闇を統べる者
亜人 -見えてきた背中-
ヴァッツ達が『獅子族』の集落に残るという事で3人はクレイスの国にある王城へそのまま飛んで戻ると既にショウが帰りを待っていた。
「お帰りなさいませ。どうでした?旅の収穫はありましたか?」
「うむ。お蔭で実行に移したいものがいくつか見つかった。そこで相談なのだがクレイスとショウは一度我が悪魔城に来て『悪魔族』を見定めてはくれないか?」
これは自身の判断だけだと見誤る恐れがあるのと彼らに『悪魔族』をもっと知ってもらいたかったからだ。
今フロウがやるべきことは執行人の選出、『ボラムス』の防衛線を護る事、そして『ビ=ダータ』と『リングストン』から大量の金貨を強奪する事の3つが挙げられる。
それらをどの『悪魔』に任せるべきか。自身の考えと彼らの意見を照らし合わせるべきだというのが結論だった。
「そういう事でしたら是非。」
「私も喜んで御供致します。」
2人は既に『悪魔族』についての見識や関りがそれなりにあった為不安を見せなかったがそれを見送る彼の国の人間達からは少なからず悪感情が漏れ出ている。
「・・・心配するな。我らも一方的に殺されたくはないのでな。彼らを丁重に持て成すつもりだ。」
それが心配という感情なのを理解するとフロウはきちんと説明する。するとクレイスの父という男が目に見えて安堵したので道中は親子関係というものについて色々尋ねてみるのだった。
フロウとクレイスはともかくシャヤとショウはこちらに比べて飛ぶ速度がやや劣るらしい。更に悪魔城まではまだまだ距離がある為急がねば日が落ちるだろうという時、クレイスが1つ提案をしてきた。
「このままでは日が暮れます。僕が皆様をお送りしましょう。」
その提案を聞いてシャヤは納得していたがフロウは彼の速さこそ知っていたものの3人を担いで飛ぶとなると少し負担が大きいのでは?と疑問に感じる。
ところが立ち合い稽古で見せなかった巨大な水球を突然展開するとその中へ入るよう告げられたのだ。
これも『魔術』の1種なのだろう。ショウは慣れた様子でその中に身を沈めるとフロウも興味から迷わず中に入る。最後にシャヤが不安そうに身を沈めると彼はその水球の上から両手で掲げるように構えてあの時と同じような速度で一気に加速したのだ。
「おお。流石はバーンが褒め称えるだけの事はあるな。こんな芸当も出来るのか。」
自身でも速く飛ぶ事は可能だが恐らく最高速度はクレイスの方が速い。故に初めての感覚に思わず目を輝かせているとあっという間に悪魔城が見えて来た。
「「「お帰りなさいませ!!」」」
突然正門前に降り立ったにも関わらずそれが魔王達だと認識した『悪魔族』達は急いで姿を現すと各々が独特の姿勢で頭を垂れていた。
「うむ。長い間留守にしたな。変わりはなかったか?」
「はっ!『暗闇夜天』の者が周囲を探索、及び警戒していたお蔭で人間が近づく事はありませんでした!」
そういえば彼らは人間の中でも相当強い種族らしく、今はラルヴォの連れであるルアトファという人間を探しているという。
「そうか。では早速・・・いや、今日はもう遅いから食事にして明日お願いしよう。」
といっても悪魔城に人間を持て成す備品など何一つない。いや、そもそも魔王の寝床ですら適当な草木を集めて来てその上で眠って来たのだ。
「では私達も明日の朝再びお伺いしますね。」
初めて人間との交流を行い、彼らの利器の数々がかなり有用だった事を帰城してから気が付いたフロウだったが同族達の手前それを口に出す訳にもいかずその日は軽く頷いて自室に戻る。
(・・・布団といったか・・・あれも寝心地がよかったな・・・)
久しぶりに自身の寝床に身を沈めたフロウはその自然豊かな香りに包まれながらも弱き傀儡王の国『ボラムス』を思い出す。
彼の国も亜人の為に大きな椅子や机などを用意していたのだから人間への見解や扱いはともかく悪魔城でも人を泊められるくらいの家具は用意してもいいのかもしれない。
そんな事を考えながら浅い眠りにつくといつの間にか日は上っており、城外からは『悪魔』達が人間と何か話しているような声が聞こえていた。
「早かったな。」
フロウも軽く伸びをして表に出ると彼らも浅く頭を下げてきたので挨拶を交わす。
「おはようございます。では早速ですが『悪魔族』の方々をご紹介して頂けますか?」
『悪魔族』も魔王の存在で統率は取れているものの見た目や能力、思考に性格は多岐にわたる。なのでまずは話の分かる、つまり思考に優れている者達から紹介していくとクレイスもショウも不思議そうに挨拶を交わしていた。
「初めまして。私は飛行部隊の長を務めるボーマと申します。」
大きな目と嘴を持つ彼は野鳥で言うフクロウの容姿に近いだろうか。シャヤと同じように前腕が翼で後ろ足は大きく立派な鉤爪となっている。
その姿を改めてみるとウォダーフとの種族差もしっかり現れているようだ。彼は顔こそ鳥のようだったが四肢は人間に近かった。
「俺は地上部隊、っていうより特攻部隊だな。アンババっていうんだ。よろしくな。」
こちらはフロウに似てはいるものの大きさは人間ほどしかなく背中から生えた黒い翼も耳もあまり大きくはない。だが徒党を組んで戦うのを得意としており対集団戦ではよく彼を起用していた。
「わしはバカラだ。この悪魔城を護っている。むぅ・・・しかし人間にしか見えないな。でも魔王様が食べるなと言われているから食べない。」
「こちらこそよろしく。」
牛の頭と魔王以上の巨体、腰辺りから生える小さな黒い翼を持つバカラはあまり知能は高くないがその強靭な肉体は生半可な攻撃を受け付けない。頭上にある大きな角もそうだが後ろ足の蹄から繰り出される蹴りは城まで破壊してしまうので現在使用禁止中だ。
「私達『悪魔族』は大体この3種類の系統だな。空を飛ぶ者、地上で徒党を組んで戦う者、そして巨体を持ち1人で戦える者だ。」
「となると金貨を強奪するには飛行部隊と地上部隊に主軸を置いて1人か2人、バカラ様のような『悪魔』を加えた混成がよろしいでしょう。」
その話になるとクレイスが目に見えて不機嫌になるので『悪魔族』もついその悪感情に惹かれそうになるがフロウは不思議そうに問答を始めた。
「ほう?巨体の『悪魔』は移動も遅い。しかも人間を殺さないという方針を掲げているのに前線へ送り出す意味はあるのか?」
「はい。バカラ様のような巨体を持つ存在は人間社会にはおりません。そして強靭な肉体を持っておられるのであれば彼らの攻撃を受けても大した傷は負わないと考えます。」
「ふむ?」
「つまり相手を威嚇するには最も適していると私は考えます。そして金貨を強奪した後も巨体を持つ『悪魔族』の方が皆を護るように退却すれば被害を最小限に抑えられるでしょう。」
「ふむふむ。なるほどなるほど。アンババ、今の意見をどう思う?」
「はっ!我々『悪魔』が人間如きに後れを取るとは思えませんが万全を期すというのであれば有用、な気も致します。」
確かにその通りだ。今まで大した強さの人間と戦って来なかった為アンババに限らず『悪魔』は皆がそう考えている。
だが今回の金貨とやらを強奪する作戦には最も重い制限がある。それが人間を殺す事、食す事を禁じられている点だ。
想像するに巨大で美味しそうな悪感情が無数に芽生えた現場からその欲望を抑えて行動する必要が出てくるだろう。となるとこれは人間との戦いというより『悪魔族』達が如何にして自我を保てるかが鍵となる筈だ。
「私も戦いにおいては心配しておりません。しかしより巨大な悪感情を『悪魔族』に向ける為なら多少の演出が必要だと考えます。」
そこからショウは初戦こそしっかりと統率された動きと力を見せつける事の利点を説くと知能と理性の高い『悪魔族』はある程度納得したようだ。
しかし彼の言う巨体の『悪魔』を同行させる点だけはフロウも不安から同意する訳にはいかず、最終的には空と地上の混成部隊で攻め入る事が決定した。
後は何時実行するかだが自分達も消滅が懸かっている。
なので再びショウから目的地が記された地図を広げて引き続き説明が行われたのだがこれにはフロウもちんぷんかんぷんだった為流石に口を挟んだ。
「ショウよ。この・・・紙?だったか、それに奇妙な紋様・・・私達には少し理解出来ないようだ。」
「おっと、これは失礼。そうですか、文字をすんなりと読まれたので失念しておりました。では一度近辺の上空から地図についてご説明致しましょう。」
そう言うとフロウにシャヤ、ボーマとクレイスは上空へ上がり、ショウは懐から羊皮紙と呼ばれる紙を取り出してから右手の人差し指を炎で灯す。
後はその指を素早く動かしてすらすらと細い焦げ目を線のように付けていくと悪魔城近辺の地形を記した地図とやらが完成したらしい。
「基本的に木々は記号のみで記しております。つまりこの線は高低差を表すものであり・・・」
これもまた人間の悪知恵が為せる技なのだろう。説明を聞きながら3人の『悪魔』は何度も頷いていたが終始クレイスだけはずっと黙ったまま干渉してくる事は無かった。
それから一週間は『悪魔族』が地図をしっかり把握出来るようショウの座学と襲撃予定の館を下見したりしていたが相変わらずクレイスはこちらが話を振らない限り口を開かない。
個人的に彼の『魔術』はとても神秘的でその強さからヴァッツの次に敬意を払っていたのだがやはり悪魔城に人間を歓待出来る道具が無いのが問題なのだろうか。
「では明日その屋敷を襲撃させてみよう。ところでショウ、別件で少し相談がある。」
「はい?何でしょう?」
そこでフロウは悪魔城に人間が寝泊まり出来る空間を作るべきか、クレイスの様子を窺いながら尋ねるが相変わらず全く反応を示さない。
「それは助かりますが、よろしいのですか?『悪魔族』の拠点でもあるこの場所に人間の道具を持ち込んでも?」
「うむ。この世界には人間の枠組みを超えているが容姿は人間というややこしい存在が多いのも事実だ。であれば今後の為にも用意しておいて損は無いと思う。『ボラムス』の傀儡王もそのような事をしていたしな。」
しかしそこまで話が進むとクレイスが少し驚いた表情でこちらを見て来たのでやっと安堵したが彼が反応したのはその内容ではなく『ボラムス』の傀儡王という言葉だったらしい。
「わかりました。でしたらお城のどの部分に来賓室を設けるのか、早速見て回ってみましょう。」
「待ってショウ。僕からも話がある。」
それからの行動は早かった。何かを決意したクレイスの双眸はこちらが震えを覚える程に力で満ちている。
「・・・何ですか?」
「僕は『悪魔族』の皆を『ビ=ダータ』や『リングストン』に襲撃させるのは反対だ。」
その発言には誰よりもフロウが驚いた。バーンに近い力を持つ彼なら同じ『魔族』である『悪魔族』達の事情も十分理解しているのだとばかり思っていたのだから当然だろう。
「しかし彼らには悪感情が必要なのです。それは貴方も承知しているでしょう?」
「うん。でもやっぱり無理矢理それを生み出すのは間違ってる。もしそれを実行するのなら僕は『ビ=ダータ』と『リングストン』側につくよ。」
更に驚愕の言葉を聞くとショウも目を丸くして固まってしまった。まさかこの場で、しかも友人から敵対の意思を表明されるとは思ってもみなかったのだろう。
「・・・クレイス、フロウ様の前でそれはあまりにも不敬では?」
「わかってる。でも僕はやっぱり人間なんだよ。しかも相当頑固なね。だから納得がいかない事には協力出来ない。」
傍にいた『悪魔族』達もクレイスの言動というよりは2人の険悪な雰囲気に驚きを隠せないようだ。
しかし周囲の戸惑いを他所にフロウはクレイスが何故ずっと黙っていたのか、干渉して来なかったのかという本音が分かっただけで嬉しかった。
「ふむ。ではその計画は取り下げよう。」
「「えっ?!」」
だから次の瞬間には軽く答えると2人だけでなく『悪魔族』達も驚きと困惑を隠せないでいたようだ。
「よ、よろしいのですか?」
「私はクレイスの事を気に入っているのでな。お前に反対されるのであれば無理を通すつもりはない。ところで執行人や防衛線での戦いも反対か?」
「いいえ!そちらは問題ありません!」
やっと彼らしい元気な姿が戻ってくると今度はショウが少し悩ましい表情を浮かべていたが彼はすぐに諦めたのか、苦笑を浮かべつつ目を閉じる。
「わかりました。でしたらそちらの話を進めましょう。まずは『モ=カ=ダス』に執行人を、『ボラムス』には防衛戦の衛兵としていくらか派遣して戴き、様子を見るという方向でよろしいですか?」
正直な所その2つでどれ程の悪感情が得られるのかはわからない。だがいつまでも彼の表情を曇らせたままよりは余程良いだろう。
フロウは静かに深く頷くとショウは右手の人差し指に炎を灯して羊皮紙に派遣すべき『悪魔族』の名を書き連ねていく。
「・・・ではこのような感じで行きましょうか。『ボラムス』はともかく『モ=カ=ダス』は未だ交流の浅い国ですのでこちらは私が一緒に参りましょう。」
こうしてやっと心が軽くなったフロウとクレイスは大いに頷き合うと次に来賓室の場所やその間取りの取り方について城内を歩きながら楽しく相談するのだった。
「すまないな。折角の提案をふいにしてしまって。」
そして翌朝、ショウが執行人候補の『悪魔族』を率いて『モ=カ=ダス』へ向かい、クレイスが『防衛戦』向けの『悪魔族』と共に再び西へ旅立つ時、フロウは申し訳ない様子で謝罪を口にする。
すると彼はまたも見た事がない程驚いていたがクレイスはその様子を見て逆に笑顔を浮かべていた。
「・・・いいえ。私の方こそ色々と配慮が足りていなかったようでご迷惑をお掛けしました。今度こちらにお伺いする時はお詫びの意味も込めて色々と献上させて頂きます。」
と言われても『悪魔族』は悪感情さえあれば他に何も望むものがない程欲が無いのだ。
「うむ。」
ひとまずそう短く頷くしかなかったが彼の方も気を取り直したのか、感情も平常に戻っていたので心配はいらないだろう。2人が同族達と旅立つのを見送ったフロウは城内に戻ると早速来賓室についての図面をじっくりと見つめ直す。
(今度彼らが来る時には必ずこの城内で体を休めてもらう。まずはそこからだな。)
旅先で見た人間の城を思い出しながら改めて城内を見て回りつつ、無意識にバーンが持ってきてくれた酒と白色の感情を当たり前のように嗜む。
そう、様々な事が当たり前になっていたのに自分でも驚いたが同時に内装を考える思考を完全に放棄してしまう程挑戦してみたい野心が灯ると早速クレイス達の向かった西側に伝令の『悪魔族』を送るのだった。
クレイスは本当に成長した。むしろ成長し過ぎている程だ。
初めて出会った時は見た目以下の頼りない人物だったが堅国『アデルハイド』国王キシリングの血はしっかり受け継がれているらしい。
この計画が頓挫する可能性は見越していたもののまさか開始される前にしっかり反対されるとは思いもしなかったショウは辛うじて飛べる『悪魔族』達を率いて南下しながら歓喜を覚えていた。
(それにしてもいつの間にあそこまで強くなったのか。)
国外追放中にルサナやノーヴァラットといった人材を手中に収めただけでなく道中では『ネ=ウィン』のバルバロッサから教えを乞うていた話は聞いている。
更にヴァッツが緊急で助けに入ったり再び重傷を負った話、『腑を食らいし者』との戦いやワーディライに稽古をつけて貰ったりと強くなる機会は多分にあったのだろう。
だが何よりも目を見張る成長を遂げたのはその精神だ。
以前も気品こそ纏っていたが今のクレイスからは間違いなく王族としての責任や誇りを感じるのだ。
このまま順調に成長を続ければ彼は何処まで伸びるのだろう。そう考えるだけでショウは期待で胸が痛い程膨らんでしまう。
もし自分が『アデルハイド』に仕える身ならば来年にでも王に推戴するかもしれない。少なくともその域に達していると彼は考えていた。
「一応最終確認を。貴方達の任務は罪人に罰を与える事、これだけです。決して食してはなりませんよ?」
だが今はやるべきことがある。『モ=カ=ダス』の王都が見えるところまで飛んで来ると彼は中空で止まり、『悪魔族』達に再度釘を打つが彼らも不安ではあるらしい。
「しかしショウ様、我々は長い間人間を食していない。ウォダーフ様から頂いた宝玉で腹を満たしてはいるものの抗えなくなった場合はどうすればよろしいですか?」
「その時はイェ=イレィ様の判断に任せようと思っていますが、もしかするとそれより先にヴァッツの力によってその場で何かしらの罰が下るかもしれません。彼の力は私達の想像を軽く超えて来ますので。」
これは嘘偽りない本心だ。故に彼らを脅したり無理矢理従わせるような意図は全くなかったのに彼らは心の底から怯えた様子を見せた後、絶対に約束を護ろうと固く決意したらしい。
正直少しくらいなら齧ってもいいとさえ思っていたがこの様子だとその心配もいらないだろう。ショウは頷いてそのまま王城の正門前に降り立つと早速書状を見せて女王への謁見を求める。
「おや?もしかしてショウ殿と『悪魔族』だけですか?」
「はい。ヴァッツは今『獅子族』の築城を手伝っておりますので。」
それから目に見えてがっかりするイェ=イレィに挨拶をすると彼らを任せる旨を伝える。そしてもう1つ、個人的に集めたかった情報を尋ねると僅かに女王の機嫌が悪くなるのを感じたがヴァッツの親友という切り札は想像以上に強かった。
「以前この世界を支配していたのはザジウスです。しかし今思えば不思議ですね。何故あの程度の男がヴァッツ様のおられる世界に干渉出来ていたのでしょう・・・」
そして彼女も答えると同時に強く疑問も感じたらしい。確かに『神界』に出向いて『神族』の力の全てを奪えるヴァッツの住むこの世界をどうやって支配していたのだろう。
「その辺りも帰ってから聞いておきます。あとイェ=イレィ様の御活躍もしっかりお伝えしておきますので。」
最後にそう告げると過去の忌まわしい昔話を尋ねられた嫌悪などすっかり忘れて上機嫌になった女王は満面の笑みで見送ってくれるのだった。
一方クレイスも距離が距離なので『ボラムス』の防衛線で戦ってくれる『悪魔族』達に巨大水球の中へ入って貰うと魔力の消費を気にする事無く西へ真っ直ぐ飛んだ。
「おほほほほっ?!ク、クレイス様?!す、凄い速さですねっ?!」
自分で飛んだ事のない速度で移動している事実にボーマが感嘆の声を上げているが今は時間が惜しい。
「そうだね!僕もまだ不安定なんだよ!この速度にしっかり慣れればもっと強くなれると思うんだけどなぁ!」
「えっ?!そ、それはそのっ?!落ちたり激突したりはしないのでしょうかっ?!」
「ああ!大丈夫だよ!多分!!」
昔何度か魔力が枯渇して落下した事もあるが今なら何とか対処出来るだろう。そんな楽観的な考えから軽く返していたのだが巨大水球の中にいた『悪魔族』達は自分達よりも悪魔的な思考を持つクレイスに別の意味で畏怖を抱いていたらしい。
午前中に『アデルハイド』の領空を超えると後はすぐに『ボラムス』へ到着した。
「こんにちは!ガゼルいる?」
「これはこれはクレイス様!ようこそお越しくださいました!しかしおかしいですね。物見からの伝達もなくいきなり来られるなんて・・・またヴァッツ様の御力ですか?」
衛兵の疑問は彼の国が四方に見張りを立てていて地上だけでなく空を飛ぶ人影も発見次第すぐに報告出来るよう整っていた故の純粋なものだ。
なのでしばらくしてから飛来してくる人物らしきものがあると報告が入るとそれがクレイス達だという事で情報が合致する。
「お?早速やって来たな?う~む。中々良い面構えじゃねぇか。」
そして傀儡王ガゼルがいつも通り自ら出迎えて『悪魔族』達に山賊時代と変わらない気軽な挨拶を交わすと彼らはやや困惑していたらしい。
「あ、あの、クレイス様?本当にこの人間が王、なのですか?」
やはり強さでのみ相手を計っていたからだろう。少しおかしくて笑い声を上げてしまったがむすっとしたガゼルを見て更に一通り笑うとクレイスも真剣に説明する。
「そうだよ。この国の王は間違いなくガゼルさ。人間っていうのはただ強い者が王になる訳じゃないんだよ。」
「ほほう?それはそれは・・・やはり変わった種族ですなぁ。」
ボーマは不思議そうな声と頭が上下逆さまになるほど首を傾げていたのでそちらの方がよほど変わっている仕組みだと驚愕していたが本当の問題はここからだ。
彼らがしっかり国境線を護ってくれるかどうか。その時人間を食さずにいられるのか。
話によると『リングストン』からの国境侵攻は小規模ながらも毎日行われておりこれは『ボラムス』に限った事ではない。
膨大な物量で敵国を疲弊させるやり方は『ビ=ダータ』にも広がっているようだがこちらはしっかりと『トリスト』軍が凌いでいる。
それでもこれがずっと長引くと極小精鋭故に必ず綻びが生じる筈だ。その隙を突いてまた侵攻してくるのか交渉してくるのか、どちらにしても領土を護る為に何かしら策を講じなければならないだろう。
「ボーマ、皆。君達は『悪魔族』の代表としてこの地に招かれたんだ。決してその期待を裏切らないよう自分を律して行動して欲しい。いいかな?」
フクロウ型の『悪魔族』達10人にそう告げると彼らも自覚はあるのか深く頷いてくれたが実際彼らが人間を何処まで受け入れており、どう考えているかまではわからない。
「まぁあんまり肩肘張るこたぁねぇ。それよりも空を飛べるんだろ?だったら撃退以上に負傷者を出さないよう立ち回って欲しいぜ。」
ガゼルからそう告げられると彼らも何とも言えない表情で顔を見合わせていたがまずは何事も挑戦だ。早速北方の国境線に向かうとそこにはヴァッツが建てた大岩の壁が延々と続いている。
「これはまた頑強な建物ですな。」
「そっすね。これもヴァッツ君一人でほぼ完成させたんだから凄いっすよね。」
そこを任されているシーヴァルが彼らと挨拶を交わしながらさらりと説明すると『悪魔族』達も丸い目をより真ん丸にしながら驚いていた。
彼らを合流させたクレイスはそのまま『トリスト』へ戻るか悩んだがいくつか気になる事があったので一度『ボラムス』に戻る事を選ぶ。
そして暇そうな傀儡王の部屋に入ると前置きもそこそこに早速質問を始めた。
「ねぇガゼル。『悪魔族』達とは今後どんな感じで付き合っていくの?」
「うん?俺は特に何も考えてないが・・・何だ?心配か?」
逆に彼らの本質を知っているのに何故こうも余裕があるのか。いくら相手が『リングストン』兵とはいえ血を見れば理性が抑えられなく可能性は十分にある。
自ら悪感情を生む方法こそ否定したものの他の方法も決して安心出来るものではないと考えていたクレイスは呆れながら持論を述べた。
「そりゃ彼らが人間を食べたらどう対処するのか気になるよ。すぐにヴァッツが来るかもしれないし、もしかすると『ボラムス』兵に被害が出るかもしれない。彼らを止める為に戦う可能性だって・・・」
「待て待て。そんな事を言ってたら何も出来なくなるぞ?」
話を遮って来た事と本当に何も考えていない様子から一瞬腹も立ったがガゼルは落ち着いた表情で諭して来るのでこちらも感情を押し殺す。
「ガゼルも家族が眠るこの地を取り戻したくて、護りたくてずっと頑張って来たんでしょ?だったらもっと注意深く行動すべきじゃないの?」
彼の過去は腫れ物扱い的な部分があったので普段は誰もが口にしない。それでもクレイスは欲しかった。今後自分も王になった時、様々な種族とどう付き合っていくべきか、事件が起きた時どう対処すべきかという明確な答えが。
「・・・お前は本当に成長したなぁ。出会った頃はヴァッツが邪魔さえしなきゃ簡単に拉致出来るくらいのひよっこだったのになぁ。」
なのにガゼルは感嘆の声を漏らしつつ腕を組んで何度も頷いている。恐らく賞賛の意味も含まれているのだろうが今はどうでもいいし、そもそも自分の身柄を狙っていた元山賊の感傷に付き合うつもりはない。
「そんな事より対策は?それも全部ファイケルヴィ様任せ?」
「ああそうだ。大体の事は何でも周囲に任せっきりだ。」
呆れて口が大きく開いてしまうとガゼルも大笑いしている。いや、決して笑い事では済まされないはずなのに何を考えているのだ?
「それでも国王でしょ?自分でも何かしなきゃっていう責任は感じないの?スラヴォフィル様から命じられたりしてないの?」
「『トリスト』からの命令ってのはほぼ無いな。だからこうして傀儡王を続けられてるんじゃねぇか?」
「だったらもっとこう、せめてやる気みたいなのを見せて貰えないかな?!」
苛立ちから両手の指と声をわなわなと震えさせていると今度は傀儡王が口をぽかんと開けて少しの時間呆然としていたが次には更に大きく笑い飛ばして来た。
「・・・っだぁっはっはっは!!お前、本当に言う様になったじゃねぇか!!」
「いや笑い事じゃないよ?!下手をすると自国の民が『悪魔族』に食べられるかもしれないんだよ?!そんな悲劇が起こらないように国王としてしっかり対策を立てておくべきでしょ?!」
「ああ、そうだ。お前ならそれが出来るかもしれねぇな。」
「?????」
ガゼルの双眸から何故か羨望を感じるとこちらは余計にわからなくなってきた。眉を顰めて小首を傾げていると彼はやっと声を落として静かに語り出す。
「お前はクンシェオルトを覚えているか?」
「も、もちろんだよ?!」
突然懐かしさと憧れの誉れ高き将軍の名が出て来て即答すると彼も頷いて言葉を続けた。
「あいつがお前に言った言葉は覚えているか?」
「クンシェオルト様から頂いたお言葉・・・」
彼とは最初険悪すぎてほとんど言葉を交わしていないが別れ際に色々と教えて貰った事は覚えている。その中でも周囲の力を頼るよう進言されたのは忘れる筈も無かった。
「俺が思うにあの言葉はお前が王になった時に向けて送ってたんじゃねぇかな。」
そうだ。
自分が未熟で、未熟過ぎてやっと右と左が分かり始めた頃、彼が正式にヴァッツの配下に加わりたいと跪いていたあの日の記憶が蘇る。
あの時クレイスは自分が弱いから周囲を頼るように提言されたと受け取っていた。だから自立を決意して頼りきらないよう、助けられないよう強くなる為に修業を積んできたのだ。
しかしガゼルは真逆の意味で考えていたらしい。彼は自身の弱さと限界を知って、傀儡である事まで受け入れながらもより良い国を目指す為に臣下を信任する方法を選んだのだ。
「何かあれば王が責任を取る。俺の出来る事はそれくらいしかないからな。」
いつの間にか周りに居る宰相や将軍達の態度に敬意が見て取れるようになったのは決して勘違いではなかった。
己の故郷を取り戻す為、家族の仇を討つ為に泥水を啜って抗い続けた男はいつの間にか玉座を任せられる人物として十分な成長を遂げていたのだ。
「・・・・・ガゼルも変わったんだね。」
「そんな事ぁねぇ。俺は今も昔もこんなもんだ。」
余裕のある笑みからは昔の彼と質の違うものを確かに感じたが本人にはわからないらしい。それがクレイスには嬉しいような、そして悔しいような気持ちが入り乱れる。
気が付けば自分よりも先に国王となり随分先へ進んでいたガゼルの存在に嫉妬せずにはいられなくなる。
「・・・そうだね。よし、それじゃ僕は『獅子族』の村を見てから帰るよ。」
「おう。ま、あんまり固く考えすぎるな。世の中全部が思い通りにいく訳じゃねぇんだ。」
その言葉を聞いてますます自己嫌悪に陥ったクレイスは振り向く事無く部屋を後にすると挨拶もそこそこに北へ飛んだ。さほど距離がある訳ではないがその間も思考はショウとのやりとりで占められていた。
(・・・・・あれにはショウなりにより良い国へ、世界へ導く考えがあったはずなのに僕は・・・・・)
情欲で国が傾く話など古今東西集め出せばきりがないが今回ばかりは頑固な性格を改めるべきなのかもしれないと深く反省するクレイス。
もしこの決断により『悪魔族』達が悪感情の枯渇と消滅を恐れて無差別に人間を襲い出す可能性を考えると責任の所在は間違いなく自分になるだろう。
取り返しのつかない判断と友人すらも信じ切る事が出来なかった自身が許せないまま『獅子族』の集落に降り立つが既に王城から民家まで全て完成していた事への感動はなく、カズキやヴァッツと顔を合わせても自分の狭量にただただ落ち込むばかりだ。
「ど、どうしたの?具合でも悪い?」
「いや、これは何かやらかしたな?イルフォシアか?ルサナか?まさかウンディーネか?」
「な、何でもないよ。それより凄いね。この短期間でほとんど完成してるじゃない。」
こういう時付き合いが長いと不利に働く事も初めて知ったクレイスは彼らからの追及には顔を逸らすしか術が無かった。穴があったら入りたいとは正にこの事だ。
「・・・ねぇ2人とも、僕がもし間違った判断をした場合って、止めてくれる?それとも見過ごしてくれる?」
だが『悪魔族』が好みそうな感情が胸の内を渦巻いていて何も頭に入って来ないのを悟り、白状するかのように心境を吐露すると彼らは顔を見合わせている。
「俺だったらぶん殴る。」
「ええ?!オ、オレだったらそうだね・・・出来る限りクレイスの判断を応援する、かな?あとカズキ、何でも暴力で解決するのは良くないよ?!」
すると一気に心が晴れていくのだから不思議なものだ。先程までの苦悩がとてもちっぽけなものに思えたクレイスは2人からの答えを聞くと笑わずにはいられない。
そんな彼の様子をぽかんと眺めていた友人達も不思議そうではあったが安心もしたらしく、笑みを浮かべているとやっとクレイスもやるべき事を少しは整理できたので『獅子族』の集落を軽く見回った後、急いで『トリスト』へ戻るのだった。
「ショウ!ショウはいる?!」
登城してすぐにショウの執務室へ入ると彼も帰国したばかりなのか、ルルーが淹れたてのお茶を机の上に置いた所だった。
「おやクレイス。そんなに慌ててどうされました?」
「あのね、えっと・・・」
内容が内容なだけにクレイスはルルーの前で話すべきかどうか悩むと察しの良いショウは暫く誰も近づかないよう通達して執務室の扉を固く閉ざした。
「それで、どうされました?」
「うん。『悪魔族』の皆に何故『ビ=ダータ』や『リングストン』の金貨を奪わせようと思ったの?その理由を詳しく知りたい。」
「ほう?それを聞いてどうなさるおつもりですか?」
「何か代替案がないかを考えようかなって。ショウの事だしもう何か考えてそうだけどどう?」
「ほほう?・・・・・何かありましたね?」
それからは手短に『ボラムス』でのやり取りやショウの考えについて深く考えていなかった事、何故クレイスが反対した時、フロウが反対した時にあっさり引き下がったのかを尋ねるとショウは表情をころころと変えながらも問答を楽しんでいる様子だった。
「クレイス、貴方はどんどん成長されますね。」
「それガゼルにも言われたなぁ・・・あんまり自覚ないんだけど、僕って成長出来てる?」
「それはもう見違えるほどに。」
楽しそうなショウはルルーが淹れてくれたお茶をとても美味しそうに飲んでいたがこちらはまだまだ未熟さを感じ入るばかりだ。
「実は『悪魔族』に金貨を強奪してもらうのはそれを『トリスト』の運営費に充てる予定だったのです。」
そこにさらりと隠されていた真意を告げられるとクレイスは右手で頭を抱えて俯いてしまう。やっぱりそうだった。彼が提案する策謀には必ず自分達の利が多分に含まれているのだ。
「・・・っていう事は『トリスト』の国庫ってそんなに逼迫してるの?」
「状況は芳しくありません。しかしそこまで辿り着かれると以降は隠し事が難しくなりそうですね。」
「いや、まぁ・・・隠さないで欲しいっていうのはあるんだけどね。」
ショウが腹芸を好むのは知っている為そこを強く諫めるつもりもないし、むしろ『トリスト』国内ではショウの方が身分は上なのだ。故にその辺りも含めて今後は冷静に、平常心を持って判断をした方が良いだろう。
クレイスもお茶を飲んでほっと一息つきながらそれに関しての謝罪がまだ済んでいないのを思い出すと慌てて頭を下げるが気が付くと相手も同じような姿勢になっていた。
「・・・何で頭を下げてるの?」
「・・・それはクレイスも同じですよ?その意味は一体?」
こうして周囲に人がいない中、2人は更に話を続けていくと謝意の意味を受け取って笑い合う。
「しかしクレイス、私は時に非情な判断を下します。貴方にはそこに触れて欲しくなかったのですが・・・」
「何を言ってるの!あのガゼルでさえ責任を負うとか言ってたんだよ?!だったら僕だってそれくらいは出来る事を証明しないとクンシェオルト様にも合わす顔がないよ!!」
周囲に頼る、つまり信任する点において傀儡王に負けたくない気持ちから勢いよく反論するとショウは再び目をぱちくりとしていたが表情を戻すと少しだけ声量を落とした。
「・・・でしたら今度からは貴方にはもう少し真意を伝えましょう。」
「え~少しだけなの?僕ってそんなに信用ない?」
この辺りがまだ子供なのだろう。つい残念そうに本心を漏らすと彼も更に考え込んだ後、その真意とやらを早速教えてくれる。
「信用はしています。しかし国政の中には時に目を背けたくなるような内容があるのも事実です。私はそこに触れて欲しくないと考えていました。特に貴方とヴァッツにはね。」
そう言われてしまうと何も言い返せなくなる。いや、何も知らないのだから言い返す必要はないのかもしれない。力こそつけて来てはいたが未だ王族としては何一つ取り組んでいないのだから。
「・・・もしかして僕ってアルヴィーヌ様とあんまり変わらないのかな?」
「おお、それは言い得て妙ですね。確かに国務に関わっていない点だけ見ると類似していますが貴方には王族としての自覚がある。なのでそちらを伸ばすのであれば来年から父王の元で勉強されてみるのもいいかもしれませんね。」
自身の力をつけることばかりを考えていたのでショウの助言には考えさせられる部分は多い。クレイスも来年は15歳、自分より年下のイルフォシアがもっと前から国務に携わっているのだから遅すぎるくらいだ。
「でも今回『悪魔族』達に金貨を強奪してもらって悪感情を集めるのも金貨を『トリスト』に横流しするのも両方に利があるものでしょ?言うほど目を背けたくなるような内容だった?」
もし最初からそこまで説明してもらっていればクレイスも強くは反対しなかった気がする。ショウは自分が思っている以上に過保護なのかもしれないと尋ねてみたがその先こそが非情な判断の入り口だったらしい。
「そうですね。そこで終われば特に問題はないでしょう。しかし・・・」
とんとんとん
折角面白い、いや、興味深い話を聞けそうだった所で扉が叩かれるとそれは一度中断される。
「ショウ様、緊急の報告です。」
衛兵が告げてくると流石に無視するわけにもいかない。2人は顔を見合わせて中に入るよう促すとその内容は『アデルハイド』に何故か『悪魔族』が来訪してきたという話だった。
今朝方別れたばかりなのにこちらへやってきたという事は急報である事は疑いようがないだろう。
クレイスはショウの手首を掴むと露台に出て一瞬で母国へ向かう。そして数分後には中庭に到着した2人が急いで使者らしき『悪魔族』の下へ駆けるとそこにはシャヤが大人しく椅子に腰かけていた。
「シャヤさん!何かありましたか?!」
「おお、これはこれはクレイス様にショウ様、いきなり押しかけたにも関わらず迅速な応対、誠に感謝致します。」
そして2人の姿を見ると立ち上がって深々と頭を下げてくる。見た目こそ異形だがその立ち居振る舞いは下手な人間よりよほど丁寧だ。
「おや?あまり慌てておられない所を見るとさほど火急という訳でもないようですね。」
ショウも彼の落ち着いた様子から不思議そうに尋ねると3人は向かい合って椅子に腰かける。
「は、はい。実は魔王様が是非やってみたい事が出来たと仰っておりまして。此度はそのご相談をと。」
「「おお!」」
これには2人が驚愕と歓喜で声を重ねて発していた。ヴァッツの手前人間を襲う事以外だとは思うが別れてからさほど時間も経っていないのに何があったのか。
フロウがすぐに同族を送って来るくらいだから余程の良案なのだろう。クレイスは嬉しくて目を輝かせていたがそれはショウも同じだったらしい。
「して、その内容とは?」
「それがですね・・・酒、なるものを作りたいと。」
「「ほほう?」」
更に内容が意外過ぎて2人はまたも声を重ねてしまったがシャヤも困惑しているようだ。
「しかし意外だね。人間の真似は絶対にしないと思ったけどお酒か。」
「ええ。ですのでバーン様がいつも持って来られるような『魔族』的なものを作りたいと仰られております。」
「・・・・・いいですね!とてもいいのではないでしょうか!!」
これも長い付き合いの弊害か。ショウが普段滅多に見せない弾む声で同意してるところを見るに何かまた悪巧みを閃いたらしい。いや、信任すると言った話をした後で悪巧みという表現は良くないだろう。
「さ、左様でございますか?我々と致しましても魔王様自らがご提案されておられるので反対するつもりもないのですが何分知識が何もなくて。」
「わかりました!私達にお任せいただければ最高のお酒を造る方法をお教えしましょう!!」
「随分自信満々だけどショウってそんなに詳しいの?」
どこかを襲撃する話ではない為クレイスも気負いする事無く話をしていたがショウはややかかり過ぎている。それが不安で尋ねてみるとやはり当たっていたようだ。
「いいえ。私は全然わかりません。しかしクレイスなら多少はその知識を持っているでしょう?」
当然シャヤやショウはお酒の原料すらよくわかっていない。となるとこの3人の中では一番理解があるとも言える。
「・・・いやいや!僕は料理専門だからね?!一番出回っているお酒でも完成させるにはそれなりの知識と経験が必要なはずだ。僕なんかよりもっと詳しい人に、それこそ本職の人を呼んだ方が良いよ。」
あやうく流されかけたのでしっかりと冷静に対応するとシャヤは深く頷き、ショウは少し残念そうだったが今回ばかりは自身が正しい筈だ。
「ではフロウ様が気に入っておられる『魔界』の味を再現する為にバーン様か『魔界』の知識人にお願いしましょうか。」
こうして話がまとまるとバーンが地上へ遊びに来るのを待つ前にこちらから出向くべきだとやる気満々のショウに説得されたクレイスはヴァッツのお隣さんに住む『魔族』の下へ向かう。
「おや?お前はもしかしてクレイスかい?」
すると老婆姿のエイムが初対面ながらこちらをすぐに認識してくれたので少し驚きつつ挨拶を交わすと彼女も笑顔で答えてくれた。
「そうかいそうかい。ヴァッツからあんたの話は色々聞いてたからね。そんで今回はバーン様へ会いに行くんだね?」
「はい。『悪魔族』の魔王様が遂にやりたい事を見つけたというのでそのご報告と助力を仰ぎに。」
「ふむ。良いだろう。それじゃ行っておいで。」
ショウの用意した書状のお蔭でもあるのか、やや頑固な人物だと想像していたエイムは随分優しく接してくれるとあの時以来だった真っ暗闇の亀裂に足を踏み入れた途端クレイスはそのまま落ち続ける。
そしてアルヴィーヌの時と違う理由で飛空の術式を展開して真下に飛び、やがて見た事もない景色や建物のある場所に出ると早速バーンが出迎えてくれるのだった。
少し前まで魔界は地上よりも時間の流れが遅かったらしいが『天界』が『神界』から解放されてヴァッツが力を使った時、同時にそれも解消されたらしい。
「お蔭で僕も地上に行きやすくなって助かってたんだよね~!しかしフロウがお酒に溺れちゃったか。これは責任重大だな。」
「え?そ、そうですか?そんな風には見えなかったので大丈夫だと思いますが。」
軽くやり取りをした後クレイスはティムニールとバーンを連れて再び真っ暗な穴を光が見える場所まで飛び続ける。
「恐らくフロウ様にとって初めての嗜好品だったのでしょう。となると中々抑えが効かなくなる部分も出てくる気は致します。」
途中彼がそのような事を言っていたが自身は宴の時以外だと料理で使う程度なのでほとんど馴染みがない為彼らの危惧がいまいち伝わってこない。
よくわからないまま地上に戻った3人はまずティムニールが初めて対面する『悪魔族』シャヤとも丁寧な挨拶を交わしていた。
「彼の力は大地そのものだからね。早速悪魔城にいって葡萄を育てる下準備をしに行こう。」
『魔界』での農作物は全て彼のお蔭で成り立っているという。正に職人と呼ぶにふさわしい人材を得たシャヤは深く頭を下げると早速5人は再び東にある悪魔城へ向かうのだった。
「済まないな。まさかこんなに早く対応してもらえるとは。」
フロウの双眸には希望の光を感じたのでクレイスは全く心配していない。むしろ挽回できる機会がこんなにも早く訪れるとは思ってもみなかったのでこちらのやる気も満々だ。
「いいよ~。しかしお酒を造りたいなんて面白いとこに行き着いたね。やっぱり僕がいつも持って行ってたせいかな?」
「うむ。バーンの差し入れはいつも美味しく頂いていた。今朝も気が付けば口を付けていたのでふと思い立ったのだ。これを自分達で作れないか、と。」
「とても素晴らしい発想だと思います。」
それにしてもショウは一体何を考えているのか。この話を聞いてからずっと目を輝かせっぱなしでその様子はまるでヴァッツのようだ。
(よっぽど嬉しい・・・だけじゃないよね。何考えてるんだろ?)
先程お互いが謝罪をしてより深く認めあったばかりなので絶対に裏がある事はわかる。だが『悪魔族』が酒を造る事で何か利点はあるのだろうか。
その正体がわからないまま話はどんどん進むとまずはティムニールが魔術を使って大地の木々を大量に移動させ始める。それはクレイスすらも唖然とするほど大規模なもので緩やかな傾斜部分は木を伐採する手間なく拓けた土地へと変貌を遂げたのだ。
「ではこの木々を加工していきましょう。バーン。」
「よしきた!任せて~!『悪魔族』の皆も真似出来る人は真似してみてね。」
次に邪魔になって大地に転がされた木々をバーンが素早く切断する。だが一番重要なのは木の太い部分だけらしい。4尺(約1,2m)程の幹の部分を手にすると木の皮を素早く剝きとってから中をこれまた綺麗な空洞になるよう魔術を使って穴を開けてみせた。
「こんな感じで底は残してね。」
どうやらこれは継ぎ目のない樽として使用するらしい。繊細ながらも正確な魔術に感動したクレイスは自分も試したくて風と水の魔術で加工してみたが思った以上に技術が必要だ。
更に朝から飛び回っていたせいで疲れも影響していたのか、あまり納得のいくものが作れなかったが『悪魔族』達も不思議そうに自分達の体を使ってバーンの手本通りに何とか形と整えようと悪戦苦闘している。
「ふぅむ。まさかこんな繊細な技術が求められるとは。」
「まぁ木は周りに一杯あるからね。それにお酒はすぐ完成する訳でもないんだ。焦らず数を揃えて行けばいいと思うよ。」
自身が作った樽を人差し指だけでくるくる回しながらバーンも軽く助言するとフロウも頷いていたがそういえばクレイスも詳しい工程はよく知らない。
「後は葡萄の木ですが・・・一から育てると時間がかかるのでここは大陸中から集めましょう。」
最後はティムニールがそう言うとまたも大地が妙な動きを見せ始める。すると先程出来た開けた場所にいくつかの木が成長順に並べられると原材料の準備は完成したらしい。
「後は来年に向けて樽をしっかり作る事だね。このままじゃ使えないから一度しっかり乾燥させるんだよ。」
「ふむふむ。むむ?来年?」
「そうだよ。この辺りの気候はよくわかんないけど見た所葡萄の木はもう実を落としてるみたいだし、今年中には難しいよ?」
「そ、そうなのか・・・ううむ。残念だ・・・非常に残念だ。」
これはあまり知識のないクレイスでもわかっていた事だが『悪魔族』、特にフロウにとってはかなり悔しかったらしい。原材料の入手に発酵という工程はどうしても手間暇がかかる。
「・・・あの、他の方法がないか調べて来ましょうか?」
「何?!そ、そんな事が可能なのか?!」
「あ、はい。お酒といっても色んな種類がありますし。材料さえ手に入ればすぐに出来るものなら恐らく可能かな、と。」
「流石はクレイス、頼りになりますね!」
ショウに持ち上げられる事に慣れていないせいかむず痒さすら感じたが他にも林檎酒や蜂蜜種、麦酒等々有名なお酒はいくらでもある。
後はフロウがその味に納得してくれるかどうかだけは気掛かりだったが折角彼がとてもやる気に満ちているのでここは挑戦すべきだろう。
「それじゃクレイスが調べてくれてる間に『悪魔族』の皆は樽を一杯作っておいてね。あとこれを安置出来る暗い場所も確保しておいてほしいな。」
「わかった。では皆、私達の酒を造る為に早速取り掛かるぞ!」
意外な話で最初は驚いたが魔王と『悪魔族』が久しぶりに体を動かせる喜びから雄たけびすら上げている。
(こ、これは責任重大だな。)
金貨強奪の件も含めて提案したもののここで失敗する訳にはいかないと早速『アデルハイド』に戻ると書庫を漁り、国内の酒造業者との話し合いを始める。
こうして一気に忙しくなったクレイスは月日が経つのも忘れて方々に飛び周り、酒造の知識を得ては持って行くといつの間にか悪魔城は様々な酒が製造できる場所へと進化していった。
そして年が明けてやっと一息つき始めた頃、クレイスはショウと2人きりの場を設けるとずっと聞きたかった事について言及する。
「それで、『悪魔族』の皆にお酒を造ってもらって何か利があるの?」
「聞きたいですか?」
そう返されると逆に知りたくなくなってきた。彼の表情からみても絶対碌な事ではないらしいのは伝わって来るがここは次期国王として裏の部分にも目を向けるべきだろう。
静かに頷くとショウは笑みを消して真面目な表情で口を開く。
「彼らの作ったお酒を各地で販売します。しかも『悪魔』が作ったものとしっかり喧伝しながらね。」
「・・・・・うん?それだけ?」
「はい。」
「嘘だ!!絶対他にも目的があるでしょ?!でなきゃ僕があれだけ手を掛けた意味がないよ?!」
今の悪魔城には多種多様の酒で溢れている。そして自分で言うのも何だがそれらは全て手法を調べて伝えたクレイスの功績がとても大きいのだ。
ちなみに販路は既に完成されておりこちらからは今までの知識や材料の提供、ウォダーフが作る悪感情の宝玉が酒との取引として用いられていた。
「おや?でしたらクレイスの考えを聞かせて欲しいですね。『悪魔族』が作ったお酒を販売する事で何を得られるのか。」
「う、うう~ん。滅茶苦茶試されてる気がするけど・・・そうだね。珍しいから高値で取引はされてるよね?」
『トリスト』の財政があまり芳しくないという話を聞いていたから一番最初に思い当たったのはそこだった。だがショウは笑みを浮かべながら他の答えを待つ姿勢を崩さない。
「・・・そもそもお酒って『バーン教』の教会で作られてるよね?そこは関係ある?」
「多少はあるかもしれません。実は半分程希望的観測も含まれているので残りの理由は大した事ではないんですよ。」
「そうなの?で?どんなの?」
「はい。1つは『悪魔族』という存在をしっかり認知してもらう為、もう1つはそれにより何かあれば『悪魔』に矛先を向けてもらう為です。」
そこまで言われるとクレイスも頷くしかない。つまり戦わずとも彼らに悪感情を生み出そうと考えているようだ。
「なるほど・・・でもそんなに上手くいくかな?」
「大丈夫。人とは順境時には神に感謝しますし逆境に立たされると悪魔を憎むものです。どんな些細な事でもね。」
それは『バーン教』や『セイラム教』の教えにも載っている。不都合があれば不都合な存在に悪感情をぶつける事で皆心の平穏を保っているのだ。
クレイスとしては『悪魔族』を良く知っている為何とも言えない感情に包まれるが彼らは彼らで悪感情を欲しているのだから今度こそ横槍を入れる訳にはいかない。
最近だと『ボラムス』の防衛線もしっかり機能しており『モ=カ=ダス』の執行人としての活躍も耳に届いている。そして何よりもフロウ率いる『悪魔族』が作る酒は美味いのだ。
普段全く嗜まないクレイスでさえ唸る出来で自身も料理以外の目的で常にいくつか手元に置いている程だ。
「まぁ今の所フロウ様達が消滅しそうな気配もないし、上手くはいってるのかな。」
最後は納得するとショウも笑って『悪魔族』特製の蜂蜜酒を軽く喉に流し込む。
「・・・本当に美味しいですね。フロウ様のこだわりがよくわかる味です。これならもう少し値上げして市場に出すべきか・・・」
人間の文化というこだわりをバーンが土産として送っていた事実が相殺したお蔭で得た目標は『悪魔族』の生きる力と造る力に変換されているのだろう。お互いが笑い合っていると扉が叩かれてプレオスに呼ばれる。
「さて、それじゃ行ってくるよ。」
「はい。王太子として色々学んで来て下さい。」
元々王子は1人だけだったので不毛な跡目争いなど起こるはずもなかったが今年キシリングはクレイスを正式に後継者としてしっかり指名したのだ。
軽く笑顔を向けたクレイスが部屋を後にすると残されたショウも期待からかついつい残った蜂蜜酒を飲み干してしま
「お帰りなさいませ。どうでした?旅の収穫はありましたか?」
「うむ。お蔭で実行に移したいものがいくつか見つかった。そこで相談なのだがクレイスとショウは一度我が悪魔城に来て『悪魔族』を見定めてはくれないか?」
これは自身の判断だけだと見誤る恐れがあるのと彼らに『悪魔族』をもっと知ってもらいたかったからだ。
今フロウがやるべきことは執行人の選出、『ボラムス』の防衛線を護る事、そして『ビ=ダータ』と『リングストン』から大量の金貨を強奪する事の3つが挙げられる。
それらをどの『悪魔』に任せるべきか。自身の考えと彼らの意見を照らし合わせるべきだというのが結論だった。
「そういう事でしたら是非。」
「私も喜んで御供致します。」
2人は既に『悪魔族』についての見識や関りがそれなりにあった為不安を見せなかったがそれを見送る彼の国の人間達からは少なからず悪感情が漏れ出ている。
「・・・心配するな。我らも一方的に殺されたくはないのでな。彼らを丁重に持て成すつもりだ。」
それが心配という感情なのを理解するとフロウはきちんと説明する。するとクレイスの父という男が目に見えて安堵したので道中は親子関係というものについて色々尋ねてみるのだった。
フロウとクレイスはともかくシャヤとショウはこちらに比べて飛ぶ速度がやや劣るらしい。更に悪魔城まではまだまだ距離がある為急がねば日が落ちるだろうという時、クレイスが1つ提案をしてきた。
「このままでは日が暮れます。僕が皆様をお送りしましょう。」
その提案を聞いてシャヤは納得していたがフロウは彼の速さこそ知っていたものの3人を担いで飛ぶとなると少し負担が大きいのでは?と疑問に感じる。
ところが立ち合い稽古で見せなかった巨大な水球を突然展開するとその中へ入るよう告げられたのだ。
これも『魔術』の1種なのだろう。ショウは慣れた様子でその中に身を沈めるとフロウも興味から迷わず中に入る。最後にシャヤが不安そうに身を沈めると彼はその水球の上から両手で掲げるように構えてあの時と同じような速度で一気に加速したのだ。
「おお。流石はバーンが褒め称えるだけの事はあるな。こんな芸当も出来るのか。」
自身でも速く飛ぶ事は可能だが恐らく最高速度はクレイスの方が速い。故に初めての感覚に思わず目を輝かせているとあっという間に悪魔城が見えて来た。
「「「お帰りなさいませ!!」」」
突然正門前に降り立ったにも関わらずそれが魔王達だと認識した『悪魔族』達は急いで姿を現すと各々が独特の姿勢で頭を垂れていた。
「うむ。長い間留守にしたな。変わりはなかったか?」
「はっ!『暗闇夜天』の者が周囲を探索、及び警戒していたお蔭で人間が近づく事はありませんでした!」
そういえば彼らは人間の中でも相当強い種族らしく、今はラルヴォの連れであるルアトファという人間を探しているという。
「そうか。では早速・・・いや、今日はもう遅いから食事にして明日お願いしよう。」
といっても悪魔城に人間を持て成す備品など何一つない。いや、そもそも魔王の寝床ですら適当な草木を集めて来てその上で眠って来たのだ。
「では私達も明日の朝再びお伺いしますね。」
初めて人間との交流を行い、彼らの利器の数々がかなり有用だった事を帰城してから気が付いたフロウだったが同族達の手前それを口に出す訳にもいかずその日は軽く頷いて自室に戻る。
(・・・布団といったか・・・あれも寝心地がよかったな・・・)
久しぶりに自身の寝床に身を沈めたフロウはその自然豊かな香りに包まれながらも弱き傀儡王の国『ボラムス』を思い出す。
彼の国も亜人の為に大きな椅子や机などを用意していたのだから人間への見解や扱いはともかく悪魔城でも人を泊められるくらいの家具は用意してもいいのかもしれない。
そんな事を考えながら浅い眠りにつくといつの間にか日は上っており、城外からは『悪魔』達が人間と何か話しているような声が聞こえていた。
「早かったな。」
フロウも軽く伸びをして表に出ると彼らも浅く頭を下げてきたので挨拶を交わす。
「おはようございます。では早速ですが『悪魔族』の方々をご紹介して頂けますか?」
『悪魔族』も魔王の存在で統率は取れているものの見た目や能力、思考に性格は多岐にわたる。なのでまずは話の分かる、つまり思考に優れている者達から紹介していくとクレイスもショウも不思議そうに挨拶を交わしていた。
「初めまして。私は飛行部隊の長を務めるボーマと申します。」
大きな目と嘴を持つ彼は野鳥で言うフクロウの容姿に近いだろうか。シャヤと同じように前腕が翼で後ろ足は大きく立派な鉤爪となっている。
その姿を改めてみるとウォダーフとの種族差もしっかり現れているようだ。彼は顔こそ鳥のようだったが四肢は人間に近かった。
「俺は地上部隊、っていうより特攻部隊だな。アンババっていうんだ。よろしくな。」
こちらはフロウに似てはいるものの大きさは人間ほどしかなく背中から生えた黒い翼も耳もあまり大きくはない。だが徒党を組んで戦うのを得意としており対集団戦ではよく彼を起用していた。
「わしはバカラだ。この悪魔城を護っている。むぅ・・・しかし人間にしか見えないな。でも魔王様が食べるなと言われているから食べない。」
「こちらこそよろしく。」
牛の頭と魔王以上の巨体、腰辺りから生える小さな黒い翼を持つバカラはあまり知能は高くないがその強靭な肉体は生半可な攻撃を受け付けない。頭上にある大きな角もそうだが後ろ足の蹄から繰り出される蹴りは城まで破壊してしまうので現在使用禁止中だ。
「私達『悪魔族』は大体この3種類の系統だな。空を飛ぶ者、地上で徒党を組んで戦う者、そして巨体を持ち1人で戦える者だ。」
「となると金貨を強奪するには飛行部隊と地上部隊に主軸を置いて1人か2人、バカラ様のような『悪魔』を加えた混成がよろしいでしょう。」
その話になるとクレイスが目に見えて不機嫌になるので『悪魔族』もついその悪感情に惹かれそうになるがフロウは不思議そうに問答を始めた。
「ほう?巨体の『悪魔』は移動も遅い。しかも人間を殺さないという方針を掲げているのに前線へ送り出す意味はあるのか?」
「はい。バカラ様のような巨体を持つ存在は人間社会にはおりません。そして強靭な肉体を持っておられるのであれば彼らの攻撃を受けても大した傷は負わないと考えます。」
「ふむ?」
「つまり相手を威嚇するには最も適していると私は考えます。そして金貨を強奪した後も巨体を持つ『悪魔族』の方が皆を護るように退却すれば被害を最小限に抑えられるでしょう。」
「ふむふむ。なるほどなるほど。アンババ、今の意見をどう思う?」
「はっ!我々『悪魔』が人間如きに後れを取るとは思えませんが万全を期すというのであれば有用、な気も致します。」
確かにその通りだ。今まで大した強さの人間と戦って来なかった為アンババに限らず『悪魔』は皆がそう考えている。
だが今回の金貨とやらを強奪する作戦には最も重い制限がある。それが人間を殺す事、食す事を禁じられている点だ。
想像するに巨大で美味しそうな悪感情が無数に芽生えた現場からその欲望を抑えて行動する必要が出てくるだろう。となるとこれは人間との戦いというより『悪魔族』達が如何にして自我を保てるかが鍵となる筈だ。
「私も戦いにおいては心配しておりません。しかしより巨大な悪感情を『悪魔族』に向ける為なら多少の演出が必要だと考えます。」
そこからショウは初戦こそしっかりと統率された動きと力を見せつける事の利点を説くと知能と理性の高い『悪魔族』はある程度納得したようだ。
しかし彼の言う巨体の『悪魔』を同行させる点だけはフロウも不安から同意する訳にはいかず、最終的には空と地上の混成部隊で攻め入る事が決定した。
後は何時実行するかだが自分達も消滅が懸かっている。
なので再びショウから目的地が記された地図を広げて引き続き説明が行われたのだがこれにはフロウもちんぷんかんぷんだった為流石に口を挟んだ。
「ショウよ。この・・・紙?だったか、それに奇妙な紋様・・・私達には少し理解出来ないようだ。」
「おっと、これは失礼。そうですか、文字をすんなりと読まれたので失念しておりました。では一度近辺の上空から地図についてご説明致しましょう。」
そう言うとフロウにシャヤ、ボーマとクレイスは上空へ上がり、ショウは懐から羊皮紙と呼ばれる紙を取り出してから右手の人差し指を炎で灯す。
後はその指を素早く動かしてすらすらと細い焦げ目を線のように付けていくと悪魔城近辺の地形を記した地図とやらが完成したらしい。
「基本的に木々は記号のみで記しております。つまりこの線は高低差を表すものであり・・・」
これもまた人間の悪知恵が為せる技なのだろう。説明を聞きながら3人の『悪魔』は何度も頷いていたが終始クレイスだけはずっと黙ったまま干渉してくる事は無かった。
それから一週間は『悪魔族』が地図をしっかり把握出来るようショウの座学と襲撃予定の館を下見したりしていたが相変わらずクレイスはこちらが話を振らない限り口を開かない。
個人的に彼の『魔術』はとても神秘的でその強さからヴァッツの次に敬意を払っていたのだがやはり悪魔城に人間を歓待出来る道具が無いのが問題なのだろうか。
「では明日その屋敷を襲撃させてみよう。ところでショウ、別件で少し相談がある。」
「はい?何でしょう?」
そこでフロウは悪魔城に人間が寝泊まり出来る空間を作るべきか、クレイスの様子を窺いながら尋ねるが相変わらず全く反応を示さない。
「それは助かりますが、よろしいのですか?『悪魔族』の拠点でもあるこの場所に人間の道具を持ち込んでも?」
「うむ。この世界には人間の枠組みを超えているが容姿は人間というややこしい存在が多いのも事実だ。であれば今後の為にも用意しておいて損は無いと思う。『ボラムス』の傀儡王もそのような事をしていたしな。」
しかしそこまで話が進むとクレイスが少し驚いた表情でこちらを見て来たのでやっと安堵したが彼が反応したのはその内容ではなく『ボラムス』の傀儡王という言葉だったらしい。
「わかりました。でしたらお城のどの部分に来賓室を設けるのか、早速見て回ってみましょう。」
「待ってショウ。僕からも話がある。」
それからの行動は早かった。何かを決意したクレイスの双眸はこちらが震えを覚える程に力で満ちている。
「・・・何ですか?」
「僕は『悪魔族』の皆を『ビ=ダータ』や『リングストン』に襲撃させるのは反対だ。」
その発言には誰よりもフロウが驚いた。バーンに近い力を持つ彼なら同じ『魔族』である『悪魔族』達の事情も十分理解しているのだとばかり思っていたのだから当然だろう。
「しかし彼らには悪感情が必要なのです。それは貴方も承知しているでしょう?」
「うん。でもやっぱり無理矢理それを生み出すのは間違ってる。もしそれを実行するのなら僕は『ビ=ダータ』と『リングストン』側につくよ。」
更に驚愕の言葉を聞くとショウも目を丸くして固まってしまった。まさかこの場で、しかも友人から敵対の意思を表明されるとは思ってもみなかったのだろう。
「・・・クレイス、フロウ様の前でそれはあまりにも不敬では?」
「わかってる。でも僕はやっぱり人間なんだよ。しかも相当頑固なね。だから納得がいかない事には協力出来ない。」
傍にいた『悪魔族』達もクレイスの言動というよりは2人の険悪な雰囲気に驚きを隠せないようだ。
しかし周囲の戸惑いを他所にフロウはクレイスが何故ずっと黙っていたのか、干渉して来なかったのかという本音が分かっただけで嬉しかった。
「ふむ。ではその計画は取り下げよう。」
「「えっ?!」」
だから次の瞬間には軽く答えると2人だけでなく『悪魔族』達も驚きと困惑を隠せないでいたようだ。
「よ、よろしいのですか?」
「私はクレイスの事を気に入っているのでな。お前に反対されるのであれば無理を通すつもりはない。ところで執行人や防衛線での戦いも反対か?」
「いいえ!そちらは問題ありません!」
やっと彼らしい元気な姿が戻ってくると今度はショウが少し悩ましい表情を浮かべていたが彼はすぐに諦めたのか、苦笑を浮かべつつ目を閉じる。
「わかりました。でしたらそちらの話を進めましょう。まずは『モ=カ=ダス』に執行人を、『ボラムス』には防衛戦の衛兵としていくらか派遣して戴き、様子を見るという方向でよろしいですか?」
正直な所その2つでどれ程の悪感情が得られるのかはわからない。だがいつまでも彼の表情を曇らせたままよりは余程良いだろう。
フロウは静かに深く頷くとショウは右手の人差し指に炎を灯して羊皮紙に派遣すべき『悪魔族』の名を書き連ねていく。
「・・・ではこのような感じで行きましょうか。『ボラムス』はともかく『モ=カ=ダス』は未だ交流の浅い国ですのでこちらは私が一緒に参りましょう。」
こうしてやっと心が軽くなったフロウとクレイスは大いに頷き合うと次に来賓室の場所やその間取りの取り方について城内を歩きながら楽しく相談するのだった。
「すまないな。折角の提案をふいにしてしまって。」
そして翌朝、ショウが執行人候補の『悪魔族』を率いて『モ=カ=ダス』へ向かい、クレイスが『防衛戦』向けの『悪魔族』と共に再び西へ旅立つ時、フロウは申し訳ない様子で謝罪を口にする。
すると彼はまたも見た事がない程驚いていたがクレイスはその様子を見て逆に笑顔を浮かべていた。
「・・・いいえ。私の方こそ色々と配慮が足りていなかったようでご迷惑をお掛けしました。今度こちらにお伺いする時はお詫びの意味も込めて色々と献上させて頂きます。」
と言われても『悪魔族』は悪感情さえあれば他に何も望むものがない程欲が無いのだ。
「うむ。」
ひとまずそう短く頷くしかなかったが彼の方も気を取り直したのか、感情も平常に戻っていたので心配はいらないだろう。2人が同族達と旅立つのを見送ったフロウは城内に戻ると早速来賓室についての図面をじっくりと見つめ直す。
(今度彼らが来る時には必ずこの城内で体を休めてもらう。まずはそこからだな。)
旅先で見た人間の城を思い出しながら改めて城内を見て回りつつ、無意識にバーンが持ってきてくれた酒と白色の感情を当たり前のように嗜む。
そう、様々な事が当たり前になっていたのに自分でも驚いたが同時に内装を考える思考を完全に放棄してしまう程挑戦してみたい野心が灯ると早速クレイス達の向かった西側に伝令の『悪魔族』を送るのだった。
クレイスは本当に成長した。むしろ成長し過ぎている程だ。
初めて出会った時は見た目以下の頼りない人物だったが堅国『アデルハイド』国王キシリングの血はしっかり受け継がれているらしい。
この計画が頓挫する可能性は見越していたもののまさか開始される前にしっかり反対されるとは思いもしなかったショウは辛うじて飛べる『悪魔族』達を率いて南下しながら歓喜を覚えていた。
(それにしてもいつの間にあそこまで強くなったのか。)
国外追放中にルサナやノーヴァラットといった人材を手中に収めただけでなく道中では『ネ=ウィン』のバルバロッサから教えを乞うていた話は聞いている。
更にヴァッツが緊急で助けに入ったり再び重傷を負った話、『腑を食らいし者』との戦いやワーディライに稽古をつけて貰ったりと強くなる機会は多分にあったのだろう。
だが何よりも目を見張る成長を遂げたのはその精神だ。
以前も気品こそ纏っていたが今のクレイスからは間違いなく王族としての責任や誇りを感じるのだ。
このまま順調に成長を続ければ彼は何処まで伸びるのだろう。そう考えるだけでショウは期待で胸が痛い程膨らんでしまう。
もし自分が『アデルハイド』に仕える身ならば来年にでも王に推戴するかもしれない。少なくともその域に達していると彼は考えていた。
「一応最終確認を。貴方達の任務は罪人に罰を与える事、これだけです。決して食してはなりませんよ?」
だが今はやるべきことがある。『モ=カ=ダス』の王都が見えるところまで飛んで来ると彼は中空で止まり、『悪魔族』達に再度釘を打つが彼らも不安ではあるらしい。
「しかしショウ様、我々は長い間人間を食していない。ウォダーフ様から頂いた宝玉で腹を満たしてはいるものの抗えなくなった場合はどうすればよろしいですか?」
「その時はイェ=イレィ様の判断に任せようと思っていますが、もしかするとそれより先にヴァッツの力によってその場で何かしらの罰が下るかもしれません。彼の力は私達の想像を軽く超えて来ますので。」
これは嘘偽りない本心だ。故に彼らを脅したり無理矢理従わせるような意図は全くなかったのに彼らは心の底から怯えた様子を見せた後、絶対に約束を護ろうと固く決意したらしい。
正直少しくらいなら齧ってもいいとさえ思っていたがこの様子だとその心配もいらないだろう。ショウは頷いてそのまま王城の正門前に降り立つと早速書状を見せて女王への謁見を求める。
「おや?もしかしてショウ殿と『悪魔族』だけですか?」
「はい。ヴァッツは今『獅子族』の築城を手伝っておりますので。」
それから目に見えてがっかりするイェ=イレィに挨拶をすると彼らを任せる旨を伝える。そしてもう1つ、個人的に集めたかった情報を尋ねると僅かに女王の機嫌が悪くなるのを感じたがヴァッツの親友という切り札は想像以上に強かった。
「以前この世界を支配していたのはザジウスです。しかし今思えば不思議ですね。何故あの程度の男がヴァッツ様のおられる世界に干渉出来ていたのでしょう・・・」
そして彼女も答えると同時に強く疑問も感じたらしい。確かに『神界』に出向いて『神族』の力の全てを奪えるヴァッツの住むこの世界をどうやって支配していたのだろう。
「その辺りも帰ってから聞いておきます。あとイェ=イレィ様の御活躍もしっかりお伝えしておきますので。」
最後にそう告げると過去の忌まわしい昔話を尋ねられた嫌悪などすっかり忘れて上機嫌になった女王は満面の笑みで見送ってくれるのだった。
一方クレイスも距離が距離なので『ボラムス』の防衛線で戦ってくれる『悪魔族』達に巨大水球の中へ入って貰うと魔力の消費を気にする事無く西へ真っ直ぐ飛んだ。
「おほほほほっ?!ク、クレイス様?!す、凄い速さですねっ?!」
自分で飛んだ事のない速度で移動している事実にボーマが感嘆の声を上げているが今は時間が惜しい。
「そうだね!僕もまだ不安定なんだよ!この速度にしっかり慣れればもっと強くなれると思うんだけどなぁ!」
「えっ?!そ、それはそのっ?!落ちたり激突したりはしないのでしょうかっ?!」
「ああ!大丈夫だよ!多分!!」
昔何度か魔力が枯渇して落下した事もあるが今なら何とか対処出来るだろう。そんな楽観的な考えから軽く返していたのだが巨大水球の中にいた『悪魔族』達は自分達よりも悪魔的な思考を持つクレイスに別の意味で畏怖を抱いていたらしい。
午前中に『アデルハイド』の領空を超えると後はすぐに『ボラムス』へ到着した。
「こんにちは!ガゼルいる?」
「これはこれはクレイス様!ようこそお越しくださいました!しかしおかしいですね。物見からの伝達もなくいきなり来られるなんて・・・またヴァッツ様の御力ですか?」
衛兵の疑問は彼の国が四方に見張りを立てていて地上だけでなく空を飛ぶ人影も発見次第すぐに報告出来るよう整っていた故の純粋なものだ。
なのでしばらくしてから飛来してくる人物らしきものがあると報告が入るとそれがクレイス達だという事で情報が合致する。
「お?早速やって来たな?う~む。中々良い面構えじゃねぇか。」
そして傀儡王ガゼルがいつも通り自ら出迎えて『悪魔族』達に山賊時代と変わらない気軽な挨拶を交わすと彼らはやや困惑していたらしい。
「あ、あの、クレイス様?本当にこの人間が王、なのですか?」
やはり強さでのみ相手を計っていたからだろう。少しおかしくて笑い声を上げてしまったがむすっとしたガゼルを見て更に一通り笑うとクレイスも真剣に説明する。
「そうだよ。この国の王は間違いなくガゼルさ。人間っていうのはただ強い者が王になる訳じゃないんだよ。」
「ほほう?それはそれは・・・やはり変わった種族ですなぁ。」
ボーマは不思議そうな声と頭が上下逆さまになるほど首を傾げていたのでそちらの方がよほど変わっている仕組みだと驚愕していたが本当の問題はここからだ。
彼らがしっかり国境線を護ってくれるかどうか。その時人間を食さずにいられるのか。
話によると『リングストン』からの国境侵攻は小規模ながらも毎日行われておりこれは『ボラムス』に限った事ではない。
膨大な物量で敵国を疲弊させるやり方は『ビ=ダータ』にも広がっているようだがこちらはしっかりと『トリスト』軍が凌いでいる。
それでもこれがずっと長引くと極小精鋭故に必ず綻びが生じる筈だ。その隙を突いてまた侵攻してくるのか交渉してくるのか、どちらにしても領土を護る為に何かしら策を講じなければならないだろう。
「ボーマ、皆。君達は『悪魔族』の代表としてこの地に招かれたんだ。決してその期待を裏切らないよう自分を律して行動して欲しい。いいかな?」
フクロウ型の『悪魔族』達10人にそう告げると彼らも自覚はあるのか深く頷いてくれたが実際彼らが人間を何処まで受け入れており、どう考えているかまではわからない。
「まぁあんまり肩肘張るこたぁねぇ。それよりも空を飛べるんだろ?だったら撃退以上に負傷者を出さないよう立ち回って欲しいぜ。」
ガゼルからそう告げられると彼らも何とも言えない表情で顔を見合わせていたがまずは何事も挑戦だ。早速北方の国境線に向かうとそこにはヴァッツが建てた大岩の壁が延々と続いている。
「これはまた頑強な建物ですな。」
「そっすね。これもヴァッツ君一人でほぼ完成させたんだから凄いっすよね。」
そこを任されているシーヴァルが彼らと挨拶を交わしながらさらりと説明すると『悪魔族』達も丸い目をより真ん丸にしながら驚いていた。
彼らを合流させたクレイスはそのまま『トリスト』へ戻るか悩んだがいくつか気になる事があったので一度『ボラムス』に戻る事を選ぶ。
そして暇そうな傀儡王の部屋に入ると前置きもそこそこに早速質問を始めた。
「ねぇガゼル。『悪魔族』達とは今後どんな感じで付き合っていくの?」
「うん?俺は特に何も考えてないが・・・何だ?心配か?」
逆に彼らの本質を知っているのに何故こうも余裕があるのか。いくら相手が『リングストン』兵とはいえ血を見れば理性が抑えられなく可能性は十分にある。
自ら悪感情を生む方法こそ否定したものの他の方法も決して安心出来るものではないと考えていたクレイスは呆れながら持論を述べた。
「そりゃ彼らが人間を食べたらどう対処するのか気になるよ。すぐにヴァッツが来るかもしれないし、もしかすると『ボラムス』兵に被害が出るかもしれない。彼らを止める為に戦う可能性だって・・・」
「待て待て。そんな事を言ってたら何も出来なくなるぞ?」
話を遮って来た事と本当に何も考えていない様子から一瞬腹も立ったがガゼルは落ち着いた表情で諭して来るのでこちらも感情を押し殺す。
「ガゼルも家族が眠るこの地を取り戻したくて、護りたくてずっと頑張って来たんでしょ?だったらもっと注意深く行動すべきじゃないの?」
彼の過去は腫れ物扱い的な部分があったので普段は誰もが口にしない。それでもクレイスは欲しかった。今後自分も王になった時、様々な種族とどう付き合っていくべきか、事件が起きた時どう対処すべきかという明確な答えが。
「・・・お前は本当に成長したなぁ。出会った頃はヴァッツが邪魔さえしなきゃ簡単に拉致出来るくらいのひよっこだったのになぁ。」
なのにガゼルは感嘆の声を漏らしつつ腕を組んで何度も頷いている。恐らく賞賛の意味も含まれているのだろうが今はどうでもいいし、そもそも自分の身柄を狙っていた元山賊の感傷に付き合うつもりはない。
「そんな事より対策は?それも全部ファイケルヴィ様任せ?」
「ああそうだ。大体の事は何でも周囲に任せっきりだ。」
呆れて口が大きく開いてしまうとガゼルも大笑いしている。いや、決して笑い事では済まされないはずなのに何を考えているのだ?
「それでも国王でしょ?自分でも何かしなきゃっていう責任は感じないの?スラヴォフィル様から命じられたりしてないの?」
「『トリスト』からの命令ってのはほぼ無いな。だからこうして傀儡王を続けられてるんじゃねぇか?」
「だったらもっとこう、せめてやる気みたいなのを見せて貰えないかな?!」
苛立ちから両手の指と声をわなわなと震えさせていると今度は傀儡王が口をぽかんと開けて少しの時間呆然としていたが次には更に大きく笑い飛ばして来た。
「・・・っだぁっはっはっは!!お前、本当に言う様になったじゃねぇか!!」
「いや笑い事じゃないよ?!下手をすると自国の民が『悪魔族』に食べられるかもしれないんだよ?!そんな悲劇が起こらないように国王としてしっかり対策を立てておくべきでしょ?!」
「ああ、そうだ。お前ならそれが出来るかもしれねぇな。」
「?????」
ガゼルの双眸から何故か羨望を感じるとこちらは余計にわからなくなってきた。眉を顰めて小首を傾げていると彼はやっと声を落として静かに語り出す。
「お前はクンシェオルトを覚えているか?」
「も、もちろんだよ?!」
突然懐かしさと憧れの誉れ高き将軍の名が出て来て即答すると彼も頷いて言葉を続けた。
「あいつがお前に言った言葉は覚えているか?」
「クンシェオルト様から頂いたお言葉・・・」
彼とは最初険悪すぎてほとんど言葉を交わしていないが別れ際に色々と教えて貰った事は覚えている。その中でも周囲の力を頼るよう進言されたのは忘れる筈も無かった。
「俺が思うにあの言葉はお前が王になった時に向けて送ってたんじゃねぇかな。」
そうだ。
自分が未熟で、未熟過ぎてやっと右と左が分かり始めた頃、彼が正式にヴァッツの配下に加わりたいと跪いていたあの日の記憶が蘇る。
あの時クレイスは自分が弱いから周囲を頼るように提言されたと受け取っていた。だから自立を決意して頼りきらないよう、助けられないよう強くなる為に修業を積んできたのだ。
しかしガゼルは真逆の意味で考えていたらしい。彼は自身の弱さと限界を知って、傀儡である事まで受け入れながらもより良い国を目指す為に臣下を信任する方法を選んだのだ。
「何かあれば王が責任を取る。俺の出来る事はそれくらいしかないからな。」
いつの間にか周りに居る宰相や将軍達の態度に敬意が見て取れるようになったのは決して勘違いではなかった。
己の故郷を取り戻す為、家族の仇を討つ為に泥水を啜って抗い続けた男はいつの間にか玉座を任せられる人物として十分な成長を遂げていたのだ。
「・・・・・ガゼルも変わったんだね。」
「そんな事ぁねぇ。俺は今も昔もこんなもんだ。」
余裕のある笑みからは昔の彼と質の違うものを確かに感じたが本人にはわからないらしい。それがクレイスには嬉しいような、そして悔しいような気持ちが入り乱れる。
気が付けば自分よりも先に国王となり随分先へ進んでいたガゼルの存在に嫉妬せずにはいられなくなる。
「・・・そうだね。よし、それじゃ僕は『獅子族』の村を見てから帰るよ。」
「おう。ま、あんまり固く考えすぎるな。世の中全部が思い通りにいく訳じゃねぇんだ。」
その言葉を聞いてますます自己嫌悪に陥ったクレイスは振り向く事無く部屋を後にすると挨拶もそこそこに北へ飛んだ。さほど距離がある訳ではないがその間も思考はショウとのやりとりで占められていた。
(・・・・・あれにはショウなりにより良い国へ、世界へ導く考えがあったはずなのに僕は・・・・・)
情欲で国が傾く話など古今東西集め出せばきりがないが今回ばかりは頑固な性格を改めるべきなのかもしれないと深く反省するクレイス。
もしこの決断により『悪魔族』達が悪感情の枯渇と消滅を恐れて無差別に人間を襲い出す可能性を考えると責任の所在は間違いなく自分になるだろう。
取り返しのつかない判断と友人すらも信じ切る事が出来なかった自身が許せないまま『獅子族』の集落に降り立つが既に王城から民家まで全て完成していた事への感動はなく、カズキやヴァッツと顔を合わせても自分の狭量にただただ落ち込むばかりだ。
「ど、どうしたの?具合でも悪い?」
「いや、これは何かやらかしたな?イルフォシアか?ルサナか?まさかウンディーネか?」
「な、何でもないよ。それより凄いね。この短期間でほとんど完成してるじゃない。」
こういう時付き合いが長いと不利に働く事も初めて知ったクレイスは彼らからの追及には顔を逸らすしか術が無かった。穴があったら入りたいとは正にこの事だ。
「・・・ねぇ2人とも、僕がもし間違った判断をした場合って、止めてくれる?それとも見過ごしてくれる?」
だが『悪魔族』が好みそうな感情が胸の内を渦巻いていて何も頭に入って来ないのを悟り、白状するかのように心境を吐露すると彼らは顔を見合わせている。
「俺だったらぶん殴る。」
「ええ?!オ、オレだったらそうだね・・・出来る限りクレイスの判断を応援する、かな?あとカズキ、何でも暴力で解決するのは良くないよ?!」
すると一気に心が晴れていくのだから不思議なものだ。先程までの苦悩がとてもちっぽけなものに思えたクレイスは2人からの答えを聞くと笑わずにはいられない。
そんな彼の様子をぽかんと眺めていた友人達も不思議そうではあったが安心もしたらしく、笑みを浮かべているとやっとクレイスもやるべき事を少しは整理できたので『獅子族』の集落を軽く見回った後、急いで『トリスト』へ戻るのだった。
「ショウ!ショウはいる?!」
登城してすぐにショウの執務室へ入ると彼も帰国したばかりなのか、ルルーが淹れたてのお茶を机の上に置いた所だった。
「おやクレイス。そんなに慌ててどうされました?」
「あのね、えっと・・・」
内容が内容なだけにクレイスはルルーの前で話すべきかどうか悩むと察しの良いショウは暫く誰も近づかないよう通達して執務室の扉を固く閉ざした。
「それで、どうされました?」
「うん。『悪魔族』の皆に何故『ビ=ダータ』や『リングストン』の金貨を奪わせようと思ったの?その理由を詳しく知りたい。」
「ほう?それを聞いてどうなさるおつもりですか?」
「何か代替案がないかを考えようかなって。ショウの事だしもう何か考えてそうだけどどう?」
「ほほう?・・・・・何かありましたね?」
それからは手短に『ボラムス』でのやり取りやショウの考えについて深く考えていなかった事、何故クレイスが反対した時、フロウが反対した時にあっさり引き下がったのかを尋ねるとショウは表情をころころと変えながらも問答を楽しんでいる様子だった。
「クレイス、貴方はどんどん成長されますね。」
「それガゼルにも言われたなぁ・・・あんまり自覚ないんだけど、僕って成長出来てる?」
「それはもう見違えるほどに。」
楽しそうなショウはルルーが淹れてくれたお茶をとても美味しそうに飲んでいたがこちらはまだまだ未熟さを感じ入るばかりだ。
「実は『悪魔族』に金貨を強奪してもらうのはそれを『トリスト』の運営費に充てる予定だったのです。」
そこにさらりと隠されていた真意を告げられるとクレイスは右手で頭を抱えて俯いてしまう。やっぱりそうだった。彼が提案する策謀には必ず自分達の利が多分に含まれているのだ。
「・・・っていう事は『トリスト』の国庫ってそんなに逼迫してるの?」
「状況は芳しくありません。しかしそこまで辿り着かれると以降は隠し事が難しくなりそうですね。」
「いや、まぁ・・・隠さないで欲しいっていうのはあるんだけどね。」
ショウが腹芸を好むのは知っている為そこを強く諫めるつもりもないし、むしろ『トリスト』国内ではショウの方が身分は上なのだ。故にその辺りも含めて今後は冷静に、平常心を持って判断をした方が良いだろう。
クレイスもお茶を飲んでほっと一息つきながらそれに関しての謝罪がまだ済んでいないのを思い出すと慌てて頭を下げるが気が付くと相手も同じような姿勢になっていた。
「・・・何で頭を下げてるの?」
「・・・それはクレイスも同じですよ?その意味は一体?」
こうして周囲に人がいない中、2人は更に話を続けていくと謝意の意味を受け取って笑い合う。
「しかしクレイス、私は時に非情な判断を下します。貴方にはそこに触れて欲しくなかったのですが・・・」
「何を言ってるの!あのガゼルでさえ責任を負うとか言ってたんだよ?!だったら僕だってそれくらいは出来る事を証明しないとクンシェオルト様にも合わす顔がないよ!!」
周囲に頼る、つまり信任する点において傀儡王に負けたくない気持ちから勢いよく反論するとショウは再び目をぱちくりとしていたが表情を戻すと少しだけ声量を落とした。
「・・・でしたら今度からは貴方にはもう少し真意を伝えましょう。」
「え~少しだけなの?僕ってそんなに信用ない?」
この辺りがまだ子供なのだろう。つい残念そうに本心を漏らすと彼も更に考え込んだ後、その真意とやらを早速教えてくれる。
「信用はしています。しかし国政の中には時に目を背けたくなるような内容があるのも事実です。私はそこに触れて欲しくないと考えていました。特に貴方とヴァッツにはね。」
そう言われてしまうと何も言い返せなくなる。いや、何も知らないのだから言い返す必要はないのかもしれない。力こそつけて来てはいたが未だ王族としては何一つ取り組んでいないのだから。
「・・・もしかして僕ってアルヴィーヌ様とあんまり変わらないのかな?」
「おお、それは言い得て妙ですね。確かに国務に関わっていない点だけ見ると類似していますが貴方には王族としての自覚がある。なのでそちらを伸ばすのであれば来年から父王の元で勉強されてみるのもいいかもしれませんね。」
自身の力をつけることばかりを考えていたのでショウの助言には考えさせられる部分は多い。クレイスも来年は15歳、自分より年下のイルフォシアがもっと前から国務に携わっているのだから遅すぎるくらいだ。
「でも今回『悪魔族』達に金貨を強奪してもらって悪感情を集めるのも金貨を『トリスト』に横流しするのも両方に利があるものでしょ?言うほど目を背けたくなるような内容だった?」
もし最初からそこまで説明してもらっていればクレイスも強くは反対しなかった気がする。ショウは自分が思っている以上に過保護なのかもしれないと尋ねてみたがその先こそが非情な判断の入り口だったらしい。
「そうですね。そこで終われば特に問題はないでしょう。しかし・・・」
とんとんとん
折角面白い、いや、興味深い話を聞けそうだった所で扉が叩かれるとそれは一度中断される。
「ショウ様、緊急の報告です。」
衛兵が告げてくると流石に無視するわけにもいかない。2人は顔を見合わせて中に入るよう促すとその内容は『アデルハイド』に何故か『悪魔族』が来訪してきたという話だった。
今朝方別れたばかりなのにこちらへやってきたという事は急報である事は疑いようがないだろう。
クレイスはショウの手首を掴むと露台に出て一瞬で母国へ向かう。そして数分後には中庭に到着した2人が急いで使者らしき『悪魔族』の下へ駆けるとそこにはシャヤが大人しく椅子に腰かけていた。
「シャヤさん!何かありましたか?!」
「おお、これはこれはクレイス様にショウ様、いきなり押しかけたにも関わらず迅速な応対、誠に感謝致します。」
そして2人の姿を見ると立ち上がって深々と頭を下げてくる。見た目こそ異形だがその立ち居振る舞いは下手な人間よりよほど丁寧だ。
「おや?あまり慌てておられない所を見るとさほど火急という訳でもないようですね。」
ショウも彼の落ち着いた様子から不思議そうに尋ねると3人は向かい合って椅子に腰かける。
「は、はい。実は魔王様が是非やってみたい事が出来たと仰っておりまして。此度はそのご相談をと。」
「「おお!」」
これには2人が驚愕と歓喜で声を重ねて発していた。ヴァッツの手前人間を襲う事以外だとは思うが別れてからさほど時間も経っていないのに何があったのか。
フロウがすぐに同族を送って来るくらいだから余程の良案なのだろう。クレイスは嬉しくて目を輝かせていたがそれはショウも同じだったらしい。
「して、その内容とは?」
「それがですね・・・酒、なるものを作りたいと。」
「「ほほう?」」
更に内容が意外過ぎて2人はまたも声を重ねてしまったがシャヤも困惑しているようだ。
「しかし意外だね。人間の真似は絶対にしないと思ったけどお酒か。」
「ええ。ですのでバーン様がいつも持って来られるような『魔族』的なものを作りたいと仰られております。」
「・・・・・いいですね!とてもいいのではないでしょうか!!」
これも長い付き合いの弊害か。ショウが普段滅多に見せない弾む声で同意してるところを見るに何かまた悪巧みを閃いたらしい。いや、信任すると言った話をした後で悪巧みという表現は良くないだろう。
「さ、左様でございますか?我々と致しましても魔王様自らがご提案されておられるので反対するつもりもないのですが何分知識が何もなくて。」
「わかりました!私達にお任せいただければ最高のお酒を造る方法をお教えしましょう!!」
「随分自信満々だけどショウってそんなに詳しいの?」
どこかを襲撃する話ではない為クレイスも気負いする事無く話をしていたがショウはややかかり過ぎている。それが不安で尋ねてみるとやはり当たっていたようだ。
「いいえ。私は全然わかりません。しかしクレイスなら多少はその知識を持っているでしょう?」
当然シャヤやショウはお酒の原料すらよくわかっていない。となるとこの3人の中では一番理解があるとも言える。
「・・・いやいや!僕は料理専門だからね?!一番出回っているお酒でも完成させるにはそれなりの知識と経験が必要なはずだ。僕なんかよりもっと詳しい人に、それこそ本職の人を呼んだ方が良いよ。」
あやうく流されかけたのでしっかりと冷静に対応するとシャヤは深く頷き、ショウは少し残念そうだったが今回ばかりは自身が正しい筈だ。
「ではフロウ様が気に入っておられる『魔界』の味を再現する為にバーン様か『魔界』の知識人にお願いしましょうか。」
こうして話がまとまるとバーンが地上へ遊びに来るのを待つ前にこちらから出向くべきだとやる気満々のショウに説得されたクレイスはヴァッツのお隣さんに住む『魔族』の下へ向かう。
「おや?お前はもしかしてクレイスかい?」
すると老婆姿のエイムが初対面ながらこちらをすぐに認識してくれたので少し驚きつつ挨拶を交わすと彼女も笑顔で答えてくれた。
「そうかいそうかい。ヴァッツからあんたの話は色々聞いてたからね。そんで今回はバーン様へ会いに行くんだね?」
「はい。『悪魔族』の魔王様が遂にやりたい事を見つけたというのでそのご報告と助力を仰ぎに。」
「ふむ。良いだろう。それじゃ行っておいで。」
ショウの用意した書状のお蔭でもあるのか、やや頑固な人物だと想像していたエイムは随分優しく接してくれるとあの時以来だった真っ暗闇の亀裂に足を踏み入れた途端クレイスはそのまま落ち続ける。
そしてアルヴィーヌの時と違う理由で飛空の術式を展開して真下に飛び、やがて見た事もない景色や建物のある場所に出ると早速バーンが出迎えてくれるのだった。
少し前まで魔界は地上よりも時間の流れが遅かったらしいが『天界』が『神界』から解放されてヴァッツが力を使った時、同時にそれも解消されたらしい。
「お蔭で僕も地上に行きやすくなって助かってたんだよね~!しかしフロウがお酒に溺れちゃったか。これは責任重大だな。」
「え?そ、そうですか?そんな風には見えなかったので大丈夫だと思いますが。」
軽くやり取りをした後クレイスはティムニールとバーンを連れて再び真っ暗な穴を光が見える場所まで飛び続ける。
「恐らくフロウ様にとって初めての嗜好品だったのでしょう。となると中々抑えが効かなくなる部分も出てくる気は致します。」
途中彼がそのような事を言っていたが自身は宴の時以外だと料理で使う程度なのでほとんど馴染みがない為彼らの危惧がいまいち伝わってこない。
よくわからないまま地上に戻った3人はまずティムニールが初めて対面する『悪魔族』シャヤとも丁寧な挨拶を交わしていた。
「彼の力は大地そのものだからね。早速悪魔城にいって葡萄を育てる下準備をしに行こう。」
『魔界』での農作物は全て彼のお蔭で成り立っているという。正に職人と呼ぶにふさわしい人材を得たシャヤは深く頭を下げると早速5人は再び東にある悪魔城へ向かうのだった。
「済まないな。まさかこんなに早く対応してもらえるとは。」
フロウの双眸には希望の光を感じたのでクレイスは全く心配していない。むしろ挽回できる機会がこんなにも早く訪れるとは思ってもみなかったのでこちらのやる気も満々だ。
「いいよ~。しかしお酒を造りたいなんて面白いとこに行き着いたね。やっぱり僕がいつも持って行ってたせいかな?」
「うむ。バーンの差し入れはいつも美味しく頂いていた。今朝も気が付けば口を付けていたのでふと思い立ったのだ。これを自分達で作れないか、と。」
「とても素晴らしい発想だと思います。」
それにしてもショウは一体何を考えているのか。この話を聞いてからずっと目を輝かせっぱなしでその様子はまるでヴァッツのようだ。
(よっぽど嬉しい・・・だけじゃないよね。何考えてるんだろ?)
先程お互いが謝罪をしてより深く認めあったばかりなので絶対に裏がある事はわかる。だが『悪魔族』が酒を造る事で何か利点はあるのだろうか。
その正体がわからないまま話はどんどん進むとまずはティムニールが魔術を使って大地の木々を大量に移動させ始める。それはクレイスすらも唖然とするほど大規模なもので緩やかな傾斜部分は木を伐採する手間なく拓けた土地へと変貌を遂げたのだ。
「ではこの木々を加工していきましょう。バーン。」
「よしきた!任せて~!『悪魔族』の皆も真似出来る人は真似してみてね。」
次に邪魔になって大地に転がされた木々をバーンが素早く切断する。だが一番重要なのは木の太い部分だけらしい。4尺(約1,2m)程の幹の部分を手にすると木の皮を素早く剝きとってから中をこれまた綺麗な空洞になるよう魔術を使って穴を開けてみせた。
「こんな感じで底は残してね。」
どうやらこれは継ぎ目のない樽として使用するらしい。繊細ながらも正確な魔術に感動したクレイスは自分も試したくて風と水の魔術で加工してみたが思った以上に技術が必要だ。
更に朝から飛び回っていたせいで疲れも影響していたのか、あまり納得のいくものが作れなかったが『悪魔族』達も不思議そうに自分達の体を使ってバーンの手本通りに何とか形と整えようと悪戦苦闘している。
「ふぅむ。まさかこんな繊細な技術が求められるとは。」
「まぁ木は周りに一杯あるからね。それにお酒はすぐ完成する訳でもないんだ。焦らず数を揃えて行けばいいと思うよ。」
自身が作った樽を人差し指だけでくるくる回しながらバーンも軽く助言するとフロウも頷いていたがそういえばクレイスも詳しい工程はよく知らない。
「後は葡萄の木ですが・・・一から育てると時間がかかるのでここは大陸中から集めましょう。」
最後はティムニールがそう言うとまたも大地が妙な動きを見せ始める。すると先程出来た開けた場所にいくつかの木が成長順に並べられると原材料の準備は完成したらしい。
「後は来年に向けて樽をしっかり作る事だね。このままじゃ使えないから一度しっかり乾燥させるんだよ。」
「ふむふむ。むむ?来年?」
「そうだよ。この辺りの気候はよくわかんないけど見た所葡萄の木はもう実を落としてるみたいだし、今年中には難しいよ?」
「そ、そうなのか・・・ううむ。残念だ・・・非常に残念だ。」
これはあまり知識のないクレイスでもわかっていた事だが『悪魔族』、特にフロウにとってはかなり悔しかったらしい。原材料の入手に発酵という工程はどうしても手間暇がかかる。
「・・・あの、他の方法がないか調べて来ましょうか?」
「何?!そ、そんな事が可能なのか?!」
「あ、はい。お酒といっても色んな種類がありますし。材料さえ手に入ればすぐに出来るものなら恐らく可能かな、と。」
「流石はクレイス、頼りになりますね!」
ショウに持ち上げられる事に慣れていないせいかむず痒さすら感じたが他にも林檎酒や蜂蜜種、麦酒等々有名なお酒はいくらでもある。
後はフロウがその味に納得してくれるかどうかだけは気掛かりだったが折角彼がとてもやる気に満ちているのでここは挑戦すべきだろう。
「それじゃクレイスが調べてくれてる間に『悪魔族』の皆は樽を一杯作っておいてね。あとこれを安置出来る暗い場所も確保しておいてほしいな。」
「わかった。では皆、私達の酒を造る為に早速取り掛かるぞ!」
意外な話で最初は驚いたが魔王と『悪魔族』が久しぶりに体を動かせる喜びから雄たけびすら上げている。
(こ、これは責任重大だな。)
金貨強奪の件も含めて提案したもののここで失敗する訳にはいかないと早速『アデルハイド』に戻ると書庫を漁り、国内の酒造業者との話し合いを始める。
こうして一気に忙しくなったクレイスは月日が経つのも忘れて方々に飛び周り、酒造の知識を得ては持って行くといつの間にか悪魔城は様々な酒が製造できる場所へと進化していった。
そして年が明けてやっと一息つき始めた頃、クレイスはショウと2人きりの場を設けるとずっと聞きたかった事について言及する。
「それで、『悪魔族』の皆にお酒を造ってもらって何か利があるの?」
「聞きたいですか?」
そう返されると逆に知りたくなくなってきた。彼の表情からみても絶対碌な事ではないらしいのは伝わって来るがここは次期国王として裏の部分にも目を向けるべきだろう。
静かに頷くとショウは笑みを消して真面目な表情で口を開く。
「彼らの作ったお酒を各地で販売します。しかも『悪魔』が作ったものとしっかり喧伝しながらね。」
「・・・・・うん?それだけ?」
「はい。」
「嘘だ!!絶対他にも目的があるでしょ?!でなきゃ僕があれだけ手を掛けた意味がないよ?!」
今の悪魔城には多種多様の酒で溢れている。そして自分で言うのも何だがそれらは全て手法を調べて伝えたクレイスの功績がとても大きいのだ。
ちなみに販路は既に完成されておりこちらからは今までの知識や材料の提供、ウォダーフが作る悪感情の宝玉が酒との取引として用いられていた。
「おや?でしたらクレイスの考えを聞かせて欲しいですね。『悪魔族』が作ったお酒を販売する事で何を得られるのか。」
「う、うう~ん。滅茶苦茶試されてる気がするけど・・・そうだね。珍しいから高値で取引はされてるよね?」
『トリスト』の財政があまり芳しくないという話を聞いていたから一番最初に思い当たったのはそこだった。だがショウは笑みを浮かべながら他の答えを待つ姿勢を崩さない。
「・・・そもそもお酒って『バーン教』の教会で作られてるよね?そこは関係ある?」
「多少はあるかもしれません。実は半分程希望的観測も含まれているので残りの理由は大した事ではないんですよ。」
「そうなの?で?どんなの?」
「はい。1つは『悪魔族』という存在をしっかり認知してもらう為、もう1つはそれにより何かあれば『悪魔』に矛先を向けてもらう為です。」
そこまで言われるとクレイスも頷くしかない。つまり戦わずとも彼らに悪感情を生み出そうと考えているようだ。
「なるほど・・・でもそんなに上手くいくかな?」
「大丈夫。人とは順境時には神に感謝しますし逆境に立たされると悪魔を憎むものです。どんな些細な事でもね。」
それは『バーン教』や『セイラム教』の教えにも載っている。不都合があれば不都合な存在に悪感情をぶつける事で皆心の平穏を保っているのだ。
クレイスとしては『悪魔族』を良く知っている為何とも言えない感情に包まれるが彼らは彼らで悪感情を欲しているのだから今度こそ横槍を入れる訳にはいかない。
最近だと『ボラムス』の防衛線もしっかり機能しており『モ=カ=ダス』の執行人としての活躍も耳に届いている。そして何よりもフロウ率いる『悪魔族』が作る酒は美味いのだ。
普段全く嗜まないクレイスでさえ唸る出来で自身も料理以外の目的で常にいくつか手元に置いている程だ。
「まぁ今の所フロウ様達が消滅しそうな気配もないし、上手くはいってるのかな。」
最後は納得するとショウも笑って『悪魔族』特製の蜂蜜酒を軽く喉に流し込む。
「・・・本当に美味しいですね。フロウ様のこだわりがよくわかる味です。これならもう少し値上げして市場に出すべきか・・・」
人間の文化というこだわりをバーンが土産として送っていた事実が相殺したお蔭で得た目標は『悪魔族』の生きる力と造る力に変換されているのだろう。お互いが笑い合っていると扉が叩かれてプレオスに呼ばれる。
「さて、それじゃ行ってくるよ。」
「はい。王太子として色々学んで来て下さい。」
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