闇を統べる者

吉岡我龍

国家の未来 -栄枯盛衰-

 ナヴェルは総大将であるネヴラティークが敗走した急報を知ると不機嫌さを隠そうともせず即座に撤退の準備に入る。
というのも今回の戦は『エンヴィ=トゥリア』の力を新世界に知らしめるという意味合いが強かったからだ。なのに『ワイルデル領』の護りはとても脆弱でまともにぶつかる兵士はほぼいなかった。
自軍の犠牲もなかったがこれでは何をしに来たのかわからない。本国と遠く離れた飛び地を手に入れる訳にもいかず募っていた不満はため息とともに吐き出される。
「・・・ほぼ行軍だけで終わったな。」
「相手がああも無抵抗では致し方ありません。それに『リングストン』への恩義を売り込めた功績は後々必ず役に立つでしょう。」
確かにハーシの言う通りだ。この世界で最も広い領土と物量を保有する国との関係が強化されるのなら国王サンヌも喜んでくれる筈だと信じたい。

「待ちな!あたい達の国に攻めてきて無傷で帰れると思ってるのかい?!」

ところが悠々と帰路に着こうとした時、『ワイルデル領』に来て初めて戦士らしい者から声を掛けられると喜色の笑みを浮かべながら振り向く。するとそこには野性味溢れる武具を身に着けた肌の黒い種族達が女戦士を筆頭にこちらを睨みつけているではないか。
「・・・総大将が敗走したのでな。もはやこれ以上戦う理由はないのだが・・・それでも剣を交えるというのか?わしら『エンヴィ=トゥリア』の軍勢と。」
「ああ!一方的にバイラント族の大地と誇りを踏みにじられたままじゃご先祖様に合わせる顔がないからねぇ!いくよお前らっ!」
しかもかなり好戦的な連中のようだ。指揮官らしい女性が号令をかけると統率は取れていないもののここまでの退屈過ぎる侵攻が全て払拭されるほどの動きで戦士達が襲ってきたのだからナヴェルは嬉しさで震える程だった。
「全軍防御態勢だ!!!」
だが既に大勢は決している為今は退却を最優先に行わなければならない。長旅の疲れも考慮して犠牲を抑えながら下がるよう命じるが彼女達の動きは想像以上に勇猛、いや蛮勇に攻撃を放ってくる。
こちらが護りに入っているのもあるだろうが反撃などを恐れずに全力で斧や槍、剣を振り下ろしてくるのでナヴェルは黒い大槍を携えると騎乗したまま最前線に跳んだ。

ずしゃぁぁああっ!!

そこから素早くも力強い薙ぎ払いで10人近くの蛮族達を一気に吹き飛ばすと若干の怯みと綻びが見えたが彼らの攻撃を止める程ではなかったらしい。
各々がまるで獣のように襲ってくるのでナヴェルも防御態勢を厳命しつつ自らが反撃に駆け回っていると先程の女戦士が戦況を読んだのか部隊を制止してこちらの前に立ちはだかって来た。
「お前、その黒い大槍を持ってるって事は『七神』の関係者か?!」
「『七神』?」
初めて聞く名前に小首を傾げるが彼女はこの黒い大槍の作り手を知っているのか、最大限の警戒と戦意を向けてくる。
「ふむ。関係しているのかどうかはわからんがこれは先日貰ったのだ。妙に綺麗な金髪を持つ老人にな。」
「・・・実はあたい達、その武器の回収か破壊を命じられてるんだよ。良かったらそいつを渡してくれないかい?そうすれば見逃してやるよ。」
「あ、姉上?よろしいのですか?」
意外な申し出に彼女の弟らしき人物も驚いて声をかけていたがなるほど、黒い大槍の存在はこの世界でも警戒されているようだ。
「・・・よかろう。」
「ほ、ほんとか?!」
だからこそナヴェルもこの武器には忌避感を抱いていたのだ。自分の意志を邪魔してくる妙な力に。

「その代わり、貴様をもらおう。」

「・・・・・へっ?!」
それでもただ武器を渡して去るのは敗北を認めたようで納得が行かない。故にこちらからも条件を提示すると名前を聞いていなかった女戦士は左右をきょろきょろとしてからそれが自分だと気が付くと目を丸くして指をさしていた。
「うむ。若くて美しく、そして部族を率いている姿と強さに興味がわいた。この黒い槍は貴様らにくれてやっても良い。だから女よ、わしのものになれ。」
エンヴィ=トゥリアの虎が猛々しく吠えると蛮族達もその内容にどう動くのか見守っていたが、視線を集めていた彼女が目を伏せて少しだけ考え込むような素振りを見せると次の瞬間にはややはにかむ様な笑顔をこちらに向けてきた。





 「・・・いや~、強い男に求められるのはうれしいんだけどさ。あたいにはもう旦那様がいるんだよね。悪いな!他の娘じゃ駄目か?」

確かにそういった意味を含めて発言はしていたのだが彼女は思った以上に上機嫌で代替案を提示してくると今度はこちらが困惑してしまう。
「・・・・・では力尽くで攫おうか。元々お前の提案に乗る理由もないからな。」
ナヴェルが指名したのは部隊を率いる勇猛な女戦士というのが『エンヴィ=トゥリア』でも非常に珍しいのでこれなら手土産になるだろうという単純な思考からだ。
あとは立場を明確にしておく方向で話を切り替えると彼女も浮ついた雰囲気を霧散させて再び戦士の顔を見せた。
「へぇ。人妻に手を出そうなんて下卑た野郎じゃないか。いいだろう!だったらあたいも全力で奪い取るまでさ!!」
「面白い!!かかって来るが良い!!」
男勝りな性格を益々気に入ったナヴェルがそれに答えるとまずは彼女の大きな斧がかなりの速度で襲ってくる。
細身ながらしっかりとした筋肉をつけているのだろう。体幹もぶれる事無く強力な一撃を放ってくるので興味がわいたナヴェルもそれを真正面から受けきった。

がきぃぃぃんんっ!!

「うむ!よい攻撃だ!!」
久しぶりの戦いらしい戦いに滾りを解放しながら反撃を放つと彼女も素早く身を躱して更なる攻撃が来る、と思ったのだがこちらの見せ太刀が軽く触れたので少し驚いた。
どうやらこの武器は自分が思っている以上に力を与えてくれているのか彼女が本調子ではないのか。ならばと早々に決着をつけるべくナヴェルが本気で大槍を振るおうとした時、意外な男が間に割って入って来た。

ばきんっ!!

「む?!カズキではいか?!」
「おっ?!久しぶりだな!!」
「久しぶりじゃねぇよ馬鹿!!赤が生まれたばっかなのに無茶してんじゃねぇ!!」
刀を片手に獣のような動きで2人の攻撃を弾き飛ばしながら中央に姿を見せると3人はある程度関係を読み取る。
「ナヴェル、もうネヴラティークは降伏してるんだ。さっさと兵を引き上げるのが将軍の務めじゃないのか?」
「そうしたいのは山々なのだがその女と部隊が襲い掛かってきてな。だったら応戦すべきだろう?将軍として。」
「バ~ラ~ビ~ア~?!」
「いや、だってあの人が『モ=カ=ダス』ってとこの援軍に行くついでにこっちにも顔を出したいっていうから先に帰省してたんだよ。そしたら侵攻を受けてるって聞いてさ、ここは大族長として動かない訳にはいかないだろ?」
まずは彼女がバラビアという名である事と子を授かったばかりというのは理解出来た。そしてこの場にカズキが登場したという事は既に『ワイルデル領』内の奪還も終えてきたのだろう。

「・・・ふむ。では我々は引き上げるとするか。」

となると長居は無用だ。バラビアとその部隊はともかくカズキは背後から襲ってくるような人物ではない。少しだけ彼女に未練が残ったもののナヴェルは速やかに撤退命令を出すが時は既に遅かったようだ。
「・・・間に合ったようだな。」
「あっ!テキセイ!早かったね?!」
敵部隊の奥から見たことのない出で立ちの男が静かに姿を見せるとバラビアが喜んで飛びついている。どうやら彼が旦那らしい。
「・・・お前?!その傷はどうした?!」
「え?ああ、ちょっとだけ掠っちゃったんだよ。大丈夫大丈夫!」
そしてその事実を知った男が放つ圧倒的な威圧感と怒気を前にナヴェルは仲介したカズキと一緒に固まってしまった。

「ほう?バラビアを我が妻と知っての狼藉か。貴様ら、生きて帰れると思うなよ?」

どれ程の強さを持っているのかわからないが全力で凌がねば多大な犠牲が出る事は一般兵ですら本能で理解出来たようだ。全員が武器を構える形だけ取るも気持ちは既にへし折られている。
「待った待った!テキセイ叔父さん、こいつらはもう敗残兵なんだ。それにナヴェルは俺が討ち取りたいから今回は抑えてくれよ、な?」
なるほど。カズキの親族ならばこの異様な雰囲気も理解出来る。相手が叔父というのもあるのだろうが彼がやや下手に出ているという事からも相当な猛者なのだろう。
「・・・う~む・・・仕方ない。」

ぱきんっ

それから周囲に乾いた音だけがこだました後、少ししてナヴェルは自身の黒い大槍が真っ二つに叩き割られていた事実とテキセイという男の底知れぬ強さを感じ取るのだった。





 『エンヴィ=トゥリア』が退却したことで戦いは終息へと向かっていたのだが大いに頭を悩ませる問題が残っている。

それが奪還した領土の所有権だ。
『ビ=ダータ』としては当然そのまま戻ってくるものだと考えていたのだが地上に降りてきた『トリスト』国王スラヴォフィルに『アデルハイド』国王キシリングが赴いて来ると話は想像していなかった所から始まる。
「ガビアムよ。今回ワシらは元『ビ=ダータ』の領土以外を『トリスト』と『アデルハイド』で分割統治する事にした。以上だ。」
あまりにも一方的過ぎる内容に唖然とするも考えてみれば今までが好待遇過ぎたのは否めない。確かに祖父が預かっていた領土は『アルガハバム領』南方の一部だけなのでそこさえ国家として残してもらえるのであれば当初なら納得しただろう。
「血染めの王よ。私は貴方の要望に応えるべく『アルガハバム領』『ワイルデル領』の広大な領土をしっかり統治してきました。犯罪や不満も少なく国民の安寧にも十分貢献していた筈だ。それを今更横領されるおつもりか?」
しかし今は『リングストン』を滅ぼすという明確な目的があり、ボトヴィという個人の私兵も手にある。更に大実業家を2人も擁しており資金面でも問題はない。
後は裏で民兵を募って少しずつ、確実に奴の版図を切り取って行こうと画策していたのも領土と多数の国民を保有することが前提であり、これを崩されればガビアムの復讐は頓挫してしまうのだ。
故に多少は強引なのも承知の上で強く批判すると議会室には張り詰めた緊張感が漂う。そうだ、彼らの思惑がどうであれここで折れてはいけない。

「ん~、俺もファイケルヴィから聞いてるぜ?領土拡大に消極的だったから有能なガビアムに任せてたって。それを今更自分たちの国に併合するなんて何か理由でもあるのか?」

そして大いに驚かされた。
一応は『トリスト』の傘下になる『ボラムス』の傀儡王もこの場に参席していたのだがまさか彼が自身の胸中を代弁してくれるとは。
後で深く語り合ってみるか。心の中で強く頷いたガビアムは行動では浅めに抑え、2人の老王からその答えを待つが当事者達は顔を見合わせると更に同席している自分達の側近に顔を向けるだけだ。
「・・・・・ガビアムよ。私達は今争いと遺恨を回避する方向で動いている、と言えば賢しいお前だ。理解出来るだろう?」
そこにザラールから静かに釘を刺されると全てが腑に落ちる。ボトヴィ達の存在が公になる事は想定内だったが『リングストン』滅亡の件まで漏洩していたとなれば立ち回りをしくじった己の失敗に他ならない。
4人の中で最も常識人だったルマーを選んで事情を打ち明けたのは自分なのだ。そして常識人過ぎた故に彼女は『ビ=ダータ』を離れる結果になってしまった。
「ふむ。仰ることは大層ご立派だというのはわかりますが果たしてそれが現実的なのでしょうか?今は『ネ=ウィン』の後継者も亡くなり『アデルハイド』も対応に追われているのでしょう?」
かといって諦めるのは早計だ。今度はここまで1つも口を開いていないキシリングに揺さぶりをかけるが彼は双眸を閉じて腕を組んだまま動く気配を見せなかった。

「ご心配なく。そちらはクレイス様が抜かりなく進めておりますので。」

代わりに彼の右腕でもあるプレオスが何故か目を爛々と輝かせながら自信満々に言い放ってくるとキシリングの口元にも笑みらしいものが見える。
ちなみに斜め向かいに座っていたガゼルは側近のファイケルヴィから何か詳細な補足を聞いているのか、小声でやり取りをした後感心した様子でこちらを一瞥してからスラヴォフィルに向き直した。
「俺も仇を討った側だからなぁ。ガビアムも『リングストン』を討つ為に耐え忍んで生きてきたんだろ?だったら争いや遺恨を回避する話はそれを叶えた後でもいいんじゃねぇか?」
何という見事な傀儡っぷりなのだ。こちらが一切口を開く事無くガビアムの悲願を雄弁に語ってくれるので自身は心中で拍手喝采を送り、2人の王はやや困った様子で再び顔を見合わせているではないか。
「ガゼル様、もしガビアム王の計画を許すと罪の無い国民が数多く死ぬ事になります。そこは家族を失った貴方だからこそ深く理解していただけるはずです。」
ところが副王ファイケルヴィの的確過ぎる助言によって傀儡王とガビアムは一瞬で納得した後口を噤んでしまった。噂で聞いた彼の過去を考えると余計な遺恨を生まないようにというザラールの言葉に反論の余地はない。

「ワシらの危惧する点もそこだけじゃ。つまり復讐を止めろとは言わん。やるならネヴラディンだけを狙え。」

それでもスラヴォフィルが最大限の譲歩を見せてくれるとガビアムも少しだけ溜飲が下がる。
「・・・・・それは『トリスト』が支援して頂けると受け取ってよろしいですか?」
「うむ。出来る限りの協力はしよう。お主が『ビ=ダータ』を復興した時と同等くらいにはな。」
これは慈悲なのか恩を売り込んできているのか。彼らも直接手を貸してくれる訳ではないがお膳立てに近い部分までは協力してくれるらしい。
となれば領土の割譲問題でごたついている場合ではない。こちらは速やかに解決し、ネヴラディンだけを抹殺する為に計画を大いに修正する必要がある。
以前のように元服の儀みたいな大きな催しがあれば接近は出来るのだろうがそこで騒動を起こすと世界中の国家から白い眼を向けられるのは想像に難くない。

・・・・・それでも直近に大きな好機が迫っているのだ。ナルサス皇子の国葬という大き過ぎる好機が。

これを利用すべきか?いや、利用しない手はない。軍事を使った方法を封じられたガビアムはひとまず彼らの条件を了承して話を終わらせるとその夜はガゼルとの親交を深めるべく、自室に呼んで様々な意見を交換しあおうと動くのだった。





 そんな憎悪に塗れた彼の心情をある程度理解していたガゼルも傀儡の名に恥じぬ動きを見せる。

最初は女でもあてがってくれるのかと期待したがガビアムは本当に語り合いたいらしい。晩餐の後に招待を受けると複雑な心境ながら渋々頷くガゼルだったがファイケルヴィは違ったようだ。
「ガビアム様から出来る限り沢山の情報を引き出して下さい。内容はこちらで精査致しますので。」
彼の行動に何かしらの意図を感じたのか、命令のような忠告のような言葉を告げてきたのだがこれに関してはかなり自信がなかった。というのも理由は至極単純で記憶力の問題だ。
「・・・まぁ頑張ってはみるが期待はするなよ?」
既に腹は膨れて酒も入っているのに今から話を聞きだして覚えてこいというのは傀儡王にとって最も過酷な任務になるのは火を見るより明らかだろう。
最近では傀儡ながらも周囲がある程度の期待を寄せてくるので何とか取り繕いながら応えてきたつもりだ。しかし気合いに任せてガビアムの私室に赴くと美味そうな酒と料理が否が応でもこちらを誘惑してくるではないか。

「ようこそガゼル殿、ささ、遠慮なさらずに。」

「おう。遠慮なんざしたことないからいつも通りにやらせてもらうぜ。」

議会の場で聞いた話だと『リングストン』の侵攻により先祖代々から続いていた国を潰され、彼が奮起してそれを取り戻したのが今の『ビ=ダータ』らしい。故に凄まじい復讐心を抱いているという事だがそこに家族も関係していると先程教えてもらっていた。
なので乾杯を済ませた後は酔いと欲がこれ以上回る前にと早速本題に入る。
「んで、ネヴラディンを殺したいっていう話は家族が関わってるんだって?」
「はい。私は人質として姉を『リングストン』に捕られていたのですが『ビ=ダータ』を建国した後、首だけになって突き返されました。」
「ふむ・・・・・」
自身も妻と子を殺され国を追われたのだから彼の気持ちは痛い程理解出来るが全てを重ね合わせて同情するのは違う筈だ。それよりも個人的にいくつかの気がかりがあったのでまずはそこについて言及を始める。
「・・・つまり今は姉の仇を討つ為に行動しているって訳だ。」

「その通りです。ただ私としては軍を率いて国ごと滅ぼしてやりたかったのですがスラヴォフィル殿からお許しは得られなかった。これについてガゼル殿はどう思われますか?」

「む?そ、そうだな・・・えーっと・・・」
こちらから質問をする事と記憶する事ばかりに気を取られていた為まさかガビアムの方から尋ねるような形になるとは夢にも思わず、酒に酔った頭で思考を巡らすが言葉はすぐに出てこない。
「・・・あ~、それをすると関係のない国民にも犠牲が出るから駄目だって話、だったよな?!」
「仰る通りです。しかし戦とはどれだけ綺麗事を並べようとも行き着く先は殺し合いなのです。私の大義もそうですがこちらが手を出さずとも『リングストン』から侵攻されるのであれば多少の犠牲を覚悟して芽を摘み取ってしまった方が後に安泰を得られる、そうは思われませんか?」
「う、うむむ・・・ま、まぁそう、だよな・・・」
戦いとは犠牲の上に成り立っている。もし仮にネヴラディンだけを討ち取る事が出来たとしても次は相手からガビアムが狙われる構図が出来上がるだろう。
つまり復讐という道に足を踏み入れる事自体が永遠に血で血を洗う関係を続けていく選択に成り得るのだが聡明なガビアムはその辺りの対処も立案済みのようだ。
「私のような存在をこれ以上生み出したくない。そう思って挙兵を考えていました。最終的には『リングストン』の主要人物及びその親族郎党全てを処断すれば火種その物が無くなるだろうと。」
引き出すという任務はとても順調だったがそれをガゼルの記憶力で補えるかどうかは別問題である。すらすらと主張を説いて来る彼を前に目も頭も回しながら何かないかと食卓の上に目をやり、切り分けられた柑橘系の果物を摘まむとそれを口の中に放り込んだ。
それが舌の上で強烈な酸味を発揮するもまだ足りなかったらしい。ガゼルは立ち上がって窓際に向かうと夜風に当たるのをガビアムも黙って見守ってくれていた。

「・・・俺も昔、復讐心に囚われていた。奴を殺す事だけを考えて生きてきた。」

この話はあまりしたくなかったのだが今は記憶の容量が一杯でこれ以上情報を持ち帰るのは困難だと判断したのもある。後は彼も黙って聞く姿勢を保っていたので仕方なくガゼルは自分の経験と考えをまとめる意味でも静かに語り始めた。
「そりゃ元領主を殺した時は最高だったぜ。何せ国や民を売った張本人をこの手で討てたんだからな。正直これに勝る復讐はないと断言したっていい。」
「おおお。な、なんと羨ましい・・・是非私にもその機会を与えて頂きたいものです。」
「いや、多分無理だ。俺とお前じゃ境遇に違いがあり過ぎる。」
すると知らず知らずのうちにそう告げてしまっていたのだ。当然ガビアムは少し困惑した表情を浮かべていたがガゼルも過去を振り返った事で違和感の答えに辿り着いていた。

「・・お前は姉を人質に捕られてたんだろ?それをわかってて『ビ=ダータ』を興したんならお前自身にも責任はあるんじゃねぇか?」

そうなのだ。ガビアムはガゼルのように一方的に突然襲われて奪われた訳ではない。家族を人質に捕られているという不条理や理不尽が目に見えていたにも関わらず結末の全てを『リングストン』に、ネヴラディンに押し付けている節がみられるからおかしくなるのだろう。
姉と再興を天秤にかけて最終判断を下したガビアムの責任は間違いなく存在し、彼の話だけを聞いていると逃避にしか聞こえない。
だから彼の意見に心から賛同する事は出来なかったのだ。そんな無責任が押し通ればそれこそ先の議会で出ていた争いと遺恨を回避するという目的から大きく逸脱してしまう。いつまで経っても新たな争いの火種が熾り続けてしまう。
「あ~その~だから、だ。遺恨を断つっていう意味でもスラヴォフィルが言ってた事が最大限の譲歩じゃねぇかな。少なくとも軍を動かして国家の争いに発展させるのは違うと思うぜ?」
「・・・・・肝に銘じておきます。」

その後は何気ないやりとりを終えて部屋を後にしたのだが翌日、目を覚ましたガゼルはファイケルヴィへ報告する内容を何一つ覚えていないのだった。





 ナジュナメジナに諭されたネヴラティークは『トリスト』の魔術師達に運ばれる途中、母国と父を裏切る後ろめたさや不安に気が付くと自分でも驚く。

(・・・私はもっと冷酷、いや豪胆な人間だと思っていたのだが。)

生れた時から将来を約束されてはいたものの絶対的な強権に隠れ、いつまで経っても表舞台に立てなかった鬱屈は間違いなく抱いていた。
なのに解放されるとあれ程邪魔だった父の後ろ盾が恋しくて、寂しくて仕方ないのだ。庇護を受けていた自覚はなかったがネヴラディンの長子という立場は独裁国家の中で心を安定させる材料にもなっていたらしい。
だがもう戻れない所に足を踏み入れている。
これからは『ジグラト領』領主としてあの大王と渡り歩かねばならないのだから泣き言など以ての外だ。むしろこれを好機と捉えずに玉座は掴めまい。
ネヴラティークは空を飛ぶ感動よりも今後の立ち回りについての覚悟と展開を考えていると数時間後には立派な王城と城下町が見えてくる。

「・・・・・む?話では荒野だと聞いていたが?」

「はい。建物だけですがナジュナメジナ様が全力で復興されたようです。恐ろしい手腕ですよね。」
自身を籠に入れて運んでいた魔術師から感心するような声で返されるがそこを手腕で片づけてしまって良いのだろうか?規模にもよるが通常城を建てるのでも数か月から数年はかかる。
『シャリーゼ』が様々な支援を得てやっと形になってきているのに対し、圧倒的な速度で『ジグラト領』の復興作業を終わらせている事実はもう少し驚愕と疑問を抱くべきではないだろうか?
もしくは『ジグラト戦争』にほとんど参加していない『リングストン』が得た荒野という誇張された情報を真に受け過ぎていたか?そう考えると迅速過ぎる復旧にも辻褄は合う。
どちらにしても今からここが自身の、生れて初めて任される領土となるのだ。
大きな露台で下ろされたネヴラティークは静かに立ち上がると『リングストン』時とは違う王城の重みを確かに感じた。

「・・・ここが私の居城になるのか。」

未だ実感には届かなかったが『リングストン』の文官や衛兵が集まってきて目の前で跪くと心は僅かな安堵と感心に満たされる。どうやらナジュナメジナの発言に嘘偽りはないようだ。
「直に『ボラムス』王も到着されるそうです。」
「わかった。では手短に王城の案内を頼もうか。」
あまりの手際の良さに驚愕を覚えたが今は多忙なくらいが丁度いいだろう。早速自分より先に投降、移住していた配下達に指示を出すとまずはこの地の傀儡王と再会を迎える準備を進めるのだった。



「よう!しかしネヴラティークが『ジグラト領』に来てくれるとはなぁ・・・本当によかったのか?」

「こちらこそ私のような裏切り者がこの地を治めてよろしいものか、未だ気持ちに一抹の不安が残ります。」
彼とは『エンヴィ=トゥリア』へ赴く時一緒に旅をしていた為堅苦しい挨拶は必要無い。そこにも安心を覚えたネヴラティークはつい本音を漏らすも傀儡王は笑って聞き流している。
「大丈夫だ!金の問題は全部あいつに押し付けるからな!それより『ジグラト領』なんだけど一応『ボラムス』に属するから施策もそれに合わせて貰いたい、って事でファイケルヴィから色々預かってきてる。」
相変わらず王とは思えない恰好だったが国務だけはしっかりとこなしているらしい。沢山の書簡を運ぶよう命じると2人は来賓の間で多少の会話を交わし始めた。
「んで、お前自身はどうしたい?『リングストン』と一戦とか考えてるのか?」
それにしても前置きなしに突然核心に迫るのは遠慮してもらいたいものだ。ネヴラティークも直球過ぎる内容に驚きつつ少し本気で考え込んだ後、静かに口を開いた。

「・・・いえ、今は『ジグラト領』の治世に努めたいですね。この地は私も含めて移住してきたばかり、何か行動を起こすにもまずは安定を手に入れてからだと考えております。」

これは決して偉大な父からの逃避ではない。異国の政策にも慣れていかねばならないし市民の新生活も一定期間は見守る必要があると道中熟考した故の結論なのだ。
故にガゼルもその判断を嬉しそうに頷いていたのだが彼の帰国時、宣言とは裏腹にネヴラティークも共に北へと向かうのだった。





 その理由は2つあった。1つは『ファヌル』に謝罪を入れる事だ。

「この度は預かった戦士10名を全て失ってしまった。申し訳ない。」

獅子族の勇敢なる力は侵攻に十分役立ってくれていた事、『ビ=ダータ』から現れたよく分からない戦士達に一蹴されてしまった事実をどうしても自身の口から説明したかったのだ。
恩義には恩義で報いたいが故に、もしかすると怒り狂った獅子王にこの場で食い殺されるかもしれない覚悟も決めて単身で赴いたのだが獅子王ファヌルは読み取りにくい表情を崩さず玉座に腰かけて沈黙を貫いている。
「・・・ファヌル様、ネヴラティーク様が参られてますよ。」
「んあっ?!そ、そうか・・・うん?もう目の前まで来ているではないか。何故もっと早くに起こしてくれなかったのだ?」
まさかその姿勢で眠っていたのか。唖然とするネヴラティークを他所にファヌルは側近達とやり取りの後、彼女達から事情を教えてもらうと軽く頷いた。

「まぁ仕方あるまい。弱い奴は散っていく。これは人間に限らず我ら獅子族も同じ事だからな。」

それにしても怒るどころか至極真っ当な言葉が返ってくるとこちらはより混乱する。獅子族は数もさほど多くないので同胞を失った怒りや悲しみは計り知れないだろうと覚悟していたのだが見当違いだったのか?
「いや、確かに同胞の死は苦々しい。だが我らは獅子族なのだ。それ以上に戦死した事実、つまり弱かったという言い逃れの出来ない事実こそが重要なのだ。」
どうやら彼らの理屈では戦いで死ぬ方が悪いといった感じらしい。そこに人間との大きな差を感じるもののファヌルが気にしていないのであればこちらも必要以上に落胆したり恐縮する必要はないのかもしれない。
「それでも私は感謝を述べたい。人間よりも強靭な獅子族の御力添えがあった事に。今は『ボラムス』の人間だが何かあれば必ず手を貸そう。」
「ふむ・・・わかった。覚えておこう。」
この時ファヌルは『リングストン』と大王ネヴラディンの庇護から脱却したネヴラティークの変化を鋭く察していたらしいがあまり多くを口に出さず、むしろ新しくできた王国『ファヌル』の建物達について自慢したかったのかこちらの話を早々に切り上げると嬉しそうに案内してくれた。
それから想像を上回る歓待を受けたネヴラティークはかなり人間を考えて用意された内容に感心していたのだがこれは『トリスト』からの入れ知恵らしい。
何でもこの世界には人間が一番多く生息している為、招待や歓迎もそこに合わせておけば無駄を省けるという非常に単純な助言を受け入れたそうだ。

分かりやすい流れに納得しつつ翌日、獅子の王国『ファヌル』を出立すると今度は東にある『ビ=ダータ』へと向かう。

こちらはつい先日侵攻していた相手なのだがどうしても会って確かめておきたかった。姉をも犠牲に反旗を翻した男、ガビアム王に。
門前払いなら運が良く、下手をすれば捕らわれるか処刑されるか。ネヴラディンの実子とはいえ『リングストン』を裏切った男に利用価値を見出されるとは思えない。
だがネヴラティークは期待してしまう。彼が有能であれば手を組み『リングストン』に対抗出来るのではないかと。その為には保有する情報全てを明かしてもいいとまで考えていたのだ。
今後自身が生きていくには、生き抜くには父と『リングストン』を超えるしかない。その為なら何でも使おうと決意していた彼は早速王城に使者を送ったのだが思いの外すんなり話は先へ進む。

「ようこそネヴラティーク殿。まさかこんな形でお会いする事になろうとは・・・命を奪う前に遺言でも聞いておこうか?」

「初めましてガビアム様。いいえ、父と『リングストン』を捨てた時に私の命はとうに尽きております。それとも亡霊から遺言を自白させますか?」

そして謁見の間で顔を合わせると物騒なやり取りを見せたので周囲は冷や汗を流していたそうだがネヴラティークは何の心配もしていなかった。
どうやら彼とは馬が合いそうだ。挨拶代わりの牽制を交えた後は早速部屋に招かれると『ビ=ダータ』がこの先『リングストン』に、ネヴラディンにどう動くのかを聞かせてもらう。
「といっても既に上から大規模な動きは封じられているのでね。暗殺が最も現実的だとは思うんだが・・・君はいいのか?実父を殺す男を放っておいて?」
「・・・正直に申し上げますとあの父が殺される未来は想像出来ません。ですがもし崩御すれば『リングストン』を我が手中に収められる好機だと考えます。」
「ほう?亡霊は考える事も大胆だな。それを国民が許すだろうか?」
「さて、どうでしょう?今の私にはまだ遠い先の話です。」
ガビアムが割と現実的な話をしてきたのだからこちらもそれに応えねばならない。ネヴラティークも当面の間『ジグラト領』に注力する事、しかしガビアムへの協力は惜しまない事を約束するとこの日は互いに酒を酌み交わしつつ夜通し語り合うのだった。





 『アルガハバム領』や『ワイルデル領』の割譲は国家だけの問題ではない。この地で繁栄を築こうとしていた大実業家達にとっても深刻な問題なのだ。
(参ったな・・・『トリスト』という国は融通が利くのだろうか?それとも『アデルハイド』に・・・いや、『ビ=ダータ』との繋がりがある国家は回避した方が良いかもしれん。)
『シャリーゼ』の陥落から『ビ=ダータ』に拠点を移してまだ数年なのに領土縮小を余儀なくされるとなると自分達は再び人と金が集まる場所を探すか繋ぎ直さなければならない。その労力と出費を考えただけでも眩暈で倒れそうだ。
事業とはいつの時代でも、どの場所でも同じやり方が繰り返されてきた。ごく一部の実業家が多数の無知な人間を集めては際限のない欲望を満たす為だけに搾取する。
国家によってはかなりの税を強いてくるが彼らも欲望には忠実なのだ。そういう輩には少しだけ袖の下を通せば良い。お互いの私腹を肥やす関係こそが自分達にとって最も好ましいのだから。

「やぁやぁ。今夜は随分としけた顔をしてるな。」

この周辺での発展が望めないのであれば最近耳にした『エンヴィ=トゥリア』とやらに行ってみるか?噂では別世界からやって来た大国で言葉や食べ物といった障壁もなく普通に交流できるらしい。
後はやや遠方だが東にある『モ=カ=ダス』も中々に興味深い。信仰心を使って統治しているそうなので武具以外の仕事にも繋げられればより多くの資産を生み出せるだろう。
「・・・随分真剣に悩んでるじゃないか。お~い、私が来たぞ?」
「・・・・・むおっ?!ナジュナメジナ?!いつの間に?!」
もはや『ビ=ダータ』に未来はないのは明らかだ。故に様々な新天地候補を考えていたのにまたも見たくない人物が勝手に上がり込んでいたのでハイディンは驚愕と落胆を同時に表して見せると彼はとても楽しそうに笑っている。
「少し前からお邪魔しているよ。ところで今度私は『リングストン』に赴こうと思っている。それを伝えに来たんだ。」
「『リングストン』?お前は本当に正気を失っているのか?あんな独裁国家に・・・いや、いやいや、もしや商機を掴んだのか?」
過去の業突な性格を知っているので最近のナジュナメジナから感じる違和感や未だ不透明な方法でファムの事業を吸収した怪しさから十二分に警戒するも当人は全く意に介さない様子で椅子に腰かけて話を続けた。
「いいや、単純に私の興味からだよ。周辺からは独裁国家と恐れられているが実際の所どうなのだろうな、と。」
「・・・確かに物量だけは群を抜いているからな。しかしあそこで事業を展開出来る未来が想像出来ん。・・・まさか私を謀ろうとしているのか?」
「あっはっは。お前を謀る理由も興味もないよ。ただ私はあの国を満喫したいのでね。邪魔だけはしてくれるなよと伝えに来たのさ。」
その言葉は本心なのか、とても楽しそうに語っている姿から何かを見抜くことは出来なかったが事業の観点から見ても『リングストン』だけは確実に対象外なので問題はない。

「・・・・・いや、ネヴラディンの懐に入り込めれば莫大な資産を築けるのか?」

「こらこら!数秒前の言葉を忘れたのか?私は邪魔だけはしないようわざわざ忠告しに来たのだぞ?」
「冗談に決まっているだろう。何が悲しくて己の身を危険に晒してまで独裁国家に潜り込むのか、変わり者の域を超えているぞ?」
そう、彼の国は超が付くほどの独裁国家なのだ。もし大王の機嫌を損ねれば命はもちろん、資産は全て没収されるだろうし例え機嫌を損ねなくとも彼の意志次第でいつでも冤罪を吹っ掛けられて資産没収は普通にあり得る話だ。
と考えれば傍観しておくのも勿体ない。
「・・・そうだ。であれば何かあった時の為に資産を私に預けないか?どれ程の期間を考えているのかは知らんが奴に奪われでもしたら死ぬに死にきれんだろう?」
「こらこらこらこら!勝手に私を殺すんじゃない。大丈夫、命の危険はないと断言出来るからな。戻ったら土産話でも聞かせてやろう。」
ハイディンが我欲に塗れた閃きを提案するもナジュナメジナは本気で旅行程度にしか捉えていないようだ。だったらせめて訃報が舞い込んだらすぐに動けるよう彼の屋敷近くに私兵を付けておくのはどうだろう。
噂だと今のナジュナメジナは資産の管理がかなり杜撰で碌に衛兵もつけていないという。ならば死人に口なし、多少火事場泥棒を働いた所で文句は言われまい。

「・・・心配しなくとも実業家が『リングストン』に足を運ぶ事はない。安心して旅立ってくるが良い。」

「・・・何だか嫌な言い回しだなぁ。ま、いいか。それでは失礼するよ。」

彼の命など全く興味のなかったので適当に返すがそれは悪知恵を隠す態度の現れでもある。こうしてナジュナメジナはまたも堂々と玄関から去って行ったのだが今回は珍しくそれを見送った後ハイディンは早速私兵を彼の屋敷周辺に待機させる計画を進めるのだった。







《・・・・・『リングストン』に赴くという問題には触れん。だがあの国に行って何をするかだけは教えてくれないか?》
日も沈んで肌寒い夜空を飛びながら帰宅する途中、ナジュナメジナは不安よりも不思議そうに尋ねるとア=レイは笑みを浮かべながらご機嫌に答えてくれた。
《ほう?やっと私を少しは理解し始めたか。これは以前にも伝えた通り、金を使わずにどうやって民の生活を成立させているのかが気になってね。》
《確か全てが配給制であり多少の娯楽はある、というのが先の戦いで得た情報だな。》
結局ア=レイはネヴラティーク率いる『リングストン』軍のほとんどを総大将ごと受け入れてしまったので聞き取り調査だけは十二分に終わっている。なのでもう直接赴く必要はないのではと考えるが彼がこちらの提案を受け入れる事はないので半ば諦めていた。

《そうだ。しかし配給制となると国民達の労働意欲はどうやって掻き立てているのだ?》

《ふむ・・・・・生活水準はさておき安定を約束されれば成果に繋がりにくい部分は出てくるだろうな。であれば働きに応じて配給の量や質を上げるのか?娯楽という餌で釣るのか?後は大王への畏怖くらいだが・・・》
ナジュナメジナのような実業家が独裁国家や共産主義を忌避する原因の1つにこの生産性が挙げられる。平等を謳いながらも一部の権力者だけが富を築く形は他国と何ら変わらないのだがここに期待出来ないのと彼ら特有の切り札が更なる二の足を踏ませるのだ。
それが『粛清』だ。
この力があるからこそ欲望を深く理解している者は彼の国に深く関わろうとしない。それを行使された場合、自分の命はもちろん今まで集めてきた財産が全て奪われる未来は歴史が物語っているのに誰が好き好んで足を踏み入れるというのか。
ところが今回はその物好きが名乗りを上げてもナジュナメジナは止める気配すら見せなかった。というのも命の危険を心配する必要がないと考えた場合、自身もア=レイと同じように興味を抱いたからだ。
《お前も随分物分かりが良くなってきたじゃないか。では早速明日にでも向かおうか。》
《・・・振り回される事に慣れただけだよ。》
それでも明日実行という部分には驚きを隠しつつ呆れるような好奇心を胸にナジュナメジナはア=レイがどう動くのか、『リングストン』とはどういった国なのかを期待しながら夜を過ごすのだった。





 ナジュナメジナが『リングストン』へ出立した頃、『ネ=ウィン』ではナルサス皇子の国葬が執り行われていた。
そんな中、注目を集めたのは影武者であり首魁を生み出してしまった『モ=カ=ダス』から女王イェ=イレィ自らが参列した事、その仇を討ったクレイスと『モクトウ』の大将軍リセイも現れた事だろう。
特にクレイスは『ネ=ウィン』国内でナレット皇女との婚約が噂されていた為国民達からの関心も非常に高かったのだがそれは付き添うイルフォシアによって激しく否定される。
これにはネクトニウスも苦々しい思いを抱いていたようだが『ビ=ダータ』からガビアムが、『ボラムス』からはネヴラティークが参列した事で多少は機嫌を直したらしい。
ちなみに『リングストン』からは滞在していたフォビア=ボウが代表としての扱いに変更された事でガビアムの野望は静かに霧散したのを知る者はほとんどいなかった。

「お前も大変だな・・・」

カズキもナルサスとは個人的な関係を持っていた為、再び直訴して国葬に赴いたのだ想像以上に重苦しい空気はこちらの気も滅入る程だ。
『ネ=ウィン』の未来は政務に疎い自分ですら理解出来る程に潰えてしまっているのだから当然だろう。打開策と言えばネクトニウスの血を引き継いだ男児を探すか新たに作るか、それこそナレット皇女が適当な男を王として迎えるか子を設けるくらいか。
「・・・大変なのは私だけじゃないわ。」
フランセルも大人しめの黒い衣装に身を包んで参列していたが普段に比べて明らかに覇気がない。その証拠に前回の制圧戦が評価されて4将の端に加えられたそうだがそれを嬉しそうに報告したり自慢する素振りもしてこないのだ。
(まぁそりゃそうだよな・・・俺だってスラヴォフィル様が倒れられたりされたら・・・いやいや、これは不敬が過ぎるな!)
国の根幹である皇族の死は否が応でも国民の士気とを下げ、威厳の形骸化を進めてしまう。そう考えるとショウの言う王族や強者が妻と子を沢山設ける話には今更ながら激しく納得していた。



本来戦闘国家『ネ=ウィン』の弔宴というのは死者の勇敢なる死を貴び、敬う意味が強い為大いに騒ぎ立てるのが慣例なのだが今回ばかりは難しかったらしい。
あちこちの歓談からも明るい話題は聞こえず、特に酷く落ち込んでいるビアードにはカズキとフランセルもかける言葉が見つからなかった。
「・・・私の事は良いからお前達だけでも宴を盛り上げて来てくれ。」
「んな訳にいくかよ。な?」
「うん。ビアード様は父の葬儀でも大変お世話になりましたから、傍にいる事をお許しください。」
彼は『ネ=ウィン』の長子ネイヴンと昔からの付き合いがあり、その人柄と強さ、忠誠心なども高く評価されてナルサスの御世話役に抜擢された経歴がある。
言い換えれば家族よりも長く一緒に過ごしてきた人物が亡くなったのだからその傷心は本人ですら計れ知れないのだろう。

「・・・・・クレイス様とナレット様が婚約される可能性は全く無いのか?」

未来を憂う心と酔いからそんな事を尋ねてくるがカズキも安易には答えられない。何故なら王太子は自分以上に頑固な性格だからだ。
そんな友人は来訪してすぐにイルフォシアを婚約者として紹介、宣言している。そして彼女以外と関係を持つつもりがない事もよく知っていた。
「・・・難しいだろうなぁ。個人的にはフランシスカや他の弟達でいいんじゃないかと思うんだけど駄目なのか?強さや出自から考えても妥当じゃないか?」
「・・・兄さんは両足を失っているからね。それに弟達も年齢はともかく実力はまだまだだし、そもそも身分に差があり過ぎるわ。」
本当なら暗く沈んだビアードに大丈夫だと励ます言葉を送ってやりたいが他国の人間があまりにも不透明な未来に口に出すのは流石に無責任が過ぎる。
そもそも彼女は過去に3回嫁ぎ、その全ての国と王族が滅んでいる為他国との婚姻関係は当然としてまず相手を探すのでさえ相当難しい筈だ。

「・・・ネクトニウス様の下へ行ってくる。お前達はナルサス様の為に偲んでくれ。頼んだぞ。」

最後はそう言い残して皇帝の鎮座する食卓へと去って行ったのだが心配だった2人はその後もあまり言葉を交わすことなく弔宴を終えるしかなかった。





 地上で様々な出来事が起きる中、ショウはそれらの対応に追われていたにも拘らずセヴァに言われた事が心に刺さったままで全く仕事が捗らない。
「ショウ君?ちょっと根を詰めすぎじゃない?休憩しよ?」
「いえ、大丈夫です。」
まさか王妃自らに釘を刺されるとは。刺すのは得意な彼も今回ばかりは成す術もなく気が付けばルルーばかり見ている。
次に彼女を泣かせたら追放というのは流石に冗談・・・ではないはずだ。脅迫にも近い言葉を受けて自分はどう立ち回るべきなのだろう。
(・・・・・駄目だ駄目だ。こんな事でクレイスの王道にけちをつける訳にはいかない。)

「ロラン様、実は今度人材育成の為に『アルガハバム領』と『ワイルデル領』に教育と採用機関を作ろうと考えています。そこで先に地上へ降りて才ある人物を見繕っておいてもらえませんか?老若男女問いません。」

「えっ?!し、しかし今私は『アルガハバム領』の戸籍を確認中でして・・・」
「はい。ですのでそれも並行してお願いします。ああ、効率を上げる為なら現地で人を雇ってもらってもかまいません。お願いしますね。」
相変わらず容量限界までの仕事を任せる容赦ない指令は周囲も青ざめる程だったが実際こちらも一杯一杯なので仕方がない。
今回新たに支配下となった領土は天空城と違い広大な面積と人口を有しており、これらを安寧の下しっかりと運営体制を確立させる事がまず急務なのだ。
他にも弱体化した『ネ=ウィン』への対応に『ビ=ダータ』の監視、『ジグラト領』に入ったネヴラティークの動き等々注視しなければならない事は山ほどある。
新興国にしても『モ=カ=ダス』はともかく『エンヴィ=トゥリア』は『リングストン』と連合で侵攻してきていた為油断はならないだろう。
「はい、お茶。」
力だけならヴァッツを擁している時点で全く問題はない。だが統治となるとやはり政務に携わる人物が必要になって来る訳でそれが不足している現在は非常に悩む所が多い。
そんな様子を見かねたルルーが静かに良い香りのお茶を用意してくれると若干冷静さを取り戻し、喉に流し込むことで心も落ち着きを取り戻す。
「ふぅ・・・ありがとうございます。」

「どういたしまして。それにしても最近疲れてるみたいね~。今日はちょっと早めに切り上げてゆっくりお食事でもしない?」

続けて大きすぎる不意打ちが放たれると室内にいた文官達の手も一瞬だけぴたりと止まった。もちろんショウも例外ではなく、心が凍ったような感覚に囚われるもここで彼女を泣かせる訳にはいかない。

「・・・いいですね。」

「本当?!やったー!」
まさか了承してもらえるとは思ってもみなかったのだろう。ルルーが座っているショウに後ろから抱き着いて大喜びしていたがそれとは真逆に彼は不安で押しつぶされそうになる。
本当にこれで良かったのか。
脳裏にセヴァの怒りを滲ませた表情が浮かんでしまった為つい軽く了承してしまったのだがこれはサーマに対する裏切りになるのではないだろうか?いや、なるに違いない。
かといって今から断ればルルーは今まで見せた事のない声と表情で大粒の涙を滝のように零すだろう。それを想像するだけでショウの心臓は今にも動きを止めそうだ。
ご機嫌を伺うというのはあまり経験がない為上手くいくかはわからない。それでも一度約束した以上ショウは切り替えると早々に企画をまとめ上げてその日はルルーと一緒に退室する。

「じゃあ私の部屋に来て!今日は張り切ってお料理しちゃうから!」

「わかりました。では着替えた後すぐに向かいます。」
それでも彼女の手料理を振舞ってもらえるのは初めてだった為か、妙に嬉しさを感じていたショウは自室に戻って普段着に着替えると軽い足取りで彼女の部屋へと向かっていた。







今までも大丈夫だったのだから今回も問題ない。その過信からくる油断、既成概念は大いに反省すべきだろう。

《・・・おい。あれは・・・》
あれから歩みの遅い馬車旅を堪能しつつ『リングストン』の王都へ入ったナジュナメジナは大通りの中央にある広場で呼吸を忘れて驚いた。
《ほう?これは妙だな・・・?》
というのもそこにはア=レイが引き抜いた筈のネヴラティーク王子が股から口内を大きな槍で貫かれた状態で晒されていたからだ。
両手足は何度も何度も叩かれたのだろう。四肢は原型を留めておらず両目がくり抜かれており、死ぬ間際まで拷問されていた様子がまざまざと見て取れた。
《ま、ま、まさ、か・・・い、いや。》
本物ではないと信じたいが大王の力があればこれくらいはやってのけるのか?実の息子にここまで惨い仕打ちを与えられるのか?見せしめにしては過剰過ぎる光景に言葉を失うがア=レイは一瞥した後何もなかったかのように馬車を走らせる。
そして城門を護る衛兵にネヴラディンへの謁見を願う書簡を手渡した後は放心状態のナジュナメジナを他所に、彼は近くの宿に入るとゆっくり寛ぎ始めるのだった。

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