闇を統べる者

吉岡我龍

王道 -進むべき道-

 「クレイスよ。お主に1つ頼みがある。」

珍しく一人で呼び出されたクレイスは少し緊張の面持ちを構えながら謁見すると意外な内容を聞かされる。それは『トリスト』の次期国王として皆に認めてもらえるよう立ち振る舞えという事だ。
未だに王族としての立ち回りもよくわかっていなかったのでどう反応すればいいのか困ってしまったのだが、今更彼がわざわざこんな話をしたのかには心当たりがある。
それが現在セヴァのお腹ですくすくと育っている御子だ。
彼が誕生した事で次期国王の座はそちらに移ったと大勢の人間が見ているのだろう。正直クレイスでさえもその方がいいと考えていたのだがスラヴォフィルはそうではないらしい。

(しかし次期国王としての立ち振る舞いって・・・何をすればいいんだろ?)

退室した後思案に暮れながら部屋に戻る最中、まずはイルフォシアとルサナが、そしてウンディーネにノーヴァラットが姿を見せるとこちらに合流しては詳しい話を聞かせて欲しいとせがんでくる。
それを他人に言っていいのかどうか、それすら難しい問題だと考えたクレイスはそのままショウの部屋に向かうと相談がてらに謁見でのやり取りを説明してみた。
「ふむ・・・・・やはりそうですか。」
様々な知識や思考を持っている彼ですらすぐに答えられないというのは重大さを再認識出来て有難い。と同時に自分の本心としてはイルフォシアとさえ結ばれれば正直どこの国に落ち着いてもいいと思っている。
確かに『トリスト』では成長のきっかけを沢山与えてもらったので恩返しは絶対にすべきだが国王の座に就く事だけではない筈だ。

こんこんこん

しかしクレイスの思惑とは別にどうしてもこの国の王に押し上げたい人物も存在している。その1人がショウであり、姿を見せた他の面々だ。
「おっす。」
「お邪魔しま~す!」
「お待たせしました。」
「うん?クンシェオルト様にカズキにヴァッツまで?何でここに?」
「私が呼びました。」
どうやらヴァッツ以外の2人もクレイスが次期国王になる事を強く望んでいるらしい。何時の間にそんな事になっていたのかさっぱりわからなかったが無遠慮に隣に座ったカズキが話の流れを聞いた後最初に口を開く。

「俺は国に所属するってのが初めてだったんだ。んでそのきっかけを作って下さったのが他でもないスラヴォフィル様だ。だからクレイスには絶対この国を継いで欲しい。俺と同じように、あの御方から指名されたお前にな。」

つまり彼はスラヴォフィルの意思も尊重するという意味でもクレイス以外の国王は認めないという立場らしい。もし他の人物が王として君臨した場合国を離れるとも。
「む、無茶苦茶だなぁ・・・」
相変わらず極端な戦闘狂に呆れてしまうがそうなるとクンシェオルトの方が気になってくる。彼とはほとんど交流が無く、記憶では敵対していたものが多かったのに何故支持してくれるのだ?
不思議に思いつつ尋ねてみると彼は優しい笑顔でその理由を語りだした。





 「私の望みは平和な国で暮らす事です。そしてそれはヴァッツ様の御力に護られている国であれば国王など誰でも良いと考えております。」
その意見にはクレイスも力強く同意するしかないのだが何故かショウだけは驚いた後怪訝そうな表情でこちらを睨んできたので思わず目を逸らす。
「ですが平和な国は出来るだけ大きい方が良い。沢山の人々に安寧をもたらして欲しいですからね。そういった意味では是非クレイス様に『トリスト』の国王になって頂ければとも考えます。」
この時本当に『トリスト』の版図だけを想像したので不思議に思ったがどうやら彼の狙いは更に先へと続いていたらしい。
あまり理解出来ていないであろう親友と顔を見合わせてから小首を傾げるとそれまで黙っていた少女達も堰を切ったように不満をさらけ始める。

「そもそもクレイス様はナハトールを討伐したり『闇の王』との戦いにも参戦、無事に生還しておられます。西の大陸でもその名を轟かせるご活躍を見せているのにこれ以上名声を望む周囲には幻滅するしかありません。」

「そうそう!少し変わった私なんかにも凄く優しくして下さるしお人柄も申し分ございません!何故皆はそれをわからないのでしょう?!」

「最近だと女の子は皆足を止めてクレイスを眺めているし王族としての容姿も十分資質はあると思うの。ただそういう時ってイルフォシアがとても怖いからそこは改善するよ余地ありってところ・・・ほら怖い怖い?!」

「強さも大切だけどやはり本人が誰よりも速く、強く空を飛べる事も重要だと思うのよね。特に『トリスト』は中空に浮いてる国家なんだし。」

どうやら彼女達も概ね賛成といった様子だが未だ自分の意見を述べていない人物はどう考えているのだろう。
「ショウはどう思う?」
あれからずっと怪訝そうな表情を崩していなかったのでそれを元に戻す意味でも話を振ってみると彼は静かに双眸を閉じた後、ゆっくり口を開く。
「私もクレイスにはこの国を継いでもらいたいと考えています。というのもクンシェオルト様とは少し違う理由からですが。」
「それは?」
「はい。この世界で唯一覇を唱えられる者として君臨してもらう為です。」
また物騒なことを言い出した。詳しい内容を聞かずとも言葉だけで不穏な気配を感じたクレイスは若干眉を顰めるがカズキや少女達は何故か興味津々だ。
「・・・言っておくけど僕は自分の国を戦闘国家にするつもりはないよ?」
「ええ、わかっています。しかし各国をけん制するには絶対的な力が必要なのです。そしてその役目はヴァッツが、補佐としてカズキの力が必要になって来るでしょう。」
国というのは例え他と圧倒的な差があっても放っておけば野心に塗れるという。そしてそれを早くから見つけ出して処理する事で平和な世界を保つ事こそが彼の描く地図なのだそうだ。
「・・・独裁国家?」
「いえいえ、基本的には平和な交渉で済ませるつもりです。」
確かに全てを思い通りに動かそうというのであれば邪魔な国々を滅ぼして併呑するのが手っ取り早い。しかしショウはあくまで他国を尊重し、自分達は治安を守る立場として運営したいらしい。
「少し冷酷さが垣間見えますが基本的にショウ様が私利私欲に走る事はないかと思います。いいんじゃないでしょうか。」
自分にとってはぎりぎりといった考えだったがイルフォシアにはわりとすんなり受け入れられる内容だったらしい。ショウが珍しく少しだけ勝ち誇ったような表情を見せるとどうにも納得がいかないクレイスは腕を組み、これから何を成しえてどのような国を目指すのかをじっくり考え始めた。





 今日明日に焦って答えを出すような問題ではない。
それがよくわかっていたからこそ友人達の会談はすぐに幕を閉じたのだがあの後部屋に戻ると来客が訪れる。
「え?クンシェオルト様?」
流れからてっきりショウがまた策謀、妙案の類をこっそり持ってきたのかと思ったがそうではないらしい。相変わらず優しい雰囲気を纏って静かに姿を見せるとよくわからないまま2人は机に向き合う様に座る。
「あの、もしかして先程のお話の続きですか?」
「はい。あの場で申し上げるのは少し躊躇ってしまいましたものですから。」
という事は少し過激な内容なのか。彼が最も遠慮する相手と言えばヴァッツしかおらず、聞かれないようわざわざ主の元を離れてクレイスに会いに来てくれたのだからよっぽどなのだろう。
更に人払いまで提示されたのでいよいよ部屋には2人きりになるとクンシェオルトから放たれていた優しい雰囲気な一瞬で霧散して厳しい表情を浮かべる。

「クレイス様、どうか『トリスト』を世界で最も強く、強大な国へ成長させて下さい。これは貴方にしか出来ません。」

「・・・ぇっ?」

先程は平和な国を望んでいると言っていた筈だが聞き間違いだろうか?真逆の発言を受けて目を白黒させていると彼はその理由を簡潔に述べた。
「恐らくこの先、我々は恐ろしい脅威と戦わねばならない時が来ます。それがいつになるのかはわかりませんが出来る限り早く備えるべきです。」
「えっと・・・それってセイラム様の仰ってた話ですか?」
あれは愛娘達を護る為の虚言だという事で話は終わっている。もしかして彼の読んだ報告書では詳細が抜けていたのだろうか?危機感こそ感じるが答えに辿り着けないクレイスがやや心配そうに声をかけるがクンシェオルトは静かに首を横に振るだけだ。
「クレイス様、4年も前にこの世を去った私や妹が健全な肉体を持ってこの世に蘇ったのは何者かによる仕業です。そしてヴァッツ様はそれをよく思っておりません。」
「・・・・・まさか?」

「はい。私も一度相対しただけですがその力は破格と呼べるものでした。そして奴は間違いなく我らの敵となるでしょう。」

つまり今後の事を考えて速やかに強国を勃興すべきという事か。少し突飛な内容に困惑も感じたがクンシェオルトはこんなくだらない嘘を言う性格でもないしわざわざ人払いをした理由にも頷ける。
「・・・その人?の狙いは何かな?」
「さて、私を蘇らせた事にも深い理由はないように感じました。そう、まるで試すような口調でしたね。」
試す?試しで人を生き返らせるというのか?掴み所のない人物像に思わず目を丸くしたがこれは説明する本人も同じような気持ちらしい。
「ご想像通りです。相手の正体は全く掴めません。だからこそ早急に対応出来る強国を私は求めているのです。クレイス様、時間もどれ程残されているのかわかりませんがまずは何としてでも17歳で『トリスト』王になって頂き、そこから周辺国を完全に掌握してもらいます。」
これは決して支配下に置くとかではなく、それこそショウの言う覇を唱える者として君臨するように強く求められているようだ。しかし彼の焦りや蘇ったという事実から考えても笑い飛ばしたり目を逸らす訳にはいかない。
「・・・なれるかな?」
「なれます。スラヴォフィル様から指名された貴方なら。」
彼ほどの男がここまで警戒する相手にどこまで太刀打ち出来るのかはわからないが本当の脅威が現れた時、何もしないや全てヴァッツに丸投げという選択肢もあり得ない。

ならばやるべき事は1つだ。

「・・・でも戦闘国家や独裁国家はごめんだよ?」
「当然です。クレイス様には平和と力に富んだ国を作って頂きたい。私もヴァッツ様共々惜しみなくご協力致します。」
まさか自分の王位にそこまで重大な使命が課せられるとは夢にも思わなかったが、もしこれを達成出来ればそれこそ皆も納得してくれるだろう。
前向きに捉えたクレイスは周囲の応援にも熱いものを感じるとやっと僅かに国王へ向けての心構えが形成されていくのだが、最後にこの話を漏らさないようにと告げられた事でまた違う緊張感や重責を知らず知らずのうちに背負う事となった。





 周囲から王位を認めてもらうには何をすべきか。それを考えて実行する事が求められるのだろうが今はクンシェオルトの話で頭が一杯だ。
(・・・クンシェオルト様があそこまで警戒されているのだから相当な準備と体制が必要な筈だ。となれば・・・)
既に国王としての思考と矜持を無意識に働かせていたクレイスはまず防衛機構と食料問題を考える。例えどのような苦境に立たされようとも『アイアンプ』で見たような凄惨な状況だけは絶対に回避せねばならない。
その為に彼も強国という言葉を口にしていたのだろう。豊かなだけではなく、あらゆる困難に立ち向かえる強い国を。
だが『トリスト』は中空に浮いている都合から物量にも限界があるのだ。それが極少精鋭という良い形で表れていたものの、今後を考えるとまずは物資の大量確保が必要になるのかもしれない。
今まで国を強化するなど考えた事もなかった。どこでも良い、自分とイルフォシアが結ばれれば本当にどこでもよかったのだのだがそうもいっていられなくなった。
蘇ったクンシェオルトの真剣な直言を無視するわけにはいかないのも大きい。ヴァッツに忠誠を誓い、誰よりも平和な国を望んでいる彼の悲願は今度こそ成就されねばならないのだから。

・・・故にクレイスは彼からもらった過去の助言にも従って動き始める。

「イルフォシア、いるかな?」
気が付けば彼女の部屋の扉を叩いていたクレイスは召使いに尋ねると中から先にルサナが出てきたので少し驚いたが彼女達もクレイスへの助力を模索していたらしい。
「クレイス様?どうされましたか?」
「うん。ちょっとセイラム様の下へ行こうと思ってね。イルフォシアも一緒にどう?」
「まぁ、お父さんの所に?行きます行きます!」
『神族』の影響が無くなって以降、最低でも週に一度は会っている筈だが離れ離れだった期間を補うにはあまりにも足りていない。なので何かしら会える機会を得られるのなら是非彼女もと以前から考えていたのだがその喜びようは想像以上だ。
ルサナもそこはわかっているらしく、今回ばかりは自分も!とせがむ事はない。むしろそれを微笑ましく見守っているのだから2人も随分と仲良くなったのだろう。
「あと一応アルヴィーヌ様にもお声かけしよう。」
これもセイラムや彼女の気持ちを考慮しての発言だったのだが今回ばかりは裏がある。もしかすると愛娘達の力が必要になるかもという下心が。
「ふふっ。姉さんは黒い竜の御世話とお父さん、どちらを選ばれるでしょうね?」
それでもイルフォシアがからかう様に尋ねてきたのでこちらも笑顔を返すと早速2人は『アデルハイド』の牧草地に降り立つ。
そこで今から向かう事を説明すると案の定アルヴィーヌは見た事がない程顔をしかめて熟考していたが、アサドに背中を押されたことで3人は『天界』へ向かうのだった。





 「ところで何故お父さんにお会いになるのですか?」
『天界』に入ってからイルフォシアが不思議そうに尋ねてきたのでクレイスは言葉に迷った。ここからはクンシェオルトの件を伏せたまま話を進めなければならないのだ。
「・・・うん。ちょっとお伝えしておきたいことがあってね。全部セイラム様の前でお話するよ。」
そう告げると彼女も小首を傾げつつも深く追求する事はなく、アルヴィーヌは詳しい事情よりも父に会える喜びで嬉しそうに飛んでいる。
しかし彼女の問いかけで少しだけ冷静さを取り戻したクレイスは先走り過ぎなのではと不安が過った。
(・・・いや、クンシェオルト様やスラヴォフィル様のお話から考えればこれくらいはやっておかないと!)
ただでさえ鍛錬を怠って生きてきた11年間を後悔していたのだからこの先の人生はむしろ先に回る勢いで動かねば。
そんな決意が表情にも表れていたのだろう。イルフォシアも何かを察したらしく、優しい笑顔を返してくれると3人は『天界』の王城に到着する。

「クレイス。よく来てくれた。アルヴィーヌにイルフォシアもおかえり。」

「わーい。あれ?お父さん今日はお城にいるんだ。珍しいね?」
アルヴィーヌがとととーと駆け寄って抱き着くが疑問に感じたのだろう。顔を上げて尋ねるとセイラムは少し視線を逸らしながらその理由を素直に教えてくれる。
「偶々イルフォシアとクレイスのやり取りを見てしまってね。それで急遽畑仕事を切り上げてきていたのだ。」
戦いの枷が外れた今の『天族』はとにかく生産する為の行動に走りがちだ。それは国王も例外ではなく、むしろ汗水たらして農作業に勤しむのがとても楽しくて仕方がないらしい。
「さぁさぁ、まずはお茶にしよう。それからゆっくりと話を聞こうじゃないか。」
すっかり来賓をもてなすという風習にも染まったセイラムは嬉しそうに案内すると4人はここでは珍しい木目調が目立つ落ち着いた部屋に通される。
「あれ?こんなお部屋ありました?」
「いいや、この城は全て大理石で出来ているからな。それでも妻と過ごした部屋を再現したくて1つ作ってみたのだ。」
「へー。ここにお母さんがいたんだ・・・」
自分の母親については父から聞く話しか知らない為、アルヴィーヌもそこがとても大切な場所だと感じたのだろう。静かに周囲を眺めているとセイラム自らが手慣れた様子でお茶を用意してくれた。

「さてクレイス。わざわざ『天界』に赴いたという事は込み入った話なのだろう?娘達が同席でも構わないのか?」

「はい。そこは問題ありません。」
夏場だからか、爽やかな香りと冷たさを感じる水出しのお茶は喉も気持ちも落ち着かせてくれる。それを十分に堪能してから始まるとまずは宣言にも近い内容から告げた。
「セイラム様。僕は17歳を迎えると同時にイルフォシアを正式に妃として迎えたく存じます。」
「ほう?その為に許しを請いに来たという訳か。」
「いえ、これは報告だけです。もしお許し頂けなくとも僕達の仲は誰にも引き離せませんから。」
普段からそういう話をしていたものの今日の訪問が実父にそんな事を告げる為だとは思いもしなかったのだろう。イルフォシアが珍しく唖然とした表情を浮かべていたがセイラムの方は表情を崩さずじっとクレイスを窺っている。

「・・・・・そうか。ならば安心だな。」

それからすぐに笑顔でそう告げられると室内には穏やかな雰囲気が流れる事で話がついたかのように見えたが本題はここからなのだ。

「ありがとうございます。そしてもう1つ、もし国難が訪れた場合『天界』からの援助をお願いしたいのです。」

これには更にイルフォシアが口をぽかんと開けたまま動かなくなってしまったのだが長年国王として君臨しているセイラムはこちらの気配と意図を速やかに汲み取ったのだろう。再び真剣な面持ちになるとまたクレイスに静かな視線を向けていた。





 「・・・今の『トリスト』に反抗するような勢力はない筈だが。何かが起こっているのか?」
「・・・いえ、これは僕達の将来と僕に課せられている期待に応える為の材料に過ぎません。」
「ふむ・・・・・まぁよかろう。クレイス達にはとても世話になっているからな。もしそんな状況が訪れれば様々な援助で応えて見せよう。」
彼も万里の眼を持っている為ある程度の事情は知っているのだろう。特に詳しく聞き出す事はせずに了承してくれたのでクレイスはほっと胸をなでおろすが逆に納得のいかない存在がやっと声を上げた。
「クレイス様?そのような話でしたら何故事前に教えて下さらなかったのですか?私達は夫婦ですよ?」
正確にはまだなのだが彼女の中では既にそういう立場が確立されているらしい。しかし今注目すべきはそこではなくクレイスが次期国王として周囲の期待に応える為にセイラムとの会談、及び国家としての約束を取り交わした点だ。
「ご、ごめんね。ただこの話だけは直前まで悩んでたんだよ。」
「イルフォシア、これは国家の代表同士の話なのだ。例え私の娘でもクレイスの妻でも口出しは許さんぞ?」
そう言われると賢しい彼女も理解はしたものの納得からは程遠いといった様子だ。頬を膨らませてそっぽを向くとセイラムが目に見えて焦りを浮かべていたのでクレイスも何とかしようとあたふたしてみるが状況は一向に改善されない。

「ねぇお父さん。お昼ご飯も一緒に食べよ?」

当面は収拾不可能だと思われた時、助け船を出してくれたのは他でもないもう1人の愛娘アルヴィーヌだ。彼女は母と父が暮らしたという部屋の内装をずっと眺めていた為こちらの話など全く聞いておらず、満足したらお腹が空いてきたので素直に希望を口に出しただけに過ぎない。
「そ、そうだな!クレイス、良ければ君の料理も頂きたいので手伝ってくれるかな?もちろん私も腕を振るうぞ?!」
「は、はい!では厨房に参りましょう!2人とも少し待っててね!」
本来であれば国家間の約束で話が頓挫してしまった時の為に2人の力を借りようと考えていたのだがこれはこれで非常に助かった。
クレイスはセイラムと共に逃げるように部屋から退室すると早速彼女の機嫌を宥めるべく、腕によりをかけて豪華な昼食を完成させるのだった。



あれからは国務の話を一切挟まなかったのと美味しい料理が功を奏したのだろう。

すっかり上機嫌になったイルフォシアとアルヴィーヌを連れて『トリスト』へ帰る途中、彼女は到着する前にどうしても力になりたかったようだ。
「クレイス様、もし国内外の人間を納得させるのでしたらついでに『魔界』や『悪魔族』達ともお話を進めてみてはどうでしょう?」
「うん。僕もそう思ってるんだけど『魔族』って戦いを忌避してるじゃない?だから少し気が引けるんだよね・・・」
「クレイス、そんなに大きな戦いが起こるの?」
しかし何となく返した言葉は大きな失言だった。まさか素直過ぎるアルヴィーヌからこうも純粋な質問をされるとは夢にも思わず、クレイスは言葉に詰まってしまう。
「姉さん、もう世界は『トリスト』とそれを護るヴァッツ様によって平定されたも同然です。今はクレイス様の王位継承権について言いがかりをつけてくる人間を黙らせる為の布石に過ぎません。ね?クレイス様?」
「う、うん。そうだね!」
彼女の言葉を聞くまでそちらの方向にはどれほど効果があるのか皆目見当がつかなかったのだが後ほどこれらが功績として認められるからこそ彼は『トリスト』の新国王へと推戴されるのだ。

「そうなんだ。でも戦いか。出来ればあまりしたくないのはわかる。」

「「えっ?!」」
だがこの時は最後に見せたアルヴィーヌの本音があまりにも意外過ぎたので2人は驚愕から顔を見合わせた後、お互いの可笑しな表情を笑い合うのだった。





 「聞いたよ~!何でもセイラムに直談判しに行ったんだって?しかもイルフォシアとの婚約報告まで?!やるねぇ!」

それでも話してみなければわからない。という事で今日は『魔界』の王バーンに会いに来たのだがいきなり例の件を漏らされると一緒にいたルサナにウンディーネが目を丸くした後こちらの視界を遮るように顔を近づけて問い詰めてくる。
「2人とも落ち着いてください。今日はそういう話をする為に来たのではありませんよ。」
そこにまるで正妻の座を掴んだかの余裕を見せるイルフォシアが宥めに入ったのだから感情は余計に逆撫でされたのだろう。多少の小競り合いが始まるとクレイスは好機とばかりに気配を消しつつ何故その事を知っているのかをこっそり尋ねてみると、あれからすぐにセイラムが『魔界』に訪れて嬉しそうに報告しに来たそうだ。
「まぁ僕も家族が幸せを掴むとなれば嬉しいけどさ。あいつがあそこまで喜ぶ姿は初めて見たよ~。で、今日は『魔界』の協力も欲しいって話かな?」
「はい。もし国難が訪れた場合には『魔界』からの援助をお願いしたいと思っているんですが無理に戦って頂くとかではなくてですね。例えば避難場所として『魔界』の一区画をお借りするとか多少の食料を分けて頂くとかで結構ですので・・・」

「クレイス、君はウンディーネの魔力を大量に取り込んでいるんだから同族も同然だ。だから何かあればしっかり助けるつもりだから下手な気遣いは無用だよ。」

いつの間にか空中戦にまで発展していたウンディーネらをよそにバーンが力強く断言すると肩の荷が下りたクレイスも心からの笑顔を浮かべて頭を下げる。
『天界』と『魔界』の王に直談判出来る時点で既に『トリスト』の次期国王としての資質は十分満たしているのだが彼自身は全容が見えない敵に備える事で頭が一杯だ。
なのでしばしの沈黙が何を意味するのかも当然理解は出来なかった。そこに人型になっているティムニールが軽食を持ってきた時に何かを察したのか、言葉を放とうとした時にバーンが機先を制すように口を開く。
「ところでクレイスはウンディーネを娶ってはくれないのかな?」
「へ?」
「いや~だってセイラムの所の娘はわざわざ直接出向いて婚約しますって宣言したんでしょ?だったら僕の娘でもあるウンディーネもしっかり面倒を見てもらいたいなぁって思うんだけどなぁ?」
青天の霹靂とも呼べる内容に思考が停止したクレイスは自分でもどんな表情を浮かべていたのかわからない。しかし出会った時から変わらないイルフォシアへの気持ちや対応は以前から考えていたものの、他の面々との関係は全く考えてこなかった。いや、正確には考えないようにと先延ばししてきた。
故に言葉に詰まったまま再び無言の時間が生まれると聞こえていたのか何かを感じたのか、イルフォシアとルサナを残してウンディーネが降りてくるとこちらの顔を覗き込んでくる。

「どうしたの?バーン様にお断りされちゃったの?私からもお願いしようか?」

「い、いや。そうじゃないんだけど・・・バーン様、僕は妻を何人も囲える程大した人間ではありません。ですので・・・」
「そう?でもこういう会談ってこちらからの条件や姻戚関係も結構重要になってこない?国家間の話なら特にね?」
「うぐぅっ?!」
そう言われるとぐうの音しか出ないクレイスは再び言葉を失ったが唯一意味を理解していたティムニールだけはやや困惑の表情を浮かべている。
もしかするとかなりの常識人?である彼なら何か助け舟を出してくれるかも。そう期待してみたがこちらと視線が交わっても申し訳なさそうに首を横に振るだけだ。
「でもまぁ無理強いは出来ないよね。君もイルフォシアを一番大事にしているみたいだし。それより折角来てくれたんだ。今日はゆっくりしていってね。」
この時大きな権力を得るには相応の見返りという犠牲が必要なのだと初めて理解したのだが、バーンのからかうような問答とウンディーネが少し心配そうに窺ってくる様子に応える術を持ち合わせていなかったクレイスは大きな約束とは別に大きな課題を持ち帰る事になる。





 すぐそばにヴァッツという破格で万人を愛すような存在がいるとどうしても複数の妻を持つ事には抵抗を抱いてしまう。
せめて彼ほど強ければもう少し自信を持てるのかもしれないがそれはないものねだりというものだ。
かといってバーンとのやり取りを鮮明に覚えているクレイスはしばらくもんもんとした日々を過ごしていたのだが迷っている時間が惜しいと切り替えて次の行動に移ろうとした時、意外な人物とぱったり出会った。
「あら?クレイスじゃない。む?随分と落ち込んでるみたいだけど何かあったの?」
「え?!そ、そんなにわかりやすく出てる?」
小奇麗な衣装を身にまとったハルカと廊下で出会った時、すぐに心の内を言い当てられてしまうと慌てて自分の顔を強く揉み解してみたがそもそも目や覇気に現れている為隠すのは難しいという事らしい。

「・・・あのさ、ハルカってヴァッツが沢山のお嫁さんを貰う事ってどう思う?」

故に焦りから周囲の目も気にせず尋ねてみると彼女は目に見えて驚いた後、腕を組んで不敵な笑みを浮かべる。
「はは~ん。なるほどなるほど。あの娘達の事で悩んでたのか~ふ~ん?クレイスも中身はあんまり変わってないみたいね?」
答えを知りたくてついぽろりと本音を零してしまったのは彼女とは暗殺されかける程深く長い付き合いだからだ。しかしその反応からすぐに後悔してその場を立ち去ろうとしたのだが何故か『暗闇夜天』の術を使ってまで行く手を阻止される。
「まぁまぁ待ちなさい。ついでに前から思っていた事を1つ教えてあげるから。」
「・・・何?」
「あなた、王太子なのに少し遠慮しすぎよ。横暴な態度を取れとは言わないけどもう少し強引さがあってもいいんじゃない?」
自身が全く持ち合わせていない発想に今度はクレイスの方が目を丸くして驚いてしまうがハルカは気にせず話を続ける。
「だってあなたの周りの娘ってかなり強気な子が多いでしょ?だったらそれをまとめ上げる将軍みたいな行動も必要だと思うの。荒くれ者って懐柔案だけじゃ調子に乗るだけだし。」
酷い言われように眉を顰めるがそれが彼女目線の助言らしい。すっきりした様子のハルカは清々しい笑顔を浮かべていたのでこちらは腑に落ちなかったのだが反撃の狼煙は目の前に転がっている。

「・・・それはそれとして。ハルカ、君はヴァッツが他の娘と仲良くしているのってどう感じてるの?」

自分と同じように困らせたいという本音はさておき、少し前にそれが原因で祖父と口論になったのも目撃していた。であれば立場こそ違えど彼女から何か有用な意見が聞き出せるのではないか。そういった期待から深く尋ねたのだがハルカの様子は清々しいものだ。
「そうね。出来れば見せつけて欲しくないとは伝えてるわ。やるなら2人きりの場所でやってねって。」
「・・・ぇぇぇ・・・」
「強引さに無自覚な超自信家っていうのかな。あいつが一度決めたら周りも反論よりも見守っちゃうのよね。だから私達があいつを取り合うような場面って見た事ないでしょ?かなりのじゃじゃ馬が揃ってるのに。」
自分も含めてじゃじゃ馬と表現出来るのは彼女の強さなのだろう。言われてみれば確かに相当癖の強い少女達が彼の花嫁候補として名を連ねているものの自分の周りのように寵愛を取り合う話は聞いた事も見た事もない。
「・・・・・やっぱり僕じゃ・・・・・」

「それよそれ!その否定から入る考え方!それを改めなさい!大丈夫!あなたは既に周囲から十分認められる程の男に成長しつつあるから!」 

これもまた無自覚なのだから仕方がないがそれでも全力で否定し、背中を押すように語気を強めて助言してくれるとクレイスも唖然とする。
「・・・そ、そうかな?」
「あら?『暗闇夜天』の元頭領が太鼓判を押してるのに信用出来ない?」
「・・・・・」
「あなたとヴァッツじゃ全く違う存在よ。だからこそあなたはあなたの方法で彼女達とどう向き合うかを考えればいいと思うわ。大丈夫、私の見た所だとどう行動しても上手くいくから。」
最後まで終始ご機嫌だったハルカはそう告げて去っていったのだが本当にそうだろうか?否定から入る考えを改めろと言われた尻からつい疑問を過らせてしまうが彼女なりに応援してくれているのだ。
であれば自分もこの関係に決着をつけねばならない。これもまた次期国王として必要な事だと前向きに捉えたクレイスは溜息を鼻息に変えるとその場を後にした。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品