闇を統べる者

吉岡我龍

天族と魔族 -大将軍と王女と暗殺者-


 『ネ=ウィン』という戦闘国家は
桁外れの軍事力を売りに周辺国には威圧と安全を約束することで貢納品を集めている。
それだけでも十分国として成り立つのだが、
国の特色として兵糧確保の農業と武具産業がとても隆盛を築いていた。

立地としては悪くない、王都『ネ=ウィン』の城下町にある小さな武具屋。

本筋からは逸れた裏通りに店を構えてはいるものの、
兵士達にそこそこの人気があるこの店では今年16歳になったばかりの青年が店番をしていた。
一度は『ネ=ウィン』の正規兵になる事を夢見るものの父がそれなりの武具職人だったのと、
修練の辛さに根を上げてしまったので店を継ぐという方向に人生の舵をきってもう8年になる。
自身も鍛冶場に入ってそちらの修行も続けているも、父のような業物が中々出来ない。
「経験と修行が物をいう世界だ。あと10年も続ければ納得のいく物が出来るさ。」
父はそう言ってくれているがどうにも手ごたえを感じない日々が続く。
この日は来店も少なく、目にかかるほど伸びてきた黒髪を指で摘まみながら
漠然とした不安と不満を考えながら人通りの少ない前の道に目をやっていると、
「ふむ。この店は武器を買い取ったりしてくれるのかね?」
ずっと正面を向いていたはずだ。
なのにその視界にはいつの間にか黒い外套を頭から被った魔術師らしき人物が映っていた。
「へ、へい!いらっしゃい!!モノにもよるんですが。よかったら一度見て見ましょうか?」
慌てて椅子を立ち上がるとその男に近づく。
妙な雰囲気を纏った外套の客は店員であるセンフィスよりかなり背が高く、
魔術師団を保有するこの国でも滅多に会えない存在から彼の心も軽く踊り出す。
「ふむ。これなんだが・・・・・」
そう言って外套の隙間から出てきたのは右手に握られていた黒い鞘に収まった妙な曲刀だった。
しかしその繊細な細工からして絶対に名のある職人のものだろう。
一瞬で目と心が奪われるも何故こんな裏通りの小さな店にこんな逸品を?
という真っ当な疑問も浮かんできたが、彼は鍛冶職人見習い兼将来は店を継ぐ人間だ。
「えっと。一度預からせて頂いても?」
しかし名品を鑑定するというのは自身の腕や感性を磨くという意味では大いに勉強になるだろう。
店の有り金全てを使っても買い取れるとは思えないが
しっかり目に焼き付けてその技術を少しでも吸収出来れば・・・。
「ふむ。構わんよ。」
心なしか黒い靄を纏っているそれを両手で丁寧に受け取ると、

しゃん・・・っ!

何故か体が勝手に動き出してその剣を素早く抜いて構え出す。
「え?あ、あれ?」
鞘から現れた刀身も波打つような流線形で黒い鋼色が鈍く光っており、しかし重さがほとんど感じられない。
鉄ではない・・・?
いや、それよりもまずは派手に抜いてしまった事について謝らなくては。
そして部屋の奥にある拡大鏡で細工をよく観察してじっくり鑑定してみたい。
「ふむ。それは君を気に入ったようだ。」
だが外套の客は少し楽しそうにそう言い残すと目の前からすっと消えてしまった。
「・・・え?!ちょっと?!お客さん?!」
見た事のない魔術、いや、魔術自体を初めて目の当たりにするので余計に慌てて声を掛けるも、

「それは君にやろう。戦いが全てを支配するこの国で、是非それの力を試してみたまえ。」

姿の消えた外套の男はそう言い残した後いくら呼びかけても答えが返ってくる事はなかった。



彼の言葉が脳内で反芻される中、どうするか途方に暮れるセンフィス。
戦いが全てを支配する国『ネ=ウィン』。ここでこの剣を振るえというのか?
しかし戦士としての生き方は8年も前に捨てている。
そのような戯言よりもまずは職人としてこの剣についての興味が勝った。
急いで部屋の奥にある拡大鏡を片手にじっくりとその細工を調べ始めるセンフィス。
「・・・す、すげぇ・・・どうやってこんなの作ったんだ?」
柄や鍔に施された龍だろうか?装飾は直接掘り起こしてあるのだろう。
継ぎ目が全くない上に鋭い切り口はやすりで整えた傷が見つからない。
黒く美しい靄が見える流線形の刀身はどうやって作ったのか。
ただしっかりと刃が出来上がっている以上斬れ味はある程度あるのかと予測は出来る。

美しすぎる剣に心を奪われてひたすら眺め続けていたセンフィスは頭を振って次の行動に移す。

店の裏手に設置してある試し斬り用の木偶の前に立つと先程と同じようにすらりと抜刀した。
とにかく軽い。
全く重さを感じないので手に収まっているのかどうか不安になるほどだが、
軽いというのは剣を振るうに当たって短所になり得ることもなる。
もしかして儀式用の品なのかもしれないな・・・そう考えると様々な仕様も納得がいく。
なので下手に形が崩れないようにむしろかなりの手加減を加えて刃を下ろしてみたのだが、

すこん

ほとんど力も入れていないのに一刀両断されて軽快な音と共に木偶が2つに割れて上部が地に落ちていた。
(・・・何だこれ?本当に・・・剣なのか?)
本来木偶というのは試しに斬り込んでみて手に馴染むかどうかを確かめる為に置いてある。
決して切断される為に置いてあるものではないし、
簡単に切断出来ないようにどの店でもそれなりの太さと大きさの物を使うのだ。

今、自分の目の前では見た事のない美しい剣が見た事もない光景をセンフィスに植え付けようとしている。

どうする?国に報告して買い取ってもらおうか?
しかしこれほどの美しい剣を手放すのはとても惜しい・・・

答えが出せぬまま、家族にも内緒で自室にしまい込むことを決意したセンフィス。
この後すぐに彼の名は国中に轟くことになる。





 「あー!!くっそ!!!お前達何か悪さしてないか?!」
ヴァッツの従者である3人は一日おきに誰が御者席に座るかを毎回じゃんけんで決めていた。
『アデルハイド』を出発して一週間。
常にバラビアが負け続けていたので彼女は機嫌の悪さも相まって2人の少女に疑いの目を向けていた。
「言い掛かりだわ~単純に運の強さでしょ?」
「そうです。私達が何をすれば貴方だけ負けるように仕向けられるというのですか?」
ハルカはにやにやしながら挑発するように答え、時雨は言い掛かりに毅然とした態度で反論している。
「最初に決めた事だし文句言わないの。」
ここに王女の仲裁が入る事で仕方なく従うバラビア。それを見かねて、
「じゃあオレが・・・」
心優しいヴァッツが代ろうとするが、
「いけませんヴァッツ様。これは私達が話し合って決めた事。
例え主とはいえ時には口を挟んではいけない事もあるのです。」
時雨は諭すように彼に伝えると、少し寂しそうな顔をしながらも頷いて馬車に乗り込む。
その表情を見て少し心が痛むも(これも全てヴァッツ様の為だ)と言い聞かせながら自分も後から続いた。

『シャリーゼ』まで真っ直ぐに進む予定だったが途中伝令から連絡があり
現在は『ボラムス』に向かって馬車を進めている。
あと二日もすれば到着するだろうと考えながら窓の外を眺めていると、
「悪さはしてないけど何かやってはいるわよね?」
隣に座っていたハルカがいやらしい笑みを浮かべて時雨に尋ねてきた。
それに反応してヴァッツやアルヴィーヌもこちらに視線を向けてきたので、
「何をすればじゃんけんに勝てるというんです?」
悟られないように疑いを晴らすべく静かに返すと、
「うーん。貴方と戦った時も思ったんだけど、時雨って相手の動きを読むのが凄く上手よね?」
まずい。
というか流石は暗闇夜天族の頭領だ。
戦いといってもほぼ一方的に痛めつけられただけなのだがそれでも時雨の動きに疑問を感じていたらしい。
「だって時雨は相手の先読みを出来るから。」
どうやって誤魔化そうか悩んでいるとアルヴィーヌの背後から撃たれるかの発言に凍り付く。
御世話役として7年目に入っている為、彼女との付き合いは長く深い。
「先読みって何?」
いつものヴァッツが小首を傾げてきょとんとした表情で聞いて来た。
これをされるともはや抗う術はなく、
「・・・・・私は相手がどういった動きをするのかが見えるのです。」
純粋な2人の連携に観念すると静かに自分の力を語る時雨にヴァッツとハルカが目を丸くして驚いていた。

これは異能の力と呼ぶには少し弱すぎる能力だ。
何故ならこの力は持ち主の強さに大きく比例する為である。
時雨くらいの人間が持っていたとしてもハルカのように格の違う相手と対峙した場合は
例えどのような攻撃が来るかわかっていても躱す事も受ける事も出来ない。

ただし、じゃんけんのような遊戯を行う場合には非常に重宝する。

「じゃあ予め相手が何を出してくるかわかるって事?」
最近のハルカはヴァッツに気を許しすぎてるせいか彼と似たような行動をしてくる。
小首を傾げてきょとんとしながら純粋な目でこちらを見るのは本当にやめてほしいと願うのだが、
「・・・はい。」
王女にばらされた以上もはや無理に隠し通す必要もないだろう。むしろここは、
「ところでハルカ。貴女も随分じゃんけんがお強いようで。何かからくりがあるのでは?」
時雨は自身の能力を使って勝つことが出来ていた。
ではハルカはどうなのだろう?
ここまでじゃんけんを7回ほどやってきたが全て最初の1回で勝負がついた。
しかも全部バラビアの1人負けだ。
この勝率には時雨も疑問を感じていたが
結果彼女をヴァッツから遠ざける事は出来ていた為今まで深く追求はしてこなかった。
「あら?私は簡単よ。貴女が出すのと同じのを出しているだけ。」
「・・・???」
どういうことだ?
別に事前に打ち合わせをしたわけでもないし、時雨が分かるのは本当に行動を起こす数秒前までだ。
「・・・わかった。ハルカは時雨が出した瞬間に同じのを出す。そうすれば勝てる。」
「そういう事!流石アルね。」
「どういう事???」
ハルカとアルヴィーヌだけは理解したようだがヴァッツと時雨は全く理解出来ない。
そこで、
「じゃあ試しに4人でじゃんけんしよう。時雨は私に勝ってみて。その時ハルカの手をよく見てればいい。」
「わ、わかりました。」
言われるがままじゃんけん勝負をしてみる時雨。その瞬間王女がグーを出すのが先読み出来たので
こちらは慌てずパーを出す。
そして隣に座るハルカの右手をよく見ていると・・・・・

「じゃんけんぽん!」

その握られた右手が皆の前に出す寸前で残像を残しながらパーになった。
疑問に思いながらハルカの顔を覗いてみるとこちらの右手に視線を向けている。
「つまり同時に出したかに見せて貴方の手を確認してから変えてたの。てへ。」

・・・・・

何のことはない。
つまり暗闇夜天族の頭領という高位能力者が持つ力を別の方向に使った全力後出しだった。

ネタ晴らしが終わって軽い笑いが広がる中、一同は懐かしの『ロークス』に入っていった。





 大都市での補給と休息を終えた一行は真っ直ぐ西に向かい3日目にはボラムス城に到着していた。
ファイケルヴィ率いる精鋭部隊がガゼルとハルカを加えて陥落させたのが去年の末近くの事だ。
現在は何故かガゼルが国王をやっているらしいがこれもスラヴォフィルの指示だというのだから納得するしかない。
「よぉ!!待ってたぜぇ?!」
開門と同時に王自らが出迎えてくれる。周辺国でいう常識とはかけ離れた行動だが、
「ガゼル!!久しぶり!!」
ヴァッツが勢いよく飛び降りて抱き着いて行く光景を見て思わず笑みがこぼれる。
以前と違いヴァッツは大将軍としての礼服を、
ガゼルは毛皮むき出しの服ではなくなったものの多少は小綺麗になって見た目だけでも王らしくなっている。
「へ~馬子にも衣裳っていうけど・・・へ~~」
ハルカも顎に手をやり足元から舐めまわすような視線でじろじろと見つめていた。
「ガゼルか。よろしく。私アルヴィーヌ。第一王女。」
アルヴィーヌが以前姿を現した時は時間がなかった為、今回はしっかりと挨拶を交わし、
「おう。俺はガゼル。『ボラムス』の王だが別に敬う必要はねーぜ?飾りだしな。」
がっはっはと自虐を笑いながらこちらも自己紹介を終えると、
「なんかこいつ私に匂いが似てるな・・・どこの部族だ?」
初対面のバラビアが鼻をひくひくさせながら同じ蛮族の出だと言い出すので、
「うん?俺は生まれも育ちもこの地だぞ?つか・・・何か匂うか?」
野性味はあっても彼女もそれなりの器量を持っている。
以前に彼はジェリアから散々おっさん呼ばわりされて凹んでいた部分もあり、
若い異性からの指摘には敏感なのだろう。
「長旅お疲れ様でした。ささ、まずは中に入って御身体をお休め下さい。」
城門を入ってすぐの所で盛り上がっていたので現在この国の補佐に入っているファイケルヴィが皆を中に案内する。
それなりに大きな居城のわりには人が少なく、この時はそれぞれが個室を与えられた。

湯場で埃と汗を落とした後は少し控え目の晩餐会が催されると、
そこでお互いが積もる話で盛り上がりながらその夜は楽しく更けていった。



次の日の朝、何故ヴァッツ達がここに呼ばれたのかの説明が始まった。
「ヴァッツ様の御力は大変強大だとお聞きしております。ですが
いくらそれが役に立つと言われましても大将軍様にこんな雑用をご依頼するのは私はどうかと思うのです。」
「つまりだ。ヴァッツ。この国に安全な国境線がほしい。ちょっと作るのを手伝ってくれねぇか?」
ファイケルヴィが白い目で非難の視線を送るも本人は全く意に介していないらしい。
これには時雨もファイケルヴィに同意だ。
まず敬称をつけていない。そして頼み方も頼む内容も滅茶苦茶だ。
本心は棒手裏剣を投げつけたい、だが、彼は何故かヴァッツと仲が良い。
「うん!!わかった!!で、オレは何をすればいい?」
そんなガゼルの頼みを快く引き受けた彼は早速皆と国境付近に移動する。
ファイケルヴィの情報だと今は反旗を翻したアルガハバム領のガビアムと
無法地帯と化しているワイルデル領で手一杯らしくこちらは後回しにされるだろうとの事。
なのでこの隙に強固な壁を築こうというのだ。
現場に到着すると一同が集められて建築に詳しい人間がその防壁について説明を始める。
その話を皆が黙って聞く中、何を思ったのかガゼルは隣にいたヴァッツの足元に棒で何かを描き始めた。
説明そっちのけでその落書きが終わると説明も終わり、
「つまりだ。ここにある『ボラムス』をこういう風に壁で囲ってほしいんだ。」
ガゼルはヴァッツに分かりやすいようにその地面の地図に土を持って防壁を作って見せた。
(なるほど・・・話だけではわからないだろうと思い先手を打っていたか。)
年の功なのか性格なのか。こういう所はガゼルの優れている所だと素直に感心する時雨。
更にとなりでその落書きを覗き込んでいたアルヴィーヌが突如銀髪と翼を生やすとヴァッツを抱えて真上に飛んだ。
「そういやあのお嬢ちゃんはそういう事が出来るんだったな。」
恐らく彼の落書きと地理を正確に照らし合わせる為にそのような行動を取ったのだろう。
しかし説明を受けていた限りではこの防壁を組み上げるのには相当な時間と労力が必要だろう。
いくら優先順位が低いからと言って小国とはいえこの『ボラムス』を囲うのは国民からしてもかなりの負担になるはずだ。
「おーい。アル降りてきてー。」
何を思ったのかハルカが上空で下見をしていた2人を呼んだので不思議に思うも、
ガゼルとヴァッツの関係もその取り巻く人間関係もわからない部外者達は更に困惑して見守っていた。

「どうしたの?」
降りてくると同時に翼が消えて長く美しかった銀髪もひっこんでいつもの短髪に戻るアルヴィーヌ。
「えっとね。今聞いてた説明じゃ時間がかかる上に強度もいまいちだと思うのよ。なので1つ提案。」
ハルカが建築の説明をした人物とガゼル、そしてファイケルヴィを手招きして集めると、
「いっそここから西にある岩山から岩を持ってきてそれを並べればいいんじゃない?」
その発言に彼の力を知らない者達はわかりやすく呆れかえる。しかし彼女の話はそれで終わらない。
「で、この国境線にある邪魔になりそうな木々は先に取り除いて。
その上から高さと重さのある岩を積んでいく。あの馬鹿力なら簡単でしょ。」
ヴァッツを信頼してからか、それとも彼を試そうとしているのか。
少し意地の悪そうな微笑みを向けられたヴァッツだったが、
「それでいいの?だったらすぐやるよ。」
「待て待て。その案だと全部こいつに任せっきりになりそうだしそれは気が引ける。」
ハルカの案にヴァッツの身を重んじて渋る姿に少し感動を覚える時雨。
『シャリーゼ』を半壊にしてまで脱獄させた時とは随分かわったようだ。
「い、いや。そもそもそのようなことが可能なのでしょうか?」
何も知らないファイケルヴィはあまりに荒唐無稽な意見をやり取りしている2人に口を挟んだ。
それに似たような雰囲気で見守るバラビアも心配そうにしているが、
「大丈夫大丈夫。馬鹿力だけは私が保障するから。じゃあ決まりね。」
何故お前が保障するんだ?!と口に出す前に、
「よっし!じゃあさっさと終わらせよう。アル、ちょっと空から見て方向教えてくれる?」
「わかった。」
普段は面倒くさがる王女も再び翼だけ生やした状態になると上空に飛びあがり、
「多分かなり大きな岩を並べると思うからそうね・・・木は岩の幅を考えて5本分くらい抜いてもらえる?
あと抜いた気はこっちの『ボラムス』側に放り投げといて。」
「うん!じゃあいってみよう!」

ずぼっ!!ずぼっ!!ずぼっ!!

少年少女の3人による大開拓と工事が始まり出すと残された人間は休む暇もなく
ヴァッツが根っこから引き抜いた木々の後処理に追われ出した。





 流石にヴァッツが力持ちであり『ボラムス』が小国といえど一日で全てを終わらせるのは不可能だった。
だが日が暮れる前には西側が全て大きな岩の頑強な大岩の壁で囲まれていた。
「ふぅ~。流石に指示を出すだけでもずっと働くのは疲れるわね。」
ずっとヴァッツの横で付きっきりだったハルカは大きなため息とわずかな汗をぬぐいながら水筒の水を飲む。
国境線の全てに木々があった訳ではないので草原になってる場所などはただ岩を並べるだけでよかった。
しかしそれらが全て三間(約5.4m)以上の大岩であり、
多少の隙間はあるもののこれをずらりと並べ続けていたヴァッツに疲れは微塵も感じられない。
「急ぐならオレ1人で夜もやっとこうか?」
「駄目よ。あんた建築の知識ないでしょ?ここまでうまく組めたのは半分以上私のお陰なの!」
何故彼女が自信満々に防壁の話をし出したのか。
ハルカは暗闇夜天族の頭領であり、その知識は暗殺術だけに留まらず基礎知識なら医術、建築術、話術に
調理とかなり広い分野での知識を身につけていた。
今回の防壁もそれを生かしての発案だったのだが、
「いやほんと。お前らには参ったぜ。ありがとよ!」
全てを信じて託したガゼルは中央の現場詰所へ戻ってきた3人に心から感謝を述べる。
「残りの東側は岩山から遠いから少し時間がかかるかもだけど、まぁそれでも明日中には終わると思うわ。」
「誠に感謝いたします。
アルヴィーヌ様もヴァッツ様もハルカ様も高名なのは存じ上げておりましたがまさかこれほどとは。
このファイケルヴィ、世間知らずな自分を恥じ入るばかりです。」
最初は戸惑っていたファイケルヴィも驚きと喜びで顔がほころびっぱなしだ。
むしろハルカとしては最初に向けられていた時雨からの非難じみた視線だけが気になっていたが、
結果としてはアルヴィーヌも快く手伝ってくれたので上々だろう。
何より本当に疲れ知らずなヴァッツのお陰で
まさか一日で国の半分を覆う程の頑強な防壁が出来た事に心から喜びを感じてしまう。

(・・・いやいや!これは私の手柄私の手柄!私のお陰私のお陰!)

気を緩めればその喜びをヴァッツの胸に飛び込んで分かち合いそうになるので必死になって堪えるハルカ。

クレイスを殺そうとしたあの夜。
正確には殺す気はなかったあの夜。
ただ痛めつける為に起こした行動だったが自身の放った直刀が彼の肩に刺さったのには内心驚いた。
そしてヴァッツが現れた後我を見失って殺そうとした本気の一刀は全く届かなかった。

全てを諦めて絶望した。

処刑されたかった。誰かに終わらせてほしかった。悲しみの渦中にいた自分の命を。



何度もあの時の事を思い出す。



あれから1つだけ結論を出した。
絶望の中、死を望む彼女をヴァッツが優しく包むように慰めるように抱きしめてくれた。
恐らくあの時だ。ハルカの悲しみが急激に収まっていったのは。
これに関しては誰かに相談出来る訳もなく自分の中のみで留めているのだが、
彼に抱きしめられた時、まるで生き返ったかのような、自分が生まれ変わったかのような錯覚を覚えた。

その後にスラヴォフィルが友人達を集めて諭してくれた。

彼女達の温かい気持ちに感極まり、生きる事を選んだのは間違いない。
しかし深い悲しみを和らげてくたのは恐らくヴァッツの行動・・・のはずだ。
偉大な成果に防壁作りを担っていたボラムス民達も野外で大いに宴を楽しむ中、
少し離れた場所からヴァッツを見つめるハルカ。

彼は一体何者なのだろう。いや、彼の持つ異能の力の正体とは一体何なのだろう。

『闇を統べる者』の存在は知っている。
だがあの日、その気配はなかった。
恐らくヴァッツ自身の何かにハルカの心は癒されたのだ。
「そんなにヴァッツが気になる?」
隣に座っていたアルヴィーヌが自分の話を全く聞いていなかったハルカにむくれながら尋ねる。
「え?!あ?!いや?!そそそ、そんな訳ないでしょ?!」
「むーー。わかりやすい嘘。皆ヴァッツが好きなんだね。」
そんな事を言ってくるので慌てて否定しようとするも口が開かない。
好きにも色々あるのだ。バラビアのように妻にしてほしいという好きやクレイスのように友としての好き。

ならば自分はヴァッツにどういった『好き』を持っているのだろう?

あの日以来嫌ったり怖がる気持ちは一切なくなった。

「嫌いじゃないだけよ!!好き・・・私はアルの方が好き!!」
この答えは未だ気持ちの整理出来ていない彼女には難しい。
とりあえず間違いのない好きを公言して隣にいたアルヴィーヌを強く抱きしめた事で話をうやむやにするハルカ。


次の日も朝早くから3人が主導で動くと要領を覚えた周囲の協力もあって
僅か二日で後ほど世界最堅とその名を轟かせる境界線のほとんどが完成した。





 「あとは上に足場を組めばいいんじゃない?」
壁という部分はヴァッツの運んできた岩で形として完成していたので、
防壁として使えるように最後の提案をしたハルカに工事の監督者やファイケルヴィ、ガゼルも深く頷いた。
「仕上げは国の人間だけで十分完成させる事が出来るでしょう。皆様には深く感謝いたします。」
その夜は完成祝いとして今まで以上に豪華な酒食が用意されていた。
正確にはほぼ完成なのだがヴァッツ達もあまり足止めを食う訳にも行かなかったので
残りは『ボラムス』に任せて明日旅立つように話を進めていた。

(今回は全く役に立てなかったな・・・)
アルヴィーヌとハルカ、そしてヴァッツが囲まれて祝いの言葉を浴びる中、
凡そ自分では祝杯と呼べない杯を片手に遠くから羨望の眼差しを送る時雨。
得手不得手はあるので仕方がないといえばそれまでだが折角ヴァッツの配下になれたのだ。
出来れば早く結果を出したい。静かな表情に焦る心を隠していると、
「やっぱりあたいの旦那様は格が違ったな!!」
隣にはヴァッツにうっとりとした表情で熱い視線を向ける女がいた。
身に包む衣服こそ『トリスト』が用意した白を基調とする仕立ての良い物だったが、
未だに匙や箸などを使えず手掴みで食事をする様に野生の匂いを感じずにはいられない。
「貴方ね・・・ヴァッツ様はまだ12歳になられたばかりですよ?
いい加減その邪な心を捨てて誠心誠意を込めて仕えたらどうですか?」
時雨よりもジェリアよりも年上な女に食事の作法はさておき侮蔑の意味を込めて諫めるが本人は全く意に介していない。
しかし手にした酒を一気に飲み干してからこちらを一瞥すると、

「お前達は知らないだろう。東の大森林では今も未知の脅威に震えている。
あたいは一刻も早くヴァッツ様とその御子を授からなければならないのだ。」

真剣な表情になり、それでもヴァッツに対する敬意の念はそのままに彼の姿に見惚れるバラビア。
途中までしか聞いていないが、確か一番大きな部族にワイルデル領を任せたいと国王は言っていた。
時雨はこの時まだ知らなかったが件の蛮族ムンワープンと『トリスト』の関係はかなり深い。
そして現在その部族から連絡が途絶えた事でスラヴォフィル自らが調査をしに向かっている。
「確かムンワープン・・・でしたっけ?彼らが一夜で滅んだ話ですか?」
「ああ。それによりアンラーニ族が一気に幅を利かせ始めた。
ムンワープンを滅ぼした奴らとアンラーニ族。他部族はこの2つに抵抗する為に今も戦っているはずだ。」
だったら残りの部族で団結して対抗すればいいのでは?
と、何も知らなければ口に出しそうだが彼らは部族毎にそれぞれに強い信仰を持って生きている。
これをまとめるのが不可能に近い故『リングストン』すら侵攻せずに国境線を守るに留めているのだ。
「バイラント族は強いが、それでもアンラーニ族には敵わない。
親父と弟たちが凌いでいる間に何としてもあの力を持ち帰らないといけないんだ。」
「・・・・・」
家に捨てられて何の未練も愛着もない時雨からすれば少し羨ましくも思う話だが、
バラビアの部族がそこまで危険な状態だと知れば優しい主は応えてくれるはずだ。
まだヴァッツの事をよく知らないからか嫁と御子という拘りに行動を縛られているのか。
現在一位の従者である時雨は少し考えた後、
「・・・もしヴァッツ様との婚姻を諦めるというのであれば私から口添えしても構いませんよ?」
「何っ?!う、うーん・・・親父達には契りを結ぶまで帰らないと啖呵を切って来たしなぁ・・・」
「そのお父様達が殺されてしまってからでは遅いでしょう?」
「う、う、う、うーーん・・・・・」
切羽詰まっている為か、普段の粗野な行動はなりを潜めて必死で考え出すバラビア。
まさかここまで揺れ動いてくれるとは思っても見なかったので時雨は塩胡椒のきいた焼肉を口に入れながら、
「まぁこの任務が終わるまでに考えておいてください。返事はそれまで待ちますよ。」
言い残すと席を立ってヴァッツの下に向かう時雨。
予想以上に事がうまく運びそうな予感を覚えながら食べた焼肉はとろけるほど美味しい味がした。





 
 厳しい修練の次の日には全身が筋肉痛で動くのもやっとなクレイス。
しかしそんな彼の事情などお構いなしにこの日も朝から訓練場に集合して全員が点呼を行っていた。
「お前痛みには強いだろ?気にせず動いた方が楽になるぞ?」
と、カズキは言ってくれるが自分ではそんな風に思った事もなく、
むしろ何故クレイスが痛みに強いという話になっているのか甚だ疑問だった。
「ふむ。まぁ今日も動けるところまでついてくるがいい。」
部隊長は優しい笑顔でそう言ってくれるも正直走れるかどうかすら怪しい状態だ。だが、
「クレイス~頑張ってるか~?」
「クレイス様~!」
今日は朝から『トリスト』を代表する2人の美少女が個人名を呼びながら訓練場に現れてしまった。
その手には桶や手ぬぐい、水筒等を持っている事から恐らく彼への差し入れなのだろう。
気恥ずかしさと嬉しさで気持ちが高揚するも、
一瞬で周りから嫉妬の気配を浴びせられて瞬時に肝を冷やすクレイス。
ここにいる兵卒は『ネ=ウィン』をも凌ぐとされる精鋭、そこらの雑兵とは訳が違うのだ。
「イルフォシア様。リリー様。こんな朝早くからお疲れ様です。」
また部隊長が深々と頭を下げる中、王女がそれを手で制して訓練を進めるように促すと、
昨日と同じ訓練場での走り込みから始まった。

流石にこの2人に見守られている以上恥ずかしい恰好は見せられない。
最低でも昨日よりは結果を残さなければ・・・

必死で皆に追い付こうと走るもやはりどんどんと差が開いていく。
それでも筋肉痛を忘れて体を動かし続けると、今日はきっちり10周を終える事には成功する。
「よくやった!!」
「流石です!クレイス様!」
「頑張れクレイス様~!!」
気が付けばまた休憩中なのか、召使いの女の子達までが訓練場を見に来ている。
更に見た事もない将官らしき面々が部隊長の下に集まっているのも気になった。
「ほう。腰抜け王子でもこれくらいはこなせるのか。相当辛そうだがな?」
まだ若いながらも、口も目つきも悪い冷酷な笑みを浮かべた茶髪の男が
いやらしい笑みを浮かべてわざわざこちらに聞こえるように言い放つ。
今までの気配や空気から伝わってくる不満と違って真っ直ぐな言葉を投げつけられ少しギョッとするも、
「オスロー。少し口が過ぎるのではなくて?」
イルフォシアの厳しい視線に目をそらして口をとがらせる男。
昨日は走り切れずに座り込んでしまったが庇ってもらった以上それは出来ない。
周回遅れながらも足をぷるぷると震わせながら走り終わった同僚達の下に向かうと、
「フフッ。無理をするな。」
部隊長が笑いながら休憩するように命じてくれた。
そこに美少女2人がお茶と冷たく絞った手ぬぐいを渡してくれるのだから周囲の視線がいよいよ殺気じみてくる。
王族としての贔屓をしないという約束の為これはお断りした方がいいのでは?
しかし自分から切り出すとリリーはともかくイルフォシアには悪い印象を与えかねない。
それだけは避けたいクレイスが悩む中、
「しかし王女様自らがこういった事をされるのは周囲から見てもあまりよろしくありませんよ?」
先程オスローと呼ばれていた男がここにいる全男子を代表して諌言してくれる。
これには悪態をつかれたクレイスからしても正論であり憎まれ役を買って出てくれた形になったので
心の中では感謝を唱えて様子を伺っていると、
「あら?私は甥の大事な友人を見に来ているだけで他意はありませんよ?」
「あたしはヒマだから見に来てるんだが・・・邪魔かな?」
容姿とは裏腹に強かな王女がヴァッツをも巻き込む言い分をたてる反面、
本当にヒマを持て余しているのだろうリリーが少し申し訳なさそうにする。
そうなると今度は発言者であるオスローに避難の目が向くのだから理不尽だ。

「お二方、お気になさらずに。」
部隊長が場の空気を読んでその場を収めると昨日は全くついて行けなかった次の修練が始まった。

何回膝から崩れ落ちたかわからなかったが、
今日は不格好ながらも最後までやり遂げたクレイスはカズキにからかわれながらゆっくりとご飯を食べ終えた後、
まだ日も落ちきらぬうちに泥のような眠りについた。





 「ハルカが元気そうで安心したぜ。」
別れの際、ガゼルが意外な事を口走ったので一同が目をぱちくりとさせていると、
「うん!ハルカの事は任せて!オレがクンシェオルトの代わりにそばにいるから!」
あらゆる意味に受け取られそうな事を口走るヴァッツ。困惑や嫉妬が漂い始めると、
「私は強いの!貴方に助けられる事なんてないから!?」
顔を真っ赤にして早々に馬車の中へ隠れるハルカ。
それをみて安心したのかガゼルはヴァッツの頭を優しく撫でまわすと、
「クンシェオルトは争いの無い国を欲しがっていた。お前ならそれが出来るんじゃないかってな。
もし可能なら『トリスト』ってのをそういう国にしてやってくれ。」
「うん!!!」
いつも通りの元気な返事をすると『ボラムス』での仕事を終えた一行は一路西へ馬車を走らせた。



ガゼルの国から1週間もかからずに『シャリーゼ』のあった湖に到着すると、
そこには以前と全く違う光景が広がっていた。
「お~!きれいな湖じゃないか!後で泳ごう!!」
「え?わざわざ水にぬれるの?こんな寒い中?それって楽しいの?」
御者席に座る事を当たり前にしていたバラビアが行楽気分の発言をすると
アルヴィーヌが馬車から顔を覗かせて疑問を呈していた。
この辺りは比較的暖かい地域だが二月に入ったばかりで気温も相当低い。
王女の意見に心の中では激しく同意しながらも、五人を乗せた馬車は
城下町のあった場所から少し離れた所にかなり大規模な野営地が目に入ってきたのでそこに向かった。
気が付いた何人かがこちらに手を振り、見れば遠目からでもよくわかる体躯の男が1人。
「あ?!てめぇはヴァッツ!?それにハルカもか?!」
『ネ=ウィン』の4将であるフランドルがいつもと変わらぬ半裸姿で
それほど気心が知れた仲では無いにも関わらず驚きながら呼び捨てで声を掛けてくる。
「おい禿げ頭。あたいの旦那を呼び捨てとはいい度胸じゃないか?!」
「なぬっ?!」
御者席に仁王立ちするとそれなりに背丈の高いバラビアが更に高い位置から鋭い視線で見下ろす形になり、
4将らしからぬたじろぎ方をするフランドル。
正直これほどの大男がそんな仕草を見せるとは思わなかったので少し驚きつつもその気圧された姿を見て楽しんでいると、
「まじか?ヴァッツもう結婚したのか?早いな~おめでとう!」
後ろからクンシェオルトの葬儀時、何かとお世話になった元4将筆頭カーチフが笑顔で近づいてくる。
「いいえ。彼女が願望を口走っているだけです。」
流石にここは訂正を入れておかないと後々面倒になりかねない。
すっと馬車から降りて言い訳をした後2人に挨拶を交わす時雨。
周辺国に援助の要請をしていたのは知っていたがまさか4将が現地入りしているのには驚いた。
ハルカやアルヴィーヌもぴょんぴょんと馬車から元気よく飛び降りると、
「・・・何で王女までいるんだよ?『トリスト』はここを遊び場と勘違いしてるんじゃねぇか?」
「まぁ半分は当たってるかもね。」
フランドルの愚痴を軽く受け流すハルカ。
アルヴィーヌ本人も全く気にしていない様子で周りを珍しそうに見回している。

「・・・あれが『トリスト』の連中っすか?」

フェイカーの後ろにはこちらを伺っている青年が2人。その内の1人は、
「あ!サファヴだ!久しぶり!!」
「あ、ああ。覚えていてくれたんだ。えーっと。アスワットと一緒に会った少年だよね?」
器量がよく、映える金髪のせいか時雨も覚えていた。
たしか『リングストン』で斥候を担っていたはずだが・・・
「ほう?サファヴを知っているのか?
今は俺ん家で居候してるんだ。冬で暇を持て余していたから今回連れてきた。」
フェイカーが紹介するとヴァッツも納得しながら自己紹介をする。
「え?!大将軍?!ええ?!」
初対面の時と違って今は強国『トリスト』の最上位職に就いているので驚くのも無理はない。
軍権を全て握れる職位の為ラカンなどと同位だと考えるとその違和感は凄まじいだろう。
そんな驚く青年をよそにフェイカーの後ろに隠れていた青年にも挨拶をするヴァッツ。
「よ、よろしくっす。俺はシーヴァルっていうっす。」
訳が分からないといった様子で自己紹介を終えると、
「さて、まずはモレスト殿の下へ案内しよう。」
フェイカーが先導して歩き始めるとその後をついていく一行。
中央の他よりはやや大きめの陣幕の前には
以前出会った時とは比べ物にならない程みすぼらしい恰好をした中年の男が何やら話し込んでいる。
「モレスト殿!『トリスト』から待望の助っ人が来たぞ!」
フェイカーがそう言うと慌ててこちらを振り向いたモレストが一気に顔を緩めて笑顔を振りまいて来た。





 『シャリーゼ』にたどり着いた一行は早速瓦礫の撤去から取り掛かるように要請された。
「しかし『ネ=ウィン』ならともかくお前達まで労力奉仕を選ぶとはな。」
フェイカーが笑いながら茶化すも、
現在『トリスト』は急速な勢力拡大の最中故、物資は自国の分だけでいっぱいいっぱいなのだ。
更にヴァッツの力を余らせておくのは非常に勿体ない。
キシリングがどこまで考えてヴァッツとアルヴィーヌをここに送り出したかは不明だが、
単純な力作業なら彼ほど適切な人物はいないはずだ。
「まぁここに来る前一仕事してきてヴァッツが馬鹿みたいに役に立つのはわかったし。
ほらほら、さっそく取り掛かりましょ。」
いつの間に苦手意識を克服したのか、ハルカが自分からヴァッツに呼び掛けて作業を始めようとする。
(まぁずっと不仲よりは全然いいのかもしれないが・・・)
彼女はちょっと激情家な所があるにしても素直さではヴァッツやアルヴィーヌ、ルーに引けを取らない。
別に自分がヴァッツと結ばれたいなどと大それた野望を持つつもりはないが、
放っておけばどんどんと親密な中になりそうな気もしてくる。
時雨がそんな事をもやもやと考えていると、

ぶおん!!ぶおん!!ぶおん!!

いつか見た砂漠での光景が今度はここ『シャリーゼ』で再現され始める。
城のあった場所に散乱していた大岩がどんどんと同じ方向に投げられていくと、
寸分たがわぬ場所にずどん!!ずどん!!と大岩が降り注いでくる。
その着地点にハルカとフェイカーが待機していて、妙な弾み方をしてしまいそうな大岩に
打撃を加えて軌道を修正していた。
撤去に関しては『ボラムス』時より移動が少なかったため
日が落ちる前に城下町付近まですっかり綺麗な更地と化していた。



その夜は瓦礫の下敷きになっていた人間達の簡易的な葬儀が行われた。
途中その死体を見てヴァッツがかなり凹んでいたが、だからといって作業に影響する事もなく、
「非常に助かりました!流石シャリーゼ城を軽く半壊させるだけのお方だ。」
モレストは国にはいなかったが『ロークス』から帰って来た時その悲惨な光景と嘘のような話を聞いていた。
それが今回復興に向けて使われたという喜びは彼の中でも特別何かを感じたのだろう。
彼をはじめ、空を飛ぶ巨岩を見ていた人間達全員がヴァッツに畏敬の念を払っている。
「も、もう1回だ!!!」
しかし約一名、それらを微塵も感じさせない
自分の年齢の1/3にも満たない少年相手にむきになっている男が何度目かの腕相撲を挑んでいた。
「えー?もういいじゃん・・・」
いつも底抜けに明るいヴァッツをうんざりさせたという意味では
こちらこそ畏敬の念を払わなければならないかもしれない。
子供よりも子供のように負けず嫌いを周囲に見せつけながら腕相撲を挑むフランドル。
既に昼間の瓦礫撤去で計り知れない力の差を認識しているにも関わらずしつこく挑むのは
その性格以外にただ酒に酔っているだけだろうか?
「おい禿げ!旦那様はもう飽きている!いい加減付きまとうのを止めないとタコ殴りにするぞ?!」
「うぅ・・・お、俺は剃ってるんだ。禿げじゃねぇ・・・」
蛮族ならではの粗暴な言動に気迫負けする4将を見てフェイカーは顔に手をあてて大笑いしている。
その隙をついて時雨とアルヴィーヌが座っていた間に逃げ込むヴァッツはほっと一息ついていた。
逆隣りに座るハルカがそれを見て少し気分を損ねたようにも感じたが、まずは
「ヴァッツ様。あまり気乗りしないお誘いは毅然とした態度でお断りするのもまた礼儀ですよ?」
彼はずっと『迷わせの森』でほとんど人と接する事無く生活していた為、
出会いの大切さを知っているからか誰にでも明るく楽しく接しようとする。
だが今回のようにしつこい人間に付きまとわれた場合にはどうすればいいのか全くわからない様子だった。
「出た。時雨の小言。まぁ今回は時雨の言っている事が正しいと思う。」
出来立ての魚料理をついばみながら自身の苦い過去と照らし合わせてアルヴィーヌも同意する。
小言、と言われても仕方ない。彼女は王女達の御世話役なのだ。
時雨は良家で育った為、立ち居振る舞いや所作、礼儀などに精通していた。
それらを教えてほしいとスラヴォフィルに頼まれたので全力で応えるべく6年間傍についていたのだが、
「アル姫様。礼儀作法はこの先絶対に必要になってきます。
貴女もそろそろ本気で取り組んでもらわないと・・・」
つい城にいた時のように言い聞かそうとするとアルヴィーヌは両手で耳をふさいで目を閉じてしまった。

「・・・時雨も苦労してたのね。」
「・・・はい。」

その夜はバラビアがフランドルににらみを利かせてくれたお陰で以後何の問題も無く食事を終える事が出来た。







瓦礫を撤去してからはヴァッツは力を持て余していた。
家屋を作る為基礎を作るにしても岩や木を加工しなければならず、それらは職人達の進捗状況を待つしかない。
もちろん他の面々もそこまでの技術を持ち合わせていない為、
「では私達は一度ショウ様を訪ねてきます。」
一度彼の顔を見に行く事にした一行。
ここからなら往復で1週間もかからずに戻って来れるだろう。
「わかりました。戻られた時には沢山運搬をしていただけるよう出来る限り素材の作成を急いでおきます。」
すっかりヴァッツの力を気に入ったモレストは彼を中心に作業工程を考えるようになった。
復興作業を手伝う為にこの地にきたのでそれは構わないのだが
あまりに軽く扱われている気がしてどうにも腑に落ちない時雨。
「じゃあ行ってくる!いや~久しぶりに会えるな~!楽しみ!」
ただ、本人は全く気にしていないのでここは自分が我慢する事を選ぶ。すると、
「モレスト。ヴァッツはああいう性格だから気にしていないけど
『トリスト』の人間から見て仮にも大将軍を気軽に扱うのはどうかと思うわよ?」
意図は全く読めないが、ハルカがそんな事を言ってから馬車に乗り込んだので思わず顔が緩みそうになる。
「は、はい!それはもう!肝に銘じておきます!」
これこそ本来は従者である時雨の役目だっただろう。
その役目をかすめ取られた形になったが同時に嬉しさも湧き上がる。

ただ、恋心は抱いてほしくない。

我ながら少し我儘だなと自覚しながら複雑な乙女心を胸に
モレストへ軽く会釈をした時雨が乗り込むと馬車は南西に向かって走り出した。

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