闇を統べる者
国家の未来 -情利を量る-
『リングストン』の侵攻があっという間に広がったのには理由があった。それが『トリスト』と『ビ=ダータ』の策謀だ。
ショウとネイヴンは以前から『ビ=ダータ』や大実業家達の怪しい動きを察知していた。そこで今回は『リングストン』の侵攻を利用してそれらを一掃する事を献策したのだ。
まずは『トリスト』の防衛軍にわざと苦戦を演じさせる。これにより侵略地域は混乱と消耗を強いられるだろうがガビアムも自国への侵攻には必ず奥の手で対処せざるを得なくなるはずだ。
ところが彼はこちらが想像していた以上に忍耐力が備わっていたらしい。これは実姉が生首の塩漬けとしてネヴラディンから贈呈された時の事を知らなかったので仕方のない部分でもある。
そのせいで『リングストン』軍は20万以上の軍を率いて領土に侵入すると抵抗らしい抵抗を見せなかった為石火の如く各地を落としていった訳だ。
「やはり想像以上に厄介ですね。もう少し何か材料が無いと炙り出せないか・・・」
ショウは戦況報告を受けてただただ感心していたがネイヴンやザラールは難しい表情で無言を貫いている。というのも『ビ=ダータ』から防衛軍について矢のような催促と責任の所在がひっきりなしに送られてくるからだ。
「ショウ。そろそろ本腰を入れんと本当に版図を持って行かれるぞ。いつまで我慢比べをするつもりだ?」
この件に関して一番難色を示していたのはザラールだった。何故なら国家の思惑とは関係ない民への負担を重く捉えているのと『ビ=ダータ』との関係も考慮していたからだ。
しかし誰よりも情を棄てて自国の為に動けるショウの方はあっさり割り切っている。
「その時はその時です。今は獅子身中の虫を炙り出す事が肝要ですから。」
『トリスト』の戦力も全く消耗していない為こちらにはまだまだ余力がある。そして水面下で入手した情報の信憑性から譲る気など一歩も無い。
ネイヴンも2人が必要以上に衝突しないよう注力するに留めていたのだが2週間も経過すると『アルガハバム領』と『ワイルデル領』の実に7割近くが『リングストン』に制圧されていた。
「う~む。ここまであからさまに手を抜かれるという事は完全に見透かされているな。」
ボトヴィとその仲間を傘下に収めているガビアムは出来る限り彼らを使いたくなかった。何故ならこの力は防衛や反抗戦ではなく侵攻で放ちたかったからだ。
現在『ビ=ダータ』は『アルガハバム領』と『ワイルデル領』を包しており国力も十分育ってきていたがガビアムの野心が沈静化する事は無い。
そう、彼は『リングストン』の滅亡しか見ていないのだ。
なのに『トリスト』はこれ以上の交戦を回避するよう動いている。そして『ビ=ダータ』も防衛力を彼の国に頼っていた為打って出る切り札を持ち合わせていなかった。
そんな中降って湧いて来たのがボトヴィ達だった。
『神界』と呼ばれる世界に住む『神族』という者達からヴァッツが力を奪った話を聞かされていたし、それにより別世界の物や人がこちらの世界に干渉してきているのも良く知っていた。
だがその恩恵をまさか自分が受けられるとは思いもしなかったのだ。神と呼ばれる存在が無力化された事による副産物なので天啓とは若干異なるだろうがこれこそ運命、宿命と呼ばれるものなのだろう。
であれば今こそ味わってきた辛酸は、臥薪嘗胆は必ず晴らさねばならない。故にガビアムは初心に返って今は『トリスト』に牙など持っていないのだと演じ続けていたのだ。
しかし今回は相手が悪かった。特に『シャリーゼの懐刀』と呼ばれていたショウは自国の為なら全てを切り捨てられる程非情な存在だ。
その刃は現在『トリスト』の為に全てを断ち切り国を、世界を動かさんと光を放ちながら方々に振るわれている。結果『ビ=ダータ』は要衝を除いた大部分が陥落してしまった訳だ。
これ以上長期間領内を占有され続けるのも不味いだろう。下手を打つと人心が再び『リングストン』に傾いてしまう可能性がある。そうなる前に反抗作戦を決行せねばならないが手の内をばらすことになってしまう。
もしかすると大将軍であるヴァッツがどこからともなく現れてあっという間に現状を打破してくれるかもと淡い期待も抱いていたが今回はその望みも薄そうだ。
「それじゃ俺達が出ましょうか?」
「いいや。君達はこの王城さえ護ってくれればいい。」
『ビ=ダータ』にもまだ余力がある。もし王城だけになったとしてもここさえ陥落しなければ『トリスト』も必ず援軍を寄越して奪還に奔走せざるを得ないはずだ。
(・・・いや、もしや最後まで傍観を決め込むつもりか?)
別世界からの戦力を報告していないのは裏切りと受け取られても仕方が無い部分はある。ましてや彼らの諜報能力からすれば全てを把握していてもおかしくは無い。
だが前提条件としてこちらが上納する事によって国防を約束されていたのだからこれでは話が違うと問い詰める事は出来るはずだ。その時にまだ『ビ=ダータ』が存続していればの話だが。
「・・・仕方ない。別の方向から切り込むか。」
離反するつもりなどなかったが猶予は限られている。言い訳は後で考えるとして侵略から3週間が経過した頃ガビアムは計画を修正すると遂に別世界から現れた猛者達に反抗の命令を下す。
「よっしゃ!んじゃ行ってきます。」
すると彼らは待ってましたと言わんばかりに王城から意気揚々と飛び出してまずは近隣の『リングストン』軍をあっという間に壊滅していくのだった。
「何だあいつら?」
その様子を空から眺めていたのが今回の総指揮を任されていたチュチュだ。彼女は以前の『リングストン』侵攻時に一軍を任されていたものの不覚を取り、今回はその雪辱を果たす意味も含めて再び任務を任されていたのだ。
「あれがショウ様の仰っていた例の戦士達では?」
副将軍のコッファが憶測を告げると彼女も何となく納得はする。遠目ではあったが確かにあまり見ない意匠の鎧兜や衣服は違和感で一杯だ。
そして数も4人ととても少ないが彼らは臆する様子も見せずに『リングストン』の布陣へ真っ直ぐ向かって行くと徐に長剣や杖を構えて見せる。どうやら戦闘の意思表示か準備らしいがそこに『獅子族』が姿を見せるとこちらもわくわくしてきた。
相手が少数だという事で『リングストン』側も少数の猛者で対抗しようとしたのか、もしくはあまりにも手ごたえの無い戦いに辟易していた彼らが自ら志願したのか。
兎にも角にもこれでやっと『ビ=ダータ』の裏情報を得られるのは間違いないだろう。
後は少し高度を落としてその力量をしっかり確かめるべく目を皿のようにして見守っていると戦端は開かれた瞬間に終わりを見せたのだ。
「・・・ほう?やるじゃないか。」
一番先頭にいた長剣を手にした者が少しだけ間合いを詰めてそれを振るうと『獅子族』達はかなり遠い位置で一気に分断されるまでの傷を負って地面に転がっている。
更に返す剣で10人全ての『獅子族』が落ちると4人は一気に敵陣へ走っていって数だけの民兵達をあっという間に斬り伏せていったのだ。
「あれは・・・魔術でしょうか?」
もはや一方的な蹂躙と化した戦場を前に冷静なコッファの口から出た疑問形の呟きにはチュチュも沈黙する。それは先陣を切る戦士でも槍を振るって戦う戦士でもない。後方の1人が光を放つと兵士達は何故か大した外傷も受けずに倒れていった事を指している。
『トリスト』国内外でも聞いた事がない術式に答えは見つからず、今はその結果をしっかり脳裏に叩き込む事に意識を向けていると戦いはあっという間に終わりを迎えていた。
「・・・これは確かに脅威だな。」
何故ショウがあれ程まで警戒をしていたのかいまいち理解に苦しんだが今は一刻も早くこの件を報告したくて仕方がない。
チュチュはコッファに頷くと静かにその場を離れるのだが地上にいた1人が彼女達に気が付いていた点は見過ごしてしまっていた。
王城を落とせば全てが終わる。
それをわかっていたからこそ『リングストン』は虎の子ならぬ獅子の子である『獅子族』全員を配置していたのだがそれを失った事でネヴラティークは初めての不安を感じた。
(まさか彼らに勝てるような存在が向こうに?いや、後ろ盾が『トリスト』なのだからいくらでもいるだろうが・・・)
だったら最初から、国境線を超えた時からその力を以ってしっかり防衛すべきだったはずだ。なのに護るふりだけをしてきた『トリスト』が今更本気の反抗戦に打って出る意味は何だ?
多少の混乱も感じていたネヴラティークはコーサを呼びつけるとその真意について相談するが彼自身も小首を傾げるだけで納得のいく意見は全く出てこない。
「ヴァッツ様以外ですとカズキがいい戦士ですよね~。でも報告ではしっかりした青年達で数は4人でしょ?う~ん・・・聞いた事がないですね~。」
どちらかというと彼の国の強者は少し幼い世代か極端に年を取った部類、国王や右宰相といった『孤高』の印象が強いのでこれは全く新しい存在だと考えた方が良いのかもしれない。
「どうやら徹底的に調べる必要がありそうだな。それと『ワイルデル領』の侵攻を任せていたナヴェル将軍にもすぐに伝達だ。」
強国ながら唯一空を飛ぶ手段を持ち合わせていない『リングストン』は直ちに早馬を走らせると次にネヴラティークは4人との接触について相談を始める。
これはより詳しい調査だけでなくその正体を確かめる事、更にうまく話を運べばこの状態で停戦及び休戦条約まで結べるかもと考えてだ。
(既に領土のほとんどを奪還し終えているのだ。もし相手が想像以上の猛者であれば無理に衝突する必要もあるまい。)
そうと決まれば例の4人に斥候を送って話し合いの場を設けようと画策する。するとすぐに良い返事が返って来たのでネヴラティークは早速彼らを招き入れる為の準備を整えるのだった。
「ようこそ。私は『リングストン』の第一王子ネヴラティークと申します。」
「これはこれはご丁寧に。俺はボトヴィ、こっちはルマー、カーヘン、アスだ。」
言葉遣いの端々に若干の横柄さを感じたネヴラティークはついコーサに目を向けてしまったが国に仕える者としてまず強さが一番重視されるのはどこも同じなのだろう。
見た事の無い意匠や鎧に身を包んだ彼らを観察しつつ話を進めていくと最初に兜や外套を外した瞬間ボトヴィ以外は全員女性らしいという事は理解出来た。
「さて、ここ『アルガハバム領』は元々『リングストン』の版図であり今回はそれを奪還すべく兵を進めて参りました事はご存じかと思われます。」
「ほう?そうなのかい?それは初耳だったなぁ。」
あり得ない答えに思わず驚きを見せそうになったがこれで1つ謎が解けた。どうやら彼らは巷で囁かれている別世界の住人で間違いなさそうだ。
でなければ『カーラル大陸』で最も広大な領土を持つ『リングストン』の事情を知らない筈がない。同席していたコーサが目を丸くしていた件はあとで正すとして話はまだ先がある。
「はい。ですので今回の反抗戦は概ね成功と言って差し支えないでしょう。既に『ビ=ダータ』の版図も2割程度しか残っておらず戦力にも雲泥の差があります。ですので我々としてはこれ以上無益な争いを止めて停戦か、もしくは大人しく従属して頂ければと考えております。」
本来であればガビアムを呼びつけてする内容を何故この場で語ったのか。それは単純に彼らが純粋な『ビ=ダータ』国民ではないからだ。
つまり命を賭けて戦う理由も無ければ義理もない。たまたま彼の国に迷い込んでしまい良いように利用されているとネヴラティークは推測したのだが果たしてどうだろう。
国家の代表としての立場と意見を表明した後、ボトヴィ達の様子を睨みつける一歩手前のような視線でじっくり観察していると少し考え込んでいる彼以外が初めて言葉を発してきた。
「・・・それは私達では決めかねます。それにガビアム王からは落とされた拠点を取り戻すよう命じられて来ましたので貴方の提案にお答えする程の責任も負いかねます。」
こちらの女性はルマーといったか。魔術師らしい格好?をしており言葉もしっかり選んで対応している所から知性や品格を窺える。
「ふむ。しかしそれ程の大役を任されたのであれば貴女方もかなり高位の役職や権限を与えられているのではありませんか?」
この質問は直接彼らの正体を探るものなので今回は4人が顔を見合わせると再び隊長格のボトヴィがすんなり答えてくれた。
「いいや、俺達は傭兵みたいなもんさ。そもそもこの世界の地位や名誉なんかもまだよくわかってなくてさ。」
一瞬で猛者である『獅子族』10人を斬り伏せた者の発言とは思えない内容に何度目かの驚愕を覚えるもその隙を見逃す道理はない。
「でしたらどうでしょう?ボトヴィ様を含めルマー様、カーヘン様、アス様を正式に我らの国へとお迎えするというのは?」
「何でそんな話になるんだよ?」
すると再び女性の声、鎧に身を包んだカーヘンが非難めいた様子で返して来たがネヴラティークも冷静に対応する。
「逆にお聞きしたい。我が軍きっての猛者達だった『獅子族』を一瞬で屠る力を持つボトヴィ様達に『ビ=ダータ』王は何故何の官職も与えておられないのですか?」
「それはあたし達が興味ないって言ったか・・・」
「しかし貴女方の強さは承知されていたのですよね?だから4人だけを2万もの軍勢に送り込んできた。私であればどれだけ遠慮されようとも必ず最高位の役職、勲章、権限等を与えてから送り出します。何故ならそれが命を賭けて戦う者への敬意だからです。」
段々とわかってきた。どうやら『ビ=ダータ』と『トリスト』は何やら腹芸で互いを牽制し合っていたらしい。
でなければこうも簡単に侵攻が進むはずがないし突然これ程の猛者が何の肩書も持たせずにいきなり放たれるとは考えにくい。
(彼らも一枚岩ではないという事か。いや、考えてみれば『ビ=ダータ』に大実業家達が集まっている時点で警戒すべきだったのだろう。)
そんな思考をおくびにも出さずボトヴィ達の様子をまたも静かに観察していると女性達からは妙な雰囲気が漂い始めている。
もしかするとガビアムは大きな下手を打ったのかもしれない。逆に自身は今大きな好機を得られたのだ。
「故に私は貴女達を是非『リングストン』へ正式にお迎えしたい。例え地位や名誉に興味は無くとも貴女達の強さには敬意を持って接したいと私は強く考えます。」
今まで『ビ=ダータ』でどのような扱いを受けて来たのかわからないが現在この話を聞いて少なくとも彼女達の心は大きく揺れ動いているのは間違いない。
復讐心に囚われて基本を見失っていた王とネヴラディンの影に隠れがちだが確かな手腕を持つネヴラティークの差がこの時はっきり生まれると彼女達は相談したいと言ってその日は王城へ戻っていった。
「いや~流石っすね~まさかあいつらを引き込もうだなんて言い出すとは~。これもネヴラディン様の血ですかね~?」
「かもしれんな。しかし悪くはなかっただろう?」
もしここで停戦協定を結び、更に彼女達のような力を手に入れられる事が出来れば『リングストン』の強固な地位がますます約束されるだろう。
且つ失った領土の大半を奪還したとなればもはや国内でネヴラティークを軽視する者はいなくなるはずだ。そして最終的にはそれらを使って大王を失脚させる、もしくは事変を起こして無理矢理玉座を奪取してしまうのもいい。
どちらにせよ別世界からやって来た強者達は誰かに利用される道しか残されていないというのは何とも皮肉な話だ。いや、例えどんな世界であろうとも力を持つ者というのは誰かに利用されて然るべきなもかもしれない。
「・・・しかしヴァッツ様の引き付けは相当上手くいっているようだな。」
そんな混沌とした世界の中でも相変わらずな破格の存在はネヴラディンの策謀によって現在は西の海をのんびり・・・ではないが航海中の筈だ。
ルバトゥールが呑気に気を失っていなければいいが。兄として色々思う所はあったものの将来ヴァッツの力を我が物にしたいネヴラティークは静かに遠い西の空を眺めるのだった。
『カーラル大陸』に大きな動きがあっても彼が全く動かなかったのには理由がある。それがネヴラディンの用意したとっておきの三文芝居だ。
「おらおらおらぁ!!今日こそ金目の物を奪わせてもらうぜっ?!あと女もなっ!!」
「あ、また来た。」
「懲りねぇなぁ・・・ってかわざとやってないか?」
「ヴァッツ様が毎回無傷で帰されてますからね。懲りる理由がないのでしょう。」
既にこの海賊船とは5度に渡って遭遇している為こちらの乗員達も姿を隠す事も見構える事も無くすっかり慣れた様子で彼らに白い目を向けている。
ちなみにヴァッツとアルヴィーヌだけは手を振って迎え入れる様子すら見せていた事には触れないでおこう。
綺麗な衣装に袖を通すのも慣れてきた時雨は念の為と言い訳しつつヴァッツの傍に体を預けるような、それでいて庇うような位置を確保しながら彼らが乗り込んでくるのを緊張したふりをして見守る。
「俺たちゃ海賊だからな?!狙った獲物は逃さねぇのよ!!」
「毎回毎回海賊を主張してくるのってどうなの?しかも毎回毎回失敗してるじゃない?」
何かを察していたハルカは腕を組みながら誰よりも白い眼で彼らを睨みつけていたがその真意をわかるはずもない主はうきうきした様子で歩み寄った後話を始める。
「で?!今日は何して遊ぶ?!」
「こちとら遊びじゃねぇ!家業だ家業!!いいか?!今日はそうだな・・・絵合わせでどうだ?!」
それを遊びと言わず何と言うのか。しかも船上でその発想はもはや正気を疑われそうだがこれには5度目の襲撃という理由も関わっている。
まず海賊というのは船をぶつけて来て乗り込み乗員と白兵戦を始める。その後船ごと拿捕するか目ぼしい金品だけを強奪して去っていくのが正道なのだろうがそんな蛮行をヴァッツが許す筈もなく結果何も傷つけられず、破壊出来ず奪えずに退散していった。
以降も数日ごとにちょっかいを出しては本職らしい事をしようと頑張ってはいたものの海賊の何人かがアルヴィーヌに海へ投げ捨てられると遂に諦める、事は無く別の方向から攻めようと画策したらしい。
それがこういった遊戯に近い知能戦という訳だ。
「いいね!!やろうやろう!!」
「よ~し。じゃあ私が負けたら捕らえられて上げる。その代わり私が勝ったら海賊船を頂戴?」
自身が王女という立場を知ってか知らずか、吹っ掛けているようで実はかなり釣り合った条件を持ちかけるとリリーはくすくすと笑いを堪えていた。
「こ、こいつは大事な商売道具だぞ?!ほ、他の物じゃ駄目か?!」
そもそもアルヴィーヌを捕えた所で飽きたら勝手に戻って来るに決まっているのだから取引にはならないだろう。焦る船長を他所にこちらの船員たちも「また面白い事をやってるな。」くらいの様子で見守っているとそこに無理矢理入り込んでくる人物が1人。
「で、でしたら私も自由になさってもらって結構です!そ、その代わり私が勝てば海賊家業から足を洗って下さい!」
「ほう?お前は確かルバトゥールだったな?いいのか?お前だけはこの中でも極端に弱いんだぞ?色々とな?」
大王からどのように命じられているのかはわからないが何とかヴァッツの心を掴む為に酔狂な遊戯への参加を表明すると時雨は軽い溜息を付く。
「わかりました。それでは私が一番に勝てば金輪際私達の船を襲うのを止めて下さい。」
「お前ら・・・海賊に向かって好き勝手ほざきやがって!!よ~し!それじゃ俺が勝てば総取りだ!!いいな?!」
「どうぞ。」
こうして先を読む能力を解放した時雨は最初のじゃんけんから一番手を選び、他の者達が一切札に触れる事無く全ての絵合わせを終えると速やかに彼らを追い出すのだった。
「地位はともかく名誉欲ってのはあるのかもしれないな。」
最低限の仕事を終えた4人は王城でガビアムに戦果の報告だけすると与えられていた部屋に戻って早速ネヴラティークの話題について切り出した。
「前にいた所じゃ救国の英雄って呼ばれてたしね。でもネヴラティークか。あっちの方が王族らしくてあたしは好きかも。」
「カーヘン。見ず知らずの地へ迷い込んだ所を救って下さった御恩をお忘れですか?」
ルマーは多少批難するような声を上げてみるが自身もネヴラティークの提案には色々思う所がある。
特に『ビ=ダータ』での生活は何不自由なかったもののその情報や歴史背景といった部分に関して何も教えて来られなかった事に今更ながら猜疑心が芽生え始めたのだ。結果この地が本来『リングストン』の領土であるのかどうかという真偽すらわからないまま戦わされたとなるとそれは更に大きくなっていく。
もしネヴラティークの発言が正しければ世間から逆賊と罵られてもおかしくない。
いや、そもそも魔物を相手に戦ってきた自分達が今回初めて人間の戦争に巻き込まれた事、そして沢山の命を奪ってしまった事について他の仲間は何も感じないのだろうか?
そのせいで人生で感じた事がない程の心的負荷と後悔に思考と理性が崩壊しそうなルマーが弱いだけなのだろうか?
人を護る為に戦ってきた自分が、自分達が何故人と戦わなければならないのか?答えが出なくとも自問自答を繰り返すのはそうしないと心が砕けてしまいそうだからだ。
「だったらこのままガビアム王の下で戦おうぜ。色々考えるのも面倒だし、そもそもこの世界は俺らの世界じゃないんだ。深く考えても仕方ないだろ。」
「ボトヴィ!そういういい加減な発言は御控えになって下さい!!」
つい大声で諫めてしまうと彼は首をすぼめて怯える様子を見せるも本当に何も感じていないらしい。そんな彼に一時は抑えきれない程の確かな恋心が存在していたと思うとこれもまた後悔に塗りつぶされていく。
以前の世界では魔物と呼ばれる生物が跋扈しており人々はその脅威に怯えて暮らしていた。
それを討伐する為に様々な国策が打ち立てられていたのだが自分達はその中の一つ、冒険者と呼ばれる身分で活動していた。
これは国家から魔物を討伐する正式な許可とそれにまつわる巣穴の駆除、そして戦利品は全て自分の所有物として認められる等様々な特権が認められるものだ。
その免状を取得した時15歳だったルマーは道場や王宮で散々聞いて来た英雄の話に胸を熱くさせて、自分もそんな偉人達に並ぶような活躍をしてみせると息巻いていたのも懐かしい。
だが旨い話には必ず裏がある。
種類にもよるが奴らも決して弱くは無いのだ。狡猾さを持つ魔物は不意打ちを放ったり野宿の最中を襲ったりもしてきた。
常に死と隣り合わせである冒険者達は戦果を得られなければ廃業か殺されるかの二択を常に迫られる危うい職業であり、国が認める特権も裏を返せば完全自己責任型の使い捨てが利く衛兵扱いに過ぎない。
組合などもあったがそれも形式だけで満足な成果を得られないまま年を老いた冒険者達に保障や福祉の概念は存在せず、末路としては酒に溺れ、何度も軽犯罪を犯しては牢獄を居住代わりに生活するのが当たり前のようになっていた。
だからこそ若くして成功したルマーはしっかりとした住居や家庭を築きたかったのだ。
ある程度の資産も名声も得ていたし、これらを使って道場や教室を開いてもいい。歳を重ねて、命を削ってまで最前線で戦い続けるには過酷すぎる環境に気が付いていた彼女は誰よりも切に願っていた。
ところが苦楽を共にして来たボトヴィからはそんな気配を全く感じない。旅先だけではあるが体も重ねた仲なのに彼はルマーの事を都合の良い女としか考えていないのか。
(・・・いいえ、そんな事は無い。私達は確かに愛し合っている。だからこんな訳の分からない別世界にも一緒に来てしまったのよ。)
今は戦争の件だけでも心労で倒れそうなのに彼との関係まで考え始めてしまうと心を失いかねない。
「とにかく一度ガビアム王に詳しいお話を聞きましょう。そして私達部外者があまり他国の戦争には巻き込まれたくないよう伝えるの。いいわね?」
最後は無意識に自分の要望を紛れ込ませると3人も各々が同意してくれるがボトヴィだけは何となく不満を内包しているように見えた。
ルマーは他の3人より家が恵まれていたのもあって冒険者になる前から多少の教養を身に着けられていた。
これにより魔物討伐の戦利品を上手く換金したり武具の仕入れに鑑定、更には戦う時の布陣や連携も全て彼女が担ってきたのだ。
なので今回の話も横槍を恐れて2人だけの場を設けて貰ったのだが後から思えばこれはかなりの悪手であり、ルマーにより大きな心傷を負わせる原因になってしまった。
「ほう?『ビ=ダータ』の主張をお聞きしたいと?」
「はい。実は先の戦いの後、『リングストン』国のネヴラティーク様からこの地についてのお話を聞かされました。本来ここは『リングストン』のものであると。」
腕利きの冒険者とはいえ国家間のやり取りに関して疎かったルマーが堂々と告げるとガビアムと周囲の人間も目を丸くしていた。
もしかして何か不味い事を言ってしまったか?一応勧誘された件は伏せていたが雰囲気を察したルマーは細すぎる緊張の糸と形が歪になった心で何とか平静を装っていると彼は軽く溜息をつく。
「なるほど。確かに以前、ほんの少しの期間だけは『リングストン』に支配されていました。私の祖父が崩御するまではね。」
そこからの話はこちらにもわかりやすく端的に説明された。以前から『ビ=ダータ』という国は存在していたがそれを『リングストン』に併呑され、4年程前に再び取り戻したという事だそうだ。
「つまりルマー様がお聞きした話はどちらも正しい。だが義はこちらにあると私は考えます。」
目の前で異を唱える程差し出がましい性格を持ち合わせていないルマーもただただ頷くしかないが、ここで初めて人間と国家の争いについて多少触れる事が出来た彼女は言い知れぬ不安と欲望、そして眼前が闇に覆われる錯覚でめまいを覚える。
(・・・どちらかが折れる訳にはいかないのかしら?)
元の世界でも多少国家の話は見聞きしていたものの魔物への対応が忙しく他国間での争いはほとんどなかったはずだ。
なのに外敵がいないこの世界では人間を、他国を敵として争いを続けると言うのか。これ程まで理想に近い世界ですらルマーの求める安息の地は見つからないと言うのか。
「・・・ふむ。ではもう1つ、私が『リングストン』に立ち向かう理由をお見せしましょう。」
決してそんなものを望んでいないのにガビアムは立ち上がって大きな収納扉を開くと綺麗な布で包まれた木箱らしい何かを取り出して来る。
そして2人が座る間の机に置くとその紐を説いて蓋を開けて見せた。
「・・・っがぁっ・・・ず、ずみまぜんん・・・げぇぇぇっ!!げへぇっ!!!」
やはり魔物とは訳が違う。本物の、やや干からびた傷だらけの女性らしき生首を見てしまったルマーは限界を超えて嘔吐し続けてしまった。
本来であれば国王の御前という理由から何かしらの刑罰が処されてもおかしくないがガビアムは召使いに彼女の吐しゃ物を片付けるよう命じながら続けて明確な決意を口にする。
「これは私の姉です。元々この地を納めていた『ビ=ダータ』家の反乱を防ぐ為毎回家族の誰かが人質として『リングストン』に送られていました。そして我が祖先の地を取り戻した後、彼の王ネヴラディンからこれを送られたのです。これで少しでも私の心情をご理解頂ければと思います。」
狂っている。
もしかすると自分達はとんでもない国に収容されてしまったのかもしれない。
それを目の当たりにしたルマーは逆に二度と人を殺めたくない、国家間の争いに巻き込まれたくないと深く深く心に刻むとふらつく体を召使いに支えられながら彼の部屋を後にするのだった。
その様子から仲間達にも随分心配をかけてしまったらしい。皆の下に戻るとどんな過酷な戦いだったのかと見紛う程ふらふらなルマーに慌てて駆け寄ってきてくれるがこちらの覚悟も決まっている。
しっかり口をゆすいで着替えを終えると多少落ち着きを取り戻した彼女は3人と円卓を囲んで座り、早速結論から発表した。
「この国を出ましょう。」
あまりにも唐突な提案、というよりは決定に当然3人も当惑するしかない。
「な、何があったんだ?まずそれを聞かせてくれよ?」
普段は粗野な部分の目立つカーヘンが一番気にかけてくれているのは単純に嬉しい。だがどこからどのように答えればいいのだろう。
正直に国王の姉である干からびた両目の無い生首から伝えたい所だがこれは人間の死体を見慣れていないルマーからすれば二度と口に出したくないし思い出すのも苦痛でしかない。
「・・・何があったか、というよりは『ビ=ダータ』と『リングストン』の確執に関わるべきじゃないって言いたいの。国に利用されて人を殺すのは冒険者じゃない。そうでしょ?」
なので今の彼女には怯える様子を隠そうともせず縋るように、ただ真っ直ぐな心を皆に伝えるしか術が無かった。
「お前な、さっきと言っている事が真逆すぎるだろ?ガビアム王への恩義の話は何処に行ったんだ?」
ルマーを信頼しているからこういう物言いになったのだろう。そう信じたかった彼女はボトヴィの素朴な疑問に用意していた内容を素早く返答する。
「それは昨日の戦いで十分果たしたわよ。『獅子族』っていうのも『リングストン』の切り札だったみたいだし2万もの兵を無力化したわ。これで十分じゃない?!」
既に自分の、自分達の手は沢山の人を殺してしまっている。
本来であれば魔物を倒す為に培われてきた技術や力だった筈なのに何故こんな事をしてしまったのか。悔やんでも悔やみきれないが自分達の意思が関わっていた事実もまた受け止めねばならない。
すると再び気分が悪くなって目眩や頭痛、軽い吐き気等に襲われるがそれでも今は仲間達をきちんと説得する必要がある。
「まぁ今までずっとやられっぱなしだった『ビ=ダータ』の為に一矢報いたんだしガビアム王が許してくれるのなら出国するのもいいけど、ルマーの話し方だと『リングストン』に赴くつもりもなさそうだよな?」
「・・・ええ。出来れば平和な国に行きたいわ。例えば・・・そう、『トリ・・・スト』だったかしら?」
これは諜報活動から得た情報でも何でもなく、『ビ=ダータ』の兵士達はその国から派兵されているのだと聞かされていたから咄嗟に出てきた名前だった。
ただボトヴィの問いに唯一知っていた国名を適当に答えただけで詳しい事は何も知らない。むしろ少し冷静になると軍事を任されている国にルマーの望む平和があるとは到底考えられない。
それでも現在有事真っ只中のここよりは希望が持てるはずだ。もしかすると軍事力がある分自分達がその手を汚さずに生きていけるような場所かもしれない。
とにかく今は逃げ出したいのだ。この苦悩と後悔から。それを皆に伝えたくて色々言葉を取り繕うが平常心を失っていた今の彼女にはとても難しかった。
「う~ん。俺は一度乗り掛かった舟から降りたくないんだけどな。」
「ボトヴィ?!」
「それに魔物はいないって聞いてたけど『獅子族』だっけ?あれって魔物みたいなものじゃなかったか?もしかすると『ビ=ダータ』にいればまた他の奴とも戦えそうじゃないか?」
彼の英雄に憧れる純粋な気持ちが、冒険者としての矜持と興味がここに来てルマーを大いに苦しめるとは。
話が振り出しに戻った事で言葉と同時に意識を失った彼女は気が付くと大きな寝具で眠っていた。そして傍にはいて欲しかった存在は無くカーヘンだけが心配そうにこちらを伺っている。
「・・・ボトヴィとアナは?」
「2人ともガビアム王と話してるよ。お前があまりにも弱ってるから何かされたんじゃないかって怒ってさ。」
違う、そうじゃない。確かに凄惨な話と物を見聞きさせられはしたものの本質はそこではないのだ。
「・・・あなたは戦争に巻き込まれても怖くないの?人を沢山殺してしまったのよ?私達の手は魔物の血じゃない、人の血で塗れてしまったの・・・」
「ああ!そこで悩んでたのか?!いや、まぁうん。言われてみればそうだけどあたしは前線で戦うから相手の事より自分の命や後衛を護る事で頭が一杯だったな。」
普段は粗暴な印象だが彼女こそ仲間内で一番優しいのかもしれない。聞いた事の無かった本音に感謝と元気を取り戻したルマーはゆっくり体を起こしてカーヘンに微笑む。
「あたしはどっちでもいいんだけどボトヴィがまだこの国に拘るっていうならお前は戦わずにここで留守番しておけばいいんじゃないか?」
更にこちらの本心を聞いてすぐに対応案を出してくれると思わず双眸に涙が浮かんできた。
「でも補助がないと皆の動きに支障が出るでしょ?それに指揮も私が執ってる場面が多いし。」
「そりゃそうだけど・・・」
「お、いたいた。お前達だな?」
そんな優しいやり取りをしている最中に突然変声期の男の声が聞こえると2人は咄嗟に身構える。するとそこには想像通りの大きめな少年が鋭い双眸をこちらに向けて無防備に近づいて来た。
「止まれ!何者だ?!」
「俺か?俺はカズキってんだ。ここに別世界からやってきた人間がいるって聞いたんで確かめに来た。」
見た目は人間っぽいが先日戦った『獅子族』よりよほど野性味あふれるカズキが見た目以上に軽い調子で名乗るとこちらも顔を見合わせる。
「あんたたちも名前を教えてくれよ。心配しなくてもいきなり襲ったりしないから。」
「・・・私はルマー。」
「あたしはカーヘンだ。で、カズキだっけ?あたし達に何か用か?」
「おう。そっちの人が『トリスト』に行きたいとかここから出国したいみたいな話をしてるんだろ?だから迎えに来た。」
思いがけない突然の申し出にルマーの心は更に元気を取り戻したのだがカーヘンは真逆で警戒心を大いに高めながら槍を構え出す。
「ちょっとカーヘン?!」
「おい小僧。あの部屋にはあたし達しかいなかった筈だ。どこで盗み聞きしてたんだ?」
「あ~それは言えないな。こっちにも色々事情があるんだよ。で、どうする?あんまり時間がないから今すぐ決めて欲しいんだけど。」
「ほざくな!お前みたいな怪しい奴について行く訳ないだろっ!」
そう言い放ったカーヘンはこちらの言葉と気持ちを遮ると突然襲い掛かっていく。といっても相手の容姿や人間という理由も鑑みて手加減はしたのだろう。
それが原因かはわからないがかなり腕の立つ彼女の攻撃が一瞬で躱されると同時に後ろへ回り込んだ少年の三角締めで戦いは静かに決着がついてしまった。
「うん。中々の腕だな。で、これが最後だ。ここから出るか?」
「・・・で、出ます!でも出来れば彼女も一緒に・・・!」
「よし、じゃあついてきてくれ。」
あまりにも傲慢で強引なやり取りであったにも関わらず即答してしまったのは藁にも縋る気持ちだけでなく、見た目以上の頼もしさにも惹かれたからなのかもしれない。
それより自分一人では心細かったのもあってついカーヘンも巻き込んでしまったは大丈夫だっただろうか?カズキという少年はルマーの悩みを他所に自分よりも重い鎧を身に着けた彼女を軽々と背負うと足音一つ立てずに露台へ続く大窓を開ける。
すると体を外に出した瞬間彼女の姿だけがまるで鳥に攫われるかのように消えたので思わず小さな声を漏らしてしまった。
「ほら、次はルマーだ。こっちに来い。」
また選択を誤ってしまったのか。何度目かわからない後悔に激しい目眩と頭痛に襲われたが彼女だけを連れ去れたままという訳にもいかないだろう。
「や、優しくしてよね?」
「お、おう?」
覚悟を決めたルマーは言われるがまま露台に姿を見せると上空から人が静かに降下して来てきたので声を失う。そして彼女がこちらの体をしっかり抱きしめると再び高く上昇していくではないか。
後は残ったカズキがこちらに軽く手を振って見せると彼は再び王城の中へと姿を消し、彼女達はよくわからないまま大空を飛んで『ビ=ダータ』を後にするのだった。
「あの、貴女達は空を飛べるのですか?」
春が近いとはいえまだまだ肌寒い時期だったがそんな些細な事が全く気にならない不思議な体験をしていた彼女は恐る恐る質問をしてみると意外なほどあっさり答えてくれる。
「全員が全員って訳じゃないけどな。あたしはチュチュ。お前はルマーで合ってるか?」
「あ、はい。良くご存じですね。」
「『ビ=ダータ』城内には最近腕利きの諜報員を送っていましたから。私はイルフォシアと申します。」
未だ気を失ったカーヘンを抱きかかえて空を飛ぶ存在からも優しい声で自己紹介されるがこちらには目を丸くして驚くしかない。何故なら彼女は整い過ぎている程美しい容姿と背中からは真っ白な翼が生えていたからだ。
更に少女の細腕ではかなり重いであろう戦士を軽々と抱きかかえている所を見るにこの世界の住人達は自分が想像していた以上に複雑なのかもしれない。
初めての戦争に初めて空を飛ぶ体験をしながら初めてこの世界について真剣に考えていると4人は30分程でどこかの王城らしい場所の前に降り立つ。
(ここが『トリスト』・・・うん、ううん?)
「おう!早かったな!」
だが出迎えてくれたのは自分達の世界でも良く見たごろつきのような中年の男だったので再びカズキと再会するまでは騙されたのかと若干の落胆を覚えるルマーなのであった。
「ここが『トリスト』ですか・・・あの、チュチュさん。この山賊みたいな男は?」
「ああ、こいつこれでも国王なんだよ。あとここは『ボラムス』、『トリスト』には限られた人間しか入国出来ないんだけどカズキに何て言われたんだ?」
また裏切られたのかという思いから後悔や不安が怒りで塗り替えられると思わず杖を握る手にも力が篭る。
「悪いっ!『ボラムス』の説明してる時間がなかったんだよ!」
ところが後ろから彼の声が聞こえるとその怒りが今度は驚愕によって上書きされてしまった。そしてそれは仲間であるチュチュも大いに感じたらしい。
「おいおい。まさか走って来たのか?」
「おうよ。空ばっかり飛んでる奴らにゃ負けねぇぜ?んでガゼル、1人増えたんだけど匿ってやってくれないか?」
「任せとけ。それにしてもそっちのお嬢ちゃん、まだ全然若いだろ?何で杖なんか手にしてるんだ?どこか体が悪いのか?」
どうやら話に若干の食い違いがあったもののこの地は『ビ=ダータ』よりも安寧に満たされているようだ。山賊らしい男が王というのは未だに信じられないが質問の意味がよくわからなかったルマーは自然体で答える。
「あの、私は『魔法使い』ですから。」
「「「「『魔法使い』?」」」」
すると4人がとても不思議そうな様子で返して来たのだから何か間違った事を言ったのではと一気に不安を覚えた。確かに冒険者の中でも割合的に少なかったがそんなに驚かれる程だろうか?
「何だそれ?」
「えっ・・・と、何だそれってどういう意味ですか?」
「まぁまぁ、詳しいお話は城内でお聞きしましょう。」
妙な雰囲気の中、山賊の後ろから静かに姿を見せた男を見て今度こそ安心する。控えめながら仕立ての良い衣服に身を包み容姿や落ち着き具合から彼こそ国王かその側近に間違いない筈だ。
そんな副王ファイケルヴィによって未だ気を失っているふりをしていたカーヘンを含めた6人は中へ案内されると温かくも質素な大部屋に通されて更に美味しい紅茶も用意された。
「それじゃまずは俺からだな!傀儡王のガゼルだ!よろしくな!!」
この山賊はどうやら頭も相当悪いらしい。自分で傀儡と名乗るというのはその意味を全く理解していないのだろう。故に次に自己紹介した副王のファイケルヴィこそが実質『ボラムス』の統治者なのだと結論付ける。
そして綺麗な金髪を持つ少女は『トリスト』の第二王女だという。容姿や気品から大いに納得するも空で見た真っ白な翼がいつの間にか消えていた部分だけは疑問が残る所だ。
後は自分を直接抱きかかえて運んでくれたのは『トリスト』の将軍チュチュであり、カズキもその国の精鋭部隊を率いる隊長なのだそうだ。
「私はルマーと申します。」
「あたしはカーヘン。しかしカズキと言ったな。お前ちっこいのに随分強いんだなぁ。」
「べ、別にちっこくはないだろ?!」
時折見せる少年っぽい一面にルマーも思わず顔が綻ぶ。そんな自分の様子にもまたおかしい所があったのか、彼も目を丸くしてこちらを見ていたが問題はここからだ。
「皆様、まずは私の我儘過ぎる要望に応えて下さり誠にありがとうございます。しかし私達・・・いえ、私はその、もう人に『魔法』を使ったり戦争に利用されたくはないのです。」
「それだ。最初から気になってたんだけど『魔法』って何だ?『魔法使い』って何だ?強いのか?!」
やはり子供か。訳の分からない横槍に再び苛立ちを覚えたルマーが今度は鋭い眼光で睨みつけるとカズキも驚いた様子から気まずい表情へ変化していく。
「この世界には『魔法』がないのか?」
「『魔術』でしたら聞きますが『魔法』というのは・・・本質的に違うものなのでしょうか?ルマー様、その力で誰かを傷つけろとは申しません。よろしければ一度拝見させて頂けませんか?」
王女に言われると流石に嫌とも言えないだろう。何よりこの場で最も幼いはずの彼女から一番こちらに気を掛けて貰っているのが伝わってくるとちょっとした事で不快感を見せる自分が恥ずかしく思えてくる。
「わかりました。ではカズキ、君にかけてあげるわ。一番興味があるみたいだし?」
だが三つ子の魂百までとも言う。いきなり性格が矯正出来る訳もなく、にやりと薄笑いを浮かべた後椅子から立ち上がって杖を構えたルマーは静かに大地の詠唱を唱えるとカズキが僅かに表情を歪めた。
「お?何か面白い事が起こってるな?!どうだカズキ?『魔法』ってのはどんな感じなんだ?」
「お、おう・・・こ、これは・・・『呪術』に近いな?」
この時体に相当な重さを感じていた筈だが座ったまま筋力だけで耐えていたらしい。椅子が木製であり、もし彼でなければそれを壊していた可能性もあった事を後から気が付いて謝ったが彼もまた普通ではないのだろう。
「そのくらいにしとけよ。でもあたしまで来ちゃったとなると残して来た2人が心配だな・・・」
カーヘンに言われてやっと『魔法』を解くも何故かカズキがとても喜んでいた事には無性に腹が立つというか納得はいかなかった。
(・・・もっと苦しませてやればよかったかな。)
不思議な少年に色んな意味で心を奪われていたお蔭で先程までの深刻な苦悩や後悔から解放されていたルマーは若干の悪態を巡らせていると副王ファイケルヴィが口を挟んでくる。
「これは魔術に詳しい『魔族』の方々かザラール様、クレイス様辺りに見て頂かないと結論は出せそうにありませんね。」
「『魔族』?!それは魔物に近いのか?!」
割と血気盛んなカーヘンがその言葉に食いつくが自分達の価値観や言葉の意味には大きな齟齬があるらしい。
「魔物ってのがどんなのかは知らんが少なくとも『魔族』はかなり紳士的で優しいぞ?あと争いが嫌いだから前みたいに戦意むき出しにするとすっげー嫌われると思う。」
「おまっ?!それはきちんと自己分析して物を言ってるんだろうな?!」
なし崩し的だったがカーヘンも既にカズキらを含めて随分と打ち解けているようだ。同じ戦士という職業からか似たような思考をしているのも後押ししているらしい。
「それでは次のお話に参りましょう。貴女方は『冒険者』と名乗っておられたようですがこれは官職ですか?それとも権威的な名称でしょうか?」
イルフォシアも彼らに構うのは時間と労力の無駄だと考えたのだろう。次の質問に移るとルマーはカーヘンと顔を見合わせる。
「・・・えっと、簡潔に申しますと人間社会を脅かす魔物を退治、討伐する傭兵みたいな職業、です。」
「ではその『魔物』についても教えて頂けますか?どのような容姿でどのように人間に害なすのか。強さや他にも特徴があれば全て教えてください。」
『ビ=ダータ』でも聞いていたが本当にこの世界にはそういう存在はいないらしい。なので説明がとても難しく、辛うじて『獅子族』のように人とかけ離れた容姿だという部分だけは納得してもらえたが他は中々伝わらなかった。
「人と全く違う容姿をしてて人間を襲うんだったら『悪魔族』とかまさにそれじゃねぇか?」
そこに傀儡王が閃いた様子で信じられないような言葉を告げるとまたも世界観の齟齬からこちらは恐怖で顔を引きつらせ、『トリスト』側の人間は明るい様子で頷き合っているのだから対比が凄まじい。
「『悪魔』?!や、やはりこの世界にも立派な魔物が存在するじゃありませんか!」
確かに彼らは言った。『悪魔』だと。これは決して言葉の上げ足取りでもなく聞き間違いでもないはずだ。しかも話を聞いているとそんな危険な存在を野放しにしているという。
「いや、野放しっつ~か、まぁ約束事の範囲内で働いてもらっているっていうか。あ~もう面倒臭ぇ!国境線のボーマとシーヴァルを呼んで来い!!」
こちらがあまりにも取り乱したせいでガゼルも説得を断念したのか、直接本人に合わせると言い出したのでルマーとカーヘンは視線を交わしつついざとなれば戦闘に入る事を確認し合っていた。
「遅くなったっす!何すか?!火急で飛空兵を寄越すなんてただ事じゃないっすね?!」
それからすぐに登城した青年とフクロウに似た『悪魔』を見た2人はすぐにひりついた空気を放つがこれを感じた周囲の人間は誰一人動じる事は無く彼らを紹介する。
「いいから待てって。こいつがシーヴァル。現在『ボラムス』と『リングストン』の国境線を護ってる隊長だ。んでこっちがボーマ、『悪魔族』らしく結構な酒好きでな。仕事中にも酒を呑もうとして困る時がある。」
「ども!シーヴァルっす!」
「初めまして。ボーマと申します・・・しかし彼女達から妙に殺気を感じるのですが私はどうすればよろしいでしょう?」
「どうもしなくていい。むしろ何もするな。じゃないとお前が無害だって証明出来ないだろ。」
見た目は明らかに自分達の知る魔物そのものだが話をしている様子だと穏やかさすら感じて本当に無害なのかと錯覚しそうになる。いや、それが彼らのやり方なのかもしれない。別世界の住人だという自分達の無知を利用して突然襲われる可能性を警戒すべきだ。
「・・・その魔物だと羽や嘴、目などが高値で取引されそうですね。」
「あの・・・ガゼル様?私の身の安全が脅かされているようですが?」
「いいから構うな。そいつらは別世界の人間なんだよ。何でも元の世界じゃ魔物っていうのを狩って暮らしていたそうだ。」
「なるほど。そういう類の人間ですか。・・・でしたらショウ様の制定して下さった内容に則り反撃の権利が・・・」
「ボーマ様、申し訳ございませんがその爪は御仕舞い下さい。大丈夫、必ず私達が御護り致します。」
むき出しの鉤爪は何人もの人間を殺して来たのだろう。そして何故彼らは『悪魔』を庇うのだろう。未だわからない事だらけのこの世界で自分達はどう動けばいいのだろう。
完全に行き詰ったルマーは緊張感から震える手で杖を構えていたが何時の間に近づかれていたのか。カズキが見た目以上に大きくごつごつした手の平を重ねてくると僅かに落ち着きを取り戻す自分に驚いてしまった。
「とにかくこの世界は・・・まぁ色んな奴がいるんだよ。んで俺の国は周囲より比較的安全だ。心配するな。」
山賊にしか見えない傀儡王の気休めにも似た安い台詞は不安を大いに駆り立てる。だが無理矢理同行してくれたカーヘンは落ち着きを取り戻すと座り直して紅茶を喉に流し込んでから小さな溜息をついていた。
「色んな奴っていうあんたの言葉は信用出来そうだね。イルフォシア様も背中から真っ白な翼を生やしてたじゃない?貴女もただの人間、ではないんでしょ?」
「はい。私は『天族』といって地上より遥か上空の遠い場所が故郷になります。そこでは沢山の同族が毎日畑を耕したり家畜のお世話をしたりして充実した日々を過ごしております。」
割と普通の人間と変わらない生活内容を何故かとても楽しそうに、嬉しそうに話してくれる姿はカーヘンの心をほぐすのには十分だったらしい。
「・・・ま、いいんじゃない?少なくともあたしは彼女達を信じるよ。あとカズキだっけ?お前にはちょっと稽古をつけて貰いたいかな~?」
「おお?!願ってもない申し出!!いいぜ!!」
既に彼女の目標は不覚を取ったカズキへの雪辱に向かっているようだがそれが無性に腹が立つのは何故だろう。
「・・・わかりました。でも絶対に、絶対に私達を戦いに巻き込まないで下さい。」
「ああ、それは約束する。」
だからお前じゃない!出来れば他に頼れそうなチュチュ将軍やイルフォシア王女から言質を貰いたいのだ!と反論したかったが心の負担が軽くなっているのを実感していたルマーは無言で頭を下げるに留める。
そしてその夜はチュチュの上官にもあたるワミール将軍も参加して晩餐会を開いてもらうとこの国や世界の種族や軽い歴史、現在の状況など今まで聞けなかった話を沢山教えて貰うのだった。
「ねぇシーヴァル。カズキ君って今どこにいるの?」
「え?そっすねぇ。彼も相当忙しいっすからね。またガゼルさんに頼んでおきましょうか?」
それから気が付くと一週間が過ぎており、そして気が付かないうちにカズキを探しているとその日は初めて彼の奥さんと顔を合わせる事になった。
シーヴァルは底抜けに明るい性格をしているのでお相手もてっきり似たような元気な人だと勝手に思い込んでいたが少し陰のある女性が無言でこちらに視線だけを向けて来た時は一瞬幽霊の類かと勘違いした程だ。
「こ、こんにちは~・・・」
「・・・・・」
「ほ、ほらカーディアン!彼女が『魔法使い』のルマーさんっす!挨拶返さなきゃ・・・むぅ?!」
ところが彼女にとって似た年頃の自分やカーヘンは別の意味で厄介者だと思われていたらしい。城内の廊下で突然カーディアンの方からシーヴァルの首に腕を回すとこれ見よがしに熱い熱い口づけを交わしたのだから驚きと同時に目を丸くして凝視してしまった。
「・・・だったら貴女が直接ガゼルに尋ねなさい。人の夫に頼り過ぎよ?」
なるほど。これはかなり重い女のようだ。静かで美しくも妙に威圧感のある声で諫められたルマーは軽率な行動を反省すると共にそそくさとその場を後にする。
そして傀儡王の下へとぼとぼと向かう途中、訓練場から元気な音が聞こえて来たので立ち寄るとそこではカズキとカーヘンが立ち合い稽古を行っている最中だった。
「くっそぉ!お前、まだ15だろ?!つ、強いなぁ?!」
「はっはっは~。強さに歳は関係ないのだ。」
彼女も一緒に冒険してきた仲間であり能力はルマーも十分知っているがそれでも6つ程年下の彼には軽くあしらわれるらしい。
「また訓練してたのね。カズキ君、暇があれば私の部屋に来てっていつも言ってるでしょ?」
「げ?!ルマー!い、いや、だって暇があれば修業したいじゃん?」
本人を前に『げ?!』とは何と失礼な。これは年上の女性として是非躾けてやる必要があるだろう。手招きして呼ぶも彼は木剣を放り出してその場を走り去ってしまったので残されたルマーは両手を腰に置いて軽いため息を付く。
「・・・お前さぁ、本気なのか?」
「何が?」
「・・・いや、何でもない。」
「???」
短いやり取りの意味を深く考えなかったのはやっと心身が健康な状態に戻って来たのとそれにより『ビ=ダータ』に残してきてしまった2人の事を気遣える余裕が出て来たからだ。
しかしその話をするにはまだ早いと判断されていたらしく、周囲の誰からも教えてもらえなかったので今日こそ彼から聞き出そうと考えていたのだが仕方ない。
「・・・よし。傀儡王に頼んで来ましょう!」
あまり詳しくない国家の内情と使い慣れていない権力に頼る事を覚え始めたルマーは気を取り直すといつも暇そうにしているガゼルの下へ軽い足取りで向かうのだった。
傀儡と言えど国王への直訴は効果覿面だったらしい。翌日カズキが自分の部屋にやってきたので喜色を浮かべると同時に目を疑う程の美少年、いや、美青年も一緒に入って来たのだからそのまま石像のように固まってしまう。
「ったく!俺も色々忙しいんだぜ?ったく!で、今日はルマーに会いたいっていう『魔術師』も連れて来た。俺の一番弟子でもあるんだ。」
「こんにちは!僕はクレイス=アデルハイドと申します!一応『アデルハイド』王国の王太子なのですが今はそれより『魔法』について是非教えてください!!」
「えぇ?!は、初めまして!私は『ムガメル』の冒険者ルマーと申します!!あ、あの、カズキ君?こういう高貴な御方をお呼びする時は事前に伝えておいてもらわないと・・・準備とか、ね?」
「毎回毎回俺の都合も考えずに呼びつけといてどの口がほざいてるんだ?!それにクレイスはダチだから遠慮はいらねぇよ!!な?」
「う、うん。そうなんだけど・・・ルマーさん、そんな頻繁にカズキを呼び出してるの?」
意識していなかったのでこちらも意外そうな表情をしていたのが相当気に食わなかったのか。カズキは悪い目つきを更に悪くしてむすっとした表情を作っている。
「と、とにかく座って座って!ほらほら王太子様も!」
ある意味藪をつついて蛇を出してしまったルマーは慌てて椅子に座らせるとイルフォシアやガゼルの御前とは異質の緊張で頭が働かない。
そもそも何故自分はカズキを呼び出したのかすら思い出せないままもじもじしているとかなり好奇心旺盛なのか、クレイスの方から話を進め始めた。
「カズキからも聞いていたんですが『魔法』って何か『呪術』に似てるらしいですね。一体どんな原理なのですか?」
「げ、原理・・・と言われましても、その、精霊に語り掛けて力を借りて、それを具現化するんですけど『魔術』もそんな感じではないのですか?」
「『精霊』?これは僕の知る術式と全く違うような・・・面白そうですね。是非続きを聞かせて下さい。あ、その前にちょっとお茶の準備をしましょう。」
今まで見た事の無い美青年の美声、話し方、一挙手一投足に見惚れていると彼の方はそんな視線などお構いなしに自ら用意してきたお茶菓子と紅茶をてきぱきと用意して円卓に素早く展開して見せる。
詩人の歌に使われそうな人物は皆こういう者達なのだろうか。まるで夢の中にでもいるかのような錯覚を感じていたが相変わらず隣でふくれっ面をしていた目つきの鋭いカズキが視界に入ると思わず笑みと緊張が溢れてしまった。
「カズキ君、いつまで拗ねてるの?言っておくけど貴方を呼んだのにはちゃんと理由があるんだからね?」
「ほう?それじゃ先にそいつを片付けようぜ。俺も暇じゃないんだ。」
「何言ってるの。今は『魔法』の話が先だよ。それに畑仕事もひと段落したんでしょ?急ぎの任務もなさそうだしゆっくり付き合ってあげればいいじゃない。あ、あと従姉のシャルアさんが顔を出すようにって凄い剣幕だったらしいよ?」
なるほど。彼には従姉がいるのか。何気ない情報ではあったが何故か嬉しかったルマーは密かに心へ留めるがカズキのふくれっ面が怯えと慄きに切り替わっていたので思わず声を上げて笑ってしまう。
それから『魔法』についての基礎を説明しつつ、杖を通して各精霊達の力を借りる話やそれによる杖の消耗などをしていくと王太子の眼は星のようにきらきらと輝いて直視し辛くなってきた。
「へぇぇぇぇぇぇ!!!そういう仕組みなんですねぇ!!!!じゃあ早速僕にも何か掛けて貰えませんか?!」
この世界の人間はどうなっているのだろう?王太子ともなれば次期国王なのだからもっと御身を大切にすべきだろうにカズキもその発言を咎める気配はないのだ。
「では補助魔法を1つだけ・・・」
「「『補助魔法』?」」
これは仲間の為に使うものなので前にカズキに放ったようなものではない。故に何か不具合が起きなければ大丈夫だろうと軽く考えていたのだが前提としてこの世界に『魔法』は存在しないという事をすっかり失念していた。
「うわ?!な、なにこれ?!か、体が凄く軽く感じる?!」
「何?!俺の時は滅茶苦茶重くなったぞ?!」
「そりゃそうよ。カズキ君には相手の動きを鈍らせる魔法を使ったんだもの。」
その事実を今初めて教えるとクレイスは満面の笑みで腕を肩からぐるんぐるんと回し、カズキは唖然とした後更に不機嫌そうな表情でそっぽを向いてしまった。
「これが『魔法』ですか!凄いな・・・あ、でも相当な魔力を消費するのでは?」
「魔力?っていうのがよくわかりませんが杖の加護は消耗していますね。だから定期的に新しいものと交換したりしっかし手入れしなければなりません。あの、次は私に『魔術』を教えて貰えますか?」
言葉こそ近しいがどうやらその内容は全く異なるものらしい。ルマーもその辺りが気になったので不機嫌な彼はさておき一度その基礎を教えて貰うといよいよ別世界なのだと痛感した。
「『魔力』を使って・・・クレイス様達は自身の力のみで『魔術』を展開されるのですね。」
「うん。だから杖とか詠唱とか精霊とか外的な要素はないですね。全て自分の力だけで扱う感じです。あ、でも一応どれくらい魔力を保持しているか確かめさせてもらっていいですか?」
「?はい?どうぞ?」
良く分からないまま言われた通りに手を差し出すと彼の綺麗ながらも多少傷のある右手がそっと自身の掌に当たった。
「・・・本当だ。魔力をほとんど感じない。それでもさっきみたいな『魔法』を使えるんですね。不思議だなぁ。」
彼は相手に触れる事で魔力とやらの量を測れるらしい。それこそ不思議だと呟きたかったがいい加減放置が過ぎたのか、わざとらしい咳払いをするカズキが少し可愛く思えたルマーは一度話を終えると思い出したかのように用件を告げるのだった。
「そうそう。私が教えて貰いたかったのはボトヴィやアナの様子よ。誰に聞いても答えてくれないんだもの。カズキ君、彼らは今どうなってるの?」
最近少しずつ周辺国の関係性も理解し始めていたルマーは『ビ=ダータ』に残してきた仲間について尋ねるが2人は顔を見合わせてからカズキが代表して口を開く。
「お前の精神状態を考慮して今あの国の情報は一切明かせないように言われてるんだ。でもお仲間は元気だから心配するな。」
『ボラムス』と『トリスト』はこちらが思っている以上に気をかけていてくれているらしい。丁寧で親切な対応や何不自由なく毎日を過ごせている事を改めて思い出すと僅かに負い目を感じてしまう。
「そう・・・よかった。でも前から気に入らない所もあるの。そこも聞いてもらっていいかしら?」
だが生来かなり気の強い彼女は別の不満点を解消しようと話題を切り替えるとまたも2人は顔を見合わせながら続きを促して来た。
「カズキ君、前から言ってるけど私は6つも年上なの。いい加減その「お前」っていう呼び方やめてくれないかしら?」
「え~?だってお前、部外者だしよくわかんねぇ存在だしいっつも俺の邪魔ばっかりしてくるし敬う所が何一つないんだもん。俺は俺が敬意を払いたい存在以外に態度を改めるつもりはないぜ?」
「ほう?だったら私も『魔法』で対抗しようかな~?」
「そ、そんな事で貴重な『魔法』を使わないで下さい。ねぇカズキ、せめてお名前で呼んであげてよ。ルマーさんでいいじゃない。」
「・・・じゃあルマーで。うおおおおおお?!お、お前、また体が重くなるやつをっ?!」
流れるように杖を構えた後無意識に詠唱していたルマーはその様子を見てやっと少しだけ溜飲が下がるとくすくすと笑い声を上げてから解除する。
「ルマーさんよ?いいわね?」
そのやりとりを見ていたクレイスがドン引きするのも気が付かずにやや恨めしそうな顔を向けて来たカズキが何故か愛おしくて楽しくて仕方がない。
まさか自分の中にこんな嗜虐的な性格が存在していたなんて。少しして冷静さを取り戻した彼女は若干の自己嫌悪に顔を俯かせるがそれからすぐ王太子が彼の腕を引っ張って無理矢理退室した後、暫くすると今度はカズキ1人がどかどかと部屋に戻って来たのだ。
最初はやりすぎた仕返しに来たのかと内心びくびくしていたがそうではない。これには彼女を思う明確な理由があった。
「なぁカズキ、少しの間でいいんだ。出来ればルマーの近くにいてやってくれないか?」
あれから2人が部屋を後にした後すぐにカーヘンが接触してきて彼にそう懇願してきたのが始まりだったそうだ。
「えぇぇ?!お前の大事な仲間ってのはわかってるけどあいつ怖いんだよなぁ・・・」
「そ、それはまぁ・・・多少そういう所はあるけど今はまだ本調子じゃないっていうか、見てて凄い不安定なんだよ。だから無意識に頼り甲斐のあるお前を求めてるんだと思う。」
これは最も心身が弱っていた時ひょっこり顔を出したのがカズキであり強引ながら『ビ=ダータ』の戦争から切り離してくれた事で周囲や本人が思っている以上に感謝と感動を覚えたのではと考えていたらしい。
「・・・カズキ、暫くここにいてあげなよ。」
「お前なぁ。他人事だと思って・・・」
「じゃあ従姉さんの所に顔を出してあげなよ。前から感じてたんだけどカズキは部下や友人には優しいけど家族とか異性に対する気配りが足りてないよ?」
「な、何ぃ?!そ、そんなはずはないっ・・・だっ、ろぅ?」
この時ルマーはまだ知らなかったがどうやら彼の祖父も各地で愛人を作っては子を設けたり、それでいてその地に二度と戻らなかった事が多々あったそうだ。
そしてそうなるまいと心に誓っていたらしいが親友であるクレイスからばっさり告げられると心に大きな衝撃が走ったという。つまりいつの間にかそんな祖父の行動を模倣していた事に気付かされた訳だ。
王族という肩書と血は伊達ではない。彼の的確な指摘は高みを目指すカズキを一瞬だが大いに苦しめ、後悔させた後すぐに行動へと走らせる。
結果、呼んでもいないのにルマーの部屋に上がり込むと我が物顔でくつろぎ始めた訳だ。
「何かあったの?」
「・・・毎回呼び出されるのが面倒だから傍にいる事にした。それだけだよ。」
「ふ~ん。じゃあこっちにおいで。」
彼女が寝具の端に腰を下ろして手招きすると先程の態度と打って変わって素直に従うカズキにこちらが若干の違和感と罪悪感に囚われたがそのお蔭か今までの気持ちがやっと言葉と行動に現れた。
ルマーは静かに隣にいるカズキを優しく抱きしめると僅かな緊張に思い出した不安、そして安堵を順に感じながら耳元で静かに囁く。
「・・・あの場所から救い出してくれてありがとう。」
そしてやっと伝えたかった一言を告げると2人はまるで時が止まったかのようにしばらくそのままの状態で体温の上昇を感じあうのだった。
ショウとネイヴンは以前から『ビ=ダータ』や大実業家達の怪しい動きを察知していた。そこで今回は『リングストン』の侵攻を利用してそれらを一掃する事を献策したのだ。
まずは『トリスト』の防衛軍にわざと苦戦を演じさせる。これにより侵略地域は混乱と消耗を強いられるだろうがガビアムも自国への侵攻には必ず奥の手で対処せざるを得なくなるはずだ。
ところが彼はこちらが想像していた以上に忍耐力が備わっていたらしい。これは実姉が生首の塩漬けとしてネヴラディンから贈呈された時の事を知らなかったので仕方のない部分でもある。
そのせいで『リングストン』軍は20万以上の軍を率いて領土に侵入すると抵抗らしい抵抗を見せなかった為石火の如く各地を落としていった訳だ。
「やはり想像以上に厄介ですね。もう少し何か材料が無いと炙り出せないか・・・」
ショウは戦況報告を受けてただただ感心していたがネイヴンやザラールは難しい表情で無言を貫いている。というのも『ビ=ダータ』から防衛軍について矢のような催促と責任の所在がひっきりなしに送られてくるからだ。
「ショウ。そろそろ本腰を入れんと本当に版図を持って行かれるぞ。いつまで我慢比べをするつもりだ?」
この件に関して一番難色を示していたのはザラールだった。何故なら国家の思惑とは関係ない民への負担を重く捉えているのと『ビ=ダータ』との関係も考慮していたからだ。
しかし誰よりも情を棄てて自国の為に動けるショウの方はあっさり割り切っている。
「その時はその時です。今は獅子身中の虫を炙り出す事が肝要ですから。」
『トリスト』の戦力も全く消耗していない為こちらにはまだまだ余力がある。そして水面下で入手した情報の信憑性から譲る気など一歩も無い。
ネイヴンも2人が必要以上に衝突しないよう注力するに留めていたのだが2週間も経過すると『アルガハバム領』と『ワイルデル領』の実に7割近くが『リングストン』に制圧されていた。
「う~む。ここまであからさまに手を抜かれるという事は完全に見透かされているな。」
ボトヴィとその仲間を傘下に収めているガビアムは出来る限り彼らを使いたくなかった。何故ならこの力は防衛や反抗戦ではなく侵攻で放ちたかったからだ。
現在『ビ=ダータ』は『アルガハバム領』と『ワイルデル領』を包しており国力も十分育ってきていたがガビアムの野心が沈静化する事は無い。
そう、彼は『リングストン』の滅亡しか見ていないのだ。
なのに『トリスト』はこれ以上の交戦を回避するよう動いている。そして『ビ=ダータ』も防衛力を彼の国に頼っていた為打って出る切り札を持ち合わせていなかった。
そんな中降って湧いて来たのがボトヴィ達だった。
『神界』と呼ばれる世界に住む『神族』という者達からヴァッツが力を奪った話を聞かされていたし、それにより別世界の物や人がこちらの世界に干渉してきているのも良く知っていた。
だがその恩恵をまさか自分が受けられるとは思いもしなかったのだ。神と呼ばれる存在が無力化された事による副産物なので天啓とは若干異なるだろうがこれこそ運命、宿命と呼ばれるものなのだろう。
であれば今こそ味わってきた辛酸は、臥薪嘗胆は必ず晴らさねばならない。故にガビアムは初心に返って今は『トリスト』に牙など持っていないのだと演じ続けていたのだ。
しかし今回は相手が悪かった。特に『シャリーゼの懐刀』と呼ばれていたショウは自国の為なら全てを切り捨てられる程非情な存在だ。
その刃は現在『トリスト』の為に全てを断ち切り国を、世界を動かさんと光を放ちながら方々に振るわれている。結果『ビ=ダータ』は要衝を除いた大部分が陥落してしまった訳だ。
これ以上長期間領内を占有され続けるのも不味いだろう。下手を打つと人心が再び『リングストン』に傾いてしまう可能性がある。そうなる前に反抗作戦を決行せねばならないが手の内をばらすことになってしまう。
もしかすると大将軍であるヴァッツがどこからともなく現れてあっという間に現状を打破してくれるかもと淡い期待も抱いていたが今回はその望みも薄そうだ。
「それじゃ俺達が出ましょうか?」
「いいや。君達はこの王城さえ護ってくれればいい。」
『ビ=ダータ』にもまだ余力がある。もし王城だけになったとしてもここさえ陥落しなければ『トリスト』も必ず援軍を寄越して奪還に奔走せざるを得ないはずだ。
(・・・いや、もしや最後まで傍観を決め込むつもりか?)
別世界からの戦力を報告していないのは裏切りと受け取られても仕方が無い部分はある。ましてや彼らの諜報能力からすれば全てを把握していてもおかしくは無い。
だが前提条件としてこちらが上納する事によって国防を約束されていたのだからこれでは話が違うと問い詰める事は出来るはずだ。その時にまだ『ビ=ダータ』が存続していればの話だが。
「・・・仕方ない。別の方向から切り込むか。」
離反するつもりなどなかったが猶予は限られている。言い訳は後で考えるとして侵略から3週間が経過した頃ガビアムは計画を修正すると遂に別世界から現れた猛者達に反抗の命令を下す。
「よっしゃ!んじゃ行ってきます。」
すると彼らは待ってましたと言わんばかりに王城から意気揚々と飛び出してまずは近隣の『リングストン』軍をあっという間に壊滅していくのだった。
「何だあいつら?」
その様子を空から眺めていたのが今回の総指揮を任されていたチュチュだ。彼女は以前の『リングストン』侵攻時に一軍を任されていたものの不覚を取り、今回はその雪辱を果たす意味も含めて再び任務を任されていたのだ。
「あれがショウ様の仰っていた例の戦士達では?」
副将軍のコッファが憶測を告げると彼女も何となく納得はする。遠目ではあったが確かにあまり見ない意匠の鎧兜や衣服は違和感で一杯だ。
そして数も4人ととても少ないが彼らは臆する様子も見せずに『リングストン』の布陣へ真っ直ぐ向かって行くと徐に長剣や杖を構えて見せる。どうやら戦闘の意思表示か準備らしいがそこに『獅子族』が姿を見せるとこちらもわくわくしてきた。
相手が少数だという事で『リングストン』側も少数の猛者で対抗しようとしたのか、もしくはあまりにも手ごたえの無い戦いに辟易していた彼らが自ら志願したのか。
兎にも角にもこれでやっと『ビ=ダータ』の裏情報を得られるのは間違いないだろう。
後は少し高度を落としてその力量をしっかり確かめるべく目を皿のようにして見守っていると戦端は開かれた瞬間に終わりを見せたのだ。
「・・・ほう?やるじゃないか。」
一番先頭にいた長剣を手にした者が少しだけ間合いを詰めてそれを振るうと『獅子族』達はかなり遠い位置で一気に分断されるまでの傷を負って地面に転がっている。
更に返す剣で10人全ての『獅子族』が落ちると4人は一気に敵陣へ走っていって数だけの民兵達をあっという間に斬り伏せていったのだ。
「あれは・・・魔術でしょうか?」
もはや一方的な蹂躙と化した戦場を前に冷静なコッファの口から出た疑問形の呟きにはチュチュも沈黙する。それは先陣を切る戦士でも槍を振るって戦う戦士でもない。後方の1人が光を放つと兵士達は何故か大した外傷も受けずに倒れていった事を指している。
『トリスト』国内外でも聞いた事がない術式に答えは見つからず、今はその結果をしっかり脳裏に叩き込む事に意識を向けていると戦いはあっという間に終わりを迎えていた。
「・・・これは確かに脅威だな。」
何故ショウがあれ程まで警戒をしていたのかいまいち理解に苦しんだが今は一刻も早くこの件を報告したくて仕方がない。
チュチュはコッファに頷くと静かにその場を離れるのだが地上にいた1人が彼女達に気が付いていた点は見過ごしてしまっていた。
王城を落とせば全てが終わる。
それをわかっていたからこそ『リングストン』は虎の子ならぬ獅子の子である『獅子族』全員を配置していたのだがそれを失った事でネヴラティークは初めての不安を感じた。
(まさか彼らに勝てるような存在が向こうに?いや、後ろ盾が『トリスト』なのだからいくらでもいるだろうが・・・)
だったら最初から、国境線を超えた時からその力を以ってしっかり防衛すべきだったはずだ。なのに護るふりだけをしてきた『トリスト』が今更本気の反抗戦に打って出る意味は何だ?
多少の混乱も感じていたネヴラティークはコーサを呼びつけるとその真意について相談するが彼自身も小首を傾げるだけで納得のいく意見は全く出てこない。
「ヴァッツ様以外ですとカズキがいい戦士ですよね~。でも報告ではしっかりした青年達で数は4人でしょ?う~ん・・・聞いた事がないですね~。」
どちらかというと彼の国の強者は少し幼い世代か極端に年を取った部類、国王や右宰相といった『孤高』の印象が強いのでこれは全く新しい存在だと考えた方が良いのかもしれない。
「どうやら徹底的に調べる必要がありそうだな。それと『ワイルデル領』の侵攻を任せていたナヴェル将軍にもすぐに伝達だ。」
強国ながら唯一空を飛ぶ手段を持ち合わせていない『リングストン』は直ちに早馬を走らせると次にネヴラティークは4人との接触について相談を始める。
これはより詳しい調査だけでなくその正体を確かめる事、更にうまく話を運べばこの状態で停戦及び休戦条約まで結べるかもと考えてだ。
(既に領土のほとんどを奪還し終えているのだ。もし相手が想像以上の猛者であれば無理に衝突する必要もあるまい。)
そうと決まれば例の4人に斥候を送って話し合いの場を設けようと画策する。するとすぐに良い返事が返って来たのでネヴラティークは早速彼らを招き入れる為の準備を整えるのだった。
「ようこそ。私は『リングストン』の第一王子ネヴラティークと申します。」
「これはこれはご丁寧に。俺はボトヴィ、こっちはルマー、カーヘン、アスだ。」
言葉遣いの端々に若干の横柄さを感じたネヴラティークはついコーサに目を向けてしまったが国に仕える者としてまず強さが一番重視されるのはどこも同じなのだろう。
見た事の無い意匠や鎧に身を包んだ彼らを観察しつつ話を進めていくと最初に兜や外套を外した瞬間ボトヴィ以外は全員女性らしいという事は理解出来た。
「さて、ここ『アルガハバム領』は元々『リングストン』の版図であり今回はそれを奪還すべく兵を進めて参りました事はご存じかと思われます。」
「ほう?そうなのかい?それは初耳だったなぁ。」
あり得ない答えに思わず驚きを見せそうになったがこれで1つ謎が解けた。どうやら彼らは巷で囁かれている別世界の住人で間違いなさそうだ。
でなければ『カーラル大陸』で最も広大な領土を持つ『リングストン』の事情を知らない筈がない。同席していたコーサが目を丸くしていた件はあとで正すとして話はまだ先がある。
「はい。ですので今回の反抗戦は概ね成功と言って差し支えないでしょう。既に『ビ=ダータ』の版図も2割程度しか残っておらず戦力にも雲泥の差があります。ですので我々としてはこれ以上無益な争いを止めて停戦か、もしくは大人しく従属して頂ければと考えております。」
本来であればガビアムを呼びつけてする内容を何故この場で語ったのか。それは単純に彼らが純粋な『ビ=ダータ』国民ではないからだ。
つまり命を賭けて戦う理由も無ければ義理もない。たまたま彼の国に迷い込んでしまい良いように利用されているとネヴラティークは推測したのだが果たしてどうだろう。
国家の代表としての立場と意見を表明した後、ボトヴィ達の様子を睨みつける一歩手前のような視線でじっくり観察していると少し考え込んでいる彼以外が初めて言葉を発してきた。
「・・・それは私達では決めかねます。それにガビアム王からは落とされた拠点を取り戻すよう命じられて来ましたので貴方の提案にお答えする程の責任も負いかねます。」
こちらの女性はルマーといったか。魔術師らしい格好?をしており言葉もしっかり選んで対応している所から知性や品格を窺える。
「ふむ。しかしそれ程の大役を任されたのであれば貴女方もかなり高位の役職や権限を与えられているのではありませんか?」
この質問は直接彼らの正体を探るものなので今回は4人が顔を見合わせると再び隊長格のボトヴィがすんなり答えてくれた。
「いいや、俺達は傭兵みたいなもんさ。そもそもこの世界の地位や名誉なんかもまだよくわかってなくてさ。」
一瞬で猛者である『獅子族』10人を斬り伏せた者の発言とは思えない内容に何度目かの驚愕を覚えるもその隙を見逃す道理はない。
「でしたらどうでしょう?ボトヴィ様を含めルマー様、カーヘン様、アス様を正式に我らの国へとお迎えするというのは?」
「何でそんな話になるんだよ?」
すると再び女性の声、鎧に身を包んだカーヘンが非難めいた様子で返して来たがネヴラティークも冷静に対応する。
「逆にお聞きしたい。我が軍きっての猛者達だった『獅子族』を一瞬で屠る力を持つボトヴィ様達に『ビ=ダータ』王は何故何の官職も与えておられないのですか?」
「それはあたし達が興味ないって言ったか・・・」
「しかし貴女方の強さは承知されていたのですよね?だから4人だけを2万もの軍勢に送り込んできた。私であればどれだけ遠慮されようとも必ず最高位の役職、勲章、権限等を与えてから送り出します。何故ならそれが命を賭けて戦う者への敬意だからです。」
段々とわかってきた。どうやら『ビ=ダータ』と『トリスト』は何やら腹芸で互いを牽制し合っていたらしい。
でなければこうも簡単に侵攻が進むはずがないし突然これ程の猛者が何の肩書も持たせずにいきなり放たれるとは考えにくい。
(彼らも一枚岩ではないという事か。いや、考えてみれば『ビ=ダータ』に大実業家達が集まっている時点で警戒すべきだったのだろう。)
そんな思考をおくびにも出さずボトヴィ達の様子をまたも静かに観察していると女性達からは妙な雰囲気が漂い始めている。
もしかするとガビアムは大きな下手を打ったのかもしれない。逆に自身は今大きな好機を得られたのだ。
「故に私は貴女達を是非『リングストン』へ正式にお迎えしたい。例え地位や名誉に興味は無くとも貴女達の強さには敬意を持って接したいと私は強く考えます。」
今まで『ビ=ダータ』でどのような扱いを受けて来たのかわからないが現在この話を聞いて少なくとも彼女達の心は大きく揺れ動いているのは間違いない。
復讐心に囚われて基本を見失っていた王とネヴラディンの影に隠れがちだが確かな手腕を持つネヴラティークの差がこの時はっきり生まれると彼女達は相談したいと言ってその日は王城へ戻っていった。
「いや~流石っすね~まさかあいつらを引き込もうだなんて言い出すとは~。これもネヴラディン様の血ですかね~?」
「かもしれんな。しかし悪くはなかっただろう?」
もしここで停戦協定を結び、更に彼女達のような力を手に入れられる事が出来れば『リングストン』の強固な地位がますます約束されるだろう。
且つ失った領土の大半を奪還したとなればもはや国内でネヴラティークを軽視する者はいなくなるはずだ。そして最終的にはそれらを使って大王を失脚させる、もしくは事変を起こして無理矢理玉座を奪取してしまうのもいい。
どちらにせよ別世界からやって来た強者達は誰かに利用される道しか残されていないというのは何とも皮肉な話だ。いや、例えどんな世界であろうとも力を持つ者というのは誰かに利用されて然るべきなもかもしれない。
「・・・しかしヴァッツ様の引き付けは相当上手くいっているようだな。」
そんな混沌とした世界の中でも相変わらずな破格の存在はネヴラディンの策謀によって現在は西の海をのんびり・・・ではないが航海中の筈だ。
ルバトゥールが呑気に気を失っていなければいいが。兄として色々思う所はあったものの将来ヴァッツの力を我が物にしたいネヴラティークは静かに遠い西の空を眺めるのだった。
『カーラル大陸』に大きな動きがあっても彼が全く動かなかったのには理由がある。それがネヴラディンの用意したとっておきの三文芝居だ。
「おらおらおらぁ!!今日こそ金目の物を奪わせてもらうぜっ?!あと女もなっ!!」
「あ、また来た。」
「懲りねぇなぁ・・・ってかわざとやってないか?」
「ヴァッツ様が毎回無傷で帰されてますからね。懲りる理由がないのでしょう。」
既にこの海賊船とは5度に渡って遭遇している為こちらの乗員達も姿を隠す事も見構える事も無くすっかり慣れた様子で彼らに白い目を向けている。
ちなみにヴァッツとアルヴィーヌだけは手を振って迎え入れる様子すら見せていた事には触れないでおこう。
綺麗な衣装に袖を通すのも慣れてきた時雨は念の為と言い訳しつつヴァッツの傍に体を預けるような、それでいて庇うような位置を確保しながら彼らが乗り込んでくるのを緊張したふりをして見守る。
「俺たちゃ海賊だからな?!狙った獲物は逃さねぇのよ!!」
「毎回毎回海賊を主張してくるのってどうなの?しかも毎回毎回失敗してるじゃない?」
何かを察していたハルカは腕を組みながら誰よりも白い眼で彼らを睨みつけていたがその真意をわかるはずもない主はうきうきした様子で歩み寄った後話を始める。
「で?!今日は何して遊ぶ?!」
「こちとら遊びじゃねぇ!家業だ家業!!いいか?!今日はそうだな・・・絵合わせでどうだ?!」
それを遊びと言わず何と言うのか。しかも船上でその発想はもはや正気を疑われそうだがこれには5度目の襲撃という理由も関わっている。
まず海賊というのは船をぶつけて来て乗り込み乗員と白兵戦を始める。その後船ごと拿捕するか目ぼしい金品だけを強奪して去っていくのが正道なのだろうがそんな蛮行をヴァッツが許す筈もなく結果何も傷つけられず、破壊出来ず奪えずに退散していった。
以降も数日ごとにちょっかいを出しては本職らしい事をしようと頑張ってはいたものの海賊の何人かがアルヴィーヌに海へ投げ捨てられると遂に諦める、事は無く別の方向から攻めようと画策したらしい。
それがこういった遊戯に近い知能戦という訳だ。
「いいね!!やろうやろう!!」
「よ~し。じゃあ私が負けたら捕らえられて上げる。その代わり私が勝ったら海賊船を頂戴?」
自身が王女という立場を知ってか知らずか、吹っ掛けているようで実はかなり釣り合った条件を持ちかけるとリリーはくすくすと笑いを堪えていた。
「こ、こいつは大事な商売道具だぞ?!ほ、他の物じゃ駄目か?!」
そもそもアルヴィーヌを捕えた所で飽きたら勝手に戻って来るに決まっているのだから取引にはならないだろう。焦る船長を他所にこちらの船員たちも「また面白い事をやってるな。」くらいの様子で見守っているとそこに無理矢理入り込んでくる人物が1人。
「で、でしたら私も自由になさってもらって結構です!そ、その代わり私が勝てば海賊家業から足を洗って下さい!」
「ほう?お前は確かルバトゥールだったな?いいのか?お前だけはこの中でも極端に弱いんだぞ?色々とな?」
大王からどのように命じられているのかはわからないが何とかヴァッツの心を掴む為に酔狂な遊戯への参加を表明すると時雨は軽い溜息を付く。
「わかりました。それでは私が一番に勝てば金輪際私達の船を襲うのを止めて下さい。」
「お前ら・・・海賊に向かって好き勝手ほざきやがって!!よ~し!それじゃ俺が勝てば総取りだ!!いいな?!」
「どうぞ。」
こうして先を読む能力を解放した時雨は最初のじゃんけんから一番手を選び、他の者達が一切札に触れる事無く全ての絵合わせを終えると速やかに彼らを追い出すのだった。
「地位はともかく名誉欲ってのはあるのかもしれないな。」
最低限の仕事を終えた4人は王城でガビアムに戦果の報告だけすると与えられていた部屋に戻って早速ネヴラティークの話題について切り出した。
「前にいた所じゃ救国の英雄って呼ばれてたしね。でもネヴラティークか。あっちの方が王族らしくてあたしは好きかも。」
「カーヘン。見ず知らずの地へ迷い込んだ所を救って下さった御恩をお忘れですか?」
ルマーは多少批難するような声を上げてみるが自身もネヴラティークの提案には色々思う所がある。
特に『ビ=ダータ』での生活は何不自由なかったもののその情報や歴史背景といった部分に関して何も教えて来られなかった事に今更ながら猜疑心が芽生え始めたのだ。結果この地が本来『リングストン』の領土であるのかどうかという真偽すらわからないまま戦わされたとなるとそれは更に大きくなっていく。
もしネヴラティークの発言が正しければ世間から逆賊と罵られてもおかしくない。
いや、そもそも魔物を相手に戦ってきた自分達が今回初めて人間の戦争に巻き込まれた事、そして沢山の命を奪ってしまった事について他の仲間は何も感じないのだろうか?
そのせいで人生で感じた事がない程の心的負荷と後悔に思考と理性が崩壊しそうなルマーが弱いだけなのだろうか?
人を護る為に戦ってきた自分が、自分達が何故人と戦わなければならないのか?答えが出なくとも自問自答を繰り返すのはそうしないと心が砕けてしまいそうだからだ。
「だったらこのままガビアム王の下で戦おうぜ。色々考えるのも面倒だし、そもそもこの世界は俺らの世界じゃないんだ。深く考えても仕方ないだろ。」
「ボトヴィ!そういういい加減な発言は御控えになって下さい!!」
つい大声で諫めてしまうと彼は首をすぼめて怯える様子を見せるも本当に何も感じていないらしい。そんな彼に一時は抑えきれない程の確かな恋心が存在していたと思うとこれもまた後悔に塗りつぶされていく。
以前の世界では魔物と呼ばれる生物が跋扈しており人々はその脅威に怯えて暮らしていた。
それを討伐する為に様々な国策が打ち立てられていたのだが自分達はその中の一つ、冒険者と呼ばれる身分で活動していた。
これは国家から魔物を討伐する正式な許可とそれにまつわる巣穴の駆除、そして戦利品は全て自分の所有物として認められる等様々な特権が認められるものだ。
その免状を取得した時15歳だったルマーは道場や王宮で散々聞いて来た英雄の話に胸を熱くさせて、自分もそんな偉人達に並ぶような活躍をしてみせると息巻いていたのも懐かしい。
だが旨い話には必ず裏がある。
種類にもよるが奴らも決して弱くは無いのだ。狡猾さを持つ魔物は不意打ちを放ったり野宿の最中を襲ったりもしてきた。
常に死と隣り合わせである冒険者達は戦果を得られなければ廃業か殺されるかの二択を常に迫られる危うい職業であり、国が認める特権も裏を返せば完全自己責任型の使い捨てが利く衛兵扱いに過ぎない。
組合などもあったがそれも形式だけで満足な成果を得られないまま年を老いた冒険者達に保障や福祉の概念は存在せず、末路としては酒に溺れ、何度も軽犯罪を犯しては牢獄を居住代わりに生活するのが当たり前のようになっていた。
だからこそ若くして成功したルマーはしっかりとした住居や家庭を築きたかったのだ。
ある程度の資産も名声も得ていたし、これらを使って道場や教室を開いてもいい。歳を重ねて、命を削ってまで最前線で戦い続けるには過酷すぎる環境に気が付いていた彼女は誰よりも切に願っていた。
ところが苦楽を共にして来たボトヴィからはそんな気配を全く感じない。旅先だけではあるが体も重ねた仲なのに彼はルマーの事を都合の良い女としか考えていないのか。
(・・・いいえ、そんな事は無い。私達は確かに愛し合っている。だからこんな訳の分からない別世界にも一緒に来てしまったのよ。)
今は戦争の件だけでも心労で倒れそうなのに彼との関係まで考え始めてしまうと心を失いかねない。
「とにかく一度ガビアム王に詳しいお話を聞きましょう。そして私達部外者があまり他国の戦争には巻き込まれたくないよう伝えるの。いいわね?」
最後は無意識に自分の要望を紛れ込ませると3人も各々が同意してくれるがボトヴィだけは何となく不満を内包しているように見えた。
ルマーは他の3人より家が恵まれていたのもあって冒険者になる前から多少の教養を身に着けられていた。
これにより魔物討伐の戦利品を上手く換金したり武具の仕入れに鑑定、更には戦う時の布陣や連携も全て彼女が担ってきたのだ。
なので今回の話も横槍を恐れて2人だけの場を設けて貰ったのだが後から思えばこれはかなりの悪手であり、ルマーにより大きな心傷を負わせる原因になってしまった。
「ほう?『ビ=ダータ』の主張をお聞きしたいと?」
「はい。実は先の戦いの後、『リングストン』国のネヴラティーク様からこの地についてのお話を聞かされました。本来ここは『リングストン』のものであると。」
腕利きの冒険者とはいえ国家間のやり取りに関して疎かったルマーが堂々と告げるとガビアムと周囲の人間も目を丸くしていた。
もしかして何か不味い事を言ってしまったか?一応勧誘された件は伏せていたが雰囲気を察したルマーは細すぎる緊張の糸と形が歪になった心で何とか平静を装っていると彼は軽く溜息をつく。
「なるほど。確かに以前、ほんの少しの期間だけは『リングストン』に支配されていました。私の祖父が崩御するまではね。」
そこからの話はこちらにもわかりやすく端的に説明された。以前から『ビ=ダータ』という国は存在していたがそれを『リングストン』に併呑され、4年程前に再び取り戻したという事だそうだ。
「つまりルマー様がお聞きした話はどちらも正しい。だが義はこちらにあると私は考えます。」
目の前で異を唱える程差し出がましい性格を持ち合わせていないルマーもただただ頷くしかないが、ここで初めて人間と国家の争いについて多少触れる事が出来た彼女は言い知れぬ不安と欲望、そして眼前が闇に覆われる錯覚でめまいを覚える。
(・・・どちらかが折れる訳にはいかないのかしら?)
元の世界でも多少国家の話は見聞きしていたものの魔物への対応が忙しく他国間での争いはほとんどなかったはずだ。
なのに外敵がいないこの世界では人間を、他国を敵として争いを続けると言うのか。これ程まで理想に近い世界ですらルマーの求める安息の地は見つからないと言うのか。
「・・・ふむ。ではもう1つ、私が『リングストン』に立ち向かう理由をお見せしましょう。」
決してそんなものを望んでいないのにガビアムは立ち上がって大きな収納扉を開くと綺麗な布で包まれた木箱らしい何かを取り出して来る。
そして2人が座る間の机に置くとその紐を説いて蓋を開けて見せた。
「・・・っがぁっ・・・ず、ずみまぜんん・・・げぇぇぇっ!!げへぇっ!!!」
やはり魔物とは訳が違う。本物の、やや干からびた傷だらけの女性らしき生首を見てしまったルマーは限界を超えて嘔吐し続けてしまった。
本来であれば国王の御前という理由から何かしらの刑罰が処されてもおかしくないがガビアムは召使いに彼女の吐しゃ物を片付けるよう命じながら続けて明確な決意を口にする。
「これは私の姉です。元々この地を納めていた『ビ=ダータ』家の反乱を防ぐ為毎回家族の誰かが人質として『リングストン』に送られていました。そして我が祖先の地を取り戻した後、彼の王ネヴラディンからこれを送られたのです。これで少しでも私の心情をご理解頂ければと思います。」
狂っている。
もしかすると自分達はとんでもない国に収容されてしまったのかもしれない。
それを目の当たりにしたルマーは逆に二度と人を殺めたくない、国家間の争いに巻き込まれたくないと深く深く心に刻むとふらつく体を召使いに支えられながら彼の部屋を後にするのだった。
その様子から仲間達にも随分心配をかけてしまったらしい。皆の下に戻るとどんな過酷な戦いだったのかと見紛う程ふらふらなルマーに慌てて駆け寄ってきてくれるがこちらの覚悟も決まっている。
しっかり口をゆすいで着替えを終えると多少落ち着きを取り戻した彼女は3人と円卓を囲んで座り、早速結論から発表した。
「この国を出ましょう。」
あまりにも唐突な提案、というよりは決定に当然3人も当惑するしかない。
「な、何があったんだ?まずそれを聞かせてくれよ?」
普段は粗野な部分の目立つカーヘンが一番気にかけてくれているのは単純に嬉しい。だがどこからどのように答えればいいのだろう。
正直に国王の姉である干からびた両目の無い生首から伝えたい所だがこれは人間の死体を見慣れていないルマーからすれば二度と口に出したくないし思い出すのも苦痛でしかない。
「・・・何があったか、というよりは『ビ=ダータ』と『リングストン』の確執に関わるべきじゃないって言いたいの。国に利用されて人を殺すのは冒険者じゃない。そうでしょ?」
なので今の彼女には怯える様子を隠そうともせず縋るように、ただ真っ直ぐな心を皆に伝えるしか術が無かった。
「お前な、さっきと言っている事が真逆すぎるだろ?ガビアム王への恩義の話は何処に行ったんだ?」
ルマーを信頼しているからこういう物言いになったのだろう。そう信じたかった彼女はボトヴィの素朴な疑問に用意していた内容を素早く返答する。
「それは昨日の戦いで十分果たしたわよ。『獅子族』っていうのも『リングストン』の切り札だったみたいだし2万もの兵を無力化したわ。これで十分じゃない?!」
既に自分の、自分達の手は沢山の人を殺してしまっている。
本来であれば魔物を倒す為に培われてきた技術や力だった筈なのに何故こんな事をしてしまったのか。悔やんでも悔やみきれないが自分達の意思が関わっていた事実もまた受け止めねばならない。
すると再び気分が悪くなって目眩や頭痛、軽い吐き気等に襲われるがそれでも今は仲間達をきちんと説得する必要がある。
「まぁ今までずっとやられっぱなしだった『ビ=ダータ』の為に一矢報いたんだしガビアム王が許してくれるのなら出国するのもいいけど、ルマーの話し方だと『リングストン』に赴くつもりもなさそうだよな?」
「・・・ええ。出来れば平和な国に行きたいわ。例えば・・・そう、『トリ・・・スト』だったかしら?」
これは諜報活動から得た情報でも何でもなく、『ビ=ダータ』の兵士達はその国から派兵されているのだと聞かされていたから咄嗟に出てきた名前だった。
ただボトヴィの問いに唯一知っていた国名を適当に答えただけで詳しい事は何も知らない。むしろ少し冷静になると軍事を任されている国にルマーの望む平和があるとは到底考えられない。
それでも現在有事真っ只中のここよりは希望が持てるはずだ。もしかすると軍事力がある分自分達がその手を汚さずに生きていけるような場所かもしれない。
とにかく今は逃げ出したいのだ。この苦悩と後悔から。それを皆に伝えたくて色々言葉を取り繕うが平常心を失っていた今の彼女にはとても難しかった。
「う~ん。俺は一度乗り掛かった舟から降りたくないんだけどな。」
「ボトヴィ?!」
「それに魔物はいないって聞いてたけど『獅子族』だっけ?あれって魔物みたいなものじゃなかったか?もしかすると『ビ=ダータ』にいればまた他の奴とも戦えそうじゃないか?」
彼の英雄に憧れる純粋な気持ちが、冒険者としての矜持と興味がここに来てルマーを大いに苦しめるとは。
話が振り出しに戻った事で言葉と同時に意識を失った彼女は気が付くと大きな寝具で眠っていた。そして傍にはいて欲しかった存在は無くカーヘンだけが心配そうにこちらを伺っている。
「・・・ボトヴィとアナは?」
「2人ともガビアム王と話してるよ。お前があまりにも弱ってるから何かされたんじゃないかって怒ってさ。」
違う、そうじゃない。確かに凄惨な話と物を見聞きさせられはしたものの本質はそこではないのだ。
「・・・あなたは戦争に巻き込まれても怖くないの?人を沢山殺してしまったのよ?私達の手は魔物の血じゃない、人の血で塗れてしまったの・・・」
「ああ!そこで悩んでたのか?!いや、まぁうん。言われてみればそうだけどあたしは前線で戦うから相手の事より自分の命や後衛を護る事で頭が一杯だったな。」
普段は粗暴な印象だが彼女こそ仲間内で一番優しいのかもしれない。聞いた事の無かった本音に感謝と元気を取り戻したルマーはゆっくり体を起こしてカーヘンに微笑む。
「あたしはどっちでもいいんだけどボトヴィがまだこの国に拘るっていうならお前は戦わずにここで留守番しておけばいいんじゃないか?」
更にこちらの本心を聞いてすぐに対応案を出してくれると思わず双眸に涙が浮かんできた。
「でも補助がないと皆の動きに支障が出るでしょ?それに指揮も私が執ってる場面が多いし。」
「そりゃそうだけど・・・」
「お、いたいた。お前達だな?」
そんな優しいやり取りをしている最中に突然変声期の男の声が聞こえると2人は咄嗟に身構える。するとそこには想像通りの大きめな少年が鋭い双眸をこちらに向けて無防備に近づいて来た。
「止まれ!何者だ?!」
「俺か?俺はカズキってんだ。ここに別世界からやってきた人間がいるって聞いたんで確かめに来た。」
見た目は人間っぽいが先日戦った『獅子族』よりよほど野性味あふれるカズキが見た目以上に軽い調子で名乗るとこちらも顔を見合わせる。
「あんたたちも名前を教えてくれよ。心配しなくてもいきなり襲ったりしないから。」
「・・・私はルマー。」
「あたしはカーヘンだ。で、カズキだっけ?あたし達に何か用か?」
「おう。そっちの人が『トリスト』に行きたいとかここから出国したいみたいな話をしてるんだろ?だから迎えに来た。」
思いがけない突然の申し出にルマーの心は更に元気を取り戻したのだがカーヘンは真逆で警戒心を大いに高めながら槍を構え出す。
「ちょっとカーヘン?!」
「おい小僧。あの部屋にはあたし達しかいなかった筈だ。どこで盗み聞きしてたんだ?」
「あ~それは言えないな。こっちにも色々事情があるんだよ。で、どうする?あんまり時間がないから今すぐ決めて欲しいんだけど。」
「ほざくな!お前みたいな怪しい奴について行く訳ないだろっ!」
そう言い放ったカーヘンはこちらの言葉と気持ちを遮ると突然襲い掛かっていく。といっても相手の容姿や人間という理由も鑑みて手加減はしたのだろう。
それが原因かはわからないがかなり腕の立つ彼女の攻撃が一瞬で躱されると同時に後ろへ回り込んだ少年の三角締めで戦いは静かに決着がついてしまった。
「うん。中々の腕だな。で、これが最後だ。ここから出るか?」
「・・・で、出ます!でも出来れば彼女も一緒に・・・!」
「よし、じゃあついてきてくれ。」
あまりにも傲慢で強引なやり取りであったにも関わらず即答してしまったのは藁にも縋る気持ちだけでなく、見た目以上の頼もしさにも惹かれたからなのかもしれない。
それより自分一人では心細かったのもあってついカーヘンも巻き込んでしまったは大丈夫だっただろうか?カズキという少年はルマーの悩みを他所に自分よりも重い鎧を身に着けた彼女を軽々と背負うと足音一つ立てずに露台へ続く大窓を開ける。
すると体を外に出した瞬間彼女の姿だけがまるで鳥に攫われるかのように消えたので思わず小さな声を漏らしてしまった。
「ほら、次はルマーだ。こっちに来い。」
また選択を誤ってしまったのか。何度目かわからない後悔に激しい目眩と頭痛に襲われたが彼女だけを連れ去れたままという訳にもいかないだろう。
「や、優しくしてよね?」
「お、おう?」
覚悟を決めたルマーは言われるがまま露台に姿を見せると上空から人が静かに降下して来てきたので声を失う。そして彼女がこちらの体をしっかり抱きしめると再び高く上昇していくではないか。
後は残ったカズキがこちらに軽く手を振って見せると彼は再び王城の中へと姿を消し、彼女達はよくわからないまま大空を飛んで『ビ=ダータ』を後にするのだった。
「あの、貴女達は空を飛べるのですか?」
春が近いとはいえまだまだ肌寒い時期だったがそんな些細な事が全く気にならない不思議な体験をしていた彼女は恐る恐る質問をしてみると意外なほどあっさり答えてくれる。
「全員が全員って訳じゃないけどな。あたしはチュチュ。お前はルマーで合ってるか?」
「あ、はい。良くご存じですね。」
「『ビ=ダータ』城内には最近腕利きの諜報員を送っていましたから。私はイルフォシアと申します。」
未だ気を失ったカーヘンを抱きかかえて空を飛ぶ存在からも優しい声で自己紹介されるがこちらには目を丸くして驚くしかない。何故なら彼女は整い過ぎている程美しい容姿と背中からは真っ白な翼が生えていたからだ。
更に少女の細腕ではかなり重いであろう戦士を軽々と抱きかかえている所を見るにこの世界の住人達は自分が想像していた以上に複雑なのかもしれない。
初めての戦争に初めて空を飛ぶ体験をしながら初めてこの世界について真剣に考えていると4人は30分程でどこかの王城らしい場所の前に降り立つ。
(ここが『トリスト』・・・うん、ううん?)
「おう!早かったな!」
だが出迎えてくれたのは自分達の世界でも良く見たごろつきのような中年の男だったので再びカズキと再会するまでは騙されたのかと若干の落胆を覚えるルマーなのであった。
「ここが『トリスト』ですか・・・あの、チュチュさん。この山賊みたいな男は?」
「ああ、こいつこれでも国王なんだよ。あとここは『ボラムス』、『トリスト』には限られた人間しか入国出来ないんだけどカズキに何て言われたんだ?」
また裏切られたのかという思いから後悔や不安が怒りで塗り替えられると思わず杖を握る手にも力が篭る。
「悪いっ!『ボラムス』の説明してる時間がなかったんだよ!」
ところが後ろから彼の声が聞こえるとその怒りが今度は驚愕によって上書きされてしまった。そしてそれは仲間であるチュチュも大いに感じたらしい。
「おいおい。まさか走って来たのか?」
「おうよ。空ばっかり飛んでる奴らにゃ負けねぇぜ?んでガゼル、1人増えたんだけど匿ってやってくれないか?」
「任せとけ。それにしてもそっちのお嬢ちゃん、まだ全然若いだろ?何で杖なんか手にしてるんだ?どこか体が悪いのか?」
どうやら話に若干の食い違いがあったもののこの地は『ビ=ダータ』よりも安寧に満たされているようだ。山賊らしい男が王というのは未だに信じられないが質問の意味がよくわからなかったルマーは自然体で答える。
「あの、私は『魔法使い』ですから。」
「「「「『魔法使い』?」」」」
すると4人がとても不思議そうな様子で返して来たのだから何か間違った事を言ったのではと一気に不安を覚えた。確かに冒険者の中でも割合的に少なかったがそんなに驚かれる程だろうか?
「何だそれ?」
「えっ・・・と、何だそれってどういう意味ですか?」
「まぁまぁ、詳しいお話は城内でお聞きしましょう。」
妙な雰囲気の中、山賊の後ろから静かに姿を見せた男を見て今度こそ安心する。控えめながら仕立ての良い衣服に身を包み容姿や落ち着き具合から彼こそ国王かその側近に間違いない筈だ。
そんな副王ファイケルヴィによって未だ気を失っているふりをしていたカーヘンを含めた6人は中へ案内されると温かくも質素な大部屋に通されて更に美味しい紅茶も用意された。
「それじゃまずは俺からだな!傀儡王のガゼルだ!よろしくな!!」
この山賊はどうやら頭も相当悪いらしい。自分で傀儡と名乗るというのはその意味を全く理解していないのだろう。故に次に自己紹介した副王のファイケルヴィこそが実質『ボラムス』の統治者なのだと結論付ける。
そして綺麗な金髪を持つ少女は『トリスト』の第二王女だという。容姿や気品から大いに納得するも空で見た真っ白な翼がいつの間にか消えていた部分だけは疑問が残る所だ。
後は自分を直接抱きかかえて運んでくれたのは『トリスト』の将軍チュチュであり、カズキもその国の精鋭部隊を率いる隊長なのだそうだ。
「私はルマーと申します。」
「あたしはカーヘン。しかしカズキと言ったな。お前ちっこいのに随分強いんだなぁ。」
「べ、別にちっこくはないだろ?!」
時折見せる少年っぽい一面にルマーも思わず顔が綻ぶ。そんな自分の様子にもまたおかしい所があったのか、彼も目を丸くしてこちらを見ていたが問題はここからだ。
「皆様、まずは私の我儘過ぎる要望に応えて下さり誠にありがとうございます。しかし私達・・・いえ、私はその、もう人に『魔法』を使ったり戦争に利用されたくはないのです。」
「それだ。最初から気になってたんだけど『魔法』って何だ?『魔法使い』って何だ?強いのか?!」
やはり子供か。訳の分からない横槍に再び苛立ちを覚えたルマーが今度は鋭い眼光で睨みつけるとカズキも驚いた様子から気まずい表情へ変化していく。
「この世界には『魔法』がないのか?」
「『魔術』でしたら聞きますが『魔法』というのは・・・本質的に違うものなのでしょうか?ルマー様、その力で誰かを傷つけろとは申しません。よろしければ一度拝見させて頂けませんか?」
王女に言われると流石に嫌とも言えないだろう。何よりこの場で最も幼いはずの彼女から一番こちらに気を掛けて貰っているのが伝わってくるとちょっとした事で不快感を見せる自分が恥ずかしく思えてくる。
「わかりました。ではカズキ、君にかけてあげるわ。一番興味があるみたいだし?」
だが三つ子の魂百までとも言う。いきなり性格が矯正出来る訳もなく、にやりと薄笑いを浮かべた後椅子から立ち上がって杖を構えたルマーは静かに大地の詠唱を唱えるとカズキが僅かに表情を歪めた。
「お?何か面白い事が起こってるな?!どうだカズキ?『魔法』ってのはどんな感じなんだ?」
「お、おう・・・こ、これは・・・『呪術』に近いな?」
この時体に相当な重さを感じていた筈だが座ったまま筋力だけで耐えていたらしい。椅子が木製であり、もし彼でなければそれを壊していた可能性もあった事を後から気が付いて謝ったが彼もまた普通ではないのだろう。
「そのくらいにしとけよ。でもあたしまで来ちゃったとなると残して来た2人が心配だな・・・」
カーヘンに言われてやっと『魔法』を解くも何故かカズキがとても喜んでいた事には無性に腹が立つというか納得はいかなかった。
(・・・もっと苦しませてやればよかったかな。)
不思議な少年に色んな意味で心を奪われていたお蔭で先程までの深刻な苦悩や後悔から解放されていたルマーは若干の悪態を巡らせていると副王ファイケルヴィが口を挟んでくる。
「これは魔術に詳しい『魔族』の方々かザラール様、クレイス様辺りに見て頂かないと結論は出せそうにありませんね。」
「『魔族』?!それは魔物に近いのか?!」
割と血気盛んなカーヘンがその言葉に食いつくが自分達の価値観や言葉の意味には大きな齟齬があるらしい。
「魔物ってのがどんなのかは知らんが少なくとも『魔族』はかなり紳士的で優しいぞ?あと争いが嫌いだから前みたいに戦意むき出しにするとすっげー嫌われると思う。」
「おまっ?!それはきちんと自己分析して物を言ってるんだろうな?!」
なし崩し的だったがカーヘンも既にカズキらを含めて随分と打ち解けているようだ。同じ戦士という職業からか似たような思考をしているのも後押ししているらしい。
「それでは次のお話に参りましょう。貴女方は『冒険者』と名乗っておられたようですがこれは官職ですか?それとも権威的な名称でしょうか?」
イルフォシアも彼らに構うのは時間と労力の無駄だと考えたのだろう。次の質問に移るとルマーはカーヘンと顔を見合わせる。
「・・・えっと、簡潔に申しますと人間社会を脅かす魔物を退治、討伐する傭兵みたいな職業、です。」
「ではその『魔物』についても教えて頂けますか?どのような容姿でどのように人間に害なすのか。強さや他にも特徴があれば全て教えてください。」
『ビ=ダータ』でも聞いていたが本当にこの世界にはそういう存在はいないらしい。なので説明がとても難しく、辛うじて『獅子族』のように人とかけ離れた容姿だという部分だけは納得してもらえたが他は中々伝わらなかった。
「人と全く違う容姿をしてて人間を襲うんだったら『悪魔族』とかまさにそれじゃねぇか?」
そこに傀儡王が閃いた様子で信じられないような言葉を告げるとまたも世界観の齟齬からこちらは恐怖で顔を引きつらせ、『トリスト』側の人間は明るい様子で頷き合っているのだから対比が凄まじい。
「『悪魔』?!や、やはりこの世界にも立派な魔物が存在するじゃありませんか!」
確かに彼らは言った。『悪魔』だと。これは決して言葉の上げ足取りでもなく聞き間違いでもないはずだ。しかも話を聞いているとそんな危険な存在を野放しにしているという。
「いや、野放しっつ~か、まぁ約束事の範囲内で働いてもらっているっていうか。あ~もう面倒臭ぇ!国境線のボーマとシーヴァルを呼んで来い!!」
こちらがあまりにも取り乱したせいでガゼルも説得を断念したのか、直接本人に合わせると言い出したのでルマーとカーヘンは視線を交わしつついざとなれば戦闘に入る事を確認し合っていた。
「遅くなったっす!何すか?!火急で飛空兵を寄越すなんてただ事じゃないっすね?!」
それからすぐに登城した青年とフクロウに似た『悪魔』を見た2人はすぐにひりついた空気を放つがこれを感じた周囲の人間は誰一人動じる事は無く彼らを紹介する。
「いいから待てって。こいつがシーヴァル。現在『ボラムス』と『リングストン』の国境線を護ってる隊長だ。んでこっちがボーマ、『悪魔族』らしく結構な酒好きでな。仕事中にも酒を呑もうとして困る時がある。」
「ども!シーヴァルっす!」
「初めまして。ボーマと申します・・・しかし彼女達から妙に殺気を感じるのですが私はどうすればよろしいでしょう?」
「どうもしなくていい。むしろ何もするな。じゃないとお前が無害だって証明出来ないだろ。」
見た目は明らかに自分達の知る魔物そのものだが話をしている様子だと穏やかさすら感じて本当に無害なのかと錯覚しそうになる。いや、それが彼らのやり方なのかもしれない。別世界の住人だという自分達の無知を利用して突然襲われる可能性を警戒すべきだ。
「・・・その魔物だと羽や嘴、目などが高値で取引されそうですね。」
「あの・・・ガゼル様?私の身の安全が脅かされているようですが?」
「いいから構うな。そいつらは別世界の人間なんだよ。何でも元の世界じゃ魔物っていうのを狩って暮らしていたそうだ。」
「なるほど。そういう類の人間ですか。・・・でしたらショウ様の制定して下さった内容に則り反撃の権利が・・・」
「ボーマ様、申し訳ございませんがその爪は御仕舞い下さい。大丈夫、必ず私達が御護り致します。」
むき出しの鉤爪は何人もの人間を殺して来たのだろう。そして何故彼らは『悪魔』を庇うのだろう。未だわからない事だらけのこの世界で自分達はどう動けばいいのだろう。
完全に行き詰ったルマーは緊張感から震える手で杖を構えていたが何時の間に近づかれていたのか。カズキが見た目以上に大きくごつごつした手の平を重ねてくると僅かに落ち着きを取り戻す自分に驚いてしまった。
「とにかくこの世界は・・・まぁ色んな奴がいるんだよ。んで俺の国は周囲より比較的安全だ。心配するな。」
山賊にしか見えない傀儡王の気休めにも似た安い台詞は不安を大いに駆り立てる。だが無理矢理同行してくれたカーヘンは落ち着きを取り戻すと座り直して紅茶を喉に流し込んでから小さな溜息をついていた。
「色んな奴っていうあんたの言葉は信用出来そうだね。イルフォシア様も背中から真っ白な翼を生やしてたじゃない?貴女もただの人間、ではないんでしょ?」
「はい。私は『天族』といって地上より遥か上空の遠い場所が故郷になります。そこでは沢山の同族が毎日畑を耕したり家畜のお世話をしたりして充実した日々を過ごしております。」
割と普通の人間と変わらない生活内容を何故かとても楽しそうに、嬉しそうに話してくれる姿はカーヘンの心をほぐすのには十分だったらしい。
「・・・ま、いいんじゃない?少なくともあたしは彼女達を信じるよ。あとカズキだっけ?お前にはちょっと稽古をつけて貰いたいかな~?」
「おお?!願ってもない申し出!!いいぜ!!」
既に彼女の目標は不覚を取ったカズキへの雪辱に向かっているようだがそれが無性に腹が立つのは何故だろう。
「・・・わかりました。でも絶対に、絶対に私達を戦いに巻き込まないで下さい。」
「ああ、それは約束する。」
だからお前じゃない!出来れば他に頼れそうなチュチュ将軍やイルフォシア王女から言質を貰いたいのだ!と反論したかったが心の負担が軽くなっているのを実感していたルマーは無言で頭を下げるに留める。
そしてその夜はチュチュの上官にもあたるワミール将軍も参加して晩餐会を開いてもらうとこの国や世界の種族や軽い歴史、現在の状況など今まで聞けなかった話を沢山教えて貰うのだった。
「ねぇシーヴァル。カズキ君って今どこにいるの?」
「え?そっすねぇ。彼も相当忙しいっすからね。またガゼルさんに頼んでおきましょうか?」
それから気が付くと一週間が過ぎており、そして気が付かないうちにカズキを探しているとその日は初めて彼の奥さんと顔を合わせる事になった。
シーヴァルは底抜けに明るい性格をしているのでお相手もてっきり似たような元気な人だと勝手に思い込んでいたが少し陰のある女性が無言でこちらに視線だけを向けて来た時は一瞬幽霊の類かと勘違いした程だ。
「こ、こんにちは~・・・」
「・・・・・」
「ほ、ほらカーディアン!彼女が『魔法使い』のルマーさんっす!挨拶返さなきゃ・・・むぅ?!」
ところが彼女にとって似た年頃の自分やカーヘンは別の意味で厄介者だと思われていたらしい。城内の廊下で突然カーディアンの方からシーヴァルの首に腕を回すとこれ見よがしに熱い熱い口づけを交わしたのだから驚きと同時に目を丸くして凝視してしまった。
「・・・だったら貴女が直接ガゼルに尋ねなさい。人の夫に頼り過ぎよ?」
なるほど。これはかなり重い女のようだ。静かで美しくも妙に威圧感のある声で諫められたルマーは軽率な行動を反省すると共にそそくさとその場を後にする。
そして傀儡王の下へとぼとぼと向かう途中、訓練場から元気な音が聞こえて来たので立ち寄るとそこではカズキとカーヘンが立ち合い稽古を行っている最中だった。
「くっそぉ!お前、まだ15だろ?!つ、強いなぁ?!」
「はっはっは~。強さに歳は関係ないのだ。」
彼女も一緒に冒険してきた仲間であり能力はルマーも十分知っているがそれでも6つ程年下の彼には軽くあしらわれるらしい。
「また訓練してたのね。カズキ君、暇があれば私の部屋に来てっていつも言ってるでしょ?」
「げ?!ルマー!い、いや、だって暇があれば修業したいじゃん?」
本人を前に『げ?!』とは何と失礼な。これは年上の女性として是非躾けてやる必要があるだろう。手招きして呼ぶも彼は木剣を放り出してその場を走り去ってしまったので残されたルマーは両手を腰に置いて軽いため息を付く。
「・・・お前さぁ、本気なのか?」
「何が?」
「・・・いや、何でもない。」
「???」
短いやり取りの意味を深く考えなかったのはやっと心身が健康な状態に戻って来たのとそれにより『ビ=ダータ』に残してきてしまった2人の事を気遣える余裕が出て来たからだ。
しかしその話をするにはまだ早いと判断されていたらしく、周囲の誰からも教えてもらえなかったので今日こそ彼から聞き出そうと考えていたのだが仕方ない。
「・・・よし。傀儡王に頼んで来ましょう!」
あまり詳しくない国家の内情と使い慣れていない権力に頼る事を覚え始めたルマーは気を取り直すといつも暇そうにしているガゼルの下へ軽い足取りで向かうのだった。
傀儡と言えど国王への直訴は効果覿面だったらしい。翌日カズキが自分の部屋にやってきたので喜色を浮かべると同時に目を疑う程の美少年、いや、美青年も一緒に入って来たのだからそのまま石像のように固まってしまう。
「ったく!俺も色々忙しいんだぜ?ったく!で、今日はルマーに会いたいっていう『魔術師』も連れて来た。俺の一番弟子でもあるんだ。」
「こんにちは!僕はクレイス=アデルハイドと申します!一応『アデルハイド』王国の王太子なのですが今はそれより『魔法』について是非教えてください!!」
「えぇ?!は、初めまして!私は『ムガメル』の冒険者ルマーと申します!!あ、あの、カズキ君?こういう高貴な御方をお呼びする時は事前に伝えておいてもらわないと・・・準備とか、ね?」
「毎回毎回俺の都合も考えずに呼びつけといてどの口がほざいてるんだ?!それにクレイスはダチだから遠慮はいらねぇよ!!な?」
「う、うん。そうなんだけど・・・ルマーさん、そんな頻繁にカズキを呼び出してるの?」
意識していなかったのでこちらも意外そうな表情をしていたのが相当気に食わなかったのか。カズキは悪い目つきを更に悪くしてむすっとした表情を作っている。
「と、とにかく座って座って!ほらほら王太子様も!」
ある意味藪をつついて蛇を出してしまったルマーは慌てて椅子に座らせるとイルフォシアやガゼルの御前とは異質の緊張で頭が働かない。
そもそも何故自分はカズキを呼び出したのかすら思い出せないままもじもじしているとかなり好奇心旺盛なのか、クレイスの方から話を進め始めた。
「カズキからも聞いていたんですが『魔法』って何か『呪術』に似てるらしいですね。一体どんな原理なのですか?」
「げ、原理・・・と言われましても、その、精霊に語り掛けて力を借りて、それを具現化するんですけど『魔術』もそんな感じではないのですか?」
「『精霊』?これは僕の知る術式と全く違うような・・・面白そうですね。是非続きを聞かせて下さい。あ、その前にちょっとお茶の準備をしましょう。」
今まで見た事の無い美青年の美声、話し方、一挙手一投足に見惚れていると彼の方はそんな視線などお構いなしに自ら用意してきたお茶菓子と紅茶をてきぱきと用意して円卓に素早く展開して見せる。
詩人の歌に使われそうな人物は皆こういう者達なのだろうか。まるで夢の中にでもいるかのような錯覚を感じていたが相変わらず隣でふくれっ面をしていた目つきの鋭いカズキが視界に入ると思わず笑みと緊張が溢れてしまった。
「カズキ君、いつまで拗ねてるの?言っておくけど貴方を呼んだのにはちゃんと理由があるんだからね?」
「ほう?それじゃ先にそいつを片付けようぜ。俺も暇じゃないんだ。」
「何言ってるの。今は『魔法』の話が先だよ。それに畑仕事もひと段落したんでしょ?急ぎの任務もなさそうだしゆっくり付き合ってあげればいいじゃない。あ、あと従姉のシャルアさんが顔を出すようにって凄い剣幕だったらしいよ?」
なるほど。彼には従姉がいるのか。何気ない情報ではあったが何故か嬉しかったルマーは密かに心へ留めるがカズキのふくれっ面が怯えと慄きに切り替わっていたので思わず声を上げて笑ってしまう。
それから『魔法』についての基礎を説明しつつ、杖を通して各精霊達の力を借りる話やそれによる杖の消耗などをしていくと王太子の眼は星のようにきらきらと輝いて直視し辛くなってきた。
「へぇぇぇぇぇぇ!!!そういう仕組みなんですねぇ!!!!じゃあ早速僕にも何か掛けて貰えませんか?!」
この世界の人間はどうなっているのだろう?王太子ともなれば次期国王なのだからもっと御身を大切にすべきだろうにカズキもその発言を咎める気配はないのだ。
「では補助魔法を1つだけ・・・」
「「『補助魔法』?」」
これは仲間の為に使うものなので前にカズキに放ったようなものではない。故に何か不具合が起きなければ大丈夫だろうと軽く考えていたのだが前提としてこの世界に『魔法』は存在しないという事をすっかり失念していた。
「うわ?!な、なにこれ?!か、体が凄く軽く感じる?!」
「何?!俺の時は滅茶苦茶重くなったぞ?!」
「そりゃそうよ。カズキ君には相手の動きを鈍らせる魔法を使ったんだもの。」
その事実を今初めて教えるとクレイスは満面の笑みで腕を肩からぐるんぐるんと回し、カズキは唖然とした後更に不機嫌そうな表情でそっぽを向いてしまった。
「これが『魔法』ですか!凄いな・・・あ、でも相当な魔力を消費するのでは?」
「魔力?っていうのがよくわかりませんが杖の加護は消耗していますね。だから定期的に新しいものと交換したりしっかし手入れしなければなりません。あの、次は私に『魔術』を教えて貰えますか?」
言葉こそ近しいがどうやらその内容は全く異なるものらしい。ルマーもその辺りが気になったので不機嫌な彼はさておき一度その基礎を教えて貰うといよいよ別世界なのだと痛感した。
「『魔力』を使って・・・クレイス様達は自身の力のみで『魔術』を展開されるのですね。」
「うん。だから杖とか詠唱とか精霊とか外的な要素はないですね。全て自分の力だけで扱う感じです。あ、でも一応どれくらい魔力を保持しているか確かめさせてもらっていいですか?」
「?はい?どうぞ?」
良く分からないまま言われた通りに手を差し出すと彼の綺麗ながらも多少傷のある右手がそっと自身の掌に当たった。
「・・・本当だ。魔力をほとんど感じない。それでもさっきみたいな『魔法』を使えるんですね。不思議だなぁ。」
彼は相手に触れる事で魔力とやらの量を測れるらしい。それこそ不思議だと呟きたかったがいい加減放置が過ぎたのか、わざとらしい咳払いをするカズキが少し可愛く思えたルマーは一度話を終えると思い出したかのように用件を告げるのだった。
「そうそう。私が教えて貰いたかったのはボトヴィやアナの様子よ。誰に聞いても答えてくれないんだもの。カズキ君、彼らは今どうなってるの?」
最近少しずつ周辺国の関係性も理解し始めていたルマーは『ビ=ダータ』に残してきた仲間について尋ねるが2人は顔を見合わせてからカズキが代表して口を開く。
「お前の精神状態を考慮して今あの国の情報は一切明かせないように言われてるんだ。でもお仲間は元気だから心配するな。」
『ボラムス』と『トリスト』はこちらが思っている以上に気をかけていてくれているらしい。丁寧で親切な対応や何不自由なく毎日を過ごせている事を改めて思い出すと僅かに負い目を感じてしまう。
「そう・・・よかった。でも前から気に入らない所もあるの。そこも聞いてもらっていいかしら?」
だが生来かなり気の強い彼女は別の不満点を解消しようと話題を切り替えるとまたも2人は顔を見合わせながら続きを促して来た。
「カズキ君、前から言ってるけど私は6つも年上なの。いい加減その「お前」っていう呼び方やめてくれないかしら?」
「え~?だってお前、部外者だしよくわかんねぇ存在だしいっつも俺の邪魔ばっかりしてくるし敬う所が何一つないんだもん。俺は俺が敬意を払いたい存在以外に態度を改めるつもりはないぜ?」
「ほう?だったら私も『魔法』で対抗しようかな~?」
「そ、そんな事で貴重な『魔法』を使わないで下さい。ねぇカズキ、せめてお名前で呼んであげてよ。ルマーさんでいいじゃない。」
「・・・じゃあルマーで。うおおおおおお?!お、お前、また体が重くなるやつをっ?!」
流れるように杖を構えた後無意識に詠唱していたルマーはその様子を見てやっと少しだけ溜飲が下がるとくすくすと笑い声を上げてから解除する。
「ルマーさんよ?いいわね?」
そのやりとりを見ていたクレイスがドン引きするのも気が付かずにやや恨めしそうな顔を向けて来たカズキが何故か愛おしくて楽しくて仕方がない。
まさか自分の中にこんな嗜虐的な性格が存在していたなんて。少しして冷静さを取り戻した彼女は若干の自己嫌悪に顔を俯かせるがそれからすぐ王太子が彼の腕を引っ張って無理矢理退室した後、暫くすると今度はカズキ1人がどかどかと部屋に戻って来たのだ。
最初はやりすぎた仕返しに来たのかと内心びくびくしていたがそうではない。これには彼女を思う明確な理由があった。
「なぁカズキ、少しの間でいいんだ。出来ればルマーの近くにいてやってくれないか?」
あれから2人が部屋を後にした後すぐにカーヘンが接触してきて彼にそう懇願してきたのが始まりだったそうだ。
「えぇぇ?!お前の大事な仲間ってのはわかってるけどあいつ怖いんだよなぁ・・・」
「そ、それはまぁ・・・多少そういう所はあるけど今はまだ本調子じゃないっていうか、見てて凄い不安定なんだよ。だから無意識に頼り甲斐のあるお前を求めてるんだと思う。」
これは最も心身が弱っていた時ひょっこり顔を出したのがカズキであり強引ながら『ビ=ダータ』の戦争から切り離してくれた事で周囲や本人が思っている以上に感謝と感動を覚えたのではと考えていたらしい。
「・・・カズキ、暫くここにいてあげなよ。」
「お前なぁ。他人事だと思って・・・」
「じゃあ従姉さんの所に顔を出してあげなよ。前から感じてたんだけどカズキは部下や友人には優しいけど家族とか異性に対する気配りが足りてないよ?」
「な、何ぃ?!そ、そんなはずはないっ・・・だっ、ろぅ?」
この時ルマーはまだ知らなかったがどうやら彼の祖父も各地で愛人を作っては子を設けたり、それでいてその地に二度と戻らなかった事が多々あったそうだ。
そしてそうなるまいと心に誓っていたらしいが親友であるクレイスからばっさり告げられると心に大きな衝撃が走ったという。つまりいつの間にかそんな祖父の行動を模倣していた事に気付かされた訳だ。
王族という肩書と血は伊達ではない。彼の的確な指摘は高みを目指すカズキを一瞬だが大いに苦しめ、後悔させた後すぐに行動へと走らせる。
結果、呼んでもいないのにルマーの部屋に上がり込むと我が物顔でくつろぎ始めた訳だ。
「何かあったの?」
「・・・毎回呼び出されるのが面倒だから傍にいる事にした。それだけだよ。」
「ふ~ん。じゃあこっちにおいで。」
彼女が寝具の端に腰を下ろして手招きすると先程の態度と打って変わって素直に従うカズキにこちらが若干の違和感と罪悪感に囚われたがそのお蔭か今までの気持ちがやっと言葉と行動に現れた。
ルマーは静かに隣にいるカズキを優しく抱きしめると僅かな緊張に思い出した不安、そして安堵を順に感じながら耳元で静かに囁く。
「・・・あの場所から救い出してくれてありがとう。」
そしてやっと伝えたかった一言を告げると2人はまるで時が止まったかのようにしばらくそのままの状態で体温の上昇を感じあうのだった。
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