闇を統べる者

吉岡我龍

シャリーゼ -北へ-

 街の外に出たガゼルはすぐに旅の道具を3人に渡すと、
「最低限のもんしかねぇが、まぁこれで何とかなるだろ。あとは・・・」
更に自分の金をケイドに預けた。
「いいか。騒ぎは起こさず速やかに帰れ。俺もそのうち帰る。」
そう短く言うと、3人に馬を走らせるように腕を振って急かす。
「な、何いってるんですか?!お頭も一緒に戻りましょう!!」
「馬っ鹿野郎。すぐそこに追手がいるんだよ!俺が食い止めるからさっさといけ!!」
「おや?貴方が私の相手をする、と仰るのですか?」
街壁の上に立っていた体を炎に包んでいる少年が、素早く飛び降りガゼル達の近くまで歩いてくる。
「な、なんだありゃ?」
誰かが疑問の声を漏らす。それもそうだ。人が燃えているのだ。
焼死してもおかしくないほど燃え盛っているのには平然と歩いてくる姿に不気味さを感じずにはいられない。
本人に痛痒などは微塵もないのだろう。

「いいから行け!!!!!!死にたいのか!!!!!!!!!」
頭である男の本気の檄を受け、動揺していた山賊達は振り返る事もなく馬を走らせる。
それを見届ける時間もないのはわかっている。
すぐにショウと向き合い、剣を構えて対峙するガゼル。
「さて、よくもここまで破壊してくれましたね。我が国を。」
容姿が大きく変わっているのに声色に変化がないのがまた恐ろしい。
「すまねぇな。俺はそんなに頭が良くねーからよ。こんな方法しか思いつかなかったんだわ。」
笑みを浮かべて、強気に答える山賊の頭。
死を覚悟しているのか、今まで見せていた小心者の姿はそこにはなかった。
「・・・・・どう殺しても、私の怒りは収まりそうにありませんね。」
言い終わると同時にショウが距離を詰め、
懐から2本の小剣を抜くと、瞬きも許さない速度で両肩に突き刺さる。
だがガゼルも負けていない。
刺し違える覚悟で振るった右手の剣は迷う事無くショウの腰に深く入っていく。

本来ならどちらかが、それとも双方がかなりの傷を負うはずだった。

「ねぇガゼル?この岩まだ使う?」

ヴァッツが何一つ理解していない口調で質問してくる。
向かい合った2人の動きはお互いを傷つける事無く、寸でのところで止まったままだ。
「さすがにもう使わねーだろ。どっかそのへんに放っておけよ。」
後から追いかけていたカズキがガゼルの代わりに答え、
ヴァッツもそれに従い放り投げると、
ずどん!
低い音と共に大岩が地面にめり込み、軽い地響きが起こった。

「で、どうよ?俺がガゼルを斬れなかった理由、わかったか?」
未だに動きがない2人にカズキが呆れ顔で尋ねると、
「・・・・・これはどういう現象ですか?」
ガゼルの体を突き刺そうとしたまま、ショウが問い返してくる。。
恐らく今も全力で小剣を突き出そうとしているのだろう。
「俺もよくわからん。だが、ヴァッツのお陰だと思ってる。」
ショウを腰断しようと剣を振るった所で止まったままのガゼルから答えが来た。
こちらはもう慣れているのか、それほど力みや焦りを感じない様子だ。
「・・・ヴァッツの?」
「???オレが何???」
自分の名前が出てきて反応しているが相変わらずよくわかってないらしい。
だが火の光が届いていないのか、その顔の半分が非常に暗い影に覆われている。

そこから少ししてガゼルに突き立てていたショウの剣先が燃え始めた。
どういうカラクリかはわからないが切っ先が届かない以上、別の手段で屠ろうと考えたらしい。
炎は激しく燃え、それはガゼルにどんどん近づいていく。
だが何故か小剣を持つショウの腕がどんどんガゼルから離れていき、
そのせいで炎は山賊の皮膚にも上着にも届く事は無かった。

その剣も炎でさえも相手に傷を負わせるのは不可能だと感じたショウは剣を納め、
続いてガゼルも長剣を退く。

「つまり・・・ヴァッツさえいなければ、この重罪人を処断出来るわけですね?」
「さぁ。どうだろうな?」
後ろで2人の立会いを見物していたカズキは疑問で返す。
「ふむ。では試してみましょう。」
言い終わった瞬間、赤い一筋の残光を残しショウがヴァッツに斬りかかる。
その動きのほとんどは見えなかったが彼に危険が迫っているのだけはわかった。
「ヴァッツ!!逃げろ!!」
瞬時に察したガゼルが大声で怒鳴る。
しかしそれより先にショウの攻撃が彼の胸を貫いた、かに見えたが、

恐ろしいほど早いショウの攻撃はヴァッツが彼の手首を掴んだ事で止まっている。
「これは・・・驚きましたね。まさか私の速さに反応出来るなんて。」
今度は訳のわからない理由で止まったわけではない。
彼の行動によってその攻撃を無力化されたのだ。
「ねぇショウ、危ないからそれ振り回すのやめよう?」
そんなヴァッツはいつも通りで、ショウが握っている小剣が気になって仕方がないらしい。
「そう、ですね。危ないですよね。」
素直に握っていた小剣から手を離す。
手首が握られたままなのでそれはそのまま地面に落ちていく。
その行動を確認したヴァッツは掴んでいたショウの手首を放した。
刹那、彼は落下途中の小剣を拾い上げ、そのままヴァッツの太ももに刃を突き出す。
不意を付いた見事な攻撃だったが、どこも掴まれていないのにまた動きが止まる。

「どれ、俺も混ぜてくれよ。」
まるで遊びの輪の中に入ってくるかのように気軽に、
そして興味津々にカズキが刀を抜いてヴァッツに近づいていった。
「お、おい!!カズキまで・・・お前は今関係ないだろ!!」
思わずガゼルが止めに入るが、
「いや。俺もシャリーゼがこんな目にあって忍びないと思ってな。うん。そう思ってな?」
カズキは戦いに関しては見境がない。
何とも苦しい理由を付けているが純粋にヴァッツと戦いたいだけだろう。
ショウと重ならないように右へ移動し、ヴァッツの左側面から上段に振り上げた刀を斬り下ろす。
カズキの刀は刃渡りがある為、間合いを一瞬で詰めない限り手首を押さえる事はできないだろう。
見ていたガゼルがその後の光景を想像し思わず目を閉じる。

どうなった・・・?

ヴァッツは一筋の光のような剣閃を親指と人差し指で挟み込み、それを止めていた。
想像を絶する馬鹿力で摘まれた刀は全く動かないらしい。
「あのさぁ。なんで2人ともそんな危ないことばっかりするの?だめでしょ!」
気持ち顔の半分が真っ黒に見える彼がため息混じりに叱ってくる。
「・・・・・」
仕方なくカズキは刀から手を離し、両手をぷらぷらと振って見せると、
「じゃあ刀は無しだ。これでいいか?」
両手で握り拳を作ると今度はそれで殴りかかる。
それを見ていたショウも握っていた小剣から手を放す。
すると止まっていた体に自由が戻ったのか数歩下がって距離を取り、
「では私も、それに倣いましょう。」
そういうとショウも徒手の状態でヴァッツに襲い掛かる。
2人の攻撃は恐ろしく早い。無手でもかなり戦いなれているのだろう。
凡人なら一瞬で袋たたきになるはずの2人の猛攻は全てヴァッツの手の平に収まる。
どこを殴りにいっても、どこに蹴りを出しても、全てだ。

それを見たガゼルはもう何がなんだかわからない。

妙な力だけじゃない。怪力だけでもない。まさか戦う力も持ち合わせていたとは・・・
「小細工なしでもこれか・・・心配して損したぜ。」
思わず笑みがこぼれるほど彼の動きにはまだまだ余裕を感じた。
2人の攻撃をある程度捌くと、
「もう~~!!そういう問題じゃなくて!!」
痺れを切らしたヴァッツは2人の攻撃してきた手足を受けるのを止めた。
防御をしなくなった彼にその拳と脚が容赦なく襲い掛かるが、
それはそれで体が止まってしまい、彼の体に届く事はない。
「おい!!それずるいぞ?!」
「そうです。動きを止めるのを止めてください。勝負になりません。」
【愚か者共が。最初から勝負にならんのが何故わからぬ?】

・・・・・

「「「?!」」」
ヴァッツからヴァッツのものではない、地の底から響いてくるような低い声が返ってきた。
3人が一瞬あっけに取られ、その声の主に注目すると、

「勝負とかどうでもいいの!!人を傷つけちゃ駄目っていってるの!!」

「「「・・・・・」」」
聞き慣れたヴァッツの声が返ってきた。
何かが起こったのは理解出来る。しかしそこに言及する事無く、
「はぁ・・・はいはい。もうやめだ。」
先に根をあげたカズキが素直に拳を納めた。すると体に自由も戻ったようだ。
それを見たショウも燃えていた髪の毛を普通の赤毛に戻し、蹴り足を引っ込める。
「全く!2人とも何でそんなに喧嘩っ早いの?!」
先程の重苦しい声はどこへいったのか、いつも通りのヴァッツは2人を問い詰めている。
「それは置いておいて。先にお聞かせ下さい。何故貴方は城門やら街門を破壊して回ったのですか?」
攻撃する意思こそ引っ込めたものの国を散々破壊されたショウがすぐに反論する。
「ああ。だってガゼルの仲間が殺されるっていうからさ。それを助けたかったんだ。」
どこまで理解していたかわからなかったが大切な所はしっかり伝わっていたようだ。
その発言にうんうんと頷くガゼル。
「貴方が逃がした3人は重罪人ですよ?誰か罪のない人間に危害を加える可能性があるんです。」
「そうなの?」
ヴァッツがこちらを振り向いて確認してくるが、
「いいや。そんな事はしねぇよ。俺の仲間は人に危害は加えないさ。」
ガゼルは自信満々に言い切ると、
「クレイスを攫おうとしてたじゃねーか。」
外野から鋭いつっこみが入る。しかしそれにも彼なりの信念があったので、
「国に関する人間は別だ。それらに遠慮するつもりはねぇ。」
後ろめたさがありながらも拉致の計画に乗った理由がそれなのだ。堂々と言い放つ。
「では国に属する人間として、やはり貴方を始末しなくてはなりませんね。」
ショウがそう言うと、街の中から衛兵が堰を切ったようにわいて出てきて一同を取り囲む。
そして国旗をたなびかせた馬車がゆっくりと近づいてきて停車した。
衛兵がその扉を開け足場を用意し、それを使って女王とクレイスが降りてくる。
「そこまでです。この件、あまりにも犠牲が大きすぎます。双方一度矛を収めて下さい。」
女王が仲裁に入り、
「ヴァッツ!!大丈夫だった?!」
クレイスが彼に駆け寄る。
「あ、クレイス。うん。大丈夫って何?」
何の心配をされているのかわからないヴァッツは、いつも通りに小首をかしげてきょとんとしていた。





 大脱走、というよりは大破壊の次の日。
国に仕える者が夜通し交代しながらその処理に追われていた。
街の混乱を鎮めることから始まり、被害報告、その後の復興費もすぐに算出される。

渦中の人間達はあの後すぐに咎められることはなく、前日と同じ客間で一夜を過ごした。

そして初日と同じく、朝から召使いが甲斐甲斐しく世話をしてくる。
少し遅めの朝食を用意してもらうと各々がそれを頂き、正装に着替えさせられると、
その騒ぎを理解していない者も含めて今度は全員が謁見の間へと通される。

ただし、ガゼルだけは相変わらずいつもの服を着たままだ。

一行が謁見の大広間に入ると周囲には恐らくこの国でも精鋭であろう衛兵達が
中央に向かって隊列を組んで待機していた。
周囲の視線にさらされながら、一行は女王の前まで歩を進める。
恐らく女王は眠っていないのだろう。
表情は然としているが目の下にうっすらとくまが見える。
だが何よりも目を引いたのは。

「ごめんなさいね。この子、力を使った次の日はいつもこうなの。」
ショウが女王の太ももに頭を起き、膝をついたまま眠っていた。
だが彼女はそれに触れることなく話を続ける。
「では昨夜の騒動について。我が国から主犯、及び共犯者への処罰を言い渡します。」
何の説明もなく、いきなりそんな事を口にする女王。
今までのガゼルなら騒ぎ立てそうなものだが何故か非常におとなしい。
「まず、山賊の頭領ガゼル。貴方は山賊仲間を救うために国を大きく脅かした大罪を犯しました。
本日正午、城下の大広場にて公開処刑とします。」
そこまで言われてもまだ黙っている。
「そして共犯者ヴァッツ。・・・利用されたのはわかるけど。
貴方はどうしましょうね・・・」
非常に困り果てた顔でヴァッツを見つめる女王。
「ちょっと待て。ヴァッツは何も悪くねぇ。」
そこで初めて口を開いたガゼル。そしてその内容に周囲は驚く。
「俺がこいつに頼んだんだ。ヴァッツに何かしようってんなら、今すぐここでお前の首を取るぜ?」
あまりにも大胆な殺人予告に衛兵が持っていた槍を向けてガゼルを囲むが、
「・・・・・わかりました。では今回に限り、ヴァッツへの処分は無しとします。」
女王は笑みを浮かべてガゼルに言い切る。そして
「その男を牢へ連れて行きなさい。」
恐らくここまでは女王、シャリーゼ側の思惑通りだったのだろう。
ガゼルにのみ全ての責任を負わすという結末。
損害を補う事は難しいが罪人とその落とし所としては格好がつく。
事件を解決する事自体は可能なのだ。

用意していた手枷を持ってくる衛兵にガゼルは手を向けて制止した。
「抵抗するのなら・・・」
「待て。俺も話がある。」
そう言われて衛兵は女王に視線を送り、女王も頷いてそれを許可する。
衛兵がガゼルから数歩離れたのを確認すると、
隣に立っていたヴァッツに腰を下ろして静かに語りだした。
「今回、お前には救われた。いや、初めて会ったときから救われっぱなしだ。
ありがとうな。」
「え?そ、そう?オレ何かしたかな・・・」
珍しく気恥ずかしそうにするヴァッツに今まで見せた事のない笑みをこぼすガゼル。
「でだ。俺もそろそろお前に恩を返したい。お前は俺に何かしてほしいこととかあるか?
何でも言ってくれ。何でも応えるぜ?」
「え?!何でもいいの?!」
ガゼルが力強く頷く。それを見てうれしそうにヴァッツは考えだす。

周囲はただ見守る。

恐らくこの山賊は自身が消える前に、どんな形でもヴァッツに何かを残してやりたい。
そう思っているのだろう。と。
「うーん・・・何も思い浮かばない・・・」
「・・・・・」
まさかの答えにガゼルはもちろん、周囲も目を丸くしてヴァッツを見ている。
「な、何もないのか?本当に??」
「うーーーん・・・・・ガゼルにはいつも遊んでもらってるし、そうだなぁ・・・」
非常に頭を使って考えているヴァッツの表情からは本当に何も思い浮かばない様子が見て取れる。
そして、

「とりあえずそれは決まってからでいい?旅の途中で何か思いつくかもしれないし。」

ヴァッツはそうガゼルに伝えた。

「・・・そうだな。旅の途中で、か。」
「うん。だからまた一緒に行こう。じいちゃんには家に帰れば何でも良いって言われてるし。」
彼はガゼルが処刑されるという意味を全く理解していない。
このまま次の旅へと思いを馳せているのだ。もちろんその中にガゼルも含まれている。
あまりにも無知な彼の言動に、周囲は何とも言えない沈黙に包まれる中、
「よし。じゃあ次の目的地はどこにする?」
「海!!!まずは海にいこう!!!」
「よっしゃ!!じゃあ準備しないとな!!」
そう言って2人がそのまま退室しようとするので、慌てて衛兵が槍を構えて止めに入ってきた。
「んだよ?まだ何か用か?」
「な、何を言っている?!貴様は罪人で死刑囚だぞ?!どこに行こうと言うのだ!?」
「今の話聞いてなかったのか?
俺はヴァッツと旅に出るんだよ。それがこいつの望みらしいからな。」
「な・・・・」
慌てて衛兵が女王に目をやると彼女は手を下ろし、その場での処刑の許可を出す。
同時に迷い無く無数の槍が一斉に飛んできた。

「あのおっさん・・・思ってた以上に強かだな。」

クレイスの横にいたカズキが思わず言葉を漏らした。
当然槍はガゼルには刺さらない。全ての衛兵は突き刺す姿勢のまま止まっている。
「・・・・・?何をしているのです?早く済ませてしまいなさい。」
女王が不審に思い、声に出して再度指示を送った。
そこで今度は後列にいた衛兵達が隙間をぬって槍を突き出すが、同じように動きが止まる。
扉まで2人が歩いていく中、数十人の衛兵が槍を突き刺したまま固まってしまい、
何者にも止められる事無く2人が出口にたどり着くと退出前にガゼルが振り返って、
「じゃ、俺は行くわ。恩人の頼みを聞き届けないといけないからな。」
己の全てをヴァッツの『力』に賭けた山賊はいやらしい笑みを浮かべ、
彼を連れてそのまま出て行った。



 「誠に、申し訳ありません!」
2人が去った後、残された従者達が女王に跪き頭を下げていた。
「いいわよ。あいつに頼まれた時から絶対何か起きるとは思ってたし。」
諦めからなのか、先ほどとは違い崩した言葉遣いになっている。
「その代わり、別の方法で何かを償ってもらうわよ?」
「はっ!」
リリーと時雨が更に深く頭を下げる。
「ねぇハルカちゃん。昨日何があったの?」
何が起こっていたのかさっぱりわからない少女が出来たばかりの姉妹にひそひそと尋ねる。
「ちょっとした地震よ地震。たいしたことないわ。」
震えて同じ布団に潜り込んだ少女が強がってそう答える。

「ま、約束もあるしね。旅を続けるみたいだし援助はしてあげる。それと」
2人のひそひそ話に触れる事無く女王は続けて
「クレイス。貴方はどうするか決まった?」
保留になっていた問題を投げかける。
「はい!ヴァッツと一緒に旅を続けます!」
元気な答えがすぐに返ってきた。
答えはあの後見つかった。いや、元々見つけていた。
それを後押ししてくれる理由がほしかったのだが、昨日の事件で更に決意を固める事が出来た。

揺ぎ無い気持ちが言葉の端々にまで伝わっている。

それを見た女王はとても優しい笑顔を向けてくる。

重苦しい雰囲気で始まった謁見だったが、最後はあっさりと幕を閉じたのだった。





 「で、クンシェオルト様、昨日はどうだったの?」

客間に戻り旅支度を整えていると、ハルカがやってきて昨日の出来事を尋ねてくる。
「お前な・・・仮にも護衛側の人間がそれを聞くのはどうなんだ?」
「・・・・・だってクンシェオルト様、護衛いらないって言ってたし。」
むくれ顔で睨み付けるように抵抗してくる。確かにそう言ったが・・・
「まぁいい。ヴァッツ様の力をよく観察出来た。彼は非常に素晴らしい。」
「???素晴らしい???」
思ってもみなかった言葉に困惑するハルカ。
「ああ。お前が言っていた現象も確認出来たし先ほどの謁見の間での出来事、
そして昨日見たあの怪力と何かしら異能の力を使った戦闘。どれをとっても4将以上だ。」
さらっと自分より上だと言い放ったので思わず聞き流しそうになる。
「・・・ええ!?クンシェオルト様よりも!?」
「当然だ。ショウもそうらしいが、私の力も含め、異能の力というものには制限がある。
だが彼にそれは見当たらない。
無尽蔵にあふれ出る力とその動きはとても真似出来るものではない。」
自身より強いというのに随分楽しそうに話すクンシェオルト。
「・・・なんでそんなに楽しそうなの?」
「・・・・・楽しそうに見えるか?」
「ええ、とっても。」
無意識だったようだが自分の欲望が形になって表れていたらしい。
「そうか。以後注意しよう。」
そう言うと荷物を召使いに任せ、2人は馬車に向かった。





 「どんな代償を求められるのでしょうね・・・」
少し落ち着きを取り戻した時雨は先ほどの話を思い返す。
「主とアン女王は旧知の仲だと聞く。そんな気にすることは無いと思うぞ?」
「リリー・・・シャリーゼの城と街が半壊してるんだぞ?」
「・・・・・まぁお2人の仲を信じよう。」
言われて気が付いた事実を否定せず、
更に自信で考えることを放棄する素晴らしい返しに時雨は思わずため息が出る。

しかし昨夜の出来事。

クンシェオルトが3人の戦いをじっと観察していたのが気になる。
念のためリリーはクレイスの護衛に回っていたので、これは時雨しか知らない事だ。
かの将軍なら自分の気配くらいすぐ察知出来るはずだ。
だがそれもせず、かといって仲裁に入る様子もなく、ただひたすらに3人を眺めていた。

彼の目的はヴァッツ様か。

だが何のために?
ハルカとの戦闘時にその力をお見せになった。
その情報を持ち帰ったとしてそこから次の手を、と考えると、始末か勧誘か・・・

ここからは自分が従者として行動を共にする。
クンシェオルトの動向にだけは気をつけておかねばならないと時雨は密かに心に誓う。





 2台の馬車に新しい食料と毛布が積まれる間、ヴァッツは城の周辺に散らばった岩を回収していた。
これはクレイスの提案だ。
「ヴァッツにとっては簡単でも、これ1つ動かすのって普通は大変なんだよ。」
「へー。」
会話をしながら小石を拾い集めるようにどんどん回収される大岩。
とりあえず一か所に集めるという事で始めてはみたがいつの間にか城壁くらいの高さの山が出来ていた。

(僕はヴァッツのそばにいよう。)

昨日の事件でクレイスはそう思うようになった。
でないと今後もガゼルのような男に彼の力が悪用されかねない。
今の自分は国を取り戻す事以外は特に縛られているものはない。

(そうならないように、出来るだけそばにいよう。)

いつまで一緒にいられるかはわからないけど、
今まで助けてもらったお礼も含めて、今度は僕がヴァッツを悪い奴から守ろう。

それが先程の女王への答えでもあるのだ。
決意を新たにしたクレイスは心の底からヴァッツに笑いかける。
何十もの大岩を集めながら彼もそれに応える。

(2人の立場が変わってもずっとこの関係が続きますように。)

こうして散らばっていた目立つ大岩を全て片付けた2人は、自分たちの馬車に向かって歩き出した。





 そこにはすでに全員が集まっていた。
リリーはここでお別れなので見送りだろう。そして
「ねぇハルカちゃん。今度私の村にも遊びに来てね?」
ルルーが名残惜しそうにそう言うと
「まぁ暇が出来たらね。どの辺にあるの?ルーの村って。」
聞き返してきたハルカに『まずい!』といった表情を見せるルルー。
視線をリリーに向け、何かを言いたそうだ。
「???」
答えが返ってこないことに疑問の表情を浮かべるハルカ。そこに姉が助け舟を出す。
「では暇とやらが出来たらあたしが迎えに行こう。ネ=ウィンの関係者に聞けばお前の動向がわかるか?」
何やらまどろっこしい方法を提示してくる。ハルカもまだ子供なので小難しい事を考えずに、
「私、色んな所に飛んでるから皇子以上の人間しか居場所はわからないと思うけど。
私から遊びに行くから2人とも気を使わなくてもいいわよ?」
全うな理由を並べられて姉妹の2人は顔を見合わせて困惑している。
(何だろう?)
理由があるのか頑なに村の位置を教えようとしないので流石にハルカも何かを感じ取る。

「ではこれをどうぞ。」
今まで黙って話を聞いていた長兄のロランが、2人の後ろから出てきて小さな紙をハルカに手渡す。
そこには小さいながらも蝋で厳重に封印が施されており、押印もしてあった。
「・・・・・なにこれ?」
まるで機密文書のような封書に違和感を口に出すが、
「村の名前と場所です。読んだらしっかり処分してください。
貴方の職業上そこは信用していますが。」
「ちょっとロラン。いいのか?」
リリーが慌てて声をかける。
あれだけ嫌っているのに、それ以上に切羽詰まった様子で詰め寄った感じだ。
「大丈夫。あとで主には私から報告しておきます。」
「そ、そうか・・・」
「・・・・・じゃあハルカちゃん。私の村に来てくれるの?」
2人のやりとりから察したのか一転してルルーの顔に笑顔が咲く。
「ああ。せっかく出来た友達だ。是非遊びにきてもらいなさい。」
「やったー!!待ってるね!!」
「うん・・・?まぁ気長に待っててね。私も忙しいから!」
多少の疑問を残しつつ、女の子2人は別れの挨拶を笑顔でかわしていた。





 「・・・・・で、なんでこいつがいるんだ?」
ガゼルがクンシェオルトの馬車内で眠っているショウを指さして尋ねる。
「あら?もちろん誰かが街と城を破壊した罪への代償よ。
彼を連れて行っても誰かみたいに足を引っ張ることはしないわ。代償どころか恩賞ね。」
女王アンが鋭い視線を送りながら嫌味を突き刺してくるが、
全く気にしない様子でとぼけた表情を浮かべながら御者席に乗り込むガゼル。
「おお!!ショウも一緒に行けるの?!」
ヴァッツは旅のお供が増えて大喜びだ。
「ええ。ただショウは『灼炎』の力を使うとしばらく寝不足みたいな状態になるの。ゆっくり休ませてあげてね。」
聞きなれない言葉が彼の力の正体だと理解する。1人を除いては。
「うん!!わかった!!いやー楽しみだなぁ。」
「だなぁ。俺もこいつが起きたら一度本気で立ち会ってもらわないとな。」
質の全く違う笑みを浮かべる2人を、何故か微笑ましそうに見つめる女王。
「あ、あの。カズキは何とか止めるので。」
クレイスが何度目かわからない申し訳ない気持ちでアンに伝えると、
「ええ。よろしくお願いね。」
いくつもの意味を重ねて、女王は優しい笑顔でクレイスにそう答えた。





 「うわー。これまた派手に壊れてるなぁ。」
ナルサスが寄越した小隊は北には向かわず、そのままシャリーゼに呼ばれた。
「何だ?どこの軍がやったんだ?もうリングストンがそこまで来てたのか?」
ネ=ウィン兵がその惨状を見て様々な憶測を飛ばす。
「先日、正体不明の軍の夜襲を受けたらしい。我々はこの地の復興作業にあたる。」
「ええー!?国境付近の偵察に行けないんですか!?」
長老の命令に兵士から不満の声が続出する。だが
「これは女王自らの命令だ。皇子にも了承は得てあるそうだ。
これが済み次第北へ向かうので、全員全力で事に当たるように。」
皇子の了承という言葉に一同は納得をする。するしかない。
「まぁ仕方ないだろ。さっさと終わらせよう。」
そういって中年のフェイカーが先立って城下へ向かう。

途中、全壊している街門のそばに不釣り合いな大岩が転がっていた。

彼は隊列を離れ、その大岩に近づき、地面の小さな足跡に視線をやる。
・・・・・
そして何を思ったのか大岩を両腕で掴み、一気に持ち上げる。
その様子を見てシャリーゼからは動揺と恐怖の声が上がった。
しかし自軍からは何も声が出てこない。むしろ
「フェイカーさん。何やってるんすか?」
同じ一兵卒の若輩者が軽く笑いながら声をかけてくる。
「いや。ちょっと気になってな。」
つられて笑いながらフェイカーはその岩を放り投げて落とす。
両手についた土をぱんぱんと払い、つぶやくように
「これを持ち上げて走る、か・・・・・ちょっと難しいな。」
そして何事もなかったように隊列に戻っていった。

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