闇を統べる者

吉岡我龍

若人の未来 -全てを打ち砕く-

 「参ったな。完全に操り人形じゃないか。」
司祭らしき女性の言われるがまま大人しく地下都市へ帰っていく友人を茫然と眺めながらついぼやいてしまったが本当にどうすればいいのか。
離れた場所で見守っていた友人達と合流すると子竜がかなり強く頭を押し付けてくるのでそれを優しく受け止めながら考える。
「打たれ弱さこそが彼の弱点なのかもしれませんね。もう手段も選んでいられませんので今夜にでも夜襲をかけて再び司祭以上の人間を暗殺しますか。」
こういう時冷酷になれるショウの意見はとてもありがたい。自ら立案、実行出来る自信のないクレイスも状況を理解していた為今回はその提案に大きく頷いた。
「あ、あれ?そうなると俺が黒い竜と留守番・・・?そ、それは怖い!お、俺もついて行っていい?!」
ところがチョビムは黒い竜親子を怖がって一切接触していない為、1人と2体の距離は開いたままだ。

「いいよ。それじゃ君達は残ってて。すぐ戻るから。」

言葉が通じているとは思えないが雰囲気や意味は理解しているのだろう。一度は高い鳴き声をあげながら顔を摺り寄せてくるも今回は名残惜しそうに引いてくれる。
それから石板による簡易的な地下都市の地図を確認しながら夜の儀式に備えた3人は日が沈みかけた時を計って三度『ディニヤ』へ潜入した。
「明日の朝また新鮮な魚を捕ってきてあげるからね。」
「クレイス、もはや彼らに肩入れする事に言及しませんが魔力は大丈夫ですか?」
黒い竜親子の食事は朝昼晩の三食をクレイスが用意していたがカズキと戦うのに比べれば消費など微々たるものだ。
「大丈夫。行こう。」
こうして3人は地下都市に潜入すると今回は少し勝手が違うらしい。

「・・・あれ?なんでカズキがあんな近くに?」

洗脳されてすっかり邪教徒と化しているにしてもまだ2日目の彼が祭壇の上に立っていたのだ。これは昨日の戦いから護衛として取り上げられたのだろうか。
怪しげな炎に照らされて皆が祈りをささげる中、それ以外は以前と変わらない場面に入るとここでクレイスは思わず声を漏らしてしまった。

ずぼほぉっ・・・

「え?!」
何故ならタコのような足に変形させた司祭が飲み込もうとしたのはカズキだったからだ。これは彼を利用するより早々に処分したほうが教団の為になるとでも判断されたに違いない。
カズキを良く知るからこそ考えるより行動に移ったクレイスは彼を助けるべく儀式の中に飛び込むと友人の手を強く掴んで引っ張り上げる。
「無抵抗にも程があるでしょ?!ほら、逃げるよ!!」
「・・・違う。俺は前に進むんだ。」
ところが昨日と違ってある程度明確な意思を持っているのか、カズキは逆にこちらの手首を掴み返すと2人は司祭タシンによって胎内に取り込まれてしまうのだった。







「流石にこれは不味いですか・・・」
自身が出てもろくな結果になりそうもない。チョビムが傍にいるのなら猶更だ。
いい加減ヴァッツに声をかけるべきなのに。実は誰よりも彼の助けを求めていたのだが今までは何とか無事に過ごせていた為言い出せないでいた。
「ど、ど、どどうしよう?!に、逃げる?!く、黒い竜親子に助けてもらう?!」
彼らも頼りにはなりそうだが如何せん体格の問題がある。力を借りるのなら邪教徒全員を地上に誘い出さねばならないだろう。
あまりにも非現実的な思考に軽く頭を振ったショウは少し考え込んだ後まずは司祭達を襲って尋問すべきだという結論に達していた。





 「・・・ここは・・・」

何もわからないまま神の内側に引き込まれたクレイスは絶望よりも先に不思議な光景を前に妙な感動を覚えていた。
「・・・『ハルタカ』の胎内、だそうだ。さて、奴を倒すぞ。」
「・・・・・ぇっ?」
実際今いる場所は内臓によく似た形をしており周囲は粘液でてらてらと光っている。飲み込まれた事実とカズキの発言からここが本当に体内であるとすれば案外討伐は難しくないのかもしれない。
「えっと、それじゃ・・・えいっ!!」

ぶにょん

一先ず長剣を足元に突き刺してみると見た目以上の弾力で切っ先が滑ってしまった。調理で様々な食材を扱ってきたが確かに動物の内臓もこんな感じだ。
ましてや自分達を丸々飲み込むほど大きな内臓であれば肉厚も相当なのだろう。
「・・・何やってんだ?」
「何って、ここが神様の体内なんでしょ?だったら倒す為に臓器を傷つけてみようかなって思ったんだけど刃が通らないね。」
「・・・臓器?お前は何を言っているんだ?」
洗脳状態が尾を引いているのか、こちらの言動を理解出来ていないカズキは小首を傾げている。というかこんな臓器の内部みたいな光景を目の当たりにすれば誰でもクレイスと同じ行動を取る筈だ。
「だってここが『ハルタカ』の体内だって言ったじゃない?確かに内臓っぽいから僕達が飲み込まれた事実に違いは無いと思うけど。」

「・・・・・待て待て。どこに内臓らしさがある?」

「・・・どこって、天井から壁から床まで全部内臓の壁でしょ?」

2人の意見が決定的に食い違っているのには理由があった。それが『ハルタカ』に洗脳を受けているかいないかの違いなのだ。どうやらカズキには普通に石造りの建物の内部に見えているらしい。
これこそ神の奇蹟のなせる業なのか、未だたどたどしく話す言葉に耳を傾けると彼には道筋が見えているという。
何とも眉唾な情報だがその方向を指さしてもらうと確かに内壁がややくぼんでいる。恐らく管に繋がっているはずだと考えたクレイスはそこに大きめの水球をぶつけると僅かにそれが開いた。
「・・・行くぞ。」
もう少し魔力を注げばいいのかな?と思案したのも束の間だ。カズキはクレイスの行動が一切わからない様子で警戒する事無くそちらに歩いて行くと内臓の壁に飲み込まれ始めたのでこちらもうかうかしていられない。
「そこ通路じゃないから!!!!」
頼りになる彼はいつになったら戻ってきてくれるのだろう。今はこちらが全力で護らねばと慌てて巨大水球に2人の身を沈めるとなし崩し的にそのまま奥へと進む事になる。



「水圧よりはましかな。」

腸管を進むという何とも言えない経験の中、カズキもうつろな表情で周囲を見渡していると先程とは比べ物にならない広大な場所に出た。
ただ出口が上部だった為2人は落下する形となったのだがそこは魔術に身を包んでいたので問題は無い。問題はむしろ着地してからの状況だ。
「な、何あれ・・・」
「・・・ほう?」
見れば周辺には人間と呼ぶには難しい、地下都市で見た『ハルタカ』の司祭に似たような存在が中途半端に人間の部位を残して争い合っている。
更に勝者は敗者を食らってより進化しているのか、形をますます人間から遠ざけては次の獲物を探して襲い掛かるを繰り返している。
「・・・なるほど。これが『旅立ち』の意味か。」
何故か洗脳状態のカズキが深く納得していたがこちらは困惑を極めるだけだ。一体何がどうなっているのかを理解する前に少なくとも彼らに倒されてはならない事とやはりこの内臓が悪さをしているのではとクレイスは推測を立てるのだった。





 「・・・クレイス、あいつらは殺すな。」

「えっ?!ど、どうして?!」
「・・・『ハルタカ』を殺せば人間に戻れるかもしれん。」
一切の事情が分からないクレイスには寝耳に水状態だが洗脳下でもカズキにはやるべき事がはっきりとわかっているらしい。
じわりと溢れ出る彼の闘志を信じて頷くと2人は襲われないよう巨大水球のまま若干高度を取る。それからカズキの目ではどう映っているのか、どこに向かって欲しいのか尋ねると彼は先程とは比べ物にならない程大きな腸管への口を指さした。
「・・・あそこに『ハルタカ』がいるの?」
「・・・わからん。だが出口はあそこだろう。」
ということは飛び込めばこの不気味な世界から脱出出来るのか。クレイスは安堵のため息を漏らしながら巨大水球をそちらに向かわせるが友人は物凄い力でこちらの肩を握りしめてくる。
「こ、今度は何?!」

「・・・違う。そっちは出口なだけだ。俺は、『ハルタカ』を倒さねばならない。探すのを、手伝ってくれ。」

彼が何故生贄として飲み込まれたのか。答えはそこに集約されているらしい。
そうなるとクレイスも協力しなければならないだろう。カズキが洗脳から解ける可能性を信じて。
「・・・・・カズキはこの場所が『ハルタカ』の体内だって言ってたよね?そして僕にはすべてが臓器や腸管に見えている。つまり全てを破壊する事こそが『ハルタカ』本体を負傷させて、絶命させる手段になるんじゃないかな?」
「・・・そうなのか?俺には、ずっと石造りの建物にしか見えないんだが。」
「そこも多分洗脳を受けてる影響だと思う。だから今度は僕に騙されたと思って家宝で壁を壊しまわってみてよ。」
何度説明しても理解が追い付かないのも洗脳が思考の邪魔をしているのだろう。全てが推測だったので魔力を温存しておきたかったが隗より始めよという言葉もある。クレイスは長剣に最も自信のある水の魔術を施すと巨大水球から飛び出して全力で内壁に斬撃を走らせた。

ずしゃんんっ・・・・・どうんどうんどうんどうんどうんっ!!!

すると痛みか反射か。内臓は鞠のように激しく跳ねた後、粘液を大量に流出し始めたので慌てて巨大水球の中に退避したのだが周囲で殺し合っていた邪教徒達は成す術もなく飲み込まれて形が溶けていく。
やはり臓器の中という考えに間違いはないようだ。これだけわかりやすく反応してくれるのならカズキにだってわかっただろうと表情を窺ってみるがやはり都合の悪いものは見えていないらしい。
「・・・お前、何をやってるんだ?」
「あぁぁぁもぅ!!!いいからカズキも同じようにとびっきりの斬撃を放って!!!ほらほら早く早く!!!」
もはや説得は不可能だと諦めたクレイスが駄々をこねるように急かすと友人にもその焦りが伝わったのか。眉を潜めつつも巨大水球から飛び降りると不安そうな表情で『山崩し』と『滝割れ』を顕現させながら勢いよくそれを振り下ろした。

ずずんっ!!!

落下の勢いも加わったお蔭で放たれた攻撃は床に十分過ぎる傷跡を残す。そこから激しい流血が見えるとクレイスは急いでカズキを回収して内臓の様子を観察してみるがやはり動きこそ激しくなるものの本体が現れる気配はない。
だがここが何者かの体内であれば当たり前だろう。『ハルタカ』と邂逅するには一度外に出るべきなのだが自分達の目的はそこにはない。この身体の持ち主を倒す事なのだ。
「・・・いいね!!このままどんどん破壊しよう!!」
「・・・建物を、壊した所でなぁ・・・」
どの器官かはわからないが生物である以上どの臓器も重要な筈だ。ましてや最初にいた場所より大きな内臓であり粘液や活発な動きから苦しみは十分見て取れる。
「いいからいいから!!皆を助けたいんでしょ?!」
「・・・あと1回だけだぞ。」
状況を理解できていないというより戦いと違って反撃を心配する事無く一方的に攻撃を放ち続ける事自体が退屈なのかもしれない。
洗脳されているにも拘らず不満そうに何度か家宝を力強く振り回すとついに『ハルタカ』がしびれを切らしたのか、全体を覆う程の粘液と血液で内臓を満たすと先程教えて貰った出口から全員を流し出す手段を取るのだった。





 「ぐ、ぐぇぇぇえぇえぇっ?!」

その夜、各地の司祭達が突然姿を変えると数多の出来損ないを吐き出す。
これもまた『ハルタカ』の意思なのだが中途半端な変異だけでなく粘液と血に包まれた酷い存在を目の当たりにすると深く洗脳されている邪教徒達も若干の違和感と恐怖を覚えたようだ。
そんな中巨大水球で身を護っていた2人がタシンの体内から飛び出てくると相当な負担がかかってしまったらしい。
下半身をタコのような足に変形させてぐったりする様子から死んでしまったのかもと申し訳ない気持ちになったが地下都市に戻って来たクレイス達の前にやや驚いた表情で現れた友人は安堵を見せる。
「おや?無事に戻られましたか。よかったよかった。」

「・・・いや、良くはない。まだ、『ハルタカ』を討ち取れてないからな。」

静かな闘志をずっと燃やし続けるのも大変だろうに。だが今のカズキはそうしないと自分の意志で行動出来ないのも何となく理解出来る。
「カ、カズキ君・・・き、君は・・・」
寝具の上で何とか上半身を起こした司祭は彼を飲み込んだ張本人だ。苦しそうな表情で何かを訴えようとしているらしいが今のカズキにその言葉は届きそうにない。
「・・・タシン。もう一回だ。もう、一回俺を飲み込んでくれ。」
「えっ?!い、嫌よ?!ま、また中で暴れるつもりでしょ?!きっと『ハルタカ』様も許さないわ・・・って?!」
そもそも下半身を変形させているとはいえ似たような大きさである人間を飲み込むというのはどう考えても荒業の類だ。
しかも彼女は巨大水球に包まれた2人を吐き出したのが相当堪えているのか、青白い顔色で浅く息を切らせながら怯えるように拒絶するもその願いが聞き入れられる事は無い。

ぐぐぐっ!!

もはや何かに取り憑かれているかのようにカズキは無理矢理彼女のタコ足を広げるとその下腹部に向かって頭ごと突っ込んでいくのだからこちらの正気も奪われそうになる。
「ちょ、ちょっ・・・あ、あぁっ!ぃ、ぃぎぎぎっ?!」
タシンと呼ばれる少女も痛みで悲鳴を上げているのでどうすべきか悩んだクレイスだったがそこから意外な展開を迎える。
何と異形だった彼女の足が突然人間に戻ると光景はカズキが少女の股に顔を突っ込んでいるものに変貌を遂げたのだ。もしかして拒絶の為に擬態したのか?そう考えたクレイスだが事実は真逆だったらしい。
「カ、カズキ君?!待った待った!!わ、私の体をよく見て?!」
「ん?何だようっせぇな。こっちは急いで・・・んん??」
少女の陰部に顔を押し付けていた友人もやっと状況を飲み込めたのか。さっさと顔を放せばいいのに卑猥な体勢のままタシンを睨みつけた後、その体を軽く宙に浮かせると素早く毛布で彼女の体を包み込む。

「おいおいおい。いきなり正気に戻れたぞ?一体どうなってるんだ?」

「・・・それはこっちが聞きたいですね。クレイス、何か心当たりはありませんか?」

「そ、そうだね。向こうの世界で体内っていうのをかなり痛めつけたからもしかするとそれが原因かな?」

誰もが確証を持てない中、少なくともカズキの洗脳が解けたのとタシンという少女の体が人間に戻った事実に間違いはないようだ。
ショウも縛り付けていた他の司祭の様子を窺って来るとやはり全員が人間の姿に戻っているらしい。これで『ハルタカ』の脅威は去ったのだろうか。『ディニヤ』の住民は正気を取り戻せたのだろうか。
未だ警戒を解く訳にはいかないが一先ず区切りがついたと判断したショウは念の為と地下都市出入口に戻って体を休める事を提案するのだった。





 「・・・カズキ君、君ってば本当に酷い奴だね。」

「うるせぇよ。命を取られなかっただけありがたく思いな。」
翌朝目を覚ますと2人が同じ毛布にくるんで何やら言い争いをしていた。確かに少女の股間に顔を突っ込むという行動は中々あり得ないだろう。
しかし洗脳下であった事や再び『ハルタカ』の体内に入って何としてでも討ち取りたかった事情を考慮すると一方的に非難する訳のもまた難しい。
「おはよう。まだ出会って間もないのに随分仲が良いんだね。」
なのでここは仲裁もかねて軽い会話で仲を取り持つと2人はバツの悪そうな顔で見合った後ゆっくりと身体を起こす。

「さぁさぁ。今日は忙しいですからね。しっかり食べて活動開始と行きましょう。」

そして誰よりも元気なショウが珍しく張り切って携帯食を準備してくれると4人はそれを手に取るのだがクレイスには日課があるのだ。
「ごめん。先に食べてて。僕魚を捕って来るよ。」
「お、んじゃ俺の分も頼むわ。ここ二日ほどまともに食事してねぇんだよ。」
「え~?あの部屋の調理機器しっかり動いてたよね?」
どうやら洗脳のせいで美味しくいただけていなかったという事らしいがタシンは色々と根に持っているのか、事ある毎に突っかかって来るのでカズキは寄せてくる顔を無理矢理押しのけて目を反らしていた。

ひと段落したと信じて疑わなかったクレイスは当たり前のように空を飛んで黒い竜親子の為に魚を捕って来たのだがこの世界の人間は魔術を知らないのだ。
もしタシンが未だ邪教徒の影響を受けているのであれば軽率な行動だったのかもしれない。懐いて来る子竜を撫でながら注視していると彼女は飛空の術式よりも黒い竜と仲良くしている様子の方に畏怖を感じていたらしい。
「さて、それでは私とクレイスはタシンさんを連れて地下都市に向かいましょう。本当に『ハルタカ』の力が弱まったのか、それとも完全に無くなったのかを調べますよ。」
「ちょっと待て。まさか俺を置いて行ったりしないよな?」
「・・・いや、だってまた洗脳されたら僕達が困るんだけど?」
カズキを超えたい気持ちはあるもののまた死闘を繰り返したくないクレイスは心底げんなりした表情を浮かべて白い目を向けると流石に黙り込んでしまった。

それから3人は『ディニヤ』に入ると住民達の様子を探りながら大広場に足を運ぶ。

「君達って強いんだね。空も飛べるみたいだし黒い竜とも仲が良いみたいだし。もしかして世界を崩壊させたのも君達?」

意外な推察に思わず友人と顔を見合わせるが確かに自分達はこの世界の住人ではなく、その常識からも外れた存在なのでそういった結論に至ってもおかしくはない。
「違いますね。そもそも別世界とはいえ崩壊させる理由がありません。」
ただショウはかなり不満を感じたのだろう。冷たい態度で短く言い放つとしばらくは寒々しい気配を放っていた。







『ハルタカ』の胎内で大いに暴れたのだから今頃は激痛にのたうち回っているのか、はたまたすでにこと切れたか。
洗脳中の記憶とクレイスの話を照らし合わせると現在はそんな状況のはずだが相手は曲がりなりにも神と呼ばれる存在だ。まだどこかでこの世界の住人を狙っている可能性は十分に考えられる。
「・・・せめてどんな姿形かは確かめたかったなぁ。」
留守番を任されたカズキは黒い竜を撫でながらぼやいていたのだが1つ気掛かりな事があった。それが自分達が戻ってきてから随分と調子の悪そうなチョビムだ。
何となくだが彼から聞かされた話と実際自分が『ハルタカ教』に洗脳されてからの経験に大きな違和感があるような気がしてならないのだ。

地下都市全体を覆う程の洗脳能力は部屋に引き籠っていた程度で遮断出来るものなのだろうか。何故彼だけは『バフ』で生き延びれたのだろうか。

クレイスのように強い信念を持っていれば抗う事も出来るかもしれないが今まで一緒に行動してきた様子だと彼には精神的にも肉体的にも大した強さは宿っていない。
本能では既に答えが出ているのだが神に対する知識が乏しい彼は雌雄同体という存在を知らなかった為、その時が来るまで気を抜かずにただ顔色の悪いチョビムをずっと警戒し続けるのだった。





 胎内という言葉から『ハルタカ』は女だとばかり思っていた。

それでもクレイス達が地下都市へ出向いてから黒い竜を怖がるというより何かを隠すようにこちらと距離を取っていた違和感をカズキは見逃さなかった。
「おいチョビム、『ソリエド』でもらった薬があるぞ。飲むか?」
「ぇぇ・・・と、だ、大丈夫だよ。きっと。」
自分が同じ立場なら喜んで薬に手を伸ばすだろうがこれもまた世界観の違いだろうか。猜疑の心を隠しながらカズキは少しずつ少しずつ獲物を見極める為に揺さぶりをかける。
今まで様々な知識で助けてくれた彼を疑う事自体が間違っているのかもしれないという気持ちよりも本能の声を信じて間合いを詰めていくのだ。
「遠慮するなって。黒い竜達もお前に近づかないようにさせるからさ。」
静かに立ち上がったカズキは無警戒を装って歩み寄るとチョビムの表情は怯えきっており、顔は汗と砂埃で黒い斑模様が出来上がっていた。

そして最後のきっかけはやはり本能だ。

いつの間にかかなり弱まっていた砂嵐も関係しているのだろう。聞いたことのある鼓動と臭いがカズキの脳裏に過ると迷わず家宝を顕現させて全力で薙ぎ払った。

ところがチョビムは素早く身を翻した後中空からどす黒い眼光でこちらを見下ろしてくるではないか。
「・・・やはりお前が最も危険な存在だったか。」
「お前にだけは言われたくねぇな。『ハルタカ』」
大きさは自分達と変わらないし姿形も人間そのものだが彼こそが『ハルタカ』の御神体そのものなのだろう。うずくまっててよく見えなかったが今なら奴の下腹部付近が腫れているのが衣服の上からでもよくわかる。
黒い竜親子も今まで見せた事がない程の殺気と怒気をそちらに向けているのはそれだけ邪悪か強力な存在だという事か。
「それにしても黒い竜達を手懐けてしまうのも想定外だった。やはり別世界の存在とは侮れんな。」
その意見にはズキも頷かざるを得ない。まさかクレイスがあれ程熱を入れこんでしまうとは誰も思わなかっただろう。

「嬉しいねぇ。昨日はお前を殺し損じてよく眠れなかったんだ。今夜はゆっくり休めそうだ。」

降って湧いた雪辱を晴らす好機に闘気を爆発させるがこちらは空を飛ぶことが出来ない。ではクレイスと戦った時のように叩き落す事を優先しよう。
洗脳されていた事実もすっかり忘れた戦闘狂は家宝を一度仕舞うと足腰に力を入れるのだが、それを遮るように黒い親竜がこちらの膝裏に鼻先を押し付けて自身の大きな眉間にころりと転がせる。
この行動に言葉は要らない。獣同士にしかわからない意思の疎通を終えるとカズキも遠慮なくその上に立ち、黒い竜が飛び立つのを待った。
「ほう?痛めつけられたのを忘れてまた歯向かうのか?いいだろう。」
またしても意外な発言を聞いて驚いたがなるほど、神と崇められる存在なら黒い竜を打ちのめす事も朝飯前ということか。
しかし今度の相手はカズキであり『ハルタカ』は昨日の傷を残したままだ。果たして奴が思うような結末になるか、いいや、カズキがそんな甘い見通しを許すはずがない。

「よし!んじゃ足場は任せたぜ!!」

黒い親竜が吠えて空に急上昇するといよいよ邪神『ハルタカ』との戦いが幕を切って落とすのだが相対するのは初めてだ。出来れば先に何か一つでも相手の手の内を引き出したい所だがどうする?
そんな思考を読み取ったのか、はたまた内臓の傷がそうさせるのか。早速『ハルタカ』の両腕がタコのような形になって襲ってくるとカズキは親竜の頭を軽く触れてから思い切って懐に跳ぶのだった。





 一見すると厄介なタコ足だがそうではない。
人間の手で扱う多種多様の武器と違って明確な弱点を見抜いたカズキは拳さえ当たりそうな間合いで祖父の形見を抜くと思い切り薙ぎ払う。
「ぐっ?!」
遠距離だけで見れば相当な脅威になるだろうが単純に長いものや柔らかいもの、巨大なものとはそれを動かすのにどうしても時間を要してしまう。
司祭とはいえそのタコ足に触れた経験からある程度能力の予想はしていたがやはりそれを超える事はなさそうだ。
下腹部のふくらみに刀傷が走った後、カズキは落下を始める前に飛んでくる黒い親竜の頭に着地すると間髪入れずに再び飛び込む。
長引かせるつもりはない。地の利で多少の不利こそあるものの黒い親竜の協力もあるのだから何としてでも短期決戦に持ち込まねば。
『ハルタカ』も想像以上の強さを保有するカズキにより警戒を見せるがこちらはどんな物を使ってでもどんな体勢からでも相手を絶命に追い込めるよう武芸百般を叩き込まれているのだ。

じゃっ!!

懐から鎖分銅を取り出すと長く太い右タコ足に投げつける。そして力尽くで引き寄せながら飛び乗ると今度は両手に峨嵋刺を握って何度か突き刺してみた。
これにはかなり強力な毒を塗ってあるのだが効果はあるだろうか。追撃もそこそこに離脱して様子を見るが大した変化は見られない。
(・・・となるとやっぱり叩っ斬るしかねぇな。)
その思考を鋭く読み取ったのか、黒い親竜もすぐに飛び立たないカズキを乗せたまま『ハルタカ』に突っ込んでいくのでこちらも間合いを見計らう。
「虫けら以下の存在が目障りに飛び回りよって・・・死ねぃ!!」
だが奴もそれを察したようだ。
激しい怒声と共に今度は司祭達がやっていたような下半身をタコ足に変身・・・いや、全身が本当のタコのようになると太いタコ足達がこちらに襲い掛かって来た。

「させるかよっ!!」

完全に人間の形を捨てて黒い親竜以上に大きくなった『ハルタカ』の攻撃はその上を激しく飛び回るカズキが全て撃ち落とし、斬り落とす事で親竜を護る事に成功する。
そして間合いが十分届くと判断した時、家宝を眩く光らせて巨大な二振りを顕現させると思い切り振り回した。ところがカズキの力と質量は凄まじい加重を生み、土台となっていた黒い親竜も長い首に相当な負荷が掛ったようで大きく揺らいでしまう。
辛うじて5つ程の斬撃が神の体に走るも確信出来る程の一太刀が無かった事にすぐ後悔するがそこは獣同士だ。
黒い親竜は旋回すると首をやや下げながら体当たりでもする勢いで再び前に飛び始めたのでカズキも体幹が揺るがない首の付け根あたりに移動して今度こそ力が乗った斬撃を放つ。
すると『ハルタカ』のタコ足全てが切断されて地面に落ちていったのだから決着は近い。そう思ったのだが神と名乗る存在は一筋縄ではいかないらしい。

「・・・やるな。しかし所詮は人間よ!」

少し高度を上げて間合いを取った『ハルタカ』は痛痒などを一切感じない声でそう叫ぶと切断されたタコ足がみるみる再生したのだから唖然とするほかない。
「タコかと思ってたらトカゲかよ?!面倒臭いな、神ってのは!」
となると完全に息の根を止める心臓か脳あたりに致命傷を与えねばならないという事か。こちらは黒い親竜との連携で何とか空を飛べている状態なのにそれを求められるのは少し酷だ。
やはり地面に叩き落して戦うべきか。何とか奴の頭上に位置取れないかと頭を悩ませるもそこまで細かな意思疎通が出来る程黒い親竜との親睦も深められていない。
どうする?
十分に時間があれば長考も許されただろうがカズキは『ハルタカ』の力をまだ侮っていたのだ。

「ぴゅいっ?!」

妙な悲鳴と共に一人と一匹が地上に目を向けるとそこには切断されたタコ足に絡まれる子竜の姿があったので形成は一気に不利な方向へと進んでいく。この時はそう思わずにはいられなかった。





 「カズキ。やはりお前の力は素晴らしい。よって私の胎内に取り込んでやる。有難く思うが良い。」

「・・・そうなったらまた暴れるぞ?」

何とかこの状況を打破したくて売られた言葉を買ってみたものの正直何も思い浮かばない。黒い親竜も多少迷いを見せた後、『ハルタカ』に背を向けて急降下しだしたのでもはや選択肢はほとんどなかった。
「順序が変わったか。であれば先にあれを始末しよう。」
落ちるよりも早く飛ばれるとどうしても体が浮いてしまう。自由が利かなくなる。そこにタコ足が重い攻撃を放ってくるとなると黒い親竜は再び大きな傷を負ってしまうのではないだろうか。
「落ち着け親竜!!!俺が何とかするっ!!!」
親竜の身体にしがみついたカズキはそのまま這うように頭へ移動してそう叫ぶと彼女も若干の冷静さを取り戻したらしい。
速度を落としてくれたので背中を移動出来るようになったが戦況は防戦一方だ。それでも凌げる状況を取り戻したのだから十分だろう。ここは被害を最小限に抑えながら子竜を助けて返す刃で再び『ハルタカ』と一戦交える。
その為に今求められるのは丁寧な防御だ。唯一の飛べる手段を死守しつつ最優先で子竜を助ける。それから返す刃でもう一度『ハルタカ』と真正面からぶつかれば鬼の一刀はまだ十分に届く筈だ。

しかしそんなカズキの予想図は神話に登場する英雄達によってあっさりと断ち切られる事になる。

ぼぼぼぼぼっ!!!

妙な延焼音が聞こえたと思ったら地上ではショウが子竜を助ける事に成功していたのだ。まさかもう地下都市から戻ってきてくれたとは。
これで後顧の憂いは完全に断たれた。後は洗脳の分も含めて邪神を粉々になるまで斬り刻んでやる。
黒い親竜も自身が受けた傷以外に子竜を襲われた恨みもあるのだろう。再び獣同士ががっちり意思疎通して急上昇していくのだがもう1人、子竜を溺愛する存在をすっかり忘れていた。

ずばぁんっ!!!!

武士道も騎士道もない。ただ怒りに任せた特大の一撃が『ハルタカ』の背後から放たれるとそこには魔力を限界まで高めた影響か、蒼い目を激しく光らせたクレイスが憤怒の形相を浮かべて長剣をゆっくり引き戻している。
「まだ年端も行かない子供まで襲うなんて・・・貴様如きが神を名乗る資格はない!!」
魔術を考慮すれば既に師を超えているのかもしれない。胴体部分に大きな穴が開いた『ハルタカ』に叫ぶと二撃目はその頭らしき部分を大きく吹き飛ばした。
(ああああ・・・俺の獲物が・・・)
黒い親竜もまさか飼育してくれていた人物がここまで強いとは思いもしなかったのだろう。中空で一部始終を見届ける姿勢に入っていたがカズキはまだ諦めきれない。

折角の神との戦いがこんなあっけない幕切れでいいのか。

『ハルタカ』が落ちていく中、自身も黒い親竜の背中から飛び降りると同時に急いで落下地点へ向かう。久しぶりの死闘をもう少し繰り広げたいと願って。
修業で叩き込まれている残心を展開しながら邪な思考でその死体に近づくが動く気配は完全に失せているようだ。ここまでか、と諦めつつ闘気を納めようとした時、邪神はこちらの願いを聞き届けてくれたらしい。
見るも無残な体は動くことはなかったものの地響きと共に静かに砂の海へ沈んでいくと同じ地上に立っていたショウや子竜も最大限の警戒を見せる。
「・・・・・面白い。過去の書物に記された英雄達よ。更なる力を私に見せてみるが良い。」
やはり人知を超えた存在はこうでなくては。
この世界を滅ぼした張本人が大きな声でそう告げると激しい砂嵐と共に砂で出来た巨大なタコの体を顕現させたのだからカズキは狂喜で笑顔を抑えられなかった。





 神として崇められてきた存在はどれほどの力を保有しているのか。砂の体にこちらの攻撃は通じるのか。

自分達の世界でも神は存在したが剣を交える機会もなく、戦いを避ける人物だった為叶わないと思っていた願いが今別世界で成就されたのだ。
「面白ぇ!!!行くぜぇっ!!!」
本気でぶつかり合える相手を前に本能の全てを解放したカズキにはもはや周囲の声は届かない。体中に力を走らせると光のように地を這って『ハルタカ』に近づき家宝を顕現して全力の一刀を叩き込む。
ところがその手ごたえからは生物の感触を感じなかった。それもそのはず、叩っ斬ったタコ足の部分は砂の塊に過ぎないのだ。
という事は山のような大きさに変貌を遂げた『ハルタカ』の脳や内臓を破壊せねばならないのか。中空に浮かぶ巨大な砂タコを見上げながら若干手詰まり感を察していると不意に背後から肩をつんつんと指先で指されたので慌てて振り返る。
するとそこには唯一この世界に迷い込まなかった同世代の友人が困惑した様子で佇んでいるではないか。

「おお?!ヴァッツも来ちまったのか?!あ、でもあれは俺の獲物だからな?!邪魔しないでくれよ?!」

彼が干渉すればどんな戦いも間違いなく収束してしまう。いや、最終目的はそこなのだがこの所心から満足のいく戦いを展開出来ていなかったカズキは懇願せずにはいられない。戦いとは結果よりもその過程が最も重要なのだから。
「それなんだけど・・・その、フランセルとかルマーとかカーヘンとかが心配してるからさ。こいつは俺が倒しちゃ駄目かな?」
ところが意外な名前を羅列されて一瞬あっけにとられると同時に何故一刀斎が誰か一人を選んで居を構えなかったのかが少しわかった気がした。
「・・・俺が勝てばいいんだろ?」
「でも無傷でってのは難しくない?」
ヴァッツも友人達が手傷を負うのを見過ごせないと言いたいらしい。ただ勝てないと否定してこない所から負けるとも思っていないのだろう。
「・・・・・よし!だったら俺が重傷を負ったら諦める!いいな?!」
「えぇぇ・・・いいけど・・・でもクレイスが怪我しても止めるからね?」

「クレーーーーーイスッ!!!!絶対無理をするなぁっ!!!!怪我したら許さねぇぞぉぉっ!!!!!」

焦りから人生で最も大きな声を上げて上空にいるであろう友人に釘を刺すと驚いた様子でこちらを窺って来る。そして嬉しそうに手を振っているのだが真意は伝わっただろうか?
「んじゃ行くぜ!!お前も下がってろよ!!」
その言葉は彼を気遣う意味ではない。邪魔をされないよう出来るだけ離れていて欲しいと思っただけだがこれも伝わらなかったらしい。
むしろ一瞬でショウの横に移動していたのでまずい状況に陥った場合、いや、へたをすると何かあった瞬間に絶対介入されるという圧倒的事実をこちらが深く再認識させられた。
眼前の強敵よりも脅威を覚えたカズキは先程までと違い本能に若干の冷静さを加えながらいよいよ『神殺し』に向けて足を踏み出すのだがそこに黒い親竜が頭をそっと差し出してくれる。
どうやら彼女も子竜の心配は要らないと判断したのだろう。再びカズキを乗せて戦う決断を見せてくれると冷静さの割合は更に増える。

「・・・そうだよな。お前を傷つけていい理由もないよな。」

つまりこの戦いはそういう戦いなのだ。自身の欲望を満たすにはそれだけの技量を求められる。これは全てにおいての真理なのだが今回ばかりはかなり荷が重い。
それでも折角手に入れた好機を何とか掴みたいカズキは絶対に、誰も傷を負う事無く強敵を打ち砕こうと心に刻むと黒い親竜は大きな翼をはためかせて上昇し始めるのだった。





 砂タコの足先は完全に砂だった。つまり奴の体は全て砂になったと考えるべきか、それとも砂を操る本体がどこかに埋まっているのだろうか。
一度はクレイスに頭部と腹部を吹き飛ばされたはずなのに巨大化して復活する姿は『七神』のガハバを思い出すがあの時とは大きさも影響力も段違いだ。
砂嵐が激しくなると巨体であるにも拘らず背景に溶け込んでかなり視認し辛い。そこから不意にタコ足を伸ばされるのだから並の戦士では太刀打ちどころか『ハルタカ』の前に立ちはだかるのも難しいだろう。
だがそれが良いのだ。
今のカズキに誰でも戦える相手は役不足が過ぎる。この先戦闘狂の渇望を満たすには神と呼ばれる以上の存在が不可欠になっていく筈だ。
それらを倒す事で更に高みへと昇り、自分の強さを磨き上げていく。もちろん最終目標は『トリスト』不動の大将軍ヴァッツだ。

(・・・未だに足元すら見えないけどな。)

少し高望みし過ぎか?それよりも今は眼前の敵に集中すべきだろう。
迷い込んだのではなく自らの意思でこの世界に現れた友人の底知れぬ力を改めて感じつつ思考を切り替えたカズキは黒い親竜の背中から『ハルタカ』を観察する。
砂を纏う前でも大きかったが今では本当に山のようだ。そして太いタコ足をゆっくり動かしている所を見ると何となく巨大な竜に見えなくもない。
・・・もしかするとこれを勘違いしたのか?
この世界の連中は黒い竜ではなく最初から『ハルタカ』に様々な攻撃を仕掛けたのだろうか。そして一切の手傷を与える事無く世界が滅ぼされたと考えれば現状も深く理解出来る。
「ぴぃぃぃ・・・」
敵が強大すぎて不安そうな声を上げる親竜にカズキは手の平を当てて自身の温もりと安心と滾りを伝える。

「大丈夫だ。俺が必ずあいつをぶった斬る。まずはもう少し距離を詰めてもう一度タコ足に刃を入れてみるか。」

クレイスも慎重に立ち回っているのか、遠くに姿こそ見えるが派手な魔術は展開していない。であれば自身は切り込み隊長として何かしらの糸口を探ろうではないか。
黒い親竜も速度を上げて『ハルタカ』に近づくと早速太すぎるタコ足がゆっくりと迫って来たのでカズキはすぐに退避行動を取らせた。その最中に家宝を顕現、薙ぎ払う事で根本付近に斬撃を加えながら余裕をもって離脱したのだ。
慎重に、無理をせず。お蔭で手ごたえが若干重くなっているのとやはり砂でしかない点を発見すると一度クレイスと合流する。
「どこまでが砂なんだろうな。タコ足を斬り落とした所で状況が良くなるとは思えん。」
「・・・随分慎重だね。何かヴァッツに言われた?」
どうやら彼もカズキが傷を負わないよう大声で叫んだ事が一応引っかかってはいたらしい。間合いを十分に取りながら説明すると目を丸くしつつも何度か頷いていた。
「でも深く切り込むにはそれなりの危険が伴うよ。どうする?」
生き物である以上必ずどこかに命を司る器官が存在する筈だ。そしてそれは巨大な姿になっても同じ場所にあると考えたいがこのままでは確証を得られそうにない。

「・・・悩んでいても仕方がないな。よし、眉間を狙うぞ。」

現在の『ハルタカ』は巨体過ぎるが故に動きが相当緩慢になっている。更にタコ足を全てこちらに放てるよう体を横に倒す構えを取っている為頭らしき場所が最も遠い位置にあった。
つまり相手の頭上さえ取れば反転されるよりも早くこちらの攻撃が無防備な頭に深く突き刺さる筈だ。
本能だけの思考であれば美味しい役目を自分に譲るよう話を進めただろうが今のカズキは最も注意しなければならない点をよく理解している。
「俺がタコ足を引き付ける。お前は水平に反対側へ回り込んで頭上に特大の一撃、いや、角度と場所を変えて三撃は放ってみてくれ。」
「わかった。」
黒い親竜の協力があるとはいえやはり中空での立ち回りはクレイスに分があるだろう。それを信じて作戦を立てると友人も一切口を挟むことなく作戦は実行されるのだった。





 「一応反撃を警戒しろよ。」

もし彼の魔術で仕留めたとしても後悔はない。むしろ今はどちらかが手傷を負ってヴァッツの介入を許してしまうという最悪の結末だけを絶対に避けるべきなのだ。
クレイスに再び釘を刺した後カズキは黒い親竜と共に『ハルタカ』の眼前へ近づくと深く飛び込んでタコ足と意識を引き付ける。
もちろん逃げ回るだけなど性格が許さないので適度な反撃を加えるのだがやはり手ごたえは砂でしかない。
(うう~む。本当にちゃんとした生物なんだよな?)
この姿になる前はしっかりした感触と見た目を持っていたのに神とは不思議な存在だ。既に砂嵐で友人の姿は見えなかったもののタコ足の数を数えても『ハルタカ』の意識はこちらに向いているとみて間違いない。
後は無防備な頭か身体かに魔術を叩き込んでくれれば。その時を待ち続けながら冷静に立ち回っていたのだが数分経って流石に違和感を覚え始めた。

(・・・・・いくら何でも時間がかかり過ぎてるな。)

クレイスの飛空速度なら裏に回り込む事など相当な大回りをしても十数秒で行けるはずだ。
なのに『ハルタカ』の動きは一向に乱れたり遅延しない所を見るとまだ攻撃を打ち込めていないのか何か問題が起きたのか。
不思議ではあったがあと30秒だけ引き付けようと立ち回りを続けた後、黒い親竜の背中に手の平を当てると彼らは真っ直ぐ上空へ向かって高度を取る。
そこから俯瞰気味に全容を確認してみたのだが何と『ハルタカ』の頭からは新たなタコ足が生えておりクレイスに襲い掛かっているではないか。
これは容姿から完全にタコだと信じて疑わなかったカズキ達の間違った思い込みが原因だ。足の数は既に16を超えており知らず知らずのうちにお互いが8本を相手に立ち回っていたという事になる。

これでは魔術を打ち込める筈がない。

厳密には2人が手傷を気にしなければ無理矢理ねじ込む事は可能だろうがそれはヴァッツが、そして最後まで戦いたいカズキが許さない。
だがこうなってくると作戦の変更は必要だ。体のあらゆる部分からタコ足が生えると考えれば引き付ける意味は全くなく、隙を生み出すにはそれなりの危険を伴わなければならないらしい。
「・・・よし、クレイスと合流するぞ。」
黒い親竜に伝えると彼女も言葉か戦いの流れを読んでいるのか速やかに彼の方向へ飛び、気が付いたクレイスも驚きながらこちらに近づいてきた。
「あれ?やっぱり引き付けが上手くいかなかったの?」
「ああ。あいついろんな所からタコ足を増やせるらしい。んで作戦変更だ。こうなったら2人で一点集中を狙うぞ。」
手短に説明すると彼もすんなり聞き入れてくれるのは師弟関係のみならず、友人としての信頼関係もしっかり積みあがっているからだろう。
カズキは黒い親竜を護らねばならない為あくまで補佐に回る方向で話はまとまるのだがこの作戦は刹那の判断が求められる。
「・・・多分一回が限界だと思う。加減してたら僕の魔力じゃ届かない可能性も出てくるし。」

「ああ。それじゃ一撃に賭けようぜ。」

遠距離から放たれてくるタコ足を躱しながら話を終えた2人はいよいよ真正面から突破するという無謀ながら最も効果的な方法を選ぶとまずはカズキが黒い親竜と共に再び『ハルタカ』へ向かって飛び込み始めた。
そしてすぐ後ろからクレイスが同じように突っ込んでいくと巨大なタコ足は排除する動きを見せるが2人と一体はその隙を突いて更に本体へと直行する。
やがて砂で出来た『ハルタカ』の身体が前面に広がると黒い親竜が首を大きく左に曲げて肩から突っ込むような形を取り、そこにしっかり両足で踏ん張るカズキが家宝を顕現させながらまるで竜巻のようにその砂を掻き分けるのだ。
確証がないのでそこに器官が、心臓が、脳が存在するのか不透明ではあったが方向や場所に問題は無い筈だ。
「・・・今だっ!!!!」
後は野生の勘に従ってカズキが叫ぶとクレイスは巨大な水槍を4本、やや放射気味に『ハルタカ』の胴体部分へ深く突き刺す。

「うおおおおぉぉっ!!!!」

更にこの刹那の好機を必ずものにしようとしたのか、大容量の魔力を込めるとそれらを全て貫通して行き、大きく中空を旋回した後再び『ハルタカ』の胴体に大きな風穴を開けて地面に突き刺さるのだった。





 クレイスには確かな感触があったのだろう。背後から歓喜の気配を放っている所を見るとまだまだ師を超える事はなさそうだ。

「馬鹿たれっ!!残心を忘れたのかっ?!」

致命傷を負わせたらしいが未だ闘志と反撃の気配を感じたカズキはどやしつけながら家宝の二振りを同化させる程強く握りしめると、親竜の背中から跳んで竹とんぼのように大きく回転させながら突貫する。
すると大量の砂で形成されていた『ハルタカ』の身体には2人と一体が十分通れる程の風穴が出来上がっていくので彼らも後に続きながら追撃を加えつつ大空へ駆け抜けた。
中空から音もなく形が崩れて水のように落ちていく様子を眺めていると再びクレイスが気を緩める素振りを見せたのでカズキは静かに睨みつけて注意を促す。
「・・・やった・・・よね?」
「それを今から確かめるんだよ。いいか?気を抜くなよ?絶対に気を抜くなよ?」

砂嵐も止んでいる事から『ハルタカ』の力が相当弱っているのは間違いないが絶命しているかはまた別なのだ。手負いの虎こそ最大の反撃を繰り出しかねない。

そういう話を自分にも言い聞かせながら2人と一体は静かに下降して砂の山をじっくり観察するが正直生態が違い過ぎて生きているのか死んでいるの全く分からない。しかし後方からヴァッツ達が子竜を連れて無防備に近づいてきたので決着はついたのだろう。
「これでもう戦う必要はなくなったね!」
「・・・って事は『ハルタカ』は死んだのか?」
散々クレイスに注意していたにも拘わらずここで気を緩めてしまったのは絶対的な存在がそう判断したに他ならないのだがこれはヴァッツのみに許される行為だ。
大きな砂山と化した『ハルタカ』はこちらの隙を見逃さずに残る力を振り絞ると命を懸けて再び洗脳術を放ってきたらしい。
一瞬で思考と体の自由を刈り取られるとまたも不自由な状態に陥るがこれもまた好機と捉えれば本能と精神に火がつくというものだ。
「あっ。どうしよう?カズキがまた操られてる。」
ヴァッツが驚く様子も見せずに事実を口にするとクレイスやショウも不安そうに身構えるが安心しろ。お前達の友人は、戦闘狂は心に立ち入る敵もしっかり斬り伏せて見せよう。

「・・・ふんっ!!」

カズキが信じるものは『強さ』だけだ。そしてその頂点を考えていくと自ずと答えは出てくる。指針として申し分ない友人の『強さ』を信じる心はいかなる横槍でも傷つける事は出来ないだろう。
憧れと敬う一念でヴァッツの力を回想したカズキはそれを心の中で具現化して『ハルタカ』を一瞬で闇に葬る。それからしばらくして心身に平穏が戻ったのを確認すると友人達に不敵な笑みを浮かべながらこの戦いは幕を閉じるのだった。



「それにしてもクレイス、こんな可愛い竜を討伐するって本当?」

「え?!?!何言ってるの?!そんな事する訳ないじゃない?!」

どうやらヴァッツはこの世界に来なくともこちらの事情をある程度把握していたらしい。親子の竜を撫でながら不思議そうに尋ねるとクレイスも初志を綺麗さっぱり忘れているのか、とぼけた返答をしている。
結局人間とは情が優先する生き物なのだろう。だからこそ祖父は戦いに身を置く者として伴侶や居を遠ざけていたのかもしれない。フランセル達が心配している報せを受けて実際心が緩んだカズキはそう思わずにはいられなかった。
「とにかくこれでこの世界にも平穏が訪れるでしょう。さて、私達もそろそろ『トリスト』に帰りますか。」
砂嵐も収まり青空と日の光が差し込む中、ショウが笑顔でそう告げたのだが親心の芽生えていた友人だけは難しい表情を浮かべている。
「・・・この黒い竜達も一緒に連れて帰っちゃ駄目かな?」
「おい。犬や猫じゃないんだぞ?もうちょっと飼えそうな生物にしとけよな。」
反射的に口を挟んだもののカズキも親竜との共闘から内心連れて帰りたい気持ちはあった。だが彼らも迷い込んできた存在なのだからここは元の世界に戻してやるのが筋というものだろう。

「・・・ヴァッツはどう思いますか?」

ところが最も冷静な判断を期待されていたショウが伺いを立ててきたのだから2人は目を丸くして顔を見合わせる。何故ヴァッツに意見を尋ねたのだろう?
不思議に思いながらも答えを待つとそれはすぐに返って来た。
「え?オレは別に構わないと思うよ。可愛いし人懐っこいし。ただオレ達の世界で生きていけるのかな?食べ物とか大丈夫そう?」
肯定的な意見だけでなく素朴ながらもしっかり重要な疑問を呈する所は彼らしい。そして所望する意見が提示された事に大変満足したのだろう。ショウが冷酷な笑みを浮かべると黒い竜親子の扱いは有無も言わさず決定するのだった。

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