闇を統べる者

吉岡我龍

砂漠の国 -熱にうなされて-


 岩場の中継点で一夜を過ごし、昼夜の寒暖差に驚いた一行は次の日も晴れた砂漠を進んでいた。
予定では5日ほどで『フォンディーナ』に到着するそうだが歩みはラクダ任せだ。
「夜の寒さと足して2で割ってくれればいい気温になりそうなんだがなぁ」
ぼやくカズキに、
「それが適えば砂漠にはなってなかったでしょう」
流石のショウも、少し疲れた顔をしてそれに答える。
「ったく。こんなところに国を作るなんて、どうかしてるぜ・・・」
便乗してぼやくガゼルにも、
「だからこそ、防衛面では優れていると言えるでしょう」
「なるほどねぇ・・・」
暑さのせいか、普段殺意交じりで嫌っているガゼルにすら受け答えをしているショウ。
「暑かったら馬車に乗る?」
そんな中文字通り1人涼しい顔で周囲に気を配ってくれるヴァッツに、
「お前疲れもそうだけど暑さでバテないのか?」
カズキが少し恨めしそうに馬車の下を覗き込むが、
「うん?馬車の下って日陰じゃない?だから涼しいのかも。」
「うーん?そうなの・・・か?」
「いやー、砂の上って日の光でめっちゃ熱いはずなんだけど・・・」
話を聞いていたジェリアが不思議そうに会話に入ってきた。
「馬鹿力だけじゃなくて持続力もあって暑さにも強いのか。
『ヤミヲ』もいるし、ほんと弱点とかないのか?」
個人的に気になっていた事をカズキが代わりに尋ねてくれた。
色々かけ離れすぎている彼の力には周囲も興味があるようで、答えを静観して待っている。
「弱点?怖いものならあるよ。じいちゃんが怒った時のげんこつ!!
あれめっちゃ痛いんだよ・・・」
「・・・お前のじいちゃんすげぇな。」
思っていたより普通の少年じみた答えにカズキが心底呆れた声で答えると・・・


ドサッ


不意にクレイスがラクダから落ちた。

何の前触れもなかったので一瞬何が起こったかわからなかったが、
それをいち早く理解したのが時雨だった。すぐに駆け寄り身を抱きかかえると、
「ヴァッツ様!すみませんが馬車の中に入らせていただきます!」
それを聞いたヴァッツは持ち上げていた馬車をすぐに下ろし時雨はクレイスを運び込む。
ジェリアもそれに続いて中に入り、対処の指示を出しているようだ。
「ショウ様、申し訳ございませんが少しお手伝いをお願いできますか?」
「・・・わかりました。」
馬車から声をかけられたショウも少し考えてからラクダを降りて中に入る。
「どうしたの?クレイスに何かあったの?」
1人だけ良くわかっていないヴァッツが残った3人に尋ねると
「・・・恐らく暑さにやられたんだろう。無理しやがるから。」
ガゼルが静かに答えていた。



 「すみません。体を冷やしたいのでお召し物を脱がせていただけま・・・」
呼ばれた意味を素早く理解したショウはすぐに実行する。
「ちょっ!?あっ!?」
瞬きする暇も無く全裸になったクレイスがそこにいた。
「おお・・・やっぱり男の子だったんだ。」
ジェリアが現状全く関係のない部分で反応していると、
「貴方は何を言っているんですか?!す、すみませんショウ様、これでクレイス様のお体を。」
思わず後ろを向き、水で冷やした手ぬぐいで体を拭くようにお願いする。

「まぁ熱病よね。昨日寝るまで無理してたし。
症状が落ち着くまでここで休ませてあげるのがいいと思うんだけど。
ショウ君このまま看病をお願い出来る?」
下腹部を隠す手ぬぐい以外はほぼ全裸で横たわっているクレイスに目をやりつつジェリアがショウに伝えると、

「・・・何故私に?」

快く引き受けてくれると疑いもしなかったジェリアと時雨は思わぬ返しに驚いた。
「カズキかガゼルにお願いすればいいでしょう?
私がこの一行に加わっているのはアン女王の命によるものです。」
いつもの優しい笑顔は消え、シャリーゼの側近である顔が現れる。
凍りつくような視線を受けた2人は思わず息を呑むと、
「彼に何が起きても、私が関与することはありません。」
言い切るとショウはそのまま立ち上がり外に出ていった。
「・・・・・」
「何?あんた達ってどういう集まりなの?」
ジェリアが呆れた様子で時雨に視線をやる。
言葉を失った時雨が悩んでいると、入れ替わる形で看病役を買って出た男が中に入ってきた。



 「おーここは涼しいなぁ!」
クレイスの横には看病役のガゼルが気持ちよさそうに天を仰いでいた。
適度な速度で移動している車内には定期的に風が入ってくる。
幌も付いているから日差しも入ってこないし底はヴァッツが両手を挙げて持ち上げている為、
高さも確保出来ており砂埃もほぼ入ってこない。
環境にとても満足したガゼルはクレイスの看病がてら自身も上着を脱いで体をぬぐう。
「・・・・・」
意識を取り戻したが、まだ本調子ではないクレイスは不服ながらも無言で体を休めていた。
表情は凄いことになってはいたが。

『おいおい。いつまで暗い表情してるんだよ。可愛いが台無しだぜ?』

そんな軽口を叩いてくるのがいつものガゼルだが今は違う。
涼しさを堪能してはいるものの、かなり頻繁に手ぬぐいを濡らして交換してくれる。
恐らくこのまま静かな時間が続くと思っていたクレイスだが

「クレイス、お前に謝るつもりはねぇ。」

ガゼルがふと口を開き、静かに、語るように発した言葉に、
疲れ果てたクレイスの全身が火をつけられたかのように燃え上がるのを感じた。
その容姿を目に入れたくなかったので瞑っていた双眸を見開き、
強い眼光でガゼルを睨みつけるが、その彼の表情を見て一瞬だけ怒りが静まる。
今まで見てきた山賊の表情とは、何かが違っていた。
ヴァッツが少しだけ話していた戦士の顔だろうか。
厳しくも寂しい表情でクレイスに視線を向けている。
その表情に気後れし、怒りの頂点も過ぎてしまったクレイスは言葉を失ってしまった。
しかし何か言いたい。何か・・・

「お前が僕を襲ったこと?それとも国が滅んだこと?」
考えるのをやめて、心のままに憎しみのみを言葉に変えて返す。
「両方だ。」
それでもガゼルは険しい表情のまま、静かに答える。
「お前の国の事情も、お前自身の事情も知らん。あの時、俺には金が必要だった。
だから『ネ=ウィン』の話に乗った。」
「何が言いたいの?僕を怒らせたいだけなの?」
上体を起こし、語気を強めてガゼルを睨みつける。
「ああ、そうだ。お前は俺への怒りを忘れるな。」
「???」

ただでさえ体も頭もくらくらしているのに怒りと言葉の意味がわからずに意識が遠くなる。
それを感じたのかガゼルが表情を崩して静かに語り出した。
「お前が俺を恨んでいるのはわかっている。だが、俺も俺の信念で動いたんだ。だから・・・」
一呼吸おいてから、
「恨みを晴らしたいのなら決闘でけりをつけよう。」
覚悟を決めた思いを告げる。
「決闘・・・・・」
言葉は知っているが、まさか自分に関係してくるとは思ってもみなかった。
怒りは更に抑えられて不調ながらも冷静な判断力が戻ってくる。
「ああ。お前は恨みを、俺は信念を賭けて勝負だ。真正面から堂々と俺を殺せ。」
そう言い切ったガゼルは、とても清清しい顔でクレイスを見ていた。
だが、

「何それ?決闘を受けたら何もせずに僕に殺されてくれるの??」
俺を殺せという言葉に反応したクレイスはバカにされたと受け取ったのだろう。
顔をゆがませて問いを投げかけると、
「んなわけねーだろ。俺も全力でお前と戦う。だから・・・」
少し考えたそぶりを見せた後、
「お前が俺より強くなったと感じたら決闘を申し込んで来い。その時は受けてやる。」

まただ・・・・・また最後に余計な言葉がくっ付いている。
いよいよ訳がわからなくなり、再び頭が真っ白になる。

この男は何を言っているんだ?

意味を全く汲み取れないクレイスは辛い体を横にして天井を向いて目を瞑ると、
その様子を見たガゼルは無言で手ぬぐいを濡らし、固く絞った後クレイスの脇と内腿に当てる。
さらに首筋、額に冷たさを感じる手ぬぐいがのせられ、
情報でいっぱいになった脳内が急速に冷やされるのを感じていた。

「それは、僕が強くなるまで待ってくれるってこと?」

整理して辛うじて導き出した答えをガゼルにぶつけてみると、
「ああ。お前の判断に任せる。今のままじゃ俺が絶対に勝っちまうからな。」
「・・・・・僕がガゼルに勝てるくらい強くなれなかったら?」
「お前なぁ・・・怒りを忘れるなっていっただろ?」
呆れた表情で横になってるクレイスを覗き込むと、
「お前はまだ若い。それにあのカズキに剣術を教えてもらってるんだろ?
あとは俺に対する怒りを忘れずに修行すれば、あっという間に俺くらい超えるぜ?」
いつもの山賊らしいガゼルがにやけて言い放った。

「・・・・・それまで待ってくれるの?」

「ああ。いつまでも待つ。」

断言するガゼルに、それ以上何かを返すことは出来なかった。

ガゼルより強く・・・か。もちろんだ。
最終目標は『アデルハイド』を取り戻す事なのだから。
ただの口約束だが、宙ぶらりんだった山賊との関係に1つの答えを導き出した事で安堵したクレイスは、
手厚い看病のもと久しぶりに深い眠りについた。



 自分は国の為にクレイスの看病を断った。
それは詭弁だ。よくわかっている。
国の為なら女王の命令通り、彼にも優しく接して自国へ誘うよう事を進めるべきだった。
看病など恩を売る絶好の機会ではないか。

(・・・いつの間にこんな反抗心を持つようになったのだろう。)

『シャリーゼ』で国務に携わっていた時は他の人間との衝突はあれど、
女王の命に背くなど考えられなかった。
国の繁栄が女王と国民の望みでもあったのだ。迷わずまい進していた。
疑問を挟む余地など無かったからだ。全てが上手くいっていた。

だがクレイスを迎えに行った時から歯車が少しずつ食い違い始めたように感じる。

『ネ=ウィン』に利用されかけたクレイスを助けてほしいというのが発端だ。
旧友とやらの頼みから女王の命へと形を変え、それを受けたのがショウなのだが、
利用される為に生まれてきたのでは?というのが出会った時の率直な感想だった。
話から国政にも関わっておらず、自身の体も鍛えてこなかったらしい。
頑強な堅国の王族となると、もう少し何かしらの教養や特技があってもいいはずだ。
料理が特技といえばあるにはあるのだろうが・・・

決定的だったのが『アデルハイド』を取り戻すと口にしたことだ。
身の程を弁えないにもほどがある。
もし彼がしっかりと王族として日々研鑽していれば
国王と王子、兵士が一丸となって凌げていたかもしれないが、
その義務と努力を怠ってきた能無しに今更何が出来ると言うのか。

考え方も生き方もぬるま湯そのものの彼に、どうしても好意を抱く事は出来なかった。
結果としてクレイスに対する嫌悪感こそが初めて芽生えた反抗心を育てる原因となったわけだ。

(女王様になんてご報告すればいいのか・・・)
いつ終わるかわからない旅に連れ出され3人を招き入れるよう命を受けたはいいものの、
今回だけはお叱りを受けてもいいから早く故郷へ、女王様の元へ帰りたい。
この任務は失敗でいい。失敗のほうがいいのだ。
強く思わずにはいられないショウはラクダの鞍上でそのことばかりを考えていた。

「時雨ちゃん。あの子、顔はいいのに性格はいまいちね。
お姉さんとしてきちんと面倒みてあげないとあのまま大人になったら大変よ?」
「いえ、そういった関係ではありませんので・・・」

何やら女性2人が自分の事をうわさしているようだが、せめて聞こえないところでやってほしいものだ。
ちらりと後ろを向いたジェリアと目が合ったのでいつもの『優しい笑顔』を作って見せる。
だがこの案内人、中々見る目があるらしく、
「あの作り笑いもどうかと思うわ!少年らしくないもの!!
時雨ちゃん、あの子は私達で何とかいい男になるよう教育しないと!!」
「い、いえ。だからそういった関係ではありません・・・ああ見えて彼は結構お偉いさんなんですよ?」
「そうなの?じゃあ汚い大人達に毒されてるのね・・・がんばりましょうね!時雨ちゃん!」
笑顔の質は見抜けるのに話し相手の意図は見抜けないのか・・・
2人のおかしなやりとりを耳に拾いながらラクダの歩みに身を任せて北上していくと、

「ん?なんだ?砂が動いたぞ?」

暑さの中で、獣の勘が何かを捉えた。



 「えっ!?!?」
少年への教育論を熱く語っていた案内人が素っ頓狂な声を上げて周囲に視線を向ける。
それと同時にラクダ達も歩みを止め、か細く鳴き始めると散り散りに逃げようとするので、
「こ、これはどうなっているのでしょう?」
時雨が慌ててジェリアに尋ねると、
「ねぇカズキ君!本当に砂が動いたの?!」
こちらもラクダほどではないにしても血相を変えている。
「ああ。間違いない。何だ。何かいるのか?」
その質問に顔色を青ざめることで周囲への答えとして発信する案内人。
「このあたりにはしばらくいなかったのに・・・もし砂が動いたのなら中にいるのは牛サソリよ・・・」

「「「「牛サソリ?」」」」

サソリというのは聞きなれないが牛という生き物はわかる。
4人が同時に声に出し、それぞれが想像していると、
「牛くらい大きなサソリ、昆虫なの。最悪ラクダ1頭を犠牲にして逃げ切るわよ。」
ジェリアが直列に縄を繋いでいたラクダから一番年上のものに目星を付け、
その縄だけを解いて囮に使う準備をし始めるが、
「牛くらいの大きさなら何とかなるんじゃねぇか?」
カズキもラクダを降りると砂地をきゅきゅっと音がするくらい強く踏み込み、
刀を抜いて戦闘態勢を取る。
「何言ってるの!サソリってめちゃくちゃ堅いのよ!
傷つけるのさえ困難で、空腹時には共食いだってする見境なしの生き物なの!!」
ジェリアは案内役として合流している為まだ一行との関わりは浅い。
今までの旅人ならそう言えば一目散に逃げる準備をしてくれていただろうが、

「ほー。面白れぇ。こんなとこに住んでるヤツだ。相当強いとみた。
時雨にショウと、ヴァッツもだ。俺が1人でやるから手出しするなよ?」

火に油を注いだ結果、
しばらく戦いから離れていた戦闘狂が狩りをする獣へと切り替わる。
「ちょっと!?話きいてた??」
ジェリアが焦って語気を強めるが、
「すみませんジェリアさん。彼はああなると中々手が付けられなくて。
私達は少し離れた場所でいつでも逃げれる準備だけしておきましょう。」
「牛サソリか~どんな昆虫だろ?」
カズキとは違い、
純粋に虫を見たい少年は馬車を持ち上げたまま目を輝かせてそれが出てくるのを待っている。
「・・・まぁ、カズキがやられることは早々ないでしょう。
旅の邪魔になるようなら1匹でも多く始末しておくのが得策だとも思いますし。」
砂漠を一番よくしっている人間がこれだけ慌てふためいているにも関わらず、
旅人一行は非常に落ち着いた様子でこれからの出来事を静観する。
「・・・私、間違ってたわ。ショウ君だけじゃない。
時雨ちゃんも含めて、あとでお姉さんが真っ当な生き方を教えてあげるからね!?」
妙な勘違いをしたままいつでも逃げれるよう準備したジェリアが、
声を震わせながら一番遠くでそれが出てくるのを待っていた。

「闇を統べる者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く