闇を統べる者

吉岡我龍

ジョーロン -救国の英雄-

 いきなり始まった強敵との戦い。
慣れてはいないものの片手剣は基本的な武器だ。
ユリアンの剣戟を捌く為にこちらもいくらか振ってはみるが・・・

がきっ!!

剣閃と質量が想像以上に速く重い。
交える度に肩から先が吹っ飛びそうになるので極力躱そうとするも体がついていかない。
(クンシェオルトはこんなのと戦っていたのか・・・!?)
観戦していた時は互角程度では戦えるだろうと読んでいたのだがとんでもない。
ユリアンはどういう理屈かわからないがビャクトルの体を使って動いている。
つまりこの邪神はどんな体を使っても自身の力を十分に発揮できるという事だ。
『どうした獣の子。もう御終いか?!』
互いに右手で剣を持ち、空いた半身と両足を使って打撃も交え合うもこれにも大きな差があった。
間合いと膂力だ。
そもそもユリアンは素手でクンシェオルトと戦っていた。
もしかすると拳が一番の得意武器なのかもしれない。
それを相手にまだ少年のカズキが応酬を仕掛けるには単純に実力不足だったのだ。

めきゃっ・・・ずぼっ!!

しなやかな蹴り脚が横腹に打ちつけられ、鋭い突きが彼の胸板を捕える。
「がっ・・・・・はっ!?」
内臓を損傷させるに十分な打撃は彼の呼吸を一瞬で奪い去り、
硬直した体に更なる打撃が襲い掛かる。

ざんっ!!

それでも尚、曲刀の刃で受けて多少なりともユリアンに傷を与えるカズキ。
しかしクンシェオルト戦の時でも彼の手足は非常に硬かった。
多少刃が食い込む程度ではユリアンの猛攻を抑えるのは難しいだろう。
しなる体から繰り出される蹴りと槍のような長く鋭い突きを何発も食らい、
立っている事すら辛そうなカズキ。
それでも闘志が衰える事はなく、
こちらからは届かない斬撃を全て受ける事で少しずつだが相手の体に傷を与えていく。

必死だった。

必死過ぎて全く気が付かなかった。

いつの間にか傀儡兵が始末されていた事に。
そして弟子であるクレイスが自分を助けようとユリアンの後ろから斬りかかっていった事に。





 彼はユリアンのお気に入りだ。
愛妾として自身の手元に置こうと誘うくらいには。

しゅっ・・・

全力で斬り下ろした長剣はそこにあるはずだったユリアンの体に入る事はなく、
勢いそのままに体が前に転んだ後素早く起き上がって剣を構え直すクレイス。
『ほう?我が下僕を全て処理したか。なかなかやるではないか。』
「お前っ・・・」
カズキが何かを言う前に再度踏み込んで長剣を振るう。
彼の事だ。恐らく邪魔するなとか怒声を浴びせようとしたに違いない。
だがクレイスの目から見ても劣勢は明らかだった。
このままカズキが倒れていくのを黙って見ていては、折角命を賭けて戦った意味がなくなってしまう。
何としても2人で無事にこの苦境を乗り切らねばならないのだ。

ぶおん・・・

激しい風切り音と共にクレイスの長剣は空を切る。
(凄い・・・全然当たりそうなのに・・・)
目測は間違っていないはずだ。剣閃もそれなりに速くなった自信もあった。
しかしユリアンの動きはそれ以上に速いのだ。
生まれて初めての強敵相手に、命を賭けて戦うクレイスは焦りの感情より驚愕が勝る。
これに圧勝するクンシェオルトという男は一体どれほど強かったのか。
カズキではないが、彼が合流したら一度稽古をつけてもらおうと心に誓う。
『なかなかに筋が良い。だが三振り目は容赦せんぞ?』
間合いが外れるとユリアンが凄んで来た。
これも今までにない体験だ。
心の底から震えが沸き上がり体全体が振動するかのようだが、それでもクレイスはその剣を止めない。
2人の命を守る為に戦うと誓ったのだ。
ヴァッツの祖父のような強さも誇りもないが、命と信念なら彼も賭けられる。

「だああああっ!!!!」
恐怖を吹き飛ばす為に腹の底から雄叫びを上げると一気に上段から斬りかかる。
そこにクレイスの目では捉える事の出来ない拳が襲い掛かってきた。
刺し違えてもいい。この剣を当てる!!
一切の邪念を捨てた彼の剣は・・・

ざくっ!!

それほど深くはない傷だが、確かにユリアンの右肩に1寸(約3㎝)ほど
クレイスの長剣が埋まっていた。



 『しまったな。君の必死な顔が可愛すぎてつい油断してしまった。』
最初は強がりか何かだと思った。
だがユリアンは確かに左拳を放っていたのだ。
そしてそれはカズキの曲刀による一刀で止められていた。
2人のお互いを思う気持ちが油断からの隙をついたとはいえ、2刀の傷となって相手に与えたのだ。
戦闘慣れした少年はすぐに剣を抜いて離れるも、
かなり接近してその剣を右肩に入れてしまったクレイスは動作が遅れる。
『ほら。早く次の動きに移らないと危ないぞ?』
相変わらずユリアンの優位は揺るがない。余裕をもって相手に助言すらしてくる。
(そうだ?!すぐに離れなきゃ・・・!!)
カズキにも教えられていた。剣は当たっても当たらなくてもすぐに引いて構え直す動きが重要なのだ。
慌てて抜いて後ろに下がろうとすると、

しゃっ!!しゃしゃしゃっ!!!

一瞬目の前が光ったかと思うとユリアンの右手にあった長剣がクレイスを斬り刻む。
両肩と両腿にそれほど深くはない傷が走り、赤い血が地面に滴り落ちてきた。
『痛いだろう?怖いだろう?これ以上辛い思いをしたくなければ大人しくしててもらおうか?』
カズキからも心配そうな視線が送られてきているが、
「・・・うあああっ!!!」
未だ油断だらけのユリアンにクレイスが退くことはなかった。
もう一度気合と共に長剣を振り上げ、更なる追撃を狙っていくと、
『愚かな・・・』
短く吐き捨てるように答えた邪神は迷う事無く長剣を振った。

がきんっ!!!

とんでもない膂力で刀身を打たれ、クレイスの長剣が遥か後方に回転しながら飛んでいく。
それと同時にカズキの曲刀がユリアンの左手に食い込んでいた。
『・・・鬱陶しいぞ貴様!!!』
激しい怒号が飛ぶも、カズキはすぐに距離を取って、
「悪いな。お前が強すぎてこれくらいしか方法が思い浮かばなかったんだ。」
2人の決闘に水を差した形になっていたのでてっきり怒っているのかと思ったが、
むしろクレイスが参加した事による油断を利用して攻撃を重ねるカズキ。
『よかろう。お前との遊びをまず終わらせる。』
剣が無くなったクレイスから目を逸らすと、

ばきゃっっっっ!!!!!!

一瞬でカズキに詰め寄り、左拳を顔面に入れるユリアン。
ほぼ無抵抗でそれを受けてしまったのは全く反応出来なかったからだろうか。
勢いよく後方に飛んだカズキは無防備なまま木の幹に衝突すると動かなくなる。
見れば手にしていた曲刀も地面に落ちていた。
「カズキッ?!?!」
無手の状態だったクレイスはそれを見て悲痛な叫びをあげる。
と、先程彼が立っていた場所に落ちていた曲刀に目をやると走ってそれを拾い上げ、
静かにカズキの方へ歩いていくユリアンを追いかけた。
『これ以上は手加減しないぞ?』
振り向くことなく忠告してくるが、このままでは本当にカズキが殺されてしまう。
手にした武器は思っていた以上に重量があるが、
手傷を追っている今ならこの武器のほうが相手の体に入り込みやすいかもしれない。
走ったまま勢いをつけてそれを後ろから叩きつけようとした時、

ざしゅしゅっ・・・・・!!!

また目視で捉える事が出来ない程、こちらに素早く体を切り返したユリアンが
クレイスの左肩に長剣を叩きこんでいた。
それと同時にクレイスの持つ曲刀も彼の左拳にわずかながら食い込んでいる。
傷の差は歴然で、ユリアンから斬られた傷は恐らく骨を大きく断っているだろう。
『いかん。少し頭に血が上り過ぎた。』
あくまで愛妾として手に入れたい邪神は少しばかりの後悔を口にする。
しかしクレイスはすぐに曲刀と体を退いて、自身の肩口に入り込んでいた剣を抜くと、
もう一度・・・動かない左手はそのままに、
ただでさえ固い彼の体目掛けて右手のみでその曲刀を振り下ろす。
ユリアンは油断だらけの呆れ顔になっている。
カズキも言っていた。その油断につけ入るしか勝機を見出せない。
それくらいこの男は強いのだ。
満身創痍ながらも、戦う意志のみで動いていたクレイスに憐みの眼差しを向けてくる。
『もういいだろう?もう・・・』

ざんっっっっ!!!ざんっっっっっ!!!

ユリアンの左右の地面に大きな亀裂が入った刹那、その頑強だった両腕が虚空を舞う。
あっけにとられたのはユリアンだけだ。
クレイスにその光景はもう見えていない。
命を賭けた最後の一閃を邪神の左肩目掛けて振り下ろしている最中なのだ。

ざざんっっっっ!!!!!!

明らかにクレイスの斬撃音とは違う大きな音が鳴り響いた。
しかし目の前にあるユリアンの体にはその曲刀が、彼の左肩からへその辺りまで深く入り込んでいる。
朦朧とする意識の中、
自分がやったのかどうかもわからない光景を確かに目の当たりにしたクレイスは
曲刀から手を放すと仰向けに倒れ、そのまま意識を失った。



 「・・・うう・・・」
目が覚めると左肩の痛みから全てを思い出すクレイス。
(・・・あれ・・・ユリアンは・・・)
過程は全く覚えていないが、その曲刀が彼の胴に大きな縦傷を入れた。
その記憶だけはある。
「あら。お目覚めになられましたか?」
聞いた事のない可愛くも凛とした声がかけられた。
「あ、あれ・・・ここは・・・」
痛みの走る体を起こして辺りを見渡すと、そこは戦いがあった場所だ。
体には包帯と薬が塗られているのだろうか。妙な匂いが傷口から漂っている。
「あまり無理はなさらないで。相当な怪我を負われていますから。」
未だ意識が不完全のままその声の方に顔を向けると、

そこには青い衣装に身を包んだ眩しくも美しい金髪を持つ少女が
1人でせっせとカズキの手当をしていた。

「・・・・・」
あまりの美しさに痛みと声がどこかに飛んでいったらしい。
ただ眺める事しか出来ないクレイスをよそに、少女は手際よく包帯を巻き続けて、
「・・・よし!これで応急処置は終わり!」
元気よく確認して頷いているとこちらの視線に気が付いたのか、
少し気恥ずかしそうにしながら近づいてくると静かに前に座って、
「えっと。クレイス様ですよね?初めまして。
私は『トリスト』王国第二王女、イルフォシア=シン=ヴラウセッツァーと申します。」
自身の名前を名乗り出した。
・・・・・
「・・・クレイス様?どうかされました?」
1人で話し続けるイルフォシアに何か言葉を返したいのだが、
その美しさと愛らしさに彼の心は底の見えない恋の谷に落ち続けていた。

・・・むにっ

小さな白い手が彼のほっぺをかるく摘まんだ事で、
「はひゃっ?!?!な、ななな・・・?!」
「意識はあるようですね。カズキ様も重体なので急いでクスィーヴ様の館へ向かいましょう。
あ、王のご遺体と彼を運ぶのを手伝っていただけますか?」
その名前と重体という言葉を聞いてやっと意識がはっきりと戻ってきた。
「・・・そうだ?!あの・・・ユリアンは・・・?」
「はい。あの邪神は貴方様がしっかりと斬り伏せられました。あちらを。」
そういって少女が指をさした方向には両腕が無くなったビャクトルの遺体が横たえられていた。
理屈はわからないが確かにユリアンと戦っていた。
しかし今、激しい傷だらけの遺体を見て寂しい気持ちが沸き上がる。
(もう少しお話したかったな・・・・・あれ?両腕って・・・?)
一体誰が?いつの間に?様々な疑問が頭を過るが、
「ここの衛兵さん達も後ほど回収してもらいましょう。今は時間がありません。急ぎますよ。」
言われるがままにカズキとビャクトルを馬車に運び込むと、
イルフォシアはそのまま御者席に座り、
「強行しますので、クレイス様は中でゆっくりお体を休めて下さい。
もしご気分が優れなくなったら遠慮なく教えて下さいね?」
借りてきた猫のように言われるがままのクレイス。
突如目の前に現れた事から始まりクスィーヴの事を知っている等々、
疑えばきりがないほど怪しい部分が多いはずなのだが、
彼女の全てに心を奪われたクレイスにそのような疑問を浮かべる余地はなく。

日も傾いてきた頃、3人を乗せた馬車は急ぎで街道を南下していった。

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