闇を統べる者

吉岡我龍

戦闘狂と愛国狂 -ロークスにて-

 『ジグラト』王国は西にシャリーゼ、北にリングストン、東にネ=ウィンと、大国に囲まれている。
非常に危うい立地の国だが、シャリーゼが貿易時の中継拠点として
彼の国の大都市『ロークス』を好んで使っているので、国家間の対立はほとんど起こっていない。
様々な種族と国が交差するこの都市はそういった事情から
多大な利益を上げ、発展を遂げ、結果様々な施設も建設された。

それらのうちの1つ、『ロークス』にある迎賓館には近隣三国による会談が行われる為、
現在厳戒態勢が敷かれている。
ネ=ウィンからは皇子ナルサス、シャリーゼからは宰相のモレスト、
リングストンからは副王の1人ファイケルヴィが参加する予定だ。

三者とも、数日前には入国し、準備を終えていた。
開始数分前には全員が席に座り、その傍にはそれぞれの護衛が立つ。
時間になると開口一番、
「さて、貴方方を呼んだのは他でもない。先日アデルハイドが『何者か』の手によって陥落した。」
皇子ナルサスがそういって話を切り出す。
「「・・・・・」」
聞き手に回った2国の代表は表情を崩す事無くその話に耳を傾ける。
シャリーゼは非常に交流が盛んな国だ。
その辺りの情報をどこまで掴んでいるのかわからないが、
(陥落・・・何者かの手によって、だと?)
早速きな臭い匂いを嗅ぎ付けるファイケルヴィ。
彼の地は南北を大国に挟まれた小国だったが、それらに劣らず強国であった。
そしてその南北の衝突を避ける緩衝国としての存在が大きかった。
ここを落として得をするのは北か南以外に有り得ない。

(東の蛮族が束になっても落とせるとは思えんし落とす理由がない・・・)
東の広大な山岳地帯には大小の民族がそれぞれの集落を作り生活しているが、
彼らは自身で他を侵攻するような性質を持ち合わせていない。
むしろリングストンがその強大な土地を飲み込もうと少しずつ侵略している最中だ。

「ふむ。それが今回の会談と何の関係が?」
とりあえず様子を探ろうと、モレストが無難な返しでその先を話すよう促す。
「我がネ=ウィンはその『何者か』によって落とされたアデルハイドの地を取り戻す。
その為にクレイス王子を全面的に支援するつもりだ。」
(と、いう事は今アデルハイドの王子は彼の元に保護されているのか?)
全てを信じるのは危険だが、王子の名が出てきた事で少しだけ情報の信頼性を上げて続きを聞く。

「ゆえに、我が国は『何者か』の情報を全て収集したい。そのご協力と、
ネ=ウィンの軍は全てクレイス様率いる軍だと思い、全ての街道を通行する許可を出してもらいたい。」

「まてまて!」
ここまで黙って聞いていた副王ファイケルヴィが思わず口を挟む。
「何ですか?ファイケルヴィ殿。」
「色々と話が急すぎる。そして一方的だ。まず・・・」
そう切り出して、少し考えた後、言うべきかどうかを悩んだ言葉を続ける。
「皇子。貴方は『何者か』と言っているが、我が国ではネ=ウィンがアデルハイドを落としたという
情報を入手している。そこはどう思われる?」
はったりをかます事を選ぶ。
そもそも陥落したという情報すら届いていないのだ。
真偽が不明すぎる為、とにかく疑惑を消していく方針で固める。

「我が誇り高き軍はそういう妬みを良く受ける。」

よく聞く彼の口癖みたいな返事が返ってきた。不快感を顔に出さず、
「彼の国を陥落出来る国が近隣にあるとは思えませんが?その辺りはどう考えておられる?」
そう言って、モレストの方にも視線を送る。
シャリーゼならもっと情報があるかもしれない。
ここで彼が何か補足でも入れてくれれば御の字なのだが・・・
「私の国にそのような情報は届いておりません。ファイケルヴィ殿の仰る通り、
アデルハイドを落とせる戦力を保有する国は限られております。何かの間違いでは?」
「そもそもそれだけの軍ならば行軍履歴が残っているはずだ。
少なくとも北には何もありませんぞ?」
モレストの発言に乗っかっていく副王。北と西からの線を潰せば後は南と東しかない。
しかし東は少数民族が山岳に小さな集落を作っているだけで戦力と呼べる物は保有していない。
消去法で南のネ=ウィンに疑惑の目を向ける事に成功した彼は、
シャリーゼの宰相からもあまり印象のよくない視線が送られるのを確認し、心の中で大いに満足する。
しかし皇子は非常に落ち着いた姿勢を崩さない。静かに口を開き

「でしたらアデルハイドに斥候なり使者なりを送ればよい。どこに我が軍が関わっているのか
しっかりとした証拠を持ち帰るのを忘れずにな?」
自信満々でそう言い切る皇子。開き直りには見えず、一瞬反論すべきか戸惑う。
「皇子。その『何者か』の見当は付いているのですか?」
モレストが困惑しながら尋ねると、
「・・・・・それは本人の口から聞きたいものだな?副王?」

ナルサスの発言を受け、ファイケルヴィのそばにいた護衛の将軍ハイジヴラムが剣の柄に手をやる。
副王は抜刀しかねない彼の行動を素早く手で御し、顔に怒りの表情を作ると、
「貴様、我が国の仕業だとぬかすか?」
先ほどとは違い、言葉を選ばず強く詰め寄る。
「もしそうなら、戦禍は免れんな。」
静かにそう返すナルサス。
モレストは冷や汗をかきながら2人の顔を見合わせている。
(・・・挑発か、もしくは・・・)
沈黙が続き、やがてゆっくりと席を立ったファイケルヴィは、
「アデルハイドを調べよう。もし何か出てきたら皇子、貴様の国は滅びますぞ?」
そう言い捨てると護衛と共に部屋を後にした。





 部屋に残った皇子とモレストは、お互い顔を見合わせる。
「皇子。先ほどの発言はさすがに・・・」
「売り言葉に買い言葉という奴だ。気にしないでくれ。」
笑みを浮かべてそう答える。国と国が衝突しかねないのだ。
その話に参加しているだけで寿命が縮まる思いである。
「我が国もまだ『何者か』の情報がまとまっていない状態だ。シャリーゼも十分に注意してくれ。」
そう言われると何も返せなくなる。だが1つ疑問があった。
「はい。ところで皇子、今回の会談に我が国は必要ありましたか?」
「ある。こうなると予想はしていたからな。いざとなれば仲介に入ってもらう予定だった。」
「なるほど。」
(・・・だがそれなら一言事前に教えてほしかったものだ。)
損な役回りだがシャリーゼはどちらの国とも同盟を結んでいる。
頼られるのは仕方が無いとして、これは後ほど金銭として還元してもらわねばなるまい。
頭の中でそろばんを弾いていると、
「それと・・・モレスト。人払いを頼みたいのだが。」
いつになく真剣な表情を見せるナルサス。少し嫌な予感はしたが
ネ=ウィンと事は荒立てたくないと女王にも言ってきたのだ。
仕方なく護衛を退出させ、皇子の後ろにいた4将筆頭も同時に部屋を出る。

「アデルハイドとは別件だ。リングストン領での内紛は聞いているか?」
「はい。一応は。」
丁度シャリーゼの北に位置するリングストン領ナーグウェイでの話だ。
跡継ぎ問題で領内は荒れ、南北にある小国への略奪行為、更に海にまで影響が出ているという。
「ナーグウェイでの争いを理由にシャリーゼまで南下してくる可能性がある。」
「まさか・・・」

否定しようとするが、『リングストン』は侵略の手段を選ばない事で有名だ。
従属した国の扱いもひどく、此度のような後継者争いは国王の権力を巨大化する為に利用され、
元の領主は疲弊し、更に領内が貧しく、治安も悪くなるのはよく聞く話である。
この世界で唯一奴隷制度を採用している、まさに独裁国家と呼ばれるに相応しい国。

もちろんシャリーゼも何も手を打っていないわけではない。
商業による莫大な財力で各方面に強力な同盟関係を持っている。
リングストンもその1つだ。
果たしてそれを破ってまで南下してくるだろうか・・・

「そのまさかが有り得たら我が国としても困る。そこで今回、寡兵だが
斥候軍としていくらか連れてきている。これをシャリーゼの北部においてもらいたい。」

(なるほど、それが狙いか。)

モレストは会談の意味を理解する。
先ほどのファイケルヴィとのやり取りと言い、
ネ=ウィンは本格的にリングストンとやりあうつもりか。
そう考えると『何者か』というのも言葉を濁しただけの宣戦布告になり得る・・・
様々な憶測が頭の中を駆け巡るが、結果としてはただ1つ。

(これを飲むわけにはいかないな。)

「軍を率いての帰国となるとさすがに女王陛下の許可が必要になります。
それに軍隊は目立ちますし、維持費なども・・・」
遠まわしに断る方向に話を持っていこうとする、と
「心配するな。精鋭で100ほどだ。こちらから手を出すほど愚かでもない。
ただ情報がほしい。これは共有する。どうだろう?」
皇子の話を聞いて、瞬時に考えを改める。
いくら精鋭とはいえ100の兵では戦争にならない。
シャリーゼが戦火に巻き込まれる事はないはずだ。
情報の入手と危険性を天秤に掛け、更にネ=ウィンへの恩義を加味して再度考慮し直す。

(・・・ここまでなら譲歩の範囲内か・・・)

「わかりました。早馬で書簡を送りましょう。10日ほど猶予をいただいても構いませんか?」
「うむ。私は兵を置いて一足先に国に戻る。もし駄目だった場合は、全員国に帰してくれ。」
そういって笑い、2人は席を立った。





 クレイス達は『ジグラト』王国一の巨大都市『ロークス』に到着していた。
だが街の検問所でかなりの人数が列を作り、手続きを待っている状態だ。
「・・・どうやら間が悪かったようで。今この街では大国のお偉いさん方が集まっているようです」
リリーが馬車内に座っている面々にそう告げた。
「お偉いさんだと?」
「ああ。何やらここで会談が行われるらしい。」
ガゼルにそう答えるとリリーは検問待ちの列に並びに行った。
「階段?」
「会談ね。話し合いのことだよ。」
無知なヴァッツにクレイスが丁寧に教えている。
「街に入るまで退屈だな。」
すっかり開き直ったガゼルは、ヴァッツの隣を陣取りながら鼻毛を抜いていた。
というのも道中、クレイスの拉致についての情報を洗いざらい吐いたのだ。
全てを話して気が楽になったのか諦めがついたのか、
初めて出会った時のような気性の荒さは微塵も感じられなくなっている。
そんな気の抜けている山賊を白い目で見ながら
「・・・まぁこればかりは仕方ないしね。ヴァッツ、一緒に本でも読む?」
「うん!」
ヴァッツのどこを気に入ったのかわからないが、出来る限りガゼルと話をしたくない、
させたくないクレイスは2人の空間を作ろうと躍起になる。
向かいに座っていたカズキは彼らのやり取りには目もくれず
そこから見える街の建物をじっと見つめている。

一行が街に入れたのはそれから2時間後の3時過ぎになった。



 「おおおお!!」
街に入るとヴァッツは馬車の幌にのぼり一望していた。
「ヴァッツ!危ないよ!?」
そんなクレイスの声は届いていない。
今まで通ってきた村とは違い、主要道には石畳が敷かれ、建物も石造りが多く高さもある。
戸数も数えきれないほどだ。
見たことのない街並みに強く心を打たれているらしい。
「おーこれが『ロークス』か。俺も来るのは初めてだわ。」
ガゼルも物珍しそうに周りを見渡し、
「まぁ山賊が入れる街ではないしな?」
「ぐ・・・」
御者席からニヤついたリリーから皮肉が飛んでくる。
「俺もだ。ここならいい鍛冶屋もありそうだな。」
カズキですら子供の顔に戻ってあたりに目をやっている。

大通りらしい道を中央に向かって進むと、目的地を見つけたのかリリーが馬車を左に寄せる。
「今日はここに泊まりましょう。」
そこはひときわ目立つ大きな建物。
3階はあるであろう高さと広さに扉や壁には装飾が施されている。
王城に住んでいたクレイスから見れば多少立派な造りだな、
程度にしか思わなかったが、
「マジか・・・こんな所に泊まったら金が吹っ飛ぶぞ?」
今まで不遜な態度しか見せていなかったカズキの顔がひきつっている。
初めて自分の感覚はやや浮世離れしているのかな?と感じ、同時に自分が王族だった事を思い出す。
「おおー!なんかすごそうだな!?」
ヴァッツは相変わらず楽しくて仕方ないらしい。
「大丈夫だ。旅の路銀は全て我が主が出してくれる。」
リリーが勝ち誇ったような笑顔でそう伝えると、
「お前たちについてきてよかったよ・・・」
ガゼルがそういって喜ぶ。
個人的にとても気に入らないがもはや言っても始まらない。
荷馬車から全員が降りると大きめの正面玄関から中に入っていく一行。

建物の中はさらに細かな装飾と、掃除が行き届いた空間になっており、
全員が物珍しそうに周りをきょろきょろと見回す。
リリーが受付を済ませている間、その一行に向けられる視線が1つ。
気がついたカズキがその方向を振り向くと誰もいない。
「・・・・・」
それから一向は各部屋へと案内されていった。





 三国会談が終わり、夕食も済ましたナルサスは迎賓館の1室でくつろいでいた。
「クレイスか・・・」
街門前にいたのを遠目で確認したアデルハイドの王子を思い出す。
何の苦労もしていない、何の力も持っていない少年だ。
敵として眼中に入ることはないが、利用するにはうってつけである。
アデルハイドを手中に収める為、彼を使わない手はないだろう。
それよりも、
「青髪・・・ではなかったよな。あの獣のような少年は。」
「あれは私が接触した時にはいなかったわよ。」
どこからともなくハルカが現れる。
「お前が言ってた少年よりあいつの方が恐ろしい気がするんだが。」
「やれやれ、皇子は強さの本質がわかってないわねぇ。」
両手でお手上げと表現しながらおちゃらける。
ナルサスも4将に近い実力を備えている。
そんな彼が見ても只者ではないとわかる獣のような少年。
しかしハルカはそれを眼中にも無いようにあしらっている。
(・・・そこまでなのか?蒼髪の少年というのは?)
強さの相関図を脳内に浮かべると、

「ますます王子が遠くなったな。」

ため息代わりに愚痴をこぼしてしまう皇子。
「あら?その為にクンシェオルト様を送られたんじゃないの?」
ハルカが軽く答えてくる。もちろん最強の駒を送ったのだ。
きちんとした成果を上げてくれるという確信はある。
しかし彼の性格上、クレイスを利用しての立ち回りは反対してくるはずだ。
なので多くを教えてはいないのだが、もし気づかれたら・・・
「あいつが戦う時は、私が命令を下した時だけだ。勝手に排除を目論んだりはしないだろう。」
「あの獣やろーとも仲良くするってこと?」
「接触の目的はあくまで蒼髪の少年だ。そしてクレイスの確保。戦う理由はないからな。」
「うーん。それじゃあつまらなくない?」
はてな顔で素直な気持ちを口に出すハルカ。
彼女の性格をわかってはいるのだが、ここでもため息を押し殺し、
「つまらなくない。国の命運がかかってるんだぞ。」
「うーーん・・・よくわからない。」
「わからなくていい。お前は特にな。」
(遊び心を優先する姿勢さえ直してくれれば・・・)
そこは大人な皇子。口には出さず国の代表としての意見だけを述べた後、
クンシェオルトの護衛という名目で、ハルカも彼と共に行動するよう命を下した。





 「いや、ほんと、昨日は最高だった。」
一番堪能したのは実はこの男ではないのか?
ガゼルが朝起きてきて皆の前でうっとりしながらつぶやいた。
「うまい飯にいい寝床、そして風呂だ。これで女がいれば言うことなかったんだがなー。」
旅の疲れからか、昨日はすぐに眠ってしまったクレイス。
山賊が一緒にいる事自体が嫌なのに、
その嫌な中年が楽しそうにしている事にいらいらを募らせていると、
「おい。カズキの代わりに私が叩き斬るぞ?」
「じょ、冗談だって!」
リリーが鋭い眼光で睨んできたので、すぐに発言を撤回するガゼル。
少しだけ溜飲が下がったクレイスは朝食を終えた後、
宿から出てヴァッツと一緒に街の散策へ行こうとした時、

「失礼します。クレイス様とヴァッツ様でしょうか?」

不意に横から声をかけられた。
殺気や敵意はなかったものの、その気配に気がつけなかったカズキとリリーは
続いて素早く宿から飛び出してきて臨戦態勢に入る。
「おっと?」
声をかけてきた主は赤髪の、クレイスに似た雰囲気の少年だった。
2人の動きを見て、思わず声を上げる少年。
「???オレがヴァッツだけど?お前誰だ?」
ヴァッツがきょとんとした顔で少年に近づく。
「私、シャリーゼ王国、アン女王に仕えるショウと申します。」
ショウと名乗った少年は非常に美しい所作でお辞儀をする。
「おーショウか。よろしくな!」
ヴァッツは覚えたての握手を試したかったのか、すぐに右手を出す。
ショウもすぐそれに応え、固く握りあうと、
「ショウ様。初めまして。私、お二人の護衛を勤めております、リリーと申します。」
「ええ、存じ上げております。あとカズキ様、そしてガゼル様ですね?」
初めて会うはずの少年が、途中から合流して日の浅い人間の名前まで知っている。

ショウは相当な人物なのだろう。
容姿もさることながら着ている立派な仕立ての服も、その身分を物語っていた。
「今回、我が国に向かわれているということで。女王から直接ご案内するように命を受けてまいりました。」
その言葉を聞いてリリーは一応警戒を解く。
「なるほど。では身分を証明出来る物を確認させていただいても?」
「どうぞ。あとこちらは命令書です。」
にこやかに書簡を手渡すショウ。それを確認して
「わかりました。ではシャリーゼまでのご案内、よろしくお願いします。」
証書を返してリリーもにこやかに応える。
「というわけで、我が祖国までの旅をご一緒させていただきますね。」
「おおー!また仲間がふえたー!」
ヴァッツは大喜びで、クレイスもその姿をみて少しだけ笑みを浮かべる。
ガゼルも子供が一人増えた程度でしか見ていない様子だったが、
カズキだけは終始怪訝そうな顔をしていた。



 ショウを加えた一行は『シャリーゼ』までの最終準備を終えて、
街門まで向かっていた。
馬車の中ではヴァッツがショウを質問攻めしていて、
それを何故かカズキが、厳しい目でにらんでいる。
「・・・お、おい。カズキ。そんな顔で睨み付けてくるのやめてくれない?」
何故かヴァッツの隣にいたガゼルが怯えながら訴える。
その視線が自身に向けられていると勘違いしたようだ。
「お前は本当にあの時の山賊か?同一人物とは思えん情けなさだな・・・」
青ざめた中年の態度に呆れながら返す。そして少し落ち着いたようだ。
「元、山賊な!?俺は別に格段腕が立つ人間でもないしな!?」
そんな2人の会話を眺めていると、

「クレイス様は我が国に来られてからどうされるのですか?」
ショウから不意に質問が飛んできた。
「え?ぼ、僕?」
「はい。形はどうあれ、これからどうされるのかな、と。」
「え、えーっと。と、とりあえず命を狙われているみたいだから、まずは匿ってもらって・・・」
「いえ、国が御身をお守りするのはともかく、クレイス様自身がこれからどう生きていかれるのかな、と。」
「え・・・?」
今まで考えたことのない質問に言葉が詰まる。
「あなたは王族とはいえ、シャリーゼでそれは通用しません。別の国ですから。
そこでどういう人生を歩まれるおつもりですか?」
「・・・・・」
人生という言葉にますます思考が縛られていく。
何をどう答えればいいのかわからないまま、ショウが一方的に話を続ける。
「私は今回の亡命の件、女王様が決定した事なのでそれ自体には口を挟みませんが・・・」
静かにゆっくりと話されるその言葉の裏には、何か意味がこめられているようだが、
それが何なのかクレイスにはさっぱりわからない。
「もし、我が国に不利益をもたらすような事があれば・・・」
「・・・・・」
隠す事ない威圧感をそのままにショウが最後の言葉を紡ごうとした時、

「なんだ、やっと本性が見えたな。」
その会話にカズキが入ってきた。クレイスからすれば救われる形になる。
「本性ですか?」
ついさっきまでの雰囲気が霧消し、初めて会ったときと同じ明るい少年に戻るショウ。
「ああ。気配の消し方といい、妙に取り繕ってる感じといい、お前。本職は暗殺者だな?」
目をぎらつかせて口元の犬歯をむき出しにして笑うカズキ。
相変わらずすぐに殺気を放ってしまうのか、ガゼルがまた震えている。
しかしそんな彼を前に怯んだ様子は一切無く、
「まさか。私は女王様の盾、いや。懐刀と呼ばれています。普段はね?」
笑顔で答えるショウに、納得したのか笑みを返すカズキ。
「ま、それはどっちでもいい。後で立ち会ってくれ。」
初めて会ったときと同じ風に、軽く戦いを申し込むと、
「私は女王様の命令がない限り戦いません。」
何ともいえない笑顔で固く断る赤毛の少年。
殺気は消えたようだが、また別の緊張で張り詰めた空気が馬車内を支配し始める。
ガゼルが真っ青になり、ヴァッツがきょとんとしている時。



どういう人生・・・か

国と父を亡くし、悲哀と、それを紛らわせる事しか考えてなかったクレイスの心に
その言葉は重くのしかかってきた。

自分は、これからどう生きていけばいいんだろう・・・



気が付けば街門での手続きも終わり、一行は街の外に出ていた。
そして数分も経たないうちに、荷馬車が急停車をする。

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