闇を統べる者
国家の未来 -盛者必衰-
『ネ=ウィン』が凋落しつつあるものの世界の情勢は比較的穏やかだった。その一国を除けば。
「ほう?あの愚物が私に謁見を?」
ネヴラディンは怒りを隠すことなく側近に手の平を向けると彼は震えながらナジュナメジナの書簡を渡す。『リングストン』の物量は人や物資だけではない。その情報量も他国とは比べ物にならない程入ってくるのだ。
先の戦いでカズキに敗れた報せや民兵のほとんどを『ジグラト領』へ移住させた事、自身の息子さえも領主として招き入れた事など百も承知だった。
そして裏で手引きをしたのが件の大実業家である事も。
「・・・さて、どう処理してくれようか。」
ヴァッツ達には見せていなかった本来の姿、血走る双眸に潰されそうな威圧感を向けられると側近でさえ立ったまま気絶しそうになるが『リングストン』人からすればこれこそが親しみすら感じる普段の大王なのだ。
この国では決して誰も逆らえない。強権を自由に振りかざす姿はまさに国家の頂点であり象徴なのだがそんなネヴラディンでも唯一恐れる存在がある。
それは老いだ。
王城地下で行われている非人道的な実験により戦う力こそ得られたもののこれの対処方法だけは未だ見つからない。最近だと苛立ちの原因がほとんどそれに起因しているのだが周囲にわかるはずもなく、皆はより大王を畏怖するだけだ。
決して抗えない事象に終幕を予感してしまう。いつか来る勇退を考えてしまう。
であれば自分らしく畏怖と威厳を保ったまま玉座を譲りたいと考えるのは当然だろう。だからこそ彼の存在が不可欠だったのだ。唯一の血縁であるネヴラティークが。
しかしそれをナジュナメジナに阻まれてしまった。たかが商人風情に大王の息子が唆されるとは思ってもみなかったがこれは己の教育不足にも原因がある。
もっと文武を、もっと父の偉大さを叩き込んで絶対に裏切れないように苛烈に仕込むべきだったと後悔するのは容易い。だが血の繋がった息子にだけはどうしても他人に見せるような顔と暴虐を向ける事が出来なかったのだ。
これも老いが関係しているのか。
もし葛藤が表面化していたとしても周囲は口を挟めなかっただろう。まるで『アデルハイド』の親子みたいな関係だった2人は結局理解し合える事無く袂を分かってしまった。
ネヴラディンにしかわからない憤怒をどうすべきか。当然それは息子を奪った下賎の男に向けられるのだ。ナジュナメジナだけは全力で嬲り殺さなければならない。感情の整理を終えて方針を固めたネヴラディンは謁見を最優先で命じるもその内容は決して来賓を迎えるものではなかった。
いくら非情な男とはいえ息子を引き抜かれて怒らない訳がないのだ。広場にあった死体は憂さ晴らしや見せしめといった意味が強いのだろう。そこに原因を作ったナジュナメジナが赴けばネヴラディンの憤怒は狂喜に激変して矛先を向けられる筈だ。
ア=レイの不思議な力を何度も目の当たりにしてきたものの常に上手く乗り越えられるとは限らない。様々な事実を再確認したナジュナメジナは一抹の不安と淡い期待を胸にまずは声をかけてみる。
《・・・一度出直す訳にはいかないか?》
《はっはっは。日を改めた所で私達に向けられる憎悪は変わらないよ。何だ?会う前から怖気づいたのか?》
《うむ。私は分かっていて藪をつつける程豪胆でもなければ屈強でもないからな。お前がしくじれば一緒に乗っている私も沈んでしまうのだ。恐れて当然だろう?》
最近ではすっかり気を許してしまっていただけでなくア=レイに威圧的なものを感じなかったのも大きな理由だろう。いつも通り本音を包み隠さず話したのだが今回は珍しく笑い飛ばそうとせず、少しため息をついてから再び静かに告げてきた。
《良いか?私の力は絶対だ。絶対に人間を自由に操る事が出来るのだ。なのでつまらない心配をしないでくれ。興が覚めるだろう?》
やや不満気味な様子を見せたのでナジュナメジナも驚いて言葉を失うが結局の所彼の目的はその好奇心を満たす事だけなのだ。それにア=レイの一言は思いの外自身の不安をかき消してくれたようだ。
《・・・ま、私の体に痛みや傷が走らなければいいか。いや?資産の減少も困るか。その辺りにだけは注意してくれよ?》
《興が覚めると言った尻からつまらない心配事を聞かせてくれるじゃないか。やれやれ。》
未だ不貞腐れたような様子だったがこの4年間は思いの外自分の体を大切に扱ってくれているのだから信用してもいいだろう。
《おっと。ついでにもう1つ。隙があれば『リングストン』の資産を奪おうじゃないか。ネヴラディン本人のものでもいい。期待しているぞ?》
《・・・・・》
ところが調子に乗り過ぎたのか本当に彼の機嫌を大きく損ねていたのか、王城からの使者達によってナジュナメジナの体はあっという間に拘束されてしまったというのにア=レイは楽しそうな声で嘲笑うのだった。
《お、おい。まさかずっとこのままじゃないだろうな?!》
《さて?どうするかな?最近のお前は少し図々しさが目立つのでな。ここは体の支配権を戻してネヴラディンの苛烈な責め苦を受けて貰ってもいいかもしれんな?》
何という恐ろし事を口走るのだ。忘れがちだが相手は戦う力こそ持ち合わせていないものの間違いなく『七神』の1人であり厄介な能力を持っているのだ。
もし拘束されたまま体の自由を戻されてもナジュナメジナ本人に抗うすべはない。ア=レイの言うように拷問される為だけに身体を取り戻した所で歓喜は微塵も湧いてこない。
《わ、私が悪かった!だからその、まずはこの状況を打破しようじゃないか?な?!》
《私は別に困らんからな。多少の痛みはお前の目を覚ます良い気付けになるんじゃないか?》
冗談ではない。ここまでずっと体の自由を奪われていたものの大きな愚痴を零さなかったのは苦痛を伴わなかったからだ。なのに今更痛い目を見ろだなんてあまりにも残酷ではないか。といっても主導権は彼にある。ここは胡麻をすっておだてて敬って何とか機嫌を直してもらわねば。
だが数々の拷問器具が並ぶ部屋に連行されるとナジュナメジナは言葉と心を失ってしまう。
今まで血とは無縁の人生を送って来たのと拷問に興味がなかったので耐性が全く付いていないのだ。故にその部屋から漂う血の臭いがより心を蝕んでいく。この先の光景を思い浮かべるだけで水分も喉を通らない。
《ふっふっふ。大分反省したようだな?》
《あっ?!あっ?!ああっ!!は、反省した!!反省したから早くここから抜け出そう!!な?!》
《しかしネヴラディンは三日後に会うと言っているんだ。まだ二日以上時間はあるのだから無償の宿だと思ってゆっくりしようじゃないか。》
《で、出来るかぁぁぁぁ?!?!?!》
足首を鎖で繋がれているだけでもゆっくり出来る環境とは程遠いのだ。一刻も早く体の自由を取り戻し、この悍ましい部屋から出て外の新鮮な空気と風と光を目一杯浴びなければ気が狂ってしまう。
そこを何故理解出来ないのか。苛立ちと焦りで自身の体に戻れているのも気が付かず右往左往するが現状を打破する手立ては無く、ア=レイが手を貸してくれる気配もない。
それから意識を失ったのか、眠ってしまっていたのか。
目が覚めると美味しい酒だけは用意してあったのでそれを乾いた口内に流し込んで無理矢理自身を落ち着かせるといつの間にか3日間が過ぎていたようだ。
「さて、謁見を始めようか。」
少し酔いが回った頃、聞きたくもない声が耳に届いたので慌てて振り返ると開かれた頑丈な扉から大王ネヴラディンが拷問部屋に入って来たではないか。
「く、く、来るな・・・来るなぁぁぁぁ!!!」
「む?我が息子を誑かした割には随分小者だな・・・?まさか影武者か?」
何と罵られようとも構わない。痛みを伴う問答を全力で回避したかったナジュナメジナは必死で両手を振り回すと突然腕の力が抜けてしまう。
《いい加減にしろ。折角舞台が整ったのだからもっと楽しめ。》
《た、楽しめるかぁぁぁぁぁぁ?!?!?!?!》
どうやら感覚はそのままに自由だけを奪われたらしい。ネヴラディンが配下に指示を出すと力の抜けた体はいとも簡単に椅子へと座らされた後、肘置きや脚に四肢を拘束されてしまった。
《おお~こうなっているのか。なるほど、流石は人間。考える事がどの生物より残酷だな。》
この時点でもう心臓が止まりそうだ、というかそう考えているのならさっさと抜け出してくれないか?まさか本当に拷問を受けさせるつもりか?ならばいっそ首を括ってしまった方がいいのかもしれない。必要以上の責め苦を受ける位なら・・・
自死する方法も手段も持ち合わせていなかったがナジュナメジナはそこまで追い詰められていた。そしてア=レイはこちらの心情を手に取るように理解している。
「ネヴラディン様、まずは謁見の機会を与えて下さった事を深く感謝致します。」
だから茶番を十二分に堪能してから本題に入ったのだ。大王も突然落ち着きを取り戻したナジュナメジナを前に唖然とした様子を見せたが機嫌を直した彼は気にする事無く話を続けるのだった。
「大王様?」
「ん?!ああ、済まぬな。一瞬悪い夢を見ていたようだ。うむうむ、そうだ。私が期待していた通りの男で安心したぞ。」
先程は酷く取り乱した姿を晒していたようだが椅子に縛られると落ち着きを取り戻したらしい。というか普通逆ではないか?
妙な雰囲気を纏う大実業家に若干混乱したがもう大丈夫だろう。こちらも落ち着いてじっくり観察してみると欲望の渦中に身を置く存在の割には贅肉もいう程多くなく、双眸からは確かな力を感じる。
この人物ならばネヴラティークが説得されても納得が行くというものだ。かといって許すつもりは全くないのでこの後じわりじわりと嬲り殺すという決定事項が覆る事はない。
「そう仰っていただけると光栄でございます。ところで今回私がこの国に訪れたのは是非『リングストン』の仕組みとネヴラディン様の威光を直接感じたいと考えた為です。どうかしばしの滞在をお許し願えませんか?」
「ほほう?やはり面白い男だな。まさか我が息子を他国へ引き抜いた本人からそのような戯言を聞かされるとは・・・どれ。」
ネヴラディンが小指を立てると配下達は先端の尖った丁字の針をナジュナメジナの手小指の爪に合わせてそのまま押し込む。これは彼なりの敬意だった。
本当なら損傷を伴うものから始めるつもりが思った以上に肝が据わっていた為、激痛だけに変更したのだ。破壊という意味では物足りないがまずは前菜として苦悶に歪む表情を拝んでやろう。
そう考えての指示だったが驚いたことにナジュナメジナは声どころか汗すら流していなかった。だったら仕方がない。次は手指を全部立てて見せると配下が爪の隙間全てに針をねじり込むがそれでも彼は表情1つ変えないままこちらを見つめてくる。
「あの、大王様?それでお返事の方はいつ頂けるでしょうか?」
「ほう?面白い・・・面白いではないか?ナジュナメジナ。」
僅かな高揚を覚えたネヴラディンは足を組み直すと今度は拳で足の小指を軽く叩いて見せる。すると配下は彼の足の小指目掛けて大槌を振り下ろす。
ぐしゃっという僅かな音が拷問部屋に響くがこれにもナジュナメジナが反応を見せる事はなく、むしろきょとんとした表情で先程の答えをずっと待ち続けているようだ。
「あの?ネヴラディン様?お返事は急ぎませんので今回の謁見はこの辺りで切り上げましょうか?」
「・・・何を言っているのだ?」
「いや、ですから大王様の顔色が優れないようなので。ここは地下ですからね。少し悪い空気にでも充てられたのではないでしょうか?」
おかしい。おかしいぞ。鍛え抜かれた武人ですら必ず何かしらの反応を示すはずなのにこの商人風情は汗一つかかないどころかこちらを気遣う素振りまで見せてくるではないか。
何故か責め立てる方が不安を覚え始めるとネヴラディンは足小指を更に叩くよう指示を出すが相手は意にも介さない。ここまでくると何かしらの仕込みを疑う他はないだろう。
何だ?何を仕込んだのだ?まさか自国で使っているような麻薬を服用したのだろうか?
あれは快楽を得られるだけでなく医療に使われる事もネヴラディンはよく知っている。ましてや相手は大実業家なのだから手に入れる事も容易いだろう。
ただし依存性が極めて高いので詳細を知ってる者は普通服用しない。『リングストン』でもあの煙草を既婚者達や成人にしか与えないのは成長に支障をきたすからだ。
拷問による損傷、痛み止めの為に麻薬を服用する危険性、そこにどれ程の利益を見積もってもつり合いは絶対に取れないとネヴラディンでさえ断言出来る。
こいつは数字や損得勘定が得意な商人ではないのか?ナジュナメジナの足小指は他の指も巻き込んで既にぐちゃぐちゃだったが相変わらず表情一つ変えずにこちらを窺って来るのだから訳が分からなくなってきた。
「・・・まことに面白い男だな、お前は。」
「そうでしょうか?お話もほとんど出来ておりませんが・・・」
むしろこちらが不気味な冷や汗を流し始めたのでネヴラディンは手指を全て叩き折るよう指示を出すが相変わらず彼は悲鳴も上げず、室内は破壊音が響くだけだった。
《い、一体何がどうなっているん、だ?》
この光景を正しく理解出来ていたのはナジュナメジナだけだろう。ア=レイはすぐ立ち上がると代わりに配下の一人を座らせて拘束させる。
その後ネヴラディンの責め苦は全てその男が受けていた。ちなみに悲鳴や激痛に耐える様子を隣から全て見ていたのだが他の人間は座っている男をナジュナメジナとして認識していたようだ。
手指に針を突き立てられて足小指を粉々に粉砕され、挙句手指全ても粉砕される光景を前にナジュナメジナは心の目と耳を固く閉ざしていたがア=レイは全く気にする事無く淡々と会話を続けている。
《お?やっと折れてくれたかな?それじゃ私達もそろそろ宿に帰ろうか。》
一体何が起こっていたのか、最後まで謎だったが自身の体は無傷だという事実だけは間違いないだろう。
《お。おお!そ、そうかそうか!では帰ろう!さっさと帰ろう!!》
いつ彼の気まぐれで再び拷問椅子に座らされるかわからないのだ。ナジュナメジナは焦る心を隠そうともせず必死で懇願するとア=レイは随分と楽しそうに笑って見せながら堂々と部屋を後にした。
もう身の危険を心配する必要はない、そう信じたい。
翌日ナジュナメジナは僅かな不安を抱きつつ初めて『リングストン』の街を歩くと鬱屈した気持ちはようやく霧散していった。
人口は目に見えて多く、加工や産業は十二分に栄えているようだが国民の、特に大人達からの活気が妙に低く感じるのは気のせいだろうか。
顔色も悪い事から過労気味なのかと疑うも観察した範囲だときちんと休憩時間も取れているようで日が暮れる前には皆が自宅に戻っている。
食事もしっかり確保出来ており特に不審な点は見当たらない。むしろ自分の事業で働かせている人間の方が過労気味なのかと感心したくらいだ。
《むむ。これは・・・ナジュナメジナよ。私達の事業も少し労働環境を見直す必要があるな。》
《おいおい勘弁してくれよ?!あれ以上生産効率を落とせば売り上げがまた下がってしまうだろう?!》
それはア=レイも感じたのだろう。こちらと同じ事を考えるまではよかったが改善案を出されると素直にうんざりした様子を見せてしまった。
《しかし不思議だな。食事と休息もしっかり与えられているし生産性は悪くないようだ。厳しい管理下に置かれても意欲が満たせるのであれば全ての国が模範としても良いのに。》
《・・・・・》
彼の呟きには返す言葉が出てこない。確かに人の流れや動きを見ていても不満らしきものはほとんどなかった。これこそ国家の運営として最も正しいのではと思えてしまう程に。
だがあれ程苛烈な大王が何も施策していないとは到底考えられない。何か仕掛けがあるのではないか?
不思議に思って数少ない嗜好品が置いてある酒場に足を運ぶと中は今まで見てきた中で最も活気で満ちている。つまり娯楽や嗜好品だけで国民の活性化を図っているのか?
「一杯貰えるかい?」
ア=レイに頼んで『リングストン』の酒を飲んでみるも至って普通、いや、最近では悪魔の酒が市場に出回っている為むしろ安酒とすら感じる。これだけでは国民を鼓舞出来ないだろう。
《・・・なぁナジュナメジナ。あれは何だ?》
《あれ?ああ、煙草だよ。》
最終的には酒場に蔓延する白い煙とそれを吸う者達くらいしか目に留まるものがなかったのだが初めて見る光景にア=レイは興味津々だ。
《そういえば煙草は『リングストン』特有の文化だな。》
《そうなのか?どうりで見たことが無い訳だ。》
ナジュナメジナも乾燥させた葉に火をつけて煙を吸うというのは他だと蛮族の一部くらいしか聞いたことが無いし、そんな火事の危険を冒してまで煙を吸って何が楽しいのかというのが率直な感想だった。
故に自身の周囲はもちろん、煙草に手を染めた国家など聞いたこともなかったがそこには『リングストン』の重要な秘匿が隠されていたらしい。
「すまないがあれを一口吸わせてもらえないだろうか?」
「・・・お客さん、他国の人だろ?駄目駄目、あれは『リングストン』国民だけの娯楽なんだ。」
気が付けばア=レイが店主と交渉していたがそもそもこの国に通貨は存在しない為、対価を払う事は出来ないというのに何を考えているのだろう。
《では仕方ない。その人間をちょっと操って一服させてもらおう。》
《お前・・・力の使い方を間違っているぞ?》
一応口を挟むものの彼が言うことを聞く筈もなく、またナジュナメジナも少し興味があったので味覚を共有してそれを吸い込むと思わずせき込んでしまう。
《げほっげほっ!!や、やはり煙などを吸っても何も楽しくない、な・・・》
《・・・・・ふむ。しかしこれはただの煙ではないぞ?》
《な、何だと?》
そう返したナジュナメジナだったが体の抵抗力、この場合精神の抵抗力と言うべきだろうか。ぴんぴんしていたア=レイとは裏腹に疲弊していた彼は意識が朦朧とする中、妙に視界が歪む感覚から言葉と意識を失っていく。
そして翌朝、目が覚めるとア=レイは既に食事を済ませて移動の最中だったらしい。
《おはよう。どうだった?煙草を吸った感想は?》
《お、おはよう・・・か、感想か?う、うむ・・・はて?どのような物だったか全く思い出せん。ど、どうだ?確かめるために今からもう一回吸いにいかないか?》
《うむ。満点の答えだな。どうやら『リングストン』はあれで国民の意識を縛っているらしい。》
未だにすっきりしない思考では彼の言葉を聞いても全く理解が追い付かない。むしろ一度染まってしまったナジュナメジナは当分の間その禁断症状に苦しむ事になろうとはこの時夢にも見ないのだった。
(・・・何故私は奴を解放してしまったのだ?)
思えば最初から違和感だらけの謁見だった。それでも拷問部屋に三日間監禁するまでは問題なく事は運んでいた筈だ。
初対面時に酷く怯えた様子を見せつけてくれたのも小者らしくてこちらの嗜虐心は大いに満たされた。うむ、ここまでは計画通りだろう。
なのに椅子に縛り付けた後はずっとこちらが驚愕していたのだから可笑しな話だ。何故拷問する側が驚いて、される側が汗一つかかずに自分と語り合っていたのだ?
痛みに強い人間というのは確かに存在する。それにしてもナジュナメジナはあまりにも異質だった。あれは耐えているとかではない、まるで痛みを全く感じていない様子だったのだ。
(・・・・・そうなのか?それが答えか?)
拷問部屋での謁見はそのまま城外に放り出した所で幕を引いた。となると傷で満足に動けないまま何処かで野垂れ死んだか従者に運ばせて逃げ帰ったか。
・・・・・そこがまず自分らしくなかった。
畏怖の象徴とも呼べるネヴラディンが解放を選ぶなどあり得ない。そのまま拷問部屋に監禁して不定期に奴を嬲り続けるべきなのに何故解放したのだ?
幻視によって違うものを見ていたにも拘らず僅かな疑念に辿り着けたのは流石大王と言ったところだろう。そしてその日はネヴラディンを更に驚愕させる報せが入って来る。
「ネヴラディン様、ナジュナメジナが謁見を求めておりますが如何いたしましょう?」
「・・・・・ほう?」
一瞬聞き間違えたのかと思ったが衛兵が手にしていた書状を確認すると本人で間違いないらしい。よかった。これで再び投獄出来ると安堵したが同時に底知れぬ不安を覚えたのも事実だ。
手足の指を粉々に破壊してまだ2日しか経っていないのにどうやって現れたのだ?やはり前回の人物は影武者だったのか?
あの時のやり取りを懸命に思い出しながら今度は直接執務室に案内するよう命じると再びその姿を見たネヴラディンは思わず息をのんだ。見た目は二日前と同じだが指は全て真っ直ぐに伸びており怪我をした痕すらない。
「此度の迅速な対応、誠に感謝いたします。実は酒場にあった煙草についていくつかお尋ねしたいのですが・・・」
「・・・貴様は何者だ?」
「はい?私はナジュナメジナですが・・・どうかされましたか?」
「・・・ナジュナメジナは二日前に指の全てを粉砕した。そしてその後は城門の外に捨てた筈だ。なのに何故お前は怪我の1つも負っていないのだ?」
「・・・外部から身体に余計な力を加えているから私の術が不完全だったようだ。ふむ、これはこれで面白いじゃないか。」
すると突然口調が変わった事により大実業家とやらはただの商人ではないと確信する。では何者なのか?どうやって拷問の傷を治したのか?聞き出したい事が一気に湧いてくる中、ナジュナメジナは静かに立ち上がると棚から一番高級な酒を許可もなく取り出して盃に注いでいる。
「『リングストン』大王も舐められたものだ。では再び尋問を始めよう。隠し立ては許さんぞ?」
ネヴラディンは警戒しつつ椅子を指さすとナジュナメジナも軽く首をすぼめてそこに腰掛けた。
「さて、まずは二日前の拷問をどう切り抜けたのかを教えてもらおうか。あの時私はお前の手指が粉砕されるのをこの目で見ていたのだ。なのに何故今は傷一つ無い?」
「はっはっは。それは私が拷問を受けていないからだ。お前の配下が代わりに受けていた、というのが真相だな。」
「ふむ・・・・・」
説明されても全く理解出来なかったがどうやら最初から傷を負っていなかったと言いたいらしい。であれば次はその手段だが・・・
「おっと待ってくれ。お前ばかりが質問しては不公平だろう?今度は私の質問に答えてもらうよ?」
「図に乗るでない。私がその気になれば商人如きその場で挽き肉にも出来るのだぞ?」
「ではやってみるがいい。」
この時本物のナジュナメジナは再び生きた心地がしなかったのだがネヴラディンには関係のない事だ。自信満々に返して来たのですぐ試してみてもよかったのだがこの男は地下の拷問部屋から無傷で生還した前歴を持つ。
「・・・いいだろう。何を知りたい?」
「酒場にある煙草についてだ。お前はあの麻薬を使って国民から不満の種を摘み取っている。この認識に間違いはないかな?」
「ああそうだ。では私の質問に答えろ。お前は一体何者だ?」
「私はア=レイだ。」
まさか名乗って来るとは思いもしなかったのでネヴラディンも唖然としてしまったが問題はその人物だ。自身の記憶にそのような名前はない。という事はナジュナメジナの本名か、それともナジュナメジナの親族か。
一体どのような関係なのだと問い質したかったが残念な事に相手は自分以上に不遜で飽きやすい性格なのを最後まで知ることはなかった。
「つまり『リングストン』の生産意欲は快楽と不満の両方を解消しつつ国家に依存させる事で成立させている訳だ。なるほどなるほど。では帰るか。」
「待て。次は私の質問に答えろ。ア=レイよ、お前とナジュナメジナはどういった関係だ?本人か?それとも全くの別人か?この国に来た理由やネヴラティークを引き抜いた理由、聞きたいことはまだまだ残っているぞ?」
「明日を迎えられないお前にこれ以上費やす時間はない。」
突然話を打ち切られたのもそうだが内容も理解に苦しむものだった。しかしそれを知る必要ももう無い。何故ならネヴラディンである事を忘れ去られた遺体は犯罪者達と同じ焼き場で遺灰と化していたのだから。
《麻薬で国民を縛り付けるというのは得策ではない気がする。そうだろう?ナジュナメジナ?》
『リングストン』の視察を終えたナジュナメジナ達は帰路の途中、王都で起こった出来事を整理しては話し合いを続けていた。
《うむ。長い目で見ると不健全極まりないが独裁国家らしいも思うよ。如何にも独裁者が好みそうな苛烈な施策じゃないか。》
国王は『ネ=ウィン』の国葬に参列中だったので宰相に色々尋ねた所、例の煙草は芥子という植物を使っている事や医療の研究にも役立っている話も聞かせてもらった。
ちなみに自身の事業でも取り扱ってみようかと検討した所、依存症に陥るのが関の山とア=レイに一蹴されて計画は白紙に戻っている。
《ネヴラディンも後継者をネヴラティークに選んでおけば晩節を汚す事もなかったのにな・・・》
《だがそのお蔭で彼を『ジグラト領』に引き抜けたのだから悪い事なかりではないさ。》
4年前、『ナーグウェイ領』の反乱時にネヴラディンが暗殺された事で『リングストン』の勢力は一気に衰えてしまった。
そこに彼の遺言が更なる混乱を生んでしまったのは記憶に新しい。そう、玉座を次男フォビア=ボウに譲ると書き残してしまっていた為長男ネヴラティーク派と激しい内部抗争が繰り広げられたのだ。
ただ兄弟での争いを避けたかったのか国家の運営を優先したのか、ネヴラティークは権力を奪われるのも気にせず国内の安定に奔走すると徐々に孤立していく。威厳を取り戻すという名目で領土の奪還を命じられた先の戦も次男の策謀だ。
例え命を懸けて戦おうとも独裁国家において戦果は全て国王のものとなり、失敗すれば全ての責任をネヴラティークに押し付けられる。交戦中に暗殺される事も想像に難くない。
母国で居場所を失った彼には救いの手が必要だった。それが今回偶然にもナジュナメジナ達の要求と合致した為引き抜けたという訳だ。
《ネヴラティークもガビアムと接触して親交を深めているらしいからな。独裁国家の崩壊は近いのかもしれないぞ?》
《はっはっは。私の興味は既に失せている。どうなってくれても構わんよ。》
ア=レイの口からそう告げられると本当に終わりが近いのだと感じずにはいられない。だが今回の視察で最も大事なのは得た知識を次に繋げる事だろう。
《・・・そういえば『ジグラト領』の住民は大丈夫だろうか?彼らも依存症にかかっているんじゃないのか?》
《ほほう?お前が他人の心配をするとは、ふふふ。この旅もそれなりの収穫にはなったという事か。》
言われてから羞恥で頭に血が上るのを精神体で感じながら自分でも何故そんな事を口走ったのかと酷く後悔するが先に立たずだ。
それからロークスに戻るまで事あるごとにからかわれ続けるとうんざりを突破した彼の思考は何とか意表を突くためにと敢えて次は『ジグラト領』の視察を提案するのだった。
大実業家が『リングストン』を去ってから1か月余りも過ぎた頃、『ジョーロン』から戻って来た時雨はヴァッツの変化に気が付く。
「ヴァッツ様?お手洗いですか?」
「え?違うよ?何か変な雰囲気が漂ってるからさ。皆感じない?」
意外な答えが返って来たので他の面々が顔を合わせてから周囲を警戒してみるが誰一人その雰囲気とやらを察する事は出来なかったらしい。
皆が小首を傾げていると彼も納得したのか、以降は普段通りに振舞っていたので少し気にはなりながらも一行は国王の待つ執務室へと入っていく。するとすぐに変な雰囲気の意味が垣間見えた。
「おかえりなさいませ。どうでした?久しぶりの船旅と『ジョーロン』での再会は楽しめましたか?」
「うん!とっても楽しかった!でも君だれ?ネヴラディンは?」
「「「「「「えっ?!」」」」」」
ヴァッツが突然前王の名を出したのだから衛兵達も驚いて声を漏らしてしまう。確かに主は少し子供っぽい所が残っているものの何故4年も前に亡くなった大王の名を出したのか。何か意味でもあるのだろうか?
「・・・えっと、父は4年前に崩御されましたが。ヴァッツ様、何か悪いものでも食べられましたか?それとも長旅でお疲れでしょうか?」
「えっ?!ネヴラディンって子供はネヴラティークしかいなかったよね?!」
「「「「「「???」」」」」」
一体彼は何を言っているのだろう?フォビア=ボウも普段は大らかな性格の為この程度で怒るとは思わないが今日のヴァッツはどう考えてもおかしい。
もしかすると彼にしかわからない何かが、妙な雰囲気とやらが悪さをしているのだろうか?であれば従者としてしっかり護らねばならない筈だ。
「貴方大丈夫?柄にもなく旅の疲れでも出てるの?」
「?!・・・・・いや、ごめん。オレの勘違いだった!」
しかしハルカが白い眼で指摘したことでこの話は幕を閉じてしまう。この僅かな異変に気が付いていれば未来は変わったのだろうか、それは誰にもわからない。
ただ真実を掴んでいたヴァッツは報告を終えた後一人で共同墓地へと向かい、欠けた骨片に寂しい眼差しを向けていた。
「ほう?あの愚物が私に謁見を?」
ネヴラディンは怒りを隠すことなく側近に手の平を向けると彼は震えながらナジュナメジナの書簡を渡す。『リングストン』の物量は人や物資だけではない。その情報量も他国とは比べ物にならない程入ってくるのだ。
先の戦いでカズキに敗れた報せや民兵のほとんどを『ジグラト領』へ移住させた事、自身の息子さえも領主として招き入れた事など百も承知だった。
そして裏で手引きをしたのが件の大実業家である事も。
「・・・さて、どう処理してくれようか。」
ヴァッツ達には見せていなかった本来の姿、血走る双眸に潰されそうな威圧感を向けられると側近でさえ立ったまま気絶しそうになるが『リングストン』人からすればこれこそが親しみすら感じる普段の大王なのだ。
この国では決して誰も逆らえない。強権を自由に振りかざす姿はまさに国家の頂点であり象徴なのだがそんなネヴラディンでも唯一恐れる存在がある。
それは老いだ。
王城地下で行われている非人道的な実験により戦う力こそ得られたもののこれの対処方法だけは未だ見つからない。最近だと苛立ちの原因がほとんどそれに起因しているのだが周囲にわかるはずもなく、皆はより大王を畏怖するだけだ。
決して抗えない事象に終幕を予感してしまう。いつか来る勇退を考えてしまう。
であれば自分らしく畏怖と威厳を保ったまま玉座を譲りたいと考えるのは当然だろう。だからこそ彼の存在が不可欠だったのだ。唯一の血縁であるネヴラティークが。
しかしそれをナジュナメジナに阻まれてしまった。たかが商人風情に大王の息子が唆されるとは思ってもみなかったがこれは己の教育不足にも原因がある。
もっと文武を、もっと父の偉大さを叩き込んで絶対に裏切れないように苛烈に仕込むべきだったと後悔するのは容易い。だが血の繋がった息子にだけはどうしても他人に見せるような顔と暴虐を向ける事が出来なかったのだ。
これも老いが関係しているのか。
もし葛藤が表面化していたとしても周囲は口を挟めなかっただろう。まるで『アデルハイド』の親子みたいな関係だった2人は結局理解し合える事無く袂を分かってしまった。
ネヴラディンにしかわからない憤怒をどうすべきか。当然それは息子を奪った下賎の男に向けられるのだ。ナジュナメジナだけは全力で嬲り殺さなければならない。感情の整理を終えて方針を固めたネヴラディンは謁見を最優先で命じるもその内容は決して来賓を迎えるものではなかった。
いくら非情な男とはいえ息子を引き抜かれて怒らない訳がないのだ。広場にあった死体は憂さ晴らしや見せしめといった意味が強いのだろう。そこに原因を作ったナジュナメジナが赴けばネヴラディンの憤怒は狂喜に激変して矛先を向けられる筈だ。
ア=レイの不思議な力を何度も目の当たりにしてきたものの常に上手く乗り越えられるとは限らない。様々な事実を再確認したナジュナメジナは一抹の不安と淡い期待を胸にまずは声をかけてみる。
《・・・一度出直す訳にはいかないか?》
《はっはっは。日を改めた所で私達に向けられる憎悪は変わらないよ。何だ?会う前から怖気づいたのか?》
《うむ。私は分かっていて藪をつつける程豪胆でもなければ屈強でもないからな。お前がしくじれば一緒に乗っている私も沈んでしまうのだ。恐れて当然だろう?》
最近ではすっかり気を許してしまっていただけでなくア=レイに威圧的なものを感じなかったのも大きな理由だろう。いつも通り本音を包み隠さず話したのだが今回は珍しく笑い飛ばそうとせず、少しため息をついてから再び静かに告げてきた。
《良いか?私の力は絶対だ。絶対に人間を自由に操る事が出来るのだ。なのでつまらない心配をしないでくれ。興が覚めるだろう?》
やや不満気味な様子を見せたのでナジュナメジナも驚いて言葉を失うが結局の所彼の目的はその好奇心を満たす事だけなのだ。それにア=レイの一言は思いの外自身の不安をかき消してくれたようだ。
《・・・ま、私の体に痛みや傷が走らなければいいか。いや?資産の減少も困るか。その辺りにだけは注意してくれよ?》
《興が覚めると言った尻からつまらない心配事を聞かせてくれるじゃないか。やれやれ。》
未だ不貞腐れたような様子だったがこの4年間は思いの外自分の体を大切に扱ってくれているのだから信用してもいいだろう。
《おっと。ついでにもう1つ。隙があれば『リングストン』の資産を奪おうじゃないか。ネヴラディン本人のものでもいい。期待しているぞ?》
《・・・・・》
ところが調子に乗り過ぎたのか本当に彼の機嫌を大きく損ねていたのか、王城からの使者達によってナジュナメジナの体はあっという間に拘束されてしまったというのにア=レイは楽しそうな声で嘲笑うのだった。
《お、おい。まさかずっとこのままじゃないだろうな?!》
《さて?どうするかな?最近のお前は少し図々しさが目立つのでな。ここは体の支配権を戻してネヴラディンの苛烈な責め苦を受けて貰ってもいいかもしれんな?》
何という恐ろし事を口走るのだ。忘れがちだが相手は戦う力こそ持ち合わせていないものの間違いなく『七神』の1人であり厄介な能力を持っているのだ。
もし拘束されたまま体の自由を戻されてもナジュナメジナ本人に抗うすべはない。ア=レイの言うように拷問される為だけに身体を取り戻した所で歓喜は微塵も湧いてこない。
《わ、私が悪かった!だからその、まずはこの状況を打破しようじゃないか?な?!》
《私は別に困らんからな。多少の痛みはお前の目を覚ます良い気付けになるんじゃないか?》
冗談ではない。ここまでずっと体の自由を奪われていたものの大きな愚痴を零さなかったのは苦痛を伴わなかったからだ。なのに今更痛い目を見ろだなんてあまりにも残酷ではないか。といっても主導権は彼にある。ここは胡麻をすっておだてて敬って何とか機嫌を直してもらわねば。
だが数々の拷問器具が並ぶ部屋に連行されるとナジュナメジナは言葉と心を失ってしまう。
今まで血とは無縁の人生を送って来たのと拷問に興味がなかったので耐性が全く付いていないのだ。故にその部屋から漂う血の臭いがより心を蝕んでいく。この先の光景を思い浮かべるだけで水分も喉を通らない。
《ふっふっふ。大分反省したようだな?》
《あっ?!あっ?!ああっ!!は、反省した!!反省したから早くここから抜け出そう!!な?!》
《しかしネヴラディンは三日後に会うと言っているんだ。まだ二日以上時間はあるのだから無償の宿だと思ってゆっくりしようじゃないか。》
《で、出来るかぁぁぁぁ?!?!?!》
足首を鎖で繋がれているだけでもゆっくり出来る環境とは程遠いのだ。一刻も早く体の自由を取り戻し、この悍ましい部屋から出て外の新鮮な空気と風と光を目一杯浴びなければ気が狂ってしまう。
そこを何故理解出来ないのか。苛立ちと焦りで自身の体に戻れているのも気が付かず右往左往するが現状を打破する手立ては無く、ア=レイが手を貸してくれる気配もない。
それから意識を失ったのか、眠ってしまっていたのか。
目が覚めると美味しい酒だけは用意してあったのでそれを乾いた口内に流し込んで無理矢理自身を落ち着かせるといつの間にか3日間が過ぎていたようだ。
「さて、謁見を始めようか。」
少し酔いが回った頃、聞きたくもない声が耳に届いたので慌てて振り返ると開かれた頑丈な扉から大王ネヴラディンが拷問部屋に入って来たではないか。
「く、く、来るな・・・来るなぁぁぁぁ!!!」
「む?我が息子を誑かした割には随分小者だな・・・?まさか影武者か?」
何と罵られようとも構わない。痛みを伴う問答を全力で回避したかったナジュナメジナは必死で両手を振り回すと突然腕の力が抜けてしまう。
《いい加減にしろ。折角舞台が整ったのだからもっと楽しめ。》
《た、楽しめるかぁぁぁぁぁぁ?!?!?!?!》
どうやら感覚はそのままに自由だけを奪われたらしい。ネヴラディンが配下に指示を出すと力の抜けた体はいとも簡単に椅子へと座らされた後、肘置きや脚に四肢を拘束されてしまった。
《おお~こうなっているのか。なるほど、流石は人間。考える事がどの生物より残酷だな。》
この時点でもう心臓が止まりそうだ、というかそう考えているのならさっさと抜け出してくれないか?まさか本当に拷問を受けさせるつもりか?ならばいっそ首を括ってしまった方がいいのかもしれない。必要以上の責め苦を受ける位なら・・・
自死する方法も手段も持ち合わせていなかったがナジュナメジナはそこまで追い詰められていた。そしてア=レイはこちらの心情を手に取るように理解している。
「ネヴラディン様、まずは謁見の機会を与えて下さった事を深く感謝致します。」
だから茶番を十二分に堪能してから本題に入ったのだ。大王も突然落ち着きを取り戻したナジュナメジナを前に唖然とした様子を見せたが機嫌を直した彼は気にする事無く話を続けるのだった。
「大王様?」
「ん?!ああ、済まぬな。一瞬悪い夢を見ていたようだ。うむうむ、そうだ。私が期待していた通りの男で安心したぞ。」
先程は酷く取り乱した姿を晒していたようだが椅子に縛られると落ち着きを取り戻したらしい。というか普通逆ではないか?
妙な雰囲気を纏う大実業家に若干混乱したがもう大丈夫だろう。こちらも落ち着いてじっくり観察してみると欲望の渦中に身を置く存在の割には贅肉もいう程多くなく、双眸からは確かな力を感じる。
この人物ならばネヴラティークが説得されても納得が行くというものだ。かといって許すつもりは全くないのでこの後じわりじわりと嬲り殺すという決定事項が覆る事はない。
「そう仰っていただけると光栄でございます。ところで今回私がこの国に訪れたのは是非『リングストン』の仕組みとネヴラディン様の威光を直接感じたいと考えた為です。どうかしばしの滞在をお許し願えませんか?」
「ほほう?やはり面白い男だな。まさか我が息子を他国へ引き抜いた本人からそのような戯言を聞かされるとは・・・どれ。」
ネヴラディンが小指を立てると配下達は先端の尖った丁字の針をナジュナメジナの手小指の爪に合わせてそのまま押し込む。これは彼なりの敬意だった。
本当なら損傷を伴うものから始めるつもりが思った以上に肝が据わっていた為、激痛だけに変更したのだ。破壊という意味では物足りないがまずは前菜として苦悶に歪む表情を拝んでやろう。
そう考えての指示だったが驚いたことにナジュナメジナは声どころか汗すら流していなかった。だったら仕方がない。次は手指を全部立てて見せると配下が爪の隙間全てに針をねじり込むがそれでも彼は表情1つ変えないままこちらを見つめてくる。
「あの、大王様?それでお返事の方はいつ頂けるでしょうか?」
「ほう?面白い・・・面白いではないか?ナジュナメジナ。」
僅かな高揚を覚えたネヴラディンは足を組み直すと今度は拳で足の小指を軽く叩いて見せる。すると配下は彼の足の小指目掛けて大槌を振り下ろす。
ぐしゃっという僅かな音が拷問部屋に響くがこれにもナジュナメジナが反応を見せる事はなく、むしろきょとんとした表情で先程の答えをずっと待ち続けているようだ。
「あの?ネヴラディン様?お返事は急ぎませんので今回の謁見はこの辺りで切り上げましょうか?」
「・・・何を言っているのだ?」
「いや、ですから大王様の顔色が優れないようなので。ここは地下ですからね。少し悪い空気にでも充てられたのではないでしょうか?」
おかしい。おかしいぞ。鍛え抜かれた武人ですら必ず何かしらの反応を示すはずなのにこの商人風情は汗一つかかないどころかこちらを気遣う素振りまで見せてくるではないか。
何故か責め立てる方が不安を覚え始めるとネヴラディンは足小指を更に叩くよう指示を出すが相手は意にも介さない。ここまでくると何かしらの仕込みを疑う他はないだろう。
何だ?何を仕込んだのだ?まさか自国で使っているような麻薬を服用したのだろうか?
あれは快楽を得られるだけでなく医療に使われる事もネヴラディンはよく知っている。ましてや相手は大実業家なのだから手に入れる事も容易いだろう。
ただし依存性が極めて高いので詳細を知ってる者は普通服用しない。『リングストン』でもあの煙草を既婚者達や成人にしか与えないのは成長に支障をきたすからだ。
拷問による損傷、痛み止めの為に麻薬を服用する危険性、そこにどれ程の利益を見積もってもつり合いは絶対に取れないとネヴラディンでさえ断言出来る。
こいつは数字や損得勘定が得意な商人ではないのか?ナジュナメジナの足小指は他の指も巻き込んで既にぐちゃぐちゃだったが相変わらず表情一つ変えずにこちらを窺って来るのだから訳が分からなくなってきた。
「・・・まことに面白い男だな、お前は。」
「そうでしょうか?お話もほとんど出来ておりませんが・・・」
むしろこちらが不気味な冷や汗を流し始めたのでネヴラディンは手指を全て叩き折るよう指示を出すが相変わらず彼は悲鳴も上げず、室内は破壊音が響くだけだった。
《い、一体何がどうなっているん、だ?》
この光景を正しく理解出来ていたのはナジュナメジナだけだろう。ア=レイはすぐ立ち上がると代わりに配下の一人を座らせて拘束させる。
その後ネヴラディンの責め苦は全てその男が受けていた。ちなみに悲鳴や激痛に耐える様子を隣から全て見ていたのだが他の人間は座っている男をナジュナメジナとして認識していたようだ。
手指に針を突き立てられて足小指を粉々に粉砕され、挙句手指全ても粉砕される光景を前にナジュナメジナは心の目と耳を固く閉ざしていたがア=レイは全く気にする事無く淡々と会話を続けている。
《お?やっと折れてくれたかな?それじゃ私達もそろそろ宿に帰ろうか。》
一体何が起こっていたのか、最後まで謎だったが自身の体は無傷だという事実だけは間違いないだろう。
《お。おお!そ、そうかそうか!では帰ろう!さっさと帰ろう!!》
いつ彼の気まぐれで再び拷問椅子に座らされるかわからないのだ。ナジュナメジナは焦る心を隠そうともせず必死で懇願するとア=レイは随分と楽しそうに笑って見せながら堂々と部屋を後にした。
もう身の危険を心配する必要はない、そう信じたい。
翌日ナジュナメジナは僅かな不安を抱きつつ初めて『リングストン』の街を歩くと鬱屈した気持ちはようやく霧散していった。
人口は目に見えて多く、加工や産業は十二分に栄えているようだが国民の、特に大人達からの活気が妙に低く感じるのは気のせいだろうか。
顔色も悪い事から過労気味なのかと疑うも観察した範囲だときちんと休憩時間も取れているようで日が暮れる前には皆が自宅に戻っている。
食事もしっかり確保出来ており特に不審な点は見当たらない。むしろ自分の事業で働かせている人間の方が過労気味なのかと感心したくらいだ。
《むむ。これは・・・ナジュナメジナよ。私達の事業も少し労働環境を見直す必要があるな。》
《おいおい勘弁してくれよ?!あれ以上生産効率を落とせば売り上げがまた下がってしまうだろう?!》
それはア=レイも感じたのだろう。こちらと同じ事を考えるまではよかったが改善案を出されると素直にうんざりした様子を見せてしまった。
《しかし不思議だな。食事と休息もしっかり与えられているし生産性は悪くないようだ。厳しい管理下に置かれても意欲が満たせるのであれば全ての国が模範としても良いのに。》
《・・・・・》
彼の呟きには返す言葉が出てこない。確かに人の流れや動きを見ていても不満らしきものはほとんどなかった。これこそ国家の運営として最も正しいのではと思えてしまう程に。
だがあれ程苛烈な大王が何も施策していないとは到底考えられない。何か仕掛けがあるのではないか?
不思議に思って数少ない嗜好品が置いてある酒場に足を運ぶと中は今まで見てきた中で最も活気で満ちている。つまり娯楽や嗜好品だけで国民の活性化を図っているのか?
「一杯貰えるかい?」
ア=レイに頼んで『リングストン』の酒を飲んでみるも至って普通、いや、最近では悪魔の酒が市場に出回っている為むしろ安酒とすら感じる。これだけでは国民を鼓舞出来ないだろう。
《・・・なぁナジュナメジナ。あれは何だ?》
《あれ?ああ、煙草だよ。》
最終的には酒場に蔓延する白い煙とそれを吸う者達くらいしか目に留まるものがなかったのだが初めて見る光景にア=レイは興味津々だ。
《そういえば煙草は『リングストン』特有の文化だな。》
《そうなのか?どうりで見たことが無い訳だ。》
ナジュナメジナも乾燥させた葉に火をつけて煙を吸うというのは他だと蛮族の一部くらいしか聞いたことが無いし、そんな火事の危険を冒してまで煙を吸って何が楽しいのかというのが率直な感想だった。
故に自身の周囲はもちろん、煙草に手を染めた国家など聞いたこともなかったがそこには『リングストン』の重要な秘匿が隠されていたらしい。
「すまないがあれを一口吸わせてもらえないだろうか?」
「・・・お客さん、他国の人だろ?駄目駄目、あれは『リングストン』国民だけの娯楽なんだ。」
気が付けばア=レイが店主と交渉していたがそもそもこの国に通貨は存在しない為、対価を払う事は出来ないというのに何を考えているのだろう。
《では仕方ない。その人間をちょっと操って一服させてもらおう。》
《お前・・・力の使い方を間違っているぞ?》
一応口を挟むものの彼が言うことを聞く筈もなく、またナジュナメジナも少し興味があったので味覚を共有してそれを吸い込むと思わずせき込んでしまう。
《げほっげほっ!!や、やはり煙などを吸っても何も楽しくない、な・・・》
《・・・・・ふむ。しかしこれはただの煙ではないぞ?》
《な、何だと?》
そう返したナジュナメジナだったが体の抵抗力、この場合精神の抵抗力と言うべきだろうか。ぴんぴんしていたア=レイとは裏腹に疲弊していた彼は意識が朦朧とする中、妙に視界が歪む感覚から言葉と意識を失っていく。
そして翌朝、目が覚めるとア=レイは既に食事を済ませて移動の最中だったらしい。
《おはよう。どうだった?煙草を吸った感想は?》
《お、おはよう・・・か、感想か?う、うむ・・・はて?どのような物だったか全く思い出せん。ど、どうだ?確かめるために今からもう一回吸いにいかないか?》
《うむ。満点の答えだな。どうやら『リングストン』はあれで国民の意識を縛っているらしい。》
未だにすっきりしない思考では彼の言葉を聞いても全く理解が追い付かない。むしろ一度染まってしまったナジュナメジナは当分の間その禁断症状に苦しむ事になろうとはこの時夢にも見ないのだった。
(・・・何故私は奴を解放してしまったのだ?)
思えば最初から違和感だらけの謁見だった。それでも拷問部屋に三日間監禁するまでは問題なく事は運んでいた筈だ。
初対面時に酷く怯えた様子を見せつけてくれたのも小者らしくてこちらの嗜虐心は大いに満たされた。うむ、ここまでは計画通りだろう。
なのに椅子に縛り付けた後はずっとこちらが驚愕していたのだから可笑しな話だ。何故拷問する側が驚いて、される側が汗一つかかずに自分と語り合っていたのだ?
痛みに強い人間というのは確かに存在する。それにしてもナジュナメジナはあまりにも異質だった。あれは耐えているとかではない、まるで痛みを全く感じていない様子だったのだ。
(・・・・・そうなのか?それが答えか?)
拷問部屋での謁見はそのまま城外に放り出した所で幕を引いた。となると傷で満足に動けないまま何処かで野垂れ死んだか従者に運ばせて逃げ帰ったか。
・・・・・そこがまず自分らしくなかった。
畏怖の象徴とも呼べるネヴラディンが解放を選ぶなどあり得ない。そのまま拷問部屋に監禁して不定期に奴を嬲り続けるべきなのに何故解放したのだ?
幻視によって違うものを見ていたにも拘らず僅かな疑念に辿り着けたのは流石大王と言ったところだろう。そしてその日はネヴラディンを更に驚愕させる報せが入って来る。
「ネヴラディン様、ナジュナメジナが謁見を求めておりますが如何いたしましょう?」
「・・・・・ほう?」
一瞬聞き間違えたのかと思ったが衛兵が手にしていた書状を確認すると本人で間違いないらしい。よかった。これで再び投獄出来ると安堵したが同時に底知れぬ不安を覚えたのも事実だ。
手足の指を粉々に破壊してまだ2日しか経っていないのにどうやって現れたのだ?やはり前回の人物は影武者だったのか?
あの時のやり取りを懸命に思い出しながら今度は直接執務室に案内するよう命じると再びその姿を見たネヴラディンは思わず息をのんだ。見た目は二日前と同じだが指は全て真っ直ぐに伸びており怪我をした痕すらない。
「此度の迅速な対応、誠に感謝いたします。実は酒場にあった煙草についていくつかお尋ねしたいのですが・・・」
「・・・貴様は何者だ?」
「はい?私はナジュナメジナですが・・・どうかされましたか?」
「・・・ナジュナメジナは二日前に指の全てを粉砕した。そしてその後は城門の外に捨てた筈だ。なのに何故お前は怪我の1つも負っていないのだ?」
「・・・外部から身体に余計な力を加えているから私の術が不完全だったようだ。ふむ、これはこれで面白いじゃないか。」
すると突然口調が変わった事により大実業家とやらはただの商人ではないと確信する。では何者なのか?どうやって拷問の傷を治したのか?聞き出したい事が一気に湧いてくる中、ナジュナメジナは静かに立ち上がると棚から一番高級な酒を許可もなく取り出して盃に注いでいる。
「『リングストン』大王も舐められたものだ。では再び尋問を始めよう。隠し立ては許さんぞ?」
ネヴラディンは警戒しつつ椅子を指さすとナジュナメジナも軽く首をすぼめてそこに腰掛けた。
「さて、まずは二日前の拷問をどう切り抜けたのかを教えてもらおうか。あの時私はお前の手指が粉砕されるのをこの目で見ていたのだ。なのに何故今は傷一つ無い?」
「はっはっは。それは私が拷問を受けていないからだ。お前の配下が代わりに受けていた、というのが真相だな。」
「ふむ・・・・・」
説明されても全く理解出来なかったがどうやら最初から傷を負っていなかったと言いたいらしい。であれば次はその手段だが・・・
「おっと待ってくれ。お前ばかりが質問しては不公平だろう?今度は私の質問に答えてもらうよ?」
「図に乗るでない。私がその気になれば商人如きその場で挽き肉にも出来るのだぞ?」
「ではやってみるがいい。」
この時本物のナジュナメジナは再び生きた心地がしなかったのだがネヴラディンには関係のない事だ。自信満々に返して来たのですぐ試してみてもよかったのだがこの男は地下の拷問部屋から無傷で生還した前歴を持つ。
「・・・いいだろう。何を知りたい?」
「酒場にある煙草についてだ。お前はあの麻薬を使って国民から不満の種を摘み取っている。この認識に間違いはないかな?」
「ああそうだ。では私の質問に答えろ。お前は一体何者だ?」
「私はア=レイだ。」
まさか名乗って来るとは思いもしなかったのでネヴラディンも唖然としてしまったが問題はその人物だ。自身の記憶にそのような名前はない。という事はナジュナメジナの本名か、それともナジュナメジナの親族か。
一体どのような関係なのだと問い質したかったが残念な事に相手は自分以上に不遜で飽きやすい性格なのを最後まで知ることはなかった。
「つまり『リングストン』の生産意欲は快楽と不満の両方を解消しつつ国家に依存させる事で成立させている訳だ。なるほどなるほど。では帰るか。」
「待て。次は私の質問に答えろ。ア=レイよ、お前とナジュナメジナはどういった関係だ?本人か?それとも全くの別人か?この国に来た理由やネヴラティークを引き抜いた理由、聞きたいことはまだまだ残っているぞ?」
「明日を迎えられないお前にこれ以上費やす時間はない。」
突然話を打ち切られたのもそうだが内容も理解に苦しむものだった。しかしそれを知る必要ももう無い。何故ならネヴラディンである事を忘れ去られた遺体は犯罪者達と同じ焼き場で遺灰と化していたのだから。
《麻薬で国民を縛り付けるというのは得策ではない気がする。そうだろう?ナジュナメジナ?》
『リングストン』の視察を終えたナジュナメジナ達は帰路の途中、王都で起こった出来事を整理しては話し合いを続けていた。
《うむ。長い目で見ると不健全極まりないが独裁国家らしいも思うよ。如何にも独裁者が好みそうな苛烈な施策じゃないか。》
国王は『ネ=ウィン』の国葬に参列中だったので宰相に色々尋ねた所、例の煙草は芥子という植物を使っている事や医療の研究にも役立っている話も聞かせてもらった。
ちなみに自身の事業でも取り扱ってみようかと検討した所、依存症に陥るのが関の山とア=レイに一蹴されて計画は白紙に戻っている。
《ネヴラディンも後継者をネヴラティークに選んでおけば晩節を汚す事もなかったのにな・・・》
《だがそのお蔭で彼を『ジグラト領』に引き抜けたのだから悪い事なかりではないさ。》
4年前、『ナーグウェイ領』の反乱時にネヴラディンが暗殺された事で『リングストン』の勢力は一気に衰えてしまった。
そこに彼の遺言が更なる混乱を生んでしまったのは記憶に新しい。そう、玉座を次男フォビア=ボウに譲ると書き残してしまっていた為長男ネヴラティーク派と激しい内部抗争が繰り広げられたのだ。
ただ兄弟での争いを避けたかったのか国家の運営を優先したのか、ネヴラティークは権力を奪われるのも気にせず国内の安定に奔走すると徐々に孤立していく。威厳を取り戻すという名目で領土の奪還を命じられた先の戦も次男の策謀だ。
例え命を懸けて戦おうとも独裁国家において戦果は全て国王のものとなり、失敗すれば全ての責任をネヴラティークに押し付けられる。交戦中に暗殺される事も想像に難くない。
母国で居場所を失った彼には救いの手が必要だった。それが今回偶然にもナジュナメジナ達の要求と合致した為引き抜けたという訳だ。
《ネヴラティークもガビアムと接触して親交を深めているらしいからな。独裁国家の崩壊は近いのかもしれないぞ?》
《はっはっは。私の興味は既に失せている。どうなってくれても構わんよ。》
ア=レイの口からそう告げられると本当に終わりが近いのだと感じずにはいられない。だが今回の視察で最も大事なのは得た知識を次に繋げる事だろう。
《・・・そういえば『ジグラト領』の住民は大丈夫だろうか?彼らも依存症にかかっているんじゃないのか?》
《ほほう?お前が他人の心配をするとは、ふふふ。この旅もそれなりの収穫にはなったという事か。》
言われてから羞恥で頭に血が上るのを精神体で感じながら自分でも何故そんな事を口走ったのかと酷く後悔するが先に立たずだ。
それからロークスに戻るまで事あるごとにからかわれ続けるとうんざりを突破した彼の思考は何とか意表を突くためにと敢えて次は『ジグラト領』の視察を提案するのだった。
大実業家が『リングストン』を去ってから1か月余りも過ぎた頃、『ジョーロン』から戻って来た時雨はヴァッツの変化に気が付く。
「ヴァッツ様?お手洗いですか?」
「え?違うよ?何か変な雰囲気が漂ってるからさ。皆感じない?」
意外な答えが返って来たので他の面々が顔を合わせてから周囲を警戒してみるが誰一人その雰囲気とやらを察する事は出来なかったらしい。
皆が小首を傾げていると彼も納得したのか、以降は普段通りに振舞っていたので少し気にはなりながらも一行は国王の待つ執務室へと入っていく。するとすぐに変な雰囲気の意味が垣間見えた。
「おかえりなさいませ。どうでした?久しぶりの船旅と『ジョーロン』での再会は楽しめましたか?」
「うん!とっても楽しかった!でも君だれ?ネヴラディンは?」
「「「「「「えっ?!」」」」」」
ヴァッツが突然前王の名を出したのだから衛兵達も驚いて声を漏らしてしまう。確かに主は少し子供っぽい所が残っているものの何故4年も前に亡くなった大王の名を出したのか。何か意味でもあるのだろうか?
「・・・えっと、父は4年前に崩御されましたが。ヴァッツ様、何か悪いものでも食べられましたか?それとも長旅でお疲れでしょうか?」
「えっ?!ネヴラディンって子供はネヴラティークしかいなかったよね?!」
「「「「「「???」」」」」」
一体彼は何を言っているのだろう?フォビア=ボウも普段は大らかな性格の為この程度で怒るとは思わないが今日のヴァッツはどう考えてもおかしい。
もしかすると彼にしかわからない何かが、妙な雰囲気とやらが悪さをしているのだろうか?であれば従者としてしっかり護らねばならない筈だ。
「貴方大丈夫?柄にもなく旅の疲れでも出てるの?」
「?!・・・・・いや、ごめん。オレの勘違いだった!」
しかしハルカが白い眼で指摘したことでこの話は幕を閉じてしまう。この僅かな異変に気が付いていれば未来は変わったのだろうか、それは誰にもわからない。
ただ真実を掴んでいたヴァッツは報告を終えた後一人で共同墓地へと向かい、欠けた骨片に寂しい眼差しを向けていた。
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