闇を統べる者
国家の未来 -みちの先は-
カズキやクレイスがその力を大いに振るい、ショウが密かに覇者の誕生を画策していた頃『ジャカルド大陸』に到着したヴァッツ達は『ジョーロン』の東を治める領主リコータと面会を果たしていた。
「ようこそヴァッツ様!それにそちらはアルヴィーヌ様ですな?!いやぁ~4年前は満足にご挨拶も御もてなしも出来なくて後悔しておったのですよ~!」
「こんにちはリコータ!あの時はあんまり喋れなかったからね!今回はゆっくり観光したいなぁ!」
「あ~・・・え~・・・会ったことあったっけ?」
「あの時アルは一瞬で現れて一瞬で去っていきましたからね。リコータ様、お久しぶりです。以前は大変お世話になりました。」
前回唯一歓待を受けた時雨が代表して頭を下げると彼も一瞬驚く様子を見せるが笑顔でそれに応えてくれる。
「おお!一瞬どなたかと思いましたぞ!本日は随分と美麗な衣装を召しておられますな?!それに他の方々もお美しい方々ばかり・・・ふむ。これは負けていられませんな?!」
確かにアルヴィーヌとリリーがいるだけで美しいという言葉が出てくるのは理解出来る。しかし他の方々という言葉には自身も含まれているのだろうか。
未だ容姿には自信を持てなかった時雨が勘違いだと思われない程度に軽く受け答えするが1つだけ気になる点があった。
それが負けていられませんな、という部分だ。
一体何と争うつもりだろう?少し嫌な予感を覚えたがとにかく船を降りて豪奢な馬車に乗った一行は早速彼の屋敷に通されるとその意味はすぐに理解出来た。
「お帰りなさい、お父様。そしてようこそヴァッツ様、私が長女のルコヴェラと申します。」
「ようこそ皆様、私は次女のアサニアと申します。」
「三女のサリサ、です。その、長旅、お疲れ様でした。」
「これらは私の娘達でしてな?!もしよろしければ是非ヴァッツ様とお近づきになりたいと以前から話しておったのですよ!」
リコータはとても分かりやすく3人の娘を紹介するが残念、相手はヴァッツなのだ。
「よろしく!ルコヴェラ!アサニア!サリサ!」
各々と元気よく握手こそすれどその様子は何時もと全く変わらない。というか彼が色恋に染まる事自体が想像出来ない。
「各領主にも早馬は送っておりますからな!皆もヴァッツ様との再会を喜ばれるでしょう!さぁさぁルバトゥール様もどうぞどうぞ!」
すると彼も何かを察したのか、アルヴィーヌと同じ王女の身分でありながら目立たない位置で大人しくしていたルバトゥールに声をかけると彼女もどぎまぎしながら笑顔を返す。
どうやら取引先の王女のご機嫌も取る方向へ舵を切ったらしい。あまりにも分かりやすい変わり身に思わず唖然としたが他にそれを理解したのはハルカしかいなかった。
ネヴラディンの策謀で本国を離れたとは言えヴァッツが何も動きを見せないという事は特に大きな問題は生じていないのだろう。
その夜、以前とは比べ物にならないほど豪奢な晩餐会が行われるとリコータ本人や側近に娘とヴァッツはてんやわんや状態で囲まれていた。そんな様子を少し離れた場所で眺めていると隣にリリーがやってきて珍しくこちらに耳打ちしてくる。
「なぁ時雨、あれってもしかして、誘惑?ってやつかな?」
「もしかしなくてもそうですね。心配ならリリーも混ざってきてはどうです?」
相変わらず容姿と知識のつり合いが全く取れていない親友は目を丸くしていたが時雨は全く心配していない。むしろ何か起きないかと従者らしからぬ期待を胸に抱いていた程だ。
純粋過ぎるゆえか破格の力が情緒の邪魔をしているのか、いつか彼が異性を求める日はやってくるのだろうか。
アルヴィーヌと同様、未だ幼い少年といった印象の強いヴァッツが色気などに惑わされるはずがないと思う反面、それに目覚めたら間違いなく好意は親友に向く可能性が非常に高い。
そこだけは悩ましいと隣でハラハラしながら見守る美少女をこちらが別の意味でハラハラしているとは意外な出来事が起こった。
それはヴァッツがアルヴィーヌの手を引いてこちらにととと~と小走りで駆け寄ってきた事から始まる。今までずっと彼を見続けてきたが目の前の人物から逃げるような行動を起こすのは初めて見た。
一瞬リリーと顔を向けてお互いが同じような気持ちを抱いていたのか、驚いた表情を確認し合った後彼がこちらの前で足を止めるとじっと見つめてきたので更に驚きとときめきで頬が紅潮してしまう。
「ヴァッツ、どうしたの?」
「え?う~ん・・・」
アルヴィーヌの質問にも適当な相槌を打ってしばらく見つめ合う2人。その眼差しが普段と違いとても真剣なものだったからもしかして自分が選ばれたのかと錯覚してしまいそうな、大いなる期待を胸に抱いたのだがそうではないらしい。
どれ程見つめ合ったのかわからなかったが今度はその目をリリーに移すと時雨にしたのと同じようにじっと見つめ始めたのだから本人もびっくりしたのか完全に固まってしまう。
そして時雨以上に顔を真っ赤にするものの目を逸らすのは良くないと察していたのだろう。気恥ずかしさからもじもじしている姿は同性である時雨ですら妙な欲求が沸き立ちそうなほど魅力的なのが少しだけ、ほんの少しだけ腹立たしかった。
「・・・やっぱりそうだ。皆から感じる好きとルコヴェラ、アサニア、サリサから感じる好きっぽい?気持ちが違うんだよ。何でだろうね?」
「へ~。鈍感だと思ってたのにそういうのはわかるんだ?」
いつから見ていたのか、よせばいいのに余計な一言を発しながらハルカが下卑た笑みを浮かべて現れると時雨は軽いため息をつく。
「うん。わかるっていうか、うん。ハルカも好きだよ?」
ヴァッツが流れるように彼女の前に立つと『暗闇夜天』の技術を使ってまで逃げようとしたらしいが彼の速さと強さに敵う筈がないのだ。腰に手を回されて思いっきり引き寄せられた後、時雨達以上に近い距離でじーーーっと見つめられるとハルカは観念したのか、思いっきり目を瞑って最後の抵抗をしていた。
好意の違いを感じることが出来るのであればこの先の進展にも期待が持てるのかもしれない。
時雨達がヴァッツの意外な一面を見て各々がそんな事を考えている中、クレイスはナレットの張った蜘蛛の巣から逃げようと必死に藻掻いていた。
というのも彼女が夫として選んだなどと宣言していた所にナハトールの首を届けた事でネクトニウスもその話を前向きに捉えてしまったのだ。
「・・・参ったな。」
あれから辛うじて『アデルハイド』に逃げ帰ってきたものの彼の国からは国葬の参列はもちろん皇女との婚約について話を進めたいと何度も催促の文が届いてくる。
「父として、いや、国王として一応確認しておくぞ?クレイス、ナレット皇女とそんな仲にはなっていないのだな?」
「当たり前じゃないですか!僕はイルフォシア以外と婚約するつもりは・・・ありません!しかしあの人がどんどん勝手に話を進めていくのです!ナルサスもそうでしたがあの国の皇族は耳が聞こえていないのでしょうか?!」
一瞬言葉に詰まったのはルサナ達の顔が浮かんでしまったからだがそこにナレットが入ることは断じてない。
最後の直系男子を失った心傷を考慮して遠回しに断りを入れているのだが既にネクトニウスの精神もまともではないのかこちらが遠慮し過ぎているのか、とにかくこのままでは本当に縁組寸前まで話が進みかねないだろう。
「お前も真面目な奴じゃのぅ。利用するだけ利用して『ネ=ウィン』を乗っ取ってしまえばいいではないか。」
そこに一切の情を排除した助言をしてくるのは『暗闇夜天』のトウケンだ。もしこの場にショウがいれば満面の笑みで同意しそうだがクレイスはそこまで割り切れないしいくら苦手な相手でも純粋?な恋心?を踏みにじるなど出来るはずがない。
「ま、まぁそこはさておき国葬には参列された方がよろしいかと。恐らく今後の展開は間違いなく外交を主とした関係になっていくでしょうから。」
プレオスの至極真っ当な意見には安堵しかない。クレイスは激しく頷くとキシリングもその意見を取り入れる事で何とか最低限の体裁は保たれそうだ。
(王族も大変なんだな・・・)
やっと芽生えた自覚にその重要性、他国からも利用されかねない価値と立場に軽くため息をついていたクレイスだったがナレットとの問題は彼女の耳にも届いていたらしい。
ばんっ!!
「お待たせ致しました。『トリスト』の第二王女イルフォシア=シン=ヴラウセッツァーもクレイス様の『伴侶』として『ネ=ウィン』の国葬に参列させて頂きます。」
何の前触れもなく突然議会室の扉を勢いよく開いた先に不愉快な感情を一切隠さないイルフォシアが現れると一同がその方向を向いたまま固まった。
確かにいつでも会いたい会いたいと願ってはいたものの今に限っては思わず目を反らしてしまうと彼女はずかずかと足を踏み入れ、こちらの顔を両手でがっちり押さえて無理矢理真正面に向けてくる。
「イ、イルフォシア。その、今は大事な会議中でね?」
「ええ。全て聞き及んでおります。ナルサスを2回も撃退し、そんな彼を闇討ちしたナハトールも見事に討ち取り、何故かナレット皇女に婚姻を迫られている話も全て。」
やはり『天族』というのは特殊なのだろう。闘気というか怒気というか、嫉妬を遥かに超えた感情はクレイスにだけ向けられていた筈なのにそれらが周囲にも伝播しているようで誰もが成り行きを見守るというよりはあまりの迫力に動けないでいるとまずはキシリングが国王の威厳を見せた。
「えー、おほん。イルフォシア殿、我が王太子を慕ってくれているのはとても嬉しく思う。だが『伴侶』になるには双方の合意が必要でな?特に親族関係が結ばれる以上私やスラヴォフィルを抜きに話を結ぶ事は出来ないのだ・・・うん?」
これは彼女に限ったことではない。当然ナレット皇女の言う婚約もキシリングが同意せねば話は進まないのだがもし反対されたらどうしよう?そういった場合は物語などで聞く『駆け落ち』とやらに走るべきなのだろうか?それもまた悪くないのかもしれないが王族と国務はどうしよう?などと妄想しているとイルフォシアは腰から静かに書簡を取り出した。
『トリスト』国王の大きな押印が入っているのでこれまた一同が驚きつつもキシリングは何故か恐る恐るそれを受け取り、封を割って中に目を通すと今まで見たことがない程驚愕を浮かべているではないか。
「・・・・・ど、どうされました?父上?」
「・・・・・・・・・・」
絶句している父など見たことがなかったのでクレイスも対応を一瞬悩んだのだがイルフォシアは内容をある程度知っていたのか、こちらの手を引いてキシリングの横に引っ張ってくるので仕方なく広げられたままの書簡を横から覗いてみる。
するとまず第一文から2人の婚約を認める旨が記されていたので父と同じように驚愕はしたものの、刹那で嬉しさが爆発したクレイスは思わずイルフォシアを思い切り抱きしめてしまう。
「・・・いや、これでは認められんぞ?!」
ところが覚醒した父が祝福とは真逆の言動をとった事で本当に『駆け落ち』が脳裏を過るもこれには大きな理由があったらしい。冷静さを取り戻したキシリングは丸めた書簡を机の上に置くと難しい表情で腕を組み、一人で何かを考え始めるのだった。
「キシリング様、私達の仲を認めて下さらないのですか?」
イルフォシアも不満というか不思議そうに尋ねるが周囲も全く理解が追い付いていない為言及が難しく成り行きを見守っている。
「・・・・・お前達が結ばれる事には何の問題もない。しかし奴が付けてきた条件がな・・・。」
クレイスも最初の一文しか目を通していなかったのでその内容を尋ねてみるが父は黙り込んだままだ。
「・・・クレイス様、ここは一度イルフォシア様と退室して頂いて我々だけで話をさせて頂けないでしょうか?」
プレオスがそう告げてくると2人は頷いて外に出る。それから少しの間不思議な気分に浸っていたクレイスにイルフォシアが喜んで抱き着いてくるのだが父の反応が気になって仕方がなかった。
「うふふっ!これで私達は公認の関係ですね!」
「う、うん。そうだといいんだけど・・・ねぇイルフォシア、あの書簡には何て書いてあったの?」
「ああ。あれはクレイス様が私と婚約する事で『トリスト』王になる旨が記されているんです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・うん?」
「??? だから私と結ばれて『トリスト』王になるんですよ。クレイス様が。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おかしい。何度聞いても理解が追い付かない。何故そんな事になるのだろう?『アデルハイド』に戻って王族の自覚を学びつつ国務を全うしていた筈だがまだまだ経験も知識も足りないという事か。
自身の様々な力量不足に猛省したクレイスは一度頭を真っ白にして今までの人生を思い返す。
『ネ=ウィン』による夜襲が起こるまで本当に料理ばかりしていたなぁと苦笑がこみ上げる。それから亡命の旅が始まり、様々な出会いや別れがクレイスを育てていったのだ。
今は自分が何を成しえるべきかという道をやっと認識し始めて、寄り道や休憩を挟みつつゆっくりと歩けていた自覚もある。
ただ目的地は『アデルハイド』の国王だったはずだ。なのに突然それを変更されたのだから理解以上に驚愕するのも当然だろう。
「・・・・・えっと、確かに僕はイルフォシアと一緒になりたいし誰にも渡すつもりはないから。でもそれって僕が立派な『アデルハイド』王になってその妃になってもらうつもりだったんだけど・・・何が勘違いしてたのかな?」
「いいえ。私もその方向で考えていたのですが父や宰相達が相談した結果今回の話に落ち着いたのです。詳しくお話ししましょうか?」
そう言われると激しく縦に首を振ったクレイスはくすりと笑うイルフォシアに手を引かれると自室に入る。それからお茶の準備と人払いをすると彼女は少し考え込んでから語り始めた。
「まず現在争われている『ビ=ダータ』と『リングストン』の問題についてなのですが、これを奪還した後誰が領土を支配するかでかなり話が紛糾したようなのです。」
「え?それは今まで通り『ビ=ダータ』に帰属するんじゃないの?」
不思議な始まり方に思わず小首を傾げたが自身はまだガビアムの私怨や『リングストン』滅亡を画策している事を知らなかったのでここで初めてその話を聞いて驚いた。
「今は大実業家も擁しており、これ以上彼に過ぎたる力を保持させるのは危険だと判断されました。という事で選択肢としては『トリスト』『アデルハイド』『ボラムス』が候補に挙がった訳ですが『ボラムス』には『ジグラト』の復興も任せている為余力がないという事で除外。しかし父もキシリング様も『アルガハバム領』『ワイルデル領』の併合を渋ってしまわれまして。」
「そうなんだ・・・うん。父上の事は何となくわかるね。」
『アデルハイド』は昔から領土拡大には消極的で『ワイルデル領』から一部割譲される件ですら非常に狭い領土だった。これは単純に管理する為の人材不足や権力の均衡を考えての事なのだがそれと今回の話にどう関係があるのだろう?
「はい。ですので全てを若くて有望な王に任せよう、という話に落ち着いたというのが理由の1つです。」
「・・・・・う、う~ん・・・・・」
まだ自分は王でもないし双方の折り合いが付かなかった為担ぎ上げられたという点を突っ込みたくて仕方なかったがまだ話は続くらしい。
紅茶を一口喉に流し込んだイルフォシアもこちらの様子を伺ってくるので軽く相槌を打つと彼女は再び口を開くのだった。
「2つ目は『トリスト』の跡継ぎ問題ですね。」
その発言にはすぐに頷いた。現在あの国の王族ではヴァッツと2人の王女が存在する為誰を後継者にするかは非常に意見が分かれる所だろう。
しかし資質という部分で考えればイルフォシア以外にあり得ない。彼女こそ新たな女王として『トリスト』をまとめるにふさわしい筈だ。
そしてそれが実現してしまうとクレイスが彼女を娶る事が不可能になってしまう。それこそ過去のスラヴォフィルとアンのように互いが互いの道を、人生を歩まざるを得なくなるのだ。
「・・・それは嫌だ。僕は絶対イルフォシアと一緒にいる。」
既に理解してしまったクレイスがつい言葉にして強すぎる思いを再確認するとイルフォシアも一瞬驚くが花のような笑顔を向けてきた。
「はい!ですから『トリスト』と『アデルハイド』を併合し、更に新しい領土も『トリスト』が管理する事で話がまとまったのです。クレイス様と私が結ばれて新国王になって頂くという条件の下に。」
「・・・この話、絶対スラヴォフィル様の御意思じゃないね?ショウとザラール様が思いっきり干渉してない?」
「はい。ですが私も『トリスト』の後継者として女王になるつもりはないのです。だって王族としての序列を考えると絶対に長女である姉さんが選ばれるべきでしょう?」
確かにその通りなのだが今までの立ち振る舞いを考えるとアルヴィーヌに女王の責務を負わせるのは相当・・・いや、かなり厳しいだろう。
「・・・ヴァッツじゃ駄目なの?男系だしスラヴォフィル様の孫っていう立場なら全然推戴されてもおかしくないと思うよ?」
これはアルヴィーヌとヴァッツが結婚するというとんでも話を持ち出した時、ショウが不敵な笑みを浮かべながら色々と画策していたのでよく覚えている。
元々血の繋がりはないのだから2人の結婚を成立させてしまえばヴァッツを王に、アルヴィーヌを王妃として据え置ける筈だ。すると『トリスト』の国土には誰も手が出せなくなる、正に最善の策ではないか?
「・・・その話はクレイス様が駄目にされたんですよ?覚えてらっしゃらないんですか?」
「へっ???」
全く身に覚えのない答えが返ってきたのでクレイスが素っ頓狂な声を漏らすとイルフォシアはじっとこちらを見つめてきた。
自分がヴァッツの王位継承を駄目にした?
焦りを覚えつつ全力で思考を回転させるがそもそも自分が王族だというのを意識し始めたのも最近なので答えは全く見つからない。
何故だ?何時だ?誰よりも強くて優しい彼の王位を邪魔したのが自分だとはどうしても考えられずう~んう~んと唸っていると彼女が声を漏らしてくすくすと笑い出す。
「ふふっ。私も聞いた話でしかないんですけどね。クレイス様はヴァッツ様にこうお願いされませんでしたか?『もし自分が王になった時、ヴァッツはその国を護る大将軍になってくれる?』と。」
「・・・あっ?!」
「ヴァッツ様はその約束を今でも胸に刻まれておられます。ですから現在の大将軍という座もあくまで来るべき時に備える練習みたいに考えておられるようですよ?」
・・・・・何という事だ。初めて国を追われたあの夜、自身の心が疲弊していた時ヴァッツに出会って、その破格の強さに憧れてたクレイスは確かに呟いた。
「恐らくクレイス様が王となられた時、その国はヴァッツ様という絶対の力によって護られて永遠にも近い安寧が約束されるのでしょう。あのお方が本当に仕えるのはクレイス様以外にはおられない、というのも今回の話がまとまった理由です。」
・・・・・そういう事だったのか。
彼は自分が王族としての責務を考えるもっと前から大将軍として真剣に向き合っていたのだ。その話を聞いたクレイスは愕然とすると共に何とも居たたまれない気持ちに項垂れる。
「・・・・・僕にそれだけの器があるかな・・・・・」
「貴方は間違いなく『トリスト』の王になる器をお持ちです。」
「・・・その根拠は何?」
「はい。だって貴方は私の心を射止めたんですもの。」
自己嫌悪から少し意地悪な聞き方になってしまったにも関わらずイルフォシアは優しく微笑むと立ち上がってこちらの膝の上に座ってきた。
最後の問答も全くかみ合っていなかったが久しぶりに彼女の吐息や熱が伝わって来るだけで心は平静を取り戻すと今度は別の方向に切り替わる。
今まで期待らしい期待をされて来なかったのも鍛錬を怠っていて自分に自信を持てなかった性格もある。だがそんな弱弱しかったクレイスの口約束を護ろうとしてくれている親友がいるのだから怖気づいている場合ではないのだ。
この道はもはや自分だけのものではない。
父キシリングが臣下達と未だ答えを出せぬまま長い会議を続ける中クレイスはイルフォシアを腕の中に抱きしめつつ、はっきりと見えた目的地を得て久しぶりに童心に返ったようなわくわくが心の中を駆け巡るのだった。
人知れず成長を遂げたクレイスはイルフォシアと共に議会室へ戻ると驚く周囲を前にまずは堂々と宣言した。
「父上。イルフォシアとの婚約に『トリスト』王の条件があるのなら僕はそれを受け入れます。」
「・・・・・クレイス、その意味をわかっているのか?」
「はい。様々な思惑もあるのでしょうが僕にはやらねばならない事があるので。どうかお許し願えませんか?」
最近だとプレオスは涙腺を閉める事を諦めたのか、感情を揺さぶられる毎に堂々と涙を見せるようになったがキシリングはむすっとした表情のまま腕を組んで固まってしまう。
「・・・クレイスよ。どうやら理想の王に一歩近づいたようじゃな?」
そんな中トウケンだけは何かを察したのか、少し含みのある笑みを浮かべるが今回はこちらもそれを返すように爽やかな笑顔を向ける。
「理想と言われると少し自信はありませんが、僕は僕なりの王道を歩もうと考えています。」
「良い顔だ。キシリングよ。わしもこの話は前向きに検討してよいと思うぞ?」
「トウケン殿は少し楽観的すぎやせぬか?『アデルハイド』を統治するだけでもかなり大変なのだ。それを『トリスト』や周辺地域まで併合するとなると・・・」
「ご心配には及びません。私も全力でクレイス様を支えて見せます。」
イルフォシアも王妃として毅然と宣言してくれるとこちらもより決意が確固たるものに昇華していくのを心で感じた。そして何よりクレイスの心には彼の、クンシェオルトの言葉が深く刻まれているのだ。
「大丈夫です。僕には僕を支えてくれる人々が沢山いますから。」
全てを一人でこなすなど傲慢以外の何物でもない。領土が広くなるのならそれを統治出来るだけの人材と仕組みを作り、施行するのもまた王の務めなのだろう。
後はその時期だけが問題だ。イルフォシアは既に伴侶という言葉を使用している事からどのような結果になろうとも必ず結ばれるという強い意志を感じるがクレイスはまだ王太子に選ばれたばかりだ。
王位継承よりも婚約が先になるのだろうか。それとも王になるまではリリーのように許嫁といった形が取られるのか。その辺りを尋ねようとした時、キシリングも本気を十分に感じたらしい。
「・・・まさかお前がここまで強くなって帰って来るとはな。鷹を生んだ覚えはなかったのだが。」
「それは違います。父上がとんびを装っていた鷹だった、それだけです。」
クレイスが軽口で返すと父もやっと認めてくれたのか、立ち上がって笑顔で息子とその花嫁を優しく抱きしめる。
「書簡では2人の仲を認める旨、17歳になれば王位を譲る旨が記されてある。まだ少し時間もあるからそれまでに己を磨き、私達をもっと驚かせてくれ。」
「はい!」
そうだ。自分はまだまだ未熟なのだからそれまでの間に学ばなければならない事は多い。しかし今の、これからのクレイスならどんな困難も必ず超えられるだろう。
やっと芽生えた僅かな自信と使命、そして確かな希望を胸に感じているとイルフォシアも何かを察したのか、こちらに優しく微笑んでくれるのだった。
国家の運営とは綺麗事だけではない。
覇者を立てるという目標を内密に掲げていたショウは『アデルハイド』の報告を聞くと心の中でにやりとほくそ笑む。
「あ~ショウ君また悪い顔になってる~!!最近多いよね~?何企んでるの?」
そして彼の傍に長く居すぎているせいか、最近のルルーは所作に全く表していないにも関わらずこちらの心理状態を的確に当ててくるのだから心の休まる暇がない。
「いいえ?私はいつも通りですよ?」
「ふ~ん?まぁいいけど・・・あんまり悪い事考えちゃ駄目だよ?あ、やっても駄目だよ?」
「悪い事、ですか。ふむ・・・・・」
物事の善悪というのは立場によって大きく変わるものだ。それを若い頃から叩き込まれてきたショウは15歳にして既に達観と呼べるまで熟知している。
だからこそ左宰相の地位を十全に利用し、『トリスト』を確たる地位へと押し上げる為に様々な工作を施してきたのだがルルーの諫言は一度立ち止まって考える良い機会なのかもしれない。
「ルルー、お茶にしましょう。」
「えっ?うん!じゃあ早速用意するね!」
いつもなら仕事のひと段落を見計らって用意していたので促してきた事に少し驚きはしていたがここでも何かを察したのだろう。
嬉しそうに茶器を運んでくるとショウは彼女も座らせて少し意見をまとめるのだった。
前に座った彼女が目を輝かせていたのはもしかするとという期待を抱いているからだろう。
しかし未だショウにはその踏ん切りがついておらず、今回話す事はルルーをがっかりさせてしまうかもしれない。
それでももし自分に何かあった時、その意志を知っておいてもらいたくて何となくその場を設けたのだがどこから説明すべきか。
「で?何か私に伝えたい事があるんでしょ?いいわよ~いつでも準備出来てるから!」
「あ~・・・では政務において大切な言葉を1つお伝えしておきます。」
とりあえず初手は下手を打ったらしい。ルルーは美しくも大きな紅色の目から瞬時に白い目でこちらを睨みつけるように変化させてくると流石のショウも罪悪感に苛まれたが今は続けよう。
「神に治める者は衆人其の功を知らず、明に争う者は衆人之を知る。という言葉をご存じですか?」
「知らな~い。もうショウ君の事も知らな~い。」
初めて見る完全にへそを曲げる姿があまりにも可愛すぎて思わず意志が折れそうになったが軽く咳払いをして何とか理性を保つと説明に入った。
「政務という仕事は外交を始め戸籍の把握、税制周辺の管理や国民の安全を護る法律の制定、施行等々と重要なものばかりですが決して表立って称される事はありません。対して戦いにおいて武功を上げればその者は国内外で名が轟きます。」
「そだね~。」
「しかし戦って勝利を収めるというのは数多の犠牲の上で成り立っている。戦勝国はこの事実から目を背けて自分達を正義だの善だのと宣うのだから単純なものです。」
「そだね~。ねぇショウ君?私もっと楽しいお話が聞きたいな~?」
「もう少しお待ちを。つまり私の仕事はもっと複雑なのです。目に見えて称えられるものでも善悪で区切られるものでもない。それを貴女には覚えておいてもらいたいのです。」
「ふ~ん・・・・・それを私が止めてって言ったら止めてくれる?」
「わかりません。ただ私は私の信念に則り行動しています。この先『トリスト』が覇を唱える国として、国王が世界の安寧を見護れる存在として君臨出来るように準備を整えていくつもりです。」
「・・・覇って何?」
「全ての力を持って支配する、といった意味です。私は次期『トリスト』王には覇者になってもらう。そして二度と『シャリーゼ』や『ジグラト』のような国が出ないよう世界を統治してもらうつもりです。」
今までずっと自身の中だけに留めていた思いを告げるとルルーも少しだけ何かを理解したのか、白い目からつまらなそうな目に戻ると紅茶を一口飲んだ後頬杖をついてじっと見つめてきた。
「・・・たった1人の女の子の思いや幸せも考えられない人が国や世界を語ってるのって滑稽ね?」
「・・・・・そうです、ね。」
こういう部分は姉に似ているのだろう。拗ねているような、それでいて軽い圧を掛けながら鋭い指摘をしてくるとショウも自身に都合が良すぎた考え方を大いに恥じ入ってしまう。
「でもショウ君の本心なのよね?」
「・・・はい。どうしても貴女にだけは知っておいてもらいたくて・・・」
「・・・・・だったら仕方ないなぁ。その代わり今度一緒にロークスへ行こ?」
だがルルーからの意外過ぎる提案に伏目がちだったショウが彼女の顔を覗くといつの間にかその表情は何時もの明るくて可愛いものへと戻っていた。
「あの、何故ロークスに?」
「だってあの街って今すっごい栄えてるって噂じゃない?!別世界からの商品も沢山あったりナジュナメジナ様が展開してる服飾雑貨もとっても可愛いんだって!行ってみたの!ね?いいでしょ?」
そういえばそんな話も聞いていたなと思い出すが仕事一筋だった為全く興味がなかった。それでも今度ばかりはルルーから向けられる期待の眼差しに応えない訳にはいかないだろう。
「・・・わかりました。但ししっかりとした護衛が必要ですから最低でもクレイスかカズキには同行してもらいます。」
「えぇぇぇ?!2人っきりじゃないとやだ!!」
「あのですね。ルルーの安全を第一に考えなければ許可は出せません。もし受け入れられないと仰るならその話は無しで・・・」
ばしゃっ!!
「ショウ君の馬鹿ぁぁぁ!!!」
彼女が怒った姿など見た事も想像した事もなかったショウは紅茶を思い切りかけられたのすら認識出来ずに茫然としてしまったがその間にルルーは勢い良く立ち上がると執務室を飛び出てしまう。
目一杯譲歩したつもりなのだが何がいけなかったのか。いや、彼女からの好意は正直嬉しさと苦しさが半々だったのでこの機会にすっぱり諦めてもらえればいいのかもしれない。
ただ誤解は解く必要がある。どこまでいっても事務的な思考で物事を受け止めていたショウは使命感に駆られると濡れたままの姿で彼女の後を追うのだった。
城内で務めて既に1年近く経つ為、他の者達もルルーがいることに何の違和感も覚えていないのだが今日ばかりは勝手が違う。
何故ならいつも太陽のように明るい笑顔で周囲を照らしていた彼女が大粒の涙を溜めて廊下を走っていたのだ。目撃した者達は皆が足を止めて振り向き、声を掛けようかと固まってしまうのも当然だった。
ただそこに踏み込めなかったのは恐らく左宰相が関わっていると察してしまったのも大きな理由だろう。ショウは自身の仕事を完璧にこなすだけでなく部下に与える任務にも完璧を求めるのだ。
その内容は非常に膨大且つ緻密なものを短期間で求められる為、今では文官だけでなく武官にも畏怖される存在へと成っていたのだが本人にその自覚はない。
故に中庭の一席に座り日傘の陰で伏せっている彼女に声をかけたのは城内でも権威に囚われる事のない数少ない人物だった。
「おや?ルーではないか。どうした?具合でも悪いのか?」
「ぁ・・・セヴァしゃま・・・」
身分の差はあれどセヴァも明るいルルーを大層気に入っていた為、まさかその表情が涙や鼻水でぐちょぐちょになっているとは思わず目を丸くして驚いたが即座に手巾を渡して自身も椅子に腰かける。
それから顔を整える時間をゆっくり与えると彼女も少し落ち着いたのか、顔中の液体を綺麗に拭った後折りたたんで円卓の上にそっと乗せた。
「す、すみません。後で洗濯してお返しします。」
「気にするな。それよりいつも明るいお前が何故そんな事になっている?・・・もしや誰かを失ったのか?」
彼女は兄妹に恵まれている為、それらを失えば今のような状況になる事くらいは疎いセヴァにも十分想像出来たがルルーはゆっくりと首を横に振るので少しほっとする。
自分も人間との交流を2500年程断っていた為このまま相談に乗っていいものか、話を聞いたところで何か出来るのかという不安はあったが一応は王妃なのだ。
周囲の協力もあって現在はスラヴォフィルの隣に立つ事を許されているものの考えてみれば与えられた身分に相応しい仕事は何もしていない。
ならば気に入っている者の相談にくらいは乗ってもいいのではないか?それこそ使ったことはないが権力などで解決出来るのなら彼女の為に行使するのも悪くないかもしれない。
「・・・言いにくい事なら無理に話さなくてもいい。ただ、私でよければ力になるぞ?お前がそんな顔をしているのは見るに忍びないからな。」
「・・・セヴァ様・・・実はその・・・ショウ君が私の事を全然意識してくれなくて。でもわかってるんです。彼の中にはまだサーマちゃんがいるって。だからどうしたらいいのか・・・もう諦めた方がいいのでしょうか?」
これは即座に理解出来た。何故ならこの話は城内でもかなり有名であり、今では姉にも比肩するほど美しく成長を遂げているルルーに誰も声を掛けないのも皆が事情をよくよく知っていたからだ。
なのでもし彼女が失恋すれば、ショウがこっ酷く振ったという噂が流布すればあらゆる男達が迫って来るのは想像に難くない。
失恋の傷を癒すのは新たな恋だというのも姦しい召使い達から聞いてはいたが果たしてセヴァはどう答えればいいのだろう。あまりにも弱弱しいルルーを前にこちらまで心が辛くなってくると再び姦しい召使い達の話が思い返された。
「・・・・・ルルー、お前のショウを思う気持ちはもう完全に途絶えたのか?」
「いいえ!!まだまだ全然諦めてません!!」
思った以上に元気な声で即答されると思わず笑みを浮かべてしまった。どうやら美しさも芯の強さも姉妹揃って似ているようだ。
「では私から1つ助言をしてやろう。よいか?恋とは戦いなのだ。」
「戦い、ですか?」
「うむ。お前が今相手にしているのはショウだけではない。奴の心の中に潜むサーマという存在、これもまた討ち取らねばならぬのだ。」
「えぇっ?!な、何かいきなり物騒な話になってきましたね・・・・・ほ、本当にそうなんですか?」
おかしい。自分がこの話を聞いた時はもっと心が奮い立ったものだが使う言葉を誤ったか?ルルーが傷心を忘れるほど驚愕していたので少し違和感を覚えたが後に引く訳にはいかない。
「本当だとも。かく言う私もそうやってスラヴォフィル様の御心を射止めたのだから間違いない・・・筈だ。」
「おお~!!な、なるほど!!実践されたんですものね!!非常に説得力があります!!」
純粋な少女は両手で拳を作り双眸を眩しいくらいに輝かせていたが過去の行動を思い出すとセヴァは頬を紅潮させて僅かに後悔する。あの時の自分は少し子供じみていたと。もう少し大人の女性らしく振舞うべきだったと。
「う、うむ。だ、だからその、ショウの心を射止めるのであればまずルルーも諦めない心と、あとは・・・た、戦いだ。恋は戦って勝ち取るのだ!!」
「は、はい!!」
羞恥を隠して必死で自身の経験談を熱く語るも背中を押された事と無理矢理彼の傍について歩いた事くらいしか出てこない。
そう考えるとショウの執務室に毎日乗り込んだ後は正式に雇われ仕事もこなしているルルーの方が戦略的に相当上手く立ち回っているのではないか?なのにショウは頑なに彼女の気持ちを拒絶しているのか?だったら雇う事なくもっと遠ざける方が優しくないだろうか?
中途半端に期待させるから現在ルルーはこんな状態になっているのでは?
恋愛素人の王妃は自身の過去を棚の上にあげると違和感からどんどん思考を走らせて未知の先へと近づいていく。
「・・・あとはそうだな。私はスラヴォフィル様との会話や体に触れる事を毎日3回も5回もやった。それを実践すれば・・・」
「え?私は気が付けば何度も触れてますし抱き着いてますよ?会話も数えきれないくらいにはしてます!」
「そ、そうか・・・・・」
であれば答えは1つしかないだろう。
「ルルー、お前は今まで通り、いや、今まで以上にショウに好きだと迫り、告げるのだ。恐らく陥落は近いぞ?」
「ほ、本当ですか?!」
「うむ。私が言うのだ。間違いない。だからいつものお前らしい笑顔を見せておくれ。」
これには少しだけ根拠があった。それがスラヴォフィルの態度だ。
彼もセヴァを受け入れる事まで時間はかかったものの決して拒絶はしなかった。傍について歩くのも、一緒に部屋にいるのも黙っていた。つまり城門は崩壊寸前なのだと考える。ただショウの場合スラヴォフィル以上に難い印象を受けるのでもう少し時間が必要なだけだろう。
王妃自らが慰めた事と確かな裏付けのある助言はルルーを励ますには十分だったらしい。満開の桜にも勝る笑顔で頭を下げると彼女は急いでショウの執務室へと駆けていく。
恐らくこの作戦は成功する。成功させてみせる。
セヴァもこうやって周りに助けられたのだから次は自分が周りに手を差し伸べるべきなのだ。思いに耽りながら中庭で桜色の芽がいよいよ花を咲かせようとしているのを眺めていると今度は狙ったかのように件の人物が現れるではないか。
「あ、セヴァ様。すみません、この辺りでルルーを見かけませんでしたか?」
その質問と行動で確たる自信を持ったセヴァはゆっくり席を立ちあがり、そして最近は見せなかった顔と雰囲気を纏うと静かに言い放つ。
『ショウ、今度ルルーを泣かせたらお前を追放する。よく肝に銘じておけ。』
知らず知らずのうちに王妃という強権を振りかざしてしまったが今回ばかりは許されるだろう。ショウも畏怖というよりは困惑した様子で固まった後即座に跪いたので執務室に戻った事を伝えると風のように去っていくのだった。
あれからは碌な将官も訓練された部隊もいなかった為、正に破竹の勢いで領土を奪還していくカズキは気が付けば総大将であるネヴラティークの首元に刃が届く所まで進軍を終えていた。
だが何より驚いたのはナジュナメジナがここに来るまでの捕虜をほとんどを受け入れた事だ。その数は家族を含めると既に20万は超えている。
「まだ欲しいのか?てかそんなに一気に増やして大丈夫か?反乱とか起きないのか?」
「はい。それだけの生活と安全を約束してますから。」
いくら政務に疎いカズキですらその辺りの事情が気になって仕方がなかったのだが大実業家の微笑からは絶対の自信が見て取れた。
「となると後はネヴラティーク様の動き次第だね~。今回相当な功績を上げたのに半分以上取り返された責任はどうなることやら~。」
手足を負傷している為逃亡の可能性は低いと判断されたコーサが参考人として将官達の前でぼんやり呟くとカズキも少し考え込む。
ネヴラディンという人物を詳しく知らないが今までの施策や行動、ラカンへの処罰を考えても息子とはいえ良くて失脚、悪くて極刑辺りは軽く下すだろう。
「・・・だったら引導を渡すのが情けってもんか。」
相手も一国の王子なのだから生き恥を晒すより戦場で散った方が『リングストン』国内での評判も落とさずに済む筈だ。
王族を手にかけるという判断を下したカズキは早々に会議を終わらせようとするがそこにナジュナメジナが口を挟んできた。
「お待ちください。カズキ様、よろしければネヴラティーク様を私に頂けませんか?」
「・・・・・は?!」
この発言のせいで会議はまるでなかったかのような雰囲気に戻ると唖然としていた他の面々を他所にその真意を問い詰める。
「おいおい?!まさかネヴラティークも移民対象にするつもりか?!」
「当然です。何せ彼は折り紙付きの王族、ネヴラディン様の長子ですよ?これを失うなど大実業家としてとても見過ごせません。」
「凄いねぇ~お金持ちっていうのは何でも利用するものなの~?」
「いいえ、これは真理の問題です。現在『ジグラト』に囲い込んだ移民は全て『リングストン』人なのですから統治するのも『リングストン』人がよろしいでしょう。というわけで戦端を開く前に私の接触を許可して頂けませんか?彼を見事『ジグラト』の領主に収めて御覧に入れましょう。」
確かに訳の分からない傀儡王よりも知っている人物が統治した方が問題は少なくて済みそうだが相手は敵の総大将なのだ。
「・・・反旗を翻されたらどうするんだ?『ジグラト』がまんま『リングストン』になりかねないぞ?」
「ご安心を。こう見えて私も様々な道を歩んできましたから。」
自信満々に言い切る姿を見て本当に食えない人物だと再認識したカズキはしばらくその男を睨み続けるが心の奥底を覗く事は出来なかった。
「・・・よし。んじゃお前に任せてみるか。」
「だ、大丈夫か?!ここで失敗したら今までの勲功は全て水の泡だぞ?!」
イヴォーヌが心配して口を挟んでくれたのは自分の為ではない。未来ある若き将軍の経歴に妙な傷を付けたくないからだ。
「大丈夫だろ。何せあのショウが全力で警戒する程の男なんだ。詳しくは聞かないからやってみてくれ。」
「ありがとうございます。その間『剣撃士団』の皆様は『ワイルデル領』の奪還に着手して頂いて大丈夫ですので。」
「お~?そこまで言い切るか。コーサ、こいつ面白いだろ?」
「いや~~~面白いっていうか不気味なんだけど~?ネヴラティーク様はネヴラディン様の威光に隠れがちだけど相当な実力者だよ~?どこからその自信が出てくるの~?」
しかしそのぼやきに答えを返す事はなく、ナジュナメジナはにっこりと笑みを浮かべると早速席を立って陣幕を後にする。
それから1時間後には件の人物が居座る城へ従者を2人だけ連れて行くと『リングストン』兵も唖然としながら書簡を上へと通すのだった。
大実業家の登場に目を白黒させていたネヴラティークはそれを読み終えた後、更に驚いて軽くため息をつく。
「・・・・・いいだろう。通せ。」
コーサを破った部隊がカズキ将軍率いる『剣撃士団』というのは聞いていたが彼の援助があったのか。そこを知らなかった為興味から城内に通す決定をしたのだが初めて面会すると只者ではない雰囲気こそ感じるも脅威とは思わなかった。
「初めましてネヴラティーク様、此度は謁見の機会を設けて下さり深く感謝いたします。」
「うむ。『エンヴィ=トゥリア』では入れ違いだったからな。遠慮はいらん、さぁ掛けてくれ。」
それから2人が円卓を置いて向かい合わせに座り、ナジュナメジナの方は召使いを、ネヴラティークも近衛を含めて人を払うと早速会談が始まる。
「・・・で、私に『ジグラト』を統治して欲しいとは一体どのような了見でそのような結論に至ったのか、詳しく教えてもらえるか?」
「はい。実は我が王ガゼルにより荒廃した彼の地を復興せよ、という実に無茶な命令を賜ってしまいましてね。ここまでの戦いでほとんどの『リングストン』兵を家族や婚約者ごと引き抜いてきたのですがそれを統括する人間がいない点をずっと危惧しておりました。」
「ふむ。」
そこまでは理解出来る。というか『リングストン』兵が捕虜ではなく移民として扱われていたのは初耳だった。
故に王子である自分を引き抜いて利用しようとする思考の流れは読めるのだが実際こうやって交渉しに来るなど正気の沙汰ではない。
「そして先日、カズキ様が戦略会議でネヴラティーク様を討ち取ると断言されてしまった為私が口を挟み、貴方様を迎える機会を作って頂いた次第でございます。」
「ふふふ。如何にもカズキ将軍らしい決断だ。そこまで気を回して頂けてたとは光栄だな。」
これはネヴラティークも考えていた所だ。
あれ程まで優勢に戦いを進めて領土の八割近くを奪還したにも関わらず再び反攻を許し、現在は自身のいる居城周辺とナヴェル将軍に任せた『ワイルデル領』を残すのみとなっていた。
父は結果だけしか評価をしない男なのでもしこのまま帰国しても生き延びられるかわからない。であればここは死ぬまで戦うか自害をするか。
そこまで考えていた所にカズキという後世に必ず大きな名を遺すであろう将軍に討たれるとあればこれ以上の名誉もないだろう。
「ええ。ですから是非貴方様の御力を新天地で振るって頂きたい。これが私と今後『ジグラト』を発展させていくであろう『リングストン』人達の願いなのです。」
「・・・なるほどなるほど。流石は大実業家、大きな主語を使って説得を考えていたようだがそれでは私の心は変わらんぞ?」
生き恥を晒すつもりはない。『リングストン』の王族となれば猶更だ。
ネヴラティークは軽く笑みを浮かべながら悪魔が作ったという極上の酒を喉に流し込んで申し出を拒否するも相手は退こうとしない。
「ですよね。いや~私も随分陳腐な文言を唱えてしまいお恥ずかしい限りでございます。」
それどころか砕けた雰囲気を作ると後頭部に手をかけて軽く笑って見せたのだ。どうやらかなりの食わせ者らしい。こちらの人物像を計る為にわざと手垢だらけの説得を展開したのだろう。
少なくともネヴラティークが相手の人物像を知るには足らなかったがこれで終わりではない筈だ。何かを期待した彼は薄切りされた干し肉を食べてから再び悪魔の酒を堪能しているとナジュナメジナも一口だけ盃を喉に流し込んでから再び交渉を始める。
「・・・・・では私の今後の行動と絶対的な事実を1つお教えしましょう。」
そこから明らかに雰囲気が変わるとネヴラティークの喉が無意識に音を立てた。どうやらこれこそが彼の本性らしい。歴戦の兵に劣らないような空気が部屋を支配する中、ナジュナメジナはこちらが了承する前に口を開く。
「まず私はこの戦いが終わった後『リングストン』へ赴きます。そして貴方が求めているヴァッツ様の力は絶対に、決して貴方のものにはなりません。」
「・・・・・良いのか?もし違えばその首が飛ぶぞ?」
「ご心配なく。というのもこれにはクレイス様の治める国で大将軍になるという彼の固い決意が根底に存在するからです。ですのでもちろんネヴラディン様のものにも成り得ません。」
断言するナジュナメジナから感じる自信と大いなる力は何だろうか。クレイスとヴァッツの仲は知っていたがそこまで先を見通せるものなのだろうか。
わからない。判断を迷ってしまったネヴラティークが無言で考え込んでいると更に聞きたくない情報をすらすらと垂れ流してくるので思考は底なし沼に沈んでいくかのようだ。
「ちなみにクレイス様は17歳になると同時に『トリスト』の王座に就かれます。その時ヴァッツ様も他の国々の大将軍職は全て断るのでしょう。」
「・・・・・」
「恐らくこの流れは誰にも止められません。でしたらネヴラティーク様も生きて父君に対抗されてみては如何ですか?破格の力を利用するなどと考えずに真正面から。」
「・・・・・それが『ジグラト』の統治だと言うのか?」
「はい。貴方様には一国の主になるだけの素養と御力が十分にございます。それをこんな所で散らしてしまうのは大実業家として見過ごす訳にはいきません。」
この男、『ジグラト』の領主とは言っていたはずなのに最後は一国の主と変えてきた。つまりこの話を受けた後ネヴラティークが独立するのも見越しているというのか。
もしそうなれば自分だけの国と力で父に対抗出来る機会が与えられるという事になる。生れた時からずっと目の上の瘤だった、眩しすぎる威光の権化であるあの父と。
「・・・・・貴殿の話を受けると私は『リングストン』でとんでもない悪人として語り継がれてしまうな。」
「ネヴラティーク様。歴史とは勝者が語り継ぐものでございます。」
「面白い。話は前向きに検討しよう。唯一の懸念点、『ジグラト』の財政状況をしっかり支えてくれると約束してくれるのであればな。」
「御意。」
こうしてナジュナメジナは国民だけでなく王子までをも引き抜いてしまったのだがカズキもまさか成功するとは思っておらず、『ワイルデル領』の奪還を少し進めてから詳しい報告を一気に聞くと『剣撃士団』の面々にコーサも合わせて目玉が落ちる程驚愕するのだった。
「ようこそヴァッツ様!それにそちらはアルヴィーヌ様ですな?!いやぁ~4年前は満足にご挨拶も御もてなしも出来なくて後悔しておったのですよ~!」
「こんにちはリコータ!あの時はあんまり喋れなかったからね!今回はゆっくり観光したいなぁ!」
「あ~・・・え~・・・会ったことあったっけ?」
「あの時アルは一瞬で現れて一瞬で去っていきましたからね。リコータ様、お久しぶりです。以前は大変お世話になりました。」
前回唯一歓待を受けた時雨が代表して頭を下げると彼も一瞬驚く様子を見せるが笑顔でそれに応えてくれる。
「おお!一瞬どなたかと思いましたぞ!本日は随分と美麗な衣装を召しておられますな?!それに他の方々もお美しい方々ばかり・・・ふむ。これは負けていられませんな?!」
確かにアルヴィーヌとリリーがいるだけで美しいという言葉が出てくるのは理解出来る。しかし他の方々という言葉には自身も含まれているのだろうか。
未だ容姿には自信を持てなかった時雨が勘違いだと思われない程度に軽く受け答えするが1つだけ気になる点があった。
それが負けていられませんな、という部分だ。
一体何と争うつもりだろう?少し嫌な予感を覚えたがとにかく船を降りて豪奢な馬車に乗った一行は早速彼の屋敷に通されるとその意味はすぐに理解出来た。
「お帰りなさい、お父様。そしてようこそヴァッツ様、私が長女のルコヴェラと申します。」
「ようこそ皆様、私は次女のアサニアと申します。」
「三女のサリサ、です。その、長旅、お疲れ様でした。」
「これらは私の娘達でしてな?!もしよろしければ是非ヴァッツ様とお近づきになりたいと以前から話しておったのですよ!」
リコータはとても分かりやすく3人の娘を紹介するが残念、相手はヴァッツなのだ。
「よろしく!ルコヴェラ!アサニア!サリサ!」
各々と元気よく握手こそすれどその様子は何時もと全く変わらない。というか彼が色恋に染まる事自体が想像出来ない。
「各領主にも早馬は送っておりますからな!皆もヴァッツ様との再会を喜ばれるでしょう!さぁさぁルバトゥール様もどうぞどうぞ!」
すると彼も何かを察したのか、アルヴィーヌと同じ王女の身分でありながら目立たない位置で大人しくしていたルバトゥールに声をかけると彼女もどぎまぎしながら笑顔を返す。
どうやら取引先の王女のご機嫌も取る方向へ舵を切ったらしい。あまりにも分かりやすい変わり身に思わず唖然としたが他にそれを理解したのはハルカしかいなかった。
ネヴラディンの策謀で本国を離れたとは言えヴァッツが何も動きを見せないという事は特に大きな問題は生じていないのだろう。
その夜、以前とは比べ物にならないほど豪奢な晩餐会が行われるとリコータ本人や側近に娘とヴァッツはてんやわんや状態で囲まれていた。そんな様子を少し離れた場所で眺めていると隣にリリーがやってきて珍しくこちらに耳打ちしてくる。
「なぁ時雨、あれってもしかして、誘惑?ってやつかな?」
「もしかしなくてもそうですね。心配ならリリーも混ざってきてはどうです?」
相変わらず容姿と知識のつり合いが全く取れていない親友は目を丸くしていたが時雨は全く心配していない。むしろ何か起きないかと従者らしからぬ期待を胸に抱いていた程だ。
純粋過ぎるゆえか破格の力が情緒の邪魔をしているのか、いつか彼が異性を求める日はやってくるのだろうか。
アルヴィーヌと同様、未だ幼い少年といった印象の強いヴァッツが色気などに惑わされるはずがないと思う反面、それに目覚めたら間違いなく好意は親友に向く可能性が非常に高い。
そこだけは悩ましいと隣でハラハラしながら見守る美少女をこちらが別の意味でハラハラしているとは意外な出来事が起こった。
それはヴァッツがアルヴィーヌの手を引いてこちらにととと~と小走りで駆け寄ってきた事から始まる。今までずっと彼を見続けてきたが目の前の人物から逃げるような行動を起こすのは初めて見た。
一瞬リリーと顔を向けてお互いが同じような気持ちを抱いていたのか、驚いた表情を確認し合った後彼がこちらの前で足を止めるとじっと見つめてきたので更に驚きとときめきで頬が紅潮してしまう。
「ヴァッツ、どうしたの?」
「え?う~ん・・・」
アルヴィーヌの質問にも適当な相槌を打ってしばらく見つめ合う2人。その眼差しが普段と違いとても真剣なものだったからもしかして自分が選ばれたのかと錯覚してしまいそうな、大いなる期待を胸に抱いたのだがそうではないらしい。
どれ程見つめ合ったのかわからなかったが今度はその目をリリーに移すと時雨にしたのと同じようにじっと見つめ始めたのだから本人もびっくりしたのか完全に固まってしまう。
そして時雨以上に顔を真っ赤にするものの目を逸らすのは良くないと察していたのだろう。気恥ずかしさからもじもじしている姿は同性である時雨ですら妙な欲求が沸き立ちそうなほど魅力的なのが少しだけ、ほんの少しだけ腹立たしかった。
「・・・やっぱりそうだ。皆から感じる好きとルコヴェラ、アサニア、サリサから感じる好きっぽい?気持ちが違うんだよ。何でだろうね?」
「へ~。鈍感だと思ってたのにそういうのはわかるんだ?」
いつから見ていたのか、よせばいいのに余計な一言を発しながらハルカが下卑た笑みを浮かべて現れると時雨は軽いため息をつく。
「うん。わかるっていうか、うん。ハルカも好きだよ?」
ヴァッツが流れるように彼女の前に立つと『暗闇夜天』の技術を使ってまで逃げようとしたらしいが彼の速さと強さに敵う筈がないのだ。腰に手を回されて思いっきり引き寄せられた後、時雨達以上に近い距離でじーーーっと見つめられるとハルカは観念したのか、思いっきり目を瞑って最後の抵抗をしていた。
好意の違いを感じることが出来るのであればこの先の進展にも期待が持てるのかもしれない。
時雨達がヴァッツの意外な一面を見て各々がそんな事を考えている中、クレイスはナレットの張った蜘蛛の巣から逃げようと必死に藻掻いていた。
というのも彼女が夫として選んだなどと宣言していた所にナハトールの首を届けた事でネクトニウスもその話を前向きに捉えてしまったのだ。
「・・・参ったな。」
あれから辛うじて『アデルハイド』に逃げ帰ってきたものの彼の国からは国葬の参列はもちろん皇女との婚約について話を進めたいと何度も催促の文が届いてくる。
「父として、いや、国王として一応確認しておくぞ?クレイス、ナレット皇女とそんな仲にはなっていないのだな?」
「当たり前じゃないですか!僕はイルフォシア以外と婚約するつもりは・・・ありません!しかしあの人がどんどん勝手に話を進めていくのです!ナルサスもそうでしたがあの国の皇族は耳が聞こえていないのでしょうか?!」
一瞬言葉に詰まったのはルサナ達の顔が浮かんでしまったからだがそこにナレットが入ることは断じてない。
最後の直系男子を失った心傷を考慮して遠回しに断りを入れているのだが既にネクトニウスの精神もまともではないのかこちらが遠慮し過ぎているのか、とにかくこのままでは本当に縁組寸前まで話が進みかねないだろう。
「お前も真面目な奴じゃのぅ。利用するだけ利用して『ネ=ウィン』を乗っ取ってしまえばいいではないか。」
そこに一切の情を排除した助言をしてくるのは『暗闇夜天』のトウケンだ。もしこの場にショウがいれば満面の笑みで同意しそうだがクレイスはそこまで割り切れないしいくら苦手な相手でも純粋?な恋心?を踏みにじるなど出来るはずがない。
「ま、まぁそこはさておき国葬には参列された方がよろしいかと。恐らく今後の展開は間違いなく外交を主とした関係になっていくでしょうから。」
プレオスの至極真っ当な意見には安堵しかない。クレイスは激しく頷くとキシリングもその意見を取り入れる事で何とか最低限の体裁は保たれそうだ。
(王族も大変なんだな・・・)
やっと芽生えた自覚にその重要性、他国からも利用されかねない価値と立場に軽くため息をついていたクレイスだったがナレットとの問題は彼女の耳にも届いていたらしい。
ばんっ!!
「お待たせ致しました。『トリスト』の第二王女イルフォシア=シン=ヴラウセッツァーもクレイス様の『伴侶』として『ネ=ウィン』の国葬に参列させて頂きます。」
何の前触れもなく突然議会室の扉を勢いよく開いた先に不愉快な感情を一切隠さないイルフォシアが現れると一同がその方向を向いたまま固まった。
確かにいつでも会いたい会いたいと願ってはいたものの今に限っては思わず目を反らしてしまうと彼女はずかずかと足を踏み入れ、こちらの顔を両手でがっちり押さえて無理矢理真正面に向けてくる。
「イ、イルフォシア。その、今は大事な会議中でね?」
「ええ。全て聞き及んでおります。ナルサスを2回も撃退し、そんな彼を闇討ちしたナハトールも見事に討ち取り、何故かナレット皇女に婚姻を迫られている話も全て。」
やはり『天族』というのは特殊なのだろう。闘気というか怒気というか、嫉妬を遥かに超えた感情はクレイスにだけ向けられていた筈なのにそれらが周囲にも伝播しているようで誰もが成り行きを見守るというよりはあまりの迫力に動けないでいるとまずはキシリングが国王の威厳を見せた。
「えー、おほん。イルフォシア殿、我が王太子を慕ってくれているのはとても嬉しく思う。だが『伴侶』になるには双方の合意が必要でな?特に親族関係が結ばれる以上私やスラヴォフィルを抜きに話を結ぶ事は出来ないのだ・・・うん?」
これは彼女に限ったことではない。当然ナレット皇女の言う婚約もキシリングが同意せねば話は進まないのだがもし反対されたらどうしよう?そういった場合は物語などで聞く『駆け落ち』とやらに走るべきなのだろうか?それもまた悪くないのかもしれないが王族と国務はどうしよう?などと妄想しているとイルフォシアは腰から静かに書簡を取り出した。
『トリスト』国王の大きな押印が入っているのでこれまた一同が驚きつつもキシリングは何故か恐る恐るそれを受け取り、封を割って中に目を通すと今まで見たことがない程驚愕を浮かべているではないか。
「・・・・・ど、どうされました?父上?」
「・・・・・・・・・・」
絶句している父など見たことがなかったのでクレイスも対応を一瞬悩んだのだがイルフォシアは内容をある程度知っていたのか、こちらの手を引いてキシリングの横に引っ張ってくるので仕方なく広げられたままの書簡を横から覗いてみる。
するとまず第一文から2人の婚約を認める旨が記されていたので父と同じように驚愕はしたものの、刹那で嬉しさが爆発したクレイスは思わずイルフォシアを思い切り抱きしめてしまう。
「・・・いや、これでは認められんぞ?!」
ところが覚醒した父が祝福とは真逆の言動をとった事で本当に『駆け落ち』が脳裏を過るもこれには大きな理由があったらしい。冷静さを取り戻したキシリングは丸めた書簡を机の上に置くと難しい表情で腕を組み、一人で何かを考え始めるのだった。
「キシリング様、私達の仲を認めて下さらないのですか?」
イルフォシアも不満というか不思議そうに尋ねるが周囲も全く理解が追い付いていない為言及が難しく成り行きを見守っている。
「・・・・・お前達が結ばれる事には何の問題もない。しかし奴が付けてきた条件がな・・・。」
クレイスも最初の一文しか目を通していなかったのでその内容を尋ねてみるが父は黙り込んだままだ。
「・・・クレイス様、ここは一度イルフォシア様と退室して頂いて我々だけで話をさせて頂けないでしょうか?」
プレオスがそう告げてくると2人は頷いて外に出る。それから少しの間不思議な気分に浸っていたクレイスにイルフォシアが喜んで抱き着いてくるのだが父の反応が気になって仕方がなかった。
「うふふっ!これで私達は公認の関係ですね!」
「う、うん。そうだといいんだけど・・・ねぇイルフォシア、あの書簡には何て書いてあったの?」
「ああ。あれはクレイス様が私と婚約する事で『トリスト』王になる旨が記されているんです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・うん?」
「??? だから私と結ばれて『トリスト』王になるんですよ。クレイス様が。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おかしい。何度聞いても理解が追い付かない。何故そんな事になるのだろう?『アデルハイド』に戻って王族の自覚を学びつつ国務を全うしていた筈だがまだまだ経験も知識も足りないという事か。
自身の様々な力量不足に猛省したクレイスは一度頭を真っ白にして今までの人生を思い返す。
『ネ=ウィン』による夜襲が起こるまで本当に料理ばかりしていたなぁと苦笑がこみ上げる。それから亡命の旅が始まり、様々な出会いや別れがクレイスを育てていったのだ。
今は自分が何を成しえるべきかという道をやっと認識し始めて、寄り道や休憩を挟みつつゆっくりと歩けていた自覚もある。
ただ目的地は『アデルハイド』の国王だったはずだ。なのに突然それを変更されたのだから理解以上に驚愕するのも当然だろう。
「・・・・・えっと、確かに僕はイルフォシアと一緒になりたいし誰にも渡すつもりはないから。でもそれって僕が立派な『アデルハイド』王になってその妃になってもらうつもりだったんだけど・・・何が勘違いしてたのかな?」
「いいえ。私もその方向で考えていたのですが父や宰相達が相談した結果今回の話に落ち着いたのです。詳しくお話ししましょうか?」
そう言われると激しく縦に首を振ったクレイスはくすりと笑うイルフォシアに手を引かれると自室に入る。それからお茶の準備と人払いをすると彼女は少し考え込んでから語り始めた。
「まず現在争われている『ビ=ダータ』と『リングストン』の問題についてなのですが、これを奪還した後誰が領土を支配するかでかなり話が紛糾したようなのです。」
「え?それは今まで通り『ビ=ダータ』に帰属するんじゃないの?」
不思議な始まり方に思わず小首を傾げたが自身はまだガビアムの私怨や『リングストン』滅亡を画策している事を知らなかったのでここで初めてその話を聞いて驚いた。
「今は大実業家も擁しており、これ以上彼に過ぎたる力を保持させるのは危険だと判断されました。という事で選択肢としては『トリスト』『アデルハイド』『ボラムス』が候補に挙がった訳ですが『ボラムス』には『ジグラト』の復興も任せている為余力がないという事で除外。しかし父もキシリング様も『アルガハバム領』『ワイルデル領』の併合を渋ってしまわれまして。」
「そうなんだ・・・うん。父上の事は何となくわかるね。」
『アデルハイド』は昔から領土拡大には消極的で『ワイルデル領』から一部割譲される件ですら非常に狭い領土だった。これは単純に管理する為の人材不足や権力の均衡を考えての事なのだがそれと今回の話にどう関係があるのだろう?
「はい。ですので全てを若くて有望な王に任せよう、という話に落ち着いたというのが理由の1つです。」
「・・・・・う、う~ん・・・・・」
まだ自分は王でもないし双方の折り合いが付かなかった為担ぎ上げられたという点を突っ込みたくて仕方なかったがまだ話は続くらしい。
紅茶を一口喉に流し込んだイルフォシアもこちらの様子を伺ってくるので軽く相槌を打つと彼女は再び口を開くのだった。
「2つ目は『トリスト』の跡継ぎ問題ですね。」
その発言にはすぐに頷いた。現在あの国の王族ではヴァッツと2人の王女が存在する為誰を後継者にするかは非常に意見が分かれる所だろう。
しかし資質という部分で考えればイルフォシア以外にあり得ない。彼女こそ新たな女王として『トリスト』をまとめるにふさわしい筈だ。
そしてそれが実現してしまうとクレイスが彼女を娶る事が不可能になってしまう。それこそ過去のスラヴォフィルとアンのように互いが互いの道を、人生を歩まざるを得なくなるのだ。
「・・・それは嫌だ。僕は絶対イルフォシアと一緒にいる。」
既に理解してしまったクレイスがつい言葉にして強すぎる思いを再確認するとイルフォシアも一瞬驚くが花のような笑顔を向けてきた。
「はい!ですから『トリスト』と『アデルハイド』を併合し、更に新しい領土も『トリスト』が管理する事で話がまとまったのです。クレイス様と私が結ばれて新国王になって頂くという条件の下に。」
「・・・この話、絶対スラヴォフィル様の御意思じゃないね?ショウとザラール様が思いっきり干渉してない?」
「はい。ですが私も『トリスト』の後継者として女王になるつもりはないのです。だって王族としての序列を考えると絶対に長女である姉さんが選ばれるべきでしょう?」
確かにその通りなのだが今までの立ち振る舞いを考えるとアルヴィーヌに女王の責務を負わせるのは相当・・・いや、かなり厳しいだろう。
「・・・ヴァッツじゃ駄目なの?男系だしスラヴォフィル様の孫っていう立場なら全然推戴されてもおかしくないと思うよ?」
これはアルヴィーヌとヴァッツが結婚するというとんでも話を持ち出した時、ショウが不敵な笑みを浮かべながら色々と画策していたのでよく覚えている。
元々血の繋がりはないのだから2人の結婚を成立させてしまえばヴァッツを王に、アルヴィーヌを王妃として据え置ける筈だ。すると『トリスト』の国土には誰も手が出せなくなる、正に最善の策ではないか?
「・・・その話はクレイス様が駄目にされたんですよ?覚えてらっしゃらないんですか?」
「へっ???」
全く身に覚えのない答えが返ってきたのでクレイスが素っ頓狂な声を漏らすとイルフォシアはじっとこちらを見つめてきた。
自分がヴァッツの王位継承を駄目にした?
焦りを覚えつつ全力で思考を回転させるがそもそも自分が王族だというのを意識し始めたのも最近なので答えは全く見つからない。
何故だ?何時だ?誰よりも強くて優しい彼の王位を邪魔したのが自分だとはどうしても考えられずう~んう~んと唸っていると彼女が声を漏らしてくすくすと笑い出す。
「ふふっ。私も聞いた話でしかないんですけどね。クレイス様はヴァッツ様にこうお願いされませんでしたか?『もし自分が王になった時、ヴァッツはその国を護る大将軍になってくれる?』と。」
「・・・あっ?!」
「ヴァッツ様はその約束を今でも胸に刻まれておられます。ですから現在の大将軍という座もあくまで来るべき時に備える練習みたいに考えておられるようですよ?」
・・・・・何という事だ。初めて国を追われたあの夜、自身の心が疲弊していた時ヴァッツに出会って、その破格の強さに憧れてたクレイスは確かに呟いた。
「恐らくクレイス様が王となられた時、その国はヴァッツ様という絶対の力によって護られて永遠にも近い安寧が約束されるのでしょう。あのお方が本当に仕えるのはクレイス様以外にはおられない、というのも今回の話がまとまった理由です。」
・・・・・そういう事だったのか。
彼は自分が王族としての責務を考えるもっと前から大将軍として真剣に向き合っていたのだ。その話を聞いたクレイスは愕然とすると共に何とも居たたまれない気持ちに項垂れる。
「・・・・・僕にそれだけの器があるかな・・・・・」
「貴方は間違いなく『トリスト』の王になる器をお持ちです。」
「・・・その根拠は何?」
「はい。だって貴方は私の心を射止めたんですもの。」
自己嫌悪から少し意地悪な聞き方になってしまったにも関わらずイルフォシアは優しく微笑むと立ち上がってこちらの膝の上に座ってきた。
最後の問答も全くかみ合っていなかったが久しぶりに彼女の吐息や熱が伝わって来るだけで心は平静を取り戻すと今度は別の方向に切り替わる。
今まで期待らしい期待をされて来なかったのも鍛錬を怠っていて自分に自信を持てなかった性格もある。だがそんな弱弱しかったクレイスの口約束を護ろうとしてくれている親友がいるのだから怖気づいている場合ではないのだ。
この道はもはや自分だけのものではない。
父キシリングが臣下達と未だ答えを出せぬまま長い会議を続ける中クレイスはイルフォシアを腕の中に抱きしめつつ、はっきりと見えた目的地を得て久しぶりに童心に返ったようなわくわくが心の中を駆け巡るのだった。
人知れず成長を遂げたクレイスはイルフォシアと共に議会室へ戻ると驚く周囲を前にまずは堂々と宣言した。
「父上。イルフォシアとの婚約に『トリスト』王の条件があるのなら僕はそれを受け入れます。」
「・・・・・クレイス、その意味をわかっているのか?」
「はい。様々な思惑もあるのでしょうが僕にはやらねばならない事があるので。どうかお許し願えませんか?」
最近だとプレオスは涙腺を閉める事を諦めたのか、感情を揺さぶられる毎に堂々と涙を見せるようになったがキシリングはむすっとした表情のまま腕を組んで固まってしまう。
「・・・クレイスよ。どうやら理想の王に一歩近づいたようじゃな?」
そんな中トウケンだけは何かを察したのか、少し含みのある笑みを浮かべるが今回はこちらもそれを返すように爽やかな笑顔を向ける。
「理想と言われると少し自信はありませんが、僕は僕なりの王道を歩もうと考えています。」
「良い顔だ。キシリングよ。わしもこの話は前向きに検討してよいと思うぞ?」
「トウケン殿は少し楽観的すぎやせぬか?『アデルハイド』を統治するだけでもかなり大変なのだ。それを『トリスト』や周辺地域まで併合するとなると・・・」
「ご心配には及びません。私も全力でクレイス様を支えて見せます。」
イルフォシアも王妃として毅然と宣言してくれるとこちらもより決意が確固たるものに昇華していくのを心で感じた。そして何よりクレイスの心には彼の、クンシェオルトの言葉が深く刻まれているのだ。
「大丈夫です。僕には僕を支えてくれる人々が沢山いますから。」
全てを一人でこなすなど傲慢以外の何物でもない。領土が広くなるのならそれを統治出来るだけの人材と仕組みを作り、施行するのもまた王の務めなのだろう。
後はその時期だけが問題だ。イルフォシアは既に伴侶という言葉を使用している事からどのような結果になろうとも必ず結ばれるという強い意志を感じるがクレイスはまだ王太子に選ばれたばかりだ。
王位継承よりも婚約が先になるのだろうか。それとも王になるまではリリーのように許嫁といった形が取られるのか。その辺りを尋ねようとした時、キシリングも本気を十分に感じたらしい。
「・・・まさかお前がここまで強くなって帰って来るとはな。鷹を生んだ覚えはなかったのだが。」
「それは違います。父上がとんびを装っていた鷹だった、それだけです。」
クレイスが軽口で返すと父もやっと認めてくれたのか、立ち上がって笑顔で息子とその花嫁を優しく抱きしめる。
「書簡では2人の仲を認める旨、17歳になれば王位を譲る旨が記されてある。まだ少し時間もあるからそれまでに己を磨き、私達をもっと驚かせてくれ。」
「はい!」
そうだ。自分はまだまだ未熟なのだからそれまでの間に学ばなければならない事は多い。しかし今の、これからのクレイスならどんな困難も必ず超えられるだろう。
やっと芽生えた僅かな自信と使命、そして確かな希望を胸に感じているとイルフォシアも何かを察したのか、こちらに優しく微笑んでくれるのだった。
国家の運営とは綺麗事だけではない。
覇者を立てるという目標を内密に掲げていたショウは『アデルハイド』の報告を聞くと心の中でにやりとほくそ笑む。
「あ~ショウ君また悪い顔になってる~!!最近多いよね~?何企んでるの?」
そして彼の傍に長く居すぎているせいか、最近のルルーは所作に全く表していないにも関わらずこちらの心理状態を的確に当ててくるのだから心の休まる暇がない。
「いいえ?私はいつも通りですよ?」
「ふ~ん?まぁいいけど・・・あんまり悪い事考えちゃ駄目だよ?あ、やっても駄目だよ?」
「悪い事、ですか。ふむ・・・・・」
物事の善悪というのは立場によって大きく変わるものだ。それを若い頃から叩き込まれてきたショウは15歳にして既に達観と呼べるまで熟知している。
だからこそ左宰相の地位を十全に利用し、『トリスト』を確たる地位へと押し上げる為に様々な工作を施してきたのだがルルーの諫言は一度立ち止まって考える良い機会なのかもしれない。
「ルルー、お茶にしましょう。」
「えっ?うん!じゃあ早速用意するね!」
いつもなら仕事のひと段落を見計らって用意していたので促してきた事に少し驚きはしていたがここでも何かを察したのだろう。
嬉しそうに茶器を運んでくるとショウは彼女も座らせて少し意見をまとめるのだった。
前に座った彼女が目を輝かせていたのはもしかするとという期待を抱いているからだろう。
しかし未だショウにはその踏ん切りがついておらず、今回話す事はルルーをがっかりさせてしまうかもしれない。
それでももし自分に何かあった時、その意志を知っておいてもらいたくて何となくその場を設けたのだがどこから説明すべきか。
「で?何か私に伝えたい事があるんでしょ?いいわよ~いつでも準備出来てるから!」
「あ~・・・では政務において大切な言葉を1つお伝えしておきます。」
とりあえず初手は下手を打ったらしい。ルルーは美しくも大きな紅色の目から瞬時に白い目でこちらを睨みつけるように変化させてくると流石のショウも罪悪感に苛まれたが今は続けよう。
「神に治める者は衆人其の功を知らず、明に争う者は衆人之を知る。という言葉をご存じですか?」
「知らな~い。もうショウ君の事も知らな~い。」
初めて見る完全にへそを曲げる姿があまりにも可愛すぎて思わず意志が折れそうになったが軽く咳払いをして何とか理性を保つと説明に入った。
「政務という仕事は外交を始め戸籍の把握、税制周辺の管理や国民の安全を護る法律の制定、施行等々と重要なものばかりですが決して表立って称される事はありません。対して戦いにおいて武功を上げればその者は国内外で名が轟きます。」
「そだね~。」
「しかし戦って勝利を収めるというのは数多の犠牲の上で成り立っている。戦勝国はこの事実から目を背けて自分達を正義だの善だのと宣うのだから単純なものです。」
「そだね~。ねぇショウ君?私もっと楽しいお話が聞きたいな~?」
「もう少しお待ちを。つまり私の仕事はもっと複雑なのです。目に見えて称えられるものでも善悪で区切られるものでもない。それを貴女には覚えておいてもらいたいのです。」
「ふ~ん・・・・・それを私が止めてって言ったら止めてくれる?」
「わかりません。ただ私は私の信念に則り行動しています。この先『トリスト』が覇を唱える国として、国王が世界の安寧を見護れる存在として君臨出来るように準備を整えていくつもりです。」
「・・・覇って何?」
「全ての力を持って支配する、といった意味です。私は次期『トリスト』王には覇者になってもらう。そして二度と『シャリーゼ』や『ジグラト』のような国が出ないよう世界を統治してもらうつもりです。」
今までずっと自身の中だけに留めていた思いを告げるとルルーも少しだけ何かを理解したのか、白い目からつまらなそうな目に戻ると紅茶を一口飲んだ後頬杖をついてじっと見つめてきた。
「・・・たった1人の女の子の思いや幸せも考えられない人が国や世界を語ってるのって滑稽ね?」
「・・・・・そうです、ね。」
こういう部分は姉に似ているのだろう。拗ねているような、それでいて軽い圧を掛けながら鋭い指摘をしてくるとショウも自身に都合が良すぎた考え方を大いに恥じ入ってしまう。
「でもショウ君の本心なのよね?」
「・・・はい。どうしても貴女にだけは知っておいてもらいたくて・・・」
「・・・・・だったら仕方ないなぁ。その代わり今度一緒にロークスへ行こ?」
だがルルーからの意外過ぎる提案に伏目がちだったショウが彼女の顔を覗くといつの間にかその表情は何時もの明るくて可愛いものへと戻っていた。
「あの、何故ロークスに?」
「だってあの街って今すっごい栄えてるって噂じゃない?!別世界からの商品も沢山あったりナジュナメジナ様が展開してる服飾雑貨もとっても可愛いんだって!行ってみたの!ね?いいでしょ?」
そういえばそんな話も聞いていたなと思い出すが仕事一筋だった為全く興味がなかった。それでも今度ばかりはルルーから向けられる期待の眼差しに応えない訳にはいかないだろう。
「・・・わかりました。但ししっかりとした護衛が必要ですから最低でもクレイスかカズキには同行してもらいます。」
「えぇぇぇ?!2人っきりじゃないとやだ!!」
「あのですね。ルルーの安全を第一に考えなければ許可は出せません。もし受け入れられないと仰るならその話は無しで・・・」
ばしゃっ!!
「ショウ君の馬鹿ぁぁぁ!!!」
彼女が怒った姿など見た事も想像した事もなかったショウは紅茶を思い切りかけられたのすら認識出来ずに茫然としてしまったがその間にルルーは勢い良く立ち上がると執務室を飛び出てしまう。
目一杯譲歩したつもりなのだが何がいけなかったのか。いや、彼女からの好意は正直嬉しさと苦しさが半々だったのでこの機会にすっぱり諦めてもらえればいいのかもしれない。
ただ誤解は解く必要がある。どこまでいっても事務的な思考で物事を受け止めていたショウは使命感に駆られると濡れたままの姿で彼女の後を追うのだった。
城内で務めて既に1年近く経つ為、他の者達もルルーがいることに何の違和感も覚えていないのだが今日ばかりは勝手が違う。
何故ならいつも太陽のように明るい笑顔で周囲を照らしていた彼女が大粒の涙を溜めて廊下を走っていたのだ。目撃した者達は皆が足を止めて振り向き、声を掛けようかと固まってしまうのも当然だった。
ただそこに踏み込めなかったのは恐らく左宰相が関わっていると察してしまったのも大きな理由だろう。ショウは自身の仕事を完璧にこなすだけでなく部下に与える任務にも完璧を求めるのだ。
その内容は非常に膨大且つ緻密なものを短期間で求められる為、今では文官だけでなく武官にも畏怖される存在へと成っていたのだが本人にその自覚はない。
故に中庭の一席に座り日傘の陰で伏せっている彼女に声をかけたのは城内でも権威に囚われる事のない数少ない人物だった。
「おや?ルーではないか。どうした?具合でも悪いのか?」
「ぁ・・・セヴァしゃま・・・」
身分の差はあれどセヴァも明るいルルーを大層気に入っていた為、まさかその表情が涙や鼻水でぐちょぐちょになっているとは思わず目を丸くして驚いたが即座に手巾を渡して自身も椅子に腰かける。
それから顔を整える時間をゆっくり与えると彼女も少し落ち着いたのか、顔中の液体を綺麗に拭った後折りたたんで円卓の上にそっと乗せた。
「す、すみません。後で洗濯してお返しします。」
「気にするな。それよりいつも明るいお前が何故そんな事になっている?・・・もしや誰かを失ったのか?」
彼女は兄妹に恵まれている為、それらを失えば今のような状況になる事くらいは疎いセヴァにも十分想像出来たがルルーはゆっくりと首を横に振るので少しほっとする。
自分も人間との交流を2500年程断っていた為このまま相談に乗っていいものか、話を聞いたところで何か出来るのかという不安はあったが一応は王妃なのだ。
周囲の協力もあって現在はスラヴォフィルの隣に立つ事を許されているものの考えてみれば与えられた身分に相応しい仕事は何もしていない。
ならば気に入っている者の相談にくらいは乗ってもいいのではないか?それこそ使ったことはないが権力などで解決出来るのなら彼女の為に行使するのも悪くないかもしれない。
「・・・言いにくい事なら無理に話さなくてもいい。ただ、私でよければ力になるぞ?お前がそんな顔をしているのは見るに忍びないからな。」
「・・・セヴァ様・・・実はその・・・ショウ君が私の事を全然意識してくれなくて。でもわかってるんです。彼の中にはまだサーマちゃんがいるって。だからどうしたらいいのか・・・もう諦めた方がいいのでしょうか?」
これは即座に理解出来た。何故ならこの話は城内でもかなり有名であり、今では姉にも比肩するほど美しく成長を遂げているルルーに誰も声を掛けないのも皆が事情をよくよく知っていたからだ。
なのでもし彼女が失恋すれば、ショウがこっ酷く振ったという噂が流布すればあらゆる男達が迫って来るのは想像に難くない。
失恋の傷を癒すのは新たな恋だというのも姦しい召使い達から聞いてはいたが果たしてセヴァはどう答えればいいのだろう。あまりにも弱弱しいルルーを前にこちらまで心が辛くなってくると再び姦しい召使い達の話が思い返された。
「・・・・・ルルー、お前のショウを思う気持ちはもう完全に途絶えたのか?」
「いいえ!!まだまだ全然諦めてません!!」
思った以上に元気な声で即答されると思わず笑みを浮かべてしまった。どうやら美しさも芯の強さも姉妹揃って似ているようだ。
「では私から1つ助言をしてやろう。よいか?恋とは戦いなのだ。」
「戦い、ですか?」
「うむ。お前が今相手にしているのはショウだけではない。奴の心の中に潜むサーマという存在、これもまた討ち取らねばならぬのだ。」
「えぇっ?!な、何かいきなり物騒な話になってきましたね・・・・・ほ、本当にそうなんですか?」
おかしい。自分がこの話を聞いた時はもっと心が奮い立ったものだが使う言葉を誤ったか?ルルーが傷心を忘れるほど驚愕していたので少し違和感を覚えたが後に引く訳にはいかない。
「本当だとも。かく言う私もそうやってスラヴォフィル様の御心を射止めたのだから間違いない・・・筈だ。」
「おお~!!な、なるほど!!実践されたんですものね!!非常に説得力があります!!」
純粋な少女は両手で拳を作り双眸を眩しいくらいに輝かせていたが過去の行動を思い出すとセヴァは頬を紅潮させて僅かに後悔する。あの時の自分は少し子供じみていたと。もう少し大人の女性らしく振舞うべきだったと。
「う、うむ。だ、だからその、ショウの心を射止めるのであればまずルルーも諦めない心と、あとは・・・た、戦いだ。恋は戦って勝ち取るのだ!!」
「は、はい!!」
羞恥を隠して必死で自身の経験談を熱く語るも背中を押された事と無理矢理彼の傍について歩いた事くらいしか出てこない。
そう考えるとショウの執務室に毎日乗り込んだ後は正式に雇われ仕事もこなしているルルーの方が戦略的に相当上手く立ち回っているのではないか?なのにショウは頑なに彼女の気持ちを拒絶しているのか?だったら雇う事なくもっと遠ざける方が優しくないだろうか?
中途半端に期待させるから現在ルルーはこんな状態になっているのでは?
恋愛素人の王妃は自身の過去を棚の上にあげると違和感からどんどん思考を走らせて未知の先へと近づいていく。
「・・・あとはそうだな。私はスラヴォフィル様との会話や体に触れる事を毎日3回も5回もやった。それを実践すれば・・・」
「え?私は気が付けば何度も触れてますし抱き着いてますよ?会話も数えきれないくらいにはしてます!」
「そ、そうか・・・・・」
であれば答えは1つしかないだろう。
「ルルー、お前は今まで通り、いや、今まで以上にショウに好きだと迫り、告げるのだ。恐らく陥落は近いぞ?」
「ほ、本当ですか?!」
「うむ。私が言うのだ。間違いない。だからいつものお前らしい笑顔を見せておくれ。」
これには少しだけ根拠があった。それがスラヴォフィルの態度だ。
彼もセヴァを受け入れる事まで時間はかかったものの決して拒絶はしなかった。傍について歩くのも、一緒に部屋にいるのも黙っていた。つまり城門は崩壊寸前なのだと考える。ただショウの場合スラヴォフィル以上に難い印象を受けるのでもう少し時間が必要なだけだろう。
王妃自らが慰めた事と確かな裏付けのある助言はルルーを励ますには十分だったらしい。満開の桜にも勝る笑顔で頭を下げると彼女は急いでショウの執務室へと駆けていく。
恐らくこの作戦は成功する。成功させてみせる。
セヴァもこうやって周りに助けられたのだから次は自分が周りに手を差し伸べるべきなのだ。思いに耽りながら中庭で桜色の芽がいよいよ花を咲かせようとしているのを眺めていると今度は狙ったかのように件の人物が現れるではないか。
「あ、セヴァ様。すみません、この辺りでルルーを見かけませんでしたか?」
その質問と行動で確たる自信を持ったセヴァはゆっくり席を立ちあがり、そして最近は見せなかった顔と雰囲気を纏うと静かに言い放つ。
『ショウ、今度ルルーを泣かせたらお前を追放する。よく肝に銘じておけ。』
知らず知らずのうちに王妃という強権を振りかざしてしまったが今回ばかりは許されるだろう。ショウも畏怖というよりは困惑した様子で固まった後即座に跪いたので執務室に戻った事を伝えると風のように去っていくのだった。
あれからは碌な将官も訓練された部隊もいなかった為、正に破竹の勢いで領土を奪還していくカズキは気が付けば総大将であるネヴラティークの首元に刃が届く所まで進軍を終えていた。
だが何より驚いたのはナジュナメジナがここに来るまでの捕虜をほとんどを受け入れた事だ。その数は家族を含めると既に20万は超えている。
「まだ欲しいのか?てかそんなに一気に増やして大丈夫か?反乱とか起きないのか?」
「はい。それだけの生活と安全を約束してますから。」
いくら政務に疎いカズキですらその辺りの事情が気になって仕方がなかったのだが大実業家の微笑からは絶対の自信が見て取れた。
「となると後はネヴラティーク様の動き次第だね~。今回相当な功績を上げたのに半分以上取り返された責任はどうなることやら~。」
手足を負傷している為逃亡の可能性は低いと判断されたコーサが参考人として将官達の前でぼんやり呟くとカズキも少し考え込む。
ネヴラディンという人物を詳しく知らないが今までの施策や行動、ラカンへの処罰を考えても息子とはいえ良くて失脚、悪くて極刑辺りは軽く下すだろう。
「・・・だったら引導を渡すのが情けってもんか。」
相手も一国の王子なのだから生き恥を晒すより戦場で散った方が『リングストン』国内での評判も落とさずに済む筈だ。
王族を手にかけるという判断を下したカズキは早々に会議を終わらせようとするがそこにナジュナメジナが口を挟んできた。
「お待ちください。カズキ様、よろしければネヴラティーク様を私に頂けませんか?」
「・・・・・は?!」
この発言のせいで会議はまるでなかったかのような雰囲気に戻ると唖然としていた他の面々を他所にその真意を問い詰める。
「おいおい?!まさかネヴラティークも移民対象にするつもりか?!」
「当然です。何せ彼は折り紙付きの王族、ネヴラディン様の長子ですよ?これを失うなど大実業家としてとても見過ごせません。」
「凄いねぇ~お金持ちっていうのは何でも利用するものなの~?」
「いいえ、これは真理の問題です。現在『ジグラト』に囲い込んだ移民は全て『リングストン』人なのですから統治するのも『リングストン』人がよろしいでしょう。というわけで戦端を開く前に私の接触を許可して頂けませんか?彼を見事『ジグラト』の領主に収めて御覧に入れましょう。」
確かに訳の分からない傀儡王よりも知っている人物が統治した方が問題は少なくて済みそうだが相手は敵の総大将なのだ。
「・・・反旗を翻されたらどうするんだ?『ジグラト』がまんま『リングストン』になりかねないぞ?」
「ご安心を。こう見えて私も様々な道を歩んできましたから。」
自信満々に言い切る姿を見て本当に食えない人物だと再認識したカズキはしばらくその男を睨み続けるが心の奥底を覗く事は出来なかった。
「・・・よし。んじゃお前に任せてみるか。」
「だ、大丈夫か?!ここで失敗したら今までの勲功は全て水の泡だぞ?!」
イヴォーヌが心配して口を挟んでくれたのは自分の為ではない。未来ある若き将軍の経歴に妙な傷を付けたくないからだ。
「大丈夫だろ。何せあのショウが全力で警戒する程の男なんだ。詳しくは聞かないからやってみてくれ。」
「ありがとうございます。その間『剣撃士団』の皆様は『ワイルデル領』の奪還に着手して頂いて大丈夫ですので。」
「お~?そこまで言い切るか。コーサ、こいつ面白いだろ?」
「いや~~~面白いっていうか不気味なんだけど~?ネヴラティーク様はネヴラディン様の威光に隠れがちだけど相当な実力者だよ~?どこからその自信が出てくるの~?」
しかしそのぼやきに答えを返す事はなく、ナジュナメジナはにっこりと笑みを浮かべると早速席を立って陣幕を後にする。
それから1時間後には件の人物が居座る城へ従者を2人だけ連れて行くと『リングストン』兵も唖然としながら書簡を上へと通すのだった。
大実業家の登場に目を白黒させていたネヴラティークはそれを読み終えた後、更に驚いて軽くため息をつく。
「・・・・・いいだろう。通せ。」
コーサを破った部隊がカズキ将軍率いる『剣撃士団』というのは聞いていたが彼の援助があったのか。そこを知らなかった為興味から城内に通す決定をしたのだが初めて面会すると只者ではない雰囲気こそ感じるも脅威とは思わなかった。
「初めましてネヴラティーク様、此度は謁見の機会を設けて下さり深く感謝いたします。」
「うむ。『エンヴィ=トゥリア』では入れ違いだったからな。遠慮はいらん、さぁ掛けてくれ。」
それから2人が円卓を置いて向かい合わせに座り、ナジュナメジナの方は召使いを、ネヴラティークも近衛を含めて人を払うと早速会談が始まる。
「・・・で、私に『ジグラト』を統治して欲しいとは一体どのような了見でそのような結論に至ったのか、詳しく教えてもらえるか?」
「はい。実は我が王ガゼルにより荒廃した彼の地を復興せよ、という実に無茶な命令を賜ってしまいましてね。ここまでの戦いでほとんどの『リングストン』兵を家族や婚約者ごと引き抜いてきたのですがそれを統括する人間がいない点をずっと危惧しておりました。」
「ふむ。」
そこまでは理解出来る。というか『リングストン』兵が捕虜ではなく移民として扱われていたのは初耳だった。
故に王子である自分を引き抜いて利用しようとする思考の流れは読めるのだが実際こうやって交渉しに来るなど正気の沙汰ではない。
「そして先日、カズキ様が戦略会議でネヴラティーク様を討ち取ると断言されてしまった為私が口を挟み、貴方様を迎える機会を作って頂いた次第でございます。」
「ふふふ。如何にもカズキ将軍らしい決断だ。そこまで気を回して頂けてたとは光栄だな。」
これはネヴラティークも考えていた所だ。
あれ程まで優勢に戦いを進めて領土の八割近くを奪還したにも関わらず再び反攻を許し、現在は自身のいる居城周辺とナヴェル将軍に任せた『ワイルデル領』を残すのみとなっていた。
父は結果だけしか評価をしない男なのでもしこのまま帰国しても生き延びられるかわからない。であればここは死ぬまで戦うか自害をするか。
そこまで考えていた所にカズキという後世に必ず大きな名を遺すであろう将軍に討たれるとあればこれ以上の名誉もないだろう。
「ええ。ですから是非貴方様の御力を新天地で振るって頂きたい。これが私と今後『ジグラト』を発展させていくであろう『リングストン』人達の願いなのです。」
「・・・なるほどなるほど。流石は大実業家、大きな主語を使って説得を考えていたようだがそれでは私の心は変わらんぞ?」
生き恥を晒すつもりはない。『リングストン』の王族となれば猶更だ。
ネヴラティークは軽く笑みを浮かべながら悪魔が作ったという極上の酒を喉に流し込んで申し出を拒否するも相手は退こうとしない。
「ですよね。いや~私も随分陳腐な文言を唱えてしまいお恥ずかしい限りでございます。」
それどころか砕けた雰囲気を作ると後頭部に手をかけて軽く笑って見せたのだ。どうやらかなりの食わせ者らしい。こちらの人物像を計る為にわざと手垢だらけの説得を展開したのだろう。
少なくともネヴラティークが相手の人物像を知るには足らなかったがこれで終わりではない筈だ。何かを期待した彼は薄切りされた干し肉を食べてから再び悪魔の酒を堪能しているとナジュナメジナも一口だけ盃を喉に流し込んでから再び交渉を始める。
「・・・・・では私の今後の行動と絶対的な事実を1つお教えしましょう。」
そこから明らかに雰囲気が変わるとネヴラティークの喉が無意識に音を立てた。どうやらこれこそが彼の本性らしい。歴戦の兵に劣らないような空気が部屋を支配する中、ナジュナメジナはこちらが了承する前に口を開く。
「まず私はこの戦いが終わった後『リングストン』へ赴きます。そして貴方が求めているヴァッツ様の力は絶対に、決して貴方のものにはなりません。」
「・・・・・良いのか?もし違えばその首が飛ぶぞ?」
「ご心配なく。というのもこれにはクレイス様の治める国で大将軍になるという彼の固い決意が根底に存在するからです。ですのでもちろんネヴラディン様のものにも成り得ません。」
断言するナジュナメジナから感じる自信と大いなる力は何だろうか。クレイスとヴァッツの仲は知っていたがそこまで先を見通せるものなのだろうか。
わからない。判断を迷ってしまったネヴラティークが無言で考え込んでいると更に聞きたくない情報をすらすらと垂れ流してくるので思考は底なし沼に沈んでいくかのようだ。
「ちなみにクレイス様は17歳になると同時に『トリスト』の王座に就かれます。その時ヴァッツ様も他の国々の大将軍職は全て断るのでしょう。」
「・・・・・」
「恐らくこの流れは誰にも止められません。でしたらネヴラティーク様も生きて父君に対抗されてみては如何ですか?破格の力を利用するなどと考えずに真正面から。」
「・・・・・それが『ジグラト』の統治だと言うのか?」
「はい。貴方様には一国の主になるだけの素養と御力が十分にございます。それをこんな所で散らしてしまうのは大実業家として見過ごす訳にはいきません。」
この男、『ジグラト』の領主とは言っていたはずなのに最後は一国の主と変えてきた。つまりこの話を受けた後ネヴラティークが独立するのも見越しているというのか。
もしそうなれば自分だけの国と力で父に対抗出来る機会が与えられるという事になる。生れた時からずっと目の上の瘤だった、眩しすぎる威光の権化であるあの父と。
「・・・・・貴殿の話を受けると私は『リングストン』でとんでもない悪人として語り継がれてしまうな。」
「ネヴラティーク様。歴史とは勝者が語り継ぐものでございます。」
「面白い。話は前向きに検討しよう。唯一の懸念点、『ジグラト』の財政状況をしっかり支えてくれると約束してくれるのであればな。」
「御意。」
こうしてナジュナメジナは国民だけでなく王子までをも引き抜いてしまったのだがカズキもまさか成功するとは思っておらず、『ワイルデル領』の奪還を少し進めてから詳しい報告を一気に聞くと『剣撃士団』の面々にコーサも合わせて目玉が落ちる程驚愕するのだった。
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