王様を敬称なしに呼ぶのはいかがなものかと。」

間違いなくそこは後回しだろうという点から指摘してしまうショウ。愛情から来ている部分もあるが半分は職業病みたいなものだ。
注目されている事など全く気にせず2人はひりついた空気を漂わせてにらみ合う。一戦起きそうな雰囲気に周囲もこっそりと後ずさりを始める中、
「ふぅ。私は彼女と40年来の付き合いがあるのでな。10歳を少し過ぎた少年にとやかく言われる筋合いはない。」
ため息混じりに自分達の関係を答える宰相。そしてそれを聞いて目を輝かせる補佐。
「え?!そ、それは失礼致しました!・・・あの、本当ですか?」
『シャリーゼ』にいた頃から彼は女王の身の上話というのをほとんど聞いたことがなかった。
常に彼女はショウの為を思って様々な行動を取っていたというのが大きな理由なのだが、そのせいでジェローラが実父だというのもつい最近知ったのだ。
「うむ。お前はアンが関わると少し、いや、かなり視野が狭まるようだな。それは治していかねばならんぞ?」
逆にアン女王に関して注意を促されてしまいショウは気恥ずかしくなって俯いてしまう。
「一通り伝え終わったら少しだけ昔話をしてやろう。」
外見はいかにも狡猾そうな宰相はこちらの心理を読み取ったのか、元々ショウの心理は読みやすいのか。
今まで聞いたことの無い女王の昔話が聞けるという期待を胸に彼はその日全力で仕事を覚えきった。





 異性の裸には興味がある。年頃の少年なのだ。それは当然だろう。
しかしまさか異性に自身の裸を見られるとは思っても見なかった。そしてそれはとんでもなく恥ずかしい・・・・・
《とりあえずこれでどう?》
ウンディーネが指先で軽く空をなぞるとクレイスの腰には水で出来た腰布が巻かれる。
「あ、ありがとう。まだちょっと恥ずかしいんだけど・・・いや!それよりここはどこ?!」
あれからじっくりと目を凝らして周囲を観察してみたが天地の感覚すらわからない真っ暗な闇の中に2人が漂っている。
浮いているのか沈んでいるのか・・・ただ、これは間違いなく過去に経験した覚えのある感覚だ。
《ここは貴方の体内。のはずなんだけど・・・どうなってるんだろうね?》
彼女自身もよくわかっていないらしく、しかし悲壮感や焦燥感は一切見受けられない。むしろとても落ち着いた様子で笑顔すら浮かべている。
「・・・ウンディーネが僕の体に入ってきてから・・・だよね?なんかおかしな事が起こったのは?」
クレイスは何とか記憶を搾り出してあの時の事を必死に思い出そうとする。
サーマの亡骸を抱いていた。ウンディーネが傷を負って戻ってきた。それから何故かクレイスの体に入ってきた。そこが大きな謎だったのだ。
《ごめん!!私あの時大きな怪我をしちゃって・・・それで魔力が尽きちゃいそうだったからついクレイスの体に・・・》
両手を合わせて頭を下げる魔族の女の子。必死で謝る姿に何故かこちらが悪い事をした気になりそうだったので、
「い、いや。構わないけどさ。何で僕の体だったの?ハルカとかのほうが強いのに。」
悪気がないのは十分理解していた為話題を逸らしながら簡単に許してしまう。

《あの時にいた3人の中で一番魔力を感じたからなの。》

それよりも返ってきた答えを聞いて納得と同時に修行の成果がしっかりと現れていた事のほうにむしろ彼は喜びを感じていた。
《・・・もっと怒らないの?あなた死にかけたのよ?》
過酷な事実を伝えたはずなのに何故か頬を緩めているクレイスを見て不審に思ったウンディーネは言わなくてもよい事実を口走った。
「えっ?!そ、そんなに酷い傷を負ってたの?ていうか、僕も死にかけたの?!」
彼女としては自身の身勝手で彼を巻き込んだという負い目があったのでしっかりと怒ってほしかったのかもしれない。
だが、ほとんど意識を失っていた為クレイスにはその辺りが全くわかっていなかったので平謝りされても心に妙な罪悪感が刺さるといった状況だ。
死にかけていたという事実も峠を越えた今となっては特に気にするような事でもないし、
彼はこれまでに何度か死に直面していた為皆が思っている以上に胆力だけは付いていたのだがほぼ初対面であるウンディーネにそんな事情を知る由はなく、
《うん。私も知らなかったんだけど体に入ったら傷も毒も共有されてたみたいで。でもあいつに助けられたの。》
彼女も彼の懐の大きさに甘んじる事にして現在の状況も含めてあの時の説明をし始めた。
「あいつ?」
《うん。名前も口に出したくないんだけど・・・『闇を統べる者』に。》

それを聞いたクレイスはやっと自身が彼の力によって護られたのだと大いに理解した。







『東の大森林』で開かれた蛮族同士の戦いから1週間。
バラビアはほぼ女子供と老人だけになってしまった『バイラント族』の今後について父王含め家族と話し合っていた。
「このままでは戦わずして滅びるぞ。族長、ここは新しい強者を迎え入れるべきだ。」
「姉上・・・立派になられましたね。」
こちらは真剣に進言しているのに族長補佐の弟はその姿を見て感涙を落としているだけだ。
(出来ればこういう説得の類は頭の切れるマハジーに任せたいのに。)
『トリスト』の一員として多少の経験を得ていたバラビアにも今後の展開くらいは考えられるようになっていた。
ただ、彼女の考えは蛮族の掟からは随分外れる事になる。何よりも血の結束と武勇を重んじる彼らが部外者を招き入れるというのは、
「バラビア!何という罰当たりな事を!!」
「そうじゃそうじゃ!!いつの間にそんな腰抜けになりおった?!」
「私は部族内の男としか契りを交わしませんよ?!」
父王を含め、深い信仰心を持つ者達は声を荒げて反対意見を投げつけてくる。

どちらの意見もわかる。

身を挺して庇ってくれる弟には悪いがバラビア自体も口に出してはいたもののこの意見は通らないと最初から諦めていた。
傍から見れば『バイラント族』はとうに繁栄条件を失っている。誰が見ても滅亡は明らかだ。
なのに代々伝わる意識と誇りが延命措置を拒んでくる。これもまた蛮族たる所以なのだろうが・・・
「わかった。もういい。」
命を賭けて必死の思いで戦ってきたのは滅びる為ではない。皆で生き残り、そして再度の繁栄を信じていたからだ。

道は潰えた。

そう判断したバラビアは周囲からの怒号などに一切耳を傾ける事無くゆっくりと立ち上がると、
「今まで世話になった。」
最後に出来の良い弟の肩に軽く手を乗せると彼女は『バイラント族』の集落を後にした。





 「あの~、『ヤミヲ』さん?そろそろここから出して欲しいんですけど?」
ウンディーネの話から2人は意識下の中で動いているのだという。
なので目を覚ますには直接体に意識を繋がなければならないらしいのだが・・・・・
《あいつ・・・私達を閉じ込めて干乾びさせる気なの!!》
半身半魚の魔族は頬を真っ赤にしながら尾びれをぱたぱた振って憤慨している。彼らを知るクレイスからすれば絶対そんな事はしないとわかっているので、
「まぁまぁ落ち着いて。僕達の声は届かないのかな・・・もしくは僕がまだ眠っていると勘違いしてるとか。」
相変わらず闇に包まれた中をふわふわと漂いながら腕を組んで考えに耽る。上下という概念が存在しない為に出来る芸当だ。
このまま無為な時間が過ぎるのは勿体無い。何かないだろうか・・・
「・・・そういえばウンディーネ。僕、ずっとサーマの夢を見ていたんだけどあれってどういう事かわかる?」
《え?!ど、どんな夢なの?!》
ふと思い出したので口にしてみれば彼女は随分と焦りを見せてくる。
そもそも彼女らがどういった関係なのかもよくわかっていなかったのでこの機会に色々と聞いておこうと思いついたのだが、
「えっとね。『シャリーゼ』で過ごしていた事とか、学問所に通ってた事とか。そこで初めてショウに会ったんだね。
あとユリアンに殺されたのにウンディーネが体に入ってきて蘇った?とか。ウンディーネって結構凄い事が出来るんだね。」
脳内へ入ってきた記憶に改竄などがなければ体こそ滅んでいたのかもしれないが確かにサーマは生きていた。
いきなりの悲劇をものともせず、憧れの人物と仲良く日々を過ごしていた彼女を追体験したクレイス。
そのせいか普段はよほど親しい人物しか呼び捨てで呼ばないのにウンディーネには敬称をつけることも無く気軽に接している。
《・・・違うの。あれは私にもよくわからなくて・・・今ってサーマの体はどこにいったの?》
しかしクレイスの話を聞いて彼女は何故か目に見えてどんどん落ち込んでいく。
「体・・・あ!もう遺体だったから埋められたりしてるかも・・・まずい!早く皆に知らせなきゃ!!」
サーマの最後の記憶はウンディーネの姿を見たところで途切れている。
《人の体って・・・死んだらどんどん腐っていくんでしょ?もしかしたらもう戻れないかも・・・》
彼女が何故悲痛な表情を浮かべているのか理解したクレイスも必死で頭を働かせ始める。
ウンディーネが自分の体に入ってきてから意識を失って一体どれほどの時間が経ったのか。
外ではどういった処置が施されているのか。もしかするとクレイスの体も遺体として判断されてたりしてないだろうか。
「・・・今の状態じゃ手も足も出ないな・・・」
この状態での知識が乏しく、元々何の力も持っていないので対処方法など皆目検討がつかない。

《・・・魔術で突破してみる?》

彼女からみても選択肢が限られているのだろう。
それでも何とか出てきた提案にはかなり危険な臭いが漂うのをクレイスは全身で感じていた。







またも頭領と離れ離れになってしまったミカヅキは辛うじて彼女との連絡手段がここ『アデルハイド』にある事だけは突き止めた。
両親に溺愛され、結果相当な我侭娘に育ったのは周知の事実だったがそれでも一族を纏める長としての仕事はこなしていたハルカ。
それがいつからかほぼ全てを彼に丸投げするようになって行方をくらます事が増えたのだ。
(このままでは大頭領様に合わせる顔がない・・・)
直近の任務として『ネ=ウィン』の4将筆頭クンシェオルトから莫大な報酬を手に入れてはいたので
一族三世代くらいまでは生きていくのに全く困らないのは間違いないのだが家業というのは継続する事こそが重要なのである。
多額の報酬に満足せずその力を日々磨き、後世に地位と名声を残していかねばならないのだ。
『アデルハイド』城内にある人の気配がない場所で壁を背に悩みからか大きなため息をつくミカヅキの元に、
「ミカヅキ様、『孤高』の『羅刹』様がお会いになりたいと。」
「何っ?!」
配下の1人がそう伝えた事で一気に心身が引き締まる頭領補佐。
未だ彼らは『トリスト』の位置がわからなかったが彼がその国の国王を勤めているという事実だけは手にしていた。
あまりにも正体が掴めないので接し方の方針すら定められてはいなかったのだが、
「・・・致し方あるまい。」
頭領補佐として一族第一を念頭に彼の王との謁見を了承したミカヅキは早速『アデルハイド』城内にある一室へと通された。

中には白く立派な髭を蓄えた真っ赤な衣装に身を包んだ筋骨隆々な男とやや細身ながら歴戦の風貌をした鋭い目つきの『アデルハイド』王が小さな円卓を囲んで座っている。
「ほう。流石暗闇夜天族だ。人物は申し分ないな。」
開口一番スラヴォフィルがこちらを品定めするかの発言をしてきたが悪い印象は感じない。恐らく本心なのだろう。
「有り難き幸せ。で、拙者にお話というのは?」
現在頭領不在の為あまり大きな仕事を受けるのは得策ではない。しかし相手が相手だけにここは慎重に話を進める必要がある。
ただ、『アデルハイド』王はともかくスラヴォフィルは『孤高』の1人だ。いくら国王の座についているとはいえ彼が誰かの暗殺などを依頼するだろうか?
(それなら自身で出向かれた方が確実だろう。つまり彼は知人の同伴者といったところか。)
問題はこちらがそれなりに懇意にしている国の重役を始末してほしいといった内容だった場合だ。
断るか引き受けるか、その判断から手段、報酬と事細かに提示していかねばなるまい。

「お主、いや、お主達か。『トリスト』と専属盟約を結ばんか?」

「・・・・・」
しかしミカヅキが思っていた以上の難題を吹っかけられてしまい、言葉を失った頭領補佐は逆に事細かく条件を提示される立場に立たされていた。





 魔術で突破する。つまりは無理矢理押し通すといった彼女の提案にクレイスは顔をしかめた。
《でも考えている時間も惜しいの。違う?》
「・・・まぁ、そうなんだけど・・・」
ここはクレイスの体内なのでウンディーネが加減知らずな魔術を発動してしまえば中から傷つけてしまう恐れがある。
なので彼自身が周りを覆っている闇を打ち破って身体への接触をすべきだと彼女は言うのだが。
「僕、まだ魔術って使った事がないんだよね・・・」
正確には発動させる所まで達してはいたのだが、それで出来る事といえば軽くて小さな物をほんの少し動かす程度だ。
ウンディーネが使うような水球はもちろん攻撃魔術の初歩と呼ばれる火球も知識すら持ち合わせていない。
そもそもいくら自分の身体内で加減がききやすいとはいっても好き好んで強力な魔術を使う気は起こらない。
それこそ自身にどんな影響が出るかわかったものではないからだ。
《じゃあ決まりなの!大丈夫!私も手伝うから!》
と、彼女は自信満々な表情で言ってくるのだがクレイスの脳内にはサーマの記憶も残っている為諸手を上げて信じるのに抵抗を感じていた。
ウンディーネは魔族で確かに強い力を持っている。だが少しお調子者のきらいがあるのだ。
「うーん・・・お手柔らかにね?」
ただこの状態で何もしないままというのも時間が惜しい。
仕方なく釘を刺すように注意を促してお願いすると彼女は彼の前に移動して両手を胸に押し当ててきた。
《私は水しか扱えないからそのまま水の魔術でいくね?》
今から始めるという直前でそんな事を口走るが、何も持たないクレイスからすればそこは任せるしかない。
「うん。よろし・・・くぅぅぅぅううううう?!?!?」
いきなり胸に大きな穴が開いたかのような感覚に声が裏返って力と共に抜けていく。
痛みこそなかったものの急な変化に意識まで遠のいて来たので何とか彼女にそれを止めるように合図を送るが・・・・・

《・・・あ・・・レイス!・・・イ・!!》

幸い怪我からの気絶ではなかったのですぐに目は覚めたものの、強大な魔術の一端を体験したクレイスは少しの間恐怖で口がきけなかった。







人質が突如館から消えた。そしてすぐそばにいたフェレーヴァにはその動きがわからなかった。
「お前はあいつに同情してたからなぁ。ただ逃がしただけじゃないのか?!」
七神の中で唯一人間の世界にその姿のままで生活しているダクリバンが鬼の様な形相で睨みを利かせてくる。
確かに少し彼の傍に立ちすぎていたという自覚はあったのでこれに対しては下手な反論をすべきではない。
「よさんか。ここは大陸から遥か北にある孤島、あの少年の力では海に出ても干乾びて死ぬだけじゃ。
そんな事は誰もがわかっておるじゃろ。」
アジューズが僅かに残っている耳元の頭髪を掻きながらショウがいた部屋を調べているが多分何も出てこないだろう。
あの後自分も散々調べ上げたが不思議なくらい何の足取りも掴めなかったのだ。
少年自身の力はほとんど感じられなかったので間違いなく外部からの干渉があったと見ていいはずなのに、
手がかりが皆無な為現在の彼らは途方に暮れている状態だ。

「仕方あるまい。アジューズよ、今一度『シャリーゼ』近辺を軽く回ってみてくれ。
それで発見出来ない場合は捜索は打ち切り。皆も本業に戻る様に。」

内部の不和を恐れた長が簡潔に命令を下す事でこの場は収まったものの、
「・・・・・同情・・・・・か。」
フェレーヴァの中にそんなものは存在していなかった。相変わらず感情を読むのが下手だなぁと心の中で笑う。
彼がショウ側に立っていた理由はただ1つ。

ヴァッツだ。

七神の中で唯一彼と立ち合い、その底知れぬ力を体感した彼はヴァッツの存在を疑問視していたのだ。
七神は5000年の歴史がある。5000年もの間世界の様々な厄介事と脅威に首を突っ込みそれらを平定してきた。
時には何十万もの人を殺し、時には何十もの国を滅ぼし、時には大地の形すら変えてきた。
1000年に一度現れるという人間の頂点に立つ者。それと対峙するのも組織で換算して今回で6回目だ。
だからこそ確かにわかる。あの少年は今までの者とは違うと。
彼自身非常に戦いを嫌い犠牲を最小限に抑えるか回避しようとフェレーヴァにも提案してきた。
あまりにも欲が無く、いや、心が純粋すぎて欲が欲の域に達していない。
今までの頂点に立つ者達は皆もれなく世界規模の野望を心に宿していた。
女、金、権力、そこから地位に名声と挙げればきりがない。皆欲望に塗れていた。そしてそれが彼らの強さにも繋がっていたのだ。
未だに治る気配を見せぬ頬の腫れに手をやる事が癖になりつつあった彼は思う。

真に仲間に引き込むべきはショウではなく彼なのでは?と。

権力抗争に巻き込まれる前に先んじて人の世から引き離す事さえ出来れば自分達がわざわざ危険を冒して人間達と戦う必要がなくなる筈だ。
いくら強いと言っても彼は人間、寿命は100年にも満たないのだ。それを死ぬまで飼い殺せば犠牲を大いに減らす事へも繋がるだろう。
(一度真剣に提言してみるか。)
弟のように可愛がっていた仲間の死を胸に、フェレーヴァは静かに決意を固めていた。





 目が覚めた時クレイスは腰巻がなくなっていたのも気が付かないほど激しい動悸に襲われていた。
《良かった~!またしばらく目覚めなかったらどうしようかと思ったの!》
「い、いや・・・こんな可能性があるのなら先に教えてよ・・・」
意識の塊であるはずが何故か浅い呼吸を繰り返して苦しみを感じるのはさっきウンディーネに何かをされたからか。
妙な恐怖心だけを植えつけられたので出来ればもう彼女の手助けとやらはお断りしたかったのだが、
《じゃあ今度こそ!さっさとここから解放されるの!!》
張り切っているウンディーネにも悪気はないのだ、と自分に言い聞かせながら今度は彼からもいくつか注文をしてみる。
「あのね・・・僕が気を失わない方法でお願いしていい?痛いのも嫌だからそこも考慮してもらって。」
《任せてほしいの!》
元気すぎる返事により心配になってしまうクレイスだったが今は急いでいる。
心の中で『よしっ!!』と覚悟と気合いを入れると再び彼女の両手が自身の胸に当てられた。

ずずず・・・・すぅぅ~~・・・

知らず知らずの内に目を閉じていた彼は先程感じた胸の大穴、いや、大きな光が決して錯覚ではなかったと確信する。
そこに彼女から魔力が注がれて自身の中に貯まっていくように感じたクレイスは意識体なのに力が漲ってくるような錯覚に囚われた。
(これがウンディーネの魔力なのか・・・凄い・・・)
無尽蔵に溢れ出て来るそれをただ受け取っているだけだが脳内には彼女が展開していた水球や水蛇、水槍の映像までもが鮮明に映し出される。
口伝や書物には書かれていない術式、これは感覚だ。
魔族というのは小難しい理論などを用いずに感覚でこれらを展開するらしい。それらはまるで手足を動かすような。
《・・・まだいけそう?・・・大丈夫っぽいの。》
全身でそれらを感じているとウンディーネの大事な質問に答えそびれてしまった。だが恐らく問題ないはずだ。
何せ最初にしっかりと釘を刺しておいたのだから・・・・・
「・・・・・・ぅぁぁぁあああああ?!?!ちょっ?!?!」
今度は慌てて彼女の両手を払えたから意識は失わずに済んだものの、クレイスは大量の冷や汗を全身から流していた。







『ビ=ダータ』と呼ばれる元『リングストン』領を抜けるとそこには非常にみすぼらしい家々が並ぶ平地が広がっていた。
独裁国家であり共産主義を掲げるこの国は食いっぱぐれる事こそないものの、その生活水準はかなり低い。
センフィスに抱かれて空から入国したユリアンはここでカーディアンに任を与えて何とか権力基盤を手に入れられないかを考える。
(まずは国民の様子、それから大王を取り巻く重臣達だな。)
『ユリアン教』の脅威はまだこちらの大陸でそれほど認知されていない為、信者は割とすぐに獲得できるだろうと高を括っていたのだが、

「お前達だな?妙な宗教を広めようとしているのは?」

目立たないように小さな広場で教えを説き始めた瞬間に衛兵がわらわらと湧いて出てきた。
あまりの対応の早さにユリアンも内心舌を巻いていたがここで大事にする訳にはいかない。
護衛役のセンフィスが虚ろな表情と視線で無意識に剣を構えようとするのを制すと、
「申し訳ありません。私達はこの国に来て間もないのです。どうか・・・お許し下さい。」
女性っぽい仕草で平謝りをする。カーディアンの外見はそれなりに器量が良い。相手が異性ならこれで許されるだろう。
しかしその甘い考えは一蹴され、彼らは問答無用で手枷足枷をはめられると連行される事になった。
(やれやれ。また囚われの身か。こっちの大陸はどうも野蛮な国が多いらしいな。)
そもそも彼の布教活動が原因で捕まっているのだが傲慢不遜な彼が自身の行いを省みるはずもなく収監所に着くとすぐにセンフィスは引き離され、
暗く嫌な臭いが漂う小さな小部屋に無理矢理押し込められると男達が5人ほど鼻息を荒くして詰め寄ってきた。
(うーむ。手篭めにされるにしてももう少し身分の高い者でないとなぁ・・・)
彼の次なる目的は新たな信者を手に入れる事と中枢の権力を手に入れる事だ。こんな辺鄙な場所の下っ端に強姦されている暇はない。
ユリアンはか弱い女の身体のまま天族の戦士として闘志を放つと掴まれていた両腕を捻って裏拳を左右の2人の顔面に放つ。
「がっ?!」
「あうっ?!」
ロークスでは不覚を取ったがそもそもユリアン自体はかなりの強さを持っている。そして支配している身体の強さが合わさればさらに昇華するのだ。
なのでカーディアンの身体を使った彼の強さはそれほどではない。むしろ総合的に見てかなり弱体化はしていた。
それでもこのような下っ端達に後れを取るはずもなく、すぐに両肘を放って2人を無力化すると、

めきゃっ!!ぼくぅっ!!

右前にいた衛兵の懐に一瞬で飛び込むと彼の左膝が相手の下腹部辺りにめり込む。
前かがみになって丁度良い高さにうなじを露見させてきたのでそこに右肘を力強く打ち下ろすと床は倒れた。
やっと異変に気がついた残りの2人は慌てて臨戦態勢に入ろうとするが無手での戦いに慣れた神に敵うはずも無く、

ばんっ!!ぼこっ!!!

鼻先に素早い平手を叩きつけられ、一瞬で視界を奪われるとまたも下腹部に膝蹴りを浴びせて沈めるユリアン。
使っている身体が非力という理由もあるが自身も男という事でこの攻撃がどれほどの威力を持っているかよくわかっている故だろう。
的確に急所を狙って5人目もあっという間に倒すと速やかに部屋から脱出し、
「センフィース!!助けてー!!私犯されてしまうぅぅー!!」
全く悲壮感の無い叫びで彼の名を呼びながら収監所を探し回る。もちろん彼の声に反応するのは衛兵がほとんどだったが、

しゃしゃしゃっ!!しゃぃぃぃん・・・・ずずずずず!!!

建物にいくつもの斬撃が走った後、一気に壁や柱が倒れて視界が開ける。
「カーディアン!!大丈夫?!」
完全に心を落とされた下僕が中身の違いなどという些細な問題には一切気づかず必死の形相で彼を助けに来た。
「ありがとうセンフィス。ふふふ。」
飼い主を助けに来た犬にご褒美として軽い微笑みを向けることで彼は無常の喜びに浸る。『ユリアン教』の教えを説いた訳でもないのに何と扱いやすい事か。
彼はそのまま下僕の懐に飛び込むと、
「ここは危険だわ。もう少し西へ向かってみましょう。」
収監所にいた衛兵を皆殺しにして建物を倒壊させた後そう指示して彼らは王都の方向へ飛んでいった。





 ウンディーネがこちらに流してくる魔力というのは膨大なものだった。詳しくは分からなったが体感からそれは理解したクレイス。
《水で全部流し落とせばいいと思うの。》
彼らを取り囲む闇を見渡しながら提案してくるがまず彼の課題として魔術を使うところから始めなければならない。
「そんな事いわれてもなぁ・・・」
《そうそう。そんな感じなの。》
困り果てたクレイスに彼女は何故か喜んで彼の周囲に視線を向けている。何かあるのかと自分も顔を向けてみると
辺りにはウンディーネが戦いの時に展開していた水球がいくつか彼を囲むように浮いているではないか。
「・・・これ。ウンディーネがやってるの?」
《うううん。それはあなたがやったの。まぁ魔力さえあれば難しい事じゃないし。》
といわれても全く意識していないので少し不気味な所だ。まさか自分に向かって攻撃してきたりはしない・・・はずだが。
《とりあえずそれを全部集めて大量の水を当ててみるの!》
言われた通りにそれらがどんどんとくっついて大きくなる。やがてクレイスの上半身くらいの大きな球になると
《ほらほら。放って放って。》
彼女が口を開くたびにそれらが勝手に動くので本当にこれは自分の魔術なのだろうかと疑問に感じるが今考えるべきではないだろう。
大きな水球がクレイス達の正面に飛んでいって闇に風穴でも開けるのかと思ったら何の手ごたえもなく魔術は掻き消された。
「さすが『ヤミヲ』さんだなぁ・・・」
思わず感嘆の声を上げると水の魔族は不貞腐れた表情でこちらを睨んでくる。
《これだったら直接私が試してもいいかも・・・》
それをやるとクレイスの身体に傷がついてしまう可能性があるということでわざわざ別の方法を選んだというのに。
無意識に『闇を統べる者』の名を上げたのと感心したのがよくなかったらしい。
「待って待って。僕も考えるから。うーんと・・・・・」
正直彼の力に対抗する術など何も無いだろうと諦めかけていたのだが放っておくとウンディーネがまた何かを仕出かしかねない。

・・・・・

「見た感じだとこれって靄みたいだから、何かを当てるというより掻き消す方がいいんじゃないかな。」
何度も彼の力に触れてきた彼が答えを導き出すと今度は彼女の言いなりではなく自分の意思で水球を展開した。
ザラールから教えを受けていた時と違って随分簡単に術が発動する事に少し違和感を覚えるがこれを考えるもの後だ。
今度は一つの水球にどんどんと魔力を送り込んで自分の背丈ほどの大きさまで育て上げると頭上に移動させてから、
「ウンディーネもこっちに来て。」
左手で彼女を誘うとクレイスは高く上げた右手をくるくると回し始める。
すると巨大な水球がどんどんと速度をつけて回りだし、だんだんと形も伸びて水蛇のようになってきた。
2人を中心にそれを続けて更に水の量を増やしていきながら渦巻き状に展開すると今度はその直径を拡げていく。
水蛇が細くならないように魔力を加えつつ闇の中に走り出した渦巻きはやがて風を起こして竜巻へと化した。
(このまま・・・もう少し範囲を拡げれば・・・)
初めて手にした水の魔術を必死に制御しようと意識を向けていた為魔力の枯渇などを考える余裕がなかったクレイス。
少しずつ闇の靄が薄くなってきたのが目に見えて確認出来ると、
《おおお!やるじゃないクレイス!!》
ウンディーネが抱きついて喜びの声を上げる。割と豊満な胸が彼の顔に押し当てられるも今はそれも邪魔だとしか感じない。
(何とかここで・・・突破して身体へと戻らないと!!)
一心不乱に最後まで魔術を扱い続けてやっと黒い靄を霧散させると周りには薄い紅の空間が広がっていた。
「ふぅっ!!・・・これでいいのかな?」
《上出来上出来!さぁ、その紅い壁に触れてみて!多分それで目が覚めるの!》
ふわふわと浮かんだ状態は変わらなかったがとにかく一番近そうな壁に近づいてクレイスは手を伸ばしてみる。
「あ・・・何か温かい・・・」
《・・・クレイスは生きているからね。》
自身の体温がこれほど温かいとは。
今まで考えた事もなかったので感動していると先程ウンディーネから魔力を注がれた時とはまた違う意識の流れ方を感じとった。



苦痛や恐怖などは無く、頭の中と視界がみるみる白んでいくのを静かに受け入れるクレイス。そして・・・



寝具から見慣れた天井を認識した時、その右手は優しく握られていた事に初めて気がつく。
あの時感じたぬくもりは自身の体温ではなく彼女のものだったのかもしれない。いや、きっとそうだ。
いつから見守っていてくれたのか。床に座り込んで手を握ったまま眠っている彼女を起こさないようにじっと見つめるクレイス。
(また心配をかけちゃったのか・・・)
ユリアンとの死闘後も大きな手傷を負った自分を甲斐甲斐しく看護してくれたのは彼の中では鮮明に記憶されている。
恋心を寄せている相手にあまりこういった事はさせたくなかったが、それでも自分を気にかけてくれるという点には素直に喜びを感じていた。
ゆっくりと視線を他に移すと辺りは真っ暗だ。夜も更けてかなり経っているらしい。
(明日は皆に謝らないとな・・・)
同室のカズキや大将軍のヴァッツなど心配してくれたであろう友人の顔を思い浮かべる。更に一緒に戦っていたリリーやハルカ。
知り合ってまだ日は浅かったがバラビアにも苦労をかけたかもしれない。

あの後戦はどうなったのだろう?サーマの亡骸はもう埋められたのだろうか?自分はどれくらい眠っていたのか?

考えれば考えるほどやらねばならない事が山積していく。これはしっかりと優先順位を決めていかないとな・・・

ぐぅぅぅぅ~~~~ぅぅう・・・・・

頭がどんどん冴えてきて体内の血も久しぶりに巡ったからだろう。外部からの栄養を満足に取り入れる事が出来なかったクレイスのお腹が大音量で鳴り響くと、
「うぅん・・・あ、クレイス様。目が覚められましたか?」
彼の右手を握っていた少女が頭を起こして少しぼんやりとした眼をこちらに向ける。
「ごめんなさい。イルフォシア様起こしてしまって・・・」
久しぶりに出した声はかすれ気味で体のあらゆる機能を再稼動させ始めた事によりますます栄養不足だと本能が警告してきた。
目覚めたばかりだというのにいきなり目眩に襲われるクレイス。寝ぼけながらもイルフォシアはその様子を敏感に捉えると、
「・・・何か作ってきましょうか?」
「は、はい。お願い出来ますか?」
遠慮気味に返す少年に微笑みで答えた王女は静かに立ち上がると炊事場で簡単なおかゆを作り始めた。





 まさか1ヶ月近くも眠っていたとは・・・・・
クレイスはカズキの睡眠を妨げないように食堂に来ると彼女から詳しい話を聞きながら手料理を戴いた。
真夜中なので広いこの空間には2人しかおらず、灯りも小さな蝋燭が1本。後は窓から差し込む月明かりが彼らを青白いく照らしている。
相変わらず他人が食べればむせてしまうような味付けだが彼はそれをあっという間に平らげると、
「ご馳走様でした。いつもありがとうございます。イルフォシア様。」
未だ体調が万全ではないせいか、彼は余計な緊張をすることもなくすんなりと言葉を交し合えていた。
「うふふ。お粗末様でした。本当にお話をしていて大丈夫ですか?もう少しお休みになられたほうが。」
イルフォシアは唯一自分の料理を美味しく食べてくれる彼に満面の笑みで返すと話は明日にしないかと気を使って提案してくれるが、

「いいえ。1ヶ月も寝ていたんです。今は何よりも現状を聞きたいです。」

まずはショウがとても大切に想っていたサーマの件からだろう。
1ヶ月遺体のままであれば腐敗がかなり進んでいるはずだ。それにウンディーネが入り込んだとして意識を取り戻せるのかどうか・・・
「はい。私もショウ様から聞いた話ですが現在『ヤミヲ』様が預かっておられるとの事です。」
更にショウは今宰相の補佐としてこの国で勤めているという。自国ではないにしても頼りになる友人が近くに来てくれた事はとても喜ばしい報せだ。

そして自身が参戦していた『バイラント族』を守る為の戦い。
脅威こそ排除したものの彼の部族は戦える者、働ける者をほとんど失ってしまい、
バラビアが他者を迎え入れる提案をしたが激しく拒絶されてしまい仕方なく故郷を捨ててこちらに戻ったという。

『アンラーニ族』を指揮していた男の名は『ガハバ』。彼は東の大森林で精霊王と呼ばれる存在であり同時に『七神』の1人だったらしい。
この情報は囚われの身となっていたショウが教えてくれたもので、現在『七神』はヴァッツの命を狙うために世界で暗躍しているとのことだ。
「・・・そんな事になっていたなんて。」
黙って彼女の話を聞いていたクレイスは驚きはしたもののヴァッツの命を狙うという部分には大いに疑問が残った。
彼らはヴァッツの力を知っているのだろうか?彼に攻撃を当てる事は不可能であり保持する数々の強大な力は未だに全容が見えてこないほどだ。
ガハバというのも結局ウンディーネによって倒されており、それだけの力を持つ彼女ですらヴァッツを激しく恐れている。
この辺りは直接対面したというショウからまた詳しく聞いたほうが良いだろう。

「あとは暗闇夜天族と正式な契約を結ぶために父とハルカさんが話を進めているのですが、かなり難航しているようです。」
聞かされてふとハルカがいつも1人だった事を思い出した。『トリスト』にいる時はリリーの家に寝泊りしていたので友人や姉妹に囲まれて楽しく生活を送っていたのだろう。
だが彼女は暗殺集団の頭領だ。初めて会った時には3人ほどの配下を連れていたのをはっきりと覚えている。
それらを纏め上げる立場の人間が責任を放棄していたら配下の不満は溜まるだろうし組織として回らなくなっていくのも目に見えている。

その後も様々な話を静かに聞いていたがこの1ヶ月で随分色んな出来事が起こっていたのだとクレイスは内心とても驚いたが、
「うん。明日はショウに会ってサーマの事から話をしてみるよ。」
世界規模の情勢が今の自分にはあまり関係が無いと判断したクレイスはイルフォシアにお礼を言うと、

ぐぅぅぅ~・・・・・

彼女から小さなお腹の訴えが聞こえてきたので今度は彼が炊事場に立つと1ヶ月ぶりに腕をふるってお返しの夜食をご馳走した。







あれから彼女を自室へ送っていった後朝まで寝具で横になっていたがクレイスはふと気になって腹の傷を見てみた。
記憶の中ではウンディーネが随分どす黒い模様をかなりの広範囲で受けていたのだが今彼の腹には掌よりも小さい痕のようなものが白くうっすらと残っているだけだった。
「おお!本当に私の傷と繋がってるの!!」
いきなり彼女の声が耳に届いたことでその存在を思い出す。
「あ。うん。でももう痛みもないし、これは治ったのかな?」
何気なく返事を返したのだが・・・そういえば自分の身体に戻る時は体内で意識同士のやりとりをしていた事と思い出す。
となれば今も彼女はまだ自分の中にいるのだろうか?サーマの記憶を持つ彼はそこからウンディーネがあの時のように勝手に自分の身体を操ったりするのだろうか?と様々な憶測を頭に浮かべたが、

ひらひら・・・

腹の傷跡を確認した後再び仰向けになったクレイスの視界には見慣れた半身半漁の魔族が中空で横になる形で浮かんでいるのが目に飛び込んできた。





 「お前がウンディーネか。俺はカズキ。よろしくな。」
翌朝クレイスの背後にふわふわと浮くウンディーネをみて挨拶を交わす同室人。もう少し驚いて欲しい所だが今はまず朝食だ。
夜中にイルフォシアと夜食を作って食べ合ったのだがあれからすでに6時間は経過している。
寝具に横になったまま2人でひそひそと話をしていただけだが1ヶ月眠っていた彼の身体はまだまだ栄養を欲しているらしい。
以前と変わらずカズキと2人で食堂に向かうのだがやはりウンディーネの姿が悪目立ちし過ぎて向けられる視線が非常に歯がゆい。
「ねぇウンディーネ。また僕の身体に入れないの?」
「無理なの。クレイスが死んだらまたいけるかもしれないけど。」
姿を隠してほしいという願いは縁起でもない内容で返ってきたので軽いため息をつきながら2人が席に着くと、
「まずは復帰祝いだろ。飯を食ったら早速報告してきてやるよ。」
そういいながらカズキは3人分の朝食を運んできてくれる。ウンディーネも器用に尾びれを畳んでクレイスの隣に座ると食事を始めるので、
「いや、まずはウンディーネの事でしょ?ショウみたいに頼んで『トリスト』で働かせてもらおう?そうすれば国内だけなら大手を振って歩けるよ?」
少し人とはかけ離れた容姿はとても人目を引く。だからこそサーマの体内に住み着いていたはずなのだ。
「うーん。でも私、クレイスに迷惑かけたからあなたの傍にいたいの。駄目?」
自身は全く気にしていないのだが彼女は何とか恩を返したいらしい。気持ちは嬉しかったが正直これ以上悪目立ちをさけたかったので、
「それだったらイフリータの傍にいてあげたらどうかな?ショウの傍で仕事を手伝ってあげるとかさ?」
あっという間に朝食をとり終えたクレイスは傷つけないように代案を提示してみた。我ながら素晴らしい口実だと心の中で自分自身を褒めていると、
「・・・私、ショウにあんまり好かれていないから。」
寂しそうな表情でぽつりと呟くのでサーマの記憶からその真意が汲み取れてしまうクレイス。
確かにショウはいつでもサーマを第一に行動していたし、ウンディーネが彼女の身体を使い出すとあからさまにがっかりしていた。
思わず凍り付いてしまって向かいに座るカズキに助けを求める視線を送ってみたが、彼はこちらのやりとりを興味深そうに眺めながら朝食を美味しそうに食べている。
(戦い一辺倒のカズキにそれは無理か・・・)
助け舟が来ない事を確認したクレイスはこの提案を出してしまった事への罪悪感に苛まれる。
別の提案をすべきか?それともこのまま彼女が傍にいる事を認めるべきか?でもそれだと・・・イルフォシア様と・・・

昨日の夜中に2人で食事が出来た事を思い出して顔が緩みそうになるクレイス。彼にとってあれは至上のひと時だった。

栄養の補給と1ヶ月の間に何が起こっていたかを教えてもらうという大きな目的はあったものの月明かりに照らされた彼女はいつもと違う美しさを漂わせていたし、
久しぶりに聞いた彼女の声も妙な色気を感じた。
とても私欲に振り切った理由だがウンディーネが傍にいると今後ああいった機会が失われるかもしれないのだ。
至福の時間を思い出しながら何かないかと他の案を必死に考えていると、
「お前さ。ずっと寝てたのに随分『トリスト』の現状に詳しいな?何かあったのか?」
助け舟とはほど遠い意見を挟んできた盟友に恨めしい表情だけを送るクレイス。今ここでその話をすればまた悪目立ちの種になるのは目に見えている。

「クレイス様には昨夜私から詳しいご説明をさせていただいきましたので。」

すると神出鬼没な第二王女が和やかな微笑みを浮かべながらいつのまにかクレイスの隣にきて大きな爆弾を投下した。
相変わらず何も考えずに兵卒の食堂にやってくるのもそうだが
そろそろ自身が第二王女という強い認識と周りから羨望の眼差しを集める存在なのだと自覚を持って言動をしてほしい。

「あ!昨日の鈍感な天族なの!!」

それに反応したウンディーネだったが、その言い方に彼の心臓が止まりそうになった。
周囲の兵卒も自国の第二王女にあまり良い意味を持たない言葉を投げかけられて朝から殺気立っている。
いや、この殺気は夜中にイルフォシアと2人で会っていた件に向けられているのかもしれない。
だが彼女は周囲の目など全く気にする事なく、
「私のどこが鈍感なのでしょう?むしろ鈍感なのは不法入国している貴女の方でしょ?」
イルフォシアが怒っているところを見た記憶がなかったクレイスは初めて彼女が怒りを露に反論している姿を前に心身ともに萎縮する。
更に言っている内容は非常に的を得ている為ウンディーネがそれに言い訳出来る隙はなかったのだが、
「初めて出会った時も私の事なんて気づきもしなかったくせに。昨夜だってクレイスの気持ちを全く読み取れてなかったし。鈍感鈍感ちょ~鈍感なの!」
なるほど。反論を諦めて論点をずらし、更に畳み込むように煽り文句を並べ立てる。非常にずる賢いやり方だ。
もはや恐怖でイルフォシアの顔を見る事が出来なかったクレイスは恐ろしい怒気を感じると慌てて席を立ち、
「はい!そこまで!!ウンディーネ!!ショウの所にいこう!!」
天族と魔族の血で血を洗う死闘が幕を開けそうだったので強引にそれを止めに入るとカズキに後を任せるといった表情だけ見せた後彼女の腕をひっぱってその場を逃げ出した。



慌てて食堂から飛び出したもののショウがどこにいるかを聞きそびれていたクレイス。
放っておくとまたいらない事を口走りそうなのでぷかぷか浮いているウンディーネの手を握り注視しながらザラールの部屋に向かう。
久しぶりに歩く城内は相変わらず荘厳で眩しいほどに白く輝いている。
そしてクレイスはふと1ヶ月もの間眠っていたのに身体の調子が以前とほぼ変わっていない事に気が付いた。
食事もろくに採れなかったはずなので筋力がもっと低下していてもおかしくない。過去にビャクトル戦で死に掛けた時は動けるようになるまで随分苦労したものだ。
「おや?クレイスではありませんか。」
だが芽生えた疑問は久しぶりに聞いた友人の声で頭の隅に仕舞われた。
それよりも振り向くと彼の服装が以前と違って随分立派なものになっていることに驚く。
補佐としてこの国で働く旨はイルフォシアから聞いてはいたものの初めて出会った『シャリーゼ』の正装以上の衣装を身に着けているのは間違いないだろう。
「ショウ。久しぶりだね。」
手を上げて再会の喜びを表すがサーマの記憶が残っている為あまり久しぶりという感じがしなかった。
更にウンディーネがクレイスの後ろにささっと隠れて申し訳なさそうにしているのが少し辛いのもあった。
(サーマの件は決して彼女が悪い訳ではない。)
何かしら論争になったらウンディーネの擁護に回ろうと決めていたクレイスだったが、

「1ヶ月も眠っていたのに随分元気そうで。それと後ろに隠れているのがウンディーネですね。リリー様に聞いていた通り不思議な種族ですね。」
『シャリーゼ』が崩壊してから感じていた事だが彼は本当に怒らなくなった。
サーマの件を知っているにも関わらずこれだけ落ち着いているならもう大丈夫なのだろう。このときはそう思ったクレイス。
「ショウにも聞きたいことがいっぱいあるんだけど、時間はある?」
「もちろん。私の勤務形態は私の判断に委ねられていますので。では執務室に行きましょう。」





 案内されたのはザラールの部屋の向かいだった。間取りだけは反転していたが中は彼の部屋と同じ広さがあり紙と墨の匂いが充満している。
応接の間にある体が沈んでしまいそうなほど柔らかい椅子に腰掛けると相変わらずおどおどしているウンディーネも彼の腕を掴みながら隣に座った。
そこにショウ自らが温かいお茶を運んで2人の前に差し出すと、
「2人の目が覚めて本当によかった。ウンディーネには聞きたいことが沢山ありましたから。」
先程向けられた笑顔とは質の違うものが彼女に向けられるとクレイスの腕を掴む力がぎゅっと強くなる。
(まぁ仕方ないよね。)
彼の心情は痛いほどわかるがまずは事情を説明すべきだろう。
「ウンディーネが僕の身体に入ってきたのは多少でも魔術の心得があったからでサーマを見捨てたとかじゃないんだ。
彼女もガハバっていう奴に大きな手傷を負わされて命を脅かされていた。そうだよね?」
クレイスは隣にいるウンディーネに優しい眼差しを向けながら頷くと彼女も少し安心したのか固い表情が和らいでいく。
そんな2人の様子を見ていたショウは軽くため息を吐いて、
「その辺りはリリー様と『ヤミヲ』様からお聞きしています。ウンディーネを咎めるような真似はしないのでもう少し気を楽にしてください。」
自身の緊張を解いてみせる事でこちらを安心させようとしてくる。
今までのショウからは考えられない程相手を気遣った言動に感動と違和感を覚えるもそれを口にするとまた拗れそうなので、
「えっと、じゃあショウ。サーマの葬儀はもう?」
「いいえ。未だ遺体は『ヤミヲ』様に預かって頂いてます。彼が闇に沈めておけば腐ることなく保存出来るらしいので。」
「本当なの?!?!」
押し黙っていたウンディーネが驚きと喜びを大声に乗せて表現する。元気が戻ったのは大変良い事だが、
「そ、そんな事って・・・可能なの?」
「さぁ?私にも分りかねます。しかし彼がそう言うのならそうなのでしょう。あのお方の力は我々には想像出来ませんから。」
目を伏せて静かにそう語るショウ。この様子だとサーマの死にはきちんと向き合えているようだ。
となればクレイスとウンディーネはサーマの体に戻れるかを試すだけなのだが、

「サーマは本当に存在したのでしょうか?」

誰よりも彼女を大事にしていた少年からとんでもない発言が飛び出してきたので2人は息をするのも忘れて彼を凝視する。
「いや!何言ってるの?!」
「元々死んでいたというサーマの体を支配しウンディーネが好き勝手に振舞っていた。最近そう思うようになりました。」
「・・・・・」
反射的に否定してはみたが、今ショウの口からサーマが死んでいたと伝えられた事でクレイスも言葉を詰まらせる。
サーマの記憶ではショウがそれに気づく場面はなかった。この事実はサーマとウンディーネ、クレイスの3人しか知らないはずだ。
「そんな事はないの!私は確かにサーマと一緒にいた!そうでしょ?クレイス?!」
黙っていられなくなったウンディーネが悲痛な叫び声を上げながらこちらに迫る。
「うん。間違いなくサーマは存在した。それは僕が証明するよ。」
大事な存在を失ったからか。非情な思考に行き着いたショウの心を引き戻すべく、胸一杯に自身と確信を詰め込んで真っ直ぐに彼を見る。
するとクレイスの心が届いたのか、とても驚きながらこちらの様子を伺うショウ。
「・・・根拠をお聞きしても?」

それからクレイスは熱くなり過ぎないように熱弁を振るい始めた。

サーマが『シャリーゼ』の城下町で生まれ育ち、学問所に通いだした経緯とそこで初めてショウに出会った事。
彼が覚えているかはわからなかったがサーマが家業を手伝っていた時チンピラに絡まれていたのを助けてもらった事。

「・・・あの時の・・・犯人は『リングストン』からの流れ者で名はワダー、当時の年齢は32歳。覚えていますよ。」

ショウは目を丸くして当時の状況に捕捉を入れてくるがクレイスの話はまだまだ続く。

学問所の臨時講師として姿を見せなくなったのはクレイスと接触していた時だろう。
そこから皆で海を渡り西の大陸へ。
様々な出来事に遭遇した後ショウだけ単独で母国へ戻るとクンシェオルトの亡骸を弄んでいた『ユリアン』と対決し、彼は敗れた。
その少し前にサーマが一家全員殺されていた事、そこにイフリータを探していたウンディーネが運よく遭遇して彼女の体を動かそうと試みた。
駄目元で行ったそれは何故か成功し、彼女達は『ユリアン』に殺されたイフリータとショウを発見。それからアビュージャが2人に出会うまでずっとショウの介抱をし続けた事。

ショウが息を吹き返した後のご近所回りから診療所での何気ない出来事、クレイスやヴァッツが訪ねてきた時の事や『ロークス』へ向かう道中の事。
様々な日常風景を次々とクレイスが自分の記憶のように説明していき、最後は、
「そして土地神セヴァの事。」
「セヴァ・・・またその名前ですか。」
・・・・・あれ?
亡きアン女王に似た魔人族の話をしてもここだけはまるで他人事のように聞いていたショウに強い違和感を覚えるクレイス。
イルフォシアに聞いた情報とすり合わせると彼は彼女と出会った後、七神の1人に攫われたという流れのはずだ。
「土地神の事、知らないの?覚えてないの?」
流石に不安に思ったウンディーネが心配そうに尋ねるも当の本人はけろりとした様子で、
「記憶にないですね。レドラ様も何か強い衝撃でも受けたのだろうと仰っていましたが。」
この部分にだけは本当に無関心のようだ。
ただ記憶を失っているにせよ彼が気にしていないのなら無理に踏み込む必要はないかなとクレイスもそこで話を終える。
「そこから東の大森林に助太刀しにいく話になったんだけど、
ウンディーネが本気を出さないといけない相手がいたからサーマの体から抜けて戦ったんだけど彼女も重傷を負ってしまって。
回復の為に僕の体に入り込んだら・・・考えたらかなり酷い目にあってるね。僕。」
最後は自分が受けた理不尽な体験に頬を膨らませて怒るふりをするとショウは笑い出し、ウンディーネは平謝りし始めてしまった。





 1か月ぶりに目覚めたクレイスは意中の相手と夜食を作って食べ合い、友人達と再会を果たした事で心身は充実していた。
「そういえばヴァッツは?」
だが肝心の1人とまだ顔合わせが出来ていなかったのでその事だけは尋ねてみる。
今の彼は友人の中で一番身分が高く兵卒の自分が気軽に会いに行けるような人物ではないはずなのだが
『トリスト』のお国柄もさることながらヴァッツの性格上そんな些細なことは微塵も気にしていない。
「久しぶりに家に帰りたいと言ってアルヴィーヌ様とレドラ様を連れて帰省中?です。」
ショウですら疑問形になってしまう行動に思わずお互いが笑顔を交し合う。
確かに彼の家は『迷わせの森』にある。だが彼の家族は皆『トリスト』国内に居住を構えているし現在ヴァッツはこの国の大将軍だ。
「まだ彼らも出発したばかりでしばらく戻ってこないでしょう。いかがです。一度3人で老婆の診療所に行きませんか?」
いきなりの提案に隣のウンディーネと顔を見合わせるが、そんな様子に彼は捕捉するように話を続ける。
「アビュージャに私が無事に戻ってきた事とサーマの事をお伝えしに行きたいのです。
私1人で報告するのは心苦しかったのですがウンディーネとクレイスがついてきてくれればとても心強い。」
名前を呼ばれた事で今日一番の笑顔を浮かべるウンディーネ。クレイスも特に反対する理由がなかったので、
「うん。いいけど、サーマの体にまたウンディーネが入れれば元通りになるよ?」
彼の気持ちを優先して口走ってしまったが、そうなるとショウはサーマを連れてあの診療所に戻ってしまうかもしれない。
もちろん彼が一番幸せな形で人生を送るのが最良なのだろうが、また自分達と距離が出来てしまう事になるのは少し残念だ。
撤回する訳にもいかず内心後悔していたクレイスだったが、
「いいえ。『ヤミヲ』様も仰っていましたが命というのは不可思議で難しいものです。
もしもう一度ウンディーネがサーマの体に入り込んだ事で彼女の意識が戻ったとしても死体が動いている事になるんですよね?」
「う、うん。中身は回復出来なかったから・・・」
折角の笑顔がまた雨模様になり今にも泣きだしそうなウンディーネだったが、ショウは彼女を咎めたりする為に発言した訳ではない。

「でしたらサーマの亡骸をいたずらに扱うのはもう止めて下さい。彼女は死んだ人間なのですから。」

どうやらショウはクレイス達が思っている以上に彼女の事を大事に思っているらしい。故にこの1ヶ月間、かなり悩みぬいて出した答えなのだろう。
少し寂しさを漂わせる彼に投げかける言葉はなかったが、それでも2人は大きく頷きだけは返していた。






西の大陸でいくつかの問題を解決した後、『トリスト』に帰還したカズキはスラヴォフィルにネイヴン、ザラールという国の重鎮達に呼び出されていた。
国王の執務室に通されると颯爽とした立ち居振る舞いで速やかに頭を下げて礼を取ると、
「まぁ固くなるな。まずは座れ座れ。」
スラヴォフィルに促されて下座の椅子に浅く腰掛ける。基本的に傍若無人な彼だが国王には悩みを打ち明けただけでなく逆境を超えるためのお膳立ても用意してもらった身だ。
爪の先まで誠意を意識したカズキの動きに仮面をつけたネイヴンは声には出ていなかったが感嘆の溜め息を静かに漏らしている。
「『フォンディーナ』での防衛、非常に良い働きをしてくれたそうじゃな。改めて礼を言う。」
「いえ。自分の欲望を優先してしまったのに勿体無いお言葉です。」
両膝に両手を乗せたまま深く頭を下げたが重鎮3人がこの場にいるのだ。本題は別にあるのだろうと彼は本能で感じ取っていた。
しかしそれが何かまではわからなかった。ただ雰囲気的にこの先更に賞賛されるような空気でもないし覚えも無い。
(何か下手を打ったか・・・?)
『トリスト』に来て以降強さを求める姿勢はそのままに武者修行時代のような誰彼構わず斬り捨てるような真似はしていない。
自身の祖父のように女に手をつける事もしていない。同じ兵卒仲間とも衝突しないように目一杯避けてきた。
では呼ばれた理由とは一体?悪い方向にしか捉えていなかったカズキだが全く見に覚えがないので内心は不安がどんどん募ってきていたが、
「あれからアルとイル、そしてダイシにも話を聞いた。お前、徒党対徒党の戦いで新たな戦術を色々と試しておるそうじゃな?」
ああ、それか。と彼は少し安心する。
戦勝祝いの時必要以上に自分を持ち上げてくる風潮が生まれてきたので本心を打ち明ける事で自分の印象をわざと落としたのだ。

今まで個対個、もしくは個対徒党と必ず自分は1人の状態で戦ってきたカズキ。

ところが兵卒となり集団で動く訓練と実践を経験して自身が今まで体験した事のない立ち回りに出会えた事、これに甚く感動を覚えたのだ。
それからはただ一心不乱に書物を読み漁り、更に訓練、実践では頭の中で考えていた様々な戦い方を丁寧に試していった。
周りは自分よりも弱かった為カズキ1人で全て敵を斬り伏せてもよかったのだがそれだと相手の数によっては体力がもたなくなる。
徒党対徒党とは敵と味方の数、強さから始まりそれら全てを利用して立ち回らなければならない。

初めて戦という形で徒党同士の戦いを経験したカズキはそれが面白くて楽しくて仕方なかったのだ。

背中を預けられる仲間がいて初めて個では成し得ない動きも可能となる。それが数十数百と周りにいれば彼の心はお祭り騒ぎだ。
戦とはこんなに楽しいものだったのか。
とても彼らしい危険な思考たがその副産物として味方の軍は兵卒全てが全力で戦う事を自然と強いられていたし、結果も残せていたのだ。
ただこれは自分でも理解はしていた。自身だけではなく仲間の命をも巻き込む危険な考え方だと。
戦いを忌諱するヴァッツなどに詳しく説明したら絶対に嫌な顔をされただろう。
いや、ヴァッツではないにしても死闘を喜ぶ様はアルやイルにも良い印象は与えなかったはずだ。だからあの時話したのだ。

だがこれで良いのだ。これでこそ俺らしい。
戦いの為だけに生きてきた自身の新たな境地に口を挟める人間はいないはずだし、ああ、こいつはやっぱり自分本位の考えしかもっていなかったんだな、と再認識してもらえれば上々だった。
(それを咎められるのかな?)
昔から一刀斎に散々叱られてきた彼にとって今更お説教など大した苦にはならないが、それでもスラヴォフィルを幻滅させるのは少し心苦しい。
彼に何か注意されるのなら少し自分の考えを改める必要はある。そう腹を括った時。

「人物はお前の好きに集めてよい。『トリスト』国内で最精鋭の部隊を作りたいのじゃ。どうじゃ?やってみんか?」

考えもしなかった提案に彼の思考は真っ白になり、重鎮3人は返事が返ってくるのをじっと待ち続けていた。





 翌朝、城で用意された空を翔る馬車に3人が乗り込むと、
「ちょっと待った。俺も行く。」
慌てて準備してきたカズキが滑り込むように空いている席に座る。
「いいの?カズキは部隊でも頼りにされているから何かあった時皆が困・・・」
「いいんだよ。俺も久しぶりに皆と話したいしな。」
「そういえば最近あまり訓練場におられないようで。何をされているんですか?」
3人の少年と1人の魔族を乗せた馬車は『トリスト』の城内から大空へ走り出すとそのまま西の『ボラムス』へ向かい出した。

馬だけではなく馬車そのものにも魔術を施してある為非常に早い速度が出せる飛空馬車。

「おお~。こんな乗り物があるなんて。人間もなかなか侮れないの!」
起伏も障害物もない為最短距離を飛ぶ中、ウンディーネが窓に顔を張り付かせて驚いていた。
「半分は天族の技術らしいですけどね。」
この中で一番良い衣装を身に纏ったショウがその様子を微笑みながら見守っている。本当に気持ちの整理がついているらしい。
今からお世話になった人物へ報告にいくのだから当然といえば当然なのかもしれないが。

現在この馬車は同盟国である『ボラムス』に向かっている。そこで普通の馬車に乗り換えて『シャリーゼ』領内に入る手筈だ。
何故こんな回りくどい行路を取るのか。理由は簡単で飛空馬車の存在をなるべく機密にしておく為と安全面からに他ならない。
一般的に空を見上げる機会というのはそうそうないが飛行の術式や飛空の術式など空を飛ぶ手段は増えてきている。
これらの技術は基本的に門外不出であり、特に飛空馬車は本人に大した技術がなくても操る事が可能な為年には念を押して扱う必要があるのだ。



やがて2時間もかからずに『ボラムス』の城内に馬車が降りると、
「おお~!久しぶりだなお前ら!!」
出会わなくてもよかった人物が皆を歓迎してくれた。苦手意識こそ取り除かれてはいたものの自身の身柄を攫おうとした男ガゼル。
彼が小綺麗な恰好で頭の上に王冠を乗せて皆の前に姿を現したのだ。
「ガゼル。いくら仇が元国王だったからって王冠で遊ぶのはどうかと思うよ?」
クレイスは誰よりも早く大いに皮肉を込めてその姿に苦言を呈すと元山賊は満面の笑みで、
「こんな時くらいしか使わねぇしな。まぁ固い事言うなよ。」
それを手で取ると右手の人差し指にかけてくるくると回し出す。旅をしていた時から知っているが彼は本当に国家権力を嫌っているのだ。
王冠などはまさにその象徴たる頂点なのでぞんざいな扱いをしているのを彼らしいなぁと内心笑っていたのだが、
「国王様。流石に王冠で遊ばれるのは見過ごせませんぞ?」
先程のクレイスと同じ文言で注意してくる人物が現れる。ハイジヴラムの親友と言われているファイケルヴィだ。
ただ彼とクレイスが放った言葉は似てはいたものの意味合いは全く違う。
その事に気が付く事無く馬車の中からひょっこりと顔だけを覗かせていたウンディーネにガゼルが声を掛けてきた。
「何だ?初めて見る顔だな?あれも『トリスト』の関係者か?」
昨日の真夜中にクレイスと一緒に目覚めた為未だこちらまで情報が行き届いていないのだろう。
「あ。彼女はウンディーネって言って魔族なんだ。」
さらりと説明してこっちに来るよう手招きすると空中を泳いでクレイスの背中に隠れるように収まる。

「「「・・・・・」」」

そこで周囲が絶句している事に気が付いた彼はサーマとウンディーネの会話を思い出した。
(そうだった!ウンディーネは人間と少し・・・いや、だいぶ違う容姿をしているから目立つんだった!!)
記憶が混同している為当たり前だと勘違いしていた事にどうやって納得させるか一瞬で頭を全力で回転させるが、
「お前変わってんなぁ・・・魔族か。よろしくなウンディーネ。」
ガゼルにとってはその程度の驚きでしかなかったらしい。挨拶と同時に右手を差し出すと彼女も無言でそれを握り返す。
「よ、よろしくなの。」
考えてみると翼を持つ王女姉妹を知っているのだ。足の代わりに尾びれを持っている種族を見ても今更驚かないのはそういう事なのかもしれない。
「ところで魔族って何だ?」
よくわかっていないまま握手を済ませたガゼルは一同を城内の来賓室に案内した。4人が座ると召使い達が簡単な食事と飲み物を用意してくれる。
クレイスとしてはさっさと馬車に乗ってアビュージャの下へ向かってもよかったのだがガゼルの行動に誰も口を挟まなかったので彼も従っていた。

「・・・お前、何か本当に国王みたいだな。」

ふと彼が王城内にいる事はもちろん、我が物顔で闊歩し召使いをごく自然に使っている姿を見てカズキが不思議そうに口を開くと、
「何言ってんだ?俺は一応ここの王だぞ?傀儡って奴だけどな。」
笑いながらさらりと答えたガゼル。元山賊が国王になっていた件を初めて知った面々は揃って狐につままれたような表情になっていた。





 「何だ。ハルカやヴァッツには聞いてなかったのか?てかお前ら本国務めだろ?情報の共有とかどうなってんだ?」
様々な表情で驚いていた3人に笑いながらまくし立てるように尋ね返すガゼル。まさか彼から正論が飛んでくるとは。
しかし兵卒であるクレイスやカズキに細かい情報まで降りてくる事は早々無いし、ショウもまだ『トリスト』に来て1か月足らずだ。
ウンディーネだけは不思議そうに耳だけ傾けながら美味しい料理を頂いていた中、
「いや、だって国とか大嫌いって散々言ってたじゃない。」
「うむ。やっぱり権力の上に胡坐をかいて暮らしたくなったのか?」
「カズキの知識は随分偏っているので改めて下さいね。しかし貴方が王・・・傀儡とはいえ少し悪目立ちしすぎるような。」
皆思う所があるらしく、3人が非難にも近い反論をずばずばと並びたてる。ガゼルの傍にいたファイケルヴィも深く何度も頷いている所を見ると内部の人間も納得がいっていない様子だ。
「うるせぇなぁ!仕方ねぇだろ!『羅刹』にやらなきゃ殺すって脅されたんだから。」
「殺すという発言はされていません。」
ガゼルは面倒くさそうに両手で耳を塞ぎながらその経緯を簡単に説明するも、間違った内容は速やかに訂正してくる宰相。
つまり実質国を動かしているのはファイケルヴィという事か。
「そんな話はいいんだよ!で、クレイス。お前結構な怪我で寝込んでたらしいじゃねぇか。もう大丈夫なのか?」
小言や不平不満から逃れる為か。彼が自分の傷について話を振って来たので、
「うん。何か毒っぽいのにやられたんだけどもう平気だよ。ね?」
隣で美味しそうに食事を頂いていたウンディーネに同意を求めると彼女ももぐもぐと頬張りながら何度も頷く。
「しかし1か月も寝てた割には本当に元気だよな。動きも前と変わんねぇし。」
カズキも料理に手をつけながら素朴な疑問を口に出した。これにはクレイスも同意見だ。
『闇を統べる者』が助けてくれたとはいえこんな事があるのだろうか?と一瞬考えもしたが答えが出るとは到底思えなかったので放置していた。
「怪我の大元はウンディーネらしいのでクレイスは完全に巻き込まれた形でしたからね。そういった事も関係しているのでは?」
決して彼女を咎める意味を含めた訳ではないだろうが、ショウがそう言うと隣で元気よく食べていた魔族は目に見えて落ち込んでしまう。
その姿がまるで幼い少女が叱られて泣き出しそうな姿に見えたのでクレイスは頭を撫でて慰める。
「ふーん。まぁ元気になったんなら構わねぇけどな。それより俺からも1つ伝えておきたい事がある。」
いきなり真剣な表情になったガゼルにショウとカズキは鋭く反応し、何故かファイケルヴィまで居住まいを正した。
雰囲気を真面目なものに切り替えた『ボラムス』王はそこから、

「『ロークス』にナジュナメジナっていう実業家がいる。あいつには十分気をつけろ。」

彼らしくない、少し怯えた様子を見え隠れさせながら4人に注意喚起を促してきた。







結局そのまま晩餐も頂いた4人は1泊してから早朝『ボラムス』を後にする。
皆が積もりに積もった話をしながら過ごした半日はクレイスが思っていた以上に楽しいものとなっていたが、
ガゼルが口にしたナジュナメジナという人物はショウの知識にもほとんど情報がないという事しかわからなかった。
サーマの記憶の中にあったロークスでの暴動、原因は彼らしいのだが直接出会う事もなかったのでここでも何も得られず、
「アン女王も私が彼らと接触するのを避けていたようなので相当癖のある人物だとは思うのですが。」
憶測だけしか残らずこの話題は自然と消えていった。しかしこのまま街道をまっすぐ西に向かえば『シャリーゼ』領に入るという時。
「すみません。1か所だけ寄り道をさせてもらってもいいですか?」
ショウの希望によりロークスへ向かう事になった一行。皆の脳裏には例の実業家が頭をちらついてしまう。
もしかしてショウは直接彼に会いに行くとか言い出すつもりだろうか?と少し不安になったが、

「お世話になった方々にご挨拶だけしておきたいのです。その実業家とやらの影響を受けていないかも心配になったので。」

始めて出会った時の彼からは考えられない発言にクレイスはとてもうれしい驚きを感じていた。
元々女王と自国に対する姿勢は素晴らしいものだった。それを今は周囲にも向ける事が出来るようになっているのだ。
(ショウから気にかけてもらえる人達は幸せだろうな。)
『ボラムス』から真っ直ぐ南下した彼らはその日の内に街中へ入るとまだ日暮れまで時間があったのでここでもショウの希望通りに大役場へと馬車を走らせる。
「あ。もしかして。」
サーマの記憶から彼がどこに向かっているかやっとわかったクレイスは声を上げると、
「はい。ケディ様の下です。」
笑顔で応えるショウ。ウンディーネも直接会っている人物なので納得の表情を浮かべていたがクレイスは不安を覚えた。
会ってはいないが記憶と人物を知っている自分はどんな顔で接すればいいのだろう?
交流があったのはあくまでサーマとウンディーネでありクレイスは初対面、カズキと同じなのだ。
「クレイスも知ってる奴なんだな?そんな凄い奴なのか?」
不思議そうに尋ねてくる友人だがこればかりは仕方ない。サーマの記憶はクレイスにしかわからないのだから。
何かしらの説明が必要だろうか。しかしこれを長々と伝えるのも・・・!
ふといたずら心に火が付いたクレイスは妙案を構想し素早く纏め上げる。そして
「うんとね・・・フェイカーさんって覚えてる?あの人の奥さんだよ。」
「へー・・・っておい?!なんでそんな繋がりを持ってるんだ?!」
未だにフェイカーの正体を知らないカズキは思っていた以上に驚いてくれたのでクレイス達を大いに笑わせた。





 『ボラムス』は『トリスト』の勢力下なのでそのままだったが人とかけ離れた姿のウンディーネは目立つ。
なので今はそれをを回避する為とても長い腰巻をつけて尾びれが見えないようにしていた。大役場の応接室に通された4人が少し待つと、
「ようこそショウ!・・・って随分立派なお召し物ね?!一体どうしたの?!」
勢いよく扉を開けたケディが満面の笑みで彼らを快く歓迎してくれた。と同時にショウの姿を見て大いに驚く。
今までの恰好はアビュージャが適当に繕ってくれた服として最低限機能していただけのものだ。
それが『トリスト』でも相当な上役しか袖を通す事が無いであろう細やかな刺繍が施された立派な衣装に身を包んでいたのだから彼女の反応も理解出来る。
「お久しぶりですケディ様。実は私の身分も含めていくつかお話したい事がありまして。」
ショウも心から再会を喜ぶと自身が今『トリスト』で働き始めた事や『七神』という集団に囚われていた事、そして、
「そう。サーマちゃんが・・・残念だったわね。」
サーマが亡くなった事も全て打ち明けた。本当に心の整理がついたんだなぁと少し寂しく思っていたが、
「今はサーマと一緒だったウンディーネが傍にいてくれてますから。」
不意に名前を呼ばれた事でびくっと反応するウンディーネ。思わず空に浮いてしまいそうになったのを慌てて抑えた様子だ。
しかしその発言を聞いてクレイスはほっと胸をなでおろした。彼女はショウに嫌われているかもしれないと常に不安そうだったが先の発言でそれが杞憂だとわかったからだ。
彼女達の事情を知らないケディは少し不思議そうな顔になっていたが、ショウの表情から何かを察したのだろう。何度か頷いてそれ以上追及する事はなかった。

ばぁん!!

そこにいきなり扉が開いて現れた人物。
「ショウが来てるんだってな?これは運が良い!」
何も知らなければ気の良い中年にしか見えない彼女の夫であるカーチフが嬉しそうに部屋に入ってきた。
「ちょっとあなた。せめて扉を叩いてから入ってきなさいよ。」
「お久しぶりですカーチフ様。貴方もこの街におられるなんて珍しいですね。」
ショウも嬉しそうに席を立って軽く頭を下げる。それとは真逆に、
「『フェイカー』様、お久しぶりですね?」
不機嫌さを隠す事無くまるでショウのような作り笑顔で挨拶を交わすカズキに思わず噴出しそうになった。
「お、おう。お前も来てたのか。ま、ショウやクレイスの友人ならもう俺の事も知ってるよな。」
だがカーチフ自身は素性を隠していた事など全く気にしていない様子でクンシェオルトの葬儀以来に再会したクレイスにも明るく声をかけてくれた。
折角なので彼にもウンディーネのことを紹介すると、
「・・・何だか変な奴だな??」
世界で最も強いと言われる男は彼女の魔族らしい部分に反応したのか訝しげな表情でまじまじと観察してくる。戦う男の勘として見れば非常に鋭いと言わざるを得ないのだが、
「あなた?妻の前で若い女に目移りするからには覚悟が出来ているんでしょうね?」
下半身こそ腰巻で全て隠れているが上半身は半裸みたいな格好をしているのだ。別の視点から見ればそう受け取られても無理は無い。
慌てふためくカーチフの姿を見れて溜飲が下がったのかカズキも大笑いしている。元々さっぱりしている性格なのでもう大丈夫だろう。

「折角ですのでお二人にナジュナメジナという人物についてお聞きしたいのですが。」

ショウも座りなおすとさりげなくその話題を持ちかけた。正直ガゼルの発言だったのでそこまで気にする程なのか?と疑問に思ったのだが、
「非常に話せる奴だぞ。それ以上に胡散臭さは感じるけどな。」
笑いながらさらりと答えるカーチフ。彼も警戒はしているらしい。更に、
「私も彼と2人きりで会うのはこの人に止められているわ。暴動後に人が変わりすぎててよくわからないっていうのが私の意見ね。
それまでは冷酷で他人を見下すわ賄賂はばら撒くわのクソ野郎だったわ。」
妻の暴言にまた慌てふためくカーチフ。自身に向けられたものではないにしても度を越えた悪態というのは夫として堪えるものがあるらしい。
仲の良い夫婦の掛け合いを楽しく見ていたクレイス達とは別にショウだけは真剣な表情で考え込む。

「・・・一度お会いしたいのですが取り次いでもらうのは可能ですか?」

彼らからの話だけでは満足出来なかったらしい。確かにアビュージャへの報告は急ぎではない。
しかしガゼルから聞いた事に始まり目の前に降って湧いた人物を見定める為にそこまでやる必要はあるのだろうか?
「いいわよ。あいつ人と会うのが大好きだって公言してるし話を通しておいてあげる。何か弱みとか握ったら私にも教えてね?」
少し気になってはいたがケディが乗り気になったので口を挟むのはやめたクレイス。

ここまで非常に順調な旅路を歩んでいた4人は彼らの温かいもてなしを受け、また新たに生まれた楽しい思い出を十分に刻み込むのだった。

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