闇を統べる者
若人の未来 -黒い竜-
翌朝、砂嵐で覆われている地表に姿を見せた『ソリエド』の面々はクレイス達を見送ると誰かに問いかける訳でもない疑問が洩れてしまう。
「・・・彼らは本当に聖典の神々なのだろうか。」
「おいおい。お前にしちゃ随分不遜な物言いだな?神罰が下るぞ?」
それは十分に理解していたがそれでもレインスは不思議でならなかったのだ。確かに記されている通りの見た目と力を持つ少年達だったがこれはあくまで宗教学、もっと大雑把に捉えると文学だ。
彼らの様子だと聖典はおろか『トリスト教』の存在を本当に知らなかったのだろう。そもそもこの書物は最低でも2000年前から存在しているのであって歴史をさかのぼればもっと以前からこの教えや神話は語り継がれてきたはずなのだ。
どう考えても時代にずれが生じてしまうのだが神々の存在はその程度を超越してきてもおかしくはない。黒い竜も外の世界からやってきたと考えれば猶更だ。
「・・・逆によく貴様が信じる気になったな。黒い竜が外界からやってきた話にも聞く耳を持たなかったのに。」
「がっはっは。悪魔だの厄災だのは信じないが神は信じる。わしはそういう男だよ。」
だからこそ革命派は集落としての体を保ってこられたのだろう。この崩壊した世界で人々に安らぎを与えられるのなら何でもいいのだ。法律でも宗教でも。
「・・・クレイス様が黒い竜を討ち滅ぼすのは決定事項として、『ソリエド』の統一はどのようにしていく?」
レインスも都市長という立場から虚勢を張っていたものの、マータデン程ではないにしても神々の存在を確信している為つい敬称をつけて尋ねると彼は満面の笑みで軽く答える。
「わしはお前に任せようと思う。」
「何?それでは管理体制に賛同してくれるのか?」
「馬鹿を言うな。厳しすぎる戒律には遠慮なく口を出すぞ?あとはそうだな。最低でも『トリスト教』の教えや重要性をしっかり説く事と催し、これらは優先して組み込んで欲しいな。」
そこだけは見送った全員が強く願っている。
どれだけ科学が発展してもあのように空を飛ぶなど自分達では絶対に不可能だろうし黒い竜も現代兵器の全てを以ってしても通用しなかった。そんな不可能を彼らなら、神々なら必ず成し遂げて見せると誰もが信じて疑わない。
「・・・彼らが帰ってきたら是非『トリスト教』の祝祭日を設けようじゃないか。」
神々の覚えをよくしたいのもあるが既に自身の心がある程度救われているのだと感じたレインスも満面の笑みを浮かべると犬猿の仲だった2人は肩を組んで地下都市へと戻っていくのだった。
思っていた以上に『ソリエド』が統一に向かって前向きに歩み始めていた頃、クレイス達も目撃情報が集中している近辺まで辿り着くと早速彼らが用意してくれた遠望鏡で周辺を調べてみる。
「・・・多分凄い遠くまで見えてるはずなんだけど・・・砂嵐で何もわからないね?」
「ほ、本当だね・・・赤外線映像にも反応がないや。」
砂塵対策として巨大水球の中に身を沈めているのが原因だろうか?カズキが身を乗り出して周囲を調べてみるがやはり結果は同じらしい。
「あくまで目撃情報が多い地点に過ぎませんからね。」
ショウも石板の位置情報を睨みつけながら冷静に判断している。となると長期戦に備えて近辺の地下都市を下調べしておくべきか。
余力はあったものの正体が不明すぎる相手なので出来れば万全で挑みたい。4人はしばらく周囲を飛び回った後その日は打ち切ろうとした時、それは不意に姿を現した。
「おいおいおい。いたぜいたぜ?!」
カズキが歓喜の声を上げると3人もその方向に目を向ける。すると砂嵐の中から例の黒い影が見えてきたではないか。
「ど、どどどどうしよう?!お、お、俺はどこか物陰に隠れておこうか?!?!」
確かに近場の地下都市などに避難してもらった方が戦いやすいのかもしれないが彼には見届けてもらう役目もある。だがその判断を下す以前に黒い竜の様子がおかしい。
「・・・・・あれ?随分小さいね?」
そうなのだ。眼前に現れようとしている影から想像するにその全長は凡そ2間(約3.6m)くらいだろうか?小さな鯨みたいな印象を受けたクレイスは警戒しつつもまずはその全容が現れるのを待つ。
ところが想像以上に顔立ちからしてまだまだ子供だと思われる黒い竜が現れたのだから4人は目を丸くして驚いた。更に黒い竜はクレイス達をしっかり目視したにも拘らず敵対する様子も見せずにゆっくりと砂嵐の中に消えていくのだから一瞬行動が遅れてしまった。
「よくわからんがとにかく追え!」
「う、うん!」
現在分かっている事といえば明らかに個体が違うのと獰猛さを感じない事だろう。山のように大きな黒い竜がいるとも聞いていたので複数存在してもおかしくはないがこれは予想外だ。
誘っているのか敵と認識していないのかはわからないがついていけば件の竜に遭遇出来るかもしれない。
期待と不安に4人は言葉を交わす事なく等間隔で後をついていくと子供の竜がゆっくりと下降を始めた。それに続くと地上には今まで見た本物の黒い竜が横たわっているではないか。
「・・・む?ありゃ手負いだぞ?」
その個体は所々に傷を負っているようだ。長い首を起こそうともしていない事から眠っているのか動けないのか。油断出来ない中それに近づいていくと傍には先程の小さな竜が寄り添っている。
「・・・親子、でしょうか?」
「・・・確かめてみよう。」
チョビムだけは護り通さねばならない為、巨大水球の硬度を上げつつ距離を置いて3人は子供の竜の隣に降り立ったがここからどうすべきだろう。
寝首を掻くのはいとも容易いが悲しそうな表情を浮かべる小さい竜の前でそれをするのはあまりにも非人道的に思える。
いや、相手は世界を滅ぼした黒い竜なのだ。恐ろしい獣を前に人間の道理や情を優先しては救えるものも救えないだろう。ここは速やかに対処して『ソリエド』に報告すべきだ。
なのにクレイスの体は剣を抜く事すら躊躇ってしまう。いつ黒い竜が目を覚まして暴れ出すやもしれないというのに。
「・・・ショウ。この黒い竜の手当てをお願いしていい?」
「わかりました。」
2人も同じ心情だったのか気持ちを汲んでくれたのか。反論する素振りも見せずに了承してくれたのでクレイスは位置を確認しながら最も近い海へと飛んだ。
そこでなるべく大きな魚影を見つけ出すとまずは巨大水球で掬い上げる。更に海上で下処理を済ませた後黒い竜の食べやすい大きさに切り分けてから彼らの下にそれを運んでいく。
(こんな事しちゃいけないとは思うけど・・・でも僕は黒い竜をただ殺したい訳じゃない。)
あれ程邂逅したかった存在がまさか手負いだとは思いもしなかったが何とか自分の心に言い訳を作りながら飛んでいると素朴な疑問に気が付いた。
では黒い竜にあれ程の負傷を負わせたのは何者なのだろう?
聞いた話ではこの世界の兵器は一切通用しなかったという。であれば自分達と同じような別世界の存在が彼をねじ伏せたのだろうか。
しかしその割には砂嵐は収まっていない。という事は砂嵐と黒い竜は無関係なのか?訳が分からなくなってきたので途中から思考を放棄したクレイスは一先ず黒い竜の親子にそれを差し出してみるのだった。
「し、しし、しかしクレイス達も物好きだねぇ・・・」
そう言われると返す言葉がないがこれも性格だ。苦笑いを浮かべながら子竜と性別の分からない親竜に魚の切り身を差し出してみると子供の方は多少臭いを嗅いだ後疑いもせずにかぷりと食いついてくれたので心が弾んでしまった。
親竜の方もショウが『ソリエド』から用意してもらった傷薬をたっぷり塗布された事の違和感に目を覚ましたらしいが特に襲い掛かって来る気配はない。
むしろ子竜が美味しそうに食べている姿を見て安心したのか、自身もそれを一飲みしていくのでもう少し大きな魚を捕まえてくるべきだったかと後悔した程だ。
「命に別状はなさそうですが私達に気を許すほど弱っているみたいですね。さて、どうしましょうか?」
ショウに問われるとクレイスはついカズキと顔を見合わせる。彼は戦いにおいて非情に徹する為、弱っている黒い竜親子を討伐しようと言いかねない。いや、皆との約束を考えるとそれが正しいのかもしれない。
「う~ん。俺が倒したいのは手負いの竜じゃないからなぁ。お前が決めろよ。」
「えっ?!そ、そう?!じゃあ・・・ちょっともう1回魚を取って来るね!!」
どうやら3人の意見は一致しそうだ。それでも感情をなるべく排して整理したかったので心残りを解消すべくもう一度海に出たクレイスは再び大きな魚を掬い上げて調理した後、黒い竜親子に与えると近場の地下都市へ向かう事を提案するのだった。
「黒い竜を倒した・・・のは誰なんだろうね?」
助けてしまったのは間違いだったか。彼らと間近で触れ合って仕草を見て、ひんやりした鱗の体に触れたり撫でたりして、子竜の方は頭を摺り寄せてくる程なついてしまった姿を思い浮かべるともはや討伐する気は完全に失せてしまう。
「それを探す必要もありますね。私達が他に知っている情報といえばタトフィくらいですし・・・もしや彼の仕業でしょうか?」
新たな地下都市への通路を歩きながらショウが呟くと視線は一斉にチョビムに集まるが彼も驚いた表情を浮かべながら自論を展開してくれる。
「えっ?!と、どうだろう?に、人間を飲み込む事は知ってるんだけど、あ、あんな巨大な竜と戦える、のかな?ちょっと想像つかないや。」
だとすれば他に別世界から現れた猛者の仕業だろうか?答えが見つからないまま新たな国へ入ったクレイス達は慣れた様子で入り口に近づいて行くとそこには件の邪教『ハルタカ』の旗印が掲げられているではないか。
「・・・どうする?」
「いやいや突貫一択だろ?ここは譲れないぜ?」
「・・・それでもいきなり蹴散らすのは止めて下さい。まずは情報を集めましょう。」
「ひぇぇ・・・み、みんな、気を付けてね?!」
ここからは慎重な行動を求められるようだ。4人は街に入る前に再びこの世界の衣服に着替えると目立たないように忍び込む方向で話をまとめる。その結果まずはカズキとクレイスが斥候として侵入する方向で決定した。
「念の為必ず2人で行動して下さい。戦闘の判断はお任せします。」
忍び込むという経験は初めてだった為、黒い竜と相対した時以上に緊張していたが戦闘狂が一緒なら問題ないだろう。
「おし。んじゃいくか。」
「うん!」
むしろ今では黒い竜の親子に会いたくて仕方がない。この諜報活動が終わったらまた魚を持っていってあげようなどと考えているとカズキが全てを見抜いているかのような視線を向けてきたので思わず顔を背けるのであった。
『ディニヤ』という地下都市では皆が首に赤や黄色の模様が入った襟巻を着用していた。それが邪教『ハルタカ』と関係があるのか国家の特色なのかわからないが自分達も念の為に着けておいた方がいいだろう。
2人は物陰に隠れながら見つからないよう街に入ると手近な建物に入って箪笥を漁る。
「・・・何か・・・これは王族らしくない気がする・・・」
「何言ってんだ。ここではお前の国も血筋も関係ないだろ。さっさとしろよ。」
何故か手馴れている様子のカズキに怨嗟の視線を送りつつ、せめて気持ちだけはと懐から金貨を一枚置いてそれを拝借する。後は顔が認識されにくいよう外套を深く被れば住人として溶け込める筈だ。
それでも怪しまれないようなるべく裏路地を進んで周囲の様子を探ってみるが『ソリエド』の穏健派よりは穏やかな生活を送っている風に見える。宗教にある程度の戒律が組み込まれているのであれば治安は安定するのだろう。
「・・・思っていた以上に穏やかだね。」
「ぱっと見はそうだな。」
どうやらカズキは未だ猜疑を抱いているらしい。というか彼はこの世界に来てから一切油断する事無く立ち回っている。
この姿勢は自身も見習わねばならないだろう。黒い子竜にすっかり骨抜きにされてしまっていたクレイスは軽く頭を横に振ると真剣に住民たちの動向を見守った。
そして目立った動きがないままお昼を迎えた頃、やっとわかりやすい異変を発見する。
ごーーーーーん・・・ごーーーーーん・・・
何と突然地下都市内に大きな鐘の音が鳴り響いたのだ。気を張り詰めていたのもあって体は思わずびくりと跳ねてしまったがカズキの平常心が崩れる事は無い。
彼らが生み出す異様な光景を物陰からじっくり観察してはこちらに指で合図を送って来るだけの余裕があるらしい。
「おい。あれは祈りか?」
「た、多分ね。」
見れば住人は一度建物の外に出ては大きく土下座をした後、同じ方向へ歩いて行く。チョビムの話では怪しい儀式が行われているそうだがそれだろうか。
2人もばれないよう彼らの行動をじっくりと見届け、周囲にほとんど人気が無くなるとこっそり後を追う。
やがて大広場の前に人だかりが出来ているのを確認するとかなりの距離を取りつつこの世界の遠望鏡を2人揃って覗き込んだ。
すると中央には髑髏に蛇が巣食う旗印と大火が燃え盛っており、まさに絵に描いたような儀式が行われているらしい。
それにしても目視で判別の難しい距離から教祖であるタトフィらしき人物がしっかり確認出来るのだからこの世界の利器は本当に素晴らしい。
思わず感嘆の声を漏らしそうなのを我慢しつつその様子をじっくり確かめていると突然カズキがこちらの腰を掴んで思い切り真上に放り投げてきた。
素早いながらも意図を感じる行動にクレイスはそのまま中空で飛空の術式を展開した後、同じように高く跳んだカズキを巨大水球で受け止める。それから真下を向くとそこには巡回兵らしい2人の人物が通路を覗き込んでいた。
集中すると注意力が散漫になる筈なのに戦闘狂の嗅覚は頼りになる。この辺りにまだまだ彼との差を痛感したクレイスは頷き合ってから思考を切り替えるとその儀式を最後まで見届けるのであった。
『ハルタカ』の儀式は怪しさと荘厳さを兼ね備えた一般的なものだった。特筆すべき点はなく、司祭がひれ伏す信者達の前で経典を読み上げる単純明快なものだ。
ただ他とは明確に違う点が1つだけあった。それは教祖が人間ではないという事だ。
チョビムの話通り儀式が終盤に差し掛かった頃、大火の前で跪いていた信者が下半身を変貌させた教祖によって飲み込まれるとクレイスは思わず息をのむ。
聞いてはいたのにいざ目の当たりにすると遠くの出来事とはいえ唖然とするものだ。
「・・・うし。一度帰るぞ。」
「・・・えっ?う、うん。」
本当は最後まで見届けたかったのだがカズキが引き上げる判断をすると巨大水球ごと地下都市通路付近で待機していた2人の下へ飛んでいく。
そして都市内での雰囲気や儀式について詳しく説明するとチョビムとショウは納得した様子で頷いていた。
「なるほど。ほぼチョビムさんの説明通りですが儀式の最後がどうなるのかは知りたかったですね。」
そこが不思議だったのだが彼には何か思うところがあるのか。理由を述べる前に再び外に出て黒い竜親子に魚を持って行ってやろうと別の提案をしてきたのだからショウと顔を見合わせてしまった。
だが彼らに会いたい気持ちを隠そうともせずクレイスは快諾すると4人は再び地上へ飛び出した。
それから今度こそ大きな魚を手に入れたクレイスが綺麗な切り身にして親子にあげているとやっとカズキが儀式と『ハルタカ』の力について見解を述べ始める。
「あの儀式には恐らく人を魅了する力があるはずだ。だから俺は早々に帰還の判断を下したんだ。」
「ふむ・・・それは確定情報ですか?揺るぎない根拠を示す事は可能でしょうか?」
「俺の勘だけだ。過去に何度か妙な術に落ちた俺のな。」
雄弁に経験談を語られると大いに信憑性を感じた2人は思わずうなり声をあげてしまった。となると今後の行動はかなり限られてくるだろう。
更に子竜もその影響を感じているのか、先程以上に顔をこすりつけては心配そうな眼差しを向けてくるので嬉しかったクレイスは眉間や顎を優しくなで返す。
「つまり人を食べる儀式を繰り返す事で地下都市内の住民を操っているのか。それを止めさせれば皆元に戻るのかな?」
「少なくとも犠牲者は減るでしょう。では後ほどタトフィ暗殺をお願いしてもいいですか?」
「うし。んじゃその方向で行動するか。でもその前にクレイス、俺にも新鮮な魚料理を作ってくれないか?どうもこの携帯食ってのは味気なくてな。」
彼が外に出ようといったのはそういった理由もあったのか。確かにあまり腹も膨れないし何より味気ないという意見には同意しかなかったクレイスは三度海に出ると今度は自分達の為になるべく油の乗った魚を10匹ほど捕まえる。
それから料理の為に再び地下都市へ戻ろうとしたのだが後方から追手が迫ってきていたらしい。
めきゃっ!!
地下通路に入って少しした後、出入り口から妙な音がしたので慌てて戻ってみると子供とはいえ大きすぎる体を無理矢理ねじ込ませようとしている姿をみて4人は困惑の笑みを浮かべてしまう。
どすぅぅんんん・・・!!
ところがその直後、心配だったのか親竜までやってくると流石に微笑ましいでは済まされなくなったので4人は急遽、計画の修正を余儀なく迫られるのだった。
「・・・彼らは本当に聖典の神々なのだろうか。」
「おいおい。お前にしちゃ随分不遜な物言いだな?神罰が下るぞ?」
それは十分に理解していたがそれでもレインスは不思議でならなかったのだ。確かに記されている通りの見た目と力を持つ少年達だったがこれはあくまで宗教学、もっと大雑把に捉えると文学だ。
彼らの様子だと聖典はおろか『トリスト教』の存在を本当に知らなかったのだろう。そもそもこの書物は最低でも2000年前から存在しているのであって歴史をさかのぼればもっと以前からこの教えや神話は語り継がれてきたはずなのだ。
どう考えても時代にずれが生じてしまうのだが神々の存在はその程度を超越してきてもおかしくはない。黒い竜も外の世界からやってきたと考えれば猶更だ。
「・・・逆によく貴様が信じる気になったな。黒い竜が外界からやってきた話にも聞く耳を持たなかったのに。」
「がっはっは。悪魔だの厄災だのは信じないが神は信じる。わしはそういう男だよ。」
だからこそ革命派は集落としての体を保ってこられたのだろう。この崩壊した世界で人々に安らぎを与えられるのなら何でもいいのだ。法律でも宗教でも。
「・・・クレイス様が黒い竜を討ち滅ぼすのは決定事項として、『ソリエド』の統一はどのようにしていく?」
レインスも都市長という立場から虚勢を張っていたものの、マータデン程ではないにしても神々の存在を確信している為つい敬称をつけて尋ねると彼は満面の笑みで軽く答える。
「わしはお前に任せようと思う。」
「何?それでは管理体制に賛同してくれるのか?」
「馬鹿を言うな。厳しすぎる戒律には遠慮なく口を出すぞ?あとはそうだな。最低でも『トリスト教』の教えや重要性をしっかり説く事と催し、これらは優先して組み込んで欲しいな。」
そこだけは見送った全員が強く願っている。
どれだけ科学が発展してもあのように空を飛ぶなど自分達では絶対に不可能だろうし黒い竜も現代兵器の全てを以ってしても通用しなかった。そんな不可能を彼らなら、神々なら必ず成し遂げて見せると誰もが信じて疑わない。
「・・・彼らが帰ってきたら是非『トリスト教』の祝祭日を設けようじゃないか。」
神々の覚えをよくしたいのもあるが既に自身の心がある程度救われているのだと感じたレインスも満面の笑みを浮かべると犬猿の仲だった2人は肩を組んで地下都市へと戻っていくのだった。
思っていた以上に『ソリエド』が統一に向かって前向きに歩み始めていた頃、クレイス達も目撃情報が集中している近辺まで辿り着くと早速彼らが用意してくれた遠望鏡で周辺を調べてみる。
「・・・多分凄い遠くまで見えてるはずなんだけど・・・砂嵐で何もわからないね?」
「ほ、本当だね・・・赤外線映像にも反応がないや。」
砂塵対策として巨大水球の中に身を沈めているのが原因だろうか?カズキが身を乗り出して周囲を調べてみるがやはり結果は同じらしい。
「あくまで目撃情報が多い地点に過ぎませんからね。」
ショウも石板の位置情報を睨みつけながら冷静に判断している。となると長期戦に備えて近辺の地下都市を下調べしておくべきか。
余力はあったものの正体が不明すぎる相手なので出来れば万全で挑みたい。4人はしばらく周囲を飛び回った後その日は打ち切ろうとした時、それは不意に姿を現した。
「おいおいおい。いたぜいたぜ?!」
カズキが歓喜の声を上げると3人もその方向に目を向ける。すると砂嵐の中から例の黒い影が見えてきたではないか。
「ど、どどどどうしよう?!お、お、俺はどこか物陰に隠れておこうか?!?!」
確かに近場の地下都市などに避難してもらった方が戦いやすいのかもしれないが彼には見届けてもらう役目もある。だがその判断を下す以前に黒い竜の様子がおかしい。
「・・・・・あれ?随分小さいね?」
そうなのだ。眼前に現れようとしている影から想像するにその全長は凡そ2間(約3.6m)くらいだろうか?小さな鯨みたいな印象を受けたクレイスは警戒しつつもまずはその全容が現れるのを待つ。
ところが想像以上に顔立ちからしてまだまだ子供だと思われる黒い竜が現れたのだから4人は目を丸くして驚いた。更に黒い竜はクレイス達をしっかり目視したにも拘らず敵対する様子も見せずにゆっくりと砂嵐の中に消えていくのだから一瞬行動が遅れてしまった。
「よくわからんがとにかく追え!」
「う、うん!」
現在分かっている事といえば明らかに個体が違うのと獰猛さを感じない事だろう。山のように大きな黒い竜がいるとも聞いていたので複数存在してもおかしくはないがこれは予想外だ。
誘っているのか敵と認識していないのかはわからないがついていけば件の竜に遭遇出来るかもしれない。
期待と不安に4人は言葉を交わす事なく等間隔で後をついていくと子供の竜がゆっくりと下降を始めた。それに続くと地上には今まで見た本物の黒い竜が横たわっているではないか。
「・・・む?ありゃ手負いだぞ?」
その個体は所々に傷を負っているようだ。長い首を起こそうともしていない事から眠っているのか動けないのか。油断出来ない中それに近づいていくと傍には先程の小さな竜が寄り添っている。
「・・・親子、でしょうか?」
「・・・確かめてみよう。」
チョビムだけは護り通さねばならない為、巨大水球の硬度を上げつつ距離を置いて3人は子供の竜の隣に降り立ったがここからどうすべきだろう。
寝首を掻くのはいとも容易いが悲しそうな表情を浮かべる小さい竜の前でそれをするのはあまりにも非人道的に思える。
いや、相手は世界を滅ぼした黒い竜なのだ。恐ろしい獣を前に人間の道理や情を優先しては救えるものも救えないだろう。ここは速やかに対処して『ソリエド』に報告すべきだ。
なのにクレイスの体は剣を抜く事すら躊躇ってしまう。いつ黒い竜が目を覚まして暴れ出すやもしれないというのに。
「・・・ショウ。この黒い竜の手当てをお願いしていい?」
「わかりました。」
2人も同じ心情だったのか気持ちを汲んでくれたのか。反論する素振りも見せずに了承してくれたのでクレイスは位置を確認しながら最も近い海へと飛んだ。
そこでなるべく大きな魚影を見つけ出すとまずは巨大水球で掬い上げる。更に海上で下処理を済ませた後黒い竜の食べやすい大きさに切り分けてから彼らの下にそれを運んでいく。
(こんな事しちゃいけないとは思うけど・・・でも僕は黒い竜をただ殺したい訳じゃない。)
あれ程邂逅したかった存在がまさか手負いだとは思いもしなかったが何とか自分の心に言い訳を作りながら飛んでいると素朴な疑問に気が付いた。
では黒い竜にあれ程の負傷を負わせたのは何者なのだろう?
聞いた話ではこの世界の兵器は一切通用しなかったという。であれば自分達と同じような別世界の存在が彼をねじ伏せたのだろうか。
しかしその割には砂嵐は収まっていない。という事は砂嵐と黒い竜は無関係なのか?訳が分からなくなってきたので途中から思考を放棄したクレイスは一先ず黒い竜の親子にそれを差し出してみるのだった。
「し、しし、しかしクレイス達も物好きだねぇ・・・」
そう言われると返す言葉がないがこれも性格だ。苦笑いを浮かべながら子竜と性別の分からない親竜に魚の切り身を差し出してみると子供の方は多少臭いを嗅いだ後疑いもせずにかぷりと食いついてくれたので心が弾んでしまった。
親竜の方もショウが『ソリエド』から用意してもらった傷薬をたっぷり塗布された事の違和感に目を覚ましたらしいが特に襲い掛かって来る気配はない。
むしろ子竜が美味しそうに食べている姿を見て安心したのか、自身もそれを一飲みしていくのでもう少し大きな魚を捕まえてくるべきだったかと後悔した程だ。
「命に別状はなさそうですが私達に気を許すほど弱っているみたいですね。さて、どうしましょうか?」
ショウに問われるとクレイスはついカズキと顔を見合わせる。彼は戦いにおいて非情に徹する為、弱っている黒い竜親子を討伐しようと言いかねない。いや、皆との約束を考えるとそれが正しいのかもしれない。
「う~ん。俺が倒したいのは手負いの竜じゃないからなぁ。お前が決めろよ。」
「えっ?!そ、そう?!じゃあ・・・ちょっともう1回魚を取って来るね!!」
どうやら3人の意見は一致しそうだ。それでも感情をなるべく排して整理したかったので心残りを解消すべくもう一度海に出たクレイスは再び大きな魚を掬い上げて調理した後、黒い竜親子に与えると近場の地下都市へ向かう事を提案するのだった。
「黒い竜を倒した・・・のは誰なんだろうね?」
助けてしまったのは間違いだったか。彼らと間近で触れ合って仕草を見て、ひんやりした鱗の体に触れたり撫でたりして、子竜の方は頭を摺り寄せてくる程なついてしまった姿を思い浮かべるともはや討伐する気は完全に失せてしまう。
「それを探す必要もありますね。私達が他に知っている情報といえばタトフィくらいですし・・・もしや彼の仕業でしょうか?」
新たな地下都市への通路を歩きながらショウが呟くと視線は一斉にチョビムに集まるが彼も驚いた表情を浮かべながら自論を展開してくれる。
「えっ?!と、どうだろう?に、人間を飲み込む事は知ってるんだけど、あ、あんな巨大な竜と戦える、のかな?ちょっと想像つかないや。」
だとすれば他に別世界から現れた猛者の仕業だろうか?答えが見つからないまま新たな国へ入ったクレイス達は慣れた様子で入り口に近づいて行くとそこには件の邪教『ハルタカ』の旗印が掲げられているではないか。
「・・・どうする?」
「いやいや突貫一択だろ?ここは譲れないぜ?」
「・・・それでもいきなり蹴散らすのは止めて下さい。まずは情報を集めましょう。」
「ひぇぇ・・・み、みんな、気を付けてね?!」
ここからは慎重な行動を求められるようだ。4人は街に入る前に再びこの世界の衣服に着替えると目立たないように忍び込む方向で話をまとめる。その結果まずはカズキとクレイスが斥候として侵入する方向で決定した。
「念の為必ず2人で行動して下さい。戦闘の判断はお任せします。」
忍び込むという経験は初めてだった為、黒い竜と相対した時以上に緊張していたが戦闘狂が一緒なら問題ないだろう。
「おし。んじゃいくか。」
「うん!」
むしろ今では黒い竜の親子に会いたくて仕方がない。この諜報活動が終わったらまた魚を持っていってあげようなどと考えているとカズキが全てを見抜いているかのような視線を向けてきたので思わず顔を背けるのであった。
『ディニヤ』という地下都市では皆が首に赤や黄色の模様が入った襟巻を着用していた。それが邪教『ハルタカ』と関係があるのか国家の特色なのかわからないが自分達も念の為に着けておいた方がいいだろう。
2人は物陰に隠れながら見つからないよう街に入ると手近な建物に入って箪笥を漁る。
「・・・何か・・・これは王族らしくない気がする・・・」
「何言ってんだ。ここではお前の国も血筋も関係ないだろ。さっさとしろよ。」
何故か手馴れている様子のカズキに怨嗟の視線を送りつつ、せめて気持ちだけはと懐から金貨を一枚置いてそれを拝借する。後は顔が認識されにくいよう外套を深く被れば住人として溶け込める筈だ。
それでも怪しまれないようなるべく裏路地を進んで周囲の様子を探ってみるが『ソリエド』の穏健派よりは穏やかな生活を送っている風に見える。宗教にある程度の戒律が組み込まれているのであれば治安は安定するのだろう。
「・・・思っていた以上に穏やかだね。」
「ぱっと見はそうだな。」
どうやらカズキは未だ猜疑を抱いているらしい。というか彼はこの世界に来てから一切油断する事無く立ち回っている。
この姿勢は自身も見習わねばならないだろう。黒い子竜にすっかり骨抜きにされてしまっていたクレイスは軽く頭を横に振ると真剣に住民たちの動向を見守った。
そして目立った動きがないままお昼を迎えた頃、やっとわかりやすい異変を発見する。
ごーーーーーん・・・ごーーーーーん・・・
何と突然地下都市内に大きな鐘の音が鳴り響いたのだ。気を張り詰めていたのもあって体は思わずびくりと跳ねてしまったがカズキの平常心が崩れる事は無い。
彼らが生み出す異様な光景を物陰からじっくり観察してはこちらに指で合図を送って来るだけの余裕があるらしい。
「おい。あれは祈りか?」
「た、多分ね。」
見れば住人は一度建物の外に出ては大きく土下座をした後、同じ方向へ歩いて行く。チョビムの話では怪しい儀式が行われているそうだがそれだろうか。
2人もばれないよう彼らの行動をじっくりと見届け、周囲にほとんど人気が無くなるとこっそり後を追う。
やがて大広場の前に人だかりが出来ているのを確認するとかなりの距離を取りつつこの世界の遠望鏡を2人揃って覗き込んだ。
すると中央には髑髏に蛇が巣食う旗印と大火が燃え盛っており、まさに絵に描いたような儀式が行われているらしい。
それにしても目視で判別の難しい距離から教祖であるタトフィらしき人物がしっかり確認出来るのだからこの世界の利器は本当に素晴らしい。
思わず感嘆の声を漏らしそうなのを我慢しつつその様子をじっくり確かめていると突然カズキがこちらの腰を掴んで思い切り真上に放り投げてきた。
素早いながらも意図を感じる行動にクレイスはそのまま中空で飛空の術式を展開した後、同じように高く跳んだカズキを巨大水球で受け止める。それから真下を向くとそこには巡回兵らしい2人の人物が通路を覗き込んでいた。
集中すると注意力が散漫になる筈なのに戦闘狂の嗅覚は頼りになる。この辺りにまだまだ彼との差を痛感したクレイスは頷き合ってから思考を切り替えるとその儀式を最後まで見届けるのであった。
『ハルタカ』の儀式は怪しさと荘厳さを兼ね備えた一般的なものだった。特筆すべき点はなく、司祭がひれ伏す信者達の前で経典を読み上げる単純明快なものだ。
ただ他とは明確に違う点が1つだけあった。それは教祖が人間ではないという事だ。
チョビムの話通り儀式が終盤に差し掛かった頃、大火の前で跪いていた信者が下半身を変貌させた教祖によって飲み込まれるとクレイスは思わず息をのむ。
聞いてはいたのにいざ目の当たりにすると遠くの出来事とはいえ唖然とするものだ。
「・・・うし。一度帰るぞ。」
「・・・えっ?う、うん。」
本当は最後まで見届けたかったのだがカズキが引き上げる判断をすると巨大水球ごと地下都市通路付近で待機していた2人の下へ飛んでいく。
そして都市内での雰囲気や儀式について詳しく説明するとチョビムとショウは納得した様子で頷いていた。
「なるほど。ほぼチョビムさんの説明通りですが儀式の最後がどうなるのかは知りたかったですね。」
そこが不思議だったのだが彼には何か思うところがあるのか。理由を述べる前に再び外に出て黒い竜親子に魚を持って行ってやろうと別の提案をしてきたのだからショウと顔を見合わせてしまった。
だが彼らに会いたい気持ちを隠そうともせずクレイスは快諾すると4人は再び地上へ飛び出した。
それから今度こそ大きな魚を手に入れたクレイスが綺麗な切り身にして親子にあげているとやっとカズキが儀式と『ハルタカ』の力について見解を述べ始める。
「あの儀式には恐らく人を魅了する力があるはずだ。だから俺は早々に帰還の判断を下したんだ。」
「ふむ・・・それは確定情報ですか?揺るぎない根拠を示す事は可能でしょうか?」
「俺の勘だけだ。過去に何度か妙な術に落ちた俺のな。」
雄弁に経験談を語られると大いに信憑性を感じた2人は思わずうなり声をあげてしまった。となると今後の行動はかなり限られてくるだろう。
更に子竜もその影響を感じているのか、先程以上に顔をこすりつけては心配そうな眼差しを向けてくるので嬉しかったクレイスは眉間や顎を優しくなで返す。
「つまり人を食べる儀式を繰り返す事で地下都市内の住民を操っているのか。それを止めさせれば皆元に戻るのかな?」
「少なくとも犠牲者は減るでしょう。では後ほどタトフィ暗殺をお願いしてもいいですか?」
「うし。んじゃその方向で行動するか。でもその前にクレイス、俺にも新鮮な魚料理を作ってくれないか?どうもこの携帯食ってのは味気なくてな。」
彼が外に出ようといったのはそういった理由もあったのか。確かにあまり腹も膨れないし何より味気ないという意見には同意しかなかったクレイスは三度海に出ると今度は自分達の為になるべく油の乗った魚を10匹ほど捕まえる。
それから料理の為に再び地下都市へ戻ろうとしたのだが後方から追手が迫ってきていたらしい。
めきゃっ!!
地下通路に入って少しした後、出入り口から妙な音がしたので慌てて戻ってみると子供とはいえ大きすぎる体を無理矢理ねじ込ませようとしている姿をみて4人は困惑の笑みを浮かべてしまう。
どすぅぅんんん・・・!!
ところがその直後、心配だったのか親竜までやってくると流石に微笑ましいでは済まされなくなったので4人は急遽、計画の修正を余儀なく迫られるのだった。
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