闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -宴の後-


「すげーーー!!カズキのじいちゃんすげーーーな!!!」
まるで絵本の読み聞かせを楽しんでいるような声を上げるヴァッツ。
それに反応し我に返った王はすぐに命令を出す。
「物見兵!!牛サソリの集団はどうなった?!」
「は、はッ!!・・・数十体の死骸を確認!!残りは散っていきます!!」
遠望鏡を覗いている物見の報告に兵達が一斉に勝ち鬨を上げた。
ヴァッツの周りも笑みがこぼれ、あのクレイスとガゼルですら手と手を合わせて喜んでいる。
「ああ・・・・なんてすばらしい・・・・それなのに・・・・」
ショウは感動と同じくらい別の感情に挟まれて何やら苦しんでいるようだ。
「あれが二刀の力か・・・」
カズキに至ってはもはや笑みなどとは程遠い、深刻な顔つきで何かを考えていた。

「開門!!!」
南門が開き、そこには大きく頭を下げた王とカズキ達、
『フォンディーナ』の兵士達が、羨望と尊敬と畏怖と狂喜の眼差しで一刀斎を迎えた。
「さすが一刀斎様です!!誠に!!誠に感謝いたします!!」
王の言葉でまたも鬨の声が上がる。
「むっふっふ。よいよい。これも剣客の勤めよ。」
まんざらでもない一刀斎は口元を緩めながら王の前を悠々と通り過ぎると、
「じじい。 二刀の使い方、この目に焼き付けた。」
そんな気分の良い一刀斎に孫が仏頂面で声をかけた。
「・・・・・ふふふ。少しは理解したか?」
「ああ。今度は守るよ。」
先ほどの出来事を素直に反省したカズキをみてうなずくと、一刀斎も迷わず二刀の石を渡す。
その様子を見届けた王は偉大な剣客と客人達への歓迎の意も込めて、
「早速祝勝会の準備をしましょう!」
大きな声で宴を開く命令を下した。

衛兵や召使いが片付けや準備に走り、ウォランサが一刀斎達を客室へ送り届けようと城へ向かう途中、
「ウォランサ様、少しよろしいでしょうか?」
深刻な顔をしてマルシェが王に声をかけてきた。
「どうした?いや、移動しながら聞こう。」
脅威はもう去ったはずだ。王は自分の馬車に乗るように命じると話を始めた。
「はっ!実は今回の騒動、原因がこの都市内にあるかもしれませんのでご報告をと。」
王の馬車に乗っていた一行にも聞こえたがウォランサは気にせず続ける。
「どういうことだ?」
「はっ。牛サソリというのは仲間の死に敏感な生き物。
その死骸がこの都市に持ち込まれたのでは、と識者達が言うのです。」
その発言を聞いて数人がぴくりと反応してしまう。ウォランサもそれに気がついてはいたが、
「・・・牛サソリの習性はこの地の者なら誰もが知っている。そんな危険な事をする訳がないだろう?」
「はっ。仰るとおりでございます。ではやはり識者の考えすぎですな。」
マルシェも意図を汲んだのか、すっとぼけた調子の返答をするが、
「ねぇ。死骸って牛サソリのハサミとかも入るの?」
「「・・・・・」」

結局ヴァッツが持ってきた2組のハサミは秘密裏に処理され、今回の件は幕を閉じたのである。 





 都市の中央に位置する大広場では沢山のたいまつが焚かれ、
様々な格好をした市民が未曾有の脅威から開放された喜びの宴を楽しんでいた。
「どうりで牛サソリの素材が見当たらなかったわけだ。」
カズキが特産品を使った料理に舌鼓を打ちながら誰に言ったわけでもなく言葉に出す。
「そういうことです。あれらを使えればかなり質のいい武具が作れるとは思うのですが、
国を危険に晒してまで、となると・・・」
隣には好敵手の王が盃を片手に己の葛藤を口走る。
お互い身分は違えど一度は命を懸けて立ち会った仲だ。
一刀斎の二刀を振る立ち回りの話から始まり会話は尽きることなく夜更けまで盛り上がった。



「だから俺はおっさんじゃねぇって!」
久しぶりに子守りから解放されたガゼルはたまたま目に入ったジェリアを横に座らせると
酒とご馳走をかっ食らいながら熱弁をふるっていた。
「うわ・・・絡み酒・・・中身から外見まで全部おっさん尽くめじゃない!」
悪態をつきながらも席を立たずに相手をするジェリアは上客だった事を考えての行動を取っている。
ここからどの方向へ行くにもラクダ屋の力は必要だ。
その時にまた高額な報酬を吹っ掛ける為にも良く覚えてもらおうという魂胆なのだが・・・
「まぁ俺も思うんだよ。もし息子が生きてたらあいつらくらいになってたんだなぁって。
でもな・・・そんなうじうじすんのも俺らしくねぇしな?」
「ううぅ・・・暗い話は聞きたくないなぁ・・・」
どうやらこのおっさんには息子がいたらしい。
話しぶりからするととうに亡くなっているようだが正直この手の話を広げていってもろくなことにならない。
ラクダ屋歴5年の勘がそう本能に訴えてくるのだ。
かといってこのまま絡まれ続けるのは心身ともによろしくない。何かないかと考えていると、

「そうだ!あの子たちの事聞きたいなぁ♪
性格も出自も違うんでしょ?何で一緒に旅なんてしてるのぉ?聞きたいなぁ?」
ここでジェリアは最も有益、且つ自分が興味のある情報を聞き出そうと舵を切った。
クレイスは可愛い容姿以外はいたって普通の少年だったが、
カズキという牛サソリを1人で葬った子はあの『剣鬼』の孫だという話は耳に届いている。
では残りの2人は?
ヴァッツの体力と腕力は大人ですら敵わないものだしショウの子供とは思えない冷酷さも直接この目で見た。
間違いなくこの2人も只者ではない。
(もしウォランサに何か聞かれたら・・・むふふ♪)
王は彼らの事をとても気に入っているらしく、今もカズキと談笑している姿が見えている。
ならばこの機に彼らの詳しい情報を手に入れておいて、
何かあればそれらを高くで売りつけようと頭の中で勘定した訳だ。
「あいつらか・・・あいつらの話なんか聞いて楽しいか?それより俺の若い頃の話をだな・・・」
「それは後で聞いてあげるから。ね?私ショウ君の事知りたいなぁ~?」
酔っ払いがおっさん特有の過去の武勇伝に話を持っていきそうになったので
慌てて体を寄せるとガゼルの胸板に人差し指を這わせて甘い声で囁くと、
「ふむ・・・まぁそこまで言われたら仕方がねぇ。」
その夜、ありったけの酒を杯に注ぎ続けたジェリアは様々な情報を聞き出す事に成功した。





 国が祝宴で大いに盛り上がる中、ショウは『フォンディーナ』の情報を調べていた。
『シャリーゼ』とはかなり離れている上に敵対関係になるとは思えない。
しかし情報は力になる。使い道はいくらでもあるのだ。
ウォランサ王にその辺りの人物を紹介してもらってもよかったのだが
自分は諜報や隠密の任務を受けることもあるので接触は避けたかった。

(出来れば『ユリアン公国』をもう少し調べておきたかったのですが・・・)

彼の国が一番邪悪で、既に敵国だと認識しているショウは後悔を心の中でつぶやく。
だがあの時の事情が事情なだけにどうすることも出来なかった。
ならばせめて近隣国から何か情報を拾えないだろうか。
そう思い立って今の行動にいたるわけだ。

王城内を誰にも見つからずに縦横無尽に駆け巡り、書斎を見つけては書類を探し、片っ端から目を通す。
傍から見れば立派な泥棒だがショウの中には母国の為という大義名分が成り立っている。
後ろめたさなど微塵もなく、その作業を延々と繰り返していく。
(鉄鉱石に、硝子、塩、それに綿と香料あたりが貿易の要ですか・・・。)
商業大国から見ればそれほど必要な資源ではない。
ただ産出量と他国への販売価格を考えると、交渉次第ではそれなりの黒字が出せるか。
あとは香料がこの地独自のものらしいのでこれを流通できれば・・・

(この辺りは管轄外なので後でクレイスに何となく価値を聞いて・・・)

ふとそんな事を考えそうになり頭を振る。
(何を考えているのだろう。彼に頼る事など何もない。)
不意に彼の事を考えてしまった自分の頭の中を切り替え、別の部屋に向かう。
武具の数、種類、国庫の内容、市民の数から兵士の数、
書類を作った者の名前と提出先の名前などなど、
必要かどうかはおいておいてショウがありとあらゆる書類に目を通し暗記していくと、
(・・・・・これは?)
国庫からの金の動きを見て、ふと手が止まる。
王や将軍、大臣や兵士の階級別に与えられている給金、その中にケタが違う人物が1人。
(ザクラミス?総務の長か・・・それにしてもこの額は)
王と桁が2つ違う収入を得ている。
気になったので彼の名を脳裏に深く刻み、更に彼個人の支出に関する書類を探す。
強請るつもりはないが何かあれば切り札の1つとしては使えそうだ。

そう思って彼の部屋を探し始めるショウ。
すぐにそれらしき部屋は見つかるも、中には恐らくザクラミス本人だろうか?
初老の男が目を瞑り椅子に腰掛けたままじっとしている。部屋から移動する気配はなかった。
少し迷ったが部屋の位置は覚えたのだ。
また夜中にでも忍び込もうと判断しその時は引き下がる。
だがその時、
今まで誰にも見つからなかったショウの姿がザクラミスに看破されていたことに
彼自身も気がついていなかった。





 今日の宴の立役者は何故かヴァッツやクレイス、時雨と高台の上にいた。
周りの喧騒で話がしづらいということで一刀斎がヴァッツをここに連れてきたのだ。
時雨は従者というよりヴァッツに貞操を守られる形で傍に、
クレイスは昼間の出来事を聞きたくて一緒に座っている。
少し暗いが椅子やご馳走、酒も並べて会話も気持ちも弾んでくると、

「一刀斎様は何か異能の力を使ってあの巨大な剣を振り回されてたのですか?」
ヴァッツ同様、まるで絵本の中の英雄譚を現実に目の当たりにしたクレイスは、
牛サソリを蹴散らした戦いを思い出しながら目を輝かせて質問する。
「いいや。わしはそんな大それたモノは持っておらん。全て修練の賜物じゃ。」
きりりとした顔で、杯の酒を軽く飲み干してクレイスに答えた。
その姿におお、と感嘆の声を上げたが一刀斎の視線は時雨に向いている。
どうやら少し格好をつけたかったらしい。その意思に囚われないよう時雨が思わず目をそらす。
「で、では一刀斎様は鍛錬のみでそこまで??」
「うむ。わしだけではない。世の中のほとんどがそうなんじゃ。もちろんカズキもな。」
クレイスの周りには何とも形容しがたい力を持つ人間が多い。
剣鬼はそれを何となく察したのだろう。
「カズキも・・・ですか。」
彼も並外れた強さを持っている。
何か異能の力を持っているという話は聞いたことがないが、
カズキの性格上隠しているのだとばかり思っていた。
「うむ。異能の力というのは確かに存在する。そしてそれを持つ者は確かに強い。
だが、勝者として最後に立っている者というのは多くの修練を積んだ者がそうなる。
と、わしは思っておる。」
拳を作って胸をどんと叩き、そう言いきる一刀斎。
ショウが心酔するだけの剣士が言うと重みが違うと肌で感じながら、
「多くの修練・・・」
つぶやいて己の心に深く刻み込んだクレイス。
何も目標もなく生きてきた11年の人生、
この先に必要な力を身につけるためにこの教えは役に立つ。そう確信する。

「助平に歯止めが利かなくなったのはいつ頃からですか?」
良い話をしていたはずなのに、
その内容が全く響かなかった時雨は白い目で質問を挟んできた。
折角の英雄譚が感動的な空気ごと霧散するも、仕切り直すかのようにこほんと軽く咳払いをする一刀斎。
「わしは若い頃から強かった。強い男というのは女に求められるものじゃ。
つまり強さに伴い、そっちにも強くなっていった・・・ということじゃ。」
(・・・うん?)
いまいちよくわからないが。強くなると助平にも拍車がかかるということか?
「わかりました。カズキ様の行動にも注視しておきます。」
これはわかった。
カズキがいつこうなるかわからないので気をつけようと言いたいらしい。
まぁ血縁関係があるのなら孫がいつこうなっても不思議ではない。
ふとカズキが助平になったら、と思い浮かべて顔が緩む。
「・・・・・時雨ちゃんは理想が高そうじゃのぅ。わしより強い男はそうはおらんぞ?」
絶対の自信と強さに全ての価値を見出す男の発言に、
傲慢さよりうらやましい気持ちがわいてくるクレイス。
(自分にも、これだけの強さがあれば・・・もっと自信が持てたら・・・)
「強さより優しさを求める女性もいることをお忘れなく。」
ヴァッツに寄り添い強く反論する時雨に、やれやれといった感じで杯を口にやる一刀斎。
当の本人は口を挟まず、会話に耳を傾けながら笑顔でご馳走を食べている。

「そういえばヴァッツといったな。おぬしのその馬鹿げた腕力はどうやって手に入れた?」
話を逸らす為に話題を振った、と感じ聞き流しそうになってふと思い返す。

一刀斎はまだヴァッツの腕力など見ていないはずだ。

時雨もそれに気が付いたのか、真顔になって一刀斎を見ている。
しかし質問された本人は、
「んぐんぐ?ごくん。腕力?」
食べることに半分の注力を使うヴァッツは残り半分の力を聞くことに注ぎつつ、
いつも通り小首をかしげて質問を返していた。
「うむ。時雨ちゃんを膝の上に誘った時・・・」
「誘われておりません。」
従者として勘違いされると困るであろう発言にすかさず訂正を挟む時雨。
「・・・引き寄せた時のおぬしの力。
恐らく時雨ちゃんには体全体が浮いたように感じたはずじゃ。」
「「!?」」
心当たりのある時雨はもちろんクレイスもそれには驚く。
そうだ。
初めて出会ったとき。ヴァッツに抱えられた時だ。
自分が羽根になったような感覚で何とも気持ちよかったのを思い出した。
「巨大すぎる腕力ならではの動きを感じたのでな。
出自か修練か、それこそ何か異能の力を持っておるんじゃないのか?」
やはりただの助平じじいではない。
こと強さへの嗅覚に関してはカズキ以上の、尋常ならざる感覚を持っているのだろう。
聖騎士団達を闇に沈めた力もそうだがヴァッツと『ヤミヲ』には謎が多い。
恐らく口をつぐむであろうと思っていたが、
「生まれつきだよ。じいちゃんが赤子の時からお前は力持ちだったって言ってたし。」
「そうかそうか。なるほどのぅ。」
納得したのか頷いて微笑む一刀斎。
(赤子の時からって・・・・・)
凄さがよくわからなくなる。
もし迷わせの森から出てどこかの国の目に留まっていれば、
ショウみたいに国の重役になっていたかもしれない。
もし誰かがヴァッツの存在を知っていて『アデルハイド』に招いていれば、
国が滅ぶことは無かったのかもしれない。
もちろん過ぎた話だ。今更いっても仕方がないのだが、

「クレイス。
こやつは異能でも最たる高みに立つ者じゃ。間違っても自身と比べて卑下せんようにな。」
劣等感を見抜かれたのかただの助言かわからないが、
いきなり話をふられて思わず挙動がおかしくなるクレイスは、
「は、はい。その、ヴァッツは友人ですから。大丈夫かと。」
言ってはみたものの自身と比べたことがないといえば嘘になる。
だが、一刀斎もいっているように規格から違いすぎてそういう感情はなかった。
「そうかそうか。末永く仲良くな。」
それを聞いた一刀斎が顔をほころばせクレイスの頭を撫でる。


その力強くも優しい手のひらの感触が亡き父の思い出と重なり、
不意にこぼれ落ちそうになる涙と声を俯き気味になりながら我慢していた。





 宴の熱も徐々に醒めて皆が寝静まりだした頃、ショウは再びザクラミスの部屋に向かう。
夜も更けて巡回の兵士の気配のみを感じる中、それをやりすごすと鍵を開けて中に入った。
夜目が利くショウはそのまま机の周囲にある棚に近づき目当てのものを捜し始める。
数分が経過し、それらしい書類を見つけると金銭の動きを確かめるも、
(・・・それほどおかしい動きはありませんね。)
しいて言うなら収入のわりに国に返している税が少ないことくらいか。
となると相当な貯蓄があることになる。
(国の利権を使って私腹を肥やすことなど珍しくはない。ですが)
どうにも納得がいかないショウ。相手の気持ちなどを考えることは微塵もしないが、
こういう数字に表れると諜報員としての直感が何かを告げる。

「何をしているのかね?」

その声をきいた瞬間見えない速さで身を翻す。
声の主は恐らくザクラミス本人。
全身が黒い衣装で覆っていたショウは、たいまつの明かりにすら照らされること無く部屋から脱出した。



 次の日、浅い眠りから冷めたショウは再度の侵入を決意する。
恐らく部屋の鍵はもちろん、書類などは別室か自宅に移されるだろう。
となれば・・・
(自宅の位置も調べないといけませんね。)
昨夜は王の計らいにより城内で泊まることになった。
時雨が1人だと身の危険を感じたらしく、今回大部屋を用意してもらい全員一緒に床についたのだ。

朝食を知らせる召使いが部屋を訪れた後、呼ばれるままに向かっている途中、
「ショウ君だね?ちょっといいかな?」
夜中に聞いた声が彼を引きとめた。
「ん?誰だ?」
昨日の宴の席でも見かけなかった男が現れてヴァッツが近づいていく。
「おっとこれは失礼。私はこの国の政務官の長ザクラミスだ。」
今までみてきた人物の中でもかなり高齢の印象を与える容姿の男だ。
肌は他の『フォンディーナ』の人間と同じく健康的な小麦肌だがしわも目立つ。
齢は50過ぎといったところか?
それぞれがショウを呼び止めたその人物に視線をやると、
「俺らは先に行ってるぞ。」
お互い国の役人同士、恐らく込み入った話になると予想したのだろう。
カズキが全員の声を代弁してその場を去っていく。

「いやー。朝食の前にすまないね。」
彼の書斎に案内されたショウは椅子に座り、机の前のザクラミスと対峙すると、
「いえ、お気になさらず。えっと、初めまして、ですよね?
私は『シャリーゼ』の外交として旅をしております。もうお名前はご存知かと思いますが。」
いつもの笑顔でさわやかに初対面用の自己紹介をするショウ。
何も無ければこの完璧な立ち居振る舞いで人は感嘆の銘を受けるのだが・・・

「うむ。よく知っているよ。」
ザクラミスの雰囲気が変わる。
(おかしい・・・)
見た感じ、この男はがちがちの政務官だ。昨日の件で自身の素早い動きを目視出来たとは思えない。
だが、どうもこの男には気付かれている。
頭の中で自身の何が失敗だったかを振り返っていると、
「君はこの国の何に興味があるのかね?」
ザクラミスの方から仕掛けてきた。
「と、言われますと?」
「『シャリーゼ』が商業大国なのは知っている。
しかし『フォンディーナ』とはかなり距離があり、関税や輸送費の部分も含めると
我等が直接取引をするにはすこし不便な間柄になると思われるがいかがかな?」
「ふむ。仰る通りです。」
あくまで初対面で、何も知らない感じの少年像を演じ通す。
「・・・・・そんな『シャリーゼ』の人間が我が国の『軍事や収支』にまで興味を持つとは、
一体どういった了見なのか。教えていただけると助かるのだが?」
その言葉に何か引っかかったショウは、

「・・・貯め込んだ金で軍を手に入れて、貴方はどうなさるおつもりですか?」

何の裏付けもないはったりでしかないが、この男が金銭を相当蓄えているのは知っている。
『軍事と収支』から得られる一番簡単な憶測を反論がてら並べてみたのだ。
この短絡的な発想にショウが無能だと判断して、尚且つさっさと開放してくれればそれでよかったのだが・・・

「君は私が金で軍を手に入れるような男だと言いたいのかね?」

怒りを抑える声と、明らかに憤怒の表情を作るザクラミス。
思っていたより機嫌を損ねた発言だったらしい。
『シャリーゼ』の内情的には全くおかしな事ではないので、
まさかそういう方向で反応されるとは思っても見なかった。しかしせっかくなので、
「何か問題でも?ああ、外部ではなく内部への干渉、軍事的政変を計られていましたか?
ご心配なさらず。この件は一切口外しませんので。」
ウォランサとマルシェを見る限りそんな事は不可能だとは思うが、
相手の神経を逆なでする意味も多分に含めてすっとぼけてみると、

「君は!!」
突如、ザクラミスが語気を荒げた。
「君の国は・・・『シャリーゼ』は、戦をするのに金で軍を雇えばいいのかね?」
雰囲気が変わるザクラミスと、その発言の意味にすぐ返す言葉が出てこない。
それが当然だと思っているショウには何が気に入らないのか全く理解出来ないのだ。
怒りとも呆れともとれる表情のザクラミスは、
「国というのは国民が戦い、守り、初めて愛国心と誇りが生まれるのだよ。
我が『フォンディーナ』に対する君の発言は非常に不敬で、非常に軽薄だな・・・」
それ以上追及されることもなく、この話はここで終わった。

目論見通り、自身は無能かそれ以下だという認識を植え付ける事には成功した。

だが、
最後にショウへ向けられた言葉。
この言葉が今後、彼の中でクレイスやガゼルの件よりも大きく渦巻く事となる。

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