闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -それぞれの旅路-

 開いた口が塞がらない。
一同はヴァッツを除いてクンシェオルトという男に畏怖と敬意を抱いた。
いや、今まで抱いていたそれが一層強まったというのが正しいか。

戦い終えたクンシェオルトはもヴァッツの前に跪くと、
「ヴァッツ様。神を始末してまいりました。
これで貴方の大事な方々が危険に晒される事はないでしょう。」
簡潔に報告を済ませる。
「おーそうなんだ!何か最後の方ヤミヲが邪魔してよく見えなかったんだけど。
うん。まぁよかったよかった!」
家畜の餌という言葉に反応し、つい捌くように斬り刻んでしまったのだが、
どうやらその辺りを見られずに済んだようだ。
「『ヤミヲ』様にも感謝いたします。」
様々な意味を込めて彼にも感謝の言葉を送ると、
【気にするな。良いものを見せてもらった礼だ。】
いつもヴァッツの傍にいるというのはわかっているが、
いきなり出てこられるとやはり驚いてしまう。
「ところでお願いって何?」
有り難い事にヴァッツの方から切り出してくれた。
困難を取り除いた後にこちらから話を出すとまるで催促するかのように見えてしまう。
それを避けたかったクンシェオルトは喜びを抑えつつ、
「はい。私を是非、貴方様の配下にしていただけませんか?」

告白された本人はよくわかっていないようだが思いもよらない発言に周りがにわかにざわつく中、
「ちょっと!?クンシェオルト様!?」
いち早く飛びついたのは予想通りハルカだ。
「これハルカ。今私はヴァッツ様とお話しているんだ。邪魔をしないでくれ。」
「いやいや!邪魔とかじゃなくて!!将軍職は?!メイはどうするの?!?!」
短い言葉だが非常に重要な問題を的確に指摘される。
しかし4将という地位に未練はないので残る妹については、
「大丈夫だ。これから国に帰って全てを話す。メイもわかってくれるだろう。」
「・・・・・」
説得を諦めたのか苦虫を嚙み潰したような表情で黙り込むハルカ。

「メイって誰?」
ネ=ウィンの事情などお構いなしに初めて聞く名前に反応すると、
「私の妹です。ヴァッツ様より2つ年上のはず。
今度紹介させていただきますので是非仲良くしていただければと。」
軽い紹介だけに留めるクンシェオルト。
願わくば婚姻関係などを結べたら・・・という下心は今は隠しておく。
「おおー!!そうなんだ!!楽しみがどんどん増えるなぁ!!
あ、あと配下だっけ?それってどうすればいいの?」
何も知らないヴァッツから当然の質問が返ってくるので、
「そうですね・・・立場的には時雨様やリリー様と同じような感じでしょうか。
ただ、時雨様やリリー様はヴァッツ様の祖父様の配下にあたると思われます。
私はそうではなく、ヴァッツ様に直接お仕えしたいのです。」
「へーー・・・・・うん。
よくわかんないけどさっきお願いをきくって約束したもんね。いいよ!」
説明を聞いてもあまりピンと来ていない様子だったが、
時雨やリリーの名前からある程度は察してくれたようだ。
「ありがとうございます!」
快諾を頂いたクンシェオルトは今まで見たことのない満面の笑みを浮かべる。
国と身分を捨ててまで彼の配下になる道を選んだ四将筆頭に後悔の念は微塵も感じられない。
他の面々も心の底から嬉しそうな彼を見て、これ以上その場で口を挟むことはしなかった。



 「それよりも妙だな。神が殺されたのに誰も騒がねぇぞ?」
2人の会話が終わってから気になっていた疑問を口にするカズキ。
ユリアンは肉片と多少の髪の毛が確認は出来るものの、もはや原型はとどめていない。
大聖堂も全壊してしまっているのでそちらの対応に追われているのだろうか?
他に考えられる可能性としては周囲には斬撃で大きく裂けた大地や建物が散見されるので
神を殺したクンシェオルトの力に恐れをなしているか。

「言うほど信心深い訳ではなかった、ということでしょうか?」
ショウも周囲を見渡す。
信者達は怯えている訳でもないが襲い掛かってくる気配もない。
一同を蔑むような視線を送ってくるのみだ。
「ふむ・・・とにかくこれ以上ここに留まるのはよろしくありません。
旅支度を済ませてすぐに出発しましょう。」
時雨が提案し、
小刀を抜いて馬車の方へ走り出すがその姿をみても騎士団すら反抗しようとしない。
それどころか道を開けて退路まで作ってくれる。
あまりにも気持ちが悪い対応に一同は警戒しつつ無言のまま馬車に乗り込むと来た道を戻っていった。



 ヴァッツ達はこの大陸の事は何も知らずにやって来た。
そしていきなりユリアン教からの手厚い歓迎。
そんな今の彼らにまず必要なのは情報である。
港の石壁近くにあった雑貨屋に立ち寄り、この近辺の地図、国の情勢など
聞けるもの、手に入るものを片っ端から入手し次の目的地を考え始めた。

「今いる場所はユリアン公国のほぼ最北に位置します。ここから西と南に進んでも
国内に留まる事になるので、やはり北に向かうべきかと。」
まとめた情報からショウが答えを導き出した。
「私もそれに同意見です。ヴァッツ様。よろしいでしょうか?」
時雨は最終判断を仰ぐため、ヴァッツに問いかける。
「うん!いいよ!船も乗れたし、この新しい大陸?を旅してみたい!!」
周りも特に反対することなく次の目的地が決まったところで、

「では私は一度、国へ帰りますね。」
黙って聞いていたクンシェオルトが自身の旅路を示してきた。
「え!?一緒に行けないの?!」
さすがのヴァッツもこれには驚いて声を出す。
配下になったということでこの先ずっと一緒にいられると思っていたのだろう。
「ええ。私はまだ『ネ=ウィン』の将軍のままです。まずはそれを正式に辞めてきます。」
クンシェオルトは笑顔でそう説明してから、
「ハルカはこのまま彼らと一緒に旅を続けなさい。」
「嫌よ。私の雇い主はナルサス様だもの。一緒に戻ってこの事を全部報告するわ。全部ね!!」
非常に不機嫌なハルカは腕を組み、苦手であるはずのヴァッツを睨みつける。
「これハルカ。私の主にそのような態度を取るのは止めなさい。
ああ、後これだけはお伝えしておこう。クレイス様。」
クンシェオルトは今までのわだかまりを全て忘れたのか、それともない事にしたいのか、
とても敬意ある立ち居振る舞いで声をかけた。
「は、はい。何でしょう。」
立場が変わってしまった将軍にどう接すればいいのかよくわからなくなったクレイスは
輪をかけてよそよそしい態度で返事をする。
「この先、もし何年かかってでも『アデルハイド』を取り戻すというのなら、
貴方自身の力をつける事はもちろんですが、周囲の力も頼りなさい。」
「周囲の力・・・ですか・・・」
クレイスはそれなりに頭の切れる子だとクンシェオルトは思っている。
今はわからなくてもいずれ理解が追い付くだろうとこの助言を送ったのだ。
「それと、もし元凶を絶ちたいと思われるのでしたら、皇子ナルサス様を討ちなさい。
彼がアデルハイドを襲わせた張本人です。」
更にさらりと重要な情報を教えてきたので1人を除いて目が点になる。
「クンシェオルト様!!!!」
黙って聞いていたハルカが血相を変えて話に割って入るが、
「ハルカは少し落ち着きを覚えなさい。もういい年ごろの女の子なのだから。」
相変わらず子供を諭すように静かに答え、
その怒り狂って湯気の出そうな頭を撫でて落ち着かせようとしていた。
「ううう・・・・でも!!」
「良いのだ。責任は私が全て取る。それに知っているだろう?
私が夜襲などという姑息な手を最も嫌うものだと。」
あれだけの強さを誇るクンシェオルトが断言するので何も言い返せなくなるハルカ。
「その・・・将軍、いえ、クンシェオルト様。ありがとうございます。」
クレイスは頭を下げて、その情報と助言と覚悟に心から感謝の意を述べる。
彼のヴァッツに仕えたいという気持ちと心意気に一点の曇りがない物だと感じた彼は、
もはや敵対国の将軍という考えは消えていた。だが、
「初めて名前で呼んでいただけましたね。」
ヴァッツに向ける物と遜色ない、透き通った彼の笑顔は、
後ろめたさの残るクレイスには眩しすぎて思わず目を逸らした。



港に入る大門の前で見送られる中、
「ガゼル。」
彼が最後に名前を呼んだのは意外な人物だった。
「んだよ?」
最後まで御者を引き受けていた中年にクンシェオルトは懐から皮袋を取り出して小窓越しに渡す。
受け取ったガゼルはすぐにそれが何かに気が付いて、
「・・・これは?」
「御者の給金だ。取っておけ。」
「ちっ。俺の仕事は安くねぇんだ・ぞ・・・ぃ・いただきます。」
愚痴から始まったと思ったら謙虚に礼を言っている。
想像以上の量が入っていたのだろう。
「そういえば大将が言ってたヴァッツの力にすがるってのはこういう事か?」
門の前に馬車を止めて気になっていた話を尋ねると、
「ああ。彼の力で争いの無い国を作ってもらいたい。」
本当に戦闘国家の人間なのかと疑いたくなる発言に、
「クンシェオルト様、一体どうしちゃったの?」
同じ馬車内にいたハルカも先程の怒りを忘れて心配そうに尋ねてくる。
だがガゼルはその野望を前向きにとらえたようで、
「争いの無い国か・・・そうだな。そんな国があればいいだろうな。」
「誰も戦わずに、誰からも殺される心配のない国だ。
そこなら私の妹も、その先の子孫も安心して暮らせる・・・そうは思わないか?」
あれだけ力を持つ彼なら他人にすがらずとも自身の力で成し得る事も可能な気はするが、
多種多様な考えを持つ様々な国が在る中でそれを確立させるには
破格の力を持つ物が必要だと考えたのだろう。
「いくらヴァッツが強いっつっても流石に国まで守れるか?」
恐らくクンシェオルトは彼を国王に仕立てて、その庇護下で人生を送りたい、送らせたのだ。
国という枠組みに裏切られたガゼルからしてもその提案は夢のようで魅力が有り余る。
叶うのなら是非この目で見てみたい。
「ヴァッツ様の力は未だ底が知れん。
だからこそ私は全てを賭けてでもやる価値はあると判断した。」
言い切った後、馬車から降りてきて自ら御者席に座る4将筆頭。
「私が戻るまでヴァッツ様を頼んだぞ。」
「・・・・・ああ。」
交わした言葉は少なかったが、
最後の最後で己の野望を唱えたクンシェオルトにガゼルは力強く答えると、
ネ=ウィンの馬車に背を向け、ヴァッツ達の待つ馬車に戻って行った。





 「いやー。まさか半日でここに戻ってくるとはな。」
船乗りがご機嫌で甲板を行き来している。
クンシェオルトとハルカはあれからすぐに『シアヌーク』行きの船に乗った。
「野暮用を残していたのでね。」
心なしか、すこし疲れた顔のクンツァイトが船長に答えると、
「まぁこちらとしては貰えるもん貰えたらなんでもいいんだがな。がはははは」
行きもかなりの賃金を貰っていたらしい。笑いもこみ上げてくるだろう。
「ははは。さて、では私はすこし休ませてもらうよ。」
そういってクンシェオルトは1人、客室へと戻っていった。

夜になり、食事もほどほどに彼は客室に戻るとまたすぐ横になる。
「クンシェオルト様。大丈夫?」
「・・・何がだ?」
寝具の上座にある椅子にいつの間にか腰をかけ、心配そうに様子を覗き込んでいるハルカがいた。
「だってあの時使っていた力、クンシェオルト様の特別な力だったんでしょ?
相当体に負担があったんじゃない?」
そう言われて黙り込んでしまうクンシェオルト。
少女といえど神童と呼ばれた暗殺者は異能の力の本質を見抜いてしまうのか。
「沈黙が答えになってるわよ。」
ジト目で覗き込んでくるハルカの顔を手で押しのけて
「お前も早く休め。」
それだけ言って彼は目を閉じた。


『言っただろう?お前は家畜の餌にするとな?」』


ふと、あの忌々しい声が脳裏に響き飛び起きる。
「ちょ!?どうしたの!?」
慌てて体を起こし辺りを見渡すクンシェオルトにハルカが驚いて声をかける。

「・・・い、いや。すこし悪い夢を見たようだ。」
汗まみれの彼をみて、ハルカはいつの間にか用意していた手桶に手ぬぐいを浸し、
きつく絞ってそれを渡す。
無言でそれを受け取り汗をぬぐうと
「・・・すまないな。」
疲れのせいか普段みせない陰りのある笑顔と感謝の言葉を受けて、
余計に心配になるハルカ。
「・・・なぁハルカ。もし私に何かあれば、メイを、妹を頼む。」
「!?縁起でもないこと言わないで!!」
冷やして絞った手ぬぐいを額にびたんと叩きつけるように置き、ハルカが睨みこんで来た。
そんな彼女を見て安心したのか、クンシェオルトは目を閉じて眠りにつく。

その夜ハルカは、うなされる彼を一晩中見守り続けた。




ヴァッツ達が去った後、周辺ではユリアンだった肉片や髪の毛を信者らが拾い集め、
全壊した大聖堂だった場所にある祈りの祭壇に運んできた。
そこに彼の妾だった少年少女らが石像だった欠片を持って集まって来ると、
1人1人順番に、その肉片の上へ積み上げていく。
全員の分が積み終わり、まるで砂場の山のようになった状態になった後、
腰巻を用意していた少女がその前まで歩いていった。
周囲にはレナクにいる全ての信者が集まり、そこに手を合わせ祈りをささげている。

「準備は整った。」

大司祭と呼ばれる老人がそう言うと
少女は短剣を自らの胸に刺し、ユリアンの欠片と肉片の山に覆いかぶさるように倒れ、息絶える。
すると一瞬で絶命した彼女の体からは白い湯気のような物がどんどん湧いて出てきた。

「予言通り。ユリアン様は敗れ去られた。そして予言通り、我らは復活の儀を果たした。
これから予言通り、毎日祈りを捧げれば、神は1年と経たずにこの場に再降臨されるであろう。」

大司祭の発言により、周囲は歓喜の声で溢れかえる。

これがまだユリアン教の奇跡の1つであることを、外部の人間は知る由もなかった。

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