闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -怨恨-

 先に帰国した時雨達にヴァッツとアルヴィーヌがまた突拍子もない行動に出た事を聞いて
笑いあっていたクレイスとカズキだったが・・・

ばきゃっっ!!!

「っぐはっ・・・!!」

訓練場ではオスローが稽古という名目でクレイスに激しい攻撃を浴びせていた。
いつものようにカズキと朝稽古をしていると
相変わらずクレイスに当たりの厳しい彼の方からこちらに声を掛けてきたので、
「・・・よろしくお願いします。」
どういう意図があるにせよカズキ以外の、しかも彼は小隊ながら長を務める程の力量は備えている。
たまには別の人間からの稽古もありかなと簡単にその申し出を受けてしまったのだが、
まるで殺しに掛かってくるような強い木剣の剣戟はクレイスの軽い体をいとも容易く吹き飛ばしてしまう。
「どうした?!さっさと立たないと追撃で命を落とすぞ?!」
言われて即座に立ち上がるも大楯を持つ手には激しい痺れが残っていて今にもそれを落としそうだ。
だがオスローからすればそんな事は関係ない。
彼が立ち上がった瞬間、一気に踏み込んできて更に力強い一撃を浴びせてくる。
普段の訓練とも違う、初めての実戦の時とも違う、
燃える様な熱い攻撃は受ける度に何度も吹き飛ばされ地面を転がり這いつくばるクレイス。
ただ、今日は見物人の中にイルフォシアもリリーもいない為、一方的な展開が続くもそれを止める者も咎める者もいない。
カズキも黙って見守ったままだ。

(・・・これは・・・殺されるかもしれない・・・のか?)

本能で危機感を覚えたクレイスは簡単に引き受けてしまった事をやや後悔しつつ
気を引き締め直して立ち上がろうとした時、
「オスロー。いい加減にしないか。」
仮面をつけた上官が静かに2人の稽古を止めに入った。
内心ほっとするも、まだ戦えると感じていたクレイスは少しがっかりもする。
そこにカズキも近づいてくると、
「お疲れさん。ちと体を冷やしたほうがいいな。」
いつの間に用意したのか冷水で絞った手ぬぐいをばふっと彼の顔に押し付けてきた。
心地良い冷たさに冷静さと安心を覚えたクレイスがまるでお風呂上りのようにほぅっと表情を緩める中、
「ネイヴン様。ご心配には及びません。これはあくまで稽古ですから。」
後方ではオスローが上官に向かっていつもと変わらぬ口調で言い訳らしいものを展開し始める。
「にしては随分私情が入ってるな?原因はイルフォシアか?リリーか?」
そこに今まで黙って見守っていたカズキも口を挟んだ事で彼の厳しい目線がそちらにも向けられるがなるほど。
確かに自身の訓練時、かなりの高確率で2人がクレイスの身を案じて様子を見に来てくれる。
以前部隊長からも聞いたがイルフォシアとリリーの美しさは国内でも評判が高く、
彼女らがいるからこそ兵士達は国と彼女達を護るという闘志に心を滾らせて力を限界以上に奮えるのだという。
「おい三下。口の利き方に気をつけろ?俺は小隊の長だぞ?」
「長なら長らしく公私を分けた方がいいんじゃねぇか?」
「やめないか2人共。カズキは反省文、オスローは今後クレイスと接する事を禁止する。いいな?」
ネイヴンが速やかに処断を下した事でその場は収まるも、
オスローからは去り際にも憎悪のような視線を向けられたままだった。





 久しぶりに激しい剣戟を受け続けたせいで体中に痛みが残ってはいたものの、
「うむ。まぁ折れてるような所もないし大丈夫だろ。」
部屋に戻ってカズキがクレイスの体を調べながら彼なりの診断を下す。
自身でも数日は動きにくくなるものの問題はないと踏んでいたので判断が一致した事に安堵すると、
机の上にある始末書に目を落としながら筆をぷらぷらと動かして、
「あのオスローって奴、何がそんなに気に食わなくてお前に当たるんだろうな?」
全く反省の色を見せないままそれを走らせながら疑問を口にしてきた。
確かに思い当たる節といえば先程の2人の事だが、それなら当初他の兵士達からも同じような視線は受けていた。
しかし彼らもここに来て既に4カ月近く経つ。
今では同じ部隊の仲間達はとっくに暗黙の特別待遇には口を挟んだり態度に出す事は無くなっていて、
むしろクレイスの傍にいれば美少女2人を近くで眺める事が出来るのだと理解し始めると
訓練時には彼の周りをいろんな人間が囲むようになっていた。
「・・・あの人も同じ部隊なら恨まれないのかも?」
そこに考えが行き着いたクレイスがぽつりと呟くも、
「お前、あれと一緒にいたらいつか訓練で大怪我するぞ?」
呆れながらもすらすらと筆を走らせ、恐らく絶対に反省はしていないであろう始末書を書き終えたカズキは席を立つ。
「だったらさっきの稽古もネイヴン様より先に止めてほしかったな。」
心配しているような言動を見せるも
それとは真逆の行動を時折混ぜてくるので彼の本心がよくわからなくなるクレイス。
「あれはあれでいい稽古だった。最近のお前はどうにも気が緩みがちだからな。」
いやらしい笑みでそんな事を口走るカズキに反論しようと頭に血を上らせるも自覚があったので言葉が出てこない。
流石に4ヶ月も厳しい訓練の中に身をおけば体力も自ずとついてくる。
更に最近ではあの『孤高』と呼ばれた1人である『魔王』ザラール直々に魔術まで教えてもらっていた。
天狗とまではいかないが、自身が思っている以上の扱いに浮ついた気持ちがあったのは間違いないだろう。
そして父が健在だった事実を知った時、明らかに安堵し緊張の糸がぷつりと切れたのも感じていた。

「・・・そうだね。もっと気合いを入れないとね。」

現在のクレイスは次期国王になる為の力をつけるという名目でここにいる。
国や父が無事だった事で『ネ=ウィン』に対する恨みは若干薄れてはいたものの、
せっかくの機会を不意にしてはそれこそ父に合わせる顔がない。
両手で拳をぐっと握り締めて決意を新たにしたところで、
「まぁイルフォシアの前では必要以上に頑張っているよな。そこだけは認めてやる。」
冷やかしに近い言葉を投げかけられて反論代わりに顔を真っ赤にすると、

こんこん

そこへ扉を叩く音が割り込んで来た。
一瞬ヴァッツかな?とも思ったが時雨達がこちらに戻ったのが昨日の話だ。
流石に早すぎると思いつつも期待を交えて扉を開けると、
「やぁ。傷は大丈夫か?」
開口一番、仮面をつけたネイヴンが心配そうにクレイスの体を気にかけてきた。
あまりきちんと話をしたことがないので彼の行動に少し驚く2人。
「は、はい。たいした怪我はしていません。」
「そうか。それは何よりだ。君達に少し話しておきたい事があるんだが構わないかな?」
ハイジヴラムとは違い目元だけが隠れている仮面だがそれでも口調や抑揚から感情を読み取るのは難しい。
2人はよくわからないまま少しだけ顔を見合わせると短く返事をしながら頷く。
了承を得たネイヴンは狭い部屋に入って扉を閉めると空いている椅子に腰をかけて、
「内容は他でもない。オスローについてだ。少し長くなるかもしれないが最後まで聞いてくれると助かる。」
そう言うと彼は少し声を落として静かに語りだした。





 オスローを軍に入れたのはネイヴンだった。
元々は彼の兄が『トリスト』の精鋭部隊に選ばれて戦いに赴いていたのだが国としても軍としても編成して間もない頃、
まだ4将筆頭になる前のクンシェオルトが所属していた部隊と衝突し3000人ものトリスト兵が一瞬で屠られたのが約8年前の話だ。
ネイヴンがこの国に来たのがその少し前であり、国王スラヴォフィルから直接指導をするよう求められていてのこの惨敗。
兄の敵を討ちたいというオスローの直訴も断る理由がなく早急な軍の立て直しも含めて当時から目にかけていた。

「奴の怨恨は凄まじかったがそれを糧に厳しい鍛錬もしっかりとこなしていた。
当時は1、2を争う程の成長を遂げていた。」

だが人には才能というものがある。
ある程度の強さに達すると彼の成長は伸び悩み、
4将筆頭に大抜擢されたクンシェオルトとの差が目に見えて現れ始めると周囲に強く当たる姿が散見され始めたという。
それでも心に復讐と闘志の炎を燃え滾らせながら訓練と実践をこなしてきたオスロー。
彼の思い通りにいかない気持ちを汲む意味も含めて現在は小隊を任せることにしたらしい。
そして去年の終わり頃。

「突然訪れたクンシェオルトの死、それに『トリスト』と『アデルハイド』から王族が参列した事実。
感情では処理しきれない二重の出来事に憤慨してな。そこにクレイス、君が現れてしまった。」

まるで自分が責められているかのような言われ方に少し傷つくも、彼にその気はないようだ。
ただ、何故クレイスに強く当たるのかは十分理解出来た。
「あいつの性格かと思っていたが、くだらねぇ理由だ。」
自身の両親が殺された事にすらそれほど興味を持っていないカズキは軽く吐き捨てながら反省書をネイヴンに渡すと
ここに来てから肌身離さず手元に置いている分厚い本を広げて読み始める。

しかしクレイスは違った。

事実は違えど彼も最初は『ネ=ウィン』から父と国を奪われたものだと思っていた。
当時は怖くて悲しくてただただ怯えていただけだが、旅の中で僅かながら王族としての意識が芽生え、
数奇な縁から同い年の少年達との出会いを経て、現在は僅かな怨恨を心に残しながらも父のような国王になる事をぼんやりと目指している。
王城でも全く国務に興味がなく日々大好きな料理に明け暮れていた頃とは随分変わったものの
生まれて初めて外の世界に足を踏み入れた時、周囲の人間に助けられてきたからこそ今の彼があるのだ。

(・・・もし本当に国と父が奪われていて周囲に手を差し伸べてくれる人間がいなかったら
僕もオスローのようになっていたのかもしれない。)

決して他人事ではない彼に自身の過去を重ねると同時にオスローだってネイヴンに助けられているはずだ、という疑問も生まれるが。
「怨恨というのは毒にも薬にもなる。今のオスローは毒に侵されたままの状態だ。
私もこのまま放置しておくつもりはないし、またクレイスに辛く当たるようなら反撃も許そう。」
意外な言葉に目を丸くするクレイスと一度は興味が失せたカズキも長官の顔を見直した。
軍というのは上下関係の規律が厳しいのだ。
それなのに上官が反抗する事を許可すると発言した事は4ヶ月過ごして来た2人でも大いに驚く。
「私としてもオスローにはまだまだ成長してもらわねばならんのだ。未来の為にもな。」
表情こそわからなかったがそこに隠れた感情は決して彼を見放すようなものではなく、
むしろ大事に思っているからこそのなのだろう。
話を終えたネイヴンは口元から察するに笑顔を残して部屋を出て行った。




軍部のほぼ最高位から反撃の許可を貰ったにせよ、だからといってほいほいと矛を向けるのは流石に憚られる。
昨日聞かされた話を考えながら床に就いたクレイスは睡眠こそしっかりとれたものの、
未だに彼への態度をどうすべきか悩みながらザラールの指導を受けていた。
「・・・今日は随分心が乱れているな?」
しかし精神力を具現化する為の魔術というのは顕著に結果として現れる。
この分野においては少しの才能はあったのか、カズキよりも先に小石を動かす事に成功していたクレイスだったが
今日だけは全くその気配はなく、遂には冷たい視線で射抜かれる始末だった。





 翌日にヴァッツが戻ってきてくれた事は彼にとって非常に救いとなった。
その周囲には既に人だかりが出来ており顔見知りの面々が彼と王女を取り囲んでいる。
カズキとその輪に近づいていくと、
「ただいま!!あれ?なんか元気ない?」
笑顔いっぱいの友人が元気な声を掛けてくれた事で悩みに沈んだ心には光が差し込んできた。
「おかえり!ははは、バレちゃった?ちょっと色々あってね。」
少し元気を取り戻した自身に一人で可笑しくなっていると前回の様ななし崩し的な初入国と違い
『トリスト』の大将軍が正式に帰国したという事からか城内も慌しい雰囲気に包まれている。
「では早速お部屋にご案内しましょう。」
時雨がそんな事を口にしたことで更に気持ちはそちらのほうへ移るクレイス。
迷わせの森にあった彼の家には行ったことがあるものの、
現在兵卒の宿舎にいる彼はまだこの白く巨大で荘厳な城内を満足に歩いた事は無かった。
(一緒に行ってみたいって口にしたら厚かましいかな・・・)
今まで自身の城しか見たことがなかった上にそんなものに興味が湧くとは夢にも思わなかったが、
理由の1つにイルフォシアの部屋がこの広い城内のどこかにある、というものが挙げられるだろう。

「あー・・・ほんとにあるんだ・・・」
ところがいつも天真爛漫な彼がクレイスの心情と間逆の反応を示した事で周囲の視線は彼の顔に集中する。
「私が言ったとおりだったでしょ?」
アルヴィーヌはおおきなぬいぐるみを抱きかかえて上半身と顔を埋めながらどこか誇らしげに尋ねているし、
「俺もこの城の中を自由に歩いてみたかったんだ。悪いが利用させてもらうぜ?」
そこにカズキが自身のよく知る傍若無人っぷりを見せた事でクレイスの心は大いに弾む。
だが何故か乗り気ではないヴァッツの様子から素直にカズキの提案に賛同は出来かねていた。なのでここは、
「何か嫌なの?」
理由がわからないのなら聞けばいいのだ。
彼は底抜けた明るさと社交性がよく目立つがこう見えて結構悩みを抱えているところがある。

「うーん。オレ、迷わせの森の家が好きだから引越しとかしたくないんだけど・・・」

その発言に皆が様々な反応を見せる中、
「でしたら引越しはせずにお城の部屋は別荘のような感じで使用されればよろしいのでは?」
主の意思を第一に考える時雨が最も意に沿える提案をする。
「そうそう。貴方がここに住む必要ないって。むしろ離れててほしいし。」
「えー。家族は皆で過ごすもの。甥っ子は私が面倒をみる。」
「そ、そうですね。私も出来ればヴァッツ様が傍にいて下さると・・・」
相変わらずイルフォシアの発言には何か意味深なものが見て取れるが
それなりに精神面でも強さを身につけたクレイスは
「とりあえず見てみようよ。住むかどうかはおいといてさ。」
場の空気と話題を切り替えるためにもまずは皆でそこへ向かう事を提案した。



空の上にあるというだけでも唯一無二の存在だろう。

しかしその城の高さは『アデルハイド』の10倍くらいはあるのかもしれない。
「皆飛空の術式を展開して動くのでこういう仕様なんですよ。」
案内役の時雨が以前にも聞いたことのある説明をしてくれるも、
「前から気になってたんだけど時雨は飛べないの?」
ハルカが不思議そうに尋ねる。
話を聞く限りではリリー姉妹よりもずっと前から王女姉妹の御世話役としてここで働いてた時雨。
利便性を考えても彼女が飛空の術式を覚えていたとしてもなんら不思議ではない。
「・・・私はあまり得意ではないので。こうやって歩いている方が性に合うみたいです。」
「追いかけっこしても全然追いつけないからね。拗ねて飛ばなくなっ・・・あいたた。」
珍しくアルヴィーヌのほっぺをみょーんと引っ張ってその口を塞ぐ。
立場の違いこそあれど長い付き合いだから出来るのだろう。
とにかくどこの廊下も部屋も高さが5間(約10m)はあるから非常に開放的な空間で仕上がっている城内。
そのせいで2階へ上る階段の段数がとんでもないことにもなっているのだが王族の部屋は4階にあるという。
徒歩ではかなりの労力を使いながらそこまで上って白を基調にした大きな扉の部屋までやってきた一行。

「ここがヴァッツ様のお部屋になります。」

ここでも何故か満足そうにアルヴィーヌがうんうんと頷いてはいるものの、
ヴァッツも心を決めたのか、ゆっくりとその重厚な扉に手をかけて開いていく。

そこには『アデルハイド』の中庭がそのまま入ってしまうのではないかというほどの広く洗礼された空間が広がっていた。





 そもそも外観だけでも細工がそこかしこに施されている城であり今いるのは王族であるヴァッツの為に用意された部屋だ。
家財道具の細やかな造りはもちろん、
壁も高すぎる天井も真っ白な大理石で作られた部屋は光源がなくともまぶしく輝いて見える。
「凄いね・・・」
「・・・貴方には勿体無いわね?私が代わりに済みましょうか?あたたた」
思わず感嘆の声を漏らす隣で今度はハルカの憎まれ口が時雨によってつねられていた。
「ほー。俺は凄さの意味がよくわからんが、これだけ広ければ大いに中で暴れられるな。」
カズキは相変わらず戦い基準で判断しているらしい。
「ひろーい!今度国王様に私達もこういう家を下さいって言ってみよう?!」
「いやいやいや!!こんな広い部屋掃除が大変だぞ?!そもそもあの家で十分だろう?!」
ルルーの発言に慌てて釘を刺すリリー。
発言の内容から彼女はかなり所帯じみた考えを基本としているらしい。
「間取りは私達のお部屋とそんなに変わらないんですね。」
「うん。ちょっとがっかり。」
姉妹王女の発言から彼女達もこの規模の部屋が宛がわれている事を心に刻むと、
「何かあれば使うような形でも大丈夫だと思います。間違ってもハルカに奪われないようにさえしていただければ。」
「大丈夫大丈夫。私はお姉さまとルーと一緒のほうが楽しいから。」
茶化しあいながら部屋の中を探索していた一行の元に、

こんこんこん

開け放たれた扉が軽く叩かれると、かなり立派な細工が施された鎧を身に纏った男がそこに立っていた。


「あ、お父さんの傍にいる人。」
「ダイシ様ですよ姉さん。」
妹がこそっと名前を教えると、
「これはダイシ様。いがかなされました?」
時雨が従者の顔に戻って速やかに用件を聞き始めた。
「はっ。まずはお初にお目にかかります。私、国王様の最側近が1人ダイシ=ハ=ジブと申します。」
鋭い目つきの中年だが声には十分に親しみを感じる彼が恭しく頭を垂れた先には大将軍であるヴァッツがいた。
屈強そうな将軍にもここまで礼儀を尽くされるの目の当たりにして
再度彼が本当にこの国の大将軍だという事を強く認識するクレイス。
「国王ってじいちゃんだよね?じいちゃんの知り合い?よろしく!」
しかし当の本人は相変わらずですたすたと歩いていくと握手を求める。
それを無視するわけにもいかずダイシという男はとても畏まりながらその手を優しく握り返していた。
「実は大将軍様に至急『フォンディーナ』の救援へ向かっていただきたくお伝えに上がった次第です。」
「ほう?」
その名にいち早く反応したカズキは静かにヴァッツの傍に近づくと、
「その話俺も詳しく聞かせてもらってもいいか?」
いつもは兵卒らしく大人しい彼だが本来の獣のような闘志をむき出しにダイシへ説明を求めだした。
「はっ。では急ぎゆえ手短に。現在西の大陸では静寂の大国と呼ばれていた『ダブラム』がその力を大いに奮いだしております。
『ユリアン公国』は壊滅し、その勢力は北の『フォンディーナ』へと向かっている最中です。」
「それを止める為にヴァッツを呼びに来たのか?」
「はっ。仰るとおりです。」
彼の国の王は戦いに飢えていた。
もしかすると現在その状況を大いに喜んでいるかもしれないが、
「ちょっとお待ちください。現在父が西の大陸にいるはずですよね?父はどうされたんですか?」
「それが・・・その。『ダブラム』の捕虜となっておられます。」
「ええええええ?!」
普段滅多な事で声を上げないイルフォシアが大いに叫んだ事で皆も中てられて一緒に驚く。
「スラヴォフィル様が捕虜?いや、しかしダイシ様が嘘をいう風にも見えないし・・・むむむ。」
「国王って『羅刹』なんでしょ?クレイスの件もあるしまた嘘ついてるんじゃない?」
「いいえ!!嘘ではありません!!『ダブラム』には『孤高』の1人『悪鬼』が存在しているのです!!」
彼の必死な説得の中で出てきた『孤高』の1人。
相変わらずクレイスにはその知識がなかった為、それがどれくらい強い人なのかはさっぱりわからないが。
「また『孤高』か。そのあたりの話はじじいが何もしてくれなかったからな。まぁいい。
『フォンディーナ』が窮地なら俺も行く。」
国王と真剣勝負をした彼は非常に思い入れが強いのだろう。ヴァッツの返事を待たずにそう言い出すも、
「私はいかないよ?最近頑張りすぎたからちょっと休みたい。」
何故かアルヴィーヌがきっぱりと断りを入れてヴァッツの部屋にある寝具へ飛び込んだ。





 「そ、それは困ります!ヴァッツ様を抱えて飛空出来るのはアルヴィーヌ様のみとお聞きしております!
どうか父君を助ける為に今一度お力をお貸しください!!」
ダイシが慌ててそう懇願した事で何故彼女が必要なのか理解する一同。しかしここで一人。
「わかりました。私がやってみましょう。」
まるでその時を待ち焦がれていたかのように軽く紅潮させた頬と満面の自信顔で提案してくるイルフォシア。
確実にヴァッツにはある程度以上の好意を寄せているのは間違いない。
しかし周囲がそれを気に留めることはなく、
「おお!!では是非お願い致します!」
最側近は喜んでその提案を受けていた。
「・・・イルには無理だと思うけどねぇ」
姉のほうは完全に寝具の上で溶けたような体勢からちらりと2人を見ている。
「私達は双子です。多少の差はあれどきっと私にも・・・」
そんな視線を気にする事無くイルフォシアは何故かヴァッツの前に立つとその腰に腕を回す。
(・・・僕のときは後ろからだったのに・・・)
などと妙な嫉妬心が芽生える中、
「では試しに一度飛んでみましょう。いきますね。」
こういう時に天井の高い部屋は重宝するのだろう。
大きな翼が現れると彼女がそれを羽ばたかせて空へ舞い上がろうとした。


・・・・・


だが2人の体は一向に浮く気配すらない。
「・・・こ、これは・・・」
イルフォシアが本日二度目の滅多に見せない驚愕の声と表情を浮かべている。
「ご、ごめん!オレって重い?」
何もおきない事に自身のせいだと感じたヴァッツが慌てて謝るも、
「いいえ!!ちょっと私の力加減が弱すぎました。今度は本気でいきます。」
そう言うと力をためているのか、周囲の空気が彼女達のほうに流れていくのが目に見えてわかった。

どんっ!!

激しい爆発音と共に部屋の中には暴風が発生する。
今度こそは飛べたのだろう・・・と誰もが思ったのだが。
「・・・んぎぎぎ!」
遂に本日3度目となるイルフォシアが見せた事のない非常に力んでいる声と表情がみんなの前で披露される。
みるとわずかながら2人のつま先が浮いてはいるもののそこから海を渡れるような気配は感じられない。
「だから言ったのに。」
他の者が何とも居た堪れない空気でそれを見守る中、1人だけからからと寝具の上で笑い転げているアルヴィーヌ。
その発言を聞いて諦めたのか静かに着地すると
「はぁ・・・はぁ・・・ヴ、ヴァッツ様のお力がよくわかりました。
姉さん。私の事を笑った罰として『フォンディーナ』まで連れて行って上げてくださいね?」
「えええええ?!」
飛び起きて嫌がる姉を前に妹の顔には冷たい笑顔が張り付いていた。



結局アルヴィーヌとイルフォシアがヴァッツとカズキを運ぶ事で話はつき、
(中々皆でゆっくりとは出来ないな・・・)
ダイシが案内役として5人はその日の内に西の空へ旅立っていった。





 いつも傍にいたカズキがいなくなり、訓練にもよく顔を出してくれていたイルフォシアも今はいない。
仕方なく1人で訓練場を走っていると、
「よぅ!暇ならあたしと立ち会ってくれないか?」
妹王女と同じくらいよく顔を出してくれるリリーがこちらに声をかけてきた。
相変わらず目立つ容姿なので誰もが振り向いて一瞬動きを止めてしまうものの、
「はい!お願いします!」
ハルカではないが彼女には最初随分お世話になったせいか、
異性というより姉のような親しみを持っているクレイスは二つ返事でそれを受ける。
これもカズキ風にいえば良い機会だろう。
それに彼女は『緑紅の民』なのだ。本気を出されれば相手にならないだろうがその力を使わない訓練での立ち合いなら・・・

がががっががんっっ!!!!

ここに来て何度目だろうか。クレイスは自身の認識が非常に甘い事に再三気付かされる。
まさか訓練で一日数分しか使えない力を解放してくるとは。
しかも普段彼女が背負っている重厚な剣と違い手にしているのはあくまで木剣だ。
そのせいか身体能力が何倍にも上がっている彼女の動きはカズキのようにしなやかに、そして機敏に動き、
紅く光る瞳と流れる翡翠色の長い髪が美しさを際立たせているのだけは周囲の反応からも理解出来る。
オスローとは比べ物にならない程息つく間もない連撃が放たれ続けるので言葉通り防戦一方だ。
(カ、カズキとの立ち合いって・・・結構加減してくれてたんだな・・・)
遠い戦地へ旅立った友人を思いながら短い時間で数百もの剣戟を放つリリーを相手に何も出来ないクレイス。

「少し止めて頂いてもよろしいでしょうか?」

そこに聞いた事のある落ち着きはらった声が掛けられた事でリリーも動きを止めて振り向く。
「うん?あれ??えっと・・・どちらさん?」
「あ!レドラ様!」
そこには周囲の見物人に紛れて1人、背筋は曲がる事を知らず黒い執事服に身を包んだ優しそうな老人がこちらに向かって歩いて来た。
静かに2人の前までやってきてすっと腰から頭を下げて、
「お久しぶりですクレイス様。そしてそちらの女性は初めまして。私本日よりヴァッツ様の執事となるレドラと申します。」

「「・・・えええっ?!」」

初対面かどうかの些細な事実はおいていて、全く聞いていなかったその内容に2人は同時に声を上げた。



「おや?きちんとお迎えは来ていたのでてっきり城内での話はついたものだと。
いやしかし、まさか天空に城があるとは・・・『トリスト』というのは何とも不思議な国ですな。」
軽い経緯を聞いて何となく納得するも、
「ヴァッツ様はともかくアルめ。後でスラヴォフィル様と時雨に言いつけてやらないとな。」
リリーは苦虫を噛み潰したような表情で悪態をついている。
「あの!その、何でレドラ様まで・・・いえ。またお会いできてうれしいです!」
優しさと落ち着きのある彼がヴァッツの執事とはいえ近くに来てくれた事を自分の事のように喜ぶクレイス。
それに対して彼も以前より柔らかな笑みで答えてくれた。更に、
「先程のお2人の立ち合い。クレイス様にはまだまだ伸びしろを感じました。
どうでしょう?リリー様、一度このご老体と立ち会わせ願えませんか?」
話は意外な方向へ進み出す。
「え?!いや・・・あたしは構わないけど・・・いいのかな?」
流石にヴァッツの執事となる男と稽古とはいえ立ち会うのはどうなのだろうと困惑するリリー。
「大丈夫です。何があっても貴女に責任を負わす様な無様な真似は致しません。
ではクレイス様、その盾を少しお借りしても?」
どういった意図があるのかはわからないが彼も戦闘国家『ネ=ウィン』の出身だ。
もしかすると実際に立ち回る所を直接見せてくれる事で何かを伝えようとしてくれているのか?
よくわからないまま自身の大盾を渡すとレドラは颯爽と訓練場の中に歩いていき、
「ではどうぞ。同じように打ち込んでみて下さい。」
軽くそう言い放ったので一瞬で体中に冷や汗が流れる。

リリーは異能の力を持つ少女で先程の立ち合いもそれを使っていたのだ。
レドラがどれほどの戦士なのかは知らないが、あれと同じ攻撃を老体が受ければ大怪我じゃ済まないかもしれない。
だがそこはリリーもわかっているらしく木剣を構えて踏み込むもクレイスの時のような
乱れ飛ぶ剣戟を放つ事はなかった・・・・・

ばんっ!!

いや、そもそも一閃で決着がついた。
どうなったのか全くわからなかったが踏み込んで軽く木剣を振るったリリーが地面に背をつけて倒れ、
その胸元には大盾が重ねて押し付けられている。
「リリー様。もっと本気で来てください。」
「え・・・?あ・・・ああ。」
手加減がバレた事ではないだろう。
半分呆けた状態で適当な相槌を打ったリリーは立ち上がると今度は紅い目をクレイスとの立ち合い時より光らせる。
そして言われるがまま本気で踏み込み本気で薙ぎ払いを放った瞬間。

ばんっ!!

やはり同じようにリリーが背中から倒され、身動きが取れないように大盾が上から被せられて早々に決着がついた。
城内でもその強さと美貌から王族並みに有名なリリーが一瞬で無力化された立ち合いを見て周囲も息をのむ。
「と、まぁ防御とはこういう事です。」
レドラが涼しい顔で立ち上がってクレイスに語り掛けるもその内容が微塵も理解出来ないので彼もただ呆けるしかない。
そこに、
「何故貴様がここにいる?」
沢山の見物客の中から1人、普段魔術を教わっている時とは別の顔になったザラールが静かに声を掛けながら歩いて来た。
「おや?これは『魔王』ザラール殿ではないですか。む?貴方も『トリスト』の関係者ですか?」
顔見知りなのかレドラが息一つ乱す事無くクレイスに大盾を返しながらそちらに反応する。
「関係者も何も私は建国当時からこの国に関わっている。
それより『鉄壁』と恐れられた貴様は今までどこにいた?何故ここに来れた?返答次第ではただでは返さんぞ?」
普段の宰相とは違い『孤高』の1人としての感情からか、周囲には膨大な魔力の流れが生まれ始めた。
これもクレイスが真摯に魔術訓練を行ってきた賜物なのだがこの時の彼にそんな事がわかるはずもなく、
むしろ魔術を極めし者の本気を目の当たりにしている事に畏怖と興奮を覚えている。
「私は本日からヴァッツ様の執事として雇っていただく事になりましたのでここにいます。
お迎えの馬車は恐らくアルヴィーヌ様が寄越して下さったのでしょう。」
その名前を聞いてザラールの魔術は一気に収束し、その表情には落胆というよりも忌々しさが目に見えて浮かんでいた。
「またあのお転婆娘は・・・城にいた私にすら話が通っていないということはスラヴォフィルにも当然届いておらんな。」
「おお。これはまた懐かしい名前だ。どうです?今夜ゆっくり酒を酌み交わしながら。」
しかしレドラはそんな彼の心情などお構いなしに手で杯を飲み干す仕草で晩酌の誘いをしている。
「馬鹿者!この国に入った以上二度と外には出さんからな?!まずは入国手続きだ。こっちにこい!」
やりとりから2人が旧知の仲だという事。
そして2人とも『孤高』なのだという事がわかるやりとりではあったものの、
『孤高』同士の雰囲気に周囲は口を挟むことはおろか息をするのも忘れ、訓練場には2人が立ち去るまでは沈黙が続いていた。





 『ダブラム』に捕虜として囚われていた・・・という形だが、
実際にはワーディライにしつこく付きまとわれていたスラヴォフィル。
「おいおい!年取って随分臆病になったじゃねぇか?!片腕を奪った男の決闘を何故拒む?!昔のお前ならもっと・・・」
「ええい!やかましい!!昔と違ってお前には禍々しいものを感じるんじゃ!!」
ただスラヴォフィルとしてもダブラムの侵略戦争にこの男を参加させずに留めて置けるという利点があった為、
情報を最小限に抑えつつもこういったやり取りを『レナク』にて行っていたのだ。
それでも『ダブラム』の軍勢は強い。
『悪鬼』を除いても十分機能すると踏んだ彼は最側近達に命令を飛ばして今後の展開に備えているのだが。
「禍々しいもの・・・ねぇ。お前の勘は昔から鋭いな。」
言葉を濁してはいたものの、案外すんなりとその存在を認める様な反応を示すので
「それを手放したら立ち会ってやる。その時は命の保障は出来んぞ?」
「ようしわかった!じゃあ早速表でやろう!」
何もわかっていないらしく黒い大槌を手にして息巻いて来たワーディライに大きなため息で返すスラヴォフィル。
詳しく聞いてもすっとぼけるしで一向に話し合いが進まない2人は
傍から奇異な目で見られながらここ『レナク』の地で静かな攻防を繰り広げていた。







その頃『フォンディーナ』にはヴァッツとカズキを抱きかかえた王女姉妹が到着して歓待を受けていた。
「いやそれどころじゃねぇだろ!戦況はどうなってるんだ?!」
しかし着いて早々カズキが王に物怖じしない発言をして周囲を困惑させていた。
「やだなーこの砂漠を軍が北上するにはそれなりの時間がかかるんだよ?
慣れてないだろうし更に物資も大量に必要だろうからまだまだ余裕はあるよ!」
相変わらず陽気を通り越して非常に軽いウォランサは想像通りうきうきとした心情を隠そうともしない。
「暑い・・・先に帰ってていい?」
「駄目です。姉さんが一度戻ったら今度いつこっちに来てくれるかわかりませんもの。」
姉は初めて足を踏み入れた砂漠の熱に早速参っている。それをなだめる妹と、
「あ、あの。ヴァッツ様。それは私どもの家来にさせますので・・・」
将軍マルシェが以前よりもかなり恐縮して彼に声を掛けていた。
それもそのはず、大きな日陰が作れる日傘は本来地面に突き立てて使うものだ。
だが今彼が手にしているのは陣幕で使われる天蓋用のものであり決して片手で掲げて傘代わりにつかうものではない。
それらを簡単にやってのける腕力は以前と変わらないのだが、叔母の暑いから扇いで命令までも空いた左手でこなしている。
現在周囲一帯に大きな日陰とこれも一人で扱うには大きすぎる扇をゆったりと動かす事でヴァッツの傍はとても快適な空間が出来ていた。
以前も客人ではあったが今回は援軍として正式な国賓だ。
もてなす側の国が何一つさせてもらえていないのは流石に体裁に関わってくるだろう。
「こらマルシェ。私達家族の問題に口を挟むんじゃありません。」
まるでイルフォシアのような口調で大柄な将軍に冗談っぽく注意するも相手は一国の第一王女だ。
更に初対面に近かった為本気で怒らせたのでは?とやや表情を凍り付かせていたものの、
そこは妹がしっかりと誤解を解いていたようで彼もやや落ち着きを取り戻せたらしい。
「規模は5000程度、王も仰っていましたが暑さへの慣れもないでしょうから7日からといった所でしょうか?」
詳しい情報と共にマルシェがカズキに説明すると、
「なるほど・・・で、こっちはどう動く予定なんだ?」
今回この国の防衛戦に参加を強く希望したのには訳がある。彼は元々他人より自分、いや、自分の事だけだった。
もちろん心根の部分は今も変わってはいない。しかし、
「こちらは相手が想定外の事をしでかさない限りは城壁前での防衛に努めます。」
「うんうん。手堅く守って消耗させるのが伝統らしいんだ。
いや~しかし『フォンディーナ』に攻めてきた記述って最近だと何十年前なんだろ?」
国王ですら遠い過去の話だと言い放つ今回の侵攻。

「よし、じゃあ俺も兵卒として参加させてもらうからどっか空いてるところに入れてくれ。」

以前来た時からは考えられない彼の発言に2人はしばらく体が反応せずに固まっていた。





 「カ、カズキ様には単騎で要所を攻めてもらうか精鋭を率いて遊撃などをと考えていたのですが。」
『剣鬼』一刀斎の孫だけあってその力量は相当なものだというのは知っていた。
更に性格も一国の王と真剣で戦う程の胆力を備えている。
牛サソリの群れを蹴散らした祖父の行動から考えて孫もまた同じように一騎当千という立ち位置を望む物だとばかり・・・
「そうだよ?!君が兵卒とか国家の損失だよ?!『トリスト』も何考えてるんだろうね?!」
すぐそばに王女姉妹がいるにもかかわらず思った事を口に出せるのがウォランサ王だ。
更に彼の長所としてその真意に決して裏が無く本心な事。
このお陰でマルシェだけが顔色を変えてはいるものの王女達はそれを全く気に留めておらず、
「それはいいんだよ。クレイスの修行がてら俺が勝手に潜り込んでるだけだし。
それより俺はこの防衛戦、兵卒の位置じゃないと参加しないからな?」
「ええええ?!君・・・随分変わった・・・いや、変わってないな。変わったけど・・・うーん。」
以前までの印象なら単騎で駆け巡ると言ってきそうだがそうではなく、
かといって兵卒という位置に強くこだわる所はやはり彼の性格が表れている。
「ま、まぁでしたら防衛部隊の枠に入って頂きましょう。後ヴァッツ様ですが・・・」
流石にまだ東の大森林での出来事はおろか、
ラカンの『リングストン』軍を蹴散らした話すら届いていないが今回『トリスト』の大将軍として彼が駆けつけてくれたのだ。
死骸の牛サソリを汗一つ流さずに五十里(約200㎞)先まで全て投げ捨てた少年。
彼が防衛に加わるというだけで彼を知る者達が大いに仲間を盛り上げてくれるだろう。

「待て。ヴァッツ。お前は今回王女2人と水浴びでもしててくれ。」

・・・・・

やはりカズキはカズキだった。
非常に彼らしい盛りに盛った傲慢発言だが、
「当然。私は涼しい所でのんびりする。」
元々無理矢理甥を運ぶためにやってきたアルヴィーヌにその気は微塵もなかった。
「し、しかし私達も何かお手伝いを・・・」
国の代表として様々な国政に携わってきた妹としてはその意見をそのまま受け入れる訳にもいかず言葉を濁すが、
「じゃあ兵站関係だな。糧食はイルフォシアに任せる。」
自身で兵卒だと言っているのにマルシェより軍の事に口を出す少年カズキ。
「は、はい!それでしたら何とか出来ます!」
王女を呼び捨てにするも周囲から咎められないのもまた強者故だろうか。
「え?じゃあオレ・・・オレもその糧食?手伝おうか?」
「是非ご一緒に!!」
もう1人の叔母に強く賛同された事でこの世界で誰も敵うはずのない無敵の少年は本当に敵のいない場所に配属される事になった。



それから数日。
城下町の大広場には国中から集められてきた食料が所狭しと積み重ね始める。
行きかう人々も何時ぶりだろうと期待と不安が入り混じった会話で持ちきりの中、
「い、いるふぉしあ・・・これ・・・おいじぐない・・・」
郷土料理でもある保存食を教えられたまま作ったはずなのに
地面を窪ませて大きな湖が出来る程の拳撃を浴びせられても尚けろりとしていたヴァッツが
今日初めて味という強敵の前に苦痛の表情を浮かべていた。
「え、えぇっ?!?!そんな?!」
作った張本人はとても驚いているが、周囲の調理人達も気になったのか王女の作った干し餅を食べてみると。
「ありゃ?!これは・・・」
「う、うーん。元々日持ちさせるのが目的だしまぁこれくらいの味にはなる・・・んですよ?」
「・・・・・そ、そうですそうです!!王女様に作って頂いた干し餅を配られる兵は幸せですよ!!」
それぞれが中々に渋い反応で弁護しようとするもそこは幼いころから大人に囲まれて国務をこなしてきた第二王女。
あまりにも上辺だけの取り繕った発言の数々に自身の作った食べ物がそんなに不味いのか?!と衝撃と共に本来の自分を思い出す。

「イルは料理がヘタ。だからもう作っちゃ駄目だよ?」

幼少期に姉からそんな事を言われて大げんかになったのはこの時くらいだろうか。
仲裁に入ろうとするも4歳半とは思えぬ腕力でのけんかに御世話役の時雨が成す術も無く、
城内総出で大騒ぎになったらしいが当事者2人はあまりの腹立たしさに何も覚えていない。

あれから料理を作っていなかったはずなのに何故今回簡単に引き受けてしまったのか。

・・・・・いや、違う。

(・・・そうだわ。あの時無我夢中で・・・)

『ジョーロン』でビャクトルの体に子種を埋め込んでいたユリアンが反乱を起こした時。

自身も満身創痍なのにもかかわらずカズキの事をずっと気にしていたクレイスを見ていて居てもたってもいられなくなったのだ。
あの時は自分の持つ全ての知識を彼にぶつけていたのだが、それが功を奏したのか今の王子はとても元気になった。

(・・・あの時私、料理してた・・・でも彼は美味しいって・・・)

何度もそう言ってくれたのをイルフォシアの耳と心は覚えている。
あれからその声と笑顔を何度も思い浮かべては何度か料理を作った・・・いや・・・それら全てはクレイスの為だった。

(・・・そうか!!)

「わかりました。美味しい料理の秘訣を忘れていたようです。ヴァッツ様、もう一度作ってみますからまた味を見てもらえますか?」
自己完結したイルフォシアの表情には自信で満ち溢れ、その言葉を受け取った甥も、
「う、うん!わかった!」
全てを察してくれたらしくいつもの元気な声で返事をしてくれた。
そう。
美味しい料理の秘訣は食べてくれる人の笑顔を思い浮かべながら作る事だ!
つまり今は甥っ子の、いや、内心お兄さんと呼んでいる彼の笑顔の為に!!

それから何度も試食が続くも兄の表情にいつもの笑顔が宿る事はなく、
「むぐむぐ・・・ぶはっ!」
暇を持て余していた姉が最側近を連れてやってきたと同時に一口食べただけで誰もがそう感じる味なのだと妹は痛感した。





 結局イルフォシアは調理から外れてそこにはヴァッツが入った。
元々迷わせの森でも自炊していたせいか平均より美味しい物を作れることがここで発覚したのだ。
しかし彼がこの場に定着した最も大きな理由。それは、
「大将軍様~助かります~!」
男手はほぼ戦力として軍に回される為調理場は女性しかいない。
それはそれで構わないのだがやはり大量の食材を大量に調理せねばならず、多かれ少なかれ力仕事というのが発生する。
「うううん!オレでよければどんどん言ってね?」
彼からすれば羽毛1枚運ぶよりも簡単であろう重労働をあっという間にこなしてくれる上に
人柄の良い少年という事も相まって非常に人気者になっていたのだ。
「ああ・・・私もあの輪に入りたかった・・・」
それを遠くから羨ましそうに見守るイルフォシア。
彼女は食材に触ると無駄な出費が出てしまうという事で現在は武具の運搬手入れを手伝っていた。
「王女様!!本当に助かります!!」
こちらはこちらで見目麗しい少女が見た目とは裏腹に相当な腕力で大量の武具をてきぱきと運んでいたので大いに崇められていた。

アルヴィーヌは手の空いている父の最側近を傍に置きつつ王城内にある王室専用の水浴場で、
「ふぅ・・・暑い中で浴びる水は最高。ここはここでいい所なのかもしれない。」
と、1人で『フォンディーナ』の長所に目を向けていた。



そんな中防衛部隊の訓練が連日行われている。
カズキは彼の希望通り無作為に選ばれた小隊の端に入隊したのだが、
訓練内でも目立った動きはなく、ただただ周囲と同じように淡々とこなしていた。
「・・・一体彼は何を考えているのでしょう?」
気になっていたマルシェはそれを初日から見守っていたのだが本当に何も目立たった行動を起こさない。
当然真剣勝負をしたウォランサも彼の行動には疑問を感じてはいたが、
「『剣鬼』の孫だからね。僕らには理解出来ない所で強さの追求をしてるんじゃないかな?」
と返すしかない。
尋ねても真意を答えてくれない以上全ては憶測でしかないのだが。
やがて彼らがこの国に到着して12日も過ぎた頃、慣れない砂漠を縦断してきた一軍が『フォンディーナ』の物見によって発見された。



5000の兵とはいえこの暑さの中を行軍する為には相当な物資と体力を消耗したはずだ。
そのせいか遠景から見える陣幕はやや規模が小さく映る。
今の彼らに最も必要なのは水であり、『フォンディーナ』の中を東西に通る大きな川こそが戦の全てを握っていると言ってもいい。
よって川上を抑えられるのだけは阻止せねばならない防衛軍はそちらにかなりの数の兵を回していた。

現在『フォンディーナ』には3万もの兵が集められている。
これは生活に重要な労働者を除いての規模な為、その気になればこの3倍は武器を持って兵と化す事が可能だった。
ただ今回は本当に久方ぶりの実践であり防衛戦な為、国民の生活を出来るだけ圧迫しない方向で作戦を進めたのだ。

暑さにも地理にも物量的にも『フォンディーナ』に分配が上がるこの戦いに『ダブラム』はどう立ち向かおうというのか?

上層部の疑念が渦巻く中、

「では明朝より我が軍は『フォンディーナ』奪還を開始する。」

という短い宣戦布告のみが届けられたという。
此度の戦は元々は統一国家である『ダブラム』の領土であり不当に占拠している王からそれを取り戻すというのが名目らしい。
「おおう?!何というか・・・大義名分はもう少し考えた方が・・・相手あっての事なんだし?」
自由王ウォランサにすらこのように返される始末だ。
ただ、これは冗談でも考えるのが面倒だった訳でもなく本気でそれを掲げているようだ。
情報によると『ユリアン公国』の時も同じ文言で侵攻したようなのだ。
「まぁこれはこれでこちらとしても情けをかける理由が無くて助かります。全軍に必滅の命を行き渡らせておきましょう。」
軍の司令官を務めるマルシェにいつもの優しさはなく恐らく彼自身も初の大きな実戦を前に気を引き締め直している。
そもそもこれが交戦中でお互いの譲歩を引き出すという場面ならまだしも
謂れのない言い掛かりのような布告を押し付ける相手に話し合う席は必要ないのだ。
『フォンディーナ』は強くこれを突っぱねれば良い。

ただ、こう言った衝突は無傷のままでは幕を閉じることはない。
理由はどうあれ国と国が矛を交えるというのはお互いがお互いの血を流し合わなくては解決に向かわないのだ。
こうして開戦が決定づけられた日の午後、


「さて。お手並み拝見といくか。」


全てを溶かすような熱い光が降り注ぐ中、
黒い外套を頭から被った男が『フォンディーナ』の上空からその盤面を楽しそうに見下ろしていた。





 じゃ~~~~ん!!!

この国でも戦の合図は銅鑼を使うらしい。
『フォンディーナ』軍は特に水場を確保するような気配のない『ダブラム』軍を真っ向から迎え撃つ陣形を整えると、

・・・どどどどどどどどど!!!

高く舞う砂塵と力強く走らせてくるラクダの騎兵、それと歩兵達。
慣れない砂漠縦断の疲れを微塵も見せない見事な攻めを展開する敵軍に矛を交える前から気圧され気味だった。

「放てぇぇぇぇいぃっっ!!!!」

そんな最前線の空気を払拭すべくマルシェは怒号で号令を出すと火矢がその集団目がけて注がれた。
しかし相手もそれが射出された瞬間軍として機敏に左手へと大きく横に駆けだす。
相当有能な指揮官がいるのか、練兵が優れているのか、着弾点にもはや兵士はほとんど残っておらず第一射はほぼ空振りに終わる『フォンディーナ』軍。
戦慣れしていない分これだけでもかなりの士気差が生まれていたのだが、
「第二の矢、いくぞ?!放てぇぇぇぃぃっっ!!」
今度はマルシェ自らが弓を取り軌道の手本を示すように先に一本の矢を上空に放つ。
それに倣うかのように城壁からまたも一斉に火矢が降り注ぐと、今度は半分近くがその頭上に突き刺さった。
更に城壁前に用意した簡易の壕と防壁からも水平に矢を射かけてまずは相手の勢いを削ごうと牽制に入る。
数に差があるので普通ならこれだけでも十分な打撃にはなるはずだが、

どどどどどどどどどど!!!

鬼気迫る5000の塊は一丸となり正面からこの国に突っ込んでくるらしい。
(まさかここまで勢いが衰えぬとは・・・これが実戦というものか?!)
この国にいる全ての人間が初陣な為、皆が同じような感想を心に秘めているのは間違いないだろう。
だがマルシェに至ってはこの国の将軍であり、それを皆の前に晒すわけにはいかない。
長い間『フォンディーナ』で読み続けられていた兵法書の通り、数で有利な以上まずは城門にたどり着かれる前に数で圧しきる動きに出る。
それを知ってか知らずかカズキの所属している部隊が、
「気を引き締めろ!!こいつらかなりのやり手だ!!!」
兵卒でありながらまるで将軍位のような物言いに全員が疑う事無くそれに耳を傾けて訓練通りの動きに戻りつつあった。
更に彼は敵中に飛び込むような真似はせず自身の部隊を守りながら前後左右に視線を飛ばしながら東奔西走している。
城壁上からだからこそよくわかる彼の動きに感心しつつも、
「騎兵隊出撃だ!!!西手前が薄い!!!そこから突貫して東へ!!!」
こちらも指揮官としての役割を果たすべくラクダ兵に号令を出す。
これだけでも3000の数を用意してあるので彼らが予想通りの戦果を上げれば勝敗は決したも同然だろう。

じゃ~~~ん!!!じゃ~~~ん!!!じゃ~~~ん!!!

銅鑼の音と共に大きな正門が開かれて精鋭のラクダ騎兵隊が堰を切って走り出す。
城門の裏にいた彼らに敵の勢いは知らされておらず、ただただ焚き付けられた闘志と国を守るという確固たる使命感によって
ラクダを走らせる精鋭達は眼前の敵を1人でも多く斬り伏せる事しか考えていない。
ただ彼らに任せきりでは効果は半減だ。
精鋭をぶつけて相手の士気を削いだ瞬間にこちらの攻撃の手を更に加える必要がある。
各部隊が騎兵の出撃の合図を拾い、それに伴って壕や防壁から畳み込むように打って出てきた。
もちろんカズキのいる部隊も例外ではない。
いくら機敏に動くと言っても相手もラクダとの混合部隊、動きは歩兵に合わせる事になる。
刃の曲がったこの国特有の剣や長柄物を手に実に5000もの歩兵が追撃をかけた。
そこに城門の上から敵の後方へ退路を断つ意味も含めて膨大な火矢が降り注いでくる。

当たろうが当たるまいがこれで指揮系統に混乱が生じない訳が無い。

演習通り、書物通りに進んでいた事に内心気のゆるみが生じていたマルシェ。
だがそこから現実に引き戻してくれたのは、
「気を緩めるな!!!無理をせず各々は確実に仕留めるんだ!!!」
尚も兵卒の身でありながら細かく仲間を鼓舞しながら自身も無理をせず仲間に合わせて剣を振るっていたカズキ。
彼がもっと前に出てあの軍に突っ込んでくれれば劇的な戦果が得られようなものなのに
ずっと自身の部隊とその周囲に気を配りながら動いている。

その日『ダブラム』の軍が『フォンディーナ』の精鋭騎兵隊による突貫を許してしまうと彼らはそのまま
後方へ引き上げて行き、初日は間違いなくマルシェ達の大勝利で幕を閉じた。





 その夜は祝勝会としてささやかな宴が設けられるも
初めての実戦でもあった彼らは戦死者との向き合い方にやや困惑していた。
結果としては大勝利だった。
それなのに親しい友人や家族を失い悲しむ者がいる。
喜びたいはずなのに諸手を上げて喜べない板挟みの感情をどう逃がせばいいのか誰もわからなかったのだ。

「心一杯に喜べとは言わない。
だが、国と家族を守り通した者達へのせめてもの手向けだ。今夜だけは杯を一杯だけでも飲み干してやってくれ。」

見かねた王が短くそう言い放った事でやっと宴に炎が灯り始めた頃。
「なんと・・・ううむ・・・」
カズキが兵卒として参加していた部隊とその周辺だけ極端に犠牲者が出ていなかった事がマルシェの耳に届いて来た。

更に、
「いいか。お前は長柄物を持っていて更に視野が広い。
自身の手柄なんぞ忘れて仲間に横槍を入れる事をもう少し考えるんだ。そうすればもっと部隊としての力が上がる。」
弔いなどそっちのけでカズキの周りにはその部隊長と共に彼の話を真剣に聞き入る者達が座り込んでいた。
「だ、だったら俺もそっちを手にした方がいいんでしょうか?」
「いや、あんたはその曲刀を上手く使いこなしていた。少し命を張る事にはなるが前線で斬り込んでくれたほうが
全体としては助かるはずだ。まぁ怖いのが嫌なら無理強いはしないが?」
わざわざ自身の部隊の1人1人に彼の目から見ての助言を与えていたのだ。
まだ12歳の彼の言葉に誰一人嫌な顔をせず耳を傾けるのには今日一緒に戦ってその強さを十二分に実感したからか、
それとも前回国王と真剣勝負を行った『剣鬼』一刀斎の孫と知っているからか。
どちらにしてもこの一日で彼は絶大な信頼を得た事は間違いなさそうだ。

「あれが彼の目的だったのかな?」
少し離れたところで王の周り以上に人だかりになっていたカズキを見守るウォランサが
隣にいるマルシェにぽつりとつぶやいて見せるも、
「さてどうでしょう・・・ただ、彼の声は城壁の上にもよく届いていましたし彼のいた部隊の動きは別物のようでした。」
そこまでは見てきた事実だ。
本当の所、彼が何を思って兵卒としてあそこで剣を振るっていたのかは未だによくわからない。
ただ今日の戦果だけで判断出来るのは彼のおかげでこちらの犠牲が少しは抑えられたという事だろう。
こちらの死者が150人弱、負傷者が300人に対して相手は500人の死者と800人近い負傷者を置き去りに退却していった。

明日からどうなるのかはわからないが少なくとも初日で既に相当な差がついたと感じたマルシェ。

『トリスト』の妹王女の方は戦慣れしているらしく、明日への元気づけのような立ち位置で兵士達に直接声を掛けて回り、
大将軍は逆に少し落ち込み気味だ。それを姉の王女が頭を撫でて元気づけている。

こうして初日は水場への移動だけを警戒させつつ、夜はふけていった。



彼の軍は既に1/5を失っている。
もしかすると今日は来ないのかもしれないと思っていたが昨日と同じ時間に軍影が見えてきた。
(まだやる気はあるか。それならこちらも・・・)
心の中では近づきつつある勝利を確信しながらも、しかしそれを気取られる訳にもいかない。
国として数十年ぶりの実戦、マルシェとしては今後の為にも自身だけではなく兵士一人一人の心身にも刻み込んでほしかった。

これは決して油断ではない。

だが今日現れた『ダブラム』の軍勢、推定3700人程は昨日と全くの別物としてこの戦場に現れた事をこの時誰も理解出来なかった。





 昨日はずっとカズキの周りが人だらけだったので遠慮していたヴァッツ。
だが今朝、彼はアルヴィーヌと共に珍しく表情を曇らせながら詰め寄っていた。
「カズキ!!無駄に戦うのは良くないよ?!オレが出て行って何とかするんじゃ駄目なの?!」
「駄目だ。」
「あれらに任せてたら私が早く城に帰れない。さっさと魔術で全滅させちゃ駄目なの?」
「駄目だ。」
2人の全く違う理由と提案を短く断るカズキ。
しかしてんでバラバラな意見に断りを入れてからおかしくなって少し口元がにやけてしまう。
「なんで駄目なの?!って何がおかしいの?!」
これが余計に感情を逆撫でしてしまったのか更に珍しくヴァッツが強く反論するも、
「だったら昨日の内にお前が飛び出していけばよかったじゃねぇか。何でそれをしなかったんだ?」
彼にはある程度の自信と確信があった。
ヴァッツという少年は自分の言い分をきちんと聞いてくれるだろうと。
それがわかっててこの物言いをしたのには更なる理由からなのだが。

「それは・・・カズキが手を出すなって言ったから。」

そう。彼はカズキを自分が思っている以上に信じてくれているのだ。
ならばこちらもその信頼に応えなければならない。
「だったら今日も一緒だ。手を出すな。」
「私は?あれだけ固まってくれてるんならどーんと吹き飛ばせるよ。」
それとは別にアルヴィーヌという少女は本当に自分の事しか考えていない。
まるで鏡を見ているかのような錯覚に囚われるカズキが反面教師としてその言動に苦笑いを浮かべながら、

「お前のは本当に駄目だ。ってかヴァッツ。
昨日俺の言った通り手を出さなかったのは俺が言った事に何かあると感じてくれたからだよな?」

カズキもヴァッツの本心に応える為、真剣な表情で彼と向き合う。
「え?・・・うん。そうだね。カズキがそう言うんだから何かあるのかなって。でもそしたらめっちゃ人が死んでるし!!」
「この甥っ子は本当に・・・あのね?戦ってのは・・・」
「待った。そこは俺から説明させてくれ。」
アルヴィーヌが呆れて口を開けかけた時、カズキが素早くその軽い口を手で抑えた。
それこそ何かを察したのかいつもの我儘王女も黙ってこくりと頷くと、

「なぁヴァッツ。確かにお前は強い。お前が助ければ誰もが命を落とさずに済むかもしれない。
だがそれはお前の手が届く範囲の中だけだ。お前のそばにいる王女達やクレイス、『トリスト』の連中はそれでもいいかもしれない。」
彼にしては珍しく優しい口調で丁寧に説明していく。
「そう考えてこの国はどうだ?『フォンディーナ』っていう国は俺やお前じゃ王女達に抱えて飛んできてもらっても半日近くはかかる遠い国だ。
もし俺らがまた船と馬車でここに来ようと思ったらどれだけの月日がかかると思う?」
「・・・・・」
「前に旅で来たからわかるだろう?俺達はこの国の人間じゃないし救援の手を差し伸べるにしてもかなりの時間がかかるんだ。
それを今お前があっという間に助けてしまえばいざという時『フォンディーナ』の人間はお前の力だけを頼る事になって自分で自分の身を護れなくなる。」
「・・・そんな事は・・・」
「あるね。なるほど。カズキは中々に頭が良い。」
心では理解していてもすぐに頷けないヴァッツに代わってアルヴィーヌは素早く理解してこくこくと頷いている。
「はは、ありがとよ。ま、アルヴィーヌもこう言っている。本来国を護るっていうのは誰か一人に任せるもんじゃない。
国に住む皆が一丸となって自分達の生活を護る為に戦わなきゃなんねぇんだ。俺はそう思う。」
と、静かに語ってはいるがこれは別にカズキが昔から持っていた考えでも知識でもない。
こう思うようになったのは本当にごく最近。
きっかけは他にもあるのだが『トリスト』へ兵卒として軍に加入したのが何よりも大きいだろう。

「ここでお前の力は強すぎるんだ。
だから兵卒に混じってあいつらに戦い方を実践で叩き込もうっていうのが俺の考えであり俺が『フォンディーナ』に残したいものなんだ。」

彼らとの旅が始まる前には考えもつかなかった自身の思いを改めて口に出してから少し気恥ずかしさを覚えるカズキ。
しかしこれだけは。
自分を信じてくれるヴァッツには嘘偽りのない言葉で伝えたかった。
「・・・・・」
「ちょっと感動した。カズキ目つきと口の悪いどうしょうもない奴だと思っててごめん。」
相変わらず一緒にいる王女の方が理解が早いらしい。
いや、ヴァッツも決して頭は悪くない。理解は出来ているはずだ。
あとはどれだけ彼自身の中で折り合いを付けてくれるかどうか・・・
「いや・・・口の悪さはお互い様、というかアルヴィーヌ程じゃないと思うけどな?目つきはまぁ・・・うむ。」
唯一自分の身体部分で少し気になっている所に話が行ったのでつい乗ってしまうも、
「・・・・・わかった。ちょっとまだよくわからない部分もあるけど、カズキの強い想いは伝わった。
今日もオレは見守っているよ。」
全てを信じて話をした価値は十分にあった。
ヴァッツの力強い同意を貰った事でカズキの闘志には昨日以上の大きな炎となって燃え上がる。

「おう!!あ、でも1つだけ我儘を言わせてくれ。俺も別に『フォンディーナ』の人間に死んでほしい訳じゃないんだ。
だからあまりにも劣勢になりそうな時は悪いけどお前を呼ばせてもらうから俺の声が届く所にはいててくれよな?」

昨日の流れからして恐らくは大丈夫だろう。
だが油断は出来ない。自身も戦というのはまだまだ不慣れなのだ。
念には念を入れて誰よりも強い友人にそう伝えると、
「うん!!!すぐに駆け付けるよ!!!」
「えー?私は?」
「お前は魔術で敵味方関係なく吹っ飛ばしそうだから本当に駄目だ!大人しく最側近のおっさんを連れて後方で水浴でもしててくれ。」
正直姉の魔術というのも相当凄いらしいので見てみたい気持ちは強くあるのだが今はその時ではない。
「えーー・・・まぁいいか。水浴は楽しい。」

これが二日目開戦前の3人のやりとりだった。





 『ダブラム』の部隊は明らかに数を失っていた。
そして昨日の今日で疲れと士気は下がっていたはずだ。
だが砂煙を上げて『フォンディーナ』に近づいてくる軍勢を見てウォランサとマルシェ、カズキは妙な違和感に囚われる。

(・・・昨日より・・・ずっと動きが良い?)

ラクダと歩兵の混成部隊にあるにも関わらずその速度は全員は騎乗し全速力で移動しているかのようだ。
ただ王と将軍はそれ以上の事はわからず、最前線にいた兵卒のカズキだけは過去の記憶からその異様さに、

「ヴァーーーーーーッツ!!!!あいつらを止めてくれっ!!!!!!」

戦闘狂の本能が敵兵との交戦に危機を察知したのだ。
友の尋常ではない叫びに城壁を軽く飛び越え、
背に『トリスト』の紋章が入った外套をばささっと翻して現れたヴァッツの姿に誰もが釘付けになる。
「カズキが呼んだって事は相当なんだね。・・・あの時みたいに失敗しないようにしないと!」
【今のお前なら大丈夫だ。思い切り力を振るうがよい。】
ヤミヲの声に一瞬自陣がざわめき立つも彼がお墨付きを出したのなら心強い。
(あの部隊・・・あれからは『ユリアン教』騎士団と同じ臭いがする)
カズキが彼を呼んだのは他ならない。
敵勢から生きた気配を感じなかったからだ。そしてそれは過去に何度か遭遇した物と記憶が合致した。
生死すらわからぬ痛みを感じない集団と『フォンディーナ』の軍勢がぶつかればその犠牲は計り知れないものになるだろう。
(理由はわかんねぇが・・・誰だ?あれを操ってるのは?)
『ユリアン公国』は既に崩壊したという話は聞いていた。
となれば『ダブラム』がその邪術を手に入れて使役でもしているのだろうか?
考えを張り巡らせていると心強い友人は両手を大きく広げ始め、

「すぅぅぅ~~・・・・止ぉまぁれぇぇぇええええええええっ!!!!」

大きく吸い込んだ空気を大声で吐き出しながらその軍勢に向かって吼えた。
彼自体は敵の方向に向いていたにも関わらずその声は後ろにいた『フォンディーナ』国内全員の耳に届き、
空気は激しく揺れて小さな地震と突風のような現象が起きていた。

そして正面にいた『ダブラム』部隊は全員が大きく後方に吹き飛ばされてもやは陣形をなしていない。
もちろんその衝撃をまともに受けたのだから怪我が心配されるところだが何よりも、

「・・・あんな大声を真正面から聞いたら耳がおかしくなっちゃうよ・・・」

城壁で周りと同じように両手で耳を塞いでいたウォランサが呆れて呟いている。
彼の声からか、他の力が作用したからか。
全く起き上がってくる気配のない軍勢を見守りながらカズキもヴァッツの背中越しに様子を覗いていると、

「はっはっは。噂以上に面白い少年だな君は。」

強い日差しが降り注ぐ方向から軽快な笑い声と共に男の声が降りてきた。
この暑い砂漠の中で黒い外套を頭から被っていたその男。
やはり戦闘狂の勘がいち早く走ったカズキは、
「全軍撤退だ!!!!!城内へ走れ!!!!!!」
間違いない。
ヴァッツが戦う事を決めたという黒い衣装を身に纏った男。
どういう理由かはわからないがそいつが今目の前に現れたのだ。
軽く拳を振っただけでその余波によって数百の死者が出るかもしれないという本能。
国王や将軍を差し置いての彼の行動は大いに問題があるが、しかしだからといって今この場でそれを咎める者は誰もいない。
カズキの命令に近い撤退を信じて疑わない兵卒達は慌てて城内へ逃げ込み、

「あれ?オレの事知ってるの?」

最前線では大将軍が問題の男と対峙していた。

「当然だ。『ヴァッツ』という少年は我々の中では触れてはならない者として唯一名が上がっているからね。」

仲間を全員退避させた後カズキも城壁にいるウォランサとマルシェの元に走ってきて
彼らの動向を遠巻きながら見守る体勢に入る。
「・・・君にしては即断だったね。あれはそんなに危なかったのかい?」
咎めるというよりも個人的な意見として尋ねる国王に、
「ああ。俺やウォランサがあいつら100人程度を相手にするくらいならよかったが
『フォンディーナ』軍としてあのままぶつかってたら仲間が大勢死んでた。」
自国の兵士達を『仲間』と呼んだ彼に国王と将軍が二人で顔を見合わせるもカズキにとって今はそれどころではない。
「それよりもあいつ。ヴァッツを本気にさせる男だ。
もしかすると『フォンディーナ』が半壊くらいはするかもしんねぇが悪く思わないでくれよ?」
知らない人間が同じ言葉を発していれば到底信じるに値しない誇張表現だが、
開戦前からヴァッツに助けを呼び、部隊を速やかに撤退させて今ここにいるカズキが悪い冗談を言うとはとても思えない。
「黒い人・・・とヴァッツ様は仰ってましたね。あれにそれほどの力が?」
「わからん。俺も見るのは初めてだが戦おうとは思わないな。それくらいの差を感じる。」
これも負けず嫌いな彼の口からは中々に出てこない発言だが、今はそんな事を気にする余裕がないほど2人を凝視している。
ただ、この戦闘狂がここまで用心に徹しているにも関わらず、
内心兄と慕っている少女は彼の雄姿を見たいが為に皆とは真逆の行動を取り始めていた。





 (まさか本当に間近で戦えるのを見れる日が来るなんて!!)
ヴァッツが参戦し、大吠えした声は当然『フォンディーナ』国内全域に届いていた。
ただ事ではないと察したイルフォシアはすぐさま飛んでその方向に向かっていくと、
そこにはヴァッツと黒い外套の男、その更に後ろには吹っ飛んで動かなくなった有象無象が転がっている。
速やかに彼の傍に降り立つと2人が何か会話をしていたようなのでそちらに耳を傾け始めるイルフォシア。
「ああ。君がセイラムの・・・」
こちらを見て一瞬そんな名前が出てくるも彼の興味はやはりヴァッツにあるらしく、
「おっちゃんって誰なの?オレが前に見た人とは違うよね?何か似た格好はしてるけど。」
「ああ、君が前に見たっていうのは東の大森林と呼ばれている所でだね?彼はまた違うね。」
現在目の前にいる男はヴァッツを殴りつけた男ではないという情報から似たような人物が他にもいるという物が手に入ると、
「あんたの名前と目的は?」
「?!」
いつの間に隣にいたのか、アルヴィーヌまでもが覚醒状態でこの場に参戦していた。
「名前はあってないようなものなんだが。そうだな・・・フェレーヴァとでもしておこう。」
「よろしく!!フェレーヴァ!!」
しかし姉が珍しく真剣な態度を取っているのに兄は普段通りに握手を求めに行こうとしたので
その長い外套を掴んで無言で後ろに引き戻される。
「で、フェレーヴァは何の用事でここに来たの?」
本当に珍しく姉が美しい顔から鋭い目線を送って問い詰めているのでいけない事だと知りつつも内心どきどきしていると、
「うむ。『ダブラム』の大陸統一の為に少し手を貸していたんだが、まさか東からわざわざ君達がやっきたのは想定外だった。」
という事は今回の指揮者に当たる人物ということか?
後ろで大きく吹き飛ばされていた『ダブラム』兵達がもぞもぞと動き出したのを尻目に、
「オレはこの国を守るためにやってきたんだ。だから何もせずにこのまま帰ってほしいんだけど?」
大将軍は自身の使命を堂々と伝える。
正直黒い衣装の男に対しての印象は最悪だったので話し合いにすらならないだろうと決め付けていたイルフォシアだったが
彼らの中にも理性という言葉を知っている者がいたらしい。
「タダで、というわけにはいかないな。いや、金品が欲しいわけじゃないぞ?そうだな・・・」
フェレーヴァという男は思いのほか柔軟な思考を持っているらしく、
力ずくで国を落とすという選択肢から別の方向に模索しだした。そして、
「ならば私と戦って勝てたら引き上げよう。どうだ?」
「・・・・うん!!わかった!!」
以前と違い覚悟を決めていたヴァッツはその提案をすんなりと元気に受ける。
これにはイルフォシアも内心大喜びしていたが、
「でもオレは人を傷つけたくないからオレのやり方でやらせてもらうよ?」
「おお?構わないが・・・私はそれなりに強いぞ?」
受け取り方によっては下に見ているような発言に驚くも嫌悪感はないらしいフェレーヴァ。
「うん。大丈夫。じゃあどういう方法で勝負する?」
「そうだな・・・先に拳を当てたほうが勝ち、というのはどうだろう?」
見ればその手も黒い手袋をしていて彼の皮膚の色すらわからない。
強く拳を作りぎゅっと革が絞られる音が鳴ると、
「いいよ!!拳か・・・よし!!!」
心優しい彼が人に拳を打ち込むという行為が果たして可能なのかどうかはわからないがお互いが同意したところで、

「では早速始めよう。2人の少女は邪魔なので出来れば離れてくれないかな?」

一言だけこちらに注意を促すと恐ろしい殺気と共に力の込められた拳がその直後に放たれた。



・・・・ぼわっっっ!!!!・・・・ザザザザザザザざざざざ・・・・ぁぁぁぁ・・・・



一瞬で周囲の砂が四方に弾け飛び、辺りに転がっていた『ダブラム』の軍勢もその衝撃でより後方に吹き飛んでいた。
彼とヴァッツを中心に『フォンディーナ』の闘技場がすっぽりと入りそうな球体の形が浮かび上がっていて、
この国の人間ですら滅多に見る事の出来ない砂地の更に下の湿った大地が僅かに姿を現す。
周囲にはフェレーヴァの放った拳によって巻き上げられた砂が雨のように降り注ぐ中、
黒い革手袋のそれをヴァッツの左手がいとも簡単に掴んで止めている。
「これは・・・・・」
「凄いねフェレーヴァ。じゃあ今度はオレが・・・オレが・・・」
【自身を持て。操られていたクンシェオルトとの戦いを思い出すのだ。】
「?!」
本当に突然現れるヤミヲは知らない者にとって驚愕の対象でしかない。

一瞬顔が隠れていたにも関わらずその声に反応したのが遠目からでもはっきりとわかる。
激しい衝撃と暴風に巻き上げられつつも上手く旋回して上空に逃れた王女姉妹はそんな彼らを見届け続ける。
「あの時か・・・うん。じゃあいくよ!!」
覚悟を決めたヴァッツがいよいよ相手の拳を掴んだまま自身の右拳を突き出した。


すぅ~っ・・・・・・・・・・


だがそれはあまりにも遅く避ける避けないという問題にまで至らない。


簡単に止められそうな彼の思いが詰まった拳はフェレーヴァの頬に届くまで数秒はかかるだろう。
しかし黒い外套を頭から被っている男の表情は読み取れない為何を考えているのかはわからないが、
そのゆっくりとした拳を何故かわざわざ自身の体を傾けてまで貰いに行く。
(お兄様!!そこは当たった瞬間全力で捻りをつけて押し放つです!!)
敬愛すべき兄が完全に舐められていると感じたイルフォシアは上空から全力で応援するも彼がそんな行動に出るはずもなく、
柔らかく頬に当てられたフェレーヴァも当然のように無傷で、しかしその拳が触れた状態で一瞬固まったかのようにも見えた。

やがてゆっくりと体を起こした黒い外套の男は軽くため息をつくと、

「なるほど。今回は私の負けだ。」

???

周囲から見ても砂漠を撒き散らすような衝撃を生んだわけでもなく相手に多大な傷を負わせたわけでもない。
なのに彼はあっさりと負けを認めると生きているのかどうかわからない自軍の動いている者だけを従えて南へ退却していった。





 結果として『フォンディーナ』の南側に大きな窪みが生まれ、
150人ほどの犠牲者を出したものの『ダブラム』の脅威は去ったのだ。
二日目の出来事に関しては理解できている者のほうが少なかったが、
「いや~!とにかく目出度いね!!今日は本当の祝勝会だよ!!」
国王が大いに宴を盛り上げて国全体が戦勝に浸る中、

「へぇ~。そんな話をしてたのか。」

遠すぎて会話までは聞き取れなかったカズキが王女姉妹とヴァッツから決戦の事情を聞いて感心していた。
「ヴァッツ様も少し武術の修練をされるべきです。そうすればあの男も消し飛んでいたでしょう。」
最近になって思ったがこの姉妹、特に妹は美麗な外面や社交的な部分とは裏腹に実は姉よりも過激な部分がある。
「でもあいつは負けを認めてた。そんな事をしなくても私の甥っ子は強い。」
そして姉は世話焼きなのか、わりとヴァッツの面倒をよく見るし彼を自慢げに話す事が多い。
(どっちに好かれても大変だなぁこれは。)
2人が聞いてもいないのにどんどんあの時の状況を説明してくれるのでただただ聞くことに専念していたカズキの隣に、
「フェレーヴァという男と黒い外套の男達か。これらは国を挙げて調べ上げておくよ。」
人智を超えた力を目の当たりにしたウォランサも普段の軽さはなりを潜めて真剣に答えている。
「しかし私は今回の戦、カズキ様が戦功第一位だと思いますよ。」
自分では何かをやった覚えは全く無く、むしろ将軍や国王を差し置いて前線をさっさと引き上げた事で
大目玉を食らうものだとばかり思っていたのだが何故かマルシェは彼に今まで以上の敬意を払うようになっていた。
「う、うーむ。俺は何もしてないんだけどなぁ・・・」
あの時皆の安全を必死で確保しようと動いていた為自身の言葉にそれが表れていた事も知らないカズキは、
珍しく遠慮気味に将軍の申し出を断ろうともがいていた。
しかし結局それは叶わず仕方ないので彼が唯一頭が上がらない国王に何となくその発言を止めさせるように耳打ちするも、
「ん~?でも君は本当に我が軍の事を考えて戦ってくれたじゃないか。大将軍様や王女様にも聞いたよ?」
「なにぃぃっ?!?!」
思わぬところに敵兵がいた事を知って驚きつつ声をあげるも、
「うん!!カズキは『フォンディーナ』の為に最前線で戦ってた!!んだよね?アルヴィーヌ?」
「うんうん。カズキは結構いい奴。」
2人の性格から決して彼らから自慢げに吹聴したりはしなかったはずだ。
ということは素直ゆえに聞かれたことを何でもほいほい答えてしまったか・・・
口止めなどは微塵も考え付かなかった自身の甘さに落胆するも、
「私も姉さんとお兄さ・・・ヴァッツ様のお話を聞いて少し感動致しました。
クレイス様も貴方のような方が傍についておられたら将来安泰ですね。」

まずい。

決して意識しているつもりはなかったがこのまま変な印象を持たれてしまうとこの先動きづらくなる・・・
まだまだ強さの追求を望んでいるカズキにとってこのような人物像は作って欲しくないのだ。
祝勝会で大いに盛り上がって隣の人間の声すら届かないような騒がしさの中、やがてたどり着いた答え。
いや、元々持っていたもう1つの目的を話す事で
ようやく彼らは納得して以前と同じ視線を向けてくれるようになるのだった。







それから10日後。
『フォンディーナ』に『ダブラム』の軍勢が全滅した旨と当面侵略を行わないと認めた書状が正式に送られたという。

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