闇を統べる者

吉岡我龍

興亡 -とある闘士-

 やっとだ。やっと形になってきた。

アン女王が崩御して4年、周辺国の協力も経て湖畔に美しい都市が少しずつ再現され始めると否が応でも歓喜で体が踊り始めてしまう。その間かなりの難民が国外へ流出してしまったが大実業家ジェローラの助力により相当抑えられた筈だ。
後はどうやって以前のような商業国家を再構築すべきか、そこが大きな問題だろう。
既にその地位は似た形の交易都市ロークスが不動のものとしており『シャリーゼ』からの移民も多数受け入れている。これが商人以外であればさほど労せず呼び戻せるのかもしれないが彼らは愛国心より収益を選択してきた存在だ。
減税を餌に無理矢理呼び戻した所で『シャリーゼ』もまだまだ財政が必要な為この愚策を掲げる訳にはいかず、かといって今の状態では収税がほとんど見込めない。

「な~に、わしらはまだ生まれたばかりの小鹿じゃ。ゆっくり育っていけばええ。」

ジェローラはそう言ってくれるのだがどうしてもモレストの気持ちは焦ってしまうのだ。この生まれ変わった国を、都市をいち早く亡き女王や他国で躍進するショウに伝えたい。
正直現在のなし崩し的な農業主体でも妙に他国からの注文が多いので収益はそれなりにあげられているのだが、やはり過去を良く知る身としては晴れやかな商業都市を夢見てしまう。
(いや、晴れやかだけではいけないのだ。)
他には一度手痛い敗北と辛酸をなめた事で大きく価値観が変わった点があった。それが自衛であり軍事力の強化と保持だ。今までは全て『ネ=ウィン』から賄っていたものの半分従属と変わらなかった。
そのせいで『シャリーゼ』が陥落したとは思わないがそれでも自国民が己の命と家族を護る為に愛国心をもって戦うべきだったと思わずにはいられない。何なら何故あの時女王を護る為に死ねなかったのだとさえ考えてしまう。

「・・・確か『ジグラト領』も民兵を鍛え直していると聞いたな。」

領主も含めて元『リングストン』人の彼らがそこまで奮起しているのであれば自分達も後れを取る訳にはいかない。
全員で復興作業に農業とかなりの肉体労働を続けてきた『シャリーゼ』国民の体は皆が以前より大きくなっていたのだからこの機を逃すのも勿体ないだろう。
新生した『シャリーゼ』は国家として更なる高みを目指すのだ。モレストは新しい目標を胸に早速慣れない軍事力を整えるべく様々な施策を打ち立てていくとその中に闘技場なるものが紛れ込んでいるのを捉えた。





 それは他国でこそ見たことがあるものの商業国家には似合わないと以前は議題にも上がらなかったものだ。
「闘技場・・・これに利用価値はあるのだろうか?」 
「はい。強者を見出す意味で活用すれば大いに価値があるかと。」
この施設は賭博と強く結びつきがあり娯楽という意味合いが強い。参加する闘士には多少の賞金が用意されるものの他は自己責任の命懸けという滅茶苦茶な見世物だが、だからこそ皆も夢中になって観覧、応援出来るのだ。

「我が『シャリーゼ』では命のやり取りを禁じ、有望な者を軍部に吸収してしまうのです。さすればモレスト王の掲げる富国強兵を手中に収められるかと愚考いたします。」

なるほど。つまり国民への息抜き以上に国家の将来を担う英雄を見つけ出す手段として運営すればよいという事か。
面白い提案に頷くモレストだが反対意見として不明瞭な氏素性と粗暴さに焦点が当たる。確かに上下関係を厳しく律する人物でないと一軍は任せられないだろうし切り込むにしても敵前逃亡するような輩では話にならない。
他に他国出身者であれば内通する恐れも考えると採用するにあたっては相当な下調べが必要になってくるだろう。
「であればその道を作るだけ作っておけばよい。気骨のある武人との出会いがあれば採用する方向でいいんじゃないか?」
今まで軍事を疎かにしていた影響でこの先どういった形にまとまるか等全く想像がつかなかったがそれは他の面々も同じなのだ。
一先ず試行錯誤して、そこから先鋭化させていけばよいという考えだけは皆が同じだった為後日『シャリーゼ』には小さな闘技場が出来上がったのだがそれからすぐに妙な男が現れるとモレスト達は息を飲むことになる。



未だにその理屈はわからないが現在この世界には別世界からの異邦人がふらりと現れるのだ。

この日見たことのない衣装に身を包んだ男が現れると早速モレスト自らが足を運んでまずは遠目から観察する。
「ほほう?これは中々・・・体格の大きさから筋骨に問題はなさそうだ。」
「はい。しかも都市に現れてすぐ闘技場へ赴いたそうです。他国か別世界の住人か、どちらにしても一度力量を推し量るべきかと。」
王城ではいきなり現れたかもしれない人材に湧き上がっていたのだが他の理由として闘技場が全く機能していなかったというのもある。
というのも元来『シャリーゼ』人は真面目な性分なのであまり道楽に耽る事がないのだ。更に戦いとは縁遠い生活を送ってきた為モレストの軍事改革に賛同の声は上がるものの自らが志願兵となる者もほとんどいなかった。
なので彼の登場には国中が期待せざるを得なかったのだ。
「・・・しかし相手がおりませんね。どうしましょう?」
「・・・猛獣でも用意しますか?」
「いやいや!折角現れた存在に怪我でも負わせれば大変ですぞ?!」
「いやいや、将来の軍事を任せる男であれば猛獣くらいは屠ってもらわないと話にならないのでは?」
臣下達も興奮気味に各々の意見を交錯するがやはり根幹である試行錯誤の道を外すことは出来ない。

「・・・牛あたりで試してみよう。」

最後は控えめに国王自ら対戦相手を選ぶと臣下達も丁度良いと判断したのか。誰もが賛同の声を漏らしつつ早速手配が進むと小さな闘技場には溢れんばかりの国民が集うのだった。





 彼はモレスト達の予想通り、この世界の住人ではなかったが当事者がそれを知る由はない。

(やれやれ、これで何とか食いつなげそうだぞ。)

クレイス達もそうであったように突如別世界に飛ばされるというのはとんでもない苦労を強いられるのだ。
まずテイロンは就寝中にその現象に遭遇したせいで武器はおろか道具もまともなものを持っていない。気候や地形はもちろん、見たことのない動物や植物が生い茂る野山の中で目覚めた時は毒を盛られて島流しにあったのかと疑ったほどだ。
しかし幸いなことに体調は全く問題なかったので適当な草木から朝露をいくらか啜ると人の気配を求めて散策を開始する。島流しであれば人などいないだろう。ならば早々に道具を作って自活の準備に取り掛かるべきか?
念の為に刃物として使えそうな石を見つけながら林の中を歩いていくとやがて人工的に作られた道らしき場所へ辿り着いたのだから安堵のため息を漏らしてしまった。

そこから様子を探るために人の行き来を観察する事で異国というのはすぐに理解したが、そこが何処なのかまではわからない。

故に何かしらの情報を掴みたかったテイロンは警戒されつつも声をかけるとこの地が『シャリーゼ』という国に属しており復興作業の最中だという話を聞く。
「この国は『ネ=ウィン』に『リングストン』に『トリスト』と様々な国家からの協力を得て復興作業を進めてきました。テイロンさん程の力自慢なら必ず重用されると思いますよ。」
最終的に自分と同い年くらいであろう夫婦の家で開墾作業を手伝った夜、随分と豪勢な食事に酒を酌み交わしながら更なる事情を教えてもらうが相変わらず聞いたことのない国家ばかりで反応に困る。

「ありがとうございます。では早速明日にでも向かってみます。」

もし職がなければ大実業家であるジェローラとやらに頼めばいくらでも農作業を斡旋してもらえるらしい。今は波風を立てたくなかったので一先ず大人しく生活出来るであろう方法を脳裏に刻むと明朝、僅かな路銀に弁当まで用意してもらったのだから更に反応に困った。
この国の人間は見ず知らずの男に施せるだけの余裕と優しさを持ち合わせているという事か。
これは神の与えてくれた試練なのか、それとも思し召しか。
本来であればここで口封じの為に男を斬り捨て、女を犯してから出立するところだが今までとは違う世界に迷い込んだテイロンはそれを抑えると別れの挨拶を交わして教えられた街道を北上するのだった。





 旅の途中で『シャリーゼ』には軍事力が全く無いという話を聞くと流石に耳を疑った。
(それでは他国との交渉すらままならないのではないか?)
国家である以上隣国があり他国がある。そしてそれらとどう接していくかは国力にかかってくるはずだ。
ここが知らない土地とはいえ強い立場の国は朝貢を求め、弱い立場の国は偽りの平和を求めるのも変わらないだろう。その紙一重の関係は些細な事ですぐに崩れ去るのをテイロンですら知っている。
国民性から『シャリーゼ』とは随分呑気な国なのだなと半ば呆れていたが商業国家だった時は秀でた女王の手腕により軍事力を持たなくとも余裕ある統治が可能だったらしい。

まるで夢のような話に目を丸くするも、であれば猶更復興の最中であるこの国に興味がわいてきた。

あれから三日程で王都に到着したテイロンは早速王城に向かってみると衛兵ですらその辺りの農夫が多少武装しているだけのようだ。
というか城を護る兵士がこれでは王の命も危ないぞ。今まで考えた事もなかった心配に思わず失笑してしまったが復興の途中だという話を思い出せば形になっているだけマシなのかもしれない。
そこで士官の方法として闘技場で活躍する件を教えてもらうと彼は鼻歌交じりにそちらへ足を運ぶ。
(闘技場か。久しぶりだな。)

孤児だったテイロンには選択肢があまりにも少なかった。生きていく為には何でもやるしかなかった。

盗みに強盗、殺人は当然として闘技場で戦ったのも剣奴として捕まってしまったからであり決して自分の意志ではない。それでも本能が生を望み続けるのであれば従うのが人間であり生物なのだ。
強い者に阿り弱い者を狩る節理は国家も個人も変わらないだろう。だから絶対的な上下関係こそそのまま信頼関係に繋がるのだとテイロンは信じて疑わない。
しかし過去の自身を全く知らない国に紛れ込んだ事で胸の奥から得も言われぬ高揚を感じていたのも事実だ。
誰もテイロンを警戒しない。誰もテイロンを通報しない。今までは日の当たる時間に行動など起こせなかった自分が正午過ぎに都市の中を自由に歩き回っている。
(本当にここは変わった国だ。)
初夏も終わりを迎える6月、重犯罪者である彼は他者から奪うのを我慢しつつ人生で初めて自分の道を自ら決断するとやはり鼻歌交じりで参加方法を尋ねるのだった。





 猛者というのはあまり人相がよろしくないらしい。
これは軍事に疎いモレストならではの印象だが他の面々も似たり寄ったりなので誰も口を挟む事はない。額と頬に刀傷の跡があるのも妙に目つきが悪いのも今の彼らにとっては頼りになる武人のようにしか写らなかった。
「歳は28か。武具を何も持っていないのに闘技場での参加を希望してきたのも面白いな。」
「恐らく相当な強者なのでしょう。後ほど詳しく話を聞く必要がありますな。」
「待て待て。少し見た目が粗野過ぎる気もする。いきなり軍部へ上げるのではなくまず話が通じる相手かどうか、そこから見定めなければなるまい。」
闘技場に集まった臣下達も様々な意見を上げるも誰一人彼を否定しないのは皆が『シャリーゼ』の復興に浮足立っていたからに他ならない。

「まぁまぁ。まずは彼の強さを披露してもらおうじゃないか。」

かく言うモレストも自国に迎えるであろう初めての部類の男に興味津々だ。過去にはショウが頭一つ抜けて強かったのだが好んで戦うような性格ではなかった為今回は比べる対象からも外れていた。
そして国王が指定した牛と闘技場で初めての闘士が相対すると観客席からも割れんばかりの歓声が沸き上がる。
ただ将来の軍部候補からは闘気が微塵も感じられず、目の前の牛に呆れたような様子だ。というのもこれを用意した酪農家が相手を気遣って屠殺すら免れていた老牛を用意してきたのだ。
見るからに毛並みも悪く、戦う気力も体力もないのだろう。闘技場を牧草地だと勘違いしそうな雰囲気はとても戦いになりそうもない。

だからだろうか。テイロンは開始の銅鑼がなっても手にした巨大な長剣を振るうどころか投げ捨ててしまうと静かに歩み寄り、老牛を労うように撫でていたのだから一瞬で静寂に包まれてしまった。



「・・・流石にあれを登用する訳にはいかないでしょう?」
「いやいや。わしは逆に気に入ったぞ。強さを誇示するだけが猛者でもあるまい?」
「うむ。老牛など殺すに値しないと考えたのだろう。凡人であれば恐らく歓声に押されて無意味な殺生を行っていたに違いない。」
「いやいや!そもそも闘技場とは無意味な殺生を行う場所では?!」
初めて行われた闘技場での興行、その結果はまさかの無効試合だったので臣下達の意見は更なる熱を帯びて交錯する。だがモレストは逆にその対応を甚く気に入ったので他者の意見が脳内に留まる事はない。
「面白い男じゃないか。まずは会って話を聞いてみよう。」
それは他の面々も同じだったのだろう。国王がそう告げると会議室はこれまた静寂に包まれた後、皆が揃って頷いたので早速件の青年が王城に招かれる事となった。





 「テイロン殿、闘技場での立ち回りは見事でした。」
開口一番でそのような言葉を賜ったテイロンは最初挑発でもされているのかと考えたが国王含め臣下達から嫌味は感じない。
「ありがとうございます。」
何をどう受け取ったのかはわからないが恐らく本気でそう思っているのだろう。礼儀作法に疎くとも頭を垂れるべきだと自分の知っている形で跪いてみせるとここでも妙に大袈裟な感嘆の声が聞こえたので思考は回転しっぱなしだ。
しかし面白い。自分は初めて人生が面白いと感じている。
今まで強い者の手駒でしかなかった自身の価値など多少便利な道具くらいかと思っていた。ところが『シャリーゼ』の面々は何かしらの期待をしてくれているのだから嬉しくて仕方ないのだ。

「さぞ名のある将軍なのでしょうな。今まではどちらで戦われていたのですか?」

それにしても勘違いも度が過ぎると重荷になってくる。まさか日陰者の犯罪者をそんな風に判断するとは本当に見る目がないのだなと二重の意味で焦ってしまう。
「いいえ。俺はほとんど一人で戦ってきましたから将軍様など雲の上の存在です。」
かといって嘘をつくのが下手くそなので犯罪部分だけを隠して素直に受け答えすると何故か彼らは余計に関心を覚えたらしい。
「ほほう?つまり一騎当千という訳ですか?」
「いいえ、並の相手を数人同時に相手出来る程度です。」
これも謙遜と受け取られるのだからもはやテイロンすら真実が見えなくなってきた。もしかすると自分は本当にかなり有能な将軍なのだろうかと勘違いしそうだ。

「闘技場で腕前を披露されに参ったという事は士官を望まれているのでしょう。でしたらまずは一部隊を任せてみようと思うですがいかがですか?」

いやいや、そうではない。自身は数多の犯罪を重ねてきた粗暴な人間なのだ。今はただ食い扶持を得る為に兵士へ志願したに過ぎない。
出来れば一兵卒が良いと慌てて断りを入れるも彼らの中では既に決定事項だったのか、闘技場に参加するという意思表示だけで過大評価を受けたテイロンは仕方なく全く戦闘経験のない民兵をいくらか預かる身分を得てしまった。





 元々『シャリーゼ』は規律の厳しい国家だがあくまで商業分野に限られていた。
故に復興を終えて新たな形となった現在では昔の杵柄がほとんど利用出来ないらしい。それでも彼らは様々な分野で試行錯誤を繰り返し、豊かな国を取り戻そうと愚直に邁進している最中だ。
「・・・これを平和と呼ぶのかな。」
そんな中一部隊を任されたテイロンは何をすべきかもわからないまま国内を見て回る。もちろん国王以下皆は警邏なのだと信じて疑わないがそこまで頭も感情も回るはずがない。
むしろ様々な農作物を売買する朝市では癖でつい盗みを働きそうになるくらいだ。

(いや、今は何もしなくても飯が用意してもらえるんだ。いけないいけない。)

過去には自分より立場が上の者達から命じられるがままに悪事を働いてきたが逆に言うと命じられなければ無理に犯罪を犯そうとは思わない。そこに欲望や快楽はなく、あくまで仕事と割り切っていた。
そういった意味でもこの世界と国に迷い込んだのはまさに人生の転機なのかもしれない。この先どうやって生きようか。
生まれて初めて手にした自由の下、今まで考えた事もない主題に使い慣れていない頭脳が悲鳴を上げ始めると伝令がそれを遮断するかのように要件を伝えるのだった。



「テイロンよ。此度は我が国の南方に巣食う賊徒の殲滅を命じたいのだが可能だろうか?」

正式に雇われて以降、国王や自身より身分が上の人間からは敬称なしに呼ばれるようになったがむしろ馴染みやすくて良い。
「国王様、ご命令であればそう仰って下さい。」
ただ小さいながらも初めて軍事力を保持する弊害なのか、それとも彼らの人が好過ぎるのか。時折命令が下る時に伺いを立ててくる節だけはどうしても気になって仕方がなかった。
身分が上の者はわかりやすく、そして傲慢に命じてくれるだけでいいのに。そう思わずにはいられないが賊徒の殲滅というのは自身の経験からも中々に厄介だ。
いけるだろうか?今までであれば自身の上官が詳しい情報も与えてくれたのだが今は国ぐるみで初心者な為、不明瞭な部分がとても多い。しかし命令には意思と思考が拒絶を許さない。

「わかりました。ではすぐに向かいます。」

『シャリーゼ』に入国して一か月、やっと兵士らしい行動を求められたテイロンは速やかに討伐すべく出立しようとしたのだが部隊も一緒にと言われて初めて自身の立場を再認識する事となる。





 賊徒であれば多少時間はかかるものの1人ずつ処していけば何とかると考えていたのだが今のテイロンには不安要素しかない部隊が荷物のようについてきている。
「なぁお前達。その、何だ、多少の腕はある、のか?」
「はい!今回の為に毎日槍を振っていました!!」
自分より若い者がはきはきと答えるも今回は戦をするわけではないのだ。槍よりも遠距離から不意を突ける弓の練習をして欲しかったな、と感じつつ他の面々は更に腕が落ちそうなのでこれ以上の言及はしないでおく。
テイロンも部隊長らしい振る舞いを求められているのは理解していた。その為に乗り慣れない馬に跨って何とか格好だけは保っているのだが兵士と共に戦えと言われると全く自信がない。
(・・・まぁ突撃?とか号令すればいいのかな?)
志願したのか選任されたのかはわからないが彼らも全くの素人ではないだろう。ならばいっそ数の暴力で強引に殲滅してしまうのもありではないか?
経験上賊徒というのは徒党を組んでいたとしても10人に満たない事が多い。対してこちらは50人もいるのだから戦いに入れば余裕で達成出来るに違いない。

考えるのが得意でないテイロンはもうこれで行ってしまおうと早々に決断するがこの地はかつてトロクという黒威の力を握った存在が相当暴れまわっていた場所だ。

現在は討ち取られて一強という形は崩れ去っているものの、だからこそ広大な縄張りを支配しようと他の賊徒があらゆる手段を使って自身の勢力を増強している。
ある意味最も群雄割拠している土地に足を踏み入れているとも知らず『シャリーゼ』の部隊は妙に士気が高いままひたすら山間部を南下していくとそれは突然訪れてしまった。

しゅしゅしゅっ・・・どどどっ!!!

矢を放たれた記憶などほとんどなかったが死線を潜り抜けてきた勘がそうさせたのだろう。いくらかが体に刺さるのも気にせず馬から飛び降りたテイロンはそれを盾にしつつ身を隠すとしばらくしてやっと兵士達にも声をかけた。
「皆隠れろっ!!奇襲だっ!!」
しかし皆が初陣なのだ。戦いの知識は全員がきっちり隊列を組み、号令と共に槍や弓矢の応酬といったものしか持ち合わせていない。故に賊徒如きから奇襲を受ける等考えもしなかった。
更に命が懸かっているという自覚も足りなかった為、何名かが倒れても尚動こうとしない姿を見てテイロンもあっけにとられてしまう。そこで手近の石を拾っては立ち尽くす兵士達にぶつけて無理矢理気付けさせるとようやく事態を把握し始めたようだ。
「テ、テイロン様?!こ、これは?!」
「さっきも言っただろう。奇襲だよ。しかし・・・」
最も近くにいた兵士が震える声で確認してきたのでさらりと答えるが正直これはテイロンも予想外過ぎた。というのも自分達は『シャリーゼ』の国旗を掲げて皆が同じ規格の鎧に身を包んでいるからだ。
よほど目か頭が悪くない限り一目で正規兵とわかる自分達を襲うなんてまともではない。少なくとも自身が賊徒の立場なら見つからないよう静かにその場を後にするだろう。

「・・・どこの賊徒か知らんが俺達は『シャリーゼ』の正規軍だぞ?!覚悟は出来てるんだろうな?!」

まさか自分の人生でこのような台詞を使う時が来ようとは。今まで国家権力に恐れをなしていただけのテイロンは自身でも内心驚いていたが環境とはそれほど強い影響力を及ぼすものだ。
「ほう?あの飼い犬国家の正規軍だと?中々面白い冗談だ。」
「・・・上手い事を言うな。」
「テ、テイロン様?!感心している場合ではありませんよ?!」
確かにこのままでは部隊の壊滅どころか己の命も危うい。怯える兵士の助言に何とか打開策をと考え始めたが賊徒は木々の間を縫ってこちらにかなり接近してきている。
士気も戦況も劣勢の中、自分はどうすべきなのだろう。最悪な状況であるにも関わらず随分と落ち着いていたのは既に答えを握っていたからなのだが果たしてこれで正しいのだろうか。

「全軍撤退だ!!退却せよ!!」

壊滅するよりはましな筈だ。もはや迷っていられないと判断したテイロンは大声で命令するが相変わらず素人兵士達は反応が鈍い。再び周囲の部下に石を当てつつ自身も街道を北上し始めるとやっと皆もそれに続き始める事で何とか命を繋ぐことには成功するのだった。





 動けなかった者達を置いてきたせいで数えられる兵士は30名強しかいない、と普通なら考えるだろう。だがテイロンは特殊な出自からその事実と相手の心情を窺う。
(・・・という事はやはり本気ではなかったのか。)
他とは違う格好で先頭を歩いていたにも拘らず矢は急所から大きく外れていたし何より追ってくる気配もなかった。つまり牽制と追い返す意味合いが強い筈だ。
そして犠牲者の数も思った以上に少ない事から賊徒の規模がかなり小さい事実も見えてくる。ならば迷っている暇はない。
「よし、反撃だ。いくぞ。」
「「「えっ?!」」」
倒れた兵士達もその場で放置されているか捕虜にされているか、とにかく殺されてはいない筈だ。もし自分が彼らの立場なら絶対にそうする。でないと国家の正規軍を真正面から敵に回しては生きていけないのだから。
ただ初めての敗走に手傷を負ったりと散々な目にあった兵士達は皆が目を丸くして顔を見合わせている。それもそのはず、命からがらで逃げてきたのにまたすぐ死地へ戻れという命令はあまりにも残酷だ。

「あ、あの、テイロン様?我々は敗北したのですから一度帰国して国王様にご報告した方が・・・」

そういった理由もあったのだろう。兵士の一人が提案してくると今度はテイロンの方が目を丸くしてしまう。確かに敗走した件を伝える事も大事かもしれないが日陰者として生きてきた彼は何よりも任務の失敗を恐れていたからだ。
今までの経験から良くて追放、最悪処刑も免れないという考えが脳裏を過るとこのまま帰国する選択だけはあり得ない。
「・・・いいや。まだだ。まだ殲滅は失敗していない。」
ここは何としてでも達成の報告を持ち帰らねば。そうすれば奇襲による敗走にも目を瞑ってもらえるかもしれない。善悪はともかく執着が強いテイロンは肩口に刺さった矢を引き抜きながら双眸を滾らせると周囲も威圧感に気おされて言葉が出なくなる。

「・・・お前達は来なくていい。俺一人でも成し遂げてみせる。」

この発言も決して兵士達を慮ったものではなく、足手纏いを連れていく事に嫌気がさしただけなのだが各々は真逆の意味で捉えると無理矢理鼓舞してしまったようだ。
「・・・私も行きます!」
「・・・お、俺もまだ戦えます!!」
「い、行きましょう!」
ついてきて欲しくなかったテイロンは本心から呆れる様子を浮かべると仕方なく部隊長としての覚悟を再び胸に抱くが同時に最も効率よく殲滅する為にと1つだけ策を設ける事にした。





 足手纏いを30人引きつれたところで悪目立ちするだけなのでテイロンは他の兵士達に負傷兵の回収と賊徒への交渉を命じる。
「交渉・・・というのは一体何をすればよろしいのでしょうか?」
「そうだな・・・縄張りをもう少し南下してもらえないか、と『シャリーゼ』国民を襲わない事、後は他の賊徒について知っている情報を聞き出せ。」
その間自分は敵の背後に回り込み確実に一人ずつ殲滅していけば良い。部隊長の証である外套を他の者に預けると自身は早速茂みに入って大きく迂回する形で足を進めた。
正規兵がこのような作戦を取るなど普通はあり得ないが、あり得ない人物が部隊長をやっているからこその機転に誰も反論はしない。
むしろ兵士達も素人すぎてそれが狡猾なのか卑怯なのか、はたまた知略に富んだ策謀なのかの判断がつかないのだ。よって彼らは部隊長の命令を素直に受け止めると早速奇襲を受けた現場へ慎重に進軍する。するとテイロンの推測通り、賊徒達は兵士達から装備をはぎ取った後手当てをしながら全員を縄で括り始めていた。

「お、おい!!我々の兵士を返してもらいに来たぞ!!」

積極的にテイロンと会話していた青年が部隊長代わりに声をかけると賊徒達も流石に驚いたのか、全員がびくりと体を震えさせてから彼らを見やる。
「・・・まさか戻ってくるとはな。懲りない連中だ。」
「ま、待て!我々は話をしに来たのだ!」
賊徒は見えているだけで8人、対して『シャリーゼ』の正規軍は未だ30人を超えていたものの気迫で負けている為数の有利は期待出来ない。それでも注意を逸らすという最も大事な役割は果たしているのだから十分だ。
後は襲い掛かる為に気配を消して接近しなければならないのだが猛者なら小枝を踏んだり葉が掠れたりする音を立てるだけで気取られてしまう。特に極まれば相手の人数だけでなく使う武器や体格までわかるというがテイロンはそこまでの男と相対したことはない。
今回もお互いが似たような力量だった為だろう。抜き身の長剣を懐に隠すよう構えながら少しずつ距離を詰めると襲撃の段取りを模索出来るまで順調に進んだ。

頭目を討ち取るか負傷させれば最も効果的なのだがテイロンは選んで襲える程強くはない。

手近な賊徒を不意打ちで1人、相手がこちらに意識を向け切る前にもう1人討てれば御の字か。恐らく3人までなら無力化も可能だろうが囲まれるとひとたまりもない。
部隊は無いものと考えていたので残りは逃げながら追手を仕留め続けば良い。矢だけは怖いが茂みを利用すれば早々当たる事もないはずだ。
静かに息を吸い続けて肺に空気を満たしたテイロンは迷いを断ち切るとそこからは無呼吸で体を動かして最も後方にいた賊徒目がけて静かに力強い突きを背中に放ち、まずは淀みなく引き抜く事に全神経を集中する。
次に再び突き刺す動作を二人目の背中に繰り返すと一人目が倒れこむと同時にそれが命中したので計画通りだと若干の安堵すら感じた。
だがここからが本番なのだ。残り6人を何とか殲滅する為に気合を入れ直しながら3人目に長剣を振り下ろそうとした時、背中に違和感が走ると己の勘違いに気が付く。

どすんっ

どうやら賊徒の弓使いが離れた場所で待機していたらしい。鎧の上からだったので即座に動きが止まる事はなかったが殲滅目標が一人増えた事と眼前の敵が既に反撃体制を終えていた事でこちらの攻撃は潰えてしまう。
これも自らの経験からよくわかるのだが日陰者とは後ろめたさから襲撃などには常日頃から警戒しているのだ。故に自身の攻撃がこれ以上届かないと判断したテイロンは速やかに茂みの中へ逃げ込んだ。





 ここからは泥沼の戦いになる。そう覚悟をしていたのだが賊徒達が追ってくる気配はない。
というのも彼らの正面には素人ながらも『シャリーゼ』の正規兵が存在しているのだ。それを差し置いてテイロンを追うというのは彼らに背を向ける事に繋がる。つまり偶然にも板挟みの状態が出来上がっていた訳だ。
「く・・・正規兵のわりにやり方が汚ぇじゃねぇか。」
最もな意見に頷かざるを得ないが先に奇襲を受けた上にこちらの任務は賊徒の殲滅なのだから手段など選んでいられない。結果を残さねば話にならないし、結果が全ての世界で生きてきたテイロンは初めて体験する立場的な優位性に思わず鼻で笑いそうになった。
だが素人兵士達は状況を飲み込めていないようで数人が顔を見合わせるような仕草を見せると狡猾な賊徒達もすぐに理解したらしい。

「撤退だ。」

「追撃しろっ!!やれっ!!」
今度は彼らが蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたのでテイロンも慌てて茂みから飛び出して長剣を振り回すが時すでに遅しだ。焦りからつい号令まで発してしまったがそれに反応出来る部下はおらず、結局残り7人を取り逃がす形で幕を下ろしてしまう。
当然納得のいかないテイロンは引き続き殲滅すべく進軍を命じるが優しすぎる兵士達は矢を三本も受けてしまっているテイロンの身を案じてきたのだから歯痒くて仕方がない。
「テイロン様、ここは一度引きましょう!お体の具合も良くありませんし何より2人も討ち取られたではありませんか!」
兵士達の士気はとうに尽きているのもあるが満足に戦える自分が手傷を負ってしまっていては深追いした所で殲滅出来る可能性は相当低いだろう。だがこんな中途半端な戦果では国王に顔向け出来ないという気持ちも強いのだ。
「・・・お前達は何故真剣に戦わないのだ?」
故に説得を大いに跳ね返す素朴な疑問を投げかけると彼らは一様に項垂れてしまう。素人なのは仕方がないがそれにしても気が緩み過ぎている。兵士である以上もっと戦いに意識を置かねばこれでは任務を遂行どころではない筈だ。
苛立ちというより腑抜けた様子が不思議で仕方のなかったテイロンはその答えを待つが結局誰一人答えることはなく、自身も現状では続行が不可能だと判断すると部隊は意気消沈したまま帰国するのだった。



「申し訳ございませんでした。」

今までの人生でこれほど無残な結果はなかったので一先ず謝罪から入るも頭の中では責任を追及された時の対応を必死で考える。確かに賊徒を直接屠ったのは自分なのだからそこを強調すべきか。それとも兵士達の不甲斐無さが原因だと糾弾すべきか。
正規軍という立場や責任がどの程度かもわからないテイロンは周囲の反応をびくびくしながら窺っていると国王が静かに口を開く。
「うむ。まずは初任務御苦労であった。しかし戦果は十分に挙げたと聞いている。確かに犠牲は出たそうだがテイロンも矢を受けながら賊徒を2人も斬り伏せたのだろう?謝罪は必要ないのではないか?」
「『シャリーゼ』国民を狙うと部隊が対応するという事実を賊徒達に植え付ける事にも成功しています。それより手傷の具合は大丈夫ですか?」
皆の口から飛び出てくるのは僅かな戦果には過剰すぎる労いや賞賛であって誰一人として咎める者がいないのだから唖然とした後安堵以上に恥じ入る気持ちで満たされてしまう。
「いいえ。殲滅を命じられた以上それ以外は失敗に等しい、と俺は思います。」
故に同情を振り払うような発言をしてしまうと何故か周囲は感嘆の声を漏らすのだからこちらの心は周知で一杯だ。おかしい、今の内容こそが真理のはずだがもしかして遠巻きに蔑まれているのだろうか?

「なるほど!今後は言葉をより慎重に選ぶべきだな!いや、すまなかった。掃討くらいにしておけばよかったな。」

だが国王以下、彼らの目的はあくまでテイロンという隊長がどういった人物でどれくらいの働きをしてくれるのかを確かめたかっただけらしい。それを後ほど聞かされると想像を超える温い環境に矢傷の痛みさえ忘れる程の心地よさを覚えるのであった。





 しかし『シャリーゼ』の軍部事情は壊滅的だ。それはテイロンでなくとも感じていたのだが翌日燃えるような赤い髪をした青年と獣のような気配と目つきを持つ青年が謁見の間に姿を現すと無意識に跪いてしまう。
(何だこの青年達は?)
「紹介しよう。彼らが『トリスト』の左宰相ショウ=バイエルハートと剣撃士団長カズキ=ジークフリードだ。」
相変わらず聞いたことのない国名にどう反応すればよいのか困ったが今は彼らの機嫌を損ねないよう注意せねばなるまい。何故なら本能が気をつけろと、相当な猛者だと強く訴えかけてくるからだ。
「初めましてテイロン様。貴方も別世界から来られたとお聞きしていますがその辺りの詳しい話をお聞きしても?」
涼しい声と言えば聞こえはいいがすぐそばに冷酷さが潜んでいるのだろう。裏で暗躍するどんな権力者以上の恐怖を感じたテイロンは答えたくとも声は出ないし舌もうまく動いてくれない。

「モレスト様、これを部隊長に置くのは流石にどうかと思いますよ。」

更にもたもたしているとカズキと呼ばれる猛々しい青年が呆れるように進言したので諦めの境地から跪いたまま動かない事を決断する。
「しかしテイロンは先の賊徒討伐でも先陣を切って活躍してくれた存在です。この先軍事力を育成する為にも期待しているのですが・・・」
すると国王が庇うように動いてくれるのだからいよいよ頭が上がらない。失敗すれば死が待っているという綱渡りの人生を振り返るとその優しさに無自覚な忠誠心が芽生えてしまう。
「彼は相当目が濁っております。私も強くは言えませんが・・・テイロン、今まで何人くらいの女を犯して何人くらいの人を殺した?」
ここにきて自分の過去をぴたりと言い当てられるとは。今まで疑われもしなかったので黙っていたが国王始め、臣下達の前で質問されると彼らも答えを待っているようだ。

「・・・女は5人、暗殺も含めると31人殺してきました。」

これでこの地での生活も終わりか。いや、むしろ自分のような日陰者が一か月余りとはいえよく正規兵として働けたものだ。
不思議と後悔はなく、分不相応だった肩書きを失う事で元の生活に戻れる解放感に僅かな喜びを覚えつつ正直に告白すると皆の顔色が恐怖と侮蔑のものへと変化していくのが良く見える。
「なるほど。ちっと数が足りてないな。」
ところが質問してきたカズキだけは一切変わった様子を見せず、若干気を許すような雰囲気まで見せたのだから自分と同じように裏で暗躍する人物なのは間違いない。
(でなければこの若さでこの風貌はあり得ないだろ・・・)
だったら彼の下で働かせてもらえないか窺ってみるのもいいかもしれない。袖すり合うも他生の縁、適材適所という言葉通り、日陰者の自分はやはりそういう仕事でしか生きていけないのだから。
「一人で納得しないでください。この空気、どうしてくれるんですか?」
「いや、だって相手をしっかり知るのは重要だろ?モレスト様、テイロンをこのまま軍部で使うつもりですか?」

「・・・テイロン、お前の過去はよくわかった。しかし私は先日『シャリーゼ』の為に手傷を負いながらも賊徒を討伐した姿を信じてみたいのだ。これからも我が国の為に戦ってはくれないだろうか?」

この国と国王はどこまでお人好しなのだ。これではいつ他国から侵略されてもおかしくはないではないか。
「・・・こんな俺でよければこの命、『シャリーゼ』と国王様に捧げましょう。」
本当なら断るべきだったのかもしれないが初めて期待と優しさを知ってしまったテイロンは考えていた内容と真逆の言葉を告げると周囲からは賛否の雰囲気が漂ってしまう。
それでもモレストの嬉しそうな表情を見るとそんな些細な事などどうでもよく思える程、自身の心は希望と忠誠に満ち溢れるのを感じていた。





 赤毛の左宰相は元々『シャリーゼ』女王の懐刀と呼ばれる程重用されていたらしい。
今でこそ他国で活躍しているものの愛国心はとても高く、故に今回母国が正式に軍事力を組成するという相談を受けて帰国したという事だ。
「しかしモレスト様、流石に行き当たりばったりが過ぎます。まずは用途に沿った訓練項目をしっかり立てるのと組織の構成、基本戦術に上下関係の徹底等々、一から組み立て直さないといけませんね。」
そんな彼も『トリスト』に仕える事で初めて軍事の基本を学んだという。てきぱきと問題点を上げつつ速やかに筆を走らせるとあっという間に書類が積みあがっていくがこちらも課題という試練が待っていた。
「うし。それじゃお前の強さを見てみるか。」
カズキという青年は部隊の育成を任されているらしい。他の兵士達全員を訓練場に集めると全員同時にかかってくるよう命令してきたのだから皆は目を丸くしている。

「・・・上官命令は絶対だ。いくぞ。」

剣撃士団長というのはこの世界でも1,2の実力者だというのだから遠慮はいらないだろう。というかここが自分の生まれた世界ではないと言われても未だにぴんと来ないのはそれだけ狭く暗い世界しか知らなかったからだ。
それも自分を必要としてくれる国王や『シャリーゼ』の期待に応え続ければ少しずつ開けるのかもしれない。生き抜く為に善悪や感情を排除して行動せねばならなかったテイロンは何を学んで何を手にしていくのか。
相変わらず素人兵士達が動けない中、彼だけはみなぎる力を十全に乗せて長剣を薙ぎ払ったのだがカズキの姿を一瞬で見失ったので大いに焦った。
「おい、他の兵士達もさっさと来い。」
そして次の瞬間には何事もなかったかのように同じ位置に立ち、周囲に声をかけていたのだから何一つ理解が追い付かない。だがやるべき事くらいはわかっているつもりだ。

「・・・全部隊突撃だ!!四方から同時に槍を突けっ!!」

兵法の知識など何もなかったがそれでも部隊長として、後は己の経験からカズキという猛者をどう崩すべきかを考えて号令を放つと素人兵士達も十分鼓舞されたらしい。
全員が覚悟を決めて襲い掛かるとテイロンは少し距離を置いて戦況を観察する。それから隙らしい部分に自ら槍を放ってみるがやはり獣のような青年にはかすりもしないのだった。



「う~ん。こりゃひどい。」

時間にして10分程一方的な攻撃を繰り出し続けた『シャリーゼ』部隊が全員肩で息をして地面に座り込む中、汗一つかいていない剣撃士団長は呆れるように言い放つ。
「カズキ様。実力の差を考えて頂ければこれでも十分かと。」
決して彼らを擁護する訳ではないがこの動きを賊徒殲滅時に行えたら間違いなく完遂出来ただろうと強く確信が持てる程素晴らしかった。素直に感動したからそう尋ねてみたのだが彼とは前提条件が大きく異なっているようだ。
「でも軍隊を目指してるんだろ?だったら今のままじゃ戦にならねぇ。ただ心意気は確かに伝わった。んな訳で『トリスト』から1人模範生を連れてきたんだわ。」
てっきり直接的な指導を受けられるのかと思ったがカズキは他国の将軍まで兼任している為酷く多忙という事らしい。
そこでまずは基本を叩き込むために彼から訓練方法を学ぶよう指示されたのだがこれがまた癖のある人物だったのでテイロン以下『シャリーゼ』兵士達は違う意味で苦戦を強いられる事になる。

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