闇を統べる者

吉岡我龍

亡国の王子 -偽りの亡命-

 『アデルハイド』城内は完全に混乱し、防衛線は圧されつつあった。南門が破られると少ないながらも敵の精鋭部隊が城下になだれ込んでいく。
負傷した王キシリングも体に鞭打ち必死の抵抗をするが『ネ=ウィン』の4将フランドルの激攻に受けきる事すら敵わない。
「おぉぉーーーらああああああぁぁ!!!」

ばきゃっっ!!!

盾の上から鎧をもへこませる膂力のこもった大槍の一撃に踏ん張りきれず大きく後方に吹っ飛ぶ。
それを親衛隊が必死で受け止めると、王はそこから体を起こし再度前に出ようとした。
「キシリング様!!退いてください!!このままでは!!」
「・・・ええぇい!!!放せ!!!ここを通す訳にはいかんのだ!!!」
後方には国が、息子がいるのだ。
支援を任せたプレオスはこの危機的状況に先手を打ち王子逃亡の手筈は整えているだろうが、国王としては両方を護り通さねばならない。
その気持ちがわかっているので親衛隊も強くは進言出来ず、仕方なく補佐にまわって何とか凌ごうと展開するのだが・・・

どどん!!!

着弾と同時に炸裂する火球があちらこちらで兵士をふっ飛ばしている。この魔術師団の存在が戦況を大きく狂わせていた。

魔術というのは知らない人間にとって脅威でしかない。対策といえば大きく頑丈な盾で凌ぐ事くらいだがそれでは地上部隊に横から攻撃を挟まれる。
2択に対し常に合わせて立ち回れるような錬度の高い兵士などそうはいないのだ。圧倒的な近接的武力と手の施しようが無い魔術師からの遠距離攻撃。
自身らの命と共に今、国も堕ちようとしていたその時。



・・・・・どどどどどどどどどどど!!!!!!!



今まで響いていた轟音を軽く掻き消す爆音が周囲に木霊するとネ=ウィンの強兵達を空高く吹っ飛ばしていった。
「な、なんだ?!?!」
優勢だったフランドルも王への攻撃を止めてその攻撃元を探している。
やがてどれだけ高く舞い上がっていたのか、数秒してからやっと攻撃を受けた敵兵が雨のようにそこかしこの地面に落ちてきた。
「・・・敵に魔術師がいるぞ!!!」
静かだが低く、そして大声で叫ぶネ=ウィンの魔術師。その声に反応して戦場にいる全ての兵が空を見上げると、


月明かりに照らされて輝くほどに光る白い翼を背に持ち、銀色にたなびく美しい髪から覗く紅い双眸が戦場を見下ろしていた。


その姿に誰もが心を奪われそうになるが、右手に握られている異形な物が視界に入ると誰もが現実に引き戻されていく。
先端に丸く紅い球体がついている杖は柄の部分はおかしな形状をしており、細かく枝分かれしているそれらは全て腕に根を張るように食い込んでいるのだ。

「ふぅ・・・。私はあんた達に興味ないのに・・・」

まだ幼さの残る声が気だるそうにそう言うと紅い眼光に呼応するかのように杖の球体も紅く光り出した。
そこから一瞬で彼女の目前に、彼女の身長以上の炎の球が膨れ上がるように姿を現すと、

ずずん・・・!!

落石のようなそれが敵陣中央目掛けて落ちてくる。あまりにも絶望的な攻撃に人々はそれを見上げたまま、逃げも隠れも受ける仕草さえも見せない。



どどどどどどどどどどどどどどど!!!!!!!!!!!!!



着弾すると同時に激しく爆発したそれは兵士、魔術師問わず突き刺さって弾け飛ばす。もはや戦いではない。そこにいるのは天災による被害者達だ。
数的にも、その威力的にも戦意と兵数を急速に失いつつある『ネ=ウィン』軍。
「くっそ!!!だから魔術ってのは嫌いなんだよ!!!」
だが4将のフランドルは侵攻を諦めない。最低でも王の命だけはと思っているのだろう。親衛隊も大盾を構え、恐らくこの戦最後であろう衝突に備える。
しかしここにも救いの手が差し伸べられる。

フランドルの大槍が王の一団に全力を込めた一撃を放った時。

がきぃぃぃいぃいいいぃいん!!!!!!!!!!

鼓膜が破れそうな破壊音が周囲に轟く。だが親衛隊の大盾に彼の大槍は届いていない。
目測を見誤り、城壁の欠片にでも当たったのだろうか?親衛隊達が前に目を凝らしてみると、


先程と同じ白銀の翼を持つ、こちらは美しい金の髪をした少女が身丈に合わない大きな槍を重ねて打ち込んでその攻撃を止めていた。


「ぐぎぎ!?貴様?!何者だ?!」
「さて?何者でしょうね?」
男心をくすぐるようなその声の持ち主はからかうように軽く返している。
4将フランドルの膂力がこもった一撃をその小さい体と細い腕で受けきった事実にまたも周囲の目は釘付けになっていた。と、その時、

「・・・フランドル!!撤退だ!!」
後方で浮いている魔術師が命令を出す。それと同時に生き残っていた敵兵が一目散に逃げ出した。
「んだと?!俺はまだやれる・・!!」
「・・・こちらは既に壊滅している!!これ以上犠牲を出すな!!」
言い終わると魔術師はこちらに向かってありったけの火球を打ち込んできた。追撃への撹乱を意味する最後の足掻きだろう。
ただし当たると死んでもおかしくはない攻撃なので『アデルハイド』側もこれ以上の犠牲を出さないようきっちり防御に努める。
「ちぃっ!!!!くっしょー!!!!」
最後まで暑苦しい大きな声の大男フランドルは悔しさに吼え、どかどかと音を立てながら後退していった。





 「・・・というのが敗戦の詳細です。」
帰国した翌朝、辛うじて生き残りを率いて戻ってきた4将フランドルと同じく4将であり『ネ=ウィン』で最高火力を誇る魔術師バルバロッサが皇子ナルサスと円卓を囲み、説明を終えた所だった。
「・・・また『トリスト』か。」
戦況を聞き終えた皇子は長い前髪を描き上げながらうんざり顔でため息をこぼす。歳は17歳。切れ長の目と非情な性格が顔に表れていて冷たい印象の青年だ。
6人兄弟の末っ子で、4人の長兄は全て戦死している為彼には次期皇帝の椅子が約束されている。
「・・・兵士は129名、魔術師は130名が生還出来ました。」
「合わせて9割を失ったか。相手はその2人だけなのだろう?」
「いや皇子!やつらの守衛もかなりの強さだった。そいつらにもそれなりの数を落とされている!」
フランドルが力強く補足を入れるとバルバロッサも同意して頷く。
「ともかく、我が軍の北伐第一歩は失敗に終わった訳だ。」
「・・・申し訳ございません。この敗戦の罪、如何なる物も受け入れる所存です。」
ナルサスがそう言うと2人は頭を下げながらバルバロッサがフランドルの分も含めて代弁するが、
「よい。相手が悪すぎた。それに『トリスト』の新たな戦力を知る事も出来たしな。今後に生かすとしよう。」
皇子の寛大な慈悲に2人は逆に頭を上げる機会を逃す。背もたれに体を預け、ぎぃ・・・と音を立てて視線を空に向けるナルサス。
沈黙が続き、
「しかし王子の身すら手に入れ損ねたとなると・・・少し策を変える必要があるな。」
それなりに有能な山賊を見繕い、彼らに逃亡するであろうクレイスを攫ってくるよう仕掛けておいたのだがこれも何故か不発に終わった感じだ。現に今も連絡が取れていない。
「俺が探してきましょうか?!」
面を上げ、昨日の汚名を返上する為に提案するフランドルだが、
「いや、あれへの接触役は決まっているのだ。お前がいくと収拾がつかなくなる。お前達は兵士達と疲れを取る為にしっかり休め。」



報告が終わった2人は皇子の命令に従い帰路に着こうとしていた。4将と言えど夜通し前線で戦った後、出来る限り急いで国に帰ってきたのだ。それなりに疲れはたまっている。
並んで迎えの馬車がある方向に歩いていると、廊下の途中に最年少でその座を獲得した現4将の筆頭クンシェオルトが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「「・・・・・」」
敗戦した事はとうに知れ渡っているだろう。そこを隠す必要はない。が、この男は若さ故か、妙なこだわりを持っている。
前を通り過ぎようとすると、
「4将の2人が夜襲を仕掛けて惨敗ですか?」
嫌味ともとれる言葉を浴びせてきて短気な筋肉軍人はすぐに反応する。
「仕方ねぇだろ!?とんでもない魔術師がいたんだよ!!」
「貴方は槍を持った少女に止められたのでは?」
「うぐっ?!な、なんでそれを・・・」
惨敗した事実はともかくそこまで詳しい経緯は先程皇子に報告してきたばかりだ。あまりにも早い情報入手にフランドルは動揺を隠せない。
しかしバルバロッサは、
「・・・またハルカを使ったのか。」
そう言うとクンシェオルトの脇からひょこっと小さな女の子が顔をのぞかせた。
非常に幼いが身に着けている武具は鬼を表現しておりその対比が妙な威圧感を出している。しかしやはり中身は年相応らしく、
「友達のお兄さんからのお願いだからね。ごめんね~?」
にんまりと笑いながら謝罪してくるが気持ちは全くこもっていない。
「お前なぁ・・・いい加減皇子に怒られるぞ?」
全てを理解したフランドルも怒りを通り越してあきれ顔でつるつるの後頭部に手をやる。

「そんな事はどうでもいい。夜襲などという卑劣な手を、いくら命令とはいえ4将が受けるのは如何な物かと思いますが?」

だが折角の和んで来た空気などお構いなしにクンシェオルトの一言が辺りを凍らせる。
彼は戦いに関しては単純な熱血筋肉軍人のフランドル以上に正面突破という融通の利かない美学を持っている為、4将内でもこうやってしばしば衝突が起こるのだ。
「・・・勘違いするなクンシェオルト。此度の戦は唯の夜襲ではなかった。北伐へ向けての大事な一戦だったのだぞ?」
「その大事な一戦で夜襲という恥知らずな手を使い、そして惨敗したわけですね?」
「てめぇ?!」
轟く怒号と同時に大木のような腕で掴みかかるフランドル。その腕に静かに手を乗せてそれを制するバルバロッサ。
「・・・構わん。事実だ。」
止められたフランドルは仕方なく手を放しながら舌打ちした後、2人はその場を去った。





 「もうちょっと仲良く出来ないの?」
険悪な空気が去った後、隣にいたハルカがクンシェオルトに尋ねる。彼女は『ネ=ウィン』が雇っている暗殺集団の頭領だ。
基本的に皇子や皇帝の護衛や暗殺を請け負っているが何もない時は今のように国内を自由に行動していた。
「何を言う。私は喧嘩をしている訳ではないぞ?彼らにももう少し戦士としての誇りを大事にしてもらいたいだけで・・・」
言い訳にしか聞こえない発言にハルカが呆れた視線を送ってくる。実に20歳以上年下の少女にそれをされると流石の4将筆頭も心に堪えたらしく、
「・・・うむ。まぁ次からはもう少し言い方を変えてみよう。」
彼なりの譲歩案を口に出してみたのだがそれでも彼女の視線が変わる事はなかった。
「衝突を避けるという考えはないのね・・・これじゃあメイも気苦労が絶えない訳だわ。」

クンシェオルトの父は妹が生まれてすぐに戦死、母もその6年後に病死している。
両親を失った兄は幼い妹を養うために自身の持つ『異能の力』を使い、戦場で多大なる戦果を挙げる事を決意する。
その働きが前4将筆頭の目に留まるといきなり4将筆頭に大抜擢されて以降7年間、彼は国の最高武力として、妹の親代わりとして立派に務めを果たしてきたのだ。

確かに少し口うるさいのは自覚していたが、まさか妹にまで何やら思われていたとなると・・・。
「・・・メイが私に対してどんな話をしていたか、聞いてもいいか?」
最大限の愛情を注いで接していた妹にどのような感情を持たれているのか。普段は凛々しい将軍然とした彼だがメイの事になると普段とは違う姿を見せる。
その姿を見れるのはメイの友人であるハルカだけに許された特権のようなものであった。





 リリーが御者を務める馬車が西に旅立ってからすぐに彼女は主の命令通り1つの提案を持ち掛けた。
「さて、お二方にはこの旅の役割を決めてもらいます。」
「「役割??」」
荷台に乗っていた2人が御者席に向けて同時に声をあげる。
「はい。主にはお二方の教育も任されております。なので旅の中だけでなく生活をしていく上でも必要な仕事をお手伝いしていただこうと考えております。」
目的としては言ったままの意味合いが半分、クレイスの気持ちを慮る意味合いが半分含まれている。

主は仰っていた。
《クレイスは国と父を失い喪失感と悲壮感で心が埋め尽くされておる。
リリーよ。この旅ではできる限りその感情を忘れさせるように、いや、薄れさせすように意識を常に別の方向へ持っていくように仕向けるのじゃ。》と。

内容は理解出来るのだがその為にはどうすればいいのかわからなかったリリーは後でこっそりと友人に相談して今の話がまとまったのだ。
「馬車周りは私が管理しますので、野宿するときの薪集め、火おこし、水汲み、食事や寝具の準備等をお願いしたいのですが。」
一通りの仕事を挙げていくとヴァッツは大喜びで全部を引き受けようとする。だが本命はクレイスなのだ。
まるで自分の妹に言い聞かせるようにお願いすると少年2人が顔を見合わせて相談し始める。
「え、えっと。ぼ、僕、あんまりそういった事はしたことないからその、色々と教えてほしんだけど・・・」
「うん!じゃあオレと一緒にやろう!いいでしょ?」
「わかりました。最初はそれでいきましょう。ただしクレイス様も仕事を覚えたら1人でこなしてくださいね。」
話がまとまり日もだいぶ傾いてきた頃、リリーは馬車を小川の横にあった広い平地に止めた。
「丁度いい場所なので、今日はここで休みましょう。」
御者席から降りて馬に水をやる準備をし始めると荷台からは元気よく飛び出してきたヴァッツが友人の手を引いて急かせる。
「よし!じゃあ火熾しからしようか!」
そうだ。こうやって忙しさに身を置けば悲しみや憎しみからは目を背けられるはずだ。
そもそもこれは偽装亡命。国も王も健在なのに嘘をついてまで彼に旅をさせたのには理由があった。
詳しくは聞いていないがクレイスの様子を見る限りだと恐らく自分の考えは当たっているのだろう。可愛い子には旅をさせよというやつだ。
とても楽しそうに薪拾いをする2人を見て、リリーは主とのやりとりを思い出す。

《特に憎悪には十分気をつけろ。それはお前自身がよくわかっておるはずじゃ。
全く憎むなというのは無理じゃろう。だがそれを増長させるのだけは食い止めねばならん。・・・わかるな?》

「憎悪か・・・」
確かにこんな世間知らずが憎悪を胸にいきなり外界に出てきたら彼の肩書きを使って悪さを企む輩が群がってくるだろう。
主とキシリングはそういった事にならないように自分を従者として選んでくれたのだ。期待には応えたいが彼の胸の内は彼にしかわからない。
悲しみや憎しみに囚われる事無く見事に『シャリーゼ』までの旅路を走破するにはどうすればいいのか。

「おお!火を熾すのは出来るんだ?!」
「えへへ。ぼ、僕、調理は得意だから・・・」

ぼーっとそんな事を考えていたら2人が楽しそうにご飯の準備をしているのが目に入ってきて自然と笑みがこぼれた。
彼らは共に11歳だという。2人が2人とも初めての友人であり同い年というのは何か示し合わせでもしたのだろうか。
ただ、そんな仲睦まじい様子を見ていたらこの旅はそれほど心配する必要は無いのではと思えてきたリリー。
仕事を任せて目を背けるという手法もだがヴァッツという主の孫が底抜けに明るい性格をしているのだ。彼が傍にいれば暗く沈むことはないように思える。

やがて辺りが薄暗くなり、非常に良い香りが周囲に漂い始めた頃。
「リリー!はいどうぞ!」
「はい。頂きます・・・美味っ?!」
ヴァッツがよそってくれた食事を受け取り、それを口に運んだリリーは想像以上の味に思わず素が出てしまう。
彼女はこの旅で彼らの成長以外に食事への楽しみを得て内心大いに喜んでいた。

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