闇を統べる者

吉岡我龍

『トリスト』の正体 -大将軍-

 「おい!?どうなってんだこりゃ?!」
フランドルが慌てて『シャリーゼ』に入っていく。
クンシェオルトが国を去ってから10日後、突如『シャリーゼ』急襲の報が入って来た。
辛うじて帰還した兵から最大戦力での援軍を懇願された為、
「・・・魔術ではないな。これは・・・斬撃か?」
「だな。ここまで出来るのは思い付く限りだとカーチフ様くらいしか・・・。」
4将のうち3人がこの場に駆け付けたのだ。それぞれの精鋭部隊も連れてきてはいるが、
「最大限に警戒しろ!!恐らく敵は少数精鋭だ!!」
戦闘国家である彼らの軍もその方針に則って編成されている。
しかし建物のほとんどが倒壊し、あの栄えていた都が影も形もなくなっている現在、
敵のほうが数枚上手である可能性が非常に高いと4将達は判断したのだ。

『お。今度はネ=ウィンがお出ましか。いや~ここは楽しみが多くて助かるな。』

・・・・・
彼らの前に現れた男を見て一同が騒然とする。
「お前・・・お前がやったのか?クンシェオルト?」
フランドルが信じられないといった表情だが、それは皆が同じだった。
ただ、冷静さを保っているバルバロッサだけはその違和感に反応し、誰よりも早く戦闘態勢に入る。
「クンシェオルトは絶対こんな事をしない。貴様何者だ?!」
ビアードが殺気を放って凄むも、
『おお~さすが4将のビアードだ。戦い甲斐のありそうな猛将といったところだな。』
その殺気はむしろ彼を楽しませている。
「・・・声が違うな。フランドル。構わん、やってしまえ。」
飛行の術式でかなり高くに位置を取ったバルバロッサはそう言うと
自身の部隊達と火球を連続で落とし始めた。
「・・・クンシェオルトの姿に化けるたぁ・・・絶対ぶっ殺す!!!」
先日涙の別れをしたばかりなのだ。激情家の筋肉漢は得意の大槍を構えると
その巨体からは想像もつかない速度で間合いを縮めて、

ぶおぉぉぉん!!!

広い間合いから繰り出される重い攻撃を放つ。しかし、

ばきんっ!!!

難なく躱され、その脇腹を襲おうとしていた細剣をビアードの盾が弾いた。
「どこの誰かは知らんが・・・お前は俺が殺してやる。」
冷静になりきれていない口ひげの4将も静かな怒りを口にすると右手の長剣で剣戟を作り出す。
4将の2人が近接戦で戦っている為彼らの部隊が入り込める余地はなく、
唯一魔術師団率いるバルバロッサだけは全員が2人に当たる事すら顧みず
絶え間ない火球の攻撃を落とし続けていた。

そんな攻撃の数々を躱して、受け流して、更に反撃を重ねてくる偽のクンシェオルト。
見れば彼の眼光は白黒が反転し、黒い霧のようなものが漏れている。
4将2人の刃はいくつか彼の体に入って入るのだが全く怯む様子を見せない為、
内心では少し焦り出していたが、それをおくびにも出さず攻撃の手を緩めない。
「・・・圧してはいるが決定打に欠けるな・・・仕方ない。」
上空から3人の立ち回りを観察していたバルバロッサが自軍への指揮をノーヴァラットに移すと、
3人の真上に移動し、合図を送る。
地上で見守る4将の精鋭部隊がそれを受け取ると、

じゃぁん!じゃぁん!じゃぁん!

短く銅鑼を三回鳴らして、そこから更に

じゃぁん!!

1回目の銅鑼を響かせた後十分に間を取って、

じゃぁん!!!

2回目の銅鑼がより大きく周りの空気を震わせる。気が付いているのかどうか、
4将2人はクンシェオルトに変わらぬ猛攻を放ち続けると、

じゃああああん!!!!

同じ拍子で3回目の合図が鳴り響く。
と、同時にフランドルとビアードが大きく後ろに飛び退いた。
一瞬何事かとあっけにとられるクンシェオルトだが、

びしゃんっっっ!!!!

バルバロッサの手元が眩しく光ったと同時に太く大きな雷が彼の身に落ちた。
その威力は凄まじく地面にあった石畳には放射状の亀裂が大きく入り、地面は大きく凹んでいる。
雷が直撃したクンシェオルトは固まったまま動きがない。
「さすがにバルバロッサの切り札には耐えられなかったか。」
警戒しながら様子を伺うビアードとフランドル。だが、
『フフ・・・フハハハハ。なるほど素晴らしい魔術だ。しかし私を倒すには少し火力が足りないな。』
大きく笑い出して空にいるバルバロッサを睨みつけた。

ぶぅぉぉんっ!!!しゃっ!!!

目線が地上から切れたのと同時に2人の4将が再度攻撃を仕掛ける。
生きているとはいえあの雷をまともに食らったのだ。ここで追撃を加えればこの男を沈められるだろう。

しゅぴぃぃぃん・・・

そんな甘い考えはクンシェオルトの細剣によって一蹴される。
2人の剣戟はいとも簡単にはじき返され、その威力に思わず仰け反り気味になった。
雷を受ける前よりも激しく黒い霧を背中に纏う男は逆に追撃を加える立場となり、

ざしゅしゅしゅしゅしゅっ!!!!

大きな体躯で素早さの劣るフランドルの身に一瞬で無数の剣閃を放つ。
大槍を引いて脇を締めて致命傷を受けないように防御姿勢を取るが血しぶきが辺り一帯に飛び散る。

ががががががが!!

2人の間に割って入ったビアードの盾が無数の剣戟を受けてけたたましい音を立てると、
その後ろから大槍で反撃に出るフランドル。
普段4将がこのように2人揃って戦う事などまずないのだがお互いが猛将であり、
よく知る仲だからこその連携でまたも戦いは均衡状態に戻っていった。
「・・・もう一度狙ってみるか・・・」
上空のバルバロッサも自身の最大級である魔術がほとんど効いていない事実に違和感を覚え、
相手が普通ではない事を感じつつも再度雷の術式を組み立てようとした時。

どぅんっっっ!!!!

自分の更に上から何かが地上にいる3人の近くに落ちてきた。





 「あれ?クンシェオルトじゃない?あれ??」
突如現れた少年。いや、少年にしては随分仕立ての良い衣装を身に着けている。
更にその外套にある紋章。
『ネ=ウィン』兵にしか周知されていないであろうその紋章に周囲の精鋭達が息を飲んでいると、
「な、何だ?お前どこから出てきた?!」
一度距離を取ってフランドルが驚きを隠さず声を掛けた。
「オレ?じいちゃんに言われてここまで運ばれたんだけど、なんか最後は放り投げられた。」
同じく距離を置いたビアードは周囲の精鋭と同じくその背中に視線をやって驚きつつもそれを抑えて、
「・・・君は『トリスト』の人間か?」
「何?!」
唯一その紋章を目に入れられなかったフランドルのみ大いに驚いていた。
『トリスト?ヴァッツ。君は一体何者なんだい?』

(((ヴァッツ?!)))

そこにいた4将全員がその名前を聞くと改めて蒼髪の少年に視線を送る。
クンシェオルトが仕えるといって祖国を出た原因。
彼が手放しで惚れ込んでいたその少年に。

すたっ!

静かな空間にまた1人、見慣れない少女が輝く銀髪をたなびかせながら突如現れた。
挙動から察するに空から降りてきたのだろう。
というのも、彼女には明らかに人には無い大きな翼が生えていたからだ。
降りた場面を見ていなくても誰の脳裏にもそう強く結論付けさせたのだ。
「その人はヴァッツ。『トリスト』王国の大将軍。ついさっきなったばかりだけど。」
ぶっきらぼうだが年齢とはかけ離れた非常に艶のある声でそう紹介されると、
『ネ=ウィン』の面々は更に驚愕して言葉を失う。

『ほう?相当な身分じゃないか。』

クンシェオルトだけが感心しているが、そもそも彼はこの少年の配下となる為に国を出たのだ。
なのに今目の前で行われているやりとりはあまりにも矛盾が多い。
ヴァッツという少年の事は知っているようだが、やはりクンシェオルト本人ではないのだろう。
「そうなの?身分とかよくわかんないんだけど。
それよりあんたユリアンだよね?なんでクンシェオルトの格好してるの?」

(・・・ユリアン?)

ぱっと思いついたのは『ユリアン公国』と『ユリアン教』の名前だが、
文脈から読み取るにクンシェオルトの姿をしているが中身がそうだということか?
彼の宗教は悪名と胡散臭い奇跡の話しか知らない為、現在の知識では結論を出すのが難しい。
『さすが私が選んだ子だ。そうだよ、今は私がこの体の主だ。』
「うん??『ヤミヲ』とオレみたいなもんかな?まぁいいや、クンシェオルトに代わってよ。」
少年は相変わらず動じない様子でクンシェオルトに話を続けている。
その内容はこちらとしても有り難いので穏便に済ます事ができれば申し分はない。
ただ、『シャリーゼ』の惨状。
これの責任をどうつけるかの大きな問題だけは残るだろうが。
しかしバルバロッサの思っていた以上の現実が耳に届くとその場にいた『ネ=ウィン』兵全員が凍りつく。

『それは無理だよ。だってもう彼は死んでいるのだから。』

「てめぇ・・・冗談じゃ済まされねぇぞ?!?!」
今まで2人の流れを見守っていたフランドルが声を荒げて睨み付ける。
ビアードも話に割って入るよう体を動かそうとしているが少し動揺が見て取れた。
それもそうだろう。
つい二週間ほど前に別れを告げて余生を新たな主の元で送りたいと言っていた誇り高き4将筆頭が
得体の知れない人物の口から死んだと伝えられて一体誰が納得するというのか。
『いや本当さ。だからこの死体を私が戴いたのだよ。
非常に強くて気に入ったからしばらく使い続けるつもりなんだけど。』
そこまで言ったユリアンに4将の2人が襲い掛かる。

がきっ!!がしっ!!

ビアードの長剣は細剣に阻まれ、フランドルの大槍は素手で掴まれる。
「貴様の意見はどうでも良い。死者に対する冒涜、決して許すわけにはいかん!」
滅多に怒らない口ひげの男が額に青筋を浮かせて言い捨てると、
『生死を問わず人は人だ。神である私の役に立てる事を喜ばないと人生損するぞ?』
神を名乗る男の目からまたも黒い霧が大量に発生し始めた。
奴の話が真実ならその体は紛れも無くクンシェオルトの物で、
眼球の白黒を反転させて黒い霧を纏う姿こそ『闇の血族』の力なのだろう。
しかしクンシェオルト本人はこの少年が『トリスト』の人間だと知っていたのだろうか?
7年前に『トリスト』の精鋭を一瞬で斬り伏せた実力を前に4将きっての猛将2人も攻めあぐねるという現状。
更に自身の魔術では致命傷どころかどの程度の傷を負わせられるのかすら不透明だ。
(どうする・・・このままでは・・・)
ジリ貧な戦いに何とか終止符を打たねばならない。
国と、そしてクンシェオルトの為にも。

そんな激しい攻防の中、無防備にすたすたと歩いて入っていく少年。

と、同時に2人の4将が大きく後ろに飛ばされた瞬間。

がしっ!!!

クンシェオルトの右手首をヴァッツが掴んで止めた。





 そこで2人の動きが完全に止まる。
『・・・凄いな。全く動ける気がしないよ。とんでもない力を持っているんだね。』
ユリアンが涼しい顔でヴァッツにそう言うも、本人から降参や退散の意思は感じ取れない。
だが4将筆頭が惚れ込んだ『トリスト』の大将軍というこの少年が動きを封じた事で、
何とか光明が見出せそうだった。
「えっと。とにかくクンシェオルトを返して?話もしたいし。」
しかし彼はそこから先の行動を起こす気はなさそうだ。
これは最後の晩餐時にも言っていた、争いを好まないという性格からだろうか。
『私がこの体から抜ければ死体に戻るだけだ。一方的に語るだけしか出来ないよ?』
「「・・・・・」」
その発言を聞いて苦渋の表情を浮かべるフランドルとビアード。
もう彼と言葉を交わすことが出来ない事実と、死んでいるという現実に。

【それでも意地汚いゴキブリに体を這いずり回られるよりはましだろう?】

突然地の底から聞こえてきたかのような声に何度目かの驚愕を覚える『ネ=ウィン』勢。
誰が話したのか理解が追い付かないまま2人の会話は続いていく。
『それは私に言ったのかね?ヴァッツ・・・ではないな?貴様は何だ?』
【教える義理もあるまい?ヴァッツよ。お前の手で終わらせてやれ。】
話しぶりからすると第三者が少年に向けて語り掛けているらしい。
「終わらせるって・・・どうやって?」
先程の聞き覚えがある少年の声が戻ってくる。
何がどうなっているのかさっぱりわからないバルバロッサは高度を下げ、もう少し近づくことを選ぶと、
【お前の拳骨ではクンシェオルトも痛かろう。平手打ちくらいでどうだ?丁度良い気つけになるはずだ。】
『ふざけた事を・・・ヴァッツ。この手を放せ。お前の中にある邪悪な存在を私が断ち切ってやろう。』
ここにきて初めて若干焦りを感じさせる言葉に固唾をのんで見守る周囲。
「平手打ち・・・こ、こうかな?」
戸惑いながら放たれた・・・いや、
それは平手打ちとは程遠い勢いの手の平がゆっくりと彼の胸元に近づいていく。
打つのではなく触りに行こうといった感じなのでユリアンと呼ばれた男も目に見えて安心の色を浮かべていた。

ぺたん・・・

ゆるやかな手の平が接触した瞬間クンシェオルトの体が激しく跳ね上がると、そこから力なく崩れ落ちていく。
握られていた右手の細剣が地に落ちる中、ヴァッツが慌ててその体を受け止めた。
「こ、これでよかったのかな・・・」
とても静かに災難が消え去ったようで、当の本人すら戸惑いの様子を見せると、
【うむ。奴は消え去った。後は・・・】
彼らに近づいたバルバロッサは地の底から聞こえてきそうな声は少年から発せられている事に気が付く。

「・・・ヴァッツ様・・・本当に・・・ありがとうございます・・・」

「「「!!!」」」
「あ!クンシェオルト?!気が付いたんだね!!」
懐かしい声に4将全員が顔をほころばせて近づいて行った。
「お、おい!!本当にお前か?!大丈夫か?!?!」
「正気に戻った・・・のか?とにかく手当を!」
「・・・」
自身らの反応を見て配下達も喜色を浮かべながら近づいてくる。
乱心ともとれる彼の凶行が終わりを告げ、4将筆頭の帰還を祝うような空気が流れる中、
「・・・皆・・・すまなかった・・・」
最後の奇跡で刹那の生を取り戻したクンシェオルトは
あらゆる意味を込めてそう言い残すとヴァッツの胸で2度目の命を終えた。





 すぐに横たえられて手当を行おうとする衛生兵。それを見守る『ネ=ウィン』の仲間達。
だがすぐにその死を告げられた時、
「んなわけあるか!!今さっきしゃべってただろ!!!」
大柄なフランドルに胸元を掴まれて迫られるも、事実を事実として告げる事しか出来ない衛生長は、
「し、しかし!・・・もう既に死んでかなりの時間が経たれているようで・・・」
傷口は出来ていたもののそこから血が流れることはなく、
あまりよくなかった顔色はどんどんと死体の色に染まっていった。
「・・・あの・・・『ネ=ウィン』の星のような男の最後が・・・こんな・・・終わり方だと・・・」
傍でその寝顔を見ていたビアードがその怒りと悲しみの為に、
フランドルが掴み上げていた衛生長の襟首を横取りする形で自身の眼前に引き寄せると、
「・・・本当に・・・もう・・・死んでるのか?!」
あまりにも悲痛な表情を間近に見た衛生長も涙を浮かべながら、
「はい・・・誠に・・・残念ですが・・・」
その言葉に全員が愕然とする。

(中身がどうあれ『シャリーゼ』を崩壊させていたのだ。
生きていたとしても罪を背負わねばならなかった事を考えると・・・)

1人ただ冷静にそのような事を考えるバルバロッサ。
しかし彼とて戦闘国家の4将だ。
武功を帳消しされるような汚名を残し、この世を去った無念は察するに余りある。

そんな魔術師とは別にとても大人しい少年と少女。
片方が『トリスト』の大将軍であり、少女の方も出で立ちからして相応の者なのだろう。
「・・・オレ、どうすればいい?」
「さぁ?やる事はやったしもう帰っていいんじゃない?」
1人は純粋に何をすればいいのかわからず、1人はクンシェオルトの死などに興味はないといった様子だ。
「ヴァッツとか言ったな。
クンシェオルトは俺達の仲間だ!こっちで葬儀をさせてもらうけどいいよな?!」
フランドルが非常に大人気ない態度で少年に凄むが、
「え?う、うん・・・葬儀・・・って何?」
どうも彼は死というものがよくわかっていないらしい。
周囲は悲痛な思いで沈み切っているので、それを説明しようと立ち上がる者はいない。
本当ならここはビアードに動いてもらいたかったのだがそれも期待できそうになかったので、
「・・・死んだ者を弔う事だ。
君達はどうする?連絡する方法さえ教えてくれれば日程を教えられるが?」
『トリスト』は間違いなく敵対国家だ。
しかし生前クンシェオルトが選んだ最後の主がこの少年であり、
彼を救い出し、最後を看取ったのも彼だと言ってもいい。
個人的に彼の国との接触を計るという狙いはあったものの、ここは話をしておくべきだと判断する。
「う、うん・・・じゃあ・・・」
「じゃあご連絡は『迷わせの森』か『アデルハイド』にいる人に適当に送ってください。
さ、もう帰ろ。」
最後は少女が横から口を挟んできて話が終わると恐らくここに来るときもそうしていたのだろう。
ヴァッツを前から抱き着くようにしっかり腕を回して、

どぅぅんっっ!!!!ばささささっ!!!!

勢いよく空に飛ぶとそのまま東の方向へ飛び去って行った。

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