闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -闇の血族-

 一瞬誰が言ったのかわからなかった。
一緒に旅を続けていた中でそんな言葉を使う人間はガゼルとカズキ、後は怒った時のリリーくらいか。
だがその声の主はいつも優しい口調で、威厳と敬意あふれる言葉を選ぶ人物のものだった。

クレイスの隣から『ネ=ウィン』の四将軍筆頭であるクンシェオルトが
歩みを進めてヴァッツとユリアンに近づいていく。

「ほう?今の言葉はこの私に言ったのかね?」
ユリアンの薄ら笑いに心なしか陰湿さが宿り始めたように感じる。
「ああ。貴様に言ったんだ。ド変態野郎のほうがわかりやすいか?」
普段のクンシェオルトからは想像もつかない言葉で相手への罵声が続き、
更に歩を進めて自身の本音も話し始める。
「本当はヴァッツ様のお力で信者ら全員が闇に消える所をもう一度この目で確認したかったんだが気が変わった。
貴様だけは私がこの手で殺す。」
そしてヴァッツの隣に歩いてきた彼は恭しく跪き、
「ヴァッツ様。このゴミは私めが処理します。そして・・・
それが終わったら私の願いを1つ、聞き届けていただけませんか?」
いつものクンシェオルトが初めて出会ったとき以上に敬意を払い、ヴァッツに頭を下げた。
「うん?何かお願い?オレに出来る事?」
「はい。世界で貴方にしか出来ない事です。」
ヴァッツにしか出来ない事・・・一体何を願うというのだろう?
「わかった!でも・・・あの人と戦っちゃうの?」
ここにきて純粋さが仇となり、ユリアンに情けをかけるような発言をするヴァッツ。
「大丈夫。彼は『神』だそうなので。人を殺す訳ではありません。」
何とも無理矢理な詭弁で押し通そうとするクンシェオルト。だが
「うーん・・・」
良い返事は返ってこない。なので、
「今ここであの邪神を討たねば後々時雨様やクレイス様、ショウ様にまで危害が及ぶ事になります。」
悩んでいるヴァッツに今度はわかりやすく目の前まで迫っている危機を伝えると、
「・・・わかったよ。クンシェオルトがそう言うんだったら信じる。」
「ありがとうございます。」
厚い信頼の言葉を賜り、より低く跪いて謝意を表す4将筆頭。

「話は済んだようだな?」
静かにやり取りを見守っていたユリアンは怒りからか、額に太い青筋を浮きだたせながら、
「神をゴミ扱いとは・・・よかろう。お前は嬲り殺した後、家畜の餌にでもしてやる。」
ユリアンが握りこぶしを作り静かに構えた。
対してクンシェオルトはヴァッツに、
「クレイス様達と一緒に扉の前までお下がりください。」
と促し、腰の細い剣をすらりと抜いて対峙する。



 「まさか四将様の戦いを見れるとはなぁ・・・」
1人、腕を組み感嘆の声をもらしつつ2人の戦いに胸を弾ませるカズキに、
「・・・皇子の命令を破ってまで・・・何考えてるのよ・・・」
その姿を見つめながらハルカだけは焦りをみせている。 
「何ですか?その命令というのは?」
気になって隣にいた時雨が尋ねると少し悩む素振りをみせて、
「・・・クンシェオルト様のお力は『ネ=ウィン』のものだから、
皇族の意向なく使う事は禁止されてるの。」
「なんだそりゃ?黙ってりゃばれないだろ?」
不思議に思ったがセルも口を挟み、カズキもクレイスも同意して頷くが、
「・・・本気さえ出さなければね・・・」
心配そうにそうつぶやくと後は黙り込んでしまった。



 「どれ。その大口が身の丈にあっていたかどうか調べてやろう。」
余裕をみせているユリアンが軽口をたたくとクンシェオルトが一呼吸おいてから細剣を振る。。
とてつもない速さで繰り出された剣戟はピィッっと空気を裂く高音と共にユリアンの首元を襲うが、
「「あ…」」
その戦いを見物していた二人の少年が思わず同時に声を漏らす。
ジャリーゼでみた光景。そう、ヴァッツが切っ先を摘まんだ光景が再現されていた。

クンシェオルトは『ネ=ウィン』の四将筆頭だ。カズキの振るう剣とは格が違う。
そんな彼の切っ先を摘まんで止めるユリアンという男。
「ふむ。なかなかの剣だ。しかしその程度では神に傷をつけることは出来んぞ。」
邪悪な笑みを浮かべつつ静かにそう語ると、
どしんっ!と地鳴りのような踏み込みから空いている右手で拳を打ち出す。
クンシェオルトの腹部を狙った攻撃は、
摘ままれていた細剣を引き抜き、拳にあわせて柄で打ち返す。
その固い鋼鉄の柄を拳で受けたにも関わらず平然と次の打撃を繰り出すユリアン。
それに合わせて攻撃してくる拳と足に剣戟を放つが、
僅かに傷が入る程度で致命傷には至らない。とんでもなく硬い手足ということだろうか。

「圧されてるな・・・」

カズキが戦況を見てふと言葉を漏らす。
「そ、そうなの?」
速すぎる攻防にあまり状況が読めていないクレイスが焦りながら質問する。
敵国の将軍とはいえ今だけはクンシェオルトの味方だ。
むしろこの宗教は是が非でも滅ぼしてほしい。
自身の貞操が危ういクレイスはそう心から願っている。
「いや・・・違うか?あいつ本気を出してないのか?」
(あいつというのはどっちだろう?)
戦う事に関しては彼に聞くのが一番だ。しかしどうも考えがまとまっていない様子。
「ふむ。あの程度なら私にも出来ますからね。様子を探っておられるのでは?」
ショウも不思議に感じたのかそんな事を口走るが、
クレイスには剣を持つ右手の輪郭を捉える事は出来ていない。
ユリアンの手足も動きが速過ぎて何が何だかさっぱりだ。

がきんっ!!

まるで鋼鉄同士が激しく打ち合ったような音が響くとクンシェオルトは後ろに飛んで大きく距離を取った。
ユリアンの蹴りに剣戟を合わせたようだが、威力で打ち負けた形となったらしい。
仕切り直しの空間が生まれると少しがっかりした様子を見せつけながら、
「おいおい。口先だけにも程があるぞ。本当にそれが実力か?」
挑発する意味も込めてユリアンが双方の掌を空に向けている。
対するクンシェオルトは額にうっすらと汗を浮かべると、

「ふむ。やはり本気で闘らないと首は取れんか・・・」

強がりにも聞こえる、ため息のような一言が周囲の耳に届いてきた。



 「フフフ。ハッハッハ!!何だそれは!!虚言にしても苦しいぞ?!」
ユリアンはその言葉を聞いて大笑いしている。
今まで自分が圧していたのだ。そこで対峙している者からこの発言。
おかしく思うのも無理はない。

「なるほど。手を抜いてたわけじゃなかったのか。」
カズキの受け取り方は真逆で、彼の発言を受けて大いに納得している。
「手を抜く?」
言われた意味がよくわからなくてそのまま聞き返すクレイスに、
「ああ。あの程度なら俺でも互角かそれ以上に戦えるくらいの相手のはずだ。
ユリアンは強いがあそこまで圧されるかなぁと不思議だったんだ。」
その発言が聞こえたのかユリアンがじろりとカズキを睨みつけると、
「これが終わったらお前を血祭りにあげてやろうか?」
「お前の命が残ってたら相手してやるよ。ほら、今は目の前の敵から気をそらすな。」
カズキは軽く流すように手で払うしぐさを向ける。
それらの態度がかなり頭にきたようでそのままカズキに襲い掛かりそうになるも、
笑い飛ばしていた相手の雰囲気が変わったことに気が付き向き直る。

クンシェオルトは先ほどまではなかった黒い炎のような物を身に纏い、
双眸は白目と黒目の部分が逆になる・・・これはまるで・・・

(ヴァッツみたいだ・・・)

『ヤミヲ』が現れている時と同じような現象が彼にも起こり始めた。
「何だあいつ?!あいつも『ヤミヲ』を使えるのか?!」
ガゼルが驚いて声を上げると、
【あのような紛い物と私を同列にするな。】
いつの間にかヴァッツの片目が黒い霧に覆われていた。
「じゃああのクンシェオルトの変化はなんだってんだ?」
興奮気味にカズキがヴァッツに詰め寄ってくるが、
「あれは『闇の血族』の力よ・・・」
その答えは意外にもハルカの口から放たれた。

「なるほど。その肌の色はそういう事だったのか。」
どうやらユリアンもその力を知っているようで頷いて納得している。
一方、異能の力を解放したクンシェオルトは、
「ヴァッツ様、『ヤミヲ』様、いざという時は皆をお守り下さい。」
・・・???
(どういう意味だろう?)
クレイスを含め、ハルカですらよくわかっていない表情を浮かべていたが、
【よかろう。存分に戦うがよい。】
何故か『ヤミヲ』さんには通じたようで、
その返事を聞いて安心した4将筆頭はユリアンに向かって細剣を振った。



 仕切り直すほどの距離が開いていたにも関わらず、ユリアンは慌てて体を捻る。
袈裟懸けに近い剣閃だったものは大聖堂の壁に大きな亀裂を作り、
建物自体が小刻みに震えだした。
しかしそんな事などお構いなしにクンシェオルトは追撃を放とうとする。
今度は腕を十字に組んで防御姿勢を取るが、
その斬撃により今までになかった流血が飛沫となって現れた。
と、同時にまたも大聖堂に大きな斬撃痕が走り、更に建物が大きな音を立て始める。

ずずず・・・ずず・・・ごごごごごご・・・・!!

2人の動きがよくわからなかったクレイスでもこの状況は理解出来る。
(大聖堂が今にも崩れ落ちそうだ・・・逃げなきゃ?!)
【案ずるな。その為に私がいるのだ。】
隣にいたヤミヲが優しくそう言ったのが周りにも聞こえたのだろう。
4将筆頭の本当の戦いは今始まったばかりだ。
一行は様々な思いを胸にその戦いを見届ける選択を選んだ。



 一撃で腕に傷を負ったユリアンは更なる追撃を避ける為そのまま前に踏み込む。
こちらも先程までと違い本気になったのか、踏み込みの強さで石畳の床が割れるほどだ。
近距離で考えると無手のユリアンに分があるのは間違いない。
なので細剣を持つクンシェオルトはその動きを何とかして阻止するように仕向けるはずだが・・・
何の抵抗も行動もしなかった。
一瞬で距離を詰められそのまま拳が放たれる。
躱すか受けるにしても速い、間に合うとも思えない。

めきゃっ!!!

更にこちらから距離を潰し、懐深く入り込んだクンシェオルトが整ったユリアンの顔に頭突きを食らわせた。
お互いが全力で前に出た為その威力は大いに相乗効果を生み、
無防備だった顔面に固い額を打ちつけられた神は大聖堂の壁を突き抜けて更に後方まで飛んでいった。
その衝撃が最後の呼び水となり一気に崩壊する大聖堂。
「うわぁぁあ!!!」
「ひえぇぇぇ!!!」
戦いを遠巻きに見守っていた信者達は慌てて避難しようとするが、何人もがその崩落の下敷きになっていく。

「・・・・・あれ?」
一瞬視界が真っ暗になった。
そして気が付けば大量の鼻血を出してふらついているユリアンに
追撃をかけるクンシェオルトの姿が眼前に広がる。
小高い丘から少し下った、木々の手前に一同が移動させられていた。
間違いなく『ヤミヲ』の力によるものだろうが、今は2人の戦いの行方に意識を向ける。
細剣を振り下ろす度に遠方の建物や地面に激しい斬撃が走った。
ユリアンは無手の為どうしても間合いの差が不利に働く。
隙を見ては距離を詰めるがクンシェオルトは近接戦もしっかりとこなす。
お互いの拳同士がぶつかり合うも力負けするユリアンが体勢を崩し、
そこに剣戟が叩きこまれ、彼の体はみるみるうちに血に染まっていった。
「神の血も赤いんだな。」
先程までと打って変わって涼しい顔で呟くクンシェオルト。
ユリアンは汗と流血、更に肩で息をしていて余裕は全く感じられない。
「・・・・・」
見ているクレイス達もあっけにとられて、
その威風堂々とした戦いから神はクンシェオルトの方なのではないかと錯覚するくらいだ。

「人間風情が・・・舐めた口を聞きおって!!」
見た目より年寄り口調になっているユリアンが激昂し、拳を作って前に出た。
かなり遠い間合いに見えるがそれでもクンシェオルトは細剣を振るう。
彼の体を襲う斬撃に無理矢理拳で打ち返す選択をする。
その度に血飛沫が舞うのはすでに力関係がはっきりとしているからだろう。
いや、それだけ鋭い斬撃を
流血程度で弾き返している肉体を持つユリアンの方が優れているという見方も出来るのか。
血ダルマになりながら距離を詰めて、近接戦になっても弾き返される。
距離が離れれば速く鋭い斬撃が周囲を巻き込んで走り抜ける。
【そろそろ佳境か。】
不意に『ヤミヲ』が言葉を発した。

3度目の突貫でユリアンが距離を潰し、懐に入っていく途中。
今までとは違うクンシェオルトの乱れ飛ぶ斬撃が神の右拳に集中して降り注いだ。

ざしゅっ!!!

不気味な音と共に傷だらけの右手が中空に舞って地面に落ちる。
刹那、クンシェオルトが更に無数の斬撃を作り上げた。
ユリアンは自分の拳が無くなった事に気が付いていないのか、
今までのように両手を使ってそれらを弾き返そうと突きを繰り出すが、
止めを刺しに行ってる4将筆頭の剣は既に拳で対応出来る物ではない。

ざしゅっ!!ざしゅっ!!

激しい斬撃音と共にユリアンの左手、肉片、耳や皮膚が血飛沫と共に辺り一帯に散らばっていく。
二の腕の先が斬り削られ両手での攻防が不可能になると、
今度は両足に細剣を走らせるクンシェオルト。
瞬きすら許されない猛攻に成す術も無くなったユリアンは遂に立つ足すら失って地面に倒れた。



 「何か言い残す事はあるか?」
4将筆頭が地面に伏せるユリアンに問いかける。
「この痛みと屈辱、忘れんからな?」
それを聞き届けると頭と首を十文字に斬りつけ、更に胸、腹部と家畜を捌くように斬り分ける。

しばらく見届けて動かなくなったのを確認すると、
細剣を軽く振り懐にあった羊皮紙で血と脂を拭ってから腰の鞘に納める。

神をも滅ぼした四将筆頭の男はその骸に一瞥をくれることもなく、
振り返ってヴァッツの元へ歩き出した。

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