闇を統べる者

吉岡我龍

戦闘狂と愛国狂 -野営地-

 「痛つつ・・・」
昨日カズキに弟子入りし、
課せられた課題を実直にこなした彼は馬車内で体中に痛みを感じていた。
「本当に何もしてこなかったんだな・・・」
心配というよりは呆れ顔で呟いてくるカズキと、
「大丈夫?どこが痛いの?」
動きにくそうにしているクレイスを心配してくれるヴァッツ。
「ただの筋肉痛でしょう?心配する事はないですよ。」
割と辛辣な意見を笑顔でさらっと答えるショウ。
『ロークス』を出て一晩を野宿で過ごした次の日、
それぞれが性格通りの反応を店ながら少年4人はリリーの引く素朴な馬車に乗っていた。

「あんたはずっとあっちの馬車に乗ってればいいじゃない!?」

何故かリリーの事をお姉さまと呼んでいるハルカが今朝方そう言い放っていたのだが、
「やだ。今日はクレイス達と一緒に乗る。」
同等の我侭をつき返され、力関係上、無言で彼女が折れる事になる。

ゆっくり走っているにも関わらず、走行の振動で絶妙な痛みが走る中、
「む。そういえばお前、手の平見せてみろ。」
カズキに言われるがまま、開いた手を向けると、
「あちゃー。豆がつぶれてるじゃねーか。」
「痛そう・・・」
覗き込んできたヴァッツも顔をしかめている。
その惨状を確認すると懐から小さな小瓶?みたいなのを取り出し、
蓋を開けると指を突っ込む。
引き抜いた指には何やら暗い緑の粘液らしいものがのっぺりとついていた。
「これを塗っとけ。で、今日から3日は剣を振らなくていい。」
恐らく薬の類だろう。
それ自体が染みたりはしなかったが、かなり不器用に指を走らせてきた為、
何とも言い難い別の痛みが走る。
(怪我を気遣ってくれているんだろう・・・けど、もう少し優しく・・・)
流石に親切心を感じているので口には出さないで我慢するが、
「・・・あれ?修行を休んでいいの?」
言われた内容に後から気が付き、
「ああ。その手じゃまともに振れないだろうからな。しまったなぁ。
俺も最初はそんな感じだったのにすっかり忘れてた。」
申し訳なさそうにするカズキを見て、痛みより意外さを感じると、

「随分お優しいんですね。」
そのやりとりにショウがクレイスと同じ気持ちを代弁する形で口を挟んできた。
「・・・そうか?どこに優しさを感じた?」
不思議そうに尋ねるカズキに、ここでもショウが答える。
「傷の手当てに薬を出したり、体を休ませたりと配慮が行き届いているな、と。
貴方のこれまでの言動から
怪我をしていようが無理矢理何でもやらせそうな性格かと思っていましたので。」
歯に布着せぬ物言いに少しあっけにとられるが、
「ふむ・・・俺も後から思い出したんだけどな。
怪我をしている時に無理矢理素振りとかしても型が狂うから良くない。
だから休めって言ったんだよ。薬はさっさと傷を治す為だし。そうか・・・優しいか・・・」
何か考え込んでしまうカズキをよそに、
隣にやってきたショウが手持ちの包帯を素早く丁寧に巻きつけていく。
「おおー?!ショウ凄いな?!」
鮮やかな処置にヴァッツが感嘆の声をあげ、巻かれている本人も口を開けて見ていると、
「一通りの応急手当は学習済みですから。・・・暇ですし、
簡単な手当てくらいお教えしましょうか?ヴァッツ様。」
「おお!!やるやる!!あ、あと様っての何か堅苦しいし、ヴァッツでいいよ。」
提案を快諾し、更に敬称はいらないと言われ、少し驚いた表情を見せたが、
すぐにいつもの笑顔に戻ると、車内ではショウ主催の手当て教室が行われ始めた。





 『ロークス』を出て三日目。
クレイスの手の豆と筋肉痛の痛みも取れてきて、修行再開の目処が立った頃。
少し開けた平地を走る一行の左手奥に、
小規模ながら軍人らしき部隊が野営地を展開しているのが目に入ってきた。

「あれって・・・ネ=ウィンの兵士だわ。」
隣に座っていたハルカが不穏な事を言い出したので、
「おいおい。まさかあたしらを襲おうっていうんじゃないだろうな?」
2人目の妹が出来たみたいで少し油断していたが、クレイスを擁している以上
彼女とクンシェオルトは敵対勢力だ。
気を引き締める意味も含めて、さぐりを入れてみると、
「私は何も聞かされてないわね。そもそも雇われの身だし・・・ちょっと見てこようか?」
とても素直な反応に本心なのだろうと納得するリリーは、
「いや、1人じゃ危ないだろ。このままもう少し近くまで行ってみよう。」
相手は恐らく100人前後。数えられるほどの小数だ。
現在リリーは護衛の意味も含めて従者を務めているが、
底の知れない強さを持つヴァッツにカズキ、恐らくかなりの強さを持っているであろうショウ。
そこに自分と、ハルカもこちらに牙をむく事は今後ないと考えて戦力を計算する。
一兵卒100人程度ではこの一行を止めるのは不可能だろう。
(いざとなれば開戦か。しかし交渉よりよっぽど気が楽だな。)
「お姉さまってば優しい!!大好き!!」
つい彼女の身を気遣ってしまい、ハルカが喜んで腕に飛びついてきた。
気を引き締める為に少し距離を置こうと冷たく接したはずなのに、結果余計に緩む形になってしまう。
(敵対勢力の戦力をこちらに引き込み、結果大幅に削っているのは間違いないんだ。
これでいい、これでいいに違いない。)
最終的に自分への言い訳を組み立て上げたリリーは仕方ないな、
といった表情を作りつつ、静かに馬車を走らせる事を選んだ。



 そんな2人のやりとりを知る由も無いクンシェオルトは
小窓から見えたその部隊が目に入ると少し考えてから御者席に、 
「ガゼル。前方に止まるように伝えてくれ。そこに展開している部隊に用がある。」
「へいへい。」
完全に御者として従っているガゼルはその命令も大人しく受け、
前方に大声で止まるように指示を出す。
「何々?どしたの?」
その日はまたヴァッツとショウがクンシェオルトの馬車に乗っていた。
「少数ですが、あれはネ=ウィンの部隊ですか?」
ショウも小窓からちらりと覗き込んで確認する。
「恐らくは。この辺りはシャリーゼの領土に近い。
私は何も聞いていませんので、少し確認を取ってきます。」
戦闘を展開するには少なすぎるし、かといって斥候や偵察の規模は大きく超えている。
そもそも平地に堂々と陣を構えている時点でかなり違和感がある。
馬車が止まるとすぐに扉を開け、颯爽と地面に降り立つクンシェオルトは、
「ハルカ!様子を見に行くからついて来なさい。」
完全にリリーという女性に心を奪われている雇われ暗殺者に声を掛ける。
「私もご一緒させていただいても?」
後ろからショウが降りてきて尋ねる。
「もちろんです。何か不透明な部分があれば指摘して下さい。」
その後、前の馬車に乗っていた人間達とも話しをつけ、
リリーを加えた4人で幕陣の方へ赴く。と、その前に、

「そうそう。ガゼル、もし馬を盗んで逃亡などを企てたら捕えた後100日拷問に掛ける。」

「涼しい顔で恐ろしい事言うな・・・大丈夫だ。どこにも逃げねぇよ。」
念の為に新人中年御者に釘を刺しておくが、
彼自身も何か思うところがあるのか、逃げる計画は立てているものの、実行に移す気配はない。
一応の後顧の憂いを絶った彼は3人を連れて話をつけに中央へ歩いていった。



 「逃げる前に俺と立ち会えよ。あん時は邪魔が入ったからな。」
4人の姿が小さくなってからカズキが声を掛けてくる。
「まぁ後ろから斬られたり、拷問に掛けられるくらいならそうするわ。」
答えると獣がニヤリと口を歪めて笑みを浮かべた。
様々な問題児を抱えた一行と行動し始めて、彼なりに色々とわかり始めた事がある。
(こいつらは割と話がわかる奴らだ。)
もちろん一歩間違えれば斬りかかられる事には間違いないだろうが、
それでもガゼル自身が大人しくしていれば特に問題が起こる気配もなかった。

更に、
「暇だね・・・ガゼル、虫取りしにいこうよ。」
ハルカとリリーの仲ほどではないが、何故かヴァッツにある程度好かれているらしい。
「おう、いって来い。俺は馬番があるからここを離れられねぇ。」
そしてそれが大きな抑止力となって周囲に制限をかけている。
お陰で御者を押し付けられた以外に不自由さは感じず、ここまで来れているのだ。
(この集まりの中心人物がこいつとクレイスだ。王子はともかく、
ヴァッツに好かれているのは待遇を考えても非常に大きい利点になっている。)
今のところカズキも大人しくしているし、
これならねぐらに戻った仲間も十分に休息出来る時間を稼げるだろう。
そして何故か王子が飯炊き担当で、これが非常に美味い物を作って出してくる。
胃袋を掴まれたせいか離れにくさを助長しているのだ。
(あいつ本当に王子なのか?なんであんなに料理が上手いんだ・・・まさか影武者?)
結果、時々クンシェオルトが高圧的な態度を取る事以外はほぼ快適な旅となっている。

ただ、ずっとこのままという訳にもいかない。

いずれは縄張りに戻り『ボラムス』を陥落させるか、市長を殺すという仕事が彼には残っている。
問題はその時期だ。
(あいつらの目を盗んで、隙を見てここから離れる・・・
・・・・・うん?よく考えたら、そんな事が可能なのか?)
カズキはクレイスの護衛という名目でついて来ているが、実際はガゼルの命を狙っている。
クンシェオルトはカズキとは別の意味で過酷な責め苦を与えてきそうでより怖い。
ヴァッツの庇護下に置かれているからこその快適空間であって、
ここから離れたら彼らが慈悲を与えるなどという事は断じてなさそうだ。
(・・・・・ま、まぁずっとこのままってことはないだろう・・・・ないよな?)
命乞いから始まった旅で、それは確かに達成されているが、
まさか抜け出す事にここまで危険が伴ってくるとは想像していなかった。
最終手段として、自身の身を助けてくれた『何かの力』を頼りたい訳だが、
そうすると恐らくヴァッツの身柄ごと攫う形になってしまう。
(考えれば考えるほど深みにはまっていくな・・・どこで間違えたんだ?)
ヴァッツが石をどけて地面を掘り返しているのを眺めつつ思いに耽っていると、

「じゃ、俺らも少し遊んでくるわ。」

カズキがクレイスを連れて敵陣に歩いていった。





 カズキに連れられて訳もわからないまま野営地に入るクレイス。
周囲からは珍しそうな視線が遠慮なく注がれ、
「ちょ、ちょっとカズキ?こんなところに入ったら危ないよ?戻ろう?」
「ばーか。折角敵が目の前にいるんだぞ?どんな奴らか調べておく必要があるだろ?」
敵と言われて思わずはっとする。
(そうか。国を取り返すには占領しているネ=ウィン軍を追い払わないといけない。でも・・・)
クレイスの中でその行動を起こすのは自身が強くなってからだと決めていた。
最低でも元服後。ただし2年でそこまで強くなれるとも思っていなかったので、
20歳くらいまで修行して、外見もしっかりとした大人になるまで、と考えている。
「あ、あの。まだ僕には早いと思うんだ。だからその・・・」
強面で屈強な男達の中に少年2人がずかずかと入っていくのは勇気というより無謀に近い。
相手にそのような気がなくても、襲われかねない威圧感にすっかり萎縮するクレイス。
「ふむ・・・」
そんな彼の気持ちなど微塵も汲み取る事無くきょろきょろと見回しながら歩みを進める。
そして、

「・・・・・ん?あいつは・・・・・」
足を止め、かなり年をとった中年の男を見つめると、
「おーい、そこのおっさん!!!」
いきなり大声で呼ぶと、その中年の男もゆっくり振り向き、少年2人を視界に入れる。
「ん?んん??なんでこんな所に子供が2人??」
当然の疑問を口に出しながら、こちらにゆっくりと歩いてくると、
「なぁおっさん。俺ら修行の旅をしてるんだ。ちょっと稽古つけてくんねぇか?」
また予想外の言葉を口に出し、隣で目を白黒させるクレイス。
「んんん???隣のボウズはそんな話聞いてないって感じだぞ?」
「こいつは臆病だから言ってなかった。その辺も踏まえてお願いしたいんだけど。」
(まずい。どんどん話が進んでいく。
何かしら反対行動を示さないとまた流されてひどい目に・・・)
そう思って口を開こうとした時、
「うーん。俺達は国の兵士だ。流石にそんな勝手は許されないんだよ。」
中年の男が断りを入れてきた。
クレイスにとって渡りに船だ。この意見に同意して後はヴァッツ達の所へ帰る。
「ほ、ほら。この人もそう言って・・・」
「俺達はクンシェオルトの友人だ。この事はあいつにも言ってある。」
またとんでもない事を口走るカズキに、
口を挟もうとしていたクレイスは大口を開けたまま固まる。
周囲も4将筆頭の名前が出てにわかにざわめくが、
「クンシェオルト様の?本当に?」
「ああ。今陣幕で話をしてるはずだ。で、俺達はその間暇だから稽古つけてもらおうと思ってな。」
「ふむ・・・・・ま、そういう事ならいいだろう。」
「えええ?!」
話が成立してしまい、驚きの声をあげるクレイスだったが、
カズキに首をがっしりと脇で絞められそれ以上何も言えなくされると、
「んじゃちょっと準備するから周囲を開けといてくれ。
あと真剣で頼むわ。」
そのままずるずると引きずられて後ろに下がっていった。



 「・・・なんてことしてくれるの?」
感情を前面に出すとただわめき散らしそうなので、ここは我慢しつつ
短い言葉だけで非難する事を選んでみたが、
「何って、これで修行兼情報収集も出来る。一石二鳥だぞ?」
彼の悲痛な叫びは微塵も届かなかったようだ。
「それはある程度強さがあればの話でしょ?僕が立ち会っても何の得もないよね?」
冷静に、冷静に話しを淡々と進めるクレイスに、
「ある程度の強さって何だよ。お前何年越しで国を奪い返すつもりだ?」
「ええ・・・えっと・・・10年?」
自分の中では最速であろう年数を口に出すと、眉間に手刀が打ち放たれた。

「・・・っ痛・・・何するの?!」
「おせーよ。3年だ。3年以内に取り戻せ。」
「無茶言わないで?!僕はまだ戦う術を何も持ってないんだよ?!」
言ってて情けなくなるがこれが事実だ。
その何も無い状態から3年でアデルハイドを取り戻すなんて考えると、
未だ真っ白な計画が更に真っ白く、そして広大なものに見えてくる。
それでもカズキは自分の意見を曲げようとしない。それどころか、
「いいか?決意ってのは年と共に劣化する。これは間違いない。
お前が本当に国を取り戻す決意をしているのなら死に物狂いで、3年以内に実行しろ。」
非常に強い視線を向けつつ、そう力説してくる。そもそも、
「な、何で3年なの?」
「俺のじじいがそう言ってたからだ。詳しくは知らん。」
時々出てくるカズキの師であり祖父の言葉らしい。
根拠らしいものを感じないのでただ盲目的に信じているだけにも受け取れるが、
「でも、決意が劣化するっていうのは何となく理解出来る。」
「・・・・・」
「3年の意味は今度聞いてみるが、要するに何でもさっさと取り掛かったほうがいいってことだ。」

そう言われると少し理解出来る部分もある。
国を追われ、旅を始めてから悲しみや悔しさが薄らいできているのは実感としてあった。
もちろん底抜けに明るいヴァッツや皆が一緒にいてくれたのも大きいだろうが、
時間が影響しているのも間違いないだろう。
「・・・で、でも立ち会うって何すればいいの?」
全くの素人なので、それ自体が想像つかないクレイスは
回避する事を諦め、対策を聞いてみる。
「教えた型があるだろ?それを全て試してこい。もう手の平の痛みもそんなに無いだろ?」
最初に1000回ずつ素振りをして以来握っていなかった木刀を渡される。
確かに休養と薬がよく聞いたお陰か、痛みはほぼ無かった。
「とにかく構えて打つ。何でもいいから好きなようにそれを繰り返せ。
あのおっさんはそれなりに強いはずだから相手の心配はするな。
敵を相手に模擬戦できるとかお前超運がいいぞ?」
助言の最後に運がいいとか訳のわからない事を言われたが、
退く事は出来そうにないので、
「何かあったら助けてよね?」
万が一を考えて保険をかけておく。
「任せとけって。あ、1つだけ助言だ。大きく踏み込んでいけ。
お前が思っている以上に敵との距離は遠いもんだ。」
非常に軽い返事だったが、それを聞いて少し落ち着く事が出来た。



 お互いが準備を終え、草原に向かい合って立つ。
周囲の兵卒達も、何やら騒ぎが起こるという事で観客として集まりだしていた。
「おや?そっちの少年は木刀か。」
中年の男がそれを見て何かを感じたのか、
「まだ修行を始めて3日だ。よろしく頼む。」
カズキが補足を加える。
それで相手も木刀に換えてくれたりしないかなと淡い期待を抱いたが、
「わかった。じゃあ打ち込んで来い。」
きらりと光る長剣を右手に、体は斜に構えている。
(・・・こうなったらヤケだ!!)
何もわからないまま思い切り打ち込んでいくクレイスに、
中年の男は身動きせず黙って立っている。
(あれ?これは当たるんじゃ?)
大きく振りかぶり振り下ろそうとしているにも関わらず目立った動きは確認出来ない。
まさか自分の木刀が相手に当たる事など想像すらしていなかったので、
一瞬迷いが生じるが、
「思い切りいけ!!!」
まるでその心を読んだかのようにカズキが怒声を上げる。

ぶおんっ!!

全力で振り下ろした木刀は空を切り、相変わらず目の前にいる中年は
軽く長剣を振るとさっと左に移動した。
(・・・かわされた・・・の?)
動きが全然見えていなかったので、一瞬あっけに取られるが、
「どんどんいけ!!遠慮するな!!」
またカズキが大声で助言を送ってくる。
少し左肩に違和感を覚えたが、その時は特に気にする事無く、
今度は踏み込みつつ薙ぎを試す。
横一線の太刀筋は縦長である人間の体でかわすのは難しい。
それを知っているわけではないが、これなら当たるかもしれないという閃きがクレイスの中にはあった。
しかしそれでも当たらない。
今度はかわしつつ軽く長剣を振るった後、右に移動する中年の男。

(こんなに差があるものなの?)

もはや自身をに何か幻覚症状でも出ているんじゃないかと疑い始めるクレイス。
攻撃が当たらないのは仕方が無いとして、
どうやって動いてかわしているのかくらいは確認出来ると思っていたのに、
相手が何をやっているのか皆目見当がつかない。
「いけいけ!!どんどん振れ!!」
野次馬が騒ぐ中、何故かカズキの声だけはよく耳に届いてくる。
困惑はするが、特に命の危険はなさそうなので、
クレイスは胸を借りるつもりで言われるがままにどんどん木刀を振り続けた。



 「そこまで!!!」
周囲の兵卒から不満のヤジが飛ぶ中、やっとカズキが止めに入る。
「ふぅ。やっと終了か。一応加減はしたつもりだが、大丈夫か?」
中年の男が3歩ほど下がって剣を収める。
「だ、ダイジョブです。」
クレイスは目に強い光を宿したまま、肩で息をしながら答えると、
「じゃあ、帰って傷の手当てだ。」
真後ろまで近づいて来ていたカズキがそう言った。
(???)
最初は何の事かさっぱりわからなかった。
もしかして自分の木刀が相手に当たっていたのかな?
そんな期待も浮かんだが、カズキに木刀を渡す時、
「・・・あれ?!」
結構な量の血が付着していた。
「ほらほら。さっさと来い。」
詳しい説明のないまま、立ち会う前に連れられた平地の端に戻ってくると、
「とりあえず上は脱げ。」
「???」
一方的に服を脱げと言われ出し、理解が追いつかなくなったクレイスは、
「何で?」
と、思わず口にする。その時カズキは珍しく驚いた表情で、
「お前・・・そんな傷だらけのまま皆の所に戻る気か?」
「え?」
言われて自身の体を初めて確認すると、
深くは無いが、多数の刀傷が自身に刻み込まれていた。
「・・・ええええ?!?!」
「うるさいさわぐな。早く脱げ。」
それを自身が認識したせいか、斬られている部分に痛みが走り出す。
お陰で上着を脱ぐのも一苦労したが、
裸になった後はカズキがまた小瓶の薬を全ての傷に塗りこんでいき、
包帯での処置を手早く進めていく。

すべてが終わった後、
「お前、才能はあるな。これからも精進しろよ。」
驚くような発言がカズキの口から飛び出した。



 「さて、それじゃ次は俺の番だな。」
クレイスは端っこに残したまま、カズキが軽く伸びをしながら平地の中央に向かう。
「お前は強そうだ。手加減が難しいかもしれんが大丈夫か?」
中年の男が心配そうにこちらに確認してくると、
「構わねぇよ。それより1つ確かめたい事があるんだ。」
そう言って周囲の野次馬兵卒達をくるりと見渡すと、
刀を抜き、手の平でこいこいと挑発を送る。

「お前らってどの程度の強さなんだ?野次ばっかり飛ばしてねぇで、ちょっとかかってこい?」
 
一瞬で騒がしかった空気が静まり返り、
1人、また1人と兵卒達が無言で剣を抜き始めると
「面白れぇじゃねぇか小僧!!」
血を見て興奮していた観客達は本来のネ=ウィン兵への姿に戻り、怒声を上げて斬りかかってくる。
カズキは落ち着いたまま一番最初に向かってきたネ=ウィン兵に突っ込んで行き、
体勢を低くしたままネ=ウィン兵の体を通り過ぎた。
「ぐあっ!?」
うめき声を上げて転がり倒れたネ=ウィン兵。その太ももには大きな斬り傷が浮かび上がっている。
そんな光景が目に入ってきても、襲い来るネ=ウィン兵の足は止まらない。
上段から、横薙ぎからと、様々な剣閃がカズキを襲う。
だがそれを紙一重で交わし、更に反撃を浴びせる。
武器を持つ腕を斬られ、踏ん張る足を斬られ、ネ=ウィンの兵士達は瞬く間に無力化されていく。

十数人を斬り伏せ、地面に転がる者や武器を持てなくなり後ろに下がる者が増えてきた。
その少年の力に恐れをなし、襲い掛かる兵士がいなくなった頃、
「やれやれ。派手にやってくれたなぁ。」
距離を取って見守っていた、中年の男が近づいてきた。
「ま、これくらいいいだろ?誰も殺しちゃいない。」
非常に満足した笑みをこぼして答える。
(さすがに賊とは全然違ったな。)
余裕があるように振舞ってはいるが、これまでにない強さをもつ集団との戦闘。
これはカズキにとても良い経験を与えてくれた。
本当はこんな蛮行を仕出かすつもりはなかったが、
クレイスの隠れた才能を目の当たりにし、つい血が滾ってしまったのだ。
お陰で2つの欲望を満たす事に成功したカズキは
正直中年の男との立会いは半分どうでもよくなっていた。しかし、

「少しお仕置きも兼ねて、改めて俺が相手をしよう。」
そう言って、彼は鞘に納めたままの剣を構える。
その姿はクレイスに向けていたものと同じだが、
「おいおっさん。俺を相手に手を抜く気か?」
完全に舐められている行動を見て、苛立ちを隠さず言い放つカズキ。
「クンシェオルト様のご友人に手荒な真似をする訳にもいくまい?」
にやりと答える中年の男。
その発言と表情を見て一瞬で距離を詰めるカズキ。
鋭い右薙ぎを鞘に収まった剣で難なく受ける一兵卒。
先ほどまで入り乱れていたネ=ウィン兵とは明らかに違う動きに、
遠くから見ていたクレイスの目も点のようになっている。
さらに恐ろしい速さと威力の追撃をいくつも放つが、
涼しい顔で、しかも片手で握っている鞘付きの剣で全て受け流される。

怪我でうずくまっている野次馬も声を出す事すら忘れて2人の立ち合いを見守る中、

(こいつ・・・まるで・・・)
カズキの焦りは頂点に達していた。
彼の脳裏には相手が自身の祖父の姿へと変換されていく。
相手を見誤った事と、遠慮する余地が無いと本能で理解した瞬間、
絶命は免れないであろう渾身の振り下ろしを放つ。
しかし中年の男は更にそれより速い右手のみの打ち込みで打ち払う。

お互いの剣戟が交差した後、お互いの動きが完全に止まる。
気が付けばカズキの両腕には鞘付きの長剣が叩き込まれており、赤く腫れあがっている。
恐らく両腕とも骨が折れているだろう。
しばらくしてやっと自分が負けたことを理解したカズキは
落ち着いて2歩下がり、その場で跪くと、

「参りました。」

と短く答えるのが精いっぱいだった。



 カズキがネ=ウィンの衛生兵に手当てをしてもらっていると、
「そういや名前を聞いてなかったな。」
そばにいた中年の男が沈んだ雰囲気を漂わせるカズキに話しかける。
「俺はフェイカー。お前達の名前は?」
「・・・俺はカズキ。そっちはクレイスだ。」
添え木ごと両腕を包帯で固定され、処置が終わったカズキが答える。
少しは元気を取り戻したのか。声の調子はいつも通りに聞こえた。
「カズキとクレイスか。ふむ。覚えておこ・・・クレイス?」
その名前を聞いたフェイカーが彼の名前を聞き返す。
「ああ、アデルハイドの王子だよ。」
明らかに表情を青ざめながら、ぎこちなくクレイスに顔を向けるフェイカーに、
軽く会釈を返す王子。
「・・・・・お前、なんてことしてくれたんだ?」
勝負に勝ったはずのフェイカーの顔色が今度は蒼白になっている。
「ほんとだよ。両腕使えなくなったら不便で仕方ねぇ。」
「いや。お前のことはどうでもいい。」
言い切ると、フェイカーはクレイスの前で跪き、
「知らなかったとはいえ、随分な怪我を負わせてしまった。申し訳ない。」
「い、いえ。気になさらないでください。僕もいい経験になりました。それに・・・」
じろりとカズキに視線を送り
「彼の命令でやったことですから。」
笑顔でそう応えると、フェイカーは泣きそうな笑顔を王子に向けるのであった。

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