闇を統べる者

吉岡我龍

亜人 -生贄と犠牲と-

 ア=レイの悪戯心により『エンヴィ=トゥリア』の人間はナジュナメジナが入国していた事を認識していなかったのだがそれ以上に彼の身代わりとして宰相スヴァザが人知れず葬られていた事を理解していなかった。
それでも誰一人疑問に持たなかったのは彼の術が強力だったからに他ならない。しかし異国の王族達がこの国を訪れている噂を耳にしたア=レイはナジュナメジナと食事や買い物を楽しみながら軽く口にする。
《そういえばあの男の身代わりを用意しておいた方が良いな。》
《あの男とは?》
《我々の代わりに処刑させた男だよ。どうも彼はこの国の宰相だったみたいでね。若干国の運営に支障が出ているらしい。》
後先考えないのは今更として、まさか適当に見繕った人物がそこまでの大物だったとは。そもそもあれから五日は経っているのだからそれこそ今更な気はする。
もしかすると自分の知らない所でまたア=レイが勝手に行動しているのだろうか。嫌な予感しかしないが今までの経験から自身に危険が及ぶことは無いはずだ。

《・・・そうか、わかったぞ。お前がこの国の宰相になろうっていう訳だな?確かに調度品の様式から食物まで我らの知る物とは違うからな。これを利用すればたんまり儲けられるだろう!》

なのでナジュナメジナがそちらの方向に考えるのも当たり前だった。
体こそ乗っ取られたままだが現在の自分はファムの鉱石業も手に入れ、ロークスの都市長という座にもついている。
今までの流れも含めて金の亡者はそう結論付けたのだがア=レイにそんな気など毛頭なかったらしい。
《おいおい、冗談はよしてくれ。何故私が国に関わらなければならないんだ。》
《しかしロークスの都市長にはなっているではないか。今更宰相を兼任した所で大した事は・・・いや、そうか。確かに我々は商人なのだからあまり表に立つべきではないな。》
つい反射的に反論してしまったが口に出してようやく違和感を覚えた。そうだ、自分達はあくまで商人なのだから目立つ行動はすべきではない。
それなら自分達の傀儡となる人物を宰相に引き立てて動かした方がよほど安全だし実業家らしい、と考えを改めたのだがア=レイは全く別の理由で呆れている。

《勝手に自己完結しているな・・・言っておくが私はこの国に深く関わる気は無い。それだけだぞ?》

《何だと?こんな金の成る木を目の前に何もしないつもりか?!》
『ラムハット』での悲惨な結末が尾を引いているのか、割と臆することなく何にでも無邪気に顔を突っ込んでいく印象だったが今回はそれを頭から否定された。
だがここで引き下がらないのがナジュナメジナの長所でもある。観光そっちのけでしつこく話を持ち掛けるがア=レイも興味が湧かない部分には全く靡かない性格だ。
そしてかなり気に入ったのか、店内で見た事の無い曲線を持つ壺を手に取りながら感心していた彼はその理由と代替案を示してくれる。

《都市長になって思ったのだが私の力は権力を持ち過ぎると全てが手に入ってしまう。それでは当初の目的であった金について明確な答えが得られなくなるだろう?》

それの何がいけないのか。
欲望の塊であるナジュナメジナからすればその全てとやらを是が非でも手に入れてみたい。手に入れたくて仕方がないというのに。
《私は私の興味を最優先する。それは3年前からずっと宣言しているとおりだ。それでもまぁお前が金や権力を手に入れたいという気持ちもわからなくはない。なので今回はこの国で様々な意匠の物品を持って帰ろうじゃないか。》
《いや、別に土産物が欲しい訳では・・・いやいや。確かに珍しいし転売するだけで多少の儲けは出るだろうが・・・》
何とも煮え切らない結果に終わりそうだ。彼は他に何か方法はないかと考えながら呟くとア=レイは再び呆れた様子でその真意を教えてくれる。
《この意匠を自身の事業に生かそうとは考えないのか?もしくは自らが手掛けている商品をこの国に卸すのもいい。違うかね?》
確かにその考えは失念していた。あまり見ない流線形の紋様や形は是非とも自社の商品にも取り入れて成長すべきだろう。
《そうなると誰を立てるのだ?一応助言しておくがこういう場合私達の傀儡と成り得る奴がいいぞ。後々必ず役に立つはずだ。》
《はっはっは。私の力を使えば誰を立てようと同じだろう。だったら昨日騒動になった人物から選んでみるか。》
言われてみれば尤もだ。彼の力はどんな人物でも超一流の猛者に仕立て上げるし思い通りに動いてくれる。しかし昨日の騒動というのは確か王城から囚人が脱獄した話だったはずだがまさか・・・

《その通りだ。彼らもやむを得ず山賊に成り下がっていたのだろうからここで一発人生の逆転劇に立ってもらおうじゃないか。》

表情こそ見えなかったがア=レイの感情は間違いなく喜色に染まっていたのを長い付き合いになりつつあるナジュナメジナは深く確信するのだった。





 ア=レイの人間を操る力というのは『天族』のものと一線を画していたが、その力を知る者がナジュナメジナただ一人だったので比べようが無かった。

故に『エンヴィ=トゥリア』の王城で見た事のある人物が宰相だと紹介されても誰も覚えておらず、その立ち振る舞いも洗礼されていたので疑問すら持たなかった。
「あれ?おじさん、どこかで会ったっけ?」
そんな中ヴァッツだけが不思議そうに口走ったのだが宰相として急遽用意されたオッタオ自身が元山賊の頭目だった記憶を思い出せなかったのでただただとぼけるしかない。
「さて?私とあなたは初対面のはずですが・・・身近に似ている方でもおられるのでしょうか?」
「・・・強いて言うならちょっとだけガゼルっぽさを感じるな。」
恐らくカズキは根本にある粗野な部分を野生の勘で感じ取ったのだろう。友人とのやり取りで何となく口にしたのだが名前を出された本人も宰相をじっくりと品定めするかのように見てから小首を傾げていた。
「・・・俺はこんなにお上品か?」
「とんでもない!私など一国の宰相に過ぎません。しかし他国の王と比べて頂けるとは光栄の至りでございます。」

誰一人彼を偽物だと考えなかったのは今回宰相と初めて会ったのもあるだろう。

そしてア=レイの息が掛かっていたのが原因なのか、オッタオはカズキ達が気を許してしまいそうな程温和で話の分かる人物へと変貌していたのだから気がつけと言うのも無理がある。

「では早速1つ目の質問からお答えください。ナジュナメジナ様は今どちらにおられますか?」
同世代の友人4人にガゼルとネヴラティークが加わった会談が始まるとまずはショウが最も気になっていた部分から尋ねる。すると彼は他の武官達と違い、優しい笑みを浮かべながら即答してくれた。
「彼の御方でしたら馬車一杯の金貨を持ってこの都市に滞在されておられます。何でも『エンヴィ=トゥリア』の食べ物から衣装、調度品などが珍しいらしく大量に仕入れて帰りたい、と仰られていました。」
その答えは非常に腑に落ちるもので如何にも商人らしい行動に納得しかけたが彼からすればまだ懐疑的な部分が残っていたようだ。
「しかしハーシ将軍から歓待の書簡が届いていた筈。なのに何故あの日にお姿を現されなかったのでしょう?」
「ああ、それは『自分は国に招かれるような人物ではない』とお断りされたからですね。『その代わりにカズキ様やご一緒に来られる方々を良く歓迎して欲しい』とも仰られていました。」
なるほど。胡散臭さは相変わらずだがこちらがある程度の人数で来国するのまで読んでいたらしい。

「それほど気になられるのでしたら街へ出向かれては?まだご滞在であれば一番大きな施設『アリーユ=ガン』に宿泊されている筈です。」

ここまでのやり取りに宰相から不審な気配は全く感じられない。むしろ宿泊先まで教えて貰ったとなれば疑いはどんどん薄れていく。
「わかりました。ではそちらは後ほど確認させて頂くとしてもう1つ。カズキとナヴェル様の立ち合いで行われた『呪術』による不正について、詳しく教えていただけませんか?」
「はい。その件に関しましては誠に申し訳ございませんでした。これは頭を下げてどうこう出来る問題でもない為、後ほど賠償金及び各国家間で今後二度と『呪術』を使わない条約を締結させて頂ければと考えております。」
癖のある将軍2人と比べてしまうのがいけないのか。
『ジャデイ』族から無理矢理人質を取って支配下に置く国の宰相とは思えない実直な言動にショウでさえやや困惑する様子を見せている。

「賠償金は結構です。そこまでの事態にはならなかったので。その代わりと言っては何ですが『呪術』の方法などを教えていただく事は可能でしょうか?」

だが詰める所は詰めるのが彼の性格なのだ。まさかカズキから見ても門外不出だろうと想像できる秘術について尋ねるとは。
穏便に済んでいた話し合いもここで一波乱が起きる。そう確信したのだがこれも不発に終わるらしい。
「ええ。その程度で許して頂けるのでしたら喜んで。早速ご案内致しましょう。」
宰相オッタオは安堵の笑顔を浮かべて席を立つとそう言って皆を促してきたので今までの苦労と心配は何だったのだろう?と逆の方向で不満が芽生える程だ。
しかしあっけない幕切れとは裏腹にこの後一行は『呪術』の仕様を知るとやはり『エンヴィ=トゥリア』は油断ならない国だと再認識するのだった。





 「ここです。ここで『呪術』が行われるのです。」

あれから案内されたのは王城の地下だった。その一室に入ると中では今までの穏便な空気を一変させる程凄惨な光景が広がっていたのだ。
そこには見慣れない魔法陣と呼ばれる床に描かれた妙な模様、周囲には数本のろうそくで最低限の光源しか確保されていない。
何より気になったのは人間の手足と砂だろうか?それが半分埋められるように真ん中に配置されていた。
「今回カズキ様に放たれたのは手足が砂の中に埋まるよう呪う術です。なのでこのような形で展開される訳ですが・・・」
さも当然のように言われてもこちらは基礎知識すらないのでそれを見た6人は顔を見合わせて言葉を失う。

「あの、オッタオ様。そもそも私達は『呪術』のいろはすら知りません。詳しい理論はともかくまずは基礎から教えていただいてもよろしいでしょうか?」

それにしてもショウもどんどん踏み込んでいくな、とカズキは半ば呆れていたがそれに対して一々真摯に答えてくれるオッタオもオッタオだ。
2人とも宰相という立場なのでもしかすると腹芸での攻防を繰り広げているのか?訳が分からないまま話は進むのでカズキも説明に耳を傾けるとその内容もまた予想を超えるものだった。
「はい。まず『呪術』の基本は相手を知る者の命を捧げる事から始まります。」
「・・・ほう?となると今回カズキの手足を重くする『呪術』にも犠牲が?」
「お察しの通りです。しかし我が国では犠牲ではなく生贄、つまり名誉ある死としてその者の縁者達には手厚い保障が約束されます。」
生贄と聞くと『東の大森林』に住んでいた蛮族達を思い出すが彼らには儀式こそあったもののここまで効果のある術は存在しなかった。儀式とはあくまで信心的な祭事に過ぎなかったのだ。

「ふむふむ。つまり強大な効力を持つ対価として命を消費する訳ですか。なるほど、興味深いですね。」

彼の性格をよく知っている為出来ればこれ以上興味を持ってもらいたくなかったがガゼルやネヴラティークも何か思う所があるのか、かなり真剣な表情で話に耳を傾けている。
「んじゃそれを防ぐ方法は?」
どうやら彼だけは他と違う角度で考えていたらしい。ガゼルが珍しく同意できる質問をしたのでカズキもオッタオの表情を伺うとまたしても想像していなかった答えが返って来た。
「術者、つまり命を捧げた者を逆に呪えば相殺されます。」
「・・・それは相当難しいんじゃねぇか?」
「仰る通りです。故にこの術式は国家の重大な秘匿項目となっているのです。」
さっきからこの宰相は自分の言っている言葉を理解しているのだろうか?そんな重大な情報をこうもぺらぺらと喋って後から身分を剥奪されたり極刑などに処されたりはしないのだろうか?
だんだん不思議さを超えて一種の不気味さを本能で感じていたカズキだがそれは彼にしかわからない領域だったらしい。

「なるほど。『呪術』を打ち破る術がほぼ無きに等しいからこうやって公開して頂けた、という事でしょうか?」

だがショウの話を聞いてそういう見解があると気が付くとオッタオも深く頷いた。
「はい。『呪術』とは一朝一夕で会得出来るものでも真似が出来るものではありません。公開していない様々な力が合わさって初めて展開出来るのです。なのでこれ以上の質問にはお答え出来兼ねます。」
つまりこちら側で対策が出来ないと予め分かっていて手の内を教えてくれたという事か。今まで和やかに進んでいた会談だったが彼もまた一国の宰相、中々の食わせ者らしい。
「では私からも1つお尋ねします。この『呪術』とやらで人を殺す事は可能でしょうか?」
「もちろんです。供物に小剣を突き立てた心臓を捧げれば問題なく暗殺が可能です。」
そのやり取りを聞いて今更ながら若干の冷や汗を流すカズキ。もし先程の立ち合いでそんな『呪術』を展開されていれば自身は何も分からないまま死んでいたかもしれないのだ。

どうやら『エンヴィ=トゥリア』と『呪術』は思っていた以上に危険らしい。

一応後ほど各国と『呪術』の禁止条約を結ぶと言ってくれていたが果たしてどこまで信用していいのだろう。
(・・・・・だったらこちらも秘密裏に『呪術』を使えないようにした方がいいんじゃないか?)
自身が体験したからこそわかる。これを放置するのは危険すぎる。そう思うと彼は知らず知らずの内にヴァッツを眺めているのだった。





 カズキが『呪術』について激しい危機感を抱いている頃、ハルカ達は獅子王と共に街へ繰り出していた。
「お~なんかいつもの街と違う風に見える。何でだろう?」
「そりゃ別世界から来た国だもの。色々違って当然よ。」
アルヴィーヌの抽象的な感想に適当な答えを返すもハルカ自身その理由はよくわかっていなかった。しかしこういう時、頼りになるのは妹のイルフォシアだ。
「恐らく衣装や取り扱っている品々も私達の知る物と異なる形をしているからだと思います。ほら、あの家屋の柱、私もあんな渦巻き模様は初めて見ました。」
しっかり言語化してもらうと獅子王も含めて納得するが、こちらの物見遊山とは裏腹に周囲は驚愕でそれどころではないらしい。
その理由は間違いなく獅子族のファヌルにあるのだが今回はアサドや側近2名もついていた為余計に目立っている。
ちなみに獅子王の両肩にはハルカとイルフォシア、アサドには肩車の形でアルヴィーヌが座っているのもより悪目立ちしていた原因だろう。

「それにしても人間とはこれほどの数がいるのか。皆立派な住処を作り様々な道具を使う。わしらとは全く違う生活を送っているな。」

ロークスを観光出来なかったのでファヌルは初めての大都市に深く感心している。
彼らの集落は雨を辛うじて防げる程度の小屋未満しかなかったし道具はおろか、火を使う事すら知らなかったのでそれも当然だ。
「多分獅子族とは基本的に強さが違うと思うの。だから人間は道具に頼らなきゃ生きていけないのよ。」
それは戦う強さだけではない。彼らは生肉を平気で食するがもしハルカに同じことをやれと言われたら腹痛や病気を考えるととても口には運べない。
体を覆う被毛もないから衣服を着るし、より快適な住居を求めてきた結果が今の料理や家屋に繋がる訳だ。

「ふむ。衣服とやらの必要性は全く感じんがわしらも住処はこれくらいのものは欲しい。イルフォシアよ。その時は是非『トリスト』に協力してもらいたいが可能か?」

大通りに面している一際立派な建物の前でその壁を軽く叩いただけなのに激しく揺れているのだからやはり獅子族の力は凄まじい。
それが地震だと思ったのか何人かが驚いて外に飛び出してくるとファヌルの姿を見て再び驚いている。その光景が可笑しくてアルヴィーヌと笑い合っていたのだがそこで意外な人物が姿を現したのだ。
「これはこれは『トリスト』の王女様方ではありませんか。それに『暗闇夜天』の元頭領様まで。」
他の市民達と違い悠々と外に出てきたのはロークスの都市長であり5大実業家の1人に数えられるナジュナメジナだ。
『エンヴィ=トゥリア』の王城では彼の行方がわからないような話だったがまさかこんな場所で出会うとは。
「ナジュナメジナ様、どうしてこのような所に?皆様が貴方をお探しになっておられましたよ?」
「おや?宰相様から話をお聞きになられていませんでしたか。実は私を招待した人物に胡散臭さを感じましてね。歓待は辞退して街の宿に宿泊していたのです。」
一番胡散臭い彼から胡散臭いと烙印を押されたという事はハーシという人物、相当な曲者らしい。ファヌルの肩から降りて話をしていたイルフォシアは一度帰ってこの件を報告すべきだろうと提案するがハルカもここで彼の異常に気が付いた。

「ところで見慣れない方々がおられますな。初めまして、私は『ボラムス』の一都市ロークスで長を務めているナジュナメジナと申します。失礼ですがお名前を伺っても?」

「・・・・・」
ナジュナメジナが臆する様子を見せずに丁寧な自己紹介をしたからだろうか。獅子王は全く言動を取る様子も見せずにその場に立ち尽くしている。
ハルカも気になって肩の上から彼の表情を覗き込むが視線は彼を捕えているはずなのにどうしたのだろう?
「ファヌル様?」
流石に無言の間が続き過ぎたのでイルフォシアも声を掛けるとやっと我に返った獅子王は慌てて名乗りを上げたのだがハルカは自身のお尻から確かな脈動と滾っている熱を感じていた。





 「なるほど。獅子族の皆様も立派な住処が欲しいと。でしたら私が出資致しましょう。」
基本的に街の建物は全て人間が使うよう設計されているので他の獅子族が辛うじて入れるような小さい扉からファヌルが屋内に入れる筈もない。
故に彼が宿泊していたという宿の前に椅子と円卓を持ち出すとイルフォシアが王城に報告へ戻っている間、ハルカ達は多少の世間話に花を咲かせていた。
「・・・出資というのが良く分からんがわしらはお前に助けてもらうつもりはない。」
ところが獅子王は初対面の時からナジュナメジナをかなり警戒しているらしい。
隠しきれていない敵意はハルカも十分に感じており胡散臭さは大実業家という肩書以上に有名なので理解出来るが一体彼の何処にその危険を感じているのだろう。

「でもファヌル。人間の住むところも服も食べ物も手に入れるにはお金が必要なの。出資・・・ってただでもらえるんだよね?だったら貰っちゃえば?」

そんな空気を一切読まずに自身と同い年であるアルヴィーヌは軽く勧めている。実際の所出資というのは見返りを求めて契約する事が殆どで無償という訳ではない筈だ。
「そうですね。お近づきになれるのであれば無償でも結構ですよ。」
「断る。お前からは何やら危険か匂いがするのだ。『トリスト』と関係を持っているのは本当らしいがアルヴィーヌよ、悪い事は言わん。こいつとは今すぐ縁を切るか殺してしまった方が良い。」
これは彼が野生の本能でハルカ達には分からない何かを感じ取っているからだろう。まだ出会って日は浅いが彼がここまで敵意をむき出しにした事にはこちらもアルヴィーヌと顔を見合わせて驚く。
「おや。そこまで警戒されなくても・・・確かに色々と悪い事にも手を染めてきましたしこれからもするでしょうが獅子族の皆様にそれを向ける事はないとお約束致しますよ?」
対してナジュナメジナの方は少しも悪びれる事無く過去の行動を入り交えながら尚前向きに交渉を進めようとしている。この商魂こそが大事業家へ上り詰めた証なのかもしれない。

「よし決めた。お前をここで食い殺す!!」

座れる椅子が無い獅子族は直接石畳の地面に腰を下ろしていたのだがその中でも一番大きなファヌルが勢いよく立ち上がるとむしろ街の人間達が怯えた声を上げて散り散りに逃げていく。
「ファヌル駄目。この人は確かに胡散臭いけど妹を助けてくれた恩人なの。それにヴァッツからも人間を食べないでって言われてるでしょ?」
「むぐぐぐぐ・・・し、しかしなぁ・・・じゃ、じゃあ食わないでで殺すだけ!それならいいか?」
「だから駄目だって。ほ~らよしよし。」
10尺(約3m)以上ある彼の頭を撫でる為にぴょんと肩に飛び乗ったアルヴィーヌは落ち着かせようとその額辺りを優しく撫でると獅子王も葛藤の表情でナジュナメジナを強く見下ろしたままどかっと再び腰を下ろした。
「ねぇナジュナメジナ。今回ばかりは諦めたら?それに『エンヴィ=トゥリア』を使ってお金儲けするのが本業でしょ?」
正直ハルカもナジュナメジナには全く気を許していないので殺されようが食われようが知った事ではないのだが初めて訪れた土地で殺戮を繰り広げるのは流石に不味い。
『トリスト』が今後この国とどのように付き合っていくのかもわからないのでここは自分が仲裁して何とか穏便に収めるべきだろう。
「・・・そうですね。いやはや残念です。しかし私の方はいつでもご相談に乗りますので心変わりされた時は是非我が屋敷にお越しください。」
全く諦めていない様子に呆れ返ったがファヌルが猛獣らしい唸り声を上げてもナジュナメジナは笑みを浮かべたまま席を立つとそのまま宿に戻っていく。

(・・・確かに一介の商人とは思えない胆力よね・・・)

ハルカも獅子族の可愛さから気兼ねなく接触してはいるもののそれはもし彼らが暴れ出したとしても何とか立ち回れる自信があるからだ。
一般人であれば周囲の市民のように恐れ戦き遠巻きに見守るか一目散に退散すべき存在なのに何故ナジュナメジナにはあれ程の余裕があるのだろう。
見た所戦う術は持ち合わせていないし本当に胡散臭いが彼の姿が消えるとやっとファヌルも少し落ち着きを取り戻したのか、腕を組んで軽い溜息をつくとゆっくり席を立って観光の再開を提案するのだった。





 『エンヴィ=トゥリア』がポーラ大陸で最も強い国まで上り詰めたのはやはり邪術の影響が大きい。

これにより直接戦わずとも相手を屈服させる事が出来たのだが副産物として相互の無駄な消費が防げたのと隠しきれない怨恨が生まれたのもナヴェルはよく知っている。
それでも世界とは誰かが頂点に立ち、導いていかなければならないのだ。でないと文化の違う他国同士は自分達が納得するまで永遠に戦い続けてしまう。
その憎まれ役を買って出たのが祖国だと思っていた。犬猿の仲と呼ばれる他国の仲裁も邪術という抑止力で血を流さずに解決してきた。
だがら周囲からどれだけ疎まれようとも、忌避されようとも誇りを持てたのだ。自分は、自分達は世界の平和を護っているという自負があったから。

(歳か・・・いや、驕りだな。)

ナヴェルは今年38歳、若い頃の隆盛は既に陰りを見せていたが年齢を言い訳にはしたくなかった。
邪術によって世界から大きな戦は無くなり、自身も自慢の腕を披露する場所が少なくなっていったものの『エンヴィ=トゥリア』の虎と呼ばれる猛将は鍛錬を欠かした日などない。
なのに昨日はカズキという少年と戦い、言い訳が出来ない程に実力の差を見せつけられた。
大海を知ろうにもまさか自分が負けを喫する相手が別世界の住人だとは想像出来るはずもなく、ハーシが無断で使った邪術の影響を受けながらもこちらを完封してきた腕前にはただただ脱帽するばかりだ。
自室の窓から見える街を寂しい眼差しで見つめながら密かな傷心と現実に向き合っていると他にも特筆すべき出会いがあった事を思い出す。

(そういえば獅子王・・・この世界にはあんな存在もいるのだな。)

『エンヴィ=トゥリア』だけが別世界からカーラル大陸にやってきたのでそう捉えても仕方が無かった。
相手は本物の獅子なのだから比べる事自体おこがましいのかもしれないがナヴェルも虎と呼称されるほどの猛者だ。しかし所詮は人間の域を出ていない。
もし立ち合えと言われれば精一杯の虚勢を張って命を落とす覚悟で挑むか全てを捨てて逃げ出すかの二択を迫られただろう。
・・・まだだ。まだ終わってはいない筈だ。
ここまでの挫折を味わったのは何十年振りだろうか。今でこそ猛将の地位を得てはいたが彼も幼少期から突出して優れていた訳ではない。
小さな体躯の時代には大柄な少年に後れを取り、少年時代には研鑽を積んだ青年に敗れたものだ。
そう考えるとこの機会に奮起しなくてどうするのだ。自身がより強くなる為の試練を前に逃げ出すのか。いいや、それこそ誇りが許さない。

全てを驕りで片付けたナヴェルは心の整理を終えると早速立ち上がってまずはカズキに今一度立ち会って貰うよう考えた。今回は驕りを捨て、教えを乞う立場でだ。

「いひひっ。み、見つけた、見つけたぞぉ・・・」

ところがいつの間に部屋へ入って来たのか。不気味な声が聞こえたので咄嗟に短剣を抜いて構えるとそこには戦意を喪失させるくらい不気味な容姿の男がこちらに薄笑いを浮かべて佇んでいるではないか。
「・・・何者だ?」
「いひっ!ぼ、僕はセイドさ。そ、そんな事より君は力を、戦う力を欲しているね?!」
間違ってはいないがこんな薄気味悪い存在に尋ねられると素直に答え辛い。そもそもここは将軍の部屋であり忍び込むにも相当な警備の目があったはずだ。
「どうやってここまでやって来た?」
顔は死んでいるかのような色を帯びており今にも飛び出しそうな目元と妙に若々しい金色の髪の毛は対比が酷すぎる。
姿勢もかなりの猫背で年齢が全く読めないが同様に相手の力量も読めなかったナヴェルはまず質問に答えるよりも疑問を解明していく方向を選んだ。

「か、簡単さ。僕は『天人族』だからね。ひ、人の注意を逸らす事くらい朝飯前なのさ。」

初めて聞く言葉に彼もまた別世界の住人なのだと理解はするも決して気を許せそうにはない。
どうするか悩んだ挙句、低い姿勢から一気に飛び掛かるが虎の牙と爪を模した短剣達はその役割を果たす事無く中空で留まるのだった。





 「こ、これは・・・貴様、邪術を使ったか?!」

体の自由を奪われた事でつい自分の知る唯一の方法を口走ってしまったがセイドという存在は首を傾げてきょとんとしている。
「じゃ、邪術?あまり聞いた事が無い言葉だね?そ、それよりもさ、ほら!これを見てよ!!」
しかもこちらの狼狽など全く気にしない様子でどこから取り出したのか、大きな槍を自慢するかのように見せつけて来たのだ。
それはポーラ大陸でも見た事がない程の細かく美麗な意匠が施されており、ナヴェルも一瞬我を忘れて見入ってしまうが相手を敵と認識している事を思い出すと踏みとどまる。
「じ、実はちょっと前に、ぼ、僕が作った黒威の大槍が破壊されてさ。そ、それがまたヴァッツなら諦めがついたんだけど、こ、今回はあのクレイスにやられたんだよ?!」
随分憤慨しているようだが出て来た名前にだけは覚えがあった。確か今来訪している『トリスト』の大将軍がヴァッツで『アデルハイド』の王子がクレイスだったはずだ。

「そ、そんな事はどうでも良い!わ、わしの体に何をしたっ?!」

「ど、どうでも良くないよっ?!ぼ、僕達は考え違いをしていた可能性が高いんだっ!!」

全く体が動かない状態で大槍を見せつけられているのだから冷静になれと言うのも無理な話だろう。
焦りを隠さずナヴェルは話の腰を折ったのだが相手が攻撃してくる気配はなく、むしろこちら以上に取り乱して声を荒げるのだから訳が分からない。
「・・・な、何を考え違いしていたのだ?」
「そ、そう!ぼ、僕達は絶対ヴァッツが人類の頂点だと信じて疑わなかった!で、でも今までの成長や身分を考えてなかったんだっ!!次期国王のクレイス!!昔は赤子よりも弱かったあいつがあんなに強くなっているなんてっ!!」
仕方なくまずはセイドの話を聞いてやることにしたが続きを聞いても全く理解が追い付かない。いや、クレイスがかなりの猛者だという事とそれ以上に大将軍ヴァッツが強いというのは伝わって来るか。
見た目はかなり派手で女を多数侍らしている事からナヴェルも好き放題に生きて来た只の我儘王子だとばかり思っていたが話は確認を取る前にどんどん進んでいく。

「そうだ・・・今までもそうだった。最初から強い奴なんていなかった。奴らは頭角を現していくんだ!だから導き出される答えは1つ!ぼ、僕の黒威の武器を壊す程の力をつけたクレイス!!奴が世界を脅かす存在なのさっ!!」

世界を脅かすとはまた大きく出たものだ。どうやらセイドという男は被害妄想か何か強烈な恐怖体験により精神を病んでしまっているらしい。
「・・・もし仮にそのような存在があるとすれば我々『エンヴィ=トゥリア』が必ず平定する。だからまずはこの術を解いてくれないか?」
まともに相手をするのを危険だと判断したナヴェルは次に懐柔する方向で切り出すとようやく飛び掛かったままの姿勢は解除される。
そして体の自由を確認すると短剣を腰に仕舞い、先程まで座っていた椅子に腰かけた瞬間何故セイドが自分の前に姿を現したのかを深く理解した。
「そうか!つまりその大槍を手土産にわしに邪術を頼もうという事か?!ふむ・・・しかし昨日の時点で宰相からしばらく邪術を控えるようお達しがあったのでな。」
「ど、どうしてそんな話になってるの?!ち、違うよ?!き、君は力を求めているはずだっ?!そ、それを僕が運んできたっていうだけだよ?!」
頭脳より肉体を鍛えてきた弊害はこういう場面に現れる。思惑の大きなずれにお互いが大声を出すと一瞬静寂が訪れてから先にナヴェルがため息を付いた。
「・・・確かにわしは力を欲している。しかしそれは妙な力ではない。一から修行して自らの手で掴むつもりだ。」
「み、妙かどうかはこれを手にしてから言って欲しいな・・・」
忍び込んだ理由はその大槍にあるらしい。是が非でもといった様子で彼が柄の部分を差し出して来るのでナヴェルもさっさと追い返す為に仕方なく手に取ると感じた事の無い力が内側から広がっていくではないか。

「な、何だこれは?!き、貴様っ?!わしにまた妙な術を掛けおったなっ?!」

「い、いやいや!それが黒威の力だよっ!!よ、よかったぁ・・・さ、最近は適合者がいなくて困ってたんだ!!」
不穏な物言いに思わず手を放すもその黒い大槍は一瞬で手の内に戻って来るのだから堪ったものではない。やはり隙を突いて殺しにかかるべきだったか。
後悔の念が過るもセイドは不気味な安堵の表情を浮かべているので訳が分からないナヴェルは仕方なく彼を椅子に座らせると早速きつく問い詰め始めるのだった。





 「そ、それは僕が作った黒威の武器さ!力を欲する持ち主に応えてくれるんだよっ!」

色々と納得のいかない点はあるがなるべく冷静にと己に言い聞かせながら話を聞くと彼は『天人族』で本来なら戦う力に特化している種族らしい。
ところがセイドにはそういった力が極端に弱く、僅かに人を意のままに操る力と強大な武器を作る能力に長けているそうだ。
「ふむ。しかし力を欲する主に応えてくれる、というのは少し大げさではないか?」
「そ、そんな事は無いっ!ぼ、僕の作った武器は全て最高傑作さ!!こ、これのお蔭で過去に3度も世界を救っているんだからっ!!」
その割には先程ヴァッツやクレイスに破壊されたような事を口走っていた気がする。彼の不気味さも考慮すると話半分くらいで聞いておいた方がいいのかもしれない。
「まぁ確かに若干力が湧き出るような感覚はあるが・・・これは戦う時により強さを発揮したりするものなのか?」
「・・・えっと、そ、そんなに弱い力しか感じない?お、おかしいな・・・もっとこう、生まれ変わったかのような、力が湧き出るような感覚にならない?」
「ならんな。」
人を意のままに操る力という点だけは看過出来ないがこちらが素直な感想を述べると目に見えて落ち込むのだからよくわからなくなってきた。

「そもそもわしの武器は短剣だからな。これは畑違いな部分もあるのかもしれん。」

「えっ?!?!う、嘘だっ?!だって『ジャデイ』の集落で見かけた時に大槍で戦ってたじゃない?!」
まさかあの場面を見られていたとは。全く気が付かなかった自分の未熟さにも驚くがその発言の内容にも驚く。
「ああ、戦場では槍が主武器になるからな。基本的にこれで戦うがわしの最も得意なのはこの短剣だ。それは貴様もさっき見ただろう?」
「そ、そ、そんな・・・」
それにしても決して大槍が苦手と言った訳でもないのにセイドは随分と驚愕した後落胆している。何が原因なのかはわからないがこの世界では槍を使わずに戦をするのだろうか?
理解に苦しむ中どうやら自分の命を危惧するような流れは回避出来た様だと内心ほっとしていると彼はまだ諦めなかったらしい。

「・・・わかった。今度来る時は渾身の短剣を二振り用意してくるよ!!」

頼んでもいないのに勝手にそう宣言されても困る。いや、実際大槍を手に取った事で漲る力を感じたのは確かだが彼を信じるかどうかは別だろう。
今までも『エンヴィ=トゥリア』の邪術に頼る場面は何度もあったので今更武器に頼る抵抗などはなかったものの、こうなってくるとセイドからの要求が気になる所だ。
「何故だ?何故わしにそのような力を与えてくれる?何が目的だ?」
「も、目的?そ、そうだね・・・それを使ってクレイスやヴァッツを倒してくれれば万々歳だけど・・・む、難しいよね?」
彼らとは、特にクレイスとは身分が違い過ぎるので難しいと言うより気が乗らないと答えた方がいいのかもしれない。
しかし要望と言うには少し控えめ過ぎる。力を与えるとまで言いのけるのならもっと過大な請求をされるのかとばかり思っていたが真意は何処にあるのだろう。

「か、簡単だよ。ぼ、僕にはこれくらいしか能力がないからね。い、今はふさぎ込んでる仲間達に朗報を持ち帰りたいだけさ。」

どうやら彼らの種族は極端に数が少ないらしく、それらと徒党を組んで世界を脅かす存在から護っているらしい。
(・・・まるで『エンヴィ=トゥリア』のようではないか。)
話を聞いて意外な共通点を見出だしたナヴェルは思わず気を許しそうになったが自分達にとってセイドは別世界の住人である。未だ全容を掴めていない以上深入りは禁物だろう。
それでもこの世界に精通している存在との交流は利用すべきだ。
ナヴェルは少し気を許す素振りを見せながらもこの後セイドから現在の世界、特に大国の情報をさりげなく聞き出そうとしたのだが相手は全く包み隠さず聞いてもいないことまで教えてくれるので驚愕を抑えるのが大変だった。
特に『魔術』というのは初めて耳にしたし、クレイス王子はその術に特化した戦い方をするのだという。

「なるほど。そういう事なら話は変わって来るな。」

未知の力とは一体どのようなものだろう。黒威の影響もあるのか、今まで老いていた虎の感情が俄然興味に湧き始めるとセイドもまた目を輝かせて何度も頷くのだった。





 このままでは本当に『七神』が、世界が終わってしまう。

そんな危機感を誰よりも抱いていたのは他でもないセイドだったのかもしれない。彼は目立った猛者以外にも黒威の武器を提供して回っていたが思い通りの成果を出せずにいた。
加えて突如世界が変貌を遂げたのだからまずは大いに驚愕する。それから各地の様子を見て回っていると目に留まったのがナヴェルだった訳だ。
人間とは愚かなもので文明や社会を作り上げていくと貨幣や権力という世界から見れば全く無価値なものに傾倒していく。
マーレッグなどはそんな人間達に辟易していたがセイドもまた彼とは違った目線から似たような感情を抱いていたのは間違いない。
強さとは単純であり、そして純粋にその力のみの事を指す。それこそが唯一無二の正しい考え方なのだ。
いくら有り余る金を持っていようとも、いくら国民や臣下を意のままに操る権力を持っていたとしても本物の力の前では無力にすぎないと何故人間はわからないのか。

全く嘆かわしい世の中だがそれでもナヴェルやラカンのような男は確かに存在する。

本物の力を欲する人物に自身が作り出した最高の武器を与えてやれば増長していく世界も平定されて正に一石二鳥だった。しかしそれも遠い昔のようだ
(・・・いつかは人間の欲望に全てを塗り替えられるのかな・・・そうなると僕達みたいな存在がどんどん増えていくのかな。)
セイドも『七神』に所属こそしてはいるが戦う力を持ち合わせていなかったのと黒威を作る楽しみからそれを優先してきた部分が大きい。
だがこれほどまでに人間達の欲望が虚構へ向かっていくと自分の力も及ばなくなってくるのではないだろうか。また彼らの欲望から『天人族』や『魔人族』が産み落とされるのではないだろうか。
ここ数年で見る見る世界が変わっていくのを目の当たりに何も出来ない歯痒さがが心を占めてくるとセイドの気持ちにも焦りが見えてくる。今までとは違う、ただ同じような境遇の存在が集まるだけだと考えていた『七神』の仲間達に思いを馳せる様になってくる。
彼らはこの状況を打開する為に戦っていたのかと痛感するようになっていたのだ。

「おーい。セイドじゃないか。」

決意を新たに今度こそナヴェルへは最高の短剣を用意しようと帰路に着いていた時、相変わらず能天気な仲間から声を掛けられて半分呆れつつも半分は喜びながら答える。
「や、やぁア=レイ。相変わらず商人ごっこかい?」
「ごっことは心外だな。私は私のやり方で世界に干渉しているというのに。それより随分とやつれてるみたいだな。ちゃんと食事は摂っているのか?」
確かに少し前の自分と違ってかなり瘦せこけたのは自覚している。だがその理由がクレイスだとはア=レイもまだ知らないようだ。
「あ、ああ。最近人間の頂点について新しい発見をしたからね。ア=レイ、それはヴァッツじゃない。僕はクレイスだと思うんだ。」
木々の間に移動した2人は飛空状態のまま会話を進めるとア=レイの方も一瞬驚いた顔をしてから詳しい説明を求めてくる。
「だ、だって『ラムハット』の国王に渡していた黒威の大槍がクレイスによって破壊されたんだよ?もちろん国王自体がそれほど強い訳じゃなかったけどそれでも彼に敗れるなんて思いもしなかった。」
「ふむ。それにしたって安直過ぎやしないか?クレイスも力をつけているというのは理解出来るが成長期でもあるのだ。皆が皆赤子のままじゃないのと同じさ。」
「お、同じじゃないよ!ア=レイ!忘れたの?!人間の頂点に立つ者は皆必ず台頭してきたんだ!!クレイスは強国『トリスト』とも親交が深い!!将来世界に混乱を生むのは絶対彼だよ!!」
こちらが必死に説得するも彼はいまいちぴんと来ていない様子だ。
「あ、あの成長は異常だよ?!今や戦闘狂と謳われたカズキですら勝てないかもしれない!ねぇア=レイ、今からでも遅くはない。まずは何としてでもクレイスを葬らないか?!」
「う~む。しかし彼は私のお得意様になる可能性も秘めているからなぁ。しっかり販路を築いてからじゃ駄目かな?」
「・・・本当に商人みたいになっちゃってるよ?大丈夫?」
最終的には一切ぶれないア=レイの発言にこちらの焦りが霧散してしまった。現在は2人しか行動出来ていないというのにこれでは協力体制など作れそうもない。

「何を今更。私は私の興味を最優先にという話は『七神』加入時からずっと言っていただろう。」

それもそうだ。自身も相変わらず黒威に拘っているのだから人に強要するのもお門違いだろう。
「・・・君だけは変わらないね。でも変わらないでいて欲しい。」
何となく昔を思い出せたセイドはやっと心の底から笑顔を零すとア=レイもまた、醜い人間の容姿で眩しい笑顔を返すのだった。

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