闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -歪んだ心-

 自身の身体を完全に失ったユリアンは唯一自分の子種を植え付けた信者の生き残りである
カーディアンの体を使って『ネ=ウィン』国内で情報を集めようともがいていた。
彼は決して欲望を満たす為だけに少年少女を囲っていた訳ではない。
自身の命とも呼べる子種をそれらに植え付ける事によって意志を移せるようにしていたのだ。
しかし現在、西の大陸に残していた手駒はどういう訳か全て殺されていた。
人間から見た限りでは彼の子種が入っているかどうかはもちろん、
ユリアン教徒かどうかさえわからないように偽装させていたはずなのにだ。
この様子だと復活の儀で未だ人間の形にすらなっていなかったであろう本体も恐らく処分されているだろう。

決して油断があった訳ではないがそれでも現在唯一子種を植え付けた人間が彼女しか残っておらず、
連絡も一々何かしらに書き写す方法しか取れない。
小国とはいえ一時は国民を擁するまで膨れていたユリアン教もこのままでは消えていくのみ。

自国に戻って立て直すか、この大陸で新たに勢力を作り直すか。

いや、西の大陸にはあの隻腕の大男がいる。
一体何者なのか知識のないユリアンには見当もつかなかったが、
そうなるとやはりここから少しずつ手駒を増やしていく方法が堅実だろう。

方針を決めてから『ネ=ウィン』国内で生活すること2か月。
今や国内はとある戦士の噂でもちきりだった。
突如現れた国の新星センフィス。
入軍と同時に皇子ナルサスの側近として重く用いられ始め飛行部隊の中でもずば抜けた戦果を上げたという。
話というのは尾ひれ背びれが付くものだが。



ある日大通りから一本入った人気の少ない裏通り。

武具屋の前を通ったユリアンはそこで初めて彼を目撃した。
決して武具などに用のない彼がたまたま通った時に店内にいた男。
しかし神の目からは彼より彼の持つ強大な力に目が釘付けになる。

(ま、まさか・・・・・神器?何故この世界にそのようなものが・・・?)

天界では下位であったユリアンでも人間よりは優れている。
ふと威容な力を肌で感じた彼はここ数日界隈を歩き渡っていた。そして今日。
その正体を探る事に成功した訳だが・・・

恐らく彼がセンフィスなのだろう。
どうやってそれを手に入れたのかはわからないが、
神が作ったとされるその武器を果たして人間ごときが扱えるものだろうか?
いや、扱えているからこそ今国内は彼の話で持ち切りなのだろう。
店の外に並んでいる武具を品定めする体で中にいる彼を観察するユリアン。
するとどこからか女が数人集まってきて店内に入って行くと、
「センフィス様~!こちらに戻られるのなら事前に連絡を下さいよ~。」
「そうですそうです!!私達首を長くして待っていたんですよ!!」
彼はまだ若く独身だ。
そんな彼の心を射止めんと近所の町娘達がこぞって接近している。
新進気鋭の彼の妻にもなればそれこそ地位も名誉も財までもがついてくるのだ。
必死になるのも無理はない。

外でそんな様子を見ているとふとセンフィスがこちらに気が付くと彼女らの間を縫って店の外に出てきた。

「あの、何かお探しですか?」
カーディアンの体を使っていたユリアンは意識を彼女に戻すと必死で気配を消す。
相手は神器の持ち主だ。
ばれているのかもしれないが、
ここは念のためカーディアンに代わってこの場を切り抜けさせようと判断したユリアン。
しかし事前の打ち合わせなどは一切していなかった為、この先は彼女の判断力に委ねられる。

「・・・いいえ。」

元々口数の少ないカーディアンは不愛想に一言だけ放つとその場を立ち去ろうとした。
お互いがお互いの意識で体を使っている時に外の状況が何もわからない為、
いきなり見た事もない武具屋で見た事もない青年に声を掛けられる。
必要以上に驚きの様子を見せなかっただけでも彼女は大いに称えられるべきだろう。
「あ、あの!俺、センフィスって言います!もしよかったらこの後お茶でもどうですか?!」
ところが彼の方が彼女に興味があるらしい。
声を掛け慣れていない様子で誘ってくるので困り果てるカーディアン。
店内からこちらに注がれる視線も冷ややかで体によろしくない。
「ごめんなさい。急いでますから。」
彼の事を知っている女性ならまず断らないであろう誘いを静かにあしらうと彼女はそのまま店から去っていった。





 元々少女の頃にユリアンの妾だったカーディアンは器量が良かった。
しかし外套を頭から深く被っていた為その素顔はほとんど見えなかったはずだ。
「センフィスか。やっかいな男に目を付けられたな・・・」
この国は戦闘国家な為、その系統に関しては様々な情報が手に入る。
何せ井戸端会議ですら内容は戦いの事なのだ。
言葉を覚えたての子供から老人までがその知識にあふれているこの街で
何とか隻腕の男くらいは調べておきたかったが。

手にしたカーディアンの報告書を呼んだユリアンは決意するとその日の夜には西に向かって歩き出していた。






「おんや?さすがにもう買い出しにいかないとねぇ・・・」
老婆が営む診療所では在庫確認をしていた時ふと面倒臭そうにアビュージャが呟く。
「何が足らないんですか?」
すかさずショウがその瓶の中身を覗こうと顔を向ける。同時にサーマもショウの脇から顔をひょっこり出すと、
「うんむ・・・解熱剤で使ってたせいか白茸がねぇ・・・ほれ。」
見てみると茸の傘が一枚だけ大きな瓶の底に姿を見せた。
「・・・御婆様。何故もっと早くに仰って下さらなかったのですか?これでは・・・」
かなり勉強していたショウの知識から考えても恐らく3人分が限界の量だ。
一家で熱を出すような状況に遭遇すればその他は対処出来なくなる。
「いやぁ。年が明けてからばたばたしとったからねぇ・・・仕方ない。
ショウ、ちょっとロークスに行って買ってきてくれんかの?」
思えばヴァッツ達が帰ってからもずっと忙しく、あっという間に時は3月に差し掛かろうとしていた。
主に『シャリーゼ』復興に携わっている労働者が患者の殆どを占めていた為、
対処としては怪我の手当てが多かったのだが、熱を出す者もいる為この白茸は今すぐにでも補充する必要がある。
しかしふと、
「代替品の白草はないんですか?」
確かあれにも解熱効果があり干したものが瓶に入っていたはずだ。が、
「ああ!あれも在庫がなかったわぃ!!ついでじゃ、それも買ってきておくれ。」
「・・・・・」
年のせいか忘れやすくなってきてると自分では言っていたがまさか代替品までもが底をついていたとは。
主治医はあくまでアビュージャの為、雑用と補佐ばかりしていたショウはここにきて少し後悔する。
(今度からはもう少し仕事に目を通す必要がありますね。)
「そうだ。サーマも連れて行っておやり。
ロークスは『シャリーゼ』に負けず劣らず栄えた都市じゃ。少しは楽しんでおいで。」
彼女なりに優しさを見せてくれるが解熱作用の薬を切らした状態で診療所は大丈夫なのだろうか?
だがそれを聞いたサーマは満面の笑みを浮かべて喜んでいるのでそんな疑問などは全て忘れるショウ。

(まぁいざとなれば自分が走って・・・いや、まだイフリータがいないのか)

一般的な少年並みの身体能力に落ちていたショウは自身の中に眠る魔族の目覚めを心待ちにしつつ、
次の日の早朝にはサーマと2人で東の交易都市に向かって馬車を走らせていた。





 のんびり馬車を走らせていると道中で3月に入った。
久しぶりの旅であり初めてサーマと出かけるという喜びに思わず目的を忘れそうになるショウ。
特に悪天候に見舞われることも無く10日ほどでロークスに入ると中は人でごった返しになっていた。
(そうか。『シャリーゼ』が滅んだから国民が・・・)
ロークスの人々と違う衣装に身を包んでいる人々は国を離れた者達だ。
商業国家として成立していた為に基盤となる街がなくなってしまったら彼らは収益が得られない。
なので新天地にて商売を再開させて何とか食いつなごうとしているのだろう。

そんな事を考えていると隣に座っていたサーマが一軒の店を指差した。

そこはかなり大きな建物で、看板には薬草、医薬品取り扱い店と書かれている。
まずは診療所で必要な白茸と白草も購入して一度宿にそれらを預けてから街を歩いてみよう。
サーマにもそう伝えると頷いて返事を返す。
相変わらず彼女は言葉を話せないままらしい。
どうしてもやりとりが必要な時はウンディーネが代わりに会話をするのだが、
ショウとしてはいつか本人と言葉を交わしたい。

彼女が言葉を取り戻すのが先か、ショウの中にいるイフリータが目を覚ますのが先か。

お互いが焦る事無く共にすごして4ヶ月が経とうとしていたこの日。
ロークスでは市民達の我慢が限界を超えようとしていた。







ショウは王女の側近として彼女の補佐をしてはいたが1つだけ全く触れていない箇所があった。
影の支配者達との交流である。
ここは非常に大きな利権がうごめいていた為王女も他との接触を極力避けさせ、
その手綱をしっかりと握る為に細かな法律を作り上げていた。

しかし『シャリーゼ』が亡くなった今、
復興に時間を要すると踏んだ彼らはいち早く自身の財を守り、そして増やす為に他国への干渉を始める。
その中の1つがここロークスであった。

「だから私は反対したのです!!!」

この街を守る政務長ケディは今年39歳。
茶色い短めの髪は肩にかかる事はなく、
現在は激昂して表情に激しい怒りが現れているが顔立ちは整っており器量は良い。
実際若い頃は村で評判だった。
基本的に『ジグラト』という国民性から事なかれ主義が蔓延する中、
彼女は非常に苛烈な激情を議会室で発散していた。
「しかし政務長!彼が来てから目に見えて都市の収益は上がっている!
『シャリーゼ』が無くなった今、ここが第一の商業都市になるのを周辺国も期待しているんだぞ?!」
『ネ=ウィン』から軍事力を提供されている為完全に飾り物となっている防衛長が必死に説得を試みるも
彼女の怒りは収まるはずもなく、
「だからといって市民を奴隷のように扱うのを見て見ぬふりを続けろというのですか?!
今すぐに独占、いや、独裁的事業方針への楔となる法を打ち立てるべきです!!!」
議会室は彼女の非難が怒声となって響き渡るも誰もがそれを止める、もしくは無言を貫く事で反対意志を示していた。



『シャリーゼ』を世界一の商業国家にまで発展させたのは莫大な資産を持つ5人の実業家。
その1人がここロークスで自身の事業を展開し始めたのが3か月以上も前になる。
最初こそほとんどの人間がそれを喜んで迎え入れたが、
彼らは基本的に飽くなき欲望を満たす為だけに金を稼ぐ。
アン王女はそれらの人間性を鋭く見抜き、国を挙げて彼らの人成らざる非道を抑えるべく法律で行動に制限をかけまくった。
労働者達と国庫、実業家達の財を調整し、三者の不満と利権を上手く調整していたのだ。
だがその楔が亡くなった今、彼らを止める者は存在しない。
そもそも実業家達も自分の基盤を崩されたのだ。
金を儲ける事が本能となっている獣たちは愛国心など存在する訳もなく、
自身の財を守る事、そして増やす事を求めて新天地に向かっていった。

今、都市の内側から人々の平穏を食い破っている実業家の一人を止める為に
ロークスでは何度目かわからぬ議会が開かれていたのだ。





 しかし議会を重ねれば重ねる程反対意見が消沈していく。理由は1つ。
「・・・・・では今日の議会はこれまでということで。」
議長がケディの訴えなどなかったかのように閉会すると議員達は逃げるように退室していった。
恐らくほとんどが賄賂漬けにされているのだろう。
呆れと怒りで表情が定まらない中、ケディも手元の書類を片付けると重い足取りで退室する。
(このままでは・・・)
最悪の事態が頭を過るもここまで実業家の息が蔓延しているとなると覆すのは至難の業だ。
賄賂を受け取った者達を全て断罪するにしても
実業家の動きに制限を掛ける法を立てるにしても莫大な労力と時間を要するだろう。
更に奴隷のような扱いを受けている市民達もここの所連日で反対運動を起こしている。
国や他人への配慮に欠ける実業家は利益に納得いかなくなれば見切りをつけて早々に別の土地にいくのだろう。

どこから手を付けても難局が待ち構えている、そんな判断を迫られるケディ。
いや、そもそも一都市の政務長ごときではもう手に負えない状態だ。
かといって国王も国を代表する程の事なかれ主義者。もはや希望は何もないのか。
「お母さん!・・・随分悲しい顔をしてるわね?どうしたの?」
自室の机に座って頭を抱えていると愛おしい娘が勢いよく扉を開けて入ってくる。
時々村から買い出しの為にこの街に来てくれるのだが最近はその頻度が上がっていた。
愛する娘に会える喜びが増えていた為それはそれで嬉しいケディは立ち上がってお互いの手を取り合うと、
「ちょっとね。仕事が上手くいかなくて・・・
最近貴方よく顔を出してくれるけど村ってそんなに暇なの?」
「え?うん・・・お父さんもサファヴもシーヴァルも皆『シャリーゼ』の復興作業に行ってるからかな?
そろそろ畑仕事をしに戻ってくると思うんだけど。」
8年前に4将筆頭から兵卒に格下げを願い出た自身の夫は今も元気に最前線で働いている。
収入こそ多少減ったものの彼の強さは『ネ=ウィン』から非常に高く評価されている為
彼女が働かずとも十分生活は成り立つのだが戦士職というのはいつ何が起こるかわからない。
「そうか。もう3月だものね。・・・ところでシャルアはいつ結婚するの?」
「は?!いきなり何?!」
隠し事が出来ない娘は本気で驚いていたが、母親としては最近居候を始めたサファヴという青年に
何となく興味を持っていた彼女の気持ちが気になって仕方なかった。
「いや・・・ね?貴方もそういう年頃なんだし、出会いって貴女が思っている以上に少ないものなのよ?
だから行くときはもう死んでもいいくらいの気持ちでね?」
仕事の事を考えると先が見えなくなってしまうので、
ここは人生の先輩として、そして母親として愛娘に最大限の助言をしながら彼女の動向を伺うケディ。
血が繋がっている訳でもないのに人の婚約話に首を突っ込む性格は夫婦揃って似ているらしい。
「そんなんで死にたくないな・・・まぁでも、うん。そうだね。考えとくよ。」
「?!」
いつもと違ってはぐらかさずに割と真剣に答えてくれたシャルアを見て驚く母親。
それと同時に夫の顔も思い浮かぶと仕事に対する重責から少し解放されたケディは笑顔を交わしていた。



「我らの賃上げを!!!」
「ナジュナメジナを許すなー!!!」
宿の2階に泊まっていたショウは
大通りから聞こえてくる声に目を向けると数百人規模の労働者達が行列を作って練り歩いていた。
同室にいたサーマも彼の傍でそれを眺めている。
「ナジュナメジナ…」
その名前だけは知っていたショウ。確か母国で紡績業を営んでいた実業家だ。
『シャリーゼ』が崩壊した事でこの地にやってきて商売を再開したのだろう。
「しかし・・・復興作業が行われているのに・・・?」
5人の実業家の名前こそ知ってはいたものの直接会った事もない彼は
それらがどういった人物なのかもわからなかった為、何故この地で営業を再開したのか皆目見当がつかない。
復興まで再会の準備を整えるのはもちろん、復興の為に彼らが力を注ぐものだと思っていたので余計に混乱してしまうも、
「・・・今の私には関係のない事でしたね。」
未だに感情の起伏が浅い彼は隣に座っていたサーマを促して夕食を取る為に食堂へ降りて行った。





 『ネ=ウィン』から出発したものの、徒歩だったユリアンは体力のない体に鞭を打って歩を進めていた。
途中農家の荷台に乗せてもらったり家に招いてもらったりと、
彼女の容姿を大いに利用しつつ、しかしたどり着いた時にはすでに2週間が経過していた。
路銀もかなり寂しくなってきたのでこの街でカーディアンに稼がせようか。
そんな事を考えて街に入ると妙な空気にあふれ返っている事でユリアンの心がざわめき立つ。
見た目の繁栄以上に人々の裏から香ってくる腐肉のような匂い。
人心を巧みに操って来た彼だからこそそういった表現で受け取れたそれは、

「・・・随分楽しそうな場所じゃないか。」

思わず舌なめずりをしてしまうほど心が躍り出す。
惜しくらむは彼の本体と本国が崩壊してしまっている事か。
それらが健在であればこの街は一夜で『ユリアン教』の支配下に置けただろう。
想像以上の幸運に当たった彼は早速話を聞いて回り今後の計画を立て始めた。







一晩経っても暴動に近い行列が未だ練り歩いていた為、
「どうしましょうか。この状態では骨休めもままなりませんね。」
ショウは楽しみにしていたサーマとの休暇に何も出来ない事を嘆いていた。
彼女は相変わらず優しい微笑みを向けてくれてはいるものの、何かしら行動はしておきたい。
「・・・なるべく人通りが少ない道を選んで散策してみましょうか。」
『シャリーゼ』ほどではないにしても交易都市として十分に栄えたこの街を
少しでも楽しもうと判断したショウは支度を済ますとサーマの手を引いて外に歩いて行った。



様々な大店は大通りに面していた為ほとんど目にすることが出来なかったが
裏通りでも十二分に様々な店が立ち並んでいた。
硝子や鋳物の置物や色とりどりの花、美味しそうな匂いを漂わせる軽食の屋台等
目に止まれば足も止まり、値段を見て顔を見合わせる。
多少の御駄賃もそうだが元々ショウ自身王城務めだったのでそれなりに高価な物を身に着けていた。
アビュージャに頼んでそれらを金に換えていたのでサーマが求めれば何でも手に入れられるくらいの余裕はある。
街でのやりとりを楽しみながら歩いていると
教会らしい場所にもまた多くの人だかりが出来ているのが見えてきた。

非常に小さなそこには不釣り合いな程集まっている市民。

しかし少し遠くからでも凛とした女性の声で何かを問いかける様な演説が行われているのが耳に届いて来た。
セイラム教の教会なのでその関係だろうと気にせず通り過ぎようとするも、
何故かサーマが袖を摘まんで彼を止めてその方向を指差した。
(・・・彼女はセイラム信者でしたか。)
宗教方面には疎い彼が食前に行っていたサーマの祈る姿を思い出しながら記憶に刻み込むと、
「ショウ。右目を開いてみて。」
期待外れの声にがっかりとしてしまう赤毛の少年。
ウンディーネがサーマの体を使っているという事はまた何か問題が起きたか起きようとしているのか。
あの時貰った青い右目は余計な物まで見えてしまう為普段は閉じているのだが、
彼女がそう伝えてきたという事はその方向に絶対目に入れたくない現象が起きていると考えていいだろう。
「ウンディーネ。ここで何が起ころうと私達には関係ありません。
折角サーマと観光を楽しんでいたので邪魔しないでいただけますか?」
明らかに気分を害されたといった感情を込めて話を終わらせようとするも
「・・・あなたがあっちの方向を見てくれなきゃ私も動かない。」
頬を膨らませたウンディーネが同じように機嫌を損ねたので仕方なくショウが折れる形で目を開くと、
(・・・何だ?妙に明るい・・・)
相変わらずそこかしこに闇の力が漂っているのが見えるせいか、
教会内部からは明るくも青白い光が漏れているのを確認出来た。
その光源は地味な宣教師らしい衣服を身に纏った女性で声には見た目以上の力強さを感じる。しかし、
「ふむ。見ました。では行きましょう。」
全く興味がないショウはそういって歩き出そうとするのでウンディーネは慌てると
「もっとよく見て!そして聞いて!!彼女の言葉を!!」
袖ではなく腕をがっつりと掴んで来たのでため息をつきそうなのを抑えながら仕方なく話に耳を傾けると

「・・・今こそ!!この地にはユリアン様の御威光が必要なのです!!
そしてそれは!!貴方方の信仰心によってもたらされるのです!!」

・・・・・

聞きたくもなかった言葉を無理矢理脳裏に押し込められたので思わず右手で目を覆うショウ。
今まで命の恩人であり亡き王女の面影を重ねていたサーマの事だけを考えて行動していた。
イフリータが深い眠りについた事で激情家の部分がすっぽりと抜け落ちていた理由もあった。
しかし今、
自身の大事な半身と母のように慕っていた王女の仇が目の前に現れた事で嫌が応にも負の感情が湧いてくる。
「あの女の体は今ユリアンが使っている。だからあれだけ怪しい光を放っているの。」
という事は勧誘の為とはいえ自分自身を際限なく褒め称えているということか。
万全の体勢ならそのまま突っ込んで燃やし尽くしてやりたい所だがイフリータがいないショウは
下手をするとクレイスにすら不覚を取ってしまうかもしれない程戦力が落ちている。
「私があの首を取ってきてもいい?」
ウンディーネが口に出した事でやっと彼女の真意が掴めた気がしたショウ。
自分にとっての仇だが、彼女からも親友に大怪我を負わせた相手なのだ。
一瞬首を縦に振ろうか迷うショウ。しかし、
「・・・捕えて色々話を聞く、というのはどうでしょう?」
ユリアンとウンディーネ。どちらが強いのかはわからないが現在ショウでは相手にならないのは理解出来る。
ならば今後の為に世間でどの程度、どういった布教活動を・・・
いや、隠密活動をしているのかを調べておくくらいはしてもいいだろう。
自身の中のイフリータが目覚めた後、それら全てを駆逐すべく動けば復讐として十分形にもなるはずだ。
「わかった。じゃあ壇上から姿を消したら狙いに行くの。」
(サーマと2人で楽しく観光していたのに何故こんな事に・・・)
後悔と落胆の念が込み上げるもあの王女と壮絶な魔術の打ち合いをしていたウンディーネの実力は少し気になる所だ。

2人は少し離れた場所で目立つ光を放つ女性が教会内から消えるのを待ち続けた。





 決して誰かが仕組んだ事ではない。
しかし現在このロークスでは人外による者と金の亡者達による陰謀、
それら欲望の犠牲となった人間達の不満が爆発する事で大きな大火が起ころうとしていた。

ショウ達がこの街に来る2週間ほど前から布教活動をしていた彼らの信者は爆発的に増え、
毎日労働者達が群れを成して大通りを練り歩く風景が日常のものに変わりゆく。
「ちっ。またか。監督兵を回せ。あとは都市防衛課にも要請しろ。」
聞こえはいいが、反抗的な労働者に過剰な暴力を科す役割を担っている私兵隊を躊躇なく送る男。
敷地も広く外壁と館の距離もあるはずなのに大勢の声が届くという事は相当な数が集まっているのだろう。
老齢ながらもでっぷりと太った体はしわを目立たなくさせている。
そういった意味では醜い容姿ながらも年を感じさせない紡績業の実業家ナジュナメジナは
まるで物語の登場人物のように硝子で出てきた盃に注がれた自慢の美酒を揺らしつつ
寂しくなっている白髪交じりの頭髪を撫でながら遠くで蟻のようにたかる群衆へ侮蔑の眼差しを向けていた。
「全く!誰のおかげで生きていられると思っているんだ。全く!」
美酒を一口喉に落とすと柔らかい生地が張られた椅子にどかっと体を沈めて短い脚を組む。
彼が自身の財を増やす為に労働者への賃金は最低中の最低しか渡していないのは事実だ。
しかしその労働環境を整えるのにもまとまった金はいる。
嫌なら自分達でそれを揃えて仕事をすればいいだけの話なのだ。
そしてそれが出来ない哀れな市民達に『救済』の手を差し伸べているのがナジュナメジナなのだ。
感謝こそされど恨まれる道理は全くない。これが彼からみた主観的思考で全てである。
「しかし『ユリアン教』か。いよいよ放ってはおけないな。」
ロークスの重鎮達にはそれなりの額を配ってあるのでほぼ手中に収めたといっても過言ではなかったが、
噂程度にしか聞いた事のない零細宗派である『ユリアン教』。
まさかこの地で久しぶりに名を聞くのみならず、それらが自分の事業を邪魔してくるとは。
「確か1人の宣教師が火種らしいな。3本ほど持って行って話をつけて来い。」
少し離れた位置に待機していた秘書に軽く命令すると彼はすぐに行動すべく部屋を後にした。



その日のうちに彼女の下に金貨300万が送られて信者達を抑える事で話が付くも、
ユリアンがそのような戯言に耳を貸すはずもなく、この資金とナジュナメジナの行動から次の行動を決定づける事になる。



翌日、いつも通りセイラム教会で行っていた布教活動中に強大な力を感じたユリアン。
彼も天族の端くれ。魔族という確信は持てなくても人ならざる者だという気配を拾い零す事はなかった。
(丁度良い。今日決行するか。)
公演中の壇上で間を取りながらカーディアンに向けた指示書をしたためると素早く懐に入れ、
「この都市は既にナジュナメジナの欲望に染め上げられている!!市長を含め、
その全てが不正に巻き上げられた金を受け取っているのだ!!これを許してはならない!!!」
何か確信があった訳ではないが、昨日送られてきた方法からみて彼が中枢を賄賂漬けにしているのは明らかだろう。
ならば増えに増えた信者を暴徒と変貌させてこの機に奪い取ってしまおうと決意したのだ。
これからユリアン自身で都市中枢への突撃命令を出す。
大きな混乱を生むと同時にこちらの様子を伺っている魔族も煙に巻けばよい。
「さぁ行こう!!不正を粛正するのだ!!
我らユリアン信者こそがこの地で最も清い魂を持つ正義そのものなのだ!!!」
それに呼応する信者らを前に彼は傍に置いていた大きな十字架を手に取って掲げる。
同時に仮の側近達へ全ての信者を大役場へ突撃させるよう指示を出した。

ここにロークスでの内乱が勃発したのだ。





 乾いた身と心に染みたユリアンの演説とわずかながらの奇跡の力。
だが地のどん底にいた彼らを震え立たせるにはこれだけで十分だった。
『シャリーゼ』からの難民達とロークスの下層市民達がそれぞれに武器やら棒やら箒を手に、
ユリアンの名を連呼し、大合唱を起こしながら都市長達のいる大役場へなだれ込み始めた。
「な、何々?!」
「これは・・・暴動ですね。」
地鳴りと共に大衆が大移動を始めたのでウンディーネが驚いて周囲を見回す。対して冷静な分析をするショウ。
大きな人の波が発生してしまい、ユリアンと距離を離していたのが裏目に出た2人は
それをかき分けて何とか光源の方へ向かおうとするもその青い光は波の先に流されていく。
「くっ・・・」
ウンディーネが悔しそうに声を漏らすも、赤毛の少年はその状況から
「行きましょう。恐らく暴動先は大役場。役人達への不満をぶつけにいったに違いありません。」
大通りに出る脇道からも絶えず人が溢れ出てきて全員が中央に向かっている事から
他に考えにくいと踏んだショウは彼女とはぐれないように手を強く結ぶと人の流れに身を任せつつ、
合間を縫って先を急いだ。



「何ですか?!騒々しい!!」
政務長のケディが自室から慌てて出てくると廊下は役人やら衛兵やらが慌ただしく駆け巡っていた。
「ど、どうしたの?!」
部屋からひょこっと顔を覗かせるシャルアもそれらの姿を首を振って追っている。
「ケ、ケディ様!!暴動です!!武装した市民らがこちらに向かってきております!!」
「な!!・・・・・役人達をすぐに避難させて下さい!!衛兵達は防衛長に指示を仰ぐ事!!」
このままではこういう日が来るだろうと感じてはいた。
しかし思っていた以上に早い。
「シャルア!!私達も逃げますよ!!さぁこっちに!!」
「え?!う、うん・・・」
娘からすれば何が何だかさっぱりわからないだろう。だが説明は後でいい。
まずはここから離れないと・・・・・我を忘れた人間達に言葉は通じないのだから。
「その衣服は高官のものですね?」

びしゃっ!!!・・・どさっ

聞いた事のない女性の声と同時に血が噴き出る音と死体が倒れる音。
自分がそこに立ったことはないが夫が戦場の話をする時にきいていた内容が今自分達の眼前で起こっている。
だが娘を守ろうとする母と、世界一強いと言われている男の血をひく娘はその程度の出来事に臆する事はない。
親子で手を取り合うと振り向く事無く裏口に走り出した。が、

だだだだだっ!!!

修道服を身に纏った女は片手に大きな十字架を担いでいるにもかかわらず廊下の脇から2人を追い越すと
「大丈夫。殺しはしません。少しだけ私の言う事を聞いてくれればね?」
振り向いて両手を広げると行く手を阻みながら優しく話しかけてきた。



大役場の敷地内では凄惨な戦いが繰り広げられていた。
何せ攻め手が圧倒的に数が多いのだ。
中立都市という事もあって『ネ=ウィン』の兵も最小限しかいないこの地で数千の市民が暴動を起こしたとなると
これを押さえ込める手段は皆無に等しい。
ショウとウンディーネもその流れに抗う事無く先頭に足を運ぶ。
しかし青い光が見え隠れするものの中々たどり着けない。
大役場になだれ込んだ事で広い敷地内に人が分散し始めた事でやっと前が見えてくると、
「神の子らよ!!賄賂に群がりし亡者共は裏手から逃げようとしている!!奴らに神罰を与えるのだ!!」
先程演説を行っていた声が響くと狂信者達は雄叫びと共に建物の後方へ向かう。
そして中央の入り口からは女性を2人縛り上げた宣教師が姿を現すとまた鬨の声があがった。
「この者達は神への捧げものとする!!!」
やっと視認出来る場所で捉えたユリアンは人質を確保していたようだ。
更に周囲は暴徒と化した市民が多数。ここで彼に攻撃を加えるのはかなり難しい。
だがそんな事などお構いなしでショウの手を振り払い前に行こうとしたので、
「駄目です。下手に注目されると本当に収拾がつかなくなる。」
非力ながらも強くその手を引き戻して耳元に囁くと理解したのか大人しくなった。
落ち着いたウンディーネをよそに改めて人質とユリアンを見るショウ。
1人はただの村娘っぽいがもう片方は明らかに高位の役人だ。
この先彼女を助けられなければ『シャリーゼ』と王女の顔に泥を塗る事にもなりかねない。
何としてでも助け出さねば・・・・・

・・・・・

(いや。もう『シャリーゼ』の人間ではなかったな。それに王女様も・・・)
危機的状況下に置かれてから普段の自分が顔をのぞかせた事で静かに心の中で笑うショウ。
何も持たない彼は人質など気にせずウンディーネに攻撃を任せるのも手だとは思ったが
そうなると今度は自分の身が危ない。
普通の少年と成り下がっている彼が暴徒達に囲まれたら命は無いだろう。
ここは何としてでも自分達の身を護りながらユリアンと戦える状況に持ち込まねば。

「ああ。怪しい気配の正体は魔族か。殺したはずなのに今ここにいるのもそういう事か。」

だが考えが纏まる前にユリアンの方から2人に話しかけてきた。





 「・・・魔族をご存じなのですか?」
仕方ないので話を合わせるショウ。それに器量の良い顔を歪ませながら
「まぁ多少はね。我らの子孫であり対極の存在だし。それよりこんな場所で出会えるなんて。
どうだい?私に囲われる気はないかい?」
声色こそ違えど相変わらず己の欲望に忠実な発言を聞いてうんざりするも、
「その人質は見せかけなの?それとも本物なの?」
隣にいたウンディーネが瞳を水色に光らせながら髪を伸ばして力を解放し始めた。
「何と忌まわしい姿・・・本物に決まっているだろう?
お前達が私の周りをうろちょろしていたんでな。保険を掛けたのさ。」
という事は最初から相手の計画通りだった訳だ。
いつの間にか虎穴に招かれていたショウはいよいよ自身の身の振り方を考える。
ウンディーネは自分の力で何とでもなるだろうが、そうなると足手纏いにならないようにせねばならない。
尋問するどころか命すら危うい状況で覚悟を決めたショウが懐から使い慣れた小剣を取り出すと、
「ふむ。ではそろそろ本題に入るか。まず動くな。動けばこの2人は殺す。」
この言葉を受けたことでショウ達は動きを止める。
(やはり無理か・・・)
もはや選択肢は逃げの一手しかない。
ウンディーネにもそれを伝えようと少し顔を近づけて囁こうとした時、

どっ!!どかっ!!ずんっ!!!

「・・・ぅわ・・・っ!」
「な、何だ?!」
遠くの方で妙な音と悲鳴が聞こえてきた。
異変に気が付いたユリアンもその方向を見つめると表情が曇ってくる。
「・・・ショウ。捕らえるのが無理なら殺すの。許してくれる?」
逆に耳元でそう囁かれたので彼も迷う事無く頷いた。
ただ、それは人質を無事に解放してからだ。
「わかってる。何とか・・・なるかもしれないの。」
ウンディーネが騒ぎの方向に集中している事から何か援軍らしきものがこちらに向かっているのかと推測するが、

「やれやれ。どうなってんだこれ?」

過去に一度だけ聞いた事のある中年の声が姿と共に現れると周囲の暴徒達も道を開けて大人しくなり始める。
その中年の傍には数名の戦士、いや、1人はただの村人らしい服装をしている者がいた。
ただその村人は見覚えがある。確か『リングストン』の斥候だった男だ。
「・・・何だ貴様は?神の子らよ。我らの邪魔をするこの男達にも神罰を!!」
中年が姿を現した事で一気に鎮静した狂信者達に再度暴動を促すユリアン。
しかしあれだけ従順だった市民らは誰一人その声に従おうとしなかった。
「カーチフ。あなた自分の愛する妻と娘がこんな事になっているのよ?早く解決してくれない?」
今まで恐怖で大人しかったと勝手に決めつけていた高位の役人が落ち着き払った声で彼にそう言いだしたので
思わず二度見するショウ。

(・・・カーチフ・・・カーチフ?)

クンシェオルトの元上官でありカズキを軽くあしらった男の名はフェイカーだったはず。
だがカーチフという名なら彼もよく知っている。
『ネ=ウィン』で歴代最強と恐れられた4将筆頭の名だ。更に人質となっていたのはその妻だという。
「だな。折角復興作業の帰りにお前の顔を見ようと立ち寄ったらこれだ。
色々聞きたい事もあるが、まずは家族を助け出さないとな。」
まさか人質2人がこの男の親族だとは。
もし本当にこの男が前4将筆頭ならユリアンは恐らくこの街で一番価値のある人間を手の内に収めた事になる。
「ほう?この私を前に随分余裕を見せるじゃないか。カーチフと言ったな?
貴様が何者かは知らんがこの状況を何とか出来るとでも?」
そのやり取りを見て周囲の人間達の雰囲気が明らかに変わった。
ショウもいち早く気が付いたが、それらを扇動していたユリアンは更に機敏に感じ取ったのか、
「お前達、何をしている?その男も神に盾突く悪魔だ!!今すぐ粛清の神罰を下すのだ!!」
神の名を使って指示を出すもあれ程荒れ狂っていた市民達はむしろ宣教師姿のユリアンに怒りの視線を向け出す。
当人も大いに困惑しているようだがこれにはショウも驚きを隠せなかった。
「シーヴァル。サファヴ。ついてきてくれ。」
カーチフが脇にいた若武者2人を呼ぶと3人は平然とユリアンの元に歩き出す。
距離にすると5間(約9m)程だがそれだけあれば人質を手にかけるだけの時間は十分稼げるだろう。
あまりにも無遠慮に距離を詰めていく3人にただ眺める事だけしか出来ない周囲。
しかし表にはださなかったがショウとウンディーネだけはその行方を不安そうに見守る中、
落ち着きを取り戻していた市民達は誰一人心配する者はいなかった。
「・・・仕方あるまい。」
距離が3間(約5m強)を切った所で自身の前に並べて立たせていた高官の女性にその鋭い右拳を放つ。
無手での戦いが得意なユリアンからすれば
多少か弱い体に乗り移っていたとしても一撃で絶命させる事くらいは造作もないのだろう。
だがその気配を読んでいたのか、誰よりも早く動き始めていたのは中年の男だった。
まるでカズキを、いや、カズキを目一杯進化させたような地を這う動きと速さ。
同時に一瞬だけ目視で捉えることが出来た閃光と呼ぶにふさわしい剣閃が弧を描いて人質の妻に飛んでいく。
大きく曲がるそれは彼女の身に当たる事はなく、
その後ろから突き出そうとしていた拳の甲に激しい音と共に直撃した。

びしゃんっ!!!

「前に飛べっ!!!」
大役場の正面玄関、その入り口は3段ほどの階段になっており、その上にいたユリアンと人質2人は
後ろ手に縛られたまま言われた通り前に飛んだ。
当然その声に反応したのは彼女達だけではない。
右手の拳を激しく打たれたユリアンはすぐに切り替えて左手にいた娘の方に激しい左拳を放つも、

っぴしゃっ!!!

またも蛇のような起動を描く剣閃にそれを阻まれてその拳は大きく弾き飛ばされる。
断斬要素はなかったものの、腕が千切れる程の剣閃はユリアンの体を大きくひねらせて体勢を崩させた。
「っと。大丈夫?」
同時に前へ飛んでいたのは2人の親子だけではない。
その絶対的な強さを信じていた青年2人も彼の後を追い急いで彼女らの体を受け止めたのだ。
素早く後ろに下がって後方にいた仲間達も護衛についた時、
カーチフの細剣がユリアンの喉元にぴたりと突きつけられたままお互いが動かずに固まっていた。
「さて。俺の家族に手を出した事を不問にする訳にはいかんが、まずは色々聞きたい。どうする?」
先程と表情も声色も全然変わっていないはずなのに妙な威圧感で迫る中年。
断れば容赦ない一突きがその喉元を貫くだろう。
「・・・何を聞きたいんだ?」
「お前の事とか暴動の事とかだな。話せば『ネ=ウィン』の堅牢にぶち込むだけで勘弁してやる。」
どちらにしても今後彼が安息を得られることは無いだろう。しかし、
「・・・わかった。何でも話してやる。」
命を選んだユリアンはその後すぐに頑丈な手錠と共に体を太い縄でぐるぐるに縛られた。





 未だにその中年の正体がわからなかったが、
「お前『シャリーゼ』のショウだろ?丁度いいから一緒に来い。」
彼がその尋問に立ち会わせてくれるというので大役場に案内されたショウとウンディーネ。
思いかけず『ユリアン教』の情報が手に入る機会を得て内心喜ぶも
あまりにも強すぎる男の言をどこまで信用していいものか。
ロークスの防衛長が後始末に追われる中、カーチフが口添えをした事で
暴動を起こした市民達の身の安全が約束された所を見ると相当な権力を持っているのは間違いない。

やがて収拾の目途が付いた頃、議会室に拘束されたユリアンを囲むように座っていた一同を代表して
「それじゃ始めるか。お前、名前は?」
何故かカーチフが口火を切った。
ここは都市長か議長辺りが話を切り出す所では?と不思議に思うも、誰1人としてそれに異を唱える者はおらず、
むしろ当然のような空気があったのでショウも黙って行方を見守る。
「・・・私はカーディアン。ユリアン様に仕える神官です。」
あれ?
先程までの声と全く違うので右目で確かめるとその体から発せられていた青白い光がとても小さくなっている。
そうか。今はこの体の本当の持ち主が表に出ているということか。
まるでサーマとカーディアンのようだな、と感心しつつも、
「うん?お前さっきまでと声が違うな。胸糞悪くなるような声はどうした?」
それを見破っているのは恐らくショウ達2人だけだ。
周囲の猜疑に満ちた視線も納得がいくも、
「貴様の声の方がよほど耳障りで虫唾が走る。選ぶ言葉にも品位を感じないな。」
声量はそのままに、随分口調とその内容に変化を見せたカーディアン。
ユリアンを悪く言われた事に腹を立てたのか。皆が驚きを現す中、
「二重人格か?いや、話し方も女のもんじゃなかったしなぁ。おいカーディアン。
さっきの奴と変わってくれないか?そうすればお前自体の罪は軽くなるかもしれんぞ?」
「下劣な交渉に応じるつもりはない。拷問でも何でもするがいい。」
「「「「・・・・・」」」」
流石ユリアン信者といった所か。
物静かに話すカーディアンは表情も声量も最初と変わらないがその内容には相当な覚悟を感じる。
「はっはっは!これはまいったな。相当肝が据わっているぞこいつ。誰か代わりに詰問してみてくれ。」
顔を手で抑えながらも笑って周囲に話を振り始めたカーチフ。
だか誰よりも人望と権威を持つこの男に促されても誰一人言葉を発そうとはしなかった。
「じゃあ貴方の中にいる天族の男、ユリアンについて聞きたいから代わってほしいの。」
いきなり隣に座っていたウンディーネが質問を投げかけた事で周囲が一斉にこちらを見てくる。
それからすぐにカーディアンに視線を移すも、
「・・・言っている意味がわかりません。」
苛烈さが鳴りを潜めて器量に似合った言葉で静かに返す女宣教師。
しらを切り通すつもりなのだろうがここはショウもすぐに応戦を決めると、
「私達には貴女の中にあるユリアンの姿が見えるのです。暴動を指揮していた時も教会で演説を行っていた時も
そして人質を手にかけようとしていた時もユリアンがその体を使っていましたよね?」
確実にそうであった時の例を挙げて問い詰めてみた。
顔色や表情こそ変えないものの、無言な間が続いた事で半分認めたようなものだと周囲も納得し始める。
「それじゃユリアンに代わってくれよ。今はまず奴から話を聞きたい。」
カーチフがまた口を開き始めると、
「断る。」
「「「「「・・・・・」」」」」
どうも彼に関しては直接攻撃を受けたせいか、崇める神を悪く言われたせいか非常に当たりが強いカーディアン。
呆れた様子を見せた中年が諦め気味にこちらに顔を向けると、
「すまん!後は『シャリーゼ』の懐刀に任せるわ。」
手を合わせて謝罪してきたので困りつつも笑顔を返すと、
「では改めて。ユリアンを出していただけますか?」
「私の意志でそれは出来かねます。我が神は神の意志でしかこの体をお使いになりません。」
「でもこの話は彼も聞いているんでしょう?今何かしらの弁明をしておかないと極刑は免れませんよ?」
「聞かれておりません。意識がお隠れになっている時は外の情報は何も入ってきません。」
「ほほう??」

これはまた貴重な情報だ。
その意味はショウとウンディーネにしかわからないかもしれないが、
魔族を体内に宿す彼らは少なくとも外界の情報を共有出来ていたし、
サーマとウンディーネの関係などは常に2人一緒にいるのをよく理解出来る。
天族と魔族という差か、それとも別の要因があるのか。

「・・・って事はあれか?そのユリアンってのはこの尋問が嫌だから引っ込んだ訳か?」
「貴様のようなクソの話を聞く耳を持ち合わせておられないだけだ。」
相変わらずカーチフへの当たりが厳しいカーディアンにいい加減高官達も表情を曇らせてきた。
ここは手にした事実に基づいて速やかに尋問を終わらせる必要がある。
「ではユリアンが表に出た時にすぐ答えていただけるよう質問状を作っておきましょう。
彼女の身柄は『ネ=ウィン』へ送られるという事なので後はそちらにお任せします。」
いつの間にかまた『ユリアン教』の事件に巻き込まれていたショウは
ウンディーネと考えていた策をそのまま流用する事で彼らの情報を手に入れようと画策する。

次の日拘束されたカーディアンは狭い馬車に押し込められると東へ護送されて行った。





「いや、本当に助かった。感謝ついでに今夜一緒に飯でもどうだ?」
カーディアンの対処が決まった後、カーチフはショウとウンディーネに声を掛けてきた。
太陽は既に落ちて辺りは薄暗くなってきている。
今の彼女がサーマなのかウンディーネなのかはわからないが、ここはこの男の情報を得ておくのも悪くないだろう。
「是非。彼女もご一緒させていただいても?」
「ああ。もちろんだ。こっちも家族と親しい部下を同席させよう。」
準備があるという事で後ほど案内を寄越すと言われたショウは自分達の泊まる宿を伝えると一度大役所で別れた。

戻ってから1時間も経たない内に彼のそばにいた栗色で短髪をした青年が2人を呼びに現れると
案内された先は通りに面した大衆食堂だった。
かなり高名な人物だと思っていたのでこのような庶民感溢れる場所を選んだ事を不思議にも感じたが、
「カーチフさん!!今度うちの倅も鍛えてやってくれよ!!」
「お弟子さんのクンシェオルト様が亡くなられたんだろ?だったらあんたが復帰してもいいんじゃないか?」
「今年はいい種が手に入ったんだ。是非育ててみてくれ。」
既に中は大賑わいで周囲の客がそれぞれあの男に向かって話しかけている。
そしてカーチフはそれらの声を全て拾い上げると各々に向かって簡単に返事をしていた。
感心しながら青年の後に続いて店内に入っていくと、
「おーい!こっちだ。よし、今から俺は家族と友人とで飯を食う。邪魔しないでくれよ?」
軽く手を振って声をかけると同時に周囲には釘を刺す。
しかしそこに嫌味な部分は見受けられず、彼に話しかけていた客達も皆笑顔で頷いて返した。
人望からかその強さからか。
このロークス、いや、『ジグラト』という国から見て彼は相当な数の人心を掴んでいるらしい。
案内をした青年と2人が椅子に座ると先程の妻と娘、そしてサファヴも卓を囲んでいた。
「さて。それじゃ今日はお疲れさん!」
用意された杯を右手に掲げて乾杯の音頭を取るとそれぞれもそれに倣った後飲み物を口に含んだ。
この国は酒に関してうるさくはないのでショウも飲めなくは無かったが酔うというのは思考力を低下させる。
自身は柑橘系を絞った果実水を戴くと早速、
「まずは確認をさせて下さい。貴方は元4将筆頭のカーチフ=アクワイヤ様で間違いありませんか?」
「ええ。そうよ。なんかその名は4将と共に捨てたとかほざいてるけどこの人はそれで間違いないわ。」
「ありがとうございます。
申し遅れましたが私は元『シャリーゼ』の王女様側近でありましたショウ=バイエルハートと申します。」
彼の妻であるケディ財務長が代わりに答えてくれたのでお礼も兼ねて自己紹介をするショウ。
隣に座っていたサーマはいつもの雰囲気を漂わせていたので、
「彼女はサーマ。訳あって言葉を話せませんが私の命の恩人です。」
代わりに紹介すると優しい笑顔で軽く会釈するサーマ。周囲もそれに答えるように頭を軽く下げると、
「うん?カーディアンの詰問をしてなかったか?」
カーチフが不思議そうに尋ねてきた。あの場には彼と財務長である妻が出席していたのでその疑問は最もだ。
「サーマの中に私、ウンディーネがいるの。この体はサーマのものだから普段は中で大人しくしてるの。」
彼女自身が現れて説明してくれたお陰で面倒が省けるも周囲は驚きの表情を浮かべている。
だが流石に元4将筆頭で歴代最強と言われた男はすぐに表情を戻して、
「なるほどなぁ。カーディアンを黙らせたのはウンディーネのお陰でもあるわけだ。
ここの飯は美味い、サーマと2人で仲良く楽しんでくれ。」
猛者とは思えない優しい笑顔を向けてくるのでウンディーネも気を許した表情を見せる。

やがて雑談を交えながら会食が進む中、
「ところでケディ。ロークスにいるナジュナメジナってのは恨みを買いやすい奴なのか?」
元母国にいた実業家の名が出てきた事で耳を傾けるショウ。
王女が周囲に接触をさせていなかった為ここは是非情報を掴みたいところだ。
「うーん。まぁ労働者から見れば搾取が酷い人間だとは思うわ。
ただ、都市側からすればその分多額の税を納めてはくれているし・・・」
公金から報酬を戴いている彼女からすれば答えにくいのだろう。しかし、
「うん。悪ね。あいつは中枢の人間に賄賂をばら撒きまくってるもの。あんた何とかしてよ?」
一瞬言葉を詰まらせたと思ったがばっさりと斬り捨てた。
その発言に珍しくショウだけが目を白黒させている中、
「ふーむ。賄賂か・・・ロークスも相当不味いのを引き入れちまったな。」
「私も散々止めようとはしてたんだけどね。今回の暴動で多少は弁えてくれるといいんだけど。」
夫婦で国の根幹に携わっている為、凡そ家族の会話とも思えない内容に周囲もただ見守るしか出来ない。
ショウの母国である『シャリーゼ』でも賄賂はあったものの、それを抑える法律も存在していた。
いや、普通はどの国にでもそれを規制する方法はある。
無ければごく一部の人間に財と権力が集まって国が滅びゆくだけなのだが、
「規制する法がないのですか?この国は。」
「・・・あるんだけど完全に形骸化しているの。それなりの賄賂が横行しているから皆心が麻痺していて。」
「この国の王族は事なかれ主義だからなぁ。国王自身が見逃しているってのが現状だ。」
となればナジュナメジナの財力が国内を破壊する起爆剤にもなりかねない。
事実交易都市ロークスが現在かなり危険な状態にあるのだ。
ユリアンを『ネ=ウィン』へ送ったとしても第二第三の扇動者が現れるのは目に見えている。

「まぁ、限界を迎えそうなら俺に教えてくれ。何とかしよう。」

文明を持つ世界。
金という概念が生まれてすでに何千年も経つ。
しかしいくらそれで偽りの権力を手に入れたとしても一番最後には必ず武力の前にひれ伏す事になるのだ。
カーチフの覚悟が篭った短い言葉にそうはさせないという強い意志を込めてケディが笑い返す。
更に、
「ちょっと。ただでさえ目立つ夫婦なんだしこれ以上変な気起こさないでよ?」
こんな2人の血を引いた娘は相当な胆力を持っているのか、
偉大な両親に向かって釘を刺した事でこの話は幕を下ろした。





 その暴動が起きた数時間後には都市長を始め、あらゆる重役達が受け取った金品の全てをつき返してきた。
これはナジュナメジナが『ジグラト』という国内事情を調べ損ねた結果だ。
『シャリーゼ』では王女が実業家達の専横に歯止めをかける為にしっかりとした法律の施行を行ってきた。
彼女の手腕は国と労働者、そして実業家の見事な三すくみを実現させていたのだ。
結果世界で一番の繁栄を手にしていた訳だが、それが堕ちた事で彼らには選択肢が生まれる事になる。

復興を待つか、国を捨てるか。

1人を除いて4人の実業家達は周辺国を投資に値するかを調べてから母国を後にした。
そんな中ナジュナメジナは独占出来る場所へと狙いを絞り、同じ実業家達には得意の賄賂で遠のけた。
後はここロークスから自身の新しい権力基盤を築き上げていくだけだった。

しかしこの国にはカーチフ=アクワイヤという誰よりも崇拝され信仰される英雄がいたのだ。

『ネ=ウィン』の4将筆頭という名誉は捨てたものの、未だ強さは世界最高であり、
国の為に他国で戦う男の事は国中の誰もが知っている。

彼が『ネ=ウィン』への戦力貸与を選んだからこそ戦争が回避され、
国民の重荷だった貢納品の負担も大幅に減ったのを誰もが知っている。

そんな英雄が暴動を鎮圧し、更に労働者への賃金見直しを直接提言したのだから彼らも一気に目が覚めたのだろう。
全て金で何とでもなると踏んでいたナジュナメジナの浅慮さがここに来て露呈したのだ。
「・・・事なかれ主義の楽園だと思っていたが。」
誰もいない自室に積まれたつき返された金品を眺めながら呟く。と、

「人間というのは本当に面白いな。」

誰もいないはずの自室。いや、正確には自分しかいない自室のはずだ。
いきなり静かな男の声が返ってきたので慌ててそちらを振り向くと自分の机の前にある革張りの大きな椅子。
そこに顔を隠すように黒い外套を身に纏った男が背もたれに体を深く預けて座っていた。
「・・・誰だね?」
合図をすればすぐに衛兵が駆けつけてくる。
だが見た感じこの男は凶器らしいものは身につけておらず、こちらをすぐに襲ってきそうな気配もない。
まずは落ち着きを取り戻す為に名前を尋ねてみたナジュナメジナだったが、

「知っているかね?
セイラム教というのは天界の現王セイラムから、バーン教というのは魔界の現王バーンから来ているのだよ。」

全く質問に答える気の無い男はいきなり二大宗教の話をし始める。
金を稼ぐ上で最低限の知識は持ち合わせてはいるものの、
決してそれらを信仰する気持ちなどを持っていないナジュナメジナはその話の真偽などはどうでもよく、
「君は誰かね?誰の許しを得てこの部屋に入っている?」
語気を荒げると肌身離さず持ち歩いている衛兵を呼ぶ小さな鐘を取り出した。
しかし外套の男はその意味がわからないのか、全く気に留めることなく、

「しかし彼らが人間に何かを教えたという話はないのだよ。
ただ1つ、金という概念に関しては口出ししたみたいでね。
そもそも天族も魔族も金などいらぬのだ。何故人間はそのような不要な物に価値を見出せるのか?とね。」

その話を聞いて冷静さを取り戻したナジュナメジナ。
そうだ。
世界には様々な宗教があるが二大宗教を含め、そのほとんどが金に対して非常に否定的なのだ。
信仰心はないものの、その教えを知った時に
『宗教とは何と愚かで、そして利用しやすいのだろう』と感動したのを思い出す。

「欲しいものを手に入れたくば物や労働力で交換し合い、互いが支えあって生きていけばいいのだ。
その繋がり、相互関係を著しく壊す物。それが金だ。わかるかね?」

外套の男がそういい終わるとすくっと立ち上がる。
ここまで話を聞けば流石に全てを理解するナジュナメジナ。
恐らくこの男は『ユリアン教』の関係者だ。
今日起こった暴動、先導者がそれだったという話は聞いていた。
詳しい経典の内容は知らないが、これだけ金に対して否定的な発言をするという事は自白しているに等しい。
もはや迷う事無く手にした鐘を大きく振って、
「侵入者だ!!!出会えーー!!!」
高い給金で雇っている腕利きの衛兵達を集めるために大きく合図を鳴らして声を出す。
今までも不当な逆恨みから自身の身は何度も危険に晒されてきた。
今回も同じだ。いつもと同じように対処すればよい。

・・・・・

だが一向に誰もこの部屋に飛び込んでくる気配はない。
おかしい。
不安を覚えたナジュナメジナは再度大きく鐘を振って大声で衛兵を呼ぶも誰一人としてこの場に現れない。

「私はね?その金というものに興味が湧いた。少し私にも扱わせてくれないか?」

焦りが募っていた彼に男がそう尋ねてきたので一気に気持ちが落ち着きを取り戻す。
なんだ・・・この男は話がわかりそうじゃないか。
それもそうだ。
もし彼の命を狙っていたのだとしたらこんな悠長なやりとりを交わす必要はない。
部屋にいた事さえ気が付かなかったのだ。殺す機会はいくらでもあっただろう。
「・・・いいだろう。いくらほしいんだ?」
ナジュナメジナは鐘を懐にしまうと平常心を装いながら聞き返す。
正直あまりにも得体が知れないので多少の出費は覚悟してさっさと追い返そうと思っていたのだが、


「うむ。ではまずお前の体を戴こう。」


その経緯は全く思い出せない。

意識がはっきりする中、自身が体内にいる事はしっかりと認識しつつ一切の言動が取れなくなった本人。

この日以降ナジュナメジナは非常に話のわかる実業家として国内に認知されていった。

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