闇を統べる者

吉岡我龍

亜人 -大虎-

 あらゆる場所から別世界の人や文化、物が入り込んできているのは今に始まった事ではない。だがその中でも非常に珍しい例がとある場所で起きていた。

それが大虎と呼ばれた亜人の出現だ。
彼は1人だったがよりにもよって『暗闇夜天』の生活区内に姿を現したのだから彼らも早急な対応を迫られる。
見た目は虎そのものだったが背丈は恐らく10尺(約3m)はあるだろう。猫背で時折4足歩行っぽい姿勢をするが基本は後ろ足を使って歩くらしい。体中を被う被毛には見事な縞模様が入っており顔も人間達の比ではない程大きく恐ろしい形をしている。
故にトウケンが留守の間に行われた話し合いでも討伐はすぐ決定したのだが1つだけ意見の対立が見られた。
「まずはトウケン様にご報告だけでも入れておくべきではないか?」
「何を悠長な?!あれがどれ程危険かはわからぬが大きさだけで計っても中忍では手に余るはずだ!女子供を襲われてからでは遅いのだぞ?!」
頭領が『アデルハイド』に滞在中、里を任されていたのはアリアケとコクリだが里内では『トリスト』従属に従うトウケン派と速やかに手を切るべきだというコクリ派に分かれていたのだ。
急を要する為、最終的には討伐と報告を同時に行うという事で一先ず折り合いはついたがコクリは『暗闇夜天』の中でもかなりの保守派だ。

ハルカといいトウケンといい歴史ある『暗闇夜天』を他国に従属させるなどあってはならない。

その強すぎる思想から虎視眈々と正しい道へ戻す機会を伺っていたのだが遂にその時がやってきたのだろう。
彼はアリアケの部隊や自身の配下と共に大虎を討伐するだけでなく、この機にトウケン派の暗殺も考えていたのだがいくつか見誤っていた事があった。
「ほう?私を襲おうというのか?」
1つ目が気配を完全に消していたにも関わらず大虎がかなり離れた距離からそれを察してきた事、そして彼が言葉を話せる事だ。
意外ではあったがここで引き下がるという選択はあり得ない。コクリは降って湧いた好機を掴んで必ず大虎と反乱分子であるアリアケ達も始末せねばと硬く決意していたのだから。

しゃしゃしゃんっ!!!

まずは中距離から配下達の棒手裏剣で不意を突き、そこに腕の立つ者が直接斬り込むという手堅い戦術で攻め込む。
ただ決定的な違いとして『暗闇夜天』族は着弾と同時に近接武器の斬撃も放たれるまで訓練を積んでいる。多少手こずるかもしれないが決して負けないという確かな自信と僅かな慢心があったのは否めないだろう。

とととととんっ

3つ目は毒を塗り込んだ棒手裏剣が一切その皮膚に通らなかった事、これは彼の被毛が想像以上に硬く、密度も高かったからだ。
これにより不意を突いた攻撃は全く効果を得られなかっただけでなく、近づいた仲間達の動きにも一瞬の乱れを生むと後は早かった。

ざざざざざんっ!!!

大虎の前足から見えた大きな鉤爪は間合いに入る前からその攻撃を振り回すと仲間達が何も出来ないままばらばらに斬り裂かれていく。
この時寝首をかこうと少しだけ動きを遅らせていたコクリ以外は全員、そう、アリアケもこちらが手を下すまでもなく散っていったのだ。
だがこの4つ目の誤算は想定外も想定外、まさか自身もここで散る事になるとは思わなかった。
奴はただの猛獣ではない。腰に革で出来た衣類を巻いていたり言葉を話せる時点で接触方法を改めて慎重に検討すべきだと後悔するももう遅い。
相手の口元からは猛獣特有の唸り声も聞こえる中、今は逃げる事だけを考えていたコクリだったがしばらくにらみ合った後大虎は警戒体勢を解くと静かにその場を去っていった。





 トウケンとの稽古でも命の危機を感じた事は幾度とあったが体が竦んで動かなかったのは生まれて初めてだ。

自らの手を汚さずアリアケ達を葬れた喜びよりも生還出来た事に感謝しつつコクリは彼らの訃報を伝えると里の者達も悲痛な思いに沈みながらも納得はしてくれた。
しかし大虎の強さを知った以上余計に放っておくわけにもいかなくなった。
里でも指折りの戦士達を失ってしまった今、討伐するにはトウケンやハルカを呼び戻すくらいしか方法が思い浮かばない。
実際には『トリスト』に救援を求めるという手段も残っていたのだが保守的なコクリはその考えに触れる事すらなく、そのような意見を出す権力者もいなくなったので会議が紛糾する事はなくなったものの結論を導き出せないでいた。

「・・・やはり接触しかないか。」

それでも時間がなかったコクリが呟くと里の者達も大いに驚きをみせる。
何故なら『暗闇夜天』族は例え失敗しても必ず成功するまで刺客を送り続けてきたからだ。強さだけでなく執拗さも『暗闇夜天』の評価を高めていたのだがそれを最も理解している人物がまさか妥協案を出して来るとは誰も想像していなかったのだろう。
「・・・どうされるおつもりですか?」
「話してみようと思う。奴の言葉には一定の知性を感じた。」
更なるどよめきが起こるもコクリは彼らの反論に耳を傾けつつ己の中でもしっかり整理していく。
必ず対話は出来る。これは確信に近かったので考えを曲げる気も無かったがそれとは別にあまり公にはしたくない理由もあった。それは近接武器で戦っていた唯一の生き残りがコクリだけだという事だ。

あの時大虎がその気になれば間違いなく自身も殺されていただろう。

なのに奴は何故闘気を消したのか。何故その大きな爪を振り回さなかったのか。
その答えが知りたくて、里を護りたくて一度拾った命を再び賭けようと決断したのだが副産物としてコクリを見直す者達が増えていた。
(いや、流石に楽観的すぎるか。)
相手は猛者という域を超えている。『トリスト』の情報では既にあらゆる場所で別世界の痕跡が見られているとの事だ。つまりこの大虎もその類なのだろう。
もし話し合いにならなかった場合アリアケ達と同じような運命を辿るのも目に見えているのだから今は余計な邪心を捨てて事に当たらねばなるまい。

「とにかく一度接触する。これは決定事項だ。そこから隙を突いて毒を盛っても良いしな。」

里を掌握出来た喜びは後回しだ。出来れば『アデルハイド』に送った伝令が戻ってくるまでに決着を付けておきたい。
野心と誇りに背中を押されたコクリは堂々と宣言した後、散っていった者の葬儀を任せると早速鹿の枝肉を手土産に再び大虎をよく見かけるという場所に出向くのだった。



あの巨体と力なら既に他の場所へ移動している可能性も十分に考えられたが大虎は小さな沢の近辺でどっかり腰を下ろしてのんびりしている様子だ。
大きなあくび姿を見て覚悟を決めたコクリも2人の配下だけを連れて彼の視界に入るよう回り込むとゆっくり近づいて行く。
「ふむ。また来たのか人間。言っておくが襲われたから追い払ったまでだぞ?」
「はい。それに関してはこちらに非があると思っております。今回はそのお詫びをさせて頂きたく参上致しました。」
足元の泥濘を避けつつ腰を下ろして弁明から始まったがやはり思った通りだ。発言にも表れていたがどうやら奴はかなり話の分かる存在らしい。
一応いつでも逃げられるよう姿勢だけは整えて手土産を渡すと彼は人間の頭より大きな前足でそれを受け取り鼻でくんくんと臭いをかぎ始める。

「これは燻製か。なるほど、ありがたく頂戴しよう。」

この行動によって毒殺の線を脳内で抹消すると早速昨日の戦いについて少しずつ尋ねる。色々と知りたいがそれは奴も同じだったのか、思っていた以上に普通の会話から始まるとまずは互いの名を知る事から始まるのだった。





 「申し遅れました。私はコクリ、昨日襲った集団の長でございます。」
「ほう。私はラルヴォ。見ての通り虎人族だ。」
見ての通りと言われても今まで見た事も聞いた事もない『暗闇夜天』族の面々は反応に困っていた。しかし狼狽や驚愕を表情に出さない訓練はしっかり受けている。
心や思考さえ読まれなければ大丈夫だろうとコクリも平静を保ちつつ話を進めようとしたのだがラルヴォという虎人族は特に深く考えていないのか、こちらが欲しい質問を投げかけてくれた。
「ところでここは何処だ?私は連れと一緒に街へ向かっていたはずなのだがいつの間にか見た事も無い場所に立っていた。良ければ教えてくれぬか?」
連れと言う言葉も深く記憶しながら『モクトウ』や『モ=カ=ダス』といった周辺国を用いて説明するがラルヴォはちんぷんかんぷんといった様子が良く見て取れる。
「・・・因みにラルヴォ様はどちらへ向かわれる予定だったのでしょうか?」

「『ハディーカト』だ。」

これまた聞いた事の無い国名か地名か。コクリが促すように配下達と顔を見合わせるとラルヴォも小首を傾げながら様子を伺っている。
「ラルヴォ様、それは国家の名前でしょうか?それとも地名でしょうか?」
「何と?『ハヤウァン大陸』最大の都市を知らぬと言うのか?ここはどのような辺境なのだ?」
間違いない。お互いが全く知らない固有名詞を並べている所から推測するに彼も別の世界からやってきたのだ。
しかしそういう存在と接触した場合、速やかに『トリスト』へ報告するよう通達されていたが彼の国からの脱却を画策するコクリは全く気にしないで話を進めていく。

「・・・実はラルヴォ様、私達の世界ではここの所別世界から迷い込んでくる存在が多数目撃されています。恐らく今回もその件が関係しているかと思われます。」

「・・・うむ?おかしいな。言葉は理解出来ているというのにお前達の言っている意味がさっぱり理解出来ん?」
これは決してラルヴォの知能が低いからではない。普通では考えられないし想像すらつかない現象が起こっているので理解が追い付いていないだけなのだ。
「つまり・・・結論から申し上げますとここは『カーラル大陸』であり『ハディーカト』という都市も『ハヤウァン大陸』という地も存在しません。」
「・・・・・うう~~~む。嘘を付いている訳ではなさそうだが・・・・・・では私の連れは何処にいったのだ?」
「わかりません。しかしご一緒に旅をしておられたのであればもしかするとその御方もこの世界の何処かにいる可能性はあります。よろしければ特徴を教えて下さい。我々が捜索しましょう。」
太い腕を組んで唸り声を上げていた所、コクリは素早く助け船を出すとわかりにくいがラルヴォは喜色の表情を浮かべたらしい。
何となく笑顔っぽいものを確認してこちらも内心喜んでいるとその内容にまた少し驚愕する。

「名はルアトファ。歳は14歳で人間の少女だ。髪は茶色・・・そう、お前達のものに近いか。あと気がとても強く私も時々扱いに困る事がある。」

まさか人間と旅をしていたとは。しかも特徴からハルカに近い感じか。再び『暗闇夜天』族の面々が顔を合わせるがそれならこの世界に紛れ込んでいても山賊くらいにしか襲われないだろう。
そう思っていたのだが話の続きを聞いてすぐに考えを改める。
「ルアトファは人間でも弱い部類に入るのでな。もし森の中などで放置されれば三日も生きられまい。私もここを拠点に狭い範囲しか探せなかったのでとても助かるよ。」
想像した人物例が悪かったのですぐに修正すると彼らの意識は一般人で統一された。
そうなってくると野生の動物との遭遇ですら危ないだろう。コクリはすぐに判断するとまずはこの猛獣との関係を築く為に速やかな捜索を命令する。

「わかりました。我が里の人間を使って全力で探しましょう。ところでラルヴォ様もこのような場所で野宿を続けられると御体に触ります。よろしければ我らの集落に来られませんか?」

言うまでもないが『暗闇夜天』の集落は極秘中の極秘。里の人間以外は情報を漏らさぬよう厳命されているし他人を迎え入れる事等滅多にない。
それを提案した彼に配下達も動きを止めて答えを待っていたが虎人族は考える事すらせず二つ返事で了承するとコクリは強大な力を得た喜びから大層持て成すのだった。





 「一応申し上げておきますが我らの村は皆が門外不出の武術を体得しております故、ここの存在は他言無用にお願いいたします。」

「ふむ。了解した。それでいきなり襲ってきたのか。」
大きな体躯のラルヴォは深く頷いて納得していたがその動きはとても緩慢だった。何故なら自身の座る床がいつ抜けるかわからなかったからだ。
『モクトウ』風の家屋は梁を通して屋根を高く作ってあるので入れるには入れたがやはり強度に大きな問題があるらしく、彼には逆に窮屈な思いをさせてしまったらしい。
故にコクリも急いで一室の床を強化し、彼が寝泊まり出来るよう急いで作業に当たらせていたのだが本当にラルヴォは見た目以上に話の分かる存在だ。
「急がなくてもよい。雨風を凌げるだけでも感謝する。」
更にこの後は自身が殺してしまった一族達の墓前に参って祈りたいと言ってきたのだからもはや敵対関係は完全に解消されたと言っていいだろう。
里の幼子達も怯えるより好奇心で近づいて行くと彼もそれに応えて持ち上げたり肩に乗せたり大盤振る舞いだ。
「も、申し訳ない。折角御体を休めて頂こうと招待したのにこれでは・・・」

「構わないさ。私も子供は好きだからな。」

あまりにも自然に人と接触するので逆に何かを企んでいるのかとさえ邪推するコクリだったが子供というのはその純粋な目と心で真贋を見分ける。
『暗闇夜天』の血を引いている将来有望な彼らがラルヴォと心の底から楽しそうに触れ合っている所を見ると余計な心配は必要ないのかもしれない。
それよりも彼とより強力な絆を作る為にルアトファという少女を絶対に探し出すべきだ。といってもこの世界に来ているかどうかもわからないのでこればかりは『暗闇夜天』の捜索能力以上に神頼みな部分が大きい。
願わくば我らが見つけ出してラルヴォとの関係と力をより緊密な位置へ持って行きたいが果たしてどうなることやら。
一先ず突貫で完成させた自身の家の一室を彼に与えると一族総出で歓待の宴を催し、それからルアトファが見つかるまでこの地に留まってもらうよう伝えると彼も深く感謝しながら了承してくれた。
以降は子供達の遊び相手だけでなく若輩者達の稽古まで付けてくれると集落の大人達も気心を許し始めたのか、彼への対応もより良いものへと変化していったのだが1つ忘れていた事があった。

「お待たせ致しました。トウケン様からの書簡でございます。」

里で対立していたアリアケを手を汚す事無く排除し、全く歯が立ちそうにないラルヴォと良好な関係を築こうと全力で立ち回っていた為伝令が戻って来てからやっと思い出した。
そういえば最初は脅威を排除する方向で話を進めていたのだ。そして大虎を倒した事、アリアケが不覚を取って討ち取られた事を報告するよう計画していたのに保身と彼の力欲しさに里の中にまで連れ込んでしまっている。
(流石に不味かったか・・・いや、今は私が頭領みたいなものだ。従属などを選ぶ奴らに指図される覚えもないだろう。)
むしろこの機会を上手く利用すれば完全に頭領の座を奪ってしまえる可能性だってある。そう考えると今までの流れは偶発的な出来事も加味して非常に良いとも言える筈だ。
というか書簡だけなのか?10尺(約3m)もある人型の大きな虎が里の傍をうろついていたというのに本人どころかハルカすら寄越さないのは何か理由があるのだろうか?
一先ず心を沈めながらその書簡を預かり静かにその場で確認すると内容は決して矛を交える事無く、まずは会話が通じるかどうかを試すよう認められていた。

「む?どうしたコクリ殿?」

すると子供達を担いだラルヴォが近づきながらとても不思議そうに尋ねて来たのだからよほど顔に現れていたのだろう。
「いいえ、何でもございません。ほんの少し肩の荷が下りただけです。」
計らずとも相容れる事に成功したコクリは心の中で万歳三唱する程に気分が高揚していたがそこは『暗闇夜天』だ。おくびにも出さず心からの笑顔だけ見せるとラルヴォもある程度悟ったのか、深く追求する事無く道場の方へと歩いて行く。
その後ろ姿を見届けると家に戻り、早速予想以上の成果を書に認めるがふとその筆を止めてラルヴォの件について考え直す。
(・・・折角私が尽力して抱え込んだのだ。これをトウケンに持って行かれるのは腹が立つな。)
彼やハルカが助力の為帰って来るのも面倒だったが書面上だけの命令を送って来た事にもまた腹が立つ。結局彼の事は接触に成功したとだけ記して別の伝令に預けるとコクリはルアトファの捜索本部に顔を出して進捗を確かめるのだった。





 しかし本命であるラルヴォの連れを探す筈が『暗闇夜天』の捜索能力を全力で展開しているといらぬ情報がどんどんと入って来る。
一応里の南西には巨人が、その南には『モ=カ=ダス』という国が出現していたのは知っていたが北方の山岳地帯にも何やら国家らしきものが発見されたのだ。
更に周辺を歩く生物は見た事が無い姿形をしており、隠れ里と呼ばれた『暗闇夜天』の集落が発見されるのも時間の問題だろうという意見も散見され始める。
「・・・いや、まだだ。未知の存在が全て鋭敏な力を持っていたり強靭な訳でもないだろう。極力接触は控えてまずはルアトファ殿を探し出す事に専念しろ。」
ここは先祖代々が切り開いてきた秘匿の地だ。いくら何でもすぐに場所がばれたり急襲される心配は無いだろう。むしろそこまで大きな変化が起きているのならラルヴォの連れもこちらに来ている可能性が高いとも考えられる。
コクリは無理をしないぎりぎりの体制で捜索を命じるが広すぎる山中から1人の人間を探し出す事がどれ程難しいかを再認識して溜息を漏らす。
ラルヴォの話だと『暗闇夜天』族と髪の色が似ているという事で『モクトウ』の国内も虱潰しに探すがこれといった手掛かりは出てこない。

「すまんな。何から何まで頼ってしまって・・・」

「いえいえ、何を仰る。こちらこそ子供の面倒や若手の修業に付き合って頂いて感謝しかありません。」
元々保守的なコクリは『暗闇夜天』族を第一に考えて行動しているのでルアトファの捜索も下心ありきだ。しかし自身が本気で捜索に当たっているのを周囲も感じ取っているのか。
噂を耳にしたラルヴォは夕飯時に大きな体を丸くして頭を垂れて来たのでこちらも素で畏まってしまった。
「私にできる事があれば何でも言ってくれ。もしルアトファが見つからなくともここまでしてもらったのだから必ず恩義に報いたい。」
そこまで言われて確たる手ごたえを感じたコクリは再び心の中で万歳三唱を繰り返す。この様子ならトウケンとハルカの討伐にも協力してくれるだろう。
彼らが強い事も重々承知しているが自身も命を失いかけた戦いはいくつも脳裏に刻まれている。それらと比べてみてもやはりラルヴォに軍配が上がるはずだ。

(いよいよだ。いよいよ原初の『暗闇夜天』に戻る日は近い。)

目の上のたんこぶだったトウケンとハルカがいなくなれば頭領の座が自身の手中に収まる事は間違いない。そこから今まで以上の活躍と栄光を手に入れて見せる。
沸々と滾る心は欲望か正義か。誇りと掟に重きを置くコクリもこの好機を与えてくれたラルヴォに心の底から感謝しつつ、ルアトファの捜索をより固く約束するのだった。



そして運命の日、探索を続けて丁度10日目に突如空から文字通り得体の知れない飛翔物が落ちてくると『暗闇夜天』の里には過去最大の緊張が走る。



それは辛うじて人型に見えるものの体の表面は青黒く光っていて腕は蝙蝠のような形をしていた。顔だけは獣のような造形なのもより不気味さを醸していたが彼もまた言葉を話せるらしい。
「今からこの地は魔王様の支配下に置く。いたずらに命を奪いたくはないが反抗する者は前に出よ。この場で刈り取ってやる。」
異形とは聞いていたがまさかこんな妙な存在と接触する事になるとは。コクリも突如現れた敵対勢力を配下達と囲い込むが正直強さが全く読めない。
ただ空から降りて来たという事実と『暗闇夜天』を支配下に置く点、反抗する者を始末する旨を堂々と宣言している所から相当腕に自信があるのだろう。
「ここを『暗闇夜天』の地と知って宣っているのか?」
「知らん。知る必要もない。我ら魔族はただ人間達を支配下に置く事だけが目的だ。見た所貴様が長のようだが我と戦うか?従うか?」
『魔族』という言葉は聞いた覚えがある。確か地上より遥か地下に済む種族の総称だ。ハルカがかなり詳しく報告していたはずだが保守的且つ現実主義者のコクリはそういった類の話をすべて聞き流して来た。

「・・・私の知る『魔族』とは争いを避けると聞いていたが。お前は本当に『魔族』か?」

辛うじて覚えていた部分はその民族性と確か王が『バーン教』の御神体だった点だ。そこでラルヴォの時を思い返してまずは問答から始めてみたのだが蝙蝠の腕を持つ男は非常に読み取り辛い表情で小首を傾げている。
「そういう魔族もいるかもしれんな。しかしこのシャヤは大志の為に参上したのだ。従うか戦うか、さっさと選ぶが良い。」
存在自体が異なるせいか相手の闘志すら読み辛い中、コクリはまたしても大きな選択を迫られる。
本来なら迷う事無く戦って里を護るべきなのだが見た目も力も未知数な相手にどう動けばよいのだろう?

「魔族か何だか知らんがここは他者が土足で入ってよい地ではない。去らぬというのなら私がお前を殺す。」

そこに堂々と宣言して現れたのは他でもないラルヴォだった。肩に乗せた子供達を降ろして下がるよう伝えると『暗闇夜天』が襲い掛かった時以上の殺気で周囲の空気を一変させる。
「ほう?獣人が人間と共に暮らしているのか。珍しいな・・・こんな場所では肩身も狭かろう?どうだ?魔王様の下で働かぬか?」
なのにシャヤという魔族は闘気を返すどころか彼を勧誘し始めたのだ。訳が分からなさ過ぎてコクリも様子を伺う事を決めるがラルヴォの方も聞く耳を持つ事は無く、気が付けば一瞬で蝙蝠に襲い掛かっていた。





 歴史上ずっと秘匿とされてきた『暗闇夜天』の里でまさか部外者同士の戦いが勃発するとは思いもしなかった。
しかし今回ばかりは安心して見守れる。何故なら彼は虎人族であり『暗闇夜天』族の奇襲を軽々と跳ね返す強さを持つのだから。

ずばばばっしゅっ!!

もしコクリに向かってあの爪が放たれていたら細切れ以上の姿になっていただろう。それ程速くて力強い攻撃が放たれるとシャヤは見た目以上に強度のある足で地面を蹴って大きな翼を広げながら空へ退避する。
「流石は虎だな?!しかしその見た目故に人間達から忌避されてきたのではないか?なのに何故護ろうとするのだ?」
空から降りて来たので飛ぶ事くらいは予想出来たがラルヴォの攻撃を軽々と躱すのは想定外だった。
しかもまだ説得を諦めていないのか、こちらには全く謂れのない内容を語り始めたので里の人間達も目を丸くする。
「確かに一部の人間は私を忌み嫌う。だがここにいる者は私を受け入れてくれた。よって全てを護る為にこの牙と爪を捧げるつもりだ。」
『暗闇夜天』の未来を考えて感情を挟まずに行動してきたコクリも流石にこの発言を聞いて僅かに心が動くと体はそれ以上の反応を示していた。それが一族全員への戦闘態勢を命じる事だ。

「ほほう?面白い。面白いな。では我らも魔族の本気を見せよう!」

そう高らかに宣言したシャヤも同じように何か合図を送ったのだろうか。すると空には似たような容姿の魔族が青を埋め尽くす数程現れたのだ。
これはまずい。数もそうだがその強さが皆シャヤと同等ならこちらが勝てる見込みなどほぼ無いだろう。里を護る為にここは和解、すなわち従属を飲むべきか?そもそもここから話し合いに応じてくれるだろうか?
折角『暗闇夜天』の為に牙をむいてくれたラルヴォには申し訳ないが無駄な犠牲を出したくないコクリは感情を排して言葉を選んでいると遂に第四者までもがこの里に姿を現してしまう。

「ちょっと?!『ヤミヲ』!また僕を勝手に移動させて!今お茶を楽しんでたのを知ってたでしょ?!」
「あれ?バーンじゃない?!あとここどこ?」
「あぁっ?!と、虎!虎猫だぁっ!!」

そのうち2人は見た事がある。それは前頭領であり現頭領の孫娘ハルカだ。そしてもう1人は『トリスト』の大将軍ヴァッツ。残る巻き角を生やした茶器を持つ青年はバーンと呼ばれていたが誰だ?


【いやいや、中々面白い事が起きていたのでな。是非お前達の眼で確かめてもらいたかったのだ。許せ。】


それから姿形の無い低すぎる声が耳に届くと魔族達すらも辺りを見回している。一体何が起こっているのかコクリも首を回して周囲の情報を拾い集めるが分かった事と言えばハルカがラルヴォに抱き着き、ラルヴォがハルカの姿を見て随分驚いていた事くらいだ。
「面白いって虎の人の事?それとも空を飛んでる人達の事?」


【今回は空を飛んでいる者達だな。奴らも魔族らしいぞ。】


「え?う~ん、でも僕の子達じゃないよ?魔力も感じないし・・・何で『魔族』なんて名乗ってるの?」
不思議そうに呟いたバーンという青年は茶器を手にそのまま空へ浮かんでいくとシャヤ達の前で堂々と尋ねる。こちらも何が何だかわからないがハルカにヴァッツという戦力を里が得たのも間違いないだろう。
(・・・いや。ヴァッツの力を借りる訳にはいかない。)
奴は従属を勧めて来た『トリスト』の大将軍でありトウケンを含めた里の者全員を組み伏せた過去がある。その支配下からの脱却を目指しているのにここで借りを作ってしまうのは絶対に不味い。
なので現在頼りに出来るのはラルヴォとハルカ、そして今空を飛んでいる青年を利用できるかどうかといった状況だ。

「魔界で生まれ育ったから魔族と名乗っている。お前も魔族らしいが・・・あまり魔族らしさを感じないな?」

そして戦うのか話し合うのかを『魔族』同士が意識し合って妙な膠着状態が生まれるとぽかんと空を見上げていたヴァッツが双方に手招きして一度降りてくるよう催促する。
正直ここまで他者が入り混じってしまうと里の者達に被害が出なければ良しとするべきなのかもしれない。コクリも一族に警戒態勢は保つよう命令したまま彼らの動向を見守る姿勢に入るとラルヴォもまたハルカを肩に乗せてこちらに歩いて来るのだった。





 「えーっと。恐らくだけどこれ絶対『ヤミヲ』が全部知ってるよね?まず君の話を聞きたいね?」
整った顔立ちの青年は少し苛立ちを表しながらお茶を飲んだ後、ヴァッツの隣に降りて来て語り掛けると再び地の底から聞こえてくるような低い声だけが周囲に鳴り響く。


【うむ。お前の前にいるのは別世界の魔界からやってきた魔族だ。故にその生態系から体の作りまで全く違うものになっている。】


「・・・先程から聞こえる不気味な声はその人間の子が発しているのか?」
シャヤもまた一度矛を収めて地上へ降りてくると不思議そうに疑問を投げかける。人間の感覚だと不気味さでは絶対奴の方が上なのだが確かにヴァッツの声や自我を感じない語りは気になる所だ。
「正確にはこの子の中に同居してる存在が話してるんだよ。っていっても僕もよくわからないんだけどね。」
「ああ!そっか!へー別の世界の魔族さんってバーン達と全然違うんだね?!オレヴァッツ!よろしく!」
よくわからない状況が続く中いち早く納得したヴァッツが無防備に握手を求めていくので見ている方が若干の不安を胸に見守っているとシャヤは困惑しながらそれを拒んだ。

「我らは魔族だ。お前達家畜と触れ合う必要もあるまい。しかし話はわかりそうだな。どうする?一緒に降伏してここを魔王軍の支配下と認めるか?」

「いや魔王軍て何だよ。僕はそんなの認めないからね?」

「お前こそさっきから何を言っている?聞いているとまるで自分が魔王のような言動を繰り返しよって。そういうのは不敬なので止めて貰おう。」


【はっはっはっはっは!これは想像してた以上に面白いな。】


一人と言えばいいのか。地の底から聞こえてくる声の主だけは心の底から笑っていたがラルヴォの肩に座っていたハルカは「全く主に似て趣味が悪いわ!」とぼやいている。
「面白いのかな?でもオレ何となくわかったよ!バーンと・・・そっちの人、お名前は?」
「・・・・・我はシャヤだ。」
「うん!よろしくシャヤ!つまりバーンとシャヤは同じ魔族だけど違う存在なんだね?人間だって『モクトウ』出身と『アデルハイド』出身じゃ結構見た目とか違うし。そうでしょ?」


【うむ。その通りだ。流石はヴァッツ、お前達もこの純粋さと聡明さを見習うが良い。】


と言われても人間からすればどちらも『魔族』に変わりはなく、この里が窮地に立たされている状況も依然変わらない。
「・・・・・う~ん。とりあえずシャヤはこの集落を支配してどうするつもりなの?」
「それは当然食料を確保するのに利用する。この世界で最も弱いが無駄に繁殖能力と食べやすさと美味さを兼ね備えた家畜なのだから当然だろう?」
どの世界の事を言っているのかわからないが別世界から来た魔族は完全に人間を捕食対象にしか見ていないらしい。だとすれば従う選択肢など有り得ない訳だが断った所で皆が殺されるか囚われるかする未来しか見えない。
「シャヤ殿。我らは食べられる為に生きているのではない。残念だが従属はお断りする。」
それでも頭領代理としてしっかり意見を述べるべきだろう。頼りになる隣人達の気配も借りてそう告げるとシャヤは不満というより驚愕を浮かべていたようだ。

「・・・お前達は魔族に逆らうというのか?人間より遥かに強い存在の我らに?いや、確かにそういった誇りを持つ人種がいるのも聞いた事はあるが・・・仕方ない。ではこの地を力で支配するか。」

「勝手に話を進めるな。この地は私が護り通して見せる。それに強さを語るのならまずは空を飛ばずに正々堂々と勝負してみせろ。」

これだ。この関係を期待していたのだ。ラルヴォがハルカを肩に乗せたまま唸り声と共に強く反論するとコクリも今までの苦労など全て吹き飛ぶ。
「え~戦うの?僕は血を見たくないんだけどなぁ。ヴァッツ、ちょっと何とかしてよ?」
「そうだね!えっと・・・オレも人が食べられるのは見たくないしシャヤ、他の食べ物じゃ駄目かな?野菜とか美味しいよ?」
しかし他の2名が横槍を入れるとラルヴォも納得したように頷き、シャヤの方は黄色く大きな目を丸くしてヴァッツを見つめていた。





 「・・・いくら魔都から近いとはいえここは失敗だな。」

シャヤが大きなため息を付きながら首を振ると他の配下らしい魔族達も静かに降りてきて隊列を組んでその場で待機する。
「では立ち去って頂けますか?」
「う~む・・・お前達を献上した所であまり喜ばれ・・・いや、魔王様を前にすれば流石に恐怖心くらいは芽生えるか?」
コクリもバーンという青年と意味は違えど望みは同じなのだ。矛を交えず撤退してもらえるのであればこれ以上の喜びはないが恐怖心という言葉は何を意味しているのだろう。
「シャヤって人間というより人間の感情を食べたい感じ?」
その絶対的強さから無警戒に近づいて尋ねるヴァッツに魔族も少し考え込んだ後、渋々口を開く。

「・・・我らは恐怖の象徴なのだ。他には憎悪や悲哀などの感情を多分に持つ人間を食す事が己の力に繋がる。しかしお前達が現れるとこの集落の人間から一切の恐怖や不安が消え去ってしまった。誰だ?確か突然3人程同時に姿を見せたな?誰がその心に安寧をもたらしたのだ?」

「それはヴァッツじゃないの?僕がここに来たのは初めてだし。」
「そうね。里の人間は全員ヴァッツに倒されてるから強さは知ってるし。」
「いいえ、恐らくハルカ様のお姿を見て皆が鼓舞したのでしょう。」
当然コクリもヴァッツの強さを体感した1人なので彼が本気を出せば目の前にいる魔族の侵略者どもを軽く追い払ってくれるのではと期待している。
だからこそ無理矢理にでも口を挟んでその可能性と真実を拒絶しなくてはならなかったのだ。ラルヴォという別世界の力を手にしている今なら『トリスト』からの従属を果たせると信じて。

「ふぅむ。ここが別世界なのは理解していたがこれ程魔族に恐れを感じないのであればまずは喧伝の為の殺戮から始めるべきか。そして魔族の存在を知らしめてから恐怖を布教する。よし、一度魔王様にご報告だ。」

「待った待った。『魔族』は人間や『天族』との接触を最小限に、平和に生きて来たんだ。そんな邪知暴虐を認める訳にはいかないよ?」
「それはお前達だけで勝手にすれば良い。我々には我々の理由がある。邪魔はさせんぞ?」
何とも迷惑な話にラルヴォとハルカも呆れた様子で睨み合う2人を眺めていたがそこにヴァッツが助け舟を出して来るとコクリは言葉を失った。
「それじゃあさ。食事が人間と同じ物になるようにしようか?だったらもう誰かを傷つける必要はないでしょ?」
「ほう?随分と傲慢な意見だな?それは人間が肉を食べる時動物達にもしっかり恐怖が芽生えていると知って発言しているのか?」
不気味な見た目とは裏腹にシャヤは随分と弁が立つらしい。表情にもやや不満そうなものを浮かべているのか、腕を組んでヴァッツを見下ろすかのような様子に純粋な彼は初めて若干の狼狽を見せた。

「えっと・・・それはそうなんだけど・・・でも人間が動物を食べる時って美味しく頂く為にすぐ命を奪って血を抜いたり解体したりするじゃない?でもシャヤの話だと何か人間を甚振るような感じで食べようとしてない?それって大分意味が違って来ない?」

「うむ。その恐怖に怯えた心が味と我らの力に関わって来るからな。」
「だったら猶更話にならないね。相手にわざわざ恐怖を与えて食べようだなんて悪趣味が過ぎるよ。」
「・・・お前は本当に『悪魔』か?」
「「「『悪魔』?」」」
やり取りを聞いててバーンがうんざりしながら口を挟むとシャヤも不思議そうに疑問を口に出したがそこに違いの全てが隠されていたらしい。

「我らは『悪魔』。悪感情を糧に生きているのだからそれを求めて当然だろう?しかしバーンと言ったか。お前からは感じた違和感はそこだな。それを欲しないのに何故魔族を名乗る?」

「そりゃ僕達は『魔力』の集合体だからだよ。だから『魔族』。それにしても『悪魔』か・・・確か教典で見た事があるね。てっきり魔が差した心を表す言葉だと思ってたけどそうか。君達はそれが具現化した存在なのか。」

『魔族』同士、お互いがやっと少し理解しあった様子で何度も深く頷いていたが人間の立場としてはわざわざ恐怖を受け付けた後に食べる存在を放置する訳にはいかない。
「シャサだっけ?つまりあなた達はその悪感情さえ食べられれば人に危害を加えないんだ?」
そこに初めて口を挟んできたのはハルカだ。ラルヴォの肩に座り、隣に並ぶ大きな頭を自然と撫でているのはやはり胆力と才能の成せる技なのだろう。
「・・・うむ。甚振るのを好む魔族、『悪魔』も存在するが我らの共通した目的はあくまで力を維持する為の食事をする事だからな。」
「だったら私に1つ提案があるの!上手く行くかはわからないけど一度試してもらえないかしら?」
すると前頭領がいきなり突拍子もない話を持ち掛けたので『悪魔』達も驚いて顔を見合わせていたが最後にちらりとヴァッツとバーンを一瞥した後、この日はそれを了承して立ち去る事を約束するのだった。





 その夜はひとまず脅威を追い払えたのとハルカの帰還、そして新たな客人と仕方なく『トリスト』の大将軍を迎えた事でささやかな宴が開かれた。
「いや~それにしても我が里に虎猫ちゃんが来てくれてたなんて。ちょっとコクリ!何で報せてくれなかったの?!」
「お言葉ですがハルカ様、我々はラルヴォ様を確認してすぐにトウケン様へ書簡を送っております。詳しくはあの御方にお尋ねください。」
傲慢にして不遜な性格は変わらずと言った所か。一方的に責められそうだったのを素早く対応するとハルカは頬を膨らませてやや納得いかない様子だったがラルヴォに優しく頭を撫でられるとすぐに機嫌を良くしたようだ。
「それにしてもハルカだっけ?『悪魔』達に持ち掛けた話は本当なの?」
大きな巻き角を生やした『魔界』の王バーンは『暗闇夜天』の料理に舌鼓を打ちながら不思議そうに尋ねるがこれはヴァッツでさえその内容に見当は付いていなかったらしい。
皆がやや前に体を乗り出して彼女の言葉を待つとハルカも軽く咳ばらいを見せた後人差し指をぴんと立てながら答えてくれる。

「今私が働いているお店の店長が面白い力を持っててね。それを使えば何とかならないかなって。ヴァッツはどう思う?」

「あ~!ウォダーフか!オレは彼の事あんまり知らないんだよね。でもハルカが出来そうって思ったんでしょ?だったらいけるんじゃないかな?」
その話はコクリの耳にも届いていた。確か鳥の頭を持つ妙な種族らしいが面白い力を持っているというのは初耳だ。
しかもヴァッツでさえよく分からない人物の力を頼って大丈夫だろうか?少しの不安が頭を過ったが今はそれ以上に不安な出来事がずっと眼前で繰り広げられており集中できないでいる。
「・・・ところでラルヴォ様、ハルカ様の我儘に無理矢理付き合って頂く必要はありませんよ。その方は里でも1,2を争う強さを持っておられますので目障りでしたら投げ飛ばして頂いて結構です。」
「あっ?!ひっど~い?!ヴァッツ、今あいつが大事な頭領の孫娘である私に暴言を吐いたわ!ちょっと懲らしめてやってよ!」
「えぇぇぇ・・・オレそんな事したくないよ。それにラルヴォにずっとくっつきっぱなしなのは事実でしょ?少し休ませてあげたらどう?」
ラルヴォの力と存在は既に自分のものだと認識していたのでそれを掠め取られるのを許す訳にはいかない。
故にこれ以上関係を築かれる前に無理矢理引きはがそうと提案してみたらとんでもない刺客を送られてきそうになったので大いに焦った。しかしその刺客はラルヴォを気遣う発言できっぱり断りを入れてくれたので驚きと同時に深く安堵もする。
噂ではトウケンがヴァッツとハルカの婚約を進めているという話だったのでハルカの言う事なら何でも聞くのだとばかり思っていたがそうでもないらしい。

「良い良い。ハルカはルアトファに似ているからな。むしろずっと傍にいてくれても良いくらいだ。」

意外な事実も知るとコクリを含めた里の人間は驚いていたが事情を知らぬ他の面々は不思議そうに顔を見合わせていた。中身はともかく最初に年の近いハルカの姿を思い浮かべていたのは間違いではなかったようだ。
「そんな事よりハルカの提案はすぐに実行した方が良いよ。『悪魔』達の様子だとお腹は空いてるみたいだし最悪ここ以外の場所を襲う可能性もあるからね。」
更にバーンがさらりと重要な事を告げると宴の雰囲気もひりついた空気へと変化する。
確かに彼らが空を飛べる以上、『暗闇夜天』に拘る必要はないはずだ。コクリ的には里さえ護りきる事が出来れば他がどうなろうと知った事ではないのだがもし襲われた中にルアトファがいれば目も当てられない。
「ハルカ様、今すぐそのウォダーフ様を呼んで来て下さい。」
「あなたそんな無茶をいう人だったっけ?まぁでも急いだ方が良いんだったら・・・ヴァッツ、お願い?」
自分でも少し冷静さを欠いた発言だと後悔したがハルカは暗殺者引退を表明しているので遠慮などいらないだろう。
それにしても処世術を身に着けたからか裏で婚約が成立しているのか、先程からヴァッツに対して遠慮なく要望の数々を提案している姿には違和感と忌避感を禁じ得ない。
両手を合わせて可愛くおねだりする姿など里にいる時は想像すら出来なかったがこれも『トリスト』で骨抜きにされた証左とも考えられる。

「そうだね!でも今日はもう遅いから明日の朝一番に行ってくるよ!あとオレもラルヴォに触りたい!」

そう答えたヴァッツも14歳とは思えぬ程無邪気にラルヴォの首元に抱き着くがコクリは決して彼の心が流されないよう切に願いながら平常を装ってその姿を見守るのだった。

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