闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -戦とその後-

 サファヴとアスワットは『シャリーゼ』との国境付近に戻ってくると
早速上官である将軍ウェディットに報告していた。
「結局騎士団の正体はわからず仕舞いか・・・」
2人の報告を聞き終えた将軍はしわの多い顔を更に歪ませて表情がくしゃくしゃになっている。
「すみません。俺達じゃあれらを相手にするのはちょっと・・・」
サファヴが申し訳なさそうに言葉を濁すが、
「気にするな。お前達まで失ったら我が部隊の士気が更に落ちる所だった。
よく矛を交えずに退いたな。英断だぞ。」
ウェディットは頷きながらそう励ましてくれる。

現在ナーグウェイ領では後継者になるべく2人の男が覇を競って内戦を繰り返していた。
1人が現在の副王タフ=レイの弟ヤッターポ。非常に短絡的だが腕は立つ。
もう1人がタフ=レイの長子ヤータムだ。こちらは真逆で内政の手腕が優れている。
肝心の副王本人は現在病に伏していて、文字通り手も足も出せない状態だ。
ウェディット将軍はこの内乱前から武力要員としてヤータム派に加わっており、
現在は補給拠点としても大事な港町『ダラウェイ』を攻略する準備に追われていた。

「しかし赤毛のショウにそのような力があるとは・・・・・
これはヤータム様が副王になられた後、しっかり報告せねばなるまい。」
本当はヴァッツの力なのだが、ここにきてショウのはったりが見事な誤解を生じさせる。
「まぁあいつら船に乗って西に向かったみたいだし。もう忘れていいんじゃいですか?」
アスワットが気楽そうにそう言うと、
「だな。忘れるのはどうかと思うけどこちらの動きは悟られていないようだし。」
本来なら物資を確保する為、『シアヌーク』に部隊を送り多少の略奪を考えていたのだが、
それが騎士団によって返り討ちにあったのだ。
しかも話の流れから彼らは『シャリーゼ』とは無関係らしい。
「問題が大きくならなかっただけ良しとしよう。我らも明日『ダラウェイ』に向けて進軍する。
お前達も今日はゆっくり休んでおけ。」
「「はい!!」」
2人は元気のよい返事をすると、将軍の陣幕を後にした。





 南端の国境付近から北上し、ウェディット率いる5000人の軍は『ダラウェイ』に向かっていた。
『リングストン』内で一番大きなこの港町は現在弟ヤッターポ軍が占拠しているが、
ここを落とす事で北と東への補給といざという時の防衛拠点としても使う算段らしい。
非常に厳しい戦いになると予想されるが、猛将の率いる軍団は皆士気が高い。
「いけるのかな?相手は万を超えてるんだろ?」
そんな周囲の士気を下げるかのような発言を平気でするアスワット。
「勝算が無ければウェディット様も動かないだろう。将軍を信じろ。」
サファヴは自分達を目にかけてくれる上官に絶大な信頼を置いている。
2人は小さな村出身でその内情も何もわからないまま軍人に志願し、彼の元に送られてきた。
初めての上官なので他と比べる事が出来ないのだが、若さと才能を買われて随分贔屓にされている。
村では多少の力持ち程度だった2人が、
兵卒ながらこうして軍の上官に取り立てられた事で大いに感動し、それに応えようと努力を重ねてきたのだ。
彼の元で働きだして現在2年目、未だ兵卒のままではあるがそこに不満はなかった。



 『ダラウェイ』まで半日の距離に迫ったその夜。将軍は5000の兵を1000人ずつに分けると、
「よいか。今夜から連日夜襲を繰り返す。まずは1日おきだ。絶対に無理をするな。」
短く命令を下すと、夕食を終えた第一部隊が早速出陣した。

夜襲を終えた次の日。『ダラウェイ』から掃討部隊が南の林に向かって出陣してきた。
1000人規模だったため、それに合わせて相手も2000人程度だ。
それを無傷な4000人が奇襲で迎え撃つ。もちろん数を抑えて相手に全容がわからないように注意を払う。
伏兵によりほぼ一方的に打ち負かされるヤッターポ部隊は街に逃げ帰り、その日は夜襲に備えて守りを固めていた。
日を跨いで次の日の夜。またもウェディット軍が夜襲を仕掛ける。
あくまで本腰は入れずに、こちらの犠牲を最小限に抑える事に努めるよう命令を下す。
すると翌日。今度は5000もの軍で夜襲元を絶とうと林に入って来た。
「よいか。ここが第一の難所だ。全軍で迎撃する!!」
視界の悪い林の中、伏兵を大いに活用し、実質5000対5000の戦いが繰り広げられる。
危険を避ける為基本的には矢での攻撃を重視に立ち回るが、それだけでは物資が底をついてしまう。
時には決死の覚悟で近接戦に発展することもあったが、ヤッターポ軍はあくまで掃討が目的だ。
日が傾く前には逃げ帰るように兵を退き、その日の夜襲に備えてまた守りを固くしていた。

次の日。ウェディット軍は1000人だけはその林の中に残すと、
他は全員を連れて迂回し街の北東に陣を移動していた。
もちろんその晩、南の林から奇襲を行わせる。しかし流石に読まれ始めていたのか、
損傷を与える事はほとんど出来なかった。
そして夜が明けると掃討部隊7000ほどが南の森に入っていった。
それを確認したウェディットは残る4000弱の兵士に檄を飛ばす。
「ここが第二の難所だ。全軍を以って街を落とす!!必ず1人で3人は殺せ!!」
連日の夜襲で相手には疲弊を与え続け、
昨日の夜襲を行った1000人には本日の掃討部隊を足止めするよう伝えてある。
未だ兵力に差はあれど、士気と疲れの差が戦況に大きく関わってくるだろう。
静かに街が見える位置まで移動すると、
「突撃ぃぃっ!!!!!」
将軍の号令により全軍が一斉に走り出した。
元々ただの港町だ。多少の増築がしてあるといっても大した外壁があるわけではない。
そこに国内でも猛将として数えられるウェディットが最前線に立ち指揮を取っている。
「アスワット!!住人は傷つけるなよ?!」
「お前もな!!」
兵卒である2人はもちろん歩兵だ。
遅れないように全力で走りながら飛んでくる矢を盾で受ける。
丸太部隊が街門に向かって突っ込んでいくのを護衛し、まずは突破口を開くまでは我慢の時間だ。
こちらの後方からも絶えず矢が放たれるので外壁上からは防衛の兵士が次々といなくなり、
その隙に門を突き破ろうと歩兵たちが奮闘する。

どかんっ!どかんっ!!ばきんっ!!!

大した抵抗がなかった為あっという間に門が破れる。
そこからなだれ込むように突入するウェディット軍。
ここでも将軍自らが先陣を切り、槍を稲穂の如く振り回して街中を駆け巡る。
そんな将軍に遅れまいと2人の兵卒も後を追いながら剣を振って走り続けていた。
嫌がらせのような夜襲からいきなり昼間行われた正面突破の用兵に
身も心も疲れ果てていたヤッターポ軍は全く対応することが出来ず、
しかし兵力だけは街中に残っているだけでも8000はいた為、じわりじわりと圧される展開が続く。
「急げ!!!掃討部隊が戻るまでの勝負だぞ!!!!」
この作戦は本隊を二分させての各個撃破、その変則型だ。しかも時間制限がある為かなりの無理を強いられる。
将軍の檄が耳に届いたサファヴは敵の馬を拾ってひらりと跨り、更に槍も手にする。
「あれ?!お前騎乗しながら槍なんて使えたか?!」
アスワットがよくわからない部分で驚いているが、そもそも兵卒が騎乗する機会自体がまず少ない。
「将軍に教えてもらったんだよ!」
このやりとりからしても彼らが良く用いられている事がわかる。
「ずるいぞサファヴ!!これが終わったら俺も教えてもらうからな!!!」
時間が迫っているにも関わらず、拗ねながらも剣を振り回すアスワット。
そこに将軍が戻ってきて、
「サファヴ!!アスワット!!お前達はこのまま街の制圧を続けろ!!私は防衛戦に入る!!!」
掃討部隊が引き上げてきたのを察したようだ。
「「はい!!!」」
まだまだ元気の有り余っている2人は揃って返事をすると街中を走り続けた。



 多少の手傷は負っているかもしれないが、今回は足止めしか命じていない。
ほぼほぼ無傷のヤッターポ軍7000人が『ダラウェイ』に戻り始めていたので、
将軍が3000人を率いて防衛戦を組み立て始めたのだ。
「全てを使い切れ!!!物も命もだ!!!!」
凄烈な檄の下、まずは弓矢を飛ばして進軍速度を遅らせる。
更に1000人を横から当たらせる為、街の端から外に出させて突撃させる。
大きな塊が1点を攻めれば大きな脅威になる。
それを阻止する為にあらゆる方向から攻撃し、力がまとまらないように軍を動かし続けるのがウェディットの防衛策だ。
現在外壁と横腹の2方向から相手を崩そうと仕掛けている。そこに、

ぴゅん!!ぴゅん!!ぴゅん!!!ぴゅん!!!

足止めとして使っていた林の中の1000人が背後から矢を放ち、攻撃に参加してきた。
1部隊の数は1000人程度だが、3方向からの攻めに、7000人の軍は浮足立ってくる。
この場面でどう収拾をつけるかは将軍の力量に掛かってくるのだが、

ごごごごごご・・・・

正面の街門が開き、
「突撃ぃぃっ!!!!!」
その隙を与えないウェディットが2000人の兵を率いて正面からヤッターポ軍に襲い掛かった。
多方面から来る命を惜しまない攻撃の数々に敵の士気は完全に削がれ、散り散りになって逃亡する中、
それでも追撃の手を緩めないウェディット軍は完膚なきまでに叩きつぶしていく。

その夜、要所の港町『ダラウェイ』を占拠したサファヴ達はささやかな宴を楽しんだ。





 思っていた以上の傷を負っていたはずなのに、更に思っていた以上の回復に自身が驚いていた。
この『トリスト』という国の医術は相当高度なものらしい。
10日もすれば体中の痣がなくなり損傷を受けていた骨や内臓の痛みもほとんど感じなくなった。
まだ完治というわけではないので無理は出来ないが日常生活に支障がない程には回復している。
「お城の中はご自由に行き来していただいても構いません。」
金髪の少女にそう言われていたので、
この日ハイジヴラムは遂に与えられていた自室から外に出てみることにした。
甲斐甲斐しく手当てをしてくれた召使い達に一言伝えてから扉を開けると、
目の前には長い廊下に延々と敷かれる真っ赤な絨毯が。
そして見事な細工が散りばめられた白を基調とした壁と扉が飛び込んでくる。
造りはほとんど石細工らしいがその手触りは鉋を丁寧に書けたどの木材よりも滑らかだ。
「あ。ハイジだ。」
声を掛けられた方向に振り向くと、双子の姉であるアルヴィーヌがこちらに近づいてきた。
「もう大丈夫なの?」
彼女は姉妹の姉、
らしいのだが妹がしっかりしすぎてて話す感じだと年よりも幼く感じてしまう。
「はい。体中の痛みはほとんど消えたので、少し城内を歩いてみようかと思いまして。」
彼女ら姉妹の世話役として命を助けられたハイジヴラムはそれをまだ了承はしていない。
傷を治してから詳しく説明すると言われていたので、こちらからそれを尋ねるつもりもない。
だがこの恩を仇で返すつもりもない。
結果、とりあえず彼女達や周囲の人間には礼儀を持って接する事だけは決めていた。
「じゃあ私が案内してあげる。」
何を考えているのかよくわからない少女にそう言われ、
「ではよろしくお願いいたします。」
折角の好意を断るのも忍びない。
それに彼女はイルフォシアと違って聞けば色々答えてくれそうだ。
アルヴィーヌを先頭にいくらか歩を進めると行きかう人々が必ず彼女に深々と頭を下げていく。
ふと、
「アルヴィーヌ様は『トリスト』の王女であらせられるのか?」
姉妹とも煌びやかな装飾品などは身に着けていないが周囲があまりにも畏まるので
まずはそこを聞いておく。
「うん。一応は。」
短い返答だ。だが、これでハイジヴラムに2王女の世話役を頼もうとしてる事は理解出来た。
(武人にそんな事が務まるのだろうか・・・)
それと同時に『リングストン』での将軍だった自分にそれを頼むという行動に違和感を覚える。
あの日、決死隊で死に場所を求めて戦い、それが生かされて今この場所にいる。
もしこのまま世話役とやらを引き受けたとして、
ハイジヴラムが2人を攫って『リングストン』へ帰る等の危険を考えていないのか?

「『リングストン』っていい所?」
今度はアルヴィーヌから質問される。
「はい。飢えで苦しむ人間はいませんでした。とても良い国だと思っています。」
これは本心だ。どんだけ身分が低くても配給があるので衣食住は必ず手に入った。
もちろん貧富の差はあったが、それはどこの国でも変わらない。
周囲には大王ネヴラディンの冷酷さのみが伝わっているようだが、
彼がしっかりと配下を支配出来ているからこそ、最大版図と繁栄を築き上げる事が出来た。
『粛清』も責任に対する処罰なのでハイジヴラム自身はそれほど悪い物とは考えていない。

怖かったのは友が『粛清』される事だけだ。

「アルヴィーヌ様。実は私の決死隊に副王ファイケルヴィが参加していたのですが、
彼の遺体はどちらに運ばれたかご存じでしょうか?」
自分だけ助かってしまったのは悔やまれるが、
あれ程の戦士達と戦って散ったのならあいつもあの世で笑っているだろう。
世話役の話を聞く前に一度墓前に好物だった蜂蜜酒でも持って行って・・・
「あの太った人なら父にこき使われる予定。」
「・・・予定?」
こき使われるという言葉に心の中で嫌悪感が生まれるが
大事な所を聞き洩らしていた事にすぐ気が付き、
「使われる?遺体でですか?」
「ううん。生きてる。参謀にするって。」
一番うれしい情報に体中から力が漲ってくるハイジヴラム。
お互いがまた酒を酌み交わせる事実に彼の心は晴れ上がっていた。





 「はぁ・・・・・」
ビアードはここの所毎日ため息だらけの生活を送っていた。
理由は皇子の発言である『婚約相手』についてだ。
(何故『トリスト』の人間を・・・そもそも人間か?)
ビアードもあの場面には立ち会っていたので一瞬だったがその姿は捉えていた。
まだ幼さが残っていたので今すぐという訳ではないだろうし、
約束だけ取り付けておくのも一般論としては悪くない。しかし、
(真っ白な羽・・・あれさえなければ・・・)
敵対国との婚姻は悪化していた関係を修復するのにとても重宝する。
それを考慮すれば現在最悪の関係にある『トリスト』との婚約という策。
皇子を3人亡くされている皇帝も過去の遺恨を水に流し、
最後の後継者であるナルサスを守る為に賛成するであろうと思われる良案だ。

世の中には様々な異能の力を持つ者が確かに存在する。

しかし羽の跳ねた人間など聞いた事がない。
そんな素性の知れない者が皇子と契りを交わす・・・生まれてくる子は人か卵か鶏か?
頭の中ではどうしても悪い方向に思考が偏ってしまう。
「おっ?珍しいなビアード。こんなところで何してんだ?」
城内で庭の綺麗な場所にある長椅子。そこに座っていたら4将で最も暑苦しい男がやって来た。
「ああ。ちょっと人には言えない大きな悩み事を抱えててな・・・・・」
「ふーん。じゃあ体を動かそうぜ!修練場に行こう!!」
普段ならその考えなしの発言に一言二言言い返す彼だが、
今回だけは悩みが重すぎてそこに割く思考力が残っていない。
「・・・そうだな。行くか!」
諦めた彼は脳を放っぽり出しフランドルと共に意気揚々と修練場へ向かう。
そこで実力を全く発揮できないまま、タコ殴りにされて悩める4将の1日が終わった。

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