闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -『剣鬼』-

 突如乱入した老人によって砂漠の王の命は救われる形となった。
立ち合いは中止され、詳しい話を聞くために一同は応接室に案内される。
あの後カズキはすぐ目を覚ましたが様々な要因のせいか非常に機嫌が悪くなっていた。

「皆、色々と話があるじゃろうが。まずはわしから言わせて貰ってもいいかの?」
全員が椅子や腰掛に座ったのを確認すると、
一刀斎が静かに話し出し、一同もそれに賛同するようにうなずく。
「どうぞ。」
ウォランサも先ほどの闘志はなりを潜め、国王として居住まいを正してそれを促した。
「さてカズキよ。
わしがお前に『滝割れ』と『山崩し』を預けるに当たって、約束が2つあったな?」
あの2本の鉄塊はそういう名前らしい。

ともかく孫と祖父による公開叱咤が始まった。
「・・・・・」
カズキはむくれた顔を背けて反骨の意を体現している。
ただ、これは恐らく日常茶飯事なのだろう。気にする様子もなく一刀斎が続ける。
「1つ。この2刀は重量がある為成人の体、もしくはわしが認めるまで使ってはならん。
1つ。万が一これを使う場面がある時はさらしを多めに巻き、体幹を補強すること。
さて、今回お前は何をしでかした?」
「・・・・・」
「どちらの約束も守っとらんじゃろ!!たわけが!!」
どこから取り出したのか、木の棒らしきものでカズキの額をぴしゃりと叩く。
「ッ・・・・・!」
いつも気丈なカズキが涙目になりながら叩かれた部分を両手で押さえ、
一刀斎は木の棒らしきものをばっと広げてぱたぱたと自分の顔を扇ぎだした。
その間、周囲は瞬きすることすら許されない空気でいたたまれない。
まるで自分自身が叱られいるような・・・
ヴァッツですらそんな雰囲気を出して、両膝に手を置いて一刀斎の顔色を伺っているようだ。
「よいかカズキ?今度同じ過ちを犯したら二刀は取り上げる。わかったな?」
「・・・・・わかったよ。」
おでこを押さえながら彼が渋々返事をすると、

「さて。わしの話はこれで終わりじゃ。他の方々は何かあるかね?」
先程とは打って変わって雰囲気が柔らかくなる。
一刀斎がそう言い終わると珍しくショウが体を乗り出して、
「一刀斎様がなぜこの国に?『モクトウ』で隠居されたと聞いておりましたが?」
かなり事情を知ってる風に口を開いて質問し始めた。
「うむ。古い友人から茶の誘いが来ての。ついでなんで各国にも顔を出しておったのじゃ。
今回はたまたま『フォンディーナ』にいたわけじゃが・・・」
そういってカズキに目線をやり、
「まさか孫に出会うとは思わなんだ。」
まだいじけ気味のカズキを見て、かっかっか。と口をあけて笑う一刀斎。
「ショウはさっきから一刀斎様にずいぶん好意的だね。
君みたいな内政の匂いがする人間は暴力にはあまり興味がないと思ったんだけど。」
ウォランサが自己紹介すらしていないショウの本質を見抜き、不思議そうに口を開いた。
やはり一国の王というのは伊達ではないらしい。
「アン女王からお話は聞いておりましたので。何度も女王様の命を助けた恩人だと。」
なるほど。
ウォランサ以外の人間は旅でショウが国と女王に過剰なほどの忠誠を誓っているのは知っている。
それなら納得だと一斉に頷く中、
「それより先ほどの腕前ですとまだまだご健在でいらっしゃる様子。どうでしょう?
『シャリーゼ』に来ていただけませんか?きっと女王様もお喜びになられます!」
目を輝かせながら他国の王の前で誘致を始めてしまった。
ただ、いつもの彼とは違い本当に尊敬の眼差しを送っている。

「お前、こんなじじいを連れて帰ったら国が滅びるぞ?」
カズキがむくれ顔で茶化すように口を出すと、
「何を言ってるんです!!
天下一の『剣豪』でいらっしゃる一刀斎様を国に擁すれば外敵や外交がどれだけ有利に進むことか!!」
敬意はあるようだがやはり自国の利益最優先らしい。刹那、

ぴしゃり!!

先ほどカズキを襲った扇子と呼ばれる物が、ショウの額に撃ち込まれる。
「はうっ!?」
普段絶対に聞けないであろうあえぎ声と、その後痛みをこらえ涙目になるショウ。
行き過ぎた発言を咎める意味での行動だろうか。
「・・・・・」
目を瞑り無言で腕を組む一刀斎に、
「も、申し訳ありませんでした。」
思わず謝罪の姿勢に入るショウを見て、
「そうそう。お前は時々見境いが無くなりすぎるんだよ。もっと冷静にな・・・」
その姿を見てつい嬉しくなった中年も口を開いて駄目出しを続けようとした所、

ぴしゃり!!!

更に強めの一撃が大きく開けた額に撃ち込まれた。
「おっほ・・・・・!?」
痛みのあまり額を押さえて小刻みに震えたまま動かなくなる元山賊。
その2人の姿を見て更に萎縮してしまった周囲は
先ほどの公開叱咤よりも更に重い空気に黙り込んでしまう。

「ねぇカズキのおじいちゃん。何でさっきから時雨のお尻触ってるの?」

ここで様々な意味で無類の強さを誇るヴァッツが、
空気や前後の会話を全く汲み取らず、彼自身が一番気になっていた事を尋ね出した。
その発言で皆が俯き気味だった顔を上げると、
羞恥を抑え、圧力に耐える時雨の姿が眼前に入って来た。



 不意にカズキがため息混じりに答える。
「そいつ。とんでもなく女癖が悪いんだよ・・・」
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
その言葉で重苦しい静かな空間からあっけらかんとした静かな空間に一変し、
「一刀斎様。彼らは私の客人です。流石にその行為は見過ごせませんよ?」
ウォランサが王らしく毅然とした態度で注意する。
すると、

「はっ!わしは一体何を?!」

あまりにも白々しい驚き方に周囲が驚かされる。
しかしその隙をついて時雨が席を立ち、素早くヴァッツの横に移動する事に成功した。
「・・・これは一体?」
『ユリアン公国』でもその様子を見せていたが、
ショウもヴァッツくらいに性的な事情には疎いようだ。唖然としている彼に、
「ショウ。君は一刀斎様について1つ誤解がある。」
王が口を開いて説明を始めた。
「と、いいますと?」
ショウも彼に対する武名轟く逸話を沢山聞いている。
どういう誤解があるというのか気になるようで、すぐに反応する。
「一刀斎様のお力は私もよく知っている。
君が自国へ誘う前に私や他の国が誘わない事に疑問を感じないのかい?」
「・・・・・」
言われてみれば最もだ。そもそも何十年も前から天下一の称号を轟かせ、
戦場に現れては死体の山を築いてきた剣鬼一刀斎。
それが何故どの国にも属さず、故郷の『モクトウ』で隠居暮らしをしていたのか。

「・・・その理由が・・・さっきのあれ・・・です・・・か?」
いつもと違い、随分遠慮気味に時雨が小さな声を上げる。
一刀斎の剣と性欲に対する想いを知っている2人が、
「そうだ。」
「そうです。」
同時に答えて互いが視線を交わすと、カズキが頷き更に続ける。
「このじじい、無類の女好きなんだよ。」
「しかも王妃や皇女など、有り得ない相手でも普通に手を出してきます。
これが国へ招致しない理由です。」
2人の男の発言と、目の当たりにした行動で揺るぎない理論武装された意見に
ショウは開いた口が塞がらない。
「ちょっと待て。おぬしらよってたかってわしの事を散々悪く言いおって。」
「ひゃあ!?」
いつの間にか時雨の横に移動した一刀斎がまた何か悪さをしたのか、
時雨が変な声を出す。
しかし今度はヴァッツが時雨の腕を取り自身の膝の上にひょいと引き寄せ、
悪さをしていた一刀斎の手首を掴もうとした。が、
彼はそれを素早くかわし、何食わぬ顔で元の席に座りなおす。
「なんかよくわかんないけど、時雨大丈夫?」
膝の上で抱きかかえ、心配そうに尋ねるヴァッツに、
「はい!大丈夫です!ありがとうございます!」
別の感情で顔を赤く染めた時雨が緊張気味に答えている。

「・・・そういうお店もシャリーゼには沢山あります。大丈夫です!」
理解が追いついたのか、対策案を口に出して握り拳を作っているショウ。
「まだ諦めないのか・・・」
流石のカズキも呆れ顔になる。そしてそんな彼に止めを刺すべく、
「あのじじい。アンが女王になる前に何度か手を出そうとしたらしいぜ?
全部拒まれたらしいが今はどうだろうな?」
「この話は無かった事に。」
真顔の即答によってこの会話は終わりを告げた。





 「勿体無い・・・本当に・・・勿体無い・・・」
非常に落ち込んでいるショウが嗄れそうな声で何度も反芻しているので、
「わ、わしは皆が言うほど助平ではないぞ!?」
先ほどとは打って変わって自分への畏敬の念がなくなったのを肌で感じたのか
慌てて弁明しようと躍起になる一刀斎。

ごんごんごん!!

それと同時に応接室の扉が強く叩かれた。 

「何事だ?!客人がおられるのだぞ?!」
強い口調で扉の前にいた衛兵に用件を聞くように伝える。
やがて話を聞き終えた衛兵がひどく動揺し青ざめた表情で、
「ウォランサ様!ただいま南方から多数の牛サソリがこの都市に向かっているとの報告がありました!
数は少なくても数十体以上!
かなりの速度で走っている為、恐らく到着まで10分もかからないかと・・・」
自分の報告している内容に自分で困惑している衛兵の話を聞くと
「わかった。動けるものを南門に終結させるように。陣頭指揮を取っているのはマルシェか?」
「はい!左様でございます!」
短いやり取りを終えると伝令を四方に送るとウォランサは立ち上がった。
とても落ち着いているのでわりと良くある事なのかと思っていたが、
「すみません!どうやら緊急事態が発生したようです!
おもてなしは後ほどさせていただきますので、よろしければご助力願えませんか?!」
衛兵が散開した後、青ざめた顔で一同に懇願してきた。
仮にも一国の王で個人の武力もある人物がこの様子だと
かなり大変な出来事が起こっているらしい・・・
「よかろう。」
即答して立ち上がる一刀斎に
「なんかよくわかんないけど。オレも手伝うよ!」
ヴァッツも時雨を抱きかかえたまま元気よく立ち上がり、
「昨日の背中流してた時も思ったんだけど、時雨って柔らかいよね?何で?」
この緊急時にそぐわない無意識かつ無知な発言に周囲は耳を疑う。
らしいといえばらしいのだが、顔を紅潮させて両手で顔を覆う時雨を他所に、
「おなごというのはそういうもんなのじゃよ。」
ヴァッツの肩に手をやり満面の笑みで答える一刀斎。
その後頭部に孫からの平手打ちが、ぴしゃり!と音を立てると、
「そんな事ばっかやってるから誰からも相手されなくなるんだぞ色ボケじじい!」
カズキが先ほどとは逆に祖父を叱咤していた。





 ラクダの引く馬車に揺られ、南門に到着した一行。
「戦況は!?」
王が飛び降りて高台の戦士に大声で尋ねると、
「はっ!現在けん制で投石を行っています。若干歩みは鈍りましたが、引き返す気配はありません!」
立派な体躯で王より縦も横も幅がある男が報告を返す。彼がマルシェだろう。
「火矢の準備!!鼻先に落とせばいい!!」
王直々に命令を下す。あくまでけん制重視のようだ。
それもそのはず。
砂煙で全容はわからないが少なくとも数十体、
奥行きを考えれば百を超える牛サソリがこちらに向かっている可能性がある。
まともにぶつかっては甚大な被害が出るのは間違いない。
「撃てっ!!!!」
怒号に近い号令で数百もの火矢が一斉に放たれた。
牛サソリも生き物、本能的に火は恐れるはずだ。思惑通り火矢の絨毯は彼らの歩みを大きく遅らせる。
だが、

どどどん!!!!

大きな音と共に砂煙が更にあがる。
どうやら足を止めた最前列の牛サソリに後続がぶつかったようだ。
黒い巨体が跳ね上がり、それらを乗り越えて歩を進めてくる。
「ぬうっ・・・・・」
予想をはるかに超えた大軍にマルシェがうなる。
「戦闘は免れぬ・・・か。」
王も覚悟を決めたのか、曲刀を抜き南門に歩いていくと、
「おもしろそうじゃの。」
緊迫した中、まるでヴァッツのような事を口にする一刀斎。
その発言に周囲が凍りつき彼に視線が集まる中、

「ちょうどいいわい。カズキよ。ここで二刀の使い方を教えてやろう。」
軽い口調で孫に声をかけてきた。
「じじい。俺が言うのもなんだけど、もうちょっと空気読んだほうがいいぞ?」
自覚はあったのか、カズキが呆れた顔で言うも
「ほっほっほ。これくらいの演出があったほうが盛り上がるじゃろ?」
一刀斎は全く気にしていない。それどころか
「では、わしはその牛サソリをちょちょいと刻んでくるから、お前たちは城壁に上って見ておれ。」
そういうとカズキから例の石を渡すように手の平をを向けてくる。
そこに家宝の二石を受け取り、
ゆうゆうと南門前に歩いていく姿はまるで散歩か近場への買出しにいくかのような軽さだ。
それを見た王は開門を指示し、皆に城壁へ上がるように指示を出す。そして
「ご武運を!」
去り行く背中に敬礼を送り、右手を軽く上げて答える一刀斎。
剣鬼が出て行くと門は閉じられ、念のために迎撃の準備だけは整えられる。

「おおおお!!なんかめっちゃ来てるな!!!」
ヴァッツが興奮気味にその眺めを楽しんでいる中、
「カズキ様、いざとなれば我々が全力で一刀斎様をお守りいたします。」
カズキに対して心配させまいとウォランサがマルシェへ指示を出している。
しかし当の本人は微塵も心配していない様子で、
「大丈夫だ。あのじじいは本当に強いから。」
周囲の人間に絶対の自信を持って答える。
その発言があまりにも自然、且つカズキの姿に全く緊張感がない事に
むしろ余計な緊迫感が生まれ、誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

そんな防壁での出来事を知る由も無い一刀斎は小走りで牛サソリの集団に向かっていく。
城壁の上からでも相当接近したと見られる一刀斎。

いつ攻撃態勢に入るのか・・・・まだか?

・・・・まだなのか??

お互いの速度と距離が見下ろしている分わかりやすい。
もう数秒で接触、いや、踏み潰される。そんな距離まで迫っている。
固唾を呑んで見守る中、動きがあったのは一刀斎の両手だ。
そう。
先ほどのウォランサ戦同様、手元が激しく光り、あのとんでもなく馬鹿でかい大剣が現れる。
その光に牛サソリ達が一瞬目を眩ませられ足を止めてしまい、
「なるほど・・・」
その行動に納得した声を上げるカズキ。
何がなるほどなのかを聞く前に前線が大きく動き出した。
一刀斎の前にいた牛サソリが最初の犠牲になる。
あの小柄な老人が巨大な大剣を、
まるで重さを感じない速度で振り上げると一瞬で真ん中から真っ二つにされる牛サソリ。
その右にいた牛サソリもいつの間にか真っ二つになっていた。
大剣を振り斬った一刀斎は同じ場所に留まらない。
常に移動し、牛サソリの大きな死骸に行方や視界を阻まれないよう、
また攻撃を受けないように常に動く。

どうん!どうん!!と
不気味な切断音を立てながらどんどん左に走っていく一刀斎。
更に二刀がものすごい速さで振り回されているので、ぶおんぶおんと別の音も鳴り響く。
その姿はまるで鳥が飛び立つかのようだ。
翼にも似た剣閃がひらめく度に大小様々な大きさの牛サソリが様々な角度で一刀両断されていき、
時々個体差のある牛サソリが鋏や尻尾で反撃を試みているが、
大きな鉄塊はその鋏や尻尾ごと叩き割る。
一番左端まで斬り終わると、今度は奥の列を捌きながら右に走っていく。
しかも先ほどよりも移動が早い。

城壁で見ていた連中が、呼吸をするのも忘れていたのに気がつき
「はぁ~~~~」
と、誰とでもなく深く息を吐き始めた時、
一刀斎は右端までたどり着き、牛サソリの集団をほぼ壊滅し終えていた。

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