闇を統べる者

吉岡我龍

闇の血族 -苛立つ-

 クンシェオルト達はアンの言う通り、新生『シャリーゼ』で一週間ほどのんびりと過ごしていた為最後は『ボラムス』の方からいつ来るのかという催促が届いた程だ。

「あの山賊、見かけ通りせっかちねぇ。それじゃそろそろ向かいましょうか。」

女王の立場と気概を失った彼女がようやく重い腰を上げるとメイも待ちくたびれたといった様子でぱたぱたと辺りを駆け回る。
自身もやや退屈していたのでテイロン達の稽古に付き合っていたのだがその時面白い発見もあった。それが以前自身が斬り伏せた兵卒の弟という存在だ。
兄は『トリスト』軍に所属しており、弟も以前はそこで小隊長を務めていたそうだがとてもその器には見えない。いや、あの国は極少人数にこだわり過ぎているので人材不足だった可能性も否めないか。
「ク、クンシェオルト!!死ねぇっ!!」
それにしてもいくら兄の仇を討つ為とはいえ名乗りもせずに突然背後から襲ってきたのは頂けない。そもそも仇討ちとは国家によって禁止する程問題の多い行動であり、許可している所でもしっかりとした書面を国王に提出、そして許可証を頂いてから討伐しに向かうという形がほとんどだ。本当に仇を討つのであれば正々堂々と真正面から立ち合うべきだろう。

どすん!

「テイロン様、この男は?」
「こ、こらオスロー!じゃなかった、クラウ!!この御方は『シャリーゼ』の将軍になられる方だぞ?!」
そのような知識も持ち合わせていない未熟者が叫び声を上げて襲ってきた所で体に掠る事などかなう筈もないのだ。クンシェオルトは軽く組み伏せた後テイロンに確認を取るとオスローは痛みに悲鳴を上げながらそれらをすらすらと教えてくれる。
「仇討ちか。しかし死を受け入れられないのであれば軍人など止めた方がいい。戦う者など常に死と隣り合わせだからな。」
「・・・・・クンシェオルト様、例え誰であろうとも人は常に死と隣り合わせなのだと俺は愚考します。」
「・・・やはりテイロン様は面白いですね。オスローといったか、お前はもっと彼から学ぶがよい。」
その後は訓練を指示したり立ち合ったりしていたのだが合間合間にこの4年間の出来事をテイロンと共に聞いてきた。その中でも特に興味を引いたのがクレイスが次期『トリスト』国王に推挙された事だ。

「そこまで時代が動いていたとは・・・」

確かに彼からは光るものを感じていたがそれにしても成長が早い。今は15歳であり『トリスト』の第二王女を妃に迎えるとまで公言しているらしいがまるで別人のようではないか。
となればやはりここは自分の知る世界ではないのかもしれない。
念の為ヴァッツの存在や所在についても尋ねると彼は彼らしくクレイスの治める国を護る為に大将軍としての修業に明け暮れているらしい。であれば残す大きな問題は1つだけだ。
(・・・・・私は再びあの御方に仕える事が許されるのだろうか。)
彼の力により平安がもたらされるであろう国と世界を知りたくて『ネ=ウィン』を裏切ったクンシェオルトは主との再会を不安交じりに期待していた。





 出立前日には『トリスト』から迎えの馬車を寄越してきたのでよほど再会を期待されているのだろう。
「それじゃ行ってきます。留守番をお願い・・・あ、今の王はあなたよね。」
アンがつい生前の癖で宰相だったモレストにそう告げそうになるのを笑って胡麻化すと3人は見送られて一路東へ向かう。彼女も優秀なのでユリアン討伐が完了すれば再び『シャリーゼ』で手腕を振るうのだろうが自分や妹はどうなるのか。
先の見えない未来に漠然とした不安を抱えたまま、道中は『ネ=ウィン』の4将達が尽く散っていった話などを聞いて更に気は落ちていったのだがそれも再会を果たせば喜びで上書きされると信じたい。

そうして三日もかからず『ボラムス』へ到着した一行は相変わらず汚い顔をしたガゼルに迎えられるとまずは安堵の笑みが零れる。

「おうおうおう?!まじか?!確かにクンシェオルトくせぇが・・・アン女王もそっくりではあるが・・・そっちのちっこいのは誰だ?」
「お兄様、この失礼な山賊は私がねじ伏せてもよろしいでしょうか?」
「待て待て。これでも一応国王なのだ。それにこう見えて奴は気を配るのが上手い。傀儡とはいえそこを見初められて王に推戴されたのだろう。」
「そうそう。こう見えて国は結構栄えてるのよ。ま、周囲が優秀なだけな気もするけどね。」
そこに突然背後から同意するような声が聞こえてきたのだが兄妹は確認するまでもなくすぐに正体を察する。しかし4年という年月を考慮していなかったのでいざ目の当たりにするとかなりの驚愕を覚えた。
「ハルカちゃん!・・・随分大きくなったね?!」
「私ももう12歳よ?聞いた話だとメイは13歳のまま生き返ったのよね?いつの間にか歳が随分近くなっちゃった。」
そういってハルカの方から飛びつくと2人の少女は大喜びだ。これだけでも蘇った価値は十二分にある。クンシェオルトも笑みを零して眺めていたのだが再会はこれに留まらない。

「お久しぶりです。クンシェオルト様。」

変声期により声色が変わったのは理解出来る。だが以前の面影は優しい物言いだけであり、少女のような容姿は気品と優雅さと確かな力強さを感じるものに成長していた。
これには驚きよりも自身の先見の明に間違いはなかったのだと感動を覚えたほどだ。
「ご無沙汰しております。クレイス様も見違える程成長されたようで。」
「そんな事はありませんよ。体ばかり大きくなって心身はまだまだです。」
「しかしクンシェオルト様が本当に蘇るとはなぁ・・・体に不調とかありますか?無ければあとで稽古つけてもらえませんか?」
こちらも見た目は15歳らしい体躯へと成長したようだが相変わらず戦闘狂のままらしい。しかし獣のような気配はともかく双眸には優しさが宿っている。そんな彼も様々な経験を経てきたのだろう。
出来れば自身もその過程を傍で見届けたかった。生き返っただけでも御の字だというのに実際現実と直面するとつい欲をかいてしまうのはまだまだ未熟な証拠なのかもしれない。
「アン様。不甲斐無い私をお許し下さい。」
最後は『シャリーゼ』陥落時、右目と命を失う程の戦いを経たショウが仰々しく謝罪を始めたので収拾がつかなくなる前にとガゼルが城内に促すのだった。





 「ところでヴァッツ様はどちらに?」
若き希望の星々との再会も嬉しかったが最も大切な人物が未だ顔を覗かせていない点には大いに思う所がある。故に話が出るまで待とうかとも考えたのだが誰一人彼の話題を出さなかったのでしびれを切らしたクンシェオルトはつい尋ねてしまうと周囲もやや困惑した様子で顔を見合わせている。
「・・・まさか何かご病気やお怪我でも?!」
「いやいや、あいつが怪我とか病気とか・・・するっちゃするのか?」
「時々かすり傷は負うよね。」
「クンシェオルト様、実は・・・」


【ヴァッツは遠い場所に置いてきてある。】


来賓室でお茶の準備がされる中、久しぶりに聞いた『闇を統べる者』の声に驚くよりも何故そうなっているのかがわからず小首を傾げるが答えはすぐに教えてもらえた。


【死んだ者はそこで生を終えるのが摂理だ。なのにお前達はそれを捻じ曲げてしまった。これがどういった意味かわかるか?】


相変わらず地の底から響いて来る声に恐怖は感じなかったものの僅かな怒り、いや、これは焦りだろうか。だが彼の感情とヴァッツがこの場に現れない、いや、彼の力によって遠い場所とやらに追いやられている理由が繋がらない。
「お言葉ですが『闇を統べる者』様、私達は自らの意思で生き返りを望んだ訳ではございません。本当に、気が付けば3人が同じ場所で目を覚ましておりまして・・・」
アンも何かを悟ったのか、静かに説明を始めるとクレイス達は納得や驚愕の面持ちで頷いていたが最も重要な存在にはそれが届かなかったらしい。


【ふむ・・・では後はお前達に任せよう。私の力で抑え込むのも限界があるのでな。】


後から聞いた話だとクンシェオルト達が蘇った話に最も警戒したのは『闇を統べる者』だったという。そして宿主であるヴァッツに知らせたくなくて無理矢理物理的な距離を取ったそうだが・・・

ずおぉっ・・・

突然クレイスの座る椅子の影から手が伸びてくるとまるで水面を掴むような動きを見せる。それから影という穴から這い上がるようゆっくり姿を現したのは間違いなく自身が忠誠を誓った主だ。
やっと会えた。その喜びから静かに跪いたのだがどうにも様子がおかしい。底抜けに明るく純粋な彼がクンシェオルトを前に一切の言葉を発してこないのだ。
こちらとしても例え優しい主とはいえお声が掛かるまで面を上げる訳にもいかず、少し様子を見ていると久しぶりに聞いた声は意外なほど冷静さと怒りを感じるではないか。

「・・・誰の手で蘇ったの?」

確かに生き返るというのは自然の摂理に大きく反する。だが全てを許容してくれる、もしくは彼の御力により現世に舞い戻ったのだと僅かに期待していたクンシェオルトはこの時やっと『闇を統べる者』が何故ヴァッツを遠くに置いてきたのかを理解し始めていた。





 「わかりません。気が付けば再びこの世に生を受けていたようです。」
決して関係は崩れないと信じつつわかる範囲で答えるがヴァッツは納得していないらしい。それは周囲にいるクレイス達からの気配でも十分に伝わってくる。恐らく彼がこんな様子を見せたのも初めてなのだろう。
「そうなんだ・・・・・これは・・・・・ユリアンの気配を鋭く感知出来るようになってるね?」
「仰る通りでございます。」
やはり自分の目に狂いはなかった。まだ詳しく説明していなかったというのに再会しただけでそこまで見抜くとは。となると1つだけ明確な答えを得る。それは今回の蘇りがヴァッツの逆鱗に触れているという事だ。


【ヴァッツよ。勘違いをしてはならんぞ。命とは死ぬ為に生まれて来るのだ。それを捻じ曲げれば多くの摂理が・・・】 


「わかってるよ『ヤミヲ』。だからオレはこんなにも苛立っているんだ。誰だ?誰がこんな事をしてくるんだ?」


言葉の意味こそよくわからなかったが彼の怒りによって視界が大きく歪むのを肌ですら感じる。ただそれが自身に向けられるものではなかったのと興味もあったのでクンシェオルトも跪いたまま様子を窺う。
「ヴァッツ!っちょっと落ち着こう!ね?!」
「おう!そうだぞ!よくわかんねぇがお前がこんなに怒るなんてよっぽどなんだろ?!話聞くぜ?!」
「・・・・・」



・・・・・かっ・・・・・



友人達も慌てて宥めるよう言葉を続けるが耳に届くことはない。それどころかヴァッツは跪くクンシェオルトの頭に向かって右手をかざすと刹那で周囲が、世界が真っ白な空間に覆われるではないか。
「な、何々?!」
眩しいと感じるのだからこれは光なのかもしれない。ハルカの驚いた声が聞こえるとクンシェオルトも本能的に妹を護ろうと動きかけたのだがその現象は一瞬で終わる。
(・・・今のは一体何だったのだ?)
それから来賓室の景色が戻ってくると各々が立ち尽くす中、ヴァッツだけは驚いた表情で片膝をついていた。





 こんな姿を見るのも初めてだったのだろう。皆が彼に駆け寄るが未だ心ここにあらずといった様子だ。
「ヴァッツ?!大丈夫?!」
クレイスが心配そうに肩を揺すってみても反応はなく、その呟きに答えてくれる者もいない。いや、唯一答えられそうな存在はゆっくりと顔に手を当てて何か考え込んでいるようだ。
「・・・・・オレは平気だよ。それより『ヤミヲ』こそ大丈夫だった?」


【・・・うむ。意識は飛んだが無事ではあるな。しかし強烈な光だ。クンシェオルトよ、お前はとんでもない奴に目をつけられたようだな。】


どうやら先程見た光景は光の塊みたいなものだったらしい。それがクンシェオルト達に干渉して蘇らせたのだろうという話だが『闇の血族』である自分達に光が干渉とはまた可笑しな話だ。
「・・・私達は今一度この世を去った方がよろしいのでしょうか?」
これは紛れもない本心だった。この先世界に、主に迷惑をかけるくらいならいない方が良い。訳の分からない力に侵されているのなら猶更だ。
『ネ=ウィン』を裏切ってまで理想を追い求めたクンシェオルトらしい考えであり、強者故の頑固な性格と発想にメイだけが怒ってこちらの背中にかなりの痛みを感じる拳をぽこぽこと放ち続ける中、周囲も言葉を失っていたが当然だろう。

「・・・・・オレは、オレはどうすればいいんだ?」

天真爛漫という言葉を体現してきたヴァッツが未だ膝をつき、非常に厳しい表情と雰囲気を醸したまま苦悩しているのだ。普段は温和な存在だからこそ、誰もが口を挟めずにいたのだがここに意外な存在が突然行動を起こした。

がばっ

「あなたらしくないわね~?何悩んでるのよ?」
自分の記憶ではヴァッツの存在を最も恐れていたハルカがその広い背中に抱き着くと軽い調子で尋ね始める。確かに『暗闇夜天』の体制が変わり、トウケンも孫の婿にはヴァッツと次点でクレイスを推しているような話も聞いたが2人の距離はこの4年間でそこまで縮まっていたのか。
「ハルカ・・・・・」
「誰の力であってもクンシェオルト様やメイが生き返ってくれた事実に間違いはないんでしょ?それにあなたなら何か起きても皆を救ってくれるんでしょ?だったら何も問題ないじゃない?」
確かにその通りなのだがそれではヴァッツに負担をかけ過ぎではないか?それともその程度では負担にもならないか?頼るというより厄介事を押し付けたいかのような彼女の言動を諫めるべきか困り果てていると彼は自身の首に掛けられていた腕を掴みながら静かに立ち上がる。

「・・・・・オレがしっかりしていれば大丈夫、なのかな。」

「うんうん。あなたは唯一私を心服させた男なんだから。もっと自信持ちなさいよね?」

気が付けばヴァッツがハルカを自身の胸に抱きかかえるような形になっていたが2人とも全く気にする様子はない。むしろそれを見せつけられていたメイの方が気恥ずかしさから両手で口元を覆っていたほどだ。
「わかった。オレ、やってみるよ。でもクンシェオルト達の体についてはもう少し考えさせて。」
最後は自分達にも全く理解できていない問題を保留するような言葉で終えるとその日の晩餐会は積もりに積もった話で終始驚かされていた。





 ヴァッツが悩んでいた部分、それが悪戯に加えられたユリアンの残滓を鋭く感じ取ってしまう点だ。
彼は既にカーディアンへ僅かな力を与えるとともに完全に消滅してしまっているのだがそれでもわかる存在にはわかってしまう。
アンやクンシェオルトなどはユリアンによって命や国を滅ぼされているので憎悪を抱くのも理解は出来るが、これを放置すると今度はシーヴァル夫妻に余計な遺恨が生まれかねない。

「・・・・・でしたらヴァッツの力で上書き、してしまうのがやはり最も良い方法かと思いますね。」

これらの理由を加味して尚どう動くべきか。その相談を受けるとショウは再び彼の実家で秘密の会談を開いていたのだが正直力の概念が想像を遥かに超えてきている為何が正解なのかは全く分からない。
ただヴァッツがこのままではいけないと認識しているのだけは深く理解出来たので彼の意向に沿えるよう提言しているのだが後々問題にならないだろうか。
「・・・それをするとオレがクンシェオルト達を生き返らせた事にならない?」
「彼らは既に生き返っておりますのでその思考は捨て去っても構わないかと。むしろ正体不明の力を内包したまま放置すれば被害が拡大しかねません。」
「な、なるほど~!」
相談相手としてショウが選ばれたのは一度サーマを蘇らせる相談を受けていた事とその秘密を唯一認識、黙秘出来る事、他にも膨大な知識を頼られたと考えられる。
そして今回の話し合いではヴァッツがその行為に手を染めるのを良しとしていない倫理観をまざまざと感じ取れた。幼い言動が目立つ彼だが芯の部分にはスラヴォフィルの教育がしっかりと行き届いているのだ。

「しかし彼らを蘇らせる程の存在とは一体・・・ヴァッツ、その正体はわからないのでしょうか?」

なのでこちらも万全を期す為に踏み込んだ質問を投げかける。確かに死んだばかりの人間が葬儀の最中に生き返ったという話はいくつか残っているもののそれは息を吹き返したという表現が適切だろう。
だが今回は彼らが亡くなって4年も経っている。アンの体などは首を落とされ瓦礫の下敷きになっていたはずなのに腐敗どころか傷一つ残っていない。
もちろんショウとしても再会はとても嬉しかったのだが同時にその強烈な違和感も同じくらい心を支配していた。もしサーマを生き返らせてもらっていたら彼女に対してもこのような気持ちを抱いたまま接しなければならなかったのかと考えると恐ろしくも悲しい。

「正体・・・凄い光だった、かな?」

「光、ですか。」
それは彼がクンシェオルトに右手をかざした時、全員の脳裏に走ったあの光景の事を言っているのだろう。だからこそヴァッツも自分達より先に存在そのものが闇である『闇を統べる者』を真っ先に心配した訳だ。
「・・・『ヤミヲ』様はどう思われますか?」


【・・・相対する機会が訪れた時には全てを飲み込む。】


死者を蘇生した部分も含めると破格である2人の存在からは敵として認識されているらしい。であればショウもその方向で動くのが道理だろう。
「わかりました。もし何か異変を感じた場合はまたお声かけ下さい。あとクンシェオルト様やアン様の上書きについても宜しくお願い致します。」
こうして密談は幕を下ろしたのだがその直後、アンに再び会ったショウは少し前まで感じていた違和感が全て拭えていた事に感動を覚えると改めて再会の挨拶と謝罪を重ねて行うのだった。

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