闇を統べる者

吉岡我龍

道なき人生 -全てを失いし者-

 どれだけ眠っていたのだろうか。何故眠っていたのだろうか。
いつもは聡明な彼が直近の記憶すら思い出せないまま目を覚まして見慣れない天井を眺めていた。
何から思い出せばいいのか・・・だがそういった頭を使う事情の前に視界の見え方に疑問を持つ。
天井が良く描けている絵のように感じたのだ。立体感を、奥行きを感じない。
思わず右手を伸ばしてみるもそれなりに高さがあるようで届く事はなかったが。
(・・・・・まだ眠っているのだろうか?)
やっと働きだした頭脳でそんな事を考えながら体を起こすと体中には包帯が巻かれている事に気が付いた。

何かを思い出しそうだ・・・ふと先程伸ばした右手を今度は自分の顔に当てるとそこには大きな縦傷が入っている。

・・・・・

そうだ。確か自分はクンシェオルトに刺されて・・・いや、あれはユリアンだったか。
しかし問題はそこではない。
『シャリーゼ』が滅ぼされ、女王が殺された事実。そしてあの時・・・奴の細剣がショウの右目を貫いていた。

我ながらよく生きていたと感心するも、流石にそこから現在に至るまでの記憶がない。
そのお陰だろうか、いつもの自分なら憤怒に駆られて奴を探しに飛び出す所だが
まずは自分の置かれた状況を確認すべく冷静に周囲を見渡すショウ。
城内に居住を構えていた彼からすると非常にみすぼらしい内装、ここは庶民家だろうか?
傷の手当てや拘束されていない所をみると捕らわれた訳でもなさそうだ。

・・・ただ、目が覚めてからこちらを見てくる視線だけはずっと気になっていた。

向こうが話しかけて来る事も近づいてくることもなく息をひそめて観察しているような様子だったので
無理に接触しようと思わなかったのだ。

「あの・・・すみません。助けて頂いた方でしょうか?ここはどこですか?」

それでもこのままでは埒が明かない。
ショウはこちらから声を掛ける事を選ぶも、薄い水色の短い髪をもつ女の子は慌てて階段を下りて行った。
ということはここは2階かそれ以上の位置にある部屋か。
(やれやれ・・・しかし何故でしょう。いつもの自分ならもっと激昂するはずなのに・・・)
怪我が思っている以上に酷いせいか、頭の中がまだぼんやりしているせいか。
上手く感情を掴みとれないでいるショウはゆっくりと寝具から体を起こして先程の子の後を追って足を運ぼうとすると、
衣服がみすぼらしい物に変わっている事に初めて気が付いたのだった。

とんとんとん・・・

やはり体に相当な損傷が残っているようで体中が重く、ふらつきもひどく感じる。
ゆっくりと階段を下りていくと、
「おやまぁ?!本当に生き返ったんけ?!」
先程の子とは違って随分老齢な女性が驚きの声を上げていた。
生き返ったというのはさすがに相手の勘違いだろうと聞き流しつつ、
「あ、助けて下さった方ですか?本当にありがとうございました。」
まずは感謝を述べてそこから次の話題に入ろうとすると、
「助けたのはこの子だよ。ほらサーマ、この少年がありがとうってさ。」
すると小柄な老齢の女性の後ろから更に小柄な女の子がひょいと顔を覗かせてこちらを見つめてきた。
(あれは先程こちらを見てきた・・・)
サーマと呼ばれた少女は人見知りが激しいのか、ショウが一瞬その姿を目に入れただけでまたひょいと隠れてしまう。
2人が助けてくれた事は間違いなさそうなのでそれを心に留めながらも、
「あの。ここはどこですか?私は一体どれほど眠っていたのでしょう?」
気になる質問を続けるショウ。特にあの時『灼炎の力』を死ぬ覚悟で全て出し切ってしまった。
となれば反動がどれほど来ていたのか。今までにない経験なだけにまずはそこを確認しておきたかった。
「眠ってた・・・・・・ねぇ。
わたしが見た時は間違いなく死んでいたんだけどねぇ。あんたを拾ってきてから1か月ってところかね。」
少し訛りのある老齢な女性からそう告げられるとぼやけた体と頭にも衝撃が走った。
1カ月・・・ずっと寝ていたというのか?食事もとらずにそんな事が可能なのだろうか?
未だに空腹を感じないので自分の体ながらますます不思議に思っていると、
「ともかく目が覚めたのならちょっくら診てやるさね。こっち来な。」
そういって手招きした老婆に促されるまま別室に通されるショウ。
そこは小汚いながらもどうやら医療に精通している者が使う部屋のようで、
老婆は彼の腕を取り指で脈を計り始めた。
更に包帯を外して傷の治り具合を確かめると、大きな刀傷が入った右目を指で開きながら観察してくる。
「ふむ・・・目ん玉以外はほぼ治りかけといった所か。おぬしゃ本当に人間か?」
人間かという問いかけよりも目玉以外は治りかけという言葉の方が心にひっかかったショウは、
「あの・・・私の右目はいつ頃見えるようになりますか?」
記憶では確かに突き刺されたはずなのだが痛みや感覚からまた元に戻るだろうと。
そう思っての質問だったが、
「馬鹿こくでねぇ。これが致命傷だったんだぞ?そりゃ傷跡はもうちょいましにはなるだろうけど
目ん玉は無くなってるんだ。二度と右目で見えることは無ぇ。」
よほどの重傷だったらしく、失明という内容を伝えられたショウに悲観的な物はなく、
むしろ本当にそれだけの傷を負いながらよく生きていたものだと心の底から自分の体に感心していた。





 行く当てもなく、体調が万全には程遠かった彼は恩義を返す意味も含めて
「何かお手伝い出来る事はありませんか?」
と老婆に申し出ていた。
そもそも話でこそ今いる村の位置がある程度わかってはいたものの、
この村唯一の医者という彼女の命令により未だ外に出る事を許されていなかったのだ。
あれから空腹を感じないまま、
しかし体に栄養を与えねばならないという事で少量ながら食事を取り続ける事三日。
じわりじわりと体に力が戻りつつあるのを実感していたのでこの話を持ち掛けたのだ。
「うーん・・・そうさねぇ。じゃあサーマの荷物持ちを頼もうかね。」
そう言われると近くにいたサーマがこちらから姿を隠すように消えていく。
それでも当初よりは多少気を許してくれたらしくちらりと顔だけは覗かせていた。

この診療所で目を覚まして三日。

まず彼女が『シャリーゼ』での生き残りであった事、
そんなサーマを老婆が見つけた時、一緒にショウが倒れていた事、
そこでの凄惨な出来事を目の当たりにしたせいか生まれついてなのか、口がきけない事を教えられていた。

極度の人見知りから前者の理由な気もするが今はそれを尋ねる時期ではないらしい。
「わかりました。では一緒に行きましょう。」
ショウはいつもの慣れた作り笑顔を向けるもサーマはおどおどと困惑している。
こんな様子の女の子に何のお使いを頼もうというのか。
いささか不思議ではあったが、いざ表に出てみると何という事はない。
老婆が作った薬の代金代わりに近所で診療所を利用した村人から食料を分けてもらいに行くのだ。
距離的には家を出て目視で確認できる距離の家ばかりだったので、
この日のお使いはショウの力もあってか30分とかからずに終わってしまう。

診療所に戻る前、ふと『シャリーゼ』のあった北に視線をやるショウ。
『ジョーロン』から戻ってきた際には空一面を覆う黒煙が立ち込めていたが既にあれから1か月以上過ぎている。
今彼の目に映るのは綺麗な空と小高い丘、それらに拡がる緑の数々だけだ。

元は『ユリアン教』の脅威を伝える為に帰国したはずなのにその目的は達成される事無く潰え、
女王の命令であった3人を国へ誘う話も今となっては何の意味も持たなくなってしまった。

ぼんやりとそんな事を考えながら佇んでいるといつの間にかサーマも同じように隣で同じ景色を眺めていた。
彼女もショウと同じく故郷と、恐らく家族を失ったのだろう。
未だに自分の心が怨恨に染まらないのを若干不思議に思いつつも、
「さぁ、中に入りましょうか。」
両手いっぱいに野菜と肉を抱えているショウは微笑みながら器用に扉を開けた。





 物を食すというのはあらゆる生物において絶対必要な行為であり、
ましてや怪我を負っている人間なら猶更である。
ショウが目を覚まして1週間。どんどんと食欲が戻ってきた彼は日に日に食べる量が増えていき、
それに比例してぐんぐんと元気を取り戻していった。医者である老婆も、
「いやぁ・・・見かけによらずよく食べんねぇ。」
と呆れ顔だったが、サーマはその姿を見て満面の笑みを浮かべていた。

体力は十分回復し、体の傷も気にならない所まで治っている。

しかし祖国と王女を亡くしたあの時の憎悪は一向に戻る気配が無い。

思い当たる節はいくつかあるがまるで自分が自分ではなくなった感覚に焦燥感はなく、
いつの間にか隣にいる事が多くなったサーマが時折見せる笑顔に人知れず癒されていたショウ。

この状態でこの生活がどれくらい続くのだろう・・・

漠然とそう考え出した頃、
老婆の診療所に以前『シャリーゼ』への招聘を話した友人が二ヶ月ぶりに姿を現していた。



「ショウ!!よかった!!無事だったんだね!!!」
再会するや何があったのか全てを知っていたらしいクレイスがそんな風に言ってきた。
あまり懇意な付き合いをしてこなかったにも関わらず彼は心の底から自分を心配してくれているらしい。
相変わらず不思議な行動をするなぁとは思いつつも一度は認めた人物だったのでそこに不快感などはなく、
むしろ、
「無事・・・だったのかはわかりませんが、何とか生き延びたようです。」
久しぶりに出会えた知人を前に素直に喜びを見せるショウ。
しかしそれは今までの自分とは随分違った様子に映ったらしくクレイスはもちろん、
一緒にいたイルフォシアと時雨もその驚きを隠そうともせずに目をぱちくりとさせていた。
「おんやまぁ。可愛らしい友人がいたんじゃないか。ささ、3人とも座って座って。」
老婆はクレイス達をこの診療所で一番大きな食卓に案内すると全員を座らせて自身はお茶の用意をし始めた。
「・・・その目は・・・やっぱり『ユリアン』に?」
やはり顔の傷、しかも右目が潰されているのは誰の目にも飛び込んでくる。
その質問にあの男の名前が出ていたので彼も『シャリーゼ』滅亡については相当量の情報を知っているのだろう。
「はい。クンシェオルトの体を利用されたので戦力差が思っていた以上にあったらしく、
彼の細剣を突き立てられたのは覚えているのですがその前後の記憶が曖昧でして。」
「そ、そうなんだ・・・でも、本当にここで出会えてよかった!
傷が治ったらすぐに『ユリアン』を探しに飛び出していったんじゃないかって心配してたんだよ!」
クレイスの発言には付き合いの浅いイルフォシアはともかく時雨も大きく頷いている。
「・・・やはり客観的に見ればそう行動するのが私・・・ですよね・・・」
彼の発言にやはり自分の考えは正しいのだと痛感して思わずつぶやくように声を漏らすショウ。
憎悪に限らず全ての感情にまるで足枷がついているような。
だからこそ最愛の国と女王を失った事の憎しみや、
それを感じ取ることが出来ていない現状への悲しみ、怒り、苛立ち等も殆ど湧き起らないのだ。

宗教でいう悟りというのはこういう事を言うのかもしれない。

ほぼ無神論者である彼が3人を前にそんな考えに至りながら心の中でくすりと笑っていると、
「あ、あのさ!だったら一度『アデルハイド』に来ない?
そこでゆっくり休んで・・・これからの事を一緒に考えようよ?」
少し緊張気味にクレイスがそう提案してくれた。
(・・・そうか。彼らがここに来たのは私を迎えに・・・)
憎しみや怒りに身を任せてまた無謀な行動を起こさないようにと気にかけてくれているのだろう。

「・・・『アデルハイド』?」

思考が遅れながらもその名前の違和感に聞き返すショウ。
確か『ネ=ウィン』に落とされていたはずだ。そしてそれを取り戻す為の決意を『ジョーロン』で聞いていた。
まさかあれからすぐにそれを実行したというのか?
「あ。えっと。あのね、ヴァッツのお祖父さんが取り戻しておいてくれたんだ。
だから僕はその・・・何も出来なかったんだけど・・・」
「そうですか。経緯はどうあれ故郷が取り戻せた事、心から祝福致しますよ。」
彼の祖父が『羅刹』であり、『ジョーロン』建国時にも活躍した話はビャクトルから聞いていた。
ならば『アデルハイド』を取り戻す程度は簡単にやってのけたのだろう。
ほんの少しだけ故郷を取り戻せたというクレイスに羨ましさを感じるが、
「お気遣い下さって本当にありがとうございます。しかし今はここを離れたくない。
老婆が許す限りはこの場所で養生したいと考えています。」
「うんむ?わたしゃ構わないけど折角遠くから来てもらった友人を追い返すのかい?
それにあんたの傷はもう十分治っとるよ?」
皆のお茶を用意して戻ってきた老婆が不思議そうに尋ねながら茶碗を差し出す。
クレイスもショウの発言に意外そうな表情を浮かべているが、

「まずは命の恩人であるサーマの傍にいてあげたいのです。彼女もまた私と同じく故郷と家族を失っていますから。」

これも嘘偽りのない本心だったのだが、クレイスを含め3人が今日何度目かの驚愕めいた表情を披露する。
言ってから確かに今までの自分では想像すら出来なかった事を口にしているなと少し笑ってしまう。
「・・・あの。本当にショウ様ですか?偽物とか・・・それこそユリアンに支配されているとかではありませんか?」
初対面の時からあまり良い印象を持たれなかったのは知っていた。
それにしても非常に失礼な発言を心配そうにしてくるイルフォシアに不快感よりも同意出来ると理解を示しながら、
「もしそうだとすればこの場で斬り伏せてから帰って下さい。私自身では判断しかねますので。」
「い、いやいや!2人とも何言ってるの?!」
慌てるクレイスを見るとあの旅を全く変わらないなぁと今度はわかりやすく笑うと
隣に座っていたサーマもこちらに向けて笑いかけてくる。
「クレイス様。イル姫様。ショウ様が凶行に走るという事は一先ずなさそうですし今日の所は一度切り上げましょう。」
黙っていた時雨がそう言ってくれた事により彼らはこの話を一旦保留にする。

この夜は久しぶりに彼の作った食事を食べたくて所望する旨を伝えた所、
そろそろ見飽きてきた驚きの表情を浮かべた後に見たこともない喜色満面な表情に変わると
クレイスは今まで食べたどんな料理よりも美味しい物を作って皆に振舞ってくれた。





 「はぁ・・・」
ショウの説得に失敗したクレイスは帰りの馬車内で何十度目かのため息をついていた。
「クレイス様はよく頑張られました。
あのお料理を口に入れても心を動かされなかったショウ様の意志が固かった。それだけですよ。」
イルフォシアが隣に座って励ましてくれているのにも関わらず彼の心がときめかなかったのは、
自分が一番自信のある手段をもってしても説得できなかったという事実が彼のなけなしの誇りを大きく傷つけた為だ。
3カ月近い旅でショウが自分の料理に興味を示してくれていたのは知っていた。
なのでクレイスも彼に気に入ってもらう為に皆には内緒で彼の好みを調べていたのが2か月近く前までの事であり、
それらの集大成として腕を振るったにも関わらず彼の心は動かなかった。
いや、そもそもイルフォシアほどではないがショウの様子がおかしいとは感じていた。
以前の彼なら祖国と王女を奪われた怒りで制止を振り切って大暴れしただろうに、
先日再会した時には今まで以上に落ち着いて、しかも同郷の人間?らしい少女の身を案じていた。

(・・・いや。一度は立ち向かったんだ。それで負けたから別の方法を考えているのかな?)

医者である老婆が言うには死んでいたらしいが今は生きて動いている。
当時は本当に死んだかその手前くらいの傷は負っていたのだろう。
流石の激情家であるショウも結果と生還を冷静に分析し、今は復讐の爪を研いでいる・・・
「・・・ような感じじゃなかったよなぁ・・・」
そもそも自国に益を生みそうな人間以外にほとんど興味を示さなかった彼が
同郷の出で命の恩人だからと平民である少女の為とか言い出した時点でもう訳が分からない。
今までの彼らしい目に見える目的が何も感じ取れなかったのだ。
憎悪を隠す為に利用した風には見えなかったしそうなってくると本当に本人なのか疑わしくもなるが、

振舞った料理を美味しく食べていた姿は間違いなくショウだったと確信出来る。

「一応おばあさんにはいつでも連絡してもらえるよう人を置いてきましたし・・・
そうだ!『ロークス』で少し気晴らしをしてから帰りましょう!」
ずっと悩み続けている間、気が付けば隣のイルフォシアが気を遣って色んな提案をしてくれていた。
「う、うん・・・そうですね。」
やれるだけの事はやった。そこに後悔の念は一筋もない。
ならば心の傷をいやす為に今は愛おしい彼女の提案に是非乗せてもらおう。
気落ちする様子はなるべく面に出さないように、
彼は時雨と共に3人で以前は素通りした懐かしの『ロークス』内をゆっくり見て回るのだった。







全てを終わらせたガゼル達はそれぞれの墓に参拝して帰国の喜びと積年の恨みを晴らせた報告をしていた。
(やっと終わったぜ・・・・・)
思っていた以上に体中の力と気力が抜けていくのを感じ、
立ち上がろうとした時には怪我もないのにふらついて倒れそうになる。

この地はこれから『トリスト』が統治していくのだろう。

では自分達はどうなるのか。出来れば故郷であるこの場所に根を下ろしてゆっくり過ごしたい。
それから今後の事を考えていく。理想はそんな感じだろうか。

だがスラヴォフィル率いる最強の国『トリスト』は
「ではガゼル様にはこの地の統治をお願いします。」
城を落として宴を終え、皆が故人への報告を終えたその夜。
ガゼル達元『ボラムス』の戦士達を集めるとファイケルヴィがさも当たり前のように伝えてきた。

「・・・・・いやお前ら頭大丈夫か?無理に決まってるだろ?」

反抗軍の頭として動いてはいたものの元はただの戦士。
更に今後『リングストン』が必ずこの地を取り返しに動くはずだ。
市政などにも触れた事がないガゼルはその発言の意図が全く分からないまま呆れるように拒否した。
すると、
「ガゼル様。これは我が国王から貴方への罰です。」
意外な言葉が返ってきたので仲間達はもちろん周囲に待機していた兵士やリリーもこちらに顔を向ける。
「罰?罰だと?なんでそんな・・・」
すぐに反論しようとしたが悲願を達成し腑抜けた状態だった事で色々と忘れていたのを思い出す。
「・・・何の罰だ?」
「ヴァッツ様へ剣を向けた罪です。
本来なら即死刑なのですが慈悲により等級を落としてこの判決だという事です。お分かりいただけましたか?」
「・・・・・」
二日ぶりに頭がしっかりと動き始めるとこれまでの流れを必死で思い出すガゼル。
確かにそれをスラヴォフィルに見られていたかもしれないという懸念はあった。
だが一緒に旅をしてきて、目的がヴァッツに対する恩義を返そうという事になっていた。
その後カーラル大陸に戻ると一緒に旅をした礼として今回のバライス討伐に加えてもらったのだ。

・・・・・

うむ。ヴァッツに剣を向けた件に関しては何一つ解決していなかった。

「まぁ殺されるよりかはマシか・・・
でも俺は何も出来ないぞ?適当に振舞ったり豪遊したりしてればいいのか?」
ここまで掌で踊らされるともはや反論どころか考えるのすら面倒になったガゼルはその内容について言及する。
憎き元王が愚行の塊みたいな人物だった為、それだけはすまいと決意しつつ何故それが罰になるのかも気になる所だ。
「いいえ。私が補佐を致しますので、ガゼル様はただ座っていただけるだけで結構です。」
「・・・・・」
なるほど、確かにこれは罰の類だ。つまりただの飾りになれという事だろう。しかし、
「わかった。俺なりに頑張って座らせてもらおう。」
考えようによってはこれは有り難いのかもしれない。
生きる目的を失い、それを探すのと体を休める為にここに留まる手段を考えていた所であり、
「そうだ。俺ら全員この『ボラムス』に居住を構えるくらいは許してくれるよな?」
飾りと言えど王の権限を少しだけでも認めてもらえれば部下達の生活くらいは見てやれるかもしれない。
「もちろんです。何かあれば責任を取る形で貴方の首が飛ぶ。我々の要望はそれくらいですから。」
「・・・・・・・・・・・」
見事な傀儡政権を堂々と宣言されてガゼルと部下達は開いた口がふさがらない。
一方『トリスト』側の兵士達は大人しいものの、リリーとハルカは笑いを堪えている。

出会ってから収束するまで『羅刹』の手の上で踊らされ続けるガゼルは軽いため息をつくも、
ヴァッツとの繋がりが途切れていない事に1人心の中で安堵するのだった。





 ショウが滞在する村から帰るまで多少寄り道があった為
クレイス達が『アデルハイド』に戻ってきた時には先に仕事を済ませたヴァッツが出迎えてくれた。
「おかえり!!どうだった?!」
「ただいま。うん・・・ショウは元気そうだったんだけど説得は無理だった。」
久しぶりに見る彼の明るい笑顔に癒されつつも、暗い内容の報告に声にも陰りが出る。
「そっか!!じゃあまた今度行こう!!次はオレも行きたいな・・・じいちゃん許してくれるかな?」
ヴァッツの前向きな発言にやっと戻ってきた実感と心の靄が晴れていくクレイス。
その視界にはハルカやリリーといった面々も入ってくる。が・・・・・
「お帰りなさい!!クレイス様!!」
肌が黒く、背の高い野性味を感じる女性がこちらに向かって走ってくるとヴァッツに負けない元気さで挨拶してきた。
誰だろう?と一瞬考えるも見覚えは全くない。なのでとりあえず、
「ただいま、です。えっと・・・あの、どちら様でしょうか?」
「あ、私はヴァッツ様に仕える事になったバラビアと言います!
将来彼の妻になる予定です!!よろしく!!」

びききっ!!!

その発言と同時に今回の旅の従者を務めていた時雨の方から妙な音が聞こえた。
あまり経験のない冷ややかな気配を感じつつも、
「よ、よろしくお願いします。『アデルハイド』の王子クレイスです。」
妻という言葉が出てきた事を忘れてしまうほどの恐怖を感じたので早々に挨拶だけすると、
「バラビアね。私は『トリスト』王国第二王女イルフォシアよ。」
隣にいたイルフォシアも微笑みながらそれに続く。
そこから冷気を纏っているような錯覚を覚える女性がクレイス達の前に出てくると、
「・・・時雨です。この後ヴァッツ様の最側近になる者です。よろしくお願い致しますね?」
明らかに怒っているらしい時雨が据わった目つきで睨み付けるように挨拶を交わす。

「・・・やっぱりヴァッツ様の魅力は凄いわ!」

何かを察したイルフォシアをよそに、3人は最終報告をする為に国王の待つ執務室に向かった。



「ふむ・・・そうか。ご苦労じゃった。」
スラヴォフィルの事なので失敗しても励ましてくれるかもしれない。
そんな淡い希望はがっかりとしている彼の様子を見せられて完全に打ち砕かれた。
もっと他にやりようがあったかもしれない・・・もう一度機会を貰えないだろうか?
期待に応えられなかった事を再度強く認識するとクレイスの心は無性に逸り出す。
「ところでお父様。ヴァッツ様の付き人?あの方はどなたですか?」
しかし任務の成否など全く気にしていないイルフォシアが帰国早々一番気になった事を尋ね出した。
たしかにそれはクレイスも気になる所だが、
「ああ、あやつはバイラント族の娘じゃ。『リングストン』の侵攻を収めたらついてきてしもうたらしい。」
「じゃあ蛮族の・・・どおりで珍しい風貌だと思いました。」
納得したのか1人でふんふんと頷き続ける王女。更に、
「そういえば時雨がヴァッツ様の最側近になるとか言ってましたけど、あれって本当ですか?」
「おお。今度の任務が終われば直属の配下にしてほしいとせがまれてな。
隠密と御世話役の任務も頼みたいので、それに支障が無ければ良いと許したんじゃ。」
答えたスラヴォフィルが時雨に顔を向けて力強く頷くと彼女は嬉しそうに頭を下げていた。
これでヴァッツは一気に2人の配下が付けられた事になる。
出会った時は普通?の木こりを営んでいた少年がいつの間にかどんどん遠い存在になりつつある事に
少なからず寂しさを覚えるクレイス。

「とにかくショウが無事であり凶行に走る心配がない事がわかっただけでも十分じゃ。まずはゆっくり休むが良い!」

その夜は久しぶりに友と大きな卓を囲んで楽しい晩餐となった。
何故かカズキの姿は見えなかったが、クレイスとヴァッツはお互い初めての任務を話題に盛り上がる。
『アデルハイド』の将軍達も無事に帰国した王子を褒め称え、ハルカはリリーや王女姉妹とお喋りを楽しんでいるようだ。
ただ、正式に側近となった時雨とバラビアの間には既に確執が生まれているらしい。
近くにいるとあまり感じた事のない刺すような気配がひしひしと伝わってくるので
距離を置きたいのだが彼女達はヴァッツの傍から離れようとしない。

「誠に申し訳ありません。私が不甲斐無いばかりに・・・」
謝罪と共にハイジヴラムからバラビアがヴァッツに押しかけ妻のような行動を取っていた事と、
スラヴォフィルが前向きに検討すべく、まずは側近として仕えるよう命じた事を教えてもらった。
クレイスとしては自慢の友人が女性から迫られるという話に悪い気はしないのだが
相手が蛮族出身であり、まだヴァッツが若すぎる為に問題となったらしい。
「王族も色々あるんですね・・・。」
ハイジヴラムにそんな返事をするも、よく考えれば自分も王子だ。
将来の事を考えると伴侶はある程度の条件が求められるだろう。
(・・・イルフォシアはどうするんだろう・・・)
彼女は『ネ=ウィン』をも凌ぐ強国の王女であり『トリスト』に欠かせない存在だ。
もし嫁ぐとなれば祖国への影響は甚大なものになる。
自分の中の淡い期待に夢を膨らませるも一瞬で諦めたクレイスは
疲れの為か眠気を感じたので大食堂を後に自室へ戻っていった。





 今まで襲われたり命の危険を感じた事はあった。
だがそれでも自分はしっかりと意識を持って立ち回れていた。なのでそういった危機を越えてきたのだ。

妙に体の重さを感じながら何とか上着を脱ぎ捨てると倒れるように寝具に体を預ける。
旅は相当慣れていたのでこの疲れは恐らく心労と呼ばれる物だろう。
スラヴォフィルの期待に応えたかった。それが叶わなかった。
クレイス自身としてもショウを連れて帰りたかった。
『ジョーロン』で彼に心を救われた。その恩を返したかった。
考えれば考えるほど後悔の念に苛まれるが、決して無能ではない彼は小さな違和感に気が付いた。

心は疲弊し体もだるい。疲れを取る為に今日は早く寝てしまいたい。

だが一向に眠りに落ちることは無く、むしろ頭は非常に冴え渡ってきた。

どさっ・・・

静かに誰かがクレイスの腹部当たりに乗ってきたような感触を覚える。
部屋の灯りは既に落としてあるので月光と隙間から射す僅かな光源でしか物を見る事が出来ない。
今までそんな風に遠慮なく自身の体に接してきた人物といえば1人しか思い浮かばない。

・・・まさか・・・イルフォシア様?

体はともかく一気に心が目覚めるとゆっくり瞼を開けて確認を急ぐ。
「フフフッ。貴方が望んだ相手じゃなくてごめんね?」
表情に出ていたのか、そこにはクレイスが誰と勘違いしていたのか全てを理解していると言わんばかりに
冷たく微笑むハルカが右手に直刀を握り締めてこちらを見下ろしていた。
「あ・・・はうか・・・」
思わず紅潮して名を呼ぶも舌が上手く回らない。
これは下心を完全に読まれてしまっているから激しく動揺しているのだ。最初はそう思っていた。
だがハルカにはその理由がわかっているらしく左手で彼の頬を優しく撫でると、
「無理に喋れなくていいわよ。薬が効いてるんだし声を出すのも精一杯でしょ?」
薬?
何のことかさっぱりわからないが、とにかく今のハルカは始めて出会った時よりも怪しい雰囲気を纏っている。
表情も声色も感情のない、正に暗殺者なのだと思い出させる言動にクレイスは恐怖よりも感心が先行する。
それは彼女から命を狙われる事はないという自信と決め付けからそういう思考に結びついたのだが、

ざくっ・・・!!

無表情のままハルカの右手に握られていた直刀が仰向けで横になっていた彼の左肩に突き立てられた。

・・・・・

意味がわからなかった。
彼女は既に『ネ=ウィン』の傘下から抜けている。
ヴァッツと『ヤミヲ』に釘も刺されいてたし、何よりリリーやルルーといった友人関係も築き上げていた。
クレイスはそんな彼ら彼女らに近しい人物のはずだ。
ここで危害を加えられるはずがない。はずがないのだ。なのに・・・

「・・・・・っ。」

刀剣によって自らの体に傷が入った事で鈍い痛みと共に思考は完全に目が覚めたクレイス。
「あら?声を出さないの?いいのよ?大きく喚いても?」
ハルカの様子は先程と変わらず声も表情も冷酷なままだ。
身も凍るような彼女の言動に今までの彼ならそういう行動を取っていたかもしれない。
しかし国を失い、仲間達との過酷な旅の中で戦い、自分自身を見つめ直し己を磨く事を覚えた経験が
思考を放棄して痛みを訴えるだけの行動を大いに拒む。
「どうしたの?なにがあったの?」
決して軽傷ではないが、何か薬を盛られたせいで動きにくくなっていた体には良い気付けだった。
ゆっくりだが力の篭った言葉でハルカに問いかけると、
「聞いてどうするのよ?」

ざくっ・・・!!

一度抜いた直刀を今度は二の腕当たりに突き立ててきた。
「・・・・・っ。」
その冷酷な行動に思わず声を出しそうになるが、今ここでそれをやるわけにはいかない。
まずはこうするに至った経緯を、何としても彼女の口から聞かなければ納得がいかないのだ。
「りゆうを、おしえて?」
ハルカは本気だ。
本気でクレイスを殺そうとしている。彼女に何か悪い事でもしただろうか?
流石に身動きが取れない状態で嬲り続けられると痛みが思考を掻き乱す。
既に若干の涙と大量の汗をかいているので心は限界なのかもしれない。
答えが・・・答えが、ほしい・・・その強い思いが届いたのか。


「・・・・・ヴァッツが・・・あいつが悪いのよ・・・」


辛うじて正気を保っていられた中でハルカはクレイスよりも辛く、泣き出しそうな表情でそう答えてくれた。





 意外な答えに驚くと痛みが全身を駆け巡った。
既に理性を保つのさえ難しい中、やっと答えを得られたクレイスは
「なんでヴァッツが・・・?」
本当はもっと言葉を選びたかったが、今の彼はここまでで限界だった。
まだ死ぬほどの傷は負っていない。ならば詳しく聞ける、聞けるはずだ。
ヴァッツが原因なのに何故クレイスが襲われているのか。
痛みや薬を盛られていなければそこまで整理して口を開けただろうに・・・

「・・・あいつのせいで、クンシェオルト様やメイが死んじゃった・・・」

クレイスの言葉足らずな疑問に憎悪と悲哀を乗せて涙をこぼしながら答えるハルカ。
しかしその答えでもクレイスの気持ちは晴れない。
まだ足りないのだ。彼女の中にある本当の理由まで。

「・・・きかせてよ。ハルカのきもち・・・」

イルフォシアに頑固だと言われた時にはびっくりしていたが、あながち間違いではなかったのかもしれない。
左腕の痛みに理不尽なほどの怒りを感じ出したクレイスは絶対に全てを聞くまで死なない!
そう決意を固めると明らかに殺意の薄れてきているハルカに質問を重ねていく。


ばんっ!!!!!


激しく扉が開かれて・・・いや、扉がもぎ取られている。
馬鹿げた握力で完全に変形したそれを手にしてこちらを見つめるのは、
「・・・2人とも、何してるの?」
いつも通りの様子でヴァッツが姿を現した。いや、いつもより表情が固い。
それはクレイスの傷が目に入ったからだろうか?
やがてその破壊音に反応したのかすぐに時雨やリリー、王女姉妹などが集まってくる。

しかしヴァッツを見ても怯える事もなく、一瞬顔を向けた後またクレイスを見下ろしてきた。
「・・・クンシェオルト様はね。私が初めて恋に落ちた人なの。」
先程の続きを悲しそうな目で語り始めるハルカに周囲も口を挟む事無く見守る。
「・・・メイもね。里の外で初めてできた友達だった。」
悲痛な、今にも消えそうな声でそう言うと俯いて涙を落とすハルカ。
「・・・私はそんな大事な人を失ったの。
他人がいくら死んでも何とも思わなかったけど、あの2人は駄目だった。特別すぎたのよ。」
彼女はクンシェオルトの葬儀でも、メイのお墓に行った時も涙1つ零さなかった。
葬儀の場では全くそんな素振りを見せていなかっただけに、
その深い悲しみを頑なに隠し通していた事があの場にいた人間には痛いほど伝わってくる。
「でも仇は強い。強すぎる。直接やりあったんじゃ絶対勝てない。だから・・・」
不意に彼女から凄まじい殺気が放たれた。

「やめろハルカっ!!!」

慌てて制止しようとリリーが声を荒げるも、

「私と同じ思いをすればいい。ヴァッツの大事な友達を殺せば・・・うふふふふ。」

やっと何故自分の命が狙われたのか理解するも、ハルカは正気を失っていた。
リリーや時雨はもちろん、イルフォシアもその行動を止めようと部屋に飛び込むも、
ハルカの表情は達成感に満ち溢れ、笑みを零して見下ろしながら直刀を何度も何度もクレイスに突き立てる。

が、それらは全て彼の体に触れる事はなかった。

傍から見れば寸止めで何度も素振りしているかのような滑稽な姿に見えただろう。

ヴァッツの、『ヤミヲ』の力を知る者からすれば当然の結末だ。
時雨とリリーは動きを止めて安堵の表情を浮かべるも、何も知らないイルフォシアだけは困惑していた。
何度突き刺そうとしても絶対にその刀は届かない。
それでも水車の如く同じ拍子で同じ動きを繰り返すハルカ。
視線は真っ直ぐクレイスを見下ろし、狂気の笑みを浮かべていたのも束の間、
それが段々と眉が歪んで、顔が歪んで、やがて大粒の涙をぽろぽろと落として動きを緩めていく。

完全に止まってうな垂れる中、次に動いたのはヴァッツだ。

ゆっくりと静かに歩いて近づいてくる彼に顔を向けると、
「・・・殺して。お願い。」
何もかも諦めたハルカは涙でぐしゃぐしゃになりながらもヴァッツに微笑を向けた。


がばっ・・・


誰よりも戦いを嫌う彼にハルカの命を奪う事など出来るはずもなく、
後から思えば彼女のその一言がヴァッツには一番堪えたのかもしれない。
優しく彼女を抱きしめると、既に全てを諦めていた彼女の右手から力なく直刀が零れ落ちた。
「ごめん・・・・・本当に・・・・・ごめん・・・・・」
「・・・殺して・・・殺してよぉ・・・うう・・・うああああああああん!」
ただ謝ることしか出来なかったヴァッツに、死んで楽になる事を願っていたハルカ。
静かに涙を流す者と、全てに絶望して号泣する者。

その光景がいつまで続いたのかわからないが、気が付けばクレイスは痛みと安堵の中気を失っていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品