闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -王の招待-

 王城に案内されると思っていたが、
ヴァッツ達の乗るラクダの馬車は城門を潜ると右手に伸びる大きな道を進んでいった。
初めての場所なので誰も不思議に思う事無く一同は東へ向かった別の建物に案内される。

そこは王城よりもある意味頑丈な作りで、王城よりも大きな建物に見えた。
中に入ると中央は拓けていて地面も砂漠の砂ではなくしっかり固められている。
周囲は高い頑丈な壁に覆われており、その上には階段状に席が設けられているようだ。
「恐らく闘技場でしょう。」
辺りを見回したショウが少し緊張気味に口を開くと、
「おーこれが闘技場か。一度入ってみたかったんだよな。」
戦闘狂の血が騒ぐのか、カズキの目に強い光が宿りだした。
「お前の場合、入るんじゃなくて戦いたいだけだろ・・・おい、その物騒な殺気を俺に向けるな!」
つい口を滑らせたガゼルがたじろぐ中、
「でも・・・なんでここに案内されたんだろう?」
謁見の為、話を聞く為だと決め付けていたクレイスは不思議に思っていた。
「闘技場って何?」
「戦士や獣を戦わせる場所です。」
時雨がヴァッツに短く説明すると闘技場の奥にある大きな扉が開き始める。
「ようこそフォンディーナへ!」
陽気な声で歓迎の挨拶が送られると、ラクダに乗った褐色の男がこちらに向かってやってきた。

恐らく年齢はクンシェオルトほどだろうか。
ただ、彼よりも体格はいい。黒い短髪は白い布巻きでまとめられている。
衣服も砂漠の国のためか、
白い薄手の着衣を身に着けているのみで非常に軽装で腰には不釣合いな曲刀が下がっている。
「初めてお目にかかります。フォンディーナ国王様」
時雨が素早く膝を突き、頭を下げた。次いでショウも静かにそれに続き、クレイスも後を追う。
しかし他の3人は直立姿勢のまま王を眺めていた。
「お前がこの国の王様か?」
まだまだ権力に疎いヴァッツが直球で質問を叩きつけると、

「そうだよ。私がこの国の王、ウォランサ=ヘイジャ=ヴ=フォン=ディーナだ。
ウォランサと呼んでくれ給え!」

さわやかな笑顔でラクダから降りてきて右手を差し出した。
久しぶりに相手の方から握手を求められ、うれしそうに応えるヴァッツ。そして、
「いいよ、君たちも。面も上げて彼らのように普通に接してほしい。」
くだけた感じで3人に伝えて皆が立ったのを確認すると
「さて。それではこれから我が国のおもてなしを始めたいと思う!」
そういって両手を広げ、歓迎の意を表すウォランサ。表情も満面の笑みだ。
「お前、うさんくせぇなぁ」
そんな砂漠の王に真正面から苦言を投げつけるカズキ。
いくら堅苦しいのが苦手だと本人が言っていても、この発言に時雨が凍りつく。
「か、カズキ様!」
「わりぃ、俺も同感だわ。なんだろうな。なんで闘技場なんかに俺らを呼んだんだ?」
ガゼルも顔をしかめて闘技場という場違いな場所を見渡す。
これは国を嫌う事とは別で、単純に謁見やらを行うのに相応しくないという意味のようだ。
「武者修行に関心を持たれていたので、ここで私達と何かを戦わせる・・・?」
ショウも口を開くが、すぐにその可能性は低いと判断したのか疑問系のまま言葉を止め、
「興行を考えると観客がいないのはおかしいですね。」
周囲には衛兵のみ待機している。
商業国家出身の彼はこの状況の違和感に答えが出せないでいるようだ。

「いかにも!この国は退屈でね!誰か私と戦ってはくれないか?」
失礼な発言など全く気にしていないウォランサは、
待ってましたと言わんばかりに諸手を叩いて話に食いついてきた。
武者修行の言葉でこんな状況を引き起こすとは・・・
ヴァッツのように目を輝かせて戦いたいと所望している砂漠の王を前に
一同は目を見合わせ、心の中で同じ事を呟く。

まるでカズキみたいだ・・・と。

そして当然のように、
「んじゃ、俺が相手をしよう。殺してしまったらすまんな?」
戦闘狂が獣の目でウォランサを嘗め回すように観察し始め、
「ちょっと待って下さい!!さすがにそれは看過できませんよ!!」
戦う事になった流れはともかく、王を殺すのだけは絶対に避けたい時雨。
「えー?だってこいつかなり強いぜ?手加減なんてしたら俺が殺されるだろ。」
その発言に周りも目を丸くする。
「そうなんですか?私はその辺りをよくわからないのですが。」
ショウもウォランサ王をまじまじと品定めするように視線を動かしている。
これはこれで非常に礼を欠いているが、当事者は全く気にしていないらしい。
「前にネ=ウィンの一兵卒と戦っただろ?あの時に似た感じがする。だから同じ轍は踏まない。
全力で相手をする。なので恐らく殺してしまう。いいだろ?」
「だから駄目です!!」
発言内容が王を見下しているはずだが、それにも一切触れてこないウォランサ。
それどころか砂漠の王はとても楽しそうで
「こちらとしては非常にありがたいよ!手心を加えられてもつまらないからね!」
うきうきが止まらないのか、小躍りし始める始末だ。
「ただし、私が君を殺してしまっても問題ない。それでいいだろ?」
「もちろんだ。」
お互いの目線が交差し、空気が一遍する。
「うっ・・・・・」
もはや止められる状況ではなくなってしまい、青ざめている時雨にガゼルが近づいていき
「大丈夫だろ。ヴァッツがいるしな。」
「!?」
小声でそれを聞いた時雨の表情に血の気が戻り、ぱあっと明るくなる。が
「ああ、あっちの王が斬り殺されるのは知らねぇぞ?」
希望を持たせてから落とす発言に、さっきとは比べ物にならないほど表情が落ち込む時雨。
その間にも2人は闘技場の中央に視線を交わしたまま移動していくと
三間(5,6m)ほどの距離を置いて対峙する。
観客となった人間の半分は面白そうに、半分は不安を抱きつつ、
「ヴァッツ様!『ヤミヲ』様!どうかお2人が傷を追わないように見届けていただけませんか?」
自身の失言で起きてしまったこの状況。
恐らくどんな神頼みよりも効果を発揮してくれる人物に強く懇願する時雨がいた。



 闘技場の闘士2人からは突き刺さるような殺気がもれている。
「一応挨拶しておこうか。俺はカズキってんだ。」
カズキは反りが直ったいつもの愛刀を構え、
「よろしくカズキ!素晴らしい戦いにならん事を!」
ウォランサはそう言うと、この地特有の曲刀を片手に頭上まで掲げる。

時雨はヴァッツの傍で両手を合わせてお互いが死なないように祈っている。
クレイスはヴァッツ並みに話の流れについていけず、ガゼルの横で成り行きを見守り、
ガゼルとショウは涼しい眼差しで2人の戦いを傍観していた。

ざざっ!!

カズキが地を滑るように距離を詰め、王の左わき腹に刀を走らせる。
それに反応したウォランサは寸でのところで下がって躱しつつ、
片手持ちの曲刀をカズキの頭めがけて振り下ろした。
地に足はついていないが、それなりの重さと腕力で振り下ろした曲刀はかなりの速度で空を舞う。
右手の振り下ろしを難なくかわすカズキは着地した瞬間を狙い、今度は刀を突き出した。
しかし曲刀で捌きつつ体を捻ってそれを受け流していくウォランサ。
その後の反撃で、曲刀がまさに弧を描くような連撃でカズキの左半身に襲い掛かる。
2撃は身をかわして避けたが3撃目は刀で受けて流す。とその時、

ぴきっ・・・

っと音がした。

素早く距離をとるカズキ。刀が欠けてしまったのだ。
刃が欠けるというのは斬る時に身にひっかかりやすくなるのと同時に強度が極端に下がる。
反りが合わなくなった時にはもう刀の限界を超えていたのかもしれない。
ここまで数合の応酬だったが、ウォランサほどの腕がある相手なら間違いなく刀の破壊を狙ってくるだろう。
もし狙わないにしても先に刀が折れるはずだ。

「あちゃー。相当こき使ってたからなぁ。どうすっかねぇ。」
追い詰められているはずの本人は気楽そうに右手にあるそれを眺めていると、
「我が国の国宝を貸そう!!まだ戦えるよね?!」
焦りを隠さず慌てるウォランサは、闘技場の内壁に待機させていた衛兵に、
「アレを!宝剣『フォン=セイフ』を持ってくるんだ!!」
この国は周囲が砂漠な為、侵攻されるような機会はほぼない。
そしてその逆もない。
そんな国に生まれた戦いに飢えている王は、
久しぶりに出会えた好敵手との立ち合いをどうしても続けたいのだ。

その様子を白い目で見つつ、刀を鞘に戻そうとするも、
欠けた衝撃と受け流した衝撃でまた反り上がってしまっている事に気が付くカズキ。
仕方なく鞘と刀を脇に投げ捨てた事でこの試合は終わるものだと誰もが思っていた。

「ウォランサ王。あんたはちょうどいい強さだ。俺に近い実力をもっている。」
カズキが静かに賞賛の言葉を送る。
先ほどの礼を欠いた発言の謝罪も含まれているのだろうか。
「ありがとうカズキ!君ほどの猛者にそう言ってもらえて光栄だよ!」
笑顔で答えるウォランサ。
ただその言葉でこの戦いが終わりかねないという心配が体からあふれ出ている。
その表情と冷や汗はとても王のものとは思えない。

「なので1つ、俺の本気をみてもらいたいんだ。」



 「カズキ様!もういいではありませんか!」
せっかくお互いが無傷で終わったのに、まだ何かをしでかそうとしそうなカズキを時雨が止めに入ると、
「従者殿!この勝負に外野は口出し無用でお願いしたい!」
ウォランサが強い語気で言い放ったので、仕方なくおずおずと引き下がる。
「いいだろう!君の本気、まだあるのなら是非みせてくれ!!」
カズキとはまた違った戦いへの狂喜に駆られた姿をみて
「よっし。それじゃあちょっと準備するぜ・・・」
うれしそうにそう言うと、
首からぶら下げていた石の飾りを2個、引きちぎって片方ずつの手で握った。
すると・・・

カズキの両手から光が激しくあふれ出す。
あまりのまぶしさに皆が目を細め、手を顔に当てて光を遮る仕草に移る。
その光はカズキの両手からぐんぐんと伸びていき、数秒で物質へとかわっていく。
気が付けばカズキの身長よりも長く、カズキの体格よりも横幅のある、
カズキほどの厚みのある鉄塊が2本両手に収まっていた。

「・・・・・なんですかそれは?」
警戒態勢をとり、今起きた出来事に対してか両手の武器に対してかの質問をするウォランサ。
「こいつは我が家の家宝ってとこだ。」
そのとんでもなく馬鹿でかい鉄塊を二本、軽く振って構える。
といってもやはり重量が相当あるようで、先ほど手にしていた刀の動きより数段遅い。
「・・・その2本がカズキの本気というわけですね?!」
「ああ。昔俺のじじいはこいつで数万の兵士をなで斬りにしたらしい。」
その威圧感ある2刀に、退く気は無いのにたじろいでしまう王。
そもそも構える時の動きが相当遅かった。
ならばあの刀?が自分の身に届く前に己の曲刀がカズキの身を斬り刻むだろう。
怖がる理由はないはずだ。
深く深呼吸し、精神を集中しなおすと
「では、続きといきましょうか?!」
「おう。お手柔らかに頼むぜ?」

お互いの同意を得た瞬間、ウォランサが全力でカズキに飛び込む。
かなり間合いが開いているにも関わらず、カズキは右手の巨大な剣でなぎ払う。
先ほど手にしていた刀と違い自分の背丈よりも間合いが広いのだ。
だがその分、剣閃は随分と遅くなっている。
それが自分の身に届く前に王がカズキの首めがけて曲刀を振り下ろすが、彼の左手にある大剣がそれを許さない。
大きな大剣は大きな盾となり、カズキの半身を防ぐように構えられている。
曲刀は届かない。
悟ったウォランサは迫り来るなぎ払いの大剣に手をつき、
それに飛び乗るとカズキとの距離を詰めるべく前に飛んだ。
なぎ払いで右半身が隙だらけのカズキに今度こそ届くであろう宙からの一撃。

そこで後悔に押しつぶされる。
左手にある防御姿勢だった大剣だ。
それが今、宙にいるウォランサ目掛けて飛んでくる。
右手から来た薙ぎ払い。王が上に飛び乗った瞬間にその剣を投げ捨て、
左の大剣を両手に持ち替えて斬り上げてきているのだ。
両手に持ち替えた大剣は片手で振っていた時の数倍の速度で走り、ウォランサの身に迫る。

(これはやられましたね・・・)

諦めにも似た感情が王を襲う。
だが、これほどの戦士と戦えた最後に悔いなどない。

死中に活を求める立ち回り。
迫り来る大剣を捌き、隙の出来た懐に飛び込むしかない。
自身の最後の行動に覚悟を決めたウォランサが己の右手にある曲刀へ最後の力を込める。



 最悪の事態になりそうだった。
もはやお互いに放たれた一撃は止めようがない。
(ヴァッツ様の、『ヤミヲ』様の力が届きますように!!)
より強く、最後の時を迎えた試合に全力で祈りを奉げる時雨。

「この馬鹿もんがぁっ!!!」

突如鳴り響く怒声と共に上から何かが落ちてきて、

どどんっ!!!!

と凄い音が周囲を振るわせた。
土埃が舞い、何が起こったかすぐには判断できなかったが・・・

どうやら誰かが上空からの攻撃を仕掛けたようだ。
そしてそれはカズキに当たっていた。
巨大な2刀は地に落ちていて、小さな男がそばに立っている。
手にした木刀がカズキの頭に沈んでいるということはこの男が割り込んだのは間違いないだろう。

「な、何だ?!今のは!?」
静かに見守っていたガゼルが声を出す。
それに関して一番声を上げたいのはウォランサのはずだが、
横槍が入ったことよりもその人物の行動に驚いた様子で
「一刀斎様!!命を賭けた立ち合いに何をなさるのです!?」
悲しみと憤りの混じった表情でその小男に嘆くような声で苦言を呈している。
「ふん!この未熟もんがわしの言いつけを守らず2刀を振り回し始めたんでな!
お灸をすえてやったのよ!」
どうやらカズキのことを知っているらしい。
「一刀斎様・・・というと。あの一刀斎様ですか!?」
なぜかショウが興奮気味に小さな男に声をかけ始める中、
土埃が落ち着き、徐々に映りだされた姿は老銀色の髪でかなりの高齢だとわかる。
身長も年で縮んだのだろうか。
しかし背筋はしっかり伸びていて、立つ姿にはしっかりと畏怖を覚える強さを感じてとれる。
ショウに顔を向け、それから一同を見渡した後老人は
「うむ。皆の者、いつも出来の悪い孫が世話になってて申し訳ない。」
静かに軽く頭を下げ、木刀を腰に差しなおすと自己紹介をする。

「カズキの祖父であり師でもある。わしは一刀斎=ジークフリードじゃ。」 

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