闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -孤高-

 「陛下。『リングストン』の部隊が攻め入って来ております。」
娘との食事の最中に、急報としてそのような内容が入ってくる。
前回の侵略から1か月弱。あまりにも早い動きに流石のスラヴォフィルも困惑した。
この報告は国境を越えてきてすぐに届いたものだ。
城にたどり着くまでまだ時間はある。まずは迎撃準備を行うよう指示を出し、
「規模はわかるか?」
「はい。およど500ほど。」
「・・・何??」
聞き間違えたか?と思い再び聞き返す。
「500ほどです。間違いありません。空からも確認済みです。」
「・・・・・わかった。」
500という寡兵にも関わらず歩兵と混成というのも気になるが、
相手の位置とその時の日時を再確認し、城の範囲内に到着するであろう日を逆算する。
念の為、対奇襲用の人員も配備し、
明後日以降衝突するであろうと予測を立てた王は決戦へ備えるよう自軍へ伝令を出すと、
「お父様。これが仰っていた『リングストン』の動きですか?」
隣にいたイルフォシアが不思議な顔で尋ねる。
それもそのはず。あまりにも規模が小さすぎる。
前回成すすべもなく惨敗し、間も開けずのにやってきた第二陣の兵力はその惨敗時の200分の1だ。
よほどの秘策があるのか精鋭なのか・・・
「いや。ワシの読みが外れた。これは城を落とす為に来たのではない。」
最前線で40年以上戦い続けてきたスラヴォフィルにはわかる。
これらは決死隊だ。

『リングストン』という独裁国家は、その構造上自国に不利な出来事は全てなかったことにする場合がままある。

外の国からはそれを『粛清』と言う。

国に残る事も、国外に逃げる事もしなかった兵士が死に場所を求めてやってきているのだろう。
こうなると相手にする方も気を抜けない。
窮鼠猫を噛むという言葉があるように、死を恐れない兵は時に想像を超える戦果をあげるものだ。

今の『リングストン』王は残虐の絶対王と畏怖されるネヴラディンと
副王にして大将軍ラカンの2人が非常に強大な権力を握っている。
先の『アデルハイド』侵攻失敗はすでに本国へ通達が行っているだろう。
となれば、粛清対象は速やかに処刑される可能性が高い。
それを避けるために亡命を選択するというのが一般的ではあるが・・・

「ハイジブラムを侮っていたな。
あの男なら多少のお咎めはあっても将軍としての地位は残るはずだが・・・」
故にそのような凶行には出ないと踏んでいたのだ。
ため息まじりに喜色満面な娘に話す父王。
「だったらその将軍を討ち取れば私もお城に帰れるんですね?」
父の悩みなど全く気にせず、早く帰って姉に会いたいという空気を前面に押し出す愛娘。
「まぁそういうことだ。恐らく明後日あたりが決戦日となる。
お前が派手に動くことはないだろうが、見届ける役だけはしっかり務めてくれ。」
「見届ける??」
父の言った意味がよくわからなかったイルフォシアがきょとんと小首をかしげる。
そんな無邪気な仕草を見て表情を崩したスラヴォフィルは頭を優しく撫でて、
「その日になればわかる。今はゆっくり休め。
それから城に帰ってアルヴィーヌに孫を紹介する事を伝えておくれ。」
しっかりと口に出して自身の家族の事を話した父に喜びを抑えきれないイルフォシアは、
思わず飛びついて抱き着き、来るべき相対する日に心を躍らせるのであった。



 翌日に城が見える所まで進軍してきたリングストン軍は、
先触れをアデルハイドに送った後、そこで1泊し体と心をゆっくりと休ませた。
決戦の日時を指定されたアデルハイドはそれを了承、
次の日の朝には、士気が溢れ返りそうな精鋭500が、
城の前に陣とも呼べない隊列を組んで城に決死の視線を注いでいる。

準備を待っていたのか銅鑼の音が城から鳴り響くと、
城門が開き、同じく500の兵を率いて赤い衣装を身に纏った白髪初老の男を先頭に出陣してきた。
互いの騎兵、歩兵その全てが地面を歩いている。
城壁には前回手痛い目にあわされた魔術師や空を飛ぶ兵士らが、
身も凍る殺意を飛ばして戦いの行方を見守っていた。

『アデルハイド』側の部隊も小さな陣形を整えると先頭にいた部隊の長が各々口を開いた。
「ワシがこの城を守る将軍じゃ。貴様がハイジヴラムか?」
「うむ。まずは此度の戦い、条件を飲んでくれた事。感謝いたす。」
馬上でお互いが言葉を交わしハイジヴラムは軽く会釈する。
相変わらず大きな体躯で騎乗している馬がどうしても小さく見えてしまう。
更に無口で有名なわりには非常に饒舌だ。
「良い。ワシらとて虐殺を楽しむつもりはない。
同じ武人として、貴様らの魂をここで解き放つ手伝いをしてやろう。」
非常に傲慢で見下すかのような発言だが前回の戦果でお互いの立場をはっきりとさせている。
特に腹を立てる様子もないハイジブラムは、
「よろしく頼む。あと貴殿の名前を教えていただきたい。
貴殿ほどの力を持った武将が我らの耳に届いていないのが非常に不思議だった。」
「ふむ・・・よかろう。ワシはスラヴォフィルという。」
「!?!?」
その名前は周囲の『リングストン』兵にも聞こえたのか、驚きで若干士気が取り乱される。
対峙していたハイジブラムももちろん例外ではない。
「あの・・・『羅刹』と呼ばれた『孤高』の1人か?何故今になって軍を率いておられる?」
決死の戦の前だが、伝説に近い人物を目前に質問せずにはいられなかった。
「お主が勝てたら教えてやってもよいぞ?」
初老に近いはずのスラヴォフィルだが全く負ける気はないらしい。
口ひげがにやりと笑みを現した事でハイジブラムも心に猛烈な戦意を熾し、
自慢の、常人からすれば大剣とも見て取れる長剣を片手で軽々と抜く。
対するスラヴォフィルも背中に担いでいた斧とも錨ともとれる非常に重量がある武器を、
こちらも片手で軽々と外し構えに移る。


500対500の決死の対決。


本来戦力的に勝っている『アデルハイド』側はこの条件を飲む必要は全くない。
しかし王の命令によりこの戦場が設けられた。
彼らは自国で粛清されるのを待つくらいなら、
戦場で死を覚悟して戦い、誇りをもって散っていきたいのだ。
不退転の心構えに対し『アデルハイド』の精鋭に命を賭ける理由はない。
つけ入るならそこだ。そこに勝機がある。

対峙してしばらくすると、何の前触れもなく銅鑼が鳴り響く。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「どおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああああああ!!!!!!!!」

お互い先頭にいた将軍の鬨の声と共に、後続も張り裂けんばかりの怒声を上げ、それに続く。
スラヴォフィルも相当大柄だがハイジヴラムには叶わない。
手にする武器の間合いを考慮しても先に切っ先が届くのはハイジヴラムだ。
挨拶代わり、だが全身全霊の力を込めた長剣の一撃をスラヴォフィルは交わすことなく受け止め、
そして、
「ぬうううううりゃあ!!!」
力で押し返し、今度はその大斧で反撃をする。
ハイジブラムの左手には大楯がある。それに応えるようにかわすことなく受け止めるが、
「うおおおおおっ!?」
鋼鉄製の大楯に大きな傷が入り、体勢も大きく崩される。
間髪入れず第二刃が飛んでくるのを体勢を直しつつ長剣を放ち、何とか相殺しようと試みる。

がきいいいいいん!!!

激しい剣戟音が鳴り響き、一瞬炎かと見紛うような火花が散った。
お互いが当たれば絶命必死な攻撃。

そんな豪将同士の戦いに目もくれず、周囲も勇猛に戦い、倒れていく。
更に2人に近づきすぎた兵士が、その剣戟に巻き込まれ無残にも手足、胴すら吹っ飛んでいく。
10万の兵を率いてきた時にこの条件でぶつかり合う事が出来ていれば
勝敗は逆になっていたかもしれない。
『リングストン』の精鋭達の戦いぶりはそう思わせる物があった。
何十合とも繰り返されるハイジブラムとスラヴォフィルの、
周囲が関与することを許されない一騎打ち。
だがスラヴォフィルの攻撃により大楯が見るも無残な形に変わってきて、
長剣と大斧とのぶつかり合いの後ハイジヴラムが大きく体勢を崩し始めた頃、
全体の戦況もそれに似た様相を呈してきた。

『リングストン』の兵士はどんどん倒れていき、
『アデルハイド』の精鋭は多少の手傷は負っているもののその勢いに衰えは全く感じられない。
中央で対峙していた将軍同士の対決もいよいよ佳境へと向かっている。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
使い物にならなくなった大楯を捨てて長剣を振りかざすハイジブラムの鎧は
大斧の斬撃を受けて所々形がいびつになり流血も目立つ。
「流石じゃハイジヴラム!!」
初老とは思えないスラヴォフィルは目を爛々と輝かせ、大斧を打ちつける。
元々来ている衣服が赤い為、彼の傷や出血を見て取るのは難しい。
だがその士気、闘気は全く衰えておらず、『羅刹』の名に恥じぬ形相でハイジブラムに攻撃を続ける。

がきいいいいいん!!!

何度目かの激しい衝突音、
それによって大きく体勢を崩したハイジブラムの胸に目掛けて渾身の一撃を放つスラヴォフィル。

「どおおおおおおりゃああああああ~~!!!!!」

どきゃっ!!!   めりめりめり!!!

止めと決めた全身全霊の攻撃を怒号と共に叩き込まれると、
かなり厚い鎧が激しくへこみ、ハイジヴラムは馬上から吹っ飛んだ。
どしゃっと大の字で仰向けに倒れてしまうも、右手の剣はまだしっかり握りしめられている。

その様子を見てスラヴォフィルも馬を降り、
大斧を下げたまま動かなくなった将軍に近づいていく。
「驚いたな。まだ息があるのか。」
虫の息と言った状態だが、胸の上下運動を確認して呆れた声を出す。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・つ、強いな・・・さすが・・・『羅刹』・・・」
「しかもまだ話せるのか。ワシも年老いたかのう。」
鎧の上からとはいえ、相手を絶対に殺すという確固たる決意と殺意を乗せた一撃。
それを凌がれた事に軽い驚き、いや、悲しみを漂わせている。
自身への老いを痛感しているのだろう。
顎鬚をさわりながら倒れているハイジヴラムを無言で見下ろすと、
「何か言い残す事はあるか?」
静かにそう尋ねるスラヴォフィルに
「・・・最後の相手が貴方でよかった。」
そう漏らすと横たわったまま片手で兜を外し、素顔を見せたハイジヴラムは
誇らしい笑みをこぼすとそのまま目を静かに閉じる。

気がつけば周囲のリングストン兵500人も全員が散っていた。





 「見届けました。何だかんだで圧勝でしたね。では帰ります。」
横わたるハイジヴラムの傍に立っていた父の元に舞い降りて短くそう告げると
再度上昇しようとする。しかしスラヴォフィルはその手を素早く掴み、
「待て待て待て!これからが大事な所じゃ!」
「大事って・・・もうあとは戦後処理でしょう?私は手伝いませんよ?」
白い目で周囲を見渡しながらそう告げるも、
何かを感じたのか翼を消して地面に降りる。
「・・・・・手を抜かれましたね?」
「人聞きの悪い。捕虜にしただけじゃ。」
戦場に倒れているのは全て『リングストン』兵だった。しかも全員息がある。
それに比べて『トリスト』の精鋭は多少の傷を負った物がいるものの皆軽傷だ。

びんっ!!!

刹那、弦を弾く音が耳に届く。しかし2人は慌てる事無くその方向に顔を向けると、
スラヴォフィルが飛んできた矢を左手でつかみ取った。
「ほら御覧なさい。下手な事をするからこういう危険が残るのです。」
「まぁまてと言っておろう。・・・ん?」
その矢を放った方に視線を送り、スラヴォフィルが近づいていく。
「これは驚いた。まさか貴様まで参加しておったとは。」
倒れながらもこっそりと仕込んだ短弓を握りしめていたのは副王ファイケルヴィだ。
「・・・友を残して逃げるのも、面白くないのでな。」
恐らくハイジヴラムの事を言っているのだろう。
彼がそれほど腕のある戦士だとは思えない。こちらの手心がなければ死んでいたはずだ。
太った体に大きめの鎧を無理矢理詰め込んだような容姿の副王は、
運動不足からか手傷のせいか肩を揺らして息をしている。
「予想以上の手駒が手に入ったのう。よし!!全員の武装を外し城内に運びこめ!!」
スラヴォフィルがそう言うと城から出てきていた兵士達が一斉に走り出し、
500近い敵兵をあっという間に城内へ運んでいった。





 「・・・・・」
見たことのない天井が目に入ってきた。
自慢の鎧は全て剥がれ、それでも体が重くて動かないのは怪我のせいだろうか。
厚めの寝具が胸元に乗せるようにかけてあり、大きな窓が少し開けてあるので風が入ってきている。
「あら?お目覚めのようですね。」
鈴の音のような、それでいて幼さの残る声がかけられ、顔と目だけを動かしてみると、
寝具の横に2人の少女が腰かけてこちらを見つめていた。
1人は長い金髪に切れ長の目、少し露出の高い青色の衣装を身に纏っている。
(どこかで見たような・・・)
スラヴォフィルとの戦いに敗れ、止めを刺されんとしていた時の記憶がおぼろげに蘇る。
しかしもう1人の方は全く記憶にない。
同じような露出の高い赤色の衣装を着ているが、
赤みがかった短い黒髪はややくせ毛なのか金髪の少女のような艶やかさはなく、
前髪も目元が隠れるまで伸びていて表情がよくわからない。
ただ、2人が只者ではないものだけは何となく感じ取れた。
更に今いるこの部屋だ。
仰向けで寝ている為全てを見たわけではないが、
端々に光る細工は自城でも見たことがないほど荘厳な造りとなっている。

(・・・これが死後の世界か・・・)
他に疑う余地はなかった。
あれだけ激しい戦闘の中でも大した手傷を負わす事も出来なかった相手。
『孤高』の一撃によって自分は葬られたのだろう。

しかし1つだけ納得がいっていない事がある。

「・・・まさか死んだ後も傷が残っているとは。」
若干不満のある声で呟くと、2人の少女が互いの顔を見合わせる。
それから金髪の少女が代表する形で口を開き、
「貴方は生きています。スラヴォフィルが貴方に私達の世話役をお願いしたいとの事です。
返事は怪我がもう少し治ってからでも構わないので、今はゆっくり休んでくださいね。」

疲れた体と頭の中に訳の分からない文章が流れ込んでくる。
その一つも理解出来ないままハイジヴラムは、
(ああ・・・こんな時ファイケルヴィが傍にいればわかりやすく説明してくれるだろうに・・・)
友に思いを馳せながら静かに眠りについた。

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