闇を統べる者
若人の未来 -獲物-
ヘイダ達と別れた3人は海らしいものが見える方向へ飛び続けたのだが1つ問題があった。それがショウの要望だ。
「なるべく地上に近い所を飛んで下さい。別の灯篭が見つかるかもしれませんから。」
「でもそれだと黒い竜に見つからないかな?」
黒い竜の死体が消えてしまったのだから生死の判断は難しい。そこに関してはカズキも同意しているのだが多少の危険を冒しても他の地下都市について調べたいそうだ。
「ま、その時はその時だろ。黒い竜に襲われたら消耗の少ない判断をすればいいだけだ。」
なのでクレイスは海へ意識を集中させつつ他の二人が地上に目を光らせて空を飛び続けていると砂嵐の隙間から海らしき景色が見えてくる。
だが近づいていっても独特の潮の香はしない。もしかして淡水なのだろうか?せめて魚が泳いでいればと期待を胸に近づいていった時、ショウが例の灯篭っぽい光源を見つけた事で一先ず3人は立ち寄る選択をするのだった。
「さて、やはりこの地も困窮しているのでしょうか。」
見た所出入口の仕組みや外観はヘイダの住んでいた所とほぼ同じだった。金属で出来た床や天井の通路を奥に進んでいくとやはり開けた場所に出たのだが人の気配は全くない。
「随分静かだね。」
「だな。もう全滅したのか極端に人口が減っているのか。何にせよ水くらい確保したいよな。」
考えてみればショウだけはここまで飲まず食わずなのだ。カズキのぼやき通り何かしら口に入れられるものを見つけ出したいが2人は初めて入る地下都市の造りに目が釘付けらしい。
一通り感動を覚えた3人は手前の建物からしらみ潰しに探索して回ると水が滴る金属製の管を発見する。それを器に溜めれば何とか飲み水は確保出来そうだ。
「しかし生物が全く見当たらねぇな。地下だしこんなもんなのか?」
「水と太陽が無いと生きてはいられないのでしょう。人間はわかりませんが。」
そうなると食料を見つけ出すのは難しいだろう。体力の消耗も考えて3人は自分達の休める場所を確保した後その日は無理をせず体を休めるのだった。
そして翌日。いよいよ海らしき場所に向かって一人で向かったクレイスは巨大水球に身を沈めて海に潜ってみる。
すると視界は悪かったものの魚影らしきものを感じると歓喜のあまり黒い竜の存在も忘れて全力で水槍を放った。ただ数はそれほど生息していないようなので6匹ほどに留めると地下都市に戻って早速調理を開始する。
「う~ん。何かないかな・・・せめて塩があれば全然違うんだけど・・・」
「後は薪だよな。ほんと燃えそうな素材が少ないから探すのも大変だぜ。」
それでも炊事場らしい戸棚の扉を細かく砕けば火は熾せそうだ。他に塩も残っていたので後はクレイスが知識を全開放して初めて触れる魚の下ごしらえを始めると目の色だけはとても気になった。
この時はよくわからなかったがどうやら日の光をほとんど浴びなくなったせいで退化の途中だったらしい。真っ白な目は死んでいるのかと疑ったがここまで来て食べないという選択はあり得ない。
心持ち多めに塩を刷り込んで内臓も綺麗に取り除く。後は炎でじっくり焼けば完成だ。
「・・・・・とてもいい香りです。まだ駄目でしょうか?」
流石に三日何も食べていないショウが珍しく急かしてくるとクレイスも笑みを浮かべてしまう。
「見た事のない魚だからね。出来るだけしっかり熱を通そう。」
大きさは1尺(約30cm)にも満たないが骨は少ないので身はしっかり詰まっている。鱗も小さく脆かったので皮ごと頂けるはずだと説明しながら時間をつぶし、食べごろになるとまずはショウにそれを渡す。
「もし毒気があったら無理せず吐き出してね?」
といってもカズキも限界だったのか。床に突き刺していた串を抜くとかぶりつき始めたのでクレイスも手を伸ばして味を見てみる。
うん。白身は淡泊で薄味なのに塩を塗り込み過ぎたのか、とても濃い味付けとなったが三日ぶりだとこれくらいが丁度いいのだろう。三人は無言で二匹ずつ平らげるとやっと生存の道を見出せた喜びから自然と笑い合っていた。
食と住を確保出来た彼らの最終目的は元の世界に帰る事、そしてその日が来るまで生き延びる事だ。
「しかしこんな状態じゃ手掛かりもくそもあったもんじゃねぇ。そろそろあいつに声かけてみねぇか?」
やっと満腹になったカズキが薄暗い部屋で切り出すとクレイスもショウと顔を見合わせる。それは唯一この場にいない友人の事を指しているのだろう。
確かに彼を呼べば何の苦労もなく全てが解決出来るかもしれない。この崩壊した世界にも確実な平和が訪れるのかもしれない。
だがクレイスの心には1つの野望が芽生えていたのだ。あの黒い竜を討伐したいという傲慢すぎる野望が。
これもまたカズキの影響を多少は受けているのかもしれないがそれだけではない。ヘイダに尋ねられた時も自分の強さに不安があった。まだまだ自信が持てる域に達していないと痛感したのだ。
直近だとナルサスやナハトールを倒しはしたものの彼らの強さは黒威の力という紛い物だった為、達成感や己の強さをあまり実感できなかったのも大きい。
「・・・それはあの黒い竜を倒してからでもいいかな?」
「クレイス?」
「ほう?お前にしちゃ随分執着してるな。」
彼らとの付き合いも長いので隠し事をする必要はないだろう。さらりと本心を伝えるとショウは目を丸くして、カズキは不敵な笑みを浮かべて次の言葉を待っている。
「僕も王族として、次期国王として納得のいく強さが欲しいんだ。せめて女の子に尋ねられた時、自信をもって頷けるくらいには。」
「よしっ!んじゃ決まりだな!!」
「・・・・・貴方の性格はよく存じ上げておりますから今更説得するつもりはありませんが無茶だけはしないようにして下さいね?」
「うん!!任せて!!」
カズキも未練が残っていたのか元気よく賛同してくれたのでこの世界での目的は確定したがそうなると黒い竜に関して分析、対策を立てる必要がある。
一度は討伐した死体が消えた事、砂嵐との関係、ヴァッツがある意味仲間外れという形になるのだから土産話として黒い竜の容姿や戦いの内容はしっかりと記憶しておくべき等々。
3人は余裕が生まれたのもあってか、楽しそうに話し合いを進めていくとまたもカズキが何かを察したようだ。
「・・・どうやら生き残りがいるみたいだな。」
地下都市全体を見て回る余力がなかったので誰かがいてもおかしくはない。しかしどのような人物かを確かめようと声をかけた時、相手は一方的に銃という武器で攻撃してきたので3人は速やかに対応した。
どどどどんっ!!ぎんぎんぎんぎんぎんっ!!!
弾丸の発射音と同時にカズキが刀で叩き落そうと振るったまではよかったがその速さと威力は尋常ではない。クレイスも急いで相手の手足を土の塊で覆って身動きを封じたものの実害は思いの外大きかった。
「ああっ?!か、刀が・・・てめぇぇぇ?!」
見ればカズキの愛刀に細い縦ひびが走っている。初めて銃の攻撃を目の当たりにしたがどうやら石弓とは比べ物にならない代物らしい。
「ひぇっ?!な、なな、何だっ?!俺の手足が・・・ど、どうなってるんだっ?!」
それから相手の姿を確認するとかなりやせ細った青年だろうか?見た目が不健康過ぎて年上である事くらいしかわからない男が怯えた声を漏らすと怒りを内包したカズキはその襟首を掴んでショウの前に投げて寄越すのだった。
「ぐへっ!」
背中から落下した顔色の悪い青年は情けない声を漏らしながら怯えた双眸をこちらに向けてきた。ちなみにカズキの興味は床に落ちた銃に向けられていたようで拾い上げると不思議そうに弄り回している。
「えっと、まずは地下都市に勝手に御邪魔した事を謝罪させて下さい。」
「かといって一方的に襲われる謂れはありません。こちらへの謝罪は結構ですので貴方とこの国の名前、地下都市と地上の状況を知っている限り教えて頂けますか?」
クレイスの謝罪を遮ってまで口を挟んできたショウは手近にある紐で青年を素早く拘束ながら詰問している所を見るに相当苛立ちを覚えたらしい。冷酷な視線を向けると相手も不思議な事を言い出した。
「・・・こ、殺せ!!飲み込まれるくらいならいっそ一思いに殺してくれっ!頼むっ!なっ?!」
こちらの質問に答える気がないのか恐怖を与え過ぎたのか。何故そのような懇願をしてくるのかわからない2人は思わず顔を見合わせるとそこに銃声が鳴り響く。
びきゅんっ!!
すると弾丸が青年の足元に突き刺さって小さな穴をあけたのだがこれにより彼は更に取り乱してしまった。
「ひぇぇっ?!あ、危ないだろっ?!当たったらどうするんだっ?!」
「え?だってお前死にたいんだろ?だったら自分の武器で介錯してやるのが情けってもんじゃねぇの?」
見ればカズキが銃を構えながらこちらに楽しそうな笑みを浮かべている。この時クレイスも次に触らせて欲しいと思ったのは内緒だ。
それにしてもこの青年は何なのだろう。不意を突いて攻撃してきた事から侵入者を排除する為に行動していたのは間違いない筈だ。そして殺してくれと宣わっているのにいざ攻撃されると酷く怯えてしまう。
精神が衰弱しているとこういう状態に陥るのか。よくわからないクレイスは落ち着いてもらう為に腕の拘束を外すと彼に一杯の水を差し出した。
「2人とも、ちょっと過激な行動は控えて。えっと、僕はクレイス、赤毛の青年はショウで銃を撃っちゃったのはカズキっていいます。」
「・・・お、俺はチョビムだ。お、お前達、タトフィの仲間じゃないの、か?変な格好をしてるし・・・」
マークスと邂逅した時も思ったがこの世界の住人からはクレイス達の衣装は相当おかしな格好に見えるらしい。こちらとしては至って正装だと思うのだが今は些細な事だ。
「あの、タトフィって誰の事ですか?」
まずは彼が怯えながら漏らした人物について尋ねてみると更に顔色を悪くして周囲をきょろきょろと警戒する。
「お、俺もよくわかってないんだ。た、ただ、奴は別世界からやってきた教祖らしい。邪教『ハルタカ』のな!」
再び新しい固有名詞が出てきたのでクレイスは2人と頷いて深く記憶に留める。それからチョビムも若干の落ち着きを取り戻すと彼が突然この地下都市『バフ』にやってきた事と、その影響から規律や理性が書き換えられていったと説明してくれる。
「ふむふむ。確かに世界が崩壊していく中、何かに縋るという意味で宗教は最適解ですね。」
「お、俺は見、たんだっ!あ、あいつが人間を飲み込むのをっ!!」
しかし説明を聞いて再び3人は顔を見合わせた。それはエフラのように困窮の結果、人を食すみたいなものではなさそうだ。
彼が最も取り乱す原因はここにあるらしいのでクレイスが優しく質問していくとその異邦人は儀式で体を変貌させて生贄である人間を飲み込むのだという。
「さ、最初は皆、地上にいる黒い竜を消滅させたくて、人外の力には人外の力で対抗するしかないって、お、思ってたんだ・・・でも奴は・・・俺達を餌くらいにしか考えていなかったんだ・・・!」
それから1人、また1人と生贄に捧げられ、地下都市内では異変と恐怖を機敏に捉えて引き籠っていたチョビムだけが取り残されてしまい、かといって地上の黒い竜が討伐された気配もなく最悪の状態になっているようだ。
「そ、そこからは俺一人だけの街になった。タトフィも新たな獲物を探して別の地下都市でも探しに行ったんじゃないか、な。そ、そこにお前達が現れたって訳さ!」
全てを話し終えたチョビムだけは満足そうだったがこちらは理解に苦しむ内容だと言わざるを得ない。
なので最も気になった姿を変貌させる点について、どのような形になるのかを尋ねてみると彼は下半身がタコやイカのような足になるとだけ教えてくれるのだった。
「ま、ウンディーネも下半身が魚だしな。そういう奴がいてもおかしくはないだろ。」
それを聞いたカズキがさらりと流すもクレイスは慎重だ。彼女が人を食べたりはしないのは明白として、特徴から考えるともしかして自分達の知らない『魔族』の可能性はある。
自身も一度お水を飲もうと水滴が堪った炊事場に足を運んだ時、チョビムが蛇口の存在とその使用方法を教えてくれた事で新たな感動に心を奪われるが今は対処すべき問題に無理矢理思考を引き戻した。
「地上は黒い竜に支配されており地下では人間が飲み込まれ続ける。う~む、かなり酷い世界に迷い込んでしまったようですね。」
ショウも自分の世界ではないからだろう。随分楽観的に絶望を口にするとチョビムも沈んだ暗い笑顔を浮かべるしかないようだ。
「・・・だったらそのタトフィって奴も僕が討伐しよう!」
「おお~!お前、この世界に来てから俺より血気盛んだな?!」
今回は王族の血が滾っただけなのだが最終的にやる事は同じなので反論するのは止めておく。ただそうなると2つの敵についてしっかり情報を聞き出す必要があるのだがチョビムは協力してくれるだろうか。
「た、頼もしいね。で、でも・・・君達を信用出来るかっていう問題が・・・ひぇっ?!じ、銃口を向けないでっ?!」
「何言ってんだ?あの時すぐ殺されなかっただけでも信用材料だろ、な?」
相変わらず過激な言動だが正論には違いない。クレイスも再び優しく問いかけるとチョビムも再び落ち着きを取り戻して知っている情報をゆっくり語り始めた。
「で、でも俺の知ってる情報はタトフィ関連がほとんどさ。ま、まず『ハルタカ』の旗印なんだけど髑髏に蛇が巣食う図柄になってる。ぶ、不気味だから見ればすぐわかると思うよ。」
それから格好が長衣の官服らしいのと薄い緑掛かったくせ毛の中年である事、優しい声色と口調で初対面だと警戒するのが難しい等を教えてもらうが黒い竜の情報は無きに等しい。
だがこれにも明確な理由があった。それは関わっていたのが国家だという点だ。つまり詳しい情報は極一部の重臣にしかわからないのだ。
結局砂嵐との関連性くらいしか考察材料がなく、先にタトフィを倒す事になるかもしれないと考えているとチョビムはお詫びと言って携帯食の作り方を教えてもらった。
多分、恐らく作り方、なのだろう。
3人は彼の案内でもう少し綺麗で広い家屋に案内してもらうとそこで親指ほどの四角い灯篭を押すよう指示される。ここは用心の為ショウがよくわからないままそれを押すと妙な音と共に壁の中が何やら動き出したのだ。
思わず他の面々が武器を構えるもチョビムが慌ててこちらを止めてきた。何でも今壁の中では食事が作られているのだという。
「・・・まじか?この中に調理人でもいるのか?」
「い、いやいや!全部機械仕掛けだよ!あ、そ、そっか。機械には疎い感じ、なのかな?」
機械と言われると時計や工場しか思いつかなかったが5分も経たないうちに小さな小窓からエフラに貰ったような携帯食が出てくると3人は驚いて固まってしまう。
もしかするとクレイス達は地下都市の構造や機械についてもっと教えてもらった方がいいのかもしれない。
ショウもいち早く痛感したのか、そこから4人での食事を始めると別世界の文明について様々な知見を手に入れては感嘆の溜息をもらすのだった。
その夜は念の為とカズキが寝ずに番をしてくれたのだが翌朝、様々な知識と整理を終えたクレイスは1つの可能性と作戦を思い立つ。
「あのさ、今日は僕が1人で黒い竜に挑んでくるよ。」
これにはチョビムが唖然としていたが友人達は止めるよりも先に詳しい事情を促して来た。
「黒い竜と砂嵐に相互作用があるって話だったじゃない?だからまだ健在してるんだったら一度海の上に引っ張り出そうと思ってさ。」
「お~なるほど。勝算はあるのか?」
「うん。昨日海に行ったんだけどその上に嵐は無かった。つまりあいつの力は影響が及ばないのか及べないのか、だと思うんだよね。どうかな?」
「・・・面白い考察ですね。念の為カズキには地上の出入り口付近で待機してもらえるのであれば私は賛成です。」
「だ、大丈夫かい?き、君たちは異邦人だけどその、ま、まともだからね。無駄死にはしないでくれ、よ?」
相変わらずおどおどしてはいるが気にかけてくれる気持ちは素直にうれしい。そんな彼の期待に応えられるようクレイスは眩しい笑顔を向けて安心させると早速黒い竜を探すために空へ飛び立つのだった。
今回はこの世界の利器である防塵眼鏡を装備しているお蔭で砂嵐の中でも良好な視界が確保出来ていた。
ただ景色は砂地一色なので1人で遠くへ行くわけにはいかない。用心深く『バフ』の周辺を螺旋状に飛び回るに留めるがやはり遭遇するのは難しいのか。
この日は収穫なく帰還して皆に報告するとチョビムが何度か頷いた後またもこの世界の利器を用意してくれる。
「こ、これは地図になるんだ。各国の信号にも反応してるから、つ、使える筈だよ。」
それは四角い石板のようだが画面と呼ばれる部分にはこの世界の大陸が浮かび上がるという摩訶不思議な代物らしい。
利便性よりも好奇心で3人がぺたぺたと触るが落ち着きを取り戻したチョビムも楽しそうに見守っている。ちなみにこれは電気というものを使用するようで定期的に供給しなくてはならないらしい。
話を聞いてもよくわからなかったがこれを持って外に出れば迷う心配はなさそうだ。ここにきて自分達が別世界にやってきたのだと深く実感したクレイスはゆっくり休むと翌朝、今度は捜索範囲を相当広げて空を飛ぶ。
(・・・ちょっと飛べば他の地下都市にも行けるんだな。)
石板で自分の位置を確かめるという初めての経験に注意力が散漫していたのだろう。この日は飛び立ってすぐに黒い竜と遭遇するとクレイスは慌ててその前に躍り出た後、攻撃が届きそうな距離を保ちつつ海まで誘導してみる。
しばらくして砂嵐を抜けたクレイスが海上に飛び出したのだが黒い竜はどうするのか。興味で高鳴る旨を抑えつつ巨大な影を目で追っていると予想外の現象が起こった。
何と奴は以前討伐した時と同様、みるみる姿が薄くなっていって消え去ってしまったのだ。
「・・・幻なのかな?戦った時はしっかり肉質を感じたんだけどな・・・」
この世界は本当に不思議な事だらけだ。念の為黒い竜が消えた位置を飛び回ってみたものの見えなくなっているとかではないらしい。
収穫はあったが全く理解の追い付かなかったクレイスは小首を傾げながら地下都市へ戻り、早速全てを報告すると3人も様々な可能性を考えては意見を交える。
「まじで訳わかんねぇな。俺もしっかり手ごたえはあったんだぜ?でも消えるんだろ?何なんだあいつ?」
「・・・い、一応立体映像っていう技術はあるんだよ。で、でも2人は手ごたえを感じてたんだよね?う、う~ん。あれも別世界から来てるみたいだし、お、俺の知識ではわからないのかも・・・」
「・・・・・これは私達の想像を遥かに超える存在のようですね。あまり深入りせずに一度タトフィとやらを探してみるのもいいかもしれません。」
3人の意見には頷くものばかりだが同時に己の無力さに打ちひしがれる。ヘイダとも約束したのに自分の力は、刃はあの黒い竜に届かないのだろうか。
不安が積み重なる一方、ショウの意見はそれをある程度打ち消してくれた。そうだ、あれだけに拘らなくとも自分達にはもう1つやらねばならない事が残っているのだ。
「・・・それじゃ明日は別の地下都市に向かってみようか。チョビムさんもご一緒にどうですか?」
「えぇっ?!お、俺はその・・・他の国って行った事ないからなぁ・・・で、でもクレイス達が一緒なら、行ってみてもいい、のかな?」
「是非お願いしたいですね。私達はこの世界について知らない事ばかりですから。」
「俺も構わねぇぜ。弾丸で刀をおしゃかにされたからな~是非その知識で代わりになる武器を教えてもらいたいな~?」
「えぇっ?!あ、はい・・・そ、そういえば銃弾を叩き落してたね。そ、そんな人に見合う武器ってこの世界にあったかな・・・」
どうやらカズキも破格の域に達しているらしい。代替品を考えるチョビムを他所にクレイスは嬉しいような悔しいような気持ちの中、その夜はゆっくりと体を休めながらどの国に向かうかを相談するのだった。
その頃、件の教祖タトフィは少し離れた地下都市で『ハルタカ』の教えを読み聞かせていた。
「さぁ、神に祈りを捧げましょう。さすれば黒い竜など必ず打ち滅ぼして下さります。」
そうして今夜もまた一人、自分の餌となって体内に吸収されていくのだ。救いを求めて自我を放棄した人間達が。
既に世界の終わりを実感していた人心は非常に脆く、そして扱いやすい。別世界に降り立った時はどうなる事かと思ったが何のことは無い。この世界は自分の獲物に満ち溢れているのだから。
「なるべく地上に近い所を飛んで下さい。別の灯篭が見つかるかもしれませんから。」
「でもそれだと黒い竜に見つからないかな?」
黒い竜の死体が消えてしまったのだから生死の判断は難しい。そこに関してはカズキも同意しているのだが多少の危険を冒しても他の地下都市について調べたいそうだ。
「ま、その時はその時だろ。黒い竜に襲われたら消耗の少ない判断をすればいいだけだ。」
なのでクレイスは海へ意識を集中させつつ他の二人が地上に目を光らせて空を飛び続けていると砂嵐の隙間から海らしき景色が見えてくる。
だが近づいていっても独特の潮の香はしない。もしかして淡水なのだろうか?せめて魚が泳いでいればと期待を胸に近づいていった時、ショウが例の灯篭っぽい光源を見つけた事で一先ず3人は立ち寄る選択をするのだった。
「さて、やはりこの地も困窮しているのでしょうか。」
見た所出入口の仕組みや外観はヘイダの住んでいた所とほぼ同じだった。金属で出来た床や天井の通路を奥に進んでいくとやはり開けた場所に出たのだが人の気配は全くない。
「随分静かだね。」
「だな。もう全滅したのか極端に人口が減っているのか。何にせよ水くらい確保したいよな。」
考えてみればショウだけはここまで飲まず食わずなのだ。カズキのぼやき通り何かしら口に入れられるものを見つけ出したいが2人は初めて入る地下都市の造りに目が釘付けらしい。
一通り感動を覚えた3人は手前の建物からしらみ潰しに探索して回ると水が滴る金属製の管を発見する。それを器に溜めれば何とか飲み水は確保出来そうだ。
「しかし生物が全く見当たらねぇな。地下だしこんなもんなのか?」
「水と太陽が無いと生きてはいられないのでしょう。人間はわかりませんが。」
そうなると食料を見つけ出すのは難しいだろう。体力の消耗も考えて3人は自分達の休める場所を確保した後その日は無理をせず体を休めるのだった。
そして翌日。いよいよ海らしき場所に向かって一人で向かったクレイスは巨大水球に身を沈めて海に潜ってみる。
すると視界は悪かったものの魚影らしきものを感じると歓喜のあまり黒い竜の存在も忘れて全力で水槍を放った。ただ数はそれほど生息していないようなので6匹ほどに留めると地下都市に戻って早速調理を開始する。
「う~ん。何かないかな・・・せめて塩があれば全然違うんだけど・・・」
「後は薪だよな。ほんと燃えそうな素材が少ないから探すのも大変だぜ。」
それでも炊事場らしい戸棚の扉を細かく砕けば火は熾せそうだ。他に塩も残っていたので後はクレイスが知識を全開放して初めて触れる魚の下ごしらえを始めると目の色だけはとても気になった。
この時はよくわからなかったがどうやら日の光をほとんど浴びなくなったせいで退化の途中だったらしい。真っ白な目は死んでいるのかと疑ったがここまで来て食べないという選択はあり得ない。
心持ち多めに塩を刷り込んで内臓も綺麗に取り除く。後は炎でじっくり焼けば完成だ。
「・・・・・とてもいい香りです。まだ駄目でしょうか?」
流石に三日何も食べていないショウが珍しく急かしてくるとクレイスも笑みを浮かべてしまう。
「見た事のない魚だからね。出来るだけしっかり熱を通そう。」
大きさは1尺(約30cm)にも満たないが骨は少ないので身はしっかり詰まっている。鱗も小さく脆かったので皮ごと頂けるはずだと説明しながら時間をつぶし、食べごろになるとまずはショウにそれを渡す。
「もし毒気があったら無理せず吐き出してね?」
といってもカズキも限界だったのか。床に突き刺していた串を抜くとかぶりつき始めたのでクレイスも手を伸ばして味を見てみる。
うん。白身は淡泊で薄味なのに塩を塗り込み過ぎたのか、とても濃い味付けとなったが三日ぶりだとこれくらいが丁度いいのだろう。三人は無言で二匹ずつ平らげるとやっと生存の道を見出せた喜びから自然と笑い合っていた。
食と住を確保出来た彼らの最終目的は元の世界に帰る事、そしてその日が来るまで生き延びる事だ。
「しかしこんな状態じゃ手掛かりもくそもあったもんじゃねぇ。そろそろあいつに声かけてみねぇか?」
やっと満腹になったカズキが薄暗い部屋で切り出すとクレイスもショウと顔を見合わせる。それは唯一この場にいない友人の事を指しているのだろう。
確かに彼を呼べば何の苦労もなく全てが解決出来るかもしれない。この崩壊した世界にも確実な平和が訪れるのかもしれない。
だがクレイスの心には1つの野望が芽生えていたのだ。あの黒い竜を討伐したいという傲慢すぎる野望が。
これもまたカズキの影響を多少は受けているのかもしれないがそれだけではない。ヘイダに尋ねられた時も自分の強さに不安があった。まだまだ自信が持てる域に達していないと痛感したのだ。
直近だとナルサスやナハトールを倒しはしたものの彼らの強さは黒威の力という紛い物だった為、達成感や己の強さをあまり実感できなかったのも大きい。
「・・・それはあの黒い竜を倒してからでもいいかな?」
「クレイス?」
「ほう?お前にしちゃ随分執着してるな。」
彼らとの付き合いも長いので隠し事をする必要はないだろう。さらりと本心を伝えるとショウは目を丸くして、カズキは不敵な笑みを浮かべて次の言葉を待っている。
「僕も王族として、次期国王として納得のいく強さが欲しいんだ。せめて女の子に尋ねられた時、自信をもって頷けるくらいには。」
「よしっ!んじゃ決まりだな!!」
「・・・・・貴方の性格はよく存じ上げておりますから今更説得するつもりはありませんが無茶だけはしないようにして下さいね?」
「うん!!任せて!!」
カズキも未練が残っていたのか元気よく賛同してくれたのでこの世界での目的は確定したがそうなると黒い竜に関して分析、対策を立てる必要がある。
一度は討伐した死体が消えた事、砂嵐との関係、ヴァッツがある意味仲間外れという形になるのだから土産話として黒い竜の容姿や戦いの内容はしっかりと記憶しておくべき等々。
3人は余裕が生まれたのもあってか、楽しそうに話し合いを進めていくとまたもカズキが何かを察したようだ。
「・・・どうやら生き残りがいるみたいだな。」
地下都市全体を見て回る余力がなかったので誰かがいてもおかしくはない。しかしどのような人物かを確かめようと声をかけた時、相手は一方的に銃という武器で攻撃してきたので3人は速やかに対応した。
どどどどんっ!!ぎんぎんぎんぎんぎんっ!!!
弾丸の発射音と同時にカズキが刀で叩き落そうと振るったまではよかったがその速さと威力は尋常ではない。クレイスも急いで相手の手足を土の塊で覆って身動きを封じたものの実害は思いの外大きかった。
「ああっ?!か、刀が・・・てめぇぇぇ?!」
見ればカズキの愛刀に細い縦ひびが走っている。初めて銃の攻撃を目の当たりにしたがどうやら石弓とは比べ物にならない代物らしい。
「ひぇっ?!な、なな、何だっ?!俺の手足が・・・ど、どうなってるんだっ?!」
それから相手の姿を確認するとかなりやせ細った青年だろうか?見た目が不健康過ぎて年上である事くらいしかわからない男が怯えた声を漏らすと怒りを内包したカズキはその襟首を掴んでショウの前に投げて寄越すのだった。
「ぐへっ!」
背中から落下した顔色の悪い青年は情けない声を漏らしながら怯えた双眸をこちらに向けてきた。ちなみにカズキの興味は床に落ちた銃に向けられていたようで拾い上げると不思議そうに弄り回している。
「えっと、まずは地下都市に勝手に御邪魔した事を謝罪させて下さい。」
「かといって一方的に襲われる謂れはありません。こちらへの謝罪は結構ですので貴方とこの国の名前、地下都市と地上の状況を知っている限り教えて頂けますか?」
クレイスの謝罪を遮ってまで口を挟んできたショウは手近にある紐で青年を素早く拘束ながら詰問している所を見るに相当苛立ちを覚えたらしい。冷酷な視線を向けると相手も不思議な事を言い出した。
「・・・こ、殺せ!!飲み込まれるくらいならいっそ一思いに殺してくれっ!頼むっ!なっ?!」
こちらの質問に答える気がないのか恐怖を与え過ぎたのか。何故そのような懇願をしてくるのかわからない2人は思わず顔を見合わせるとそこに銃声が鳴り響く。
びきゅんっ!!
すると弾丸が青年の足元に突き刺さって小さな穴をあけたのだがこれにより彼は更に取り乱してしまった。
「ひぇぇっ?!あ、危ないだろっ?!当たったらどうするんだっ?!」
「え?だってお前死にたいんだろ?だったら自分の武器で介錯してやるのが情けってもんじゃねぇの?」
見ればカズキが銃を構えながらこちらに楽しそうな笑みを浮かべている。この時クレイスも次に触らせて欲しいと思ったのは内緒だ。
それにしてもこの青年は何なのだろう。不意を突いて攻撃してきた事から侵入者を排除する為に行動していたのは間違いない筈だ。そして殺してくれと宣わっているのにいざ攻撃されると酷く怯えてしまう。
精神が衰弱しているとこういう状態に陥るのか。よくわからないクレイスは落ち着いてもらう為に腕の拘束を外すと彼に一杯の水を差し出した。
「2人とも、ちょっと過激な行動は控えて。えっと、僕はクレイス、赤毛の青年はショウで銃を撃っちゃったのはカズキっていいます。」
「・・・お、俺はチョビムだ。お、お前達、タトフィの仲間じゃないの、か?変な格好をしてるし・・・」
マークスと邂逅した時も思ったがこの世界の住人からはクレイス達の衣装は相当おかしな格好に見えるらしい。こちらとしては至って正装だと思うのだが今は些細な事だ。
「あの、タトフィって誰の事ですか?」
まずは彼が怯えながら漏らした人物について尋ねてみると更に顔色を悪くして周囲をきょろきょろと警戒する。
「お、俺もよくわかってないんだ。た、ただ、奴は別世界からやってきた教祖らしい。邪教『ハルタカ』のな!」
再び新しい固有名詞が出てきたのでクレイスは2人と頷いて深く記憶に留める。それからチョビムも若干の落ち着きを取り戻すと彼が突然この地下都市『バフ』にやってきた事と、その影響から規律や理性が書き換えられていったと説明してくれる。
「ふむふむ。確かに世界が崩壊していく中、何かに縋るという意味で宗教は最適解ですね。」
「お、俺は見、たんだっ!あ、あいつが人間を飲み込むのをっ!!」
しかし説明を聞いて再び3人は顔を見合わせた。それはエフラのように困窮の結果、人を食すみたいなものではなさそうだ。
彼が最も取り乱す原因はここにあるらしいのでクレイスが優しく質問していくとその異邦人は儀式で体を変貌させて生贄である人間を飲み込むのだという。
「さ、最初は皆、地上にいる黒い竜を消滅させたくて、人外の力には人外の力で対抗するしかないって、お、思ってたんだ・・・でも奴は・・・俺達を餌くらいにしか考えていなかったんだ・・・!」
それから1人、また1人と生贄に捧げられ、地下都市内では異変と恐怖を機敏に捉えて引き籠っていたチョビムだけが取り残されてしまい、かといって地上の黒い竜が討伐された気配もなく最悪の状態になっているようだ。
「そ、そこからは俺一人だけの街になった。タトフィも新たな獲物を探して別の地下都市でも探しに行ったんじゃないか、な。そ、そこにお前達が現れたって訳さ!」
全てを話し終えたチョビムだけは満足そうだったがこちらは理解に苦しむ内容だと言わざるを得ない。
なので最も気になった姿を変貌させる点について、どのような形になるのかを尋ねてみると彼は下半身がタコやイカのような足になるとだけ教えてくれるのだった。
「ま、ウンディーネも下半身が魚だしな。そういう奴がいてもおかしくはないだろ。」
それを聞いたカズキがさらりと流すもクレイスは慎重だ。彼女が人を食べたりはしないのは明白として、特徴から考えるともしかして自分達の知らない『魔族』の可能性はある。
自身も一度お水を飲もうと水滴が堪った炊事場に足を運んだ時、チョビムが蛇口の存在とその使用方法を教えてくれた事で新たな感動に心を奪われるが今は対処すべき問題に無理矢理思考を引き戻した。
「地上は黒い竜に支配されており地下では人間が飲み込まれ続ける。う~む、かなり酷い世界に迷い込んでしまったようですね。」
ショウも自分の世界ではないからだろう。随分楽観的に絶望を口にするとチョビムも沈んだ暗い笑顔を浮かべるしかないようだ。
「・・・だったらそのタトフィって奴も僕が討伐しよう!」
「おお~!お前、この世界に来てから俺より血気盛んだな?!」
今回は王族の血が滾っただけなのだが最終的にやる事は同じなので反論するのは止めておく。ただそうなると2つの敵についてしっかり情報を聞き出す必要があるのだがチョビムは協力してくれるだろうか。
「た、頼もしいね。で、でも・・・君達を信用出来るかっていう問題が・・・ひぇっ?!じ、銃口を向けないでっ?!」
「何言ってんだ?あの時すぐ殺されなかっただけでも信用材料だろ、な?」
相変わらず過激な言動だが正論には違いない。クレイスも再び優しく問いかけるとチョビムも再び落ち着きを取り戻して知っている情報をゆっくり語り始めた。
「で、でも俺の知ってる情報はタトフィ関連がほとんどさ。ま、まず『ハルタカ』の旗印なんだけど髑髏に蛇が巣食う図柄になってる。ぶ、不気味だから見ればすぐわかると思うよ。」
それから格好が長衣の官服らしいのと薄い緑掛かったくせ毛の中年である事、優しい声色と口調で初対面だと警戒するのが難しい等を教えてもらうが黒い竜の情報は無きに等しい。
だがこれにも明確な理由があった。それは関わっていたのが国家だという点だ。つまり詳しい情報は極一部の重臣にしかわからないのだ。
結局砂嵐との関連性くらいしか考察材料がなく、先にタトフィを倒す事になるかもしれないと考えているとチョビムはお詫びと言って携帯食の作り方を教えてもらった。
多分、恐らく作り方、なのだろう。
3人は彼の案内でもう少し綺麗で広い家屋に案内してもらうとそこで親指ほどの四角い灯篭を押すよう指示される。ここは用心の為ショウがよくわからないままそれを押すと妙な音と共に壁の中が何やら動き出したのだ。
思わず他の面々が武器を構えるもチョビムが慌ててこちらを止めてきた。何でも今壁の中では食事が作られているのだという。
「・・・まじか?この中に調理人でもいるのか?」
「い、いやいや!全部機械仕掛けだよ!あ、そ、そっか。機械には疎い感じ、なのかな?」
機械と言われると時計や工場しか思いつかなかったが5分も経たないうちに小さな小窓からエフラに貰ったような携帯食が出てくると3人は驚いて固まってしまう。
もしかするとクレイス達は地下都市の構造や機械についてもっと教えてもらった方がいいのかもしれない。
ショウもいち早く痛感したのか、そこから4人での食事を始めると別世界の文明について様々な知見を手に入れては感嘆の溜息をもらすのだった。
その夜は念の為とカズキが寝ずに番をしてくれたのだが翌朝、様々な知識と整理を終えたクレイスは1つの可能性と作戦を思い立つ。
「あのさ、今日は僕が1人で黒い竜に挑んでくるよ。」
これにはチョビムが唖然としていたが友人達は止めるよりも先に詳しい事情を促して来た。
「黒い竜と砂嵐に相互作用があるって話だったじゃない?だからまだ健在してるんだったら一度海の上に引っ張り出そうと思ってさ。」
「お~なるほど。勝算はあるのか?」
「うん。昨日海に行ったんだけどその上に嵐は無かった。つまりあいつの力は影響が及ばないのか及べないのか、だと思うんだよね。どうかな?」
「・・・面白い考察ですね。念の為カズキには地上の出入り口付近で待機してもらえるのであれば私は賛成です。」
「だ、大丈夫かい?き、君たちは異邦人だけどその、ま、まともだからね。無駄死にはしないでくれ、よ?」
相変わらずおどおどしてはいるが気にかけてくれる気持ちは素直にうれしい。そんな彼の期待に応えられるようクレイスは眩しい笑顔を向けて安心させると早速黒い竜を探すために空へ飛び立つのだった。
今回はこの世界の利器である防塵眼鏡を装備しているお蔭で砂嵐の中でも良好な視界が確保出来ていた。
ただ景色は砂地一色なので1人で遠くへ行くわけにはいかない。用心深く『バフ』の周辺を螺旋状に飛び回るに留めるがやはり遭遇するのは難しいのか。
この日は収穫なく帰還して皆に報告するとチョビムが何度か頷いた後またもこの世界の利器を用意してくれる。
「こ、これは地図になるんだ。各国の信号にも反応してるから、つ、使える筈だよ。」
それは四角い石板のようだが画面と呼ばれる部分にはこの世界の大陸が浮かび上がるという摩訶不思議な代物らしい。
利便性よりも好奇心で3人がぺたぺたと触るが落ち着きを取り戻したチョビムも楽しそうに見守っている。ちなみにこれは電気というものを使用するようで定期的に供給しなくてはならないらしい。
話を聞いてもよくわからなかったがこれを持って外に出れば迷う心配はなさそうだ。ここにきて自分達が別世界にやってきたのだと深く実感したクレイスはゆっくり休むと翌朝、今度は捜索範囲を相当広げて空を飛ぶ。
(・・・ちょっと飛べば他の地下都市にも行けるんだな。)
石板で自分の位置を確かめるという初めての経験に注意力が散漫していたのだろう。この日は飛び立ってすぐに黒い竜と遭遇するとクレイスは慌ててその前に躍り出た後、攻撃が届きそうな距離を保ちつつ海まで誘導してみる。
しばらくして砂嵐を抜けたクレイスが海上に飛び出したのだが黒い竜はどうするのか。興味で高鳴る旨を抑えつつ巨大な影を目で追っていると予想外の現象が起こった。
何と奴は以前討伐した時と同様、みるみる姿が薄くなっていって消え去ってしまったのだ。
「・・・幻なのかな?戦った時はしっかり肉質を感じたんだけどな・・・」
この世界は本当に不思議な事だらけだ。念の為黒い竜が消えた位置を飛び回ってみたものの見えなくなっているとかではないらしい。
収穫はあったが全く理解の追い付かなかったクレイスは小首を傾げながら地下都市へ戻り、早速全てを報告すると3人も様々な可能性を考えては意見を交える。
「まじで訳わかんねぇな。俺もしっかり手ごたえはあったんだぜ?でも消えるんだろ?何なんだあいつ?」
「・・・い、一応立体映像っていう技術はあるんだよ。で、でも2人は手ごたえを感じてたんだよね?う、う~ん。あれも別世界から来てるみたいだし、お、俺の知識ではわからないのかも・・・」
「・・・・・これは私達の想像を遥かに超える存在のようですね。あまり深入りせずに一度タトフィとやらを探してみるのもいいかもしれません。」
3人の意見には頷くものばかりだが同時に己の無力さに打ちひしがれる。ヘイダとも約束したのに自分の力は、刃はあの黒い竜に届かないのだろうか。
不安が積み重なる一方、ショウの意見はそれをある程度打ち消してくれた。そうだ、あれだけに拘らなくとも自分達にはもう1つやらねばならない事が残っているのだ。
「・・・それじゃ明日は別の地下都市に向かってみようか。チョビムさんもご一緒にどうですか?」
「えぇっ?!お、俺はその・・・他の国って行った事ないからなぁ・・・で、でもクレイス達が一緒なら、行ってみてもいい、のかな?」
「是非お願いしたいですね。私達はこの世界について知らない事ばかりですから。」
「俺も構わねぇぜ。弾丸で刀をおしゃかにされたからな~是非その知識で代わりになる武器を教えてもらいたいな~?」
「えぇっ?!あ、はい・・・そ、そういえば銃弾を叩き落してたね。そ、そんな人に見合う武器ってこの世界にあったかな・・・」
どうやらカズキも破格の域に達しているらしい。代替品を考えるチョビムを他所にクレイスは嬉しいような悔しいような気持ちの中、その夜はゆっくりと体を休めながらどの国に向かうかを相談するのだった。
その頃、件の教祖タトフィは少し離れた地下都市で『ハルタカ』の教えを読み聞かせていた。
「さぁ、神に祈りを捧げましょう。さすれば黒い竜など必ず打ち滅ぼして下さります。」
そうして今夜もまた一人、自分の餌となって体内に吸収されていくのだ。救いを求めて自我を放棄した人間達が。
既に世界の終わりを実感していた人心は非常に脆く、そして扱いやすい。別世界に降り立った時はどうなる事かと思ったが何のことは無い。この世界は自分の獲物に満ち溢れているのだから。
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