闇を統べる者
国家の未来 -剣となりて-
クレイスが『アデルハイド』への奇襲を退けた後に二振りの黒威を持つナハトールも倒していた頃、『アルガハバム領』と『ワイルデル領』でも大きな動きがあった。
それはスラヴォフィルが前から構想していた計画を最終段階に移行する事から始まる。
「カズキ、邪魔をするぞ。」
クレイスに諭されて以降、なるべくルマーの傍にいたカズキは意外な声と姿を確認すると彼女の膝枕から飛び起きて速やかに跪いた。
「こんな辺境の国に足を運ばれるなんて・・・もしかして『リングストン』と『ビ=ダータ』の件ですか?」
「うむ。今回はある条件付きで反攻作戦を決行する事にした。」
という事は遂に領土奪還の戦いが始まるのか。最近全く体を動かしていなかったので期待から胸を膨らませるが同時に背後から寂しそうな気配を感じると一瞬戸惑いを覚えてしまう。
「カズキよ。今回の戦いでは『剣撃士隊』の兵力を増強し『剣撃士団』とする。更にお前を将軍位に据えるつもりだ。良いな?」
そこに破格の昇進が告げられたのだから感情を抑えるのに必死だった。もし2人だけだったら間違いなく燃えるような闘志と歓喜をむき出しにしていたに違いない。
だが戦を、人を傷つける事に大きな抵抗を抱くルマーが離れた場所から大きな悲壮感を漂わせるのだから心は文字通り不完全燃焼だ。
そもそも何故スラヴォフィルは彼女の部屋にやってきてこの話をしたのだろう?別世界からやって来た『魔法使い』と『魔法』の報告以外にもその心境をしっかり伝えていたはずだが。
「ルマーよ、お前もこちらに来るが良い。」
更に彼女を呼びつけたのだから嫌な予感しかしなかった。まさか戦場に駆り出すつもりか?確かに『補助魔法』というものを自分や仲間に使ってくれれば戦果は上がり、犠牲を減らす方向でも大いに期待出来るだろう。
しかしルマーも戦わないと宣言していた為何故呼ばれたのか、何か無理難題を押し付けられるのかと不安そうに近づいて来るがカズキと一緒に椅子へ座るよう促される。
「さて、こうして話し合うのは初めてじゃな。ルマー、ワシはお前に聞きたかった事がある。」
「は、はい・・・何でしょう?」
震えだけでなく擦れた声を絞り出す様子にカズキは国王の御前であるにも関わらず席を立つと急いで温かいお茶を用意した。これはクレイスから教わっていた気持ちを落ち着かせるものだったが流石に即効性はない。しかし喉に流し込んだ彼女も効能というよりはカズキが気を使ってくれた事への優しさから安堵を覚えたらしい。
僅かに平静を取り戻したのを確認したカズキも謝罪を入れてから再び椅子に腰かけるが問題はここからだ。
「・・・ルマーよ。お前の世界では人間に危害を加える魔物とやらを討伐していたそうじゃな?」
「は、はい。」
「それは女子供、時期も問わずにずっと襲われていたのか?」
「い、いえ。魔物にも様々な種族がありましたから。思考能力も強さも持たない魔物等は野生動物みたいなものでしたし知性も力も強大なものを保持する魔物は徒党を組んだり策を弄じたり居城を構えたり、本当に様々です。」
「ふむふむ。それは厄介な存在じゃな。」
面白い内容に自分も戦ってみたい等と不埒な事を考えるカズキだったが同時にスラヴォフィルが何故こんな問答をしているのかよくわからなくなる。いや、『魔法』の有用性は十分理解しているのだから何とか説得して戦力に加えようと考えているのかもしれない。
でなければ彼女の前でカズキの昇進やこれから戦が始まる事などを伝える必要がない筈だ。若干スラヴォフィルらしくないなと疑問も浮かんでいたがカズキは黙って2人のやり取りを見守っていると話は意外な方向へと進んでいく。
「お前は魔物を討伐する時、彼らの生態、事情を考えた事はあるか?」
「えっ?!い、いえ!そんな!彼らは人間の敵ですから余地すらありません!」
「そうか?野生動物ですら腹をすかしていれば人間を襲ってくるのだ。ルマーの話だとより高度な知性を持ち合わせている存在なら何かしら目的があって人間を襲っていたのではないか?」
「そ、それは・・・すみません。私達は人間を、村や国を護る為だけに戦ってきたので詳しい事情は分かりません。」
確かに何かしら目的がなければ争いは起こらないだろう。最近現れた『悪魔族』が人間を食料として狩っていたように魔物達にも何か理由があった筈だがそれを今議論してどうするつもりだろう?
訳が分からないまま僅かな気まずさを浮かべるルマーを他所にスラヴォフィルは優しい笑みを浮かべると静かに告げた。
「お前の世界を知らぬワシがとやかく言及するつもりはない。しかしこの世界では人間の敵は人間なのじゃ。つまり、ワシらはワシらの大切なものを護る為に戦わねばならん。それを覚えておいて欲しい。」
雰囲気と発言内容のちぐはぐさにカズキでさえ一瞬あっけに取られたがその意味を理解したルマーは震える手でお茶を喉に流し込むと顔を青ざめたままスラヴォフィルを睨みつけている。
「それをカズキ君に強要するのですか?!人を、殺すのを!!」
流石に不敬が過ぎるので口を挟もうとしたが彼はその気配を察したのか、軽く手を向けてから再び会話を続けた。
「いいや、強要はしとらんよ。カズキは戦う事で生きてきたからな。その意味はお前よりよほど深く理解しておる。のう?」
「はい。」
と、反射的に答えてみたもののヴァッツ達と出会うまでは自分が食う為に、己の腕を磨く為に荒くれ者と立ち合い、斬り伏せてきただけだ。
今も戦いは本能任せな部分が多く、次いで祖父から教わった技術が体に叩き込まれているから自然と体が動くのであって相手の事など考えた事は無い。
「何故ですか?!何故人が人を殺すのですか?!この世界はおかしい・・・おかしいです!!」
「うむ。ワシもそう思う。」
「「えっ?!」」
感情的なルマーと同時に驚いて声を漏らすがスラヴォフィルの双眸からは慈愛と悲哀が読み取れた。そして少しだけ目を伏せると静かに立ち上がってその意味を語ってくれる。
「人間とはどこまでも欲深で傲慢でな。そして各々が自覚していても尚争いは起こってしまう。この世界の人間が最も多く手にかける生物は家畜でも虫けらでもない、同族なのじゃ。」
「・・・・・」
そう告げた彼は静かに退出すると残された2人はしばし呆けていたがお茶の効果とスラヴォフィルが居なくなった事で緊張が解けたのか、ルマーがこちらの手を取って覗き込むように顔を近づけて来た。
「・・・カズキ君はどうして戦うの?地位や名誉の為?それともお金やお酒や女の為?」
どうしてこんな状況になったのだろう。今まで全く考えた事もなかった質問に目は飛び魚のように中空を舞うばかりだ。
「・・・戦うのが俺の生き甲斐だからだ。」
「どうして?相手の人にだって家族や恋人がいるかもしれないのよ?そんな人達の命を奪って何になるの?」
二進も三進もいかなくなったカズキは友人達の素直さを思い出してそのまま言葉にしてみたのだがルマーはやや怒りの篭った眼で益々問い詰めて来ると今度はこちらの喉が渇き始める。
思えば自身も今と昔では随分変わっていた。
『トリスト』という国に所属し、部隊と使命を与えられた。そこに疑問を挟む余地は無く、ただ命じられるままに戦ってきた。
生きていく上で金は必要だし部屋や待遇も良いものに越したことは無い。だが地位や名誉に拘った事など一度もなく、以前ショウに言われた愛国心もよくわかっていない。
となればやはり戦いこそが、命を賭けて強敵を屠る事こそが全てなのだと結論付けざるを得ないし自分の中にそれ以外の答えが見つからないのだ。
なのにルマーは納得がいかないのか、気が付けばこちらに上半身を預ける程体を詰めて来ては睨みつけるようにこちらを見つめてくる。
「・・・相手に事情があるように、こっちにも事情はある。俺の部隊にだって家族や恋人を持ってる奴らが沢山いるんだ。だからそいつらが死なないように戦うのが当然・・・」
「そこよ!何故話し合いで解決しないの?!人間同士が戦ったってお互いが不幸になる事くらいわかるでしょ?!」
真っ直ぐ過ぎる正論にぐうの音も出ない。確かに全てが話し合いで解決出来れば戦う必要も犠牲を出し合う必要もない筈だ。
(・・・本当だ。何で俺戦ってるんだろ?)
スラヴォフィルも言っていた。人間とは欲深で傲慢なのだと。だがそれを理解していながらも話し合いでは済まない時があるのは何故だ?
答えは何処にある?ルマーの様子がおかしな事になっていたのさえ気が付かずカズキは直近の出来事を思い返しては必死に頭を働かせるとある光明に辿り着いた。
「いや、違うな。違うよルマー。」
「な、何が違うの?」
「人間は戦う以外の方法も沢山持っている。でも欲深で傲慢、そして無駄に知性があるからこそ純粋な力を示さなきゃならない時があるんだよ。」
「???だ、だから話し合って・・・」
「例えばその話し合いの場で毒を盛られたり不意を突かれたらどうするつもりだ?」
「えっ?!そ、そんな卑怯な事をする人が・・・」
「いくらでもいるよ。人間は狡猾だからな。金や権力の概念がある分魔物より話し合いが難しい時がある、気がする。」
「・・・魔物と人間じゃ全然違うわよ。」
「いいや、一緒だ。生き物が外敵から身を護る為に戦う。それはごく自然だし俺達の世界ではそれがたまたま人間だっただけさ。だからスラヴォフィル様が国王として、沢山の国民を護る為に戦いを命じられたのなら俺は剣となりその使命を全うするまでだ。」
やっと己の中で戦う意義に辿り着いたが本音としてはこの答えが正しいのかどうか全く自信はなかった。
ただルマーの方は頬を大きく膨らませて涙目でじっと睨みつけた後、こちらの胸に顔を埋めて暫くの間ずっと首を振っていたので困惑しつつもカズキは今一度、国として戦う意味をよく考え直すのだった。
気分を落ち着かせる為に作った紅茶だがあれに蜂蜜酒を入れたのがいけなかったらしい。
話が終わった後も子供のように駄々をこね始めたのでカズキは仕方なくルマーを担いで寝具に放り投げると逃げるように部屋を後にした。それから聞き耳を立てていたのか、近くにいたカーヘンから彼女はお酒に弱いと教えて貰って納得する。
(俺もいよいよ将軍か・・・・・)
未だに実感が湧かないのと先程の件に思う所はあったが今は国家に所属する将官として切り替えなければならない。物量に物を言わせて8割近くの領土を占領した『リングストン』軍をどうやって追い返すのか。
早速反攻戦を考えながら『ボラムス』の会議室に向かうとそこにはスラヴォフィル、ガゼル、ファイケルヴィ、ワミール、チュチュ、バルナクィヴと何故かイヴォーヌも席に着いていた。
「お待たせしました。」
そして一緒に歩いていたカーヘンも中に入るとカズキは事情が呑み込めないまま上座に近い席へ座らされる。
「さて、今回の反攻作戦じゃがカズキを総大将に任命する。軍も『剣撃士団』として1000人規模へ、独自に判断、行動の権限も付与するのでお前の好きなように動くがいい。」
「はい。」
「後は副将軍としてイヴォーヌを編成してある。こやつはやや短絡的な部分もあるが戦力としては申し分ないだろう。そしてカーヘン、彼女もお前の部下だ。」
それでこの場に参加しているのか。やっと少しずつ状況が飲み込めて来たが劇的な変化に期待と不安でやや混乱しているとスラヴォフィルから質疑応答の時間が設けられたのでカズキは言葉を選びながら慎重に疑問を潰していく。
「えっと、じゃあカーヘンから。お前は人間との戦いは大丈夫なのか?ルマーみたいに忌避感とか抱かないのか?」
「まぁ多少思う所はあるけどあいつ程繊細じゃないさ。それにあたし達はガビアム王に良くしてもらった恩義もある。それを返さなきゃいけないとは考えてたんだよ。」
なるほど。それなら彼女は戦力として十分期待してもいいだろう。
「わかった。次にイヴォーヌ様が副将軍という事はバルナクィヴは降格ですか?」
「心配するな、将軍には2人の副将軍が就く事になっているのでバルナクィヴの地位も昇格でお前の補佐につく。あとわしは配下だから敬称はいらんぞ?」
彼の実力は以前の『リングストン』軍防衛時にこの眼で見ていた為こちらも心配はない。となれば残る疑問は1つだけだ。
「スラヴォフィル様、独自の判断、行動の権限とはどの程度のものなのでしょう?」
これが全く分からなかった。今までは命令通りに邁進し、望まれた戦果かそれ以上を挙げる事だけを考えていたのだが独自の判断や行動とは一体何を指すのだろう?
「ふむ。端的に言ってしまえば時と場合によっては命令以外の動きも許容する、という事じゃ。」
「えっ?!?!」
スラヴォフィルはさらりと答えてくれたが理解が追い付かない為思わず大きな声を漏らしてしまう。聞き間違いではない、彼は確かに命令以外の動きと告げて来た。
軍隊とは上下関係が絶対なのだ。命令系統に例外が生じれば軍紀と統率は大きく乱れ、兵士がただの賊徒になる話など歴史を少し紐解けば星の数より掘り当てられるのに何故だ?
最大限の敬意を払ってきた国王の発言には必ず意味があるのだけは間違いない。だがその真意を全く掴めないカズキは己の未熟さに焦りを感じているとワミールがスラヴォフィルに視線を向けてから答えの片鱗を告げてくれる。
「カズキよ。将軍として1000人を率いるというのはただ1000人を戦わせるだけではない。1000人の命を預かるという意味もあるのだ。」
それは何となく理解出来る。以前20人以上を失った戦いでは酷く気落ちした後方々に相談しては何とか自分なりに立ち直っていったのも鮮明に記憶されているから。
だがそれとスラヴォフィルの言う権限がどう考えても結びつかない。100人だろうと1000人だろうと軍隊である以上命令が下れば必ず成し遂げる。それこそが武人のあるべき姿なのではないのか?
ルマーとのやり取り以上に焦りを感じたカズキはわかったような素振りをする訳にもいかず、まるで数年前のクレイスのように自信の無い様子で冷や汗を流すがこれ以降彼に助言が与えられる事はなかった。
それからすぐに『アルガハバム領』奪還を命じられるとカズキはバルナクィヴ、イヴォーヌ、カーヘンを連れて自身の部隊が控える場所まで移動し始める。
「なぁバルナクィヴ、イヴォーヌ、スラヴォフィル様が仰った意味を分かりやすく説明してくれねぇか?」
出来れば出立前に、最悪『リングストン』軍と衝突する前までには何とか理解と納得を得たかったカズキは藁にも縋る思いで尋ねると2人は顔を見合わせた後イヴォーヌが口を開いた。
「それは国王の意思に背くから却下だ。な~に、お前なら必ず答えに辿り着くだろう!」
「いやいや!俺は考えるのが得意じゃないんだから!下手を打つ前に教えてくれよ、な?もうちょっとこう鍵っていうかさ。一部分だけでもいいから。」
似たような性格というか同じ野生味を感じる彼ですら知っているというのに将軍となる自分が分からないのは不安とむず痒さで気が滅入って仕方がない。バルナクィヴにも顔を向けるが箝口令を敷かれているのか、珍しく顔を背けたのだからいよいよ精神は混乱状態へと陥って来た。
「へぇ~?やっと年相応の反応を見せてくれたな?」
「・・・お前なぁ・・・こっちはそれなりの重圧と重責を担ってるんだぞ?」
最後はカーヘンの悪戯っぽい絡みに本気で困惑しながら返すと3人はきょとんとした表情を浮かべてから各々が楽しそうに笑い声を上げるのだった。
ルマーとやり取りすればまた何か答えが得られるかもしれない。
カズキは自分でも驚く程都合の良い思考で再び部屋を訪れるが彼女は完全にへそを曲げていて一切口を聞いてくれなかったので諦めて退出する。
それから1000人という数を前に多少の驚愕と感動を覚えると手短に出陣命令を出してまずは『ビ=ダータ』へ向かって進軍を開始した。
「カズキ、あまり考えすぎるな。」
「だったら教えてくれ・・・じゃないな。自分で答えを見つけなきゃなんねぇんだろ?考えるなってのが無理だよ。」
バルナクィヴも心配してくれているのだろう。1回だけそう告げてくれたがこちらも喉に引っかかった小骨を何とかしたくて仕方がないのだ。
「そうそう。あんたが将軍なんだろ?だったら兵士達の士気に関わる様な姿を見せちゃ駄目だと思うな~?」
「・・・ルマーの手前、優しくしてたが決めた。後で俺の本気を見せてやるよ。」
カーヘンは立ち合い稽古で散々負けた腹いせもあるのだろう。こちらが苦悩しているのをとてもとても楽しそうにからかってくるのでカズキが闘志を向けると慌ててイヴォーヌの影に隠れる。
「しかしお前はもっと豪気な性格だと思っていたが案外繊細なんだな。」
「せ、繊細?!この俺が?!」
終いにはイヴォーヌが不思議そうに呟いて来たので以降はなるべく表に出さないよう心に決めて進軍を続けると一行は数日で最終防衛線に到着した。
「お待ちしておりましたぞ。カズキ様。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
まずはガビアム自らが歓待してくれるとカズキも礼節を弁えてしっかり跪く。今回は彼の動向も探るよう厳命されているのでここは卒なく対応しなければならない。
後は補給と兵士達の休息中にルマーの仲間達にも接触できないか考えていたがこれはカーヘンを連れているお蔭で難なく繋げられそうだ。
「お久しぶりですガビアム様。突然姿をくらませてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
「いやいや、カーヘン殿もお元気そうでよかった。しかしルマー殿のお姿が見受けられないが・・・詳しく聞かせて貰えるだろうか?」
それから彼の部屋に案内されたカズキ達は彼女の仲間である細身だがしっかりとした体格と整った黒髪を持つボトヴィと『モクトウ』でいうおかっぱと呼ばれる髪型をした小柄な少女アスとも対面を果たすと早速カーヘンが簡単に事情を説明する。
「そうか・・・いや、これは私の大きすぎる失態だな。強さだけに惹かれて彼女の環境や気持ちを汲み取れなかった。申し訳ない。」
「あいつ・・・そこまで思い詰めてたなら言ってくれりゃよかったのに。」
「・・・・・」
話を聞き終えたガビアムは顔を背けて悲痛な表情を浮かべ、ボトヴィという青年が割と軽い調子でぼやく感じだったがアナという少女だけは無言のまま表情も一切変化しなかったのをしっかりと記憶に刻み込む。
「そういう訳で今回あたしがルマーの分も戦います。それで今までの恩義に報いるつもりです。」
「おお!カーヘン殿にそう言って頂けると心強い!カズキ様共々、ご活躍を期待しておりますぞ!」
「んじゃ俺達は3人で戦うのか。ちょっと不安だけどまぁ何とかなるだろ。」
「何勝手に話を進めてるんだ?カーヘンは俺の配下だ。お前達2人は『ビ=ダータ』で留守番でもしてるんだな。」
違和感を覚えたカズキがつい素で返すと場の空気が妙なものへと変質してしまったが折れるつもりはない。
ただイヴォーヌは腕を組み堂々と頷いているのとは対照にバルナクィヴが顔色を変えて双方の様子を窺っているのには若干の申し訳なさが心を過った。
「おいおい、勝手に恩人の下を離れただけじゃなくて別の人間と手を組んで戦うってのか?カーヘン、お前何か弱みでも握られてるのか?」
「いいや、ただカズキにも恩があるんだよ。それに誰と一緒に戦おうがやる事は同じなんだ。だからボトヴィとアナも『剣撃士団』に来る感じでいいんじゃないか?な?カズキ?」
そのせいでカーヘンの軽すぎる提案をすぐに断れなかったのも反省すべきだろう。自分達は『トリスト』でも精鋭中の精鋭部隊、いや、今では一軍であり大事な任務の遂行中に余計な心配事を招き入れたくなかったのだが話は勝手に進んでしまう。
「ふ~ん。じゃあ一度手合わせ願おうかな。カズキだっけ?君の強さ次第では『剣撃士団』に入ってやるよ。」
「・・・じゃあ訓練場に行こうか。」
出来ればこれ以上関わりたくなかったが仕方ない。カズキは素っ気なく答えるが途中に2人が戦った所で何の解決にもならない事に気が付くとまたもや余計な思考と後悔に心身が縛られていくのを感じるのだった。
元よりこの立ち合い稽古には不利益しか生じない。何故ならボトヴィがカズキの力量を知る目的の他に勝敗次第では彼を引き取らなければいけなくなる可能性があるからだ。
なので彼の方から遠ざかってもらうには負ける必要が出てくるのだが戦闘に強い拘りを持つカズキには考えただけでも自身に激しい嫌悪感が走ってしまう。
かといって勝つと受け入れの話が進むかもしれない。であれば辛勝くらいは演じるか?そうすれば何となく誇りだけは高そうなボトヴィは辞退してくれるだろう。
自分が力量で劣っているとは微塵も考えないカズキは互いに向き合うギリギリまでずっと悩んでいたが彼が妙な形をした長剣を抜いて構えるとこちらも体が無意識に刀を抜いていた。
「おい?!言っておくけどカズキは相当強いからな!!血が上って本気で殺し合うような真似はするなよ?!」
「へぇ。益々楽しみだ。それじゃ始めようか!」
心の整理が出来ていない中、カーヘンが余計な事を口走ると始まってしまった立ち合い稽古にカズキは続けて無意識に体を動かすが思っていた以上に相手の力が弱くて更に驚く。
恐らく魔物を相手にしていた弊害だろう。一挙手一投足に随分粗が目立つ為負ける要素はないと判断した彼は相手の剣閃をすいすいと躱す。
「やるじゃん!アナッ!!」
そうなると落とし所について判断しなくてはならないのだがボトヴィが名を呼ぶと彼女の杖から妙な光が放たれて彼の持つ長剣に直撃する。すると目に見えて剣閃が早くなったのとその光によって妙な力を感じたカズキは少し広めに攻撃を躱し始めた。
「おいっ?!これ稽古だぞ?!『付加魔法』はやりぎだろっ?!」
「何言ってんだよ?!カズキも何か『補助魔法』を使ってるんだろ?!でなきゃこんなに素早く動けねぇよ!!」
なるほど。どうやら彼は思っていた以上に薄い男らしい。一瞬長剣を光らせた姿にクレイスを重ねたがそれはあいつに失礼が過ぎるというものだ。
ぱきぃぃ・・・んん・・・!!
見極めを終えたカズキは刀を一閃すると余計な思考と共にボトヴィの長剣を真っ二つに叩っ斬る事で勝敗が決する。そうだ、相手に試されるという発言を聞いた時からどうにも腑に落ちなかったのだ。
「俺は俺のままだよ。んでお前は不合格だ。『剣撃士団』に入りたきゃ心技体全てを鍛え直すんだな。」
こんな奴に『剣撃士団』を吟味される筋合いはない。
最後には相手がルマー達の仲間だというのも忘れて少し不機嫌そうに言い放つとイヴォーヌは満面の笑みを浮かべて何度も頷き、バルナクィヴは苦笑いを、そしてカーヘンも思いの外喜んでこちらに抱き着いて来るのだった。
「いやはや、カズキ様の御活躍は前々からお聞きしていましたがまさかこれ程お強いとは。」
とりあえずこれで厄介な人物を抱え込む心配は無いだろう。負けた後も「ルマーの『補助魔法』があればなぁ・・・」とぼやくボトヴィなどを加入させるつもりのないカズキは以降、視線も興味も向ける事は無かった。
むしろ今度はアナから瞬き一つせずにずーーっと視線を向けられて来たので別の気苦労が生じてしまう。
彼女は初対面時から一切声を聞いていないし先程の立ち合い稽古でも『付加魔法』とかいうのを使っていた所から『魔法使い』で間違いないのだろうがこちらはまだその詳細についていまいちよくわかっていないのだ。
一応ルマーと最も時間を共有していたので多少話を聞いてはいたものの戦いの事は心傷に障るかと遠慮していたのが今は裏目に出てしまっている。
「いいえ、私などまだまだです。では我々は明朝反攻戦に向かいますので失礼します。」
とにかくこれ以上問題が発生しないよう早々に立ち去る事を選ぶが既に機を逸していたらしい。カーヘンや副将軍を連れて彼の部屋から退室しようとすると彼女も静かについてきた。
「あれ?アナ、何か用か?」
「・・・・・」
やはり恨みを買ってしまったか。最初はそう考えていたカズキだが2人のやり取りを見てすぐに違和感と事情を飲み込んだ。
彼女は喋らないのではない。喋れないのだ。カーヘンが手の平を向けるとアナが細い人差し指ですらすらと文字を重ねて綴って行き、それが終わると頷いてこちらに声を掛けて来た。
「カズキ、アナがお前に興味あるから話せないか、だって。あたしも一緒に付き合うからさ。少しだけ、な?」
あの視線にはそういう意味があったのか。僅かに安堵したカズキだったがそれでもボトヴィをきつく拒絶したのだから仲間である彼女から良い印象を持たれているとは思えない。
「・・・少しだけだぞ?」
ならばこちらも最大限に利用しよう。まずは全容が掴めない『魔法』とやらの仕組みを洗いざらい聞き出せないかと考えたのだがイヴォーヌとバルナクィヴにはカズキの思惑が伝わらなかったらしく、気を利かせたかのような様子でその場を後にするのだった。
2人を連れて用意された部屋に戻ってきたもののカーヘンを前に喋ることのできないアナに詰問するのは流石に気が引ける。
「えーっと、とりあえず先にお前の興味ってやつを教えてくれよ。全部答えてやるから。で、その後は俺の質問に答えてくれ。でいいよな?」
なので懐柔の意味も含めてそう提案すると彼女もこくりと首を小さく縦に振ったのでカズキは先程見た光景を真似するように手の平を差し出す。あとは小さな人差し指で綴ってくれる内容に答えるだけだ。
と、かなり気を許していたのは油断以外の何物でもない。これにはカーヘンの存在もあった為仕方なかったが彼もスラヴォフィルに認められた男なのだ。
ぴしんっ
不意にその手に短剣が突き立てられそうになったのを人差し指と中指でしっかり摘まんだカズキはアナを軽く睨みつける。彼女の動きがまだ未熟だった為間に合ったがそれをおくびにも出さず心拍数と驚愕を沈めていると真っ先にカーヘンが激昂した。
「アナ?!何してんだよ?!カズキはルマーを助けてくれた恩人だぞ?!」
「・・・・・」
勢いよく席を立って詰め寄るがアナの方もカズキを睨み返しながらカーヘンの手首を無理矢理つかんで人差し指をすらすらと動かす。
「・・・え?!ボトヴィの大切な宝剣を叩き割った奴を生かしておけない?!いや、確かにあれは相当な業物だったけどさ・・・そもそもお前が『付加魔法』なんて使うからカズキも本気を出さざるを得なかったんだと思うよ?な?」
「ふざけるな。俺が本気を出さなかったから剣一本で済ませてやったんだよ。」
既に隠す必要はないと判断したのだろう。アナが明確な怒気と殺気を放ってきたのでカズキも堂々と宣言するとそれはより一層強くなる。
(危ねぇ危ねぇ。ルマーの仲間だと思ってつい油断しちまったぜ。)
これで話し合いの線は完全に無くなった訳だが同時にわずかな安堵と妙案が閃いたのは友人の影響だろうか。摘まんでいた短剣を彼女の腰巻を掠めるように投げると結び目が裂けて白く細い太腿があらわになった。
「お、おいおい?!アナに手を出すってんならあたしが許さないよ?!」
「お前はどっちの味方だよ・・・あ、でもボトヴィの仲間でもあるのか。んじゃそのまま通訳兼仲介役として受け答えに協力しろ。これ上官命令。」
喋れなくとも声は出るらしい。僅かな唸り声をあげながら下腹部を両手で隠したアナが崩れるように椅子へ腰を下ろすとカズキはショウのような含みのある笑みを浮かべて早速詰問を始める。
「これはカーヘンやルマーも含むんだが、お前達はガビアム王からどういった条件で雇われてるんだ?」
「へ?あたし達は別に雇われてる訳じゃないぞ?ただ右も左もわからない世界に迷い込んだ所を助けてもらった。何不自由なく生活させてもらったから恩義に報いたいだけで・・・」
「それはルマーからも聞いたよ。だが『ビ=ダータ』に残ってた2人はどうなんだ?この国で、ガビアム王の傍にいて何か話を持ち掛けられていないのか?」
本来ならもう少し水面下で調べたかったが目に見えて敵対行動を取られた以上こそこそする必要はない。そういう判断からの行動だったがアナはカーヘンの手の平に何かを綴る様子は見せずにこちらを睨みつけてくるだけだ。
「う~ん。じゃあ仕方ないな。カーヘン、少し席を外してもらえるか?」
「はぁ?!お前、こんな状況で2人きりに出来る訳ないだろ?!ま、まさかアナに拷問でもするつもりじゃないだろうな?!」
「それはアナ次第だ。ほら、上官命令だぞ。さっさと行った行った。あ、しばらくこの部屋には誰も近づけるな。これも命令な。」
「おまっ?!命令命令って?!そんな奴だとは思わなかったぞ?!」
まさかこんな事になるとは想像すらしなかったのだろう。それはカズキも同じなのだがここまで来た以上引く訳にはいかない。
最後はカーヘンもカズキを信じようとしたのか命令という言葉に従っただけなのか、不満の表情を浮かべながら何度か振り返りながら退室するとアナから僅かな怯えを感じ始めた。
「・・・・・」
しかし油断も容赦もするつもりはない。彼女もまた『魔法使い』なのだ。もしルマーが使うような体が重くなる『魔法』を使われると流石に対処が面倒な事になるだろう。
そこで自分の知る知識から立ち回りを組み立てるとまずは刹那で間合いを詰めてアナの細い腰に右腕を回しながらその手に握る杖を左手で素早く奪い取る。
次いで彼女を寝具の上に放り投げてから杖は床を滑らせて部屋の一番遠い角まで遠ざけ、素早く身を翻したカズキは相手の自由を奪う形で上に乗っかった。
「これで脅威らしいものは残ってないかな。さて、色々聞きたいことはあるんだけどとりあえずガビアム王がお前達に何を依頼してるのか。それを教えてもらおうか。」
「・・・・・」
念の為警戒しながら再び左の手の平を向けると今度こそ観念したのか、アナは仰向けのまま右手を伸ばしてカズキに何かを伝えてくる。
「・・・ふむふむ。『リングストン』の侵攻と陥落、滅亡・・・お前、それマジで言ってる?」
「・・・・・!!」
「・・・ふむふむ。ガビアム王は祖先や家族の怨恨を晴らしたいと思っている。実際彼の姉は『リングストン』王に虐殺されたらしい。ふむ・・・」
一度疑ったのが悪かったのか、寝具で押し倒すような姿勢のままやり取りしているのが悪いのか、荒々しい文字を何とか感じ取ると同時にこれは速やかに報告せねばと脳裏に刻み込んだ。
「・・・・・」
「・・・ふむふむ。あとお前は絶対許さない。ルマーやカーヘンを拉致したり誘惑したり、挙句ボトヴィを見下したり宝剣を破壊したり・・・いや、半分は誤解だ。俺は何もしてない・・・ぞ?」
この辺りは反論が難しかった為言葉に詰まったがガビアム王が『リングストン』への侵攻を画策している疑念はスラヴォフィルの懸念と一致している。
「よし。今回の話はこれで終わりだ。あとこのやり取りは他言無用で頼むぜ。でないと・・・わかるよな?」
そう告げたカズキは彼女の上から飛び降りると急いで伝令の下へ向かったのだがその後カーヘンからアナに酷い凌辱をしたという虚報を告げらたらしく、鬼のような形相で襲われてしまうのだった。
『リングストン』が脅威なのは間違いない。そしてガビアム王の動機とする怨恨も間違いないのだろう。
だがそれを晴らす為に戦いを仕掛けるのはスラヴォフィルの意に反している。『トリスト』も現在無駄な戦禍を広げないよう立ち回っているのだから報告の精査次第では『ビ=ダータ』にある程度の制裁が設けられるかもしれない。
(・・・・・ま、俺には関係ないな!)
そもそも今回の反攻戦には想定外が多すぎたのだ。
まずは将軍位への就任。そして副将軍が1人増えた事、ルマーとのやり取りにガビアムが別世界の人間を頼って『リングストン』の滅亡を計っていたりその人間から明確な敵対心を向けられたりと気の休まる時間どころか考える余裕すらなかった。
故に何の邪魔も入らない移動中にどう戦おうか、軍を展開しようかと試行錯誤する楽しい時間を過ごしていたのだがこれも全てが無駄になりそうな出来事が待ち構えていた。
「カズキ様~!ご無沙汰しております~!」
布陣を予定していた場所に到着すると意外過ぎる人物から声をかけられたのでこちらも一斉に振り向けばそこには何故か大実業家のナジュナメジナがいるではないか。
「お前、こんな所で何してんだ?」
「はい。『トリスト』が反攻作戦に出た場合、必ず『ビ=ダータ』側から出兵するだろうと思いこの辺りでお待ちしておりました。」
食えない男なのは以前から重々承知していたがまさかこちらが軍を動かすのを待っていたとは。ただ時期までは特定出来なかったのか、少し衣服の汚れが目立つ事からかなりの期間ここに居座っていたらしい。
「・・・いや、それはそれで凄いな。んで、一体何の用なんだ?」
「ええ、実はカズキ様にお願いがございまして。立ち話も何ですしまずは私の宿営所にご案内いたしますよ。」
そこまでしっかり準備をしていたのか。驚きと呆れを交えつつカズキは兵士達にも設営を指示してから副将軍にカーヘンを連れて彼の後に着いていく。
そして大実業家の宿営地にしてはかなりみすぼらしい陣幕の中へ通されると早速5人が火を囲って座り、ナジュナメジナが本題に入った。
「実は今回の反攻戦なのですがカズキ様、出来れば穏便に片づける事は出来ませんか?」
「??? どういう事だ?」
相手は『リングストン』であり、兵士はすべて民兵なのであまり派手に立ち回るつもりもなかったが彼の雰囲気からはもっと内密的なものを感じたのでカズキが素直に尋ねると彼は他の3人も顔を見合わせた後、更に本題へと入る。
「実はガゼル様から『ジグラト』の復興を命じられておりまして。正直物資は何とでもなるのですが如何せん人が全く足りておりません。ですから今回『アルガハバム領』に侵攻してきたリングストン人を出来る限り捕虜として捕え、私にお譲り頂けないかと。」
またか。
全く今回の戦はどうなっているのだ。重なりすぎる想定外の出来事に項垂れる頭を右手で支えてしまう程だったがこれは自身も関与していた為事情が一番わかりやすかった。
確かにあの地は『闇の王』『ブリーラ=バンメア』が思う存分暴れた結果、全ての人が亡くなってしまい今は荒野よりも酷い状況のはずだ。
そんな土地を復興させるには絶対に人が必要なのも最近農作業に従事していたカズキにはよくわかる。わかりすぎる。しかしこんな話を独断で決めるのは流石に越権行為だろう。
(・・・これは許可を申請する案件だよな?うん、うん・・・)
「わかった。それじゃ一度本国に確認してみるよ。俺も弱兵相手に惨殺を展開するつもりはなかったからな。」
「おお!流石は若き新星の将軍殿!1か月も待ち続けた甲斐がありました!!」
だったら最初から直訴すればよかったのに、と思わなくもなかったが彼ほどの人物がそれだけ切羽詰まっていたと考えると納得も行く。後は自身の判断にも間違いはないはずだと早速伝令を飛ばすと日が暮れてすぐに帰ってきた返信には意外な文言が添えられていた。
「・・・・・」
「何々?あの話、許可が下りなかったのか?」
各々が晩飯の準備を終えて楽しく食事する中、焚火の灯りで文を読んでいたカズキはまたも頭を悩ませる。というかこのままでは20歳を迎える前に祖父みたいな髪型にならないか心配になってきた。
「いや、そうじゃないんだけど・・・許可は下りたんだ。ただ関わるなら必ず最後までやり遂げるように命じられた。」
「へ~だったらいいじゃん。」
責任を負わないカーヘンからすれば気楽に受け取れるのだろう。若干の酒も入って上機嫌な彼女が隣で美味しそうに食事をしていたがスラヴォフィル、いや、もしかするとその周囲の人物の言葉なのかもしれない。
いずれにしても最後の一文から何かしらの重責が発生する、もしくはそれを見落としているのではとまたまた思考の渦に飲み込まれていったのだ。
「お前は気楽でいいよなぁ・・・ちょっとバルナクィヴに相談してくるわ。」
酔っ払いを押しのけて立ち上がったカズキは早速陣幕を訪れたのだがこれには彼も小首をかしげて悩むだけだ。
「・・・最後まで、という事は『ジグラト』の主要都市、もしくは集落までの護送も任される、感じでしょうか?」
一応そのような結論を出してはくれたものの念の為とイヴォーヌにも相談を持ち掛けたのだが彼は既に出来上がっておりこちらは何の役にも立たなかった。
仕方なく自身の陣幕に戻ったカズキは横になって天井を見上げながら再びその文言やこれまで保留にしてきた問題の数々を思い出すと益々目が冴えてくる。
「カズキ~。どうだった?」
「お前な、俺一応将軍だぞ?勝手に入ってくるなよ・・・な、何してんだ?」
「何って、添い寝?」
悩みの壁で四方と視界を遮られ、頭と心が混乱しているというのに気持ちよさそうな表情でずかずかと上がり込んできたカーヘンが衣服を脱ぎ捨てながらこちらの横に寝転がるとさも当然のように体を寄せてくるのだから本当に何もわからなくなってきた。
「・・・襲うぞ?」
「いいよ。だってそうしないと他の人に襲われそうだし。むしろ襲ってくれなきゃ困るかも?」
ルルーよりも少し長めの赤い髪を軽く揺らして笑う彼女からは無邪気さしか感じない。だが発言の内容が気になったカズキが尋ねると改めて将軍という地位を実感してしまう。
一般的に戦で疲弊した心を休めるには大まかに二通りがあるらしい。それは酒に溺れるか女を抱くかだそうだ。
だからこそ軍隊は、兵士は集落と同時に女も襲うのだが今までは規模が小さく自身が厳しく律していた『剣撃士隊』には縁のない話だった。
そして今『剣撃士団』に女は彼女しかおらず統率と訓練を重ねた彼らも若さと強さ、そして無邪気な可愛らしさを持つカーヘンを前にいつまで我慢出来るかわからない。
故に内部で過ちが起きる前に軍団で最も身分の高いカズキの傍に、その所有物だと周知させた方が安全だと説いて来たのだ。
「・・・お前、魔物を狩ってた別世界の人間だろ?!何で人間の軍事事情に詳しいんだよ?!」
「え~?だってイヴォーヌ様がそう言ってたんだもん~?もしカズキに相手されなかったら俺が相手をしてやるって~でもあたしにだって選ぶ権利はあるよね~?」
「・・・・・」
言っている事に間違いは何一つない。唯一突っ込むところがあるとすれば先にカズキへ説明すべきだったという事だろう。その話を知っていればカーヘンを連れてくる事はなかったのに。
ここの所ずっと誰かの手の平で踊らされっぱなしな気がしてならないカズキは酒と女の匂いも相まって不満が一気に爆発する。
「・・・もういいや。深く考えるのは俺らしくない、よな!!」
「そうそう~!いけるとこまでいっちゃおう~!」
慣れない頭を使う課題が山積だったのも忘れて彼は柔らかいカーヘンの体に指を埋めて舌を這わせると本能が沸騰する。そして唇を貪り、初めての快楽を感じ始めた時に誰よりも祖父の姿が思い浮かんでしまったので一気に興が覚めた彼は思い切り彼女の体を抱きしめるとそのまま無理矢理眠りにつくのだった。
「ちょっと~いくらなんでもそれはないんじゃないか?あ、もしかしてルマーの事を考えちゃった?」
朝起きてもその悪夢が覚めることはなく、途中まで野生に任せて振舞っていた記憶が消えることはない。目の前で抱きしめていたカーヘンが白い目を向けながら不満を漏らしてくるがこちらにも大きな大きな事情があるのだ。
「ああ。色々考えちまったよ。でも・・・はぁ、男と女って難しいな。」
「深く考えすぎだって。あたしは許してるしルマーにも内緒にするよ?」
恐らく祖父にもこういう場面があったに違いない。眠りも浅かった為か未だ周囲が静かだったのも手伝うとカズキの本能は再び火がついてしまうがカーヘンはどうせ途中で止めるだろうと高を括っていた。
ところが早朝でやや肌寒い時期、更に悩みと微睡みで正常な判断力を失っていたカズキは今度こそ最後まで女の体を堪能すると彼女も驚いたような、そして嬉しそうな顔でこちらに熱い口づけをしてくるのだった。
「・・・この後戦うのか。」
若さと遺伝もあるのだろう。あれから近衛が起こしに来るまで何度も肌を重ねたカズキは体と頭に若干の気怠さを感じながら身支度を整えると朝食をとり始める。
「ね?もう今日はお休みしてずっと一緒にいない?」
「お前な・・・今日はナジュナメジナとリングストン人の扱いについて考える。それがまとまれば後は即座に行動開始だ。わかったな?」
今まで異性を強く意識しないよう気を引き締めていたのでまさかこんな場所で行為に至るとは思いもしなかったがこれも将軍への就任や『剣撃士団』といった成長の過程なのだろう。
とにかく半分寝ぼけたままカズキはご機嫌なカーヘンを連れて彼の宿営地に足を運ぶとそこでまたしても苦悩に見舞われるのだった。
「おはようございます。む?寝不足ですか?いつもより覇気を感じませんね?」
明け方近くから女を抱いていたとも言えず軽く受け流したカズキはイヴォーヌ、バルナクィヴも座らせると早速本題に入る。
「本国の許可は下りたんだ。本来の目的である領土奪還を念頭に置いて余力で投降者を捕虜にしていけばいいか?護送に必要な物資はそっちが用意してくれるんだろ?」
「それはもちろん。あと1つだけ要望を伝えさせて頂きますと出来るだけ若い人物、後は恋人がいたり家庭を築いている人物を優先して頂きたいのですが可能でしょうか?」
眠気覚ましに香りの強いお茶を流し込んでいるとナジュナメジナから割と具体的な話が持ち上がったのでより目が覚めてきた。
「んんん?また随分絞り込むな。何でそんな限定的なんだ?」
「やはり繁栄を考えれば自然とそうなります。男だけ集めた所で子孫は残せませんし長期的に考えるとしっかり永住して次世代につながる人物を求めておりますので。」
言われてみれば尤もだ。人っ子一人いないあの場所で繁栄を求めるのであれば男と女が必要になってくるのはカズキもすぐに理解する。
「わかった。出来る限り捕虜を得られるよう立ち回ろう。となれば初戦が重要か。思い切り力の差を見せつける戦いをして一気に戦意を削れば拠点奪還にも繋がりやすいはずだ。」
将軍位に就いて初任務だったのもあるのだろう。カズキの闘気は今まで以上に充実していたが1つだけ懸念点があった。
「・・・そういえば『リングストン』兵に女っていたっけ?今まで見た事ないんだけど?」
ナジュナメジナの話だと男女が必要になってくるのだが自軍はもちろん、他国の軍でも将官以外で女が混じっている場面は見たことがない。
「それはそうでしょう。どこの国でも徴兵されるのは基本男のみです。つまり『リングストン』に恋人や家族を残してきた者で解放条件に移住を迫る、これが私の考えですから。」
「む?となれば捕虜の他に現『リングストン』国内から関係者を引き抜く必要が出てきますな。ナジュナメジナ様、その点にはどう対処なさるおつもりですか?」
「そこもカズキ様率いる『剣撃士団』に頼ろうかと思っておりましたが少々無理が過ぎますでしょうか?」
バルナクィヴの指摘にはカズキもイヴォーヌと顔を見合わせる。確かに今までの話で『ジグラト』に男女が必要なのは良くわかったが反攻戦と捕虜の確保だけでなく、その伴侶や恋人家族までも引き抜いてこなければならないとなるとこれは相当な大仕事だ。
「なるほど・・・それは出来る範囲で、って事でもいいか?」
「はい。私も相当な無茶を要求しているのは深く自覚しております故、方法などは全てお任せしますし援助も惜しみません。」
それを聞いて少し安心したが同時に本国からの書面を思い出す。最後までやり遂げるよう添えられていたのはこういった全ての事態も最後まで成し遂げろという事なのだろう。
「・・・・・よし。こうなりゃ俺らしさ全開で行こう。もう一度『トリスト』に伝令だ。」
『剣撃士団』最大の弱点はほぼ全員が地上兵で構成されている点にある。つまり今回の作戦を実行するにあたって飛空部隊が欲しかったカズキは手の空いているクレイスへ協力を求めたのだ。
こちらが拠点奪還と捕虜の確保に奔走し、解放と移住の条件を飲んだものは彼らに護送を任せる。こうすれば滞りなく同時進行が可能だろうと考えて。
しかし現在彼は『アデルハイド』で国務に当たっている為、今回は副将軍であるノーヴァラットが魔術師を率いて現れると詳しい説明がされた。
「えぇぇ・・・まぁ貴方は将軍だしクレイスが信頼しているから従うけど・・・無茶苦茶ねぇ。」
「無茶は承知だよ。よし、後は詳細を詰めていくか。」
こうして人知れず一皮むけたカズキは拠点の見取り図や敵兵の数を聞きながら少しずつ策を形にしていくと決行日は翌朝、カズキ一人による特攻と降伏勧告から動き出す内容で話はまとまった。
「さて、それじゃやってやるか!」
昨夜はナジュナメジナの用意した豪華で栄養のある料理を十分摂取し、カーヘンを脇に抱えてゆっくり休息したカズキは翌朝体調万全で進軍を命じる。
『リングストン』軍は砦以外にも集落に散らばって住民を拘束したり略奪したりもしていたがそちらの対処は後だ。今はまず軍事力が集中している場所へ一直線で向かうと簡単な書状を送り付けた。
ちなみに1000もの『剣撃士団』は周囲に身を隠しながら大きく包囲して出来る限り敵兵を取り逃がさないよう布陣している。
つまり『リングストン』から見ればあまりにも高圧的な内容の降伏勧告と堂々と現れたカズキという1人の将軍だけしか認識できていなかったのだ。
すると彼らは当然質量で圧倒しようと数百の歩兵でたった1人を取り囲み、高台からは弓兵がこちらを狙って弦を絞る訳だが悪くない。ここまではとても上手くいっている。
「うんうん。元気があってよろしい。」
民兵かそれに毛が生えた程度に本気を出すつもりもなかったカズキが軽く指先をちょいちょいと動かして攻撃を誘うとまずは多少の矢が、そして次に槍兵が垂直に構えて突進してくるのでそれらを潜るように身を低くしながら移動するとその日は素手で相手をみるみる無力化していくのだった。
反撃されないだけの手傷を負わせる必要があったので人によってはかなりの重傷を負う者もいたがそこは戦いなのだから仕方ないだろう。
むしろ死者を出さずに一人で砦内を制圧していく姿にやっと危機感を覚えたのか攻撃の手が止まって散り散りに逃げていく『リングストン』兵を『剣撃士団』は捕え始めた。
「ほらほら!大人しくしなっ!」
ナジュナメジナが用意した枷や縄でそれらを縛り上げて捕虜にしていく様子はまるで追い込み漁のようだったがそれを見て楽しめたのはノーヴァラット率いる飛空部隊だけだ。
彼女達には念の為大きな取りこぼしがないよう監視と助力を要請していたがここでは必要なかったらしい。敵も何が何だかわからないまま囚われていくので恐怖より困惑の方が勝っている様子だ。
「うし!じゃあ次は尋問、詰問か?とにかく一人ずつ手分けして当たってくれ。」
砦にいる兵力だけでも5000は超えていたので選別すればある程度の移民候補は得られるだろう。その場を副将軍達に任せるとカズキは馬に乗って集落へ向かう。
こちらにたむろしている兵士達は血気盛んというよりは賊徒に近い。つまり軍紀や自律を逸して略奪、場合によっては凌辱などを楽しんでいる輩が多いのだ。
なので今度は遠慮なく刀を抜くと彼は風のように民家を走り回ってはそれらを一人残らず斬り伏せた後再び砦に戻っていった。
『リングストン』という独裁国家は情報統制もきっちり行われている為、まず最初にナジュナメジナが世界で五本の指に入る程の資産家、大実業家だという説明から行わなければいけなかったのには驚いた。
そして他国の生活についても何も知らない彼らを説得するのもかなり骨が折れたらしい。裏を返せばそれだけネヴラディンの治世が強大なのだ。
ただ『ジグラト』へ移住した際、彼らに兵役を強いない旨や嗜好品の使用が今よりも自由な事を伝えるととんとん拍子で話は進み、気が付けば怪我を負った捕虜達も含めてそのほとんどが移住に同意したらしい。
それが決まると後はノーヴァラット率いる魔術師達に仕事が引き継がれる。
彼らを担いで各々の実家まで飛ぶとそこで家族や恋人に簡単な説明をしてすぐに再び移動、そのまま南下してナジュナメジナが用意した街で新たな生活を始めてもらう。
既に民家はある程度の数が用意されており、施策に役人も置いている為後はすぐにでも仕事に従事してもらえれば良いという話だがこの辺りの根回しは流石大実業家といったところだろう。
「これは私達の方が大変かも・・・」
戦いには参加していないものの家族や恋人を回収して『ジグラト』まで送るのだから魔力の消耗や負担は彼女達の方が大きかったのかもしれない。
全員を送り届ける間は『剣撃士団』も集落へ赴いて復興作業を、カズキ達は次の拠点攻略について策を立てていると5日も時間が過ぎていた。
『ジグラト』の未来と復興を考えるとこの手間も必ず報われる時が来るはずだ。
カズキは使命感と達成感を胸に意気揚々と次の拠点に移動するが今度はやっと納得のいく苦悩に遭遇した。何故ならそこにはあのコーサが精鋭を率いて待ち構えていたからだ。
どうやらボトヴィ達によって2万もの軍が一気に壊滅させられたので『ビ=ダータ』王城近辺には最大限の警戒をしていたらしい。
防衛線を固めて待ち構えているコーサを前には流石に敵兵を殺さず、且つ捕虜や移住の話を持ち掛けるのは難しいと判断せざるを得ないだろう。
「大丈夫です。私も無理難題を聞いて頂いている自覚は十二分にございます。ここは『剣撃士団』の皆様が大いに力を振るい、拠点奪還に全力を注いで下さい。」
「そう言ってもらえると助かるな。よし、しっかり飯食って体休めたら本当の初陣だ。今から気合い入れとけよ!」
現在フォビア=ボウは『ネ=ウィン』に赴いている為『リングストン』軍にはいないはずだ。であれば毒という搦め手に邪魔される事なく正面から戦いに集中出来るだろう。
更に今回は自身が将軍位で副将軍にはイヴォーヌとバルナクィヴもおり『剣撃士団』は1000人規模となっている。
ここまでの働きも十分納得が行くものだったか満足はしていなかった。やはり人を斬り伏せてこそ、命の駆け引きがあるからこそ戦う意味があるのだとカズキは強く感じる。
「それじゃ今夜もゆっくりしよう?な?」
「・・・・・お前な。明日は万全の体制じゃないと駄目なんだよ。駄目駄目。」
そこに水を差してくるのは肌を重ねて以来随分と距離が近くなったカーヘンだ。今では人目につかない場所だとどこかしらに触れてくるがカズキはアナの件もあってか逆に慎重な態度を示すようになった。
といっても彼女に嫌悪感や疑心はなく、むしろ甘い匂いや柔肌の感触で流されそうな自分を律している状態だ。そう、この気持ちこそが祖父と同じ道を辿らないだろうと導き出した答えなのだ。
誰彼構わずというのだけは止めておこう。そう考えて眠りにつくがそうなると自身の伴侶はカーヘンになるのだろうか?
大事な戦前夜にも関わらず思考はまたしても迷子のまま朝を迎えると隣で頬を寄せて眠っていた彼女の寝顔を見て、ふと自身の将来に一抹の不安を覚えるのだった。
相手もかなり戦力が分散している為、コーサ率いる『リングストン』軍は2万ほどだったがそれでもこちらの20倍だ。
「どうしてもっていう時だけは助力するけどあまり期待しないでね。」
「ああ、わかってるよ。」
ノーヴァラット率いる飛空部隊も将軍であるクレイスが不在の為今回は極力戦いを避ける方針らしいがこちらとしては何も問題はない。
むしろやっと『剣撃士団』が全力で動けるのだと思うと体の中から闘気と歓喜が止めどなく湧き出るくらいだ。
書簡のやり取りで正午開戦の話もついている。後はどのようにぶつかり合うかだが相手の主力が弓なのだからカズキの中で取る戦術は1つしかなかった。
「俺が先陣を切る。ついでにコーサも叩っ斬るつもりだから遅れるなよ。」
彼の独壇場とも呼べる会議は将軍になっても変わらないらしい。立案というより決定事項を伝えるような物言いで2人の副将軍にそう告げるとイヴォーヌは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「となると何時ものように後詰めに注力すればいいのか?」
「いや、コーサの弓部隊はかなりの距離から射貫いて来る。何時ものっていう認識は捨てて全力でついてきてくれ。」
「・・・がっはっは!なるほどなるほど!以前も不思議な戦い方だと思っておったが『剣撃士団』は鋒矢の特化型なのだな?!」
鋒矢とは文字通り矢のような陣形を指すのだがこれは自ら剣を振るいたいという強い要望から自然とこの形に収まっていただけだ。つまり本来後方にいる指揮官が最前線にいる為形だけでみると魚鱗に近いのかもしれない。
「だな。となると文字通りどちらの『矢』が強いかの勝負って訳だ。益々楽しくなってきたぜ。」
「・・・う~ん。その言動の数々、ルマーの前ではやるなよ?」
最後はカーヘンが珍しく白い眼を向けてきたが実質の初陣を前にそんな言葉など記憶にも残らない。それから『剣撃士団』は小さな城が見える場所で隊列を組むと出撃に備えるのだった。
「う~ん。カズキも将軍か~しかも相手は精鋭の1000人。止められるかな~。」
城壁から見下ろしていたコーサは数こそ少ない『トリスト』軍に異様な雰囲気を感じていた。
「コーサ様であれば必ずや勝利を得られるでしょう。」
側近達も口々にそう話すが30を超えた自分と違いカズキはまだ15歳、伸びしろしかない世代だ。そんな彼が更なる成長と武勲を求めて攻め入ってくるとなると撃退するだけでも相当難しいと言わざるを得ない。
それにフォビア=ボウの放った毒煙を巨大な双剣で扇ぎ返した話は矢を使う者として非常に脅威だった。風を読み、距離によって矢を替える程多種多様な技術を持つコーサはどこまで戦えるのか。
「・・・いや~彼は小細工なんてしないだろ。よ~っし!皆、ここで『リングストン』の威光をしっかりと示そうか~!」
ほとんど傾斜のない平原から来るのか、城門までの道を真っ直ぐ攻めてくるのかはわからないがこの拠点を落とすには城内に侵入してしっかりと制圧する必要がある。矢を主力に戦う自分達は如何にして手前で敵を瓦解させるか、そこに勝機が賭かっているのだ。
静かに闘志を燃やしていたコーサがのんびりした口調で兵士を配備すると長年共に戦ってきた彼らも十分伝わっていたのか、きびきびと動いて弦を張ると何時でも弾ける体勢に入る。
今回こそ邪魔は入らない。正真正銘のぶつかり合いに心が興味と不安で暴れる中、開戦の銅鑼を鳴らすと『剣撃士団』の連中は思っていた以上にまっすぐ城門に向かって走ってくるので早速全軍が矢の雨を降らせるのだった。
捻りがないと言われればそれまでだが今回は制圧戦、つまり彼らを拠点から排除しなくてはならないのだからそこに向かうのは当然だった。
ただ将軍であるカズキが少しだけ後軍と距離をとって一直線に駆け上ってくると『リングストン』軍も僅かに動揺したのだろう。それを抑える為コーサは彼に向って強力な一矢を放つが全て躱されるか落とされてしまい動きを止めるに至らなかった。
(不味いな。あの動きを見せられちゃ士気に関わるぞ。)
いくら鋭い矢でも遠すぎる間合いだとどうしても失速から躱されたり受けられたりするものだ。あまり拘り過ぎるのも不味いと切り替えたコーサは標的を後方の『剣撃士団』に攻撃を集中するよう命ずる。
かかかかかかかかっ!!!!
弓矢に特化した自身の部隊が丸太のような腕で遠距離から雨のような矢を降らせるが精鋭である彼らも盾を使い、身を躱しながら将軍の背中を追うように走り続ける。
気が付けばカズキの方は城門を目視出来る距離にやってきていたので長槍兵が穂先を向けるも彼はその下を潜るように走って一気に兵士達のど真ん中まで体を押し通したのだ。
普通なら味方への誤射から矢を放つのは躊躇されるだろう。だがコーサは逆に好機と捉えて弦を弾こうとしたのだがその瞬間、眩い光が放たれるとカズキの両手には『山崩し』と『滝割れ』という巨大な大剣が握られており、それを尋常でない速度で薙ぎ払うと周囲にいた100人近くの兵士達が一瞬で肉塊と化したのだから驚くほかない。
しかしあれ程の重量を片手で一本ずつ握っているとなれば隙は生じやすい。今度こそ彼の胸元を狙って鋭い矢を放つが大きすぎる刀身に体を滑り込ませて攻撃を防がれると思わず感嘆の溜息を洩らす。
それにしてもあの大剣はどういった原理なのだろう。再び光を放つとそれらは消え、カズキはまたも兵士の固まっている場所に突っ込んでいってはそれらを顕現すると同じように二刀を振り回して瞬く間に100人単位で兵士を無力化してしまう。
だがこちらもラカンの後釜を継いだ大将軍候補なのだ。
彼の動きをじっくり観察した後、今度は変わった形の矢尻を飛ばすとそれは身を隠したカズキを追うように大きく曲がってやっと一矢報いる事に成功した。
もし相手が並の戦士ならこれで多少の戦力低下を見込めただろうが久しぶりに死線へ身を置き、数多の敵を屠っている彼には痛がっている暇が勿体ないのだ。
自身の放った矢は確かに太腿に刺さっているのを確認したが彼の動きは一切乱れる事なく同じように大剣を仕舞っては敵兵のど真ん中へ突っ込んで振り回すを繰り返す。ならばと再び曲射で対応したが猛者は同じ攻撃を二度も食らわないものだ。
完全に軌道を読まれていたのか、大剣を収束させた時に姿を見せたカズキが自身の放った矢をしっかり握っていたので更に驚くもそれ以上に集中しすぎて全容を見落としていたコーサは城壁前に『剣撃士団』しか立っていなかった事をやっと認識した。
「まず~い!城門前を死守!!急いで~!」
1人にかく乱されていたのを今更ながら気づくと慌てて命令を出すが同時にカズキの大剣が城門を叩っ斬ると精鋭である『剣撃士団』が獣のような動きで中に突入してしまう。
「イヴォーヌ!バルナクィヴ!!制圧は任せたぞ!!」
その声は城壁の上にいたコーサにも十分聞こえたがそれは些細な事だった。何故ならカズキはまるで猿のように城壁を駆け上がって来ると近くにいた弓兵を斬り伏せてその弓矢を手に取ったからだ。
「っしゃ。んじゃ堂々とけりをつけてやるぜ!!」
「全く~、君は本当にいい戦士だねぇ~!」
太腿に一矢受けているにも関わらず痛みや動きの衰えを全く感じさせない彼は早速矢を3本番えると一気に放ってきた。
コーサもそういう撃ち方はするがそれでも自身と同じ技量を持つ者は国内にいなかった為、初めて受ける攻撃に驚きながら身を翻しつつこちらも5本同時に弾き返す。するとそこまで読んでいたのか、3本は相殺され、残った2本の場所に彼の姿はなかった。
技量にも驚くが何より彼の快活な動きはこちらの心も弾ませる。撃ち終えた後はすぐに弓を弾きながら移動し放つを繰り返す立ち回りは名手と呼ばれるコーサも舌を巻くほどだ。対してこちらは腰を据えて放つ戦い方だったのでカズキから見れば棒立ちに近かったのかもしれない。
それでも互いの命中精度が高いお蔭で均衡を保てていたが最後は彼が更なる弓と矢を拾い上げるとそれを重ねて構え、こちらが放つ矢を横に飛んで躱しながらそれぞれの弦で3本ずつの矢を放ってきた時自身の判断に後悔が過った。
一度に9本の矢は一対の弓では対応が不可能だ。更にこちらはあまり足を使わず立ち回っていた為身を躱す用意ができていなかった。
それでも相殺を狙って5本の矢を刹那で撃ち返せたのは猛者たる所以だろう。
後は残りの4本を最小限の被害で抑えればまだ戦える。そう思って横に飛びながら手足で頭と胴を護る姿勢に入ったのだが猿のような、いや、狼のようなカズキはその隙を見逃さない。
更なる矢を重ねてくるとコーサの手足には6本の矢が刺さり、こちらが受け身をとる前に自らが放った矢と同じような速度で距離を詰めてきた彼は最後に蹴りを入れてきたのだ。
「しまっ?!」
気が付けば自身の体は城壁から外に飛ばされており、負傷と体勢から満足に受け身をとることなく地面に叩きつけられた事で勝敗は決したのである。
「う~~~。ま、まさか俺が弓で負けるなんて~・・・」
「はっはっは。俺は武芸百般を叩き込まれてるからな。しかしああいう戦いも中々楽しいもんだな。」
胴体や頭部の負傷こそ避けられたものの満足に動けなくなったコーサは死を覚悟していたが笑顔で見下ろしてくるカズキに止めを刺すような気配はない。
それどころかこちらに随分と老齢な人物を連れてくると治療を命じたのだから軽い感動を覚えた。
「彼はルクトゥール、俺んところの軍医だ。言っておくけど砦は陥落、残った兵士も捕虜にしたから余計な真似はするなよ?」
「・・・わかってるよ~。この戦いは俺達の負けだ。」
体だけでなく器も強さも大きく成長しているらしい。カズキは怪我も気にせず軽い足取りでその場を去っていったが大きな背中から感じた畏怖にコーサも清々しく完敗を受け入れるのだった。
それはスラヴォフィルが前から構想していた計画を最終段階に移行する事から始まる。
「カズキ、邪魔をするぞ。」
クレイスに諭されて以降、なるべくルマーの傍にいたカズキは意外な声と姿を確認すると彼女の膝枕から飛び起きて速やかに跪いた。
「こんな辺境の国に足を運ばれるなんて・・・もしかして『リングストン』と『ビ=ダータ』の件ですか?」
「うむ。今回はある条件付きで反攻作戦を決行する事にした。」
という事は遂に領土奪還の戦いが始まるのか。最近全く体を動かしていなかったので期待から胸を膨らませるが同時に背後から寂しそうな気配を感じると一瞬戸惑いを覚えてしまう。
「カズキよ。今回の戦いでは『剣撃士隊』の兵力を増強し『剣撃士団』とする。更にお前を将軍位に据えるつもりだ。良いな?」
そこに破格の昇進が告げられたのだから感情を抑えるのに必死だった。もし2人だけだったら間違いなく燃えるような闘志と歓喜をむき出しにしていたに違いない。
だが戦を、人を傷つける事に大きな抵抗を抱くルマーが離れた場所から大きな悲壮感を漂わせるのだから心は文字通り不完全燃焼だ。
そもそも何故スラヴォフィルは彼女の部屋にやってきてこの話をしたのだろう?別世界からやって来た『魔法使い』と『魔法』の報告以外にもその心境をしっかり伝えていたはずだが。
「ルマーよ、お前もこちらに来るが良い。」
更に彼女を呼びつけたのだから嫌な予感しかしなかった。まさか戦場に駆り出すつもりか?確かに『補助魔法』というものを自分や仲間に使ってくれれば戦果は上がり、犠牲を減らす方向でも大いに期待出来るだろう。
しかしルマーも戦わないと宣言していた為何故呼ばれたのか、何か無理難題を押し付けられるのかと不安そうに近づいて来るがカズキと一緒に椅子へ座るよう促される。
「さて、こうして話し合うのは初めてじゃな。ルマー、ワシはお前に聞きたかった事がある。」
「は、はい・・・何でしょう?」
震えだけでなく擦れた声を絞り出す様子にカズキは国王の御前であるにも関わらず席を立つと急いで温かいお茶を用意した。これはクレイスから教わっていた気持ちを落ち着かせるものだったが流石に即効性はない。しかし喉に流し込んだ彼女も効能というよりはカズキが気を使ってくれた事への優しさから安堵を覚えたらしい。
僅かに平静を取り戻したのを確認したカズキも謝罪を入れてから再び椅子に腰かけるが問題はここからだ。
「・・・ルマーよ。お前の世界では人間に危害を加える魔物とやらを討伐していたそうじゃな?」
「は、はい。」
「それは女子供、時期も問わずにずっと襲われていたのか?」
「い、いえ。魔物にも様々な種族がありましたから。思考能力も強さも持たない魔物等は野生動物みたいなものでしたし知性も力も強大なものを保持する魔物は徒党を組んだり策を弄じたり居城を構えたり、本当に様々です。」
「ふむふむ。それは厄介な存在じゃな。」
面白い内容に自分も戦ってみたい等と不埒な事を考えるカズキだったが同時にスラヴォフィルが何故こんな問答をしているのかよくわからなくなる。いや、『魔法』の有用性は十分理解しているのだから何とか説得して戦力に加えようと考えているのかもしれない。
でなければ彼女の前でカズキの昇進やこれから戦が始まる事などを伝える必要がない筈だ。若干スラヴォフィルらしくないなと疑問も浮かんでいたがカズキは黙って2人のやり取りを見守っていると話は意外な方向へと進んでいく。
「お前は魔物を討伐する時、彼らの生態、事情を考えた事はあるか?」
「えっ?!い、いえ!そんな!彼らは人間の敵ですから余地すらありません!」
「そうか?野生動物ですら腹をすかしていれば人間を襲ってくるのだ。ルマーの話だとより高度な知性を持ち合わせている存在なら何かしら目的があって人間を襲っていたのではないか?」
「そ、それは・・・すみません。私達は人間を、村や国を護る為だけに戦ってきたので詳しい事情は分かりません。」
確かに何かしら目的がなければ争いは起こらないだろう。最近現れた『悪魔族』が人間を食料として狩っていたように魔物達にも何か理由があった筈だがそれを今議論してどうするつもりだろう?
訳が分からないまま僅かな気まずさを浮かべるルマーを他所にスラヴォフィルは優しい笑みを浮かべると静かに告げた。
「お前の世界を知らぬワシがとやかく言及するつもりはない。しかしこの世界では人間の敵は人間なのじゃ。つまり、ワシらはワシらの大切なものを護る為に戦わねばならん。それを覚えておいて欲しい。」
雰囲気と発言内容のちぐはぐさにカズキでさえ一瞬あっけに取られたがその意味を理解したルマーは震える手でお茶を喉に流し込むと顔を青ざめたままスラヴォフィルを睨みつけている。
「それをカズキ君に強要するのですか?!人を、殺すのを!!」
流石に不敬が過ぎるので口を挟もうとしたが彼はその気配を察したのか、軽く手を向けてから再び会話を続けた。
「いいや、強要はしとらんよ。カズキは戦う事で生きてきたからな。その意味はお前よりよほど深く理解しておる。のう?」
「はい。」
と、反射的に答えてみたもののヴァッツ達と出会うまでは自分が食う為に、己の腕を磨く為に荒くれ者と立ち合い、斬り伏せてきただけだ。
今も戦いは本能任せな部分が多く、次いで祖父から教わった技術が体に叩き込まれているから自然と体が動くのであって相手の事など考えた事は無い。
「何故ですか?!何故人が人を殺すのですか?!この世界はおかしい・・・おかしいです!!」
「うむ。ワシもそう思う。」
「「えっ?!」」
感情的なルマーと同時に驚いて声を漏らすがスラヴォフィルの双眸からは慈愛と悲哀が読み取れた。そして少しだけ目を伏せると静かに立ち上がってその意味を語ってくれる。
「人間とはどこまでも欲深で傲慢でな。そして各々が自覚していても尚争いは起こってしまう。この世界の人間が最も多く手にかける生物は家畜でも虫けらでもない、同族なのじゃ。」
「・・・・・」
そう告げた彼は静かに退出すると残された2人はしばし呆けていたがお茶の効果とスラヴォフィルが居なくなった事で緊張が解けたのか、ルマーがこちらの手を取って覗き込むように顔を近づけて来た。
「・・・カズキ君はどうして戦うの?地位や名誉の為?それともお金やお酒や女の為?」
どうしてこんな状況になったのだろう。今まで全く考えた事もなかった質問に目は飛び魚のように中空を舞うばかりだ。
「・・・戦うのが俺の生き甲斐だからだ。」
「どうして?相手の人にだって家族や恋人がいるかもしれないのよ?そんな人達の命を奪って何になるの?」
二進も三進もいかなくなったカズキは友人達の素直さを思い出してそのまま言葉にしてみたのだがルマーはやや怒りの篭った眼で益々問い詰めて来ると今度はこちらの喉が渇き始める。
思えば自身も今と昔では随分変わっていた。
『トリスト』という国に所属し、部隊と使命を与えられた。そこに疑問を挟む余地は無く、ただ命じられるままに戦ってきた。
生きていく上で金は必要だし部屋や待遇も良いものに越したことは無い。だが地位や名誉に拘った事など一度もなく、以前ショウに言われた愛国心もよくわかっていない。
となればやはり戦いこそが、命を賭けて強敵を屠る事こそが全てなのだと結論付けざるを得ないし自分の中にそれ以外の答えが見つからないのだ。
なのにルマーは納得がいかないのか、気が付けばこちらに上半身を預ける程体を詰めて来ては睨みつけるようにこちらを見つめてくる。
「・・・相手に事情があるように、こっちにも事情はある。俺の部隊にだって家族や恋人を持ってる奴らが沢山いるんだ。だからそいつらが死なないように戦うのが当然・・・」
「そこよ!何故話し合いで解決しないの?!人間同士が戦ったってお互いが不幸になる事くらいわかるでしょ?!」
真っ直ぐ過ぎる正論にぐうの音も出ない。確かに全てが話し合いで解決出来れば戦う必要も犠牲を出し合う必要もない筈だ。
(・・・本当だ。何で俺戦ってるんだろ?)
スラヴォフィルも言っていた。人間とは欲深で傲慢なのだと。だがそれを理解していながらも話し合いでは済まない時があるのは何故だ?
答えは何処にある?ルマーの様子がおかしな事になっていたのさえ気が付かずカズキは直近の出来事を思い返しては必死に頭を働かせるとある光明に辿り着いた。
「いや、違うな。違うよルマー。」
「な、何が違うの?」
「人間は戦う以外の方法も沢山持っている。でも欲深で傲慢、そして無駄に知性があるからこそ純粋な力を示さなきゃならない時があるんだよ。」
「???だ、だから話し合って・・・」
「例えばその話し合いの場で毒を盛られたり不意を突かれたらどうするつもりだ?」
「えっ?!そ、そんな卑怯な事をする人が・・・」
「いくらでもいるよ。人間は狡猾だからな。金や権力の概念がある分魔物より話し合いが難しい時がある、気がする。」
「・・・魔物と人間じゃ全然違うわよ。」
「いいや、一緒だ。生き物が外敵から身を護る為に戦う。それはごく自然だし俺達の世界ではそれがたまたま人間だっただけさ。だからスラヴォフィル様が国王として、沢山の国民を護る為に戦いを命じられたのなら俺は剣となりその使命を全うするまでだ。」
やっと己の中で戦う意義に辿り着いたが本音としてはこの答えが正しいのかどうか全く自信はなかった。
ただルマーの方は頬を大きく膨らませて涙目でじっと睨みつけた後、こちらの胸に顔を埋めて暫くの間ずっと首を振っていたので困惑しつつもカズキは今一度、国として戦う意味をよく考え直すのだった。
気分を落ち着かせる為に作った紅茶だがあれに蜂蜜酒を入れたのがいけなかったらしい。
話が終わった後も子供のように駄々をこね始めたのでカズキは仕方なくルマーを担いで寝具に放り投げると逃げるように部屋を後にした。それから聞き耳を立てていたのか、近くにいたカーヘンから彼女はお酒に弱いと教えて貰って納得する。
(俺もいよいよ将軍か・・・・・)
未だに実感が湧かないのと先程の件に思う所はあったが今は国家に所属する将官として切り替えなければならない。物量に物を言わせて8割近くの領土を占領した『リングストン』軍をどうやって追い返すのか。
早速反攻戦を考えながら『ボラムス』の会議室に向かうとそこにはスラヴォフィル、ガゼル、ファイケルヴィ、ワミール、チュチュ、バルナクィヴと何故かイヴォーヌも席に着いていた。
「お待たせしました。」
そして一緒に歩いていたカーヘンも中に入るとカズキは事情が呑み込めないまま上座に近い席へ座らされる。
「さて、今回の反攻作戦じゃがカズキを総大将に任命する。軍も『剣撃士団』として1000人規模へ、独自に判断、行動の権限も付与するのでお前の好きなように動くがいい。」
「はい。」
「後は副将軍としてイヴォーヌを編成してある。こやつはやや短絡的な部分もあるが戦力としては申し分ないだろう。そしてカーヘン、彼女もお前の部下だ。」
それでこの場に参加しているのか。やっと少しずつ状況が飲み込めて来たが劇的な変化に期待と不安でやや混乱しているとスラヴォフィルから質疑応答の時間が設けられたのでカズキは言葉を選びながら慎重に疑問を潰していく。
「えっと、じゃあカーヘンから。お前は人間との戦いは大丈夫なのか?ルマーみたいに忌避感とか抱かないのか?」
「まぁ多少思う所はあるけどあいつ程繊細じゃないさ。それにあたし達はガビアム王に良くしてもらった恩義もある。それを返さなきゃいけないとは考えてたんだよ。」
なるほど。それなら彼女は戦力として十分期待してもいいだろう。
「わかった。次にイヴォーヌ様が副将軍という事はバルナクィヴは降格ですか?」
「心配するな、将軍には2人の副将軍が就く事になっているのでバルナクィヴの地位も昇格でお前の補佐につく。あとわしは配下だから敬称はいらんぞ?」
彼の実力は以前の『リングストン』軍防衛時にこの眼で見ていた為こちらも心配はない。となれば残る疑問は1つだけだ。
「スラヴォフィル様、独自の判断、行動の権限とはどの程度のものなのでしょう?」
これが全く分からなかった。今までは命令通りに邁進し、望まれた戦果かそれ以上を挙げる事だけを考えていたのだが独自の判断や行動とは一体何を指すのだろう?
「ふむ。端的に言ってしまえば時と場合によっては命令以外の動きも許容する、という事じゃ。」
「えっ?!?!」
スラヴォフィルはさらりと答えてくれたが理解が追い付かない為思わず大きな声を漏らしてしまう。聞き間違いではない、彼は確かに命令以外の動きと告げて来た。
軍隊とは上下関係が絶対なのだ。命令系統に例外が生じれば軍紀と統率は大きく乱れ、兵士がただの賊徒になる話など歴史を少し紐解けば星の数より掘り当てられるのに何故だ?
最大限の敬意を払ってきた国王の発言には必ず意味があるのだけは間違いない。だがその真意を全く掴めないカズキは己の未熟さに焦りを感じているとワミールがスラヴォフィルに視線を向けてから答えの片鱗を告げてくれる。
「カズキよ。将軍として1000人を率いるというのはただ1000人を戦わせるだけではない。1000人の命を預かるという意味もあるのだ。」
それは何となく理解出来る。以前20人以上を失った戦いでは酷く気落ちした後方々に相談しては何とか自分なりに立ち直っていったのも鮮明に記憶されているから。
だがそれとスラヴォフィルの言う権限がどう考えても結びつかない。100人だろうと1000人だろうと軍隊である以上命令が下れば必ず成し遂げる。それこそが武人のあるべき姿なのではないのか?
ルマーとのやり取り以上に焦りを感じたカズキはわかったような素振りをする訳にもいかず、まるで数年前のクレイスのように自信の無い様子で冷や汗を流すがこれ以降彼に助言が与えられる事はなかった。
それからすぐに『アルガハバム領』奪還を命じられるとカズキはバルナクィヴ、イヴォーヌ、カーヘンを連れて自身の部隊が控える場所まで移動し始める。
「なぁバルナクィヴ、イヴォーヌ、スラヴォフィル様が仰った意味を分かりやすく説明してくれねぇか?」
出来れば出立前に、最悪『リングストン』軍と衝突する前までには何とか理解と納得を得たかったカズキは藁にも縋る思いで尋ねると2人は顔を見合わせた後イヴォーヌが口を開いた。
「それは国王の意思に背くから却下だ。な~に、お前なら必ず答えに辿り着くだろう!」
「いやいや!俺は考えるのが得意じゃないんだから!下手を打つ前に教えてくれよ、な?もうちょっとこう鍵っていうかさ。一部分だけでもいいから。」
似たような性格というか同じ野生味を感じる彼ですら知っているというのに将軍となる自分が分からないのは不安とむず痒さで気が滅入って仕方がない。バルナクィヴにも顔を向けるが箝口令を敷かれているのか、珍しく顔を背けたのだからいよいよ精神は混乱状態へと陥って来た。
「へぇ~?やっと年相応の反応を見せてくれたな?」
「・・・お前なぁ・・・こっちはそれなりの重圧と重責を担ってるんだぞ?」
最後はカーヘンの悪戯っぽい絡みに本気で困惑しながら返すと3人はきょとんとした表情を浮かべてから各々が楽しそうに笑い声を上げるのだった。
ルマーとやり取りすればまた何か答えが得られるかもしれない。
カズキは自分でも驚く程都合の良い思考で再び部屋を訪れるが彼女は完全にへそを曲げていて一切口を聞いてくれなかったので諦めて退出する。
それから1000人という数を前に多少の驚愕と感動を覚えると手短に出陣命令を出してまずは『ビ=ダータ』へ向かって進軍を開始した。
「カズキ、あまり考えすぎるな。」
「だったら教えてくれ・・・じゃないな。自分で答えを見つけなきゃなんねぇんだろ?考えるなってのが無理だよ。」
バルナクィヴも心配してくれているのだろう。1回だけそう告げてくれたがこちらも喉に引っかかった小骨を何とかしたくて仕方がないのだ。
「そうそう。あんたが将軍なんだろ?だったら兵士達の士気に関わる様な姿を見せちゃ駄目だと思うな~?」
「・・・ルマーの手前、優しくしてたが決めた。後で俺の本気を見せてやるよ。」
カーヘンは立ち合い稽古で散々負けた腹いせもあるのだろう。こちらが苦悩しているのをとてもとても楽しそうにからかってくるのでカズキが闘志を向けると慌ててイヴォーヌの影に隠れる。
「しかしお前はもっと豪気な性格だと思っていたが案外繊細なんだな。」
「せ、繊細?!この俺が?!」
終いにはイヴォーヌが不思議そうに呟いて来たので以降はなるべく表に出さないよう心に決めて進軍を続けると一行は数日で最終防衛線に到着した。
「お待ちしておりましたぞ。カズキ様。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
まずはガビアム自らが歓待してくれるとカズキも礼節を弁えてしっかり跪く。今回は彼の動向も探るよう厳命されているのでここは卒なく対応しなければならない。
後は補給と兵士達の休息中にルマーの仲間達にも接触できないか考えていたがこれはカーヘンを連れているお蔭で難なく繋げられそうだ。
「お久しぶりですガビアム様。突然姿をくらませてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
「いやいや、カーヘン殿もお元気そうでよかった。しかしルマー殿のお姿が見受けられないが・・・詳しく聞かせて貰えるだろうか?」
それから彼の部屋に案内されたカズキ達は彼女の仲間である細身だがしっかりとした体格と整った黒髪を持つボトヴィと『モクトウ』でいうおかっぱと呼ばれる髪型をした小柄な少女アスとも対面を果たすと早速カーヘンが簡単に事情を説明する。
「そうか・・・いや、これは私の大きすぎる失態だな。強さだけに惹かれて彼女の環境や気持ちを汲み取れなかった。申し訳ない。」
「あいつ・・・そこまで思い詰めてたなら言ってくれりゃよかったのに。」
「・・・・・」
話を聞き終えたガビアムは顔を背けて悲痛な表情を浮かべ、ボトヴィという青年が割と軽い調子でぼやく感じだったがアナという少女だけは無言のまま表情も一切変化しなかったのをしっかりと記憶に刻み込む。
「そういう訳で今回あたしがルマーの分も戦います。それで今までの恩義に報いるつもりです。」
「おお!カーヘン殿にそう言って頂けると心強い!カズキ様共々、ご活躍を期待しておりますぞ!」
「んじゃ俺達は3人で戦うのか。ちょっと不安だけどまぁ何とかなるだろ。」
「何勝手に話を進めてるんだ?カーヘンは俺の配下だ。お前達2人は『ビ=ダータ』で留守番でもしてるんだな。」
違和感を覚えたカズキがつい素で返すと場の空気が妙なものへと変質してしまったが折れるつもりはない。
ただイヴォーヌは腕を組み堂々と頷いているのとは対照にバルナクィヴが顔色を変えて双方の様子を窺っているのには若干の申し訳なさが心を過った。
「おいおい、勝手に恩人の下を離れただけじゃなくて別の人間と手を組んで戦うってのか?カーヘン、お前何か弱みでも握られてるのか?」
「いいや、ただカズキにも恩があるんだよ。それに誰と一緒に戦おうがやる事は同じなんだ。だからボトヴィとアナも『剣撃士団』に来る感じでいいんじゃないか?な?カズキ?」
そのせいでカーヘンの軽すぎる提案をすぐに断れなかったのも反省すべきだろう。自分達は『トリスト』でも精鋭中の精鋭部隊、いや、今では一軍であり大事な任務の遂行中に余計な心配事を招き入れたくなかったのだが話は勝手に進んでしまう。
「ふ~ん。じゃあ一度手合わせ願おうかな。カズキだっけ?君の強さ次第では『剣撃士団』に入ってやるよ。」
「・・・じゃあ訓練場に行こうか。」
出来ればこれ以上関わりたくなかったが仕方ない。カズキは素っ気なく答えるが途中に2人が戦った所で何の解決にもならない事に気が付くとまたもや余計な思考と後悔に心身が縛られていくのを感じるのだった。
元よりこの立ち合い稽古には不利益しか生じない。何故ならボトヴィがカズキの力量を知る目的の他に勝敗次第では彼を引き取らなければいけなくなる可能性があるからだ。
なので彼の方から遠ざかってもらうには負ける必要が出てくるのだが戦闘に強い拘りを持つカズキには考えただけでも自身に激しい嫌悪感が走ってしまう。
かといって勝つと受け入れの話が進むかもしれない。であれば辛勝くらいは演じるか?そうすれば何となく誇りだけは高そうなボトヴィは辞退してくれるだろう。
自分が力量で劣っているとは微塵も考えないカズキは互いに向き合うギリギリまでずっと悩んでいたが彼が妙な形をした長剣を抜いて構えるとこちらも体が無意識に刀を抜いていた。
「おい?!言っておくけどカズキは相当強いからな!!血が上って本気で殺し合うような真似はするなよ?!」
「へぇ。益々楽しみだ。それじゃ始めようか!」
心の整理が出来ていない中、カーヘンが余計な事を口走ると始まってしまった立ち合い稽古にカズキは続けて無意識に体を動かすが思っていた以上に相手の力が弱くて更に驚く。
恐らく魔物を相手にしていた弊害だろう。一挙手一投足に随分粗が目立つ為負ける要素はないと判断した彼は相手の剣閃をすいすいと躱す。
「やるじゃん!アナッ!!」
そうなると落とし所について判断しなくてはならないのだがボトヴィが名を呼ぶと彼女の杖から妙な光が放たれて彼の持つ長剣に直撃する。すると目に見えて剣閃が早くなったのとその光によって妙な力を感じたカズキは少し広めに攻撃を躱し始めた。
「おいっ?!これ稽古だぞ?!『付加魔法』はやりぎだろっ?!」
「何言ってんだよ?!カズキも何か『補助魔法』を使ってるんだろ?!でなきゃこんなに素早く動けねぇよ!!」
なるほど。どうやら彼は思っていた以上に薄い男らしい。一瞬長剣を光らせた姿にクレイスを重ねたがそれはあいつに失礼が過ぎるというものだ。
ぱきぃぃ・・・んん・・・!!
見極めを終えたカズキは刀を一閃すると余計な思考と共にボトヴィの長剣を真っ二つに叩っ斬る事で勝敗が決する。そうだ、相手に試されるという発言を聞いた時からどうにも腑に落ちなかったのだ。
「俺は俺のままだよ。んでお前は不合格だ。『剣撃士団』に入りたきゃ心技体全てを鍛え直すんだな。」
こんな奴に『剣撃士団』を吟味される筋合いはない。
最後には相手がルマー達の仲間だというのも忘れて少し不機嫌そうに言い放つとイヴォーヌは満面の笑みを浮かべて何度も頷き、バルナクィヴは苦笑いを、そしてカーヘンも思いの外喜んでこちらに抱き着いて来るのだった。
「いやはや、カズキ様の御活躍は前々からお聞きしていましたがまさかこれ程お強いとは。」
とりあえずこれで厄介な人物を抱え込む心配は無いだろう。負けた後も「ルマーの『補助魔法』があればなぁ・・・」とぼやくボトヴィなどを加入させるつもりのないカズキは以降、視線も興味も向ける事は無かった。
むしろ今度はアナから瞬き一つせずにずーーっと視線を向けられて来たので別の気苦労が生じてしまう。
彼女は初対面時から一切声を聞いていないし先程の立ち合い稽古でも『付加魔法』とかいうのを使っていた所から『魔法使い』で間違いないのだろうがこちらはまだその詳細についていまいちよくわかっていないのだ。
一応ルマーと最も時間を共有していたので多少話を聞いてはいたものの戦いの事は心傷に障るかと遠慮していたのが今は裏目に出てしまっている。
「いいえ、私などまだまだです。では我々は明朝反攻戦に向かいますので失礼します。」
とにかくこれ以上問題が発生しないよう早々に立ち去る事を選ぶが既に機を逸していたらしい。カーヘンや副将軍を連れて彼の部屋から退室しようとすると彼女も静かについてきた。
「あれ?アナ、何か用か?」
「・・・・・」
やはり恨みを買ってしまったか。最初はそう考えていたカズキだが2人のやり取りを見てすぐに違和感と事情を飲み込んだ。
彼女は喋らないのではない。喋れないのだ。カーヘンが手の平を向けるとアナが細い人差し指ですらすらと文字を重ねて綴って行き、それが終わると頷いてこちらに声を掛けて来た。
「カズキ、アナがお前に興味あるから話せないか、だって。あたしも一緒に付き合うからさ。少しだけ、な?」
あの視線にはそういう意味があったのか。僅かに安堵したカズキだったがそれでもボトヴィをきつく拒絶したのだから仲間である彼女から良い印象を持たれているとは思えない。
「・・・少しだけだぞ?」
ならばこちらも最大限に利用しよう。まずは全容が掴めない『魔法』とやらの仕組みを洗いざらい聞き出せないかと考えたのだがイヴォーヌとバルナクィヴにはカズキの思惑が伝わらなかったらしく、気を利かせたかのような様子でその場を後にするのだった。
2人を連れて用意された部屋に戻ってきたもののカーヘンを前に喋ることのできないアナに詰問するのは流石に気が引ける。
「えーっと、とりあえず先にお前の興味ってやつを教えてくれよ。全部答えてやるから。で、その後は俺の質問に答えてくれ。でいいよな?」
なので懐柔の意味も含めてそう提案すると彼女もこくりと首を小さく縦に振ったのでカズキは先程見た光景を真似するように手の平を差し出す。あとは小さな人差し指で綴ってくれる内容に答えるだけだ。
と、かなり気を許していたのは油断以外の何物でもない。これにはカーヘンの存在もあった為仕方なかったが彼もスラヴォフィルに認められた男なのだ。
ぴしんっ
不意にその手に短剣が突き立てられそうになったのを人差し指と中指でしっかり摘まんだカズキはアナを軽く睨みつける。彼女の動きがまだ未熟だった為間に合ったがそれをおくびにも出さず心拍数と驚愕を沈めていると真っ先にカーヘンが激昂した。
「アナ?!何してんだよ?!カズキはルマーを助けてくれた恩人だぞ?!」
「・・・・・」
勢いよく席を立って詰め寄るがアナの方もカズキを睨み返しながらカーヘンの手首を無理矢理つかんで人差し指をすらすらと動かす。
「・・・え?!ボトヴィの大切な宝剣を叩き割った奴を生かしておけない?!いや、確かにあれは相当な業物だったけどさ・・・そもそもお前が『付加魔法』なんて使うからカズキも本気を出さざるを得なかったんだと思うよ?な?」
「ふざけるな。俺が本気を出さなかったから剣一本で済ませてやったんだよ。」
既に隠す必要はないと判断したのだろう。アナが明確な怒気と殺気を放ってきたのでカズキも堂々と宣言するとそれはより一層強くなる。
(危ねぇ危ねぇ。ルマーの仲間だと思ってつい油断しちまったぜ。)
これで話し合いの線は完全に無くなった訳だが同時にわずかな安堵と妙案が閃いたのは友人の影響だろうか。摘まんでいた短剣を彼女の腰巻を掠めるように投げると結び目が裂けて白く細い太腿があらわになった。
「お、おいおい?!アナに手を出すってんならあたしが許さないよ?!」
「お前はどっちの味方だよ・・・あ、でもボトヴィの仲間でもあるのか。んじゃそのまま通訳兼仲介役として受け答えに協力しろ。これ上官命令。」
喋れなくとも声は出るらしい。僅かな唸り声をあげながら下腹部を両手で隠したアナが崩れるように椅子へ腰を下ろすとカズキはショウのような含みのある笑みを浮かべて早速詰問を始める。
「これはカーヘンやルマーも含むんだが、お前達はガビアム王からどういった条件で雇われてるんだ?」
「へ?あたし達は別に雇われてる訳じゃないぞ?ただ右も左もわからない世界に迷い込んだ所を助けてもらった。何不自由なく生活させてもらったから恩義に報いたいだけで・・・」
「それはルマーからも聞いたよ。だが『ビ=ダータ』に残ってた2人はどうなんだ?この国で、ガビアム王の傍にいて何か話を持ち掛けられていないのか?」
本来ならもう少し水面下で調べたかったが目に見えて敵対行動を取られた以上こそこそする必要はない。そういう判断からの行動だったがアナはカーヘンの手の平に何かを綴る様子は見せずにこちらを睨みつけてくるだけだ。
「う~ん。じゃあ仕方ないな。カーヘン、少し席を外してもらえるか?」
「はぁ?!お前、こんな状況で2人きりに出来る訳ないだろ?!ま、まさかアナに拷問でもするつもりじゃないだろうな?!」
「それはアナ次第だ。ほら、上官命令だぞ。さっさと行った行った。あ、しばらくこの部屋には誰も近づけるな。これも命令な。」
「おまっ?!命令命令って?!そんな奴だとは思わなかったぞ?!」
まさかこんな事になるとは想像すらしなかったのだろう。それはカズキも同じなのだがここまで来た以上引く訳にはいかない。
最後はカーヘンもカズキを信じようとしたのか命令という言葉に従っただけなのか、不満の表情を浮かべながら何度か振り返りながら退室するとアナから僅かな怯えを感じ始めた。
「・・・・・」
しかし油断も容赦もするつもりはない。彼女もまた『魔法使い』なのだ。もしルマーが使うような体が重くなる『魔法』を使われると流石に対処が面倒な事になるだろう。
そこで自分の知る知識から立ち回りを組み立てるとまずは刹那で間合いを詰めてアナの細い腰に右腕を回しながらその手に握る杖を左手で素早く奪い取る。
次いで彼女を寝具の上に放り投げてから杖は床を滑らせて部屋の一番遠い角まで遠ざけ、素早く身を翻したカズキは相手の自由を奪う形で上に乗っかった。
「これで脅威らしいものは残ってないかな。さて、色々聞きたいことはあるんだけどとりあえずガビアム王がお前達に何を依頼してるのか。それを教えてもらおうか。」
「・・・・・」
念の為警戒しながら再び左の手の平を向けると今度こそ観念したのか、アナは仰向けのまま右手を伸ばしてカズキに何かを伝えてくる。
「・・・ふむふむ。『リングストン』の侵攻と陥落、滅亡・・・お前、それマジで言ってる?」
「・・・・・!!」
「・・・ふむふむ。ガビアム王は祖先や家族の怨恨を晴らしたいと思っている。実際彼の姉は『リングストン』王に虐殺されたらしい。ふむ・・・」
一度疑ったのが悪かったのか、寝具で押し倒すような姿勢のままやり取りしているのが悪いのか、荒々しい文字を何とか感じ取ると同時にこれは速やかに報告せねばと脳裏に刻み込んだ。
「・・・・・」
「・・・ふむふむ。あとお前は絶対許さない。ルマーやカーヘンを拉致したり誘惑したり、挙句ボトヴィを見下したり宝剣を破壊したり・・・いや、半分は誤解だ。俺は何もしてない・・・ぞ?」
この辺りは反論が難しかった為言葉に詰まったがガビアム王が『リングストン』への侵攻を画策している疑念はスラヴォフィルの懸念と一致している。
「よし。今回の話はこれで終わりだ。あとこのやり取りは他言無用で頼むぜ。でないと・・・わかるよな?」
そう告げたカズキは彼女の上から飛び降りると急いで伝令の下へ向かったのだがその後カーヘンからアナに酷い凌辱をしたという虚報を告げらたらしく、鬼のような形相で襲われてしまうのだった。
『リングストン』が脅威なのは間違いない。そしてガビアム王の動機とする怨恨も間違いないのだろう。
だがそれを晴らす為に戦いを仕掛けるのはスラヴォフィルの意に反している。『トリスト』も現在無駄な戦禍を広げないよう立ち回っているのだから報告の精査次第では『ビ=ダータ』にある程度の制裁が設けられるかもしれない。
(・・・・・ま、俺には関係ないな!)
そもそも今回の反攻戦には想定外が多すぎたのだ。
まずは将軍位への就任。そして副将軍が1人増えた事、ルマーとのやり取りにガビアムが別世界の人間を頼って『リングストン』の滅亡を計っていたりその人間から明確な敵対心を向けられたりと気の休まる時間どころか考える余裕すらなかった。
故に何の邪魔も入らない移動中にどう戦おうか、軍を展開しようかと試行錯誤する楽しい時間を過ごしていたのだがこれも全てが無駄になりそうな出来事が待ち構えていた。
「カズキ様~!ご無沙汰しております~!」
布陣を予定していた場所に到着すると意外過ぎる人物から声をかけられたのでこちらも一斉に振り向けばそこには何故か大実業家のナジュナメジナがいるではないか。
「お前、こんな所で何してんだ?」
「はい。『トリスト』が反攻作戦に出た場合、必ず『ビ=ダータ』側から出兵するだろうと思いこの辺りでお待ちしておりました。」
食えない男なのは以前から重々承知していたがまさかこちらが軍を動かすのを待っていたとは。ただ時期までは特定出来なかったのか、少し衣服の汚れが目立つ事からかなりの期間ここに居座っていたらしい。
「・・・いや、それはそれで凄いな。んで、一体何の用なんだ?」
「ええ、実はカズキ様にお願いがございまして。立ち話も何ですしまずは私の宿営所にご案内いたしますよ。」
そこまでしっかり準備をしていたのか。驚きと呆れを交えつつカズキは兵士達にも設営を指示してから副将軍にカーヘンを連れて彼の後に着いていく。
そして大実業家の宿営地にしてはかなりみすぼらしい陣幕の中へ通されると早速5人が火を囲って座り、ナジュナメジナが本題に入った。
「実は今回の反攻戦なのですがカズキ様、出来れば穏便に片づける事は出来ませんか?」
「??? どういう事だ?」
相手は『リングストン』であり、兵士はすべて民兵なのであまり派手に立ち回るつもりもなかったが彼の雰囲気からはもっと内密的なものを感じたのでカズキが素直に尋ねると彼は他の3人も顔を見合わせた後、更に本題へと入る。
「実はガゼル様から『ジグラト』の復興を命じられておりまして。正直物資は何とでもなるのですが如何せん人が全く足りておりません。ですから今回『アルガハバム領』に侵攻してきたリングストン人を出来る限り捕虜として捕え、私にお譲り頂けないかと。」
またか。
全く今回の戦はどうなっているのだ。重なりすぎる想定外の出来事に項垂れる頭を右手で支えてしまう程だったがこれは自身も関与していた為事情が一番わかりやすかった。
確かにあの地は『闇の王』『ブリーラ=バンメア』が思う存分暴れた結果、全ての人が亡くなってしまい今は荒野よりも酷い状況のはずだ。
そんな土地を復興させるには絶対に人が必要なのも最近農作業に従事していたカズキにはよくわかる。わかりすぎる。しかしこんな話を独断で決めるのは流石に越権行為だろう。
(・・・これは許可を申請する案件だよな?うん、うん・・・)
「わかった。それじゃ一度本国に確認してみるよ。俺も弱兵相手に惨殺を展開するつもりはなかったからな。」
「おお!流石は若き新星の将軍殿!1か月も待ち続けた甲斐がありました!!」
だったら最初から直訴すればよかったのに、と思わなくもなかったが彼ほどの人物がそれだけ切羽詰まっていたと考えると納得も行く。後は自身の判断にも間違いはないはずだと早速伝令を飛ばすと日が暮れてすぐに帰ってきた返信には意外な文言が添えられていた。
「・・・・・」
「何々?あの話、許可が下りなかったのか?」
各々が晩飯の準備を終えて楽しく食事する中、焚火の灯りで文を読んでいたカズキはまたも頭を悩ませる。というかこのままでは20歳を迎える前に祖父みたいな髪型にならないか心配になってきた。
「いや、そうじゃないんだけど・・・許可は下りたんだ。ただ関わるなら必ず最後までやり遂げるように命じられた。」
「へ~だったらいいじゃん。」
責任を負わないカーヘンからすれば気楽に受け取れるのだろう。若干の酒も入って上機嫌な彼女が隣で美味しそうに食事をしていたがスラヴォフィル、いや、もしかするとその周囲の人物の言葉なのかもしれない。
いずれにしても最後の一文から何かしらの重責が発生する、もしくはそれを見落としているのではとまたまた思考の渦に飲み込まれていったのだ。
「お前は気楽でいいよなぁ・・・ちょっとバルナクィヴに相談してくるわ。」
酔っ払いを押しのけて立ち上がったカズキは早速陣幕を訪れたのだがこれには彼も小首をかしげて悩むだけだ。
「・・・最後まで、という事は『ジグラト』の主要都市、もしくは集落までの護送も任される、感じでしょうか?」
一応そのような結論を出してはくれたものの念の為とイヴォーヌにも相談を持ち掛けたのだが彼は既に出来上がっておりこちらは何の役にも立たなかった。
仕方なく自身の陣幕に戻ったカズキは横になって天井を見上げながら再びその文言やこれまで保留にしてきた問題の数々を思い出すと益々目が冴えてくる。
「カズキ~。どうだった?」
「お前な、俺一応将軍だぞ?勝手に入ってくるなよ・・・な、何してんだ?」
「何って、添い寝?」
悩みの壁で四方と視界を遮られ、頭と心が混乱しているというのに気持ちよさそうな表情でずかずかと上がり込んできたカーヘンが衣服を脱ぎ捨てながらこちらの横に寝転がるとさも当然のように体を寄せてくるのだから本当に何もわからなくなってきた。
「・・・襲うぞ?」
「いいよ。だってそうしないと他の人に襲われそうだし。むしろ襲ってくれなきゃ困るかも?」
ルルーよりも少し長めの赤い髪を軽く揺らして笑う彼女からは無邪気さしか感じない。だが発言の内容が気になったカズキが尋ねると改めて将軍という地位を実感してしまう。
一般的に戦で疲弊した心を休めるには大まかに二通りがあるらしい。それは酒に溺れるか女を抱くかだそうだ。
だからこそ軍隊は、兵士は集落と同時に女も襲うのだが今までは規模が小さく自身が厳しく律していた『剣撃士隊』には縁のない話だった。
そして今『剣撃士団』に女は彼女しかおらず統率と訓練を重ねた彼らも若さと強さ、そして無邪気な可愛らしさを持つカーヘンを前にいつまで我慢出来るかわからない。
故に内部で過ちが起きる前に軍団で最も身分の高いカズキの傍に、その所有物だと周知させた方が安全だと説いて来たのだ。
「・・・お前、魔物を狩ってた別世界の人間だろ?!何で人間の軍事事情に詳しいんだよ?!」
「え~?だってイヴォーヌ様がそう言ってたんだもん~?もしカズキに相手されなかったら俺が相手をしてやるって~でもあたしにだって選ぶ権利はあるよね~?」
「・・・・・」
言っている事に間違いは何一つない。唯一突っ込むところがあるとすれば先にカズキへ説明すべきだったという事だろう。その話を知っていればカーヘンを連れてくる事はなかったのに。
ここの所ずっと誰かの手の平で踊らされっぱなしな気がしてならないカズキは酒と女の匂いも相まって不満が一気に爆発する。
「・・・もういいや。深く考えるのは俺らしくない、よな!!」
「そうそう~!いけるとこまでいっちゃおう~!」
慣れない頭を使う課題が山積だったのも忘れて彼は柔らかいカーヘンの体に指を埋めて舌を這わせると本能が沸騰する。そして唇を貪り、初めての快楽を感じ始めた時に誰よりも祖父の姿が思い浮かんでしまったので一気に興が覚めた彼は思い切り彼女の体を抱きしめるとそのまま無理矢理眠りにつくのだった。
「ちょっと~いくらなんでもそれはないんじゃないか?あ、もしかしてルマーの事を考えちゃった?」
朝起きてもその悪夢が覚めることはなく、途中まで野生に任せて振舞っていた記憶が消えることはない。目の前で抱きしめていたカーヘンが白い目を向けながら不満を漏らしてくるがこちらにも大きな大きな事情があるのだ。
「ああ。色々考えちまったよ。でも・・・はぁ、男と女って難しいな。」
「深く考えすぎだって。あたしは許してるしルマーにも内緒にするよ?」
恐らく祖父にもこういう場面があったに違いない。眠りも浅かった為か未だ周囲が静かだったのも手伝うとカズキの本能は再び火がついてしまうがカーヘンはどうせ途中で止めるだろうと高を括っていた。
ところが早朝でやや肌寒い時期、更に悩みと微睡みで正常な判断力を失っていたカズキは今度こそ最後まで女の体を堪能すると彼女も驚いたような、そして嬉しそうな顔でこちらに熱い口づけをしてくるのだった。
「・・・この後戦うのか。」
若さと遺伝もあるのだろう。あれから近衛が起こしに来るまで何度も肌を重ねたカズキは体と頭に若干の気怠さを感じながら身支度を整えると朝食をとり始める。
「ね?もう今日はお休みしてずっと一緒にいない?」
「お前な・・・今日はナジュナメジナとリングストン人の扱いについて考える。それがまとまれば後は即座に行動開始だ。わかったな?」
今まで異性を強く意識しないよう気を引き締めていたのでまさかこんな場所で行為に至るとは思いもしなかったがこれも将軍への就任や『剣撃士団』といった成長の過程なのだろう。
とにかく半分寝ぼけたままカズキはご機嫌なカーヘンを連れて彼の宿営地に足を運ぶとそこでまたしても苦悩に見舞われるのだった。
「おはようございます。む?寝不足ですか?いつもより覇気を感じませんね?」
明け方近くから女を抱いていたとも言えず軽く受け流したカズキはイヴォーヌ、バルナクィヴも座らせると早速本題に入る。
「本国の許可は下りたんだ。本来の目的である領土奪還を念頭に置いて余力で投降者を捕虜にしていけばいいか?護送に必要な物資はそっちが用意してくれるんだろ?」
「それはもちろん。あと1つだけ要望を伝えさせて頂きますと出来るだけ若い人物、後は恋人がいたり家庭を築いている人物を優先して頂きたいのですが可能でしょうか?」
眠気覚ましに香りの強いお茶を流し込んでいるとナジュナメジナから割と具体的な話が持ち上がったのでより目が覚めてきた。
「んんん?また随分絞り込むな。何でそんな限定的なんだ?」
「やはり繁栄を考えれば自然とそうなります。男だけ集めた所で子孫は残せませんし長期的に考えるとしっかり永住して次世代につながる人物を求めておりますので。」
言われてみれば尤もだ。人っ子一人いないあの場所で繁栄を求めるのであれば男と女が必要になってくるのはカズキもすぐに理解する。
「わかった。出来る限り捕虜を得られるよう立ち回ろう。となれば初戦が重要か。思い切り力の差を見せつける戦いをして一気に戦意を削れば拠点奪還にも繋がりやすいはずだ。」
将軍位に就いて初任務だったのもあるのだろう。カズキの闘気は今まで以上に充実していたが1つだけ懸念点があった。
「・・・そういえば『リングストン』兵に女っていたっけ?今まで見た事ないんだけど?」
ナジュナメジナの話だと男女が必要になってくるのだが自軍はもちろん、他国の軍でも将官以外で女が混じっている場面は見たことがない。
「それはそうでしょう。どこの国でも徴兵されるのは基本男のみです。つまり『リングストン』に恋人や家族を残してきた者で解放条件に移住を迫る、これが私の考えですから。」
「む?となれば捕虜の他に現『リングストン』国内から関係者を引き抜く必要が出てきますな。ナジュナメジナ様、その点にはどう対処なさるおつもりですか?」
「そこもカズキ様率いる『剣撃士団』に頼ろうかと思っておりましたが少々無理が過ぎますでしょうか?」
バルナクィヴの指摘にはカズキもイヴォーヌと顔を見合わせる。確かに今までの話で『ジグラト』に男女が必要なのは良くわかったが反攻戦と捕虜の確保だけでなく、その伴侶や恋人家族までも引き抜いてこなければならないとなるとこれは相当な大仕事だ。
「なるほど・・・それは出来る範囲で、って事でもいいか?」
「はい。私も相当な無茶を要求しているのは深く自覚しております故、方法などは全てお任せしますし援助も惜しみません。」
それを聞いて少し安心したが同時に本国からの書面を思い出す。最後までやり遂げるよう添えられていたのはこういった全ての事態も最後まで成し遂げろという事なのだろう。
「・・・・・よし。こうなりゃ俺らしさ全開で行こう。もう一度『トリスト』に伝令だ。」
『剣撃士団』最大の弱点はほぼ全員が地上兵で構成されている点にある。つまり今回の作戦を実行するにあたって飛空部隊が欲しかったカズキは手の空いているクレイスへ協力を求めたのだ。
こちらが拠点奪還と捕虜の確保に奔走し、解放と移住の条件を飲んだものは彼らに護送を任せる。こうすれば滞りなく同時進行が可能だろうと考えて。
しかし現在彼は『アデルハイド』で国務に当たっている為、今回は副将軍であるノーヴァラットが魔術師を率いて現れると詳しい説明がされた。
「えぇぇ・・・まぁ貴方は将軍だしクレイスが信頼しているから従うけど・・・無茶苦茶ねぇ。」
「無茶は承知だよ。よし、後は詳細を詰めていくか。」
こうして人知れず一皮むけたカズキは拠点の見取り図や敵兵の数を聞きながら少しずつ策を形にしていくと決行日は翌朝、カズキ一人による特攻と降伏勧告から動き出す内容で話はまとまった。
「さて、それじゃやってやるか!」
昨夜はナジュナメジナの用意した豪華で栄養のある料理を十分摂取し、カーヘンを脇に抱えてゆっくり休息したカズキは翌朝体調万全で進軍を命じる。
『リングストン』軍は砦以外にも集落に散らばって住民を拘束したり略奪したりもしていたがそちらの対処は後だ。今はまず軍事力が集中している場所へ一直線で向かうと簡単な書状を送り付けた。
ちなみに1000もの『剣撃士団』は周囲に身を隠しながら大きく包囲して出来る限り敵兵を取り逃がさないよう布陣している。
つまり『リングストン』から見ればあまりにも高圧的な内容の降伏勧告と堂々と現れたカズキという1人の将軍だけしか認識できていなかったのだ。
すると彼らは当然質量で圧倒しようと数百の歩兵でたった1人を取り囲み、高台からは弓兵がこちらを狙って弦を絞る訳だが悪くない。ここまではとても上手くいっている。
「うんうん。元気があってよろしい。」
民兵かそれに毛が生えた程度に本気を出すつもりもなかったカズキが軽く指先をちょいちょいと動かして攻撃を誘うとまずは多少の矢が、そして次に槍兵が垂直に構えて突進してくるのでそれらを潜るように身を低くしながら移動するとその日は素手で相手をみるみる無力化していくのだった。
反撃されないだけの手傷を負わせる必要があったので人によってはかなりの重傷を負う者もいたがそこは戦いなのだから仕方ないだろう。
むしろ死者を出さずに一人で砦内を制圧していく姿にやっと危機感を覚えたのか攻撃の手が止まって散り散りに逃げていく『リングストン』兵を『剣撃士団』は捕え始めた。
「ほらほら!大人しくしなっ!」
ナジュナメジナが用意した枷や縄でそれらを縛り上げて捕虜にしていく様子はまるで追い込み漁のようだったがそれを見て楽しめたのはノーヴァラット率いる飛空部隊だけだ。
彼女達には念の為大きな取りこぼしがないよう監視と助力を要請していたがここでは必要なかったらしい。敵も何が何だかわからないまま囚われていくので恐怖より困惑の方が勝っている様子だ。
「うし!じゃあ次は尋問、詰問か?とにかく一人ずつ手分けして当たってくれ。」
砦にいる兵力だけでも5000は超えていたので選別すればある程度の移民候補は得られるだろう。その場を副将軍達に任せるとカズキは馬に乗って集落へ向かう。
こちらにたむろしている兵士達は血気盛んというよりは賊徒に近い。つまり軍紀や自律を逸して略奪、場合によっては凌辱などを楽しんでいる輩が多いのだ。
なので今度は遠慮なく刀を抜くと彼は風のように民家を走り回ってはそれらを一人残らず斬り伏せた後再び砦に戻っていった。
『リングストン』という独裁国家は情報統制もきっちり行われている為、まず最初にナジュナメジナが世界で五本の指に入る程の資産家、大実業家だという説明から行わなければいけなかったのには驚いた。
そして他国の生活についても何も知らない彼らを説得するのもかなり骨が折れたらしい。裏を返せばそれだけネヴラディンの治世が強大なのだ。
ただ『ジグラト』へ移住した際、彼らに兵役を強いない旨や嗜好品の使用が今よりも自由な事を伝えるととんとん拍子で話は進み、気が付けば怪我を負った捕虜達も含めてそのほとんどが移住に同意したらしい。
それが決まると後はノーヴァラット率いる魔術師達に仕事が引き継がれる。
彼らを担いで各々の実家まで飛ぶとそこで家族や恋人に簡単な説明をしてすぐに再び移動、そのまま南下してナジュナメジナが用意した街で新たな生活を始めてもらう。
既に民家はある程度の数が用意されており、施策に役人も置いている為後はすぐにでも仕事に従事してもらえれば良いという話だがこの辺りの根回しは流石大実業家といったところだろう。
「これは私達の方が大変かも・・・」
戦いには参加していないものの家族や恋人を回収して『ジグラト』まで送るのだから魔力の消耗や負担は彼女達の方が大きかったのかもしれない。
全員を送り届ける間は『剣撃士団』も集落へ赴いて復興作業を、カズキ達は次の拠点攻略について策を立てていると5日も時間が過ぎていた。
『ジグラト』の未来と復興を考えるとこの手間も必ず報われる時が来るはずだ。
カズキは使命感と達成感を胸に意気揚々と次の拠点に移動するが今度はやっと納得のいく苦悩に遭遇した。何故ならそこにはあのコーサが精鋭を率いて待ち構えていたからだ。
どうやらボトヴィ達によって2万もの軍が一気に壊滅させられたので『ビ=ダータ』王城近辺には最大限の警戒をしていたらしい。
防衛線を固めて待ち構えているコーサを前には流石に敵兵を殺さず、且つ捕虜や移住の話を持ち掛けるのは難しいと判断せざるを得ないだろう。
「大丈夫です。私も無理難題を聞いて頂いている自覚は十二分にございます。ここは『剣撃士団』の皆様が大いに力を振るい、拠点奪還に全力を注いで下さい。」
「そう言ってもらえると助かるな。よし、しっかり飯食って体休めたら本当の初陣だ。今から気合い入れとけよ!」
現在フォビア=ボウは『ネ=ウィン』に赴いている為『リングストン』軍にはいないはずだ。であれば毒という搦め手に邪魔される事なく正面から戦いに集中出来るだろう。
更に今回は自身が将軍位で副将軍にはイヴォーヌとバルナクィヴもおり『剣撃士団』は1000人規模となっている。
ここまでの働きも十分納得が行くものだったか満足はしていなかった。やはり人を斬り伏せてこそ、命の駆け引きがあるからこそ戦う意味があるのだとカズキは強く感じる。
「それじゃ今夜もゆっくりしよう?な?」
「・・・・・お前な。明日は万全の体制じゃないと駄目なんだよ。駄目駄目。」
そこに水を差してくるのは肌を重ねて以来随分と距離が近くなったカーヘンだ。今では人目につかない場所だとどこかしらに触れてくるがカズキはアナの件もあってか逆に慎重な態度を示すようになった。
といっても彼女に嫌悪感や疑心はなく、むしろ甘い匂いや柔肌の感触で流されそうな自分を律している状態だ。そう、この気持ちこそが祖父と同じ道を辿らないだろうと導き出した答えなのだ。
誰彼構わずというのだけは止めておこう。そう考えて眠りにつくがそうなると自身の伴侶はカーヘンになるのだろうか?
大事な戦前夜にも関わらず思考はまたしても迷子のまま朝を迎えると隣で頬を寄せて眠っていた彼女の寝顔を見て、ふと自身の将来に一抹の不安を覚えるのだった。
相手もかなり戦力が分散している為、コーサ率いる『リングストン』軍は2万ほどだったがそれでもこちらの20倍だ。
「どうしてもっていう時だけは助力するけどあまり期待しないでね。」
「ああ、わかってるよ。」
ノーヴァラット率いる飛空部隊も将軍であるクレイスが不在の為今回は極力戦いを避ける方針らしいがこちらとしては何も問題はない。
むしろやっと『剣撃士団』が全力で動けるのだと思うと体の中から闘気と歓喜が止めどなく湧き出るくらいだ。
書簡のやり取りで正午開戦の話もついている。後はどのようにぶつかり合うかだが相手の主力が弓なのだからカズキの中で取る戦術は1つしかなかった。
「俺が先陣を切る。ついでにコーサも叩っ斬るつもりだから遅れるなよ。」
彼の独壇場とも呼べる会議は将軍になっても変わらないらしい。立案というより決定事項を伝えるような物言いで2人の副将軍にそう告げるとイヴォーヌは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「となると何時ものように後詰めに注力すればいいのか?」
「いや、コーサの弓部隊はかなりの距離から射貫いて来る。何時ものっていう認識は捨てて全力でついてきてくれ。」
「・・・がっはっは!なるほどなるほど!以前も不思議な戦い方だと思っておったが『剣撃士団』は鋒矢の特化型なのだな?!」
鋒矢とは文字通り矢のような陣形を指すのだがこれは自ら剣を振るいたいという強い要望から自然とこの形に収まっていただけだ。つまり本来後方にいる指揮官が最前線にいる為形だけでみると魚鱗に近いのかもしれない。
「だな。となると文字通りどちらの『矢』が強いかの勝負って訳だ。益々楽しくなってきたぜ。」
「・・・う~ん。その言動の数々、ルマーの前ではやるなよ?」
最後はカーヘンが珍しく白い眼を向けてきたが実質の初陣を前にそんな言葉など記憶にも残らない。それから『剣撃士団』は小さな城が見える場所で隊列を組むと出撃に備えるのだった。
「う~ん。カズキも将軍か~しかも相手は精鋭の1000人。止められるかな~。」
城壁から見下ろしていたコーサは数こそ少ない『トリスト』軍に異様な雰囲気を感じていた。
「コーサ様であれば必ずや勝利を得られるでしょう。」
側近達も口々にそう話すが30を超えた自分と違いカズキはまだ15歳、伸びしろしかない世代だ。そんな彼が更なる成長と武勲を求めて攻め入ってくるとなると撃退するだけでも相当難しいと言わざるを得ない。
それにフォビア=ボウの放った毒煙を巨大な双剣で扇ぎ返した話は矢を使う者として非常に脅威だった。風を読み、距離によって矢を替える程多種多様な技術を持つコーサはどこまで戦えるのか。
「・・・いや~彼は小細工なんてしないだろ。よ~っし!皆、ここで『リングストン』の威光をしっかりと示そうか~!」
ほとんど傾斜のない平原から来るのか、城門までの道を真っ直ぐ攻めてくるのかはわからないがこの拠点を落とすには城内に侵入してしっかりと制圧する必要がある。矢を主力に戦う自分達は如何にして手前で敵を瓦解させるか、そこに勝機が賭かっているのだ。
静かに闘志を燃やしていたコーサがのんびりした口調で兵士を配備すると長年共に戦ってきた彼らも十分伝わっていたのか、きびきびと動いて弦を張ると何時でも弾ける体勢に入る。
今回こそ邪魔は入らない。正真正銘のぶつかり合いに心が興味と不安で暴れる中、開戦の銅鑼を鳴らすと『剣撃士団』の連中は思っていた以上にまっすぐ城門に向かって走ってくるので早速全軍が矢の雨を降らせるのだった。
捻りがないと言われればそれまでだが今回は制圧戦、つまり彼らを拠点から排除しなくてはならないのだからそこに向かうのは当然だった。
ただ将軍であるカズキが少しだけ後軍と距離をとって一直線に駆け上ってくると『リングストン』軍も僅かに動揺したのだろう。それを抑える為コーサは彼に向って強力な一矢を放つが全て躱されるか落とされてしまい動きを止めるに至らなかった。
(不味いな。あの動きを見せられちゃ士気に関わるぞ。)
いくら鋭い矢でも遠すぎる間合いだとどうしても失速から躱されたり受けられたりするものだ。あまり拘り過ぎるのも不味いと切り替えたコーサは標的を後方の『剣撃士団』に攻撃を集中するよう命ずる。
かかかかかかかかっ!!!!
弓矢に特化した自身の部隊が丸太のような腕で遠距離から雨のような矢を降らせるが精鋭である彼らも盾を使い、身を躱しながら将軍の背中を追うように走り続ける。
気が付けばカズキの方は城門を目視出来る距離にやってきていたので長槍兵が穂先を向けるも彼はその下を潜るように走って一気に兵士達のど真ん中まで体を押し通したのだ。
普通なら味方への誤射から矢を放つのは躊躇されるだろう。だがコーサは逆に好機と捉えて弦を弾こうとしたのだがその瞬間、眩い光が放たれるとカズキの両手には『山崩し』と『滝割れ』という巨大な大剣が握られており、それを尋常でない速度で薙ぎ払うと周囲にいた100人近くの兵士達が一瞬で肉塊と化したのだから驚くほかない。
しかしあれ程の重量を片手で一本ずつ握っているとなれば隙は生じやすい。今度こそ彼の胸元を狙って鋭い矢を放つが大きすぎる刀身に体を滑り込ませて攻撃を防がれると思わず感嘆の溜息を洩らす。
それにしてもあの大剣はどういった原理なのだろう。再び光を放つとそれらは消え、カズキはまたも兵士の固まっている場所に突っ込んでいってはそれらを顕現すると同じように二刀を振り回して瞬く間に100人単位で兵士を無力化してしまう。
だがこちらもラカンの後釜を継いだ大将軍候補なのだ。
彼の動きをじっくり観察した後、今度は変わった形の矢尻を飛ばすとそれは身を隠したカズキを追うように大きく曲がってやっと一矢報いる事に成功した。
もし相手が並の戦士ならこれで多少の戦力低下を見込めただろうが久しぶりに死線へ身を置き、数多の敵を屠っている彼には痛がっている暇が勿体ないのだ。
自身の放った矢は確かに太腿に刺さっているのを確認したが彼の動きは一切乱れる事なく同じように大剣を仕舞っては敵兵のど真ん中へ突っ込んで振り回すを繰り返す。ならばと再び曲射で対応したが猛者は同じ攻撃を二度も食らわないものだ。
完全に軌道を読まれていたのか、大剣を収束させた時に姿を見せたカズキが自身の放った矢をしっかり握っていたので更に驚くもそれ以上に集中しすぎて全容を見落としていたコーサは城壁前に『剣撃士団』しか立っていなかった事をやっと認識した。
「まず~い!城門前を死守!!急いで~!」
1人にかく乱されていたのを今更ながら気づくと慌てて命令を出すが同時にカズキの大剣が城門を叩っ斬ると精鋭である『剣撃士団』が獣のような動きで中に突入してしまう。
「イヴォーヌ!バルナクィヴ!!制圧は任せたぞ!!」
その声は城壁の上にいたコーサにも十分聞こえたがそれは些細な事だった。何故ならカズキはまるで猿のように城壁を駆け上がって来ると近くにいた弓兵を斬り伏せてその弓矢を手に取ったからだ。
「っしゃ。んじゃ堂々とけりをつけてやるぜ!!」
「全く~、君は本当にいい戦士だねぇ~!」
太腿に一矢受けているにも関わらず痛みや動きの衰えを全く感じさせない彼は早速矢を3本番えると一気に放ってきた。
コーサもそういう撃ち方はするがそれでも自身と同じ技量を持つ者は国内にいなかった為、初めて受ける攻撃に驚きながら身を翻しつつこちらも5本同時に弾き返す。するとそこまで読んでいたのか、3本は相殺され、残った2本の場所に彼の姿はなかった。
技量にも驚くが何より彼の快活な動きはこちらの心も弾ませる。撃ち終えた後はすぐに弓を弾きながら移動し放つを繰り返す立ち回りは名手と呼ばれるコーサも舌を巻くほどだ。対してこちらは腰を据えて放つ戦い方だったのでカズキから見れば棒立ちに近かったのかもしれない。
それでも互いの命中精度が高いお蔭で均衡を保てていたが最後は彼が更なる弓と矢を拾い上げるとそれを重ねて構え、こちらが放つ矢を横に飛んで躱しながらそれぞれの弦で3本ずつの矢を放ってきた時自身の判断に後悔が過った。
一度に9本の矢は一対の弓では対応が不可能だ。更にこちらはあまり足を使わず立ち回っていた為身を躱す用意ができていなかった。
それでも相殺を狙って5本の矢を刹那で撃ち返せたのは猛者たる所以だろう。
後は残りの4本を最小限の被害で抑えればまだ戦える。そう思って横に飛びながら手足で頭と胴を護る姿勢に入ったのだが猿のような、いや、狼のようなカズキはその隙を見逃さない。
更なる矢を重ねてくるとコーサの手足には6本の矢が刺さり、こちらが受け身をとる前に自らが放った矢と同じような速度で距離を詰めてきた彼は最後に蹴りを入れてきたのだ。
「しまっ?!」
気が付けば自身の体は城壁から外に飛ばされており、負傷と体勢から満足に受け身をとることなく地面に叩きつけられた事で勝敗は決したのである。
「う~~~。ま、まさか俺が弓で負けるなんて~・・・」
「はっはっは。俺は武芸百般を叩き込まれてるからな。しかしああいう戦いも中々楽しいもんだな。」
胴体や頭部の負傷こそ避けられたものの満足に動けなくなったコーサは死を覚悟していたが笑顔で見下ろしてくるカズキに止めを刺すような気配はない。
それどころかこちらに随分と老齢な人物を連れてくると治療を命じたのだから軽い感動を覚えた。
「彼はルクトゥール、俺んところの軍医だ。言っておくけど砦は陥落、残った兵士も捕虜にしたから余計な真似はするなよ?」
「・・・わかってるよ~。この戦いは俺達の負けだ。」
体だけでなく器も強さも大きく成長しているらしい。カズキは怪我も気にせず軽い足取りでその場を去っていったが大きな背中から感じた畏怖にコーサも清々しく完敗を受け入れるのだった。
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