闇を統べる者
闇の血族 -新参者-
あれからすぐにヴァッツの機嫌が直ったのといつの間にかユリアンの気配を感じなくなった喜びで忘れそうだったがここからが本当の問題なのだ。
「ヴァッツ様、私も4年間の空白期間を埋める為に粉骨砕身する所存でございますが居はどちらに構えればよろしいでしょうか?」
直接確認をするのが憚られた為このような物言いになってしまったのだが意図を汲み取ってくれるだろうか。一度はこの世を去ってしまったクンシェオルトが再び彼に仕える事を許されるだろうか。
「だったら『トリスト城』に住めばいいよ!大きなお城だからお部屋も余ってるはずだよ?」
優しい主は当然のように提案してくれるのだが話によると『トリスト』は入国すら難しいという。更にその大陸は中空に浮いている為空を飛ぶ能力を持ち合わせていない者は移動手段も限られているらしい。
「面白そうだから私もご一緒していいかしら?久しぶりにスラヴォフィルとも会ってみたいし。」
そこにアンが興味津々といった様子で口を挟んでくると珍しくショウが狼狽する。どうやら現在妊娠中の王妃と鉢合わせするのを恐れているようだが彼女も鋭い人物だ。
最終的に諦めさせようとしてくるのをのらりくらりと躱しつつ、何故『トリスト』への入国やスラヴォフィルとの再会を拒むのかを問い詰めていくと彼も降参したようだ。
「・・・先日ご懐妊されてやっと王妃になられた経緯も考えると御出産が終わるまでは控えて頂きたく存じ上げます。」
噂で聞いてはいたのだがセヴァという『魔人族』はとてもアンに似ているらしい。だがそこには触れず、彼女の立場も考えて必死で説得する姿には確かな成長を感じた。
(彼はもっと冷酷だと思っていたが。いや、相手がアンだからこそ感情的になっている可能性もあるのか。)
「仕方ないわねぇ。」
恐らく全てを知っていながらに試していたのだろう。最後はあっさり引き下がるとこの話も静かに幕を下ろす。
それから3人は『ユリアン教』最後の信者を紹介されたのでやや驚いたが、これも彼なりの誠意らしい。既に力を失っている事や残滓を感じ取っていたという事まで説明されるとこちらも恨みを晴らす為の行動など起こせるはずもない。
「彼女はカーディアン。今では普通の女の子だよ。」
確かに何の力も感じない、やや卑屈な性格が垣間見える以外は普通の女性という判断で落ち着いたのだがそれ以上に驚かされたことがある。
「いいえ、私は今でも敬虔な『ユリアン教』信じむぐぐ」
「カーディアン!余計な事は言わないで!」
「おや?シーヴァルではないか。カーチフ様がお亡くなりになられたとは聞いたが何故お前がここに?」
お互いが元カーチフ部隊に所属していた事もあり顔なじみだった為、不思議な再会に小首を傾げていると女性の口を塞ぎながら照れの見え隠れする笑みを返してくる。
「クンシェオルト様!お久しぶりです!実はカーチフ様に促されてこの国で過ごす事になりまして。あ、この人若干の虚言癖がありますけど俺の妻なんです!なのでどうか多めにみてやって下さい!」
「ちょっとシーヴァル?大切な奥様を前になんて言い草なの?もう甘えさせてあげないわよ?」
カーチフが亡くなったのもそうだがその周りにも大きな動きがあったという事か。てっきり彼の娘と結ばれるのだと思っていたのに人生とはなかなか上手くいかないものらしい。
「そうか。ではまた今度詳しく聞かせてもらおう。」
だが今の彼らは幸せそうだ。であれば周りがどうこう言うのもお節介が過ぎるというものだろう。クンシェオルト達は『ユリアン』の過去に別れを告げると入国の日取りを決める為に執務室へと案内されるのだった。
「クンシェオルトっていう人が『トリスト』への居住を許されたんだって?なのにあたし達はまだ宙ぶらりんなの?『剣撃士団』の一員なのに?」
最年少で『ネ=ウィン』の4将筆頭の座に上り詰めた彼の存在は大きく、ここ『ボラムス』でも噂でもちきりだった為詳しく知らないルマー達にも動向は伝わってきていたが最初に飛び出してきたのは不満だ。
「あのなぁ。お前達とクンシェオルト様じゃ格が違うの、格が。あの人はヴァッツの側近として働くんだぜ?立場的にも相当な高官になるんだから当然だろ?」
訓練場で寛いでいたカズキはさも当然といった様子で答えているがカーヘンは納得していないのか、座っている彼の背中から少し過剰な程体を預けながら抱きついている。
「・・・私は急がないわよ。今は『ネ=ウィン』でのお仕事でほとんど地上にいるしね。」
若干のもやもやを払拭しようとやや強気な発言をしてみるが気持ちが落ち着くことはない。その理由の一つに友人の行動が関わっている筈なのだがそれを認めるつもりも自覚するつもりもないルマーはあえて無視を続ける。
しかしいつまで経っても振り払おうともしないカズキに白い視線を向け続ける事で彼も気まずさを感じたのだろう。やっとカーヘンの腕を振りほどくとわざとらしい咳ばらいを見せた。
「ここにいたのか。」
そこに件の人物が現れると彼はすぐに武人としての顔に切り替える。目上の者には礼儀を尽くすという信念にとやかく言うつもりはないが傍から見ていると時折阿っているようにも見えるのは理解しているのだろうか。
「クンシェオルト様、お話はもう済まわれましたか?」
「ああ。なので約束通り立ち合い稽古に付き合ってもらおうと思ってな。『闇の血族』の力は開放出来ないが構わないか?」
「全然構いません!」
あまり聞き慣れない言葉が出てきたが2人とも気にしない様子で訓練場に入っていく。自分達よりも後から現れたにも拘らず『トリスト』への入国を許可されたこの男がどれ程のものなのか。ルマーも気になるところだったので隣に座ったカーヘンと共に稽古に注目していると妙な違和感を覚えた。
「あれ?あの人全然強くないね?」
それは戦士である彼女の方がより強く感じたのだろう。最初の動き出しから細い長剣を振るう速さもカズキどころかカーヘンより遅いかもしれない。
この立ち合い稽古だけで判断すれば武よりも文で登用された人物なのかと勘違いしかねないが、それにしてもカズキがかなり慎重に立ち回っているのは気になるところだ。
(・・・まさか相手を気遣って手を抜いているのかしら?)
いくら立場が上の者とはいえそこまでするだろうか?本当に阿ってしまっているのだろうか?戦いには真剣で生真面目で、野性味溢れる面ばかり見てきたルマーは意外さと少し残念な気持ちで思わず目を逸らしてしまうと立ち合い稽古も草々に終わりを迎えたらしい。
「凄い成長だな。これは私もうかうかしていられん。」
「いえ!私などまだまだです!しかしクンシェオルト様、動きから察するに『闇の血族』の御力は・・・」
「うむ。十分な生命力を感じるのでな。いざという時には心おきなく解放出来るだろう。」
「そうですか・・・いえ、でしたら私達もそんな状況に陥らないようより修練を重ねていきます。」
何故今の立ち合いでそんな神妙な表情を浮かべるのか。クンシェオルトが立ち去った後カズキに尋ねると彼は寿命と引き換えに強大な力を発揮する『闇の血族』という存在なのだという。
「以前も世界を脅かしてた『天族』を屠る為に自らの命を削ってまで戦われたんだ。敬意を払わない方がおかしいだろ?」
よかった。やっぱり彼は彼なのだ。やや戦いに傾倒しすぎる所はあるものの敬意の意味がわかったルマーは嬉しくてつい抱き着いてしまったがカーヘンのいやらしい笑みに気が付くと慌てて体を離した後、照れ隠しの意味から再びクンシェオルトについて詳しく尋ねるのだった。
兄もそうだが周囲もクンシェオルトがヴァッツに仕えるのを当たり前のように動いている。それを心苦しく思っていたのは他でもない妹のメイだ。
というのも兄が最後の力を解放した原因が彼だと知っているから。葬儀では激しく取り乱してしまい、命を懸けて彼を葬ろうとしたのに無駄死にをしたのも鮮明に覚えているから未だ気持ちの整理がついていないのだ。
「あいつはそんな事全く気にしてないと思うけど、もやもやするなら一発殴りにでも行く?」
「ハルカちゃん・・・変わってないね。でもハルカちゃんの旦那様にそんな事出来ないよ。」
「そ、そんなんじゃないし?!」
これまでヴァッツと様々な出来事があったに違いない。初めて見せる照れ隠しの様子に心はほっこりしていたが解決策は見いだせないままだ。
そんなメイを見かねたのだろう。何かきっかけをとハルカが気を利かせると翌日、信じられないような出来事が起こった。
「こんにちは。私アルヴィーヌ。あなたクンシェオルト?の妹なんだって?」
「初めまして、私は妹のイルフォシアと申します。メイさん、これからもよろしくお願いしますね。」
「えっと、何か緊張しててヴァッツ様と上手く話せないからって言われてきたんだけど?あ、あたしはリリーだ。よろしくな。」
「お初にお目にかかります。私はヴァッツ様の従者であり、寵愛を賜る事を許された時雨と申します。」
「え、えっと、は、初めまして!私はクンシェオルトの妹メイです!」
いきなり4人の少女が現れただけでも驚きなのにそれがハルカの友人だというのだから更に驚く。4年前はメイが初めて同世代の友達だといってとても喜んでいたのが嘘のようだ。
「皆あいつと縁が深いからね。何なら今から全員でヴァッツに会いに行くっていうのもありだと思うの!」
「えぇぇ・・・流石にそれは迷惑が過ぎるよ。」
「あの、いまいち話が飲み込めないのですが詳しくお聞きしても?」
そこに金髪の少女が口を挟んでくれるとメイも静かに頷いて事情を説明する。ただ全員がその事を知っていた為、反応はかなり薄いものだった。
「ああ、あの時の娘か。う~ん、むしろヴァッツの方が気にしてそうだけど・・・」
怒りで周囲が全く見えていなかったのだがどうやら兄の葬儀にはアルヴィーヌも参列してくれていたらしい。椅子に座って足をぷらぷらとさせながら軽く答えてくれるとメイは鮮明な記憶が脳裏を過り、深く俯いていく。
「なるほど。でしたら本当に皆で行ってみるのも手かもしれませんね。」
そんな様子から何かを悟ったのか、イルフォシアがハルカの提案に同意すると他の2人も頷いてきたのだから気持ちの整理が追い付かない。
「よし!じゃ決まりね!早速呼び出しましょう!」
なのに勝手に話を進めた友人は突然床に向かって声をかける。するとどんな原理なのか、机の傍からまるで筍が生えて来るかのようにヴァッツが姿を現すとメイは申し訳なさよりも驚きで口をぱくぱくと動かすしかなかった。
「皆でどうしたの?あ、メイ・・・」
視線が交わった時、明らかに動揺したのは後ろめたい事情を理解しているからだろう。こちらも何から切り出せばいいのかわからず俯いているとハルカが2人の間に割って入ってくる。
「4年前に色々あったけど奇跡的な再会を果たせたんだし全てを水に流す!いい?!」
「ご、強引だなぁハルカちゃん・・・でも、その、あの時はごめんなさい。私、お兄様が亡くなられたのがあまりにも悲しくて・・・」
「うううん!!オレの方こそごめん!!あの時はまだ何もわかってなくてさ。まさか自分の命を削ってまで戦う人がいるなんて思いもしなかったんだ。」
散々聞いてはいたがやはり根はとても純粋で優しいのだろう。八つ当たりしたメイにも紳士的な対応をしてくれると双眸には涙が溜まり始めた。
「ハルカは強引。でも今日はそれでいいのかも。」
アルヴィーヌという綺麗な銀髪の娘も頷きながらこちらの頭を優しく撫でてくれるとこのわだかまりも全てが解決に向かっている。そう思っていたのだが唯一ヴァッツだけが難しい表情を浮かべていたので少女達も違和感を覚えたらしい。
「ヴァッツ様。やはりメイの行動は許せませんか?」
この中で最も背が高く、美しい翡翠のような長髪を輝かせながらリリーが伺いを立てても反応を見せない。普通の男性なら鈴の音のような声色だけでも心が大きく動きそうだが。
「いや・・・そうじゃないんだ。ただ・・・・・少しだけ2人で話せないかな?」
「「「「「えっ?!?!」」」」」
「えっ?!そんなに驚く事だった?!」
5人の少女が声を重ねて驚愕したのでヴァッツも応えるかのように尋ね返す。すると皆が顔を見合わせた後黒い髪の時雨という少女が代表して口を開いた。
「いえ、その、ヴァッツ様がそのような事を仰るとは思いもしなかったものですから。あの、それはメイと新たに契りを結ぶ、といった意味でしょうか?」
「え?!そんな事考えた事もなかったけど、その方がいいのかな?」
「あなたねぇ・・・いくら強いからって誰彼構わず女の子を口説いていたらいつか刺されるわよ?」
ハルカの呆れるような表情と物言いから察するに優しさとはそういう分野の事を指していたのだろうか。確かに全開放した『闇の血族』の力を無傷で凌いだのだから生物の本能が彼を求めてもおかしくはない。
「そういうのじゃないよ。ただ秘密のお話がしたいからさ。メイ、いいかな?」
「「「「えっ?!」」」」
室内には二度目の驚愕が重なってこだまするのとは裏腹にメイも少しだけ理解が追い付いてきた。自分達はよくわからない状況でこの世界に蘇ったのだから秘密というのはその事なのだろう。
「はい。じゃあ皆様のいない場所へ行きましょ・・・」
すると了承した瞬間、足元が覚束ない真っ暗な世界に引き込まれたのだから言葉を失う。まだ彼の力については何も聞かされていなかったので当然と言えば当然なのだが再び理解が追い付かない状況に置かれてもヴァッツは気にせず話を始めた。
「メイやクンシェオルトのいう『闇の血族』ってオレに似てるんだよね。」
「そ、そうなのですか?」
「うん。『ヤミヲ』も闇そのものがオレに反応して力を顕現しているんだ。でもオレは命を削らない。そこに大きな違いがあるんだよ。」
中空を漂うような感覚と暗闇に恐怖を覚えなかったメイはその言葉を聞いて彼の体をじっくりと観察する。『闇の血族』であれば最低でも継承の証として黒い肌になるはずだがそれは見られない。
更にヴァッツは命を削らずに破格の力を行使出来るというのだから似て非なるものなのだろう。
「そこで相談なんだけど、メイやクンシェオルトも命の心配をしないで生きて欲しいんだ。その為にちょっとだけ体を変化させたいんだけど駄目かな?」
「・・・・・へ?」
これが相談内容なのか?言っている意味が全くわからなかったので可笑しな声が漏れるとヴァッツも察したのか、身振り手振りで説明を加える。
「・・・だからね。もし『闇の血族』の力を解放しても命が減らない体になって欲しんだよ。」
そんな事が可能なのか?それが実現出来ればとんでもない種族として生まれ変わる事になる筈だが世界は大丈夫なのだろうか。兄からも命と引き換えだからこそ破格の力を得られるのだと何度も聞かされてきたので今は驚きよりも混乱が上回ってしまう。
「え、えっと。私達『闇の血族』は昔から強大過ぎるが故に迫害を受けてきた事実があります。そんな事をしたら一層目の仇にされませんか?」
「そうなの?じゃあ二度と『闇の血族』が生まれないようにしようか?そうすれば悪目立ちする事もなくなるだろうし。」
駄目だ。言っている意味がわからなくて頭が痛くなってきた。兄なら全てを理解してくれるのかもしれないが大事に育てられてきたメイは現実や経験の知識が少なすぎて彼の言葉の真偽すら見抜くことが出来そうにない。
「・・・・・もし命を削る必要が無くなったとして、貴方は私達に何を望まれるのですか?」
だがここはしっかりと確認しておく必要がある。上手い話に裏がある事だけはどの時代でもどの地域でもかわらないのだ。あまり腹芸などをしそうには見えなかったが秘密の話と公言していたのだから何かはあるのだろう。
「そうだね。もしそうなったら二度と誰かを悲しませるような生き方をして欲しくない。メイ、君がクンシェオルトを失った時のような悲しみを他の皆にさせたくないんだよ。」
・・・・・これが嘘偽りない望みというのなら大きい。何という大きさだ。
ハルカが惚れ込むのも十二分に理解出来る。今まで忌み嫌われてきた『闇の血族』に対してまさかこのような提案をしてくるとは夢にも思わず、メイは返事をするのも忘れて見つめていると彼も不思議そうな表情で小首を傾げている。
「・・・・・わかりました。このお話は兄にもされたのですか?」
「うううん、してない。というか秘密の部分はそこなんだよ。出来ればクンシェオルトには黙ってて欲しいんだ。駄目かな?」
「え?いえ、駄目ではありませんが・・・『闇の血族』の力は兄の方が必要としていると思うんですけど、何故そこを秘密に?」
これまた不思議な提案に今度はこちらが小首を傾げているとヴァッツも朗らかな笑顔で明るく説明してくれる。
「だってクンシェオルトが力をいつでも開放出来るって知ったら何でもかんでも自分で片付けちゃいそうだもん!それにオレは誰であろうと出来るだけ戦って欲しくないんだよ。」
それを聞くと思わずこちらも笑みが零れた。確かにヴァッツに心酔している彼が力の枷まで外してもらったと知れば今度は過労死するまで働きかねない。
「わかりました!その代わり、といっては何ですけど私も兄や皆と一緒に暮らしたいです!なので『トリスト』に住んでもいいですか?」
「もちろん!大歓迎だよ!!」
最後はお互いが笑顔でやり取りを終えると先程までのわだかまりは全て心の中から消え去っていたのだが、代わりに部屋で待機していた少女達の心には2人だけの秘密の会話という大きすぎる楔が深く深く打ち込まれてしまったのだった。
「・・・ねぇメイ。さっきの秘密の話って何だったの?」
ヴァッツが去った後、改めて少女達と自己紹介をしているとアルヴィーヌやイルフォシアが『トリスト』の王女だと知って腰を抜かしそうになるが彼女達もまたヴァッツと交わした秘密の会話について興味津々といった様子だ。
「ハルカちゃん?『暗闇夜天』族も秘密は洩らさないのが鉄則よね?」
「うぐぐ・・・」
「でも秘密を打ち明けるのも友達同士の特権。さぁさぁ、何があったのか私にだけ教えて?大丈夫、皆には内緒にするから。」
「えぇぇ・・・アルヴィーヌ様って強引ですねぇ。」
クンシェオルトと違い、国家に関わるような立場ではなかった為あくまで友人としてそれを断る事が出来たものの秘密については思う所もある。
そこでメイは『トリスト』への入国を果たした日に兄がいない時を見計らって城内に飛び出した。
後宮にはハルカ達が暮らしているそうだが今の目的はそこではない。行きかう人々が少しだけ珍しそうな視線を向けてくるのも笑顔で躱しつつ自分とは全く縁のなかった訓練場を見つけると逸る気持ちから駆け足でその中に飛び込んだ。
「おや?君は確かクンシェオルト様の妹のメイ、だね?どうしたんだい?迷ったのかい?」
2人の話は王城内でも広く知れ渡っていたのだろう。短い赤茶色の髪の女性がこちらに声をかけてきたのでメイは呼吸を整えると静かに口を開き始めた。
「はい。私はクンシェオルトの妹メイと申します。あの、今日からこの御城でお世話になる事になったんですけど、その、わ、私を強くしてくれませんか?!」
最後は少し叫ぶような声量になっていたがそれ程メイは戦う力を欲していたのだ。今まで戦いと無縁だった理由は兄の忌避する『闇の血族』の力が原因だ。
唯一の家族である妹が間違っても命を削るような事にならないよう遠ざけられていたのだが、一度全力でその力を解放した経験とヴァッツの言葉を受けて居ても立っても居られなくなったのだ。
自分にも戦う術が欲しいと。
この先兄が再び『闇の血族』の力を解放する機会は必ずある。その時自身の命が削られていない事実に気が付くと彼はやっぱり無理をするだろう。
そうなれば例え寿命を迎えなくとも戦いの中で散る可能性は高い。折角2人で再びこの世に戻って来れたというのにまた置き去りにされるのは嫌なのだ。
だから今度こそ自分が兄を助けたい。備えも含めて何とか兄を支えたい。
その一心で世界でも極少精鋭で名高い『トリスト』の人間に戦う方法を教えてもらいたかったのだがチュチュと呼ばれる将軍は驚いた様子で部下達と顔を見合わせる
「メイの気持ちはよくわかったよ。でもまずは兄上であるクンシェオルト様の許可にスラヴォフィル様の許可も欲しいかな。」
「あ、兄は関係ありませんから!じゃ、じゃあスラヴォフィル様にお願いしてきます!!」
クンシェオルトに知られたら絶対に反対されるのは火を見るよりも明らかなので言葉を濁しつつ国王の許可を取る為にどうすればいいのかを尋ね始めると、そこに最も会いたくない人物が姿を見せる事で話は混迷を極めていくのだった。
「あれ?メイ?こんな所で何してるの?」
「あ!ヴァッツ様!と、お兄様・・・」
ここは王城内で彼は大将軍なのだから鉢合わせになるのも珍しい事ではない。ただ今の状況で兄と会うのは間が悪すぎる。
「ああ、ちょうどよかった。クンシェオルト様、実はメイ様が訓練に参加されたいと申されておりまして。ご許可を願えませんか?」
「何?」
チュチュがごく自然体で尋ねたのに対し、クンシェオルトは驚愕から敬語も忘れてこちらを見つめてきたので視線を逸らすしかない。雰囲気からかなりの怒りを感じるがそれを察したのかヴァッツが割って入るとメイの腕を掴んで少しだけ皆と離れた場所に引っ張ってくれる。
「ちょっとちょっと!メイ、あれは秘密って言ってたでしょ?!」
「はい。あの事については誰にも話してません。ただ戦う力が欲しいだけです。」
「えぇぇ・・・あの時言ったよね?オレ、出来れば誰にも戦って欲しくないって。クンシェオルトもメイには戦って欲しくないんでしょ?だったら・・・」
「でももし兄が再び無理をして命を落としたら今度も後悔で後を追いますよ?」
「え?!そ、それって・・・」
驚いた声に頷いて答えると彼も愕然とした様子でこちらを見つめるしかないようだ。周りに迷惑をかけ過ぎかな?この時やっと少し冷静さを取り戻したメイだったが今更折れるつもりもなかったのでどうやって収集をつけるか考えているとそこに新たな人物が姿を見せる。
「お待たせしました。何やらメイ様が面白、難しい要件を提示されているようで。」
それは『トリスト』の左宰相を務めるショウだ。彼はヴァッツの友人でもある為もしかするとこの話を棄却する為に呼ばれたのではと絶望を覚えたがそうではないらしい。
「申し訳ございません。妹の不躾は兄である私の責任、今後二度とこのような事が起きぬようしっかりと言い聞かせておきますのでどうか・・・」
兄も騒ぎを収束させようと謝罪を始めたのだがヴァッツがショウの耳元で何かを囁くと彼はより楽しそうな笑顔を見せているではないか。
まさかもう追い出されたりするのだろうか?周囲の環境に恵まれ過ぎていたメイはようやく事の重大さに気が付くと兄の横に移動して同じように跪いて許しを請い始めたのだが赤毛の左宰相は全く気にしていない様子で話を始めた。
「クンシェオルト様もメイ様も面を上げて下さい。大丈夫です、お二人の気持ちは十分察せますから。」
あまりにも優しい答えに救いを感じたせいか、一瞬で顔を上げたメイは祈っていると彼は浅く頷いて続きを始める。
「まずメイ様のご希望ですが戦う力が欲しい、ということですね?そしてクンシェオルト様は戦って欲しくない。ではメイ様、何故戦う力を欲したのでしょう?」
「はい。それはいざという時、兄を助ける為です。」
「メ、メイ・・・」
「なるほど。ではクンシェオルト様、メイ様に戦って欲しくない理由は?」
「はい。それは我々が『闇の血族』であるが故、妹にだけはせめて天寿を全うし、出来る事なら優しい家庭を築いて安穏な人生を送ってもらいたいと考えているからでございます。」
それはよくよく知っている。だから今まで甘えてきたのだ。そして命を失う程の後悔をしたのに何故わかってもらえないのか。
兄妹という近すぎる関係は言葉を交わさずとも分かり合えるような錯覚に陥るがそうではない。親しい仲だからこそより言葉を重ねて交わす必要があるのだがこの時の2人は理解が追い付いていない。
「ふむふむ。では仲裁としてヴァッツはどう考えますか?」
「え?!オレ?!えぇぇ・・・オレ、難しい話は苦手なんだけど・・・」
ここでヴァッツに話を振るとは思いもしなかったので兄妹共々、周囲も驚いた様子で視線を向けると彼はかなり困った様子で唸り声を漏らしている。
「大丈夫です。深く考えずに思った事を仰ってみて下さい。それを形にする事が私の仕事であり使命なのですから。」
「そ、そう?それじゃ・・・メイとクンシェオルトの両方が納得の行く方法ってないかな?」
「ありますよ。ではメイ様は今後訓練場への参加を全面的に認めます。ただし、『トリスト』及び他国を含めて部隊に編制する事、武器の所持は一切認めません。これでいかがでしょう?」
あまりにも早過ぎる答えに一瞬思考が追い付かなかったが決して悪い条件ではない。むしろかなり譲歩されたと考えるべきだ。
「は、はい!是非それでお願いします!!」
「・・・仕方ありません。必ず約束は護るんだぞ?」
同時に若干諦めたようなクンシェオルトからは最後に兄らしい言葉を贈られるが晴れやかなメイの心に強く響くことはなかった。
「いってらっしゃいませ。」
「うん。暗くなる前には帰ってくるから。あ、あと暇ならメイの訓練の様子も見てあげて欲しい。」
アルヴィーヌがそう告げると露台から東の地に飛び去る。現在は黒い竜達の御世話役に従事している為かなり充実した日々を送っているようだが比例してハイジヴラムの自由時間も増えていた。
出会った頃は彼女自身の交友関係もまだまだ少なく、一緒にいる事が多かったがいつの間にか随分と成長したものだ。
(・・・メイか。確かクンシェオルト様の妹だったな。どれどれ。)
『リングストン』の将軍だった自身もこの国に来て既に4年、我儘という意味ではヴァッツをも凌駕する純粋なアルヴィーヌと過ごしていくうちにすっかり昔の自分に戻りつつあった。
一応護衛も兼ねているので最低限の訓練は継続していたものの一軍を率いろと言われると今は自信がない。そもそも王女姉妹が自分以上に強い為、本当に盾役くらいにしかなれそうもないのだがそれはそれで重要な任務だ。
故に御世話役の対象が不在であっても重厚な鎧兜を外すことなく訓練場に足を運ぶと黒い肌をした少女がチュチュの部隊に交じって訓練を受けているのが見えた。
「ぜぇっ!ぜぇっ!ぜぇっ!メ、メィ・・・ゃ、やるなぁ・・・」
同時に姿が目に留まっただけで全ての異性が足を止めてしまう存在も確認する。それはヴァッツの許嫁であるリリーだ。
最近運動不足というか鍛錬不足なのは自らも気付いていたのだろう。新しい風に当てられて最低限でも動けるよう訓練を再開したらしいが既に持久力では負けているらしい。
「リリー様はもう無理せず容姿を磨く事に集中すればいいと思うけどな。」
チュチュも呆れた様子でそう告げるのだが地面から立てずにいるリリーは肩で息をしながらゆっくりと首を横に振る。
「・・・ぃ、ぃぇ・・・最近、ほんとに太っちゃって・・・このままでは、いけないな、と。」
これも古来から永遠に解決を迎えない女性特有の問題だ。正直ハイジヴラムもチュチュと同じ意見であり、むしろふくよかな体は間違いなくヴァッツにも受け入れられると思うのだが・・・いや、彼の情欲はそこに辿り着いていないか?
「ハイジヴラム殿、お久しぶりです。」
そんな様子を少し離れた場所で見届けていた時、不意に後ろから声をかけられるとそこにはクンシェオルトが以前と変わらぬ様子で立っていた。
「これはこれはクンシェオルト殿、お久しぶりでございます。今から妹君の手ほどきでもされるのですか?」
つい先日あったやり取りや蘇った背景は又聞き程度にしか認識しておらず、『闇の血族』特有の問題などは全く知らなかったので軽く尋ねてしまったのだがそこは大人同士だ。
「いえ、妹の訓練は彼女に任せようと考えております。」
「ほう?では当面は見守られる感じでしょうか?」
感情を表す訳ではないがそれでも言葉の1つ1つから伝わってくるものはある。ハイジヴラムもあまり口が達者というわけではないので控えめな話に切り替えるとそこでクンシェオルトが軽く笑みを浮かべたので驚いた。
「・・・そうですね。私が絡むとお互いに甘えが生じますから。」
「なるほど。では私もそのお手伝いに行って参りましょう。」
「何と?ハイジヴラム殿がそのような雑用に労力を割かれなくとも・・・」
「いえいえ。これもアルヴィーヌ様の御用命ですから。」
そう告げたハイジヴラムは静かに訓練場に足を踏み入れると早速チュチュやリリーと挨拶を交わして自身も参加する。そして猛者故にメイから感じる妙な威圧感と底知れぬ力を鋭敏に感じてしまうのだった。
「ヴァッツ様、私も4年間の空白期間を埋める為に粉骨砕身する所存でございますが居はどちらに構えればよろしいでしょうか?」
直接確認をするのが憚られた為このような物言いになってしまったのだが意図を汲み取ってくれるだろうか。一度はこの世を去ってしまったクンシェオルトが再び彼に仕える事を許されるだろうか。
「だったら『トリスト城』に住めばいいよ!大きなお城だからお部屋も余ってるはずだよ?」
優しい主は当然のように提案してくれるのだが話によると『トリスト』は入国すら難しいという。更にその大陸は中空に浮いている為空を飛ぶ能力を持ち合わせていない者は移動手段も限られているらしい。
「面白そうだから私もご一緒していいかしら?久しぶりにスラヴォフィルとも会ってみたいし。」
そこにアンが興味津々といった様子で口を挟んでくると珍しくショウが狼狽する。どうやら現在妊娠中の王妃と鉢合わせするのを恐れているようだが彼女も鋭い人物だ。
最終的に諦めさせようとしてくるのをのらりくらりと躱しつつ、何故『トリスト』への入国やスラヴォフィルとの再会を拒むのかを問い詰めていくと彼も降参したようだ。
「・・・先日ご懐妊されてやっと王妃になられた経緯も考えると御出産が終わるまでは控えて頂きたく存じ上げます。」
噂で聞いてはいたのだがセヴァという『魔人族』はとてもアンに似ているらしい。だがそこには触れず、彼女の立場も考えて必死で説得する姿には確かな成長を感じた。
(彼はもっと冷酷だと思っていたが。いや、相手がアンだからこそ感情的になっている可能性もあるのか。)
「仕方ないわねぇ。」
恐らく全てを知っていながらに試していたのだろう。最後はあっさり引き下がるとこの話も静かに幕を下ろす。
それから3人は『ユリアン教』最後の信者を紹介されたのでやや驚いたが、これも彼なりの誠意らしい。既に力を失っている事や残滓を感じ取っていたという事まで説明されるとこちらも恨みを晴らす為の行動など起こせるはずもない。
「彼女はカーディアン。今では普通の女の子だよ。」
確かに何の力も感じない、やや卑屈な性格が垣間見える以外は普通の女性という判断で落ち着いたのだがそれ以上に驚かされたことがある。
「いいえ、私は今でも敬虔な『ユリアン教』信じむぐぐ」
「カーディアン!余計な事は言わないで!」
「おや?シーヴァルではないか。カーチフ様がお亡くなりになられたとは聞いたが何故お前がここに?」
お互いが元カーチフ部隊に所属していた事もあり顔なじみだった為、不思議な再会に小首を傾げていると女性の口を塞ぎながら照れの見え隠れする笑みを返してくる。
「クンシェオルト様!お久しぶりです!実はカーチフ様に促されてこの国で過ごす事になりまして。あ、この人若干の虚言癖がありますけど俺の妻なんです!なのでどうか多めにみてやって下さい!」
「ちょっとシーヴァル?大切な奥様を前になんて言い草なの?もう甘えさせてあげないわよ?」
カーチフが亡くなったのもそうだがその周りにも大きな動きがあったという事か。てっきり彼の娘と結ばれるのだと思っていたのに人生とはなかなか上手くいかないものらしい。
「そうか。ではまた今度詳しく聞かせてもらおう。」
だが今の彼らは幸せそうだ。であれば周りがどうこう言うのもお節介が過ぎるというものだろう。クンシェオルト達は『ユリアン』の過去に別れを告げると入国の日取りを決める為に執務室へと案内されるのだった。
「クンシェオルトっていう人が『トリスト』への居住を許されたんだって?なのにあたし達はまだ宙ぶらりんなの?『剣撃士団』の一員なのに?」
最年少で『ネ=ウィン』の4将筆頭の座に上り詰めた彼の存在は大きく、ここ『ボラムス』でも噂でもちきりだった為詳しく知らないルマー達にも動向は伝わってきていたが最初に飛び出してきたのは不満だ。
「あのなぁ。お前達とクンシェオルト様じゃ格が違うの、格が。あの人はヴァッツの側近として働くんだぜ?立場的にも相当な高官になるんだから当然だろ?」
訓練場で寛いでいたカズキはさも当然といった様子で答えているがカーヘンは納得していないのか、座っている彼の背中から少し過剰な程体を預けながら抱きついている。
「・・・私は急がないわよ。今は『ネ=ウィン』でのお仕事でほとんど地上にいるしね。」
若干のもやもやを払拭しようとやや強気な発言をしてみるが気持ちが落ち着くことはない。その理由の一つに友人の行動が関わっている筈なのだがそれを認めるつもりも自覚するつもりもないルマーはあえて無視を続ける。
しかしいつまで経っても振り払おうともしないカズキに白い視線を向け続ける事で彼も気まずさを感じたのだろう。やっとカーヘンの腕を振りほどくとわざとらしい咳ばらいを見せた。
「ここにいたのか。」
そこに件の人物が現れると彼はすぐに武人としての顔に切り替える。目上の者には礼儀を尽くすという信念にとやかく言うつもりはないが傍から見ていると時折阿っているようにも見えるのは理解しているのだろうか。
「クンシェオルト様、お話はもう済まわれましたか?」
「ああ。なので約束通り立ち合い稽古に付き合ってもらおうと思ってな。『闇の血族』の力は開放出来ないが構わないか?」
「全然構いません!」
あまり聞き慣れない言葉が出てきたが2人とも気にしない様子で訓練場に入っていく。自分達よりも後から現れたにも拘らず『トリスト』への入国を許可されたこの男がどれ程のものなのか。ルマーも気になるところだったので隣に座ったカーヘンと共に稽古に注目していると妙な違和感を覚えた。
「あれ?あの人全然強くないね?」
それは戦士である彼女の方がより強く感じたのだろう。最初の動き出しから細い長剣を振るう速さもカズキどころかカーヘンより遅いかもしれない。
この立ち合い稽古だけで判断すれば武よりも文で登用された人物なのかと勘違いしかねないが、それにしてもカズキがかなり慎重に立ち回っているのは気になるところだ。
(・・・まさか相手を気遣って手を抜いているのかしら?)
いくら立場が上の者とはいえそこまでするだろうか?本当に阿ってしまっているのだろうか?戦いには真剣で生真面目で、野性味溢れる面ばかり見てきたルマーは意外さと少し残念な気持ちで思わず目を逸らしてしまうと立ち合い稽古も草々に終わりを迎えたらしい。
「凄い成長だな。これは私もうかうかしていられん。」
「いえ!私などまだまだです!しかしクンシェオルト様、動きから察するに『闇の血族』の御力は・・・」
「うむ。十分な生命力を感じるのでな。いざという時には心おきなく解放出来るだろう。」
「そうですか・・・いえ、でしたら私達もそんな状況に陥らないようより修練を重ねていきます。」
何故今の立ち合いでそんな神妙な表情を浮かべるのか。クンシェオルトが立ち去った後カズキに尋ねると彼は寿命と引き換えに強大な力を発揮する『闇の血族』という存在なのだという。
「以前も世界を脅かしてた『天族』を屠る為に自らの命を削ってまで戦われたんだ。敬意を払わない方がおかしいだろ?」
よかった。やっぱり彼は彼なのだ。やや戦いに傾倒しすぎる所はあるものの敬意の意味がわかったルマーは嬉しくてつい抱き着いてしまったがカーヘンのいやらしい笑みに気が付くと慌てて体を離した後、照れ隠しの意味から再びクンシェオルトについて詳しく尋ねるのだった。
兄もそうだが周囲もクンシェオルトがヴァッツに仕えるのを当たり前のように動いている。それを心苦しく思っていたのは他でもない妹のメイだ。
というのも兄が最後の力を解放した原因が彼だと知っているから。葬儀では激しく取り乱してしまい、命を懸けて彼を葬ろうとしたのに無駄死にをしたのも鮮明に覚えているから未だ気持ちの整理がついていないのだ。
「あいつはそんな事全く気にしてないと思うけど、もやもやするなら一発殴りにでも行く?」
「ハルカちゃん・・・変わってないね。でもハルカちゃんの旦那様にそんな事出来ないよ。」
「そ、そんなんじゃないし?!」
これまでヴァッツと様々な出来事があったに違いない。初めて見せる照れ隠しの様子に心はほっこりしていたが解決策は見いだせないままだ。
そんなメイを見かねたのだろう。何かきっかけをとハルカが気を利かせると翌日、信じられないような出来事が起こった。
「こんにちは。私アルヴィーヌ。あなたクンシェオルト?の妹なんだって?」
「初めまして、私は妹のイルフォシアと申します。メイさん、これからもよろしくお願いしますね。」
「えっと、何か緊張しててヴァッツ様と上手く話せないからって言われてきたんだけど?あ、あたしはリリーだ。よろしくな。」
「お初にお目にかかります。私はヴァッツ様の従者であり、寵愛を賜る事を許された時雨と申します。」
「え、えっと、は、初めまして!私はクンシェオルトの妹メイです!」
いきなり4人の少女が現れただけでも驚きなのにそれがハルカの友人だというのだから更に驚く。4年前はメイが初めて同世代の友達だといってとても喜んでいたのが嘘のようだ。
「皆あいつと縁が深いからね。何なら今から全員でヴァッツに会いに行くっていうのもありだと思うの!」
「えぇぇ・・・流石にそれは迷惑が過ぎるよ。」
「あの、いまいち話が飲み込めないのですが詳しくお聞きしても?」
そこに金髪の少女が口を挟んでくれるとメイも静かに頷いて事情を説明する。ただ全員がその事を知っていた為、反応はかなり薄いものだった。
「ああ、あの時の娘か。う~ん、むしろヴァッツの方が気にしてそうだけど・・・」
怒りで周囲が全く見えていなかったのだがどうやら兄の葬儀にはアルヴィーヌも参列してくれていたらしい。椅子に座って足をぷらぷらとさせながら軽く答えてくれるとメイは鮮明な記憶が脳裏を過り、深く俯いていく。
「なるほど。でしたら本当に皆で行ってみるのも手かもしれませんね。」
そんな様子から何かを悟ったのか、イルフォシアがハルカの提案に同意すると他の2人も頷いてきたのだから気持ちの整理が追い付かない。
「よし!じゃ決まりね!早速呼び出しましょう!」
なのに勝手に話を進めた友人は突然床に向かって声をかける。するとどんな原理なのか、机の傍からまるで筍が生えて来るかのようにヴァッツが姿を現すとメイは申し訳なさよりも驚きで口をぱくぱくと動かすしかなかった。
「皆でどうしたの?あ、メイ・・・」
視線が交わった時、明らかに動揺したのは後ろめたい事情を理解しているからだろう。こちらも何から切り出せばいいのかわからず俯いているとハルカが2人の間に割って入ってくる。
「4年前に色々あったけど奇跡的な再会を果たせたんだし全てを水に流す!いい?!」
「ご、強引だなぁハルカちゃん・・・でも、その、あの時はごめんなさい。私、お兄様が亡くなられたのがあまりにも悲しくて・・・」
「うううん!!オレの方こそごめん!!あの時はまだ何もわかってなくてさ。まさか自分の命を削ってまで戦う人がいるなんて思いもしなかったんだ。」
散々聞いてはいたがやはり根はとても純粋で優しいのだろう。八つ当たりしたメイにも紳士的な対応をしてくれると双眸には涙が溜まり始めた。
「ハルカは強引。でも今日はそれでいいのかも。」
アルヴィーヌという綺麗な銀髪の娘も頷きながらこちらの頭を優しく撫でてくれるとこのわだかまりも全てが解決に向かっている。そう思っていたのだが唯一ヴァッツだけが難しい表情を浮かべていたので少女達も違和感を覚えたらしい。
「ヴァッツ様。やはりメイの行動は許せませんか?」
この中で最も背が高く、美しい翡翠のような長髪を輝かせながらリリーが伺いを立てても反応を見せない。普通の男性なら鈴の音のような声色だけでも心が大きく動きそうだが。
「いや・・・そうじゃないんだ。ただ・・・・・少しだけ2人で話せないかな?」
「「「「「えっ?!?!」」」」」
「えっ?!そんなに驚く事だった?!」
5人の少女が声を重ねて驚愕したのでヴァッツも応えるかのように尋ね返す。すると皆が顔を見合わせた後黒い髪の時雨という少女が代表して口を開いた。
「いえ、その、ヴァッツ様がそのような事を仰るとは思いもしなかったものですから。あの、それはメイと新たに契りを結ぶ、といった意味でしょうか?」
「え?!そんな事考えた事もなかったけど、その方がいいのかな?」
「あなたねぇ・・・いくら強いからって誰彼構わず女の子を口説いていたらいつか刺されるわよ?」
ハルカの呆れるような表情と物言いから察するに優しさとはそういう分野の事を指していたのだろうか。確かに全開放した『闇の血族』の力を無傷で凌いだのだから生物の本能が彼を求めてもおかしくはない。
「そういうのじゃないよ。ただ秘密のお話がしたいからさ。メイ、いいかな?」
「「「「えっ?!」」」」
室内には二度目の驚愕が重なってこだまするのとは裏腹にメイも少しだけ理解が追い付いてきた。自分達はよくわからない状況でこの世界に蘇ったのだから秘密というのはその事なのだろう。
「はい。じゃあ皆様のいない場所へ行きましょ・・・」
すると了承した瞬間、足元が覚束ない真っ暗な世界に引き込まれたのだから言葉を失う。まだ彼の力については何も聞かされていなかったので当然と言えば当然なのだが再び理解が追い付かない状況に置かれてもヴァッツは気にせず話を始めた。
「メイやクンシェオルトのいう『闇の血族』ってオレに似てるんだよね。」
「そ、そうなのですか?」
「うん。『ヤミヲ』も闇そのものがオレに反応して力を顕現しているんだ。でもオレは命を削らない。そこに大きな違いがあるんだよ。」
中空を漂うような感覚と暗闇に恐怖を覚えなかったメイはその言葉を聞いて彼の体をじっくりと観察する。『闇の血族』であれば最低でも継承の証として黒い肌になるはずだがそれは見られない。
更にヴァッツは命を削らずに破格の力を行使出来るというのだから似て非なるものなのだろう。
「そこで相談なんだけど、メイやクンシェオルトも命の心配をしないで生きて欲しいんだ。その為にちょっとだけ体を変化させたいんだけど駄目かな?」
「・・・・・へ?」
これが相談内容なのか?言っている意味が全くわからなかったので可笑しな声が漏れるとヴァッツも察したのか、身振り手振りで説明を加える。
「・・・だからね。もし『闇の血族』の力を解放しても命が減らない体になって欲しんだよ。」
そんな事が可能なのか?それが実現出来ればとんでもない種族として生まれ変わる事になる筈だが世界は大丈夫なのだろうか。兄からも命と引き換えだからこそ破格の力を得られるのだと何度も聞かされてきたので今は驚きよりも混乱が上回ってしまう。
「え、えっと。私達『闇の血族』は昔から強大過ぎるが故に迫害を受けてきた事実があります。そんな事をしたら一層目の仇にされませんか?」
「そうなの?じゃあ二度と『闇の血族』が生まれないようにしようか?そうすれば悪目立ちする事もなくなるだろうし。」
駄目だ。言っている意味がわからなくて頭が痛くなってきた。兄なら全てを理解してくれるのかもしれないが大事に育てられてきたメイは現実や経験の知識が少なすぎて彼の言葉の真偽すら見抜くことが出来そうにない。
「・・・・・もし命を削る必要が無くなったとして、貴方は私達に何を望まれるのですか?」
だがここはしっかりと確認しておく必要がある。上手い話に裏がある事だけはどの時代でもどの地域でもかわらないのだ。あまり腹芸などをしそうには見えなかったが秘密の話と公言していたのだから何かはあるのだろう。
「そうだね。もしそうなったら二度と誰かを悲しませるような生き方をして欲しくない。メイ、君がクンシェオルトを失った時のような悲しみを他の皆にさせたくないんだよ。」
・・・・・これが嘘偽りない望みというのなら大きい。何という大きさだ。
ハルカが惚れ込むのも十二分に理解出来る。今まで忌み嫌われてきた『闇の血族』に対してまさかこのような提案をしてくるとは夢にも思わず、メイは返事をするのも忘れて見つめていると彼も不思議そうな表情で小首を傾げている。
「・・・・・わかりました。このお話は兄にもされたのですか?」
「うううん、してない。というか秘密の部分はそこなんだよ。出来ればクンシェオルトには黙ってて欲しいんだ。駄目かな?」
「え?いえ、駄目ではありませんが・・・『闇の血族』の力は兄の方が必要としていると思うんですけど、何故そこを秘密に?」
これまた不思議な提案に今度はこちらが小首を傾げているとヴァッツも朗らかな笑顔で明るく説明してくれる。
「だってクンシェオルトが力をいつでも開放出来るって知ったら何でもかんでも自分で片付けちゃいそうだもん!それにオレは誰であろうと出来るだけ戦って欲しくないんだよ。」
それを聞くと思わずこちらも笑みが零れた。確かにヴァッツに心酔している彼が力の枷まで外してもらったと知れば今度は過労死するまで働きかねない。
「わかりました!その代わり、といっては何ですけど私も兄や皆と一緒に暮らしたいです!なので『トリスト』に住んでもいいですか?」
「もちろん!大歓迎だよ!!」
最後はお互いが笑顔でやり取りを終えると先程までのわだかまりは全て心の中から消え去っていたのだが、代わりに部屋で待機していた少女達の心には2人だけの秘密の会話という大きすぎる楔が深く深く打ち込まれてしまったのだった。
「・・・ねぇメイ。さっきの秘密の話って何だったの?」
ヴァッツが去った後、改めて少女達と自己紹介をしているとアルヴィーヌやイルフォシアが『トリスト』の王女だと知って腰を抜かしそうになるが彼女達もまたヴァッツと交わした秘密の会話について興味津々といった様子だ。
「ハルカちゃん?『暗闇夜天』族も秘密は洩らさないのが鉄則よね?」
「うぐぐ・・・」
「でも秘密を打ち明けるのも友達同士の特権。さぁさぁ、何があったのか私にだけ教えて?大丈夫、皆には内緒にするから。」
「えぇぇ・・・アルヴィーヌ様って強引ですねぇ。」
クンシェオルトと違い、国家に関わるような立場ではなかった為あくまで友人としてそれを断る事が出来たものの秘密については思う所もある。
そこでメイは『トリスト』への入国を果たした日に兄がいない時を見計らって城内に飛び出した。
後宮にはハルカ達が暮らしているそうだが今の目的はそこではない。行きかう人々が少しだけ珍しそうな視線を向けてくるのも笑顔で躱しつつ自分とは全く縁のなかった訓練場を見つけると逸る気持ちから駆け足でその中に飛び込んだ。
「おや?君は確かクンシェオルト様の妹のメイ、だね?どうしたんだい?迷ったのかい?」
2人の話は王城内でも広く知れ渡っていたのだろう。短い赤茶色の髪の女性がこちらに声をかけてきたのでメイは呼吸を整えると静かに口を開き始めた。
「はい。私はクンシェオルトの妹メイと申します。あの、今日からこの御城でお世話になる事になったんですけど、その、わ、私を強くしてくれませんか?!」
最後は少し叫ぶような声量になっていたがそれ程メイは戦う力を欲していたのだ。今まで戦いと無縁だった理由は兄の忌避する『闇の血族』の力が原因だ。
唯一の家族である妹が間違っても命を削るような事にならないよう遠ざけられていたのだが、一度全力でその力を解放した経験とヴァッツの言葉を受けて居ても立っても居られなくなったのだ。
自分にも戦う術が欲しいと。
この先兄が再び『闇の血族』の力を解放する機会は必ずある。その時自身の命が削られていない事実に気が付くと彼はやっぱり無理をするだろう。
そうなれば例え寿命を迎えなくとも戦いの中で散る可能性は高い。折角2人で再びこの世に戻って来れたというのにまた置き去りにされるのは嫌なのだ。
だから今度こそ自分が兄を助けたい。備えも含めて何とか兄を支えたい。
その一心で世界でも極少精鋭で名高い『トリスト』の人間に戦う方法を教えてもらいたかったのだがチュチュと呼ばれる将軍は驚いた様子で部下達と顔を見合わせる
「メイの気持ちはよくわかったよ。でもまずは兄上であるクンシェオルト様の許可にスラヴォフィル様の許可も欲しいかな。」
「あ、兄は関係ありませんから!じゃ、じゃあスラヴォフィル様にお願いしてきます!!」
クンシェオルトに知られたら絶対に反対されるのは火を見るよりも明らかなので言葉を濁しつつ国王の許可を取る為にどうすればいいのかを尋ね始めると、そこに最も会いたくない人物が姿を見せる事で話は混迷を極めていくのだった。
「あれ?メイ?こんな所で何してるの?」
「あ!ヴァッツ様!と、お兄様・・・」
ここは王城内で彼は大将軍なのだから鉢合わせになるのも珍しい事ではない。ただ今の状況で兄と会うのは間が悪すぎる。
「ああ、ちょうどよかった。クンシェオルト様、実はメイ様が訓練に参加されたいと申されておりまして。ご許可を願えませんか?」
「何?」
チュチュがごく自然体で尋ねたのに対し、クンシェオルトは驚愕から敬語も忘れてこちらを見つめてきたので視線を逸らすしかない。雰囲気からかなりの怒りを感じるがそれを察したのかヴァッツが割って入るとメイの腕を掴んで少しだけ皆と離れた場所に引っ張ってくれる。
「ちょっとちょっと!メイ、あれは秘密って言ってたでしょ?!」
「はい。あの事については誰にも話してません。ただ戦う力が欲しいだけです。」
「えぇぇ・・・あの時言ったよね?オレ、出来れば誰にも戦って欲しくないって。クンシェオルトもメイには戦って欲しくないんでしょ?だったら・・・」
「でももし兄が再び無理をして命を落としたら今度も後悔で後を追いますよ?」
「え?!そ、それって・・・」
驚いた声に頷いて答えると彼も愕然とした様子でこちらを見つめるしかないようだ。周りに迷惑をかけ過ぎかな?この時やっと少し冷静さを取り戻したメイだったが今更折れるつもりもなかったのでどうやって収集をつけるか考えているとそこに新たな人物が姿を見せる。
「お待たせしました。何やらメイ様が面白、難しい要件を提示されているようで。」
それは『トリスト』の左宰相を務めるショウだ。彼はヴァッツの友人でもある為もしかするとこの話を棄却する為に呼ばれたのではと絶望を覚えたがそうではないらしい。
「申し訳ございません。妹の不躾は兄である私の責任、今後二度とこのような事が起きぬようしっかりと言い聞かせておきますのでどうか・・・」
兄も騒ぎを収束させようと謝罪を始めたのだがヴァッツがショウの耳元で何かを囁くと彼はより楽しそうな笑顔を見せているではないか。
まさかもう追い出されたりするのだろうか?周囲の環境に恵まれ過ぎていたメイはようやく事の重大さに気が付くと兄の横に移動して同じように跪いて許しを請い始めたのだが赤毛の左宰相は全く気にしていない様子で話を始めた。
「クンシェオルト様もメイ様も面を上げて下さい。大丈夫です、お二人の気持ちは十分察せますから。」
あまりにも優しい答えに救いを感じたせいか、一瞬で顔を上げたメイは祈っていると彼は浅く頷いて続きを始める。
「まずメイ様のご希望ですが戦う力が欲しい、ということですね?そしてクンシェオルト様は戦って欲しくない。ではメイ様、何故戦う力を欲したのでしょう?」
「はい。それはいざという時、兄を助ける為です。」
「メ、メイ・・・」
「なるほど。ではクンシェオルト様、メイ様に戦って欲しくない理由は?」
「はい。それは我々が『闇の血族』であるが故、妹にだけはせめて天寿を全うし、出来る事なら優しい家庭を築いて安穏な人生を送ってもらいたいと考えているからでございます。」
それはよくよく知っている。だから今まで甘えてきたのだ。そして命を失う程の後悔をしたのに何故わかってもらえないのか。
兄妹という近すぎる関係は言葉を交わさずとも分かり合えるような錯覚に陥るがそうではない。親しい仲だからこそより言葉を重ねて交わす必要があるのだがこの時の2人は理解が追い付いていない。
「ふむふむ。では仲裁としてヴァッツはどう考えますか?」
「え?!オレ?!えぇぇ・・・オレ、難しい話は苦手なんだけど・・・」
ここでヴァッツに話を振るとは思いもしなかったので兄妹共々、周囲も驚いた様子で視線を向けると彼はかなり困った様子で唸り声を漏らしている。
「大丈夫です。深く考えずに思った事を仰ってみて下さい。それを形にする事が私の仕事であり使命なのですから。」
「そ、そう?それじゃ・・・メイとクンシェオルトの両方が納得の行く方法ってないかな?」
「ありますよ。ではメイ様は今後訓練場への参加を全面的に認めます。ただし、『トリスト』及び他国を含めて部隊に編制する事、武器の所持は一切認めません。これでいかがでしょう?」
あまりにも早過ぎる答えに一瞬思考が追い付かなかったが決して悪い条件ではない。むしろかなり譲歩されたと考えるべきだ。
「は、はい!是非それでお願いします!!」
「・・・仕方ありません。必ず約束は護るんだぞ?」
同時に若干諦めたようなクンシェオルトからは最後に兄らしい言葉を贈られるが晴れやかなメイの心に強く響くことはなかった。
「いってらっしゃいませ。」
「うん。暗くなる前には帰ってくるから。あ、あと暇ならメイの訓練の様子も見てあげて欲しい。」
アルヴィーヌがそう告げると露台から東の地に飛び去る。現在は黒い竜達の御世話役に従事している為かなり充実した日々を送っているようだが比例してハイジヴラムの自由時間も増えていた。
出会った頃は彼女自身の交友関係もまだまだ少なく、一緒にいる事が多かったがいつの間にか随分と成長したものだ。
(・・・メイか。確かクンシェオルト様の妹だったな。どれどれ。)
『リングストン』の将軍だった自身もこの国に来て既に4年、我儘という意味ではヴァッツをも凌駕する純粋なアルヴィーヌと過ごしていくうちにすっかり昔の自分に戻りつつあった。
一応護衛も兼ねているので最低限の訓練は継続していたものの一軍を率いろと言われると今は自信がない。そもそも王女姉妹が自分以上に強い為、本当に盾役くらいにしかなれそうもないのだがそれはそれで重要な任務だ。
故に御世話役の対象が不在であっても重厚な鎧兜を外すことなく訓練場に足を運ぶと黒い肌をした少女がチュチュの部隊に交じって訓練を受けているのが見えた。
「ぜぇっ!ぜぇっ!ぜぇっ!メ、メィ・・・ゃ、やるなぁ・・・」
同時に姿が目に留まっただけで全ての異性が足を止めてしまう存在も確認する。それはヴァッツの許嫁であるリリーだ。
最近運動不足というか鍛錬不足なのは自らも気付いていたのだろう。新しい風に当てられて最低限でも動けるよう訓練を再開したらしいが既に持久力では負けているらしい。
「リリー様はもう無理せず容姿を磨く事に集中すればいいと思うけどな。」
チュチュも呆れた様子でそう告げるのだが地面から立てずにいるリリーは肩で息をしながらゆっくりと首を横に振る。
「・・・ぃ、ぃぇ・・・最近、ほんとに太っちゃって・・・このままでは、いけないな、と。」
これも古来から永遠に解決を迎えない女性特有の問題だ。正直ハイジヴラムもチュチュと同じ意見であり、むしろふくよかな体は間違いなくヴァッツにも受け入れられると思うのだが・・・いや、彼の情欲はそこに辿り着いていないか?
「ハイジヴラム殿、お久しぶりです。」
そんな様子を少し離れた場所で見届けていた時、不意に後ろから声をかけられるとそこにはクンシェオルトが以前と変わらぬ様子で立っていた。
「これはこれはクンシェオルト殿、お久しぶりでございます。今から妹君の手ほどきでもされるのですか?」
つい先日あったやり取りや蘇った背景は又聞き程度にしか認識しておらず、『闇の血族』特有の問題などは全く知らなかったので軽く尋ねてしまったのだがそこは大人同士だ。
「いえ、妹の訓練は彼女に任せようと考えております。」
「ほう?では当面は見守られる感じでしょうか?」
感情を表す訳ではないがそれでも言葉の1つ1つから伝わってくるものはある。ハイジヴラムもあまり口が達者というわけではないので控えめな話に切り替えるとそこでクンシェオルトが軽く笑みを浮かべたので驚いた。
「・・・そうですね。私が絡むとお互いに甘えが生じますから。」
「なるほど。では私もそのお手伝いに行って参りましょう。」
「何と?ハイジヴラム殿がそのような雑用に労力を割かれなくとも・・・」
「いえいえ。これもアルヴィーヌ様の御用命ですから。」
そう告げたハイジヴラムは静かに訓練場に足を踏み入れると早速チュチュやリリーと挨拶を交わして自身も参加する。そして猛者故にメイから感じる妙な威圧感と底知れぬ力を鋭敏に感じてしまうのだった。
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