闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -目覚めた正体-


 『ロークス』での一件以降、カーチフ夫妻との関係を築いたショウは度々買出しを頼まれるようになった。
「いんやぁ。お前さんが行ってくれた方が安く仕入れられるみたいでなぁ?」
これは実際そうだった。
妻子を守り通せたという謝意を都市が発行している交易手形という形で返礼してくれたカーチフ。
これにより3割弱の割引が利くようになっていた上に毎回サーマと軽い旅行気分も味わえていた。
誰にとっても申し分のない裁量だったのだが、ある日。

「ここにショウという少年がいるじゃろう?」

老婆よりも背が低く頭髪が耳周りにしか残っていないやや腰の曲がった老人が診療所に現れた事で眠っていた彼の人生が少しずつ揺らめきだす事になる。



「あれま?随分なじいさんが来たな。ショウに何か用か?」
アビュージャから見ても年上だったらしい老人にいつもの様子で声をかける。
この診療所に自身を尋ねてきてくれる人間なんて数人くらいしか知らなかったショウは乾燥した薬草が入っている瓶を片手に顔を覗かせると、
「うむ。そろそろわしの所でも大規模な種蒔きを行うのでな。ちと人手を借りに来たんじゃ。」
説明しながらこちらに顔を向ける老人。
しかし顔と名前を覚える事には多少の自信があった彼が全く覚えの無い老人からそのような誘いを受ける理由が皆目思いつかない。
「あの、人違いか何かでは?確かに私はショウ=バイエルハートと申しますが。」
「懐刀と呼ばれた赤毛がお前以外におるのかね?」
『シャリーゼ』で呼ばれていた時のあだ名を聞いて少し緊張が走ったのか傍にいたサーマも不安そうに彼らを見守る。
(私の事を知っている・・・うーむ)
久しぶりに国に仕えていた頃の感覚が戻り、名もわからぬ老人をじっくりと観察するもただの年老いた農家の人間としか思えなかった。
側近時代はそれなりに名が知られていた自覚はあるものの、種蒔きの誘いを受ける程農業に深く関わった記憶も無い。
ただ、そんな彼が自分や周りの人間に危害を加えるとは考えにくい。
現在ショウは感情と共に異能の力が眠っている状態にあるが、サーマなどは何かあればその悉くを返り討ちに出来るだろう。

「お婆様。よろしければ彼のお手伝いに行ってもかまいませんか?」

ある程度の安全を確信した彼はここで意外にも老人の誘いを受ける事を選ぶ。
自分を一方的に知っている老人の正体が知りたかったのもあるが、
自身の中で眠るイフリータに何か刺激になるのでは?と考えたのが大きい。

本来人間とはどれだけ重症を負っても半年近く目を覚まさないというのは有り得ない。
何故ならそれだとまず栄養が取れないからだ。
眠り続けている人間に水で溶いた薬草を飲ませるという行為はあるものの、
それでも良くて一月、それ以上はきちんと目を覚ましてご飯を食べないと栄養が賄えないのだ。

イフリータがショウの体内に埋め込まれたときは人の形をしていなかったらしいし、
ウンディーネの話では眠りの状態で治癒を行っているそうだがそれでもショウは何か反応がほしかった。
焦りはないが心配ではあるのだ。
(ここの所自分が戦う事も無ければあまり体も動かしていなかったですし。)
隣でサーマが少し驚くも、
「じゃあ私がお弁当を作ってあげる、って言ってるの。」
彼女の気持ちを代弁するウンディーネと、サーマ自身も普段と違う出来事に少し興奮しているらしい。
「それじゃ決まりじゃの。明日の早朝に迎えを寄越すので準備しておくように。」
とんとん拍子で決まった種蒔きの仕事に向けてショウはさっそく作業着と鍬を用意した。





 早朝と言われていたのに彼らはまだ日も昇らぬ時間に診療所の扉を叩く。
特に朝が弱いというわけでもなかったが未だ準備が出来ていなかったショウは速やかに飛び起きて
すぐに準備する旨を伝えると数分で着替えを終えて外に出た。
そこには同じような格好をした労働者が二頭引きの馬車に数人乗っている。
ただ、それが3台連なっていた事には内心驚くショウ。
(まぁ初対面であるはずの私にも手伝いをお願いするくらいですからね。)
恐らく相当な大きさの農地を持っているのだろう。
赤毛の少年がひらりと馬車に乗り込んだのを確認すると3台はゆっくりと老人の家へ走り出した。

日が昇り始めて1時間もすると広大な面積の敷地らしいものが見えてくる。
途中どこに向かっているのか、老人は誰なのかを周囲の労働者に尋ねてやっと彼の正体を掴んだショウ。

彼こそ『シャリーゼ』を支えていた実業家の一人ジェローラだった。

といっても名前くらいしか知らないショウからするとそれを聞いてもいまいちぴんと来ていない。
農業を専門に広大な土地を貸し与えて莫大な富を築いていったらしいが。
(昨日の風貌からは想像出来ませんね。)
しかし現在『シャリーゼ』という国が無くなっている事を考慮すると色々合点がいく部分が見つかった。
まずは単純に農作物を買い取ってくれる窓口が無いのだ。
そして国民も多くが職を失い他国へ流れている。
ともすればいくら大地主といえど贅沢を言ってはいられないし自ら鍬を握らねばならぬのだろう。
だが思考がまとまってきた彼に今度は別の不安が降り立った。

(・・・きちんと給金はもらえるのでしょうか?)

あまり深く考えていなかったが、国が成り立っていた時と違い今は『シャリーゼ』人にとって一番辛い次期のはずだ。
ここで大地主が権力に物を言わせて横暴な扱いをしたりすれば労働者達の暴動が起こりかねない。
彼自身それほどお金に困っているわけではないが、それでも労働への対価はしっかりと戴きたいという考えはある。

早計だったかな?と少し後悔していると馬車は大きな屋敷の前に止まり、皆がぞろぞろと降りていくと、
「皆おはよう!さっそくじゃがここに種の類が揃っておる。看板も立ててあるからそれぞれ始めていってくれ。」
昨日と同じ格好の老人が朝から元気に指示を出していた。



作業が始まってまず困ったのがその蒔き方だ。
てっきりもっと小規模な老夫妻が持つ農地の種蒔き程度だと思っていたのに広大な敷地が連なる場所に連れてこられてしまった。
飲み込みと要領は良い方だと自負しているショウでも流石にとっかかりは必要な為、
仕方なく同じ労働者に頭を下げながらそれらの方法を教わろうとした時。
「ショウ。こっちじゃ。わしが教えてやろう。」
大地主であるジェローラに声を掛けられて彼自らの指導を受ける事になった。
相手はこちらの事を知っているらしいがこちらは彼の事を何も知らない。
しかしこうして面倒を見てくれる所などを考慮するとショウを気にかけてくれているのだろう。
いきなり診療所にやってきて声を掛けられた理由などもよくわかっていなかったので
出来ればその辺りの説明が欲しい所だったがまずは引き受けた以上仕事をこなすのが彼の性分である。
1回聞けば全てを理解する彼はその後ずんずんと種蒔きを進めていき、
正午には前日からサーマが用意してくれていたお弁当をぺろりと平らげると
久しぶりに体を動かす快感に浸りながら1人で6人分ほどの働きを見せたショウ。
「皆ご苦労じゃった!!行きと同じ道で送るから今日はゆっくり休んで明日も頼んだぞ!!」
戦いとは違い長時間の過酷な労働を終えたショウはそれでも帰りの馬車の台数が1台増えていた事に気が付く。

そして家の前まで送ってもらうとその増えていた馬車の荷台から木箱いっぱいの野菜を受け取り、
自分でも気が付かなかった程の満面の笑みを浮かべて診療所に入っていった。



そんな日が三日ほど続き、
体の筋肉痛を心地よく感じていた最終日、その日は全ての種蒔きが正午近くで終わった為帰る時間もかなり早かった。
なのでショウは、
「ジェローラ様、少しお話があるのですがお時間を取っていただけませんか?」
色々と疑問がまとまっていたのでその答え合わせをすべく実業家への接触を試みた。





 
 彼は実業家というには少し変わっていた。
いや、一般的な印象が知れ渡っているのでそう感じているだけなのかもしれない。
普通唸るほどの金銭を得た彼らは自身で仕事をこなす事はない。
全てを雇っている人間に任せて本人は多少の口を挟む程度の位置に落ち着くのがほとんどだ。
そしてそのたっぷり貯め込んだ資産を常人には理解出来ない使い方をして
自己顕示欲を満たす為に頼んでもいない自慢話を周囲に聞かせるまでが庶民達の持つ印象だろう。

だがこの老人は診療所の老婆よりも年上なのは明らかだがそれでも自身で種蒔きをしていた。
更に屋敷は木造で随分年期が入っている。
大きいには大きいが見栄えや造りが古さを全面的に強調しているので
(せめて石造りに建て替えれば良いのに。)
と城勤めだったショウは内心眉をひそめていたほどだ。その程度の金銭は持っているだろうと。
着ている衣類も農作業用の物しか見ておらずより変わった印象しか持てなかったのだが、
「ふむ。まずは飯にしよう。その後なら付き合ってやるぞい。」
そう言っていつも皆で昼食を取っていた屋敷前の平地に座り込んだジェローラ。
周りの労働者達も用意した昼食をとってから帰るらしく皆が用意されたお茶を飲みながら談笑し始めていた。
三日目で初めて言葉を交わす機会を得たショウは彼の隣に座って
これもジェローラ側が用意してくれた汁物をすすって食事を始めようとすると、
「初日から気になっとったんじゃが、その握り飯。わしのと1つ交換してくれんか?」
何とも子供じみた発想から会話が始まった。
ただ、これはサーマが作ってくれたものなので正直丁重にお断りしたかったのだが、
「では同じ握り飯同士で交換してみましょうか。」
側近時代の作り笑顔でそれを快諾するとジェローラはにんまりと笑顔を浮かべて喜んでいた。
かなりの高齢にも関わらずそれを一口で口の中に押し込むと頬一杯に膨らませて美味しそうに味わう老人。
少し残念ではあったがこの笑顔とこれからの会話の弾みになるのならこれは有りだなとショウも満足していると、
「ふむ・・・やはり不思議な味じゃな。」
味の感想としてはそれこそ不思議な言葉が出てきたのでどういう意味かを問おうとした時。
「これを作った人間は2人いるじゃろう?だから2つの味を感じる。何じゃ?交互に握ったというのか?
お主もなかなか隅に置けんじゃないか。かっかっか。」
事情を知っているショウにはすぐ理解出来たがまさか何も知らないはずの老人が
サーマとウンディーネについて言い当てるとは・・・・・。
「当たらずとも遠からず、ですが私の心は1人にしか向いておりませんので。」
そう言い終えてからふと、その握り飯にウンディーネがそれほど関わっていたのだろうか?と疑問を覚える。
彼女は自分の中にいるイフリータを探し求めてやってきたという。
なのでもしそういった想いというものがあるとすれば彼女が元気になる様に何かを込めたといった感じか?
(・・・毒・・・ではないと思いたいですが。)
しかし以降も老人が楽しそうにどんどんと話題を持ち出すので聞き手に回るショウ。
中々きっかけが掴めないまま周囲が食事を終えて帰宅の馬車に乗り込んでいく中。

「お主に1つ良い物をみせてやろう。なぁに、帰りは別の馬車を用意してやるでな。」

さくっと質問を終わらせて早くサーマの下へ帰りたかったがここまで来たら仕方がない。
老人の余興に付き合おうと心に決めたショウはその後屋敷の裏手から細い道をずっと2人で歩くことになる。



景色が代り映えしない小道を30分足らず歩き続けてたどり着いたそこは多少開けており、
しかし手入れは行き届いているらしく小さな祠が奉ってあった。

(心なしか空気も違うような・・・)

鼻から胸に入ってくる空気を肺で味わうように深く深呼吸するショウを見て満足そうに頷いているジェローラ。
「ここは土地神様が住んでおられる場所じゃからの。」
なるほど。
祠の意味も納得すると、
「ジェローラ様は何故私を呼ばれたのですか?」
やっと満足に質問させてもらえたショウに、
「うむ。わしの娘が我が子のように育てていたお前をじっくり観察したくてな。」
その言葉を聞いて一瞬理解が追い付かなかった。
(彼の娘が私を我が子のように育てていた?)
自身が母のように思っていたのは紛れもなく『シャリーゼ』のアン女王その人のみであり
他の存在は頭の中に存在していなかった。
もしかして乳母とかが彼の娘だったのだろうか?とも考えたがそういった女性の覚えもない。

聡明なショウはとっくにその答えを出していた。だが万が一という事もある。

「その娘というのはもしかしてアン女王様の事ですか?」
「うむ。」

老人が間髪入れずに肯定した事でショウの胸の中では半年ぶりに熱い何かが込み上げてきた。





 まさか目の前の老人が母のように慕っていたアン女王の父とは・・・
久しぶりに震えだす心と体を抑えつつ、言葉を発そうとするが何も思い浮かばない。
「まぁ女王になった時からわしもあの娘も命を落とす可能性は常に考えておった。
ただ、国が滅んだにも関わらず我が子のように愛を注いでいたショウという少年が全く動きを見せないのでな。」
何もしてこなかったと責められたように受け取った赤毛の少年は俯いて目を閉じる。
そんな彼の心情を慮ったのか老人は軽く笑いながら、
「かっかっか。何も責めている訳ではない。むしろ無謀な行動に出ていなくて安心していたんじゃよ。」
だがその発言にも心当たりがあるショウは全く心が晴れる事無くむしろより深く俯いてしまう。
彼の言う無謀な行動により自身の中にいたイフリータまでもが大きな傷を負った。
助かったのはもぬけの殻になった自分だけだ。

これを上手く説明したいが悲しみと虚しさに上手く口が動かない。

(以前はあれほど舌先だけで行動していたというのに・・・)

しかし老人はあの女王の父なのだ。
サーマとウンディーネが作った握り飯の本質を言い当てる彼は全てを察してくれているようで、
「さぁ。まずは土地神様にご挨拶じゃ。」
そう言うと小さな祠の前に両膝を立てて手を合わせると静かに目を閉じるジェローラ。
神などという存在はユリアンくらいしか知らないショウは流されてそれに従いながら、
(そういえば『シャリーゼ』はほぼ無宗教の国だった。なのにこの方は何故・・・)

彼への疑問はどんどんと湧いてくる。
こんな雑念だらけの彼に祈りを捧げられても土地神様もお困りになるのでは?と
少し余裕の生まれたショウが心の中でくすりと笑った瞬間。

『ほぅ?同族かと思ったら少し違うな。お主、一体何者じゃ?』

前方からいきなり声を掛けられるとすぐに目を開けてその声を探し出す。
するとそこには祠の屋根につま先立ちで立つ美しい女性が黒衣をなびかせてこちらを見下ろしていた。
同じくその声に気が付いたジェローラは完全にその姿を見て固まってしまっている。
高齢な老人を驚かせると最悪召されてしまう可能性があるので、
「ジェローラ様!しっかり!!」
速やかに現実へ戻す為軽く頬を叩いて正気に戻させた。
「・・・・・はっ?!・・・・・わしは一体・・・・・はっ?!」
と思ったら再度彼女の姿を目に入れて仰天している。
埒が明かないので年寄りのような言葉を使う女性に、
「・・・私、アヴュージャ診療所の助手をしております、ショウ=バイエルハートと申します。
よろしければ貴女のお名前をお聞かせ願えますか?」
久しぶりの自己紹介を友人のように礼儀を弁えて尋ねてみるショウ。
未だに力は戻らないが、それでも目の前の彼女が只者ではない事くらいはわかる。
そこで挨拶の為に軽く下げた頭を戻す時に普段は閉じている蒼い右目で静かにその姿を捉えてみると、

『ほほぅ?2体以上の力を内包するか。面白い少年じゃのう。』

古風な感じで口元を隠しながらからからと笑う女性。
サーマから貰った蒼眼で見ても悪意らしきものは存在せず、むしろ温かく優しい光を纏っていた。
雰囲気もそうだが何より何故か心惹かれる理由にたどり着いた彼は、
「あの・・・アン女王様・・・に似てらっしゃいますね?」
つい思ったままを口に出すと、隣にいたジェローラもはっと正気に戻ってこくこくと頷いて同意している。
そうなのだ。

どういう理由かはさっぱりわからないが目の前にいる女性は恐らくアンを若くすればこうなるだろうといった容姿をしている。

アンは54歳でこの世を去ったが彼女は控え目に見てもそれより20歳以上は若いだろう。
『ふふふ。アンというのは知らないがこの地は私の力が影響しておるからな。人の子にもそれが強く出てしまったのではないか?
ちなみに私はセヴァという。この地では土地神と呼ばれる存在だ。』
「な、なな、な?!なんですと?!」
流石にそろそろ彼をどこかに連れて行かないと心労で本当に逝ってしまいかねない。
かつてガゼルがしていたように後ろに回って耳と目を塞いでしまおうかとも考えたが、
『そんなに驚く事はないだろうジェローラ。お前は毎日私の祠を手入れしてくれる。
いつかは感謝を伝えたかったのだが、ついでだ。今済ませてしまおう。ありがとうな。』
随分と軽く聞こえた感謝の言葉だがそれでも彼は大いに震えて涙を浮かべていた。
しかしこの女性もジェローラとは別にショウの内面を鋭く読み込んでくる。
更に土地神と呼ばれているという事はそれに足り得る力を持っているのだろう。
「セヴァ様は私の力を見通せるのでしょうか?」
驚愕から信仰へと感情を変化させた老人の心配がなくなった所でショウは気になる質問から入ってみた。
『まぁな。不完全な存在とはいえ人よりは強く長生きしている故。蒼い眼はともかく内包する者はかなり弱っていると見た。』
その答えを聞いて完全に信じる事を決意した彼は、
「彼女はイフリータと言います。私の命を救う為に己を犠牲にして守ってくれました。
セヴァ様、今度は私が彼女を救いたい。何か良い手立てをご存じありませんか?」
一切迷う事無く全てを打ち明けた。
心からの嘆願に隣にいた老人も察したのか平静を取り戻して、
「私からもお願い致します。彼は娘が我が子のように可愛がっていた存在。
わし・・・私にとっても孫みたいなものです。」
恐らく話の内容などほとんど理解出来ていないはずなのに跪いて深く頭を下げてくれた。
彼が自分をそのように捉えてくれていた事を内心喜ぶショウも真似て深く頭を下げる。

今まで神という存在を信じるどころかその教えにすら耳を傾けた事が無かった赤毛の少年。

降って湧いたアンに似た容姿の女性にいきなりこのような態度を取るのは
彼の心情を読み取る彼女からすれば非常に不敬で不愉快に思われるかもしれない。だが、

『よかろう。』

母のように慕っていた女性に似た土地神は柔らかな笑みを浮かべながらすぐに2人の願いを聞き入れた。





 あまりにもあっさりと聞き入れてくれたので少し拍子抜けしたショウ。
しかし隣のジェローラは抱きついてその喜びを表現してくる。
『といっても私が出来るのは多少の助力と助言くらいだ。あまり過度な期待はせんでおくれ。』
言い終えると相変わらずつま先で立ったままだった彼女はしゃがみこんでショウに手招きをする。
何もわからないまま少年も近づいていくとその白い手が彼の頭の上にぽんと乗せられて、

・・・・・ぽわっ・・・・・

僅かだが体全体に熱さを感じたショウは静かに自身の両手を広げては閉じてを繰り返す。
『感じたか?それは私がいつも大地を潤す為に注いでいる力の一部じゃ。
イフリータとやらに届けば多少目覚めのきっかけにはなろう。』
土地神というのは伊達ではないらしい。
更にアンに似ている彼女が彼の頭に触れたという行動も相まって彼の体は誰もが思っている以上に強く反応していた。
『これが私の出来る助力の1つじゃ。もう1つは助言、魔族にせよ天族にせよ強き力というのはより強き力に反応しやすい。
ショウよ。お前が知る中で最も強い者は誰じゃ?』

魔族や天族、そういった事情を詳しく知る者と同時に真っ先にヴァッツの姿が思い浮かんだ。

まだ12歳で知識も経験も乏しいと自覚はあるショウだが彼を除いてその条件に当てはまる人物は存在しないと強く確信が持てる。
『思い当たる人物がおるようじゃな。ではその者の傍にいるとよい。それだけでもイフリータの力はより早く復活するじゃろう。』
彼の真っ直ぐな瞳から全てを察したセヴァはこの時だけは本物の女王のような表情を浮かべたので少年と老人は一瞬言葉を失う。
だが余韻に浸る間もなく、
『さて。今日は珍しく他にも客が来ておるようじゃ。すまんがお主達にはそろそろお暇してもらおうか。』
何故か真顔に戻った土地神はそう伝えると最後は2人をそっけなく追い返した。



まるで狐につままれたような出来事に2人は終始無言で小道を歩く。
「・・・まさか土地神様にお会いできる日が来ようとは。長生きはするもんじゃのぅ。」
やっと口を開くもジェローラの心は未だ浮世を彷徨っているらしい。
そんな彼の様子を見てやっと少し落ち着いてきたショウもこの数時間で起きた様々な出来事を思い返す。
と、最初の目的がすっかり後回しになっていた事に気が付いた。
ただ、先程のやりとりで自身を孫のように思ってくれていた事が分かっただけでもほぼ全ての答えに繋がるのだろう。
(アン王女様がそれだけ完璧に実業家達との隔離に成功していたという証明でもありますしね。)
存在こそ認知していたもののショウが今回彼と初対面だった事は彼女がしっかりと運営管理していたからに他ならないのだ。
改めて亡き主の手腕に感服していると、


ぴりっ・・・


懐かしい痛み、いや、痺れが首筋に走った。
慌てて後ろを振り向くもそこには誰もいない。いないのだが・・・・・
「どうしたショウ?」
明らかに普通ではない挙動に夢見心地だった老人も我に返って聞き返してくる。

(これは・・・かなり強い殺気?・・・まさか?)

「ジェローラ様は先にお戻り下さい。私はセヴァ様の様子を見て参ります。」
初対面にも関わらずあれだけの優しさを見せていた彼女が最後の別れ際は非常にそっけなかった。
少し引っかかってはいたが相手は神と呼ばれる存在だ。気分屋な所はあるのだろうと。
(他の客と言っていた・・・他の客・・・)
未だ考えはまとまらないが少なくとも久しぶりに感じたこの殺気は絶対にただ事ではないというのだけは本能で理解出来る。
最後に豹変した態度もこれが原因だったのでは?いや、そうに違いない。
(何かが起ころうとしている・・・いや、もう起こっているのかもしれない。)
アンの面影があったという理由も多分に含まれていたが無自覚な彼は老人にそう短く伝えると踵を返して全力で祠に走って行った。





 心はとうに目覚めていた。
必死で走るショウの脳裏には『シャリーゼ』から大量の黒煙が上がっていた光景が鮮明に映されている。
まさか再び同じ場面に遭遇するとは夢にも思わなかったショウは自身やイフリータの事情などをすっかり忘れて必死で前に突き進んだ。

・・・どどどん!!・・・ずずず・・・

激しい衝撃音と小刻みに揺れる地面、澄んだ空気は霧散し肌に緊張感がびりびりと打ちつけられる。
「セヴァ様!!」
やっと祠の場所にたどり着いたショウは破壊しつくされている周囲を探しながら叫んだ。
『ショウ?!何故戻ってきたのじゃ?!』
既に戦いが始まってかなりの衝突があったらしく、彼女の衣服は所々破れ、垣間見える柔肌には多少の流血も確認出来た。
「ほほう?ウワサに聞いていた『シャリーゼ』の赤毛か?ふむ・・・」
招かれざる客は頭から黒い外套を被り表情はわからなかったがその声と話し方からこちらも相当な高齢らしい。

彼女は無事だ。
そして先程セヴァから力を分け与えられた影響だろうか。
以前の記憶と忠誠心が心と体から一気に噴き出すと激しく燃える赤い左目と凍り付くような蒼い右目がその男を捉える。
赤毛も逆立って炎のように揺らめき、全盛期を彷彿とさせる姿・・・

どぅぅんっ!!!!

大地を蹴って赤い一筋の残像を残しながら素早く取り出した短剣を両手に招かれざる客へ襲い掛かったショウ。
・・・以前ならそういう風に動けたのだろう。

だがほんの少しだけしか力を取り戻していない彼の力が土地神をも圧倒する相手に敵うはずもなく、

がんっっ!!!

ショウの目では追う事すら出来なかった男の手刀をセヴァが横から弾いてなんとか命は助かる。
「ふぉっふぉっふぉ!!小癪な!!」
真横で繰り広げられる強者同士の衝突と衝撃をその体で受けて初めて自身が全くついて行けない領域なのだと理解するも、

どんどんどんどんどんっ!!!・・・・・ぼぼぼぼぼっ!!!!

武器を持たぬ2人は数十もの打撃を繰り出し、
距離が開いた瞬間お互いが炎と氷の魔術を大量に放って辺りは燃焼し蒸発して視界が一気に悪くなった。
『ショウ!これは命令じゃ!!さっさとこの場から去れ!!』
セヴァからしても相当な相手らしく彼がいると邪魔だという意味だろう。
聡明な彼は先程起こった刹那の衝突でそれは十二分に理解していた。だが、
「いいえ!セヴァ様は私がお守りします!!」
心は過去の亡霊に囚われていて彼女の言葉が頭に届くことはなかったのだ。
驚きながらも困った彼女は仕方なくショウとの共闘、いや、彼を守りながらこの場を切り抜ける選択を決断するも、
「ふぉっふぉっふぉ。これはこれは・・・どうやらわしは運が良いらしいな!!」
黒い外套の男は笑いながら両手を広げると大きな氷柱が辺り一杯に生み出された。
そして一気にショウ目掛けて降り注いできたので、

ぼぼぼぅっ!!!・・・ずんずんずずんっ・・・!!!

その前に立ったセヴァが蒼い火球で撃ち落とそうとするが背にショウを庇いながらの戦い。
全ての攻撃が終わった時、身をかわす事が許されなかった彼女の体には数本の氷柱が突き刺さっていた。

「・・・セ、セヴァ様?!」

またも大事な人を・・・今度は自身が足を引っ張ってしまった事によって最悪の結果となってしまった。
何が何だかわからないまま膝から崩れ落ちる彼女を慌てて抱き寄せるも、
『この大馬鹿者が。もう一度言うぞ?さっさとこの場から失せるのじゃ。』
かなりの怪我を負っているはずだが彼を叱りつける余力があるのは流石土地神といった所か。
しかしこの状態では戦いを続ける事は難しいだろう。更に、
「ふぉっふぉっふぉ。まぁお前の事は後回しじゃ。『シャリーゼ』の赤毛か・・・よい土産になりそうじゃな。」
黒い外套の男は2人に近づいてくるとまたもショウでは捉える事の出来ない動きで拳を放ち、

ばきゃっ!!!!

傷を負って劣勢となったセヴァが大きく後ろに吹っ飛ぶと完全に反抗出来なくなるまで追い討ちを続けた。
半ば放心状態だったショウも何度かその背中に辛うじて一本だけ懐に忍ばせていた小剣を突き立てようとしたが
いとも簡単に殴り飛ばされる。

(・・・・・私は・・・・・一体何をしているんだ・・・・・)

心にあった大きな傷。
大切な国と人を護れなかった大きな大きな後悔の傷。
それが心という形を覆い尽くして巨大な穴のように変貌してしまった頃、
黒い外套の男の攻撃が止み、完全に動かなくなったセヴァがショウの視界に写った最後の姿だった。





 ・・・・・

気が付けば彼はどこかの館にいた。
手足に黒い金属の鎖が嵌められていたものの、繋がれている様子はない。
寝具に横たわっていた彼は自身のぼんやりとした記憶を遡り始めると、
(・・・あれ?何だ・・・何も思い出せない・・・)

ぴきっ!!

突然激しい頭痛と共にアン女王に似た女性がぴくりとも動かない姿が目の奥に写った気がした。
「あ痛っ・・・!何ですか今のは・・・」
女王の事を思い出すのは随分久しぶりだ。
そのせいか記憶ではかなり若返った姿のようだったが・・・
訳が分からないまま体を起こし部屋を見回してみると相当古い館らしい。
壁紙はめくれ、床板も所々が朽ちて穴があいている。窓掛けもぼろぼろで部屋全体が埃っぽい。
「ふぉっふぉっふぉ。目が覚めたかね?お姫様よ。」
突然声を掛けられて驚きながらそちらを振り向くと
黒い外套を頭から被った背の低い男がこちらに向かって立っていた。
(・・・何だ?彼の声・・・なんだか妙に嫌な感じがする・・・)
今まで感じた事のない嫌悪感を覚えながらもまずはこの状況についての説明が欲しいショウは『初対面』の男に、
「いえ。私は男です。ところで貴方はどちら様でしょうか?ここはどこですか?」
ぼんやりとしながらも最低限の質問が出来たのはショウを知る者からすれば皆が口を揃えて流石だと言うだろう。
「ふぉ?・・・・・お主若干記憶が混濁しておるな?」
何を言っているのだこの男は?という表情で小首を傾げると顔は見えないが黒い外套の男はそれを外し
「ここは七神が集う場所。お主はわしらの仲間になれる資質があったから連れてきたのじゃ。」
先程の茶化すような声色と違い、少し人とは違う茶色の肌を持つ老人がショウに向かって真剣に答えてきた。







孫の様な少年に戻れと言われていたがそこは年の功。
何か嫌な予感を覚えたジェローラもまずその場で少し待った。
だがショウが戻ってくる気配はなく、今度は少しずつ祠に向かって歩き出す。
懐刀とまで恐れられていた切れ者の彼が何かを察してそう言ったのだ。
ならば言われた通りに戻れば良いというのが最善解なのだが娘に続いて彼までも失いたくはなかった。
慎重に、慎重に。
何か異変を感じれる所まで行ければいいのだが・・・

・・・・・ずずず・・・・・

やがて妙な音が聞こえたので慌てて茂みに身を隠す老人。
地震か?いや・・・違うな。これは何の音だ?

恐らくショウが察知した部分がこういう音となって形に表れているのだろう。
ずっと続くような事はなかったのでまたも小道に戻りながら少しずつ、少しずつ祠に近づいていく。
そろそろ祠の広場が見えてくる頃だ、という時。
「な・・・なんじゃこれは?!」
辺り一帯の木々は折れたり燃えたり抜けたりと災害時にすら見た事のない光景となっており、
祠は跡形もなく粉々になっているだけでなく、その奥の方には先程お会いした土地神セヴァが血だらけになって倒れていたのだ。
年の功や長年の経験など全く必要がない程誰の目から見ても大事だと悟ったジェローラは慌ててセヴァの下に駆け寄り声を掛けると、
『・・・ジェローラか。すまぬ。ショウが・・・』
そこまで言った彼女は静かに気を失ってしまった。





 「種蒔きが済んだ後でよかったわい!!」
今までずっと質素倹約に努めていた大地主は全ての労働者を緊急で呼び出し、
多額の報酬を掲げて土地神様の救助と祠、及び周辺の後処理を命じ始める。
ジェローラが土地神を代々崇めていた事は有名だったので彼らは話半分でその祠に向かったが、
「え?!こ、これは・・・」
「アン様にそっくりだ・・・」
誰もがその姿を目にして同じ感想を口にすると皆が目の色を変えて救助に当たる。
論より証拠を突き付けられた労働者達の早急な活躍により彼女が館に運ばれると、
「なんだなんだぁ?おぉ、えらいべっぴんさんじゃねぇか?あれ?誰かに似とる・・・」
こちらも慌てて呼ばれたアビュージャがややすっとぼけ気味にセヴァの治療を開始した。
「・・・・・あれ?この人魔人じゃ?」
更に傍についていた助手の少女がふと聞いた事のない言葉を口走ったのをジェローラは聞き逃さない。
「お嬢ちゃん!魔人とは一体何じゃ?!」
今はどんな些細な情報でも欲しいのだ。
セヴァが大怪我を負ったのもそうだが彼女が最後に謝りながらショウの名を出した。
そして周辺を捜索したが彼の姿は未だ発見されていない。

・・・攫われたのか、最悪殺されたのか。

どちらにしてもやっと対面出来た孫のような存在が心配で仕方が無いジェローラは藁にもすがる思いだ。
「え、えっと・・・おじいちゃんは・・・誰なの?」
「わしか?!わしはジェローラ!ショウの祖父みたいなもんじゃ!!」
「そうなの?!えっと・・・魔人っていうのは魔族と人間から生まれた種族で・・・あの、そういえばショウはどこなの?」
魔族というのはセヴァが少しだけ口にしていたのを思い出す。
しかし今は彼女の疑問が深く心を締め付けてきた。これにどう答えれば良いのだ?
恐らくショウのお弁当を作っていたのも彼女だろう。
心配させまいと誤魔化すべきか行方不明だと教えるべきか。

『ショウは・・・あの男に攫われたのじゃ・・・』

いつの間に気が付いたのかアビュージャの治療を受けていたセヴァが小さな声で答えてくれた。
(やはりそうじゃったか・・・)
心の中で納得と失望はあったものの、まだ殺された訳ではないという希望も生まれて少し落ち着いたジェローラ。
だが祖父の安心とは別に、
「・・・・・どういうことなの?魔人の女、詳しく教えるの。」
今まで短かった髪が腰の下まで伸びたと思えばそれが大量の水に包まれる。
まるで蛇のように全体がうねりを見せて先程までの優しそうな少女は見る影もなく、セヴァ以外にもわかる程周囲に殺意を飛ばしていた。
『・・・あれは私と同じような種族だ。それが仲間にならぬかと誘ってきおってな。追い返すつもりが・・・』
「やられたの?情けないの。」
代々崇めてきた土地神が酷い怪我を負っただけでも泣き叫びたくなるほど悔しかったのに、
名も知らぬ異様な少女に吐き捨てるような言葉を投げつけられたのを目の前にして黙っているジェローラではない。
「貴様、土地神様に何と言う言い草じゃ!!謝れ!!!」
「だって本当に情けないの。ショウは私が連れ戻すの。どこに行ったか教えてほしいの。」
大地主の激高も軽く流した少女はどうやら表には出していないものの、彼以上の怒りを内包しているらしい。
水を纏った髪の毛がより激しくうねりをみせてセヴァに問い詰め始めると、
『わからぬ。』

「・・・呆れた神ね。ここで私が引導を渡そうか?」

怒りを露にしながらも口調だけは可愛く取り繕っていた少女が激しく蒼眼を輝かせてより強い殺意を見せた事で、
治療を施していたアビュージャを含め全員が恐怖で固まってしまった。
『・・・ショウの周りでとても強い者を知らぬか?』
彼女の殺意で皆が凍り付いてしまう中、平然と質問を返すセヴァは流石崇められる存在だ。
その様子をみて信仰心によって体の硬直が少しだけ解けたジェローラは今にも襲い掛かりそうな少女を窺う。
「・・・1人、とんでもない奴は知っているの。」
『ならばその者を頼れ。ショウにも伝えたが彼が信を置ける人物なら必ず力になってくれるじゃろうし、何か知っておるかもしれん。』
そうだ。
ショウは自身の中にいるイフリータという者を救いたいと言っていた。
あの時は何の事かよくわからなかったが土地神は強き者の傍にいればよいとも確かに仰っていた。
「蒼き髪の少女よ。わしからも頼む。孫が頼りにしておる者と協力して何とかショウを無事に救い出してはくれんか?」
「う・・・・・貴方達は知らないだろうけど、あれは人ではないの。それでもいいの?」
怒りが収まってきた少女は口調を戻すも、今度は非常に嫌悪感を前面に出して表情を歪めながらこちらに尋ねてきた。

人ではない?

ということはセヴァ様のような神と崇められる存在だろうか?
ならばより頼りになるのは間違いないだろう。
「もちろんじゃ。」
ショウを助けたいジェローラはその正体などという些細な事など全く気にせず即答すると、
『私もそなたも人とは呼べまい?ならば戸惑う理由もなかろうて。』
「・・・・・はぁ。手がかりもないから仕方ないの。」
これから捜索を開始するとは思えない程の大きなため息を漏らした少女は髪が元通りになると静かに歩いていく。
「こらサーマ!!治療を手伝わんかい!!」
そこに黙って見守っていた主治医が一括すると先程とは別人のような雰囲気の少女が
慌てて戻ってくるとその後は終始無言で黙々と手伝いを続けるのだった。





 この館に攫われて2週間も経った頃、ショウは彼らの構成を全て把握していた。
まず最初にあの老人が言ったように七神とは7人いる事。
そして目的はわからぬがショウをその仲間に引き込もうとしている事。
全くもって理解に苦しむ行動だが今の彼はイフリータの力が眠っている為逃げ出す事は不可能だった。
なので暴れたり抜け出す等という愚行を全く考えなかった彼にはきちんとした食事も十分与えられていた。
ただ1つ。

いつ、どこで、どうやって攫われたのか?

ここだけは不思議で仕方のなかったショウ。
確か『シャリーゼ』の実業家であるジェローラから声をかけられて気まぐれで農地の仕事に参加したのだ。
更に最終日に彼と食事をして握り飯がサーマとウンディーネが作った物だというのを言い当てられたまでは辛うじて覚えている。

問題はそこから先だ。

することも無いショウは寝具に転がって薄暗く小汚い天井をぼんやり眺めながら、しかし脳内は必死で回転させる。
考える時間はいくらでもあった。しかし、
(・・・・・何故でしょう?何も思い出せない。
ジェローラがあの黒い外套の男ではないのは確実ですし。そうなると彼との接点はいつ生まれたのでしょう?)
どうしてもその先が思い出せない。いや、元々無い記憶を掘り起こそうとしているだけなのかもしれない。
そう考えると今自分がやっている事は全くの無意味な行動となる。

部屋から出る事を許されてはいたがこの事ばかり考えていた為他の6人とは接する機会はほとんどなかったショウ。
だがこの日は珍しく彼の部屋の扉が叩かれた。

こんこんこん

「どうぞ。」
ショウ自身の素行もそうだが、そもそもが仲間にしようと思っている集団だ。
時々様子を見に来る老人もそうだが性格の違いはあるものの、皆がそれなりに優しく接してくる。
「やぁ。気分はどうだ?」
この日は背が高めの男が現れる。
彼だけは珍しく名乗ってくれたのでよく覚えていたのだ。
「これはフェレーヴァ様。気分は悪くないのですがどうしても頭が冴えません。あと私の家族は無事でしょうか?」
記憶が無いという不安以外に彼はアビュージャとサーマについてもしつこく言及していた。
彼女らに危害を加えたらショウを仲間にする計画は全て水の泡になり、彼は7人全員を刺し違えても殺しにかかるだろう。
「問題ない。我らの目的にそれは含まれていないからな。」
そっけなく答えながらフェレーヴァという男は外套で隠れた顔に手をやり何やら頬をさすっている。
思えば初めて出会った時からそのような仕草をしていたのでこれが彼の癖なのだろうと流していたのだが、
「君の事を少し調べさせてもらった。『非人』などという外道極まりない実験。これだけでも我らの仲間になる素質は十分だろう。
だが今日はその話じゃないんだ。」
さらりと自身最大の禁忌まで調べ上げたその収集能力に内心驚いていると、
彼は初めて外套を脱いで灰色に近い肌の顔、鋭く彫りの深い翡翠色の眼に猛々しい銀髪をショウの前に晒した。
しかし何よりも眼に留まったのはその左頬が赤くはれ上がっていた事だ。
「君はヴァッツという少年を知っているね?彼は何者なのだ?」
こんな所で意外な名前を聞かされて一瞬驚くも、彼の頬に残る腫れから察したショウは、
「私の親友ですが何か?」
何者と聞かれても答える術は持っていない。
かといって『闇を統べる者』の事を話すのも得策ではないだろう。
なので彼との関係を自身が知る最上級の言葉で伝えた事により未だ目的のわからない彼らに深く釘を刺す事には成功したのだった。





 あれから見物客の中には毎回レドラの姿が見られるようになった。
未だに直接聞けてはいないが恐らく『孤高』の一人である彼の前で訓練をするのは非常に緊張してしまい、
「クレイス!!もっと集中しろ!!」
カズキの代わりに相手をしてくれているリリーからも攻撃以上に檄を飛ばされる始末だ。
しかしかく言う彼女も手玉に取られた人間が見物している事で明らかに攻撃の精度が下がっている。
力の入り方がおかしいのかクレイスの受けが上達したのか時々半分程度の力だけでそれを受け流す事に成功していたのが何よりの証拠だ。
何とも他人行儀な訓練の日々が過ぎ、そろそろ与えられていた休暇も終わりが近づいて来た頃。

「クレイス!!我々は明日より東の大森林に向かう!!」

部隊長直々に命を賜った事でそれも返上という形となって急に慌ただしくなっていた。



未だ飛空の術式を会得出来ていなかった者達は馬車にて戦地に送られるのだが、
「お三方ともご武運を。」
レドラに見送られるクレイスの馬車内には今回リリーとハルカも同乗していた。
元々近衛と大将軍の従者である2人だがリリーは戦力不足を補う為に、そしてハルカは姉と慕う彼女を護る為の参戦だ。
「貴方も強いんでしょ?一緒に来てくれればいいのに。」
ハルカが見送るレドラに興味津々で尋ねても、
「いいえ。私はヴァッツ様の執事ですから。主が戻るまでこの地を離れるつもりはございません。」
彼には彼の矜持があるらしい。
思えばクンシェオルトの執事としてあの館を護っていたにもかかわらず主が帰ってくることはなかった。
その事を考えると今度こそ彼には仕事を全うしてもらいたいとクレイスも願う。
(・・・ヴァッツなら絶対笑顔で帰ってくるだろうし。うん。)
最後の務めと言えば大袈裟だが、それでもレドラは生涯を賭けてヴァッツに仕えるのだろう。
そしてヴァッツならそれに難なく応えてくれるはずだ。
「では行ってきます。」
動き出す馬車から軽く手を振ったクレイスは力強い眼差しの老紳士に見送られ、
想像を絶する死地へと向かうのだった。






それから少し経ったある日、『アデルハイド』には丁度サーマとウンディーネが入国して国王への謁見を許されるところだった。
「サーマは喋れないと聞いているのでウンディーネと呼ばせてもらおう。よく参ったな。話はある程度聞いている。」
アビュージャ診療所には以前クレイス達が訪ねた時にイルフォシアが『トリスト』の連絡兵を置いていた。
そこから彼女がこちらに向かっている事、そしてショウが攫われた件や土地神と呼ばれる存在など、
簡単な内容は既にキシリングの下にも届いていたのだ。
「だったら話は早いの。私はショウを助けたい。まずはヴァッツに会わせてほしいの。」
「うむ。そろそろ戻ってくるとは思うのだが現在彼は西の大陸にある友好国の防衛に出向いててな。」
情報によれば『トリスト』に入ってからすぐに王女姉妹を含めた4名が『フォンディーナ』に飛んだという。
距離が距離なだけに向こうの情報はなかなか手元に届かないが、一週間前には完勝したという報告だけは聞いていた。
「じゃあ待たせてもらうの。」
国王を前に全く気負いしない少女に回りも奇異な眼を向けていたが彼女、ウンディーネというのは魔族というらしい。

「では部屋に案内させよう。」
キシリングも彼女自身にそれほど深入りするつもりはなく、謁見は最低限のやりとりだけを終えて幕を閉じた。
と、次の瞬間。

「た、大変です!!国王様!!!」

厳かな雰囲気が一気に緊張したものになると一人の斥候らしき兵士が慌てて室内に飛び込んできた。
「客人がまだおられるのだぞ!!一体何事だ?!」
右腕であるプレオスが咎めるように問いただすと、
「ひ、東の大森林で大規模な戦が展開されております!!そ、そこにクレイス様も・・・」
「何っ?!?!」
愛息の名が出た事で今度はキシリング自らが立ち上がって声を荒げる。
「現在非常に劣勢です!!陛下!!今すぐ援軍をお送りして下さい!!でないと・・・っ!!」
慌てぶりから火急の判断を迫られる国王。
しかし東の大森林に関しては『トリスト』が調査と制圧に当たっていた。
友人からも『アデルハイド』の介入は固く禁じられていた為、頭をがしがしと掻きむしるキシリング。
「国王様。悩んでいる暇はありません。もし王子の身に何かあっては・・・」
「・・・・・わかっておる。」
現在クレイスは『トリスト』で目覚しい成長を遂げているという話もよく耳にしていた。
更に彼の国の軍は強い。そんな国が負け戦を展開するはずがないのだ、と心の中で言い聞かせるも、
やはり息子の危機だと言われると次から次へと焦りが生まれてくるのが親心なのだろう。
スラヴォフィルは自ら現場に赴く癖があるので現在どこで何をしているのか、
この援軍を送っても良いものかどうかを確認したいがそれほど時間に余裕はなさそうだ。

力強く腕を組み静かに考えを巡らせる国王と側近以下はそれを見守る。

「・・・はやくお部屋に案内してほしいの?」

・・・・・

重大な急報だった為つい声をかけられるまで彼女の事を忘れていた一同。
そして先程までは深入りどころか距離を取っておこうとさえ感じていたキシリングは、
「ウンディーネよ。ショウの探索、我が国も全力で補佐する事を固く約束する。
ところで・・・・・ヴァッツが戻るまでの間で良い。お前の力を貸してはもらえぬだろうか?」

彼女が『トリスト』の姉王女と魔術で戦った事はもちろん耳に届いていた。
そしてアルヴィーヌはあの『魔王』ザラールが世界一だと認める程の実力者だ。
更に目の前にいるウンディーネという少女は少なくとも『アデルハイド』や『トリスト』に組していない第三者である。
つまり彼女が東の大森林に干渉する事は誰も止める権利がないとキシリングは非常に都合よく解釈する事を心に決めたのだ。

「おじさんの心が透けて見えるの。イヤらしい・・・でも気持ちはわからなくもないの。」

冷ややかな視線を向けながらもそっけない少女はわりと聡明な部分も持ち合わせているようだ。
といってもこれだけ目の前で慌しく王子が危ないと騒いでいたらよほど鈍い人間以外は察してしかるべきだろう。
「そ、それでは?」
「クレイスは会った事がある人間だしショウとも仲がよかった。引き受けてあげるの。
でも私からも1つお願いがあるの。聞いてくれる?」
首をかしげて可愛らしく頼んでくる少女に悩みは全て消え去った国王。だが念のために、
「どういったお願いかね?」
「私はヴァッツがとても、めちゃくちゃ、会うのも怖いくらい苦手なの。だから彼と話す時は必ずいろんな人を付けて欲しいの。」
彼を知る『アデルハイド』の人間はその訴えに皆が眼を丸くして彼女を見る。
非常に明るく社交的で大将軍という地位をよくわかっていない部分もあるだろうが、それを全く鼻にかけない少年。
誰もがそういう印象を持つ彼を苦手とはどういった理由からだろう?
あまりにも理解し難い発言に国王も含めて全員がとても驚いた表情を浮かべていたが、
「わかった。常に複数人を傍に付けることをこのキシリングが約束する。」
今は急を要するのだ。
提案された内容はともかくその容易な条件を飲む事に考える時間すら惜しかった国王は即答すると、
「じゃあ早速行って来るの。案内してもらえる?」

ウンディーネも長旅で満足に休めていないにも関わらずさらりと言いのけると、
先程入ってきた斥候兵と数人を引き連れて大火が巻き起こる大森林へ馬を走らせるのであった。





 今までも姉についてはよくわからない部分があった。
13歳で初めて嫁いでから相手とその国の国王が3回も亡くなったのだ。
ただ、剣を握った事がないと言い聞かされていた上に、彼の眼から見ても体格でそれが嘘ではない事も判断出来ていた。
「姉上。何故引き上げてきたのですか?」
ナルサスから見てもナレットの優勢は明らかだった。
センフィスは森の中に逃げ込んだが、1人ならともかく奴は女を1人抱きながら逃げていたのだ。
木々の隙間を縫って飛ぶにしても絶対に姉のほうが有利だったのは明らかで、
ここで仕留めておく事こそが『ネ=ウィン』としても汚名を返上出来る最大の機会だったはずだ。 
「だってこの服お気に入りなんですもの。枝に引っ掛けてしまったら台無しでしょう?」
一介の街娘ならその言い訳も通るだろうが彼女は王女だ。
そんなものはいくらでも替えがきくし、不自然な言い訳はナルサスに余計な懐疑心を芽生えさせるが、
「わかりました。後で暗殺部隊を送りましょう。」
神器という得体の知れない存在の事もある。
まずはそれについて詳しく聞く必要があると踏んだ皇子は姉に従って母国へ戻った。



しかし姉の話は雲を掴むような内容で、
「正体はわかりませんが、とにかく私はこの扇子を戴いたのです。11の頃でしたね。」
かなり昔からそれを手に入れていた事だけは理解出来たものの、
「して、それをお前に渡した者は誰だ?」
「さぁ?黒い外套を頭から被っていたので顔も名前も存じ上げませんわ。」
そのような怪しい人物が近づいてきたにも関わらず誰にも話していなかったというのも何か臭わせるものがある。
父も娘の話から色々問いただしたい所は多々あっただろうが、
「何故私に報告しなかった?」
「口止めされていましたから。」
さらりと告白するナレットに全く悪びれた様子はない。むしろナルサスは、
「良いのですか?家族とはいえ私達に話してしまって。」
『神器』なるものを与えた男の報復が気になった。
4人の兄が全て戦死してしまったので彼にはもう彼女しか姉弟がいないのだ。
普段は冷酷だと評されるナルサスも身内の事となれば流石に心が動く。
「ええ。先日もう公にして良いと仰られていたので。」
「・・・んん?!その男、今も出入りしているというのか?!」
またも自然に話す娘の聞き捨てならぬ内容に慌てて確認を取ると、
「ええ。時々私の様子を見に来て下さいますわ。」
父と弟の反応がよほど面白いのか繊細かつ豪奢な細工が施された黒い扇子を開いて口元を隠すナレット。
未亡人の王女に会いに来る男も男だが警戒心の薄すぎる彼女にも色々言いたいことはある。
果たしてどこまでの関係なのか、三国の王子や国王の死にどれだけ関係しているのか。
恐らく父はそういった事を問いただしていくのだろう。だが、
「姉上が仰っていた『神器』、それは私も手に入れられますか?」
ナルサスの興味を最も引いたのはその部分だ。

最初センフィスの剣を見た時から心は奪われていたが、しかしまさかそれ自身に特別な力があるとは夢にも思わなかった。
美しさと強さを兼ね揃えた『神器』という武具。
もし可能なら自軍全員に与えたいが、話だと出回っている数はかなり少ないらしい。
「さぁ?私も今日初めて私以外の『神器』を見ましたし。
そもそもこれは使い手が欲するものではなく『神器』が相手を選ぶと聞かされています。貴方は選ばれるかしら?」
強い欲を現していた弟に姉は口元を隠したままで氷のような視線のみをこちらに向ける。
そんな姉の非難にも近い発言など関係ない。
ナルサスの脳内では戦闘国家として、次期皇帝として、
心の奥底で渇望していた本当の強さとしての完成形が手に届くかもしれないという期待でいっぱいだった。
現在の彼は4将に肩を並べるだけの強さは保有している。
しかしそれは亡き兄らも同じだった。
それでも『トリスト』との戦いで全員が散っていったのだ。
故に父であるネクトニウスはナルサスに先陣で戦う事を固く禁じ、彼もその意味を深く理解はしていた。

だがそれでは駄目なのだ。

皇族は皆に雄姿を見せてこその皇族であり、戦闘国家『ネ=ウィン』が成立するのだ。
もちろんこの理屈にはナルサスの我侭も多分に含まれているが、この理想を叶えるにはどうしても強さが足りなかった。
カーチフくらい強ければ・・・心の中で何度も彼を妬み、羨み、憧れたものだ。
そこに降って湧いた『神器』という存在。
見たところセンフィスはもちろん一切修練などを行っていなかった姉ですら自分以上の強さを手に入れている。

・・・・・ならば。4将に近い実力を持つ自分がそれを手に入れる事が出来れば。

国と彼が求める理想の強さを手に入れられるのではないだろうか?
常に先陣を切って精鋭達の模範となる皇族。戦闘国家を体現してきた本来の皇族だ。
さすれば無駄に戦果を焦り『アデルハイド』への夜襲などという下手を打つ必要もなくなり、
『トリスト』を相手にしても全てを真正面から打ち破れるのではないだろうか。
そしてその戦の先頭にはいつも自分が立ち、縦横無尽に駆け回る。

(・・・何としてでも手に入れてやる)

父と姉が細かな問答を繰り返す中、遂に強さの終着点が目の前に現れたと錯覚する彼の耳にそれらは一切入って来なかった。

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