闇を統べる者
若人の未来 -未知との邂逅-
ルアトファと合流出来たラルヴォはとても嬉しそうだったがコクリの心境は真逆のもので埋め尽くされていた。
その理由はただ一つ、彼らが再び旅へ出るかもしれないという点に集約される。元々この地に迷い込むまで2人が旅をしていた話は聞いていたのだから今度は新たな世界を見て回りたいという流れになってもおかしくない。
もちろんラルヴォは多大な恩義を感じているので必ずこの隠れ里に立ち寄ってくれるだろうがコクリの望む形はそうではないのだ。
出来ればそばに置いておきたい。気まぐれなトウケンがふらりと帰って来た時に対処出来るよういつでも準備を整えておきたいのだ。
彼は見た目以上に紳士なので詳しい事情を説明すれば喜んで協力してくれるだろう。しかしこれ以上彼の好意に甘えるのも違う気がする。
「コクリ殿、どうされた?」
最近では気を許し過ぎているのか、食事の最中に亜人種であるラルヴォに声を掛けられると慌てて表情を取り繕う。いかんいかん、心情を読み取られるなど暗殺者として失格だ。
「いえ、何でもありません。」
かといって元来生真面目な彼が気の利いた言い訳が出来る筈もなく、素っ気ない受け答えで終わるとルアトファが核心について切り出した。
「ところでラル、これからどうするの?」
「うむ。そうだな・・・私もこの世界や村が気に入ってはいるのだが元の世界に戻りたい気持ちもある。まずはその方法を探せればと考えているのだがルアトファはどうだ?」
「私も家族に心配はかけたくないんだけど・・・でもここの生活はとっても刺激的だしコクリ様さえ許して頂けるのなら少しの間、滞在したいなって思います。駄目でしょうか?」
「とんでもない。我々もラルヴォ様には大変お世話になっていますので大歓迎です。是非お二人とも心行くまで寛いで下さい。」
一先ず明日明後日に旅立つ事が無くなってほっと安堵の吐息を漏らすも肝心な部分を思い出す。彼らは別世界の住人だという事を。この世界に迷い込んできた話こそ沢山聞いてきたが彼らは元の世界に帰れるのだろうか?
早急に懸念を解決すべくコクリは『トリスト』に詳細を問い合わせてみるのだがこれは彼らにも報告が入っていなかった為、後日入って来た返答は頼りないものしかなかった。
それから時が経ち『ネ=ウィン』の国葬を終えたある日、クレイスは羽を伸ばすべく久しぶりにカズキと訓練場で体を動かしていた。
見目麗しくも強い彼の姿を一目見ようと城内外から人が集まるのはいつも通りだが最近では将軍になったカズキの雄姿を一目見ようとする存在もかなり増えている。
かといって浮ついた気持ちはない。むしろ先日ナハトールを打ち破った方法をまだまだ試したくて遠慮なく魔術の剣を複数展開するとカズキも目の色を変えて喜んでいた。
そこから地上に近い位置での戦いが始まるのだが戦闘狂にして自身の師匠はこちらが右手に握る長剣とは別に自立した4本の魔術の剣を振り回しているにも関わらず両手に握る二刀でそれらに対応してくるではないか。
「す、凄いねっ?!流石はカズキ!!」
「ははっ!!まだまだ弟子には負けねぇよ!!おらっ!!」
しかも唯一物理属性を残した長剣を思い切り弾き飛ばして一気に間合いを詰めてきたのだからクレイスは残る魔術の剣を手に取り慌てて体勢を立て直す。
武器の数は相手の2倍以上あるのに全然有利に立ち回れないのはやはり修業不足なのか。最終的に立ち合い稽古はカズキの勝利で終わると周囲からは惜しみない盛大な歓声が送られていた。
「おっかしいなぁ。あれでナルサスやナハトールは撃退出来たんだよ?カズキ何かズルしてない?」
納得が行かなかったクレイスはショウの執務室に入ると不貞腐れた様子で尋ねるがカズキはからからと笑った後その弱点を教えてくれる。
「おかしくねぇよ。だってお前、長剣を右手でしか振ってないだろ?それが魔術の剣にも出ちまってるんだよ。」
「・・・というと?」
「お前の動きは全部右手の動きそのままなんだ。だから数が多くても見切りやすい。わかったか?」
その答えを聞いてショウも舌を巻くような表情で感心していたがなるほど、これは今後の課題としてしっかり脳裏に刻み込んでおく必要がある。
「・・・え?でもそうなると左手での素振りもしなきゃいけないって事?」
「まぁあの方法で戦うんならそうした方がいいな。少なくとも左右で振れなきゃ俺程度の相手には通用しないぞ。」
カズキ程度の戦士がこの世にどれ程いるのかわからないが彼を超える事を目標に研鑽を積んできたクレイスはここでもまた大きな山に阻まれた。だが時期『トリスト』国王として妥協する道は考えていない。
ならば今日からは左手でも特訓しよう。そう決意して3人は軽く歓談しているとそれは突然起こってしまうのだった。
今まで自分達の世界に来る者は多かったが別世界に飛ばされた話は聞いたことが無い。しかし向こうからこちらに帰って来れていないと考えると至極当然だろう。
ぶふふぉぉおぉぉおおぉぉぉ!!
「うおっ?!な、何だっ?!城内だぞここっ?!」
「うわわっ!!えっ?!ま、魔術っ?!」
「こ、これは・・・?!」
3人はショウの執務室で美味しいお茶を飲みながら近況を語り合っていたはずだ。なのに気が付くと突然砂嵐のど真ん中に放り出されていたのだから驚かずにはいられない。
理解が追い付く筈もなく、その場での会話も難しいと判断したクレイスは一先ず巨大水球に自身も含めた3人を包み込んで上空に移動するとやっと全貌が見えてきた。
「おい、これって何処だ?」
「さぁ?『カーラル大陸』ではなさそうですが・・・どうしましょう。」
「・・・・・」
空が暗雲で覆われており昼か夜なのかの判別も難しく、地上は全て砂漠のようになっているらしい。踊り狂う数多の砂嵐は生物の存在を全て飲み込まんと意志を持って渦巻いているようだ。
そう考えると自分達の世界に迷い込んだ者達はとても幸運なのかもしれない。少なくとも植物が生い茂っており食べたり体を休めるだけの余地は残っているのだから。
「クレイス、魔力の残存量は問題ありませんか?」
「・・・え?う、うん。そうだね、まだ半分は残ってるはずだよ。」
「でしたら海に向かってみましょう。あそこなら魚くらいはいる、かもしれません。」
ショウも困惑気味ではあったもののまずは食を確保しようと考えたのか。遠くに見える海らしき場所に指を指し示したので2人も力強く同意すると異変は更に襲い掛かって来る。
「・・・おい。下から何か来るぞ?!」
カズキの声に慌てて目を向けるとその物体は近づくにつれてより影を濃く、大きくしてきたのでクレイスは急いで移動を開始するが砂嵐から襲い掛かって来たそれはとある『魔族』に似ていた。
ずぼぼぼぼおぉぉっ!!!
砂塵を巻き上げて顔を覗かせたのは魔王バーンの最側近であるティムニールのように大きく、そして彼以上に恐ろしい形相をしている。
「な、何だこいつはっ?!」
「・・・友好的な種族ではなさそうです。そのまま振り切れますか?」
「や、やってみるよっ!」
口を大きく開けている事から察したのか、その奥から何やら妙な力を感じたからか。3人の意見が一致するとクレイスは速度を上げて海に向かうが巨大な竜らしき生物も全身を浮かせてこちらに迫って来るではないか。
ただ巨体が祟っているようで速度はかなり遅い。これなら追い付かれる心配はないだろうと僅かに油断したのが不味かった。
「?!何かやってくるぞ?!クレイス避けろっ!!」
「えっ?!」
どどどどどぉぉぉおおおおぉぉぉんんん!!!
すると竜は口から砂竜巻を放ってきたのだから何も考えずに慌てて避ける。まさか魔術を使って来るとは・・・しかもそれが連続で何本も放たれるのだから堪ったものではない。
「どうする?!戦うか?!」
「ならせめて明日にすべきです。魔力が十全でない今矛を交えるのは危険すぎます。」
「だ、大丈夫!これくらいなら問題ないよ!」
その言葉を聞いたカズキは闘争本能を抑えつけるのが限界に来ていたらしい。彼が何も考えずに巨大水球を飛び出して切り込もうとしたのでショウも慌ててその体を引き戻そうと飛び出した事で3人は大きな隙を与えてしまった。
「ええぇえぇ?!ちょっとっ?!」
全く息の合っていない動きに驚愕の声をもらした後クレイスは一気に加速して2人を回収しながら地上へと向かう。そして降下中、妙な岩山にある光源を見つけるとそこに降り立って警戒態勢に入るのだった。
「悪い悪い!砂嵐を地面と勘違いして飛び出しちまったぜ!んで、あいつはどこだ?!」
カズキらしい言い訳と謝罪は後で受け取るとしてクレイスも決して見失う筈のない巨体を探すが周囲は砂嵐ばかりで一向に姿を現さない。
「・・・・・逃げ切れましたか?」
「そうなのかな?でもかなりしつこそうだったよ?」
少なくとも自分たちが今立っている岩山よりは大きな体だったので相手が身を潜める事は難しい筈だ。それともこの世界ではそういった術があるのか?
決して油断出来ない中、クレイスはカズキとしばらく警戒態勢を取っていたがショウは無防備な様子で謎の光源を指で触ったり角度を変えて凝視したりしている。
「・・・何やってるの?」
「いえ、この光源が非常に不可思議だなと思いまして。灯篭や提灯とも違うようですし・・・この世界特有のものでしょうか?」
2人を信じているからだろう。戦う素振りも見せずに集中して情報を拾い出そうとしていると突然彼の姿が消え去ったのだから大いに驚いた。
「あれっ?!ショウっ?!」
「おい!まだ警戒を怠るなっ?!ってあれ?!ショウどこいった?!」
それは岩肌をぺたぺたと触っている時に起こった現象で視界に捉えていたクレイスも何がどうなったのかさっぱりわからない。しかし同じように岩肌を触れようとした瞬間、その理由が分かったような気がした。
「・・・あれぇっ?!?!」
「先程から慌ただしいですね。黒い竜も現れていないのにどうされました?」
「どうって・・・あれ?!どうなってんだこれ?!」
すぐにカズキもつんのめる様に中へ入ってくると3人は顔を見合わせる。それから再び岩肌の外に出てショウ達がいるであろう方向に視線を向けてもやはり岩肌のままだ。
「・・・これどうなってるの?外から見たらただの岩なのに中は部屋?通路っぽくなってるね?」
「だな。しかもこれ見ろよ。全部金属で出来てる。随分資源を贅沢に使った造りだな~。」
全てが分かる筈も無いのでまずは1つ1つ整理してみよう。どうやらこの岩肌は幻視?の類のようで金属で出来た通路が奥へと続いている。つまりこの場所を隠すためにこのような仕様になっていると考えられるがそれにしても不可思議だ。
「・・・恐らく別世界に飛ばされたとみて間違いないとは思いますが、まさに右も左もわからない状態ですね。」
ショウはいち早く現状を受け入れたのか理解したのか、軽く首をすぼめて感心していたがクレイスの脳裏に大切な人の姿が過ると強い焦りに思考は乱れてしまう。
「・・・僕達帰れる、よね?」
「それは分かりかねますね・・・とにかく奥へ進んでみましょうか。」
対して友人は冷静なままだ。その姿を見て自身も落ち着こうと深呼吸をしてみたのだがルサナ達の姿まで浮かんでくると平静と同時に苦笑もこみ上げていた。
それにしても本当に不思議な場所だ。
所々に長方形の灯篭らしきものが設置してあり、それが炎よりも明るかったので閉塞感のある通路も全く苦にならない。
他には金属で出来た床の上を歩くという初体験は何ともむず痒い感覚に陥らせてくれる。
「・・・この金属柔らかいよね。刀にいいんじゃない?」
「お?わかるか?そうなんだよ~俺も気になってたんだ!」
「ちょっと2人とも?物騒な話よりもまずは情報収集ですよ?後は帰還の方法を探さないと・・・クレイス、大楯に反応はありませんか?」
「ごめんごめん。そうだね・・・今の所罠っぽいものは無いね。」
最近気を抜くとつい戦いの方向に思考がずれてしまうのは師匠の影響だろうか。ショウに釘を刺されたクレイスは謝罪を入れながら土の大楯を三人分ほど間合いを空けて先に進む。
ある程度の不意打ちなら何とか凌げるか?それとも砂嵐の中にいた竜みたいな存在からの攻撃であれば難しいか?警戒しながら歩いていくとやがて見た事のない風景が目に飛び込んできたので3人は思わず息も忘れて見入るのだった。
『魔界』と違って天井が低いのと光源が足りないせいか雰囲気は薄暗く重々しい。換気も足りていないのだろう、加工された石材と金属の臭いも鼻腔の奥に強く届いて来る。
「・・・・・不思議な世界ですね。」
天井と地面が四角い建物で繋がっているのは柱の役目も果たしているのか、それが6棟もあり他の建築物も高さこそ控えめだが全て四角い建物が綺麗に並んでいる。
知識が膨大過ぎて処理が追い付かない中、やっとショウが声を上げてくれると2人も無言で頷くしかなかった。ある意味幻想的とも受け取れるがやはり生物の気配が極端に少ないからだろう。
寂しい場所という率直な感想を胸にクレイスは再び動き始めるとカズキが静かに警戒態勢に入ったのでこちらも準備を整える。
どうやら前方にある城壁らしい建物の陰から5人程がこちらを囲むようにゆっくり近づいてきているらしい。いや、姿を確認する前から人数で数えるのは早計かもしれない。
人間であってくれればいいのだが。黒い竜との邂逅を先に済ませてしまったせいで若干腰の引けた思考が脳裏を過っていると静かにそれらが姿を現す・・・いや、物陰からこちらの様子を窺っている感じか?
「・・・あの、こんにちは!僕達は『カーラル大陸』の『トリスト』王国からやってきました!敵対する意思はありませんので姿を見せて頂けませんか?!」
相手から見てもこちらの姿形が異色なものに見えている可能性はある筈だ。そう考えてクレイスはまず挨拶する道を選択したのだが反応は無い。
「・・・どうする?」
「相手の出方を窺いましょう。話し合えるのならそれが一番です。」
別世界の勝手がわかっていないのもある。カズキも珍しく闘気を控えめに警戒を続ける中、やっと正面にいた人物がゆっくり姿を見せてくる。人、だよね?
顔は帽子らしき物を深くかぶっており大きすぎる眼鏡に口元も襟巻で隠れている為その素顔は全く見えない。確認を取れる特徴といえば手指が人間と同じ形をしており5本ある所くらいだ。
「言葉は理解出来そうだな。俺はマークス、この地下都市の責任者だ。お前達も名前を教えてもらおうか。」
「はい。僕はクレイスです。赤い髪をした彼はショウ、目つきの鋭い方はカズキと言います。」
やや高圧的な態度にカズキの機嫌が悪くなりかけたと思ったのだがどうもクレイスの紹介文が気に入らなかっただけらしい。お互いが認知を終えるとある程度の距離を保ったまま話は進んでいく。
「ふむ。ではこの場所にどうやってやってきた?地上は今黒い竜によって出歩く事は出来ないはずだぞ?それにおかしな恰好も気になるな。」
確かにマークスはこちらと違って随分と不思議な形をした衣装を身にまとっている。暗い色も相まってまるで風呂敷か頭陀袋のようにも見えるがこれも文化の違いなのだろう。
それに他の4人が何かを構えたままなのだ。間合いを十分に取っている事から石弓の類なのは想像に難くないがこちらもいざという時の為に身を躱すか土の大楯を瞬時に展開出来るよう警戒する必要がある。
「えっと、僕達もよくわからなくて。突然この世界に放り出されたと思ったら外は酷い砂嵐だし黒い竜に襲われるしで散々でした。」
「何?あれから逃げおおせたのか?」
「はい。」
地上に降り立ってから追撃は来なかったので断言してもいい筈だ。そう判断して答えると余計に怪しまれる結果になったらしい。
「・・・見た所クレイスとカズキは武器らしい物を所持しているな。ショウは懐が気になるか。ふむ、ではここにいる間はそれらを預からせてもらおう。」
「断る。」
こればかりは2人も止めようがなかった。カズキは戦闘狂という側面から命と同じくらい刀を大切にしているのだ。今では祖父の形見も腰に佩いており、それを未だ信用が置けるかわからない人物に預けるなど絶対に納得しないだろう。
「あの、僕達は誰かに危害を加える気もありませんしご迷惑ならすぐに出ていきますので、その前にこの世界のお話だけでも聞かせて頂けませんか?」
黒い竜も気になる所だが今の自分達に最も必要なのは食料と体を休める場所だ。外は見た所砂漠だらけの荒野なのでせめてその辺りの情報は欲しい。
「・・・お前は随分物分かりがいいな。わかった、椅子を用意しろ。」
するとマークスも譲歩してくれたのか、武器を構えていた1人に命じると男は建物の裏から筒で作られた正体不明の物を持ち出して来たので3人は小首を傾げて顔を見合わせる。
彼は椅子と言っていたが聞き間違いだったか?どう座るか悩む3人を見かねた配下らしい人物は代わりにそれを広げて見せるとなんと座面が布で出来た椅子らしい形になったではないか。
「おお?!これは凄いですね?!ここに・・・座ればいいのかな?!」
「待て待て!罠があるかもしれん!俺が先に座ろう!」
「すみません。彼らはまだ幼稚な部分が残ってまして。ではお先に。」
骨子が金属で出来ている為強度も確保されているのだろう。改めて別世界に来たのだと認識したクレイスはショウが静かに腰かけるのを黙って見届けた後、自身も体をそれに預けるとあまりの心地よさに帰国したら是非作ろうと心に深く刻むのだった。
「で、お前達は人間なのか?」
話し合いが始まると早速マークスからわかりやすい質問が飛んできた。これは双方が警戒する理由なのだろう。3人が黙ってうなずくと相手も納得したのか少し肩の力を抜いて見せた。
「この世界には時々招かれざる来訪者が現れるんだよ。地上の黒い竜もそうだ。」
「はぁ。」
まさかあれと自分達を同列だと思っているのか?というか黒い竜も別世界からやってきたのか?文脈を読み取るとそのような意味で解釈出来てしまうのだがまずは一歩ずつ情報を集めよう。
「来訪者というのは僕達みたいに別世界からやって来た人達の事ですか?」
「ほう?自覚があるのか?」
「はい。僕達の世界にも別世界の存在が迷い込んできていますので。」
存在と言葉を濁したのはそのうち3つ、いや4つが地形ごと現れたからだ。そう考えると黒い竜程度の大きさはまだ小さいほうなのかもしれない。
「ふむ・・・ではその中に世界を滅ぼすような力を保有した奴はいたか?もしいた場合、討伐する事は出来たか?それとも元の世界に帰せるのか?その辺りを知っているのなら教えてもらおう。」
「ここからは私が答えさせていただきます。」
どんどんと溢れ出る質問を前にショウが割って入ってくると周囲の視線が集まる。自ら出張って来たという事は話題の中に何かきっかけがあったのだろう。
「クレイスが代表だろ?端役はすっこんでおいてもらえないか?」
「そういう訳にはいきません。私は『トリスト』王国の左宰相ですから。まず世界を滅ぼすような存在の定義があやふやなのでそこはお答えしかねますが我が国には誰よりも破格の力を持つ大将軍が存在します。よって私達の世界が危機に陥る事はあり得ませんので生殺与奪にこだわる必要もないのです。」
門前払いを振り払った彼がすらすら答えると相手も呆気にとられながら訝しい様子でこちらを窺っている。
「随分と傲慢な答えだな。」
「真理ですよ。しかしその様子だと貴方達も元の世界に帰る方法、帰す方法はご存じないようですね。ふむ・・・・どうしましょう?」
ショウがこちらに問いかけてくるもののクレイスもカズキと顔を見合わせるくらいしか出来ない。ヴァッツがいれば何とでもなるという思考は楽観が過ぎるか?
「折角だから地下都市ってとこを案内してもらいたいな。その石弓も触ってみたい。駄目か?」
だが自分よりも楽観的な意見が出てくると他の面々は目を白黒させてしまう。更に何か癇に障ったのか、マークスの雰囲気が変わったようだ。
「・・・お前達をこの都市に入れるつもりはない。」
「え~何でだよ~別にいいじゃねぇか。減るもんでもないし?」
彼が右手を浅く上げると後方に待機していた4人が再び石弓を構えるがカズキは態度を改めるつもりはないらしい。
「・・・減るな。お前達が街に入ると間違いなく減る。」
「・・・それは食料の事ですか?」
ショウが再び話題に入るとマークスは無言で肯定してくれた。考えてみればここは地下なのだ。日も当たらない場所で育つ作物など限られているしあらゆる生物が成長を阻害されるだろう。
「話が早くて助かるよ。お前達には水すら与えられんのだ。都市の入り口前で休息するくらいは許すが中に入ってきた場合容赦なく殺す。わかったか?」
どうやらこの地下都市も様々な意味で逼迫しているようだ。
やはり自分たちの世界に迷い込んできた彼らは相当恵まれていたのだと改めて納得した3人はせめて寝具になるものを貸与してくれないかだけを交渉すると今度もまた見た事のない不思議な道具を用意してくれるのだった。
「しかし不味いぞ。飯もそうだが水すら無いとなると眠った所で満足に休息出来ん。」
妙にふかふかした柔軟性のある寝具の上で軽く飛び跳ねながら真面目な話を切り出すカズキはその内容とは裏腹にとても楽しそうだ。
「だね。せめて何か食べておきたいけど・・・外は砂嵐だし・・・う~ん。」
自身も魔力を回復させる為しっかりと栄養を取ってから就寝したいがこの世界、地下都市は食糧難で別世界の住人に施せる程余裕は無いらしい。
ショウも執務室の紅茶くらい持ってこれればよかったと珍しくぼやいていたがそこに原住民が姿を現しす事でまた小さな波乱が起きようとしていた。
「おやおや。本当にまだ若い子達じゃないか。」
地下都市への入り口らしい場所から堂々と姿を見せたのは中年の女性だ。しかもマークス達と違い、帽子も眼鏡もかけていないので白い肌と茶色の巻き髪がきちんと確認出来る。
この世界の人間も自分達と変わらない外見を持っている事がやっとわかった3人は顔を見合わせた後僅かに警戒しながら彼女を迎え入れた。
「こんにちは。あの、地下都市の方ですよね?何か御用でしょうか?」
「いや、あなた達に食事も与えないで放置してるってマークスから聞いたからさ。だったら私の所の余り物でよければ分けてあげようかなって思ってね?」
捨てる神あれば拾う神ありというべきか渡りに船というべきか。相手も相当苦労している筈なのに施しを素直に受け取っていいのか。カズキも慎重な姿勢を見せているとショウが静かに頭を下げてまずは謝意を述べる。
「お心遣い誠に感謝いたします。しかし貴方達も非常に困窮しているとお聞きしました。その、部外者である私達にこのような事をして大丈夫なのですか?」
「いいよいいよ!あたしみたいな中年よりよっぽど未来があるもの。別世界からやって来たっていうのに随分落ち着いてて雰囲気も悪くない。だったら未来を考えて投資しておくのも年上の務めさ。」
どうやら見た目通りに優しい人物らしい。母親らしさが垣間見えるので自分の子供のように放っておけなくなったのか、であればここは厚意に甘えてもいいのかもしれない。
「・・・何だそれ?」
「おや?携帯食を知らないのかい?」
それから彼女は見た事のない四角い食器の蓋を取る。すると中には離乳食のような食材の良く分からないものが薄く入っていた。
「「「・・・・・」」」
「さぁさ。お味は最低限のものだけど何も食べないよりはいいだろ?遠慮しないで食べて食べて。」
「いえ、地下都市の現状を考えると無償で戴く訳にはいきません。何か私達に出来る事はありませんか?」
料理の事となると好奇心が人一倍強いクレイスがつい手を伸ばしかけたのだがそこにショウが待ったをかける。確かに相手の好意にだけ甘えるのは王太子としても礼に反するだろう。
再び静かに手を引きながら2人の様子を見守っていると彼女も笑いながら答えた。
「そうだねぇ。でもあなた達みたいな子供を強請るつもりはないんだよ。本当、遠慮しないでおくれ?」
「・・・・・おい女、俺達は元服を済ませてもう2年になる。子供扱いは止めてもらおうか?」
するとまたも突然過ぎるカズキの失礼な発言にこちらの肝が冷えたが彼女は怒る様子もなく、むしろ唖然としながらこちらの年齢を尋ねてくる。
「私達は全員15歳です。」
「おやまぁ・・・それじゃ13歳で元服を?変わった世界から来たんだねぇ・・・」
話を聞くとこちらの世界では20歳が元服の基準らしい。意外な話で文化の違いに感心していると何を思ったのかカズキが彼女の用意した料理と匙を手にして一口だけぱくりと放り込んだ。
「あっ!カズキ!行儀が悪いよ?!」
「んぐっ。いいんだよ、毒見だ毒見。」
そう言われるとクレイスもショウも納得したのだが女性だけは僅かに動揺したらしい。そして3人はその変化を見逃さなかった。
「ぺっ!」
「あっ」
特にカズキは飲み込んだと思われたそれをすぐに吐き捨てると静かに怒気を放ち始める。だが彼女の用意した料理はこちらの想像を超えるものだったようだ。
「・・・む?!これは・・・眠気か?目眩とふらつき、ふむふむ。悪ぃ、俺、寝るわ・・・」
一瞬で怒気をひっこめたカズキはそう言い残すとふわふわの寝具に身を投じてあっというまに就寝してしまった。そして残された3人はそれぞれが複雑な感情を内包して再び向き合う。
「・・・・・さて、もう一度お尋ねしましょう。私達に何をお望みですか?」
「・・・そうだね。出来れば私達の腹を満たす食料になって貰いたかったんだけど、今からでも間に合うかしら?」
やはり別世界では自分達の常識は通用しないらしい。一番頼りになる戦士が深い眠りについた後クレイス達は食えない女性と料理をどう処理すべきか悩み始めるのだった。
「・・・人間を食べねばならない程逼迫しているのは良くわかりました。しかし私達も元の世界に戻ってやらねばならない事があるのです。食材でしたら他をあたって頂けませんか?」
「・・・でもあんた達15歳なんでしょ?若い肉っていうのはどんな生物でも美味しいもんだよ?」
それにしてもこの女性、搦め手が露呈してからの言動が悍ましい。雰囲気もマークスよりずっとどす黒いものを放っているし双眸は飢えた獣のようだ。
「・・・一応お尋ねしますが、もしかして他の別世界から来た人間達も食料にされましたか?」
「さぁ?そこはご想像にお任せするわ。」
この世界は破滅に向かっているのだろう。同族を食さねばならない程に。倫理観を忘れなければ生きていけない程に。
「・・・食材か。だったら外にいる黒い竜を倒せばいいんじゃないかな?」
だからこそクレイスも一番現実的な提案をしたつもりだった。この地下都市にもう食材がないとなれば他に手の届きそうなものといえばあれか海にいるかもしれない魚くらいだ。
「・・・あんた、綺麗な顔をしてるのに冗談の才能はゴミだね。全く笑えないよ?」
「えっ?!ほ、本気なんですけど?!」
「・・・ふむ。そういえばここに来る前も戦うかどうかの話が出てましたね。万全ならいけそうですか?」
「うん。魔力を充実させてカズキと2人、ショウもいてくれるから3人か。いけると思うよ。」
女性だけは下卑たような視線を向けて来ていたがこちらは本気も本気だ。これは彼女達の為じゃない、自分達が生き抜くためでもあるのだから。
「いい加減にしなよ?!あんた達が黒い竜に飲み込まれたら折角の食料も消えちまう!そんなの許さないよ?!」
「ご心配なく。私達の命は私達で護り抜きます。」
最後はショウが短く締めると彼女も口を挟めなくなる。ただ彼は時に非情な判断を下す事を何度も見て来ていた筈なのにすっかり忘れていた。
「では明日決行という事で。クレイスはこの料理を食べてゆっくりお休みください。」
「えっ?!?!だ、だってこれ毒が入ってるんだよね?!」
「え?でも眠り薬ですよね?私が護衛につきますので心配は要りませんよ?」
「・・・ぇぇぇ・・・あの、これ本当に眠くなるだけですよね?死んだりしません?」
「毒なんか入れたらあんた達を食べられなくなるでしょ!っていうか駄目よ?!あんた達は私達のものなんだから!!」
「はいはい。む、しかし妙な行動に出られても困りますね。今更ですが貴女のお名前は?」
「あたし?!あたしはエフラだけど・・・はひゃっ?!」
名前を聞いた瞬間ショウが素早く動いてエフラを後ろ手に捕らえると自分達の寝床近辺に縛り付ける。どうやら人質として扱うつもりらしい。
「さて。これで今夜はゆっくり出来ますね。さぁさぁ、クレイスは早く食べて早く就寝して下さい。」
「う、うん・・・これでいいのかな?エフラさん、ごめんなさい。このお料理頂きます。」
もしかするとこちらの倫理観も消失しているのか。いや、それでも犠牲を出していないのだからまだ理性的に動けてはいるのだろう。
そう信じたクレイスは何の肉で出来ているのかも忘れてそれを平らげた後、一瞬で深い深い眠りにつく。そして妙な悪夢にうなされながら朦朧とした朝を迎えるとカズキの方がぴんぴんしていたので僅かな苛立ちを感じずにはいられないのだった。
その理由はただ一つ、彼らが再び旅へ出るかもしれないという点に集約される。元々この地に迷い込むまで2人が旅をしていた話は聞いていたのだから今度は新たな世界を見て回りたいという流れになってもおかしくない。
もちろんラルヴォは多大な恩義を感じているので必ずこの隠れ里に立ち寄ってくれるだろうがコクリの望む形はそうではないのだ。
出来ればそばに置いておきたい。気まぐれなトウケンがふらりと帰って来た時に対処出来るよういつでも準備を整えておきたいのだ。
彼は見た目以上に紳士なので詳しい事情を説明すれば喜んで協力してくれるだろう。しかしこれ以上彼の好意に甘えるのも違う気がする。
「コクリ殿、どうされた?」
最近では気を許し過ぎているのか、食事の最中に亜人種であるラルヴォに声を掛けられると慌てて表情を取り繕う。いかんいかん、心情を読み取られるなど暗殺者として失格だ。
「いえ、何でもありません。」
かといって元来生真面目な彼が気の利いた言い訳が出来る筈もなく、素っ気ない受け答えで終わるとルアトファが核心について切り出した。
「ところでラル、これからどうするの?」
「うむ。そうだな・・・私もこの世界や村が気に入ってはいるのだが元の世界に戻りたい気持ちもある。まずはその方法を探せればと考えているのだがルアトファはどうだ?」
「私も家族に心配はかけたくないんだけど・・・でもここの生活はとっても刺激的だしコクリ様さえ許して頂けるのなら少しの間、滞在したいなって思います。駄目でしょうか?」
「とんでもない。我々もラルヴォ様には大変お世話になっていますので大歓迎です。是非お二人とも心行くまで寛いで下さい。」
一先ず明日明後日に旅立つ事が無くなってほっと安堵の吐息を漏らすも肝心な部分を思い出す。彼らは別世界の住人だという事を。この世界に迷い込んできた話こそ沢山聞いてきたが彼らは元の世界に帰れるのだろうか?
早急に懸念を解決すべくコクリは『トリスト』に詳細を問い合わせてみるのだがこれは彼らにも報告が入っていなかった為、後日入って来た返答は頼りないものしかなかった。
それから時が経ち『ネ=ウィン』の国葬を終えたある日、クレイスは羽を伸ばすべく久しぶりにカズキと訓練場で体を動かしていた。
見目麗しくも強い彼の姿を一目見ようと城内外から人が集まるのはいつも通りだが最近では将軍になったカズキの雄姿を一目見ようとする存在もかなり増えている。
かといって浮ついた気持ちはない。むしろ先日ナハトールを打ち破った方法をまだまだ試したくて遠慮なく魔術の剣を複数展開するとカズキも目の色を変えて喜んでいた。
そこから地上に近い位置での戦いが始まるのだが戦闘狂にして自身の師匠はこちらが右手に握る長剣とは別に自立した4本の魔術の剣を振り回しているにも関わらず両手に握る二刀でそれらに対応してくるではないか。
「す、凄いねっ?!流石はカズキ!!」
「ははっ!!まだまだ弟子には負けねぇよ!!おらっ!!」
しかも唯一物理属性を残した長剣を思い切り弾き飛ばして一気に間合いを詰めてきたのだからクレイスは残る魔術の剣を手に取り慌てて体勢を立て直す。
武器の数は相手の2倍以上あるのに全然有利に立ち回れないのはやはり修業不足なのか。最終的に立ち合い稽古はカズキの勝利で終わると周囲からは惜しみない盛大な歓声が送られていた。
「おっかしいなぁ。あれでナルサスやナハトールは撃退出来たんだよ?カズキ何かズルしてない?」
納得が行かなかったクレイスはショウの執務室に入ると不貞腐れた様子で尋ねるがカズキはからからと笑った後その弱点を教えてくれる。
「おかしくねぇよ。だってお前、長剣を右手でしか振ってないだろ?それが魔術の剣にも出ちまってるんだよ。」
「・・・というと?」
「お前の動きは全部右手の動きそのままなんだ。だから数が多くても見切りやすい。わかったか?」
その答えを聞いてショウも舌を巻くような表情で感心していたがなるほど、これは今後の課題としてしっかり脳裏に刻み込んでおく必要がある。
「・・・え?でもそうなると左手での素振りもしなきゃいけないって事?」
「まぁあの方法で戦うんならそうした方がいいな。少なくとも左右で振れなきゃ俺程度の相手には通用しないぞ。」
カズキ程度の戦士がこの世にどれ程いるのかわからないが彼を超える事を目標に研鑽を積んできたクレイスはここでもまた大きな山に阻まれた。だが時期『トリスト』国王として妥協する道は考えていない。
ならば今日からは左手でも特訓しよう。そう決意して3人は軽く歓談しているとそれは突然起こってしまうのだった。
今まで自分達の世界に来る者は多かったが別世界に飛ばされた話は聞いたことが無い。しかし向こうからこちらに帰って来れていないと考えると至極当然だろう。
ぶふふぉぉおぉぉおおぉぉぉ!!
「うおっ?!な、何だっ?!城内だぞここっ?!」
「うわわっ!!えっ?!ま、魔術っ?!」
「こ、これは・・・?!」
3人はショウの執務室で美味しいお茶を飲みながら近況を語り合っていたはずだ。なのに気が付くと突然砂嵐のど真ん中に放り出されていたのだから驚かずにはいられない。
理解が追い付く筈もなく、その場での会話も難しいと判断したクレイスは一先ず巨大水球に自身も含めた3人を包み込んで上空に移動するとやっと全貌が見えてきた。
「おい、これって何処だ?」
「さぁ?『カーラル大陸』ではなさそうですが・・・どうしましょう。」
「・・・・・」
空が暗雲で覆われており昼か夜なのかの判別も難しく、地上は全て砂漠のようになっているらしい。踊り狂う数多の砂嵐は生物の存在を全て飲み込まんと意志を持って渦巻いているようだ。
そう考えると自分達の世界に迷い込んだ者達はとても幸運なのかもしれない。少なくとも植物が生い茂っており食べたり体を休めるだけの余地は残っているのだから。
「クレイス、魔力の残存量は問題ありませんか?」
「・・・え?う、うん。そうだね、まだ半分は残ってるはずだよ。」
「でしたら海に向かってみましょう。あそこなら魚くらいはいる、かもしれません。」
ショウも困惑気味ではあったもののまずは食を確保しようと考えたのか。遠くに見える海らしき場所に指を指し示したので2人も力強く同意すると異変は更に襲い掛かって来る。
「・・・おい。下から何か来るぞ?!」
カズキの声に慌てて目を向けるとその物体は近づくにつれてより影を濃く、大きくしてきたのでクレイスは急いで移動を開始するが砂嵐から襲い掛かって来たそれはとある『魔族』に似ていた。
ずぼぼぼぼおぉぉっ!!!
砂塵を巻き上げて顔を覗かせたのは魔王バーンの最側近であるティムニールのように大きく、そして彼以上に恐ろしい形相をしている。
「な、何だこいつはっ?!」
「・・・友好的な種族ではなさそうです。そのまま振り切れますか?」
「や、やってみるよっ!」
口を大きく開けている事から察したのか、その奥から何やら妙な力を感じたからか。3人の意見が一致するとクレイスは速度を上げて海に向かうが巨大な竜らしき生物も全身を浮かせてこちらに迫って来るではないか。
ただ巨体が祟っているようで速度はかなり遅い。これなら追い付かれる心配はないだろうと僅かに油断したのが不味かった。
「?!何かやってくるぞ?!クレイス避けろっ!!」
「えっ?!」
どどどどどぉぉぉおおおおぉぉぉんんん!!!
すると竜は口から砂竜巻を放ってきたのだから何も考えずに慌てて避ける。まさか魔術を使って来るとは・・・しかもそれが連続で何本も放たれるのだから堪ったものではない。
「どうする?!戦うか?!」
「ならせめて明日にすべきです。魔力が十全でない今矛を交えるのは危険すぎます。」
「だ、大丈夫!これくらいなら問題ないよ!」
その言葉を聞いたカズキは闘争本能を抑えつけるのが限界に来ていたらしい。彼が何も考えずに巨大水球を飛び出して切り込もうとしたのでショウも慌ててその体を引き戻そうと飛び出した事で3人は大きな隙を与えてしまった。
「ええぇえぇ?!ちょっとっ?!」
全く息の合っていない動きに驚愕の声をもらした後クレイスは一気に加速して2人を回収しながら地上へと向かう。そして降下中、妙な岩山にある光源を見つけるとそこに降り立って警戒態勢に入るのだった。
「悪い悪い!砂嵐を地面と勘違いして飛び出しちまったぜ!んで、あいつはどこだ?!」
カズキらしい言い訳と謝罪は後で受け取るとしてクレイスも決して見失う筈のない巨体を探すが周囲は砂嵐ばかりで一向に姿を現さない。
「・・・・・逃げ切れましたか?」
「そうなのかな?でもかなりしつこそうだったよ?」
少なくとも自分たちが今立っている岩山よりは大きな体だったので相手が身を潜める事は難しい筈だ。それともこの世界ではそういった術があるのか?
決して油断出来ない中、クレイスはカズキとしばらく警戒態勢を取っていたがショウは無防備な様子で謎の光源を指で触ったり角度を変えて凝視したりしている。
「・・・何やってるの?」
「いえ、この光源が非常に不可思議だなと思いまして。灯篭や提灯とも違うようですし・・・この世界特有のものでしょうか?」
2人を信じているからだろう。戦う素振りも見せずに集中して情報を拾い出そうとしていると突然彼の姿が消え去ったのだから大いに驚いた。
「あれっ?!ショウっ?!」
「おい!まだ警戒を怠るなっ?!ってあれ?!ショウどこいった?!」
それは岩肌をぺたぺたと触っている時に起こった現象で視界に捉えていたクレイスも何がどうなったのかさっぱりわからない。しかし同じように岩肌を触れようとした瞬間、その理由が分かったような気がした。
「・・・あれぇっ?!?!」
「先程から慌ただしいですね。黒い竜も現れていないのにどうされました?」
「どうって・・・あれ?!どうなってんだこれ?!」
すぐにカズキもつんのめる様に中へ入ってくると3人は顔を見合わせる。それから再び岩肌の外に出てショウ達がいるであろう方向に視線を向けてもやはり岩肌のままだ。
「・・・これどうなってるの?外から見たらただの岩なのに中は部屋?通路っぽくなってるね?」
「だな。しかもこれ見ろよ。全部金属で出来てる。随分資源を贅沢に使った造りだな~。」
全てが分かる筈も無いのでまずは1つ1つ整理してみよう。どうやらこの岩肌は幻視?の類のようで金属で出来た通路が奥へと続いている。つまりこの場所を隠すためにこのような仕様になっていると考えられるがそれにしても不可思議だ。
「・・・恐らく別世界に飛ばされたとみて間違いないとは思いますが、まさに右も左もわからない状態ですね。」
ショウはいち早く現状を受け入れたのか理解したのか、軽く首をすぼめて感心していたがクレイスの脳裏に大切な人の姿が過ると強い焦りに思考は乱れてしまう。
「・・・僕達帰れる、よね?」
「それは分かりかねますね・・・とにかく奥へ進んでみましょうか。」
対して友人は冷静なままだ。その姿を見て自身も落ち着こうと深呼吸をしてみたのだがルサナ達の姿まで浮かんでくると平静と同時に苦笑もこみ上げていた。
それにしても本当に不思議な場所だ。
所々に長方形の灯篭らしきものが設置してあり、それが炎よりも明るかったので閉塞感のある通路も全く苦にならない。
他には金属で出来た床の上を歩くという初体験は何ともむず痒い感覚に陥らせてくれる。
「・・・この金属柔らかいよね。刀にいいんじゃない?」
「お?わかるか?そうなんだよ~俺も気になってたんだ!」
「ちょっと2人とも?物騒な話よりもまずは情報収集ですよ?後は帰還の方法を探さないと・・・クレイス、大楯に反応はありませんか?」
「ごめんごめん。そうだね・・・今の所罠っぽいものは無いね。」
最近気を抜くとつい戦いの方向に思考がずれてしまうのは師匠の影響だろうか。ショウに釘を刺されたクレイスは謝罪を入れながら土の大楯を三人分ほど間合いを空けて先に進む。
ある程度の不意打ちなら何とか凌げるか?それとも砂嵐の中にいた竜みたいな存在からの攻撃であれば難しいか?警戒しながら歩いていくとやがて見た事のない風景が目に飛び込んできたので3人は思わず息も忘れて見入るのだった。
『魔界』と違って天井が低いのと光源が足りないせいか雰囲気は薄暗く重々しい。換気も足りていないのだろう、加工された石材と金属の臭いも鼻腔の奥に強く届いて来る。
「・・・・・不思議な世界ですね。」
天井と地面が四角い建物で繋がっているのは柱の役目も果たしているのか、それが6棟もあり他の建築物も高さこそ控えめだが全て四角い建物が綺麗に並んでいる。
知識が膨大過ぎて処理が追い付かない中、やっとショウが声を上げてくれると2人も無言で頷くしかなかった。ある意味幻想的とも受け取れるがやはり生物の気配が極端に少ないからだろう。
寂しい場所という率直な感想を胸にクレイスは再び動き始めるとカズキが静かに警戒態勢に入ったのでこちらも準備を整える。
どうやら前方にある城壁らしい建物の陰から5人程がこちらを囲むようにゆっくり近づいてきているらしい。いや、姿を確認する前から人数で数えるのは早計かもしれない。
人間であってくれればいいのだが。黒い竜との邂逅を先に済ませてしまったせいで若干腰の引けた思考が脳裏を過っていると静かにそれらが姿を現す・・・いや、物陰からこちらの様子を窺っている感じか?
「・・・あの、こんにちは!僕達は『カーラル大陸』の『トリスト』王国からやってきました!敵対する意思はありませんので姿を見せて頂けませんか?!」
相手から見てもこちらの姿形が異色なものに見えている可能性はある筈だ。そう考えてクレイスはまず挨拶する道を選択したのだが反応は無い。
「・・・どうする?」
「相手の出方を窺いましょう。話し合えるのならそれが一番です。」
別世界の勝手がわかっていないのもある。カズキも珍しく闘気を控えめに警戒を続ける中、やっと正面にいた人物がゆっくり姿を見せてくる。人、だよね?
顔は帽子らしき物を深くかぶっており大きすぎる眼鏡に口元も襟巻で隠れている為その素顔は全く見えない。確認を取れる特徴といえば手指が人間と同じ形をしており5本ある所くらいだ。
「言葉は理解出来そうだな。俺はマークス、この地下都市の責任者だ。お前達も名前を教えてもらおうか。」
「はい。僕はクレイスです。赤い髪をした彼はショウ、目つきの鋭い方はカズキと言います。」
やや高圧的な態度にカズキの機嫌が悪くなりかけたと思ったのだがどうもクレイスの紹介文が気に入らなかっただけらしい。お互いが認知を終えるとある程度の距離を保ったまま話は進んでいく。
「ふむ。ではこの場所にどうやってやってきた?地上は今黒い竜によって出歩く事は出来ないはずだぞ?それにおかしな恰好も気になるな。」
確かにマークスはこちらと違って随分と不思議な形をした衣装を身にまとっている。暗い色も相まってまるで風呂敷か頭陀袋のようにも見えるがこれも文化の違いなのだろう。
それに他の4人が何かを構えたままなのだ。間合いを十分に取っている事から石弓の類なのは想像に難くないがこちらもいざという時の為に身を躱すか土の大楯を瞬時に展開出来るよう警戒する必要がある。
「えっと、僕達もよくわからなくて。突然この世界に放り出されたと思ったら外は酷い砂嵐だし黒い竜に襲われるしで散々でした。」
「何?あれから逃げおおせたのか?」
「はい。」
地上に降り立ってから追撃は来なかったので断言してもいい筈だ。そう判断して答えると余計に怪しまれる結果になったらしい。
「・・・見た所クレイスとカズキは武器らしい物を所持しているな。ショウは懐が気になるか。ふむ、ではここにいる間はそれらを預からせてもらおう。」
「断る。」
こればかりは2人も止めようがなかった。カズキは戦闘狂という側面から命と同じくらい刀を大切にしているのだ。今では祖父の形見も腰に佩いており、それを未だ信用が置けるかわからない人物に預けるなど絶対に納得しないだろう。
「あの、僕達は誰かに危害を加える気もありませんしご迷惑ならすぐに出ていきますので、その前にこの世界のお話だけでも聞かせて頂けませんか?」
黒い竜も気になる所だが今の自分達に最も必要なのは食料と体を休める場所だ。外は見た所砂漠だらけの荒野なのでせめてその辺りの情報は欲しい。
「・・・お前は随分物分かりがいいな。わかった、椅子を用意しろ。」
するとマークスも譲歩してくれたのか、武器を構えていた1人に命じると男は建物の裏から筒で作られた正体不明の物を持ち出して来たので3人は小首を傾げて顔を見合わせる。
彼は椅子と言っていたが聞き間違いだったか?どう座るか悩む3人を見かねた配下らしい人物は代わりにそれを広げて見せるとなんと座面が布で出来た椅子らしい形になったではないか。
「おお?!これは凄いですね?!ここに・・・座ればいいのかな?!」
「待て待て!罠があるかもしれん!俺が先に座ろう!」
「すみません。彼らはまだ幼稚な部分が残ってまして。ではお先に。」
骨子が金属で出来ている為強度も確保されているのだろう。改めて別世界に来たのだと認識したクレイスはショウが静かに腰かけるのを黙って見届けた後、自身も体をそれに預けるとあまりの心地よさに帰国したら是非作ろうと心に深く刻むのだった。
「で、お前達は人間なのか?」
話し合いが始まると早速マークスからわかりやすい質問が飛んできた。これは双方が警戒する理由なのだろう。3人が黙ってうなずくと相手も納得したのか少し肩の力を抜いて見せた。
「この世界には時々招かれざる来訪者が現れるんだよ。地上の黒い竜もそうだ。」
「はぁ。」
まさかあれと自分達を同列だと思っているのか?というか黒い竜も別世界からやってきたのか?文脈を読み取るとそのような意味で解釈出来てしまうのだがまずは一歩ずつ情報を集めよう。
「来訪者というのは僕達みたいに別世界からやって来た人達の事ですか?」
「ほう?自覚があるのか?」
「はい。僕達の世界にも別世界の存在が迷い込んできていますので。」
存在と言葉を濁したのはそのうち3つ、いや4つが地形ごと現れたからだ。そう考えると黒い竜程度の大きさはまだ小さいほうなのかもしれない。
「ふむ・・・ではその中に世界を滅ぼすような力を保有した奴はいたか?もしいた場合、討伐する事は出来たか?それとも元の世界に帰せるのか?その辺りを知っているのなら教えてもらおう。」
「ここからは私が答えさせていただきます。」
どんどんと溢れ出る質問を前にショウが割って入ってくると周囲の視線が集まる。自ら出張って来たという事は話題の中に何かきっかけがあったのだろう。
「クレイスが代表だろ?端役はすっこんでおいてもらえないか?」
「そういう訳にはいきません。私は『トリスト』王国の左宰相ですから。まず世界を滅ぼすような存在の定義があやふやなのでそこはお答えしかねますが我が国には誰よりも破格の力を持つ大将軍が存在します。よって私達の世界が危機に陥る事はあり得ませんので生殺与奪にこだわる必要もないのです。」
門前払いを振り払った彼がすらすら答えると相手も呆気にとられながら訝しい様子でこちらを窺っている。
「随分と傲慢な答えだな。」
「真理ですよ。しかしその様子だと貴方達も元の世界に帰る方法、帰す方法はご存じないようですね。ふむ・・・・どうしましょう?」
ショウがこちらに問いかけてくるもののクレイスもカズキと顔を見合わせるくらいしか出来ない。ヴァッツがいれば何とでもなるという思考は楽観が過ぎるか?
「折角だから地下都市ってとこを案内してもらいたいな。その石弓も触ってみたい。駄目か?」
だが自分よりも楽観的な意見が出てくると他の面々は目を白黒させてしまう。更に何か癇に障ったのか、マークスの雰囲気が変わったようだ。
「・・・お前達をこの都市に入れるつもりはない。」
「え~何でだよ~別にいいじゃねぇか。減るもんでもないし?」
彼が右手を浅く上げると後方に待機していた4人が再び石弓を構えるがカズキは態度を改めるつもりはないらしい。
「・・・減るな。お前達が街に入ると間違いなく減る。」
「・・・それは食料の事ですか?」
ショウが再び話題に入るとマークスは無言で肯定してくれた。考えてみればここは地下なのだ。日も当たらない場所で育つ作物など限られているしあらゆる生物が成長を阻害されるだろう。
「話が早くて助かるよ。お前達には水すら与えられんのだ。都市の入り口前で休息するくらいは許すが中に入ってきた場合容赦なく殺す。わかったか?」
どうやらこの地下都市も様々な意味で逼迫しているようだ。
やはり自分たちの世界に迷い込んできた彼らは相当恵まれていたのだと改めて納得した3人はせめて寝具になるものを貸与してくれないかだけを交渉すると今度もまた見た事のない不思議な道具を用意してくれるのだった。
「しかし不味いぞ。飯もそうだが水すら無いとなると眠った所で満足に休息出来ん。」
妙にふかふかした柔軟性のある寝具の上で軽く飛び跳ねながら真面目な話を切り出すカズキはその内容とは裏腹にとても楽しそうだ。
「だね。せめて何か食べておきたいけど・・・外は砂嵐だし・・・う~ん。」
自身も魔力を回復させる為しっかりと栄養を取ってから就寝したいがこの世界、地下都市は食糧難で別世界の住人に施せる程余裕は無いらしい。
ショウも執務室の紅茶くらい持ってこれればよかったと珍しくぼやいていたがそこに原住民が姿を現しす事でまた小さな波乱が起きようとしていた。
「おやおや。本当にまだ若い子達じゃないか。」
地下都市への入り口らしい場所から堂々と姿を見せたのは中年の女性だ。しかもマークス達と違い、帽子も眼鏡もかけていないので白い肌と茶色の巻き髪がきちんと確認出来る。
この世界の人間も自分達と変わらない外見を持っている事がやっとわかった3人は顔を見合わせた後僅かに警戒しながら彼女を迎え入れた。
「こんにちは。あの、地下都市の方ですよね?何か御用でしょうか?」
「いや、あなた達に食事も与えないで放置してるってマークスから聞いたからさ。だったら私の所の余り物でよければ分けてあげようかなって思ってね?」
捨てる神あれば拾う神ありというべきか渡りに船というべきか。相手も相当苦労している筈なのに施しを素直に受け取っていいのか。カズキも慎重な姿勢を見せているとショウが静かに頭を下げてまずは謝意を述べる。
「お心遣い誠に感謝いたします。しかし貴方達も非常に困窮しているとお聞きしました。その、部外者である私達にこのような事をして大丈夫なのですか?」
「いいよいいよ!あたしみたいな中年よりよっぽど未来があるもの。別世界からやって来たっていうのに随分落ち着いてて雰囲気も悪くない。だったら未来を考えて投資しておくのも年上の務めさ。」
どうやら見た目通りに優しい人物らしい。母親らしさが垣間見えるので自分の子供のように放っておけなくなったのか、であればここは厚意に甘えてもいいのかもしれない。
「・・・何だそれ?」
「おや?携帯食を知らないのかい?」
それから彼女は見た事のない四角い食器の蓋を取る。すると中には離乳食のような食材の良く分からないものが薄く入っていた。
「「「・・・・・」」」
「さぁさ。お味は最低限のものだけど何も食べないよりはいいだろ?遠慮しないで食べて食べて。」
「いえ、地下都市の現状を考えると無償で戴く訳にはいきません。何か私達に出来る事はありませんか?」
料理の事となると好奇心が人一倍強いクレイスがつい手を伸ばしかけたのだがそこにショウが待ったをかける。確かに相手の好意にだけ甘えるのは王太子としても礼に反するだろう。
再び静かに手を引きながら2人の様子を見守っていると彼女も笑いながら答えた。
「そうだねぇ。でもあなた達みたいな子供を強請るつもりはないんだよ。本当、遠慮しないでおくれ?」
「・・・・・おい女、俺達は元服を済ませてもう2年になる。子供扱いは止めてもらおうか?」
するとまたも突然過ぎるカズキの失礼な発言にこちらの肝が冷えたが彼女は怒る様子もなく、むしろ唖然としながらこちらの年齢を尋ねてくる。
「私達は全員15歳です。」
「おやまぁ・・・それじゃ13歳で元服を?変わった世界から来たんだねぇ・・・」
話を聞くとこちらの世界では20歳が元服の基準らしい。意外な話で文化の違いに感心していると何を思ったのかカズキが彼女の用意した料理と匙を手にして一口だけぱくりと放り込んだ。
「あっ!カズキ!行儀が悪いよ?!」
「んぐっ。いいんだよ、毒見だ毒見。」
そう言われるとクレイスもショウも納得したのだが女性だけは僅かに動揺したらしい。そして3人はその変化を見逃さなかった。
「ぺっ!」
「あっ」
特にカズキは飲み込んだと思われたそれをすぐに吐き捨てると静かに怒気を放ち始める。だが彼女の用意した料理はこちらの想像を超えるものだったようだ。
「・・・む?!これは・・・眠気か?目眩とふらつき、ふむふむ。悪ぃ、俺、寝るわ・・・」
一瞬で怒気をひっこめたカズキはそう言い残すとふわふわの寝具に身を投じてあっというまに就寝してしまった。そして残された3人はそれぞれが複雑な感情を内包して再び向き合う。
「・・・・・さて、もう一度お尋ねしましょう。私達に何をお望みですか?」
「・・・そうだね。出来れば私達の腹を満たす食料になって貰いたかったんだけど、今からでも間に合うかしら?」
やはり別世界では自分達の常識は通用しないらしい。一番頼りになる戦士が深い眠りについた後クレイス達は食えない女性と料理をどう処理すべきか悩み始めるのだった。
「・・・人間を食べねばならない程逼迫しているのは良くわかりました。しかし私達も元の世界に戻ってやらねばならない事があるのです。食材でしたら他をあたって頂けませんか?」
「・・・でもあんた達15歳なんでしょ?若い肉っていうのはどんな生物でも美味しいもんだよ?」
それにしてもこの女性、搦め手が露呈してからの言動が悍ましい。雰囲気もマークスよりずっとどす黒いものを放っているし双眸は飢えた獣のようだ。
「・・・一応お尋ねしますが、もしかして他の別世界から来た人間達も食料にされましたか?」
「さぁ?そこはご想像にお任せするわ。」
この世界は破滅に向かっているのだろう。同族を食さねばならない程に。倫理観を忘れなければ生きていけない程に。
「・・・食材か。だったら外にいる黒い竜を倒せばいいんじゃないかな?」
だからこそクレイスも一番現実的な提案をしたつもりだった。この地下都市にもう食材がないとなれば他に手の届きそうなものといえばあれか海にいるかもしれない魚くらいだ。
「・・・あんた、綺麗な顔をしてるのに冗談の才能はゴミだね。全く笑えないよ?」
「えっ?!ほ、本気なんですけど?!」
「・・・ふむ。そういえばここに来る前も戦うかどうかの話が出てましたね。万全ならいけそうですか?」
「うん。魔力を充実させてカズキと2人、ショウもいてくれるから3人か。いけると思うよ。」
女性だけは下卑たような視線を向けて来ていたがこちらは本気も本気だ。これは彼女達の為じゃない、自分達が生き抜くためでもあるのだから。
「いい加減にしなよ?!あんた達が黒い竜に飲み込まれたら折角の食料も消えちまう!そんなの許さないよ?!」
「ご心配なく。私達の命は私達で護り抜きます。」
最後はショウが短く締めると彼女も口を挟めなくなる。ただ彼は時に非情な判断を下す事を何度も見て来ていた筈なのにすっかり忘れていた。
「では明日決行という事で。クレイスはこの料理を食べてゆっくりお休みください。」
「えっ?!?!だ、だってこれ毒が入ってるんだよね?!」
「え?でも眠り薬ですよね?私が護衛につきますので心配は要りませんよ?」
「・・・ぇぇぇ・・・あの、これ本当に眠くなるだけですよね?死んだりしません?」
「毒なんか入れたらあんた達を食べられなくなるでしょ!っていうか駄目よ?!あんた達は私達のものなんだから!!」
「はいはい。む、しかし妙な行動に出られても困りますね。今更ですが貴女のお名前は?」
「あたし?!あたしはエフラだけど・・・はひゃっ?!」
名前を聞いた瞬間ショウが素早く動いてエフラを後ろ手に捕らえると自分達の寝床近辺に縛り付ける。どうやら人質として扱うつもりらしい。
「さて。これで今夜はゆっくり出来ますね。さぁさぁ、クレイスは早く食べて早く就寝して下さい。」
「う、うん・・・これでいいのかな?エフラさん、ごめんなさい。このお料理頂きます。」
もしかするとこちらの倫理観も消失しているのか。いや、それでも犠牲を出していないのだからまだ理性的に動けてはいるのだろう。
そう信じたクレイスは何の肉で出来ているのかも忘れてそれを平らげた後、一瞬で深い深い眠りにつく。そして妙な悪夢にうなされながら朦朧とした朝を迎えるとカズキの方がぴんぴんしていたので僅かな苛立ちを感じずにはいられないのだった。
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