闇を統べる者

吉岡我龍

興亡 -私の世界-

 軽く要望して多少ごねただけなのにまさか本当に異世界へ飛ばされるとは。
まるで物語に出てくるような西洋風の建物内に移動を終えたタシンはお気に入りの少年の腕を掴んだまま軽い放心状態に陥る。
「おいおい。こいつどうすんだよ?」
それにしても相変わらず口が悪い。自分は彼より4つは年上の筈だからもっと敬意をもって接してくれればいいのに。
初対面時に『ハルタカ』の力で洗脳した事も忘れて不満を抱いていると妙に雰囲気を持つ赤毛の少年は不敵な笑みを浮かべて手短に答えてくれた。

「あの世界の知識を洗い浚い教えてもらいます。その為に入国を許可したのですから。」

まるで全てを証言した後には用済みと判断されかねない物言いに思わずカズキの腕を強く掴むが彼は生来からこのような性格らしい。
「ったく。怖がるくらいならついてこなきゃいいのに。」
自分の世界には未来がなかった。正確にはこれから未来が作られていく途中だったがその激動の中を生きていくよりカズキと共に歩むことを選んだのはタシンなのだ。
「だってこっちの方が楽しそうだし、ね?」
楽な道を選んだつもりはないしそう思われたくもない。自分の故郷と世界と決別したタシンはそれをおくびにも出さず軽く答えるとカズキは呆れた様子で小さなため息をついて見せる。



それからすぐにこの国の王女姉妹を紹介してもらうとその麗しい容姿に今度はこちらが小さなため息を漏らす。妹の方がクレイスとほぼ婚姻関係らしいがこの先成長すれば世界中が注目する国王夫妻になるだろう。
「いいなぁ。私ももっと可愛く生まれたかった・・・」
だがそれはあくまで自分の世界の判断基準だ。この異世界には電子的な機器や概念は発明されておらず、彼らの姿形を残すには書物に書き記すか肖像画を描いてもらうくらいしか方法はない。
「それは容姿か?性格か?」
「・・・両方。」
「わかってんじゃん。」
本当にこの少年は。減らず口を塞ぐ為に無理矢理襲い掛かってみても彼は国を代表する程の戦士だ。まるで枕のように軽くあしらわれると何事もなかったかのように椅子へと戻されるのだから不思議でならない。
その後も国家の関係者を紹介してもらいながらこちらも自己紹介を挟みつつ自分の世界について色々語ってみるとアルヴィーヌとハルカは目を輝かせて聞き入ってくれる。

「面白い。私も行く。」

「いいわね!私も護衛として一緒にお供するわ!」

「勘弁してください。迷い込んだ時は本当に大変だったんですから。」
冷酷な印象だったショウからそう告げられるとタシンは相当恵まれているのだと実感する。何故なら彼らの傍にいる限り食べ物に困ったりいきなり襲われたりする心配はないからだ。
「・・・ま、復興が終わったら遊びに行くのもいいんじゃない?」
「おま・・・そういう焚きつけるような事を言うな。」
これも性格なのだ。そんなつもりはなかったものの好奇心旺盛な少女達はまるで決定したかのように喜んでいるのでタシンも少し気をつけねばと心に刻みつつ、その日はカズキの部屋で一夜を過ごすのだった。





 「いつまで寝てんだ。飯に行くぞ。」

壊滅した世界での生活から解放されたタシンは思っていた以上に疲れていたのか、かなり日が高く上るまで眠っていたらしい。
「・・・もう少し優しく起こしてよね~。」
「お前なぁ・・・はぁ、もういいよ。俺も腹ペコなんだ。さっさと起きろ。」
口調は荒いがこちらが目を覚ますまでずっと待ってくれていたと考えるとやはり彼についてきてよかったと思える。この世界がどんなものかはまだ全然わかっていないが少なくともそこかしこから活気と未来を感じるのだから。

「・・・将軍様の食事ってお部屋に運んできて貰えるんじゃないの~?」

「そういう奴もいるけどな。俺はこっちに慣れてんの。」
そうして連れられた大食堂はかなり広く、カズキが姿を見せればあちこちから挨拶の声がかけられてくる。やはり若くて強い将軍ともなれば人気も高いらしい。
四角いお盆を持って炊事場の前に並ぶ姿に庶民感を覚えたが世界が崩壊して2年以上、食材の原形を留めていないものしか食べてこなかったので野菜1つ見てもわくわくしてしまう。
「・・・うん。おいしー。」
「だろ?ここの食事はクレイスの指導も入ってるから味の保証はされてるんだよ。」
クレイスとは確かこの国の王太子だったような?まだ来訪して日が浅い為よく理解出来ないまま蒸餅を頬張りつつ彼よりも先に食事を終えると向こうから如何にもといった大柄な男が近づいてきた。
「随分遅い朝食だな。」
「面倒事を抱えちまったからな。で、何かあったのか?」
彼の名はイヴォーヌといってカズキが率いる『剣撃士団』の副団長だという。どうやら要件を伝える為に城内を探し回っていたようだ。

「それが終わったら左丞相様の所に行くといい。何でもその面倒事に話があるそうだ。」

それはタシンの知識を洗い浚いという件に繋がるのだろう。正直それほど役に立てるとは思えないが郷に入っては郷に従えだ。
カズキが自分をショウの部屋に残して去ろうとしたのを慌てて止める以外は問題なく、赤毛の青年と目を奪われそうな翡翠色の髪を持つ少女に挨拶をすると早速本題に入る。
「さて、まずは一番重要な所から片づけていきましょう。タシンさん、あの世界にあった『自動車』なるものはこの世界で作れそうですか?」
「え?それは無理じゃないかな。見たところ機械的な文明が全く無さそうだし。」
てっきり世界崩壊の原因や『ハルタカ』についての尋問から始まると覚悟していたので予想外の質問に思わず目を丸くしたが答えやすい内容で安堵もする。
「機械?って何だろ?」
「・・・恐らくナジュナメジナ様の所で使っている機織り機などがそれの類に入るかと。しかし乗り物を作るのに機械が必要なのですか。う~む。」
「あ~、そっか。『自動車』って量産されてたから同じ部品を違う機械で一杯作って組み立ててたのよ。って言えばわかってもらえる?」
「あんなでかいのを量産するのか。凄い世界だったんだな。」
タシン以外はとても驚いていたがあの世界で育ってきた自分にはそれが常識なのだ。むしろ彼女からすれば『魔術』や黒い竜の存在、更にこの地が中空に浮いている事実の方が目を回すほどの驚愕だった。

「しかし困りましたね。『自動車』をこっそり作ってクレイスに贈れば多少気も晴れると思ったのですが。」

不思議な思惑に小首をかしげたタシンは詳しく尋ねるとどうやら帰国前に別の国で惨憺たる状況を目の当たりにしてしまったらしい。
深入りする事に嫌な予感を覚えたのでそれ以上追及はしなかったものの空気の読めないカズキが代わりに踏み込むとショウはクレイスが遭遇した出来事を推測交じりで語り始めるのだった。





 「恐らく『アイアンプ』では人が人を食す状態にまで陥っていたのでしょう。ヘイダの首を見たので間違いないかと。」

どの世界においても国力の差は存在する。タシンがいた国は『ハルタカ』に侵略されてはいたものの、そのお陰で食料の消費が抑えられていた部分やカズキに助けてもらえた事実を考慮するとかなり運が良かった部類なのかもしれない。
「・・・まぁ万能調理器の中に入れちゃえば原形はわからないもんね。」
「「「『万能調理器』?」」」
恐らく自分は人間を食べてはいない筈だ。いや、『ハルタカ』の能力で亜人のようになっていた時は飲み込んでいたか。
しかしあれは『ハルタカ』の胎内に送り込んでいたのだから数には入らないだろう。そう思い込もうと必死だった為、まさか3人が万能調理器の方に食いつくとは思いもしなかった。

「壁から出てきた料理はあの中に調理する機械が入っていたんだよ。」

「「「へ~!」」」
ルルーはともかくそれを利用していた2人でさえ関心した声を上げているのはおかしくないだろうか?いや、機械のいろはがわかっていないのであれば当然の反応なのかもしれない。
「アルちゃんやハルカちゃんが行きたいって言う理由もわかるなぁ。楽しそう!」
「いや~今は荒廃してるからね。止めといた方がいいよ?」
カズキ達の話では迷い込んだらしいのでこちらの意志で再び足を踏み入れられるのかはわからないが一先ず釘をさしておくと可愛らしい秘書さんは赤みを帯びた頬を膨らませている。

「・・・後は私達が2度討伐した黒い竜の謎だけですね。タシンさん、あれは『ハルタカ』の力ですか?」

洗い浚いという表現は誇張でも何でもなく、彼らからも情報を提示する事でしっかり擦り合わせをしたいらしい。
何でもタシンに出会う前、カズキ達は砂嵐の荒ぶ中でよくわからない黒い竜を討伐したというのだ。ただし遺体は残らずその場で消え去ってしまったという。
「う~ん、『ハルタカ』様の御力によって砂嵐も発生されていたんだから幻?を見せる事くらい出来そうだけどどうだろ?」
既に全部が終わった後なのでどうでもいいのでは?というのが彼女の素直な感想だったがそこは左宰相と将軍位を任される人間達だ。
お互いが顔を見合わせた後若干視線を下に向けてからまずカズキがショウに意見を促すと意外な答えが返ってくる。

「・・・もしそうだとすれば『ハルタカ』はまだ生きている可能性も出てきますね。」

「ほぇ?」
「だってそうだろ?あれだけ巧妙な幻を作り出せるんなら自分の姿を映し出すのも十分可能な筈だ。つまり俺達がいなくなったのを慎重に判断してから再び暴れ出す、既に暴れているって考えるのが筋だろ?」
指摘された結論に理解が追い付かなかったがそう考えると異世界に退避した判断は人生で最良のものではないだろうか。
「じゃあまた『ハルタカ』を討伐する為に向こうにいくの?」
「・・・いえ、あの世界へ赴けたのはあくまで偶発的な現象ですから。もし再び足を踏み入れるとすればヴァッツの力を借りねばなりません。」
「そこまでしていく必要はあるか?俺らの推測もあくまで推測だからな。」
つまり自発的にあの世界を救うような行動を起こす気はないらしい。それを聞いたタシンは少し残念な気持ちを抱いたが確かに推測だけで『ハルタカ』が生きていると決めつけるのも早計だ。

「・・・それじゃこの話は終わりで。今度は私の住居について相談させてよ?」

そこで感情を切り替えるために話題を持ち出したのだが何故かカズキから白い目でみられると無性に腹立たしかったので2人の視線など気にせず全力で襲い掛かる。
しかしやっぱり彼は強い。またまた座布団のように軽くあしらわれると何事もなかったかのように椅子の上へと戻されたのを見たショウは苦笑しつつこちらの待遇についていくつか提案してくれるのだった。





 「え?私ここに住めないの?」

王城暮らしは無理だと理解していたが『トリスト』もこの世界で特別な国と立地なので居住権を得るには相当な資質が求められるという。
「タシンさんは別世界の存在ですからね。希少価値という意味では面白い人材だと思います。しかし万が一敵国に捕らえられた場合、こちらの秘密を洩らしかねないかなと。」
そう言われてしまうと自信はないが、そもそもこちらの世界についての知識が乏しい為話す内容など無い気もする。そこさえわかって貰えればとカズキに顔を向けてみるが彼も頷くだけで反対してくれる気配はない。
「・・・じゃあ何処に送られるのか、一応聞いてみていい?」
「そうですね。こういった場合最も適しているのはやはり『ボラムス』でしょうか。ヴァッツのお気に入りが国王をされていますし国力から見ても申し分はないかと。」
正直ヴァッツという少年とはほとんど絡んでいない為皆が彼を頼る理由が全く分からないのだがそれ以上に気になる点が1つあった。

「その『ボラムス』っていう所にカズキ君は住んでるの?」

未踏の地なのだからせめてこれまでに関わった誰かが近くにいてほしい。この地に住んでいるのを知っていながら敢えてとぼけた様子で彼の名前を出したのもそういった理由からだ。
しかし予想に反してカズキは微動だにせずに押し黙っている。それが妙に腹立たしかったので顔を覗き込んでみると意味ありげに背けられたのだから苛立ちが止まらない。
わかってはいるものの三度襲い掛かってみたが今度は手巾くらい軽々と椅子に押し戻されるとショウが呆れた様子で代弁してきた。
「・・・カズキは『トリスト』の重要人物です。有事の際にはすぐ動いてもらえるよう『剣撃士団』と共にこの地で待機してもらわねばなりません。」
「うむ!そういう事だ!いや~流石はショウ!わかってくれてるねぇ!」
自分で断らなかったのには何か理由があるのかと思ったが友人に賞賛してもらいたかっただけか?
随分嬉しそうに声を発したのが益々許せなかったタシンはしっかり心に刻むと先程のルルーみたく頬を膨らませて怒りを飲み込む。

「・・・働きもしないで置いてもらえるなんて思ってないよ。でもそうだね、私だけにしか出来ない事、例えば私の世界の簡単な機械や知識を教えるっていう条件で『トリスト』に住み込めないかな?」

ショウの話だとそういう事なのだろう。あまり自信はなかったが何もしないで彼の傍から離されるなら多少の風呂敷を広げるくらいは許されるはずだ。
「それはいいですね。一度は入国を許可してしまったのです。しばらくその方向で様子を見てみましょうか。」
「おいおいおいおい?!まじかよ?!こいつは『ハルタカ』にがっつり洗脳されたんだぞ?!まだ因果関係が残ってるかもしれねぇぞ?!」
まさかそんな風に思われていたとは。いや、考えてみれば初対面時からその能力を使ってカズキを堕としたので警戒されるのも当たり前だろう。
だがそれとこれとは話が別だ。突如零れた本音に怨恨を増長させたタシンは満面の作り笑いを向けると再びカズキは顔を背ける。

「大丈夫です。ここはヴァッツがいる我々の世界なのですから。もし何かあっても大事にはならないでしょう。」

それにしても皆が絶大な信頼を寄せるヴァッツとは一体何者なのだろう。黒い竜達をかき集めてこの世界に連れてきた話は知っているものの同世代の子達と見た目もさほど変わらないというのに。
(・・・多少ごついくらいかな?)
一先ずこの地に、しかも城内の一部屋を与えられた事に大きな喜びと安堵を覚えたタシンは自身が何を教えるべきかを引き続き話し合う。
そして夜が更ける前に終業を迎えると朝とは違う、充実した気持ちで晩御飯をぺろりと完食した後久しぶりの湯浴みを十分堪能するのだった。





 世の中はままならないものだ。
国民の為に母国を離れてみたもののどうしても僅かな後悔を拭い切れないネヴラティークは『ジグラト』王城で小さな溜息をつく。
確かに弟とはそりが合わなかった。毒を以て毒を制すという言葉はあるがそれを権力として形成する事にはどうしても賛同できなかった。
自国民から不平不満を奪う為に蔓延させた煙草も何の解消にもなっていない。知性を鈍らせて問題を忘却させているに過ぎないのだ。
国を運営していくのに必要なのはたゆまぬ繁栄への意識、その為に権力が必要になってくる筈だが煙草の吸い過ぎなのか、そんな単純な構造すら忘れている国家の何と多い事か。

「新生『ジグラト』がこれ程早く安定するとは流石ですな。」

もちろんその為に金がいるのも十分理解している。本来であればそれらを自分達の力によって補っていかねばならぬのだが今回は特別な理由により強大な後援者が付いていた。
「これもナジュナメジナ殿の多大なご支援のお陰だ。感謝してもしきれません。」
彼の口車に乗ってこの地を統治する流れになったものの国民が早々に職を割り当てられ、慣れない貨幣の使い方もナジュナメジナが抱える配下達のお陰で速やかに浸透している。
後は煙草に代わる娯楽として闘技場の活用を勧められたが賭博というのは劇薬過ぎるという話もよく聞いている。まだまだ安定期には遠いのでその話だけは断ると最後の課題は国防だけだ。

「北は緩衝国として『ボラムス』が存在していますからな。東の『ネ=ウィン』も後継者問題で他国に構っている暇などありますまい。」

「となればやはり大きな問題は西の『エンヴィ=トゥリア』か。」

彼の国はヴァッツに封印されたとはいえ『呪術』という厄介な外交手段を持ち合わせていたのも記憶に新しい。
他に気になる存在といえば『エンヴィ=トゥリアの虎』と呼ばれるナヴェルくらいか。ただ彼も所詮は人間、本物の虎や獅子には敵わないだろう。
「・・・今一度ファヌル様に頼めないだろうか。」
以前獅子の兵士を散らせてしまった遠慮はあるものの現在の国力では軍隊の編成にまで手を回すのは難しい。かといってあまり親交のない国を頼っても足元を見られるだけだ。
「おや?こういう時こそ『トリスト』を求められるべきでは?」
ナジュナメジナが意外そうに口を挟んでくるがこれもまた先日矛を交えたばかりなので余計に頼み辛いのだ。
「・・・でしたら早急に軍事訓練も組み込みましょう。彼らのやる気が満ちている今なら育成も期待出来ます。」
つまり鉄は熱いうちに打てという事か。
「・・・・・よし。折角の提案だ。それで進めてみよう。」
上手くいけば叩き上げの人材も発掘出来る可能性がある。ネヴラティークはまるで宰相のような働きまで担ってくれる大実業家の意見を取り入れると早速国民に召集命令を下すのだった。

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