闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -ファイケルヴィの受難-


 決死隊崩壊の日から2週間後、
大した怪我はないと診断されたファイケルヴィは
アデルハイド城内の治療部屋で配下だった者達を説得する任務に就いていた。
「決死隊に参加するほどの兵士達だ。戦場で全て死んだ者と見なすので、
我が国に帰属しないかどうか全員に説得をしてまわれ。」
『羅刹』スラヴォフィルに言われたので仕方なく従うも、
ハイジヴラムが生きていて別の任務に就く事が決まった旨を教えられると、
俄然やる気が出てきた。
(あいつも生きてこの国に仕える事を選んだか。ならば私もそれに続こう。)
唯一無二の親友とまた杯を交わす為に仕事にまい進する覚悟を決めたファイケルヴィ。
だったが、
「次の任務があるので3日で全ての兵士を手中に収めるように!!」
翌日にいきなり期日を言い渡されて目を白黒させる。
その威圧感から
帰属しない兵士は処刑されるのだろうと思った彼は必死に全員を説得し続けた。
3日で500人弱いる兵士全てに声を掛けるのだけでも大変なのに、
それを成し遂げたファイケルヴィは我ながらよくやったと自身を褒め称えていると、

「いくぞファイケルヴィ!」

スラヴォフィルが朝一番に彼を起こしに来た。
死ぬ気で説得を続けた元副王はくたくただったがここで挫ける訳にもいかず、
たった2騎で城を飛び出すと、そのまま『リングストン』に入り国内を西に走り続けた。
何の説明もないので馬を休憩させる時に、
「スラヴォフィル様。これはどちらに向かわれているのですか?」
彼には謎が多く、その行動も謎だらけでわからない事が多い。
尋ねて答えてくれるかはわからなかったが一応聞いてみると、
「うむ。アルガハバム領の副王に会いに行く。」
「・・・・・ぇええ?!」
『トリスト』という国に属してまだ1か月も経っていない。
しかも自分は元『リングストン』の副王だ。
そんな彼が暗愚と名高い副王とはいえ、裏切ってしまった国に足を踏み入れれば
大王が『粛清』を断行する為に目の色を変えて襲ってくるのは想像に難くない。

(破天荒とは聞いていたが滅茶苦茶だ・・・)

後悔するも身の振り方を決めたのは自分自身だ。
だがこのまま黙ってほいほい付いて回るだけではどんどんこき使われてしまう気がした彼は、
「あの・・・この決定は『トリスト』の国王様が?」
スラヴォフィルは自分の事を将軍だと言っていた。
ならばその上官、上司である者にファイケルヴィの得意とする分野を売り込んで
彼の元から離してもらおうと考えたのだ。
「うむ。国王であるワシの命令じゃ。何か不服か?」

・・・・・

うん?
一瞬何を言っているのかわからなかった。
国王であるワシ?ワシが国王?国王が将軍?『孤高』が国王?
いつまでたっても答えにたどり着けないファイケルヴィは、
「あの・・・国王様のお名前は?」
理解が追い付かないのでその名前を承ろうと尋ねると、
「お前なぁ・・・
まぁ正式に名乗ってはいなかったか。ワシの名前はスラヴォフィル=ダム=ヴラウセッツァー、
『トリスト』王国国王にして大将軍じゃ。」
聞き間違いでも勘違いでもなく、
この男『羅刹』こそが『トリスト』の国王だと今改めて知らされた瞬間だった。





 『アデルハイド』からアルガハバム領はかなり距離が近い。
ましてやその副王がいる居城には
それなりの速度で馬を走らせはしたものの三日でたどり着いた。
国王がスラヴォフィルだったという衝撃の事実を未だに飲み込めないまま
後をついてきたファイケルヴィは、
「あの・・・私は離れた場所で陛下が戻られるのを待っていた方がよろしいのでは?」
一度は決死隊に身を投じたもののそれは親友が死を覚悟したからであって、
理不尽な国王命令でわざわざ死地に飛び込む勇気は今の彼には無い。
「ふむ。怖いのか?」
当然だ。怖い。
だがそう言ってしまえば覚えが悪くなるし、ハイジヴラムにも会わす顔が無くなる。
「い、いえ。ただ私がついて行けば陛下の足を引っ張りかねないと。」
副王だった頃の経験を活かし、差しさわりの無い言い訳で何とかこの場を凌ごうとするも、
「はっはっは。心配せんでもいい。まぁ騙されたと思ってついてこい!」
豪放な笑い声の後にはあふれ出る自信からの発言。
ただ、彼は間違いなく『孤高』の1人である『羅刹』だ。
その強さは折り紙付きで、彼に守ってもらえれば確かに死ぬ心配はないかもしれない。
大きな背中から漲る力を信じ、
諦めにも似たため息を小さくつくと2人はその城門に近づいて行った。



 『リングストン』アルガハバム領。
ここの副王は珍しく先代の息子がそのまま後を引き継いでいる。
というのも前副王である彼の父が生前、入念に手回しを行っていたのだ。
その権力を十分に引き継いだ現在の副王ガビアムは父とは違って非常に怠け者なのだが
それでも大王ネヴラディンが彼を指名してしまった為、
現在この領地は臣下の手で統治されているといっても過言ではなかった。

スラヴォフィルの姿はその衣装や体格、背に担ぐ武器等目立つに目立つ。
何やら書面を見せただけで城内に入る事は出来たが、
ファイケルヴィは顔を隠さんと外套を頭から深く被って後をついて歩いて行った。
しかし歩いていて1つ気になる事が頭に浮かんだ。
(・・・よく案内もなく城内を歩けるものだ。)
副王の居城はそれなりに大きく広い。
他国だと『ネ=ウィン』、『シャリーゼ』にも匹敵する規模のものだ。
その城内に足を踏み入れてから全く迷う事無く後姿にふと小さな疑問を感じだのだが、
(・・・私を罠にかけようとして・・・いや、ないな。)
そんな面倒な事をこの男がするとは微塵も思えない。
彼の力があれば決死隊ごと大王の前まで連れて行く事も可能だったはずだ。
今更ファイケルヴィやハイジヴラムを『リングストン』に売る利点は見出せない。
ただ、彼はこの城を知っている。知り尽くしている。
そんな確信に近い予感だけはしていた。



 「入るぞ!!」
扉を叩くこともなく両開きの大扉を開けて中に入っていくスラヴォフィル。
(ここが目的の部屋か・・・)
そこには沢山の女と複数の臣下、そして大いに漂う酒の匂いとご馳走の数々。
真昼間から政務を放棄しての酒池肉林を地で行っていたようだ。
「おお~よく来られた血染めの王!!」
辛うじて呂律が回っている男が杯を片手にふらふらとこちらに近寄ってくる。
まだまだ若い副王ガビアムだ。
今年でその座について5年目、
30歳になる彼は最初の三日ほど政務をこなして以降ずーっとこのような生活を送っている。
それでもこの領地が切り盛りできていたのは腕の立つ臣下達のお陰なのだ。
ただ人の口に戸は立てられぬ為、ガビアムの醜聞は色んな内容が様々な角度から届いてきていた。
(これで首が飛ばないのだからネヴラディン様も慈悲深い方だ。)
自らが指名してしまった責任もあるのだろうが、
こんな役立たずを副王の座に座らせておく判断はさすがにファイケルヴィにも分かりかねていた。
自身の側近であったバディールの方がよっぽど有能だと常々思っていたのだが、
「陛下。こんな男に一体何の用がおありですか?」
背後からこっそりと尋ねると、
「むむ?!後ろにいるのは・・・」
「おう。ファイケルヴィじゃ。先日配下に加えた。」
「ちょ?!?!」
まさかここで名前を出されるとは思っても見なかった。
この男の下についてから彼は気の休まる時間が非常に少なくなっている。
恐れからか体は震え、きょろきょろと辺りを見回しだすファイケルヴィ。
しかし自分が思っている以上に彼を警戒するものはいない。むしろ誰も気にしていない。
「・・・・・ぁ・・れ?」
不思議に思った元副王が小さく疑問を漏らしていると、
「つまりワイルデル領は・・・」
「うむ。恐らく近日には落ちるじゃろう。」
「・・・え?!」
全く話についていけないファイケルヴィはスラヴォフィルの横に並んで外套を外すと、
「どういう意味ですか?!」
「おーファイケルヴィ殿。随分痩せられましたなぁ~はっはっは。」
酔っ払いの副王が笑いかけてくるが今はそんなのを相手にしている場合ではない。
「聞いた通りじゃ。
お前が『アデルハイド』に侵攻した事によりあの地の戦力は大きく削られた。
副王もそれを支えた将軍もいなくなった為、今や風前の灯火というわけじゃ。」
軽い口調で説明をするスラヴォフィル。
確かに言われる通りの状態なのだが、それでもかの地は『リングストン』王国だ。
もし下手に手を出したら数十万の兵士を敵に回す事になる。
それくらいは周辺国ならどこも理解している。一体誰が虎の穴に手を突っ込もうというのか。
「つまり・・・私が立志興国する機が訪れた訳だ。」
・・・・・
「・・・・・は??」
長い沈黙の後、ファイケルヴィは侮蔑と軽蔑を心から込めて短く声を出した。
「ぶぁっはっは!!やはりお前を連れてきて正解じゃった!!良い反応をしよる!!」
国王が大笑いしているが、こちらは冷笑を浮かべてガビアムを見つめる。
「今まで全く政務を執らなかった男が戯言虚言の類を抜かしたのでつい・・・」
「相変わらず手厳しいな。まぁそれだけ私の策が上手くいっていたということか。」
・・・・・
いつの間にか酔っぱらっていたはずの男はしっかりと体幹を支えて立ち、
言葉遣いも聞いた事のない力強いものになっている事に気が付いたファイケルヴィ。
「・・・・・まさか・・・・・」
元々彼の父は優秀な男だった。
息子に副王の座を残す為にあらゆる手を使って立ち回り、
やがて手にした権力が大きくなり過ぎた為に静かに毒殺されたのだ。
「うむ。暗愚を演じていれば目を付けられる事はあるまい?」
「・・・まさか・・・まさか・・・」
半ば放心状態になるのも無理はない。
彼は『トリスト』という国に拾われ、
そこの王がスラヴォフィルだったというのをつい先日知ったばかりだ。
そして今日は敵地『リングストン』の城内でまたも衝撃を受ける事実を知らされた。

自身が副王として堅実に淡々と政務をこなしている間にこうも世界が変わっていたとは・・・

「血染めの王よ。本日この城に来られたという事は、大王の息がかかっている者の処分を?」
「うむ。すでに空から城に入っておる。もう終わっとるんじゃないかの?」
話の分かるファイケルヴィにはそのやり取りだけで理解出来た。
事前にネヴラディンの息がかかった者を調べ上げてスラヴォフィルに教え、
決起の日が来るのを暗愚を演じて待ち望んでいたのだ。
「まぁこの地は新しく国となる。
そこでファイケルヴィにはガビアムの補佐として少しの間ここに留まってもらいたいんじゃ。」
やっと自分が戦地で拾われ、この城に呼ばれた訳を理解したファイケルヴィは、
「畏まりました。」
大いに頭を下げ、より深く跪いてその命を快く引き受けた。

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