闇を統べる者
亜人 -表と裏-
しかし『モ=カ=ダス』という国を出てから次の目的地は遠かった。非常に遠かった。
それでもバーンの魔術で最短距離の道を走ったのとシャヤに心のゆとり生まれていた為道中はわりと楽しく進む事が出来ていた。
特に話題に出ていた『神界』の件だがどうやらウォダーフとヴァッツがその世界に出向いてはあの大量の宝玉を作っていたらしい。
「なるほど。それで有り余る量が採取出来ていたのか。しかしあれ程極上の悪感情が溢れている世界とは一体どんな場所なのだ?」
シャヤ達『悪魔族』も以前の世界をある程度征服していたもののしっかりと均衡を考えていた。つまり人間が減少し過ぎないよう、そして極端に大きな反抗が起きないよう調整していたのだ。
「もしかすると以前の『天界』みたいになってるのかもね。」
何気なく答えたバーンだがそこもまた酷い世界だったという。日が昇る度に同族同士が理性を捨てて殺し合いをするという説明にはこちらも想像が追い付かない。
「だからこそ人間は法を、掟を定めるのだ。物事に明確な線引きをして余計な争いが起こらぬようにする。そう考えると『魔族』の方が和を貴ぶ種族なのかもしれんな。」
亜人であるラルヴォは人間とも深く関わって生きて来た為そういった結論に至ったらしい。確かにバーン達も争いを回避するよう生きているようだし自分達も同族で殺し合う事等絶対になかった。
「うぅ・・・なのに人間は同族同士でも争ったりするよね。僕も気を付けないと!」
クレイスは将来人間の国王になるので今までの話から己を戒めたようだが『魔族』と人間では数に圧倒的な差があるので多少の争いが起きるのも仕方ない気はする。
「ま、それだけ考え方や文化が多種多様って事じゃない?」
ハルカが軽く言ってのけたがシャヤもこの旅を通して少しずつだが人間について色々とわかって来た。まずは文化や暮らして来た土地によって全く違う考え方や生活を送っているという事だ。
思い返せば妙に人が多い場所と極端に少ない地域の違いは不思議だったがそれにも彼らなりの理由があるそうだ。
更に家屋の大きさや頑丈さ、作り方や細工などに違いが合ったり時にはそこで権力という見えない力を差別化する事もあるという。
あまりにも長旅すぎて知るつもりも無かった人間の文化に驚くというか感心するというか呆れるというか。生き物として最も大事な本人の力をあまり大事にしないのはどういった意図があるのか未だにわからない。
(住居など雨風が凌げればいいではないか。むしろそれすら気にしない『悪魔族』もいるというのに。)
故に彼らは権力という見えない力で同族を従えるという。法や掟というのもそういった手段の1つらしい。だからいつまで経っても弱いままなのだと内心呆れるばかりだがそれでも突然強者が現れたりするのもまた彼らの特徴でもある。
それは才能という言葉で括られたり鍛錬といった行動で培われるというが『悪魔族』はもちろん、バーン達『魔族』にもそういった習慣は無い。
「・・・人間とは不思議な生物ですね。」
「だねぇ。」
元々家畜と捉えてはいたものの別段蔑むような感情を持ち合わせていなかったので御者席から素直な感想を呟いてしまうとヴァッツも不思議そうに同意してくれる。
「ま、だから『魔族』も時々彼らと結ばれたりしちゃうんだよね。」
それから話は新たな展開へと進んでいくのだがこればかりは性別の無い『悪魔族』にとって全く理解し難いものだった為、フロウとシャヤは終始小首を傾げるだけだった。
生まれた順番や強さで序列を決めていた『悪魔族』からすれば時間がどれ程経ったのか等も気にする所ではないがやっと開けた土地に出てくると一行は妙な建物の前で馬車を停める。
「これはこれは。ようこそ『気まぐれ屋』へ。」
そして中から現れたのは食糧問題で大変お世話になっているウォダーフだ。どうやらここが彼の住処であり人間の世界で言う店というものらしい。
「まずは長旅の疲れを癒せるよう早速とっておきのお茶をご用意しますよ。」
これもまた亜人の食べ物なので気兼ねする必要はないだろう。彼らは早速店内へ入ろうとしたのだが思いの外出入口も狭く天井も低かったので急遽表での御茶会が開かれる事となった。
「ヴァッツ様、お帰りなさい。お疲れだったでしょう?」
それから緑色の髪をした人間が各種族の前にお茶と御菓子というものを運んでくると同時に1人だけ異質の存在を見つけて目を止める。
「バーン様、旅というのは堪能できましたか?」
「うん!ヴァッツが大好きなのも理解出来たよ!イフリータも随分慣れてる感じだね。ずっと働いてるの?」
「はい。私とティナマは他にやる事もありませんから。」
こちらは赤く逆立った髪を持つ人物で着ている衣服は一緒だったものの間違いなく『魔族』なのだろう。魔王と軽いやり取りをしていると件の人物も姿を現した。
「ふっふっふ。ウォダーフが表に立つ事も少ないからな。いずれこの店はわらわのものになるだろう!」
「ティナマ様?!店主である私の前でそんな不穏な発言は止めていただけますか?!」
どうやらこの店では彼の存在が軽視されているらしい。肌黒で背丈の低い人間が勝ち誇ったかのように宣言すると彼は焦りを露にしている。
「・・・ウォダーフ殿、そういう時こそ妙な野望を奪い取ってしまえばよろしいのでは?」
店や店主という概念をはっきり理解出来ていないが恐らく『悪魔族』と魔王みたいな関係だろう。そしてその座を狙うと公言するなど謀反以外の何物でもないはずだ。
フロウも魔王として堂々と助言するが彼の説明によると身内には使わないよう厳命されているらしい。しかもその芽は他の人物によって意外な方法で摘み取られる。
ごちん!
「ったぁぁいぃ!リ、リリーッ!お主はもう少しおしとやかさをだな?!」
「恩を仇で返す奴にどうこう言われたくないよ。それにさっきの発言は時雨にも報告するからな?」
「あっ?!そ、それはずるいぞ?!い、いや!こういう時はそう・・・冗談だ!冗談だよ!」
強烈なげんこつを放つ緑の髪を持つ少女と涙目になりながら焦る小さな少女の対比は見ていて中々に面白い。そしてほっと安堵のため息を付くウォダーフを他所にフロウとシャヤは疑いもせずに提供された飲食物を口にしていた。
それからすぐにあの赤い髪の少年がやってくると『悪魔族』がヴァッツの意向に沿って活動出来る方法がないかについて相談する。
クレイスやヴァッツも彼と同い年なだけでなく、3年以上の付き合いがありとても信頼しているそうだが寿命など考えた事のない自分達からすれば逆に短すぎる気もした。
だがその実力は折り紙付きらしい。すぐに解決案が出たそうで早速それを聞こうと前のめりに構えた所、彼は説明する前に一度体を休めるよう告げた後帰国してしまった。
「この世界の人間は本当に変わった者が多いな。」
呆れるシャヤをよそにフロウはお茶のお代わりを啜りながら感心していると今度はバーンが不思議そうに尋ねる。
「そんなに変わってる?」
「ああ。前にいた世界では可笑しな力を持つ人間など一人もいなかったからな。私達の言う人間とはそこの黒い奴とハルカくらいのものだ。」
「む?わらわは『天魔族』だぞ?『悪魔族』などと大層な種族名を名乗っているが力の本質を見抜けぬ存在か?」
先程の言動といいこの黒い肌の小さな人間は少し過剰な矜持を持っているらしい。
シャヤから見ても全く普通の人間だったので虚勢を張っているのか『天魔族』という人間の中では特別な種族なのかと疑う程だったがその答えはヴァッツが持っていた。
「あ!ごめん!ティナマは力を奪った時人間にしちゃった!だって『天魔族』のままだと不便でしょ?」
「・・・・・き、貴様ぁぁぁあああ?!わ、わらわの唯一の誇りまで消し去っておったのか?!許さん!!今すぐ斬り捨ててくれるわっ!!」
黒い肌の人間は激昂したものの緑の髪をした人間に軽く羽交い締めされると全く抵抗出来なくなる。それをみて関係者は笑い合っていたがこちらとしてはひきつる心を隠すので精一杯だ。
何故ならもしヴァッツがその気になれば『悪魔族』でさえただの人間に変えかねない、もしくはそれが可能かもしれないのだ。
「で、でもティナマって時雨とかと仲がいいじゃない?だったら一人だけ長生きするより皆と同じ時間を過ごせた方が幸せかなって思ったんだよ?!こ、怖いからもう落ち着いて!ね?」
なのに彼が怖がる意味がまるでわからない。今までの言動や魔王フロウとの戦いを見ても彼に傷を与える存在がこの世にいるとは思えない。
(・・・だからイェ=イレィはあんな事を言っていたのか。)
この世はヴァッツとそれ以外という考え方は決して間違いではないのかもしれない。黒い肌の人間は少しずつ落ち着きを取り戻すも未だヴァッツに怒りを向けていたので人間とは案外無知で無謀な存在なのだなと再認識するのだった。
翌朝、約束通りショウがやってくると意外な事を言い始める。
「少し話が長くなると思うのでクレイスと『悪魔族』の方以外は先に出発していて下さい。」
シャヤ達は当事者なのでわかるが何故クレイスという少年が残る事になったのか。残すならヴァッツの方ではないのか?と疑問に思ったが彼らは素直に従うと『気まぐれ屋』の前に4人だけが立ち尽くす。
「ではこちらに来て頂けますか?」
しかし彼は更に3人を案内すると空高く飛んだ。これが一体何を意味するのか全くわからなかったが魔王も素直に従っていたので従者の自分が反抗する訳にはいかないだろう。
こうして西に向かう馬車が小さく見える位置までやってくるとショウはクレイスと一瞬視線を交わした後やっと説明に入った。
「まずイェ=イレィ様の提案は私としても賛成です。これはとても理に適っているので是非執行人は『悪魔族』の方々にお願いしたいですね。」
「ふむ。その件については私も考えていた。恐らく思想や家畜への拘りが低い同族を送り込めれば可能だと思う。」
これは人間の法や掟に従う事に抵抗の少ない『悪魔』なら問題なくこなせるという判断だろう。それを聞いたショウは表情を崩さず頷くといよいよ本題に入った。
「さて、問題は私達と交わした契約、そしてヴァッツの意向を遵守しながら悪感情を集める方法ですが1つだけ思いつきました。」
「えっ?!さ、流石だね?!一体どんな方法なの?!」
友人であるクレイスが一番に驚いて尋ねるが興味のあったシャヤも聞き逃さないよう耳を傾ける。
「簡単です。条約通り人間が『悪魔族』を襲うよう仕向ければいいのです。」
「ほう?それは以前聞いた喧伝という方法だな?」
「はい。しかし効率を考えるとひと手間加える必要があります。」
そこでショウは『悪魔』よりも悪魔らしい笑みを浮かべたのでこちらの方が内心驚愕してしまう。更に驚いた事にその表情からクレイスが何かを読み取ったのか非常に白い眼で彼を睨みつけていた。
「・・・・・何か悪さを考えてるね?」
「はい。しかしクレイス、これはまだまだ序の口、程度としてはとても質の低い悪さです。なので今回は貴方にもこの話を聞いてもらおうと参加してもらったのです。」
この発言の意味がわからなかったのはシャヤとクレイスだけだったらしい。2人で小首を傾げているとフロウが続きを促したのでショウは構わず説明を始める。
「まずこの地の西側に『ビ=ダータ』と『リングストン』という国があります。そこに大層な富豪がいるので金貨を大量に略奪して悪魔城に持ち帰ってもらう。それだけです。」
長旅のお蔭で金貨については多少知識があったものの行動の意図が全く掴めないシャヤは1人で更に首を傾げていたがクレイスは少しだけ理解し始めたらしい。
「・・・そんな事をすると取り返そうって兵士達が送られてくるよね?」
「はい。それを『悪魔族』の方々に蹴散らしてもらえば悪感情を得られるという算段です。」
「金貨とは命を賭けてまで手に入れたい代物なのか?」
流石にフロウも半信半疑といった様子で確認しているがショウは満面の笑みを浮かべて深く頷いた。
「はい。人間とは、特に権力しか持たない人間にとって金貨とは力のすべてであり象徴なのです。それを奪われたとなれば血眼になって取り返そうとするでしょう。」
俄かに信じがたい内容にシャヤはただ困惑して聞くに徹していたがクレイスの様子から察するに現実的な提案なのだろう。
「ただし1つだけお願いがあります。それは悪魔城にやってくる人間を決して殺さず、食さないで下さい。ここは条約でも書いていますので。」
「・・・ふ~む。私達『悪魔族』にとっては何一つ理解出来ないがヴァッツやクレイスが信を置く其方が言うのであれば試す価値はある、のか?」
こればかりはフロウも全く予想がつかないのか、いつの間にかシャヤと同じように小首を傾げていたがショウの力強い返事が背中を後押ししたらしい。
こうして中空での密談は無事に幕を下ろすとその決行は旅が終わってからという事でまとまる。
「『悪魔族』の方々、そしてクレイス。今の話は他言無用でお願いしますね。」
最後にそう念押しされるとこちらは拒否する理由も無いので軽く頷いたのだがクレイスだけは納得がいっていないのか、白い眼を向けたまま返事をする事無く先行する馬車の下へ飛んでいったのでシャヤ達も後を追うのだった。
ショウはクレイスに釘を刺した後『トリスト』に戻ると早速資料を漁って細かな計画をまとめ始める。
「ショウ君おかえり~!早かったね?」
「ええ。上手く行けば懸念点を2つ程解消出来そうなので急いで戻ってきました。さぁ始めましょう。」
ルルーに淹れてもらった美味しいお茶と彼女の笑顔はやる気を充実させるのには十分だった。ショウは一気に仕事を終えると今度はザラールの部屋へ向かい、許可を確認する前に入室する。
「何だショウか。その様子だと吉報だな?」
「はい。以前から問題視していた『ビ=ダータ』と『リングストン』の力を合法的に削ぎ落す計画です。ご覧になって下さい。」
昨夜からある程度用意をしていたものの30枚にも及ぶ提案書は読み終えるにもそれなりの時間がかかったようだ。その間にネイヴンにも来てもらって内容を確認してもらうとまずはザラールから感想を述べ始める。
「・・・・・ふむ。良いな。これならば我らも含めて周囲への被害や怨恨も最小限に抑えられるだろう。」
珍しく満足な笑みを浮かべていたが実際この3人の中では彼が一番物事に感情を挟みやすいのはごく一部の人間しか知らない。
「だが略奪した金貨の一部を我らの国庫に回収する部分は強欲が過ぎんか?」
「何を仰います。『トリスト』も決して裕福ではないのです。国力の維持や国民の生活を考えると資金をしっかり確保するのも国に関わる人間の努めだと私は考えます。」
先程クレイスや『悪魔族』達に話したのは人間が保有する金貨を悪魔城に持ち帰り、それを取り戻す為に送られてくるであろう人間を蹴散らす部分までだった。
しかし提案書にはその先である金貨の扱いもしっかりと明記している。その内容はザラールが若干眉を顰めた通り、『トリスト』の運営に回すという流れだ。
「私は良いと思います。計画通りに事が運べば『リングストン』の意識も『悪魔族』に向きますし。ただ討伐する為にヴァッツ様を利用される可能性について記されていない。そこはどうお考えですか?」
「はい。そこについては懲らしめたという虚偽を申請、偽装工作でいくらでも取り繕えると考えています。彼らの関係は既に良好のようですから。」
「・・・金貨の部分はどうする?」
「そこも虚報を流布します。『悪魔族』はそれを食べるとでも言っておけばよろしいかと。」
でっち上げの内容が酷すぎて2人は顔を見合わせていたがショウには全く不安は無かった。何故なら『悪魔族』の本質を知る者はほとんど存在しないからだ。
つまり真偽を確認するには彼ら以上の力を振るって直接問い詰める必要があり、現在それが可能な人物が限られている為多少無理筋な話でも十分押し通せると考えているのだ。
「そもそも彼らは悪感情を欲しているのです。であれば大抵の提案は喜んで引き受けてくれるでしょう。」
「ふ~む。ナイルはどう思う?」
「概ね賛成ですね。特にガビアム様は『リングストン』への反攻作戦を企てておられるようですし、そこには大実業家達も噛んでいるはずです。であれば早急な対応が求められるかと。」
どうやらこの計画は前向きに進められそうだ。提案したショウもほっと胸をなでおろすが同時にもう1つ告げておかねばならない事がある。
「そういえばこの話、クレイスにだけは伝えています。」
「「・・・・・何故だ?」ですか?」
しばらく考える時間も同じだったのか。2人は声を揃えて不思議そうに尋ねてきたが理由は明確だ。
「彼には私が求める以上の王になってもらいたい。それには時に非情な決断を迫られる事実があるのを知ってもらう為です。」
その答えを聞いた2人はまたも押し黙るが今回は意味合いが違う。
「・・・わかった。」
ザラールが短く答えるとネイヴンも浅く頷いてこの話は完全に終わる。それから全ての権限と責任を任されたショウは『悪魔族』達が『獅子族』の集落へ到着するまでに緻密な計画を練り上げるのだった。
あれから馬車に合流したクレイスは少しの間不機嫌そうな様子だったが心配したヴァッツに気を使われると気持ちを切り替えたらしい。
お陰で平穏無事な旅が再開すると今度は珍しく完全に人間だけの国にやって来た。
「うっす!お前らも元気そうだな!!」
そこでもまた国王自ら出迎えてくれたのだが今回はヴァッツが嬉しそうに抱き着いていたので余程懇意の仲なのだろう。
そしてクレイスが固い握手を、ハルカとはからかう様に会釈を交わし合ってからこちらに顔を向けると案外胆が据わっているのか、普通の人間である国王は一人一人を確認するように視線を向けた後軽く溜息をついた。
「ま、今更誰が来ても構わねぇか。俺は『ボラムス』の傀儡王ガゼルだ。よろしくな。」
「ふむ。私は『悪魔族』の魔王フロウだ。ところで傀儡王とは何だ?」
「僕は『魔界』の王バーンだよ。傀儡ってのは操り人形みたいなものだね。」
「私は『虎人族』のラルヴォだ。しかし自称する王と言うのも珍しいな。」
各々が挨拶と握手を交わすと早速食料の補充や旅道具の掃除、交換といった作業が行われ、シャヤですら来賓扱いをされながら王城へと案内される。
「んで、何でまたこんな風変わりな連中を連れてやって来たんだ?」
しかしこの傀儡王、恐らく弱い部類の人間なのに随分堂々としている。これは『気まぐれ屋』を出立する前にショウから言われた金貨という権力の力を過信しているからだろうか?
机も扉も大きな部屋に通されたシャヤ達は自分達が十分座れる大きな椅子まで用意されている事に驚きながら腰を下ろすと早速会議は始まった。
「うん。実はフロウ達『悪魔族』が人間を殺したり食べたりしないで生きていく為に何か出来る事はないかって探してる所なんだよ。」
当然あの話はこの場にいる3人しか知らないのでヴァッツも今まで通り相談を持ち掛けるがガゼルは不思議そうに頷くと詳細はフロウ自ら行う事になった。
「なるほどな。つまり人間の作業は嫌だが何もしないで生きていくのも退屈だと。そりゃ我儘過ぎねぇか?」
すると今までの人間、正確には亜人種達からも考えられない程真っ直ぐに反論してきたので驚いたまま固まってしまう。
「それは私も思っていた。だが『悪魔族』とは人間を家畜としか捉えていない。故にその真似をするつもりはないという思考らしい。」
「ふ~ん。でも人間ってのは弱いが器用さと悪知恵だけは相当働くぜ?ぶっちゃけ今更『悪魔族』しか出来ない事を探すのって中々難しいんじゃねぇか?それこそショウにでも相談してみたらどうだ?」
「そういえばショウに何て言われたの?」
ここにきて話題を逸らして来た内容を尋ねられてしまうとシャヤは思わずフロウを見る。しかし彼は腕を組み双眸と口を閉ざしてしまった。
「うん。ショウもあんまりいい案がないから僕達が帰るまでに考えておくって。」
「へ~そうなんだ。」
ところがクレイスがさらりと答えると誰一人彼を疑う事は無くその話は流れてしまう。これには内心驚いたがそれだけクレイスとショウが信頼されているのだろう。
「それじゃ俺が出来る事なんて何も無ぇ気がするな。うん?ファイケルヴィ、これは?」
「はい。『トリスト』と『悪魔族』で交わした人間の扱いについての条約です。極論から申し上げますとこれに抵触しなければどのような提案でも可能性はあります。」
「そういえば私達ってその内容を知らないわ。良ければ見せて貰える?」
ハルカも興味を示すとガゼルが面倒だからとファイケルヴィに返してこの場で読むよう頼む。そして全員が情報共有するとガゼルがすぐに口を開いた。
「何だ。だったら俺んところで国境線を護ってくれねぇか?」
あまりにも軽く提案してきたので皆が目を丸くして彼に視線を集めると彼の配下であるファイケルヴィとやらが何度か深く頷いている。
「それは人間に利用されるという立場になる。私達『悪魔族』がそのような屈辱に耐えられると思うか?」
「でも執行人の話は進んでるんだろ?だったら似たようなもんじゃねぇか?侵略してくるのもされる側からすれば罪人以上に厄介なんだ。そこにお前達『悪魔族』が力を貸してくれるってんなら有難ぇぜ?」
「むぅ・・・・・」
なるほど。確かに人間とはかなり悪知恵が働く様だ。傀儡王の提案にはフロウも目を見開いて唸り声を上げるしか出来ないらしい。
「僕もその意見には賛成です。旅の中で考えてたのですが無理に悪感情を生まなくても生まれてしまう場所で活躍してもらえばいいと思うんです。」
最後に述べたクレイスの意見は恐らくショウへの反論でもあるのだろう。そしてそれを察したフロウも珍しく笑顔を浮かべて前向きに検討すると答えるのだった。
「しかしガゼルと言ったな。我々が来るのをわかってこの椅子を用意してくれたのか?」
話が終わった後フロウはあまりにも座り心地のよい椅子が用意されていた事への質問をすると彼はにやりと笑みを浮かべて口を開いた。
「いいや。お前達の為じゃねぇ。実はこの国の北側に『獅子族』ってのが住んでてな・・・」
ばきゃんっ!!!
「ほう?!これは面白い連中が揃っているではないか?!やっと本物の虎に出会えた!そしてそちらは狼と蝙蝠か?!よし!早速表に出ろ!!わしがその力を見定めてやろう!!」
「虎!と狼の子だ~!」
「おいファヌル!!扉を壊すなって何度言えば分かるんだ?!それに目付け役のカズキはどうした?!」
「初めまして。私は『トリスト』の剣撃士隊隊長を務めるカズキ=ジークフリードと申します。ところでファヌル様の前に是非私と一度お手合わせ願えませんか?」
突然過ぎる人物達の登場と破壊活動に全員が目を丸くしていたが彼らを知る者達にとってはこれが通常なのか、各々が呆れたり笑い転げたりしている。
「うるせぇぞてめぇら!!来賓の前で騒ぐなっ!!」
そしてここにきて傀儡王が大きな声で注意すると驚いた事に獅子も小さき人間も反省と少し落ち込む様子を見せながらすごすごと空いている椅子に腰かけたのだ。
「すまねぇな。こいつら三度の飯より戦う事が好きな戦闘狂なんだよ。まずそっちは獅子王ファヌル、その肩に座ってるのは『トリスト』の第一王女アルヴィーヌ、カズキは自己紹介通りで今は『獅子族』の村で農業の指南をしてる。」
「ちょっと、私も一緒にしないで。それよりえいっ。」
ハルカに似た大きさのアルヴィーヌと呼ばれた人間、いや、彼女も人間ではないのだろう。銀色の髪をなびかせて軽く跳躍するとまずはラルヴォの肩にすとんと腰を下ろしてその眉間を優しく撫で始める。
「あ~虎の子はまた全然違う~触り心地~」
「でしょ?私も久しぶりに、そいやっ!」
その様子を見て我慢できなかったのか、ハルカも軽く跳ぶとこちらはファヌルの肩に腰を下ろすが彼も慣れているのかハルカの体に大きな顔を擦りつけている。
「はぁ・・・で、つまりだ。俺の城には『獅子族』が時折やって来るんでな。それ用の道具を揃えてたんだよ。だから同じような大きさのお前達にも対応出来たって訳だ。」
「なるほど。」
魔王も納得したのか一先ず頷いていると驚いた事にアルヴィーヌという第一王女が今度はその肩にふわりと腰を下ろして来たのでシャヤは呼吸を忘れて固まってしまう。
「あれ?あなただけちょっと違う存在だね?でもうん、触り心地は・・・一番堅い・・・もうちょっとお手入れした方がいいよ?」
「フロウは『悪魔族』だからね~それにしても流石はセイラムの娘。遠慮がないというか何というか・・・」
「ふむ。バーンの知り合いか。それにしても私の肩に腰を下ろすとは中々胆が据わっているな。」
「いや、多分何も考えてないだけだと思うよ?」
「がーーーん!」
珍しくヴァッツが辛口な結論を出すとアルヴィーヌはとても落ち込んでいる。しかしバーンの話だと『天族』というのはわりとそういう性格の者が多いらしい。
「まぁそれはどうでも良い!クレイスがこの場にいるという事は旨い飯を用意してくれるのであろう?であればまず食前に軽い運動が必要だな?!」
「ですね!さぁ皆様、訓練場へ参りましょう!」
それにしても彼らはガゼルが言う様に戦いというか力比べをしたくて堪らないようだ。皆が呆れた表情を浮かべていたが珍しくフロウも興味を持ったのか静かに立ち上がる。
「良いだろう。私もヴァッツ以外の猛者がどの程度のものか気にはなっていた。お前達の力、試させてもらうぞ?」
こうして亜人達が一堂に集結すると訓練場には人間が多数集まって来てその戦いを食い入るように見始める。それにはシャヤも含まれており獅子王はともかく、カズキが想像を遥かに超える強さを見せると人間という存在を改めて見直す結果となっていた。
結果から見ると単純な腕力ではラルヴォが一番強く、僅差でファヌル、フロウといった順番だったようだが立ち回りとしてはカズキが驚く程すばしっこく、そして的確に攻撃を当てていたとシャヤは見る。
特に身を低くして動く様はフロウに似ていると感じたのは気のせいではない筈だ。
「ふむ、素晴らしいな。カズキだったか、その腕になるまで相当な鍛錬を積んだのだろう。」
「はい!ありがとうございます!・・・ラルヴォ様ってファヌルと違ってとても知的ですね。」
「こらこら!獅子王であるわしの前でよくもほざいたな?!もう一度立ち会うか?!」
ただそれらは条件を合わせて立ち会っていた為本気で戦うと間違いなくフロウが一番強い。そう結論付けていたシャヤだったが立ち合い稽古はここでは終わらなかった。
「あのっ!僕も是非お願いしますっ!!」
そこにあのクレイスが駆け寄って来てフロウに頭を下げたので他の面々は目を丸くしている。
「ほう?私に挑むという事は『魔術』を使って戦うという事か?」
「はい!」
「フロウ様、私からもお願いします。クレイスはこう見えて相当の猛者です。それにフロウ様の御力を是非見てみたいです!」
今回の立ち合い稽古は空を飛ばない事と近接攻撃のみという条件下で行われていたのだがクレイスはそれらと別の立ち回りをするらしい。
「お~いいんじゃねぇか?俺も最近やたらとクレイスが持ち上げられてるのが気になってたんだ。」
傀儡王も楽しそうに後押しするとその立ち合いは成立しそうになったが意外な事にヴァッツとアルヴィーヌだけは少し心配そうだ。
「あんまり無茶しないでね?クレイスが怪我するとイルフォシアが悲しむからオレも手伝うけど。」
「うんうん。クレイスはすぐ無茶をする。ある意味カズキよりよっぽど危なっかしい。」
「え?!そ、そう?結構弁えてるつもりなんだけどな・・・」
個人的にはやり取りの中で出て来たヴァッツが手伝うという言葉が引っかかる。彼が関わればフロウがどれだけ本気を出しても勝てないのは以前証明されているのだから何をするつもりだろう。
「手伝うとは助力する、という事か?」
「え?違うよ。周囲が破壊されないよう護るって事。だから思いっきり戦ってもいいけど本当怪我には注意してね?」
離れた所から聞いていてもいまいち理解が追い付かないが言葉通りなのだと信じた2人はかなり上空まで上っていくとクレイスが妙な水の剣を展開したので早速驚かされる。
「・・・あれが『魔術』ですか?」
「そうだよ~。彼は人間の器用さを上手く利用してるからね。最小限の魔力で展開したり出来るんだ。あとはどう動くんだろ・・・」
隣で魔王が解説してくれると人々が見上げる中、それは突然始まった。
何と目にも止まらぬ速さで彼がフロウに向かって攻撃を放ったらしいのだ。
らしいというのもシャヤの眼では追いきれなかった為の推測だが間違いではないだろう。そして彼の手にしていた水の剣は微弱な魔力で作られたものだった為傷こそつかなかったものの痛みは感じたそうだ。
「おお~!凄いね!!人間なのにあそこまで速く飛ぶんだ!!」
「・・・え?彼は『魔族』では?」
「ああ。『魔族』に近いだけで人間だよ?一応ね?」
よくわからない答えに戸惑ったが今は何より瞬きも思考を割く余裕もない。あんな風のような動きにどう対応するのかシャヤも興味津々だったがフロウも受けたり躱しながら黒く大きな黒い翼を広げて四足歩行の姿勢に変わるとまるで空を駆けるように走り出した。
恐ろしい速さと風圧と音、更に水?で出来た細い槍や球みたいなものが地上に降り注いでるがどういった理由かそれらがこちらに当たる事は無く、周囲もしっかり観覧出来ているらしい。
何が起こっているのかをしっかり理解出来ていたのは何人いたのか。
「おっと。」
最後は観客のど真ん中に落ちて来たクレイスをいつの間に移動したのかヴァッツが優しく受け止めるとクレイスもやや悔しそうな笑みを浮かべて潔く負けを認めるのだった。
「クレイスも随分強くなったんだね。今ならイルに勝てるよ。」
最後は観衆達から大歓声を貰って稽古は幕を閉じたのだが城内に戻る途中、アルヴィーヌが感心してそう告げると彼も意外そうな表情を浮かべていた。
「そ、そうかな?でも僕はまだまだ未熟だよ・・・うん。」
「イルというのは?」
「私の妹。」
「ほう。やはりこの世界は面白いな。残る事を選んでよかった。」
フロウがとても満足そうに頷いている場面を見ればシャヤも安堵するだけで済むのだが再びアルヴィーヌとやらを肩に乗せて歩いているので気が気ではいられない。
『悪魔族』に限らず魔王、王の肩に座るとは一体どんな思考をしているのだ?ヴァッツが言う様に本当に何も考えていないのか?それともこの世界ではそれが当たり前なのか?
「あれって皆が使う飛空の術式だけじゃねぇよな?他に何か仕込んでるだろ?」
「あ、わかる?実はノーヴァラットの風の魔術を併用してるんだよ。ただ大量の魔力を消費するのと僕自身がまだ使いこなせてなくてさ。もうちょっと鍛えないと!」
周囲もそんな様子を全く気にせず稽古の反省点について話し合っているのでおかしいのは自分なのかと錯覚しそうだがハルカという人間だけは弁えているのかフロウの横を随分大人しい様子で歩いている。
「ねぇフロウ、ハルカも貴方の肩に座りたいみたい。いいかな?」
「む?そうなのか?」
「え?!いや、その・・・『悪魔族』だし魔王様だし下手すると太腿とかかじられそうだし、でも・・・いいですか?」
「大丈夫だ。お前はヴァッツの大切な存在でもあるらしいからな。そんな事をすれば私自身が消滅されかねん。」
そう言うとフロウは腰を低くしてハルカを軽く持ち上げて空いている右肩に乗せる。すると彼女もアルヴィーヌ以上に頬を紅潮させてとても喜んでいた。
(・・・ま、まぁ魔王様がご判断されたのだ。うむ。これでいいのだ。)
確かに亜人との出会いを始め様々な猛者がいる点は納得出来るが未だに自分達の住んでいた世界以外に別世界がある事実を全て受け入れられたわけではない。
もしかすると幻影を見ているのではないか?もしくは何か罠に掛かっているのではないか?
人間を家畜としか見ていなかった『悪魔族』が悪感情を得られない事で変化が起きているのを本能で感じていたのだがそれを言語化する事は出来ず、シャヤはもやもやしたまま宛がわれた部屋に到着するとその夜もクレイスの作った美味しい食事に舌鼓を打っていた。
そして翌日はファヌルやカズキを加えて『獅子族』の集落へ旅立ったのだが到着すると驚きの光景を目にした。
「ほう?これはまた見事に整えられているな。」
まだ途中だったが大地には大きな道が作られており周辺には人間と『獅子族』が数々の建物を建てている最中だ。
「うむ!わしらもどちらかといえば人間を食料のように考えておったがその技術だけは高く評価している。なのでこうして相互扶助?とやらの関係で集落をより良いものへと建て替えているのだ!」
獅子王ファヌルが堂々と宣言するがその思考には『悪魔族』と大きな違いが見て取れた。
彼は豪胆な言動通り細かい事を気にしない性格らしい。だからこそこうやって人間の文化も素直に受け入れられたのだろう。
「んで一番欲しいのは巨大な城だろ?」
「うむ!!あれは良い・・・是が非でも『ボラムス』以上のものを建てたいと考えているのだが中々時間がかかるようでな。」
なるほど。こういう王や意向も存在するのか。『悪魔族』には全く無いであろう考えにシャヤは軽い感動を覚えたがその意見を聞いてフロウも感心しているようだ。
「オレ今暇だし手伝おうか?」
「え?!だ、大丈夫?ヴァッツって突発的にいろんな所で必要とされるよね?」
突然の提案にクレイスが驚いていたが旅の終着点がここだったので以降の予定さえなければ本当に暇なのだろう。
「そりゃ助かるぜ。んじゃもう一気に大岩を集めて貰おうか。加工はここでやればいいからな。」
「・・・もしかしてまた私が山に運ばなきゃいけない感じ?」
「いや、今回はオレが言い出したから自分で行くよ。あとどんな岩がいいか知りたいから詳しい人を教えてくれる?」
するとカズキが建築に詳しい人間を連れてくるとヴァッツはまたも目に見えない方法でその場から消えてしまう。
【さて。これから巨岩がどんどん飛んで来るからな。少し気を付けるよう皆に伝えるが良い。】
相変わらず『闇を統べる者』の声は『悪魔族』の胆さえ冷やしてしまうほど低く暗いものだったがその警告から1分後には空から無数の大岩が雨のように降って来たので『獅子族』達もただただ呆気にとられるのだった。
もしかすると彼は想像を超える存在なのかもしれない。
今更ながら自分の考えを改めたシャヤは十分な岩が空を飛んできた事だけでなく、それがとんでもない勢いで落ちて来た時にもほとんど大地が揺れなかった事に不思議と畏怖を覚えていた。
更に戻って来たヴァッツは人間の設計士が測量していくと文字通り一瞬で寸断するのだ。一応手を使っているらしいが腕の長さからは想像出来ない面積をすぱすぱと斬り落とす姿は次元を超えている。
「あれね~実際指示する方が忙しいのよ。私も『ボラムス』の国境線を造った時に苦労したわ。」
どうやらハルカは加工が早すぎて指示が追い付かないと言いたいらしい。支柱や土台となる大岩も子供の玩具である積み木以上にさくさく建てていくと半日で王城の基礎と一階部分がほぼ完成していた。
「最初からおかしいとは思っていたがここまで来ると恐ろしいな。」
その夜はファヌルが食事も程々に感心しているとフロウもラルヴォも深く頷いている。
「うむ。私も岩を砕く事は出来るがあそこまで正確に素早く細工したり遠投するのは難しいだろう。しかも全く疲れを見せていないのだからお前の力は本当に底が見えんな。」
「そう?」
今日の出来事によって『獅子族』はもちろん、そこに参加していた者全員がヴァッツという絶対的な存在の頼もしさと恐ろしさを再認識したのは間違いない。
皆が歓喜と畏怖の声で褒め称えていたのだが本人とその友人達はさほど気にしていない様子だ。
「昔からそうだもんね。でもヴァッツがいればこの集落もすぐに完成するんじゃない?」
「だな。んじゃ終わるまで俺と一緒にいるか?その間こっちも農業を進められるし助かるぜ。」
「うん!いいよ!」
扱いの軽すぎるやり取りと決定に耳を疑いそうだったが『トリスト』という国は普段からこんな感じなのか?もし『悪魔族』に彼のような存在がいれば間違いなく魔王として大きな尊敬と畏怖を抱かれる象徴となっていただろうし悪魔城の玉座で鎮座して頂く事に全力を注いでいた筈だ。
「それじゃ僕達は明日帰りましょうか。」
最後はクレイスが『悪魔族』に向かってそう告げるとシャヤもその意味を察する。これはショウの計画を進めるという意味も含まれているのだろう。
「・・・私は残ろうかな。ファヌルの為に少しは役に立てそうだし。」
「ほう?それなら是非頼もう!!」
ハルカも建築技術の知識を持っているのでそれを活用したいという事らしいが同時に獅子王を愛でるという目的もあるらしい。今も彼のふさふさのたてがみを撫でているとほんの少しだがラルヴォから悪感情を感じ取った。
「だったらラルヴォも残って手伝って。あとついでに私にもっと撫でさせて。」
「・・・ふむ。そういう事なら仕方あるまい。」
どういう風に受け取っても仕方がない事にはならないと思うがアルヴィーヌに優しく撫でられる虎もそれに機嫌を良くしたのか先程までの感情は霧散して喉を鳴らしている。
「・・・この世界は不思議な存在が多いですな。」
「そうなの?君達の世界はそんなに退屈だった?」
酒を吞んでいたからか、シャヤがつい思ったままを呟くとバーンが不思議そうに尋ねてくるのでそのまま頷いて話を続ける。
「退屈、とまでは言いませんが我らの世界にはほぼ『悪魔族』と人間しか存在してませんでした。故にこうも多種多様な種族と交流出来た事は人間を食すことを禁じられる以上に大きな収穫があったのではないかと個人的には考えます。」
そもそも同族同士でもここまで和やかな雰囲気で食事をした事は無い。何故なら味付けはいつも人間の悲鳴や悪感情だったからだ。
更に魔王を恐れずに接触してくる種族にはフロウ自身も喜びを感じているらしい。ならば彼の言う通り、本当にこの世界に留まって正解なのだろう。
「だったらこれからももっと楽しめばいいよ。僕もそうして『魔族』を謳歌してるからね!」
違う世界の魔王にそう言われると何だか妙に嬉しさを覚えたシャヤも慣れない笑顔で頷くとその日はいつも以上に酒を呑み、食事で腹を満たしていく。
すると翌日とんでもない体調不良を感じたのでもしや消滅する前兆かとフロウに別れを告げていたのだが後からそれが二日酔いという酒の飲み過ぎから来る症状だと聞かされると初めての羞恥も覚えたのだった。
ヴァッツ達が様々な別世界の存在と接触しても大きな争いにならなかったのはその力と和を以て接してきたからだろう。
「へぇ?この世界はそんなに平和なのですか?」
「平和、と尋ねられると少し返答に困りますがボトヴィ様のいう魔物やらは存在しませんな。争いと言えば専ら国家間の戦争です。」
あと2か月弱で年が明けようとしていたこの日、『ビ=ダータ』では密会が行われていたのだがその正体はガビアムも未だよくわかっていない。
ある日突然王城の門を叩いてやってきた若年層の彼らは多少仕立ての良い鎧兜や外套に身を包んだ4人組だった。本来なら門前払いで終わっていた筈がガビアムの眼はその装飾を見逃さなかったのだ。
見慣れない意匠はもしや近年話題の異邦人ではないかと。
そこから謁見ではなく目立たないよう来客として執務室に通すと詳しい話を聞いていった。すると彼らは全く聞いた事の無い世界や国からやってきたのだという。
そして気になる強さを確かめたくて彼は周到に周到を重ねて狐狩りを催す。もちろん目的は彼らの腕前を知る事だ。
すると彼は狐以上の獲物、大きな熊を長剣で真っ二つにして見せたのだ。
ガビアムも人並みに武術を嗜んでいる為その強さはすぐに理解する。恐らくあれ程の腕前なら人間を数百、もしくは千程度を屠れるのではないだろうか。
以降も個人的な来客として情報が漏洩しないように彼らの話を聞いてはお互いの知見を深めていく。そして機を計っていたガビアムは今夜、遂に宿敵の話題を切り出したのだ。
やっとだ。やっと好機が訪れた。
ボトヴィの力を利用すれば間違いなく『リングストン』に大打撃を与えられる。そして長年に渡り心の底に仕舞い込んでいた姉の仇も討てるに違いない。
「・・・まぁ戦争で名を上げるのも悪くはない、か。」
彼は以前の世界だと救国の英雄と呼ばれる程に活躍を見せていたらしい。そのせいか国王への礼儀作法がなっていない部分も散見されるが戦果を挙げられるのならいくらでも目を瞑れる。
「頼みますぞ。」
それでもバーンの魔術で最短距離の道を走ったのとシャヤに心のゆとり生まれていた為道中はわりと楽しく進む事が出来ていた。
特に話題に出ていた『神界』の件だがどうやらウォダーフとヴァッツがその世界に出向いてはあの大量の宝玉を作っていたらしい。
「なるほど。それで有り余る量が採取出来ていたのか。しかしあれ程極上の悪感情が溢れている世界とは一体どんな場所なのだ?」
シャヤ達『悪魔族』も以前の世界をある程度征服していたもののしっかりと均衡を考えていた。つまり人間が減少し過ぎないよう、そして極端に大きな反抗が起きないよう調整していたのだ。
「もしかすると以前の『天界』みたいになってるのかもね。」
何気なく答えたバーンだがそこもまた酷い世界だったという。日が昇る度に同族同士が理性を捨てて殺し合いをするという説明にはこちらも想像が追い付かない。
「だからこそ人間は法を、掟を定めるのだ。物事に明確な線引きをして余計な争いが起こらぬようにする。そう考えると『魔族』の方が和を貴ぶ種族なのかもしれんな。」
亜人であるラルヴォは人間とも深く関わって生きて来た為そういった結論に至ったらしい。確かにバーン達も争いを回避するよう生きているようだし自分達も同族で殺し合う事等絶対になかった。
「うぅ・・・なのに人間は同族同士でも争ったりするよね。僕も気を付けないと!」
クレイスは将来人間の国王になるので今までの話から己を戒めたようだが『魔族』と人間では数に圧倒的な差があるので多少の争いが起きるのも仕方ない気はする。
「ま、それだけ考え方や文化が多種多様って事じゃない?」
ハルカが軽く言ってのけたがシャヤもこの旅を通して少しずつだが人間について色々とわかって来た。まずは文化や暮らして来た土地によって全く違う考え方や生活を送っているという事だ。
思い返せば妙に人が多い場所と極端に少ない地域の違いは不思議だったがそれにも彼らなりの理由があるそうだ。
更に家屋の大きさや頑丈さ、作り方や細工などに違いが合ったり時にはそこで権力という見えない力を差別化する事もあるという。
あまりにも長旅すぎて知るつもりも無かった人間の文化に驚くというか感心するというか呆れるというか。生き物として最も大事な本人の力をあまり大事にしないのはどういった意図があるのか未だにわからない。
(住居など雨風が凌げればいいではないか。むしろそれすら気にしない『悪魔族』もいるというのに。)
故に彼らは権力という見えない力で同族を従えるという。法や掟というのもそういった手段の1つらしい。だからいつまで経っても弱いままなのだと内心呆れるばかりだがそれでも突然強者が現れたりするのもまた彼らの特徴でもある。
それは才能という言葉で括られたり鍛錬といった行動で培われるというが『悪魔族』はもちろん、バーン達『魔族』にもそういった習慣は無い。
「・・・人間とは不思議な生物ですね。」
「だねぇ。」
元々家畜と捉えてはいたものの別段蔑むような感情を持ち合わせていなかったので御者席から素直な感想を呟いてしまうとヴァッツも不思議そうに同意してくれる。
「ま、だから『魔族』も時々彼らと結ばれたりしちゃうんだよね。」
それから話は新たな展開へと進んでいくのだがこればかりは性別の無い『悪魔族』にとって全く理解し難いものだった為、フロウとシャヤは終始小首を傾げるだけだった。
生まれた順番や強さで序列を決めていた『悪魔族』からすれば時間がどれ程経ったのか等も気にする所ではないがやっと開けた土地に出てくると一行は妙な建物の前で馬車を停める。
「これはこれは。ようこそ『気まぐれ屋』へ。」
そして中から現れたのは食糧問題で大変お世話になっているウォダーフだ。どうやらここが彼の住処であり人間の世界で言う店というものらしい。
「まずは長旅の疲れを癒せるよう早速とっておきのお茶をご用意しますよ。」
これもまた亜人の食べ物なので気兼ねする必要はないだろう。彼らは早速店内へ入ろうとしたのだが思いの外出入口も狭く天井も低かったので急遽表での御茶会が開かれる事となった。
「ヴァッツ様、お帰りなさい。お疲れだったでしょう?」
それから緑色の髪をした人間が各種族の前にお茶と御菓子というものを運んでくると同時に1人だけ異質の存在を見つけて目を止める。
「バーン様、旅というのは堪能できましたか?」
「うん!ヴァッツが大好きなのも理解出来たよ!イフリータも随分慣れてる感じだね。ずっと働いてるの?」
「はい。私とティナマは他にやる事もありませんから。」
こちらは赤く逆立った髪を持つ人物で着ている衣服は一緒だったものの間違いなく『魔族』なのだろう。魔王と軽いやり取りをしていると件の人物も姿を現した。
「ふっふっふ。ウォダーフが表に立つ事も少ないからな。いずれこの店はわらわのものになるだろう!」
「ティナマ様?!店主である私の前でそんな不穏な発言は止めていただけますか?!」
どうやらこの店では彼の存在が軽視されているらしい。肌黒で背丈の低い人間が勝ち誇ったかのように宣言すると彼は焦りを露にしている。
「・・・ウォダーフ殿、そういう時こそ妙な野望を奪い取ってしまえばよろしいのでは?」
店や店主という概念をはっきり理解出来ていないが恐らく『悪魔族』と魔王みたいな関係だろう。そしてその座を狙うと公言するなど謀反以外の何物でもないはずだ。
フロウも魔王として堂々と助言するが彼の説明によると身内には使わないよう厳命されているらしい。しかもその芽は他の人物によって意外な方法で摘み取られる。
ごちん!
「ったぁぁいぃ!リ、リリーッ!お主はもう少しおしとやかさをだな?!」
「恩を仇で返す奴にどうこう言われたくないよ。それにさっきの発言は時雨にも報告するからな?」
「あっ?!そ、それはずるいぞ?!い、いや!こういう時はそう・・・冗談だ!冗談だよ!」
強烈なげんこつを放つ緑の髪を持つ少女と涙目になりながら焦る小さな少女の対比は見ていて中々に面白い。そしてほっと安堵のため息を付くウォダーフを他所にフロウとシャヤは疑いもせずに提供された飲食物を口にしていた。
それからすぐにあの赤い髪の少年がやってくると『悪魔族』がヴァッツの意向に沿って活動出来る方法がないかについて相談する。
クレイスやヴァッツも彼と同い年なだけでなく、3年以上の付き合いがありとても信頼しているそうだが寿命など考えた事のない自分達からすれば逆に短すぎる気もした。
だがその実力は折り紙付きらしい。すぐに解決案が出たそうで早速それを聞こうと前のめりに構えた所、彼は説明する前に一度体を休めるよう告げた後帰国してしまった。
「この世界の人間は本当に変わった者が多いな。」
呆れるシャヤをよそにフロウはお茶のお代わりを啜りながら感心していると今度はバーンが不思議そうに尋ねる。
「そんなに変わってる?」
「ああ。前にいた世界では可笑しな力を持つ人間など一人もいなかったからな。私達の言う人間とはそこの黒い奴とハルカくらいのものだ。」
「む?わらわは『天魔族』だぞ?『悪魔族』などと大層な種族名を名乗っているが力の本質を見抜けぬ存在か?」
先程の言動といいこの黒い肌の小さな人間は少し過剰な矜持を持っているらしい。
シャヤから見ても全く普通の人間だったので虚勢を張っているのか『天魔族』という人間の中では特別な種族なのかと疑う程だったがその答えはヴァッツが持っていた。
「あ!ごめん!ティナマは力を奪った時人間にしちゃった!だって『天魔族』のままだと不便でしょ?」
「・・・・・き、貴様ぁぁぁあああ?!わ、わらわの唯一の誇りまで消し去っておったのか?!許さん!!今すぐ斬り捨ててくれるわっ!!」
黒い肌の人間は激昂したものの緑の髪をした人間に軽く羽交い締めされると全く抵抗出来なくなる。それをみて関係者は笑い合っていたがこちらとしてはひきつる心を隠すので精一杯だ。
何故ならもしヴァッツがその気になれば『悪魔族』でさえただの人間に変えかねない、もしくはそれが可能かもしれないのだ。
「で、でもティナマって時雨とかと仲がいいじゃない?だったら一人だけ長生きするより皆と同じ時間を過ごせた方が幸せかなって思ったんだよ?!こ、怖いからもう落ち着いて!ね?」
なのに彼が怖がる意味がまるでわからない。今までの言動や魔王フロウとの戦いを見ても彼に傷を与える存在がこの世にいるとは思えない。
(・・・だからイェ=イレィはあんな事を言っていたのか。)
この世はヴァッツとそれ以外という考え方は決して間違いではないのかもしれない。黒い肌の人間は少しずつ落ち着きを取り戻すも未だヴァッツに怒りを向けていたので人間とは案外無知で無謀な存在なのだなと再認識するのだった。
翌朝、約束通りショウがやってくると意外な事を言い始める。
「少し話が長くなると思うのでクレイスと『悪魔族』の方以外は先に出発していて下さい。」
シャヤ達は当事者なのでわかるが何故クレイスという少年が残る事になったのか。残すならヴァッツの方ではないのか?と疑問に思ったが彼らは素直に従うと『気まぐれ屋』の前に4人だけが立ち尽くす。
「ではこちらに来て頂けますか?」
しかし彼は更に3人を案内すると空高く飛んだ。これが一体何を意味するのか全くわからなかったが魔王も素直に従っていたので従者の自分が反抗する訳にはいかないだろう。
こうして西に向かう馬車が小さく見える位置までやってくるとショウはクレイスと一瞬視線を交わした後やっと説明に入った。
「まずイェ=イレィ様の提案は私としても賛成です。これはとても理に適っているので是非執行人は『悪魔族』の方々にお願いしたいですね。」
「ふむ。その件については私も考えていた。恐らく思想や家畜への拘りが低い同族を送り込めれば可能だと思う。」
これは人間の法や掟に従う事に抵抗の少ない『悪魔』なら問題なくこなせるという判断だろう。それを聞いたショウは表情を崩さず頷くといよいよ本題に入った。
「さて、問題は私達と交わした契約、そしてヴァッツの意向を遵守しながら悪感情を集める方法ですが1つだけ思いつきました。」
「えっ?!さ、流石だね?!一体どんな方法なの?!」
友人であるクレイスが一番に驚いて尋ねるが興味のあったシャヤも聞き逃さないよう耳を傾ける。
「簡単です。条約通り人間が『悪魔族』を襲うよう仕向ければいいのです。」
「ほう?それは以前聞いた喧伝という方法だな?」
「はい。しかし効率を考えるとひと手間加える必要があります。」
そこでショウは『悪魔』よりも悪魔らしい笑みを浮かべたのでこちらの方が内心驚愕してしまう。更に驚いた事にその表情からクレイスが何かを読み取ったのか非常に白い眼で彼を睨みつけていた。
「・・・・・何か悪さを考えてるね?」
「はい。しかしクレイス、これはまだまだ序の口、程度としてはとても質の低い悪さです。なので今回は貴方にもこの話を聞いてもらおうと参加してもらったのです。」
この発言の意味がわからなかったのはシャヤとクレイスだけだったらしい。2人で小首を傾げているとフロウが続きを促したのでショウは構わず説明を始める。
「まずこの地の西側に『ビ=ダータ』と『リングストン』という国があります。そこに大層な富豪がいるので金貨を大量に略奪して悪魔城に持ち帰ってもらう。それだけです。」
長旅のお蔭で金貨については多少知識があったものの行動の意図が全く掴めないシャヤは1人で更に首を傾げていたがクレイスは少しだけ理解し始めたらしい。
「・・・そんな事をすると取り返そうって兵士達が送られてくるよね?」
「はい。それを『悪魔族』の方々に蹴散らしてもらえば悪感情を得られるという算段です。」
「金貨とは命を賭けてまで手に入れたい代物なのか?」
流石にフロウも半信半疑といった様子で確認しているがショウは満面の笑みを浮かべて深く頷いた。
「はい。人間とは、特に権力しか持たない人間にとって金貨とは力のすべてであり象徴なのです。それを奪われたとなれば血眼になって取り返そうとするでしょう。」
俄かに信じがたい内容にシャヤはただ困惑して聞くに徹していたがクレイスの様子から察するに現実的な提案なのだろう。
「ただし1つだけお願いがあります。それは悪魔城にやってくる人間を決して殺さず、食さないで下さい。ここは条約でも書いていますので。」
「・・・ふ~む。私達『悪魔族』にとっては何一つ理解出来ないがヴァッツやクレイスが信を置く其方が言うのであれば試す価値はある、のか?」
こればかりはフロウも全く予想がつかないのか、いつの間にかシャヤと同じように小首を傾げていたがショウの力強い返事が背中を後押ししたらしい。
こうして中空での密談は無事に幕を下ろすとその決行は旅が終わってからという事でまとまる。
「『悪魔族』の方々、そしてクレイス。今の話は他言無用でお願いしますね。」
最後にそう念押しされるとこちらは拒否する理由も無いので軽く頷いたのだがクレイスだけは納得がいっていないのか、白い眼を向けたまま返事をする事無く先行する馬車の下へ飛んでいったのでシャヤ達も後を追うのだった。
ショウはクレイスに釘を刺した後『トリスト』に戻ると早速資料を漁って細かな計画をまとめ始める。
「ショウ君おかえり~!早かったね?」
「ええ。上手く行けば懸念点を2つ程解消出来そうなので急いで戻ってきました。さぁ始めましょう。」
ルルーに淹れてもらった美味しいお茶と彼女の笑顔はやる気を充実させるのには十分だった。ショウは一気に仕事を終えると今度はザラールの部屋へ向かい、許可を確認する前に入室する。
「何だショウか。その様子だと吉報だな?」
「はい。以前から問題視していた『ビ=ダータ』と『リングストン』の力を合法的に削ぎ落す計画です。ご覧になって下さい。」
昨夜からある程度用意をしていたものの30枚にも及ぶ提案書は読み終えるにもそれなりの時間がかかったようだ。その間にネイヴンにも来てもらって内容を確認してもらうとまずはザラールから感想を述べ始める。
「・・・・・ふむ。良いな。これならば我らも含めて周囲への被害や怨恨も最小限に抑えられるだろう。」
珍しく満足な笑みを浮かべていたが実際この3人の中では彼が一番物事に感情を挟みやすいのはごく一部の人間しか知らない。
「だが略奪した金貨の一部を我らの国庫に回収する部分は強欲が過ぎんか?」
「何を仰います。『トリスト』も決して裕福ではないのです。国力の維持や国民の生活を考えると資金をしっかり確保するのも国に関わる人間の努めだと私は考えます。」
先程クレイスや『悪魔族』達に話したのは人間が保有する金貨を悪魔城に持ち帰り、それを取り戻す為に送られてくるであろう人間を蹴散らす部分までだった。
しかし提案書にはその先である金貨の扱いもしっかりと明記している。その内容はザラールが若干眉を顰めた通り、『トリスト』の運営に回すという流れだ。
「私は良いと思います。計画通りに事が運べば『リングストン』の意識も『悪魔族』に向きますし。ただ討伐する為にヴァッツ様を利用される可能性について記されていない。そこはどうお考えですか?」
「はい。そこについては懲らしめたという虚偽を申請、偽装工作でいくらでも取り繕えると考えています。彼らの関係は既に良好のようですから。」
「・・・金貨の部分はどうする?」
「そこも虚報を流布します。『悪魔族』はそれを食べるとでも言っておけばよろしいかと。」
でっち上げの内容が酷すぎて2人は顔を見合わせていたがショウには全く不安は無かった。何故なら『悪魔族』の本質を知る者はほとんど存在しないからだ。
つまり真偽を確認するには彼ら以上の力を振るって直接問い詰める必要があり、現在それが可能な人物が限られている為多少無理筋な話でも十分押し通せると考えているのだ。
「そもそも彼らは悪感情を欲しているのです。であれば大抵の提案は喜んで引き受けてくれるでしょう。」
「ふ~む。ナイルはどう思う?」
「概ね賛成ですね。特にガビアム様は『リングストン』への反攻作戦を企てておられるようですし、そこには大実業家達も噛んでいるはずです。であれば早急な対応が求められるかと。」
どうやらこの計画は前向きに進められそうだ。提案したショウもほっと胸をなでおろすが同時にもう1つ告げておかねばならない事がある。
「そういえばこの話、クレイスにだけは伝えています。」
「「・・・・・何故だ?」ですか?」
しばらく考える時間も同じだったのか。2人は声を揃えて不思議そうに尋ねてきたが理由は明確だ。
「彼には私が求める以上の王になってもらいたい。それには時に非情な決断を迫られる事実があるのを知ってもらう為です。」
その答えを聞いた2人はまたも押し黙るが今回は意味合いが違う。
「・・・わかった。」
ザラールが短く答えるとネイヴンも浅く頷いてこの話は完全に終わる。それから全ての権限と責任を任されたショウは『悪魔族』達が『獅子族』の集落へ到着するまでに緻密な計画を練り上げるのだった。
あれから馬車に合流したクレイスは少しの間不機嫌そうな様子だったが心配したヴァッツに気を使われると気持ちを切り替えたらしい。
お陰で平穏無事な旅が再開すると今度は珍しく完全に人間だけの国にやって来た。
「うっす!お前らも元気そうだな!!」
そこでもまた国王自ら出迎えてくれたのだが今回はヴァッツが嬉しそうに抱き着いていたので余程懇意の仲なのだろう。
そしてクレイスが固い握手を、ハルカとはからかう様に会釈を交わし合ってからこちらに顔を向けると案外胆が据わっているのか、普通の人間である国王は一人一人を確認するように視線を向けた後軽く溜息をついた。
「ま、今更誰が来ても構わねぇか。俺は『ボラムス』の傀儡王ガゼルだ。よろしくな。」
「ふむ。私は『悪魔族』の魔王フロウだ。ところで傀儡王とは何だ?」
「僕は『魔界』の王バーンだよ。傀儡ってのは操り人形みたいなものだね。」
「私は『虎人族』のラルヴォだ。しかし自称する王と言うのも珍しいな。」
各々が挨拶と握手を交わすと早速食料の補充や旅道具の掃除、交換といった作業が行われ、シャヤですら来賓扱いをされながら王城へと案内される。
「んで、何でまたこんな風変わりな連中を連れてやって来たんだ?」
しかしこの傀儡王、恐らく弱い部類の人間なのに随分堂々としている。これは『気まぐれ屋』を出立する前にショウから言われた金貨という権力の力を過信しているからだろうか?
机も扉も大きな部屋に通されたシャヤ達は自分達が十分座れる大きな椅子まで用意されている事に驚きながら腰を下ろすと早速会議は始まった。
「うん。実はフロウ達『悪魔族』が人間を殺したり食べたりしないで生きていく為に何か出来る事はないかって探してる所なんだよ。」
当然あの話はこの場にいる3人しか知らないのでヴァッツも今まで通り相談を持ち掛けるがガゼルは不思議そうに頷くと詳細はフロウ自ら行う事になった。
「なるほどな。つまり人間の作業は嫌だが何もしないで生きていくのも退屈だと。そりゃ我儘過ぎねぇか?」
すると今までの人間、正確には亜人種達からも考えられない程真っ直ぐに反論してきたので驚いたまま固まってしまう。
「それは私も思っていた。だが『悪魔族』とは人間を家畜としか捉えていない。故にその真似をするつもりはないという思考らしい。」
「ふ~ん。でも人間ってのは弱いが器用さと悪知恵だけは相当働くぜ?ぶっちゃけ今更『悪魔族』しか出来ない事を探すのって中々難しいんじゃねぇか?それこそショウにでも相談してみたらどうだ?」
「そういえばショウに何て言われたの?」
ここにきて話題を逸らして来た内容を尋ねられてしまうとシャヤは思わずフロウを見る。しかし彼は腕を組み双眸と口を閉ざしてしまった。
「うん。ショウもあんまりいい案がないから僕達が帰るまでに考えておくって。」
「へ~そうなんだ。」
ところがクレイスがさらりと答えると誰一人彼を疑う事は無くその話は流れてしまう。これには内心驚いたがそれだけクレイスとショウが信頼されているのだろう。
「それじゃ俺が出来る事なんて何も無ぇ気がするな。うん?ファイケルヴィ、これは?」
「はい。『トリスト』と『悪魔族』で交わした人間の扱いについての条約です。極論から申し上げますとこれに抵触しなければどのような提案でも可能性はあります。」
「そういえば私達ってその内容を知らないわ。良ければ見せて貰える?」
ハルカも興味を示すとガゼルが面倒だからとファイケルヴィに返してこの場で読むよう頼む。そして全員が情報共有するとガゼルがすぐに口を開いた。
「何だ。だったら俺んところで国境線を護ってくれねぇか?」
あまりにも軽く提案してきたので皆が目を丸くして彼に視線を集めると彼の配下であるファイケルヴィとやらが何度か深く頷いている。
「それは人間に利用されるという立場になる。私達『悪魔族』がそのような屈辱に耐えられると思うか?」
「でも執行人の話は進んでるんだろ?だったら似たようなもんじゃねぇか?侵略してくるのもされる側からすれば罪人以上に厄介なんだ。そこにお前達『悪魔族』が力を貸してくれるってんなら有難ぇぜ?」
「むぅ・・・・・」
なるほど。確かに人間とはかなり悪知恵が働く様だ。傀儡王の提案にはフロウも目を見開いて唸り声を上げるしか出来ないらしい。
「僕もその意見には賛成です。旅の中で考えてたのですが無理に悪感情を生まなくても生まれてしまう場所で活躍してもらえばいいと思うんです。」
最後に述べたクレイスの意見は恐らくショウへの反論でもあるのだろう。そしてそれを察したフロウも珍しく笑顔を浮かべて前向きに検討すると答えるのだった。
「しかしガゼルと言ったな。我々が来るのをわかってこの椅子を用意してくれたのか?」
話が終わった後フロウはあまりにも座り心地のよい椅子が用意されていた事への質問をすると彼はにやりと笑みを浮かべて口を開いた。
「いいや。お前達の為じゃねぇ。実はこの国の北側に『獅子族』ってのが住んでてな・・・」
ばきゃんっ!!!
「ほう?!これは面白い連中が揃っているではないか?!やっと本物の虎に出会えた!そしてそちらは狼と蝙蝠か?!よし!早速表に出ろ!!わしがその力を見定めてやろう!!」
「虎!と狼の子だ~!」
「おいファヌル!!扉を壊すなって何度言えば分かるんだ?!それに目付け役のカズキはどうした?!」
「初めまして。私は『トリスト』の剣撃士隊隊長を務めるカズキ=ジークフリードと申します。ところでファヌル様の前に是非私と一度お手合わせ願えませんか?」
突然過ぎる人物達の登場と破壊活動に全員が目を丸くしていたが彼らを知る者達にとってはこれが通常なのか、各々が呆れたり笑い転げたりしている。
「うるせぇぞてめぇら!!来賓の前で騒ぐなっ!!」
そしてここにきて傀儡王が大きな声で注意すると驚いた事に獅子も小さき人間も反省と少し落ち込む様子を見せながらすごすごと空いている椅子に腰かけたのだ。
「すまねぇな。こいつら三度の飯より戦う事が好きな戦闘狂なんだよ。まずそっちは獅子王ファヌル、その肩に座ってるのは『トリスト』の第一王女アルヴィーヌ、カズキは自己紹介通りで今は『獅子族』の村で農業の指南をしてる。」
「ちょっと、私も一緒にしないで。それよりえいっ。」
ハルカに似た大きさのアルヴィーヌと呼ばれた人間、いや、彼女も人間ではないのだろう。銀色の髪をなびかせて軽く跳躍するとまずはラルヴォの肩にすとんと腰を下ろしてその眉間を優しく撫で始める。
「あ~虎の子はまた全然違う~触り心地~」
「でしょ?私も久しぶりに、そいやっ!」
その様子を見て我慢できなかったのか、ハルカも軽く跳ぶとこちらはファヌルの肩に腰を下ろすが彼も慣れているのかハルカの体に大きな顔を擦りつけている。
「はぁ・・・で、つまりだ。俺の城には『獅子族』が時折やって来るんでな。それ用の道具を揃えてたんだよ。だから同じような大きさのお前達にも対応出来たって訳だ。」
「なるほど。」
魔王も納得したのか一先ず頷いていると驚いた事にアルヴィーヌという第一王女が今度はその肩にふわりと腰を下ろして来たのでシャヤは呼吸を忘れて固まってしまう。
「あれ?あなただけちょっと違う存在だね?でもうん、触り心地は・・・一番堅い・・・もうちょっとお手入れした方がいいよ?」
「フロウは『悪魔族』だからね~それにしても流石はセイラムの娘。遠慮がないというか何というか・・・」
「ふむ。バーンの知り合いか。それにしても私の肩に腰を下ろすとは中々胆が据わっているな。」
「いや、多分何も考えてないだけだと思うよ?」
「がーーーん!」
珍しくヴァッツが辛口な結論を出すとアルヴィーヌはとても落ち込んでいる。しかしバーンの話だと『天族』というのはわりとそういう性格の者が多いらしい。
「まぁそれはどうでも良い!クレイスがこの場にいるという事は旨い飯を用意してくれるのであろう?であればまず食前に軽い運動が必要だな?!」
「ですね!さぁ皆様、訓練場へ参りましょう!」
それにしても彼らはガゼルが言う様に戦いというか力比べをしたくて堪らないようだ。皆が呆れた表情を浮かべていたが珍しくフロウも興味を持ったのか静かに立ち上がる。
「良いだろう。私もヴァッツ以外の猛者がどの程度のものか気にはなっていた。お前達の力、試させてもらうぞ?」
こうして亜人達が一堂に集結すると訓練場には人間が多数集まって来てその戦いを食い入るように見始める。それにはシャヤも含まれており獅子王はともかく、カズキが想像を遥かに超える強さを見せると人間という存在を改めて見直す結果となっていた。
結果から見ると単純な腕力ではラルヴォが一番強く、僅差でファヌル、フロウといった順番だったようだが立ち回りとしてはカズキが驚く程すばしっこく、そして的確に攻撃を当てていたとシャヤは見る。
特に身を低くして動く様はフロウに似ていると感じたのは気のせいではない筈だ。
「ふむ、素晴らしいな。カズキだったか、その腕になるまで相当な鍛錬を積んだのだろう。」
「はい!ありがとうございます!・・・ラルヴォ様ってファヌルと違ってとても知的ですね。」
「こらこら!獅子王であるわしの前でよくもほざいたな?!もう一度立ち会うか?!」
ただそれらは条件を合わせて立ち会っていた為本気で戦うと間違いなくフロウが一番強い。そう結論付けていたシャヤだったが立ち合い稽古はここでは終わらなかった。
「あのっ!僕も是非お願いしますっ!!」
そこにあのクレイスが駆け寄って来てフロウに頭を下げたので他の面々は目を丸くしている。
「ほう?私に挑むという事は『魔術』を使って戦うという事か?」
「はい!」
「フロウ様、私からもお願いします。クレイスはこう見えて相当の猛者です。それにフロウ様の御力を是非見てみたいです!」
今回の立ち合い稽古は空を飛ばない事と近接攻撃のみという条件下で行われていたのだがクレイスはそれらと別の立ち回りをするらしい。
「お~いいんじゃねぇか?俺も最近やたらとクレイスが持ち上げられてるのが気になってたんだ。」
傀儡王も楽しそうに後押しするとその立ち合いは成立しそうになったが意外な事にヴァッツとアルヴィーヌだけは少し心配そうだ。
「あんまり無茶しないでね?クレイスが怪我するとイルフォシアが悲しむからオレも手伝うけど。」
「うんうん。クレイスはすぐ無茶をする。ある意味カズキよりよっぽど危なっかしい。」
「え?!そ、そう?結構弁えてるつもりなんだけどな・・・」
個人的にはやり取りの中で出て来たヴァッツが手伝うという言葉が引っかかる。彼が関わればフロウがどれだけ本気を出しても勝てないのは以前証明されているのだから何をするつもりだろう。
「手伝うとは助力する、という事か?」
「え?違うよ。周囲が破壊されないよう護るって事。だから思いっきり戦ってもいいけど本当怪我には注意してね?」
離れた所から聞いていてもいまいち理解が追い付かないが言葉通りなのだと信じた2人はかなり上空まで上っていくとクレイスが妙な水の剣を展開したので早速驚かされる。
「・・・あれが『魔術』ですか?」
「そうだよ~。彼は人間の器用さを上手く利用してるからね。最小限の魔力で展開したり出来るんだ。あとはどう動くんだろ・・・」
隣で魔王が解説してくれると人々が見上げる中、それは突然始まった。
何と目にも止まらぬ速さで彼がフロウに向かって攻撃を放ったらしいのだ。
らしいというのもシャヤの眼では追いきれなかった為の推測だが間違いではないだろう。そして彼の手にしていた水の剣は微弱な魔力で作られたものだった為傷こそつかなかったものの痛みは感じたそうだ。
「おお~!凄いね!!人間なのにあそこまで速く飛ぶんだ!!」
「・・・え?彼は『魔族』では?」
「ああ。『魔族』に近いだけで人間だよ?一応ね?」
よくわからない答えに戸惑ったが今は何より瞬きも思考を割く余裕もない。あんな風のような動きにどう対応するのかシャヤも興味津々だったがフロウも受けたり躱しながら黒く大きな黒い翼を広げて四足歩行の姿勢に変わるとまるで空を駆けるように走り出した。
恐ろしい速さと風圧と音、更に水?で出来た細い槍や球みたいなものが地上に降り注いでるがどういった理由かそれらがこちらに当たる事は無く、周囲もしっかり観覧出来ているらしい。
何が起こっているのかをしっかり理解出来ていたのは何人いたのか。
「おっと。」
最後は観客のど真ん中に落ちて来たクレイスをいつの間に移動したのかヴァッツが優しく受け止めるとクレイスもやや悔しそうな笑みを浮かべて潔く負けを認めるのだった。
「クレイスも随分強くなったんだね。今ならイルに勝てるよ。」
最後は観衆達から大歓声を貰って稽古は幕を閉じたのだが城内に戻る途中、アルヴィーヌが感心してそう告げると彼も意外そうな表情を浮かべていた。
「そ、そうかな?でも僕はまだまだ未熟だよ・・・うん。」
「イルというのは?」
「私の妹。」
「ほう。やはりこの世界は面白いな。残る事を選んでよかった。」
フロウがとても満足そうに頷いている場面を見ればシャヤも安堵するだけで済むのだが再びアルヴィーヌとやらを肩に乗せて歩いているので気が気ではいられない。
『悪魔族』に限らず魔王、王の肩に座るとは一体どんな思考をしているのだ?ヴァッツが言う様に本当に何も考えていないのか?それともこの世界ではそれが当たり前なのか?
「あれって皆が使う飛空の術式だけじゃねぇよな?他に何か仕込んでるだろ?」
「あ、わかる?実はノーヴァラットの風の魔術を併用してるんだよ。ただ大量の魔力を消費するのと僕自身がまだ使いこなせてなくてさ。もうちょっと鍛えないと!」
周囲もそんな様子を全く気にせず稽古の反省点について話し合っているのでおかしいのは自分なのかと錯覚しそうだがハルカという人間だけは弁えているのかフロウの横を随分大人しい様子で歩いている。
「ねぇフロウ、ハルカも貴方の肩に座りたいみたい。いいかな?」
「む?そうなのか?」
「え?!いや、その・・・『悪魔族』だし魔王様だし下手すると太腿とかかじられそうだし、でも・・・いいですか?」
「大丈夫だ。お前はヴァッツの大切な存在でもあるらしいからな。そんな事をすれば私自身が消滅されかねん。」
そう言うとフロウは腰を低くしてハルカを軽く持ち上げて空いている右肩に乗せる。すると彼女もアルヴィーヌ以上に頬を紅潮させてとても喜んでいた。
(・・・ま、まぁ魔王様がご判断されたのだ。うむ。これでいいのだ。)
確かに亜人との出会いを始め様々な猛者がいる点は納得出来るが未だに自分達の住んでいた世界以外に別世界がある事実を全て受け入れられたわけではない。
もしかすると幻影を見ているのではないか?もしくは何か罠に掛かっているのではないか?
人間を家畜としか見ていなかった『悪魔族』が悪感情を得られない事で変化が起きているのを本能で感じていたのだがそれを言語化する事は出来ず、シャヤはもやもやしたまま宛がわれた部屋に到着するとその夜もクレイスの作った美味しい食事に舌鼓を打っていた。
そして翌日はファヌルやカズキを加えて『獅子族』の集落へ旅立ったのだが到着すると驚きの光景を目にした。
「ほう?これはまた見事に整えられているな。」
まだ途中だったが大地には大きな道が作られており周辺には人間と『獅子族』が数々の建物を建てている最中だ。
「うむ!わしらもどちらかといえば人間を食料のように考えておったがその技術だけは高く評価している。なのでこうして相互扶助?とやらの関係で集落をより良いものへと建て替えているのだ!」
獅子王ファヌルが堂々と宣言するがその思考には『悪魔族』と大きな違いが見て取れた。
彼は豪胆な言動通り細かい事を気にしない性格らしい。だからこそこうやって人間の文化も素直に受け入れられたのだろう。
「んで一番欲しいのは巨大な城だろ?」
「うむ!!あれは良い・・・是が非でも『ボラムス』以上のものを建てたいと考えているのだが中々時間がかかるようでな。」
なるほど。こういう王や意向も存在するのか。『悪魔族』には全く無いであろう考えにシャヤは軽い感動を覚えたがその意見を聞いてフロウも感心しているようだ。
「オレ今暇だし手伝おうか?」
「え?!だ、大丈夫?ヴァッツって突発的にいろんな所で必要とされるよね?」
突然の提案にクレイスが驚いていたが旅の終着点がここだったので以降の予定さえなければ本当に暇なのだろう。
「そりゃ助かるぜ。んじゃもう一気に大岩を集めて貰おうか。加工はここでやればいいからな。」
「・・・もしかしてまた私が山に運ばなきゃいけない感じ?」
「いや、今回はオレが言い出したから自分で行くよ。あとどんな岩がいいか知りたいから詳しい人を教えてくれる?」
するとカズキが建築に詳しい人間を連れてくるとヴァッツはまたも目に見えない方法でその場から消えてしまう。
【さて。これから巨岩がどんどん飛んで来るからな。少し気を付けるよう皆に伝えるが良い。】
相変わらず『闇を統べる者』の声は『悪魔族』の胆さえ冷やしてしまうほど低く暗いものだったがその警告から1分後には空から無数の大岩が雨のように降って来たので『獅子族』達もただただ呆気にとられるのだった。
もしかすると彼は想像を超える存在なのかもしれない。
今更ながら自分の考えを改めたシャヤは十分な岩が空を飛んできた事だけでなく、それがとんでもない勢いで落ちて来た時にもほとんど大地が揺れなかった事に不思議と畏怖を覚えていた。
更に戻って来たヴァッツは人間の設計士が測量していくと文字通り一瞬で寸断するのだ。一応手を使っているらしいが腕の長さからは想像出来ない面積をすぱすぱと斬り落とす姿は次元を超えている。
「あれね~実際指示する方が忙しいのよ。私も『ボラムス』の国境線を造った時に苦労したわ。」
どうやらハルカは加工が早すぎて指示が追い付かないと言いたいらしい。支柱や土台となる大岩も子供の玩具である積み木以上にさくさく建てていくと半日で王城の基礎と一階部分がほぼ完成していた。
「最初からおかしいとは思っていたがここまで来ると恐ろしいな。」
その夜はファヌルが食事も程々に感心しているとフロウもラルヴォも深く頷いている。
「うむ。私も岩を砕く事は出来るがあそこまで正確に素早く細工したり遠投するのは難しいだろう。しかも全く疲れを見せていないのだからお前の力は本当に底が見えんな。」
「そう?」
今日の出来事によって『獅子族』はもちろん、そこに参加していた者全員がヴァッツという絶対的な存在の頼もしさと恐ろしさを再認識したのは間違いない。
皆が歓喜と畏怖の声で褒め称えていたのだが本人とその友人達はさほど気にしていない様子だ。
「昔からそうだもんね。でもヴァッツがいればこの集落もすぐに完成するんじゃない?」
「だな。んじゃ終わるまで俺と一緒にいるか?その間こっちも農業を進められるし助かるぜ。」
「うん!いいよ!」
扱いの軽すぎるやり取りと決定に耳を疑いそうだったが『トリスト』という国は普段からこんな感じなのか?もし『悪魔族』に彼のような存在がいれば間違いなく魔王として大きな尊敬と畏怖を抱かれる象徴となっていただろうし悪魔城の玉座で鎮座して頂く事に全力を注いでいた筈だ。
「それじゃ僕達は明日帰りましょうか。」
最後はクレイスが『悪魔族』に向かってそう告げるとシャヤもその意味を察する。これはショウの計画を進めるという意味も含まれているのだろう。
「・・・私は残ろうかな。ファヌルの為に少しは役に立てそうだし。」
「ほう?それなら是非頼もう!!」
ハルカも建築技術の知識を持っているのでそれを活用したいという事らしいが同時に獅子王を愛でるという目的もあるらしい。今も彼のふさふさのたてがみを撫でているとほんの少しだがラルヴォから悪感情を感じ取った。
「だったらラルヴォも残って手伝って。あとついでに私にもっと撫でさせて。」
「・・・ふむ。そういう事なら仕方あるまい。」
どういう風に受け取っても仕方がない事にはならないと思うがアルヴィーヌに優しく撫でられる虎もそれに機嫌を良くしたのか先程までの感情は霧散して喉を鳴らしている。
「・・・この世界は不思議な存在が多いですな。」
「そうなの?君達の世界はそんなに退屈だった?」
酒を吞んでいたからか、シャヤがつい思ったままを呟くとバーンが不思議そうに尋ねてくるのでそのまま頷いて話を続ける。
「退屈、とまでは言いませんが我らの世界にはほぼ『悪魔族』と人間しか存在してませんでした。故にこうも多種多様な種族と交流出来た事は人間を食すことを禁じられる以上に大きな収穫があったのではないかと個人的には考えます。」
そもそも同族同士でもここまで和やかな雰囲気で食事をした事は無い。何故なら味付けはいつも人間の悲鳴や悪感情だったからだ。
更に魔王を恐れずに接触してくる種族にはフロウ自身も喜びを感じているらしい。ならば彼の言う通り、本当にこの世界に留まって正解なのだろう。
「だったらこれからももっと楽しめばいいよ。僕もそうして『魔族』を謳歌してるからね!」
違う世界の魔王にそう言われると何だか妙に嬉しさを覚えたシャヤも慣れない笑顔で頷くとその日はいつも以上に酒を呑み、食事で腹を満たしていく。
すると翌日とんでもない体調不良を感じたのでもしや消滅する前兆かとフロウに別れを告げていたのだが後からそれが二日酔いという酒の飲み過ぎから来る症状だと聞かされると初めての羞恥も覚えたのだった。
ヴァッツ達が様々な別世界の存在と接触しても大きな争いにならなかったのはその力と和を以て接してきたからだろう。
「へぇ?この世界はそんなに平和なのですか?」
「平和、と尋ねられると少し返答に困りますがボトヴィ様のいう魔物やらは存在しませんな。争いと言えば専ら国家間の戦争です。」
あと2か月弱で年が明けようとしていたこの日、『ビ=ダータ』では密会が行われていたのだがその正体はガビアムも未だよくわかっていない。
ある日突然王城の門を叩いてやってきた若年層の彼らは多少仕立ての良い鎧兜や外套に身を包んだ4人組だった。本来なら門前払いで終わっていた筈がガビアムの眼はその装飾を見逃さなかったのだ。
見慣れない意匠はもしや近年話題の異邦人ではないかと。
そこから謁見ではなく目立たないよう来客として執務室に通すと詳しい話を聞いていった。すると彼らは全く聞いた事の無い世界や国からやってきたのだという。
そして気になる強さを確かめたくて彼は周到に周到を重ねて狐狩りを催す。もちろん目的は彼らの腕前を知る事だ。
すると彼は狐以上の獲物、大きな熊を長剣で真っ二つにして見せたのだ。
ガビアムも人並みに武術を嗜んでいる為その強さはすぐに理解する。恐らくあれ程の腕前なら人間を数百、もしくは千程度を屠れるのではないだろうか。
以降も個人的な来客として情報が漏洩しないように彼らの話を聞いてはお互いの知見を深めていく。そして機を計っていたガビアムは今夜、遂に宿敵の話題を切り出したのだ。
やっとだ。やっと好機が訪れた。
ボトヴィの力を利用すれば間違いなく『リングストン』に大打撃を与えられる。そして長年に渡り心の底に仕舞い込んでいた姉の仇も討てるに違いない。
「・・・まぁ戦争で名を上げるのも悪くはない、か。」
彼は以前の世界だと救国の英雄と呼ばれる程に活躍を見せていたらしい。そのせいか国王への礼儀作法がなっていない部分も散見されるが戦果を挙げられるのならいくらでも目を瞑れる。
「頼みますぞ。」
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