闇を統べる者
王道 -女王の帰還-
「姉さん!!しっかりして!!」
「痛い。イル、お願いだから離れて?」
崩壊した『リングストン』よりアルヴィーヌの容態が心配でならなかった一行はヴァッツの力によって一瞬で『トリスト』への帰還を果たすとすぐにルルーが呼び出される。
しかしその前に駆け付けたイルフォシアが悲しみのあまり思い切り抱きしめたのが気付けになったのか、アルヴィーヌも目が覚めると一同は安堵の溜息をもらしていた。
唯一詳しい事情を理解していない黒い竜達だけは露台から心配そうに中を覗き込んできたがルルーの力はとても頼りになるので心配はいらないと声をかけている間に治療は終わる。
「・・・日付が変わると傷は完治するんだよね?だったらここまで!さぁ次はレドラ様?ハルカちゃん?」
ただしその力にも限度がある為、処置は命に別条がない所まで回復させると久しぶりに役に立てるのが嬉しいのか、今度はハルカやレドラに飛びついていく。
「やれやれ、これで一安心だな。しかしあの光っていた奴は一体何なんでしょう?ヴァッツ様にもわからない存在のようでしたが。」
そして器用に言葉遣いを切り替えながらリリーが不思議そうに小首を傾げてみてもルバトゥールの遺体を抱きかかえていたヴァッツは寂しそうな笑顔を浮かべるだけだ。
そこにセヴァの懐妊以降ほとんど姿を現さなかったスラヴォフィルが取り乱した様子で飛び込んできた事で頃合いだと悟ったのだろう。
「今は安静第一ですからね。アルヴィーヌ様以外の方々は詳しいお話をお聞きしますのでこちらへどうぞ。」
ショウが仕切り始めるとわちゃわちゃしていた時雨達はハイジヴラムとルルーだけを残して退室を促される。それから滅多に使われない大会議室でアルヴィーヌの戦いや『リングストン』の崩壊等を報告した事でやっと現実を理解し始めた時雨は優しい表情を浮かべるルバトゥールの亡骸に悲痛な思いを馳せるのだった。
突然の『リングストン』王都崩壊と国王崩御に差は有れど各々が驚愕を覚える。しかし本国にいる人間達だけが狂喜に踊っていたのは独裁国家ならではだろう。
「・・・これを好機と捉えてよいのか・・・?」
そんな中、『ナーグウェイ領』という貧乏くじを辛うじて任されていたタッシールは未来を憂う珍しい部類だ。というのも今までの歴史から激しい内乱とそれによる国家の弱体化が容易に予想されるからだ。
大王と呼ばれるネヴラディンが健在だった時はまさに独裁が極まっていた。重臣から奴隷まで誰も彼に逆らう力を持ち合わせていなかった。
だから大国にまで上り詰めていたのだが彼が崩御して以降はその威光が目に見えて衰えていたのをタッシールもよく知っている。
恐らく強欲な重臣達は既に己の権力を増やすべく暗躍しているだろう。『ジグラト領』へ亡命したネヴラティークを担ぐのか、それとも王として自ら名乗るのかはわからないが激しい攻防が繰り広げられるのは間違いない。
もし副王ヤッターポが健在であれば自身も位人臣を求めて大いに動いていたかもしれないが『ナーグウェイ領』という負の遺産により財力も余力も、そして欲望さえも削られてしまったタッシールには参戦する意欲どころか出来る限り火の粉を被らないように気配を消す事に必死だ。
「さて、今日も見回りに行くか。」
関わりたくない。その一心から早々に考える事を止めたタッシールは馬車に乗り込むと移動の最中はずっと領土の立て直しについて頭を悩ませるのだった。
それでも彼に声が掛かったのは副王という立場故だ。この際求心力が落ちている『リングストン』から独立するのもやぶさかではないのだが今はこちらの体力も底をついている為中々に難しい。
「こ、これは想像以上に酷い有様だな・・・・・」
副都市マルタゾンに呼び出されたタッシールは途中、100万以上もの人間が暮らしていた王都が瓦礫の山になっていた光景を目の当たりにするとより強く感じる。
この国は終わったのだと。そして新たな波風が立とうとしているのだと。この先『リングストン』はどうなっていくのか不安しかなかったが今の自分には負債しかないのだ。
そう開き直ると心も軽さを覚え、平常心を取り戻してマルタゾンにある館に入るとそこには国内の有力者が軒並み顔を連ねていた。
「おお、タッシールか。どうだ?領土の運営は順調か?」
その中でもひときわ存在感を放っているのはやはりティク=ティーキだろう。『リングストン領』と『ナーグウェイ領』の間にある広大な地『リヤマーヴ領』の領主でかなりの高齢ながらも実力からネヴラディンでさえ一目置いていた存在だ。
齢80を超えている為腰は大きく曲がっており白く立派な顎髭は床についてしまっているが双眸からはまだまだ確かな力を感じる。
「これはこれはティク=ティーキ様、ご息災で何よりです。いや~領主というのも中々どうして難しいですな・・・」
まだまだ経験不足な部分も含めて謙遜するが半分以上は本心だ。残り半分はヤッターポの悪政さえなければという恨み節しかないのでこの場では控えておこう。
権力関係から考えれば彼が次期国王になる可能性もあるのだ。深く関わるつもりもないが心証を損ねてしまう理由もないのでその後も周囲と自然に会話を交わすと今回の招集もティク=ティーキが発起人だと聞いて半ば呆れかえる。
(もう少し御年を考えれば良いのに・・・いや、これは大王の威厳から解放された反動なのかもしれないな。)
自分も運営が落ち着けば湧き出ていた欲望が戻ってくるだろうか。それよりもまずは丸々と太った体が戻ってきて欲しいものだ。
多忙と財政ひっ迫でみるみる痩せてきていたタッシールはわざわざ新調した細めの新しい衣装を触りながら今後の身の振り方も考えていると件の人物は登壇を果たし、静かに『リングストン』の現状と次期国王について私見を述べ始めるのだった。
久しぶりに上手い料理をたらふく頂いたタッシールは貴賓室で悦に浸りながら晩餐会を回顧する。
ティク=ティーキの話は簡潔にまとめると王都壊滅により王族の血は途絶えたと捉えても良い。故に新しい王を立てる必要があるとの事だ。
確かに他の領土には目付け役として親族が暮らしてはいるものの中央を失った彼らに大した力は残されていない。それにこの国は偉大な指導者の独裁によって成り立ってきていたのだから高齢ではあるが有能で欲深な彼が立ったとしても誰も文句は言うまい。
(・・・そう考えると多少は取り入っておくべきか?)
少なくとも彼はネヴラディンよりも接しやすく、『リングストン領』の次に豊かで広大な領土を保持しているのだから財政での支援は期待出来るのかもしれない。
腹が満たされた事で下心が僅かに顔を覗かせるがまだ彼が国王になるとは限らないのだ。
であればはやりしばらくは様子見だろう。タッシールは早々に結論付けて悪魔の美酒に舌鼓を打ちつつ心身を休めていると気が付けば朝陽が差し込んできていた。
総人口が1000万を超えると言われている『リングストン』の王都と国王が崩御したのだから迅速な対応は当然なのだ。
しかしまさか翌日に決定的な行動が起こるとは夢にも思わなかったタッシールは深酒が過ぎたかと未だ眠っている頭と瞼をこすりながら騒ぎのある方向へ歩いていく。
すると大玄関口の中央には見慣れない衣装の一団が衛兵や重臣達に囲まれているではないか。
物々しい雰囲気に緊迫した様子だけは伝わってくるも意味がわからなかったので恐る恐る近づいて周囲の声に耳を傾けるとそれは他国からの来賓、いや、侵略者だったようだ。
「あらあら。折角ネヴラティーク様をお連れしたというのに随分と無骨な歓迎ですこと。『リングストン』ってこんな国でしたかしら?」
なのに聞こえてくる女性の声には緊張感の欠片も感じられない。まるで歓談のように語っているので警戒しているこちらが間違っているかの錯覚に囚われる。
「・・・ネヴラティーク様?」
だがその名前は聞き逃せなかった。まさか亡命した王子が戻ってきたのか?気になったタッシールは人だかりを分けて視線を向けるとそこには確かに何度かお見受けした姿がある。
「しかしアン様、来国されるのでしたら事前にご連絡をして頂かなくては。我々にも様々な準備がございますので。」
「まぁ面白い事を仰るわね。今は国王フォビア=ボウ様が崩御され王都も壊滅しているのですよ?これ以上の混乱を広げる前に次期国王を立てるのは急務でしょ?」
アン?アンだと?こちらも以前何度かお会いしていたが確かに見え隠れする姿は『シャリーゼ』のアン女王そのものだ。しかし彼の国も崩壊し、その時女王も亡くなったと聞いていたがどうなっているのだ?
タッシールも衛兵達と同じように訳が分からないといった様子でティク=ティーキが対応しているのを眺めていたが埒が明かないと悟ったのだろう。
「一先ず皆を議会室に集めてくれ。」
ネヴラティークが王子らしく告げると『リングストン』の重臣達も反発する訳にもいかず、かといって渋々といった様子を見せつけるように彼らを案内する。
まさか王子が帰還するとは。
意外ではあったものの王族最後の砦とも言えるのでおかしなことではない。ただ今更彼が認められるのだろうか。
王都にいたであろう親族達も消息を絶っておりネヴラティークが孤立しているのは言うまでもない。ただ今回はアン女王を引き連れている事から外部の援助を受けて擁立を企んでいるらしい。
(やはり混乱は免れないか・・・やれやれ、どうなることやら。)
正直誰が国王になろうともどうでもよい。今は領土と自分の生活を立て直す事こそが最優先なのだから。
しかし血で血を洗うような状況にだけは陥らないようにと祈りつつ、まだ寝ぼけ気味のタッシールも議会室に足を運ぶのだが着席してからやっとネヴラティークが他にも人物を控えさせていた事に気が付くのだった。
「先に断っておく。私は国王になるつもりはない。」
開口一番、ネヴラティークの発言により議会が開かれると誰よりもアンが目を丸くしていたようだ。
「あら?その為に帰国されたのでしょう?それを突然覆されても困りますわ。もしかして脅迫でも受けておいで?」
「いいえ、そうではありません。私は今『ジグラト領』の隆盛を目的に動いているのです。彼の地に残している『リングストン人』の為にも離れるつもりはございません。」
では何の為に帰ってきたのだろう?よくわからない話から始まったが少し離れた場所に座っているティク=ティーキの口元には笑みが浮かんで見えた。
「でしたらネヴラティーク様には是非『リングストン』次期国王を指名して頂きましょう。そうすれば万事解決です。」
これは自分が選ばれるであろうという絶対的な自信から来る提案なのだろう。王族である彼の発言力をも利用しようとするとはまさに老獪という言葉が相応しい。
いよいよティク=ティーキ国王が誕生するのか。特に何も感じなかったタッシールは帰国後の立ち回りについて考えていたのだがネヴラティークの口からは意外な名前が出てきた。
「アン様、私はこの国を貴女にお任せしたい。」
この指名により議会は長期戦に入る事が約束されてしまった。いや、アンを連れている以上そういった方向に話が流れてもおかしくはなかったのだ。
その証拠に他の取り巻きも反対する事無く頷いており本人だけが一瞬だけ唖然とした後、先程までと違った鋭い眼光を彼に向け始める。
「お言葉ですがネヴラティーク様、流石に他国の人間を王に据えるというのはいかがなものかと。」
当然ティク=ティーキも黙ってはいない。自分が選ばれないにしてもせめて国内の有力者から選ばれるべきだという諫言はタッシールも同意するところだ。
「うむ。ティク=ティーキの言も最もだ。しかし王都が壊滅するほどの被害を被っているのだ。これを早急に立て直すには相当な手腕が求められる。そしてそれはアン様しか不可能だと私は考えた。違うか?」
なるほど。決して自棄や適当な人選ではないらしい。しかし納得するかは別問題だ。
「あら~随分と高く評価してくれてるのね。とても嬉しいんだけど私はもう王位に就くつもりはないのよ。」
特に指名された本人が拒絶しているのだから諦めるしかないだろう。となれば今度こそ『リングストン』国内から選ばれるか?出来ればさっさと終わって欲しいとしか考えていなかったタッシールだがネヴラティークに折れる気配はない。
「しかし貴女程の人物がいつまでも『ボラムス』で燻っているのを黙って見過ごす訳には参りません。父でさえ『シャリーゼ』を攻める考えは持ち合わせていなかった。その才を今こそ『リングストン』復興に使って頂きたい。」
その熱弁には重臣達も感じるところはあったのだろう。何人かが頷いてみせると彼の取り巻きである1人が口を開く。
「うむうむ。俺もさっさと出て行ってもらいたいと考えてたんだ。お前がいると皆が畏まってしまうからな。傀儡王の面目丸つぶれなんだわ。」
どういった理論なのかさっぱりわからないが、山賊みたいな出で立ちの男は『ボラムス』の国王らしい。ネヴラティークの意見に同調する形で発言するともう1人の付き人もあわせて口を開いた。
「我が『ネ=ウィン』も貴女かネヴラティーク様が王位に就かれるのであれば大いに協力いたしますよ。逆に他の人物が玉座を手にした場合は完全に手を引かせて頂きます。」
亡くなったと聞いていたアンが姿を現したので今更驚く事も無いが『ネ=ウィン』の名を出した男はこれまた10年以上も前に戦死したはずの第二皇子ナイルらしい。
毅然とした様子でそう告げたのでアンはネヴラティークと顔を見合わせていたがこのやり取りが面白くない男は怒りを滲ませながら意見を述べた。
「『リングストン』の王は『リングストン』の人間が決定する。部外者はあまり口を挟まないで頂けますかな?」
年寄りがそんなに血を上らせて大丈夫か?多数の『リングストン』人が頷いて拍手を送る中、タッシールだけは問題とは関係ない気遣いを覚えていたのだがそこに『トリスト』からの刺客が異を唱えてきた。
「発言をお許しください。私は『トリスト』の左宰相ショウ=バイエルハートと申します。ティク=ティーキ様、1つだけ申し上げたい事実がございます。」
燃えるような赤毛の若い青年が静かに告げると皆が注目する。そして静寂が訪れるのを確認してから彼は事実とやらを語り始めた。
「此度の王都『リングストン』の崩壊と国王フォビア=ボウ様の仇を討たれたのは我が国の第一王女アルヴィーヌ様と大将軍ヴァッツです。つまり端的に申し上げますと現在彼の地は我が国の支配化に置かれております。」
「・・・・・そんな暴論が通用するかね?」
「しますとも。何故ならこのお2人が暴れれば周辺の都市も同じ運命を辿るのですから。もう1つ2つ、都市を壊滅してご覧に入れましょうか?」
そう言われると理解し得なくもない。特に大将軍ヴァッツはかつて大王が全てを賭けてでも手に入れようとした人物だ。過去に数万の軍勢を一人で追い返している歴史からショウの発言も決して誇張ではないだろう。
しかしそれを取引材料のように持ち出すとは見た目以上に冷酷且つ大胆な人物らしい。まるで他人事のような立場で話を聞いていたタッシールは一人だけ大いに感心していたのだが生粋の『リングストン人』達は怒り心頭だ。
「随分と不敬ではないかっ?!」
「こちらは未だ国王様の亡骸も発見できておらんのだぞ?!仇を討ったというのであればその責任も負えるのだろうな?!」
これらの意見もまた理解は出来る。王都壊滅が大将軍達の力で行われた事実はともかく、国王が王女ルバトゥールに殺されたという報告には何の証拠もないのだ。
「・・・であれば一度整理してみませんか?我々の知らぬ情報がまだまだあるようですし。」
この発言に深い意味は無かった。ただ素直にそう感じたからついぽろりと漏らしてしまったのだがタッシールは副王なのだ。
故に全員がこちらに視線を集めてくると大いに驚いた後、自身の立場を再認識しながら俯いてしまう。欲望が多忙にかき消されている今はあまりにも自分らしさが消えているので当分は目立たないよう心掛けた方が良いだろう。
(私は陰で利権だけを貪る立ち位置が欲しいのだ。矢面に立って何かを行う等は私より優秀で強欲な連中に任せればよい。)
「そうですね。でしたらまずこちらの保持している情報を開示していきましょう。」
そんな後ろめたい決意とは裏腹に議会は何事もなかったかのように進んでいく。特に生存者などは『トリスト』が早々に対応していた為『リングストン』側は全滅だと信じ込んでしまっていた部分は大きい。
「どうも~お久しぶりです~。」
その証拠として議会室に呼ばれたのは他でもない大将軍コーサだ。彼も相当な怪我を負っているらしく、話し声は以前と変わらず気の抜けたものだったが手足には痛々しい包帯や添え木が見えており歩くのも辛そうだ。
それでも国王が殺された場面や王女ルバトゥールの変容などを事細かに証言してくれるので『リングストン』の重臣達も唸る事しか出来ない。
「・・・つまりお前の目が届く範囲におられたにも拘らず国王は殺されたという訳か。この件は後ほど処罰するとして・・・」
「えっ?!」
なのにティク=ティーキが突然そのような話を持ち出したのだからついタッシールは素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「タッシール?何か問題でも?」
「い、いえ。何でもございません。」
いかんいかん。目立たないようにと決めた尻からこれでは先が思いやられる。再び何十もの視線を受けてしまうと慌てて取り繕ったがその中に異彩を放つ視線があったのには気が付けない。
(全く!もう自分が国王になったかのような発言をしよって!!また悪目立ちをしてしまったではないか!!)
タッシールが驚いた理由は1つしかない。それは『リングストン』において処罰は全て国王の意思決定が求められるという点だ。
つまりさも当たり前のように言い放ったティク=ティーキは既に国王気分なのだろう。それに反対するつもりもないが流石に気が早すぎるのではとつい本音が漏れてしまったのだ。
不味い。これ以上の失態を晒したくないタッシールは議会がさっさと終わるよう口を強く閉じてただただ祈っていたのだが全ての情報開示が終わった後、狙いを定めた存在がその牙を見せ始めるのだった。
「さて、王都『リングストン』の状況がご理解頂けたようですし次期国王のお話に戻りましょうか。ネヴラティーク様、貴方はまだ私に王としてこの国を任せたいと仰るおつもり?」
「はい。申し訳ないが重臣達や親族を含めても今この国を治めるだけの器は存在しません。」
「でもティク=ティーキ様の仰るように私も歴史ある『リングストン』の国王はリングストンの人間が務めるべきだと思うのよね。」
「流石は聡明なアン様。若さ故なのでしょうがネヴラティーク様にはもっと学んで頂かねばなりませんな。」
もう誰が王でもいいからさっさと終わってくれないだろうか。タッシールは自身を含め、貧困に苦しむ領土の心配から若干の苛立ちすら覚え始めていたが元女王の双眸が怪しく光るとその視線は何故かこちらに向けられた。
「ではネヴラティーク様からご指名を受けた私が更に指名します。『リングストン』の国王はタッシール、貴方です。」
「・・・・・・・・・・ぇ?」
「アン様?!流石に酔狂が過ぎますぞ?!奴はつい先日『ナーグウェイ領』の領主になったばかり!経験も能力も低い凡人でございます!!」
「あら?という事はそれだけ伸びしろも存在するという事よね?タッシール、これは私とネヴラティーク様の総意でもあります。断ればどうなるか、おわかりよね?」
確かに自分は『リングストン』生まれの『リングストン』育ちだが今回ばかりは必死の抵抗を見せる。
「し、しかし私にはそれこそ器ではございません!今集っている方々の中だと間違いなくティク=ティーキ様が最も相応しいかと!!」
この発言にはティク=ティーキ本人だけでなく、彼に取り入っていた重臣達も深く頷き拍手を始める。よかった、これで自身も彼に恩義を売った事になるし何とか修正出来そうだと安堵したのも束の間、アンは苦笑いを浮かべながら首を振っているではないか。
「あのねタッシール。国王というのは国に尽くせる存在じゃないといけないのよ。決して権力を履き違えている者が座ってはいけないの。おわかり?」
「い、いえいえ?!でしたら猶更私などには務まりません!!」
彼女の言い方だとまるでティク=ティーキが国に尽くせない、権力を笠に着るような存在だと言っているに同義ではないか。なので慌てて否定するもここに集う人間達がその意味を理解出来ない筈も無いのだ。
「・・・アン様、その発言は流石に看過致しかねます。是非ともこの場で取り消して頂けませぬかな?」
「ですって。ショウ、私の発言に何か問題でもありましたか?」
「いいえ。アン様の仰る事に間違いなどあるはずもございません。」
何だこの青年?!『トリスト』の左宰相と言っていたがあれは嘘なのか?!アンの質問に涼し気な表情で即答したのだから全員が唖然とするしかない。
「・・・こいつとんでもねぇ悪だな。言っておくけどもう『ボラムス』には入れねぇぞ?」
「わかっていますわ。ですので『リングストン』の新国王はタッシール、私はその補佐として動きましょう。ナイル様、ネヴラティーク様、如何ですか?」
「異論はございません。」
「・・・よろしくお願い致します。」
何故だ?!何故異を唱えない?!ここで反論しないと本当にこの暴論がまかり通ってしまうではないか?!
不思議でならなかったタッシールはティク=ティーキに焦りと助け船を求める視線を送っても彼ですら声を上げないのだから気が気ではない。
「い、いいえ!!わ、私はお断りしますよ?!断固お断りですとも!!」
故に魂からそう叫んだのだがそれを後押しするかのように万雷の拍手を送る『リングストン』重臣達の反応とは裏腹にネヴラティーク達は唖然とした後、再びショウが口を開くのだった。
「タッシール様、貴方がお断りされますと『リングストン』は滅びます。そこをご承知の上で発言されておられるのでしょうか?」
「はへ?な、何故そんな話になるのだ?!」
「ですから王都『リングストン』は現在『トリスト』が支配下に置いているのですよ。ネヴラティーク様とアン様のご指名した方が王位を継げば返還の取引にも応じますがそれ以外はこのまま侵攻の拠点として我々が利用させてもらいます。」
「そ、そんな・・・お、横暴ではないか?!そ、それに我々『リングストン』は王都が占有されていると認めないぞ?!」
「あ~タッシール様、でしたっけ~?そこは間違いなく事実ですよ~負傷者の救出には『剣撃士団』が導入されてたので~あれを止められる軍隊は我が国に存在しないかと~。」
何とも気の抜ける答えに愕然としたがまだだ。例え王都が奪われたからといって広大な大地と資源を持つ『リングストン』がそう簡単に滅ぶはずがない。
「国王の崩御に王都の壊滅は我々にとって絶好の好機なのですから。この機に『リングストン』を手中に収めようと動くのは当然でしょう?」
「うむ。お前達は滅亡か従属かを選べるのだ。理解したか?」
「・・・タッシールよ。お前が選ばれたのは最も御しやすいと捉えられたからだ。つまりそこの傀儡王と同じだよ。」
ナイルの冷酷過ぎる選択肢とティク=ティーキが苦虫を嚙み潰したような表情で補足してくれるとやっと彼が反論をしなかったのと自分の立ち位置がよくわかった。
「・・・そ、そんな・・・コーサ様!あなたはラカン様にも認められた猛将でしょう?!ヴァッツ様ならいざ知らず、『剣撃士団』など数十万の兵で押しつぶしてしまえばよろしいかと!!」
「お~うれしいですね~そう言って頂けるとやる気は出るんですが恐らく戦果以上に犠牲しか生まれないかな~と~。」
「うむむむ・・・い、いや?!そもそも廃墟と化した王都を足掛かりに侵攻など不可能だ!!わ、私は国王などにはなりませんぞ?!」
「『トリスト』は飛空部隊があるからなぁ。廃墟もヴァッツが出張ってくれりゃ瓦礫くらいすぐ片付くだろ?タッシール、傀儡も気楽で悪いもんじゃないぜ?」
こんな山賊崩れに諭されるとは・・・もはや焦りは鳴りを潜め、怒りがこみ上げてくると冷静な判断力はみるみる失われていく。だがこれといった機転もないのでただただ頭に血が上るだけだがそんな状況を見かねたショウが優しく答えてくれた。
「難しく考える必要はございません。貴方はアン様に選ばれた、ただそれだけなのです。」
そこが大問題なのだから怒り心頭なのだと彼はわからないのか。自分が無能という烙印を押されただけでなく、『リングストン』が従属を強いられているという状況は汲み取れないのだろうか。
もしかしてわかっていてわざと煽るような言動をしてきているのか?
若すぎる左宰相の心情が読み取れないタッシールは言葉を選ぼうと必死に頭を回転させるが答えは一向に出てこない。
自身も出来れば楽をして甘い汁を啜りたいという碌な人物ではないと自覚はあるものの愛国心が無い訳ではないのだ。何とかならないか。従属などという屈辱を回避出来る方法が何か・・・
「・・・私は決して傀儡などにはなりませぬぞ。ティク=ティーキ様、是非お力添えをお願い致します!」
「うむ!よくぞ申した!!タッシールが国王になった暁には私達が全面的に協力する!!もはや異論はありますまいな?!」
「ええ。よくってよ。」
どうせ誰かに操られるのなら間違いなく彼を頼るべきだろう。そう覚悟を決めて宣言すると議会室には何度目かわからない万雷の拍手が鳴り響く。
これで『リングストン』の地位は保たれたのだ。やっとの思いで掴んだ未来と安堵に深呼吸のようなため息を漏らしてはみたものの彼は未だ敵の恐ろしさを全く理解出来ていなかった。
「それじゃ国王様。早速だけど課題をこなしてもらおうかしら?」
王都が壊滅状態の為、戴冠式が副都市マルタゾンで行われる事になったのまではよかった。ただ彼らは帰国どころかそのまま居座ると早速タッシールに様々な注文を付けてきたのだから堪ったものではない。
「こいつはショウの母親みたいなもんだからな。かなり過酷な教育が待ってると思うぜ?まぁ諦めるんだな!がっはっは!」
「何を他人事のように。丁度良い機会です。貴方も少しはアン様から学んでください。」
「な、何ぃっ?!おい!俺は今すぐ帰るぞ!!」
間違ってもこうはなるまい。傀儡王ガゼルの狼狽する姿を見て心に固く誓うが自身もつい先日までは一城主に過ぎなかったのだから慎重に立ち回る必要がある。
「・・・それで何をすればよろしいのでしょうか?」
まずはその内容をしっかりと聞き、隙を見てティク=ティーキに伝えるのだ。少なくとも彼らが提示する情報の共有さえしておけば不利になる状況には陥らないだろう。
「そうね。まずは戴冠式及びフォビア=ボウ様の国葬をしっかり執り行う事。それから最も困窮している『ナーグウェイ領』を視察しましょう。もちろん私もご一緒します。」
「・・・はぃ?」
「あら?お耳が遠いのかしら?まずはやるべき国務を2つこなす事。大丈夫、護衛にはショウもついてくれるから安心なさい。」
あまりにも当たり前すぎる内容に肩透かしを食らったが今回の式典には元とはいえ女王のアンにガゼルやナイルといった王族も参列してくれる事から国内外への箔は相当付くのだ。
つまりただ王冠を賜るだけでなく、世界に新たな『リングストン』誕生と存在感を大いに知らしめる事となるのだがタッシールにはそこまで理解出来ていない。
(・・・まぁこれらも一応は報告しておこう。)
神輿として担がれている以上足手まといだけはならないように気を付けねば。その一点に集中していたタッシールはこの後緊張で下半身の震えが止まらないまま戴冠式を終えると遺体のない国葬も周囲から多大な協力を経て何とかこなす。
そして二か月ぶりに懐かしの『ナーグウェイ領』へと戻って来た時には『シャリーゼ』からの支援により多少領内事情が落ち着きを取り戻していた事実を知ると無意識にうっすらと涙を浮かべていた。
「こ、これは・・・アン様、今回だけは感謝致しますが恩義などは期待なさらない事ですな。」
「ほほほほほ。やっぱり私の目に狂いはなかったようね。タッシール、貴方本当に面白いわ。」
今の短いやり取りの中に面白い要素などあっただろうか?こちらとしては彼女が褒めたり喜んだりする度にショウから殺意の篭った視線を向けられるので勘弁して頂きたいものだ。
だが傀儡とはいえ折角国王となり、故郷である『ナーグウェイ領』に凱旋を果たしたのだから出来得る限りその強権を行使したい。そう考えて議会を用意するよう伝えると要望はすんなり通った上にすぐ開かれた。
「・・・とにかく情勢を整理しましょう。まず『リングストン』は現在相当な困窮に見舞われております。これを解決すべく動かなければならない訳ですが・・・」
「うん?『リングストン』?」
だが最初の説明に耳を疑ったタッシールは早速話の腰を折ってしまう。というのも困窮しているのは『ナーグウェイ領』だけであり『リングストン』というのは語弊だからだ。
「はい。この国はもはや風前の灯火、早々に手を打たねば本当に滅亡するでしょう。」
その訂正を求めて口を挟んだ事に気が付いていないのか、ショウは再び同じ意味の文言を繰り返していたので違和感を覚えたのだがそこにアンが静かに問いかけてきた。
「・・・ねぇタッシール。何故私が貴方を指名したか考えた事ある?」
随分と個人的な質問を投げかけられたタッシールは意味がわからないといった様子で小首を傾げてみせるとアンは微笑みながら静かに答え始める。
「あの場で貴方だけは国に、領土に向き合っていた。だから私は賭けてみたの。民の為に動ける可能性を持つ貴方にね。」
「そ、それは買いかぶり過ぎです。私など領主の経験すら浅い未熟者ですよ・・・」
「でもあの時の発言は国家を前提に行われていたわ。それに国王になってからも『ナーグウェイ領』に帰りたくて仕方なさそうにしてたじゃない。心配してたのよね?誰よりも。」
「・・・当然ですよ。ここが故郷なのですから。」
「その『当然』が出来ていなかったのよ。だから今の『リングストン』は貧困に喘いでるの。どの地域でもね。」
意味が全くわからない。彼女は何を伝えたいのだ?初めて聞く内容をどう受け止めればいいのかわからないまましばしの沈黙が流れるとついでのように座っていた傀儡王が真面目な素振りで口を開いた。
「つまりお前の国は独裁者がひた隠しにしてたんだよ。膨大な財政難をな。」
「・・・・・そんな筈はない。我が国は世界で最も資源を保有しており、人口も1000万を超える超大国だ。『ナーグウェイ領』こそ数々の内乱で疲弊しているがこれから一気に立て直してみせる・・・」
「疲弊していたにも拘らず何故中央は支援を送らなかったのでしょう?」
「・・・王都を最優先に動かれていただけだ。何せ100万以上もの人間が暮らしていたのだからな。」
もはや頭が回らなかったタッシールは口先だけで受け答えをするも心は上の空だ。内乱の続く『ナーグウェイ領』に何故こうも支援や対策が打ち出されなかったのか。
知りたくもない答えが眼前にまで迫って来たので更に意識を遠くへ向けようと逃避し始めたのだが『商業国家』を運営していたアンは非情な一言を告げてくる。
「威光を示すには莫大な財政が必要でしょうね。でも独裁国家なら誰も歯向かえない。真実は決して明るみになる事は無いのです。独裁者が健在であれば、ね?」
「・・・・・周囲の状況などお構いなしですか?」
「それが『リングストン』よ。それにしても大軍を用いた戦争を何度も行ったのは良くなかったわ。得られる物はなく、ただいたずらに大量の物資を消耗してしまったのだから余計にね?」
ここ数年の出来事全てに心当たりがありすぎていよいよ曖昧な受け答えすら難しくなってきた。そうだ。全ては有限、いくら物量を自慢していてもそれらは必ず消費されるという自然の摂理を何故忘却していたのか。
「でも勘違いしないで。私はこの国を否定するつもりはないの。」
「・・・・・と、仰いますと?」
「『独裁国家』だけじゃない。どんな国でも舵取りを間違えれば皆こうなる可能性があるって事。むしろ権力を履き違えていない人物が独裁政治を敷けば国はとても豊かになるわ。」
慰めてくれているのだろうか。いや、それにしては言葉に含みがある。
「・・・つまり貴女は大王様ですら否定されるおつもりですか?」
「う~ん。そうねぇ、ネヴラディンというよりその後継者であるフォビア=ボウかしら?ちょっと記憶が曖昧なんだけど彼よね?ヴァッツ君が欲しくていろいろ手を回したり大きな戦争を仕掛けたりしてたのは?」
「はい。」
確かにネヴラディンが崩御したのはもう4年以上前の事だが記憶違いになる程過去の話だっただろうか?しかし今はアンの言葉が気になって仕方がない。
「タッシール、権力とは立場を私物化する事じゃないの。どれだけ過去に偉業を果たして来たにしても一度その行為に足を踏み入れたら全てが歪み、瓦解してしまう。今の『リングストン』のようにね?」
「・・・・・」
「例えこの先『リングストン』が見事に立て直し、どれ程の財や繁栄を築き上げたとしても溺れてはいけません。貴方も国に仕える者として心に刻んでおいて下さい。」
「か~厳しい教えだねぇ。俺には無理だな!」
「あらそう?貴方には十分その資質があるし実行しているじゃない。決して欲を優先せず、国の為に動いていた。だから皆が貴方を敬っていたのよ。『ボラムス』でそれがよくわかったわ。」
最後は軽口を叩いてきた傀儡王にアンが真面目に答えると彼も気恥ずかしさを覚えたのか、顔を背けて口を噤む。
「・・・私にそれが可能でしょうか?」
「ええ。こうみえて私、人を見る目は結構自信あるのよ?もちろん私も手伝うわ。」
とんでもない人物に目をつけられてしまったものだと後悔してももう遅いのだろう。ショウやガゼルからも余裕のある笑みを向けられると覚悟を決めねばならないらしい。
「・・・・・わかりました。しかしもし私が権力に溺れた時はどうなさるおつもりですか?」
「ご安心を。その時はアン様の指名が間違いではなかったと証明する為に闇に葬り・・・」
「ショウ!彼は大丈夫だからそういう話はしないの!」
まだ半信半疑な部分はあるが今まで自分をここまで信じてくれる人物などいなかった。ならば本当の『リングストン』が見えてくるまではしっかり邁進してみるのも悪くない。
「・・・わかりました。では困窮とされる理由について詳しくお聞きしましょう。」
「うんうん。良い顔になったわね。じゃあショウ、各地の情報を教えて頂戴。」
こうしてタッシールは『ナーグウェイ領』を含めた全ての国土を立て直す羽目になったのだが以降はアン以外にも『シャリーゼ』や『ボラムス』の協力を得たり、全快した大将軍コーサが側近として付いてくれるお陰で一心不乱に務めを果たす事が出来るのだった。
「痛い。イル、お願いだから離れて?」
崩壊した『リングストン』よりアルヴィーヌの容態が心配でならなかった一行はヴァッツの力によって一瞬で『トリスト』への帰還を果たすとすぐにルルーが呼び出される。
しかしその前に駆け付けたイルフォシアが悲しみのあまり思い切り抱きしめたのが気付けになったのか、アルヴィーヌも目が覚めると一同は安堵の溜息をもらしていた。
唯一詳しい事情を理解していない黒い竜達だけは露台から心配そうに中を覗き込んできたがルルーの力はとても頼りになるので心配はいらないと声をかけている間に治療は終わる。
「・・・日付が変わると傷は完治するんだよね?だったらここまで!さぁ次はレドラ様?ハルカちゃん?」
ただしその力にも限度がある為、処置は命に別条がない所まで回復させると久しぶりに役に立てるのが嬉しいのか、今度はハルカやレドラに飛びついていく。
「やれやれ、これで一安心だな。しかしあの光っていた奴は一体何なんでしょう?ヴァッツ様にもわからない存在のようでしたが。」
そして器用に言葉遣いを切り替えながらリリーが不思議そうに小首を傾げてみてもルバトゥールの遺体を抱きかかえていたヴァッツは寂しそうな笑顔を浮かべるだけだ。
そこにセヴァの懐妊以降ほとんど姿を現さなかったスラヴォフィルが取り乱した様子で飛び込んできた事で頃合いだと悟ったのだろう。
「今は安静第一ですからね。アルヴィーヌ様以外の方々は詳しいお話をお聞きしますのでこちらへどうぞ。」
ショウが仕切り始めるとわちゃわちゃしていた時雨達はハイジヴラムとルルーだけを残して退室を促される。それから滅多に使われない大会議室でアルヴィーヌの戦いや『リングストン』の崩壊等を報告した事でやっと現実を理解し始めた時雨は優しい表情を浮かべるルバトゥールの亡骸に悲痛な思いを馳せるのだった。
突然の『リングストン』王都崩壊と国王崩御に差は有れど各々が驚愕を覚える。しかし本国にいる人間達だけが狂喜に踊っていたのは独裁国家ならではだろう。
「・・・これを好機と捉えてよいのか・・・?」
そんな中、『ナーグウェイ領』という貧乏くじを辛うじて任されていたタッシールは未来を憂う珍しい部類だ。というのも今までの歴史から激しい内乱とそれによる国家の弱体化が容易に予想されるからだ。
大王と呼ばれるネヴラディンが健在だった時はまさに独裁が極まっていた。重臣から奴隷まで誰も彼に逆らう力を持ち合わせていなかった。
だから大国にまで上り詰めていたのだが彼が崩御して以降はその威光が目に見えて衰えていたのをタッシールもよく知っている。
恐らく強欲な重臣達は既に己の権力を増やすべく暗躍しているだろう。『ジグラト領』へ亡命したネヴラティークを担ぐのか、それとも王として自ら名乗るのかはわからないが激しい攻防が繰り広げられるのは間違いない。
もし副王ヤッターポが健在であれば自身も位人臣を求めて大いに動いていたかもしれないが『ナーグウェイ領』という負の遺産により財力も余力も、そして欲望さえも削られてしまったタッシールには参戦する意欲どころか出来る限り火の粉を被らないように気配を消す事に必死だ。
「さて、今日も見回りに行くか。」
関わりたくない。その一心から早々に考える事を止めたタッシールは馬車に乗り込むと移動の最中はずっと領土の立て直しについて頭を悩ませるのだった。
それでも彼に声が掛かったのは副王という立場故だ。この際求心力が落ちている『リングストン』から独立するのもやぶさかではないのだが今はこちらの体力も底をついている為中々に難しい。
「こ、これは想像以上に酷い有様だな・・・・・」
副都市マルタゾンに呼び出されたタッシールは途中、100万以上もの人間が暮らしていた王都が瓦礫の山になっていた光景を目の当たりにするとより強く感じる。
この国は終わったのだと。そして新たな波風が立とうとしているのだと。この先『リングストン』はどうなっていくのか不安しかなかったが今の自分には負債しかないのだ。
そう開き直ると心も軽さを覚え、平常心を取り戻してマルタゾンにある館に入るとそこには国内の有力者が軒並み顔を連ねていた。
「おお、タッシールか。どうだ?領土の運営は順調か?」
その中でもひときわ存在感を放っているのはやはりティク=ティーキだろう。『リングストン領』と『ナーグウェイ領』の間にある広大な地『リヤマーヴ領』の領主でかなりの高齢ながらも実力からネヴラディンでさえ一目置いていた存在だ。
齢80を超えている為腰は大きく曲がっており白く立派な顎髭は床についてしまっているが双眸からはまだまだ確かな力を感じる。
「これはこれはティク=ティーキ様、ご息災で何よりです。いや~領主というのも中々どうして難しいですな・・・」
まだまだ経験不足な部分も含めて謙遜するが半分以上は本心だ。残り半分はヤッターポの悪政さえなければという恨み節しかないのでこの場では控えておこう。
権力関係から考えれば彼が次期国王になる可能性もあるのだ。深く関わるつもりもないが心証を損ねてしまう理由もないのでその後も周囲と自然に会話を交わすと今回の招集もティク=ティーキが発起人だと聞いて半ば呆れかえる。
(もう少し御年を考えれば良いのに・・・いや、これは大王の威厳から解放された反動なのかもしれないな。)
自分も運営が落ち着けば湧き出ていた欲望が戻ってくるだろうか。それよりもまずは丸々と太った体が戻ってきて欲しいものだ。
多忙と財政ひっ迫でみるみる痩せてきていたタッシールはわざわざ新調した細めの新しい衣装を触りながら今後の身の振り方も考えていると件の人物は登壇を果たし、静かに『リングストン』の現状と次期国王について私見を述べ始めるのだった。
久しぶりに上手い料理をたらふく頂いたタッシールは貴賓室で悦に浸りながら晩餐会を回顧する。
ティク=ティーキの話は簡潔にまとめると王都壊滅により王族の血は途絶えたと捉えても良い。故に新しい王を立てる必要があるとの事だ。
確かに他の領土には目付け役として親族が暮らしてはいるものの中央を失った彼らに大した力は残されていない。それにこの国は偉大な指導者の独裁によって成り立ってきていたのだから高齢ではあるが有能で欲深な彼が立ったとしても誰も文句は言うまい。
(・・・そう考えると多少は取り入っておくべきか?)
少なくとも彼はネヴラディンよりも接しやすく、『リングストン領』の次に豊かで広大な領土を保持しているのだから財政での支援は期待出来るのかもしれない。
腹が満たされた事で下心が僅かに顔を覗かせるがまだ彼が国王になるとは限らないのだ。
であればはやりしばらくは様子見だろう。タッシールは早々に結論付けて悪魔の美酒に舌鼓を打ちつつ心身を休めていると気が付けば朝陽が差し込んできていた。
総人口が1000万を超えると言われている『リングストン』の王都と国王が崩御したのだから迅速な対応は当然なのだ。
しかしまさか翌日に決定的な行動が起こるとは夢にも思わなかったタッシールは深酒が過ぎたかと未だ眠っている頭と瞼をこすりながら騒ぎのある方向へ歩いていく。
すると大玄関口の中央には見慣れない衣装の一団が衛兵や重臣達に囲まれているではないか。
物々しい雰囲気に緊迫した様子だけは伝わってくるも意味がわからなかったので恐る恐る近づいて周囲の声に耳を傾けるとそれは他国からの来賓、いや、侵略者だったようだ。
「あらあら。折角ネヴラティーク様をお連れしたというのに随分と無骨な歓迎ですこと。『リングストン』ってこんな国でしたかしら?」
なのに聞こえてくる女性の声には緊張感の欠片も感じられない。まるで歓談のように語っているので警戒しているこちらが間違っているかの錯覚に囚われる。
「・・・ネヴラティーク様?」
だがその名前は聞き逃せなかった。まさか亡命した王子が戻ってきたのか?気になったタッシールは人だかりを分けて視線を向けるとそこには確かに何度かお見受けした姿がある。
「しかしアン様、来国されるのでしたら事前にご連絡をして頂かなくては。我々にも様々な準備がございますので。」
「まぁ面白い事を仰るわね。今は国王フォビア=ボウ様が崩御され王都も壊滅しているのですよ?これ以上の混乱を広げる前に次期国王を立てるのは急務でしょ?」
アン?アンだと?こちらも以前何度かお会いしていたが確かに見え隠れする姿は『シャリーゼ』のアン女王そのものだ。しかし彼の国も崩壊し、その時女王も亡くなったと聞いていたがどうなっているのだ?
タッシールも衛兵達と同じように訳が分からないといった様子でティク=ティーキが対応しているのを眺めていたが埒が明かないと悟ったのだろう。
「一先ず皆を議会室に集めてくれ。」
ネヴラティークが王子らしく告げると『リングストン』の重臣達も反発する訳にもいかず、かといって渋々といった様子を見せつけるように彼らを案内する。
まさか王子が帰還するとは。
意外ではあったものの王族最後の砦とも言えるのでおかしなことではない。ただ今更彼が認められるのだろうか。
王都にいたであろう親族達も消息を絶っておりネヴラティークが孤立しているのは言うまでもない。ただ今回はアン女王を引き連れている事から外部の援助を受けて擁立を企んでいるらしい。
(やはり混乱は免れないか・・・やれやれ、どうなることやら。)
正直誰が国王になろうともどうでもよい。今は領土と自分の生活を立て直す事こそが最優先なのだから。
しかし血で血を洗うような状況にだけは陥らないようにと祈りつつ、まだ寝ぼけ気味のタッシールも議会室に足を運ぶのだが着席してからやっとネヴラティークが他にも人物を控えさせていた事に気が付くのだった。
「先に断っておく。私は国王になるつもりはない。」
開口一番、ネヴラティークの発言により議会が開かれると誰よりもアンが目を丸くしていたようだ。
「あら?その為に帰国されたのでしょう?それを突然覆されても困りますわ。もしかして脅迫でも受けておいで?」
「いいえ、そうではありません。私は今『ジグラト領』の隆盛を目的に動いているのです。彼の地に残している『リングストン人』の為にも離れるつもりはございません。」
では何の為に帰ってきたのだろう?よくわからない話から始まったが少し離れた場所に座っているティク=ティーキの口元には笑みが浮かんで見えた。
「でしたらネヴラティーク様には是非『リングストン』次期国王を指名して頂きましょう。そうすれば万事解決です。」
これは自分が選ばれるであろうという絶対的な自信から来る提案なのだろう。王族である彼の発言力をも利用しようとするとはまさに老獪という言葉が相応しい。
いよいよティク=ティーキ国王が誕生するのか。特に何も感じなかったタッシールは帰国後の立ち回りについて考えていたのだがネヴラティークの口からは意外な名前が出てきた。
「アン様、私はこの国を貴女にお任せしたい。」
この指名により議会は長期戦に入る事が約束されてしまった。いや、アンを連れている以上そういった方向に話が流れてもおかしくはなかったのだ。
その証拠に他の取り巻きも反対する事無く頷いており本人だけが一瞬だけ唖然とした後、先程までと違った鋭い眼光を彼に向け始める。
「お言葉ですがネヴラティーク様、流石に他国の人間を王に据えるというのはいかがなものかと。」
当然ティク=ティーキも黙ってはいない。自分が選ばれないにしてもせめて国内の有力者から選ばれるべきだという諫言はタッシールも同意するところだ。
「うむ。ティク=ティーキの言も最もだ。しかし王都が壊滅するほどの被害を被っているのだ。これを早急に立て直すには相当な手腕が求められる。そしてそれはアン様しか不可能だと私は考えた。違うか?」
なるほど。決して自棄や適当な人選ではないらしい。しかし納得するかは別問題だ。
「あら~随分と高く評価してくれてるのね。とても嬉しいんだけど私はもう王位に就くつもりはないのよ。」
特に指名された本人が拒絶しているのだから諦めるしかないだろう。となれば今度こそ『リングストン』国内から選ばれるか?出来ればさっさと終わって欲しいとしか考えていなかったタッシールだがネヴラティークに折れる気配はない。
「しかし貴女程の人物がいつまでも『ボラムス』で燻っているのを黙って見過ごす訳には参りません。父でさえ『シャリーゼ』を攻める考えは持ち合わせていなかった。その才を今こそ『リングストン』復興に使って頂きたい。」
その熱弁には重臣達も感じるところはあったのだろう。何人かが頷いてみせると彼の取り巻きである1人が口を開く。
「うむうむ。俺もさっさと出て行ってもらいたいと考えてたんだ。お前がいると皆が畏まってしまうからな。傀儡王の面目丸つぶれなんだわ。」
どういった理論なのかさっぱりわからないが、山賊みたいな出で立ちの男は『ボラムス』の国王らしい。ネヴラティークの意見に同調する形で発言するともう1人の付き人もあわせて口を開いた。
「我が『ネ=ウィン』も貴女かネヴラティーク様が王位に就かれるのであれば大いに協力いたしますよ。逆に他の人物が玉座を手にした場合は完全に手を引かせて頂きます。」
亡くなったと聞いていたアンが姿を現したので今更驚く事も無いが『ネ=ウィン』の名を出した男はこれまた10年以上も前に戦死したはずの第二皇子ナイルらしい。
毅然とした様子でそう告げたのでアンはネヴラティークと顔を見合わせていたがこのやり取りが面白くない男は怒りを滲ませながら意見を述べた。
「『リングストン』の王は『リングストン』の人間が決定する。部外者はあまり口を挟まないで頂けますかな?」
年寄りがそんなに血を上らせて大丈夫か?多数の『リングストン』人が頷いて拍手を送る中、タッシールだけは問題とは関係ない気遣いを覚えていたのだがそこに『トリスト』からの刺客が異を唱えてきた。
「発言をお許しください。私は『トリスト』の左宰相ショウ=バイエルハートと申します。ティク=ティーキ様、1つだけ申し上げたい事実がございます。」
燃えるような赤毛の若い青年が静かに告げると皆が注目する。そして静寂が訪れるのを確認してから彼は事実とやらを語り始めた。
「此度の王都『リングストン』の崩壊と国王フォビア=ボウ様の仇を討たれたのは我が国の第一王女アルヴィーヌ様と大将軍ヴァッツです。つまり端的に申し上げますと現在彼の地は我が国の支配化に置かれております。」
「・・・・・そんな暴論が通用するかね?」
「しますとも。何故ならこのお2人が暴れれば周辺の都市も同じ運命を辿るのですから。もう1つ2つ、都市を壊滅してご覧に入れましょうか?」
そう言われると理解し得なくもない。特に大将軍ヴァッツはかつて大王が全てを賭けてでも手に入れようとした人物だ。過去に数万の軍勢を一人で追い返している歴史からショウの発言も決して誇張ではないだろう。
しかしそれを取引材料のように持ち出すとは見た目以上に冷酷且つ大胆な人物らしい。まるで他人事のような立場で話を聞いていたタッシールは一人だけ大いに感心していたのだが生粋の『リングストン人』達は怒り心頭だ。
「随分と不敬ではないかっ?!」
「こちらは未だ国王様の亡骸も発見できておらんのだぞ?!仇を討ったというのであればその責任も負えるのだろうな?!」
これらの意見もまた理解は出来る。王都壊滅が大将軍達の力で行われた事実はともかく、国王が王女ルバトゥールに殺されたという報告には何の証拠もないのだ。
「・・・であれば一度整理してみませんか?我々の知らぬ情報がまだまだあるようですし。」
この発言に深い意味は無かった。ただ素直にそう感じたからついぽろりと漏らしてしまったのだがタッシールは副王なのだ。
故に全員がこちらに視線を集めてくると大いに驚いた後、自身の立場を再認識しながら俯いてしまう。欲望が多忙にかき消されている今はあまりにも自分らしさが消えているので当分は目立たないよう心掛けた方が良いだろう。
(私は陰で利権だけを貪る立ち位置が欲しいのだ。矢面に立って何かを行う等は私より優秀で強欲な連中に任せればよい。)
「そうですね。でしたらまずこちらの保持している情報を開示していきましょう。」
そんな後ろめたい決意とは裏腹に議会は何事もなかったかのように進んでいく。特に生存者などは『トリスト』が早々に対応していた為『リングストン』側は全滅だと信じ込んでしまっていた部分は大きい。
「どうも~お久しぶりです~。」
その証拠として議会室に呼ばれたのは他でもない大将軍コーサだ。彼も相当な怪我を負っているらしく、話し声は以前と変わらず気の抜けたものだったが手足には痛々しい包帯や添え木が見えており歩くのも辛そうだ。
それでも国王が殺された場面や王女ルバトゥールの変容などを事細かに証言してくれるので『リングストン』の重臣達も唸る事しか出来ない。
「・・・つまりお前の目が届く範囲におられたにも拘らず国王は殺されたという訳か。この件は後ほど処罰するとして・・・」
「えっ?!」
なのにティク=ティーキが突然そのような話を持ち出したのだからついタッシールは素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「タッシール?何か問題でも?」
「い、いえ。何でもございません。」
いかんいかん。目立たないようにと決めた尻からこれでは先が思いやられる。再び何十もの視線を受けてしまうと慌てて取り繕ったがその中に異彩を放つ視線があったのには気が付けない。
(全く!もう自分が国王になったかのような発言をしよって!!また悪目立ちをしてしまったではないか!!)
タッシールが驚いた理由は1つしかない。それは『リングストン』において処罰は全て国王の意思決定が求められるという点だ。
つまりさも当たり前のように言い放ったティク=ティーキは既に国王気分なのだろう。それに反対するつもりもないが流石に気が早すぎるのではとつい本音が漏れてしまったのだ。
不味い。これ以上の失態を晒したくないタッシールは議会がさっさと終わるよう口を強く閉じてただただ祈っていたのだが全ての情報開示が終わった後、狙いを定めた存在がその牙を見せ始めるのだった。
「さて、王都『リングストン』の状況がご理解頂けたようですし次期国王のお話に戻りましょうか。ネヴラティーク様、貴方はまだ私に王としてこの国を任せたいと仰るおつもり?」
「はい。申し訳ないが重臣達や親族を含めても今この国を治めるだけの器は存在しません。」
「でもティク=ティーキ様の仰るように私も歴史ある『リングストン』の国王はリングストンの人間が務めるべきだと思うのよね。」
「流石は聡明なアン様。若さ故なのでしょうがネヴラティーク様にはもっと学んで頂かねばなりませんな。」
もう誰が王でもいいからさっさと終わってくれないだろうか。タッシールは自身を含め、貧困に苦しむ領土の心配から若干の苛立ちすら覚え始めていたが元女王の双眸が怪しく光るとその視線は何故かこちらに向けられた。
「ではネヴラティーク様からご指名を受けた私が更に指名します。『リングストン』の国王はタッシール、貴方です。」
「・・・・・・・・・・ぇ?」
「アン様?!流石に酔狂が過ぎますぞ?!奴はつい先日『ナーグウェイ領』の領主になったばかり!経験も能力も低い凡人でございます!!」
「あら?という事はそれだけ伸びしろも存在するという事よね?タッシール、これは私とネヴラティーク様の総意でもあります。断ればどうなるか、おわかりよね?」
確かに自分は『リングストン』生まれの『リングストン』育ちだが今回ばかりは必死の抵抗を見せる。
「し、しかし私にはそれこそ器ではございません!今集っている方々の中だと間違いなくティク=ティーキ様が最も相応しいかと!!」
この発言にはティク=ティーキ本人だけでなく、彼に取り入っていた重臣達も深く頷き拍手を始める。よかった、これで自身も彼に恩義を売った事になるし何とか修正出来そうだと安堵したのも束の間、アンは苦笑いを浮かべながら首を振っているではないか。
「あのねタッシール。国王というのは国に尽くせる存在じゃないといけないのよ。決して権力を履き違えている者が座ってはいけないの。おわかり?」
「い、いえいえ?!でしたら猶更私などには務まりません!!」
彼女の言い方だとまるでティク=ティーキが国に尽くせない、権力を笠に着るような存在だと言っているに同義ではないか。なので慌てて否定するもここに集う人間達がその意味を理解出来ない筈も無いのだ。
「・・・アン様、その発言は流石に看過致しかねます。是非ともこの場で取り消して頂けませぬかな?」
「ですって。ショウ、私の発言に何か問題でもありましたか?」
「いいえ。アン様の仰る事に間違いなどあるはずもございません。」
何だこの青年?!『トリスト』の左宰相と言っていたがあれは嘘なのか?!アンの質問に涼し気な表情で即答したのだから全員が唖然とするしかない。
「・・・こいつとんでもねぇ悪だな。言っておくけどもう『ボラムス』には入れねぇぞ?」
「わかっていますわ。ですので『リングストン』の新国王はタッシール、私はその補佐として動きましょう。ナイル様、ネヴラティーク様、如何ですか?」
「異論はございません。」
「・・・よろしくお願い致します。」
何故だ?!何故異を唱えない?!ここで反論しないと本当にこの暴論がまかり通ってしまうではないか?!
不思議でならなかったタッシールはティク=ティーキに焦りと助け船を求める視線を送っても彼ですら声を上げないのだから気が気ではない。
「い、いいえ!!わ、私はお断りしますよ?!断固お断りですとも!!」
故に魂からそう叫んだのだがそれを後押しするかのように万雷の拍手を送る『リングストン』重臣達の反応とは裏腹にネヴラティーク達は唖然とした後、再びショウが口を開くのだった。
「タッシール様、貴方がお断りされますと『リングストン』は滅びます。そこをご承知の上で発言されておられるのでしょうか?」
「はへ?な、何故そんな話になるのだ?!」
「ですから王都『リングストン』は現在『トリスト』が支配下に置いているのですよ。ネヴラティーク様とアン様のご指名した方が王位を継げば返還の取引にも応じますがそれ以外はこのまま侵攻の拠点として我々が利用させてもらいます。」
「そ、そんな・・・お、横暴ではないか?!そ、それに我々『リングストン』は王都が占有されていると認めないぞ?!」
「あ~タッシール様、でしたっけ~?そこは間違いなく事実ですよ~負傷者の救出には『剣撃士団』が導入されてたので~あれを止められる軍隊は我が国に存在しないかと~。」
何とも気の抜ける答えに愕然としたがまだだ。例え王都が奪われたからといって広大な大地と資源を持つ『リングストン』がそう簡単に滅ぶはずがない。
「国王の崩御に王都の壊滅は我々にとって絶好の好機なのですから。この機に『リングストン』を手中に収めようと動くのは当然でしょう?」
「うむ。お前達は滅亡か従属かを選べるのだ。理解したか?」
「・・・タッシールよ。お前が選ばれたのは最も御しやすいと捉えられたからだ。つまりそこの傀儡王と同じだよ。」
ナイルの冷酷過ぎる選択肢とティク=ティーキが苦虫を嚙み潰したような表情で補足してくれるとやっと彼が反論をしなかったのと自分の立ち位置がよくわかった。
「・・・そ、そんな・・・コーサ様!あなたはラカン様にも認められた猛将でしょう?!ヴァッツ様ならいざ知らず、『剣撃士団』など数十万の兵で押しつぶしてしまえばよろしいかと!!」
「お~うれしいですね~そう言って頂けるとやる気は出るんですが恐らく戦果以上に犠牲しか生まれないかな~と~。」
「うむむむ・・・い、いや?!そもそも廃墟と化した王都を足掛かりに侵攻など不可能だ!!わ、私は国王などにはなりませんぞ?!」
「『トリスト』は飛空部隊があるからなぁ。廃墟もヴァッツが出張ってくれりゃ瓦礫くらいすぐ片付くだろ?タッシール、傀儡も気楽で悪いもんじゃないぜ?」
こんな山賊崩れに諭されるとは・・・もはや焦りは鳴りを潜め、怒りがこみ上げてくると冷静な判断力はみるみる失われていく。だがこれといった機転もないのでただただ頭に血が上るだけだがそんな状況を見かねたショウが優しく答えてくれた。
「難しく考える必要はございません。貴方はアン様に選ばれた、ただそれだけなのです。」
そこが大問題なのだから怒り心頭なのだと彼はわからないのか。自分が無能という烙印を押されただけでなく、『リングストン』が従属を強いられているという状況は汲み取れないのだろうか。
もしかしてわかっていてわざと煽るような言動をしてきているのか?
若すぎる左宰相の心情が読み取れないタッシールは言葉を選ぼうと必死に頭を回転させるが答えは一向に出てこない。
自身も出来れば楽をして甘い汁を啜りたいという碌な人物ではないと自覚はあるものの愛国心が無い訳ではないのだ。何とかならないか。従属などという屈辱を回避出来る方法が何か・・・
「・・・私は決して傀儡などにはなりませぬぞ。ティク=ティーキ様、是非お力添えをお願い致します!」
「うむ!よくぞ申した!!タッシールが国王になった暁には私達が全面的に協力する!!もはや異論はありますまいな?!」
「ええ。よくってよ。」
どうせ誰かに操られるのなら間違いなく彼を頼るべきだろう。そう覚悟を決めて宣言すると議会室には何度目かわからない万雷の拍手が鳴り響く。
これで『リングストン』の地位は保たれたのだ。やっとの思いで掴んだ未来と安堵に深呼吸のようなため息を漏らしてはみたものの彼は未だ敵の恐ろしさを全く理解出来ていなかった。
「それじゃ国王様。早速だけど課題をこなしてもらおうかしら?」
王都が壊滅状態の為、戴冠式が副都市マルタゾンで行われる事になったのまではよかった。ただ彼らは帰国どころかそのまま居座ると早速タッシールに様々な注文を付けてきたのだから堪ったものではない。
「こいつはショウの母親みたいなもんだからな。かなり過酷な教育が待ってると思うぜ?まぁ諦めるんだな!がっはっは!」
「何を他人事のように。丁度良い機会です。貴方も少しはアン様から学んでください。」
「な、何ぃっ?!おい!俺は今すぐ帰るぞ!!」
間違ってもこうはなるまい。傀儡王ガゼルの狼狽する姿を見て心に固く誓うが自身もつい先日までは一城主に過ぎなかったのだから慎重に立ち回る必要がある。
「・・・それで何をすればよろしいのでしょうか?」
まずはその内容をしっかりと聞き、隙を見てティク=ティーキに伝えるのだ。少なくとも彼らが提示する情報の共有さえしておけば不利になる状況には陥らないだろう。
「そうね。まずは戴冠式及びフォビア=ボウ様の国葬をしっかり執り行う事。それから最も困窮している『ナーグウェイ領』を視察しましょう。もちろん私もご一緒します。」
「・・・はぃ?」
「あら?お耳が遠いのかしら?まずはやるべき国務を2つこなす事。大丈夫、護衛にはショウもついてくれるから安心なさい。」
あまりにも当たり前すぎる内容に肩透かしを食らったが今回の式典には元とはいえ女王のアンにガゼルやナイルといった王族も参列してくれる事から国内外への箔は相当付くのだ。
つまりただ王冠を賜るだけでなく、世界に新たな『リングストン』誕生と存在感を大いに知らしめる事となるのだがタッシールにはそこまで理解出来ていない。
(・・・まぁこれらも一応は報告しておこう。)
神輿として担がれている以上足手まといだけはならないように気を付けねば。その一点に集中していたタッシールはこの後緊張で下半身の震えが止まらないまま戴冠式を終えると遺体のない国葬も周囲から多大な協力を経て何とかこなす。
そして二か月ぶりに懐かしの『ナーグウェイ領』へと戻って来た時には『シャリーゼ』からの支援により多少領内事情が落ち着きを取り戻していた事実を知ると無意識にうっすらと涙を浮かべていた。
「こ、これは・・・アン様、今回だけは感謝致しますが恩義などは期待なさらない事ですな。」
「ほほほほほ。やっぱり私の目に狂いはなかったようね。タッシール、貴方本当に面白いわ。」
今の短いやり取りの中に面白い要素などあっただろうか?こちらとしては彼女が褒めたり喜んだりする度にショウから殺意の篭った視線を向けられるので勘弁して頂きたいものだ。
だが傀儡とはいえ折角国王となり、故郷である『ナーグウェイ領』に凱旋を果たしたのだから出来得る限りその強権を行使したい。そう考えて議会を用意するよう伝えると要望はすんなり通った上にすぐ開かれた。
「・・・とにかく情勢を整理しましょう。まず『リングストン』は現在相当な困窮に見舞われております。これを解決すべく動かなければならない訳ですが・・・」
「うん?『リングストン』?」
だが最初の説明に耳を疑ったタッシールは早速話の腰を折ってしまう。というのも困窮しているのは『ナーグウェイ領』だけであり『リングストン』というのは語弊だからだ。
「はい。この国はもはや風前の灯火、早々に手を打たねば本当に滅亡するでしょう。」
その訂正を求めて口を挟んだ事に気が付いていないのか、ショウは再び同じ意味の文言を繰り返していたので違和感を覚えたのだがそこにアンが静かに問いかけてきた。
「・・・ねぇタッシール。何故私が貴方を指名したか考えた事ある?」
随分と個人的な質問を投げかけられたタッシールは意味がわからないといった様子で小首を傾げてみせるとアンは微笑みながら静かに答え始める。
「あの場で貴方だけは国に、領土に向き合っていた。だから私は賭けてみたの。民の為に動ける可能性を持つ貴方にね。」
「そ、それは買いかぶり過ぎです。私など領主の経験すら浅い未熟者ですよ・・・」
「でもあの時の発言は国家を前提に行われていたわ。それに国王になってからも『ナーグウェイ領』に帰りたくて仕方なさそうにしてたじゃない。心配してたのよね?誰よりも。」
「・・・当然ですよ。ここが故郷なのですから。」
「その『当然』が出来ていなかったのよ。だから今の『リングストン』は貧困に喘いでるの。どの地域でもね。」
意味が全くわからない。彼女は何を伝えたいのだ?初めて聞く内容をどう受け止めればいいのかわからないまましばしの沈黙が流れるとついでのように座っていた傀儡王が真面目な素振りで口を開いた。
「つまりお前の国は独裁者がひた隠しにしてたんだよ。膨大な財政難をな。」
「・・・・・そんな筈はない。我が国は世界で最も資源を保有しており、人口も1000万を超える超大国だ。『ナーグウェイ領』こそ数々の内乱で疲弊しているがこれから一気に立て直してみせる・・・」
「疲弊していたにも拘らず何故中央は支援を送らなかったのでしょう?」
「・・・王都を最優先に動かれていただけだ。何せ100万以上もの人間が暮らしていたのだからな。」
もはや頭が回らなかったタッシールは口先だけで受け答えをするも心は上の空だ。内乱の続く『ナーグウェイ領』に何故こうも支援や対策が打ち出されなかったのか。
知りたくもない答えが眼前にまで迫って来たので更に意識を遠くへ向けようと逃避し始めたのだが『商業国家』を運営していたアンは非情な一言を告げてくる。
「威光を示すには莫大な財政が必要でしょうね。でも独裁国家なら誰も歯向かえない。真実は決して明るみになる事は無いのです。独裁者が健在であれば、ね?」
「・・・・・周囲の状況などお構いなしですか?」
「それが『リングストン』よ。それにしても大軍を用いた戦争を何度も行ったのは良くなかったわ。得られる物はなく、ただいたずらに大量の物資を消耗してしまったのだから余計にね?」
ここ数年の出来事全てに心当たりがありすぎていよいよ曖昧な受け答えすら難しくなってきた。そうだ。全ては有限、いくら物量を自慢していてもそれらは必ず消費されるという自然の摂理を何故忘却していたのか。
「でも勘違いしないで。私はこの国を否定するつもりはないの。」
「・・・・・と、仰いますと?」
「『独裁国家』だけじゃない。どんな国でも舵取りを間違えれば皆こうなる可能性があるって事。むしろ権力を履き違えていない人物が独裁政治を敷けば国はとても豊かになるわ。」
慰めてくれているのだろうか。いや、それにしては言葉に含みがある。
「・・・つまり貴女は大王様ですら否定されるおつもりですか?」
「う~ん。そうねぇ、ネヴラディンというよりその後継者であるフォビア=ボウかしら?ちょっと記憶が曖昧なんだけど彼よね?ヴァッツ君が欲しくていろいろ手を回したり大きな戦争を仕掛けたりしてたのは?」
「はい。」
確かにネヴラディンが崩御したのはもう4年以上前の事だが記憶違いになる程過去の話だっただろうか?しかし今はアンの言葉が気になって仕方がない。
「タッシール、権力とは立場を私物化する事じゃないの。どれだけ過去に偉業を果たして来たにしても一度その行為に足を踏み入れたら全てが歪み、瓦解してしまう。今の『リングストン』のようにね?」
「・・・・・」
「例えこの先『リングストン』が見事に立て直し、どれ程の財や繁栄を築き上げたとしても溺れてはいけません。貴方も国に仕える者として心に刻んでおいて下さい。」
「か~厳しい教えだねぇ。俺には無理だな!」
「あらそう?貴方には十分その資質があるし実行しているじゃない。決して欲を優先せず、国の為に動いていた。だから皆が貴方を敬っていたのよ。『ボラムス』でそれがよくわかったわ。」
最後は軽口を叩いてきた傀儡王にアンが真面目に答えると彼も気恥ずかしさを覚えたのか、顔を背けて口を噤む。
「・・・私にそれが可能でしょうか?」
「ええ。こうみえて私、人を見る目は結構自信あるのよ?もちろん私も手伝うわ。」
とんでもない人物に目をつけられてしまったものだと後悔してももう遅いのだろう。ショウやガゼルからも余裕のある笑みを向けられると覚悟を決めねばならないらしい。
「・・・・・わかりました。しかしもし私が権力に溺れた時はどうなさるおつもりですか?」
「ご安心を。その時はアン様の指名が間違いではなかったと証明する為に闇に葬り・・・」
「ショウ!彼は大丈夫だからそういう話はしないの!」
まだ半信半疑な部分はあるが今まで自分をここまで信じてくれる人物などいなかった。ならば本当の『リングストン』が見えてくるまではしっかり邁進してみるのも悪くない。
「・・・わかりました。では困窮とされる理由について詳しくお聞きしましょう。」
「うんうん。良い顔になったわね。じゃあショウ、各地の情報を教えて頂戴。」
こうしてタッシールは『ナーグウェイ領』を含めた全ての国土を立て直す羽目になったのだが以降はアン以外にも『シャリーゼ』や『ボラムス』の協力を得たり、全快した大将軍コーサが側近として付いてくれるお陰で一心不乱に務めを果たす事が出来るのだった。
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