闇を統べる者
若人の未来 -世界の行く末は-
黒い竜に関しては親子だけでは将来絶滅してしまうので種の保存の為、彼らの世界から他にも温和な性格の同族を何十頭か連れていくという提案でまとまるがここまで全てショウの思惑通りだったらしい。
もはや呆れるのも馬鹿らしかったがもし彼らを馬のように駆れたら空を飛ぶ才能のない者達にとっても大変有難い存在となるだろう。
そう考えると今後最もお世話になるのは自分かもしれない。共闘する事で『ハルタカ』と渡り合えた恩を十分に感じなから親竜を優しく撫でていると帰国前の報告についての話し合いが始まった。
「それじゃオレが気立てのよさげな子を探してくるよ。」
ヴァッツはこの世界にほとんど関与していなかった為先に黒い竜とその同族を連れて帰る事となり、お世話になった三都市には各々が出向くことになる。
空を飛べないカズキは最も近い『ディニヤ』を任されたのだがここには悪い印象しかない為正直全く気乗りがしない。視察した2人の話だと皆正気を取り戻しているようだが果たして信じていいものか。
「・・・長居はしたくないんだ。ヴァッツ、黒い竜達の移住が終わったら真っ先に俺の所に来てくれよ?」
こうして4人は散り散りに行動を開始するとカズキは心を引き締め直して地下都市への入り口を潜る。そして嫌な記憶を押し殺しながら広場まで歩くと確かに昨日までと雰囲気が違っていた。
周囲からは確かな困惑を読み取れるのは邪教徒に洗脳されていた時の記憶がしっかり残っている弊害だろう。だが部外者であるカズキの事も浅い付き合いながら認知してくれていたお蔭で必要以上に怪しまれる事は無さそうだ。
念の為警戒を怠らずに見慣れた大広場までやってくるとそこで司祭としての力を失った普通の少女が白い目を向けながらこちらに歩いてくる。
「か弱い少女をほったらかしてどこ行ってたの?」
「・・・か弱い少女は邪教の司祭になんか選ばれねぇと思うけどな。」
どうも自分は彼女のような人物が苦手らしい。あの時迷わず斬り伏せていれば洗脳などされなかっただろうにと後悔から視線を逸らすもついでに本題も告げる。
「『ハルタカ』は俺らが殺した。もう身体がタコ足になる事も洗脳される事もないだろうよ。」
報告は終わったので後はさっさと『トリスト』に帰って一休みしたい。特に食事だ。この世界に来てから腹を満たす為の行為となり下がっていたので出来れば素材の味がしっかりした物をたらふく頂きたいものだ。
全てを終えた安堵で完全に気を緩めていたカズキとは裏腹に『ハルタカ』消滅の報せを聞いたタシンは目を丸くしてしばらく固まっていたが我に返ると周囲を気にしながらこちらの腕を掴んで建物の中に入っていく。
それから宛がわれていた部屋に連れ込まれると真剣な様子で戦いの詳細を尋ねてきた。
「・・・って感じだ。地表を滅ぼしたのも止まない砂嵐も全部あいつが原因だったんだよ。」
やはり自身の体を異形へと変化させられたり洗脳されたりしていた怨恨は大きいのだろう。こちらも出来るだけ感情を抑えてわかりやすく説明すると彼女も納得したのか小さなため息をついた。
「そう。やっぱり『ハルタカ』様は・・・」
「・・・様?!」
あんな異形を未だ敬称を付けて呼ぶとは。まだ洗脳が解けていないのか?おかしな雰囲気を察したカズキは静かに闘志を練り上げるがタシンにも思うところがあったらしい。
「・・・世界と生活が崩壊した私達には救い主だったのよ。君は部外者だしわからないかもしれないけど。」
「・・・・・聞かせてみろよ。俺が納得するようにな。」
僅かな警戒だけは怠らずに今度は彼女とこの世界、地上が崩壊してからの『ディニヤ』について聞いていくと『ソリエド』を思い出した。
あそこでは保守派と穏健派が対立こそしていたもののお互いが各々の社会を形成して人間らしい生活を築いていたのだ。ところがこの街では大した指導者もおらず地下生活が始まってからすぐに治安は悪化の一途を辿り、混沌とした中での生活を強いられていたという。
「・・・全てが崩壊した後だからわかるんだ。結局私達が豊かに暮らせるかどうかは人々をまとめ上げる存在に懸かっているんだって。」
「・・・・・」
これに関しては何も言葉が出てこない。実際自分達の世界は崩壊もしていないし優秀な指導者が国を導いている為そんな心配などしたこともなかったからだ。
「人間が協調性と秩序を保って生きていくには指針が必要なんだと思う。例えそれが邪教と呼ばれるものでもね。」
「・・・そんなに『ハルタカ』を心酔してるんだったらやらない方がよかったな。」
決してこの世界を思って討伐した訳ではないのだが目の前でしおらしくしている少女からそんな話を聞かされると自分の行動が避難されているようで居たたまれない気持ちになる。
「あはは。そんな顔しないの。別に君を責めてる訳じゃないんだからさ。」
そんなに表情に出ていたのだろうか。タシンが無邪気に笑いかけてきたので思わず自身の顔に手を近づけるが同時に彼女も体ごとこちらに身を寄せてくると何故かその唇が重なってしまう。
「・・・何のつもりだ?」
「え?だってあの時私を殺さないでくれたじゃない?そのお礼。」
彼女にもわかっていたのか。こちらは後悔だけが残っていたものの感謝されると悪い気はしない。気が付けば男女が体をも重ねていこうとした時。
「お待たせ!!さぁ帰ろうか!!」
危うく一線を越えかける前に友人が雰囲気ごと打ち砕いてくれたお蔭でカズキは我に返ったのだがその手をぴたりと止めはしたものの、彼女の体から離すのには相当な胆力と時間が掛かってしまった。
その頃ショウは『ソリエド』の都市長達に地上と世界の状況を報告していた。
「少なくともこの大陸を支配していた力はなくなりました。空も晴れ渡っており復興に取り掛かって頂いても差し支えは無いかと。」
「おお、流石は神話の英雄達だ。これで心置きなく地上へ凱旋出来る。なぁマーダテン。」
「・・・話を聞いてなかったのかレインス。地上から脅威は去ったもののそこには荒廃した土地しか残っていないんだ。喜んでばかりもいられんぞ。」
あれから保守派と穏健派の代表は随分仲良くなったのか、楽しそうに言葉を交わしている姿を見ると余計な心配は要らないだろう。
「では私はこれで失礼します。」
「待て待て。今回の戦いは聖典にも載っていない。よかったらどうやって倒したのか詳しく語ってはくれないか?」
といわれてもショウは傍観していた立場なので客観的な事実をつらつらと並べるくらいしか出来ない。それでも手短に抑揚のない話を終えると彼らは思った以上に満足してくれたようだ。
「ふむ・・・クレイス王と大将軍カズキが共闘すればまさに水魚の交わり、敵には憐れみすら浮かびますな。」
それにしても『トリスト教』と聖典の影響力には凄まじいものを感じる。2000年以上も前から伝わる教えの登場人物と自分達をよく同一に結び付けられるものだ。
「・・・あの、聖典に出てくる英雄が私達とは限りませんよ?」
あまりにも妄信的な彼らの言動が不可解だったショウはつい口を滑らせてしまうが執務室にいた全員がこちらに顔を向けてから各々の反応を示す。
「しかし実際地上を支配していた『ハルタカ』という邪神を退けてくれたのだろう?これを神の思し召しと考えないソリエド人はおらんよ。」
宗教とは信じる者達の心を救う事であり、奇蹟が神の存在と証明になるのであればこれ以上口を挟まない方が良いのかもしれない。
こちらも頷いた後はヴァッツが迎えに来てくれるまでの間歓談で過ごしているといつも通り、何の前触れもなく長机の影からカズキと一緒に姿を現した。
「お待たせ!さぁ後はクレイスを迎えに行くだけだね!」
「・・・あの、そちらの女性は?」
ところがカズキに抱き着くような形で見慣れない少女も姿を見せたので尋ねてみると『ディニヤ』で司祭を任されていた人物らしい。
そんな彼女の言い分はカズキを気に入った事と『ハルタカ』を討伐した責任、この世界に未来を見出せないから一緒に『トリスト』へ連れていくよう駄々をこねているという。
「まぁ既に別世界の存在が紛れ込んできていますからね。今更私がきつく反対する理由はありませんが『トリスト』への入国となると・・・」
「ほらみろ。諦めてここで余生を過ごすんだな。」
「あ、また君はそんな意地悪を言って~。私まだ19歳だからね?余生ってあと何十年残ってると思うの?」
以前カズキがあまりにも女っ気がなくてぼやいていたという噂を聞いた事はあったが誰でもいいという訳ではないらしい。男女の関係とは何と難しくて厄介なのだろう。改めてそう考えていると周囲が妙な違和感を覚えたのか『ソリエド』の面々が顔を見合わせた後再びマーダテンが代表して尋ねてくる。
「ショウ殿、時折虚空に向かって会話されているように見受けられるがカズキ殿と少女以外に誰かいるのかね?」
察しのよいショウにはすぐ理解出来たが念の為彼に虚空とやらを指差してもらうとそこにはヴァッツが不思議そうな顔で立っている。
「あれ?おじさんヴァッツ君が見えてないの?何で?」
タシンにはしっかり見えているし受け答えも出来ている事からやはり『トリスト教』が関係していると考えていい。
しかし聖典にも彼の名前どころか存在すら記されていなかったので妙な予感はしていたが何故最も強く頼りになる友人が認識されないのか。そもそも『トリスト教』や聖典は一体誰が何の為に作ったのだろうか。
流石に見当が付かないショウも一応その虚空にはヴァッツという友人がいるのだと説明してみても誰一人納得はしてくれない。むしろ幻惑か幻視かの心配をされてしまったのだからこれ以上の長居と説明は無用だろう。
「では私達はこれで失礼します。さぁ、後はクレイスを拾って帰りましょう。」
最後は挨拶もそこそこに4人が影に沈む光景はどのように映ったのだろう。答えがわからないまま『アイアンプ』の地下都市に到着するとそこは他の国から感じなかった臭いと熱気に覆われているのだった。
誰よりも飛空能力の高いクレイスは一番遠くにある一番最初に立ち寄った地下都市に到着すると軽い足取りで狭い通路を進む。
(ヘイダは喜んでくれるかな?)
予定は幾分変更されたが最終目的は地上を取り戻す事なのだから黒い竜が未討伐でも決してがっかりしたりはしない筈だ。その代わりに邪神『ハルタカ』との戦いを余す事無く語ってあげよう。
ところが地下都市へ入ると突然嫌な臭いが鼻腔を射してきたので浮ついた心は霧散する。自分の知っているものとは多少違っていたが何かが燃えている臭いで間違いないだろう。
洞窟になっているのもあってか炎が見えなくても肌から熱気を感じると彼は無意識に空を飛んで初めて都市内へ入った。
天井という地上には無い制限によって黒煙が上空を漂う中、咳き込みながら高度を調整して地下都市を見下ろすと彼の予感と現実が合致してしまったらしい。
以前訪れた時に聞いてはいたのだ。食料が限界だと。
しかし異邦人に与える余裕がないだけでしばらくは食い繋げるとばかり思っていた。まさか内乱が起こる程困窮しているとは思わなかった。
今ならわかる。ヘイダの母親がクレイス達さえ食べようとしていた行動こそが限界を示す最後の合図だったのだろう。あれを見落としてしまった時、この地下都市は崩壊する道を定められたのだ。
もし本物の黒い竜を討伐して食料を確保出来ていれば『アイアンプ』は救えただろうか。あちこちに上がる炎や時折聞こえる銃声を頼りにヘイダを探してみるがこの地下都市に関しては手掛かりも知識もないのでほぼお手上げ状態だった。
それでも選ばれし者というのは時に神懸った感性と運命に導かれるものだ。
報告どころではなくなったクレイスは更に高度を落とすと人影が建物に入っていくのが見えたので急いで接近する。それから静かに声をかけると違和感から否応なしにも警戒を強めた。
「・・・ぉゃ?・・・随分若い子だな?」
中年男性が血走った双眸で筒状の銃を殺気も闘気も向けずに構えようとしただけでも正気を失っているのは明白だ。それでも何かしらの情報を聞き出したくてまずは土の魔術で銃口の奥に栓をする。これで多少身の安全は確保出来たかと思ったのも束の間、相手は言葉を交わすより早く引き金を引いてしまう。
すると当然のように暴発した銃は手指と一緒に床へ落ちるとその上から血しぶきが、次いで力ない悲鳴がか細く鳴り響いた。
そしてそれを聞きつけた他の連中が警戒しながらこちらに近づいてくるのでクレイスは対応に迷う。戦場よりも酷い状況下では会話すら成立しないのか。
一先ず物陰に姿を隠すといくらかの銃声が響いて手を負傷した中年男性が倒れる。やはり銃というのは相当な威力を持っているらしい。これで遠距離から狙撃されればクレイスといえどひとたまりもない気がする。
そんな分析をする中、ゆっくり室内へ入って来た男に見覚えがあったのでここでも念の為と彼の銃に土の魔術を施してから静かに声をかけた。
「あの、マークスさん?」
「お。確かクレイスだったか。入国許可は出してない筈だが?」
地下都市の管理人なだけあって先程のようにいきなり引き金を引いて来る事はなさそうだが彼の様子も一週間ほど前と違い、随分危うい雰囲気だ。
「はい。地上を崩壊させた原因を排除しましたのでそのご報告に伺ったのです。エフラさんやヘイダはどこにいますか?」
本当はゆっくり話をしたかったがここは危険すぎる。せめてヘイダくらいはまだ治安が維持されている『ソリエド』辺りに避難させようかとも考えていると意外な答えが返って来た。
「ああ。あの女はとうに殺したよ。」
さも当然のように告げるマークスを見て悪寒が走ったのは本能が訴えかけているからだ。これ以上の深入りは止めておいた方が良いと。
だが母親が殺されて幼いヘイダがこんな殺伐とした都市で生きていけるとは思えない。もしかしてマークスが保護でもしているのだろうか?
「じ、じゃあヘイダに会わせて下さい。もし困窮で苦しんでいるのであれば『ソリエド』辺りに避難させてもらえれば生き延びる事は十分可能・・・」
「あの子に会いたいのか。それじゃそこの扉を開けばいい。」
よかった。管理者なだけあって幼子を手にかける程極限状態に陥っている訳ではないらしい。ならば彼や他に生き残っている市民をどこか余裕のある国に運ぶくらいは手伝ってもいいかもしれない。そう・・・彼女が無事であれば。
「・・・・・」
冷蔵庫と呼ばれる食材の保存庫にはいくつかの生首が入っていた。そしてその中の1つは恐怖と虚ろな表情を浮かべるヘイダで間違いない。
「若い肉は久しぶりだ。悪く思うなよ。」
茫然としているクレイスの背後から銃口を突きつけたマークスはそう告げた後静かに引き金を引くが警戒を怠らなかったクレイスの搦め手によりそれは再び暴発して右手を吹き飛ばす。
同時に理性も吹き飛ばしたクレイスは彼が痛みを知る前に水の魔剣を顕現すると振り向くまでもなく鮮やかに首を斬り落とした。これが唯一の慈悲だ。
一緒に連れて行けば救えたのかもしれない。憶測と後悔でしばらく動けなかったがもはやこの国の、世界の情勢に手を貸す気が完全に霧散したクレイスは目を閉じて冥福を祈る。
「ひでぇ場所だな。『アイアンプ』ってのはこんな街だったのか。」
それからすぐにカズキの声がしたので振り返るとそこには友人達が周囲を見渡しながら驚いていた。どうやら他の場所は報告を終えたらしい。
「・・・クレイス。どうされますか?」
察しの良いショウの質問には色んな意味が含まれていたのだろう。ヴァッツからはヘイダの首が見えていないのか目を丸くして小首を傾げていたのでクレイスも笑顔を返すと短く答える。
「帰ろう。」
こうして3人の別世界旅行は幕を閉じたのだが『トリスト教』とは一体何だったのか。それだけは3人の心に小骨のような違和感を残したのだがそれを知るのはもう少し先の事となる。
もはや呆れるのも馬鹿らしかったがもし彼らを馬のように駆れたら空を飛ぶ才能のない者達にとっても大変有難い存在となるだろう。
そう考えると今後最もお世話になるのは自分かもしれない。共闘する事で『ハルタカ』と渡り合えた恩を十分に感じなから親竜を優しく撫でていると帰国前の報告についての話し合いが始まった。
「それじゃオレが気立てのよさげな子を探してくるよ。」
ヴァッツはこの世界にほとんど関与していなかった為先に黒い竜とその同族を連れて帰る事となり、お世話になった三都市には各々が出向くことになる。
空を飛べないカズキは最も近い『ディニヤ』を任されたのだがここには悪い印象しかない為正直全く気乗りがしない。視察した2人の話だと皆正気を取り戻しているようだが果たして信じていいものか。
「・・・長居はしたくないんだ。ヴァッツ、黒い竜達の移住が終わったら真っ先に俺の所に来てくれよ?」
こうして4人は散り散りに行動を開始するとカズキは心を引き締め直して地下都市への入り口を潜る。そして嫌な記憶を押し殺しながら広場まで歩くと確かに昨日までと雰囲気が違っていた。
周囲からは確かな困惑を読み取れるのは邪教徒に洗脳されていた時の記憶がしっかり残っている弊害だろう。だが部外者であるカズキの事も浅い付き合いながら認知してくれていたお蔭で必要以上に怪しまれる事は無さそうだ。
念の為警戒を怠らずに見慣れた大広場までやってくるとそこで司祭としての力を失った普通の少女が白い目を向けながらこちらに歩いてくる。
「か弱い少女をほったらかしてどこ行ってたの?」
「・・・か弱い少女は邪教の司祭になんか選ばれねぇと思うけどな。」
どうも自分は彼女のような人物が苦手らしい。あの時迷わず斬り伏せていれば洗脳などされなかっただろうにと後悔から視線を逸らすもついでに本題も告げる。
「『ハルタカ』は俺らが殺した。もう身体がタコ足になる事も洗脳される事もないだろうよ。」
報告は終わったので後はさっさと『トリスト』に帰って一休みしたい。特に食事だ。この世界に来てから腹を満たす為の行為となり下がっていたので出来れば素材の味がしっかりした物をたらふく頂きたいものだ。
全てを終えた安堵で完全に気を緩めていたカズキとは裏腹に『ハルタカ』消滅の報せを聞いたタシンは目を丸くしてしばらく固まっていたが我に返ると周囲を気にしながらこちらの腕を掴んで建物の中に入っていく。
それから宛がわれていた部屋に連れ込まれると真剣な様子で戦いの詳細を尋ねてきた。
「・・・って感じだ。地表を滅ぼしたのも止まない砂嵐も全部あいつが原因だったんだよ。」
やはり自身の体を異形へと変化させられたり洗脳されたりしていた怨恨は大きいのだろう。こちらも出来るだけ感情を抑えてわかりやすく説明すると彼女も納得したのか小さなため息をついた。
「そう。やっぱり『ハルタカ』様は・・・」
「・・・様?!」
あんな異形を未だ敬称を付けて呼ぶとは。まだ洗脳が解けていないのか?おかしな雰囲気を察したカズキは静かに闘志を練り上げるがタシンにも思うところがあったらしい。
「・・・世界と生活が崩壊した私達には救い主だったのよ。君は部外者だしわからないかもしれないけど。」
「・・・・・聞かせてみろよ。俺が納得するようにな。」
僅かな警戒だけは怠らずに今度は彼女とこの世界、地上が崩壊してからの『ディニヤ』について聞いていくと『ソリエド』を思い出した。
あそこでは保守派と穏健派が対立こそしていたもののお互いが各々の社会を形成して人間らしい生活を築いていたのだ。ところがこの街では大した指導者もおらず地下生活が始まってからすぐに治安は悪化の一途を辿り、混沌とした中での生活を強いられていたという。
「・・・全てが崩壊した後だからわかるんだ。結局私達が豊かに暮らせるかどうかは人々をまとめ上げる存在に懸かっているんだって。」
「・・・・・」
これに関しては何も言葉が出てこない。実際自分達の世界は崩壊もしていないし優秀な指導者が国を導いている為そんな心配などしたこともなかったからだ。
「人間が協調性と秩序を保って生きていくには指針が必要なんだと思う。例えそれが邪教と呼ばれるものでもね。」
「・・・そんなに『ハルタカ』を心酔してるんだったらやらない方がよかったな。」
決してこの世界を思って討伐した訳ではないのだが目の前でしおらしくしている少女からそんな話を聞かされると自分の行動が避難されているようで居たたまれない気持ちになる。
「あはは。そんな顔しないの。別に君を責めてる訳じゃないんだからさ。」
そんなに表情に出ていたのだろうか。タシンが無邪気に笑いかけてきたので思わず自身の顔に手を近づけるが同時に彼女も体ごとこちらに身を寄せてくると何故かその唇が重なってしまう。
「・・・何のつもりだ?」
「え?だってあの時私を殺さないでくれたじゃない?そのお礼。」
彼女にもわかっていたのか。こちらは後悔だけが残っていたものの感謝されると悪い気はしない。気が付けば男女が体をも重ねていこうとした時。
「お待たせ!!さぁ帰ろうか!!」
危うく一線を越えかける前に友人が雰囲気ごと打ち砕いてくれたお蔭でカズキは我に返ったのだがその手をぴたりと止めはしたものの、彼女の体から離すのには相当な胆力と時間が掛かってしまった。
その頃ショウは『ソリエド』の都市長達に地上と世界の状況を報告していた。
「少なくともこの大陸を支配していた力はなくなりました。空も晴れ渡っており復興に取り掛かって頂いても差し支えは無いかと。」
「おお、流石は神話の英雄達だ。これで心置きなく地上へ凱旋出来る。なぁマーダテン。」
「・・・話を聞いてなかったのかレインス。地上から脅威は去ったもののそこには荒廃した土地しか残っていないんだ。喜んでばかりもいられんぞ。」
あれから保守派と穏健派の代表は随分仲良くなったのか、楽しそうに言葉を交わしている姿を見ると余計な心配は要らないだろう。
「では私はこれで失礼します。」
「待て待て。今回の戦いは聖典にも載っていない。よかったらどうやって倒したのか詳しく語ってはくれないか?」
といわれてもショウは傍観していた立場なので客観的な事実をつらつらと並べるくらいしか出来ない。それでも手短に抑揚のない話を終えると彼らは思った以上に満足してくれたようだ。
「ふむ・・・クレイス王と大将軍カズキが共闘すればまさに水魚の交わり、敵には憐れみすら浮かびますな。」
それにしても『トリスト教』と聖典の影響力には凄まじいものを感じる。2000年以上も前から伝わる教えの登場人物と自分達をよく同一に結び付けられるものだ。
「・・・あの、聖典に出てくる英雄が私達とは限りませんよ?」
あまりにも妄信的な彼らの言動が不可解だったショウはつい口を滑らせてしまうが執務室にいた全員がこちらに顔を向けてから各々の反応を示す。
「しかし実際地上を支配していた『ハルタカ』という邪神を退けてくれたのだろう?これを神の思し召しと考えないソリエド人はおらんよ。」
宗教とは信じる者達の心を救う事であり、奇蹟が神の存在と証明になるのであればこれ以上口を挟まない方が良いのかもしれない。
こちらも頷いた後はヴァッツが迎えに来てくれるまでの間歓談で過ごしているといつも通り、何の前触れもなく長机の影からカズキと一緒に姿を現した。
「お待たせ!さぁ後はクレイスを迎えに行くだけだね!」
「・・・あの、そちらの女性は?」
ところがカズキに抱き着くような形で見慣れない少女も姿を見せたので尋ねてみると『ディニヤ』で司祭を任されていた人物らしい。
そんな彼女の言い分はカズキを気に入った事と『ハルタカ』を討伐した責任、この世界に未来を見出せないから一緒に『トリスト』へ連れていくよう駄々をこねているという。
「まぁ既に別世界の存在が紛れ込んできていますからね。今更私がきつく反対する理由はありませんが『トリスト』への入国となると・・・」
「ほらみろ。諦めてここで余生を過ごすんだな。」
「あ、また君はそんな意地悪を言って~。私まだ19歳だからね?余生ってあと何十年残ってると思うの?」
以前カズキがあまりにも女っ気がなくてぼやいていたという噂を聞いた事はあったが誰でもいいという訳ではないらしい。男女の関係とは何と難しくて厄介なのだろう。改めてそう考えていると周囲が妙な違和感を覚えたのか『ソリエド』の面々が顔を見合わせた後再びマーダテンが代表して尋ねてくる。
「ショウ殿、時折虚空に向かって会話されているように見受けられるがカズキ殿と少女以外に誰かいるのかね?」
察しのよいショウにはすぐ理解出来たが念の為彼に虚空とやらを指差してもらうとそこにはヴァッツが不思議そうな顔で立っている。
「あれ?おじさんヴァッツ君が見えてないの?何で?」
タシンにはしっかり見えているし受け答えも出来ている事からやはり『トリスト教』が関係していると考えていい。
しかし聖典にも彼の名前どころか存在すら記されていなかったので妙な予感はしていたが何故最も強く頼りになる友人が認識されないのか。そもそも『トリスト教』や聖典は一体誰が何の為に作ったのだろうか。
流石に見当が付かないショウも一応その虚空にはヴァッツという友人がいるのだと説明してみても誰一人納得はしてくれない。むしろ幻惑か幻視かの心配をされてしまったのだからこれ以上の長居と説明は無用だろう。
「では私達はこれで失礼します。さぁ、後はクレイスを拾って帰りましょう。」
最後は挨拶もそこそこに4人が影に沈む光景はどのように映ったのだろう。答えがわからないまま『アイアンプ』の地下都市に到着するとそこは他の国から感じなかった臭いと熱気に覆われているのだった。
誰よりも飛空能力の高いクレイスは一番遠くにある一番最初に立ち寄った地下都市に到着すると軽い足取りで狭い通路を進む。
(ヘイダは喜んでくれるかな?)
予定は幾分変更されたが最終目的は地上を取り戻す事なのだから黒い竜が未討伐でも決してがっかりしたりはしない筈だ。その代わりに邪神『ハルタカ』との戦いを余す事無く語ってあげよう。
ところが地下都市へ入ると突然嫌な臭いが鼻腔を射してきたので浮ついた心は霧散する。自分の知っているものとは多少違っていたが何かが燃えている臭いで間違いないだろう。
洞窟になっているのもあってか炎が見えなくても肌から熱気を感じると彼は無意識に空を飛んで初めて都市内へ入った。
天井という地上には無い制限によって黒煙が上空を漂う中、咳き込みながら高度を調整して地下都市を見下ろすと彼の予感と現実が合致してしまったらしい。
以前訪れた時に聞いてはいたのだ。食料が限界だと。
しかし異邦人に与える余裕がないだけでしばらくは食い繋げるとばかり思っていた。まさか内乱が起こる程困窮しているとは思わなかった。
今ならわかる。ヘイダの母親がクレイス達さえ食べようとしていた行動こそが限界を示す最後の合図だったのだろう。あれを見落としてしまった時、この地下都市は崩壊する道を定められたのだ。
もし本物の黒い竜を討伐して食料を確保出来ていれば『アイアンプ』は救えただろうか。あちこちに上がる炎や時折聞こえる銃声を頼りにヘイダを探してみるがこの地下都市に関しては手掛かりも知識もないのでほぼお手上げ状態だった。
それでも選ばれし者というのは時に神懸った感性と運命に導かれるものだ。
報告どころではなくなったクレイスは更に高度を落とすと人影が建物に入っていくのが見えたので急いで接近する。それから静かに声をかけると違和感から否応なしにも警戒を強めた。
「・・・ぉゃ?・・・随分若い子だな?」
中年男性が血走った双眸で筒状の銃を殺気も闘気も向けずに構えようとしただけでも正気を失っているのは明白だ。それでも何かしらの情報を聞き出したくてまずは土の魔術で銃口の奥に栓をする。これで多少身の安全は確保出来たかと思ったのも束の間、相手は言葉を交わすより早く引き金を引いてしまう。
すると当然のように暴発した銃は手指と一緒に床へ落ちるとその上から血しぶきが、次いで力ない悲鳴がか細く鳴り響いた。
そしてそれを聞きつけた他の連中が警戒しながらこちらに近づいてくるのでクレイスは対応に迷う。戦場よりも酷い状況下では会話すら成立しないのか。
一先ず物陰に姿を隠すといくらかの銃声が響いて手を負傷した中年男性が倒れる。やはり銃というのは相当な威力を持っているらしい。これで遠距離から狙撃されればクレイスといえどひとたまりもない気がする。
そんな分析をする中、ゆっくり室内へ入って来た男に見覚えがあったのでここでも念の為と彼の銃に土の魔術を施してから静かに声をかけた。
「あの、マークスさん?」
「お。確かクレイスだったか。入国許可は出してない筈だが?」
地下都市の管理人なだけあって先程のようにいきなり引き金を引いて来る事はなさそうだが彼の様子も一週間ほど前と違い、随分危うい雰囲気だ。
「はい。地上を崩壊させた原因を排除しましたのでそのご報告に伺ったのです。エフラさんやヘイダはどこにいますか?」
本当はゆっくり話をしたかったがここは危険すぎる。せめてヘイダくらいはまだ治安が維持されている『ソリエド』辺りに避難させようかとも考えていると意外な答えが返って来た。
「ああ。あの女はとうに殺したよ。」
さも当然のように告げるマークスを見て悪寒が走ったのは本能が訴えかけているからだ。これ以上の深入りは止めておいた方が良いと。
だが母親が殺されて幼いヘイダがこんな殺伐とした都市で生きていけるとは思えない。もしかしてマークスが保護でもしているのだろうか?
「じ、じゃあヘイダに会わせて下さい。もし困窮で苦しんでいるのであれば『ソリエド』辺りに避難させてもらえれば生き延びる事は十分可能・・・」
「あの子に会いたいのか。それじゃそこの扉を開けばいい。」
よかった。管理者なだけあって幼子を手にかける程極限状態に陥っている訳ではないらしい。ならば彼や他に生き残っている市民をどこか余裕のある国に運ぶくらいは手伝ってもいいかもしれない。そう・・・彼女が無事であれば。
「・・・・・」
冷蔵庫と呼ばれる食材の保存庫にはいくつかの生首が入っていた。そしてその中の1つは恐怖と虚ろな表情を浮かべるヘイダで間違いない。
「若い肉は久しぶりだ。悪く思うなよ。」
茫然としているクレイスの背後から銃口を突きつけたマークスはそう告げた後静かに引き金を引くが警戒を怠らなかったクレイスの搦め手によりそれは再び暴発して右手を吹き飛ばす。
同時に理性も吹き飛ばしたクレイスは彼が痛みを知る前に水の魔剣を顕現すると振り向くまでもなく鮮やかに首を斬り落とした。これが唯一の慈悲だ。
一緒に連れて行けば救えたのかもしれない。憶測と後悔でしばらく動けなかったがもはやこの国の、世界の情勢に手を貸す気が完全に霧散したクレイスは目を閉じて冥福を祈る。
「ひでぇ場所だな。『アイアンプ』ってのはこんな街だったのか。」
それからすぐにカズキの声がしたので振り返るとそこには友人達が周囲を見渡しながら驚いていた。どうやら他の場所は報告を終えたらしい。
「・・・クレイス。どうされますか?」
察しの良いショウの質問には色んな意味が含まれていたのだろう。ヴァッツからはヘイダの首が見えていないのか目を丸くして小首を傾げていたのでクレイスも笑顔を返すと短く答える。
「帰ろう。」
こうして3人の別世界旅行は幕を閉じたのだが『トリスト教』とは一体何だったのか。それだけは3人の心に小骨のような違和感を残したのだがそれを知るのはもう少し先の事となる。
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