闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -大将軍の器-

 他の二か所にも相当な戦力を送っていたらしいがやはり本命はここアルガハバム領だろう。
5万の軍勢と緋色の真眼隊を率いた大将軍ラカンが視界に入るとそれだけで戦場の空気が変わる。
後から知ったこの三ヵ所同時侵攻にこの時ガビアムも多少の心配をしていた。
というのも『トリスト』軍はとにかく数が少ない。
この世には軍を動かす上で大きく分けて二種類の兵法が存在する。
まずは『リングストン』のようにとにかく兵士の数を集めて大軍を作り戦に臨む方。
そして『ネ=ウィン』や『トリスト』のように少数精鋭で戦場を縦横無尽に駆け回る方。
どちらにも長所短所があるもののやはり広大な平地にそれらが集結した場合やはり大軍の方が迫力と威圧感が顕著に出る。

彼ら5万の軍勢に対してこちらは大将軍ヴァッツ率いる1000人。

全てが飛空の術を会得していた為制空権を握ればかなり有利な展開に持ち込めはするだろう。
しかし彼が不安視していたもう1つの要因。
それは大将軍が兵法を何も知らないという事だった。よって会議は開かれて早々暗礁に乗り上げていたのだが、
「『トリスト』の軍勢はそっちで自由に動いた方がいいと思うわ。」
暗闇夜天族のハルカがそう切り出した事で将官達も遠慮気味に顔を見合わせていたのは印象的だった。
確かにスラヴォフィルなどは未だに最低限の側近のみを連れてはいるものの、
戦場では正に『羅刹』の如く敵を数千と打ち砕くという。
ならばその孫も下手に陣形などを考えるより単騎で中央に突貫したほうが戦果を挙げられるというものか?
「うむ!私が夫の傍についているから心配はないしな!!」
バラビアという大人の女性がまだ少年で大将軍職についているヴァッツをそう呼んだので
またも将官達が顔を見合わせるが、
「ああ。この子は妄言癖があるから気にしないで。で、ヴァッツ。
戦が始まったらどうにかして私とラカンの一騎打ちに持ち込んでほしいんだけど。出来る?」
いくら高名な暗殺者の頭領とはいえ現在仕えている主に敬称もなしで軽く無茶な要求をする少女に、
目が乾いてしぼんでいきそうなほど皆が目を見開いたままになる。
「うーん・・・出来なくはないだろうけど・・・『ヤミヲ』はどう思う?」
今まで黙っていた大将軍が聞いた事のない名前を上げて尋ねる素振りを見せた。
一体誰の事だろう?と辺りを見回したが、

【これからお前は数々の戦場に立つ可能性がある。ここは自分で考えてみたらどうだ?】

誰よりも低く、深い所から聞こえてきた声とヴァッツの右目に宿った黒い靄に全員が注目した。
・・・あれは・・・何だ??
異能の力というのは世間で認知こそされてはいるもののそれを保持している人間はそう多くはない。
ガビアム含め、『トリスト』の将官達もいきなり雰囲気の変わった大将軍に畏怖を感じていると、
「うーーん・・・・・どうすればいいんだろう?どうすればいい?」
一瞬でヴァッツの声に戻るので何が何だかわからなくなる。
しかし見た目通りの少年は戦場での知識を持ち合わせておらず、
少し考えた素振りをみせるもすぐに両隣の従者に答えを尋ねてきた。
「個人的にはいつもみたいに相手の動きを止めてくれれば助かるんだけど?」
「私はもう一度殺気によって全員を吹っ飛ばしてほしい!!」
少女と女性は想像がつかない事を口走るも、

【動きを止めるのは私の力だ。今回それをするつもりはない。ヴァッツよ。
相手は攻め手であり城壁などを上る手段は用意しているものの下りる手段は持ち合わせておらん。】

またも深く低い声がその悍ましい声質とは裏腹に優しく状況を説明し始めた。
「うん?つまり・・・高い所に連れて行けばいいってこと?」
やり取りからはそれを勧めているようだがあいにくこの周辺にそれほど絶壁な場所はなく、
戦は居城から少し離れた平野部で行われるだろう。となれば・・・・・

【人間達というものはその桁外れの力を自身の眼で確かめた時、絶大な信仰心が生まれるのだ。
お前は今『トリスト』の大将軍。ならばお前はお前自身の力を使ってそれに恥じぬ働きをすればよい。】

・・・・・一体どういったやり取りだ?

下手に口を出す訳にもいかず、従者2人もそれを見守っている以上こちらが水を差すわけにはいかない。
「高い所・・・高い所か・・・やったことはないけど試せそうなのはあるね。それでいい?」
やがてヴァッツが1つ妙案を思い付いたのか、周囲にその内容を告げず確認する。
試せそうな事というのを聞いておきたかったが、
「良いわよ。」
「うん!!旦那様の活躍、楽しみです!!」
「よし。じゃあ最初ラカンっていう人?だけこっちに来てもらって、
それからオレが大勢の人達をこっちにこれないようにするね。」
語彙のせいか文章力のせいか、いや、これは自身の理解力の問題かもしれない。
何を言っているのか皆目理解出来なかったが、
「じゃあ『トリスト』の貴方達。大将軍サマの邪魔をしないように最初は後方待機ね?」
ハルカが話を締めてしまったので何が何だかわからないまま作戦会議らしきものは幕を閉じた。





 大将軍ラカン率いる軍勢に使者を送ると
彼らは同時侵攻を狙っていた為今後一切の交渉を断って開戦する旨を伝えてきた。
こちらとしては想定どおりなのだがやはり陣営の迫力が段違いだ。
緋色の目と少しくすんだ緑の髪をなびかせて騎乗のまま戦場中央に姿を現すラカン。
対してこちらの大将軍は召している服こそ相当立派なものだが少年であり徒歩で向かった為ここでも迫力で負けてしまう。
(『トリスト』の軍勢も気が気ではないだろうな・・・・)
ほとんど何も決まっていない状態から始まる戦。更に相手はあの大将軍ラカン率いる屈強な軍勢だ。
もしここからヴァッツがスラヴォフィル並みの活躍をするとしても周囲はそれにどう反応すればいいのか。
不安と期待を胸に城壁の一番高い位置から遠望鏡を片手に戦場を眺めるガビアム。
此度の戦、これはヴァッツ達の策略?を組み込みたかった為にまずはお互いの大将軍が中央で挨拶をする。
それからが少し厚かましい内容なのだが、
こちらの大将軍を5万の軍勢前に一度近づく事を許してほしいというのを交渉してみた。
『リングストン』もまさかこんな少年が大将軍だとは思っていなかったらしく、彼の姿を捉えるとすんなり話は通った。
会議通り、この瞬間ラカンとハルカの距離がかなり近くなり、ヴァッツは5万の軍勢の前までやって来れたのだ。

しかしここからが本当の戦だ。

小さな少年といえど大将軍が1人で敵のど真ん前に姿を現す。これがどれほど危ない事か。
開戦の狼煙は今回『リングストン』側に委ねている。つまり・・・・・

じゃーーーーーーーん!!!!じゃーーーーーーーん!!!!

足元に視線を落としていたヴァッツが多少うろうろしてからいきなり銅鑼が鳴り響いた。
ヴァッツ1人が5万の軍勢にあっという間に飲み込まれそうになるのを手汗だらけの遠望鏡で見届けるガビアム。



・・・・ずずずず・・・・ごごごごごごごごごごごごごごご!!!!!!!!!!!



一瞬体が激しく揺れて辺りに積んでいた木箱が落ちてくる。
同時に座っていた椅子から転げ落ちたガビアムは何事かと辺りを見回すも、
ただの地震だとわかったらすぐに切り替えて戦場の様子を見る為にまたも遠望鏡を覗き込んだ。

・・・するとおかしな光景が目に飛び込んできた。

(・・・何だあれは?)
遠望鏡には土色の壁らしきものしか映らず、
かなり大きく上下左右に顔を振っても得られるのは土色の壁ばかりだ。
(さっきの地震で壊してしまったか?)
繊細な道具な為考えられるとすればそれしかない。仕方なく別の遠望鏡を持ってこさせるよう召使いに声を掛けると、
「が、が、が・・・・・ガビアム・・・様・・・あれ・・・は?」
召使いはもちろん衛兵の反応もなく、皆が正面にある戦場を見つめたまま動かなくなっていた。
「・・・何だ?どうしたというのだ?」
早く戦況を確認したい国王はいてもたってもいられず自分の足で別の遠望鏡を取りに行こうとした時、
「ガ、ガビアム様!!!あれは・・・・・あれは一体?!」
彼の袖を掴んで震える声を上げながら驚愕の表情を浮かべる衛兵。
一体なんだというのだ?それなりに距離のある戦場の状況を肉眼で捉えて何に驚くというのか?
周囲の様子から仕方なくガビアムも裸眼で正面を見据えると、
先程まで平野だったところにこの城よりも高い切り立った崖が横一杯に出来上がっていた。





 「これで正解?」
手に付いた土をぱんぱんと払って誰にでもなく尋ねる大将軍。
【まぁこれがお前にとっても最良だろう。】
どこからか、誰の声かはわからぬが地の底から響いてきそうな低く暗い声が彼に答えている。

振り向けばラカンの後方、大将軍ヴァッツの前には高さが三十間(50m強)はあるだろうか?
大きな地層が空に伸びて姿を現していた。
もちろん目の前だけではなく横にもかなりの距離でその崖、いや、
小高い丘が続いていた為一瞬で後方部隊と分断される形となったラカン。
そもそも自身の足元にこのような天変地異を起こされて
崖の上にいるはずの『リングストン』軍は無事でいられただろうか?

自身の頭では全く理解出来ない事が起きた。

もはや今自分が何故ここにいるのかすら理解出来ないラカンに、
「貴方も『緑紅の民』なのね?」
決して間違える事を許されない内容が耳に届いた事で軍勢の事など全てを忘れて声の主を睨みつけた。
「何だ貴様は?」
「私は暗闇夜天族の頭領ハルカ。
貴女に是非聞きたい事があってヴァッツにお願いしてこの場を設けてもらったの。」
「何?!そんな理由なのか?!こいつと戦いたいだけかと思ってたのに!!!」
少女の隣にいる浅黒い肌の女が年よりもだいぶ幼い言動で驚いているが今は、
「こちらからも色々言いたい事がある。まず私は『緑緋』であって『緑紅』のような出来損ないではない。」
「ふーん。」
彼女にとってそれは非常にどうでも良い内容らしく、まるで興味のない返事を返してきた。
なので次に
「そして私を『緑紅』と間違えた人間で生きていた者はおらん。理解したな?」
そう言い終わるとラカンは馬をハルカに向かって走らせた。
彼女も何か聞きたい事があると言っていたようだが『リングストン』の大将軍を怒らせた以上それは叶わないだろう。
前回ナーグウェイ領では無名の一兵卒に後れを取ってしまいとんだ赤っ恥をかいたが今の相手は氏素性がわかっている。

今度こそ油断せずに最初から『緑緋』の力を解放するラカン。

妖しく光った双眸から炎のようなものが現れると彼の騎乗している馬ごとその速度が上がって2人との距離が一気に縮まった。
同時に腰から長剣を二本抜くとそのまま、

ざ、ざんっっっ!!!!!

それぞれに一刀ずつ剣戟を浴びせる。
ハルカの方はそれを躱すも、大柄な女は手にした大斧で受けてしまい、

ぶあっ・・・・・ずさささーーーーっ!!!

激しい衝撃で後方に吹っ飛んでいった。
見れば大斧もひん曲がっており、すぐに体を起こすも相当ふらついている。
邪魔者を1人排除したラカンはそのまま踵を返して本命であるハルカにまたも馬ごと速度を上げて突っ込んでいった。
流石に名高い暗闇夜天族の跡継ぎだ。
同じ手で挑むのは愚策だと判断した大将軍は両手の二刀を胸の前で交差させると

どんっっっ!!!!!・・・・・しゃしゃしゃしゃっ、しゃいっしゃきんっ!!!

騎乗から飛んで回転を加えながらその剣をハルカに向けて振り回す。
一瞬で六撃もの剣閃を飛ばすも4つは躱され2つが受け流される。だかここで彼の攻撃は終わらない。
着地と同時に目を妖しく光らせた大将軍は騎乗時より更に速い剣戟を繰り出すと
躱す事が不可能な暗殺者はそれを細かく捌こうと直刀と苦無を両手に慌ただしく体を動かす。

がきっ!がきんっ!!がっ!!ががっ!!がきんっ!!がががががっ!!!

防戦一方な少女に少しの違和感を覚えるもラカンが手心を加える理由もない。
体全体の動きに拍車をかけて左右上下へと攻撃に変化をつけていくといくらか攻撃が掠めるようになっていった。
傍から見れば少女が劣勢のようだが彼女には1つの策がある。
それに誰一人気が付かないまま2人の戦いは5分を超えていた。





 攻め手も守り手も休みなく動き続けるというのは疲れるものだ。
5分を超えてからもその怒涛の攻めに陰りの見えない姿を捉えていたハルカは内心焦っていた。
『緑緋』という言葉は初めて耳にしたが確か昔、父の発言だったか。
『緋色を宿す者は緑紅の頂点に立つ』と言っていたのを覚えていた。
つまり元は同族のはずなのだ。
よって異能の力も短時間で効果が切れる。そう睨んで無理な反撃を控えていたのだが、
ここまで攻撃の手を緩めない者を相手にするとこちらの体力が先に底をつきそうだ。

ハルカとしては『ボラムス』の元国王が口にしたこの男から
リリーとルルーの暗殺集団についての情報を拾い上げたかっただけだった。
もちろんただで教えてもらえるわけもなく、金か力ずくかの二択にはなるだろうと踏んではいたが、

びっ!!びびっ!!!

いくらかの剣戟が彼女の胴を掠めて帷子を斬り裂く。
流石『リングストン』にこの人ありと言われるだけの事はある。
ラカンの途切れない攻撃を前に体力と思考力が奪われていくハルカ。
(・・・どうする?どうしよう?)
地面にも多数の亀裂が入り始めたので少し移動して足場のよい所に誘い込むも
またすぐにずたずたに斬り裂かれる為安定を確保するのが難しくなってくる。

手持ちの武器が壊れたバラビアは悔しそうにこちらを眺めつつ、
ヴァッツに関しては手を出さないよう釘を刺しておいたがその眼光から別の威圧感を覚えた。

このままではまたあいつに助けられて終わってしまう可能性が出てくる・・・

暗闇夜天族の頭領として、親しい人間達の人生を狂わせた元凶を掴むまでは自分だけの力で何とかしたい。
『緑緋』の力が枯れるのを待つ策略を諦めたハルカは、

がきんっっっ・・・・・!!!

少し油断のあった剣戟に思いっきり直刀を叩きつけて跳ねのける。
覚悟を決めた最高位の暗殺者は咄嗟に刀を口に咥えると両手を懐に入れて8本の棒手裏剣を乱れ飛ばす。
体幹が揺れるラカンは致命傷こそ追わなかったが
眠れる獅子がいきなり襲い掛かってきたような激しい反撃に2本の牙を捌ききれずにその身に傷を負った。
まるでカズキのように、いや、カスキ以上にしなやかで素早い攻撃は鞭の連撃を彷彿とさせる。
少女特有のしなる体から繰り出される剣閃と変化に富む虚を突いた投擲が
攻勢だった『緑緋』の男を大いに苦しませ始めると、
いよいよ戦いの決着が近くなっているのを後方に待機していた『トリスト』軍勢も感じ取っていた。

しゃしゃしゃしゃっ、がっ!!ざんっ!!ざざんっ!!!

そもそも体の大きさからハルカが有利を取っていた。的と考えればより分かりやすいだろう。
しっかりと狙いを定めねば傷を与えられないラカンと振って投げればかなりの確率で攻撃が当たるハルカ。
本気で反撃をし始めた暗闇夜天族の頭領は大将軍の速さを上回り始めたのも大きな要因だ。

先程と違って攻防が入れ替わり、いつの間にか防戦一方になる『緑緋』の男。
致命傷ではないが、その体に確実な攻撃を加えていく暗殺者。
10分以上お互いが激しく動き続ける中、そろそろ決着がつくだろうと誰もが思った時。

びっ!!!

ヴァッツが誰の目にも捉える事が出来ない速さで2人の中に割って入ると
ラカンの右手に握られていた長剣を指でつまんで止めていた。





 戦い続けるというのはそれだけでも多大な体力を消耗する。
最初は防戦に徹していたが、
相手の能力が枯渇する前にやられる気配を察したハルカはその後確実に殺す為の戦いを開始した。
瞬間的な強さは彼女の方が上だったのだろう。
一気に攻守が逆転すると今度はラカン側が防戦一方に回った。
これを何としても突破しなければならなかったハルカだったがかすり傷こそ負わせたものの致命傷までは至らず、
結果先程まで考えていた策を相手に利用されると自身の体力に陰りが見えた所を狙われてしまった。

だがハルカの左腹部を貫こうとしていた長剣は絶対的な力を持つ少年に止められると、

「・・・・・こ・・・の・・・」
いつものように悪態をつきたかったが息が上がってそれどころれはない少女。
「なるほど。相当な力を持っているらしいな?」
右手の長剣を摘まんだだけで動きを封じられたラカンは息を切らす事無く静かに尋ねながら
今度は左の剣を彼に叩きつけるが、

びきっ!!ぎゅきゅきゅ・・・・!!!

それは摘ままれるなどと優しい事はされず彼の手の平で受けた瞬間握りつぶされた。
想像を絶する圧力に溶けながらも砕けた長剣を唖然としながら眺める『緑緋』の男は諦めたようにそれを地に捨てると、
「・・・これは勝てそうにないな。」
諦めたかのように摘ままれていた右手の剣も手放すと両手を下げて数歩下がる。
目から緋色の炎が無くなっている事を見るにどうやら本気で降参したらしい。

(・・・また助けられちゃった・・・ううん、今はそんな事より)

「もう二度とここに攻めてこないでね?」
摘まんだままの剣を返しながらそう言ったヴァッツに誰もが驚いた。
武器を返すという行動はすなわち相手を逃がすと同義だからだ。
現在ヴァッツがやったらしい巨大な崖が退路を塞ぎ、ラカン1人がこちらの軍勢に囲まれている。
そして力の差も歴然なのだ。ここは捕えて交渉に持っていくのが一般的な流れだろう。が、
そのような一般知識を持ち合わせていない『トリスト』の大将軍は当たり前のように皆を驚かせる行動を取る。

一瞬誰もが考えてそれを止めようかと悩んだ。

しかしそんな好機を歴戦の猛者が見逃すはずもなく、
「・・・では今度は遊びに来てやろう。」
渡された長剣を受け取って鞘に戻したラカンは堂々と皆に背を向けて後方で待つ馬まで歩いて行く。
そしてそれに跨った所で、
「待って!!私の質問がまだ終わってないわよ?!」
辛うじて呼吸を整えたハルカが慌ててそれを制しようとしたが、
「お互い命拾いしたな。」
それだけ言い残すと崖沿いを西に向かって駆けて行った。







「と、まぁこんな感じだ!!ヴァッツ様1人で全てを解決させたといっても過言ではないだろう!!」
その戦いの場にいた者達は大きく何度も頷いて逸話のような内容を肯定していたが、
ワイルデル領に派遣された人間からすればにわかに信じがたい。
「・・・崖って・・・地面を持ち上げて?それで5万の大軍を切り離す?うーん。」
自国の大将軍がやった行いなので強く反論する事はしなくてもやはり疑惑を口にせざるを得ない。
個々で様々な反応を見せる中、クレイスとカズキだけは、
「そういう戦い方も出来るのか。馬鹿力ゆえの発想だなぁ。」
「だね~。しまいには山も持ち上げちゃいそうだよね。」
彼の話を全く疑う事をせず、アルガハバム領で歓待を受けているであろう友に思いを馳せるのであった。





 アルガハバム領にいた『トリスト』の精鋭がワイルデル領に援軍として向かった為、
祝勝の宴はかなり少数で行われていたのもある。だが、
「・・・何で邪魔したの?」
暗闇夜天乃ハルカはその結果に納得がいっていない様子を隠すことなく怒りを露わにしていた。
とても従者とは思えない言動にガビアムも諫めるべきか悩むも、
「だってあのままじゃハルカ危なかったでしょ?」
あの大きな崖が突如現れてからかなり取り乱しはしたものの、
ラカンとの一騎打ちが始まると気持ちを抑えつつ後方からその様子を見てはいた。
最初は防戦一方だったが途中から攻守が逆転し、その動きを追うのも精一杯だったのだが
最後にはヴァッツが2人の間に入って来た事でその戦いは終わった。
「そうだぞ!旦那様はお前の命を救ったんだ!!なのになんて言い草だ?!」
相変わらず大将軍を自身の夫と言ってきかない従者の女は正論を返すも暗殺者は分かりやすく不貞腐れている。
おかしい・・・祝いの宴だったはずが
主役だった2人がぎくしゃくしているせいで周りも全く盛り上がらずそのやり取りを静かに注視する。
「・・・わかってるわよ。ごめん。」
暗殺者一家の頭領としてか従者としての役割を優先したのか。
割と素直に謝罪をした事で場に少しだけ和やかな雰囲気が漂ってくるも、
最初に出会った時の印象と全く違った様子を見せているヴァッツとハルカをガビアムは見逃さない。
彼女は何か隠している。
恐らくラカンに関係しているというのは間違いないはずだが暗闇夜天族が一体彼に何の用があるのだろう。

そしてヴァッツ。
一瞬だがハルカを見る目に少年とは思えぬほどの深い優しさを見た。

想像を超える力といい一体彼は何者なのだ?

俄然興味が湧いてきたガビアムはこの後彼を何とか自身の配下にしようと知恵を働かせるようになる。







ラカンがかなり回り道をして崖に取り残されていた軍勢と合流した時、
死者こそ出てはいなかったものの荷は崩れ、多数の人間が隆起した大地の影響で怪我を負ったという報告を受けた。
士気も大きく下がっていてこれでは戦にならなかったな、と内心ため息をつくと
「全員退却だ。」
速やかに命令を下すと軍勢は何が何だか訳が分からないといった表情になる。これはラカンとて同じだ。
いきなり目の前に現れた聞いた事のない国の大将軍。
まだ少年ながらもその力は自身を遥かに超えるものだ。
いや、そもそも大地を持ち上げて軍勢を分離するなど古今東西聞いた事が無い。
帰路につく中、彼の正体について考えるも途中から思考は別の方向へ向かっていく。



王都へ到着するとすぐに伝令からアルガハバム領での敗北。
そして『ボラムス』に送った1万はほぼ全滅という旨を告げられて頭が痛くなった。
ナーグウェイ領では最低限の仕事こそ終えたものの、今回は完全に大敗北だ。
ただ彼にはそこまでの悲壮感はなく、むしろ『ネ=ウィン』をも超える脅威について
この身をもって計れた事をしっかり大王に報告する必要があるだろう。
軍を解散したラカンはいち早くネヴラディンの下に赴くと、
「ラカン。お前が敗北するとはな。何があった?」
残虐だが有能な大王は怒りよりも驚きを浮かべながら早速話をするように促してきた。
他の2か所は直接この目で見たわけではないので自身の伝令からの話をそのままするしかない。
ワイルデル領では途中『ネ=ウィン』の空を飛ぶ部隊が助力に加わってくれたものの、
金の髪と真っ白な翼を持つ少女と『羅刹』が敵に現れた事で敗北してしまい、
『ボラムス』に関してはいきなり空から山のような大岩が降って来た為に軍は壊滅。
その後戦意を喪失する中、周囲に仕込まれていた伏兵によって完膚なきまでに蹴散らされたそうだ。
「我が軍は1人の少年によって戦場から寸断された。」
アルガハバム領での出来事を静かに話し出すラカン。
帰国するまでの間ずっと考えてて纏め上げた説明をすらすらと声に出す事でネヴラディンはどんどん真顔になっていく。
「・・・・・お前が嘘を言うとは思えんが、にわかに信じがたいな。」
それはそうだろう。
あれを目の当たりにしない限りは信じてもらえると思っていなかったし、未だ自分でも信じられないといった思いがある。

なのでラカンは最も重要な話を切り出した。
「問題はあの少年を排除する方法だ。
こういった事が得意ではない私が考えた物なので詳しい策を練るまでは出来なかったが・・・」
彼は強い。真っ向勝負、いや、力で押し通すのは例え不意を突いても絶対に不可能だろう。
「毒を使う。搦め手の常套手段ですがこれ以外に方法はないかと。」
「ふむ・・・・・」
どんな軍勢も圧倒してきた『リングストン』の大将軍が口にする内容ではない。
しかしそんな事を言っていられる場合でもないのだ。
「・・・お前の持つ暗殺部隊でも不可能か?」
「・・・さて?私はそのような物は存じ上げぬが?」
不意に話を振られるも、ラカンはおくびにも出さずさらりと返答する。
若干の沈黙の後、
「フ。まぁよい。お前がそこまで言うのなら私が直接この手を下そう。」

ネヴラディンとラカン。
お互いがお互いを最大限に認め合い、そして利用し合う仲なのもとうに知っている。
報告を終えた大将軍は静かに退室した後、
大王は排除よりもまずは自国への引き抜きを画策しはじめるのだった。

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