闇を統べる者

吉岡我龍

別れと出会い -動き出した世界-

 その日は突然やってきた。
遥か西の大陸で事件が起きたらしくイルフォシアは行ったり来たりを繰り返し、
それが落ち着いたと思ったら今度は国王から直接アルヴィーヌに命令が下ったのだ。
2王女の御世話役について1か月。
彼女達の性格と立ち位置について大分理解してきたハイジヴラムは、
ここにきて初めての大役を任されていた。

「アルヴィーヌ様、国王様からのお手紙が既に4通届いております。
流石にそろそろ動かれないと・・・」
彼女の行動を聞きまわり分析を重ねた結果、相当な精度で王女の居場所が読めるようになっていた彼は、
現在城下から少し離れた小さな家にお邪魔していた。
「アル。流石に4度無視するのは主も悲しまれる。あたしも動いた方がいいと思うぞ?」
長く美しい翡翠色の髪を持つ少女が腕を組んで一緒に諭そうとしてくれている。
彼女は国王直下の兵で現在は長期休暇中との事だ。
「そうだよ~アルちゃん本気だせば何でもすぐ終わるでしょ?
ぱぱっと片付けちゃってからまた遊べばいいと思うよ?」
その妹である同じ翡翠色の髪を持つ少女も胸元で両拳を作って力説してくれる。
彼女達は王女の数少ない心の許せる友人らしいがそれでも、
「えー・・・面倒くさい・・・」
元々人を選ぶ王女は、ややぐーたらな性格も相まって非常に腰が重い。
普段はこんな様子だが、いざ本気を出せば
10万の『リングストン』軍を魔術で一掃するというのだから人は見かけで判断できない。
「そ、それに今回の任務では王孫様にお会いできるというではありませんか。
あれほど会いたがっておられたのに・・・」
「イルでしょそれ。私は別にどっちでもいい。」
決して間違えた訳ではないのだが、イルフォシアが楽しみにしていたので
姉のアルヴィーヌも同じくらい興味を持っているかと誘い文句的に使ってみたのだが、
どうやら逆効果だったようで、やる気のない姿勢から不貞腐れる姿勢に変化してしまった。
紅色に輝く2人の双眸が何とも言えない感情を乗せてこちらに向けられるので
猛将ハイジヴラムはどの戦場にいた時よりも心が縮こまってしまう。

「でもアル。ヴァッツ様は本当に凄い御方だぞ。一度その目で見てみるのは悪くない。
いや、むしろお前の目で見てあたしに感想を聞かせてくれよ。」
少し粗雑な言葉遣いだが、何とか説得しようとしてくれるリリー。
最初はその無教養さに眉をひそめたが本人の辛い体験が関係しているような話を聞き、
王女達自身がそれを全く気にしていないのでハイジヴラムもすぐに慣れていった。
「・・・よし!じゃあその任務っていうのを終わらせたら私のお友達に会わせてあげる!!
可愛い子だよ~??」
「・・・それ私の知らない子?」
(おお?!)
人付き合いを避け気味な王女にまさかそのような話で興味を引くとは。
同い年というのもあるのだろうが、ルルーの提案に初めて話を聞く体勢にはいるアルヴィーヌ。
「うん!!『シャリーゼ』ってところで出会ったの!名前はハルカちゃん!
何かお姉ちゃんの事が大好きで一緒に旅をしてたんだって!ね?」
話を振られると少し気恥ずかしそうに、いや。何か隠し事があるのだろうか?
「あ、ああ。まぁ可愛いっちゃ可愛いかな。ちょっと危ない所もあるけど・・・」
目線を泳がせながらリリーからもハルカについて説明が入ると、
「ハルカっていくつ?」
「私と同い年だよ。8歳!」
「・・・私でも友達になれるかな?」
ここで初めてアルヴィーヌの人付き合いを避けているのが、
もしかして引っ込み思案な部分から来ているのもあるのだろうか?と感じるハイジヴラム。
彼女は決して他人を蔑ろにするような性格ではない。
最初御世話役として就いた時、いや、思えば看護の時からそれほど距離を取られた記憶はない。
アルヴィーヌ自身の中でしっかり整理のついている人間相手ならきちんと接する事は可能なのだ。
「なれるよ!!ね?お姉ちゃん?」
「あ、うん。まぁ・・・何とかなるだろ。
・・・そういえばハルカはヴァッツ様とも仲がいいんだぞ?」
尋ねられた姉が少しいやらしい笑みを浮かべてそんな事を言ってきた。
王孫様とも仲のいいハルカという少女の存在がアルヴィーヌのやる気をどんどん掻き立てていく。
「・・・仕方ない。さっさといって終わらせてこよう。」
3人がかり、いや、実質2人の友人からの提案付きでやっと重い腰を上げた王女は
すぐに家から外に出ると、

ばささっ!!!どぅんっ!!

一瞬でその背中に翼を顕現させると瞬く間に空の彼方へ飛んでいった。





 決して下心が無かった訳ではない。
しかし今回アルヴィーヌを『アデルハイド』へ向かわせるという任務。
これを完了させればしばしの休暇を貰えるという約束だったのだ。
なので彼は早速自身の舌で確かめて一番美味しかった蜂蜜酒とつまみを用意すると、
1カ月ぶりに旧友の下へ馬車を走らせた。
『トリスト』の王城が非常に厳しい立地に建てられている為、
そこから移動するのは専用の馬車や騎馬、もしくは自身で空を飛ぶ必要がある。

(しかしガビアム様が暗愚を演じておられたとは・・・)

馬車から見る初めての景色に
年甲斐もなく心を躍らせながら様々な情報を整理するハイジヴラム。
まずあの決死隊がほとんど死んでいなかった事、
その生き残りの説得をファイケルヴィが行った事、
いきなり期限が3日と提示されて慌てふためいていた事などの話は
彼の心を大いに楽しませた。無論本人はてんてこ舞いだったのだろうが。

そこから『リングストン』を崩す計画が進んでいる事、
その1つとしてアルガハバム領のガビアムが反旗を翻す準備を進めていた事、
現在は彼の下で補佐役を務めている事などを聞いている。
よってファイケルヴィは身動きが取れない程忙しいらしいので、
今回はハイジヴラムの方から会いに向かっている訳だ。

現在トリスト城は丁度『アデルハイド』とアルガハバム領の中間辺りに滞空している。

空を飛ぶ馬車を使えば2時間もかからず到着するだろう。
この技術は『トリスト』独自の物であり、馬と馬車に飛空の術式を施した魔具を複数取り付ける事で
空を飛べない人物や物資を運ぶのに重宝されているのだ。
門外不出の技術である為、地上に降り立った時は
それぞれの魔具に施してある鍵を全員が1つずつ所持する決まりも徹底されていた。
こうすることで制空権に関する情報を他国から守って来たらしい。

(・・・凄い国に来てしまったものだ。)

これからの方策はある程度聞いていた。
少なくとも『リングストン』は相当な力を奪われるだろう。
一度は捨てたこの命を拾ってもらった恩義と祖国への想いが交差する。
これから世界はどう変わっていくのか。
複雑な気持ちで窓の外に拡がる『リングストン』の国土を眺めるハイジヴラム。
やがて4頭の騎馬に護られた馬車はアルガハバム領の王城近くの街道へ降り立った。



何度か来たことのあるアルガハバム領の王城。
既に内部にはファイケルヴィも含め兵士達も『トリスト』から送られてきている。
これには監視と強固な守備との二通りの意味が込められているのだろうが副王は全く気にしていないらしい。
「ようこそハイジヴラム殿。まさか貴殿まで国を裏切るとはね。」
ガビアム自らが出迎えてくれたので頭を下げると、
「いや、裏切りとは少し違う。『リングストン』での私は死んだ。それだけだ。」
自身の心に少し蟠りが残っている為、ここは口に出すことで自分にも言い聞かせる。
「そうなの?まぁいいか。それよりファイケルヴィ殿の部屋まで案内しよう。」
暗愚の皮を捨てたのは聞いていたが本来がこういう性格なのか、随分さばさばした物言いだ。

年の為護衛として着いて来ている守衛のうち2人も一緒に城内を移動する。
(・・・基本的な作りはワイルデルの城と変わらないんだな。)
久しぶりに故郷へ帰ってきた気持ちが強くなる中、副王が足を止めて扉を叩いた。
「ファイケルヴィ殿?お客様がお見えになったよ。」
そう伝えると返事を待つ前にがばっと開けて入っていく。
「・・・ぉお?私に客人?どなたかな?」
聞こえてきたのは何とも寝ぼけた感じだが紛れも無く友の声だ。

「ファイケルヴィ。久しぶりだ・・・な?」
ガビアムに続いて彼も中に入る。元々20年来の関係であり、お互いが拾われた身。
ここで遠慮は要らないだろうと足を踏み入れて目に入ってきたのは膨大な書類の山と、
副王時代からは想像もつかないほど痩せこけた友の姿だった。
「おお~!!ハイジヴラム!!まさかお前から会いに来てくれるとは!!」
目の輝きからして体力的にはしっかりしているのだろう。
ただ眼前の状況から察するに忙しくて身動きが取れないというのは誇張でも何でもなかったようだ。
「元気・・・そう・・・なのか?随分痩せたな?」
恰幅の良かった彼の体型を最後に見たのはつい1ヶ月ほど前の話だ。
決死隊前夜にその体形ゆえ鎧が通らないと困っていたのがつい昨日のように思える。
あまりにも急激に見た目が変わったので流石に心配そうに尋ねるが、
「ああ。久しぶりに多忙に追われる毎日を送っているからな。
まぁ一番痩せたのは国王から送られてきた無理難題をこなしていた時なんだけどな。ははは。」
声にも十分力はある。どうやら水を得た魚のように政務をこなしているらしい。
「積もる話も沢山あるだろう。城内でもどこでも使ってくれてかまわないよ。」
2人の再会を見届けた副王は笑顔でそう伝えると部屋を後にした。

「しかしこれだけの激務の最中に、この差し入れは少し浅慮が過ぎたかな・・・」

辛うじて使えそうな小机の空き場所に自身が手にした蜂蜜酒とつまみを取り出すと、
「おお~!!久しぶりの美酒だ!!気にするな気にするな!!さぁやろうやろう!!」
痩せた分若返ったかのか、子供のようにはしゃいで喜んでいるファイケルヴィ。
それだけの反応をしてくれるとこちらとしても厳選した甲斐があるというものだ。
「そうだ。杯をワイルデルに残したままだっただろう?お前との話を王女様にしたら何と・・・」
小さな木箱を取り出すと、そこには硝子製の細やかな細工が施された蒼い杯が2つ。
「これを下賜して下さった。今日はこれでやろう!」
「うおう?!何と・・・そうか。話には聞いていたがお前は今王女様の近衛を務めているんだったな。
お前からも是非感謝の気持ちをお伝えしておいてくれ。いずれ自らも必ずお礼に参るともな。」
若干曲解されている部分もあるがお傍付きという意味では変わらないだろう。
そこも含めて積もる話を杯と共に酌み交わそう。

『トリスト』からの護衛も察してくれてか、部屋の前での待機を買って出てくれた。

久しぶりにお互いが元気な事を確認できた2人は時間を忘れ、
美味い酒と肴で大いに盛り上がって一日を終えた。





 ワイルデル領の東には蛮族と呼ばれる少数で集落を作る民族が多数存在していた。
彼らは彼らの文化を最も重要視していた為、決して他者と交わる事はなかった。

「ばっはっは。いよいよ我らが台頭する時が来たか!!」

小高い峠からその肥沃で広大な領土を見下ろしながら毛皮に身を包んだ半裸の大男が
まるでご馳走を前にしているような表情で舌なめずりをしている。
「父上。いくら副王と将軍が失脚したからと言って侮ってはいけません。
彼らは世界で一番広大な国土を力をもつ国なのですから。」
その斜め後ろからは騎乗し、衣類も近代的な者を着こなす若い男が諌めるように声をかける。
「あんた!本当に私の姉弟かい?!」
父上と呼ばれた男の隣にはその大男に勝るとも劣らない大女が、
同じような毛皮に身を包み、やはり半裸に近い状態で弟らしき人物にがなり散らしていた。
「ばはははは!!あのおかしな男の話では一月後が好機らしい!!」



彼らが動いたのには理由がある。
つい先日、黒い外套の男が現れると『リングストン』内でのいざこざと重役の失踪による国力低下、
機さえ掴めばその広大な土地を手に入れられると進言してきたのだ。
もちろん蛮族達は排他的な性質の為、最初は殺してしまおうともしたが
その男は信用を得る為に様々な占いを行ってみせた。
族長の、家族でさえ知らない秘密を暴露し始めたかと思ったら長女長男の癖に続いて、
周辺部族の今後までを言い当てるというのだからいつの間にかみんなが前のめりで聞き入り、
最後は『ムンワープン族』が滅ぶとさえ言い放った。

現在蛮族達が住む『東の大森林』において最も強大な勢力である『ムンワープン族』

これだけ様々な隠し事を言い当てる男が放った一言はバイラント族を大いに沸き立たせたのだ。
戯言にしても十分楽しんだ彼らは持て成そうと宴の準備を始めるも
黒い外套の男はいつの間にかその場を後にしていたという。



「えーー!!もうさっさと戦おうよ!!」
鋭い眼光と野性味あふれる肉体をもった女性がまるで駄々っ子のように懇願するので、
「駄目です。情勢をしっかり読み解いていかないと、この戦、どう転ぶかまだわからないんですよ?」
一人だけ騎乗している場違いな青年が姉に言い聞かせるように口を開くと、
「うむ!!!マハジーの言うとおりだ!!!今日は見るだけ!!!」
「えーーつまんなーい!!だったらあたいは帰る!!」
完全にへそを曲げた長女は広大なワイルデル領を背に峠を下っていった。

「ばっはっは。いくつになっても子供よ!!・・・しかし見てると突撃したくなるな。」
「・・・父上ぇ~?」
長男が疑うかのような声で釘を刺しに来たので、
「よし!!帰ろう!!・・・いや、ちょっと様子を見ておこう?
どれ程影響力が落ちてるのか、お前も確かめたいだろ??」
『リングストン』の最東にあたる国境線は常に様々な蛮族達との紛争が起こっている。
なので他民族との兼ね合いもあるが、今までは基本的に皆が思うように荒らしを働いていた。
「・・・30分だけですよ?」
族長である父の血がうずき始めたのを悟ると参謀役である長男が仕方なく時間制限付きでそれを許可する。
元々偵察目的だったのでそれほど兵士を連れてきていないのは族長もわかっているはずなのだが・・・

しかしどこに隠れていたのか、似たような毛皮の格好をした戦士達が一斉に飛び出てきた。
「ひゃっほぅぅ!!やっぱり土産くらいは持ち帰らなくっちゃね!!!」
先程帰ったかのように見えた長女も一緒になって飛び出してくると、
「本当に30分だけですからね!!!」
華奢な見た目とは裏腹に、
とても大きな声で周囲に釘を刺しなおす長男が呆れ顔で彼らの行方を見守り続けた。










『まさか屠殺しようと思った人間の体を使う羽目になるとはな。』

『ネ=ウィン』から『シャリーゼ』への街道途中にユリアンが己の従者に驚きと嘆きを漏らしていた。
「お気に召しませんでしたか?」
外套を頭から被って跪いている女性らしき声が伺いを立てると、
『いいや。これもまた運命なのだろう。それにこの体、人では扱いきれまい。』
手を握り、そして開くを数度繰り返した後、肩を回して腰を回して。
まるで凝り固まった体をほぐそうと必死なようにも見える。
『折角だ。私はこのまま『シャリーゼ』で具合を確かめてみよう。
お前はそのまま『ネ=ウィン』とやらに潜入しておけ。』
「はい。」
『ユリアン教』の諜報員は静かに立ち上がると神とは真逆の道を歩いて行った。

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