闇を統べる者

吉岡我龍

興亡 -好機と商機-

 「んん?俺が『ネ=ウィン』に住む筈ないだろ?」

浮かれ過ぎていたフランセルは何でも自分の妄想通りに事が運ぶと信じて疑わなかった。故に今後のカズキがこの地に定住して4将を立派に勤め上げるとばかり思っていたのだ。
「カズキはこの国の恩義に報いるのと上官であるナイル様の命令に従ってるだけだよ。最も重要なのはいつだって『トリスト』の国王様から預かった『剣撃士団』の団長と研鑽、だよね?」
詳しい説明をカーヘンから受けると納得は行くものの腑に落ちない。
4将とは『ネ=ウィン』の最大名誉でありこれに選ばれたのであればそれこそ強迫観念だろうと何だろうと死ぬ気で国の為に尽くさなければならない筈だ。
「お前と言えど大き過ぎないか?その二足の草鞋は。」
フランセルとは視点こそ違えど兄も身分を併せ持つ事に若干の疑問を感じているらしい。これに便乗するよう何度か頷くとカズキは彼女が作った料理に舌鼓を打った後軽く答えてくれた。

「いいんだよ。ナイル様は俺に戦力ではなく農耕技術の指導っていう面に期待されてるんだから。」

「あなたが?!」
自身の手料理をとても美味しそうに食べてくれるのがこんなにも嬉しい事なのか。その気持ちを押し隠そうと少し上ずった声になってしまったが今度はフランシスカが一緒に驚いてくれたのでばれる心配はなさそうだ。
「カズキ君は『ボラムス』での農作業を経験してからわりとその方面でも従事しているらしいわよ。ね?」
「うむ。まさかこんなに活用されるとは思ってもみなかったが、まぁ最近思う所もあったからな。『ネ=ウィン』の為になるなら喜んで働くよ。」
少しお酒が入っているのもあるかもしれない。彼の事情を他の異性から聞かされる度に不満を抱いたフランセルは近況も含めて根掘り葉掘り聞き始めると流石に兄も妹の手綱を引いてみせたが今夜は止まりそうもない。
「あらあら、だったら2人だけでお話してきたら?お部屋に案内してあげなさい。」
むしろ微笑ましく見守っていた母が助力を挟むと他の面々が驚愕の面持ちでそちらに視線を向ける。

「よし、それじゃ行きましょ。」

「・・・ま、いいか。」
「「いいの?!」」
ここにきて初めてルマーとカーヘンの驚く様子を目の当たりにした事で得も言われぬ優越感を覚えると猛者をも従えた母は部屋から出ていく娘にそっと耳打ちをしてきた。
「フランセル、ここは任せてしっかり攻略してきなさい。いい?決める時に躊躇しちゃ駄目よ?」
その意味がわからない訳ではなかったが自分にそういう気持ちはない。未だに認めなかった彼女は一応浅く頷くと自身の部屋にカズキを連れ込んだ後はお互いの生い立ちから話し合っていく。
今はただ彼を独占出来るだけの情報と時間が欲しいだけだ。そう言い聞かせていたフランセルは初めて女として異性と接する喜びに流されていくと気が付けば寝具の上で体を重ね始めてしまう。
「・・・いや、今夜は止めておこう。」
「どうして?私の心の傷を癒してくれないの?」
「心の傷?」
「うん。兵士に襲われかけた時、本当に死を覚悟したの。あなた以外に貞操を奪われるくらいなら死んだ方がましだって。」
お酒と母の助力は彼女の柵を全て取っ払っていく。全てを素直に曝け出していく。ここまでされるとカズキも然るべき対応で応えなければならないだろうがそれは意外なものだった。

「う~ん・・・でも最近女を抱き過ぎなんだよな・・・」

どうやらそういった意味では彼もまだまだ未熟らしい。まさかこの状況で他の異性の話が出てくるとは思わずフランセルの感情は一気に冷静さを取り戻すとその頬を両手で強く挟んだまま強く唇を押し当てる。
自分達の関係から考えても彼が他の誰かと床を一緒にしたところで咎めたり拗ねたり怒ったりする権利がないのは明白だ。せめて彼女が自分の気持ちを素直に伝えていれば一考の余地はあったものの未だそこにも辿り着けていない。
「・・・ぷはっ。で、最近は誰を抱いたの?」
「・・・・・タシン。」
「他にはルマーやカーヘン?」
「ルマーとはそういう関係じゃねぇよ。」
呼吸を許さない口づけの後フランセルが尋問するとカズキも色々と察したのか、何でもすらすらと答えてくれたのでこちらも己の立ち位置を十分理解した。

「そうなんだ?だったら先にルマーも抱いてきてよ。」

「何でそうなるんだよ?!」
だからこそフランドルの血を引く彼女はそう告げたのだ。この戦いに負けたくない。その一心からまずは全員を同じ土俵に上げるべきだというのが筋肉で出来ている脳みそで導き出した答えだ。
「で、私を最後に抱かせてあげる。誰よりも私が一番だって思い知らせてあげる。」
そう告げるとやっとカズキが年下らしい表情を見せてくれたので大変満足したフランセルは更に口づけを交わすものの今夜はそれ以上進む事をしなかった。





 「あら?あらあらあら?あら~?もしかしてナイル兄さん?」
ナイルが『ネ=ウィン』に戻るにあたってもう1つ解決しておかねばならない事がある。それがナレットだ。
「あまり驚かないんだな。」
「だってネイヴン兄さんも生きていたじゃありませんか。でしたら他の兄さん達がひょっこり現れても大袈裟に驚く必要はなくって?」
久しぶりに再会した妹は報告で聞いていた通り、昔以上に掴みどころのない人物へと成長しているらしい。中を確認しながら彼女の部屋に入ったナイルは黒い鉄扇で一瞬視線を止めた後速やかに用件を伝える。

「ナレット、今後クレイス様に特別な感情を抱く事を禁ずる。いいな?」

「あらあら?それは兄として仰ってるの?それとも・・・『トリスト』の立場から仰ってるのかしら?」

「兄として、『トリスト』として、そして『ネ=ウィン』の皇太子としてだ。あの御方は既に世をまとめ上げるだけの力を有しておられる。そこに余計な負担をかけるな。今はとても大切な時期なのだ。」
「まぁ。私のお気持ちを負担扱いだなんて。ナイル兄さんは変わりませんね。」
ナルサスと違って相手が年上の兄だからだろう。可愛く拗ねる姿を存分に見せてくるがナイルも世界の平和と均衡の為にここで気を抜く訳にはいかないのだ。
「そもそもお前は本気で誰かを好きになった事などないだろう?」
ところが椅子に腰かけながら用意された『ネ=ウィン』のお茶を久しぶりに流し込むと言った傍から懐かしさで心が緩みそうになる。やはり故郷というのは特別という事か。
「まぁまぁ!本当にナイル兄さんは昔と変わらず遠慮がありませんね。言っておきますけどクレイス様への気持ちは本物ですからね?」
「・・・とてもそうは思えんがな。」
ここでイルフォシアや他の面々の名前を出しても妬みの燃料にしかならないだろう。ナイルは軽い忠告だけに留めると今度はもう1つの懸念を話し始めた。

「ナレット、いい加減黒威の鉄扇を手放さないか?それがどういった代物なのか、お前ならわかっているだろう?」

これも以前からずっと気になっていた事だ。未だ首魁の正体はよくわかっていないがこれを持つ者は影響力に差はあれど必ずその性格に歪みが生じるのだ。
元々歪みのあるナレットがこれをかなり長い期間保持する事で一体どれほどの影響を生み出しているのか、それは本人にすらわかっていないだろう。
「あら?戦闘国家の皇族として戦う力は必要でしょ?」
「鍛錬を積み重ねて得た力ならな。お前の持つそれは色んな意味で許容出来るものではない。このまま手放す意思を見せないのならヴァッツ様に頼んで無力化してもらうぞ?」
ごねると思っていたのでここは遠慮なく最終手段である大将軍の名を出す。出来れば自主的な行動を期待したいが曲者の妹は自分に似て切り替えが早く、底を見せない。

「・・・でしたら私を護って頂けるような殿方と結ばれたいですわ。この世で誰よりも強く、優しく、『ネ=ウィン』の王女を娶るにふさわしい身分の御方と。そうすればこの力も必要ないでしょう?」

「・・・・・そうだな。では今度私が見繕ってやろう。」
国家として考えるのであれば候補はいくつか上がるも鉄扇の放棄を納得させる程の強さを持つ男といえばかなり絞られてしまう。
ナイルも無理矢理取り上げるのは憚られる為何とか他国に妹が気に入ってくれるような王族がいないかと脳内の引き出しを慌ただしく漁るもその日は答えが出ないまま部屋を後にするのだった。







『ネ=ウィン』が多少のごたごたを得て生まれ変わろうとしていた頃、己の不甲斐なさから自己嫌悪に陥っていた女王は名誉挽回を計るべく行動を進めていた。

「ようこそフロウ様、いきなりお呼び立てして申し訳ありません。」 

「うむ。非常識にも程があるぞ。」

悪魔族の王フロウを女王イェ=イレィ自らが出迎えるという事で『モ=カ=ダス』の衛兵達も緊張の面持ちでその日を迎えたのだが相手は人間ではないのだ。
開口一番、建前に本音で突き返されると周囲も声を殺して唖然としていたがそれは女王本人が一番よく分かっていた。故に眉を若干顰めて眉間に僅かな青筋を立てる程度に抑えると2人は早速会談の席に移動する。
「以前は『トリスト』が関係していたので助力に参上したがお前は元神だろう?何故悪魔である我らをそう易々と頼って来るのだ?」
「へぇ?神と悪魔が相反する関係だなんて古臭い価値観を未だに信じてるの?それに私は自分を勘違いしていただけ。本当に神と呼べるのはこの世にただ一人、ヴァッツ様だけよ。」
室内には書記官も控えているが悪魔に遠慮する理由は無い。イェ=イレィも歯に衣着せぬ言葉で持論を押し売りすると狼顔のフロウも人間に分かりやすい表情を浮かべる。
「・・・それで、要件というのは何だ?」
「はい。実は悪魔族の諜報能力を貸して頂きたいのです。見返りとしてこちらが雇う悪魔族を増員します。」
「ほう?面白そうな話だ。詳しく聞こうか。」
よかった。彼らの要求が悪感情しか思い浮かばなかったのでここがすんなり通ったのはイェ=イレィにとって山場を越えたに等しい。

「実はナハトールが反旗を翻した時、身の丈にそぐわない力を黒い長剣によって得ていました。そしてそれを作り出したのが『七神』という組織の一員だそうです。」

「ふむ・・・」
「あの時私は不覚にも戦いに敗れ、ヴァッツ様の信頼を失う羽目になってしまいました。この雪辱を果たす意味も含めてそれらを一掃しようと考えています。」
「ふむふむ。なるほどなるほど。」
そうなのだ。今のイェ=イレィは多少の力を保有しているもののこれは国を治める為にヴァッツから貸与されたもので他の用途で使う許可は頂いていない。
自ら世界を飛び回って探索などすれば再び信頼を失いかねないし、かといって手駒である国民の力だけでは限界を感じていたのだ。
そこで広範囲に移動が可能な彼らの力を借りて何としてでも『七神』とやらの所在を突き止め、ぶっ叩こうというのがイェ=イレィの導き出した答えだった。





 「確かに我が同族を使えば短期間で調べ上げられる、かもしれんが・・・先に見返りの増員をどう扱うのか説明してくれるか?」

フロウの回答にやや心許ない部分を感じるもこれは取引だ。イェ=イレィもアンババを呼び出すと早速新たな悪魔族の活用方法を語り始める。
「現在我が国で目立つ犯罪はほぼ発生しません。ですので最近は執行人ではなく水面下で行われている世に出にくい犯罪を取り締まる方向で動いてもらっています。」
「ほう?つまり警らという事か。しかしそれで悪感情を得られるのか?」
「そこは問題ありません。というのも人間は人の目が届かなければいくらでも堕ちていく生物なのです。よろしければフロウ様もご一緒に参加されますか?」
恐らく何もわかっていないフロウは小首を傾げるも同族の配下であるアンババが自信をもって頷いている姿から興味が生まれたのだろう。
早速3人は素性がばれないよう顔や体を隠す衣装に身を包むと『モ=カ=ダス』の城下に足を運ぶ。そして大きな屋敷が立ち並ぶ場所に入ると流石は王、すぐにその臭いを嗅ぎつけたらしい。

「む?妙にいい香りがするな。これは・・・?」

「この国では金と権力を持つ人間が己の欲望を満たす為に裏で様々な催しを開いています。」
後は直接見聞してもらった方が早い。イェ=イレィはアンババに最も悪感情が渦巻いている建物へ案内するよう命じると3人は吸い込まれるように中へ入った。

その中では貴族と呼ばれる男達が一人の少女を激しく凌辱している。

常識ある者からすれば非難しながら顔を背けるかもしれないがこれは権力を持った人間がよく陥る事なのだ。
実力に見合わない力は手に余るが故にそれを誇示したくて、確かめたくて絶対的な弱者を使って試す。すると大きな愉悦と快楽が生まれる。己の身分という立ち位置を実感出来るのだ。
ところが虐げられる側は堪ったものではない。まさに慰み者、犯されても傷つけられても抵抗を許されず成すがままである。そんな歪すぎる状況に悪魔族が介入するとどうなるか。

「随分と楽しそうだな。」

「「えっ?!」」
「「ひぇっ?!」」
人知れず忍び込んだ3人だったが深く被った帽子と衣類を脱いだのはアンババだけである。というのも彼こそがこの狩りの主役だからだ。
イェ=イレィとフロウはあくまで視察に過ぎない。彼はいつも通り大きすぎる殺意を放つと半裸や全裸の貴族たちはか細い悲鳴を上げて気を失ったり失ったふりをしてその場に倒れ込む。
後は玩具のような扱いを受けていた少女を担いで速やかに屋敷を抜けると人気のない場所に放置して任務は完了という訳だ。

「なるほど。面白い方法だ。」

一見すると少女を助けただけに過ぎないがアンババは悪魔族の姿をしっかり晒して相手に目一杯の恐怖を植え付けている。
こうする事で貴族達も自らの行いが悪魔に、イェ=イレィに目を付けられたと勘違いしてくれるのだ。それを女王に確認するのは自らの無体を自白するに等しく、こちらが無反応を貫き通す事で彼らの心の中には大きすぎる疑心暗鬼が付きまとう。
後は残った恐怖の感情が悪魔族に向かい、懲りた貴族は自身を省みる道を選ぶが愚者は再犯する事で何度でもアンババが恐怖を植え付けに行く。
ちなみに悪魔に攫われた少女は基本的にもう二度と凌辱の対象には見られなくなる事からこの方法には様々な効果が得られるのだ。
「本当ならこういった愚者は始末したいんですけどね。あまり粛清に走るのもヴァッツ様が喜ばれるとは思えないので利用しているのです。これなら悪魔族にも利があるでしょう?」
他に理由があるとすれば自身が治める国にこういった馬鹿が一定数存在する事を知られたくないのもある。つまりイェ=イレィも彼らと同じで何とか表沙汰にならないよう水面下での矯正、排除を模索している訳だ。

そういう意味では彼女も愚者なのかもしれないが偉大な存在を妄信し過ぎてる故に仕方がないのだろう。

「いいだろう。ではアンババと同じように器用な悪魔を用意してやる。ただ・・・私も時々参加してもいいか?」

「・・・もちろん。」
本当は呆れたと口走りたかったがここで相手の心証を悪くしても何も良い事は無い。イェ=イレィとフロウは速やかに交渉を成立させると再び王城へ戻り、今後の展開について話し合うのだった。





 神族の野望など知る由もなく、『七神』の中でも社交的な2人は『カーラル大陸』の北にある孤島で静かに暮らしていた。
正確には目的を見失ってしまい抜け殻のように日々を送っているだけなのだがそれでも悠久の時を共にしてきた仲間が定期的に訪れてくれるのだ。
「お~い。食料を持ってきたぞ~。」
その体を乗っ取って既に5年近く経つア=レイが相変わらず緊張感のない声を掛けてくれるとアジューズは嬉しそうに、フェレーヴァは力なく笑みを浮かべて歓迎する。
「いつもすまんのぅ。しかし大実業家という身分は悪くないな。わしらは今まで力に任せて世界の均衡を保とうとしていたがもしかするとア=レイの方法が一番効率が良いのかもしれん。」
最近では悪魔が作ったという酒をアジューズが大層気に入ったらしく、ご機嫌で古屋敷の食卓へ招き入れると早速宴の準備に取り掛かった。



「商人ごっこは順調そうだな。」
3人が分担して料理を作り上げるとまずは乾杯、そしてア=レイから世界の情勢を聞くのが通例となっている。
「ふっふっふ。今では国に近い規模を範疇に収めて・・・収めているのかな?ガゼルに頼まれて『ジグラト』を復興はしたものの統治はネヴラティークに任せてるからな・・・事業も有能な配下に任せているので正直あまり実感はないよ。」
そう考えるとダクリバンはよくやっていたと思う。人間とは年の取り方が違うというのに何千年も『モクトウ』の王に君臨していたのだから。
ふと旧友の姿を思い浮かべるとヴァッツから受けた傷が疼いたのか、双眸に僅かな涙が浮かぶとフェレーヴァも悪魔が作った酒をくいっと飲み干した。今日は折角仲間が集まったのだから湿っぽいのは無しだ。
「ところでセイドは元気にやっとるのか?」
「ああ。私も詳しい事はわからないが今でも黒威を作っては人間に与えているはずだ。しかし相変わらずここには姿を見せないのか?」
ア=レイも美味そうな肉を味わいつつ尋ねるがこちらの反応はいつも一緒だった。
「あいつは『七神』が半壊して以来全く音沙汰がない。こうやって君から話を聞かないと何もわからない状態だ。」
「そうか・・・よし、今度会ったら必ずここに顔を出すよう釘を刺しておこう。」
「お互い己の興味を優先させてきた者同士、お主の言う事なら聞くかもしれんな。ふぉっふぉっふぉ。」
アジューズは自分達より2000年は長生きしている為達観の域が違うのだろう。『七神』という組織に絶大な信頼と楽観を預けているのが見て取れる。

自身もいつかヴァッツから受けた傷が完治すれば彼のようになれるだろうか。

未だに殴られた後が腫れたままのフェレーヴァはすぐ感傷に浸りそうな自分を修正しながら弾む会話を楽しもうとしていると今日は珍しくア=レイが真面目な話を切り出した。
「そういえば今我々は『モ=カ=ダス』の女王に狙われているそうだ。君達も十分気を付けてくれよ。」
「ほう?『モ=カ=ダス』といえば突然この世界に現れた別世界の国だと聞いていたが・・・はて?縁もゆかりもない彼らに恨まれるような事をしたかの?」
これにはアジューズと同じように小首を傾げるしかなかったが人間社会に深く、広く溶け込んでいるア=レイはその理由もしっかり調べ上げていたらしい。
「うむ。そこでさっきのセイドが出てくる訳だが、どうも彼の作った黒威の長剣によって負傷した事をかなり根に持っているようでな。『七神』全員を吊るし上げる事で自己満足とヴァッツの寵愛を得ようという魂胆らしい。」
それを聞いた2人は顔を見合わせるとお互いの表情がおかしいのもあってか、少しして大いに笑いだした。

「とんでもない奴だな。色恋沙汰に溺れて盲目になる現象は知っているが流石に度が過ぎるぞ。なぁアジューズ?」

「うむ!しかし香ばしい奴じゃ!そんな話を聞かされると再び人間社会へ潜り込みたくなるわい!」

「おいおい。私は真剣に忠告しているんだ。今この世界には以前とは全く別の存在が多数紛れ込んでいる。確かに君達は人間より強いかもしれんが他種族と比べるとどうだ?」

いつも飄々としたア=レイがかなり真剣な雰囲気を漂わせている事からその本気度も窺える。2人は三度顔を見合わせて少し落ち着きを取り戻すと話の続きに言及した。
「だから自衛の為にセイドの黒威を利用してみてはと思ったんだがどうだろう?」
「む?しかしあれは人間にしか反応しないのではないか?」
不思議な提案にフェレーヴァも小首を傾げて口を挟むがセイドの鍛冶能力も格段に上がっているので『天人族』や『魔人族』にも適合する物が作れないかという事らしい。
「ま、用心も本心だがあいつに顔を出させる口実でもある。どうだい?」
「ははは。実にア=レイらしいな。いいだろう。それじゃ私達も少しずつ活動を再開してみるか。」
「・・・であればお主が一番最初に作ってもらえ。でないと戦う力が弱すぎてわしらが不安なんじゃ。」
それは妙案だ。反対する理由のないフェレーヴァも再び酒を喉に落として力強く頷くも戦う力をほとんど持ち合わせていない本人は苦笑しながら首を横に振る。

「気を使ってくれるのはとても有難いが私は遠慮しておくよ。そもそも戦いたくないという気持ちが根底にあるんだ。すまないね。」

自身を強く持つ彼は一度言い出すとほぼ意見は曲げない。であればここで無益な押し問答をするより確認する程度に留めておこう。
「・・・しかしお前の正体がバレないとも限らない。もし窮地に陥った時はどうするつもりだ?」
「その時は全力で逃げるか戦うまでさ。この拳と足を使ってね。」
フェレーヴァの素朴な疑問にアジューズも頷きながらア=レイの様子を見守ると如何にも彼らしい答えが返って来たので3人は大いに笑い合って酒食を楽しむのだった。





 世界が大きすぎる渦を巻いて変遷を見せる頃、『ビ=ダータ』でもガビアムが今後の展開について頭を悩ませていた。

それは『リングストン』と新生『ジグラト』に起因する。

先祖代々の土地と国を再興する為に『トリスト』や『リングストン』の息子達と手を組み大王ネヴラディンを排除したのが4年前だ。
その時ネヴラティークやフォビア=ボウと友好な関係を築いたのだがまさかその2人に確執が生まれるとは。いや、偉大過ぎる大王という共通の敵がいなくなった時から方向性の食い違いは生じていたのだろう。
「ガビアム様、最近随分悩んでますね。俺でよければいつでも力になりますよ?」
「・・・ありがとうボトヴィ殿。しかしこれは対人関係の話なのです。また戦う力が必要になった時はお願いします。」
別世界からやってきた彼らですら仲違いのような形になっているようだが王族間、国家間となると問題は余計にややこしく、そして影響力が大きい。今のところ衝突は見せていないもののガビアムの元には既に何通もの書簡が今後の展開についてと友好同盟の打診を求めてきているのだ。

(・・・う~~~む。出来れば深く肩入れするのは避けたい所だが・・・)

他国のお家騒動に首を突っ込んでもろくな事が起こらないのは過去の歴史が星の数ほど物語っている。領土拡張も見込めないのなら猶更余計な禍根は残したくない。
中立という立場を維持するガビアムに出来る事といえば互いを宥めて仲介するくらいだがタガが外れればどちらかが朽ちるまで争いそうだ。
(・・・やはり『トリスト』に任せるしかないのか?いや、元をただせばここまでこじれたのが『トリスト』のせいだ。これを何とか利用出来ないものか。)
先の戦いで大実業家ナジュナメジナがネヴラティークを部隊ごと移民として受け入れた奇策は他国に様々な疑惑を生んだ。いくら有り余る金や強国の後ろ盾があるとはいえこれ程非人道的な行いが許されるのだろうかと。
もちろん兄弟の確執という事前知識があれば兄が亡命兼新天地で己の勢力を構えるという考えに至るのも理解は出来る。しかし彼は最大勢力を誇る『リングストン』の王族なのだ。
それが国民を、領土を捨ててまで弟に対抗するというのは誇りや歴史を軽視していると受け取られても仕方がないだろう。

そう考えるとやはりこれは好機でもあるのだ。自国が、自身が世界に存在感を示す絶好の。

「・・・そういえば彼は良く毒を使うのだったな。」
相手が『リングストン』故に版図を削られたのも致し方なしと諦めていたがここは一歩踏み込んでもいいのかもしれない。ナジュナメジナが『ボラムス』に接するように彼らもより多くの資産を求めて動いてくれるはずだ。
人知れず覚悟を決めたガビアムは決意が揺らぐ前に支度を済ますと早速『ビ=ダータ』の要する猛毒、大実業家の元へ向かうのだった。







この話はハイディンにとっても商機であったが如何せん己の手を汚さずに生きてきた彼にはそれ以上に危険な予感を覚える。
「今なら彼の地を手に入れられる可能性は十分にある。むしろ今を置いて他にはあるまい。どうだろう?事業と国家繁栄の為に力を貸しては頂けないだろうか?」
「・・・とても貴重なお話を聞かせて頂き誠に痛み入ります。ですが『リングストン』を相手にするとなると些か懸念が残りますね。」
確かにネヴラティークが抜けた『リングストン』にはかなりの動揺が見られるが少し前にナジュナメジナが赴いたという事実が脳裏から離れないのだ。
奴の邪魔が出来るのであればここで介入する選択も悪くないが同時に『ボラムス』に所属してから周囲の信頼も厚く、『ジグラト』を復旧させたりそこに大量の移民を受け入れた手腕は侮れない。
旅立つ前に釘を刺してきたのを言い訳にするつもりはないが今の『リングストン』に手を出すのはどう考えても不気味な不安要素が多すぎる。

「・・・・・でしたら是非ブラシャムにも協力してもらいましょう。彼は今ナジュナメジナを非常に目の敵にしておりますので恐らく私以上に協力を惜しまないかと。」

だから彼は己の尻尾を推薦したのだ。いざとなれば全ての責任を押し付けて切り捨てられるように、自身の身が危険に晒されないように。
「・・・彼は信用出来るのか?口が堅いかどうかも重要なのだが。」
「そこはご心配なく。5大実業家は全員が義理も口も堅い者ばかりです。」
上手くいけば己の取り分を増やす事も念頭にハイディンが断言すると国王も納得したのか、深く頷いて密会は静かに幕を下ろすのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品