闇を統べる者

吉岡我龍

ユリアン教の影 -ある村の出来事-

 従者がリリーから時雨に代わった一行は、大破壊した国を後に北へ向かっていた。
シャリーゼ国内で一番賑わいを見せる港町『シアヌーク』を女王に勧められた為だ。
そこにいけば海と海に関する様々な見聞を広める事が出来るだろう。
ヴァッツの傍にいたいという自身の決意もあるが、
彼と同じく海を初めて見れる期待にクレイスの心は躍っていた。

そう。うきうきが先行していて周囲のヴァッツに対する視線が大破壊前と違っているのに気がつけなかった。

「なぁヴァッツ。お前あの時変な声で話してたよな?あれは何だ?」
道中、カズキが自然に会話を切り出したので最初は疑問にすら思わなかった。
「へ、変な声って?」
時雨が御者席に、荷台にはショウを除く3人を乗せた馬車内で昨夜の話が持ち上がる。
クレイスはその力については知っていたので気にも留めず、
見慣れない景色を心地良く眺めていたのだが、
いつも天真爛漫な彼からは想像もつかないくらいに挙動が怪しくなっていたようだ。
「何かこう、すげぇ低いおっさんの声みたいになってた。あれがお前の強さの秘密か?」
「・・・・・」
隣に座っていたヴァッツが無言で袖をくいくいと引っ張った事でやっと事態に気が付くクレイス。
「え?何?」
「あのね・・・昨日カズキ達に『ヤミヲ』を見られちゃって・・・
何とか誤魔化せないか?って言ってくるんだけど・・・」
耳元でこそこそと話すヴァッツを見て、カズキの眉間に大きな縦皺を作り眉をひそめて疑っている。
その表情を見てある程度理解したクレイスは、
(誤魔化すって言っても・・・)
以前の話だとなるべくヤミヲさんの存在は秘密にしておきたいと言っていた。
ただ、あれだけ不思議な現象を目の当たりにした後に誤魔化すというのはあまりにも難題だ。

「・・・カズキは昨日何を見たの?」
何も思い浮かばないが、想像していた形とは違えどヴァッツが頼ってきてくれている。
ここで奮闘せねば王子として父にあわす顔がない。
なので一番無難で差し障りのなさそうな言葉から始めてみるクレイス。
「何って。何かヴァッツの顔が半分黒くなってたのを見たな。
後は声だ。低い声で話しかけられた。あれがお前の強さに関係している。そうだろう?」
彼の野生の勘なのか多少の立ち合いで何かを察したのか。
昨日の出来事からヴァッツの変化とそれが強さの元だと疑いをかけているようだ。
昨夜、一瞬だったが3人が戦っている様子はクレイスも遠目で確認出来ていたが、
その中でハルカと戦っていた時のようなヤミヲによる一方的な展開は無かったはずだ。

「強さって力持ちってこと?
ヴァッツは森で木こりをしていたから僕らよりずっと力はあるんだよ。ね?」
怪力な所は特に隠す様子も見せていなかったので、何とかそれで納得しないか試してみる。
「力持ちだからって俺とショウが同時に攻撃してるのを全部素手で受けられる訳ねーだろ。
いや・・・受けられてたのはヴァッツの力か・・・あれ?」
苦し紛れに言った内容がカズキの中で新たな疑惑を生んだらしい。
そこから腕を組んで考え出したので、2人は目くばせをしてこの話を無理矢理終わらせた。





 今までと違い、気持ちが晴れやかになったガゼルは
割と気に入っていたクンシェオルの所有する馬車の御者席に乗って手綱を握っていた。
それもそのはず。
彼は完全にヴァッツの庇護下に置かれたと、周囲に宣誓されたと同義の約束を交わしたのだ。
更に自身の過去も話し、その想いを整理しつつ仲間も無事に救出出来た。
旧『ボラムス』国でのやり残しがあるものの、彼の身と心は完全に開放されたといっていい。

謁見の間での出来事以降、4将筆頭も多少の命令はしてくるものの、
以前のように下男扱いはしてこない。
(旅か・・・今までそういった考えは持ったことがないな。)
長距離の移動時には野宿が必要だったが、それを旅だとは思わなかった。
しかし今はヴァッツの自由に近い旅の供として同伴している。
彼自身もガゼルに護衛とか世話を求めている訳ではない。
(おべっかを使うつもりはねぇが、何かしら形として恩は返したいな。)
後ろで眠るショウの事などすっかり忘れ、今までとは違う意味で立ち回りを思案する。

そんな中、
「ガゼル。クンシェオルト様が呼んでるわよ。」
いきなり気配もなく隣に小さな少女が座っていた。
彼女は悪名高き暗闇夜天族の頭領だ。年や外見に似合わず相当な力量を持っているのは聞いている。
しかしそんな彼女もヴァッツには手も足も出ない。
だからといって見下すつもりはないが、僅か8歳の少女にびくつくものおかしな話なので、
「うおっ?!もうちょっとわかりやすく動いてくれ。心臓が止まるだろ!」
「・・・どう見てもそんな繊細な心臓を持ってないでしょ!?ほらほら!小窓から話して!!」
周囲と変わらない態度で接するガゼル。
彼女もそれに対して不快な思いはしていないようなのでそれを通す。
「ったく。なんだよ大将。」
「ガゼル。昨夜のヴァッツ様の様子について色々聞きたい。」
なるほど、そういう話か。
「断る。お前はヴァッツの敵だろ?恩人を売るほど落ちぶれちゃいねぇ。」
短く答えて前を向こうとすると、
「ヴァッツ様と敵対する意志は微塵もない。もちろんクレイス様ともな。」
意外な名前も出てきたので仕方なく小窓を覗き直し、
「じゃあ何の為についてきてるんだ?それを教えてくれたら話をきいてやってもいいぜ?」
「あんた・・・下っ端のくせによく4将筆頭様にそんな大口叩けるわね?」
隣で手綱を握っていたハルカが呆れて声を漏らす。
身分や強さだけで言えばそれこそ天と地ほどの差があるのはわかっている。
しかしそれで萎縮していては話すら出来ない。
「それが俺ってやつよ。で、どうだい大将?」
「ふむ・・・ならば答えてやろう。お前と同じだ。私もヴァッツ様のお力にすがろうと思っている。」

・・・・・

4将筆頭といえばこの大陸で一、二を争う強さを保持しているはずだ。
そんな男からすがるという言葉が聞こえてきたので小指で思わず耳穴をほじってしまうガゼル。
「汚っ?!ちょっとクンシェオルト様、今の話本当なの?!」
思わずガゼルから距離を取りつつもハルカが話に入ってくるが、
「これハルカ、ちゃんと前を向いていなさい。本当だ。ネ=ウィンという国は関係なく、
私個人として、ヴァッツ様のお力を借りたいと本気で思っている。」
少女と2人で覗き込んだクンシェオルトの表情は真剣そのものだ。
「・・・ま、話せる範囲なら話してやってもいいぜ。」
「あんたも単純ねぇ。腹芸って知ってる?」
何故かクンシェオルトの側にいるはずの人間から助言を授かってしまうが、
「小娘にどうこう言われたくねぇよ?!あいつの表情で判断したんだ。俺は俺の直感を信じる。」
呆れ顔を見せてから前を向き直すハルカ。
「では改めて聞こう。ヴァッツ様の力とはどのようなものなのだ?」
(力・・・力か・・・)
ガゼル自身様々な体験をしたが、本当にそれがヴァッツのものなのかは正直確証が得られていない。
これは今夜の野宿の時に本人に聞こうとも思っていたので、
「あくまで憶測だが、まず攻撃してくる相手の動きを完全に止める。それと馬鹿力だ。
俺が知る限りではそれらがあいつの力だろうな。」
「それだけじゃないわ!あいつ変な方法で相手を遠くに吹き飛ばす事も出来るのよ?!」
戦ったとは聞いていたが、ハルカが息巻いて話に加わってきた。
「何?そんな事も出来るのか?」
「ええ!!私はそれで強行三日の距離を飛ばされてネ=ウィンに戻ってきたもの!!」
「へーー。あいつは本当に色々出来るんだなぁ。」
こちらの話をするはずが、思いがけない情報を拾い感嘆の声を上げる。
「しかし昨日はそんな事は起きなかった。声色が変わるというのもなかったようだし。」
「いや、それはあったな。」
ガゼルは一瞬だったが、ヴァッツから彼の物ではない声と物言いを2人に聞かせる。
「もう!だからあいつの話は聞きたくないのに!!やっぱりあいつおかしいわ!!」
自分から話に入って来たハルカが悲鳴に近い声で泣き言を言っている。
相当こっぴどくやられたらしいが、あのヴァッツがこんな少女にそこまで酷い攻撃を加えるだろうか?
「あの2人を相手に勝負にならないと・・・本当に底が見えないな。」
「ああ。それは同感だ。だからこそ安心出来るんだがな。」
「貴方達ねぇ・・・そんな力を向けられた人間の気持ちになったことある?」
一度は前を向いたハルカがジト目で2人に視線を送ってくるが、
ガゼルには1つだけ確信出来る所がある。
「それはお前からケンカを売ったからだろ?
あいつは自分から人に危害を加えるような奴じゃない。剣や拳を振り上げた方が悪い。」
「・・・・・」
そう言うと少女は黙り込んで前を向いた。
「なるほど。それがお前のヴァッツ様の力に対する見解か。」
「おう。だからあいつの傍にいれば死ぬことはないと思ってる。」
言ってから少し口を滑らしすぎたか?と我に返るが、
それ以上4将筆頭からの質問はなく話は終わった。

その夜の野宿時、
ヴァッツは3人の質問から避ける為にクレイスと時雨の影に身を隠していたのは言うまでもない。





 シャリーゼを出発して3日目。

それまで死んだように寝ていたショウは相変わらずむすっとした顔をしていた。
理由はいくつかある。
疲れて眠っている間に馬車に乗せられ、目が覚めた時国賊であるガゼルがいたのだ。
寝覚めが悪いにも程がある。
一緒に女王様からショウ宛の書簡も預かっていたということで、
それを時雨から受け取り内容を確認すると、

まず最優先としてヴァッツとクレイス、カズキの3人をシャリーゼへ招き入れる事が出来るように
行動しなさい、と書かれていた。

・・・・・
ショウは類まれな愛国心を持っている。
その頭脳と力は全てシャリーゼの為に使ってきた。自我が目覚めたときから、今の今までだ。
そんな彼が女王の命令に疑問を抱く日が来るとは思っても見なかった。

ヴァッツとカズキはわかる。非常に有能な人材だ。
特に直接戦ったヴァッツに関しては強さの底が知れない。

・・・・・だが、何故クレイスを?
この元王子は自身の身の丈に合わない復讐心を持つどうしようもない少年で、
そもそも自国へ招き入れるのなら到着時にその方向で話を進めるべきだったはずだ。
一緒に旅を続けて確認出来た事といえば料理が上手い事、くらいか?
そんな人間をシャリーゼに?
どう考えても負債でしかない。シャリーゼに何の恩恵もない。何故だ?

ぐるぐると頭の中で疑問が渦巻き、自然とそれが顔に出る。
「あ、あの・・・ショウ?僕の顔に何か付いてる?」
いつのまにか険しい表情でクレイスを見つめる、いや、睨みつける事が多くなる。
「いいえ。何でもありません。」
口では優しくそう答え、視線を逸らす。
「そういえばカズキ、腕の怪我はもう大丈夫なのですか?」
話題を逸らすために思い出したかのように気になっていた事を尋ねる。
「ああ。もうほぼ完治だ。」
腕をぷらぷらして見せる。
「かなりの重傷だと思っていたのですが。リリー様のご兄弟の力ですか?」
戦いが得意な感じではなかったので、恐らく医術に長けているのだろう。
わざわざシャリーゼまで足を運んだ理由がそれだったのだろうとショウは推測する。
「それもあるだろうが・・・うむ。俺の回復力がすごいんだ。」
よくわからないが、自信満々に顔を向けて断言するカズキ。
「なるほど・・・」
確かに彼はいつも戦う事ばかり考えている。
そういう人間はよく食べる分、よく動きもする。回復力も高いのだろう。
自身が敬意を払える相手と話をすることにより多少もやもやが晴れる。

そんなやきもきした状態がここまで続き、
何の答えも得られないまま迎えた3日目の夜。
焚き火を囲んで回ってきた彼の料理を口にし
(・・・やはり料理だけは上手い・・・)
改めて彼の評価を『料理のみ』と、結論づけていた。





 
 周囲がヴァッツに質問攻めをすることが無くなり、機嫌の悪かったショウの様子も元に戻ってきた頃、
相変わらずハルカはヴァッツを避けていた。
以前と同じ間隔で彼がクンシェオルトの馬車に乗り込む為、
「ねぇ時雨。貴方も『モクトウ』出身よね?家はどこ?」
御者席にいる時雨の横に座って話しかけている。
「・・・かつて命を狙われた身としては近寄ってほしくもないのですが。」
リリーが素直な子だと言ってはいたが、
「大丈夫大丈夫。もう絶対そんな事しないから!」
相手に与えた心的外傷については全くお構いなしだ。
これが個人の付き合いなら塩を投げつけて遠ざけたい所だが、彼女もまた主に固く忠誠を誓う者。
「・・・私は北方の小さな村出身です。」
共に旅をする仲なので仕方なく最低限の言葉だけ交わす事を選択する。
「へー。通りで肌が白い訳ね。きれいな人が多いんでしょ?」
「・・・さて。どうでしょうね。」
そっけない返事でも意に返さず思ったことをどんどん聞いてくる。
時間にして馬車で半日近く並んで座っている為、
時々無言の空間が生まれるが、それでもめげずに話しかけてくるので、
「・・・貴方の質問に何か意味があるのですか?」
堪らずに少し厳しい口調で突き放す。
「え、えっと・・・」
すると時雨の想像とはかけ離れたたじろぐ少女が現れた。
(・・・強く言い過ぎたか・・・)
彼女は現在間違いなく敵対勢力側の人間だ。
しかしリリーがかなり本気で肩入れしていた事が脳裏をよぎり、
ふと1つの答えにたどり着く。
「・・・リリーの事について聞きたいのですか?」
時雨とリリーが友人関係であることはもちろん知っているだろう。
なので彼女の口から聞けない話を友人である時雨から聞き出そうというのが狙いか。
と、思ったのだが、それを聞いた途端ほっぺを膨らませて不貞腐れる。
(む?違うのか?・・・図星なのか?)
反応だけでは読み取れないのでそのまま無言で様子をみていると、
「・・・貴方がお姉さまの友人だから仲良くしとこうって思っただけ!」
・・・・・
そういう意図があったのか。
時雨も特殊な環境に身を置いている為、考えもしなかった内容に目を丸くしてハルカを見る。
(嘘をついている様子はなさそうだが・・・)
「・・・リリーの友人である私をこっぴどく痛めつけたのに仲良くしたいと?」
「ううっ・・・」
出来心で少し意地悪な言い回しをしてみるとまた申し訳なさそうな表情になるハルカ。
(いかん。これではイル様みたいだ。)
暗殺者なので頭を下げる事は出来ないのだろうが、それでも心では何か思う所があるのだろう。
「わかりました。私も大人気なかったですね。ある程度仲良くはしましょう。」
「ほんと?!ってある程度ってどういう意味?」
一瞬で花を咲かせたとような笑顔になり、また一瞬で曇った。
多感な年頃とはいえこの表情の変化は王城で世話をしていた双子姉妹を思い出す。
「そうですね。私も姉のように慕ってくれて構いませんよ。」
「えー・・・貴方はお姉さまより少し劣るのよねぇ。強さも美しさも。」
・・・・・
自覚はしているが、他人に言われるとここまで腹が立つとは思わなかった。
つい仏心をだしてしまったその甘さに後悔する時雨。
それでもハルカは気兼ねせずさっきまでよりも話を振るようになっていた。





 『シアヌーク』に入る前の最後の補給と、休息が出来る小さな村が見えてきた。
ここで食材を仕入れ、1泊ほど体をしっかり休めれば3日後には目的地に着くだろう。

そんな小さな村から、非常に大量の真っ黒な煙が上がっていた。

それが見えた途端、ショウは馬車を無言で飛び降り走り出す。
ゆっくり走る馬車に乗っていては村にたどり着く頃には物も人も無くなってしまう。
それに続いてカズキも先行して後を追う。まるであの夜の再現だ。

「おい。ガゼル。」
「うわっ!?なんだ!?」
不意に御者席の横から声が掛かり、驚いて振り向くと、
いつの間にか馬車から降りたクンシェオルトとハルカが並走していた。
「我々も先行する。お前はヴァッツ様達と慎重に進め。周囲への警戒を怠るな。」
将軍らしい、部下への命令ともとれる発言を手短に済ませると
ハルカと共にあっという間に走っていった。
それを無言で見届ける中、ガゼルの脳裏に1つの予感が浮かぶ。
「・・・・・まさか・・・リングストンか?」
奴らの手口は身を持って体験している。
最北の『シアヌーク』は国境に隣接し、そこからこの村までは三日の距離。
侵攻してきた場合、襲われる可能性は十分に考えられる。
お互い2人ずつ降りたことにより軽くなった馬車は2台連なって目的の村へと急いだ。



 自国の村が燃えている。

そんな状況にこの少年が黙っているはずがない。
赤毛をたなびかせて恐ろしい速度で走る少年は、あっという間に村にたどり着いた。
姿を見られないようにまずは物陰に隠れ村の状況を確かめると、
まず大きく立ち上がっている黒煙、これは中央にある大きな櫓のものだと判明。
それに火が付き激しく燃えいているのだ。
そしてその櫓の下には燃えた人間の骨がいくつかあった。
恐らく村人を張り付けて燃やしたのだろう。
大きな火が立ち上る櫓を囲むように村人が数十人、手足に縄がかけられており、
その周囲には煌びやかな鎧を身にまとった部隊が剣や槍を向けている。

(村人を人質として扱っている・・・)

怒りを抑えながらも状況を把握した後いくつか結論を出す。
まずショウ達がこの村に、この時間に来るのをある程度見越していたらしいという事。
そういった行動から何かしらの取引を持ち掛けようとしている事。
そこまで考えると後はどれだけ犠牲を抑えられるかにかかってくる。
ふと脳裏にヴァッツの顔が浮かんだ。
それによって少し冷静さを取り戻すと静かに歩いて連中の前に姿を現し、
「貴方達の目的は何ですか?」
静かに質問するショウ。
国を愛する者としてこれ以上の犠牲者を出したくない彼は冷静に話を進めようと心がけるが、
「いずれわかる。」
この集団の長だろう。
一言短く返すと特に何か行動を起こすわけでもなくその状態を維持している。

(やはり何か取引か。しかし一体何を?)

もしショウ達がこちらに向かっている事がわかっていたとしても
何を交渉しようというのか。
何か大切な物を保持している訳でもないのだ。
目的が全くわからないのでこの膠着状態を使って彼らについて考える。

今目の前にいるのは、恐らく『ユリアン教』の騎士団だろう。
ショウ自身も直に見たことはないが、鎧や旗の印は書物で目にしたのと同じだ。
女王から『リングストン』の兵が北の国境周辺を襲ってくる可能性を聞いていたので、
黒煙が上がっていたのを目撃した時はそれだとばかり思っていたが・・・


『ユリアン教』
海の向こうに総本山と国を構えており、
唯一神ユリアン以外を全て敵と見なす、非常に偏った教えを説く教信者集団だ。
今まで実害もなく、規模も大きくないということで接する事だけは避けていた。
その為彼らが『シャリーゼ』に入国した記録はほとんどない。


非常に困窮した状況の中、
後方から馬車の走る音が聞こえてきた。
(これで少しは状況が好転すればいいのですが・・・)
期待せずにはいられないショウだった。





 遅れてカズキが入り口付近にたどり着くが何やらショウの様子がおかしい。
違和感を覚え、そこで足を止める。

(・・・なんだ?なんで入ったところで立ち止まっているんだ?)

何かを見て固まっている・・・のか?
黒煙が上がりぱちぱちという音が聞こえるので、建物が燃えているのは間違いないだろう。
他に目に飛び込みそうな光景といえば村人の遺体か?
しかし強奪の最中ならショウが動かないわけがない。

更に先行してきたハルカとクンシェオルトもカズキが入っていかない事に
何かを感じ、傍に寄ってくる。
「何?なんで入らないの?」
「恐らくショウ様の様子がおかしいからでしょう。」
「・・・・・俺は左から回る。お前らは右から調べてみてくれ。」
獣の勘を信じた2人は素直にそれに従った。

カズキは警戒しつつ村の左手に回る。
平地に建てられた村だが今は黒煙のおかげで身を隠しやすくなっている。
物音を立てないように建物を3軒ほど過ぎた時、村の中央に何か建てられているのが見えた。
(櫓か・・・ふむ。あれは・・・)
大きな物見櫓が燃えている。
その周囲に手足を縄で縛られた村人であろう人間が数十人と、
それを囲むように鎧を身に纏った騎士達が武器を構えている。
(なるほど、そういう事か。)
頭ではなく勘で全てを理解するカズキ。
声は聞こえないが現在あの集団とショウは何かしら交渉に入っている。
そう考えると彼が動かない理由も納得出来た。
個人的には是非斬りかかりたい所だが、犠牲を出せば赤毛の少年から命を狙われかねない。
戦闘狂の個人的な見解ではそれもありかと思ったが、
連なった馬車の音が聞こえてきたのでひとまず彼らに合流する事を選んだ。





 村の付近にたどり着いた2台の馬車は、
炎が燃え移らないように入り口から離れた場所に止めると、
「様子を見てきます。お2人はここでお待ちください。」
そういって時雨は音もたてずに村に近づいて行った。
「・・・ほれ。」
隣に止めた馬車から降りたガゼルがクレイスに自身の剣を1本渡す。
「・・・なにこれ?」
「護身用だよ。襲われた時木刀じゃ心もとないだろ。俺は助けないから自分でどうにかしな。」
中途半端な優しさを見せるガゼル。
今までと違い、ヴァッツの望みを叶えるという名目でついてきている為、
クレイスに対する当たりも少し変わってきていた。
「剣・・・クレイスもそれ持っちゃうのか・・・」
ヴァッツはその姿をみて非常にがっかりしている。
「ご、ごめん。でもいざっていう時しか使わないから。」
思わず謝ってしまうクレイスだったが、
「なぁヴァッツ。俺達はお前みたいに型破りな強さは持っていない。
自分の、自分達の大事な物を守る為にこいつは必要なんだ。」
その間に割って入り、諭すように優しく自分の剣を見せながらガゼルが語り掛ける。
今までの粗野な感じが全く感じなかった彼の言葉に聞き入っていると、
「うーん。そっか。俺も強くはないし。守る為なら・・・うん。」
ヴァッツもその言葉に一定の同意を示すが、クレイスはそれを見てすぐ嫌悪感にかられる。
(な、何感心してるんだ!あいつは僕を攫おうとした山賊だぞ?!)
慌てて小さく首を振って頭の中からそれを追い払っていると、
カズキが村の左側からかなり遠回りでこちらに駆けてきた。
「あれ?カズキだ。」
気が付いたクレイスが指をさす間もなく凄い速度でこちらに到着すると、
「来いヴァッツ!ショウを助けるぞ!」
聞くとすぐに察したヴァッツは2人で村の入り口に走っていった。
そこで何かを指示したような素振りを見せると、
カズキはまた村の左側に戻って行き、ヴァッツが1人で村に入っていく。
残された2人は顔を合わせた後、無言で手綱を太い木に括り付けると、
「・・・さっきもいったが、自分の身は自分で守れよ?」
「わかってるよ。」
カズキが血相を変えてヴァッツを頼っているのだ。
力になれるかわからないが、違う形で恩を感じている2人は迷わずその後に続いた。



 「ショウ!大丈夫か!?」
後ろから仲間にするとこれ以上頼もしい存在はないであろう少年が駆け寄ってくる。
しかしショウの表情はすぐれない。
「ヴァッツ。前に出すぎないで下さい。人質を取られています。」
振り向かずに前方に目をやったまま静かに伝えると、
「え?人質?」
隣に立つヴァッツはショウと同じ方向を見る。沢山の騎士と少しの村人。
そして中央に激しく燃える櫓と地面に転がる人間だったものの骨達。
「・・・どうすればいい?」
人質という言葉を理解出来てるのかどうかはわからないが、
この状況で村人達が危ないということだけは感じたようだ。
「そうですね・・・私とガゼルが戦っている時に見せた、相手に刃物が通らない現象。
それをこの場で起こしてもらえれば助かるのですが。」
今一番必要としている力の発動をお願いするショウ。
・・・・・

返事がないので横を向くと、
「???」
とても不思議そうな表情のヴァッツがこちらに顔を向けていた。
「そいつは無理だ。なんせ無意識に発動してるみたいだからな。」
後ろから国賊と料理少年が警戒しつつ近づいてくる。
「何故そう言い切れるんです?」
言葉すら交わしたくない相手だが、ここは掘り下げる意味も含めて質問してみると、
「そりゃ俺が一番その恩恵を受けてきたからさ。
しかも俺が一番ヴァッツの力について考えてきたはずだぜ?」
「・・・なるほど。」
この国賊がどの程度の頭で考えたかはともかく、恩恵を受けたという部分は実体験だ。
信ぴょう性も十分にある。

そして今まで口すらほとんど開かなかったユリアン聖騎士団がついに動きを見せる。

仮面を被った、恐らく団長らしき男が前に出てきて
「そこの蒼い髪の少年。君がヴァッツだね?」
「え?うん。そうだ。あんたは?」
軽く受け答えすると、
「私はユリアン教聖騎士団団長、ディロイと申します。」
言葉遣いを改めて頭を軽く下げる。
「唯一神であるユリアン様のお告げにより、貴方をお迎えにあがりました。
『神に選ばれし子』よ。」
騎士団長はそう言って手を差し伸べてきた。

(いずれわかる、とはこのことか)

彼らはヴァッツを待っていたのだ。
『神に選ばれし子』。他の宗教ならともかくユリアン教にだけは選ばれたくないな。
などと皮肉を思い浮かべるが、今はそれどころではない。
「待ってください。まずは人質を全て解放。それが条件です。」
ショウが口をはさむ。だが
「駄目だ。お前たちは強い。人質は絶対手放さないようにと神から啓示を受けている。」
「では我々も彼を渡すわけにはいきませんね。」
ヴァッツの前に体を出し騎士団長を睨みつける。
「ならば仕方ない。」
軽く腕を上げた瞬間村人が1人、槍の餌食になる。・・・はずだった。

悲鳴も倒れる音も聞こえてこないので、不審に思った騎士団長が振り向いて確認する。
そこには1人の村人を数名で刺し殺そうとしたまま止まっている団員の姿がある。
更に別の団員が剣で斬りかかるも、刃が当たる直前で動きを止めている。
「・・・何をしている?」
その発言を最後に騎士団長の息の根が止まった。
ショウの小剣が鎧の隙間に、数十もの刺突を繰り出したのだ。
ゆっくり倒れて、その場に血だまりが出来ていく。

それが合図かのように周囲に隠れていた猛者が一気に距離を詰め騎士団を処断する。
一方的な虐殺の中、珍しくショウはその場に留まっていた。
「お前も行かねぇのか?国敵には見境いないだろ?」
ガゼルが皮肉を込めて笑いながら言うと、
「・・・村人が助かるとわかっただけでも十分です。その立役者であるヴァッツの護衛もありますし。」
「こいつに護衛はいらんだろ。」
「い、いや!いるよ!」
ガゼルとヴァッツの間に無理矢理入り込むクレイス。
後方の一瞬のやりとりの間に、100近くはいたであろう騎士団員が全て斬り伏せられていた。

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