闇を統べる者

吉岡我龍

道なき人生 -決意の向こう-


 弔いの酒席から三日。
すっかり気に入った一行は迎賓館に戻ることなくそのままレドラが護る屋敷に泊まり、
クンシェオルトが埋葬された墓への参拝を今度こそつつがなく終えると、
「じゃあハルカ。ルーと待ってるから。絶対遊びに来て。絶対だよ?」
アルヴィーヌが掛かり気味に約束を強要しているので、
「ハルカさん。無理はなさらずに。
姉は少し強引な部分があるので私からも後で言い聞かせておきますから。」
大聖堂での出来事とは真逆で、今度はイルフォシアが姉を必死に押さえ込もうとしていた。
そんな2人を困った顔で微笑みながら眺めるハルカは、
「大丈夫よ。ここでの仕事はもう終わったもの。
あ・・・何なら帰りの馬車に乗せてもらおうかしら?」
「よし!じゃあ乗ろう!!」
言葉の綾というわけではないのだろうが、
つい気軽に口走ってしまった内容をアルヴィーヌはそのまま受け止めて喜んで彼女の手を引いた。
しかしまんざらでもないハルカもそのまま乗り込んでしまったので唖然とするイルフォシア。
「アル姫様がここまでご機嫌だとこちらも嬉しくなりますな。」
ハイジヴラムは大柄な見た目とは裏腹にとても和やかな雰囲気で優しく見守っている。
「んじゃレドラのじいちゃん!カーチフ!オレまた来るからさ!いっぱいお話聞かせてよ!」
そんな女の子たちのやりとりとは別に
ヴァッツは自分の知らないクンシェオルトの話を沢山聞かせてくれた2人に満面の笑みを浮かべていた。

そう。

彼らのクンシェオルトに関する尽きない話題のお陰なのだろう。
ヴァッツはすっかり元気を取り戻し、以前の彼に戻っていたのだ。
ただ、気持ち少しだけ落ち着きを身に着けたというか、笑顔に大人びたものが混じるように感じた。
「俺は各地を渡り歩いているからな。まぁ何かあったら『ジグラト』に来てくれ。そこに家族もいる。」
フェイカーも酒席の時よりも明るい笑顔で別れの挨拶を交わし、
「是非に。私もクンシェオルト様が最後にお仕えしようとした貴方と
こうやって沢山のお話が出来て本当に良かったと心から感謝しております。」
紳士然とした執事は背筋を伸ばして深々と頭を下げている。
やはりその姿の一瞬一瞬にクンシェオルトが重なるのだが、その理由は最後まで聞けなかった。
(多分どちらかがその立ち居振る舞いを教えたからなんだろうな。)
自分の中でそう結論付けていた上に彼とはそれほど仲良く接していなかった。
関係の浅い人間が口を挟むのはあまりよくないなと考えたからだ。

そんな事になっているとは知らなかった見送りの1人であるビアードは驚きつつも、
「今度来るときは是非我が家にもお越しください。精一杯おもてなしさせて頂きますので。」
『トリスト』の面々を任されていたはずが、
皇子がイルフォシアに最悪な印象を植え付けてからはビアードも顔を出しづらくなっていたらしい。
少し後悔している様子だったのを感じたのか、
「では次回に是非。」
第二王女が笑顔でそう答えるとあの時と同じようにほっと胸をなでおろすような表情を見せるビアード。
彼も4将なのにクンシェオルトとは性格も立場も随分違うようでその心労が所々で伺える。
「ビアード殿も無理をなさらずに。我が王女様方は些細な事を気になさらない故。」
最後は御世話役であり彼と顔見知りでもあるハイジヴラムが慰めにも近い言葉を投げかけると、
馬車は故郷『アデルハイド』へと走り出した。





 『トリスト』の一行が『アデルハイド』に帰った後、
『ネ=ウィン』の城内では普段とても物静かな男が珍しく声を荒げていた。
「・・・ビアード!何故ヴァッツ殿を留めておかなかった?!」
己の魔術への探求心以外にほとんど興味を示さないバルバロッサが皇子や皇帝の前でまくし立てるので、
「おいおい。あんなガキがなんだっつーんだよ?」
これも珍しく、激情家なフランドルが他人を擁護するといういつもと全く逆の立場で彼を抑えようとしている。
多少の推測を持つ面々はそんなやり取りから口を挟むのを控えて場の流れを見守る中、
「・・・あの少年はただの少年ではない。クンシェオルトの動きを止めた時にもその片鱗は見受けられたが、
4将2人を圧倒していたメイですら歯牙にもかけぬ強さを纏っていた。」
件の当事者であるビアードとフランドルが少し申し訳ない表情になるもバルバロッサはお構いなく、
「・・・クンシェオルトが人生を賭けてまで仕えたいと思ったのには理由があった。
間違いなくあの強さだ。あれには魔術に関する部分も関係しているだろう。
今のうちにしっかりと調べておくべきだ。」
最後の一言に彼の激昂する理由の全てが集約されているのはこの場にいる誰もが理解出来た。

「つまりお前はヴァッツの体を実験体として使いたかったと言いたい訳だな?」

この場で最も場違いな兵卒という恰好をしながらも、
この場にいる誰よりも強い男がやや語気を強めて確認を取ると、
「・・・そうです。彼は『トリスト』の『大将軍』ということですが、その身分は決して誇張や伊達ではない。
あれを放置していたら我が国は間違いなく今以上の劣勢に立たされますぞ?!」
少し落ち着きを取り戻しつつも、国としての立場をも考慮した反論にフェイカーはため息をつく。
今回の議題は抜けた4将を誰にするかであったはずなのだが、
その前にという事でバルバロッサがこの話を持ち出したのだ。
目を閉じて苦い表情の皇帝は黙り込んだまま将軍達の話を聞くことに専念しているし、
皇子も何を考えているのかわからない表情でその場の成り行きを見守っている。
「済んだ事は仕方ないだろう?それに今回の話は次の4将を誰にするか、という事だ。
議題に逸れたまま進める気なら俺はもう帰るぞ?」
「・・・・・」
皇族2人が動きを見せないので結局フェイカーが強く釘を刺した事でこの場での話はいったん収まりを見せるが、
彼の魔術に対する探求心はこの程度の事で収まるとは思えなかった。
(・・・あとで皇帝にしっかり対処してもらわんとな。)
「さて。では4将の選出だが、私としてはカーチフの復職を望む。」
「お断りする。」
やっと口を開いた皇帝ネクトニウスは即答を予期していたらしく、
フェイカーの答えに反論する事も圧力をかける事もなく拗ねた表情でまた押し黙る。
「カーチフ。建国以来最強と名高いお前が4将筆頭の座に戻る事を誰もが望んでいるのだ。
クンシェオルトは残念だったが、だからこそ元上官のお前が国の為に今一度立ち上がる時ではないのか?」
流石に聡明さでは皇帝の上を行くと言われる皇子の説得に
筋肉で物事を考えるフランドルは大きく何度も頷いて同意し、ビアードも熱い視線を向けてきていた。
ここで多数決などでも取られたら間違いなく復職が確定してしまうのだが、
「前にも言ったはずだ。俺には肩書が邪魔なんだ。それに『ジグラト』との条約もしっかり守っている。
俺の強さを存分に使いたければこのままにしておいてくれ。」
皇子に対して非常に礼を欠く物言いだが、それに対して誰かが口を挟むことはない。
元々彼は『ジグラド』の人間であり言わば客将、いや、客兵扱いなのだ。

『ネ=ウィン』との本格的な武力衝突を抑える為に
立場的に弱国である『ジグラト』は毎年それなりの貢納を余儀なく送っていた。
そんな関係が続く中、いきなり現れたのがカーチフ=アクワイヤだ。
15歳で兵卒として登場すると当時の4将を圧巻、皇帝ネクトニウスは即座に招聘を企てた。
しかしここで「はいどうぞ。」と渡してしまわないのが強国に囲まれて
強かに生き残って来た『ジグラト』国王の手腕なのだろう。
貢納品の免除と引き換えにカーチフを貸し与えるという条件で話を持ち出し、
そこから5年という長い交渉期間を経て、
貢納負担を2割にまで譲歩した『ネ=ウィン』は念願の最高武力を手に入れた訳だ。

そういった事情はこの場にいる誰もが理解している。
彼の強さはその我儘さえも押し通す力を持っているのだ。
無理強いすれば『ジグラト』との関係が拗れ、彼が敵として目の前に立ちはだかるのは間違いないだろう。
ただ一人そういう流れを少しだけ期待している筋肉人間もいるが彼以外はそれを望んでいない。
「・・・ではカーチフ様。
貴方の目から見て現在4将に相応しいと思われる人物。これを推薦していただけませんか?」
前4将であるクンシェオルトを推してきたのも彼であり、
現在に至るまでフェイカーはその強さだけではなく
育成と真贋を見定める目についても相当な評価がついている。
バルバロッサの話に周囲も同意している様子で、
期待と不安が入り混じる感情を乗せて一同がフェイカーに視線を送っていた。
「そうだな。俺の部隊ではないんだが、今ならノーヴァラットがいいんじゃないかと思う。」
「えっ?!」
良く知る名前を聞いて質問した本人が最初に驚きの声を漏らす。
「ほう?バルバロッサの愛弟子だな?理由はあるのか?」
皇帝がやっと本筋の話が進んだ喜びと、
彼自身も知る若き女魔術師の名前が挙がった理由について尋ねると、
「この前仲間と別の葬儀を上げてましてね。
その時たまたま次期4将候補の話題が出てまして、まぁそれで挙げてみました。」
「・・・・・」
「そ、それだけの理由ですか?他には何かありませんか?」
皇帝と皇子の表情から何かを察したのだろう。
皇族の感情を汲むのに長けたビアードが彼らの口が開く前に代弁する形で尋ねてくると、
「いや~特にないな。俺も何度か見たけど器量も良いしいいんじゃないかと思ったんだが?」
フェイカーの言葉を初めて聞く人間からすれば何とふざけた回答だと憤る人間が一定数出てくるだろう。
しかしネクトニウスは、
「ふむ。そういう事ならまぁ・・・。」
「いや父上。流石に4将に選抜されるなら最も重要な『強さ』を考慮せねばなりません。」
同意しかけた皇帝を諫めるように皇子が口を挟む。なので、
「ここにいる人間以外に現在この国内で俺が戦いたいと思うのも彼女だけです。」
若干誤解を生みそうな発言だが、
彼自身もこういう物言いが最も効果的だというのは長い付き合いから理解していた。
それを聞いたナルサスは諫める雰囲気を一瞬で消し去り、
周囲の人間も同意の面持ちを浮かべ始める。
最後まで1人だけ複雑な心境の者がいたのだがそれを知ってか知らずか、
「よし。では早速彼女に面談の日取りと説明に向かわせよう。」

こうして皇帝の決断から1週間後には、新しい4将の即位式が執り行われていた。






 クレイスとヴァッツ、王女姉妹が『ネ=ウィン』での葬儀に向かっている間、
カズキは毎日の修練を欠かす事は無かったものの、それ以上に動く様子は見せなかった。
彼の性格上、『孤高』の1人である『羅刹』への立ち合いを申し込まないのは
彼を知っている人間が近くにいれば不思議で仕方がなかっただろう。
アデルハイド城から少し外れた場所にある修練場で兵士達の訓練が行われているのを城内から眺めていると、
「お前も参加するか?」
不意に後ろから声を掛けられた。
全く気配に気がつけなかったのも当然だ。その声の持ち主はスラヴォフィル。
恐らく立ち会っても足元にも及ばないであろう伝説になりつつある男がとても優しく話しかけてくれたので、
「いえ、大丈夫です。」
これも彼を知る者からすれば信じられないほど丁寧にその誘いを断るカズキ。
丁寧な物言いも含めてここは二度驚く事が出来る場面だったが、
「ならばワシと立ち会おう。ついてこい。」
「えっ・・・」
逆にスラヴォフィルの方から立ち合い稽古の申し出があった。
いつものカズキなら喜んでほいほいついて行くところだが、何故か驚きの声を漏らした後動く気配がない。
「・・・わかっておるから。心配せんでいい。ついてこい。」
何を分かっているのかわからないが、
彼にそう言われると少し安心したのかカズキは黙って後について歩く。

やがて城内の中庭にたどり着き、
その周囲に誰もいない事を確認するとスラヴォフィルは胸から下げていた石らしいものを
右手で握るとその紐を引きちぎる。すると、

ぱぁぁっ・・・!!

何度か見たことのある眩い光が一瞬だけ発生すると、その手には
カズキが見たこともない形状の非常に大きく無骨な武器らしいものが握られていた。
「お前の獲物は何でもいい。一刀斎から授かった二刀でも構わんぞ?」
様々な知識を持っているらしい彼は家宝の存在も知っているようだ。
一瞬あっけにとられるが、
「いいえ。これは祖父との約束があるので今はまだ使いません。」
そう答えるとカズキは『ジョーロン』を出る前に用意してもらった長剣を抜いた。
未だ手に馴染む刀を手に入れられていないのが悔やまれるがこれは稽古だ。
しかも相手は『羅刹』。
いくら本気で戦ったところで軽くあしらわれるのは目に見えている。
ならば得物が何であれ結果は同じだろう。
カズキらしくない思考が巡るも自身は全く気が付く事無く、
構えた瞬間に飛び込んでいくとその長剣から剣戟を放つ・・・・・

ぶおん!!!

当たれば大怪我では済まない剣を腹に目掛けて放つもそれは空を斬った。
しかしすぐに体を寄せて腕を畳み、長剣を自らの身に近づけると今度は大きく縦から斬り下ろした。

ぶおん!!!

それも空を斬り、そこで初めてスラヴォフィルから攻撃の気配を感じるカズキ。
慌てて態勢を立て直すと受け流せるように構えるが彼が武器を振るう事はなかった。
一瞬だけ間が空いて反撃の気配がないのを悟ると、
(そうか。そこまで差があるのか。)
恐らくスラヴォフィルは胸を貸してくれているのだ。
立ち合い稽古といえばお互いが剣を放ちあうものだがこれは受け稽古。
力量を計る為か成長の為か、暇を持て余していた彼にこの場を設けてくれたのだろう。

時折反撃の気配が飛んでくるもののそれにはしっかり対応し、
何度も何度も斬り込んでいくカズキ。

やがて体中に汗が流れて息が切れつつある中、

「ふむ。相当な恐怖を植え付けられたらしいな。」

今まで頑なに拒絶していたカズキ自身の問題。それを的確に射貫く発言をスラヴォフィルはしてきた。





 「・・・何故そう思われたのですか?」
絶対に認めたくないカズキは構えを解いて強い視線で睨み付ける。
そんな凄む彼をスラヴォフィルは涼しそうに意に介す事無く、
「ワシの足元を見よ。」
「?!」
言われると慌ててその足元を見てみる。
確かに最初に彼が立った位置から全く動いた形跡がない。
その証拠に彼の足元は重さで靴の形が残るほど薄く地面に埋まっているが周囲にはきれいな地面が形を残したままだ。
「ワシは一歩も動いておらん。なのにお前の剣は躱すまでもなく空を斬る。相当に腰が引けておるようじゃの?」
「・・・・・」
もはや言い逃れは出来ない。
祖父である一刀斎と並び称される『羅刹』から指摘を受けたカズキはがくっと項垂れてしまう。



中庭に備え付けてある長椅子に2人で座るとどこからか召使いが飲み物を用意して持って来た。
それを手に取ったスラヴォフィルは一口飲んでから、
「やはりユリアンとの勝負でか?」
時雨やリリーが彼の従者という事でその情報を流していたのは知っていたが、
彼女達の仕事はかなり質の高いものだったらしい。
ビャクトル王の体がユリアンに乗っ取られていた事、それと対峙した事は百も承知なのだろう。
「はい・・・あの戦いの後、どれほど意識を失っていたのかはわかりませんが、
顔も声も憶えてもいない両親が大きな川の向こうから俺を呼ぶ夢をずっと見ていました。」
「そうか・・・・・」
今まで誰にも言えなかった生死の境を彷徨っていた経験を出会って間もない老人に話す。
どういった人物なのか未だにわからないが1つだけ。
その強さだけは絶対的に信じれると感じたからかもしれない。
認めたくなかった心の傷を初めて自分の口から言葉にしたことで少しは楽になれたのか、

ごくっごくっごくっ・・・

用意された冷たい果実水を一気に飲み干すカズキ。
隣には黙ったまま見守るスラヴォフィル。やがていくらかの間が空いた後、
「お前は運が良い。自分よりはるかに強い相手と死闘を繰り広げたはしたものの死なずに済んだのだ。
どうじゃ?そう考えると少しは気も楽にならんか?」
運がいい・・・運がいいのだろうか?
確かに生き残りはしたが今のカズキは多少腕の立つ臆病者に成り下がっている。
これでは両親を殺した相手に挑むどころか祖父を超える事すら夢のまた夢になってしまう。

・・・・・

ふと、数カ月前に似たようなやりとりがあったのを思い出した。
あの時とは立場が真逆になっているが・・・。
「・・・そうですね。俺は運がいい。まさか相手に言ったことが自分に返ってくるなんて。ははっ。」
クレイスはあの後どうやったのかは知らないが
自身が傷つく事を微塵も恐れる事無くユリアンに立ち向かっていった。
一番最初に感じた恐怖というのは一番払拭しにくい事をカズキは知っていたので
今思えば彼は才能の塊みたいな存在なのかもしれない。

懐かしさを覚えるやり取りを思い出して軽く笑い声を上げると、
スラヴォフィルは少し驚くも優しく微笑みながら、
「そうかそうか。まぁ誰しも苦手な物からは目を背けたくなるものだ。
しかしカズキ、お前は幾度とその山を越えてきただろう?今回も同じだ。焦らず自分の道を探し出せ。」
まるで本当の師である祖父から言われそうな言葉に思わず目に涙を浮かべる少年。
思えば3歳から木の棒を振り回し始めてこの年まで様々な山があった。
最初は絶対無理だと思っていたものも数カ月、数年単位で何とか超えてきた。
「・・・俺、この山を越えれますか?」
一刀斎と姿の被る老人に少し甘えるように尋ねると、
「大丈夫じゃ。お前は我が親友一刀斎の血をひいておる。間違いなく超えられる!」
一番欲しかった背中を押してもらえる力強い肯定の言葉を貰ったカズキは
次の日の朝、昨夜考えに考えて抜いた様々な修行に取り組み始めた。





 「・・・まさか・・・」
クンシェオルトの体から追い出されたユリアンは急遽
『ネ=ウィン』に向かわせた女信者の体に意識を移していた。
今までそんな事が出来る相手と対峙した事が無かった為体中から夥しい冷や汗が噴き出てきている。
やがて大きな雫となり顎から数滴落ちると、
「・・・あれは神・・・なのか・・・?」
彼自身も会った事のない存在が疑問となって言葉に出る。

ユリアンは神ではない。

それは自身が一番よく理解していた。
だがそれでも人間達に比べれば永遠に近い命と不可思議な力を持っている。
これらを利用し、ゆっくりと確実に勢力を伸ばしてきていたのだが・・・
現在頭の中にある情報を整理しても彼の正体はわからない。
ただ、これ以上下手に近づくと永遠に近いこの命が朽ち果てる可能性があるのは
先程触れられた事で存分に理解出来ていた。
(・・・全ての信者を動員して動向を観察する必要があるな。)
未だ胸に残る燃える様な痛みが彼の本能にそう決断させると女信者の鞄から一枚の羊皮紙を取り出し、
そこに短く次の任務を書き残すとユリアンの意識は別の体へと移っていった。

現在『ユリアン公国』にある自分の体はまだ再生に至っていない。
なので囲っていた少年少女の1人を選んでその体に入ったまではよかった。



西にあるジャカルド大陸には大国が3つあった。
『ジョーロン』とその西にある『ガルヴ』、南の『ダブラム』だ。
スラヴォフィルが建国して以降
『ジョーロン』と『ガルヴ』の争いは下火になったものの未だに時折衝突がある。
一国だけ離れている大国『ダブラム』は元々広大な土地を保有している為上記二国と違って争いはほとんどなかった。

しかし今ユリアンの眼前にあるのはその存在感が薄かった大国『ダブラム』の兵士達が
『ユリアン公国』への侵攻を完遂しようと逃げ回る国民達を殺戮して回っている光景だった。
『大司祭!!どこだ!!』
彼自身が囲っていた少年少女らは既に敵兵から槍の穂先を向けられて身動きが取れない状態になっている。
そんな中1人だけ、中身がユリアンになった少年だけがいきなり声を荒げて留守を守る責任者を呼んだのだ。
信者達はその声を聞いて救われると確信した表情を浮かべ、
『ダブラム』兵は先程まで怯えていた少年少女達の1人が豹変した事に違和感と警戒心を強く表に出す。
「大司祭?あの老いぼれはもう始末したが・・・貴様がユリアンだな?」
声色だけでわかる。
非常に威圧的な、そして圧倒的な強さを隠すことなく姿を現した男に目をやるユリアン。
中年を超え、全盛期は過ぎているであろうにも関わらず、
猛禽類のような目と異様に太い右腕。よく見ると左腕は失っているようだ。
朱色の短い髪は逆立っており、翼があれば鷲にも見紛うその姿に
後ろで身動きが取れない少年少女達が音を立てて震えている。
『神の国に侵攻してくるとは無知なのか馬鹿なのか。覚悟は出来ているのだろうな?』
「御託はいい。消えろ。」
言い終えると片腕の男はその右手に持つ大きな槌を無造作に横から振り抜いてきた。
もし彼がクンシェオルトの体のままなら対処も可能だったかもしれないそれは
ユリアンを含め、その後方にいた少年少女らも一緒にはじけ飛ばした。
彼自身の力があるとはいえ乗り移っている少年の力ではどうする事も出来なかった一撃は
子供達の肉片で辺り一帯を赤く染めあげる。
辛うじて致命傷を免れようとしたものの少年の両腕も爆ぜてしまい、この状態で戦うのは非常に難しいだろう。
肉体的な痛みを抑えることが出来るユリアンは平然としつつも、
『・・・中々やるではないか。』
打開策は何も思いつかないのでとりあえずいつもの調子で口を開く事しかできなかった。
「お前もな。腕を失う痛み、よくぞ堪えた。」
彼の経験からそんな事を言ったのだろうか。
もう少し情報を拾いたかったユリアンの思惑が届くことはなく、
鷲のような男の大槌が頭上に打ち下ろされた事によって彼のこの国で乗っ取れる体は全て無くなってしまった。

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