闇を統べる者

吉岡我龍

興亡 -嫌われ者の本能-

 兄の仇である男と共に旅をしていたというだけでも腹立たしいのに時折奴の事を誇らしげに語る姿はオスローの憎悪をより増長させていく。

だがそれ以前からオスローには欠陥があった。それが戦う意味を知らない点だ。クンシェオルトが亡くなった時、雪辱を果たす機会を永遠に失なった彼はそこから組み立て直さねばならなかった。
家族を護る為か、国を護る為か、はたまた国から命じられたから否応なしに戦うのか、自らの意思で命を懸けて戦うのか。兵卒だろうと将軍だろうと必ず己の中で答えを出さねばならない非常に大切な志がオスローの中には存在していなかった。
これが無いと無頼のようになってしまう。先日フランセルが襲われた原因も正にそれなのだ。

何の為に戦うのか。

武器が凶器であり戦いが蛮行である以上、必ず心に誓っておかねば人に認められる事も納得する事もないだろう。
なのにナイルは自分の立場と重ねてしまったオスローを採用し続けてしまった。情に絆されて『トリスト』の根幹部分である軍隊に彼のような存在を受け入れれば全体の士気や強さの質を目に見えて落としていくというのに。
特別扱いというのは成長の鈍化、もしくは退化に繋がりかねない。
クレイスとの立ち合い稽古でそれを十二分に分からされてから彼は更に弱くなった。どの部隊にも配属されなくなり常に補欠の状態だった為実戦経験も得られず勘も鈍っていく。
そんなオスローをどう立ち直らせるべきか、ナイルも方々に相談したらしいが最後は戦う事のみで生きてきた血族に頼る形で落ち着いていた。

「カズキ様。私を『剣撃士団』に加えて下さるというお話は本当ですか?」

自身より10歳以上年下ではあるがその強さは訓練場の立ち回りを見ても既に常軌を逸している。
なので彼との会話では敬語で接するのだがこれはクレイスの師であり友人だという事実と嫌悪感を隠す為の選択でもあった。
「いいや。俺が世話をするっていう話にはなったが士団に加えるつもりはない。」
やはりそうか。猛者達の集団で戦うにはまだまだ研鑽が足りていないのだと自己分析するもオスローに求められているのは精神的な成長なのだと気が付くことはない。
カズキからもすぐに答えを与えてもらえず、訓練時は別の部隊に参加するという何とも屈辱的な扱いを受け続けていたのだがこの日、彼の精神的な幼さが如実に表れる出来事が起こる。

「よろしくお願いします!」

立ち合い稽古の相手はドラーヘムといい3年程前にカズキと口約束を交わした少年だ。多少体は大きくなっているものの相変わらずの丸坊主で笑顔がとても眩しい。
だが彼はしっかりと課題をこなしてきた。両親に心配をかけない事や家業の手伝いだけでなく何故戦うのかという明確な答えも既に手にしている。
合間に登城してはカズキやそれ以外の人間に戦いの基礎を教えてもらい、実直にこなしてきたので兵卒として最年少で採用されたのも純粋に能力を評価されたに他ならない。
対してオスローは相手の見た目や年齢で判断してしまう。まだ11歳という元服前の少年と立ち合い稽古をしなければならない立場に恥じ入り、怨嗟すら生まれる。
よって剣を交えて敗北しても尚相手を舐めてかかり、より自信と立場を失っていくのだった。





 「俺がオスローだ。よろしくな。」
ネイヴンの正体を知る者は非常に少ない。故に彼がお忍びでナイルとして『ネ=ウィン』への帰国を果たすといよいよ『トリスト』での居場所がなくなってきたオスローに1つの特命が下る。それが『シャリーゼ』の新規軍隊へ参加する事と鍛錬だった。
何でも彼の国は自国での防衛手段を得る為に今回初めて軍部を立ち上げたらしい。皆が素人なので基礎を徹底的に叩き込むよう厳命された訳だ。
だが魔術も使えないオスローにとって『トリスト』の地から離されるというのは事実上の追放ではないかと疑ってしまう。この世に1つしかない空中大陸、その上に唯一存在する国家と荘厳な王城で働ける喜びすら失ってしまうのかと嫌気がさす。

「・・・よろしくお願いします。」

故に雑な扱いからの不快感を隠す事もなく、妙に厳つい容姿をした男が静かに頭を下げてきたのでこちらもため息交じりに頷いたのだがここで更なる追い打ちがかけられた。
「2人に言っておく。オスローは一兵卒でテイロンは部隊長だ。そこを勘違いするな?」
「「えっ?!」」
仮にも『トリスト』で厳しい訓練を受けてきた元小隊長なのに他国の鍛錬というどうでもいい任務を自分よりも弱い男の下で遂行しろというのか。屈辱過ぎる扱いにオスローは弱弱しい『シャリーゼ』の素人兵士達に憤怒を向けると目に見えて怯えてくれたので若干の溜飲は下がるがやる気など生まれる筈がない。
「オスロー様、俺の部隊にそういう態度をとるのは止めてもらえるか?」
そんなカズキの発言を真に受けたテイロンがすぐに咎めてきたのも気が狂う程腹立たしい。恐らく彼の強さを体感したからこそ虎の威を借りる狐のような態度を取ったのだろうがこれは後から修正する必要があると強く心に刻み込む。

(・・・このまま何処かへ消えてしまうか?)

同時に我慢の限界を超えたからか、そんな考えも脳裏に過った。地上へ降ろされた以上栄達が望めないのは当然として、この先自分が『トリスト』で満足のいく人生を送れるとも思えない。
であればカズキが帰った後にこっそり抜け出すのが良策だろうか。そして近場の国で今一度やり直すのだ。『トリスト』で確かな知識も強さも得た自分なら他国で重用されるのも間違いない筈だ。
そうして別の道を模索したオスローは引きつった笑顔でその場をやり過ごすと早速兵卒の立場から基礎訓練を提案し始めた。





 彼は本当に多忙な筈なのだ。何故なら『ネ=ウィン』で4将としても働き始めたのだから。
なのにショウの方が早々に帰国してカズキはオスロー達の訓練を少し離れた場所から眺め続けているのだからやりにくくて仕方がない。というかそれならあいつが直接指導すればいいではないかと思わずにはいられない。
「あの、カズキ様。よろしければ直接ご指導して頂けると私も自己の研鑽に繋がります。如何でしょう?」
故に他者を慮るという意識と熟慮が極端に低いオスローは考える事を放棄して提案すると彼は表情を変えずに首を横に振った。
「オスロー、お前は『シャリーゼ』の部隊を鍛錬するという命令を忘れたのか?それとも放棄するつもりか?」
「い、いえ。そうではありません。ただ私よりカズキ様自らが鍛えられた方が大きな成果に結びつくと愚考したまででして。」

「本当に愚考だな。お前は軍隊の一部だ。上官の命令に従えないのなら去れ。」

反論する余地が微塵も与えられないやり取りに大人しく引き下がるしかなかったが理不尽な要求と素人兵士達の前で叱られた記憶は深く刻み込まれる。その憤りを訓練に向けてみてもカズキの監視と妙に雰囲気のある部隊長テイロンとの板挟みによって上手く発散出来ない。
加えて兵士達が全員素人というのもまたやる気が失せる原因の一つだ。せめて体力自慢を集めてるのなら鍛錬のしがいもあるがモレスト王は愛国心を重視したらしく全員が志願兵だという。
すると基礎訓練すら満足について来られないのだから諦めと溜息しか出てこないのも当然だろう。
(これはいよいよ亡命を考えねばならないな。)
戦う意味だけでなく目的も見失っていたオスローはその夜、早速周辺国の情報を得る為にまだまだ発展途上中の歓楽街に足を運ぶと安酒を頼んで周囲から届いてくる喧騒に耳を傾ける。
現在の『シャリーゼ』は昔ほどではないにしても復興を遂げた国だからか、新たな商機や新天地を目指す者達がそれなりに集まってきているのだ。
最近では別世界という存在も加わっている為選択肢は多いと信じたいが今夜はどのような話が聞こえてくるのか。

「おや、オスロー様ではありませんか。」

ところが声をかけられたので顔を向けると強面のテイロンが驚いた様子で近づいて来るではないか。そして当然のように同席してきたので一瞬迷ったが情報収集の邪魔になるのは目に見えている。
なのでそれに合わせて席を立った時に見せた彼の表情を十分に堪能するとその日は薄笑いを浮かべて立ち去る。
そもそも酒場が1軒しかないので鉢合わせするのも致し方ないのだが翌日も赴いたオスローは再びテイロンの姿を捉えると今度はばれないようこっそりと影の濃い席に座り、静かに周囲の話を吟味し始めるのだった。





 『シャリーゼ』の素人軍隊に加入してから一週間、技量が頭一つ抜けていたオスローが時折訓練と称して適当な兵士と立ち合い稽古を始める理由など1つしかない。

(やれやれ。この生活はいつまで続くんだ。)

せめて自分にも恩恵があれば多少気合も入ったのだろうが子守りのような図式では合間に憂さ晴らしを挟むくらいしか楽しみが見出せなかった。
それでもあまり頭の良くない彼は繰り返し同じ不満を募らせては同じ方法で多少の溜飲を下げる。もちろん監視官のようなカズキにばれないよう十分手心を加えつつ限界まで痛めつけるのだがそのせいで1つの疑念が浮かんできた。
「あ、ありがとうございました!」
「うむ。」
それは更に一週間が過ぎた頃、テイロンを含めて全員と2週目の立ち合い稽古が始まっていたのだがどうにも素人兵士達が初戦より粘り強く、そして動きにも機敏さが見え隠れし始めたのだ。
これはオスローが周囲の目を気にしすぎてて無意識に加減していたからだろう。全く気乗りしない任務がそういう部分に反映されていたのだと気が付くと彼も少し気合を入れ直して新兵いびりに精を出す。
そして夜は歓楽街に足を運び、興味の惹かれる話がないかを探すのだ。今は南に現れた『エンヴィ=トゥリア』からの話題が多く、次いで『ボラムス』、時々『ハル』の人間が出稼ぎや商品の買い付けにやってきているらしい。
自身が『トリスト』所属の為、従属国や弱小国家を対象から外すと選択肢は少ない。だが考慮も遠慮もするような性格ではないオスローは自身を重用してくれるのなら『リングストン』でも良いかとさえ考え始める。

大志も目標もない人間というのはいつでも目先の欲に飛びついてしまうものなのかもしれない。それが例え破滅への近道であったとしても。



酒場でテイロンの姿を見かけなくなったのも忘れた三週目、やる気だけでがむしゃらに訓練を続けていた素人兵士達も体力だけはついて来たらしい。
いつも通り立ち合い稽古で憂さ晴らしをしようとしたのだがオスローもやっと気が付いた事がある。それは差はあれど個々が確実に強くなっていた事と、体力の差が如実に表れ出した事だ。
カズキやテイロンの手前、平等な振りを見せつけられるよう順番に全員と立ち会っていたがこうなると話は変わってくる。
剣と剣が交わった時に力負けするような相手ではもはや憂さ晴らしにはならない。であれば自分が気持ち良く戦える者だけを選ぶべきなのだろうが流石に露骨が過ぎる。

遅かれ早かれこのような事態に陥るのを見越していたカズキだけは相も変わらず静かに訓練の様子を眺めていたがこの日以降、迷いが生じたオスローはしばらく立ち合い稽古を控える動きを見せるのだった。





 環境は大切だ。だがそれは良くも悪くも、という前提があっての話である。

虎の威を借りる狐という言葉があるように与する組織が巨大だと己にも大きな力が備わったと勘違いする者はとても多い。そういった勘違いから研鑽を怠った者達は組織を内部から食い潰し、気が付いた時には修正が利かない状態に陥る。だからこそ転換期にあらゆる興亡が見られるのだろう。
(やっぱり駄目か。)
生来集団行動と縁が無く自己研鑽を重ね続けてきたカズキにしか見えないものは多々ある。その1つが個はもっと研鑽すべきだという点だ。
それを集めてやっと数以上の力を発揮出来る事を証明してきたし見ても来た。オスローのような存在が足を引っ張る事で烏合の衆へとなり下がるだけでなく、それが致命的な弱点になる事も。

戒める心を持ち合わせていない者はどうしても楽な道へ迷い込んでしまう。

荒療治として自身をわざわざ追い込んだりする者など一握りしかいないのだ。多少の文明や知識を持ち合わせていようとも人もまた生き物、強靭な精神力で本能に抗わなければ流されるのは摂理なのかもしれない。
(・・・そう考えると難しいよな。生きていくのって。)
かく言うカズキも最近は本能に飲み込まれる時がある。一度女を知ってしまって以降、状況によっては高ぶりが抑えられなくなりそうな時が。
祖父もこんな状況でずっと武者修業を続けていたのだろうか。研鑽に研鑽を重ねてきた血を残す為だけに女と肌を重ねてきたのだろうか。クレイスがイルフォシアへ抱く気持ちを理解出来る時は来るのだろうか。
これもまた集団行動から離れて生きてきた弊害とも呼べるが考えれば考える程楽な道を想像してしまうと頭を強く横に振る。
今は自身の任務でもある『シャリーゼ』部隊の育成と成長をしっかり見届けねば。何とか思考をそちらに戻すと今日もオスローに勝つ為の自主訓練が始まったのでそれをまたじっくり観察するのであった。



オスローという人物がどの程度のものなのかはすぐに理解出来ていた。だからこそテイロンはその能力だけを利用する為に角を立てぬよう心掛けていたのだ。
「彼の動きをよく見るんだ。武器に振り回されないようしっかりと腰を落として足に力を入れる。まずはそこからだと思う。」
嫌味や卑下する言葉を浴びせてくる事にさえ目を瞑れば内容と実力から学べる事は多い。だが立ち合い稽古では手を抜かれている部分と痛めつける様子が透けて見えていたので訓練後、兵士達と反省会を開きながら対策を講じていたのだが自然と自分の成長にもつながっていたらしい。
体力は日を追うごとについてきていたし技術もお互いの意見を出し合う事で工夫する習慣が身についていく。テイロンも鍛錬という経験は初めてだった為今までの記憶を思い出しながら改めて戦いについて考えていくと興味は尽きない。

『シャリーゼ』の部隊は間違いなく強くなっていっている。

今はまだ言われる課題をただこなすだけだがきちんと形になれば今度こそモレストの期待に応えられるかもしれない。
テイロンはいつの間にか厳しい訓練が苦にならなくなっていたのも忘れて期待で胸を膨らませていたのだが、それは他の兵士達も同じだった。





 一か月で『シャリーゼ』の素人部隊がそれなりの形になっていたのには驚いたが、それ以上にオスローの成長が全く感じられなかったのにも同じくらい驚き、そして落胆する。
誰よりも貪欲に力を欲していたテイロンなどはオスローに負けない程の立ち回りを身につけているというのに奴は何も感じないのか。才能というのも確かに存在はするがカズキが見た所2人にその差はほとんど無い筈だ。
という事は単純に気概や性格の差なのだろう。
テイロンはかなりの犯罪に手を染めてはいるものの基本的に素直なので何でも真っ直ぐに受け取るとそれを余す事無く吸収して己の中に落とし込む。
対してオスローは常に斜に構えている為正確な知識や情報が得られない。もちろん精査は大切だが頭から否定する節が見られる為大切なものを良く見落としている。
(この差は大きいな・・・)
個性や自我の大きさも関係しているのだろうがこの先はより高みを知る者が指導せねば彼らの為にはならないだろう。となればオスローはお役御免という話になるのだが事はそう単純ではないのだ。

『トリスト』本国に住まう人間は特殊な立地や強国故の厳しい規律が課せられている。

もし誇りを胸に任務をしっかりこなすのであればそのまま『シャリーゼ』の軍人として編成、活躍する場面も設けられただろう。だが監視役がいるにも関わらず彼の態度は一向に修正される事はなかった。
テイロンでさえ見抜いていた立ち合い稽古で手を抜いていたり痛めつけたりする行動をカズキが見逃す訳がないというのに愚かなオスローは周囲が気が付いていないとでも考えているのか、それともこの程度なら咎められる事はないと高を括っているのか。
これ以上の訓練は兵士達のやる気が無駄になると判断したカズキはいよいよ裏の仕事、処分について考え始めるが暗殺となると少し悩んでしまう。
出来れば相手にも反撃出来る余地を与えてから斬り伏せたいがそもそもオスロー如きと戦う意欲は全くわかない。しかももしその時が来た場合は出来る限り秘密裡に対処するよう言われているのだ。
(となればまずはこれから試してみるか。)
慈悲をかけるつもりなどなかったが戦って散った方が自然に見えるだろう。それでも自らの剣を振るうつもりがなかったカズキは翌日、訓練が始まると初めて彼らに近づいていく。

「お前達もすっかり強くなったな。そこでオスロー、その成長具合を見てみたいから久しぶりに立ち合い稽古をしてくれ。」

「ぇっ?!」
まさか監視役からそのような提言をされるとは思ってもみなかったのか、本人だけは驚いて声を漏らしていたがテイロンなどは僅かに目を光らせたのを見逃さない。
「んじゃテイロンから。いざとなったら俺が止めに入るから真剣に頼むぞ。」
当然彼がオスローを快く思っていなかったのも知っている。だからこそ稽古の最中に事故として処理しようと考えたのだがカズキも読み違えていた部分がある。それはテイロンの中に芽生えていた誇りだ。
放っておけば思惑通りの展開になるだろう。その瞬間に少しだけ助太刀というか細工を仕掛ければ良い。
そんな計画など露知らず、2人は久しぶりに長剣を構えて向き合うと兵士達も部隊長がどれ程強くなったのか、この稽古で遂にオスローを打ち負かしてくれるのか。様々な期待を胸に眺め始めたのでカズキも良い雰囲気に満足しながら開始の合図を放った。





 普通に衝突すれば恐らくテイロンが勝つ、もしくはそれに近い形で決着がつくはずだ。後はいつでも小石を弾き飛ばせるよう右手に忍ばせながらその時を待てばいい。絶命に足る斬撃を後押しする為に。

がきんっ!ばきんっ!

素直なのと勤勉さもあるのだろう。毎晩酒場で情報を集めては良からぬ事を企ててきたオスローと違い、元重犯罪者の攻撃はかなり鋭く、重く進化しており、そして容赦がなかった。
これなら放っておいても斬り殺されるかも。
カズキも『シャリーゼ』の兵士達と似たような期待に沸き上がるが腐っていても『トリスト』で兵役を重ねてきたオスローは気持ちで負けそうなのを技術で何とか凌いでいる。しかし反撃に足る材料は何一つ持ち合わせていないのだから勝負の時は近い。
(こりゃ闘技場で行えばよかったな。)
興行的な意味ではなく白熱する戦いを見てそんな事を考えたカズキは静かに狙いを定めると巨体のテイロンが長剣を振り下ろす場面を待つ。何故なら何処に当たっても絶命かそれに近い傷を与えられるからだ。
そして運命の一閃が放たれた瞬間、兵士達にもそれが決定打になるとわかったのだろう。皆が思わず声を漏らしていたが逆にカズキだけは目を見張った。

何故ならテイロンが明らかに手を抜いたからだ。

そうなると今度はオスローの方に大きすぎる好機が転がり込む。彼は周囲の心情など一切読み取らない為己の命が危険だったという事実に憎悪を乗せてやっとまともな反撃を放つがそれを受けさせる訳にはいかない。

ぴきんっ

意図せぬ使い方で飛び出した小石はオスローの長剣を思い切り弾き飛ばすとカズキも立ち合い稽古の終了を促す。どうやらテイロンとオスローには埋められない程の差が生まれていたらしい。
「おっし。2人ともいい戦いだったぞ。」
後でモレスト王に謝らなければならないな。まさかテイロンがここまでの志を持つ戦士に成長するとは想像すらしていなかったカズキは立ち会えた喜びを抑えつつ労いの言葉をかけると残りの兵士達の稽古を自らがつけるのだった。





 テイロンはオスローへの攻撃を止めていた。
それは間違いなく手心を加えたからに他ならないのだが理由は明確だろう。彼は勝敗以上に現在の実力を試して、確認したかっただけなのだ。
だから最後はオスローを立てる為に勝利を譲ろうとした結果、奴がそんな気持ちを汲み取れる筈もなく、あの場で斬り伏せようと本気の一撃を返してきたという訳だ。
もしカズキが立ち会っていなければ有望な人材を失う所だったと監視役を命じたショウに感謝を刻みつつ、いよいよ処分の手段が限られてきたなと考え込んでいた時、訓練が終わった後に珍しくテイロンから声をかけてくる。
「カズキ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「おう。俺もお前と話したかったんだ。」
それから2人は再び訓練場の中央に向かい合って立つと当然のように立ち合い稽古を始めたので兵士達も足を止めて見物を始めた。

「もしかしてあの時、オスロー様の剣を止めて頂いたのはカズキ様が何かされたからでしょうか?」

武具で受け流すまでもなかったので一方的に攻撃を躱していると自然に会話が始まる。まずはそのような疑問が投げかけられたのでカズキも息を乱すことなく答えに応じた。
「ああ。本当はお前に斬り伏せて欲しかったんだけどそうはしなかった。お前は俺が思っていた以上に軍人としての基礎と考えを得ていたんだな。悪かったよ。」
「いえいえ!とんでもない!私は私の命を救って頂いた御礼を申し上げたかっただけでして!しかし・・・彼はもう用済みですか?」
対してテイロンは全力で攻撃を振るっているのでかなり呼吸が乱れてきている。更に裏社会で生きてきたからか、妙に勘が鋭いだけなのか、本質を尋ねてきたので返す言葉を悩んでしまった。
「ああ、あいつは人としての壁が超えられないらしい。だから不穏分子を排除する。これは『トリスト』としての決定だ。」
だが隠し事をしたくなかったカズキは真っすぐに告げると彼は攻撃の手を止めて肩で息を切らしながら汗を拭う。
「・・・そうですか。人というのは難しいものですね。」
「全くだ。」
よかった。もしテイロンから命乞いをされればこちらの決意も揺らぎかねなかったので密かに安堵するも心とは移ろい易いものなのだ。話を終えたカズキは速やかにその場を離れてオスローの後を追う。

「オスロー、カズキだ。入るぞ?」

ところが本人にも全てがわかっていたらしい。半ば強引に部屋へ入るとそこには長剣を抜いたオスローが怯える双眸でこちらに微弱な殺気を向けてきたのだ。
「・・・何の真似だ?って言っても埒は明かねぇか。しかし理由はわかってんのか?」
「・・・わ、私がテイロンに後れを取ったからです。よもや犯罪者如きに負けるなどあってはならない。ト、『トリスト』の誇りを地に落とした責任を取らされるのでしょう?」
わかっていない。わかっていないにも程がある。だが本能からか、自身の命が危うい事だけは察知しているのだから救いようがない。
「・・・・・痛みを感じる前に殺してやる。安心し・・・」
もはや説明する必要もあるまい。さっさと任務を終わらせて帰国を考えたカズキはそれだけ告げて祖父の形見に手を掛けようとした時、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえた事で迷いが体を止めてしまうのを口惜しく感じるのだった。





 「カズキ様!!お待ちください!!」

テイロンは扉を壊す勢いで開けて中に入ると大声を上げる。
「大丈夫だ。まだ何もしてねぇよ。」
しかも若干自分の中で安堵を感じたのもいただけない。これではまるでオスローを殺すのを止めて欲しかったみたいではないか。
「よかった!カズキ様、私は過去に様々な犯罪に手を染めたにも拘らずモレスト王に取り上げて頂きました。オスローがどのような過ちを犯したのか存じ上げませんがどうか彼にも今一度生き残る機会を与えてやってくれませんか?」

おいテイロン!余計な事を言うな!

この時これくらいの反応は見せて欲しかったが彼は自分の事しか考えていないのだ。『トリスト』の誇りなどと口には出すものの実際は自身の中にすら存在しない。
むしろ助かるかもしれないという歓喜を必死に隠そうとしている部分が透けて見えたのでカズキも安心して屠る方向に切り替えていくが肝心のテイロンが全く折れる素振りを見せないのだから困ったものだ。
「こいつを生かしてどうする?言っておくがもう『トリスト』に籍はないぜ?」
「・・・で、でしたらこのまま我が『シャリーゼ』部隊に正式な編入というのは如何でしょう?」
「『トリスト』の軍人は他国への所属を禁じている。諦めるんだな。」
ある程度の官職を持っていれば兼任こそ認められてはいるものの母国を抜けて他国へというのは情報漏洩防止の為不可能なのだ。故に処分という流れで今があるのだがテイロンは諦めていないらしい。
そこから静かに2人の間に割って入るよう仁王立ちすると先程のオスローとは比べ物にならない程明確な殺気をこちらに向けてきたのだから嬉しくて仕方がない。

「・・・であれば私諸共叩っ斬って下さい。」

「うむ。それは無理だな。」
彼とモレストが健在である限り『シャリーゼ』の将来は安泰だろう。完全に諦めたカズキは顎に手をやりにんまりと笑ってみせるがこのまま引き下がる訳にもいかないのが国仕えの辛いところだ。
故に懐から左手で小さな十字手裏剣を取り出すと人差し指と中指で鋭い回転をかけて軽く放り投げる。
するとそれは鋭い弧を描いてテイロンの後方に飛んで行き、広い背中の影で安堵していたオスローの鼻梁に大きな横傷を走らせた。
「あがっ?!」

「テイロン立ち会いの下、たった今オスローは俺が斬り伏せた。だよな?」

陳腐な方法だがこれでやっと肩の荷が下りたカズキは自身の手に戻ってきた十字手裏剣を受け止めると刃についた脂をふき取って再び懐にしまう。
「あ、ありがとうございます!この御恩は必ず御返し致します!!」
「おう。期待してるぜ、次期将軍。」
以降、オスローは死んだ兄の名クラウを名乗り始めると共にカズキもモレストに今までの経緯と部隊の育成状況、そしてテイロンへの非礼をしっかり詫びた後、何となく『ボラムス』に足を運んでしまうのだった。





 「あっ、カズキ君。忙しいのに来てくれたの?」
ガゼルへの挨拶も草々に珍しく自分の意思でルマーに会うと若干気分が晴れやかになる。というのもやはりオスローの処分を遂行出来なかったのが原因だ。
自身の感性と判断に間違いはない、と信じてはいるが任務を達成出来なかった事実は覆らない。一応モレストには了承を得ているし名前も変えさせたが奴は間違いなく生きているのだ。
「ああ、帰国する前に少しだけな。カーヘンも元気か?」
「元気は有り余ってるみたいよ。ここの所毎日北の国境線で戦ってるもの。それより私達の『トリスト』入りってそんなに難しいの?」
その話は内密に進められているのでカズキが静かに人差し指を口元に当てると2人は少しだけ声を落として会話を再開する。

「ああ、今は立ち回りが難しい時期らしい。だからショウも反乱分子を少しずつ削りたくて動いているみたいなんだけど・・・はぁ。」

オスロー処分もその一環だったのは知っていた。にも拘らずテイロンの成長と漢気に流されて取り返しのつかない行動を起こしてしまったのだからどうしても直帰する勇気が出てこなかった。何処かで一度整理する機会を設けたかった。
故に帰国途中にある『ボラムス』でファイケルヴィでもワミールでもなく、ルマーの下に向かってしまったのだがこれも祖父の影響だろうか。
「何かあったのなら相談くらいには乗るわよ?」
いや、これは巻き込んでしまう事がほぼ確定しているからそれを伝えに来たに過ぎない。彼女の部屋という空間で小声でのやり取りな為顔や体の距離が近かったのを意識から遠ざけつつ冷静さを取り戻すと静かに口を開いた。

「・・・お前やカーヘンは『剣撃士団』の中でも相当強い部類に入るからな。そして俺が率いてるんだから『トリスト』内部では一目置かれてるんだよ。」

「ほほう?自分でいう所が君らしいけど・・・まぁ悪い気はしないわね。」
「んでだ。クレイスが17歳になった時王位が譲られるって話だがこれは一部の人間しか知らない情報でな。更に快く思っていない人物もいる。」
「・・・『トリスト』って一枚岩かと思ってたのに・・・また、戦争が起こるの?」
戦いを好まないルマーが目に見えて寂しそうな表情と声色を浮かべたのでどう答えるか迷ったが今では頼りになる団員なのだからもう少し教えておくべきだろう。
「ショウが言うには既に反対勢力も権力を囲い込む為に動いているそうだ。ルマーやカーヘンなんかは俺達と出会って日が浅いだろ?利用される可能性も高いから招き入れるのに用心してるんだよ。」
「う~ん。私達がカズキ君を裏切るなんて考えられないけど・・・同じ『剣撃士団』だし傍にいたいし・・・でも焦っちゃ駄目よね。」
「そういう事だ。ま、4将の仕事もあるからな。なるべく地上にいるつもりだよ。」

「お?私に気を使ってくれてるの?珍しいね~・・・やっぱり何かあったんでしょ?!さぁさぁ、お姉さんに相談してみなさい!」

これは隙を見せたカズキが悪いのか、はたまた女の勘とやらが鋭すぎるのか。火が付いたかのようにぐいぐい詰め寄られると思わずその口を塞ぎそうになったがそこに元気よくカーヘンが扉を開けて姿を見せたので慌てて彼女を寝具の上に投げ飛ばすと入れ替わるように部屋を後にするのだった。

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