闇を統べる者

吉岡我龍

別れと出会い -無自覚の誘い-

 ヴァッツが時雨とクスィーヴの3人でジョーロン国内を駆け巡っている時、
クスィーヴの館にたどり着いたクレイス達は、
「お、おい?!こりゃひでぇな?!本当にカズキか?!」
体中は痣やら骨折やらで原形をとどめておらず、
顔色は真っ白で、生きているのかどうかさえ疑わしい状態だっだ。
出迎えたガゼルが血相を変えて慌てふためいてると、
「とにかく、清潔な寝室を用意してください。すぐに!」
自己紹介もなくいきなり出てきて発言するイルフォシアに皆が目を奪われ動きが止まるが、
その間すら惜しいと感じた彼女は何も無い背中からばささっ!と翼を生み出すと数回激しくはためかせ、
「急いで!!!!」
凛とした、それでいて大きな声で命令し、我に返った周囲の人間も慌てて用意を始める。

ヴァッツ達と別れてから半日も経たずにここまでたどり着けた。

この館でも色々あったようだが、お互いの情報共有の前にまずはカズキだ。
館で一番大きく清潔な寝室にガゼルと2人で運ぶと、
3つほど並ぶ寝具の1つに何故かショウが寝息を立てて横になっていた。
「例の『灼炎の力』ってのを使ったみたいだぜ?詳しく聞く前にああなっちまった。」
ガゼルが手短に説明するのを聞きながら、
2人で冷たい井戸水でしぼった手ぬぐいを腫れあがった患部に当てていく。

それが終わると館にいる主要な人物を大会議室に集めての情報共有及び説明会議が開かれた。
といってもどれも重要な事件ばかりなので部屋の扉は全て開放し、
館にいるほぼ全ての人間が会議の長卓周辺に所狭しと集まって話の内容を一緒に聞く形になる。

最初にイルフォシアの自己紹介、
次にビャクトルがユリアンに体を乗っ取られたこと、それを討伐した事による崩御。
衛兵の武具に掛けられた邪術を利用した反乱などなど。
館側からは、
ザクラミスが絡んでいた事。それを恐らくショウが倒した事。
というのも彼が乗って来た馬に首級が吊るされていたのだ。
本人は説明する前に寝てしまったのでここは推測でしかないのだが。

「・・・ユリアンというのは想像以上に脅威ですね。」
イルフォシアが真剣な面持ちで考え込んでいる。
「まさかあのカズキがここまでやられるとはな・・・
これ、本隊が南からここに向かってきたりしてないよな?」
ガゼルが最悪の事態を口に出す。
ほとんどの兵士をクスィーヴが連れて行った為そうなればこの領地は放棄して逃げるしかない。
「恐らくそれはないでしょう。
もし本隊が存在するのならザクラミスと一緒に行動していたはずですし、
『フォンディーナ』の王がそれを見逃すはずがありません。」
イルフォシアが断言すると、聞き入ってた周囲の人間から安堵の声が漏れる。

「まずはこの館の修復と、それぞれの傷病を治すことに専念を。
いざとなれば我が国から援軍を要請しますのでご安心ください。」
彼女が王女らしくこの館での行動指針を皆に伝えると、
「その我が国ってのはどんな国なんだ?『トリスト』ってのは聞いたことないんだが?
みんなお前みたいに羽が生えてるのか?」
自己紹介の時から気にはなっていた事をガゼルが代表する形で口に出した。
翼を持つ、しかも形状を意思によって変えられるというのは不思議な話だ。
この世には様々な力が存在するのも、ショウやヴァッツを見てきて理解は出来るが。
「いいえ。この翼は私達姉妹にしか存在しない物です。
『トリスト』は説明すると・・・そうですね。
かなり戦闘に特化した国です。世界一と言っても過言ではありません。」
「つまり『ネ=ウィン』みたいな感じか?」
「彼の国より上です。」
最後は短いやりとりで終わった。
そもそも西の大陸の人間に『ネ=ウィン』の強さは噂話でしか聞こえてこない為、
どれほどのものなのかいまいち伝わりにくい。
だが、それを知っているクレイスとガゼルだけは『ネ=ウィン』より上だと断言する王女に唖然とする。
「では質問はこの辺りで。各々方、早速作業を始めてください。」
イルフォシアが手を叩いて席を立つと、周囲の人間も慌しく行動を開始した。





 この館でクレイスがする事はもう決めていた。

カズキの看護だ。
体中が痣だらけになり未だに意識を取り戻さない彼を。
命を賭けて戦い、守り切った自身の師であり友である彼を死なす訳にはいかない。
クレイスも傷を負ってはいるが命に別状はないだろう。
正確にはないことはないのだが今は自分の事よりカズキだ。
腫れあがっている患部に冷水でしぼった手ぬぐいを当てて冷やし続けていると、

こんこん

扉を軽く叩き、イルフォシアが中に入ってきた。
「クレイス様、私は一度国に戻ります。
カズキ様をご心配されるお気持ちはわかりますが、貴方もお休みになられてください。」
こちらに歩いてきて心配そうにそう言ってくれるのだが、
せめて意識くらいは戻ってほしい。でないとこのまま死んでしまったりしたら・・・
そう思うと傷の痛みや疲れなどが感じなくなるのだ。
むしろそんな状態なのに彼女がそばに立つだけで緊張はしてしまうという。
誠に恋とは恐ろしい。
「あ、ありがとうございます。でも、僕はカズキを看護したいんです・・・。」
未だに最低限の言葉を出すのが精いっぱいなクレイス。
もう少し彼への思いや、自身の感情を伝えたいのだが・・・。

しばらく沈黙が続くと、
「はぁ・・・」
以前聞いたようなため息の声が耳に届く。
イルフォシアは本当に仕方がなさそうな声でこちらを伺いながら、
「クレイス様は本当に頑固・・・いえ。わかりました。ではこうしましょう。
今から私が名医を連れてきます。
それでカズキ様の症状がよくなれば貴方も自分の体をご自愛してくださいますか?」
「え?!」
思っても見なかった提案に驚いて振り向くと、
想像以上に近くに立っていた彼女の胸元が目の前に現れて更に驚く。
「どうですか?約束していただけますか?」
そんなクレイスの様子など気にもせず、イルフォシアは腰に手を当ててこちらを覗きこんできた。
少し怒っているようだが、彼にとってはどんな表情でも可愛く見えるのだから対応に困る。
じーっと見つめて、いや、
睨まれている間に何も返事が出来ないまま沈黙の時間が流れ、ついに、

ばたん・・・

心身ともに限界を超えたクレイスは椅子から落ちるように倒れてしまった。





 (・・・あれ・・・?ここは?)
いつに間にかクレイスは寝具に横たわっていた。
(・・・・・)
いつだ?いつから寝てたんだ?そもそも今日は何日だ?
心地良い温かさが体を包む中、クレイスはゆっくりと記憶を遡る。
まずここは・・・恐らく『ジョーロン』。今いる場所はその領主クスィーヴの館で間違いないはずだ。
そう、この国の王ビャクトルとの死闘の後、ここに戻ってきたのだ。
途中で直視出来ないほどとても可愛い少女に出会ったのも覚えている。
あとは・・・そうだ!!
「カズキだ!!!」
慌てて体を起こして一番大切な目的を口に出す。
カズキはユリアンとの戦いで瀕死になるほどの傷を負っていた。
その看護だけは絶対自分がやると決めていたのだ。そこまでの記憶が鮮明に蘇る中、
「うんん・・・おはようございます。お体の具合はいかがですか?」
・・・隣から聞くと蕩けてしまいそうな少女の声が聞こえてきた・・・
まだ出会って日も浅いがその声は脳裏に刻み込まれている。
しかしそんなはずはない・・・そんなはずは・・・
恐る恐る自分の隣に顔を向けると、そこには金髪の少女が眠そうにこちらを見つめていた。



 「クレイス様?もうお怪我の具合は大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・」
イルフォシアが声をかけても微動だにしない。
仕方がないので手を伸ばしてクレイスの手を握ってみる。
(・・・まだ冷たい・・・)
ユリアンとの戦いで重傷と呼べる傷を負い、十分な休養も取らず動き続けていた。
結果、多量の血液を失っていた事による体温の低下と共に気を失ったクレイス。
友人に彼の治癒を頼んでもよかったのだが、カズキを治す事を目的にここに呼んだのだ。
姉と休暇を楽しんでいる彼女を必要以上ここに留めるのは避けたかったのもある。

しかしそれ以上に、クレイスが必死になってカズキを看護しようとする姿を見て、
ならば自身はそのクレイスの為に看護をしてあげようと思ったのがきっかけだった。
低体温だった彼と添い寝をする事で多少なりとも貢献出来るかなと思っていたのだが・・・

とさっ!

未だ体調がよくないのを感じたイルフォシアは無理矢理彼を押し倒すと、
「まだ体温が戻っておりません。
よく食べてよく寝て、まずはクレイス様自身の体調を回復なさって下さい。」
「・・・・・」
疲労のせいか相変わらず返事はないが、
抵抗する気配もなかったのでイルフォシアは何か食事を持ってこようと体を起こして、

「クレイスも隅に置けねぇな。」
2人が寝具で重なり合っているのを見てカズキが寝具に横たわった状態からにやけた表情を向けてきた。
「カズキ?!」
散々自分が呼びかけても反応がなかったのに彼の冷やかしにはすぐに応える王子。
勢いよく寝具から飛び出て駆け寄ると、
「意識が戻ったんだ!!よかったぁ・・・・・」
跪いて心の底から喜んでいる。
さすがにそんな姿を見せられると自分のちっぽけな不満を言うのも憚られるので、
「私が名医を連れてきて手当てをお願いしたのです。
しばらく安静は必要ですが、生死の境を彷徨う事はもうないでしょう。」
憶えているかどうか分からないが気を失う前のクレイスとの約束をしっかり守った事を伝えて、
「なので今度は貴方の番です。ほらほら。ここに戻って横になって!」
寝具の上を手の平でぱんぱんと叩いて催促する。
つい姉へ言い聞かせるような態度を取ってしまうも元気になった友人の姿を見て落ち着きを取り戻したのか、
無言ながら静々と戻ってきて横になるクレイス。それから、
「あ、ありがとうございます・・・。」
とても恥ずかしそうにこちらを見つめながら感謝を口にしたクレイスに、
心の底から満たされる物を感じたイルフォシアは満面の笑みを返した。





 「ねぇ。もういいの?」
クスィーヴの館に呼ばれて2日目、ルルーはイルフォシアと部屋で話していた。
「ええ。ルーに頼んでたのはカズキ様の治療だけだし、
ショウ様は疲れて眠ってるだけ、クレイス様は・・・私が何とかします!」
何故かとても躍起になっている友人の妹王女。
自身が使える力は一日3分弱と限られているが、
重傷者の1人や2人なら二日もあれば全快近くまで治す事が可能だ。
それを断ってまで自分で世話をするというのだからよほど何かあるのだろう。
「もしかして好きになっちゃった?」
考えるよりも先に口に出てしまうルルー。
少ない人生経験から考えるに、
女の子が普段と違う一面を見せるという事はこれしかない!といった様子で詰め寄るも、

「その逆よ!!
あの人全然私の方を見てくれないの!!何だか無性に腹が立って仕方ないの!!」
世の中には意識しすぎてそういった行動を取る人間がいる事を知らない2人は、
「えー?イルちゃん何か悪い事しちゃったんじゃないの?」
素直にその態度について真正面から考え合う。
「うーん・・・自分で言うのも何だけど、
ユリアンとの戦いで私が加勢しなかったらクレイス様が倒れていたと思うのよね。
つまり命の恩人のはずなのよ、私。」
「それに気が付いてないとか?」
純粋な疑問にイルフォシアも真剣に受け止めて、
「あり得るわね。だから私の事をただのお節介焼きとか思って疎まれてるのかしら?」
「イルちゃんってアルちゃんよりおねえちゃんっぽいもんね~。」
にこにこしながら返すルルーに、険しい表情で考え込むイルフォシア。
「・・・・・もう少し淑女らしく振舞うように頑張ってみるわ。
あ、どうする?もうリリーの所に戻る?送るわよ?」
まだ日も高いので空を飛ぶには影響もないだろう。
せっかく家族水入らずの中、無理を言って連れてきたのは自分だ。
「じゃあお願いしよっかな?イルちゃんも頑張ってね!」
「うん。せめてクレイス様の目に留まるようにはなるわ!」
壮絶なすれ違いに気が付かないまま、イルフォシア固く決意するのだった。

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