闇を統べる者

吉岡我龍

ジョーロン -入国不可-

 砂漠の気候に慣れた一行は来た時より随分楽に北上出来た。
『フォンディーナ』から5日ほどいくと砂漠と緑の境界線に差し掛かり、
同時に地の果てまで続いてるのではないかと思われるくらい、延々と続く塀が見えてきた。
「さて。あそこから『ジョーロン』なんだけど。あれなに?」
案内係のジェリアが皆に尋ねてくる。
「僕たちに聞かれても・・・何かあるんですか?」
すっかり暑さに慣れたクレイスが困惑して質問を返すと、
「いや、2年前に来た時はあんな塀なかったんだけど・・・」
ということはこの2年で完成させたのか。
かなり物々しい、まるで城壁のような様相を見せている。
「なんか『フォンディーナ』からの客は歓迎しない、みたいに感じるが。これ通れるのか?」
さすがにカズキも何かを感じたらしい。
「ジェリアさん。彼の国と敵対されてます?」
ラクダ屋での出来事もありショウは彼女に気を使わないようになっていた。
もちろん他の人間はその事を知らないので、
いつの間にか仲が良くなっている程度に感じているかもしれないが、
ショウからすれば真逆で非常に注視している。あの時の、

『ユリアンの情報は王に聞け。』

一介のラクダ屋が王と接点があるという事実に他ならない発言。
そしてこのとても長い塀。
「『フォンディーナ』は何処とも対立してない!多分・・・」
そう言ってはいるが恐らく何か裏がある。
ザクラミスとの衝突の件もあり、彼の中には様々な疑惑が生まれつつあった。


案の定、
「ちょっと!?私何もしてないわよ?!」
「『フォンディーナ』の人間が何故ここに?!牢屋に入れておけ!!」
今までの旅で初めてつまずいた瞬間が訪れた。



 「ねぇ。助けに行った方がいい?」
少し遠慮気味にヴァッツがクレイスに相談していると、
「えっと・・・ちょっと待った方がいいと思う。ですよね?」
相談されたクレイスがそれを時雨に丸投げしてしまう。
「そう・・・ですね。今動けば私達にも嫌疑がかけられます。少し話を聞いてみましょう。」
他の2人もそれに従い、ショウも特に発言する事無く周囲にあわせた。
だが話を聞くというよりこれは・・・
「お前達は『フォンディーナ』とどういう関係だ?」
ただの尋問だ。
肌の色から生粋のフォンディーナ人ではないと判断されたものの、
注意人物扱いとして1室に全員まとめて収容され、1人ずつ尋問室に通されていく。
口裏を合わせられないよう終わった人間は別室に通される仕組みだが扱い自体はそれほど悪くなかった。
恐らく検問所に馬車を持ち上げた少年が現れた事が原因だろう。
1人1人が呼ばれて部屋を出ていき、ガゼルを残してショウが先に通されると、

(さて、何を聞かれるのやら。)

狭い部屋には形式通りの人員と机、椅子が用意されていた。
「まずは名前、出身地を教えてもらおうか。」
中年の尋問員が向かい合って座り、書記は壁際で発言内容を記す用意をしている。
「ショウ=バイエルハート。『シャリーゼ』の人間です。」
念の為、逃げられる準備を考えつつ簡潔に答えるショウ。
「・・・君達はみんな国がバラバラなのかね?」
「はい。目的もそれぞれ違います。」
ため息まじりに書記に手を振り、記述を促すと、
「ではショウ。君の目的を教えてくれ。」
「私は女王様の命によりこの一行に付いています。それ以上は極秘の為ここでは話せません。」
「身分を証明できるものは?」
「ヴァッツが持ち上げていた馬車の中にあります。もう荷物は漁られたのでは?」
少し牽制を入れるような口ぶりになるがこれは性格なので仕方ない。
「いいや。領主様の命令で、その辺りは皆徹底している。
勝手に荷物を調べたりはしていないので安心してくれ。」
ほう。かなり教育の行き届いた現場らしい。
「そういえば君の年齢は?」
「11歳です。」
「ふむ・・・・4人とも11歳か。同い年の友人達による旅、とかかね?」
年が近いとは思っていたが全員同い年だったのか。改めて確認されると少し違和感を覚えるが、
「それは偶然そうなっただけです。」
尋問とは余計な発言をせず、問われた事を短く答える。
これが全てだ。
脱線するとすれば尋問員が企みを腹に抱えているか、被疑者にやましい事があるかだろう。
この後も淡々と受け答えは続き、最後に、
「ではあの『フォンディーナ』の人間。あれとはどういう関係かね?」
「彼女はラクダ屋の人間で砂漠を超える為の案内役としてついてきてもらいました。」
彼女との関係はそれだけで、これ以上口を開く事もない。
「わかった。ではこれで尋問を終える。別室に送ってやれ。」
尋問員がそう告げると後ろの扉が開き衛兵に案内された先には、
「あ、ショウも来た!」
ヴァッツが元気に迎えてくれた。



 「全く!!人を見かけで判断しやがって!!!」
かなり時間が経ってから最後の1人が控室に入ってきた。
「あ!ガゼル!随分遅かったね?」
「おお!聞いてくれヴァッツ!あいつら、俺を人さらいか奴隷商人だと言いやがったんだ!!
『リングストン』じゃあるまいし、そんな事するかってんだ!!!」
非常に頭に来ているようだが確かに、
「まぁそう思われても仕方ない外見ですからね。」
心の声がそのまま口から洩れて、更に表情にも表れたらしい。
「く、くぅぅ~~!」
悔しそうにこちらを見るが戦力差はわかっているだろう。
恨めしそうに口をとがらせながらヴァッツの横に座り、何故か彼の頭を撫でている。
「で、これからどうなるんだ?」
カズキが退屈そうに伸びをしながら誰に問いかけるわけでもなく声に出す。
「何もなければそのまま入国出来ると思うのですが、
どうもこの国は『フォンディーナ』を快く思っていないようです。」
時雨が表情を硬くして答える。そこにショウも、
「最悪私達は追い返される。ジェリアさんは処刑される。そんなところですね。」
「「処刑?!?!」」
クレイスとヴァッツが驚いて目を合わせている。
ヴァッツはともかく、クレイスは国防に関わる事で驚かないでほしい。
元とは言え王族でしょう?と言いたくなるが、そこは抑えて、
「どの程度険悪な仲なのかにもよりますが。どうしましょう?
彼女を助けに行くとなると、我々も『ジョーロン』と敵対することになるでしょうし。」
「俺は別に構わないけどな。」
火種を求める戦闘狂はにやりと口元を歪める。
全く本当にこの男は・・・まぁ一刀斎様のように取返しがつかない事をしない分まだましか?
「ともかく、ここの責任者の判断が出てから考えましょう。」
なだめる意味も含めて時雨が言い聞かせ、6人はしばらくその部屋で待たされ続けた。

 1時間も経たずに衛兵が入ってきて、
「入国を許可しよう。お待たせして申し訳なかった。」
予想より早く解決した事に安堵する一行。そして、
「ジェリアは?ジェリアはどこ?」
心配していたヴァッツは一番に尋ねる。
「彼女は条件付きで保護下に置く。それについての説明もあるのでもう少し時間をいただく。」
(あれだけ物々しかったのに許可が下りたのか。)
だがヴァッツはクレイスと共に喜んでいる。
本当に単純だな・・・それでも全員の雰囲気が明るくなったのだ。
これはこれで良しとすべきだろう。

案内された別室に入ると1人隔離されていたジェリアがむすっとした顔で待たされていた。
「ジェリア!大丈夫だった?」
一番心配していたヴァッツが近づき様子を尋ねると、
「・・・貞操の危機だった。」
「虚言は今後の審判に影響することになるぞ?」
一緒にいた衛兵が厳しく釘をさしてきた。
「それで、条件というのは?」
時雨が場の空気を換える意味も含めて質問すると、
「うむ。まずはこの地の領主であるクスィーヴ様の元まで連行する。
領主様が面談し、判断したら帰国の許可を出すというものだ。」
物々しかった割には随分軽い条件に疑問がよぎる。
ただ、この兵士は判断してから帰国の許可をと言った。つまりその逆も有り得るという事だ。
「・・・わかりました。従います。」
「時雨ちゃん勝手に決定しないで!私もう案内役は十分果たしたんだし帰してよ?!」
ジェリアの言い分は最もだ。このまま一緒に旅をする訳ではないのだ。
国土に入る前なら追い返すだけで十分なはずだが、
「駄目だ。一度クスィーヴ様の元へ連れて行く。」
衛兵は聞く耳を持っていない。
これは思っている以上に『フォンディーナ』を警戒しているようだ。
がっくり肩を落として落ち込んでいるジェリアを囲んで慰めるヴァッツとクレイス。
「ではラクダはここで預かろう。馬を用意するから馬車に繋ぐと良い。」
囚人の意見などお構いなしに話を続ける衛兵。
「お?じゃあオレもう持ち上げなくてもいい?」
ヴァッツが時雨に尋ねると、申し訳なさそうに、
「そうですね。今まで過度の重労働を任せてしまい申し訳ありませんでした。」
頭を深く下げている。
跪くのは前回咎められたので立位のままで出来る最上級の礼をしている形か。
「じゅうろうどう?かど?よくわかんないけど久しぶりに馬車に乗れるのは嬉しいな!」
やはり本人は全く気にしていない。
これは『羅刹』と呼ばれる男の血筋から来ているものなのだろうか?

『ジョーロン』での目的は2つ。
『羅刹』の正体を見極めることと、結果次第では『羅刹』も招聘の視野に入れること。
前情報としてヴァッツの祖父だという事はわかっている。
となればかなり話もしやすいはずだ。
クレイスと入れ替えで強者3人を国へ連れて帰れば女王様もきっと許して、
いや、大喜びしてくれるに違いない。

表情は引き締めつつ最高の結果を想像しながら、
ショウ達は衛兵に連れられて、『ジョーロン』の領主クスィーヴの館へ向かった。





 久しぶりに涼しく緑に囲まれた森の道を進む一行。
かなり広大な領土のようで領主の館に着くまで2日かかった。
「ヴァッツじゃないけど久しぶりの馬車、悪くないな。」
カズキが両手を頭の後ろで組み、寝そべりながら笑って言うと
「ずっとラクダに乗ってたからね。こうやって顔を合わせて進めるのっていいもんだね。」
クレイスも気楽そうに笑いながら同意している。
「何より暑さがないのがいい。俺はそう思う。」
ずっとやせ我慢で耐えていたガゼルも大きく頷きながら馬車の恩恵を噛み締めているようだ。
「あんた達は気楽でいいわよね・・・私・・・どうなるんだろう?」
衛兵の指示によりジェリアだけ逃げられないように手足に枷がはめてある。
ある程度ゆとりをもった長さの縄で繋いでいる為、逃亡防止の意味合いが強いのだろう。
しかし普通の人間はそんなものをはめられる人生は送らない。
生まれて初めての経験と囚人扱いに、普段は明るい彼女も暗く沈んでいた。
「大丈夫!何かあったらオレが助けるから!!」
ヴァッツが両拳を胸の前で作り、柔らかな笑みを向けている。
(これは・・・・・)
「ありがとうヴァッツ。君は本当に優しいね。」
恐らく気休めとしか受け取っていないのだろう。しかし、
「あ、あの。ジェリアさん、ヴァッツがこう言ってるから絶対大丈夫です!」
クレイスも気が付いたのか一緒になって握り拳を作って力説する。
「ふふふ。まぁ私もやましい事は何もないし。でも何かあったら期待してるわ。」
2人の少年に励まされ、少し元気を取り戻すジェリア。

彼が自らの口で助けると言ったのだ。
彼女の身は今世界中の誰も傷つけることが出来なくなった事に本人は気づく訳も無く。



 やがて大きな柵と門が見えてきた。

それを潜ると馬車は緩やかに進み、真正面にある館の玄関に止めた。
待機していた衛兵達が速やかに馬車から降りる用意をして、人数の確認をしてから中に案内する。
豪華という作りではないが頑強さを感じる建物だ。
入ってすぐに広間があり、そこには召使いと恐らく領主だろう。
「ようこそ『ジョーロン』へ。
私がこの地を治めている領主、クスィーヴです。」
細身ではあるがしっかりとした体幹、威厳を纏っている。
若く見えるがそれなりの年と経験を重ねてきたのだろう。
「よろしくクスィーヴ!オレヴァッツ!」
つかつかと歩き握手の右手を差し出し、これを快く受けるクスィーヴ。
彼の対人能力は誰にでも通用するらしい。そこから時雨が挨拶とそれぞれの紹介をすると、
「で、『フォンディーナ』から来た彼女、ジェリアと言ったね?
早速で悪いのだが、いくつか話しを聞かせてもらえないかな?」
(おや?)
かなり警戒していたようなのでもっと敵対心を持っているのかと思っていたが、
領主の器が大きいのか、問題がそれほど大きくないのか、随分柔らかい物言いでジェリアに話しかける。
「・・・・・私1人じゃイヤ。誰か一緒にいてよ。」
「じゃあオレが・・・」
ヴァッツが馬車内での約束も含めて傍につこうとするが、
「いえ、ここは私が一緒にいきましょう。」
「え?!君が?!」
意外な人物からの立候補にジェリアが周りを気にせず驚く。
ヴァッツに任せると本当に何か起こった時、そして何も起こらなかった時、
どちらにしても何も得るものがなく終わってしまう。
ならばここはジェリアへの尋問内容を含め、この国の事情を調べる機会を見出したい。
「私では不満ですか?」
「いや・・・何か君の事だし変なこと企んで私を陥れたりしない?」
(おお、思っていた以上に私への不信感が強いようだ。)
もはや彼女に通用しないのはわかっているがそれでもいつもの笑顔を作り、
「ヴァッツやクレイスが守るといった人に不利益になるような真似はしませんよ。」
「・・・わかった。赤毛の少年も一緒にいてもらってもいい?」
「構いません。ではショウ様、よろしくお願いしますね。」
クスィーヴは何も反対する事無く3人は会議室に通される。

残った人間は、
「砂漠での長旅お疲れ様でした。入浴のご準備が出来ておりますので皆様はこちらへどうぞ。」
召使いが来客としてのおもてなしを始めていた。





 『フォンディーナ』にいる間、水浴である程度きれいにはしていたが、
緑に囲まれた環境と過ごし易い気温、そこで浸かる湯船は格別のものだった。
「はぁぁぁぁぁぁ」
「ふぉぉぉぉぉぉ」
おっさんと少年が同じような声を上げてお湯を堪能している。
「僕達だけ先にお風呂入っちゃってよかったのかな・・・」
クレイスはジェリアとショウの尋問が心配だった。
恐らく何事もなければ何事もなく終わる。当たり前なのだが、
「話を聞くっても尋問形式だろ?どれだけ時間かかるかわかんねぇし。
案内もされたんだ、入らなきゃ失礼だろ。」
ガゼルはそういって湯船に潜り込む。
(それはそうなんだけど・・・ショウ、余計な事言ってなきゃいいけど。)
クレイスは一緒に旅を続ける中、彼が自分に対してあまりよく思っていない事、
そして自国に関わる事になるとカズキ以上に見境が無くなる姿を見てきた。
(ショウは下手するとカズキ以上に問題を起こすか大きくしそうなんだよね・・・)
ヴァッツと一緒にジェリアを守ると言った手前、
出来れば『ジョーロン』の人間に剣を向けられるような事は避けたい。
何とか自分の理性を抑えて穏便に事を進めてくれることを願うクレイス。

ばしゃあ!!

「うわわっ!?」
椅子に座り考えに耽っていた彼にお湯が飛んできた。
「何考え込んでるのか知らんが今は汚れと疲れを落とせ。師匠からの命令な。」
どうやったのかわからないがカズキが湯船に浸かったまま大量のお湯を浴びせてきたのだ。
「・・・・・そうだね。今はショウを信じよう。」
軽く頭を振り、濡れた髪を両手で後ろに掻き分け湯船に浸かる。
いい湯加減と楽しそうに泳いでいるヴァッツを見ていると、いつの間にか気持ちもだいぶ軽くなっていった。





 「では尋問、というより質疑応答ですね。」
クスィーヴが2人の席の前に座るとそう言って始めた。
「こちらからの質問もよろしいのですか?」
さすがに都合が良すぎるので確認すると、
「もちろん。その為に貴方がご一緒なのでしょう?」
なるほど。これはなかなか食えない相手のようだ。
先ほどの紹介で『シャリーゼ』の出身とは言ったがそれ以上の事はまだ話していない。
「ちょっと?私の身の安全が一番でしょ?何でも良いから早く始めて早く終わらせてよね?!」
隣から今までにないほど強い焦りの視線を向けてくるジェリア。
自身の命が懸かっているのだから当然か。
「はいはい。ではまず『ジョーロン』は『フォンディーナ』をどの程度の敵だと考えておられるんですか?」
「・・・・・ちょっと。それ私の身の安全と関係ある?」
白い目で突っ込んでくる。正直少し鬱陶しいが、
「国としてお答えすると、完全に『ユリアン教』に支配された悪しき国、という認識ですね。
よってフォンディーナ人の入国は全て拒否、更に疑惑がかかった人間は全て処刑、が基本方針です。」
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬で様々な情報があふれ出てきた。ジェリアはその波に溺れているのだろう。
真っ青になり、声はもちろん呼吸すら苦しそうだ。

(私の想定より厳しい状況のようですね・・・)

ユリアンの影は少なからず感じていたが、まさか隣国ではそこまで対策を講じていたとは。
(よく無事に『フォンディーナ』を出国出来たものです。
さて、もう少し踏み込んでいきましょうか。)
ジェリアの事は後回しにして、まずは自身が感じた疑問の解決を探る為に、
「私達が滞在していた期間は少ない、ですがそれでも『ユリアン教』の影は全く感じませんでした。
何故『ジョーロン』ではそういう方策を打ち出されたのでしょうか?」
ここからは虚実を織り交ぜて質問を重ねていく。
「王の命令だからです。」
(・・・・・?)
随分短い答えと浅い内容だ。
「それだけですか?確たる証拠や証言などは?」
「王が証拠であり証言者です。」
???
ここは独裁国家か?
自身の疑問が全く解決されず、むしろ別の疑問がどんどん生まれてくる。
これはどう対処すれば・・・
表情に表れたのか間を空けすぎたのか、今度はクスィーヴが口を開き、
「現ジョーロン王はフォンディーナ人です。」
その発言でジェリアは驚愕し、ショウは静かに納得する。つまり、
「現王が全ての情報を持ち、全てを証言出来る、ということですか?
それを重臣や国民は全て納得しているのですか?」
「国民はともかく、我々領主は全て納得しています。」
ということは独裁国家という線はなくなった。
だがそれでも王のいう事を全て鵜呑みにしている現状はどうなんだろう?
女王に絶対服従の私がそう思うのは不敬かもしれないが・・・・・
「じゃ、じゃあ・・・そ、その、私は・・・??」
辛うじて声を絞り出し、運命を悟ったジェリアが涙目になりながら領主へ質問する。自分の命の行方を。

「・・・・・残念ですが・・・・・」

そう言われた瞬間気を失い、机に突っ伏してしまうジェリア。
どんっと顔を打ちつけると、
「あ。まだ話の途中だったんですが・・・彼女はしばらくここに滞在してもらいます。」
「おや?今までの流れだと処刑されるものだと。」
恐らくからかう意味で話を一旦区切ったのだろう。
このクスィーヴという男、相当食えない上に少し性格に問題がありそうだ。
「気を失ってもらって助かります。ここからは貴方とだけ話をしたかったので。」
笑顔で答える領主。
その笑顔はいつもショウがやっているものだと本人は気づかずに、
「私と?どういったお話でしょうか?」
「まず私は王の話に納得はしていますが、従うつもりはありません。」
「ほう?」
これはまた話が拗れてきそうだ。
『ユリアン公国』の情報はほしいところだが、かといって他国のごたごたに首を突っ込むつもりはない。
(また無能を演じる必要があるな・・・・・)
ショウは自分の中の引き出しを閉じ、限定的な情報の中でのやりとりを始める。
「先ほどショウ様が仰られたように、
『フォンディーナ』が『ユリアン教』に支配されているという話は私個人で調べても見つかりませんでした。
そして現在、我が王は『フォンディーナ』に侵攻する準備を進めています。」
「では我々は早急にここを離れた方がいいですね。」
他国間の戦争に巻き込まれるほど馬鹿らしい事はない。
この会話は撤退一択だ。
「いえ、貴方達に我が王を止めていただきたい。そちらの条件は何でも飲みます。」
どういう意図でそう話を締めたのかはわからないが、
「お断りします。」
こちらがどのような条件を付けても失敗した時にクスィーヴと共倒れする危険を冒す選択はない。
あまりにも怪しい話を持ちかけられた為つい即断してしまったがまぁ問題にはならないだろう。
流石にこの話を展開していくところまで馬鹿を演じるつもりもないショウは、
速やかに席を立つと隣で気を失っているジェリアを抱えて、
「皆のところへ案内していただいても?」
傍に待機していた衛兵に声をかける。
衛兵は領主に判断を仰ぎ彼が頷くと扉を開け、先導してくれた。

廊下を歩きながらこの質疑応答の結果を考える。
結局『ユリアン教』に関してはよくわからなかったが、
この国の王が警戒し、侵攻を企てるくらい『フォンディーナ』は危ない国だったのだろうか。
ザクラミスやウォランサの反応が気にはなったものの、
ショウ自身はそこまで危機感を覚えることは無かった。

(やれやれ。この地も早々に立ち去ったほうがよさそうですね。
ああ、『羅刹』の話。これだけはどこかで入手しないと。)

今後の行動を考えつつ、ふと抱えていたジェリアの感触が気になり、
以前ヴァッツが時雨を柔らかいと言っていた意味を思い出す。

(なるほど・・・確かにこれは柔らかい。)

いつも抱擁していただいている女王とはまた違った感触。
唯一手に入れた情報が女性の体についてだけとは。
実りの少なさに腹が立ち、隅々まで柔らかさを確かめつつ無言で歩を進めるショウだった。

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